シナリオ

恋酔ノ月下紫香

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 一千年の時を越えて咲く藤の花が、一夜だけ現世と幽世を繋ぐ。そんな特別な夜を、優しく月が照らしていた。

 湖の真ん中に建つ、巨大な五重塔のような水上楼閣。その場所で、綺麗に咲き誇る千年藤を楽しむ《千夜紫苑》というお祭りがあった。
 このお祭りの期間、建物全体を千年藤が龍のように巻き付いており、ガス灯の柔らかな光と、藤の紫色の影が交差する。楼閣だけでなく、藤の花房を下から照らすのではなく、あえて上部から微細な光を降らせることで、花が“光の雨”のように降り注いで見える演出も施されていて、幻想的な空間が広がることから人も妖怪もこのお祭りを楽しみにしていた。
 祭り会場は様々な露店が立ち並び、楼閣内は迷路のようになっているものの危険はないので、のんびり高いところからも藤が咲き乱れる景色を楽しめるようだ。

 そんなお祭り会場で、古妖の一人がドキドキソワソワとしながらおもてなしの準備に勤しむ。

『皆さんに楽しんでもらえるような、素敵なものを用意しないと……!』

 慌ただしくも、喜んでくれるのを想像すれば自然と笑みが零れる。いつ来るかな?と古妖の心は期待に満ちていた。


「桜の時期は終わってもたけど、今度は藤が綺麗に咲き始めてるなぁ。そんでもって、その藤を楽しめるお祭りがあるんよ」

 紫乃坂・蓬生(紫炎の蓮の如く、紅散らす・h08897)はぱちりとウィンクしながら、お祭りについて説明し始めた。

「湖の真ん中に楼閣があるんやけど、普段は立ち入り禁止で眺めるだけ。せやけど、藤が満開に咲く時期だけ特別に立ち入ることが出来て、藤を楽しむお祭りが開催されるんや。露店も多いし、楼閣ん中も散策出来るみたいやから、忙しい毎日の息抜きに行ってみてはどうや?」

 妖怪も人も楽しめるお祭り。
 色々な事件が起きてる中だが、時には息抜きだって必要だと話して。「あ、それと」と言い忘れるところだったと、追加の説明もし始める。

「古妖もおるみたいやけど、敵意はあらへん。寧ろ、みんなと楽しみたくて何か準備してくれてるようなんよ。戦わんで済むならそれがええし、ぜひお祭り楽しんできてな〜」

 争うばかりではなく、楽しい事も共有する時だってあるはず。友達と楽しむもよし、大切な人と楽しむもよし、古妖と仲良く過ごして欲しいと話して。

 行ってらっしゃいと笑顔で手を振り、‪蓬生はEDEN達を見送った。

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第1章 日常 『千年藤の静かな夜祭』



 年に一度、湖の真ん中に浮かぶ島の楼閣にて行われるお祭り《千夜紫苑》。
 月夜の中でライトアップされた藤は幻想的で、今もたくさんの人で賑わいを見せていた。

 楼閣の周辺はたくさんの露店が並んでいて、どれも藤イメージのものばかり。
 お菓子だと琥珀糖《藤の雫》というものがあり、薄紫色のグラデーションが美しく、藤のエッセンスを加えた琥珀糖でお土産にも最適。他にも藤の花房を精巧に模した練り切り、藤蜜の水信玄餅、と色々。
 雑貨だと、紫のグラデーションが美しい和傘、藤かんざし、藤の繊維を混ぜて編んだ紫組紐など。他にも藤をモチーフにした雑貨が多いので、見て歩くのも買い物するのも楽しめるだろう。

 歩き疲れたら茶屋で一服も可能。
 お茶や和菓子はもちろん、アルコール類も何種類か用意されている。
 藤の花を蜜に漬け込み、熟成させた濃厚でとろみのあるリキュールはそのまま飲んでも良し、重厚な紫色の液体にバニラアイスや葛切りにかけて楽しむことも。落花のスパークリングは発砲日本酒で、グラスの中で立ちのぼる泡が、まるで逆さまに昇っていく藤の花房のように見えるものになっている。

