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恋酔ノ月下紫香
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一千年の時を越えて咲く藤の花が、一夜だけ現世と幽世を繋ぐ。そんな特別な夜を、優しく月が照らしていた。
湖の真ん中に建つ、巨大な五重塔のような水上楼閣。その場所で、綺麗に咲き誇る千年藤を楽しむ《千夜紫苑》というお祭りがあった。
このお祭りの期間、建物全体を千年藤が龍のように巻き付いており、ガス灯の柔らかな光と、藤の紫色の影が交差する。楼閣だけでなく、藤の花房を下から照らすのではなく、あえて上部から微細な光を降らせることで、花が“光の雨”のように降り注いで見える演出も施されていて、幻想的な空間が広がることから人も妖怪もこのお祭りを楽しみにしていた。
祭り会場は様々な露店が立ち並び、楼閣内は迷路のようになっているものの危険はないので、のんびり高いところからも藤が咲き乱れる景色を楽しめるようだ。
そんなお祭り会場で、古妖の一人がドキドキソワソワとしながらおもてなしの準備に勤しむ。
『皆さんに楽しんでもらえるような、素敵なものを用意しないと……!』
慌ただしくも、喜んでくれるのを想像すれば自然と笑みが零れる。いつ来るかな?と古妖の心は期待に満ちていた。
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「桜の時期は終わってもたけど、今度は藤が綺麗に咲き始めてるなぁ。そんでもって、その藤を楽しめるお祭りがあるんよ」
紫乃坂・蓬生(紫炎の蓮の如く、紅散らす・h08897)はぱちりとウィンクしながら、お祭りについて説明し始めた。
「湖の真ん中に楼閣があるんやけど、普段は立ち入り禁止で眺めるだけ。せやけど、藤が満開に咲く時期だけ特別に立ち入ることが出来て、藤を楽しむお祭りが開催されるんや。露店も多いし、楼閣ん中も散策出来るみたいやから、忙しい毎日の息抜きに行ってみてはどうや?」
妖怪も人も楽しめるお祭り。
色々な事件が起きてる中だが、時には息抜きだって必要だと話して。「あ、それと」と言い忘れるところだったと、追加の説明もし始める。
「古妖もおるみたいやけど、敵意はあらへん。寧ろ、みんなと楽しみたくて何か準備してくれてるようなんよ。戦わんで済むならそれがええし、ぜひお祭り楽しんできてな〜」
争うばかりではなく、楽しい事も共有する時だってあるはず。友達と楽しむもよし、大切な人と楽しむもよし、古妖と仲良く過ごして欲しいと話して。
行ってらっしゃいと笑顔で手を振り、蓬生はEDEN達を見送った。
これまでのお話
第1章 日常 『千年藤の静かな夜祭』
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年に一度、湖の真ん中に浮かぶ島の楼閣にて行われるお祭り《千夜紫苑》。
月夜の中でライトアップされた藤は幻想的で、今もたくさんの人で賑わいを見せていた。
楼閣の周辺はたくさんの露店が並んでいて、どれも藤イメージのものばかり。
お菓子だと琥珀糖《藤の雫》というものがあり、薄紫色のグラデーションが美しく、藤のエッセンスを加えた琥珀糖でお土産にも最適。他にも藤の花房を精巧に模した練り切り、藤蜜の水信玄餅、と色々。
雑貨だと、紫のグラデーションが美しい和傘、藤かんざし、藤の繊維を混ぜて編んだ紫組紐など。他にも藤をモチーフにした雑貨が多いので、見て歩くのも買い物するのも楽しめるだろう。
歩き疲れたら茶屋で一服も可能。
お茶や和菓子はもちろん、アルコール類も何種類か用意されている。
藤の花を蜜に漬け込み、熟成させた濃厚でとろみのあるリキュールはそのまま飲んでも良し、重厚な紫色の液体にバニラアイスや葛切りにかけて楽しむことも。落花のスパークリングは発砲日本酒で、グラスの中で立ちのぼる泡が、まるで逆さまに昇っていく藤の花房のように見えるものになっている。
楼閣を囲む湖の水面は綺麗に景色を映し、そっと覗けば藤と楼閣、空に浮かぶ月が鏡写しのようになっているのが見えるだろう。
時には息抜き、のんびり紫に染まる景色を楽しんではどうだろう?
