13
花骸
短い春に爛漫と咲くあなたが、あたしのたったひとつの希望で、憧れだった。
「なんで切ったの、どうしてよ!」
「落ち着きなさい、ひまり」
あたしが力いっぱい掴んだ腕を、兄さんはいとも簡単に振り払った。枯れ枝みたいに細い腕じゃちっとも力が入らない。わかってる、わかってた。
「あたしはあの子のそばに戻りたくて頑張ったのよ。兄さんはそれもわかってたはずでしょ!?」
「わかってる。だがあの桜はだめだ。咲くたびにお前は弱って――切った途端にお前は回復に向かった。やっぱりあれは呪われて、」
「そんなの、ただの思い込みよ! ――兄さんはあたしのこと……あの子のこと、大事にしてくれるって思ってたのに……!」
裏切られた。そう思ってしまったらもう駄目だった。心から信じていたからこそ、絶望は深くなる。悲嘆は容易く憎悪に変わっていく。
「うそつき。みんな嘘つきよ! すぐに良くなるなんて嘘。病気が治るなんて嘘! あの子だけがあたしに本当の希望を見せてくれたの。|散っても《死んでも》いいわって思わせてくれたの!」
ひまり、と呼ぶ声を振り切って、あたしは庭の奥へ駆け込んだ。少し走っただけで苦しくなる出来損ないの身体が恨めしい。――隠されるような場所でぽつりと切り株になってしまった桜の木の亡骸が死ぬより悲しい。
どうせ死ぬなら春がいい。あたしの部屋からよく見える、みんな怖がる『|呪いの桜《あの子》』のそばで死にたい。そう思って、白い病室で死ぬまいと足掻いたのに。こんなのってあんまりだ。散々期待を裏切って、裏切って、最後のさいごにあたしの|希望《死に場所》までころしてしまった。――あたしのせい? あたしがこんなふうに、産まれたから。生きてしまったから。
「あたし、なんのために生きてきたの」
咲くことなく散らされた桜の切株の傍らで溢れ出した少女の慟哭を――|紅涙《古妖》が聞き留めてしまった春の日に至る。
●はなのなきがら
「ひまりさんはね、生まれつき不治の病で……もう、たくさんは生きられないんだって」
それはいかに√能力者といえどどうすることもできない。――桜色の星詠みの少女は、|予知《み》た光景をありのまま語る。√EDENに生きる不治の病を抱えた少女、『ひまり』。彼女は死ぬまで終わりのない闘病を、家の庭奥にある桜の木を支えに懸命に生きていたのだと。
「ひまりさんのおうちの桜は『呪いの桜』って昔から呼ばれていたんだって。……本当に呪われていたのかは、もうわからないけど」
それを妹のためと、兄が独断で切ってしまった。不治の病にできることは少なく、藁にも縋る思いではあったのだろう。たとえそれが、妹が大切にしている桜だったとしても。あるいはだからこそ、|因果《のろい》を信じたのかもしれない。
「でも、ひまりさんはそれで心の支えをなくしちゃった。全部に裏切られた気持ちになって――それが『紅涙』を呼んだの」
古妖『紅涙』。女の痛哭に招かれる付喪神崩れの妖。√を問わず悲嘆に寄り添うように現れるそれが、ひまりの慟哭を聞き留めてしまった。
「このままだと、紅涙はひまりさんに接触して代わりに復讐を約束して、お兄さん……家族も全部殺してしまうの。桜があった庭奥を、真っ赤に染めて」
そして、それを見て今度こそ全てに、自身に絶望したひまりさえも。
「……そんなのって、だめだよ。だからね、止めてあげてほしい。まだ、間に合うから」
悲しげに伏せた瞳を上げて、晴日・桜 (夢見草・h09138)は能力者たちへひたむきな視線を向けた。その桜色の瞳がふと煌めく。
「あのね、こんな話したあとだけど……桜、見に行こう? 今が一番綺麗だから。ひまりさんも、庭のとは違う子だけど……桜は好きなんだと思うの」
その証拠に、ひまりは短い一時退院のあいだで春のワークショップに申し込んでいる。タイミングとしては、紅涙が接触する前だ。古く大きな一本桜が見事に咲く教会で開かれるそれでは、簡単な花束作りを体験できるのだと桜は言う。
「春の花を楽しむ、のが一番の目的らしいから、難しいことが学べるわけじゃないけど……好きな春の花を好きなリボンで束ねて花束にするの。それもたくさんの子を選ぶんじゃなくて、一種類だけ。一本桜にちなんでいるんだって。できた花束は、一本桜に見せに行くらしいよ」
ワークショップとしては完成の記念という名目だけれど、桜が忌避されるばかりだったひまりにとっては随分新鮮に、優しい光景に見えるだろう。人生のほとんどを病室で過ごしているひまりは、桜が愛されている場面すらあまり知らない。
「それにね、春の花と桜って、やっぱりすごく似合うから」
みんなも見て楽しんで、と桜は楽しげに笑う。そうして少しでもひまりの心の傷が癒えれば、予知した悲劇を変えることができるかもしれない。そうなったとき、紅涙がどういった行動に出るかはわからないけれど。
「ひまりさんが紅涙の|復讐《同情》に頷かずに済むように、たくさん希望を見せてあげてね」
そうすれば、庭の桜は戻らずとも、この先の悲劇は食い止めることができる。
「もしそうできたら……そのあとは、みんなで桜マルシェに行こうよ。教会近くの大きな桜並木がある公園に、お弁当のキッチンカーが集まっているの。和風洋風中華、サンドイッチとかバーガーもあるし、ご飯系からスイーツみたいのまで色々あるよ。それでね、好きなお弁当を買って、お花見するの」
見上げれば満開の桜。傍らには春の花束。おいしいもので、お腹をいっぱいにして。
「……それって、なんでもないことだけど。あしたを生きるための希望になるんじゃないかなあ」
希望的観測でしかないけれど、きっとそうなる気がするんだよ。――みんななら、そうさせてくれるんじゃないかなって。
純真な期待を込めて、桜は能力者たちへ春の匂いのする道を示した。
これまでのお話
第1章 日常 『季節の彩りを形に』
●春の花束
古びた教会は小ぢんまりとして、けれど開放的にその扉を開けている。
ステンドグラスから穏やかに差し込む光は、窓際に鮮やかな光を落として、ワークショップの参加者を歓迎しているようだった。
整然と並んだ教会の椅子は、どこに座っても怒られることはない。
真ん中に空いた通路に用意されたテーブルには、春の生花がずらりと並んでいる。
チューリップ、ラナンキュラス、春咲きの薔薇、アネモネ、ガーベラ、スイートピー、フリージア、デルフィニウム、ミモザ、カスミソウ、ブルースター、ムスカリ、スズラン、そして桜の枝花――これらは主な例で、探している春の花が見当たらなければ、シスターに訊けば用意して貰えるという。
穏やかそうな数人のシスターたちが、参加者たちを歓迎して微笑んだ。
「こうして束ねると、ふんわりとしたボリュームを出すことができますよ。……上手くできなければ、ふたつみっつの花でもいいんです。少し重ねてやるだけで、とても綺麗になりますから」
ワークショップとはいえ、教えられることはそう多くはない。簡単に花束の束ね方をデモンストレーションとして見せたシスターたちは、あとを参加者たちの自由に任せる。
数多ある春の花から、選べるのはひとつきり。
束ねるリボンは、サテンやオーガンジー、コットンにレース。色はこれも、幅広く好きなものを選べるようだ。
「リボンをかけられたら、右手の扉から教会の庭へどうぞ。一本桜に見せてあげてください」
扉を抜ければすぐ、庭がある。こちらも大きくはないが、そのぶん樹齢を重ねて大きく枝を伸ばす一本桜が庭の全てを覆うように咲いているのが見えるだろう。花束を持って桜のそばに立てば、自然とどれかの枝が傍らに添うてくれる。完成した花束を桜に見せるように、そっと差し出してやるか、一緒に記念撮影をしたっていい。
ひまりはどこか青白い顔で、誰とも口をきくまいとするように虚ろな目をしたまま、それでもワークショップの隅に参加している。その視線は時折一本桜をどこか悲しそうに見て、花さえ選べずに落ちていく。
けれどもそれも、他の参加者たち――能力者たちが楽しげに花を選び、花束を作り、桜へ見せるのを見れば、何か感じるものがあるはずだ。
花束は自分のために作っても、誰かのために作ってもいい。花言葉を気にしてもいいし、気にしなくたってもちろんいいのだ。
好きな花をたったひとつ。迷う時間も、束ねる時間も――この春にだけ。
楽しげな声と春の花の彩りが、教会の中には溢れている。
どれにしようか、と言い合う声を聞きながらテーブルに並んだ花を見ていって、花喰・小鳥(ミグラトリス・シェルシューズ・h01076)は迷わずフリージアを選び取った。色は薄紫。束ねるのは――レースのリボンがいい。
選んだ花とリボンを手に、小鳥は座れる席を探すように視線を巡らせた。その実、座る場所は決めてある。
教会の端、ちょうど影になる席を選ぶようにして座っている|ひまり《・・・》の近くに、小鳥は腰を下ろした。近すぎず、遠すぎることもない。けれど周りとは切り離された穏やかな静けさの中で、小鳥が花を重ねる微かな音が際立った。ただ束ねるだけ――しかしこれが、意外なほど難しい。簡単そうに見えるものほど難しい例なのか、はたまた小鳥がいささか不器用なのか。ともあれ花を傷めないようにリボンを結んだり解いたりを繰り返していると、それが気になったのか、ひまりの視線が小鳥の方へ向いた気がした。ああ、今かもしれない。
「浮かない顔をしています。心ここに在らずという感じでしょうか」
顔を上げて、静かに声と視線を向けると、ひまりはさっと顔を俯けてしまった。元より返事はあまり期待してはいないから、小鳥はまた手もとへ視線を戻す。
「花は不思議です。自分の気持ちによって見え方が変わります」
いまだ纏まってくれないフリージアは、あるいは小鳥の内心を顕しているのかもしれなかった。綺麗に咲くだけ咲いて、自分の手では持て余す。
「自分の、気持ち……?」
頼りないひまりの声が返ってきた。小鳥は形良い唇に綺麗な笑みを少しだけ乗せて頷く。
「華やかで明るく、儚くも切ない、絢爛に咲き誇るように見えることもある。……けれど花は、ただ咲いて、私たちに寄り添ってくれているだけですから」
「……そう、ね。自分勝手よ、人間って」
ひまりは暗い声のまま呟く。あるいは大切な桜を切った『兄』のことを思っているのかもしれない。そう簡単に許せることでもないだろう。――それは小鳥も理解できる。
「フリージア。兄さんが好きな花なんです」
「……兄さん? あなたも、兄さんがいるの」
「ええ。ずっと会いに行くことを避けていました」
どうして、とひまりの視線が小鳥を、その手元のフリージアを追う。悪戦苦闘した花束は、ようやっと見られる形になってくれた。そっと、レースで結ぶ。これなら、見せられるだろう。
「赦せなかったから。でも、いまなら赦せるような気がしたんです。……きっと、春だからでしょう」
鮮やかな赤い瞳が、開け放たれている扉の向こうの一本桜を映す。
穏やかで優しい春の匂いに、失った|最愛《おもいで》が重なって、花びらに攫われていく。
柔らかな色で揃った春の花たちの中でも、薔薇はどうしても目を引いた。
手を伸ばして取ったのは、紫の薔薇だ。畏怖するほど鮮やかな|赤《彼女》ではなく、リリアーニャ・リアディオ(深淵の爪先・h00102)の二番目の姉の顔が過ぎっていく。花束らしくするために綺麗に棘を処理された紫の薔薇は、やけに優しいものに見えた。その柔らかさをそのまま束ねたくて選んだのは、サテンのリボン。
結ぶのはきっと難しくはない。けれどもリリアーニャは、いまだ教会の隅でただ座っているひまりの傍の席に座ってから、丁寧に花束を作り始めた。碧の瞳が紫をどこか懐かしそうに捉える。
「……もう会えない姉のことを思い出すわ」
何気なく口を開いた。ほとんど独り言だ。ひまりが聞き留めても、そうでなくても構わない。そうは思っていたが、微かな身動ぎの音を兎耳が拾うのはすぐだった。視線だけをやれば、ひまりと目が合う。あ、と気まずそうに視線が逃げて、それをそっと追うのはリリアーニャの静かな独白だ。聞いても構わないのだと言うように。
「姉と言っても、|正式《・・》な繋がりはないけれど……家の仕来りに潰されかけていた私を、外の世界に放り出した人だった」
「外の世界……? あなたも病気で病院に入れられていたりしたの?」
不思議そうにひまりが首を傾げる。正しくは全く異なるが、今はそれを伝えることに意味はない。だからリリアーニャは、そんなところ、と曖昧に微笑んだ。病んでいたのは、果たして誰だったのか。
「突然野放しにされて、目障りな私に消えてほしかったのだとずっと思っていたけれど」
もしかしたら。独り言を、|空想《もしも》が繋ぐ。ひまりの視線はじっとリリアーニャへ注がれていた。可能性を探すような視線のようにも感じる。
「彼女自身も何が最善かわからず、それでも私にどうにか逃げてと願ってくれていたのかも」
そう口にしてから、リリアーニャは困ったように眉を落とした。なんて、と囁く口元には苦笑が浮かぶ。
「美談にしすぎかしら」
「……いいえ。あたしの兄さんも、もしかしたら、――ううん、だとしても」
ひまりが苦しげに顔を歪める。リリアーニャはその|独白《ことば》には触れない。ただ、いつかひまりは兄の気持ちを少しでも理解できればいいと思う。リリアーニャにはきっと、もうできないことだ。
「聞いてくれてありがとう。……先にいくわね」
紫の薔薇をサテンリボンで結び纏めると、リリアーニャは微笑んで席を立つ。ただ優しい色をして咲く薔薇の花束が、生き急ぐ桜を追うようにふわりと揺れた。
「……折角ですから」
春の花束を作れと言われて、まず視線を持って行かれたのは桜の花枝だった。春の花としては一等印象深いそれは、おそらく|世界《どこ》でもそう変わらない。――氷野・眞澄(サイレントキー・h07198)が|道を踏み外し《・・・・・・》、生死を彷徨いながら眠り続けていた頃、枕元に飾られていた花も、桜だった。
生きているのか死んでいるのかさえあやふやな青白い顔をした男の傍に、定期的に飾られていた花。もちろん桜以外もあったが、桜が|視《・》えたとき、今は春なのだと知れたせいか、よく記憶に残っている。
――目覚めてみれば心の支えが喪われていた。
ひまりの絶望は、眞澄にも少しは理解ができる。
桜の枝をひとつ、ふたつ。よく花が咲き揃っているとはいえ、花束と呼ぶには枝のせいで寂しくなりがちだから、春を拾い集めるように数を増やしていく。殺風景な資料室に飾るためのものにするつもりではあるが、気づけば随分と華やかになった。見れば笑うだろうか、|幽霊《かれ》は。
シンプルなリボンで結んだ桜の花束を心臓のほうへと寄せる。――この音のおかげで目が覚めた。それだのに。
(全てに裏切られたような気がして、周りが恨めしくて、何より間に合わなかった自分が許せなくて。……どうにもならない身体が悔しくて)
だからと言って、何ができた? 誰にもどうしようもないことだったと理解している。あるいは少し流れが違えば、彼の中に眞澄の心臓があっただろうか。だとしてもどうにもならない。
かつて、息苦しいながらも希望を持った|未来《さき》へと駆けた二つの拍動は戻らないのだ。それならば。
眞澄の緑の瞳が、虚ろな顔をしたひまりを見つける。それでも彼女の視線は、咲き続ける一本桜に向かっていた。己の記憶の中の存在と重ね合わせているのだろう。
(呪いの桜を記憶した彼女が生きることで、彼女の中で桜は生き続ける――なんて。そんな風に思えたら良いのですが)
祈るような心地になるのは、ここが教会であればこそだろうか。
境遇も異なる彼女と全く同じ思いを抱えているとは思わないが、眞澄の中で息づき続ける|心臓《はな》があるように、きっと。
「泉純、教会へ来ると懐かしくなるんだ」
訪れた教会を見渡して、花岡・泉純(よみがえり・h00383)は穏やかに頬を緩めた。かつていた『花園』の聖堂とは違うけれど、教会として満ちる気配は、何処か通じるものがある。
「聖堂で歌うのが好きだったの」
神聖な静けさに自分の歌声が満ちていく感覚が好きだった。この教会は今、歌わずとも花に満ちているけれど。泉純の視線を追うように、霧生・果苹(fraction・h00462)も教会を、そこで歌う泉純を想像する。彼女にそんな思い出があるとは、初めて聞いたことだ。
「聖堂で歌う姿は、一度見てみたかったかも」
「ふふ、そのときは果苹も一緒に歌おうね。ね、果苹はなんの花が好き? 泉純は……桜と、ネモフィラが特に好き」
「わたしは……桜も勿論好きだけど、しいて選ぶなら、アネモネとスノードロップかな」
どちらかでも用意できれば嬉しいけど、と言っていると、ふたりの声を聞き留めたらしいシスターが、それならとネモフィラとスノードロップを携えて来てくれた。花束にできるよう、たっぷりと用意された柔らかな青と白に、二人もつい小さな歓声をこぼす。
泉純がリボンに選んだのはレース。春の空を吸い込んだような青いネモフィラを、そっと束ねる。そうしているとどうしたって、思い出されるのは。
「……許してもらえるなんて、思えるわけないのに」
「……泉純さん? どうかしました?」
「ん、なんでもない」
泉純はゆっくりと首を横に振る。果苹は首を傾げていたが、すぐスノードロップを束ねるのに集中した。こういうことはあまりしたことがないから、うまく纏められるか不安だったけれど、レースのリボンを丁寧に結えば、思ったよりもずっと綺麗な花束が出来上がる。
「できました……! ふふ、可愛い。できたら、一本桜に見せに行くんですよね」
「うん、泉純もできたから行こうか。……『一本桜』も懐かしいな」
思い出に浸るようにしながら、泉純も丁度出来上がったネモフィラの花束を手に、桜の下へ向かった。爛漫と咲き誇る一本桜はとても見事だ。わあ、と声を重ねて笑い合って、ふと泉純がその笑みを悪戯っぽく変えた。
「――ね、桜の樹の下になにか埋められてたり、するのかな」
「桜には伝説や不思議な話があるとは言いますけど……あまり良いものが眠ってるとは聞きませんね。泉純さん、そういうのは気になるタイプなんでしょうか」
「ん、ちょっと気になって。……ふふ、愛が眠ってたらロマンチックじゃない?」
なんて、と小さく笑って、泉純は手にした花束を果苹の花束へ近づけた。片手にはスマホがある。
「ね、果苹。花束持って一緒に自撮りしよ?」
「そうですね、花束も無事にできたし……」
そうは言うが、果苹は気恥ずかしいのか、泉純とのあいだを一歩空けている。むむ、と泉純の頬が少し膨れた。桜の下で遠慮もなしに一歩を縮めて、肩も花もくっつけて。
「……もっと近づかないと、画角に入らない、よ?」
「えっ、ちょ、これは思ったより近いというか……!」
「はい、チーズ」
頬さえ触れるかと言うくらいに近づいて、画角にふたりと桜と青と白が入ったのを確かめてからシャッターを押す。パシャ、と響く音が数回。
「ふふ、ほら、いいのが撮れた」
「もう……ふふ。記念の一枚ですね」
少しだけ眉を下げて笑った果苹に、泉純も頬をふわりと緩めた。花の盛りを迎えた桜は、はらはらと既に花弁を散らしはじめてもいる。淡い薄紅が、はらりと|蒼い花《ネモフィラ》に降ったそのとき。
――『あなたを許す』
|花園《どこか》からそう聞こえた気がしたのは、たぶん気のせいではなかった。
「春先の花は淡くて綺麗処が多いから、選ぶとなると迷うね」
「ええ、どの花にしようか迷ってしまいますね」
教会の中央通路に連ねられたテーブルを埋め尽くす春の花たちを前に、屍累・廻(全てを見通す眼・h06317)と目・魄(❄・h00181)は軽く顔を見合わせた。
「魄さんはどれにします?」
問う廻への答えとして、魄は迷う指先をキャットミントとローズマリーへ向ける。薄桃と薄紫――桜とも色味は良いだろう。
「家に咲き誇る小さな白い花に合いそうだな」
「良いですね。……なら、私は桜とカスミソウかな」
迷うとは言ったものの、やはり廻の視線は数多ある春の花の中から、桜へと戻ってくる。結局迷わず桜の枝花を手に取った。カスミソウを添えれば、より自分の中にあるイメージに近くなる。
「屍累さんは桜か、迷いない所を見るに外せない花だね」
「そうですね」
廻が桜に何よりも惹かれるのは、大切な人を想えばこそ。
互いに選んだ花は二種類。ワークショップとしては花束の花は一種類としているが、リボンを選びに行った先にいたシスターはそう堅いことは言いませんよと笑ってくれた。
「こんな感じでしょうかね」
廻はレースのリボンで花束を束ねる。自分のためであり、彼女のために作る花束だ。広がる花は淡く可憐で、脳裏に浮かぶ彼女の笑みとも重なる。
「ふふ、個性が出たな」
魄の花束は控えめな細めの麻リボンで束ねた。花も小さなものゆえに、小さく可愛らしいものに纏まった。
それぞれ上手くできた花束を手に、廻と魄は一本桜の咲く庭へ出る。歩み寄れば、すぐにも広がった桜の花が淡い色で見上げる視界を埋め尽くした。
「見事ですね。せっかくですし、写真撮ります? 何気に一緒に写真撮ったこと無いですし」
「ああ、いいね。写真なんていつぶりだろう。風情がある一枚にしたいところだね」
気安く言い合って、廻がスマホを取り出した。近くにいたシスターに撮影を頼めば、快い承諾が返る。それでは撮りますね、と聞こえてくるシスターの声に頷いて、廻と魄は肩を並べた。手には、春の花束。景色を埋め尽くすのは桜。――パシャリと何度か鳴ったシャッター音のあと、シスターから受け取った画面にはいかにも春の風情に溢れた一枚がある。
「良い一枚が撮れたんじゃないかな。屋敷に一枚飾っておこうかい?」
「良いですね、それ。撮った写真は帰ったらプリントして屋敷に持っていきますね」
屋敷に春が飾られるのも、そう遠い話ではない。
「春の花を楽しむ季節になったようだなぁ」
穏やかに、春の花を囲んで賑わう教会の景色と庭の一本桜を合わせ見て、トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)は楽しげにくふくふ笑う。これは『ワークショップ』というものらしい。社会勉強の一貫ということで、と主である緇・カナト(hellhound・h02325)を説得した記憶は真新しい。
(主を外に連れ出す理由は、多いに越したことはないしな……!)
