それは――天高く、澄み渡る、秋空の下で
●
魔力で出来た伝書鳩がふわりと舞い飛び、まっすぐに飛んでいく――。
「これで決めるよっ! 【精霊極断撃】っ!!」
ダンジョンの最奥で、必殺の一撃を決めるエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)の元に。
「よしっ。って、はにゃっ?」
「……おや? これは……」
√ウォーゾーン。人類が奪還した拠点の入り口で見張りをしている不動院・覚悟(ただそこにある星・h01540)の元に。
「あれ? 何か飛んでくる?」
学校からの帰り道、たまたま空を見上げた架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)の元に。
「……あら?」
『現』スチュアート公爵邸の自室にいたアリエル・スチュアート(片赤翼の若き女公爵・h00868)の元に。
窓から飛び込んできた伝書鳩が彼女の眼前で、ふわり、と変化する――それは良く見慣れた形状で。
「何の招待状かしら?」
引き出しから取り出したペーパーナイフで封を開けるアリエル。
「……む?」
√妖怪百鬼夜行のとある市に身を置いていた和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)の元に。
蜚廉の目の前で伝書鳩が手紙へ変化。手の中にある手紙の裏を彩るのは、紅葉の押し花と共に二人の署名。
「なるほど」
「……?」
自宅の窓の外。伝書鳩が窓を突いている、『開けて』と言わんばかりに。
サミ・マエンパー(機械仕掛けの凶剣・h07254)がそれに気付き、窓を開けると、するりと入り込んで伝書鳩はその身を手紙へと変える。
軽い風の音を立ててサミの手の中に落ちる手紙。裏返して確認すれば。
「差出人は……サヱ団長とマルルか……」
それは『比翼の館』にて。
土橋・サヱ(鴉の剣、狐の太刀・h00850)がマルル・ポポポワール(Maidrica・h07719)と机に向かっている――招待状を作って送る作業だ。
サヱが自身の担当分、折り畳み式の手紙の上部分にて、『此度の茶会の開催の旨』を万年筆にて書き上げるサヱ。かっちりとした書体である。
「これで最後ですね。後は」
招待状を我が弟子――マルルの方へ差し出すサヱ。
「はい! 師匠!」
机の上の携行式魔法陣――学校から借りてきた『知人友人に「認識している道」で手紙を届ける伝書鳩の魔法』へ魔力を送っていたマルルは、師匠の仕草に気付いて、手紙を受け取る。
今度はマルルが自身の担当分、手紙の下部分へペンを走らせる。書き連ねるのは『皆への感謝』と、『作法は気にせず楽しんでほしい旨』のメッセージ。彼女らしい天真爛漫な文体で。
「終わりました!」
「……どこへ?」
書き終えた途端、立ち上がって部屋を出て行こうとするマルルへサヱが呼び止める。
「これは直接渡してきます!」
慌てずメイドらしく、音をたてないように退出。
向かった先はこの比翼の館に居候しているアクセロナイズ・コードアンサー(飛来する銀蝗・h05153)の部屋である。
マルルがドアをノックする。
「はい! お待ちください!」
そう声がして、しばし後にアクセロナイズが顔を出す。いつも通りの全身銀色仮面へマルルが両手で差し出すのは。
「アクセロナイズさん、これ、招待状です!」
「ふぅ。さて、どうなるか……お手並み拝見ですね」
マルルを見送った後、サヱが立ち上がって窓から外を見上げる。
澄みきった空が天高く感じられる秋。
連盟員に届けられたのは、お茶会への招待状であった。
●
招待状に記された『比翼の館』で行われるお茶会。
それはサヱとマルルが主催する、アフタヌーンティーパーティー形式を取り込んだ交流の催しだ。
――どちらかというと、サヱがマルルに提案した形で。
その理由は2つ。
ひとつは秋も深まり穏やかな季節に連盟員の更なる交友を深めるため。
もうひとつは弟子のマルルの成長を見るため。
その為、サヱとしては、お茶会の主導を弟子のマルルに任せて、自分は補助に回るつもりでいる。
「というわけです。やれますか?」
館の所持者。館長兼メイドの付喪神。長命でメイドとしての経験も非常に長く、作法から娯楽と幅広く知識が広い。師匠と仰ぐサヱが右目のみが開いた狐面からじっとマルルを見つめている。
「……」
魔法学校の学生で将来は魔法メイド志望。もの凄く慕っている師匠からの提案を受け、マルルは。
「はい!」
元気よく返事を返す。その声音には大きな喜びがあって。
(連盟員の皆様への感謝と親愛を込めたお茶会……)
その提案を師匠からもらったという事は、どの程度かはさておき『任せても良い』という判断を師匠がしたという事だ。これを喜ばない弟子がどこにいよう?