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「わぁ、光の雨みたいです!」
月の光だけでなく、ライトアップされた幻想的な輝きを帯びた藤が咲き誇る楼閣を目の当たりにし、ふわりとした尻尾をゆらゆら、狐耳をぴこぴこさせながら伽草・結葉(人妖「妖狐」のどろんバケラー・h12857)は瞳をキラキラさせてその光景に見蕩れていた。
景色を楽しむのももちろんだけれど、結葉は尻尾をゆらゆらと揺らしながら、いつか出会えるであろう探偵さんへのお土産を探そうと様々な露店を眺めていた。
「……あ、これ綺麗ですっ! 苺味の琥珀糖もありますか?」
「いらっしゃいませ〜。苺味もございますよ」
色々見ていく中で立ち止まったのは、藤のエッセンスを使った琥珀糖《藤の雫》のお店。藤色をした琥珀糖は特殊な作り方をしているのもあり、フレーバーには少し種類があるようで。よくよく見てみると一粒一粒の色の濃さが違っていて、宝石のように輝いて見えた。
結葉はキラキラ輝く《|藤の雫《琥珀糖》》を購入し、他にもどんな露天があったりするのだろうと歩いているところで聞こえてくるのは祭囃子。ぴんと耳を立てて祭囃子の聞こえる方へ向かえば、藤をイメージした華やかな衣装を身に纏いながら優雅な演舞が始まっていた。
「わぁ……とっても綺麗です」
ひらり、ひらり。嫋やかに咲く藤のように舞い踊る踊り子は、柔らかな笑みを浮かべていて。こんなに綺麗な舞もあるんだと瞳を輝かせ、うっとりと鑑賞していた。踊り子の演舞の所作、光の雨のように咲き誇る藤の花、淡い光で照らしてくれる満月──その全てを愛用の手帳に書き留める。難しい言葉は使えなくとも、感じたまま、見たままをしっかりと書いていけば探偵さんと来た時に案内もきっとバッチリなはず。
「妖怪さんも人間さんも、みんな笑っていて……本当に素敵なお祭りですね」
周りを見ていれば、たくさんの人で賑わっている。妖怪も、人間も華やかに咲く藤を楽しんでいて、みんな笑顔を浮かべていた。種族関係なく誰でも楽しめる。こんなに楽しいお祭りがあるのは本当に素敵だなと感じると、それもしっかりと手帳に残していった。
「これなら、きっと案内できるはずですね」
楼閣も中を歩けるようになっているし、まだまだお店もいっぱいある。余すことなくメモをして、未来に出会うだろう探偵さんも楽しいと言ってくれる事を夢見て。
幼い頃に迷子になってしまい、助けてくれた人間の探偵は“優しさと賢さ”を教えてくれた。いつか探偵の背後で支え、傷ついたり迷ったりしている人の心にそっと寄り添える「世界一の助手」になる。そのために、こうした時の記録もしっかりとこなすのだって修行のひとつだから。
淡い月の光が、妖狐の少年を優しく見守っていた。
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「二人とも遠慮は無用です。楽しく過ごしましょう」
「一風変わった団体行動ですが、女性陣は何やら楽しそうですね。ともあれ、ご一緒出来て光栄です」
「まさか、見下のダチとダブルデートする日が来るたぁなぁ。どんな真面目そうな御人が来んのかと思ったら、大した美男美女じゃねぇの。彼氏の方は俺よかデケェしよ」
「えへへ♪ おふたりとも、なんだかこう……気心知れた感じで素敵な雰囲気ですね、レオンさん。お邪魔にならないようにしないとっ」
大人っぽい雰囲気のある男女ペア──瀬条・兎比良(善き歩行者・h01749)と手を繋ぎながら、花喰・小鳥(ミグラトリス・シェルシューズ・h01076)は、友人である見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)と七三子の恋人レオン・ヤノフスキ(ヴァンパイアハンターの成れの果て・h05801)の二人へ声を掛けた。
「私達の仲の良さも、二人に見せつけていかないといけません」
「それにしても話が進みすぎでは……見せつけるとは……?」
「見せつけましょう?」と上目遣いで見つめてくる小鳥の言葉に対し、兎比良は疑問になるけれど。「そもそも、私の意思は?」と投げ掛けてはみるもののスルーされてしまえば、小さく息を吐くのに留まる。一緒に過ごす事に不満があるわけじゃない。小鳥と手を繋ぐのだって、いつもの事だから。
そんな二人の雰囲気に、七三子はちょっぴり羨ましくも思うわけで。隣に立つレオンを見上げれば、おずおずと寄り添って一つオネダリを。
「……でもその。ええと、ちょっとだけ、その……うらやましいので、私もくっついていいでしょうか」