この度も見事説得に成功したわけだ。トールがワークショップに興味あるなんて初めて聞いたんだけど、と胡乱な顔をされたのにはサッと顔を逸らしておいた。だって初めて言った。勿論興味がないわけではないから、この『仕事』を見つけたのだけれど。
早速並んだ花を選ぶために、トゥルエノはたくさんの春の花たちを見て回る――そうしながら、ちらとカナトのほうも見やった。胡乱だったその横顔は、ほんの僅かに教会の隅にいるひまりへと向けられている。
(最後に見る景色を選びたいって気持ちは、分からないでもないけれど)
まずは、今ある春の花見から。
「……此処だけでも、色とりどりの花畑みたいだな」
花束にするために集められた花たちは、どれも数を揃えてある。ゆえに、それらがずらりと教会の中央に並べられた机を埋め尽くすさまからして実に春らしい。ぽそりと落とすようにしたカナトの呟きを、楽しげなトゥルエノの声が拾い上げた。
「教会の内部でも花畑のような光景が広がるとは良きことだなぁ。主はどの花にする?」
「そうだな……ひとつを選ぶんだっけ」
カナトの視線がとりどりの色を揃えた花たちをなぞっていく。淡い色、鮮やかな色、さまざまあるなかで目を引いたのは――青い花だ。
「それ、ブルースターだっけ。それ辺りにしておくか。……身近に蒼い星みたいなヤツが居るからなぁ」
すぐそこで、トゥルエノが瞬く星のように大きな蒼い瞳をきらめかせた。
「ほほぅ、つまりは星の存在を身近に感じたい訳だな……! 主が青い花を選ぶならば、わたしは何れにしようかな~」
大輪も良いが、小さく集まる花も良いものだ。しばらく見て回って、トゥルエノが手を伸ばしたのは金色の花が咲き誇るミモザ。
「此のミモザも、星空みたいに見えないか?」
「ああ、良いんじゃない。青と黄色が並ぶと、星のアルビレオみたいで」
ほら、とカナトが自分の手にあるブルースターをミモザへ寄せる。二重星のように並ぶ花たちに、くふふとトゥルエノは嬉しげな笑みを咲かせた。
「何、ご機嫌だね。……一本桜に見せたあとはオマエにやるから、好きなリボンでも選べばイイんじゃないの」
「それでは我の眩い花束も主に贈呈しようではないか」
「……其れじゃあ夜明けみたいな紫色でも、共に結んでおいたら良いよ」
いらない、とは言われなかった。どうやら受け取って貰えるらしい。当然トゥルエノも主の花束を貰うつもりだ。それなら二つの花束を結ぶリボンは――主の好みそうな深い紫の、光沢を見せるサテンリボンが良いだろう。
「できたぞ、主。偶には目に見える繋がりも、良きものではないかな?」
「はいはい。……ほら、桜に見せに行くんでしょ」
とっとと行くよ、と呼ぶカナトの気のない声。けれどその手には、トゥルエノの花束と同じリボンで束ねられたブルースターが丁寧に握られている。
惜しみなく降り注ぐ春の光を受け取った教会の中は、眩しいほどに明るい。
並べられた机から溢れんばかりの春の花を囲んで、皆が笑い合っている――神聖さよりもあたたかな|愛《ぬくもり》に満ちた光景に、ヨシュア・ヴァルトシュタイン(「森の石」・h09600)は穏やかに目を細めた。
「懐かしいな。本当の教会はこういう場所なんだよ」
今は遠い記憶になった大切なものにそっと触れるような声音に、キアラ・ザ・アスフォデルス(|冥花の魔女《The Asphodelos》・h09526)も釣られるように表情をやわらかなものにした。
「……ずっと思っていたのだけれど、貴方にとって、教会って大切な場所なのね」
「そう見えるか?」
「そうね、わたくしの目には。……とても優しい場所だわ」
彼女にもそう見えていればいいけれど。キアラの赤い瞳が、いまだ影に座り込むひまりを映す。ヨシュアも一度ひまりへ視線をやった。
ひまりは教会に溢れる笑い声にぼんやりと顔を上げる。それから外の一本桜へと目をやった。――きっと、声は、ぬくもりは届いている。
「運命は変えられなくても、ここは主の愛が届く場所。きっとあの子も大丈夫。……おれらは出来ることをしよう」
「ええ、そうね。この光景と花の美しさが彼女を慰めると信じましょう」
信じることは、祈りにも似ている。この場所でなら、それも信じられる気がする。
ヨシュアとキアラも、花を囲う皆の輪に混ざっていく。開かれたそこには、当然のようにふたりを招き入れる穏やかさがあった。いつもこの場所に来ていた気さえしながらゆっくりと花を見て回る。
「キアラさん、どれにするか決めた? おれはカランコエ」
「あら、勿論」
迷わず頷いてキアラが手にしたのは青いヤグルマギク。数はちょうど十本。束ねるために選んだのは、黒のレースリボン。ヨシュアの手にも、同じリボンがある。
「手先には結構自信あるよ」
「わたくしもよ」
自信に満ちた笑みを浮かべて、キアラは花振りを揃えて花を束ね結ぶ。出来上がったのは、青く凛としたヤグルマギクの花束。ヨシュアの手元には、赤いカランコエが華やかに、愛らしく咲いた。
「……やっぱりおれには可愛すぎるか」
「そうかしら、素敵な花束だと思うけれど。あとは庭へ出て、桜の傍へ行けばいいのね」
「うん、行こうか」
連れ立って庭へ出れば、すぐに一本桜が惜しみなく咲き誇って迎えてくれる。柔らかな眩しさに目を眇めながら、ヨシュアは寄り添うように花開く桜へ花束を差し出し――それからそれを、同じように花束を桜へ掲げて見せているキアラの傍に並べた。ああ、やっぱりおれより似合う。
「……うん。満足。キアラさん、それあげる。キアラさんっぽく作ったやつだし」
「あら、わたくしにくださるの?」
きょとんと瞬いたキアラは、「こういうときはお土産を見繕ってやるものよ」なんてもっともらしく言うけれど。その手にある青い花束も、ヨシュアへと差し出された。
「でも、丁度良かった。わたくしもそのつもりでしたから、交換にしましょう」
「おれに?」
今度はヨシュアがきょとんとする番だ。それでも受け取れば、花束の青と、ヨシュアの持つ青がよく似合う。ほら、わたくしの思った通りね。
「澄んだ青色が、貴方に似合うと思ったの。それに、貴方の国では有名な花なんでしょう? 馴染みがあるものなら、きっと傍にあって落ち着くわ」
「……ふ。キアラさんもヒトのこと言えないじゃん。――でも、ありがと」
微かに、ヨシュアの口元にやわい笑みが浮かぶ。花言葉は信じてはいない。けれど、祈りを籠めるには最適だ。
「『|眷属《みんな》』も喜ぶよ」
「ええ、そう。|みんな《・・・》もね。……ひとときでも、あの場所を飾る彩りになれば嬉しいわ」
青色を赤に映しながら、キアラが微笑む。
儚く咲く桜の下、教会の庭で、ヨシュアは静かに目を伏せた。祈りのために。
――光の下で笑うトモダチに、沢山の思い出と幸福がありますように。
迷うほど多く用意された春の花たちを、どこか眩しくルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)は見ている。
ちょうど一年前、ルイは一人で、墓前への手向けのために花を選んだ。あのときと同じに花の季節は巡り来て――けれど今は、花を選ぶ理由が違う。
「同じ花でも、季節でも。選ぶ理由は、変わっていくのですね」
「ルイは、今日は何の――誰のために?」
柔らかな笑みを浮かべたルイへ、結・惟人(桜竜・h06870)は問いかける。勿論、己の答えも付随させた。
「私は、大切な人のために。大切な人を思い浮かべれば、迷わず選べる気がする」
少し面映ゆいが、と少し照れたように頬を緩めた惟人に、ルイも微笑ましそうに笑んで答える。
「今日は、隣で歩む『大切な方』のために花束を。惟人さんがそうされるように」
「ルイの大切な人は、どんな人だ?」
つい気になって、惟人は問いを重ねる。
「私が花を贈るのは……思慮深く、誇り高く、私を見守り、導いてくださる方です。……その方に相応しい私でありたい。そう、願っています」
ルイは脳裏にたった一人を思い浮かべるようにしながら、瞳を花へと向ける。その手が選び取るとは、白と紫のスイートピーだ。柔らかに咲く花を、光沢のあるアイボリーのリボンで纏めていく。
「ルイがそう思うほどの素敵な人なのだな。……相応しい自分で、その考えも素敵だ」
聞かせてくれてありがとう、と惟人は薄く笑む。そして惟人も花を選ぶために、瞳を春の彩りへと向けた。指先が黄色の木香薔薇と、ブルースターとムスカリで迷う。確か一種類と聞いたけれども、と悩みこんでいると、通りかかったシスターが、内緒話でもするように、構いませんよと笑いかけてくれた。その言葉に甘えて、花たちを青のオーガンジーのリボンで纏めようと、試行錯誤する。
「私が花束を渡したい人は……星を思わせるような人だ。一緒にいると落ち着いて、あたたかい気持ちになる」
だから、星空のような色合いは外したくない。花たちを重ねて、束ねて、そうしてようやく、
「……上手くできているだろうか」
「ええ、とても。……その方を大切に想っておられるのが、花束によく表れていますよ」
惟人が語った言葉も、花へ向ける眼差しも――あたたかく、尊いものだ。少なくともルイにはそう見えた。だからこそ、惟人が完成した花束を手に、いまだ教会の隅に座り込むひまりへと声を掛けに向かうのを見守る。
(彼の優しさが、癒しになればよいのですが)
難しいことを考えず、今の気持ちを花束にしてみればいい。そうそっと声を掛けられた少女は少し驚いたように惟人を、その手にある花を、そしてルイを見た。
愛しいものを想う眼差しは、やがて桜へも向かう。春のぬくもりを、想いを、花束に宿すように。それはきっと、ひまりにとっても希望であっただろう。
「はなやかなものから、かわいらしいものまで……いろんなお花がありますね……!」
春の光を受ける教会の中、まるで花畑のように揃えられた花たちを前に、廻里・りり(綴・h01760)は声を弾ませ、瞳を輝かせた。その隣で、茶治・レモン(魔女代行・h00071)もその瞳に春の色をとりどり映す。
「でも、選べるのは一種だけ……。では、りりさんにぴったりの花を、僕が選んでみせます。お任せください」
胸を張り、きりりと表情を引き締める。――笑むことを憶えた檸檬色は、すぐにやわらかく緩むけれど。それに釣られたように、りりもふわりと笑う。
「わたしもレモンさんに、こころをこめて選びますっ」
そうして花へと向けたりりの視線は、やはりなんども目を惹かれた白のスズランへと結ばれる。
(たしか、花言葉もすてきだったはず)
優しく手に取れば、可憐な花がふるりと揺れる。それが潰れないよう、まるい形になるように、花を少しずつ重ねてみる。
りりの隣で、レモンも花を選び取っていた。迷わず手にしたのは、青く星めいて咲くブルースター。
(やはり、りりさんにはこの花でしょうか)
一種類だけでも、花の魅せ方はある。じっと見つめて、レモンは少しずつ色味の違うブルースターの花を重ねていく――そうすれば、移ろう夜空のようなグラデーションが出来上がった。
(ふふ、りりさんの瞳にぴったりです!)
これなら間違いない、とレモンは花を束ねるリボンを選びにかかる。色は白がいいだろうか。種類は、
(サテンリボン、いやお洒落なレースもりりさんには似合うな)
ちらと横目でりりを盗み見て――余計に迷う。
「……え、どっちにしよう!? りりさん、どっちがお好みですか?」
迷うなら訊いてしまえと、レモンは隣のりりへ、花束に二種類リボンを添えて見せる。まだ完成していないそれではあるが、りりはぱあっと表情を綻ばせた。
「わぁ! やさしい色あいがとってもきれい! それなら……リボンは、レースで結んで欲しいですっ」
「わかりました、ではこちらのレースで」
「じゃあ、わたしは青色のオーガンジーリボンで結んでいいですか?」
かさなると色が濃くなるの、たのしいかなって。
言いながら、りりはスズランの花を丁寧に束ねて結んで見せる。それに、今度はレモンが表情を輝かせた。
「スズランの花束も、とても素敵で嬉しいです。りりさんのおかげで、特別好きになりました! それに、そのリボンは重なり合う色も楽しめるんですね、素敵すぎる……!」
「やったぁ、とくべつ好きになっていただけてうれしいですっ」
それじゃあこれを、とりりがスズランの花束をレモンへ差し出し、レモンはブルースターの花束をりりへと差し出す。それぞれ交換した花束を大切に抱えれば、自然と満面の笑みがふたりにも咲いた。
りりはブルースターの花束を自分の顔へと寄せる。きっとこの青色は、りりの瞳に合わせてくれたのだろうから。
「ぴったり、でしょうか?」
「はい、とてもぴったりです!」
「えへへ、ありがとうございます! たいせつにしますねっ」
りりとしても『ぴったり』だとは思っていたけれど、言って貰えればなお嬉しくなる。
「あ! お外の桜とお写真を撮りませんか? 思い出をいっしょに!」
「いいですね。今日の思い出に、是非撮っていきましょう」
――写真には、やわらかく咲く桜と、春の花束と、花のような笑顔が残されたようだ。
ひとりが抱える気持ちは、どうしたってそのひとりのものだ。
誰かに寄り添ってもらっても、あるいは吐き出しても、それを本当の意味で分かち合うことはできない。
似た気持ちは、一文字・透(夕星・h03721)の中にもあった。だから、少しわかる気がする。
(こういうときって、心の中はぐちゃぐちゃで、ぐるぐる巡ってまとまらなくて)
苦しいだろう、と思う。あくまでもそれは、透の勝手な想像だけれど。
それでも、そんなときでも、春を彩る色とりどりの花はとても綺麗で、この場にいる誰もが楽しげにしている。
(この時間を通して、ひまりさんの気持ちが和らげばいいな)
そう願って、透は花へと視線を向けていく。考え込むように、じっと花を見ている透を、一文字・冴(贋造・h03560)も見ていた。
冴としては、ひまりの抱く思いに水を差すつもりはない。けれど、彼女が自暴自棄になっている気もするのは確かだ。きっと実際に復讐がなされたなら、ひまりは耐えられないだろう――その全ても、想像に過ぎないけれど。
――ところで。
「透ちゃんは、誰か花をあげたい人、いる?」
「……えっ? あげたい人……?」
「いるんだ……」
「まだ何も言ってないよ、お兄ちゃん」
「だって、考えてたよね? 誰を想像したの? どんな人?」
「もう、何も言ってないったら。……ほら、お花選ぼう?」
矢継ぎ早に訊いてくる冴を、透は慣れた調子であしらう。心配してくれているのはわかるが、たまにこうして過ぎるから困るのだ。
「綺麗なのもかわいいのも、色々あるよ。見てるだけで楽しい」
「やっぱり誰かに、」
「お兄ちゃん、花、どれにする? 私はスターチスにしようかな」
冴の言葉をしっかり遮って、透は淡い紫のスターチスへと手を伸ばした。春のイメージといえば、やはり桜やチューリップが思い浮かぶ。けれど敢えてスターチスを選んだのには理由があった。――スターチスの花言葉は、知識、だっただろうか。束ねたのは、レモンイエローのリボン。
「はい、お兄ちゃんにあげるね」
「僕?」
「お兄ちゃん物知りだから、知識って花言葉がぴったりかなって」
「ありがとう……。じゃあ、僕はスイートピーかな。透ちゃんのこれからの生活が良いものになるように。門出の意味があるって、本で読んだから」
冴はレースで束ねたスイートピーの花束を、透へと差し出す。それを、透も礼を言って受け取った。家に帰ったら、花瓶に飾れば綺麗だろう。切り花は比較的早く盛りを終えてしまうことは知っているけれど、それもまた花の魅力でも――。
「枯れない呪いあったかな……」
「……干せばドライフラワーにできるよ?」
一応言い添えるが、冴に届いているかは怪しい。いかにも大切そうに花束を手にした冴は、それでもなおじっと透を見た。
「……それで、本当は誰にあげたかったの?」
まだ言うんだ。さすがにちょっと呆れる。――誰に?