そんなやりとりがあってから、早数か月。
師匠の元で修行修行を積み重ねた成果を披露する場として、二人はお茶会の招待状を連盟員に送ったのである。
後は……張り切って本番を待つばかり!
●
届いた招待状を手にして。連盟員は各々思いを馳せていた……主に衣装について。
「わざわざ招待してくれてるのに断るような不義理はしたくねぇ」
招待状を読み終えたサミは、自室の椅子に座り込んでスマホを手にする。
「三段トレイに何がどういう順番で乗ってるとか、スコーンの食べ方くらいは調べとくか……恥かかねぇように」
ブラウザに『お茶会』と入力して、出てきた検索候補を上から順に確認していくサミ。
「後は服装どうするか……ていうかちゃんとしたスーツがねぇ……」
「何を着て行こうかなぁ♪」
お茶会の招待状が届いてうきうきしながら、クローゼットを開けるエアリィ。当日の衣装を『こうかな? いやこっちかな?』なんて楽しそうに選んでいる。
「……確か」
自室に戻った覚悟はクローゼットへ向かう。
『いつか特別な日が来た時に』――この世界に来た時にそう思って、大切に残していた衣装を手にして。
この衣装を手にする時が来るとは……そんな万感の思いもある。
「安息の場所と優しい仲間に恵まれたことに感謝を……」
こちらもウキウキで準備をしている透空。
連盟員の皆とお茶会を通して交流を深められる、というのがとても嬉しい模様で。
「あ、そうだ」
スマホをたたたっと速攻操作。
調べているのは『お茶会 作法』のキーワード。
(初めてのお茶会だし……)
お作法とかもちゃんとしておきたかったみたいです。
「儀礼的な場は不得手だが、サヱとマルルの誘いとあらば、断る理由もない」
招待状を見つめながら蜚廉が呟く。
「静かな季節、殻を鳴らして歩く音も心地よかろう」
そう思いながら、封筒を懐に収めた。
「――」
アクセロナイズは招待状をもらった事に感動していた。招待状を握り締め、膝を地につけてまるで祈りの態勢のまま動かない。動かない……がふと思った。
(普段の全身銀色仮面は催しに相応しくないのでは……)
ドレスコードどうしよう問題が勃発した。
「さて。ほぼ飾りみたいな地位とは言え、曲がりなりにも公爵だし……」
「そうは言っても公爵。着ていく服が無いのでは?」
「あるに決まってるでしょ。なんでそんな事になるのよ」
ドレス用のクローゼットを開いて中身を確認するアリエル。後ろに控えながら、痛烈なツッコミを入れるティターニア――ヒト型のホログラム体・妖精メイド形態がピンとした姿勢のまま佇んでいる。何故か手伝わない。
クローゼットの中身は以前と変わりなく、種々のドレスがアリエルを待っていた。
●
比翼の館は、大正時代に立てられた広大な敷地を有する木造三階建ての洋館である。
築年数こそ古いが、適切に現代の建築基準に合わせた保全等が行われている為、大正浪漫を感じられる外観を残しつつ、内部は最新の様相となっている。
広大な敷地には植物園の様な庭園もあり、こちらはサヱ自らが趣味を兼ねて手入れをしている。
その比翼の館の、爽やかな秋の午後の中庭にて。
サヱとマルルがやりとりをしながら、お茶会会場を調えている。
用意されたテーブルは計4つ。
アフタヌーンティー形式のテーブルが3つに、『気軽に話せる様に』と中央に立食形式のテーブルが1つ。
その上に、真っ白なテーブルクロスをかけて、ナプキンなどを置いていく。チェアの位置もしっかりと。
まだ食器やお菓子を並べるには少し早い。
そんな事を考えながら、張り切って準備していくマルル。
サヱは館に戻り、担当の『物資』を確認。
今日は主催。メイドの名において『無い』とは言えない。その為に必要な軽食やお菓子は既に料理済。此処までは段取り良く。飲物についても多数揃えてある。よっぽどイレギュラーが無い限り、充分に連盟員のリクエストに応えられるだろう。