 楼閣を囲む湖の水面は綺麗に景色を映し、そっと覗けば藤と楼閣、空に浮かぶ月が鏡写しのようになっているのが見えるだろう。

 時には息抜き、のんびり紫に染まる景色を楽しんではどうだろう?
伽草・結葉


「わぁ、光の雨みたいです!」

 月の光だけでなく、ライトアップされた幻想的な輝きを帯びた藤が咲き誇る楼閣を目の当たりにし、ふわりとした尻尾をゆらゆら、狐耳をぴこぴこさせながら伽草・結葉(人妖「妖狐」のどろんバケラー・h12857)は瞳をキラキラさせてその光景に見蕩れていた。
 景色を楽しむのももちろんだけれど、結葉は尻尾をゆらゆらと揺らしながら、いつか出会えるであろう探偵さんへのお土産を探そうと様々な露店を眺めていた。

「……あ、これ綺麗ですっ! 苺味の琥珀糖もありますか?」
「いらっしゃいませ〜。苺味もございますよ」

 色々見ていく中で立ち止まったのは、藤のエッセンスを使った琥珀糖《藤の雫》のお店。藤色をした琥珀糖は特殊な作り方をしているのもあり、フレーバーには少し種類があるようで。よくよく見てみると一粒一粒の色の濃さが違っていて、宝石のように輝いて見えた。
 結葉はキラキラ輝く《|藤の雫《琥珀糖》》を購入し、他にもどんな露天があったりするのだろうと歩いているところで聞こえてくるのは祭囃子。ぴんと耳を立てて祭囃子の聞こえる方へ向かえば、藤をイメージした華やかな衣装を身に纏いながら優雅な演舞が始まっていた。

「わぁ……とっても綺麗です」

 ひらり、ひらり。嫋やかに咲く藤のように舞い踊る踊り子は、柔らかな笑みを浮かべていて。こんなに綺麗な舞もあるんだと瞳を輝かせ、うっとりと鑑賞していた。踊り子の演舞の所作、光の雨のように咲き誇る藤の花、淡い光で照らしてくれる満月──その全てを愛用の手帳に書き留める。難しい言葉は使えなくとも、感じたまま、見たままをしっかりと書いていけば探偵さんと来た時に案内もきっとバッチリなはず。

「妖怪さんも人間さんも、みんな笑っていて……本当に素敵なお祭りですね」

 周りを見ていれば、たくさんの人で賑わっている。妖怪も、人間も華やかに咲く藤を楽しんでいて、みんな笑顔を浮かべていた。種族関係なく誰でも楽しめる。こんなに楽しいお祭りがあるのは本当に素敵だなと感じると、それもしっかりと手帳に残していった。

「これなら、きっと案内できるはずですね」

 楼閣も中を歩けるようになっているし、まだまだお店もいっぱいある。余すことなくメモをして、未来に出会うだろう探偵さんも楽しいと言ってくれる事を夢見て。

 幼い頃に迷子になってしまい、助けてくれた人間の探偵は“優しさと賢さ”を教えてくれた。いつか探偵の背後で支え、傷ついたり迷ったりしている人の心にそっと寄り添える「世界一の助手」になる。そのために、こうした時の記録もしっかりとこなすのだって修行のひとつだから。

 淡い月の光が、妖狐の少年を優しく見守っていた。

花喰・小鳥
レオン・ヤノフスキ
瀬条・兎比良
見下・七三子


「二人とも遠慮は無用です。楽しく過ごしましょう」
「一風変わった団体行動ですが、女性陣は何やら楽しそうですね。ともあれ、ご一緒出来て光栄です」
「まさか、見下のダチとダブルデートする日が来るたぁなぁ。どんな真面目そうな御人が来んのかと思ったら、大した美男美女じゃねぇの。彼氏の方は俺よかデケェしよ」
「えへへ♪ おふたりとも、なんだかこう……気心知れた感じで素敵な雰囲気ですね、レオンさん。お邪魔にならないようにしないとっ」

 大人っぽい雰囲気のある男女ペア──瀬条・兎比良(善き歩行者・h01749)と手を繋ぎながら、花喰・小鳥(ミグラトリス・シェルシューズ・h01076)は、友人である見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)と七三子の恋人レオン・ヤノフスキ(ヴァンパイアハンターの成れの果て・h05801)の二人へ声を掛けた。