改めて考えようとして過ぎった誰かは、
「んー……内緒かな」
「あ。僕にも自暴自棄になるあの子の気持ちがわかる気がする」
「自分で聞いたのに……」
「教会だったら軽くお祈りしてくかあ」
穏やかな春の気配に満ちた教会に入れば、自然とそういう意識になる――花村・幸平(フラットライン・h07197)の祖父母がそうだったからだろう。幸平個人としては、それほど熱心というわけではない。ただ、祖父母から教えられた祈りの作法は根付いてはいる。
「二人、どんな花が好きだったかな」
あたたかく開かれたワークショップの一員として、するりと混ざり込む。身知らぬ誰かの手にある花を綺麗だねえと褒める言葉も、この場でなら軽薄にもならない。
(じいちゃんとばあちゃんなら、ここにある花の何でも喜んでくれそう)
春なんかふたり手え繋いで頻繁にお出かけしてたっけ。視線で春の花たちを辿りながら、思い出すほど口元が平和に緩む。きっと今は天国でもそうしてるんだろう。
「……あ、スズランがいいかも」
ふと目に留まったのは可憐な白だ。白い花というのは外さないのだ、何事も。鮮やかな緑との色合いも清廉でいい。すっかり決めてしまえば、花を束ねていく手つきも迷うことがなかった。
(一種類だけっていうのがいいね、シンプルにも豪華にもできて、初心者にも優しいし)
この場にある花を組み合わせれば、いくらでも絢爛な花束を作ることもできるだろう。けれどこの場では、ただ春の花と向き合って選び、ひとつだけを重ねる何気ないひとときを大切にしている。祖父母も好きそうだなと思うのは、ふたりが敢えて質素な暮らしを選んでいたことを知っているからだ。
(じいちゃんたちに|あげる《・・・》なら、シンプルなのがいいな)
スズランのやわらかな可憐さをそのままにいくつかの花を束ねて、薄紫のリボンで結ぶ。結び目だけ少し凝ってみた。うん、かわいい。
「……はいできた。僕ってばこういうの、案外得意なんだから」
ふふんと得意げに笑っていれば、近くにいたワークショップの参加者たちが、綺麗、すごい、可愛いと口々に褒めてもくれる。でしょ~、なんてへらりと笑いながら人の輪を抜け出せば、すっかりはぐれたように声は追ってこなくなるけれど。
幸平は桜のそばに行って、祈りの作法をなぞる。桜にお祈りするのも変かもだけど。
「えーと、僕は元気にやってます。友達も一緒だよ。二人とも、天国でいつまでも仲良くね~」
やわらかな桜色の花弁が、スズランの花束へとはらりと降る。ちょうどふたつ寄り添って見えたそれに笑って、幸平は影を引かないきびすを返した。
「人間は何処でも同じことを繰り返すんだな」
なんて。
どこか冷え切った雨夜・氷月(壊月・h00493)の思考が、『仕事』の仔細として聞いた呪い、裏切り、復讐の言葉を思い返してはなぞっていく。意外性のない、よく聞く話だ。ありふれた悲劇。それを氷月もよく知っている。
(|オンナノコ《ひまり》に同情する気持ちがないわけじゃないケド)
それもたぶん、ほんの少しだけ。|そういうこと《・・・・・・》にして、氷月はワークショップのために並べられた数多の春の花の中から、桜の枝花を選び取る。既に断たれた桜の枝が寂しくならないように、白のレースのリボンで束ねて。出来上がったのは、シンプルながらも綺麗な桜の花束だ。
「……それじゃ、行こうか」
花束を手にして、氷月は一本桜のもとへと向かう。庭に入ればあっという間に視界を覆い尽くす大きな桜は、絶え間なく咲き、同時に散りはじめてもいる。その美しさに喉が塞がれたみたいに、いつもの軽口は出てこなかった。ただ、いつもより綺麗めに身支度してきてよかった、とは思う。
花束を、桜に見えるようにそっと手を添えて掲げる。
「……桜に見せに行くっていうのも、不思議な文化だ。随分と大切にされているね、アンタは」
見上げた先で、桜が風に揺れる。ふわりと風に攫われていく花びらは、開け放たれている教会にも降るだろう。穏やかな賑わいから逃げるように、氷月はここまで来てしまったのに。
「アンタは動けないくせに、ちゃんと見せにも行けるんだ。……いいね。多くのヒトに見守られて、見守って」
散る様さえ見送られて、見送って。
(……うらやましいな)
やわらかな春風にあてられたのか、ほんの少しだけそんなことを感じる。あるいは桜に意志がないからこそ、羨ましいと思うのか。
――それとも。
「……いや、今は、考えるのはやめとこ」
風に任せるように首を振る。あたたかな風が氷月の髪を撫でるように通り過ぎて、桜の花びらをそっとその肩に置いていった。
桜は化生にも至る。――そういう話は、捺の故郷たる√妖怪百鬼夜行でも聞く話だ。
だからこそ、ひまりの家族が信じた『呪い』の存在もないとは言えない。けれど、ひまりにとってはその桜こそが心の支えだった。
(つ、つらい……どうしたら良かったんだろう)
教会に入ってなお、捺はぐるぐると巡る思考を持て余している。既に桜は切られ、取り返しのつかないことではある。それでも。
(……せめて、悲しみを惨劇に変えるのだけは止めなきゃ!)
つい気持ちがつらいほうへと引きずられてしまうのを正すように、捺は背筋を伸ばした。だって、まだやれることはある。そのために捺は住み慣れた場所を離れて、ここまで来たのだ。――それにしても。
(√EDENの人って、ハイカラな服着てるなぁ……!)
ワークショップに参加している人々を見て、捺はぱちぱちと忙しなく瞬いてしまう。悪目立ちしないように、手持ちの中でも春着である桜色の書生服を選んできたけれど、雰囲気はどうしたって違ってしまう。それでも目立ちはしなかったのは、捺の衣装を褒めてくれる人も少なからずいたからだ。一本桜に合わせたんですね、和服はやっぱり桜に似合って、なんて話が穏やかに膨らむから、どきどきしながらも話ができた。
捺が花束に選んだのは桜だ。元々、捺の一番好きな花でもある。
穏やかながらも賑わう雰囲気が心地良くて、花束を作りながらつい鼻歌も交えてしまった。――お母さんがよく歌っていたっけ。そんなことを思い出せば、少し胸は詰まったけれど。
それでも手先が器用なことが功を奏して、綺麗な桜の花束が出来上がった。それを手にして、捺は一本桜もとへと向かう。
「綺麗……。あ、あの子――」
桜のそばからふと教会の中を見て、ひまりがこちらを見ていることに気づいた。桜を見ているのだろう。そう気づけば、また胸が痛くなる。その痛みでつい自分の両親のことまで思い出して、鼻の奥がつんとした。
「……で、でも泣かない! 悲しいけど、春と桜を悲しいものにしたくないから……!」
ふるふると首を振って、捺は花束を見せるように一本桜を見上げる。好きな花を、素直な心で好きでいたい。ひまりもそうだったらいい。そう思うから、捺の頬に笑みは浮かぶ。
「お父さん、お母さん。……見ててね。頑張ってみるから」
春を、桜を愛している人がいることを――家族に愛されていることを、彼女が気づけますように。
教会の中には、春の花畑が広がっているようだった。
「わ、お花がたくさん……!」
「ほんとだ、どの花も可愛くって目移りしちゃうね!」
つい声をあげたセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)の隣で、降葩・璃緒(花ひらり・h07233)も声を弾ませる。
花と触れ合うことを、心安らぐ時間を目的にした花束のワークショップ。ここで選べる花は、数多ある中でも一種類だけだ。話には聞いていたけれど、こうして実際に目にすると、言葉通り目が次々に花へ吸い寄せられていく気がする。
「こんな素敵なお花の中から、一つ、選ばないといけないのです、ね」
「そうだね、むむ……」
|植物《はな》が好きであればこそ、璃緒もつい真剣に悩んでしまう。結果、しっかり眉を寄せてしまったが――やっぱり、頭に浮かぶのは。
「降葩さんは、決まりましたか……?」
「うん! ボクはね、スミレにする!」
悩みあぐねた様子で、ちらりと璃緒を見たセレネの問いに、璃緒は満面の笑みで答えた。どの花も好きで、どの花も可愛い。それでもやっぱり、一番は変わらない。
「ふふー、一番好きな花だからね。花言葉通り、いつも『小さな幸せ』をボクに運んでくれるんだよっ」
言いながら、璃緒は迷わずスミレの花を手に重ねていく。花束としては小さくなるかもしれないけれど、それだって花言葉にぴったりだ。
「確かに、おっしゃってましたもんね。……ふふ、素敵な花言葉、です」
セレネはきょとんとした顔をして――それから、柔らかく微笑んだ。ただ、自分が選ぶ花はまだ決まっていないのだ。
「私は……一つを選ぶのが、難しくて。どのお花も、とても綺麗ですから……」
見るほどに指先は迷って、たったひとつを決められない。それでも――。
「……やっぱり、これにします」
迷って、迷って。ついにセレネが意を決して手に取ったのは、桜の枝花だ。
「やはり、春に思い浮かぶのはこの子なので」
「いいね! 春はやっぱり、桜が見たくなるもんね!」
璃緒が煌めくような笑みを向けてくれれば、それでセレネもほっとする。選ぶことに正解なんてないけれど、選択を重ねているのは事実だから。
「束ね方は……こう、でしたか? これも、難しい……です、ね」
シスターが見せてくれた束ね方を思い出しながら、花を重ねていく。リボンは、桜色のサテンと白のレースの二つの種類を手に取った。
「こうやって、リボンを組み合わせるのも、可愛いかも……」
「わぁ、リボンを組み合わせるの素敵っ。春らしい色で可愛いんだよ……!」
ボクはどうしようかなぁ、と璃緒はリボンとスミレの花を見比べる。それから、セレネの花束も。
「へへ、組み合わせるの真似しちゃおっ。……うん、できたっ。見て、セレネさん!」
璃緒が選んだのは、白と薄紫の二本のコットンリボン。二つを組み重ねて花を束ねれば、愛らしくも凛としたスミレの花束が出来上がる。
「ふふ、降葩さんのも、とても可愛くて……素敵」
「やったぁ、ありがとう!」
満面の笑みで、璃緒は花束を大切に抱える。開け放たれた扉の向こうには、咲き誇る一本桜が見守るように、そのやわらかな彩りを揺らしていた。
「一本桜さんも、きっと喜んでくれます、ね」
「ねっ、きっと気に入ってくれるはずなんだよ……!」
それじゃあ見せにいこう、と弾むような足取りで、璃緒は庭へと進む。それをセレネも追って――それを喜んで迎えるように、桜の花びらが舞っている。
穏やかに賑わう教会の中には、春の景色がすっかり収まっているようだ。
ラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)と神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)の目の前では、たくさんの花の中から一種類の花を選んだシスターが、花束の作り方をデモンストレーションしている。ステンドグラス越しに煌めく春の陽射しと、重ねられる春の花。そして外には咲き誇る一本桜が待っている――どこか物語めいたワークショップには、鏡華も心惹かれるものを感じた。
「ひとつの花で織りなす春の花束……もしよろしければ、鏡華さまへお贈りをしてもよろしいでしょうか?」
鏡華と同じように、楽しげに説明を聞いていたラデュレがそっと訊ねる。まるで秘密の話をするように隣から囁いた声に、鏡華はきょりと瞬いた。
「私に、ですか?」
「鏡華さまのことを思い浮かべながら花束を作るのは、きっと楽しい気がするのです」
「ふふ、嬉しいです。……では、私はラーレさんにお贈りする花束を仕立てるとしましょう」
「わ、交換こ、楽しみです……!」
嬉しげにラデュレは笑み綻んで、その瞳は花を探しに向かう。――やがて、その指先が選び取ったのは白いカスミソウだ。可憐で豊かな白い花が持つ花言葉は、幸福と感謝、そして、清らかな心。
(鏡華さまにぴったりです)
手で束ねただけでもそう思うけれど、金糸が編まれた白のレースリボンで結わえば尚更だ。
「完成いたしました……!」
「ラーレさんもですか?」
鏡華も、ちらりと隣の様子を伺いながら花束を作り終えている。選んだのは紫のラナンキュラス。束ねるのは、淡い橙のオーガンジーリボン。どちらもの花を見れば、ふたりの少女の瞳は同じほど煌めくけれど――交換こはもう少しあとだ。
「桜の樹へ、示しに行きましょうか」
「はい、お見せいたしましょう」
頷きあって、ふたりは一本桜のもとへと向かう。差し出して見せる花束は、それぞれがそれぞれのために作り上げた春の彩。それからやっと、花束は互いの手へ贈られる。
「わたくしが思う鏡華さまへのお花です。こちらをお贈りいたしますね」
「では、私からも。私が抱く、ラーレさんの形を贈ります。……花束に込めて。とてもあたたかい体験ですね」
「ええ、とても楽しかったです……!」
笑い合って、ラデュレと鏡華は教会へと戻る。そのときにちょうど、ひまりが座り込む席を見つけた。ふたりはまた顔を見合わせる。けれど、迷うことはなく――ふたりの声はひまりへと向けられた。
「こちら、桜の樹が良く見えますよ。綺麗ですね、桜。春を感じられて、とても好きなのです」
「私も、おかげでとても楽しく花を選べました。桜に示したことで、花束が春の祝福を受けたような気がします」
ひまりは驚いたような顔をして、ラデュレと鏡華を見上げた。けれど伝えた言葉は、確かに届いたのだろう。どこか泣きそうな顔をした瞳が一本桜へと向けられて、ふたりへも、頼りないながら「教えてくれて、ありがとう」と声が返った。
「わあ~! はるのお花た~くさん……!」
「ね! 春は本当たくさんのお花があって、芽吹きの季節なんだなぁ」
教会の長い通路に並べられた机を埋め尽くす春の花たちは、まるで花畑のようにその彩りを光の中にやわらかく広げている。
「どのお花もかわいくてまよっちゃいますね」
あちらこちらと煌めく眼差しを注いで、ココ・ロロ(よだまり・h09066)はふわふわの尾を揺らす。釣られるように夕星・ツィリ(星想・h08667)も頷きながらふわふわと笑い返した。その指先が迷いながらも選び取ったのは、ひらひら、ふわりと広がる青色の。
「ツィリさんはそのお花ですか~?」
「うん。デルフィニウムって言って……少し特別な花なの」
「わ、そのお花デルフィニウムというのですね。ひらひらふんわりかわいい」
それに、とココは花とツィリを見比べる。ああ、やっぱり。
「やさしいあおの、ちょっぴりツィリさんっぽいやも」
稚い笑みを満面にして告げられた言葉に、ツィリはそっと手にした花を抱きしめた。
「……その言葉、すごくすごく嬉しい」
特別な花だからこそ自分に重ねられることが嬉しくて、自然と柔らかな笑みが浮かぶ。ココくんはどうする、と訊いてみると、ココはまだ迷っている様子できょろきょろと花を見て回った。
「ココは~……ポピーにする! まあるくぽかぽか、げんきになれるお花なのです」
小さな前脚が、大切そうにポピーを選び取った。丸く愛らしく、鮮やかな花が揺れる。
「ふふ、ココくんらしい、可愛くて優しいお花。……ね、折角の春の花束だし、記念に一輪交換して花束を作ってみない?」
「……こうかん? わ~たのしそ! やろ~!」
名案とばかり、互いの花が一輪ずつ交換される。一種類の花束というワークショップの基本からは外れてしまうけれど、春の花を楽しむやりとりを止められることは決してない。
「ふふ~、もっとかわいくなりましたね。……ん~、でも、もひとつほしいような~」
「そうだね……できたらあともう一色欲しいかも」
花束を見つめたツィリも少し考え込む。そこで、ココはひらめいた。
「……はっ、ツィリさん、ひまりさんおさそいしてみましょう」
「ココくん、それ、ナイスアイデア!」
新しい彩りにも出会えるし、みんなで作ればきっと楽しい。――ひまりはまだ、教会の隅で花を選べずにいるようだから。そうと決まれば、ふたりはぱたぱたと弾む足音で、ひまりの元へと駆けていく。
「えへへ、こんにちは~。よければいっしょにつくりませんか~? じつはココたち……お花のこうかんこしてるのです」
「こんにちは! 他にご一緒してる人がいなかったらぜひ」
唐突に声を掛けられて、ひまりは随分驚いたようだった。けれども、ふたりの純真な笑顔と花束と真っ直ぐな誘う言葉に、躊躇してからそっと声が返る。
「……あたしも、いいの?」
ずっと俯いていた瞳は、やっと花を映している。頼りない声に、ツィリとココは声を揃えて、
「もちろんです!」
――そうしてそれぞれレースとオーガンジーのリボンで束ねられた『とくべつな花束』には、桜の枝花が交えられていたようだ。
桜のように儚いもの――それがヒトの子の命だと、ララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)はよく知っている。
その儚い命は、病に囚われているという。花を咲かす稚い瞳が、沈んだ顔をしたままの少女を映した。
「ままならないものね」
「ああ。……生きていてほしい、家族の気持ちが、か」
ララの傍で、詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)もその瞳に長い睫毛の影を落とす。儚い色を映した瞳は、ふとララへ向かった。|救済《きせき》を齎す迦楼羅天の雛女に。
「ひょっとして、ララの|聖血《アムリタ》 なら病を治すことも……」
「あらイサ。奇跡は己で掴み取るものよ」