「おいおい見下。くっついてんのはいつものことだろ? こっちも遠慮なく見せつけてやろうぜ!」
ニッと笑みを浮かべたレオンは、言葉通りに兎比良と小鳥の視線を気にすることなく七三子の肩を抱き寄せれば、オネダリしたけれど思わず七三子の頬はほんのり紅色に花咲いて。
雰囲気の違う二組は藤のお祭り《千夜紫苑》の会場へ辿り着くと、月夜の下で華やかで幻想的にライトアップされた満開の藤に四人は目を奪われた。
「藤が、思ってたより壮観ですね! レオンさんレオンさん、見てください! キラキラ光ってて、きれいですね……!」
「おー、すげぇ! 藤の花ってのは、なんでこう優雅に咲くのかねぇ。ライトアップも凝ってんなぁ」
想像以上に優雅で、幻想的な光景に感動する七三子はキラキラと赤色を輝かせていた。レオンは藤ももちろん綺麗だと感じつつも、一番見てしまうのは隣で藤に見惚れる七三子の横顔で。
「藤波の 散らまく惜しみ 霍公鳥 今城の岡を 鳴きて越ゆなり」
小鳥が歌を詠みながら、ふとレオンと七三子へ視線を向けると兎比良の肩をつついてみる。兎比良はどこかで覚えがあると思いながら、去年の藤も綺麗だったと振り返りつつ、歌を聞いていたところで肩をつつかれれば、小鳥が向けた視線の先を見る。
(随分と微笑ましいものですね)
言葉にせずとも、兎比良と小鳥は同じ事を思っていて。どこか可愛らしくて、自分達とは違う雰囲気は微笑ましくて。レオンと七三子を見守る二人もまた、自然と表情は柔らかいものに。
四人はそれぞれ藤に見蕩れ、微笑ましく眺めていたりとしていたところで七三子は甘い香りに鼻を擽られる。ライトアップされている藤から、香りを辿るように視線を変えればその先にはあらゆる露店が並んでいるのが視界にはいった。
「あ、露店! 覗いていきませんか? 記念に何か買いたいです!」
七三子の提案に三人は賛成と、露店が並ぶ方へと向かうことに。どのお店も藤をモチーフにしたものが多く、食べ物も美味しそうだし、雑貨も可愛いしと目移りしてしまうほど。レオンも思わず小さく声を漏らしつつ、多くの人で賑わう様子に兎比良も感心していた。
「へぇ、露店も藤の花一色じゃねぇか」
「露店もなかなか盛況のようですよ。小鳥は、何か欲しいものありますか?」
「なら、藤の栞が欲しいです。確か、あちらに並んでいたと思います」
「栞! いいですね」
「栞ねぇ。俺は本なんて読まねぇしな〜」
小鳥は藤の栞を見つけた露店を指差すと、少し戻って様々な藤モチーフの雑貨を取り扱うお店の前で立ち止まる。同じ栞でも一つとして同じものはなく、色合いや花の雰囲気など好みで選べるようで。
本を読む機会はなくとも、デザインを見るとこんなに凝ってるのかと驚くレオンに、七三子は「可愛いですね」と微笑んでいて。その横で、小鳥は真剣な表情になりながらどれにしようかと悩んでいた。
思い出の1ページというには少しばかり照れくさいけれど、兎比良の妹も喜んでくれるはずと考えての選択だった。
「小鳥、栞ならば俺に買わせてください。思い出ですからね」
「きっと、蝶番さんも喜んでくれると思います」
その意図を察し、それならと兎比良は提案すると好きなデザインを小鳥に選んでもらう。藤の花の形をした栞を選び、兎比良が会計を済ませると「ありがとうございます」と小鳥は柔らかく微笑む。今は記憶がなくとも、兎比良にとっては大切な妹。その妹のために選んでくれるのは嬉しくて、柔らかい表情を浮かべていた。
「おっ、見ろよ見下! 見たことねぇ酒があるぜ」
「お酒! あ、辛口もありますよレオンさん」
兎比良と小鳥の買い物を眺めていたレオンが別の露店へ視線を向けた少し先に、お酒を取り扱う露店が並んでいた。お酒好きなレオンとしてはチェックしないという選択肢は無いし、同じくお酒好きな七三子もまた食いつくわけで。
「リキュールに発泡日本酒だってよ。やっぱ俺らはこれだろ? 土産に買ってこうぜ!」
藤の花を漬け込んだリキュールはそのまま飲んでも、アイスなどにかけても楽しめるし、落花のスパークリングはまるで逆さまに昇っていく藤の花房のように見えるとオススメしてくれると、これは買わねばだろ? とレオンは無邪気な笑みを浮かべる。その二種類は確定で、他にもどんなお酒があるんだろうかと見ているところで、兎比良はお酒に詳しそうな二人にオススメを聞くことに。
「見下さんとレオンさんは酒を飲まれるんですね。良さそうな酒がありましたら、教えていただけますか?」
「瀬条さんはどういうのお好きなんですか?」