「私達の仲の良さも、二人に見せつけていかないといけません」
「それにしても話が進みすぎでは……見せつけるとは……?」

 「見せつけましょう?」と上目遣いで見つめてくる小鳥の言葉に対し、兎比良は疑問になるけれど。「そもそも、私の意思は?」と投げ掛けてはみるもののスルーされてしまえば、小さく息を吐くのに留まる。一緒に過ごす事に不満があるわけじゃない。小鳥と手を繋ぐのだって、いつもの事だから。
 そんな二人の雰囲気に、七三子はちょっぴり羨ましくも思うわけで。隣に立つレオンを見上げれば、おずおずと寄り添って一つオネダリを。

「……でもその。ええと、ちょっとだけ、その……うらやましいので、私もくっついていいでしょうか」
「おいおい見下。くっついてんのはいつものことだろ? こっちも遠慮なく見せつけてやろうぜ!」

 ニッと笑みを浮かべたレオンは、言葉通りに兎比良と小鳥の視線を気にすることなく七三子の肩を抱き寄せれば、オネダリしたけれど思わず七三子の頬はほんのり紅色に花咲いて。

 雰囲気の違う二組は藤のお祭り《千夜紫苑》の会場へ辿り着くと、月夜の下で華やかで幻想的にライトアップされた満開の藤に四人は目を奪われた。

「藤が、思ってたより壮観ですね! レオンさんレオンさん、見てください! キラキラ光ってて、きれいですね……!」
「おー、すげぇ! 藤の花ってのは、なんでこう優雅に咲くのかねぇ。ライトアップも凝ってんなぁ」

 想像以上に優雅で、幻想的な光景に感動する七三子はキラキラと赤色を輝かせていた。レオンは藤ももちろん綺麗だと感じつつも、一番見てしまうのは隣で藤に見惚れる七三子の横顔で。

「藤波の 散らまく惜しみ 霍公鳥 今城の岡を 鳴きて越ゆなり」

 小鳥が歌を詠みながら、ふとレオンと七三子へ視線を向けると兎比良の肩をつついてみる。兎比良はどこかで覚えがあると思いながら、去年の藤も綺麗だったと振り返りつつ、歌を聞いていたところで肩をつつかれれば、小鳥が向けた視線の先を見る。

(随分と微笑ましいものですね)

 言葉にせずとも、兎比良と小鳥は同じ事を思っていて。どこか可愛らしくて、自分達とは違う雰囲気は微笑ましくて。レオンと七三子を見守る二人もまた、自然と表情は柔らかいものに。

 四人はそれぞれ藤に見蕩れ、微笑ましく眺めていたりとしていたところで七三子は甘い香りに鼻を擽られる。ライトアップされている藤から、香りを辿るように視線を変えればその先にはあらゆる露店が並んでいるのが視界にはいった。

「あ、露店! 覗いていきませんか? 記念に何か買いたいです!」

 七三子の提案に三人は賛成と、露店が並ぶ方へと向かうことに。どのお店も藤をモチーフにしたものが多く、食べ物も美味しそうだし、雑貨も可愛いしと目移りしてしまうほど。レオンも思わず小さく声を漏らしつつ、多くの人で賑わう様子に兎比良も感心していた。

「へぇ、露店も藤の花一色じゃねぇか」
「露店もなかなか盛況のようですよ。小鳥は、何か欲しいものありますか?」
「なら、藤の栞が欲しいです。確か、あちらに並んでいたと思います」
「栞! いいですね」
「栞ねぇ。俺は本なんて読まねぇしな〜」

 小鳥は藤の栞を見つけた露店を指差すと、少し戻って様々な藤モチーフの雑貨を取り扱うお店の前で立ち止まる。同じ栞でも一つとして同じものはなく、色合いや花の雰囲気など好みで選べるようで。
 本を読む機会はなくとも、デザインを見るとこんなに凝ってるのかと驚くレオンに、七三子は「可愛いですね」と微笑んでいて。その横で、小鳥は真剣な表情になりながらどれにしようかと悩んでいた。

 思い出の1ページというには少しばかり照れくさいけれど、兎比良の妹も喜んでくれるはずと考えての選択だった。

「小鳥、栞ならば俺に買わせてください。思い出ですからね」
「きっと、蝶番さんも喜んでくれると思います」

 その意図を察し、それならと兎比良は提案すると好きなデザインを小鳥に選んでもらう。藤の花の形をした栞を選び、兎比良が会計を済ませると「ありがとうございます」と小鳥は柔らかく微笑む。今は記憶がなくとも、兎比良にとっては大切な妹。その妹のために選んでくれるのは嬉しくて、柔らかい表情を浮かべていた。