当然のように紡がれた声は、否定をしない。もしもひまりが救済を望めば、ララは躊躇わないだろう。けれども、今は。
「ララたちは……きっかけを作るの。イサ、こっち」
「……それもそうだな。俺らは春の希望を結べばいい」
イサも頷いて、花束を作るために教会に揃えられた花の傍へとララの手招きに応えて歩み寄った。
数多咲き揃う花たちのなか、選べるのはひとつだけだ。
「むう……お花は一つだけなのね」
「ああ。ララはどれにする?」
やっぱり桜だろうか。それとも――思い巡らしながら、イサの指先は迷わず桜色のアネモネを選び取っている。
「お前はアネモネ? 桜かと思ったわ」
「……うん、まあね。ララは……白薔薇?」
気恥ずかしくて彼女の瞳の赤を選べなかった、なんて話は秘めて、イサはララの手にしている白薔薇に首を傾げた。ララこそ桜かと思ったのに。素直に零した言葉に、ララはくすりと笑って白薔薇みたいな護衛の横顔にアネモネの瞳を流す。
白薔薇とアネモネを結ぶのは、お揃いの白く透けたリボンだ。どちらの花束も、綺麗に出来上がる。そうして出来たばかりのアネモネの花束を、イサはひょいとララへ差し出した。
「やるよ」
「え、ララにくれるの?」
「ララにやるために作った」
「ふふ、嬉しいわ。ララの花束も、イサにあげる」
「……交換こか。悪くないかな、ララにしては綺麗にできてるし」
花束を交換して、イサは白薔薇を手に収める。いかにも意地悪に渡した感想に、むう、とララの頬は膨れてしまうけれど。
「素直じゃないのね。|一本桜《あの子》にあげる?」
「だめ。……でも、見せてはやりたいな。ほら、行こう」
そうしてララとイサは一本桜のもとへ辿り着く。互いに手にある花束を掲げて見せれば、桜に寄り添うように花束の花が春風に揺れた。――ひとりではないと、愛されているのだと示すように。
「ララの作った花束、綺麗だろ?」
イサは自慢げに白薔薇の花束を一本桜へ見せた。イサがアネモネを選んだように、ララもイサのために作ってくれていたなら。そんなふうに、自惚れている。
「でもあげられない。これは俺だけの春だから」
「……春、ね」
ララの贈った花束を手に嬉しそうに笑うイサを見れば、ララの胸の裡もぽかぽかとしてくる――春みたいに。希望のように。
(……ひまり。お前の心にも、優しい春が届きますように)
祈りに似た花の眼差しが、教会から見ているだろう少女へとひととき向けられる。その視線をイサも追って、花束を抱き寄せて、桜のそばで笑みを深めた。
(あの子が笑ったら、ララはもっと喜ぶから)
少しだけこの|希望《はる》を、お裾分けできればいい。
信じていたからこそ、悲しみは深くなるものだ。
不安が付き纏う中で見つけた唯一の安寧も、それを失う悲しみも――|彼女《かぞく》に生きて欲しいと願う兄の想いもわかる。
わかればこそ。
「悲しいままでは終わらせたくないよね」
春の花と光を集めたような教会のなか、いまだ沈んだ顔をしたひまりを視界の端に留めつつ、浮間・ヴィヴィ(露華・h00173)はワークショップの輪に加わる。説明は手軽に終わり、任せられた花の選択にヴィヴィは迷う。
彼女の気持ちが少しでも晴れるように、と参加はしたものの。
(恋しいものに寄せるのは酷だよな……)
今もひまりは、どこか虚ろな顔で一本桜ばかり見ている。すぐそこで咲き誇る恋しい花は、その心を抉りも癒しもするだろう。
「……どの花にするか決めました?」
いよいよヴィヴィが悩みこんだ頃、隣からふと声が向けられた。見れば、色と大きさの違う瞳がヴィヴィを見上げている。
声を掛けたのは吉祥・わるつ(浄刹・h05247)――兄と妹のさみしい話を通り過ぎることができなくて、ワークショップへ参加した。とはいえ、ヴィヴィと同じく花に迷ってしまったのだけれど。
「私はまだ迷ってて……春の花は、優しい色が多いから」
「ありゃキミも? アタシもまだかなぁ~。春の花に、春を彷彿とさせるなとは無理だもんなぁ……」
「そうですね……。でも、このワークショップに参加してるなら、ひまりさんも春の花は好きなんだろうし。それなら、花言葉も知ってるかな?」
話しながら、わるつは赤いスイートピーを選び取る。柔らかで鮮やかな花弁は、その彩りをくっきりと記憶に残すようで。
「花言葉がね、優しい思い出なの。ひまりさんや彼女を取り巻く人たち……みんなにその記憶が残ってほしい」
「花言葉か……。じゃあ、アタシはこれかな」
ヴィヴィが選んだのは、桜とは正反対のネモフィラだ。花言葉は『あなたを許す』――ひまりにも、そう思ってほしい。それに軽くカスミソウも添えて、淡い紫のリボンで綺麗にまとめ上げる。
その隣で、わるつの花束も白いコットンとレース、そして綺麗な金色のサテンリボンに彩られていた。
「おや、綺麗な色だねぇ」
「お兄ちゃんの瞳の色なんです」
「お兄さん? キミはお兄さんが大好きなんだねぇ」
「ふふ、はい。やさしくて、頼もしいの」
嬉しそうに笑って花束を仕上げるわるつに、ヴィヴィは微笑ましそうに笑う。できた? できました!
「お姉さんも素敵な花束! ねぇ、一緒に見せに行きませんか? 一本桜も、喜んでくれると思うから」
「ん? いいとも。是非ともお供させてもらおうかな」
「ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべて、わるつはスイートピーの花束を手に桜のもとを目指す。その傍らを、ネモフィラの花束を持ったヴィヴィも歩いて、視界を埋め尽くす春の彩りを見上げた。ひまりもきっと見ているだろう。『思い出』と『許し』を掲げられる、桜のもとで。
「なっちゃん! こっちこっち!」
ぱたぱたと弾むような足音が、光に満ちた教会の中を駆けていく。それを、手を引かれた穏やかな足音が追って。
「ラズリ、そんなに急がなくても花は逃げないよ」
「なっちゃんは逃げるかもしれないし」
「もっと逃げない。ほら、転んでしまうよ」
困ったように笑いながら、鴛海・惺南(Southern Cross・h06540)は手を引く鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)の手を握り返す。ぴょこぴょこと跳ねる兎の足取りに釣られて、惺南まで少し駆けてしまうけれど――おかげで、ワークショップの輪に難なく加われた。
「たくさん春の花があるね。……このワークショップ、一緒に参加したかったの。なっちゃんなら得意でしょう?」
「確かに花束作りは慣れてるけど」
何せ惺南は花屋とも名乗れる。けれどもだからこそ、自分の好きなように作るとなると少し悩んでしまった。
ラズリも、目移りしちゃうね、と迷ってしまう。あちらこちらと揺れた瞳は、結局青のもとへ戻ってきた。
「私は……これ、かな」
選び取ったのは、青いデルフィニウム。束ねるリボンに選んだのは――惺南の瞳と同じ、青のレースリボン。手先には自信はあるけれど、なるべく丁寧に結んで。
「できた!」
「それは……デルフィニウム?」
「そう、綺麗にできたよ」
「うん、上手」
ラズリの作った花束の出来栄えに、その満足気な顔に、つい惺南の眦も緩んだ。きっと此処にある花たちをよく見た上で、その意味も知って選んだんだろう。
「なっちゃんは……」
「……内緒」
ひょこりとラズリが覗こうとした手もとを、惺南はさっと隠してしまう。何でって、何となくだ。熟考の上で選んだ、薄紫のサテンリボンで結わえたブルースターの花束が、気恥ずかしかった。
「隠しちゃった、ずるいんだよう……!」
ラズリも拗ねたように頬を膨らませるけれど、無理に暴こうとはしない。覗く代わりに、庭のほうへときびすを返した。
「ね、桜に贈りに行こう」
再び、惺南の手が引かれる――今度は一本桜の樹の幹まで。
花束を携えて、ラズリはそっと桜の幹に手を添えた。はらり、ひらりと咲いて散る花びらが美しい。見て、と差し出した花束は、ラズリにとっての誓いでもある。
(まだ知らない遠いもう一人の私へ。ちゃんと隣の大好きなひとを――)
「……幸せにします」
花に寄せて呟いた言葉は、当然すぐ傍の惺南にも聞こえていた。想い託すように桜を見上げていた瞳が、きょとりと瞬く。
「……それ、俺へのプロポーズ?」
「ふふ、そうかも!」
はにかんだように笑ったラズリが、だからほら、と惺南の手に青い花束を渡す。
「笑って、なっちゃん。私が壊れるまで傍にいるの」
健気に笑う少女に、惺南も笑う。――その髪に、そっと|青い星の花《ブルースター》を飾った。
(俺だけが咲かせられるきみへ)
幸福を祈って。
「ねえ、貴方で花束を作らせて?」
迷って春の花たちを辿っていた海のような瞳が、ふと桜色の薔薇へ視線を寄せて笑った。
どの花の色も花びらの形も華やかで、|どの花《だれ》も好きだと言えるけれど――春咲きの薔薇は、最初に竜宮・永遠(恋心・h00149)の視線を吸い寄せていった花だ。
そっと花を手に取って、シスターたちに教わった通りに重ねてみる。
(こうすれば、ふんわり感が出て……ふふ、可愛い)
重ねていくだけでも、淡い花たちが寄り添えば愛らしい。きちんと花への触れ方を知っている器用な指先は、小さな頃に花冠などを作っていたおかげだろう。いつからそうしなくなったのか、はじめて作ったときのことは――今は思い出せないけれど。
それでも永遠は迷わず花束を作り上げていく。最後に白のレースリボンで優しく結んで。
「……できた。でも、仕上げはあの子とね」
満足そうに目を細めて、永遠はひらりと尾鰭を翻す。目指すのは勿論、一本桜の待つ庭だ。庭へ出ただけで、やわらかな桜色が視界を埋め尽くす。花の海を泳ぐようにふわりと桜の幹のそばまで行って、永遠は一本桜をへ花束を差し出した。
「ほら見て、貴方とお揃いの色よ」
とっても可愛い、と微笑めば、あたたかな春風が応えるように花束を、永遠の白雪の髪を撫でていく。ああ、ちゃんと見えているのね。
「小さい頃は、よく白詰草や蒲公英で花束や花冠を作ったわ。その度に両親や|婚約者《あの人》にあげてたの」
懐かしくて優しい思い出は、あたたかな思いで永遠の胸を満たしてくれる。一本桜にとっても、そうならいい。
「でもこの花束は……ふふ、私と貴方だけの思い出ね?」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて、永遠はスマホを取り出した。当然のように開くのはカメラ。慣れた様子で覗く画面には、永遠と花束と一本桜が映っている。
「そして私は欲張りだから、思い出をもうひとつ増やすのよ」
別々の命が生きて、今日ここで出逢ったその記念を。
さあ笑って。永遠が花たちへ笑いかければ、淡い色をした花弁が頷くように揺れる。
パシャ、と思い出を増やす音が何度か響いて――失ったものさえ埋めるように、笑顔が短い春に降り積もっていく。
「んー、病ですか。戦って倒せるモノなら簡単なんだけどね」
「そうですね……病も、敵の如く斬り払えればいいのに」
そう思うのは戦いに長けたふたり――九鬼・ガクト(死ノ戦神憑き・h01363)と香柄・鳰(玉緒御前・h00313)であればこそだろう。ひまりを蝕む病魔は、影をちらつかせる古妖を倒したところで快癒しない。だとしても。
「少しでもこの機会に生きる意味をわかってもらえるといいね」
「はい。今日の時間はきっとひまりさんに変化を与えてくれる……そう思いたいです」
春の花と光に満ちた教会の中は、あたたかく穏やかな時間が流れている。既にひまりを気にかけている能力者たちも見受けられるし、鳰たちがはじめに見たときは暗かったひまりの顔も、少しずつ上向いているように思えられた。積み重なればきっと、変化が起こるかもしれない。
「んー、教会なんて無縁な人生だったから来ることはなかったけど、意外と綺麗だね」
「私も教会に立ち寄る機会は多くありませんが、落ち着く場所ですね」
花と共に開かれた雰囲気のある教会は、誰しもを受け入れるような落ち着いた美しさがあった。中でもやはり目を引くのは、教会らしいステンドグラスだ。
「鳰、見てごらん。ステンドグラスが綺麗だよ」
ふと目に留まった煌めきを、ガクトは示す。鳰の瞳は形を確かに捉えることはできないが、その光は届いた。
「本当に……なんて綺麗」
目を灼く光ではなく、とても優しい光がガクトの声と共に見えて、鳰は穏やかに微笑んだ。
鳰とガクトは、花の揃えられた教会の中央通路へと進む。
「春の花といえば桜と、個人的に藤ですが……こうして見るとたくさんの種類があるものですね」
「ああ、確かに種類が多いね。いろんな花の匂いが混じってるけど、鳰は大丈夫かい?」
視覚が朧げなぶん、鳰の嗅覚は人よりもずっと敏感だ。しかし心配げなガクトの声に、鳰は笑顔を返した。
「ええ、むしろ香りに囲まれて心躍ります!」
「それなら良かった」
ガクトの口元にも微かに笑みが浮かぶ。戦いのみならず、穏やかな花にも似合う笑顔はふたりぶん。
いざ花束を作るとなれば、その表情も真剣なものへと変わる。
「折角の花束、『藤や』で飾れるものがいいですね」
「……君はいつも私や店の事が優先だね。嬉しいことだけど……自分のものから考えたっていいのに」
「主や主のお店を優先するのは当然です」
鳰はきっぱりと言いきって、また花へと生真面目な視線を向ける。それを緩めさせるように、ガクトが「じゃあ」と口を開いた。
「お互いの花を選んで、桜に捧げようか?」
「まあ、お互いの? それは光栄な……」
少し驚いたように鳰は小首を傾げる――恐れ多い気もするけれど、嬉しいのも紛れもない事実だ。
「……でしたら、私も心して選びます」
「んー、……なるべくなら気軽にね」
とはいえ、言ったところで鳰は心尽くしに花を選ぶだろう。ガクトはそれもわかっていたから、重ねては言わず、鳰に贈るための花を探していく。
(んー、どの花も綺麗で花言葉も素敵で、迷ってしまうね)
とはいえ、鳰に贈るとなれば、どうしたって思う花は――、
鳰は色や香りを頼りに、花を選びにかかっている。迷うその手が見つけた彩りと香りは――ライラック。
(藤のような淡紫がガクト様の御髪のようですし……香りも『藤や』に馴染んでくれそう)
決めてしまえば手先は迷わない。重ねたライラックを、生成りのリボンで束ねる。
「鳰、できた? ……ライラックかい?」
「はい。ガクト様の御髪に似ていると思って……ほら」
鳰は完成した花束を、ガクトの髪のそばに添えて見せる。思った通り、柔らかな色合いはよく似ていた。
「んー、確かに店と私に良く似てるね。飾っても違和感なく馴染みそうだ。……似合ってるかい?」
「ふふ、とても。ガクト様は――ふふ! やはり藤ですよね」
その手にある花の彩りと香りに、鳰はつい表情を綻ばせた。先程から親しい香りがしていましたもの、と言う鳰に、ガクトも頷く。
「これは『藤や』の藤の花だよ。不思議とあそこでは一年中咲いてるけど、元々春の花だから。それに、君に藤以外を着飾るのもあまり好ましくないからね」
あげる、と差し出された緑色のリボンで束ねられた花束を、鳰は心底嬉しそうに、大切そうに受け取った。
「とても、とても大切なお花です。ありがとうございます」
「鳰も、ありがとうね」
互いに交わした花束を優しく抱えて、二人は一本桜の待つ庭へと踏み出していく。桜へと花束を見せれば、その願いを受け取るように柔らかな春の風が花弁を撫でて、桜の香りで包んでいった。
「君とあの子がコレからも生きる意味を見つけて進んでくれる事を願って」
「……あらあら。私はもう主の為に生きると決めておりますのに」
「教会で編む春の花束とは、|娘子《花嫁》の夢を誘うようだな。お前さんはどう――、」
穏やかに開かれた教会に集う春の花。春のあたたかな陽射しを受けたステンドグラスが、とりどりに出来上がった花束たちを彩っている。そのさまに目を細めた小沼瀬・回(忘る笠・h00489)は、言いかけた言葉を自分で引き留めた。胸に去来した想像が思いがけず刺し込んできたせいだ。
「いや、……いや、聞くまい。仮初でも父の立場であるゆえか、巣立ちを思うと花も散る心地だ」
「あははっ。勝手にもしもを描いて、花を散らさないでよ」
回の傍ら、ころころと笑い転がすのはステラ・ラパン(星の兎・h03246)だ。勿論、ヒトの身を得た女子の端くれとして、そういったことにも興味はあるけれど。
「いつ来ると知れぬ巣立ちに憂う時間が勿体ない。今、共に過ごす時間の方が大事だろう――ねえ、とうさん?」
ステラは笑いながら回の背を軽く押す。急激に鈍くなった回の足取りは、呻きと共にどうにか進んだ。
「ぐ、……仕方ないだろう。父の性とはそう云うもので、子の成長とは早いものだ」
永きの時間を知ればこそ、その移ろいの儚さを回もよく知っている。ステラの見目が稚いことも相俟って、そういった想像を富にしてしまうのかもしれなかった。戯れて共に過ごす此の時間も同じに、直ぐさま過ぎ行くのだろう。
「ほら、丁度年を重ねる時期であるし――」
いまだ背を押されながら、回ははたとする。――そういえば、古物を巡り迎えたことはあっても、贈り物をしたことが未だないのだ。
気を取り直すように咳払いをする。それでぐずついた父の面が繕えるかといえばそうでもないが、こういうのは気の持ちようだ。しかし、格好がつかぬ様からでは言い出し難い。随分言い淀んでいると、ステラのほうが促すように首を傾げた。
「なんだい?」
「……なあ、花を贈られたことはあるか。佳日にひと花添えたいんだが、いいかね」
いかにも気恥ずかしげに目を逸らすさまに、きょとりとしたのはステラのほうだ。すぐ、ころころとまた笑う。