「そろそろ時間ですよ」
「あ! はい、師匠!」
ぱたぱたと師匠の元に駆け寄るマルル。
さぁ、お客様を迎えよう。
●
招待状の時刻に比翼の館を訪れる連盟員達。
『会場』たる中庭の入り口で、大正情緒漂うヴィクトリアタイプのメイド服のサヱと、クラシカルなヴィクトリアンメイドのマルルがお出迎え。
「お誘いいただきありがとうございます!」
「ようこそお越しいただきました」
透空の元気な挨拶に、サヱがお辞儀を返す。
透空の服装は通っている中学校の制服を可愛くコーディネートしたもの。ブラウンのジャケットに黒いニットパーカーを合わせて。首元から覗く白いブラウスがワンポイント。
まるで犬が尻尾を振っているような雰囲気はどうやら初めてのお茶会でとても浮かれている様子。
今のマルルは師匠と同じ瀟洒なメイドを演じるモードだ。
「お招きありがとうございます」
親友のエアリィが訪れても変化はない。これぞ修行の成果! ……が、衣装はばっちり確認している。
胸の所にワンポイントのリボンが付いた白のワンピース。腰部分はリボンで絞っておしゃれな感じに纏めている。
頃合いを見てアクセロナイズが館から出てくる。サヱとマルルが一生懸命準備しているのは知っていた。その間部屋に籠ってやり過ごしていた訳だが、だからこそ今この時を待ちに待っていた。
服装はスーツ、赤いネクタイと赤いマフラー 手には黒革の手袋という出で立ち。露出している肌は顔のみ。人間に擬態するマスクだ。
高性能で口を開けて飲み食いもできるのだが、目は絶対に開かない仕様である。
「わざわざ俺達の為にこういう場を設けてくれてありがとう。サヱ団長、マルル」
サミが二人の出迎えを受けて、そう告げる。
服装は……普段の恰好から手甲と脛当てを取った状態で落ち着いた模様。つまり、モノトーンのロングTシャツとジーンズの組み合わせでラフに決めてきた。
次いで現れたのは蜚廉。いつもの蟲の姿だ。それゆえに自然体で、彼らしい。
サヱとマルルと挨拶をかわして、席に案内される。
サヱが蜚廉を席へ連れていき、離席している所へ。
「この度はご招待いただき誠にありがとうございます、ポポポワール嬢」
「……!」
マルルが振り向いた先にはアリエル。身に纏うドレスは貴族としてお茶会に相応しいもので、華美過ぎず、しかしその見目は麗しい。
本日は『スチュアート公爵』として貴族らしい佇まいと喋り方でカーテシーを。その後ろにはティターニアも侍女の様に付き従っている。
「ようこそお越しいただきました」
マルルもカーテシーで礼を返して、瀟洒な仕草でアリエルを案内しようとする……が。
「……とまあ、堅苦しいのはここまでね」
とすぐにアリエルの方が『いつもの√能力者』のアリエルになったので。
「ふふ。私はもう少し頑張ります」
思わず笑みをこぼしてマルルがアリエルの前を歩く。
最後に訪れた連盟員は覚悟。
本日の衣装は、首元の詰まった白いスタンドカラーのシャツにチャコールグレーのベスト。ボトムスは黒のスラックスに、足元の黒の皮靴はとても綺麗に磨かれている。
ストイックであり、落ち着いて実務的かつ礼儀正しく、フォーマルで几帳面な仕立て。足元まで気を抜いていない。
清潔感のあるきちんとした服装だが茶会に相応しく、そして『不動院・覚悟』という人物の真面目な性格を表すような衣装である。
サヱとマルルに招待状のお礼を告げて一礼した後、席に案内される覚悟。
これで皆が揃った。
「では師匠、開催の挨拶をお願いします」
「あなたもするのですよ?」
そんなやりとりをした後、開催の挨拶をメイド師弟で行って。
「それでは皆さん、楽しんでくださいませ」
マルルが挨拶をしめて、メイド師弟が揃ってカーテシー。
パーティーを始めましょう!