「おっ、見ろよ見下! 見たことねぇ酒があるぜ」
「お酒! あ、辛口もありますよレオンさん」

 兎比良と小鳥の買い物を眺めていたレオンが別の露店へ視線を向けた少し先に、お酒を取り扱う露店が並んでいた。お酒好きなレオンとしてはチェックしないという選択肢は無いし、同じくお酒好きな七三子もまた食いつくわけで。

「リキュールに発泡日本酒だってよ。やっぱ俺らはこれだろ? 土産に買ってこうぜ!」

 藤の花を漬け込んだリキュールはそのまま飲んでも、アイスなどにかけても楽しめるし、落花のスパークリングはまるで逆さまに昇っていく藤の花房のように見えるとオススメしてくれると、これは買わねばだろ? とレオンは無邪気な笑みを浮かべる。その二種類は確定で、他にもどんなお酒があるんだろうかと見ているところで、兎比良はお酒に詳しそうな二人にオススメを聞くことに。

「見下さんとレオンさんは酒を飲まれるんですね。良さそうな酒がありましたら、教えていただけますか?」
「瀬条さんはどういうのお好きなんですか?」
「色々と飲めますが、よく飲むのは洋酒が多いでしょうか」
「オシャレそうなおふたりなら、こっちのワインとかかな……」

 七三子は兎比良と小鳥をじぃ…と見てからお酒へと視線を向け、どれがいいだろうかと悩む。色々見ていく中で、一つ気になるものが視界に入ればそれを手に取った。七三子が雰囲気で合いそうと選んだのは藤色のワイン。「良ければどうぞ」と店員から試飲を勧められれば、四人は小さな透明のカップに注がれたワインを受け取って香りを楽しんでから一口飲んでみる。控えめな甘さに後味はキリッとした酸味が楽しめ、アルコール度数は10%程と少し低め。食前酒やデザートワインとして楽しめるようだ。

「度数は低めですけど、藤色も綺麗です! これ、どうですか?」
「なるほど、せっかくのオススメですからそのワインをいただきましょうか」

 そうして、それぞれお酒も購入すると「良いお土産が買えましたね」とホクホク笑顔の七三子に、どんな味のお酒か楽しみになるレオンがいて。お目当てのお土産を買えたのは小鳥や兎比良も同じで、良い買い物が出来たと微笑み合う。


 祭りは、まだまだこれから。
 四人は他の露店を見て回りながら、賑わう祭り会場をゆったりと散策していく。

和紋・蜚廉
不忍・ちるは


 楼閣を包み、その見た目はまるで藤の塔。
 月明かりやライトアップの照明に照らされた薄紫に染まる世界は幻想的で、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)と不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)はその光景に見惚れていた。

「はわぁ……とっても綺麗ですね」
「空を彩る掛け軸に、目線はつい上を向いてしまうな」

 ちるはは藤を見上げながらも、右手をそっと蜚廉へ伸ばす。それを感じて、蜚廉からもそっと繋ぎ返せば互いに柔らかく微笑んで。

「藤に|不如帰《ホトトギス》でしたっけ? 昔も今も、藤と月の映える4月らしさすてきですね」
「うむ、そうだな。桜も良いが、こうして移りゆく花を楽しむというのも風情があって良い」

 花札でも、春から初夏への移ろいや「儚さ」を象徴する藤の花を、こうして二人並んで楽しめるのは嬉しくて。躓かないように、と蜚廉はちるはの手をそっと繋いだまま、祭り会場をゆっくり歩き始めた。

「む? あれは……」

 満開の藤を楽しみながら歩いている中で、蜚廉は露店の方へと視線を向けてみる。そこには、キラキラと藤色に輝く琥珀糖が。

「ちるはよ……琥珀糖を摘んで行かぬか?」
「ほわあぁ…とっても綺麗ですね♪ もちろん、買いましょう♪」

 ふわりと香る甘い香りに、ちるはは幸せそうな吐息が漏れた。濃淡の違う琥珀糖《藤の雫》はその名の通り藤の宝石のようで、あまりに綺麗で食べるのが勿体なくも感じるけれど。でも、美味しいものは食べたいし、何より蜚廉から提案してくれたなら、断るという選択肢なんてないから。
 二人は《藤の雫》を購入すると、露店から少し離れて蓋を開けてみる。一粒つまみ、少し掲げてみれば月夜で優しく輝いているよう。そして、ちるははつまんだ琥珀糖を蜚廉の口元へ。