「おや、随分かわいい仕草じゃないか。君のそんな伺いに、否と答える僕じゃないよ」
回の躊躇いに対して対照的に、ステラは迷わずそう口にした。続いて、稚くも凛とした赤の瞳が悪戯に笑う。
「贈られたこと、は――今日以降、在ると答えられるようになるね」
つまりはない、ということだ。白兎の耳が嬉しげに揺れる。そうしてそのままに、ステラは続けた。
「と、くれば――勿論、君にもだ。お互いに、は譲れないよ?」
「む。……柄でもなくはある、が」
回としては、辞したい気持ちがないこともない。しかし、ステラの言葉を借りるならば。
「私も今日以降、花を贈られたことが在る、と答えられるなら……まあ、いいか」
結局は相好を崩す。それにステラはますます機嫌よく兎耳をぴんと立たせた。
「大丈夫、春の教会に抱く花――似合うのは花嫁だけじゃないさ」
「……花嫁に連なるのは微妙だが」
「そうかい?」
それじゃあ花を選ぼうか、とステラは数多咲き揃う春の花たちへと視線を注ぐ。しかしいざ選ぶとなればあれこれ迷ってしまうのは致し方なかった。選べるのはたったひとつ。たっぷり迷いながらステラの手が選び取ったのは、赤いカルミアだった。
(|唐傘《きみ》によく似ている)
小さく咲き誇る赤に微笑んで、花を重ねて花束にしていく。何よりは、カルミアが抱く花言葉が添えば良いと思ったのだ。
「できたかい?」
「ああ」
丁寧にリボンを結わえて振り向けば、ステラの目線の高さに出来上がった青い花束が見えた。
回としては、花を選ぶのに迷うことはなかったのだ。――|青星の花《ぶるーすたー》は、この上なく彼女に似合う。宵の帳でくるむようにやわらかなサテンで結わえば、春の星めく花束が出来上がった。
「ふふ、可愛いね。そうして、僕の好きな花だ」
「春の星、と云えば真珠星も浮かぶだろう。そちらも真白のお前さんを想えて良いし……何より、『幸福な愛』満つ日々であれとな」
「ふは、花束に籠められた意味からしてたっぷりじゃないか」
茶化すような声音ながらも、緩む頬は心底嬉しげな素直さを伴う。それを見て取って、回も満足げな笑みを唇に乗せた。その手もとに、カルミアの花束が差し出される。
「似ているだろう、きみに。花言葉は展望さ」
「……花傘は愛らしいが、随分と眩い言葉だな」
大きな希望、賑やかな家族、爽やかな笑顔。数あるどれをとっても、回が添うには難度が高い。思わず笑みもぎこちなくなるほどに。けれども、滲む喜色は確かで、惜しみなく見せるものだ。
「『爽やかな笑顔』には期待するなよ。外注でお前さんに添うて貰う他ないぞ」
「おや、どうだろうね? 予想を『裏切って』期待に応えてくれると信じてるよ」
なあんてね、とステラは楽しげに笑う。回はますます眉根ごと応えを捻くれさせるしかない。
「期待のほうを『裏切る』やもな?」
「大丈夫、想像通りに似合っているよ。……できたら、桜に見せるんだったね」
回から貰ったブルースターの花束を手に、ステラは一本桜の待つ庭へと足を進める。それに回もカルミアの花束と伴った。
そうして、桜へと花束を掲げる。
「見せるだけだぞ、私のだからな」
捻くれた言葉は言えど、向けられた賛辞も添う花言葉も嬉しいものに違いはない。どこか誇らしげに桜へと告げる回を見上げて、ステラはつい笑い零した。
(なんだか稚くてかわいい、なんて。言ったらまた眉間に皺を寄せるんだろう)
だから、言わずに秘めておく。代わりのように取り出すのは、記念写真のための端末。
「ほらほら『見せるだけ』なんて勿体ないよ。こういうのは記念に残しておくものだ」
「笑ってないで其方も見せつけてやれ」
「はいはい。こっちにおいで、とうさん」
ステラは花を掲げる回の裾を軽く引いて、桜と花とふたりが画角に収まるように肩を寄せる。
「せーの、」
パシャリ。
――春に誇らしげに咲く桜の傍で残された一枚には、互いに贈った花束を抱く傍ら、曖昧なぴーすが収まっている。
「やあ、可愛い子! お名前は?」
唐突で、けれども明るい声掛けに、ひまりは俯けていた顔を上げた。見上げた先にぴょこんと跳ねる兎耳――ウサギ? 不可思議を認知したところで、この√EDENでは程なく薄れゆく記憶ではある。それでもそのとき、ひまりにとっては楽しげな兎の|女性《ひと》が溌剌とした声を向けてきたように思えた。その勢いに巻かれるようにして、つい名前を答えてしまう。
「あ……ひまり、だけど」
「ひまり? 陽だまりちゃん? 良い名前だ。あたしはウサギだよ」
うさぎ、と半ば呆然と瞬くばかりのひまりの隣に、梅枝・襠(弥生兎・h02339)は躊躇なく座った。教会の隅の席は、前方のステンドグラスや窓から差し込む光とは対照的に薄暗く、ひまりの顔もそうだ。
「鬱々とした顔をしている。いやしていたね。こんなに花やかな場所なのに! どうして?」
遠慮なしの問いかけは、いっそ清々しくひまりへ通る。そして問うた襠としては、答えは聞くまでもないのだ。
「いや、理由はいらない。もしや――お茶が足りないんだね?」
「……え?」
「え?」
見合って、二秒。ひまりが困惑した顔で、しかしきっぱり答える。
「違うわよ」
「違う!? ひらめいた! そんじゃ花作りだ!! さあ行こう!」
ガンッと横面を殴られたような声をあげた襠は、その勢いのままにひまりの手を引いて花の並ぶテーブルのほうへとずんずん進んでいく。ひまりも困惑こそすれ拒否することはなく、ついに花の前に、明るく開かれたワークショップの輪の中に襠と共に加わった。
「何の花が好き? あたしは黄色い花」
「あたしは……桜……」
「桜? へー。あたしは普通。なんで桜?」
何気なく襠は首を傾げる。勿論、仕事の情報としては頭に入っているが、彼女の口から語る言葉はまだ聞いていない。ひまりは少し躊躇ってから口を開いた。
「……家にあった桜が、大好きだったの。あたしはその、病気だから……誇らしげに咲いて散るあの子が、憧れで、希望だったのよ」
ふうん、と襠が返す相槌は深刻にはならない。その手元では、黄色い花の花束が作られ初めている。その花弁を指先で撫でて、襠は笑った。
「花は愛でられてなんぼだが。こうも生きるよすがにされているなど、桜冥利に尽きるだろうよ」
「そうかしら。あたしのせいで、その桜は切られてしまったのに?」
「寿命であれ、そうでなかれ。生命には終わりがくる。咲くのも、散るのも、決まりごとみたいなものだ」
襠の手の中で重ねられていく花も、きっと数日すれば萎れてしまうだろう。今こうして多くの人に喜ばれていても、美しさは永遠には残らない。
「それでもなお、記憶に残して、愛でてもらえているなら。桜も悪い気はしていないだろうさ」
言いながら、襠はひまりを改めて見る。その鮮やかな瞳が、ひまりの陰の残る顔を捉えて、悪戯に笑った。
「少なくとも陰鬱な顔ではなく、花やかな顔で思い出してやるべきだ。咲くも縁、散るも縁。その先をどう覚えてやるかは、キミの好きにすればいいじゃないかい」
「あたしの、好きに……」
驚いたように、ひまりは瞠目して襠の言葉を反芻する。それが呑み込みやすかったのか、ひまりの瞳はようやく用意された花に焦点を結んだように見えた。ああ、重苦しい陰鬱さは晴れたのかもしれない。
そして――。
「ぜんぜん上手く花束作れないんだが!!!? 陽だまりちゃんに作らせてあげるよ!!!!」
「えっ……ちょ、ちょっと待って、じゃああたしがリボンをかけるから、花を持ってて」
「早くしておくれよ!!!」
途端、周りのワークショップの参加者たちもなんだなんだと覗き込み、賑やかに春めく黄色の花束は、無事に出来たようだ。
――長くは生きられない。
仕事を請ける際に聞いた情報のひとつが、賀茂・和奏(火種喰い・h04310)の思考の大半を持って行っている。教会に足を踏み入れてすぐ、件の少女を見つけることができた。はじめ、胸が痛むほど虚ろに沈んだ顔をしていた彼女は、能力者たちの声掛けによってようやく花に向き合おうとしているようだ。桜へ見せるための花束の花を選ぶために。
(短いと知ったとしても……や、だからこそ。こんな風に生きられたら満足だと思えるような、励まされる姿は、大切だろう)
ひまりにとっては、それが『呪いの桜』だった。生きる支えであったものを、信じていた家族に奪われるのは酷くつらいことだろう。それでも、家族の血で大切な桜の幹さえ染めてしまうなんてことは止めたいと思う。どれだけ許せないことだったとしても、そんなことをすればきっと、自分のことすら許せなくなる。
(これ以上、取り返しのつかなさに苦しむようなことがないように)
それにしても、春の花というのは可愛い子ばかりだ。
自分もどれで花束を作ろうかと、和奏も花を前に考え込む。他のワークショップの参加者のものも参考にと何気なく視線を巡らせた先――和奏は、いまだ花の前で手を止めたままのひまりを見つけた。
「……君も、どの子にするか迷い中かい」
何気なく声をかけてみる。ひまりはどこかおずおずと頷いた。
「自分も、これだけたくさん並んでると、難しくて逆に悩んでしまって。良ければ一緒に考えてみない?」
「いいの……?」
穏やかに笑む和奏の親しみやすい雰囲気のおかげで、ひまりも身構える様子はなかった。頷いて、和奏はひまりと目線の高さを合わせるように花たちを覗き込む。
「好きな花や、色の子や……後で桜に見せるなら、並ぶと可愛いとかも良いのだろうなーとか、自分は考えていたのだけど。君は、どの子を見せてあげたい、とかある?」
「……好きな花は、桜。でも、見せてあげたいのは――、……わからないわ」
「じゃあ、花言葉で考えてみるのも良いのかも。そうだな……自分は、カスミソウにしようかな」
言いながら、和奏はカスミソウを手に取り、重ねていく。可憐な白い花は、きっと桜や今日の春空にも似合うだろう。華やかで素敵な気がしない、と微笑むと、ひまりも小さく頷いた。
「それに、花言葉も良いなって。『感謝の気持ち』……冬から暖かくなって、桜や春の花たちを見ると、やっぱり気分があがるし。今日見れたって一期一会でもある」
「桜に、感謝するの? すぐ散ってしまうのに?」
「綺麗に咲いて見せてくれたことには違いがないから。楽しませてくれてありがとう、的な。……君は何か、そういうもので覚えている花言葉の花ってない?」
「……あるわ。ひとつ」
ずっと動いていなかったひまりの手が、ようやく動く。手が伸ばされた先にあるのは、緑の薔薇だ。
「『希望を持ち得る』――あたしにとって、桜は希望だったから」
「素敵だな。じゃあ、自分もリボンは緑の……オーガンジーにしようかな」
「……じゃあ、あたしは白」
そのカスミソウも綺麗だから。ぽそりと呟くひまりに、和奏は柔く目を細めた。そうして、花にリボンをかける。教会に差し込む暖かな春の光の下で、二つの花束が結ばれていく。
「できた?」
「……ん」
――ひまりの手にした緑の薔薇の花束は、少女が得た希望の顕われでもある。
第2章 ボス戦 『紅涙』
●赤く染まらじ
花束を手に、ひまりは一本桜を見上げていた。桜の匂いがする。優しい香りに、あたたかな人々の声が遠く混じる。
ワークショップは既に終了し、参加者たちはほとんどが教会をあとにしていた。残っているのはひまりと――能力者たちのみ。
「……こんなに愛されている桜もあるのね。うちの桜は、みんな怖いって言って、見にもこなかったの。あの子がどれだけ綺麗に咲いてたか、みんな知らないのよ。あたしがどれだけ、あの子に希望を貰ってたか」
ひまりが今日見た光景は、だからこそ眩しかった。誰もが楽しげに花を束ね、短い春を花と添って進んでいく。これ以上はもういいのだと、自分には得られない未来を諦めてしまったひまりとは違って。
「でも……気づいたら、あたしも花束を作ちゃった。あたし、家族のこと……兄さんのこと、憎んでたはずだったのに」
「それが当然のこと」
桜の花びらが不自然に揺れ落ちる。その隙間で、白無垢が揺れていた。血飛沫を彩りのように浴びた反物が、豪奢に重なって落ちた花びらを混ぜていく。古妖『紅涙』は、ひまりへといっそ穏やかな声で語りかけた。
「憎むがいい、力なき|花嫁《・・》。その手に代わり、痛みを伝え晴らしてやろう。断たれた花に、赤を咲かせて」
復讐だとも。救済である。
紅涙の囁きに、ひまりは息を呑む。あるいはこの教会に来たばかりのひまりなら、すぐさま頷いてしまっていたかもしれない。しかし今は、この教会で、一本桜に見せて貰った|希望《はなたば》が手にある。
「……だめよ」
頼りない声で、それでもひまりは首を横にした。両手で包んだ花束に少ない力を籠める。祈るように。
「あたし、まだ希望を持ちたいみたいなの」
おかしな夢ね。病院であの子のことばかり考えていたから、こんな夢を見るのかしら。
ひまりは泣きそうに笑って、紅涙から数歩下がった。唐突に現れた不可思議な存在を、ひまりは白昼夢と思い込んだらしい。ある意味で、それは能力者たちにとっても都合がいい。
誰かが「シスターが呼んでいた」と告げれば、ひまりはあっさりとその場からきびすを返す。少女の姿が教会へ消え、その背を追うために動こうとした紅涙の前に――能力者たちは立ち塞がった。絶望への誘いは、この場で断ち切らねばならぬ。
「思いを果たせば、|死ねる《すくわれる》だろうに」
はらり、桜が舞っている。一本桜が見守る庭で、能力者たちは花でなく、武器に手を添える。
強く吹き抜けた春風が、一本桜から、足元から花びらを舞い上げていく。
「私は悲哀も憎悪も否定しないし、出来ない」
風に掻き消されるほどの頼りない声で、土師・捺(灰燼・h07421)は夜丸と共に紅涙の前に立ち塞がった。護霊であり、眷属であり、最後の家族たる鎧蜘蛛はその手から肩へ、捺の声に耳を傾けるように移動する。俯きがちだった捺の顔が、向かい風に負けじと上がった。
「でも! それは自分で抱かなきゃいけないこと。他人に唆されて決断して良いようなものじゃないし、古妖が本気で人間を憐れんで助力するような存在じゃないことを私は知ってる!」
声を強く張る。それは捺の主張であり、己への鼓舞だ。
眼前で紅涙が捺を見ている。その――|古妖《・・》の恐ろしさはよくよく身に染みていればこそ。金の片目が意志を宿して強く煌く。
「哀しみに暮れる娘を誑かし惨劇を起こそうとするその行い許し難い! 行くよ夜丸!」
捺の声に応えて、夜丸が身を乗せた肩から腕へと融け合った。華奢な腕を覆うのは、夜丸の一つ目と角、その鎧を宿した異形籠手腕。途端に膨れ上がった力が捺の身の内を駆け巡り、それに背を押されるように前へ踏み込む。
勢いよく振り上げた腕を紅涙へ振り下ろす。その強力な拳が迫ってなお、紅涙は顔色ひとつ変えはしない。ぞっと背をなぞるような畏怖がある。
それでも。
「――許さない!」
畏れよりも憤りが先に立つ。ひまりの境遇に心を寄せればこそ、己の家族を思い出したからこそ。
「何故怒る」
紅涙はさも涼しい顔で捺の一撃からゆらりと立ち上がった。確かな手応えはあったはずだ。けれど、それを確かめるより紅涙が血霧から人の影のようなものを喚ぶほうが早い。赤く滴る影が、怨嗟に満ちたその手を捺へ伸ばした。それを捺は咄嗟に符で牽制し、爪で引き裂く。
「私のお父さんとお母さんは、帰って来なかったから」
「『私』は与り知らぬ」
「だとしても! あの子はもっと、何も知らない!」
桜色の蜘蛛糸で絡め取った紅涙を激情のまま、膨れた力そのままに殴りつけた。ひまりは宿命を背負う一族でもなければ、自分の命すら自らの手から零れ落ちていくような、ただの女の子だ。これ以上大切なものを失って欲しくはない――失わせない。
「夜丸!」
捺は呼び声に応えた|家族《・・》と共にただ我武者羅にその異形の腕を振るう。これ以上、痛哭が重ならないように。その意志を、桜を通して見ているかもしれない両親にも示すように。
「ひまりさん、シスターが呼んでいましたよ。急いで行ってあげてください」
庭に吹き抜けた春風と花弁が戦闘を掻き消している。それでも首を傾げて足を止めかけたひまりを、屍累・廻(全てを見通す眼・h06317)は穏やかな声で再度促した。それにひまりははたとした様子で、頷いて今度こそ教会の中へ消えていく。全ては悲哀に疲れたゆえの白昼夢――それで良い。
廻が後ろ手に閉めた扉を一瞥した目・魄(❄・h00181)は、流した視線を紅涙へと静かに戻す。なにせ、
「……本題は此処からだ」
「ええ。魄さん、いつものように前は任せても?」
|武器《パンドラの匣》を手に魄の後方へと戻った廻が向けた声に、魄は振り向かず首肯した。問われるまでもなく既に歩は前へ出ている。
「勿論。いつもの様に前は俺が。援護をお願いするよ」
そう言う魄の手には、手に馴染んだ鬼斧が握られていた。頼もしい、と微笑む廻の言葉は茶化した訳でもない。廻の手の小匣からは怪異が顕れ、囁くような声ひとつで魄と廻の傍に控えた。
|待て《・・》を言いつけられた怪異たちは、廻共々前へ躍り出た魄を注視している。その|援護《しせん》を背に感じながら、魄は一息に前へ躍り出た。
大振りに振り回す斧は牽制のためであり、|はったり《・・・・》でもある。
「一人で事足りると?」
「まさか。けれど、強き者と相対するのも楽しいものだよ」
言葉通り、戦いを楽しむように魄は斧を派手に取り回し、紅涙をじりじりと後退させていく――ふ、と、その動きが鈍った。まるで身体が何かに引き縛られたように、紅涙が軋む。
「白昼でも金縛りは起きるんですよ」
ほら、現に動けないでしょう?