「色々と飲めますが、よく飲むのは洋酒が多いでしょうか」
「オシャレそうなおふたりなら、こっちのワインとかかな……」
七三子は兎比良と小鳥をじぃ…と見てからお酒へと視線を向け、どれがいいだろうかと悩む。色々見ていく中で、一つ気になるものが視界に入ればそれを手に取った。七三子が雰囲気で合いそうと選んだのは藤色のワイン。「良ければどうぞ」と店員から試飲を勧められれば、四人は小さな透明のカップに注がれたワインを受け取って香りを楽しんでから一口飲んでみる。控えめな甘さに後味はキリッとした酸味が楽しめ、アルコール度数は10%程と少し低め。食前酒やデザートワインとして楽しめるようだ。
「度数は低めですけど、藤色も綺麗です! これ、どうですか?」
「なるほど、せっかくのオススメですからそのワインをいただきましょうか」
そうして、それぞれお酒も購入すると「良いお土産が買えましたね」とホクホク笑顔の七三子に、どんな味のお酒か楽しみになるレオンがいて。お目当てのお土産を買えたのは小鳥や兎比良も同じで、良い買い物が出来たと微笑み合う。
祭りは、まだまだこれから。
四人は他の露店を見て回りながら、賑わう祭り会場をゆったりと散策していく。
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楼閣を包み、その見た目はまるで藤の塔。
月明かりやライトアップの照明に照らされた薄紫に染まる世界は幻想的で、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)と不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)はその光景に見惚れていた。
「はわぁ……とっても綺麗ですね」
「空を彩る掛け軸に、目線はつい上を向いてしまうな」
ちるはは藤を見上げながらも、右手をそっと蜚廉へ伸ばす。それを感じて、蜚廉からもそっと繋ぎ返せば互いに柔らかく微笑んで。
「藤に|不如帰《ホトトギス》でしたっけ? 昔も今も、藤と月の映える4月らしさすてきですね」
「うむ、そうだな。桜も良いが、こうして移りゆく花を楽しむというのも風情があって良い」
花札でも、春から初夏への移ろいや「儚さ」を象徴する藤の花を、こうして二人並んで楽しめるのは嬉しくて。躓かないように、と蜚廉はちるはの手をそっと繋いだまま、祭り会場をゆっくり歩き始めた。
「む? あれは……」
満開の藤を楽しみながら歩いている中で、蜚廉は露店の方へと視線を向けてみる。そこには、キラキラと藤色に輝く琥珀糖が。
「ちるはよ……琥珀糖を摘んで行かぬか?」
「ほわあぁ…とっても綺麗ですね♪ もちろん、買いましょう♪」
ふわりと香る甘い香りに、ちるはは幸せそうな吐息が漏れた。濃淡の違う琥珀糖《藤の雫》はその名の通り藤の宝石のようで、あまりに綺麗で食べるのが勿体なくも感じるけれど。でも、美味しいものは食べたいし、何より蜚廉から提案してくれたなら、断るという選択肢なんてないから。
二人は《藤の雫》を購入すると、露店から少し離れて蓋を開けてみる。一粒つまみ、少し掲げてみれば月夜で優しく輝いているよう。そして、ちるははつまんだ琥珀糖を蜚廉の口元へ。
「蜚廉さん、あーん」
「ん……うむ。甘さはしつこくなく、とても美味だ」
差し出されて受け取った琥珀糖の甘さが口の中で優しく広がっていき、蜚廉は美味しいと微笑む。去年二人で琥珀羹を楽しんだり、蜚廉の誕生日には琥珀糖作りもチャレンジして。他にもたくさんの思い出があって、美味しいも楽しいもいっぱい共有。変わったとするなら、お互いの関係性が甘く特別なものになったこと。
「これも、|ちるは《恋人》から貰った幸せのお陰だ」
「それは私もです、蜚廉さん。いっぱい、いっぱい、幸せです……♪」
この穏やかさも、二人で一緒にいるから幸せで。
分け合う喜び、伝え合う温もりは、これから先も続けていきたいから。
二人は再び散策にと会場内を歩き出す。
聞こえてくる祭囃子、湖面に映る景色も綺麗で。華やかさを楽しむ中で、ちるはのお腹からクゥ…と小さな鳴き声が。
「あ……つい、花より団子になりがちに…」
「結構歩いたから、小腹も空いてくる。あそこに茶屋があるようだし、少し休憩しようか」
お腹の虫が鳴ったことに恥ずかしくなって、ほんのり頬を赤らめるちるはの様子に、蜚廉は小さく笑いながら近くにあった茶屋を指差した。二人は茶屋へと入り、ベンチに腰掛けるとどれにしようかと二人並んでメニューに目を通す。期間限定で藤の和菓子が多く、蜚廉が選んだのは藤の形をした練り切り。ちるはもどうしようかなと悩んだ後、選んだのは水信玄餅。そして、互いに飲み物は抹茶を選んで、のんびり待つことに。