「蜚廉さん、あーん」
「ん……うむ。甘さはしつこくなく、とても美味だ」

 差し出されて受け取った琥珀糖の甘さが口の中で優しく広がっていき、蜚廉は美味しいと微笑む。去年二人で琥珀羹を楽しんだり、蜚廉の誕生日には琥珀糖作りもチャレンジして。他にもたくさんの思い出があって、美味しいも楽しいもいっぱい共有。変わったとするなら、お互いの関係性が甘く特別なものになったこと。

「これも、|ちるは《恋人》から貰った幸せのお陰だ」
「それは私もです、蜚廉さん。いっぱい、いっぱい、幸せです……♪」

 この穏やかさも、二人で一緒にいるから幸せで。
 分け合う喜び、伝え合う温もりは、これから先も続けていきたいから。

 二人は再び散策にと会場内を歩き出す。
 聞こえてくる祭囃子、湖面に映る景色も綺麗で。華やかさを楽しむ中で、ちるはのお腹からクゥ…と小さな鳴き声が。

「あ……つい、花より団子になりがちに…」
「結構歩いたから、小腹も空いてくる。あそこに茶屋があるようだし、少し休憩しようか」

 お腹の虫が鳴ったことに恥ずかしくなって、ほんのり頬を赤らめるちるはの様子に、蜚廉は小さく笑いながら近くにあった茶屋を指差した。二人は茶屋へと入り、ベンチに腰掛けるとどれにしようかと二人並んでメニューに目を通す。期間限定で藤の和菓子が多く、蜚廉が選んだのは藤の形をした練り切り。ちるはもどうしようかなと悩んだ後、選んだのは水信玄餅。そして、互いに飲み物は抹茶を選んで、のんびり待つことに。

「月も綺麗ですね」
「うむ。月夜の下でお茶をするのも、なかなか味わい深いものだ」

 空を見上げれば淡く光る月が浮かび、その周りには星が瞬いていて。二人でのんびり見上げていると、練り切りと水信玄餅、そして二人分の抹茶が運ばれてきた。ぷるんとした透明な水信玄餅に、別容器にとろぉりとした藤の蜜が添えられていて。藤の練り切りは淡い紫色の上品な見た目で、形を崩すのがもったいないと思えほど。

「ちるはよ。先程の|お返し《お礼》のあーんを、受け取ると良い」
「わ、ありがとうございます……♪」

 蜚廉は黒文字で練り切りを一口大に切り分けてから、そっとちるはの口元へ寄せれば「あーん」と幸せそうにぱくり。白あんの優しい甘さが口いっぱいに広がり、こちらも藤の蜜を使われているのもあって、ふわりと藤の香りも一緒に楽しめる。幸せ、ほっこり。もちろん、感想は──。

「……あまいです♪ 蜚廉さん、こっちも分けっこしましょ?」
「うむ、そうだな」

 とろぉり藤の蜜をかけてから、水信玄餅を切り分けてはんぶんこ。つるりとした舌触りに、優しい蜜が絡んでこちらも美味しいと二人は味わっていく。合間でほろ苦な抹茶を飲めば、絶妙なバランスがちょうどいい。


 のんびり、ゆったり。
 二人は幸せわけっこしながら、甘味を堪能していく。

トゥルエノ・トニトルス
葵・慈雨


「桜、藤とくると春から夏の気配を感じるねぇ」

 紫のカーテンのように咲き誇る満開の藤の花は、春から夏へと季節が移りゆくのを感じられる。現に、肌を撫でる風もまた冷たさよりも暖かさが増していたから。
 葵・慈雨(掃晴娘・h01028)は藤を見上げるその隣で、トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)も綺麗だなぁと眺めていて。そんな中で、ふと気になる事が。

「桜の次には藤の花も楽しめるとは、春は賑わう季節だよなぁ。慈雨殿が好む花は何だろうか……?」
「一番好きなのは夏のお花かなぁ。紫陽花とか、立葵とか、朝顔! 瑞々しいお花が好きなのかも! トールくんは、お気に入りのお花はあるのかな?」
「紫陽花に立葵に朝顔と……わたしも青や紫の花は好ましいと思っているぞぅ」