●
アフタヌーンティーパーティーのスタートは緩やかに。
こちらのテーブルには、エアリィと透空。
「ふーふー」
ホットのミルクティを冷ましながら、両手で口に運ぶエアリィ。
その横で透空が震える手つきで紅茶を頂いていた。慣れないのか、ティーカップがソーサ―を当たって時折かちゃり。
「……!」
あ、と言う顔をするものの、それを咎める様な者は居ない。目の前のエアリィが笑えば、気にせず口元へカップを持っていく。
美味。そして楽しい。
慣れないまま震えた手つきでスコーンへ手を伸ばす透空。クリームとジャムを塗って口元へと運べば。
「美味しいです~~~!」
もぐもぐ。とっても幸せそうです。
そんな透空に釣られる様にエアリィも小さいサンドイッチへ手を伸ばす。
行儀よくもっもっと食べながら、エアリィの視線はマルルやサヱを追いかけている。
「どうしました? エアちゃん?」
紅茶のお代わりを持ってきてくれたマルルがこてんと首を傾げる。
「ん? いやぁ、メイドさんの服も持っているから、メイドさんの立ち振る舞いを覚えようかなーって」
「「!?」」
がたっ、となるマルルと透空。二人ともステイ。あと、マルルさん後ろから師匠の視線が突き刺さってます。
居住まいを正すマルル。透空も落ち着いて着席する……と同時に、なんか閃いた。
「エ、エアリィさん! そ、その……も、もしよろしければ『あーん』させていただいてもよろしいでしょうか!」
「えっ!?」
実は密かに『こういった仕草』に憧れを抱いていた透空。
「よろしければ、お願いします!」
「あーんって……うん、でも、せっかくだから甘えちゃうっ♪」
「やったーーーーー!!!」
意外と乗り気なエアリィと、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ透空。
「ありがとうございます! そ、それではお言葉に甘えまして……」
さっそく、と透空がフォークでショートケーキをひと掬い。
「エアリィさんの口元にスイーツを運ばせていただきます!」
気合入りまくりの透空。
対して、エアリィは口を『あーんっ』と開いてスイーツ待ちの構え!
緊張の一瞬(?)、ケーキがエアリィの口の中に入る……と同時に、ぱくっとひと口。
「ん-、美味しーっ♪」
とっても幸せな空間が出来上がっている。
こちらのテーブルにはアクセロナイズ、サミ、蜚廉の3人。
「紅茶は……ストレート、ホットで」
とか頼んでしまったのは、こういう場での紅茶については詳しくないからであろうか。
しかし本日のお茶会的には何の問題も無く、サヱが『承りました』と紅茶を淹れる準備をする。
そして淹れられるサミの『リクエスト通り』の紅茶。とても香り高い。そして美味しい。さりげなくサヱの腕前が披露されている。
サミの隣ではアクセロナイズがテーブルに並べられた、お菓子と食器の美しいアンサンブルに感動していた。まるで美しい絵画の様で、どれから手を付けようか迷ってしまう。
「やはり……」
とスコーンを手に。上下に切ってクリームを塗って――滑らかな所作で口へ運び、その味を堪能する。
紅茶を堪能したサミがティーカップをソーサーに置く。
「さてと……三段トレイは上から攻めて……苺のショートケーキか……」
事前に調べてきた作法の知識をフル活用。
「スコーンはそのまま食うんじゃなくて……先に上下半分割ってから……ジャムとクリームを塗って……」
ぶつぶつ。
「で、三段目にサンドイッチか……きゅうり&ハムとは本格的だな……」
完璧な所作だぜ、呟きが口から出てなければ。
しかし、実際のところ、問題はない。アクセロナイズも目の前に気を取られているし、蜚廉は蜚廉でマイペースなので。
故に、傍目から見れば真顔で飲み食いしている様にしか見えないので安心して欲しい。
そんな様子を蜚廉がじっと見ている。
「どうかなさいましたか?」
紅茶を淹れに来たサヱが蜚廉の様子を見て声をかけた。異常……という程では無い。ただサヱの勘が示した『何か』――メイドの本能というべきものだろうか。
そんなサヱの姿を見て、蜚廉は心の裡に思う。
(サヱの立ち姿には、変わらぬ芯の強さを感じる)
つい、と視線を遣る方向、その先にはマルルがいる。
(動作にぎこちなさこそあれど、顔に宿るものは真剣そのもの)
楽し気が聞こえる先には、エアリィと透空がいる。
(透空は少し浮き足立っているが、楽しもうとする意志が見える)
(エアリィの明るさはこの庭の光に似ている)
少しタイプの違う二人が『あーん』で楽しんでいる光景が見て取れる。
そんな光景を見て、観て。蜚廉はこの場を楽しんでいる。