「月も綺麗ですね」
「うむ。月夜の下でお茶をするのも、なかなか味わい深いものだ」
空を見上げれば淡く光る月が浮かび、その周りには星が瞬いていて。二人でのんびり見上げていると、練り切りと水信玄餅、そして二人分の抹茶が運ばれてきた。ぷるんとした透明な水信玄餅に、別容器にとろぉりとした藤の蜜が添えられていて。藤の練り切りは淡い紫色の上品な見た目で、形を崩すのがもったいないと思えほど。
「ちるはよ。先程の|お返し《お礼》のあーんを、受け取ると良い」
「わ、ありがとうございます……♪」
蜚廉は黒文字で練り切りを一口大に切り分けてから、そっとちるはの口元へ寄せれば「あーん」と幸せそうにぱくり。白あんの優しい甘さが口いっぱいに広がり、こちらも藤の蜜を使われているのもあって、ふわりと藤の香りも一緒に楽しめる。幸せ、ほっこり。もちろん、感想は──。
「……あまいです♪ 蜚廉さん、こっちも分けっこしましょ?」
「うむ、そうだな」
とろぉり藤の蜜をかけてから、水信玄餅を切り分けてはんぶんこ。つるりとした舌触りに、優しい蜜が絡んでこちらも美味しいと二人は味わっていく。合間でほろ苦な抹茶を飲めば、絶妙なバランスがちょうどいい。
のんびり、ゆったり。
二人は幸せわけっこしながら、甘味を堪能していく。
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「桜、藤とくると春から夏の気配を感じるねぇ」
紫のカーテンのように咲き誇る満開の藤の花は、春から夏へと季節が移りゆくのを感じられる。現に、肌を撫でる風もまた冷たさよりも暖かさが増していたから。
葵・慈雨(掃晴娘・h01028)は藤を見上げるその隣で、トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)も綺麗だなぁと眺めていて。そんな中で、ふと気になる事が。
「桜の次には藤の花も楽しめるとは、春は賑わう季節だよなぁ。慈雨殿が好む花は何だろうか……?」
「一番好きなのは夏のお花かなぁ。紫陽花とか、立葵とか、朝顔! 瑞々しいお花が好きなのかも! トールくんは、お気に入りのお花はあるのかな?」
「紫陽花に立葵に朝顔と……わたしも青や紫の花は好ましいと思っているぞぅ」
青や紫と涼やかな色合いは暑い夏を見た目から涼やかに楽しませてくれるのもあり、藤が終わった後も楽しみが待っている。今から楽しみになるけれど、今はまず藤の祭りを楽しもうと、トゥルエノと慈雨は祭り会場を見て歩くことに。
「おお、琥珀糖も並んでいるのは何だか懐かしい気持ちにもなるような」
「琥珀糖~! 秋のお祭りで初めて会った時に、一緒に食べたねぇ」
琥珀糖《藤の雫》を売っている露店の前を通ると、トゥルエノは立ち止まる。慈雨も同じようにぴたりと立ち止まると、目をキラキラさせて琥珀糖を見ながら、秋に咲く小さな星の花──金木犀のお祭りで食べた日のことを思い出した。
思えばあの日が初めましてで、トゥルエノの事を迷子だと勘違いしてしまったけれど。淡い橙色の琥珀糖を分け合ったのは、とても楽しい思い出になった。色合いこそ違うけれど、花にちなんだ琥珀糖との巡り合わせには二人も自然と笑顔になって。
「同居人殿の土産にでも如何だろうか?」
「藤を漬けたお酒もあるんだぁ……お土産にしちゃおうかな! トールくんは? やっぱり食べ物をお土産にするのかな?」
「藤色の練り切りも、藤蜜の水信玄餅も良いな! どれも気になるし、味見もして行こうか」
練り切りも藤蜜の水信玄餅も美味しそうで、藤のお酒もあるし。これはお土産にするにしても、どれにしようか悩んでしまうほどで。慈雨の同居人はお酒好きだしと、藤のリキュールや発砲日本酒はもちろん、辛口テイストの藤酒と様々な種類を購入。自分達も少し食べようと、それぞれ和菓子も購入することに。
「どれも見た目が綺麗だねぇ」
「早速味見してみようか」
練り切りと藤蜜の水信玄餅は、それぞれ半分ずつにして食べてみることに。どちらも優しい甘さが口いっぱいに広がり、藤の香りも楽しめる。これはお土産で追加購入しようと、二人は心に決めて。琥珀糖はライトに照らすと、キラキラ本物の宝石のように輝きを魅せてくれた。
「オシャレな物が見付かるように、雑貨の方も見て回ろう~」
小腹を満たしたら、今度は雑貨の露店を巡ってみることに。