魄の後方から、廻は深い色で微笑む瞳に紅涙を映していた。その眼差しに囚われた紅涙へ花吹雪が吹き寄せる。希望を示された春の息吹はこの場に置いて何より強く、紅涙の視界を花弁で鎖した。
その刹那を見逃すことなく、魄は廻の喚び出した怪異を足場に高く跳ぶ。花嵐のその上へ――春の天上に、冬が育まれている。青く美しく、そして鋭利に成った氷柱を、魄の手が掴み取る。そうして、春の空から冬が落ちゆく。魄の手からこれでもかと込められた妖力によって|育った《・・・》氷柱は、廻が捉えたままの紅涙に狙いを定めた。
「さあ、耐えきれるかい?」
ただの氷柱ではないから、覚悟して受けてくれよ。
いっそ笑みさえ浮かべて、魄は氷柱を紅涙へ叩き込む。凍てつく風が花吹雪を散らすさまを見ながら、廻は変わらぬ笑みを唇に描いた。
「見事な氷柱で」
「屍累さんこそ。綺麗な春だったよ」
「ありがとうございます。偶然の産物と言えばそうですが――復讐という形で邪魔しに来た彼女には、桜よりも凍てつく世界の方がお似合いですね」
「救済! 良い言葉だねぇ」
紅涙が謳ったその言葉を、梅枝・襠(弥生兎・h02339)は軽快なまでに笑い飛ばした。
いかにも耳に心地良い言い換えだ。都合の良い言葉ひとつで弱った心に入り込み、後々に手酷くその首を撥ね飛ばす――高笑いする女王のように。
笑止千万、いや笑うところか。襠は笑みを作った口元をそのままに、紅涙の前へ立ち塞がる。
「生きることは苦であり、苦から解放することを救済と言うが誰かに救われるなんてナンセンスだよ。自分の在り方が変わることで救われるべきだなんだオマエこの怪しいやつめ」
ずいずいと連ねる言葉の勢いそのまま覗き込む。古妖の強大な力は感じこそすれ畏れはなく、血の涙を流す、傷ついた誰ぞを唆すばかりの付喪神崩れを襠は追及して、ちらとその視線を教会の方へとやった。
「陽だまりちゃんは、どうやら己の頭で考え、在り方を変えたらしい。えらい!!!」
あの子はそうできる子だと思っていたよ。いつから? どうして? ええいうるさいな。何も言ってない?
「……今、なんの話?」
ふとぜんまい仕掛けの人形のように、かくんと首を傾げて襠は紅涙へと詰め寄った距離を数歩取り直す。その間に、桜の花びらを乗せた風が吹き抜けた。綺麗な花だ。そう、花だ。
「花を楽しんだなら、茶会をすべきだよ! な!?」
どこからとなく襠が取り出したティーポットには、なみなみと美味しい紅茶が満ちている――それが傾けられる先には、黄色い花束があった。ひまりがリボンを結んだ春色の鮮やかな花束は、|襠《ウサギ》の注いだ紅茶によって、巨大な|物言う花《おしゃべりフラワー》へとその大輪を咲かせてみせる。賑やかなお茶会の住人は、明るい陽だまりみたいなおしゃべりと共に、紅涙へとその花の牙を向いた。
「騒がしい」
「茶会は賑やかでなんぼだよ!」
軽やかに駆けまわりながら小槌を振り回す笑う襠を見据えて、紅涙が語り出す。血濡れた虚しき花嫁道中は、茶会にも桜にも似合いはしない。しかし紅涙から放たれる痛哭は押しつけがましく街を貫き落とそうとする。身体に響く痛みと共に、兎の耳に届くのは救いのない悲劇。ああそれは、さぞ悲しかったろう。今あたしの身に染みる痛みほど。
――知ったことか。
「物語は良い! たくさんあるべきだ」
痛みごと跳ねのけて、襠は飛び跳ねるようにして顔を上げた。その動きに倣うように、|物言う花《おしゃべりフラワー》が紅涙へ喰らいつく。悲劇ごと茶会の騒音に巻き込んで消し去るように。
「だが、それに相手を引き込むなんてナンセンスだろうよ」
「あなたの嘆きは理解できますが、他を巻き込み悲嘆を拡げるのは看過できません」
ぽたり、淡い色で降り積もる桜花弁の上に、血涙が滴り落ちている。
それを認めながらも、ルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)はゆるりと首を横に振った。しゃんと伸ばされた背が、紅涙の視線を、ひまりを追うための道を断つ。
「ひまりさんは、前を向くことを選びました。彼女の花束に、血は似合わない……あなたの出る幕は、もうないのです」
「ルイの言う通りだ」
桜色に溶け合うように在る結・惟人(桜竜・h06870)も、すいとその足を前へと出した。ルイと並び立てば、紅涙はその先へ進むことも、視線で追うことすら叶わない。春の優しい花弁もまた、ひまりが選んだ道を喜ぶように舞っている。
「ひまりの気持ちは、ひまりだけのもの。絶望に染める勝手は許さない」
「絶望は、そう容易く癒えぬもの」
「だとしても、ひまりは今、|絶望《そちら》を見ていない」
「ええ、惟人さんの言う通り」
先の惟人の言葉をなぞるように、今度はルイが頷く。それに小さく笑みを交わして、二人は同時に動き出した。
ルイが影媛たちと融け合う。同時に伸びた影は刹那のうちに空間を掴み、紅涙ごと引き寄せた。虚を衝かれた紅涙がその動きを鈍らせた一方で、ルイは加速している。目にも留まらぬ速さで繰り出された足技が、紅涙へと叩き込まれた。
「――さすが、速いな」
ルイの攻撃に感心したように零して、惟人はルイの足技に次いで拳を振り抜いた。
強く握りしめられた拳に籠められた竜漿は、惟人の拳の威力を底上げし、ルイの影と相対する光のような眩しさを伴って紅涙の足元へ向けられる。
畳み掛けられた攻撃に、紅涙の体勢が崩れた。その隙を、ルイが見逃さない。蹴り飛ばされた先で瞑想に入ろうとした紅涙の動きを、惟人が阻止し、更には惟人へ向けられかけた紅涙の視線ごとルイの絢爛帯が引き留める。
「……鬱陶しい」
「それなら――」
「良かった」
互いの隙を守り合いながら、ルイと惟人は紅涙へと更に足技を、拳を叩き込み続ける。強大な敵に違いはないが、攻撃の隙を与えなければ一方的に削ることができる。
「お前のやり方では、ひまりは救われない。あぁ、それとも……そうやって自分を救いたいのか、紅涙」
「……『私』を?」
惟人の声に紅涙がひととき、その血涙を止めた。絶望を救うのは、絶望であるのかもしれず。
けれども、それをこそルイと惟人は止めるためにここに在るのだ。光と影が桜を舞い上げて血の染みた白無垢と交錯する。
「何にせよ、私達が食い止めてみせる」
「ひまりさんが選んだのは、希望だよ」
思いを果たせば|死ねる《すくわれる》――まるで、ひまりが選んだ道が愚かな選択であったかのように囁いた紅涙に、吉祥・わるつ(浄刹・h05247)は穏やかな声を向けた。否定ではなく、悲嘆でもなく、ただそこに落ちる陽だまりのように。
「それを摘み取ることは、誰にも許されてはいないと思うの」
「赦しなど必要はない」
紅涙から、嘆きの声が血涙と共に滴り落ちる。その身に染みた絶望が、嘆きが、憎悪が絶えることはないのだろう。飽かず悲嘆を悲劇に成そうとするさまに、浮間・ヴィヴィ(露華・h00173)はわるつの前へ出ながら低く嘆息する。
「……人に大切にされてた時期がお前にもあったろうに」
付喪神崩れ――紅涙の出自を思えば、今の姿はあまりに歪んでいる。人の弱みに付け入り煽り立てるそのさまは、力ばかりが肥大して、最早神らしくもない。
「ま、それも振られて意味をなさなくなったみたいだし。大人しくご退場願おうか」
向けた言葉は意図した煽りだ。この手の敵には|騎士道《ひなた》より、旧くから馴染んだ|暗殺《かげ》のほうが役に立つ。音もなく跳んだ先は紅涙の懐。躊躇もなしにヴィヴィ振り下ろした双剣が白無垢に新しい赤を散らす。
傷口から噴き出した赤は、じき誘い出されたように血霧となった。しかしそれは人の形を結ばない。
「かえしましょう、――かえりましょう」
紅涙の瞑目を光の雨が覚まさせる。わるつが口ずさむ歌は子守歌ほど優しくも、堕ちた神には眩しすぎるものだ。そして降り注ぐ光は、ヴィヴィの纏う闇を色濃く引き立てる。光の隙間から翻る影と双剣が、紅涙の動きを鈍らせていく。
語られる幸福は、わるつへその痛みを注ぐけれど。構わない。だって、耐えればいいだけだ。この身体は耐えてくれる。お兄ちゃんが譲ってくれた身体だから。
「ねえ、紅涙さん。この雨はいつか止むけれど、あなたの涙は止められないのかな」
光の雨はまだ降り止まない。注がれた痛みを笑ってやり過ごしたでわるつは、それでも紅涙へ首を傾げた。
「キミは優しんだねぇ……」
正しく真っ直ぐな光は、時にそうでないものを灼け焦がす。その感覚をよく知ればこそ、光の傍らの闇に潜んだまま、ヴィヴィは僅かに目を伏せた。
「アタシはキミのように敵にも手を差し伸べない悪い大人。変わる気がないヤツをいくら照らしても意味がないと知ってるからね」
「私をやさしいと思うのは、お姉さんにも譲れない正しさがあるからだわ。それはとっても大切なことだって、私は思います」
純粋な言葉が、動きを鈍らせた紅涙の隙へ滑り込むヴィヴィの背に光と降ってくる。
「っはは、キミは本当にただの拗らせた大人にもやっさしんだぁ〜」
冗談めかして笑う。言葉だけ。
眩しい限りだ、痛いほど。お前もそう思うだろ?
闇から振り翳された双剣が、紅涙の|急所《きずぐち》へ振り下ろされた。
桜が舞う眩しいほどの春の景色の中に、絶望が佇んでいる。
纏う気配と圧倒的なその妖力は、畏怖に値するものだ。身が竦む――それでも、ラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)は真っ直ぐに紅涙を見据えた。
「いらっしゃった、のですね。……ひまりさまの元へは行かせません」
絶望への手招きには、既にひまり自身の意志で否が示された。ならばラデュレたちがすべきことは、選ばれた道にこれ以上|紅涙《ぜつぼう》を干渉させないことだ。そのために、教会へ続く道を小さな背が塞ぐ。
「彼女が抱いた|花束《きぼう》を散らせません……!」
「ようやく抱けた希望――憎しみが正しい形をして見えることはあっても、それだけが救いではないはずですから」
ラデュレの隣に、神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)も並ぶ。ラデュレの声を聞けば、不思議と心が前へ出るようでもあった。そしてそれは、ラデュレも同じくだ。
「畏れぬと?」
紅涙の声は、春の中でも凍えて響く。
「独りであれば臆したかもしれませんが、今は、境華さまがご一緒なのですから」
怖くはありません。そう言いきったラデュレが向けた紫の瞳に、境華も金の瞳を合わせた。ふたりの瞳に、柔らかな春の色が映っている。
「怖くはありません。共にまいりましょう……!」
「ええ、行きましょう、ラーレさん」
「ならばその希望が反転する奇譚を語ろうか――契りの日」
紅涙が物語る、かつての幸福。それは幸福であればこそ際立つ絶望の増幅に他ならない。景色を塗り潰して顕れた|花嫁道中《りょういき》には、ぞっとするほどの美しさと華々しさがある。
踏み込み、呑まれると同時、ラデュレと境華はこの領域の主が紅涙であることを理解した。この場においては全てが紅涙の思うがままだ。牙をむく花嫁道具のいかなる攻撃も避けることは叶わない。
ならば。
「避けられないのなら、いなしてみせます」
ラデュレは祈るように両手を組み合わせ、うさぎ兵たちをこの場へ招く。十二羽の小さく頼もしいうさぎたちは、ラデュレと境華を守りながら駆け出した。
ここは紅涙の領域の中。しかしだからこそ、中心たる紅涙を狙いやすくもある。そこに勝機はあるはずだった。
「私たちにも共に紡いだ物語があり、共に信じたいものがあります」
うさぎの導きを辿って、境華が光裂く槍を手に畏れず前へ出る。進まねば何も変わらない。この槍に籠められた物語も、それを証していればこそ。
うさぎたちが跳ねては迫る紅涙の刃を逸らす。それを信じて、境華は光を携えた槍を大きく振り翳した。英雄のように。
「わたくしの……そして境華さまが刻んだ『物語』。――どうぞご覧くださいませ」
ひまりが胸にやっと抱いた続きの頁を赤く染めさせないために。
光が眩く領域を、紅涙を穿つ。桜の花びらが舞い上がるのを喜ぶようにうさぎたちが跳ねた。
「続きの頁を、ここで断たせはしません」
二人が示すは、この先へ力なき少女が進むための物語。そして――願いを護り抜こうと決めた、少女たちの物語。
「お兄ちゃんは復讐っていけないことだと思う?」
春風が掻き消しきれぬ戦闘音が耳に届く。何よりは、紅涙が顕われた途端に庭を支配する古妖の圧倒的な気配に、透は竦みそうになり――同時に、昏く唸り凝るような感情を自覚していた。
その正体に気づいていればこそ、逸らすように冴へ話を向けている。
「僕? うーん、どうかな。……いけないことだとは思わないけど、家族がしようとするなら止めるかな?」
兄は特に緊張した様子もないまま首を傾げた。
「家族が殺されても?」
「あ、それは復讐する」
「断言するんだ……」
即答で示された答えに、透は思わず苦笑する。そしてこの兄が言うならば、本当にそうするだろうとも思う。家族として過度なほど、透が大切にされているのを知ってもいる。
「でも、残す側なら復讐より大事に思えるもの、見つけてほしいかも」
ふと浮かべた笑みを柔らかくして、冴が透を見た。まるで万一そんなことがあってもするなと釘を刺されているような。同時に、どうしても|必要《・・》なら構わないと言われている気もしてしまうのは気のせいだろうか。
「そんなに大事なもの、できるのかな……。宝物が増えても、お友だちができても、消えてなくならないのに」
「悲しいとか憎いとかより、素敵なこともいっぱいあるよ。僕もふたりに教えてもらったし」
――復讐しても救われないことがあること、知ってるしね。
微笑みの後に囁く冴の声は、聞き取れるかどうか。嫌というほど身に染みたこの感覚を、大切な妹にして欲しくもないのは本当だ。
「……ふふ、そうだね。確かに素敵なことはいっぱいあるの。お兄ちゃんも、はじめて会った時より今のお兄ちゃんの方が楽しそうだもんね」
「ふふ、そうでしょ?」
だからこそ、透がいつも通り笑ったことに安堵する。その冴の前に、透がすいと進み出た。紅涙の視線がこちらへ流れたのだ。
「私、頑張る。お兄ちゃんは下がってて、危ないから」
「えっ、頼もしい。僕、運動神経しんでるからお任せしようかな。……とはいえ透ちゃんが怪我していいわけないから、サポートはするね?」
「なら、サポートはあてにしてるね」
くすりと小さく笑って透が駆け出す。その足元を追うように、冴が伸ばした影も走っている。その隣をぱたぱたと尻尾を振る白露も。わふが一回。
「……もちろん、シロも頼りにしてるね」
紅涙へ向かう緊張が、家族のお陰でいくらか解ける。そのまま素早く距離を詰め、僅かな手の動きで前へ出た白露の動きに合わせて栞を放った。意識がこちらを向いたのを確かめて、更に深く懐へ。苦無を喉元目掛けて投げ――離れる。
動きは速く、小さく、的確に。何度も鍛錬で叩き込んだ動きを、いつもの何気なさに混ぜ込んで。紅涙が鬱陶しそうに首を振る。
「五月蠅い」
紅涙が瞑想する隙さえ、領域を広げる間さえ与えなければ良い。まだできる隙は、シロと兄が埋めてくれる。小石も木の枝も、全ては武器として扱えるものだ。些か強引でも、手数を、得意を敵へ押し付ける。
「――お前も復讐を望むだろうに」
ぽたり。紅涙の昏く沈んだ視線が透を捉えた。動きが軋む。その一瞬に、冴の影が呪詛を乗せて割り込んだ。すぐ後ろで声がする。
「透ちゃんが戦ってるの、間近で見るのはじめてだなぁ。すばしっこい小動物みたいかも」
「お兄ちゃん、後ろにいたんじゃ」
「後ろにはいるよ。ほら、透ちゃん」
影が僅かな隙を作り出す。はたとして、そこに透は迷わず飛び込んだ。
振り下ろされる刃は、古妖に煽られて燻るような激情を孕んで、鋭く。
「んっふふ、フラれちゃったね?」
ひまりが辿った道を背に塞ぐようにして、雨夜・氷月(壊月・h00493)は紅涙へ笑いかけた。
氷月としては、ひまりが何を選んでも構わなかった。それが望みであるならば、それこそヒトらしさだろう。
「人の手を借りる復讐は何にも意味は無いんじゃないかなとは思うけどね」
けれどもそれは氷月の考えであって、結局決められるのは本人でしかない。眼前の簒奪者によって齎された選択肢であれ、結局道を踏み違えるのは自身だ。それを観測するほうが面白いことはいくらでもある。
「……けど、今はワルイコトをするヤツを諌める立場だからね。普段あんまり暴れられないし、俺と遊んでよ」
穏やかな陽光の中に、月光が交じる――|銀片《メス》に冴え冴えとした光が宿ると同時、氷月はそれを手に躊躇なく切り込んだ。桜舞う中で三日月が躍る。
まるで遊ぶかのように繰り出される手数によって、血霧を放つ瞑目の間を失わせていく。まるでではなく、氷月にとっては遊びに等しい。良い子のなかで覚えたフリを今は忘れて、死角から不意打ち、煌石を爆ぜる。
遊びすぎ? 堅いこと言わないでよ。
けらけら笑ううちに、紅涙の瞳が伏せていることに気づく。
「あらら。本当に遊び過ぎちゃったかも。――なら、アンタの裡見せてよ」
目を伏せた隙に懐のその内側に入り込む。優しく手を触れれば、紅涙の内側から月色の刃が突き出した。
「んっふふ。やっぱり自分の手で傷付けてこそ。そう思わない?」
笑って笑って、満ちぬ三日月が裡側を愛でる。虚ろで傷だらけの|現実《ほんとう》を暴くさまは、ヒトに似て、人に非ず。
まるで彼女が選択を間違ったような、その哀れむような言葉は傲慢で――そんなところは|神《・》らしい。
「どう生きたいかはひまりさんが決めること」
