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寧日

#√汎神解剖機関 #ノベル #ハロウィン2025

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●静穏
 角を曲がって三件先に。
 路地裏に立つその家屋には古く朽ちかけた看板が掲げられている。元々前の住人が商いをしていたのであろう古民家を改築して開かれたその書店に、常とは違う彩りが今まさに乗ろうとしていた。
「あまりハロウィンらしくしすぎても合わないところではあるけど……」
 季節感は大事にしたいしね、と。街全体のそわそわとした空気に誘われるかのように笑みをこぼした一文字・冴(明星・h03560)が用意した橙と紫を基調とした室内装飾の数々に、一文字・透(夕星・h03721)はやる気も十分にぐっと両のてのひらを握って見せた。
「高い所は僕がするから、透ちゃんは棚とテーブルの上の飾り付けをお願いできるかな?」
「うん」
 季節毎の行事の数々は透にとって殆どが好ましいもの。可愛らしかったり美味しいものを食べることが出来たり、こうしてふたりで大切なお店の飾り付けを楽しむ事が出来るから。
 平積みするおすすめの書籍たちを乗せる布を変えることはちょっぴり骨が折れるけれど、それだって巡る季節を感じることの出来るスパイスのひとつ。飾りひとつ変えるだけでなんだか本たちも心なしか喜んでくれているような気がするから、透はそれがただ楽しくて嬉しかった。
「わ、このジャックオランタンの編みぐるみ、冴くんが編んだの?」
 オーナメントを詰め込んだ箱の中からひょこりと顔を出したその姿に目を瞠り声を上げれば、埃払いついでに高い棚の模様替えをしていた冴の視線が落ちる。
「うん、店番の間にね」
「このおばけも? かわいい……」
 なんてことないように頷いてくれるけれど、透にはこの可愛らしい子たちがどんな風に生まれてきたのかちっとも想像できなくて。魔法みたいだとじっと見詰めていたなら、ふ、と冴が笑った気配がして顔を上げた。
「気に入ったなら、透ちゃんにも編んであげる」
 ほら、また。
 言葉を紡ぐことがあまり得意ではない自分のこころをぴたりと当ててくれる兄はやっぱり魔法使いなのかもしれない。
「大丈夫、そんなに大変じゃないよ」
 大変じゃないのかな、いいのかな、と。もじもじと落ち着かない様子の透の姿に笑みを深めながら可愛い妹からのおねだりを促すように小首を傾げれば、少しだけ照れたように透ははにかみその先の言葉を口にした。
「……じゃあおばけがほしい。お部屋に飾るの」

 ハロウィンは美味しいお菓子が食べられる日。
 本質から近いか遠いかはさて置いて、少なくとも今現在の一文字家ではそういうことになっている。だから、一仕事を終えた透は浮き立つ胸の鼓動をそのまま声音に乗せて問いかけた。
「今年のお菓子はなに?」
「ん、いつものお菓子屋さんが限定のクッキー缶を出すみたい。それはどう?」
「!」
 その答えを聞いた瞬間に透の瞳にきらきらと星が宿る様が可愛くて、どうしたって緩む顔を抑えられない。それなら絶対に手に入れなくちゃね、と続けた声に何度も頷く透の姿に冴は甘やかに目を細める。
「ちなみに、用意できなかったらどんな悪戯されるのかな?」
「いたずら……?」
 魔法の夜に飛び交うおまじない。お菓子は街中にあふれたおばけにいたずらをされないためのもの。それを用意できなかったら透ちゃんならどうするの、なんて。考えたこともなかった『もしも』に首を捻りながら透はすこしだけ考える間を挟む。
「……じゃあ、冴くんの髪の毛可愛くする」
「ふふ、随分とかわいい悪戯だった」
 自分を困らせるようなことはしない子だとは分かっていたけれど、それにしたってもう少し欲張ってもいいのに。それはそれで悪くないなとも思うけれど、大好きなクッキーに喜んでくれる姿の方がもっともっと嬉しいから。争奪戦に挑む算段をちゃんと立てないとな、なんて冴は密やかに意気込むのだった。

 飾り付けを終えた店の中はすっかり秋のいろに塗り替えられた。
 おばけの夜を通り過ぎれば直ぐに街はクリスマス一色に変わる事が分かっているから、『一年早いね』と冴が溢せば透もまた『夏が恋しいの』と悴む手を思い起こし、てのひらを擦り合わせながら巡る季節に想いを寄せる。
「でも、透ちゃんには変化の多い一年になったんじゃない?」
 新しい出会い、新しいえにし。それらを手繰り寄せた今、透の胸には沢山の思い出が折り重なるように彩を乗せているのだろう。
「うん、たくさん遊んだの……!」
 お父さんと桜を見た。
 お兄ちゃんとキャラバンにも行けた。
 はじめて海にも連れて行ってもらったし、それから、それから。
「楽しかったよ」
 その言葉はきっと本心からのものなのだろう。
 けれど、自分の知らないところで妹の交友が広がっていくことは少しだけ心配で――ああ、けれどこんな風に笑ってくれるなら、仕方ないなと思う気持ちも勿論あって。何時までも妹離れ出来ないのは自分のほうか、なんてちいさく自嘲する冴の憂いを拭い去るように、透は花が綻ぶように咲った。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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