紫のグラデーションが美しい和傘、藤かんざし──慈雨の着ている和服に似合うようなものを見繕いたくて、トゥルエノはどれにしようかと悩んでいた。
「梅雨に向けた和傘に、藤かんざしに……目利きならば任せてくれ給え〜。お、これはどうだろう?」
あれこれと目利きをしている中で、見つけたのは藤が描かれたくるみボタン風のブローチ。取り外しも簡単なのもあり、様々な和服にも組み合わせやすいようになっている。それと藤のつまみ細工の髪留めを選んでくれれば、慈雨はこんなに良いの?と驚きを隠せずにいた。
「私ばっかり見てもらってちゃ、勿体ないよう。トールくんだって、こんなに美人さんなのに!」
せっかくならトゥルエノにも何か選んであげたいと思うと、慈雨もまた藤の雑貨を厳選し始める。洋装がメインのトゥルエノに似合うもの…と真剣に雑貨とにらめっこ。
「あまり和装はしない? 髪色にもよく似合うんじゃないかしら!」
「和装は確かにあまり着ないので、合わせて探すのも楽しめそうだなぁ」
和装を着る機会が少ないのならと、何かしらでキッカケを作れないかなと考えてみる。そうしてアレコレと悩み、慈雨が見つけたのは藤が金の刺繍で描かれた薄紫の羽織を手に取ってみた。
「これはどうだろう? とても似合うと思う!」
「藤の羽織、とてもお洒落だね。うん、それにしよう」
それぞれ藤の雑貨も購入出来て大満足!
お祭りはまだまだ終わらない。二人は、他にも見て歩こうと薄紫に染まる会場を歩き始めた。
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「風に揺れる藤の中で……あまりにも美しく靡く、俺の髪!」
「見事な千年藤の中でひときわ輝く推し様……ああっ、ダイナ様は今日もお美しいですわ!」
薄紫の淡い光を帯びた藤の花が咲き誇る中、一番星のように輝き、美しさを纏う皮崎・帝凪(Energeia・h05616)のカッコ良さに、ライラ・カメリア(白椿・h06574)は眩しそうに目を細める。推しの美しさは今日も健在。推しの隣に並べるという今この時間も至高、共に藤の祭りを余すことなく楽しまねばとライラは気合いが入る。
「しかし盛況だな! はぐれぬように気をつけながら露店を見て回るとしよう」
「賑わう露天を見て回るも、はぐれる心配はありませんの」
推しから目を離すなんてありえない。高身長はもちろん、高貴で優雅な一番星である帝凪はライラの視線を奪って離さないのだから。
帝凪とライラは並んで楼閣の全体が見える広場まで来ると、改めて見上げてみる。楼閣に絡むように咲き誇る藤の花は、まるで薄紫の龍のよう。優雅で、気品のある迫力は二人の視線を釘付けにする。
「これが千年藤か。楼閣を取り巻く一匹の大きなドラゴンのようだ」
「ええ、本当に龍のようですわね。それに、ダイナ様になんてお似合いな色彩なのでしょう」
「確かにな。藤の薄紫色は、俺の気品を更に引き立ててくれるだろう」
超のつくポジティブ思考の帝凪の紫をより綺麗に映えるのも、藤の龍を侍らせるというのは似合うのも当然で。ライラの言葉に帝凪も納得顔で頷く。ふいに帝凪はそっと手を伸ばすと、ライラの白金色を軽く掬いとった。
「ふむ……俺の髪色はもちろんだが、ライラの淡い金髪にもよく合いそうだ」
「……わたしにも似合うでしょうか?」
似合うという言葉に、ライラの空色はぱちくりと瞬いて。推しから似合うという言葉は嬉しくて、ほんのりと頬を紅色に染まっていく。帝凪の言葉一つ一つは甘く、甘い“恋に酔って”しまうほど。一番星の隣に並ぶ特等席にいていいのはライラなのだと、琥珀色は空色を捉えて離さなかった。
楼閣に絡む藤の龍を眺めた後、二人は露店がある方へ見て回る事に。美味しそうな和菓子があったり、華やかな雑貨が並んでいたりしていて。ふと、帝凪は藤の簪が目に留まると、一つ手に取ってみる。
「……これなど似合うのではないか?」
「まあ、素敵な簪! 絶対ダイナ様に似合うと思いますわ!」
「よし、ならばこれを買おう」
似合うという言葉を聞けば、善は急げと帝凪は藤の簪を二つ購入。会計を済ませると、そのまま一つはライラへと手渡した。ライラは「ありがとうございます」と幸せそうに受け取るが、その後に見たものには空色をまんまるに見開いた。
そう、ライラが見たのは同じデザインの簪で日頃の一本結いを少しだけアップにして見せたのだ。
「これは、ダイナ様とお揃い!?」
「うむ、お揃いだ!」
「わたし、いま、一番の果報者ですわ!」
(それにアップヘアのダイナ様……なんてお美しいの!)