 青や紫と涼やかな色合いは暑い夏を見た目から涼やかに楽しませてくれるのもあり、藤が終わった後も楽しみが待っている。今から楽しみになるけれど、今はまず藤の祭りを楽しもうと、トゥルエノと慈雨は祭り会場を見て歩くことに。

「おお、琥珀糖も並んでいるのは何だか懐かしい気持ちにもなるような」
「琥珀糖~! 秋のお祭りで初めて会った時に、一緒に食べたねぇ」

 琥珀糖《藤の雫》を売っている露店の前を通ると、トゥルエノは立ち止まる。慈雨も同じようにぴたりと立ち止まると、目をキラキラさせて琥珀糖を見ながら、秋に咲く小さな星の花──金木犀のお祭りで食べた日のことを思い出した。
 思えばあの日が初めましてで、トゥルエノの事を迷子だと勘違いしてしまったけれど。淡い橙色の琥珀糖を分け合ったのは、とても楽しい思い出になった。色合いこそ違うけれど、花にちなんだ琥珀糖との巡り合わせには二人も自然と笑顔になって。

「同居人殿の土産にでも如何だろうか?」
「藤を漬けたお酒もあるんだぁ……お土産にしちゃおうかな! トールくんは? やっぱり食べ物をお土産にするのかな?」
「藤色の練り切りも、藤蜜の水信玄餅も良いな! どれも気になるし、味見もして行こうか」

 練り切りも藤蜜の水信玄餅も美味しそうで、藤のお酒もあるし。これはお土産にするにしても、どれにしようか悩んでしまうほどで。慈雨の同居人はお酒好きだしと、藤のリキュールや発砲日本酒はもちろん、辛口テイストの藤酒と様々な種類を購入。自分達も少し食べようと、それぞれ和菓子も購入することに。

「どれも見た目が綺麗だねぇ」
「早速味見してみようか」

 練り切りと藤蜜の水信玄餅は、それぞれ半分ずつにして食べてみることに。どちらも優しい甘さが口いっぱいに広がり、藤の香りも楽しめる。これはお土産で追加購入しようと、二人は心に決めて。琥珀糖はライトに照らすと、キラキラ本物の宝石のように輝きを魅せてくれた。

「オシャレな物が見付かるように、雑貨の方も見て回ろう~」

 小腹を満たしたら、今度は雑貨の露店を巡ってみることに。
 紫のグラデーションが美しい和傘、藤かんざし──慈雨の着ている和服に似合うようなものを見繕いたくて、トゥルエノはどれにしようかと悩んでいた。

「梅雨に向けた和傘に、藤かんざしに……目利きならば任せてくれ給え〜。お、これはどうだろう?」

 あれこれと目利きをしている中で、見つけたのは藤が描かれたくるみボタン風のブローチ。取り外しも簡単なのもあり、様々な和服にも組み合わせやすいようになっている。それと藤のつまみ細工の髪留めを選んでくれれば、慈雨はこんなに良いの?と驚きを隠せずにいた。

「私ばっかり見てもらってちゃ、勿体ないよう。トールくんだって、こんなに美人さんなのに!」

 せっかくならトゥルエノにも何か選んであげたいと思うと、慈雨もまた藤の雑貨を厳選し始める。洋装がメインのトゥルエノに似合うもの…と真剣に雑貨とにらめっこ。

「あまり和装はしない? 髪色にもよく似合うんじゃないかしら!」
「和装は確かにあまり着ないので、合わせて探すのも楽しめそうだなぁ」

 和装を着る機会が少ないのならと、何かしらでキッカケを作れないかなと考えてみる。そうしてアレコレと悩み、慈雨が見つけたのは藤が金の刺繍で描かれた薄紫の羽織を手に取ってみた。

