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月森・夜深の日記帳

月森・夜深 7月31日03時
いつも、この頭の奥には虚ろが居座っているのです。

誰かとつながっていた、という記憶は確かで。
とても大切だった、という記憶も確かで。
ずっと一緒にいると、確固として信じていたとも記憶しているのに、

その、「誰か」というところだけが――まるで墨のごとき濁水に晒されてしまったかのようにぼやけ、影のごとき冥霧に隠されてしまったかのように塗り潰されて在るのです。

わたくしは、ずっと――――その虚ろの先に綴じられてしまった物語を探している。
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月森・夜深 12月12日11時
行かないでほしい、と|夜深《わたし》は言った。
行かなくちゃいけない、と|██《かれ》は言った。

それでみんなが幸せになれるなら。
淡く笑った彼に、「|夜深《わたし》は幸せになれない」と口に出して伝えていたら、何かが変わっていただろうか。

否、きっとそんなことはないとわかっている。
だって、わたしたちは|双子《半身》――相手の思っていることなんて、全部わかっていたのだから。

だから、わたしの気持ちを知っていても|██《かれ》がそうした理由だって、わかっている。
お互いの気持ちなんて、全部わかっているのだから。

だけど――だけど。
わたしはいつまでも、それが呑みこめないでいるのです。
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月森・夜深 12月26日09時
時折、夢を見ることがある。

夢の中のわたくしは、独りで歩んでいる。
白い着物を着て、まだ幼くて細い手に黒い本を抱えて。
無数の|手《・》をしたがえて、寄り添うくろいけものと共に。

夢の中のわたくしは憶えている。
村を喰らい尽くし、深淵へと誘ったくろいものたちのことを。

夢の中のわたくしは憶えている。
ととさまはのまれてしまわれました。
かかさまはくくられてしまいました。
あねさまはたべられてしまいました。

夢の中のわたくしは、独り、
でも、

夢の中のわたくしは憶えている。
あの日、名状しがたきカミの元へ往って戻らなかった|██《かれ》の名前を。

――それだけで、ひどく羨ましいような、そんな気持ちになるのです。
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月森・夜深 2月19日18時
集めた文献や書籍、遺物、それらについての解析や考察を纏めた手書きの資料……
……が、少々嵩張るようになってきてしまって。
お堂の社務所の一室におさまりきらなくなってまいりましたので。

すこし離れたところに、お部屋をお借りいたしました。
幸い、わたくしの不可思議な|体質《・・》のお陰で、行き来には困りませんし……おばあさまも、たいそう良い方にお見受けしますし。
何より、杏珠ちゃんのお友達がいーっぱいおりますので。

今日から少しずつ少しずつ、お引越しといたしましょう。
まだまだわたくしの知りたいものには辿り着けておりませんから、これからも色々と蒐集していかなければなりませんものね。
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月森・夜深 3月26日09時
昔は閉じた村でしたけれど、物好きにもいついてくださる方もいらっしゃいました。
今日久方ぶりにお会いした、小説家の真澄先生もそのうちのおひとりです。
なんでも、元々はこの村の不可思議な信仰をご自身の著作の参考にするためにいらしたのだとか。
という割に昔から、歴史や民俗学のお話よりは天文のことの方がお詳しかったのですけれど。
初めてお会いしたのは10歳の頃で、当時は御年25歳。
今ではもうすっかりおじさんですよなんて笑っておられましたけれど、未だにすらりとして美人な方です。

……けれど、いつまで村にお出でになるのかしら?
|こんなところ《・・・・・・》長居しないに越したことはないのですけれど……

なんて、お尋ねしたら……
可愛らしく片目を瞑って「もしかしたら、貴方の知りたいことを私も知りたいからかもしれませんね」ですって。
思わず、手に持った文献を隠してしまいましたわ。
ふふ、昔と変わらず、食えないお方です。
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月森・夜深 4月10日09時
長いこと、かめらなるものもこの村にはありませんでしたから。
写真を撮っていただくというのは久方ぶりのことになりますわね。
……自分で避けていた、というのもありますけれど。

しかし、最近のかめらは高性能なものでございますね。
克明に己の姿が映し出されます。……わたくし、今はこんな顔をしていたのですね。
さすがにもう、|██《かれ》とは似ていないものかしら。
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