「いや。気にする事は無い。我も楽しんでいるのだ」
サヱに言葉を返す蜚廉。声音は本当に楽し気で、疑う余地は無くて。
「和紋様にそう言って頂けるなら、開いた甲斐もあるというものです」
慣れた手つきで蜚廉のカップに紅茶を注いでいくサヱ。
このテーブルに座っているのは、アリエルと覚悟。アリエルの後ろにはティターニアも控えている。
「……」
優雅に流れる様な仕草でティーカップを口元に運ぶアリエル。それは幼少より学んだ貴族としての嗜みがするりと顔を出しているだけで、慣れた手つきは美しい。
「普段より優しい心遣いをいただき、ありがとうございます」
覚悟が紅茶をひと口飲んだ後、アリエルに告げる言葉は感謝。
「そんなに改まらなくても大丈夫だって!」
そう言って微笑み返すアリエルは年相応で明るい。
アリエルが覚悟と雑談を始めようとしたその瞬間であった。
「我慢出来ません! ニアちゃん様もメイドとしての仕事をします!」
がったん。
ティターニアがアリエルに訴えた瞬間である。
てきぱきと動き回るマルルとサヱのメイド道に、メイドとしての性を刺激されたらしい。
そう告げた後、マルルとサヱ側に回って、給仕を始めるティターニア。
「ええ……」
良いも悪いも言う前に駆け出していったティターニアに対してげんなりとするアリエル。
「まぁいいではないですか。僕も同じような事を考えておりましたし」
そう言って静かに立ち上がる覚悟。
「えっ」
「いつもお世話になっているサヱさん、マルルさんにお返しができたらなと思っていました」
そう言って襟を正す覚悟。どうやら代わって給仕をする様だ。
こうなると多数決(?)的にはアリエルの劣勢である。
ちらり、と視線を遣るとティターニアと目が合う。
「まあ先輩メイドらしく頑張りなさい」
手をひらひらさせるアリエル。それを見てドヤ顔するティターニア。
覚悟も席を離れて……サヱとマルルに声をかける。
「いえ。お客様にそんな事をさせるわけには」
サヱが覚悟の提案に対して難色を示す。
だが、覚悟も下がらない。
「執事とまではいきませんが、折角の茶会ですので二人にも楽しんでいただければ、と。『連盟員の交流会』なのでしょう?」
「「……!」」
それを言われると弱い。サヱは長だし、マルルも連盟員である。
「お茶の入れ方はサヱさんの入れ方を何度も『学習』しておりますので」
付け焼き刃ですが、と添えて。しかし、覚悟の目的からすると引き下がる訳にはいかない。
「ティターニアさんがいますし、僕もお手伝いをします。振る舞う機会を戴けませんか?」
そう言って立つ覚悟の姿は見様によっては執事の様にも見える佇まいだ。
「……そこまで言うのでしたら」
「師匠?」
「我が弟子。少し『休憩』しましょう。私達も皆様と交流しないと意味が無い、様ですよ?」
「あ! は、はい!」
師匠の言葉の意図を汲んだマルルがこくこくと頷きを返す。
「では早速。飲物はどうされますか?」
「じゃあ。紅茶をお願いします」
基本飲食をしない師匠に代わって、此処はマルルがずずいと出る。
「承知しました」
マルルのティーカップに琥珀色の液体が美しく注がれるのであった。
そんなわけで、給仕交代。覚悟が各テーブルを回る。
「エアリィさん、架間さん」
「あれ?」
「まさかの交代?!」
ティーポットを手に現れた覚悟を見て、エアリィと透空が声をあげる。
「普段より優しい心遣いをいただき、ありがとうございます」
そんな感謝の言葉と共に、紅茶を注いでいく覚悟。
次のテーブルでは少し歓談に混ざりながら。
「汝が来ると、妙に安心感があるな」
「そうですか?」
蜚廉の言葉に、覚悟が首を傾げる。傍から見れば几帳面で、丁寧な場の整え方に定評のある覚悟である。
「あ、もう一杯もらえるか?」
「あ、私も! お願いします!」
「承知いたしました」
ティーカップをティーソーサーに置いて作法通り待つサミと。
「頂戴します」
何故か両手でカップを抱えた態勢のアクセロナイズ。他の所作は自然なのに、ちょこちょこ社会人の居酒屋マナーみたいなのが出る様だ。癖とは抜けないものである。
サミやアクセロナイズ達を見ながら覚悟もまた感じるものがある。
(アクセロナイズさん、サミさん、和紋さんも。普段とは違った一面が見えて楽しい、ですね)
あまり感情表現が得意ではない覚悟だが。
「おお……」
覚悟のスマートな振る舞いに感動するアクセロナイズを含めた皆を大事に思う心はある。
そんな3人を見守りつつ、軽食を口に運んでいた蜚廉。
視線の先を横切っているティターニアがいて。やはり主従の雰囲気は似るのだろうか?