お揃いの藤簪に、いつもと違うアップヘア姿まで見られるなんて! この上なく幸せに満ちながら、ライラも藤簪をそっと白金の髪に挿してお揃いのアップヘアに。
お揃いの簪を贈り、喜んでくれたのが嬉しくて。お揃い尽くしで幸せいっぱいなライラの笑顔に帝凪も笑顔で応え、二人は再び祭り会場を歩き始める。
特等席から見つめる一番星は、今日1番に輝きを魅せて。
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「藤に祭り。とても綺麗な場所ですね」
「はい、とても」
閑静な住宅街のさらに奥にある館《比翼の館》にて、一つの企画を無事にまとめ上げた土橋・サヱ(鴉の剣、狐の太刀・h00850)を労おうと、不動院・覚悟(ただそこにある星・h01540)は千年藤を楽しめるというお祭り《千夜紫苑》へ行こうとお誘いを。
和を重んじるサヱの立場を汲み取った上で、覚悟は一歩後ろに引いて見守り続けていた。けれど、今日は特別な一日にしたくて。サヱもまた、覚悟からのお誘いに最初は驚いたけれど。せっかくの誘い、今日はメイドとしての仕事を忘れて過ごそうと決めていた。
覚悟はサヱが剣太刀の付喪神である事を知りながら、大切な家族として大切に想うからこそ、常に一歩引いた位置で祭り会場をエスコート。
「サヱさんは、藤の花はお好きですか?」
「えぇ、私はこの花が大変好きです」
約千年前に植えられた藤。付喪神として長くは生きているけれど、今目の前に咲く満開の藤はサヱが生きた倍も年上で。これほどまでに壮観な景色が見れるというのは、やはり何度経験しても良いもので。どれだけ年月を重ねても、花に戯れる時は心躍る──それはまるで御伽噺の世界に入ったような気分になれた。
このままずっと浸っていてもいいけれど、今日は誘ってくれて藤包まれている楼閣へと訪れたわけで。「案内します」という覚悟の言葉に甘えることにした。
「こちらは、色々な露店が並んでいますね。和菓子にお酒、雑貨もあるようです。サヱさんは、何か気になるものありますか?」
「そうですね……雑貨も様々なようですので、館に飾れるものが無いか見てみたいです」
これだけ綺麗な景色が楽しめるならば、館に足を運んでくれる仲間も楽しめたらいいなと考えて。これは仕事じゃなくて、この綺麗な藤を共有したいという理由だから。
「飾れるものとなると……あ。サヱさん、このお店は結構装飾ものが多いようですよ」
希望に沿ったものと露店を巡れば、二人は一つのお店の前で立ち止まった。様々な装飾品が多く、藤が描かれた絵皿や壁飾り、藤の盆栽などが並んでいて。どれも華やかで、けれど派手すぎず気品のある一品。サヱはどれにしようかと品定めをしようとして、その視線は覚悟へと向けられた。
「覚悟様は、どれが館に飾られるのがいいと思いますか?」
「そう、ですね。どれも合うと思いますが……」
まさかの問いに、覚悟は少し驚く。大役を任されれば、より真剣に品定めをし始めた。春の時期に藤色に彩るなら、どれが一番屋敷の雰囲気に合うか。色々考えて、考え抜いて、吟味して。そうして選んだのは、藤が描かれた壁飾り。
「この壁飾りはどうですか? 大広間に飾ることで、皆さんと一緒に楽しめるかと思いまして」
「とても良いですね。絵柄も落ち着いた色合いで描かれていて、私も気に入りました。これはぜひ飾りましょう」
気に入ってくれたことに覚悟はホッとし、二人は藤の壁飾りを購入。他にも《藤の雫》と名付けられた琥珀糖もお土産に購入し、少し休憩しようと湖の近くまで行ってみる。湖面には月夜と藤が鏡写しになっていて、直接千年藤を眺めるのも勿論、こうして間接的に楽しむのもまた一興だと感じていた。
「サヱさんは千年藤に願いを託すとするなら、どんな願いを託しますか?」
「そうですね……もしも願いを託すとすれば、“縁を護るための不滅”でしょうか。覚悟様は?」
「私は……」
── サヱさんの周りに、これからも多くの笑顔が絶えませんように。
紡がれた縁を大切にしたくて、縁を護るために在り続けたいという願い。
縁を護るサヱの傍で、たくさんの人達が笑顔であるようにという願い。
二人の願いはどちらも縁に繋がるもの。
多くの人を“歓迎”し、笑顔が溢れる“優しい”時間がこれからも続きますように。
静かな願いを、千年藤は静かに受け止めていた。