紅涙が血涙と共に落とした言葉を、賀茂・和奏(火種喰い・h04310)は拾い上げて翻した。その声で、紅涙の視線が和奏を捉える。ああ、見つかった。強大な妖力がぞわりと背を逆撫でていく。
「あなたの言う救いは不要ですって。振られたら、潔く諦めて下さいな」
既にひまりの姿は教会の中だ。そのことに、和奏はほっと息をつく。花束を共に作って、泣き笑いながらひまりが口にした言葉を思えば、つい視線は紅涙が背にする桜へ向いた。
「桜を想って、もらっていた気持ちが、彼女を絶望から守ったのなら。……かの桜はすごいね」
たとえ疎まれ、ついに切り倒されてしまったとしても、残ったものは必ずある。
教会までの道を追わせぬよう、和奏は手にした刀に霊力を注ぎ込みながら紅涙までの距離を詰める。破魔を纏った刀は、春の陽光の中にあってなお燐光を纏った。
間合いへ踏み込む。同時に振り下ろした刀は敵を両断せんとし、惜しみなく注いだ霊力を衝撃波として紅涙を押し戻した。
(あ。甘いな)
少女を追わせぬ足止めとしては上々。しかし手応えはさほど良くはない。さすがは古妖と言うべきか。
「散る花に何の意味もない。幸福は絶望の呼び水でしかない。――それにひきかえ復讐は、それを断つだけの|血潮《ねつ》がある」
「復讐って熱が生きるに必要な方がいる場合も……わかる」
再度間合いを詰めにかかる。血霧が人影を成して腕を伸ばしてくるのを、霊力にものを言わせて振り払った。それが、一本桜のほうまで至らぬようにだけ気を払う。
多くの人に愛されているこの桜を、少女に希望を抱かせたこの桜を、傷つけたくはなかった。あるいはこの桜に何かあれば、今度こそ彼女の心は砕けてしまうかもしれない。復讐に、囚われてしまったら。――それは、生きる意味になるのだろうか。
ひととき、目を伏せる。握った刀に余計な力が籠もった気がした。
和奏は、それを理解できる。けれども。|それでも《・・・・》。
「でも、それを救いと言って誘うのは、押し付け、勝手ですよ」
桜を見上げるようにして、刀を斬り上げる。今度は確かな手応えと共に、褒めるように桜の枝がすぐそこで揺れて、和奏の髪を撫でた。
強さとはどうやって身につけるものだろう。
目の前でそれを掴み取った少女を見てなお、リリアーニャ・リアディオ(深淵の爪先・h00102)にはその方法がわからない。
「病に蝕まれながら希望を捨てず、|救済《ふくしゅう》の手を振り払った。……|あの子《ひまり》は強いわね」
ぽつりと陽だまりの中に落とした声は置いて行かれた迷子のように頼りない。
「本当はね。えらそうに昔話を聞かせた私のほうがよっぽど弱いの」
「弱き者は、強い『力』を借りれば良い」
「借りる――そうね。でも私は良くも悪くも、人のことを考えるときに自分を切り離せるから」
だからこそ己を見失うのかもしれない。見失って置き去りにしたものの取り返し方も知らないくせに。
「ふふ。あなたにまで無駄話をしてる」
唇と音でだけ微笑んで、リリアーニャは手に咲かせた竜漿を握る。腕から伝わせた魔力はその形を、赤薔薇の飾りがついた大きな斧へと変えた。|斧《これ》だって、借り物に近しいのかもしれない。
それでも振り下ろすのは、リリアーニャ自身の意思で力だ。
黒兎が跳ねる。手にした斧を春空の中で振りかぶり、重力に任せて共々落ちる。手応えと共に血霧が噴き出した。己のものかと思ったが、どうやら紅涙のそれだ。誰かの輪郭をなぞった影が呪うように赤い手をリリアーニャへ伸ばしてくる。
まるでゆめのようだ。
どこかぼんやりと考えて、喉がくつりと笑い鳴る。あいにく、不運は生まれつき。
「呪われてもどうってことないわ」
どうあっても逃れ得ない呪いのなかに身を置けばこそ、これ以上のものを恐れはしない。あるいは何より恐ろしいものを知っているから。
慣れた痛みを受け止める。構わず力任せに斧を振るった。いたい。痛いから、まだ平気なはずだ。紅涙と至近で目が合った。零れている赤がどちらのものか、判然とはしないけれど。
「先のない幸福を齎して何になる。幸福は絶望の呼び水にしかならぬ」
「あいにくと、あなたみたく思い返せる|過去《しあわせ》もないの」
「ならば止める理由もあるまい」
「でも、あの子は『今』を選んだようだから」
今このとき、己の手が届くもの。あるいはそれを希望と呼ぶのかもしれない。咲いた花が枯れないよう――塗りつぶされないことを願う、かすかな今だけに、それはある。
「ああ、そうね。何もないってやっぱり強くて――だから今の私は怖いんだわ」
涙のように赤が滴り落ちていく。けれどそれが足元に積もる花弁を染めるより、春の花が咲き積もるほうがきっと早い。
カチリ。ライターの火を煙草へ移す。
すうと吸えば馴染んだ紫煙が甘く胸を満たして、吐く息に甘い香りと煙を広げた。
「思い残すことがなければ死ぬしかない。なら逆に、未練があるなら彼女は死ねない」
ほんの一服。たったそれだけしか時間はないだろう。けれど同時に、まだ時間があることも確かだ。小鳥が見る先で、紅涙が紫煙に誘われたように白無垢を揺らした。ひまりに残された時間は、今小鳥がじりじりと灰に変えている煙草ほど儚いものかもしれないけれど。
「あなたにその時間を奪わせない」
紅涙が動くより先に拳銃を抜く。幕開けは銃声。紫煙と硝煙が混ざり合う。
「復讐よりも最愛の人の側にいる。それが幸せではありませんか?」
銃声に唆されたように、紅涙の傍らから血霧が滲んで人のカタチを取った。それは紅涙のかつてにあった、|最愛《・・》の成れの果てだろうか。
その『愛しき人』が非業の死を遂げたのか、あるいは紅涙自身の手にかかったのかは知れない。考えても――問うたところで答えも得られまい。
ただ、確かなのは。
「最愛を喪う痛みを知っているでしょう?」
「|お前も《・・・》だろう」
見透かされたのか、あるいは血霧に捉えられたのが要因か。完全にいなせるものと、傷口を抉り込むものが痛みで傷で、小鳥を削ろうとする。――それを、至近から突きつけた拳銃で撃ち抜いた。美しい金髪が、花びらと揺れ落ちる。
痛みは呑んだ。発砲の反動で身体が軋む。動けず――それでも構わなかった。小鳥はここで立ち塞がることが目的だ。
「私はまだ戦える。……|あなたたち《・・・・・》も」
最愛を思って踊りましょうか。
鳴り響く銃声は、祝砲に似て――弔銃のようにも響き、紫煙と共に春風に攫われていく。
「家族を血に染めて……それでほんとうに、こころが、すくわれるのでしょうか」
問いながら、既に廻里・りり(綴・h01760)は答えを心に持っている。――すくわれるはずがない。そんなことで、すくわれてはいけない。いかに家族のかたちが数多あれど、少なくともひまりにとって、兄も、ひいては家族も本来憎んではいなかったはずだ。だからこそ彼女は、今悲しんでいるのだから。
「かなしみにつけこんで、やさしく言葉をかけて……まわりのひとの|これから《・・・・》」も、うばう……なんて、後悔がいっそう残っちゃう気がします」
「そうですね。――個人的に、死は救いではない……とは、正直ぶった切りづらいのですが」
りりの言葉に頷きながらも、茶治・レモン(魔女代行・h00071)は目を伏せる。地獄めいた戦場を知ればこそ、『死』と『救済』を正論だけで切り離すことはできない。それでも。
「それを選ぶまでにも、もっと選択肢はあると思いますよ。優しいフリして救いの形を押しつけるのは、間違った行為では?」
人生は選択の連続である、とはよく聞く話だ。
それがどんな形で眼前に示されるにせよ、自身で選ぶことに意味がある。自己の決定や感情は、自分だけのものであるべきだ。
「そうですっ。こんなすてきな春の日にかなしいことは、にあいませんし。なによりここに、あなたを必要とするひとはいませんっ」
レモンの隣で、りりは精一杯きりりと言い放った。その語尾も柔く跳ねるから、どうしたって稚い響きにはなるのだけれど。けれどもその声音を聞けばこそ、レモンとしては『しっかりせねば』と思うわけで。
「そして何より……りりさんを悲しませるようなこと、僕が許しませんからね!」
「わあっ、たよりにしてます、レモンさんっ」
「ええ、ボコボコにさせていただきます!」
ぼこ……? とりりが首を傾げたのも一瞬のことだ。
「わたしもお役にたてるように! がんばります!」
レモンがナイフを手に前に出ると同時に、りりは|影業《イヴ》を呼び、青い薔薇の花を咲かせた。前に出たレモンの道を整えるように咲き誇る薔薇は美しく――ただ美しいだけでは決してない。
「イヴちゃんは、あの方の行動を邪魔してください。薔薇さんたちは、レモンさんをよく見て動いてくださいねっ」
りりの傍らで広がった影は、頷くように覗かせていた両手をとぷりと影へ沈めて春の影へと潜み込む。薔薇も更に咲き広がったところで、レモンが動いた。手にしたナイフが魔導式の鉱石刀へと姿を変える。――美しく、鋭く、紡がれる不幸を断ち切るべく。
「抜群の切れ味、是非ご賞味下さいませ!」
影の手が紅涙の瞑目を阻止するように白無垢を引いた隙へ、レモンは躊躇わず間合いに飛び込んだ。振り下ろした刀身の青と柄の赤が光の尾を引いて、物騒な赤紫を垣間見せる。振り下ろす都度の手応えは少ない。だとしても、青薔薇と影の助けでどの一撃も必ず紅涙へ届いている。
それならば、無意味であることはない。
「レモンさん、何か来ます!」
りりの声で顔を上げた刹那、紅涙から滴り落ちた血霧が人の形を得て、よく知る動きでレモンの元へ飛び込んで来た。レモンの動きを写していることは明らかで、であればこそ、身に馴染んだ動きで避けるのは容易い。
「その程度では、僕の事は倒せませんよ。……それにそろそろ、傷口から魔法中毒を起こしているのでは?」
ちらりと檸檬色の瞳が紅涙を見上げる。見るからに、その動きは鈍り始めていた。それを加速させるように、薔薇が茨と共に紅涙へと絡みつく。
「……邪魔だ」
「邪魔はあなたです! 今すぐお帰りになっていただいて構いませんよ!」
「そうですねっ。さぁ、お帰りの時間ですよ?」
紅涙が薔薇を振り払う。生じた大きな隙をレモンが追いかけた――けれど、紅涙はレモンを見ていない。そのことに気づくのに、ほんの半拍遅れた。紅涙の元から、薔薇を斬り飛ばしながら懐刀が飛ぶ。それは真っ直ぐりりを目指して、
「わわっ!」
その凶刃がりりへ至る一瞬前に、レモンがナイフを割り込ませる。甲高い音で、懐刀が弾き飛ばされた。それが転がる先を、紅涙をレモンは強く睨みつける。
「りりさんに攻撃なんて! 僕許さないって言いましたよ!」
「レモンさん、わたしは無傷……」
りりがおずおずと言うより、レモンが再び紅涙と切り結ぶ方が速い。それを再び影業と薔薇が追って動く。それをりりは頼もしく見守るしかないけれど。
「お帰りをすすめたのがいやでしたでしょうか……?」
たぶんそういう問題ではないことだけは、確かだったろう。
「お前も来てたんですね」
「君も来てたんだ?」
よく知る顔を見合って、全く同時に同じようなことを口にした。それに氷野・眞澄(サイレントキー・h07198)はなんとも言えない顔で唇を引き結び、反対に花村・幸平(フラットライン・h07197)はへらりと口元を緩める。気が合うねえ。合わない相手と私がつるむとでも。そりゃあそう。
「ということはお前も花束を作ったのですね」
「氷野ちゃん、何作ったの……って聞いてる場合じゃないか」
ちらと見る先には、紅涙が佇んでいる。今でこそひまりを追う動きはないが、庭に満ちる妖力は幸平の霊体を、眞澄の霊感をざらざらと嫌な感触で撫でている。これを味わうのは互いに二度目だ。降り積もる桜を血飛沫で飾られた白無垢が引き摺って、こちらへ来る。その光景が妙に美しく、悍ましい。
無意識に詰まりそうになる息を吐くついでのように幸平が浅く笑った。
「相棒がいると、何? 張り合い? 的なものが違うね~。僕ひとりで紅涙ちゃんと戦ったことあるけどマジで少し怖かったもん」
「彼女とは私も戦闘経験がありますが……確かに、あまり一対一になりたくはない」
「ちなみにそのとき紅涙ちゃんを呼んだのって、やっぱり恋愛関係?」
「ええ。ですが今回の件を鑑みるに、女性の恨みであれば割と何でも切欠に成り得るところが彼女の厄介な所ですね」
「だよね~。今回のひまりちゃんみたいに恋愛と関係ないケースもあるってのがより一層怖いよ」
恨みなんか誰でもなんにでも持ち得るものでしょ。
いつも通りの雑談と同じで音ばかりは軽く響いて、けれども眼前に紅涙が迫ればそうも行かない。軽口がなりを潜めた幸平の背に、眞澄の抑揚の小さな声が投げ込まれる。
「とにかくお前が居るなら心強いです。前は任せましたよ」
「オッケ~。よく|視《・》ててよ」
ひとつ笑った幸平の背がするりと透ける。紅涙の戦い方は経験済みだ。その方向性が想像よりは|物理《パワー》寄りであることも知っている。ならばそれを躱してしまえば良い。――ユウレイは、そういうことが得意だ。なんて幸い。
「はいはい、ストップ」
紅涙の歩みを遮るように幽体を割り込ませると、白無垢が幸平の幽体を通して揺れる。その眉間に、拳銃を握る幸平の手が銃口を押し付けた。挨拶代わりの零距離の銃声。
紅涙は撃たれた反動で数歩戻っても、すぐにまた足を前へ出す。今目指しているのはひまりか――あるいは霊力の高い眞澄か。少なくとも、紅涙は今、幸平を見てはいないようだった。
「ちょっとお、頭撃たれてそれはあんまりじゃない?」
「お前に用はない」
「僕はあるの。ていうかそのカンジ、氷野ちゃん目当て? もうあの子のことは良いんだ?」
構わず歩を進めようとする紅涙の足を肩を銃弾が穿つ。散った赤が血霧となって人の形を結んだ。その影が向けてくるのは、見慣れた銃口で。鏡映しのように放たれた銃弾が、幽体を通り過ぎていく。
「良質な霊力は餌に丁度良い」
「ひとの可愛い後輩を餌呼ばわり? 尚更通せないんだけど」
二重の銃声。それぞれの銃弾は血霧の影と幸平の頭を吹き飛ばして、幸平の幽体が僅かにぶれた。ノイズが走ってすぐ戻る。
「花村」
幸平の背中から合図代わりの呼び声がした。それで一度、幸平が下がる。その動きに合わせて、今度は眞澄が前へ出た。――眼鏡越しにひらくみどりの瞳が、紅涙を捉えている。
「氷野ちゃ~ん、紅涙ちゃん、お腹空いたんだって」
「はあ。私も空きましたが」
「昼時だもんねえ。じゃ、美味しいご飯のために、大ダメージ、よろしくね~」
くれぐれも食べられないようにね。
後ろへ下がりながら幸平が混ぜた言葉に眞澄は眉を顰める。あと、とはいえ幸平が時間を稼いでくれたおかげで|留め針《準備》は整っている。紅涙の手が眞澄へ伸びるより、眞澄が膨らませた|霊力《火力》を叩きつけるほうが速い。
ず、と霊力で諸共叩かれた地面の方が耐えかねて僅かに揺れる。舞う桜がスローでもかけられたように、重く落ちて。
「私が消耗しきる前に一気に削ります。……もう逃がしません」
圧倒的な力で喰い尽くされるのは、|餌《・》ではなく。
「氷野ちゃんすご~い。さすが決戦兵器」
「前の経験を活かして、出力は上げておいたので」
「食べる前に寝込まないでね」
「ひまり、新しい希望を見つけた、ね。……よかった」
少女が歩んで行った教会の方へ視線をやって、花岡・泉純(よみがえり・h00383)はそっと微笑む。その隣で霧生・果苹(fraction・h00462)も共に笑みを浮かべた。
けれど、その微笑みも紅涙を見つければ静かに消える。いまだ紅涙は、ひまりの絶望を諦めてはいない。
憐れむように落とされたその言葉に、果苹が強く声を向けた。
「思いを果たせば救われる? ひまりさんはもう前を向くって決めたんです。その希望へ向かう一歩を、貴女が邪魔する権利はない」
「そう。もう、ひまりにとっての救いは復讐や死じゃない」
桜と共に死ぬことを望んでいた少女は、本当に|散って《・・・》しまった桜から貰った希望を胸に抱いた。絶望よりも、悲哀よりも、諦観よりも。
「これからも憎しみより希望を持って|咲いて《生きて》いてほしいから……ここを通すことはできないよ」
「ええ。だから――」
紅涙を見据えて、果苹はすっと息を吸う。そうして紡ぎ出されるのは、歌の一節。
「――|Beyond the border.《境を破って》|Rising above your fate.《運命を乗り越えろ》」
その歌声は春の空へと高く響いていく。やがて桜の花びらと共に舞い降りたのは――果苹の護霊、キアス。
「わぁ、あなたが果苹の……。よろしく、キアス」
泉純が微笑んで挨拶をすれば、キアスが応じるように舞い上がった花びらを揺らした。それに微笑んで、泉純も銃を構える。
「援護は任せて」
「ありがとう、泉純さん。――きっと、怨嗟を上書きするくらいの歌声を響かせてみせるから。……泉純さんも、一緒に」
「うん。……なら、泉純も」
頷いて、泉純も歌を唄いはじめる。
「――わたしの希いは、あなたがあなたでいられるように」
響く泉純の歌に目を細め、果苹も声を重ねる。ふたりとキアスの歌声は希望を乗せて春風に乗る。 歌い終える頃には、紅涙の動きが目に見えて鈍っているようだった。それでも怨嗟に満ちた懐刀を放ち、血霧の人影を泉純と果苹へと差し向けようとする。その動きを、泉純の銃弾が阻み留めた。その隙に、果苹は悪魔の音波を身に溜める。泉純は果苹を守るように、その傍らで歌を紡ぐ。
「大丈夫だよ、果苹、キアス。あなたの負った傷はすべて癒してあげる、から。ひまりを……|白日夢《・・・》から目覚めさせてあげよう」
「うん。ありったけの音を、乗せるから」
その言葉通り、果苹は重音圧を乗せた振動剣を手に、歌と共に紅涙へ振り抜いた。