「これはどうだろう? とても似合うと思う!」
「藤の羽織、とてもお洒落だね。うん、それにしよう」

 それぞれ藤の雑貨も購入出来て大満足!
 お祭りはまだまだ終わらない。二人は、他にも見て歩こうと薄紫に染まる会場を歩き始めた。

ライラ・カメリア
皮崎・帝凪


「風に揺れる藤の中で……あまりにも美しく靡く、俺の髪!」
「見事な千年藤の中でひときわ輝く推し様……ああっ、ダイナ様は今日もお美しいですわ!」

 薄紫の淡い光を帯びた藤の花が咲き誇る中、一番星のように輝き、美しさを纏う皮崎・帝凪(Energeia・h05616)のカッコ良さに、ライラ・カメリア(白椿・h06574)は眩しそうに目を細める。推しの美しさは今日も健在。推しの隣に並べるという今この時間も至高、共に藤の祭りを余すことなく楽しまねばとライラは気合いが入る。

「しかし盛況だな! はぐれぬように気をつけながら露店を見て回るとしよう」
「賑わう露天を見て回るも、はぐれる心配はありませんの」

 推しから目を離すなんてありえない。高身長はもちろん、高貴で優雅な一番星である帝凪はライラの視線を奪って離さないのだから。
 帝凪とライラは並んで楼閣の全体が見える広場まで来ると、改めて見上げてみる。楼閣に絡むように咲き誇る藤の花は、まるで薄紫の龍のよう。優雅で、気品のある迫力は二人の視線を釘付けにする。

「これが千年藤か。楼閣を取り巻く一匹の大きなドラゴンのようだ」
「ええ、本当に龍のようですわね。それに、ダイナ様になんてお似合いな色彩なのでしょう」
「確かにな。藤の薄紫色は、俺の気品を更に引き立ててくれるだろう」

 超のつくポジティブ思考の帝凪の紫をより綺麗に映えるのも、藤の龍を侍らせるというのは似合うのも当然で。ライラの言葉に帝凪も納得顔で頷く。ふいに帝凪はそっと手を伸ばすと、ライラの白金色を軽く掬いとった。

「ふむ……俺の髪色はもちろんだが、ライラの淡い金髪にもよく合いそうだ」
「……わたしにも似合うでしょうか?」

 似合うという言葉に、ライラの空色はぱちくりと瞬いて。推しから似合うという言葉は嬉しくて、ほんのりと頬を紅色に染まっていく。帝凪の言葉一つ一つは甘く、甘い“恋に酔って”しまうほど。一番星の隣に並ぶ特等席にいていいのはライラなのだと、琥珀色は空色を捉えて離さなかった。

 楼閣に絡む藤の龍を眺めた後、二人は露店がある方へ見て回る事に。美味しそうな和菓子があったり、華やかな雑貨が並んでいたりしていて。ふと、帝凪は藤の簪が目に留まると、一つ手に取ってみる。

「……これなど似合うのではないか?」
「まあ、素敵な簪! 絶対ダイナ様に似合うと思いますわ!」
「よし、ならばこれを買おう」

 似合うという言葉を聞けば、善は急げと帝凪は藤の簪を二つ購入。会計を済ませると、そのまま一つはライラへと手渡した。ライラは「ありがとうございます」と幸せそうに受け取るが、その後に見たものには空色をまんまるに見開いた。
 そう、ライラが見たのは同じデザインの簪で日頃の一本結いを少しだけアップにして見せたのだ。

「これは、ダイナ様とお揃い!?」
「うむ、お揃いだ!」
「わたし、いま、一番の果報者ですわ!」

(それにアップヘアのダイナ様……なんてお美しいの!)

 お揃いの藤簪に、いつもと違うアップヘア姿まで見られるなんて! この上なく幸せに満ちながら、ライラも藤簪をそっと白金の髪に挿してお揃いのアップヘアに。
 お揃いの簪を贈り、喜んでくれたのが嬉しくて。お揃い尽くしで幸せいっぱいなライラの笑顔に帝凪も笑顔で応え、二人は再び祭り会場を歩き始める。


 特等席から見つめる一番星は、今日1番に輝きを魅せて。

土橋・サヱ
不動院・覚悟


「藤に祭り。とても綺麗な場所ですね」
「はい、とても」

 閑静な住宅街のさらに奥にある館《比翼の館》にて、一つの企画を無事にまとめ上げた土橋・サヱ(鴉の剣、狐の太刀・h00850)を労おうと、不動院・覚悟(ただそこにある星・h01540)は千年藤を楽しめるというお祭り《千夜紫苑》へ行こうとお誘いを。
 和を重んじるサヱの立場を汲み取った上で、覚悟は一歩後ろに引いて見守り続けていた。けれど、今日は特別な一日にしたくて。サヱもまた、覚悟からのお誘いに最初は驚いたけれど。せっかくの誘い、今日はメイドとしての仕事を忘れて過ごそうと決めていた。
 覚悟はサヱが剣太刀の付喪神である事を知りながら、大切な家族として大切に想うからこそ、常に一歩引いた位置で祭り会場をエスコート。