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「わぁ……! 藤と月って、どうしてこんなに合うんだろうねぇ」
「月の明かりに照らされた藤の花はとても綺麗で、何だか特別な空間にいるみたい!」
降葩・璃緒(花ひらり・h07233)と夕星・ツィリ(星想・h08667)は、月夜の下で綺麗に咲く満開の藤に見惚れていた。周りを見ればたくさんの人や妖怪達で賑わいを見せていて、これだけ幻想的な景色が見られるのなら足を運びたくなるのも納得で。
キョロキョロ。璃緒は露店が並ぶ方へと視線を向ければどのお店も華やかで、その中でも宝石のように輝く藤色の琥珀糖が視界に入った。
「見て見て! お菓子まで綺麗なんだよ……!」
「わ……! その琥珀糖綺麗だね! 名前も素敵……!」
きっと露店でも良い出会いがあるかもしれない。ワクワク心踊らせていたツィリは璃緒の言葉から同じ琥珀糖へと視線を向ける。
出会いの予感は的中! 景色に負けないくらいに華やかなお菓子が多く、《藤の雫》と名付けられた琥珀糖は淡い薄紫に輝いて見えて。
「お洒落でピッタリの可愛い名前! 師匠へのお土産用と、自分で食べる分っ! ツィリさんは?」
「私も藤の雫と、あと水信玄餅も買っちゃう!」
「水信玄餅も美味しそうだもんね! ボクもやっぱり、練り切りも買っちゃおっと」
買わない後悔なんてしたくないし、なんて。
二人はお土産分も含めて、無事に全制覇! せっかくだし、と璃緒は《藤の雫》を開封して一粒ぱくり。しゃりっとした食感とぷるんとした食感、藤蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がって美味しいと満面の笑み。ツィリも同じく一粒食べれば「美味しいね」って幸せ共有タイム。
今度は藤の雑貨を見て回ろうと、二人は再び露店巡り。藤モチーフの雑貨は様々で、あれもこれもと欲しくなってしまうくらいに目を惹くものばかり。ツィリはどのお店にしようかなぁなんて眺めている隣で、璃緒はソワソワしていた。
(どうしよう……でも、言ってみないと分からないもんねっ)
よしっと意を決し、璃緒は足を止めてツィリに一つ提案をしてみることに。
「あのね、もし良ければなんだけど……お揃いの物買わない? 今日の記念に!」
璃緒からの提案にツィリは目をまんまるく見開き驚くけれど、嬉しいお誘いにはとびっきりの笑顔を見せてこくりと頷いた。
「お揃い? 嬉しいー! 是非!」
「本当? へへ、良かったぁ!」
そうと決まれば、今日の記念にとお揃いに出来るような雑貨を探すことに。当然どれも気になるし、可愛いし。お洒落なものも多いから悩んでしまうけれど、ツィリは藤モチーフのアクセサリーを取り揃える露店で立ち止まった。一つ一つが手作りで、簪やピアス、ブレスレットなど様々なアクセサリーが並んでいる中から、ツィリが選んだのは藤の簪だった。
「璃緒ちゃん、これどう?」
「素敵っ! その簪にしよう!」
「じゃあ決まりだね!」と、二人はお揃いで藤の簪を購入。しゃらりと月明かりに翳してみると、光を集めるように薄紫のガラスで出来た藤が仄かに輝きを帯びる。この簪を見る度に今日の事を思い出せるし、お揃いで身につければ二人で楽しかったねって語り合うことが出来るから。
「いつか、これ付けてお出かけもしてみたいな」
「そうだねっ! 今度、一緒に付けてお出かけしよう!」
お揃いの簪つけて、めいっぱいのオシャレして。
「その時はどこに行こっか」なんて楽しみも話しながら、二人は祭り会場を散策する。
楽しい時間はまだまだこれから。
今日のお祭りも満喫しようね、って二人は笑顔を咲かせていた。
第2章 冒険 『花の迷い路』
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楼閣の中へと入れば、絡み付く藤に囲まれた世界のよう。
一階から五階まで、散策をしながら階段を登っていく造りとなっていて、高さが上がれば上がるほど窓から見える湖面の景色もより幻想的になっていく。
各階には|床几《しょうぎ》が用意されているので、登り疲れてもゆっくり腰掛けられる。繊細な光に照らされ光の雨のように咲き誇る藤に囲まれながら、ゆっくり最上階へと向かってみてはいかが?
《補足》
一章でのお店にも行きたいという方は、そちらも変わらず楽しめます!