「貴女の呪いの声は耳障り、だからわたし達の音と声が――断ち切る」
歌が、重音圧音が紅涙を断ち、響きゆく。桜の花びらが、歌に合わせるように風に舞う。やがてその音が止んでから、ぽつりと果苹は零した。
「紅涙が諦めれば……ひまりさんも安心できるかな」
「きっと、大丈夫だよ。わたしたちの歌……そして――桜と、花束があの子を守ってくれる。そんな気がする、から」
泉純は優しく微笑んで、歌うようにそう紡いだ。
絶望と希望はかけ離れているようで、ごく近しくもある。
「夢も希望もヒトが心のままに見出すもの。お前が勝手に代弁した|復讐《・・》ごときで人を救えると思わないことね」
既に紅涙が思い描いた絶望はこの場にはないだろう。キアラ・ザ・アスフォデルス(|冥花の魔女《The Asphodelos》・h09526)は紅涙の行く手を遮って立つ。それを、紅涙はどこか鬱陶しそうに見た。
「力なきものは、皆身勝手な救いを求める」
「死んだら救われるなんて考えの甘いとこ、おれは好きだよ、ヒトらしくて」
ヒトは、ヨシュア・ヴァルトシュタイン(「森の石」・h09600)たちからすればただでさえ儚い。それをヒトは更に生き急ぐ。それを無闇に奪う理由など、どこにもない。
とはいえ。
「下がってて、って言えたら格好良かったんだけど、荒事は超苦手」
「あら、適材適所と言うでしょう。前は任せておきなさい」
無理はなさらないで頂戴、と言いながら、キアラは軽やかに前へ出る。その背には黒き竜翼が広がっている。|竜種《ドラゴンプロトコル》――その頼もしい背にヨシュアも小さく笑って、頷いた。
「代わりに援護は任せて。そこまでひ弱じゃないからさ」
「本当なら、隠れていてもいいくらいよ」
ひ弱と思っているわけではないが、キアラはヨシュアとは反対に荒事を得意とするほうだ。弓に番える矢とて、自身の竜漿で強化した特別製である。
「|貫くの《貫通攻撃》はわたくしの得手、穴だらけにしてあげる」
見据える先へ放てば、紅涙に至ると同時に竜漿に籠めた魔術が炸裂した。光は敵を重ねて灼き、味方には一時的な活性を与えるものだ。
「喧しい」
絶え間なく浴びせられるキアラの攻撃の隙間で、紅涙が己の身から溢れ出た血霧の人影を放った。それはキアラを映したように、輪郭ばかりをなぞった弓矢を放とうとして、
「汝、傷付けるに能わず」
ヨシュアが喚んだ眷属の群れが、その人影を囲い込む。ヒトの形を取るならば、その動きは読みやすく――侵しやすい。
「こっちを見ろ」
ざらりと膨らませたのは精神への|浸食《おせん》。血霧のヒトがキアラからヨシュアへとその狙いを変え矢を放った。
「全て撃ち落とすわ」
「いや。キアラさんのお陰で動きやすいし、致命傷さえ避ければ後から再生も余裕だから、攻撃に集中して。……時間稼ぎは得意なんだ」
眩い流星のように降り来たる矢と戯れるように、避けては喰らう。眷属たちにもその一端を任せるが、キアラの攻撃を写しているだけあってさすがに苛烈である。蠍の一匹くらい、彼女の援護に回せるか。紅涙はいまだ血涙を零している。その血霧によって成されたヒトが、ふと霧散した。どうやらようやく|遊び疲れた《・・・・・》らしい。
「慕情で壊れる精神の柔らかさは好みでも、地獄に連れて行けない魂には興味ない。精々上手く悲鳴を上げて、|悪魔《おれ》を楽しませろよ」
「あの子の為と嘯いて、お前は転化したお前の恨みを晴らしたいだけ。身勝手な論理をさも相手の為の様に語って押し付ける――度し難い生き物……さっさと失せるがいいわ」
ヨシュアとキアラが見据えた先で、矢が紅涙の急所を捉える。キアラが注いだ天光と共に、最期の痛哭が春の空を衝いて、消えていく。
「希望の花が綻んでいるなら満開に咲く日も近いかしら」
「そうだな……良かったと言うべきか、本当の始まりはここからだと言うべきか」
ララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)と詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は、ちらと教会へ視線をやる。|花束《きぼう》を手にして歩んで行ったひまりは、この先を生きねばならない。これからこそ、彼女にとってははじまりだろう。
「そうね、イサ。ララ達はあの子の決意と心を守りましょう」
「……だね。咲いた希望を摘ませはしないさ」
教会から視線を戻しがてら、イサは桜と、手にある白薔薇の花束と――そして傍らの守るべき小さな|聖女サマ《・・・・》を見る。己にとっての咲いた希望は、間違いなく。
ほんの僅か、唇だけで笑んで、イサは泡沫を|ひらく《・・・》。ララをかばい守るためのそれは、一本桜へも展開された。
「ありがとう、イサ。……桜にも、優しいのね?」
「ついでだけど。散ったら悲しむだろうし、聖女サマはお転婆だからな!」
ぶっきらぼうに付け足された言い訳にくすりと笑って、ララは泡沫と共に駆け出した。その背をイサの放つ|光《レーザー》が追う。
「残念ね、紅涙。お前の復讐はあの子の救いにはならないの」
破魔の迦楼羅焔を纏う|窕《ナイフ》が紅涙を斬り裂きにかかる。
「おままごと、しましょ。――あなたの絶望ごと塗り替えてあげる」
甘やかに迦楼羅の雛女が天啓を語る。途端に周囲に展開される領域は神域となり、桜獄樂土へと姿を変えてみせた。
「ララの楽土へようこそ。救いが欲しいなら、あげるわ。奇跡がほしいなら叶えてあげる。虚しい絶望から救ってあげる」
深淵からの光と泡沫がララの道を切り開き、美しい焔が紅涙の語る|絶望《しあわせ》を焼き尽くす。耳に届く痛哭は、紅涙のものか。ララたちが齎す救いを、桜が見守っている。
「桜の樹の下には、きっと誰かを想う心が眠っている。それは満開に咲き初める希望となるものよ」
「……俺もララの言うように、明日へと継る生命があるんだと思う」
それは愛で恋で、もしかしたら死や絶望で――誰しもに|希望《明日》 与える桜として廻り咲く。
「望まれない復讐は終いだよ、紅涙。お前の無念を誰かに晴らさせようとするんじゃない!」
「イサの言う通りだわ。それに、桜の花言葉はね。『私を忘れないで』っていうの」
復讐を望むのではなく、咲いて散って、とこしえにうつろうことのない想いが咲くように。
「絶望なんかで穢すには勿体ないわ」
破魔の迦楼羅焔が絶望を焼き尽くす。
そのあとにひらりと残るのは、絶望を希望へ変え得る桜の花びらだ。
絶望が救いを騙る。
その言葉に、降葩・璃緒(花ひらり・h07233)は首を横に振った。
「何が救いなのかを決めるのはキミじゃない。ひまりさんが希望を持ってくれたなら、ボクはそれを守りたいんだよ」
たとえ小さなものだとしても、その光がきっと導いてくれるから。
璃緒の言葉に、隣でセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)がそっと頷く。
「復讐は……果たしても、何も残りません。どんな時でも、胸に抱くのは……悲しみよりも、希望の方が…ずっと、いいです」
セレネは祈るように、胸の前で手を組んだ。そのまま、視線は璃緒へと真っ直ぐに向く。声はいまだ、どこかおずおずとしているけれど。
「……降葩さん、一緒に、戦ってくれますか?」
「勿論なんだよ、セレネさん。紅涙の齎そうとする絶望なんて、絶対に断ち切ってみせるんだから……!」
迷わず、そして頼もしく頷いてくれた璃緒に、セレネは眩しそうに目を細める。そうしてそのまま、目を伏せた。
「どうか、貴女が彼女に再び手を差し伸べる、その時が来ませんように」
静かな詠唱は、繰り返す夜を願うもの。明けぬ夜は、紅涙を夜の檻へ戒める。日輪の訪れをも阻むその夜には、冷え冴えた氷雪が降りしきる――その刃を、紅涙へと向けて。
「ボクもね、桜の花を咲かせられるんだよ」
ひらりと花弁のように降り出した春の雪に重ねるように、璃緒も春の訪れを語りながら、鞄から幻晶花の種を取り出し、水をやる――璃緒を中心として咲いた桜の花は、ふわりと優しく、暖かな春景色を広げた。
「どうか、彼女の希望がこの桜の様に優しく咲き誇ります様に」
「……とても優しくて、強い|桜《はる》ですね」
「ふふ、そうでしょ? ボク、前に出るねっ」
アンティーク鋏を手に、璃緒は恐れず前へと駆け出す。その身を守るように、セレネの齎した水の幻影が揺蕩った。
「想いを昇華させる術は憎悪だけではありません。ひまりさんが笑顔でいられるように、私たちは……希望が花開くよう、全力を尽くすまでです」
「そうだよ。希望にだって、お水は必要なんだからっ」
咲いた桜がくれる力を鋏へ乗せて、璃緒は紅涙へと斬りかかる。恐ろしくないとは言わない。けれど今ここには春があり、セレネの水の守りもある。
ならばあとは、咲かせるだけだ。この先の希望を、笑顔を。
「あの子の笑顔、一緒に守ろうね、セレネさん!」
「ふふ……はい、降葩さん」
「『力なき』だなんて随分失礼ではない? もうひまりさんの目はもう、明るいものへ向いているのです」
まるで失望したかのように言って見せた紅涙へ、香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は凛とした声を向ける。それに、九鬼・ガクト(死ノ戦神憑き・h01363)も頷いた。
「んー、そうだね。前を向かず何もせずただただ己の心と向き合わないのは力無き事だけど、彼女はしっかりと行動をしている。――このままではダメだと心が瞳が語っているよ」
既に見えぬひまりの姿を追うように、ガクトは視線を教会のほうへとやって、紅涙へ戻す。主の言葉に、鳰も頷いた。
「ええ。お前はお呼びではないわ。復讐とは本当に、他の手段を選べなかった末に本人が手繰るもの。他者からのゴリ押しなど、余計なお世話というものですよ」
そして鳰もガクトも、その余計なお世話を見過ごすつもりがない。主従が共に刀を抜く。その動きは洗練されて無駄がない。双方が戦いに慣れている。
そして絶望も復讐も――見慣れてしまっていた。
「……戦争中も、人を騙したり復讐したりの己の心を満たすだけの輩は後で自分に返ってきた」
ふとガクトはかつての戦場を回想する。どの光景も多く見たものだ。その中で生き残ったのがガクトでもある。
「その中でも、腐らず生きる意味を持ち続ける者は生き残る――私の様な狂った者じゃ無い限り」
「あら、過去をこんなにお話下さるなんて珍しい。私からすれば、ガクト様が到底狂っているようには見えませんが」
「狂っているさ。だからこそ俺でも、生きる意味を持ち続ける者には勝てないと思った」
ただそこに在った事実として、淡々とガクトは語ってみせる。そうしながら、間合いに踏み込む紅涙を切り刻むことは忘れない。自然と噛み合う鳰との連携は、互いを守るものであり、敵を確実に死に至らしめるためのものだ。
いつか辿り着く結末でなく、身近なものとして、鳰も『死』を憶えている。
「死は救いで幸せ――間違いではないけれど、今のひまりさんには合わないわ」
そんなことは間違いだと切り捨てることはできない。ただ、戦いを知らぬ少女には不似合いだとは確かに思う。振り下ろす刃と共に僅かに翳る鳰の気配に、ガクトは言葉を添えた。
「『死ぬ』ということを望み、それこそが幸せだと思う者も少ながらず居る。でも今の彼女は『生きる』意味を持っているからね。もしかすると今は、誰よりも……君よりも強いと思うよ」
「ふふ、精進せねばなりませんね」
紅涙へ剣先を向け直しながら、主の言葉を笑って受け入れる。否定することはできなかった。だって。
「鳰。私の為に死ぬ事は許さないよ?」
「……ふふふ、はい、承知しておりますよ」
本当はそれを、全く構わないと思っているから。
朗らかなまま舞う春の花弁に降る|涙《あめ》は赤い。
止まぬ怨嗟から庇うように、雨知らずの|袖《かさ》が兎の前に開く。
「若しも私達の抱えるものが怨みであれば、|付喪神崩れ《あのよう》になる先もあったのかね」
「……そうだね。そんな『|可能性《もしも》』も、余所事では無い」
庇い立つ小沼瀬・回(忘る笠・h00489)の背に、ステラ・ラパン(星の兎・h03246)は小さく笑んで頷いた。どちらも嘗てはひとつの器物であればこそ、紅涙とは同類とも呼べる。
「けれど、今も先も僕らはそうじゃない。……だろう?」
青星の花束が、花傘の花束が、それぞれの腕にあればこそ――今語る|可能性《もしも》はいっそ白々しい。回とて解って口にしたことだ。言わずにおれなかった、と言ってもいい。
「私も嘗ては縁起物として花嫁に添うた身だが」
成り立ちも、在り方も近しければ、怨嗟には情の傾く想いもあるものだ。けれどもその情は共感に非ず。道を踏み外すほどの痛みの端くれへの投影。
「希望の枝葉を断たせやしない」
「無責任な希望だ。絶望の呼び水にしかならぬそれは、力なきものを救わない」
抑揚に欠けた紅涙の声が淡々と響く。それに、僅かに回は眉を顰めた。確かに示される先への希望は、何もかもは無責任で、未確定なものかもしれない。けれど。
「都合の良い絶望だけを聞き取っておいて宣うな。――お前の宣う『救い』はお前の希う『救い』でしかない。真に寄り添わんと願うのならステラのように耳を傾けてみろ」
「おや、僕かい?」
ふと向けられた言葉に、ステラは悪戯に笑って回を見上げた。紅涙の|怨嗟《おもい》へと傾けられていた兎耳が、ぴょこんと動く。その耳には、回の嘗ても届いていた。ヒトに愛され形を成した子らの聲が誰にも届かず終わらぬよう、その全てを掬いあげるように、静かに胸に刻んで。
「ふふ、だってさ怨嗟を抱く程に『愛された』かわいい子らなんだ。どの聲も聞きたいだろう?」
「与り知らぬ怨嗟まで掬うとは 全く、その慈愛には畏れ入る。……まあ寄り添い過ぎる様なら、遠慮なく塞ぐからな」
悪戯でも宣言するように口端を上げて、回が指さす先にはステラの兎耳がある。それにステラはつい声をあげて笑った。
「あははっ、過ぎた時には頼んだよ。その手に安心して耳傾けられるさ」
とは言え。
くるり、ステラの手の中で兎杖が回る。昼に起きだした月光神の力が、淡い燐光でステラと回を――そして桜を包み込んだ。
「素直に呪詛を身に受ける程寛大じゃ無いし、彼に受けさせるのも御免だ」
疾く駆け跳ねる|星《ひかり》を得た足で駆け出す。同じ星を宿す瞳も瞬けば、飛来する怨嗟の刃をひょいと避けた。軌道を変え、続けざまに迫るそれを回の算盤珠が甲高い音で弾き飛ばす。跳ねるは慣れぬ足元で回が前に出る。勘定に慣れた指先が手繰る帳簿紐は、刃と紅涙を見比べた上、
「飛び回るそれより、お前の方が捕らえ易い」
紅涙の身を縛り上げた。その手が埋まったところに迫る刃をステラの杖が払い落す。光宿す眼を見交わせば、言葉もなしに護りの月光が強く顕れた。君が幕を引いてやると良い。
桜の枝を避けて、高く銭箱が春空に跳び――落ちる。
ごうと強い風が庭を吹き回る。数多の能力者たちによって少しずつすり減っていた紅涙の身が、桜の花弁に搔き消されるように圧し消えた。
後に残るのは、月の光に護られた日向の一本桜のみ。
やがてその光もとける頃、あまりの風音に気になったのか、気がかりそうにひまりが教会から顔を出した。用は済んだと帰りかけていた回とステラは、花を抱いた少女へ眦を緩める。
「悲運は断てど命は廻りゆくものだ。庭の桜も孰れは綻ぶやもしれん。……お前さんたちも再縁を希うのならば『一番星』と『晴路屋』を贔屓にするといい」
「怨嗟も想いも思い出も燻りすら抱えた儘で構わない。再縁までの時を共に出来る機があるなら、いくらでも視て聴くよ。――僕らの店で」
第3章 日常 『春の恵み』
●桜マルシェへようこそ
教会の程近くに、桜並木にぐるりと囲まれた公園がある。
普段から遊具のようなものはなく、あるのは桜並木に沿って置かれた木製のベンチのみ。ただ、実に広く作られたその公園は普段から子供たちが元気よく駆け回る場所であり、催し物が行われる会場ともなっている。
そこに今日は、様々なお弁当を掲げた、キッチンカーが集まっていた。
「いらっしゃいませ! お花見に幕の内弁当はいかがですか? 牛すき弁当、のり弁当、焼肉弁当、定番勢ぞろいですよ!」
「洋風お弁当をお探しのみなさまー! オムライス、ハンバーグ、パスタ、エビフライ! お子様に大人気、お子様ランチ風弁当、あります!」
「回鍋肉弁当、麻婆豆腐弁当、餃子弁当、あと色々! ご飯は天津飯にできまーす!」
「お手軽に満腹になれる、たっぷりホットドック! チーズ、卵、ミートソース、カレーまでありますよ!」
「エビチリバーガー、当店一番人気です! 他にも、野菜バーガー、ビーフパティマシマシチャレンジバーガーなど! あっ、お姉さん、行ってみませんか?」
「お弁当といえば唐揚げ、ただいま揚げたてです! 今ならご飯に照り焼きチキンをトッピング! トリトリ弁当はこちらですよー!」
「サンドイッチもありますよ! ツナ、卵、ハム、おかず系はもちろん、クリームたっぷりのフルーツサンドはデザートにもぴったりです!」
――そこらじゅうから花見客を呼ぶ声が溢れている。それぞれのキッチンカーで、飲み物も一緒に売ってあるようだ。公園側の関係で、お酒系統はどうやらないけれど。
桜マルシェと花見で公園は賑わっているが、広さのおかげで座れないほどではない。
ひまりもどうやら、フルーツサンドを買って、人の少ないほうに落ち着いたようだ。
ベンチに、青々とした新緑の芝生に、のんびり座って好きなお弁当を食べる花見のひとときは、この春の穏やかな思い出として残るだろう。