(アリエルとティターニアの所作は、機能美の中に優雅さがある)
自身のテーブルに視線を戻せば、サミが真剣な顔でお菓子と向き合っていた。
(サミは静かだが、同じ静けさを共有できるのが良い)
それぞれから感じる、それぞれの魅力。
(それぞれが“らしく”在る。それが何よりも心地よい)
殻の中心に籠る熱の様な感覚。温かいようなくすぐったい様な、他人との触れ合いでしか生まれない感情。
(形式や作法より、その誠実さの方がずっと味わい深い、と我は思う)
「どうしました?」
少し静かになっていたのだろう、心配げにアクセロナイズが覗き込んできた。
「いや、なに。楽しいものだな、と思っていた」
●
全員が元の配置に戻りまして。
誰ともなく立ち上がり、中央のテーブルに足を運ぶ連盟員達。
真っ先にアクセロナイズがテーブルに並んでいるお菓子を眺めている。その内からクッキーをひとつ、口に放り込んで楽し気にもぐもぐ。
「透空さんがサルミアッキお好きと聞いて作ったのですが、いかがでしょうか?」
透空が中央テーブルに来た瞬間を見計らって、マルルが声をかける。手にはサルミアッキチョコレートが乗っている。
「……さ、サルミアッキチョコレートですか!?」
透空も同じ気持ちだったらしい。透空のリアクションに得意げのマルル。
「サヱさんとマルルさんの料理力、おそるべし。じゃなくて。
マルルさん……私の好物、覚えていてくださったんですね!」
「もちろんです!」
「とっても嬉しいです!」
そう告げて早速サルミアッキチョコを口の中に放り込む透空。
「ッ! この独特の塩味に苦味と甘味を織り交ぜた風味……とっても美味しいです!」
幸せそうにもぐもぐしている透空。
「お二人とも、ありがとうございます」
「恐縮です」
サヱが美しいお辞儀を見せる。
感極まったのか、透空が周りを振り返りながら叫ぶ。
「見ての通り、私はサルミアッキが好きです!
皆さんの好きな甘味……私もとっても気になります! 聞かせてほしいです!」
それに乗っかるようにマルルが。
「次は皆さんの好きなものも作りますので、何が好きか教えてください!」
と言えば、連盟員達も顔を見合わせて、中央へ集まってくる。
『今日はいつになく気分がいい』とサミが口を開く。
「好物か……それこそサルミアkkゲフン、何でもない」
ぎゅいんっ、って透空の顔がこっち向いたのでちょっと躊躇ったという事にして欲しい。
「ブルーベリーのたっぷり乗ったタルトだな、あれは故郷の味だ」
「ブルーベリー好きなの?」
ひょこん、と参戦してきたエアリィが首を傾げると。
「ブルーベリーはそこら辺の森で適当につまむもの、だぞ?」
サミにとってはそういう認識らしい。
「んー、あたしはアップルパイとかプリンとか、かな?
アップルパイはサクサクジューシー!
プリンは、ぷるぷるしているものも、とろーってしているものも好きだよっ♪」
「ふむふむ」
エアリィの話にアクセロナイズが相槌を打つ。と、後ろから蜚廉も参戦してきた。
「ふむ、我の好物か……黒蜜とほうじ茶シロップのかき氷だな。我の|太陽《Anker》を、イメージしている」
「『!?』」
蜚廉の唐突な惚気!! 全員が二度見した!
「無論冗談だ。茶会にあうもの、だろう?」
まさかの冗談でだった。
「ならば素朴な蜜豆や黒糖菓子が良い。次の茶会でも味わいたいものだな」
そんな希望を告げる蜚廉。
「あれ? アクセロナイズさんは答えましたか?」
聞き役に徹していたアクセロナイズにマルルが振ってみると。
「スコーンを挙げましょう。実に、美味しかったです」
さっきのスコーンが実にお気に入りの様です。
●
ティターニアが片手にひとつずつ、銀トレイを持って現れる。
「主催より預かってきました。名付けて『師匠と弟子、どっち?!クイズ!』です」
「『???』」
唐突に始まるゲーム。
つまり、トレイに乗っているワンセット(紅茶とお菓子)がそれぞれサヱとマルルの作ったものなのだろう。
それを当てる……!
サミがティーカップに手を伸ばす。口に運んでひと口。そしてもう一つのティーカップも同様に。何度か交互に飲み比べ……。
「…………」
「どうされましたか?」
「あ、いや……」
ティターニアが首を傾げると、サミが口をつぐむ
(わ……わからん……俺のバカ舌ではどっちもうまいとしか言いようがない……)
見た目冷静なまま、中身が超パニックになっているサミ。
(どうすりゃいいんだ……)
とか考えている間に。
「……あっ」
全部飲み切りましたとさ。
苦戦しているサミを助けるべくアリエル参戦!
お菓子を手に、自信たっぷりに言う。
「うっかりな味の方がサヱさんねっ」
あむもぐ。もうひとつもあむもぐ。
「……?」
どっちも美味しかったし、どっちもうっかりの味がする?
「そんな所は受け継がないで欲しいところですが」
「恥ずかしくもあり申し訳なさもありでも少し嬉しくもあり……!」
師弟ってそういうものだよ。
「それで公爵。わかったんですか? わからないんですか? はっきり」
「えっ。私だけタイムリミット短くないかしら?」
主従ってそういうものだよ。
様々な会話やゲームに興じる皆の傍でアクセロナイズはそれらを聞きながら。
(忙しそうなので声は掛けずにおきましょうか)
あちこち動くティターニアやマルルを微笑ましく思う。
それ以外の皆にも、笑顔があふれている。
(守るべき平和とは、このことか)
そんな想いをしみじみと抱いていたのでした。
●
「あ、せっかくだから庭園の散策をしたいんだけどいいかな?」
エアリィが思いついた様に聞いてみると。
「ええ。問題ございません。案内は私が」
聞かれたサヱがそう答える。
歩き始めたサヱにエアリィが続いて。
その後に、アクセロナイズ、蜚廉、覚悟が続く。
「のんびりとお庭を散策するのは久しぶりです。本当にいつも皆には感謝しています」
ゆったりを庭園の中を歩いていくそう告げる覚悟。折を見て、サヱや連盟員の皆へ『大切に思ってる』と伝えたい様で。
エアリィが上を指さしてサヱに尋ねる。
「わっ、おっきな花。これは……」
「皇帝ダリアですね。良く咲いてくれました」
見上げるエアリィの隣に立ってサヱもまた上を見上げる。
「これは何という花なのですか?」
「そちらはシクラメンですね。寒さに弱いので今が花盛りです」
アクセロナイズは花壇を見て。
俯く桃色のシクラメンの花をサヱから案内されて……ついなんとはなしに手を伸ばしてみたり。
もう少し散策すると、今は何も咲いていない花壇に出る。
「ふむ。此処は確か……」
地面の奥に走る黒い筋……これはかつて『怪物』が根を張っていた痕跡。
「ヤツか……」
蜚廉が神妙に呟く。
さっきまで、風に揺れる皇帝ダリアを堪能し、シクラメンの影が足元を照らす風景を楽しんでいたのに。
「……!?」
エアリィがまがおで振り返る。
「……まだ生きているかもしれんな」
冗談のつもりで呟き、誰もいない方を見て小さく笑う。
「ひぃ……」
その様子に『向日葵の幻覚』を見たのか、アクセロナイズが背筋を凍らせている。
「大きな向日葵がいませんようにっ!」
思わず叫ぶエアリィ。
「『今は』いませんよ」
エアリィの声にサヱが告げる。
「よかったぁ………え? 『今は』??」
「ほぅ?」
驚愕が走る中、その言葉に滾ったのは蜚廉だけである。
「恐れよりも興味が勝る。それが我という存在の常だ」
「蜚廉さんまでそんなこと言ってるーっ!」
ふるふる首を横に振るエアリィ。だが。
「でも……その時は、また頑張って倒しちゃうよっ!」
そんな時が来ない事を祈るばかりである。
●
「写真を撮りませんか?」
マルルが突然そう告げる。いや、彼女の中では突然ではない。
「この素敵な光景を切り取り、部屋に飾らせてほしいんです」
そう思うに今日のお茶会は十分足り得た。
異なる『√』が重なった今日は、『もしかしたら』――そう考えるのはEDENだから。
「賛成です!」
しゅばっ、と手をあげて透空が乗ってくる。
「写真って決して消えない|記憶《おもいで》の外付けハードなので!」
今日の楽しかった思い出を切り取って。そして写真を見た時に思い起こされる楽しい気持ちがある。
「ダブルハッピーです!」
「では……」
記念撮影の提案を受け、サヱが予め用意していたカメラを三脚に設置する。
「マエンパー様、表情が」
「俺だけか!?」
「サミ、我を見よ。この優しき目を」
「蜚廉の目を見切るのはレベルが高すぎないか?」
「優しい目をしてるじゃない」
「覚悟も俺と同じ側のはずだ」
「優しい笑みのつもりですが」
「「問題無し」」
「アクセロナイズさんもっとこっち! 遠慮しないで!」
「あ、はい!」
「ルルちゃん、真ん中早く早く」
「主催のメイドが真ん中はおかしくないですか!?」
「『記念撮影の提案者』」
「あ、はい!」
総ツッコミを受けてぱたぱた動くマルル。それに合わせて皆がポジショニングする。
マルルの隣にエアリィ。逆隣に透空。透空の横にアリエル。そしてマルル達の後ろに、サミ、覚悟、蜚廉、続いて控えめにアクセロナイズが並ぶ。アリエルの後ろはティターニアが立っていて、ティターニアの横がサヱの枠。
皆が並んだ後、セルフタイマーを設定し。
「皆様、行きますよ……3秒後です」
たたたっ、と駆ける姿も落ち着いているサヱがするりと並びに立った1秒後。
パシャッ。
タイマーで切られたシャッター。
マルルが駆け寄ってデジカメの中のデータを確認する。
「良い締めだな」
マルルの上から覗き込んでいた蜚廉が呟く。
その言葉に釣られるように皆の笑顔を注視していたマルル。感極まったのか、零れるように告げた。
「例え今後忘れる力が働いたとしても、消して忘れません!」
目尻に誓うように言葉を紡ぐマルル。
「大丈夫です。皆、今日のことを忘れはしません」
覚悟がマルルの前で不器用な、それでいて優しい微笑みを浮かべながら、伝える――皆、一緒の気持ちだ、と。
そんな光景を視界に収めながら、蜚廉が天を仰ぐ。
だいぶ低い位置に来た太陽がまだ中庭を照らしている。触角を動かしてその光を捉える。
(この場の香、風、声――)
自身の中に取り込む様に、皆の、それぞれの息づかいを感じ取る。
(我は殻の奥に刻んでおく)
次の季節、またこの館に同じ光が射すように。
それは祈りにも似て。
●
記念撮影で締め。
連盟員の皆も笑顔で帰宅した後。
主催のメイド師弟は会場の後片付けをしていた。急がないと日が暮れてしまう。今ばかりはぱたぱた走る元気メイドでも師匠は何も言わない――と気を緩めていたその時に。
「ひぅっ?!」
背後にいつのまにやら立っていた師匠の姿に思わず数歩後ずさりするマルル。
「な、なんでしょう?」
居住まいを正したマルルに対して、片目だけ空いた狐面からじっとマルルを見つめた後、サヱが口を開く。
「よくやり切りました。今後にも期待していますよ。"マルル"」
踵を返しながら、ほんの少し。
面を少しずらし笑みを浮かべた口元を見せるサヱ。
「……!」
基本人前で顔は晒さないサヱがしたその仕草と贈られた賛辞に。
「……はい!」
目尻に涙をためながら、マルルは元気よく返事を返すのであった。
●
少し空いた窓からまだ聞こえてくるメイド師弟の声。
何を話しているかは全くわからないけれども……今日の名残を感じるには十分な音で。
自身のスマホを見るアクセロナイズ。待ち受けには先程の記念撮影が早速待ち受けになっている。
「後は、現像してあそこに飾って……」
記憶を失った青年は強く想う。
――再び記憶をなくしても、絶対に忘れないように。
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