「サヱさんは、藤の花はお好きですか?」
「えぇ、私はこの花が大変好きです」

 約千年前に植えられた藤。付喪神として長くは生きているけれど、今目の前に咲く満開の藤はサヱが生きた倍も年上で。これほどまでに壮観な景色が見れるというのは、やはり何度経験しても良いもので。どれだけ年月を重ねても、花に戯れる時は心躍る──それはまるで御伽噺の世界に入ったような気分になれた。

 このままずっと浸っていてもいいけれど、今日は誘ってくれて藤包まれている楼閣へと訪れたわけで。「案内します」という覚悟の言葉に甘えることにした。

「こちらは、色々な露店が並んでいますね。和菓子にお酒、雑貨もあるようです。サヱさんは、何か気になるものありますか?」
「そうですね……雑貨も様々なようですので、館に飾れるものが無いか見てみたいです」

 これだけ綺麗な景色が楽しめるならば、館に足を運んでくれる仲間も楽しめたらいいなと考えて。これは仕事じゃなくて、この綺麗な藤を共有したいという理由だから。

「飾れるものとなると……あ。サヱさん、このお店は結構装飾ものが多いようですよ」

 希望に沿ったものと露店を巡れば、二人は一つのお店の前で立ち止まった。様々な装飾品が多く、藤が描かれた絵皿や壁飾り、藤の盆栽などが並んでいて。どれも華やかで、けれど派手すぎず気品のある一品。サヱはどれにしようかと品定めをしようとして、その視線は覚悟へと向けられた。

「覚悟様は、どれが館に飾られるのがいいと思いますか?」
「そう、ですね。どれも合うと思いますが……」

 まさかの問いに、覚悟は少し驚く。大役を任されれば、より真剣に品定めをし始めた。春の時期に藤色に彩るなら、どれが一番屋敷の雰囲気に合うか。色々考えて、考え抜いて、吟味して。そうして選んだのは、藤が描かれた壁飾り。

「この壁飾りはどうですか? 大広間に飾ることで、皆さんと一緒に楽しめるかと思いまして」
「とても良いですね。絵柄も落ち着いた色合いで描かれていて、私も気に入りました。これはぜひ飾りましょう」

 気に入ってくれたことに覚悟はホッとし、二人は藤の壁飾りを購入。他にも《藤の雫》と名付けられた琥珀糖もお土産に購入し、少し休憩しようと湖の近くまで行ってみる。湖面には月夜と藤が鏡写しになっていて、直接千年藤を眺めるのも勿論、こうして間接的に楽しむのもまた一興だと感じていた。

「サヱさんは千年藤に願いを託すとするなら、どんな願いを託しますか?」
「そうですね……もしも願いを託すとすれば、“縁を護るための不滅”でしょうか。覚悟様は?」
「私は……」

 ── サヱさんの周りに、これからも多くの笑顔が絶えませんように。

 紡がれた縁を大切にしたくて、縁を護るために在り続けたいという願い。
 縁を護るサヱの傍で、たくさんの人達が笑顔であるようにという願い。


 二人の願いはどちらも縁に繋がるもの。
 多くの人を“歓迎”し、笑顔が溢れる“優しい”時間がこれからも続きますように。
 静かな願いを、千年藤は静かに受け止めていた。

夕星・ツィリ
降葩・璃緒


「わぁ……! 藤と月って、どうしてこんなに合うんだろうねぇ」
「月の明かりに照らされた藤の花はとても綺麗で、何だか特別な空間にいるみたい!」

 降葩・璃緒(花ひらり・h07233)と夕星・ツィリ(星想・h08667)は、月夜の下で綺麗に咲く満開の藤に見惚れていた。周りを見ればたくさんの人や妖怪達で賑わいを見せていて、これだけ幻想的な景色が見られるのなら足を運びたくなるのも納得で。
 キョロキョロ。璃緒は露店が並ぶ方へと視線を向ければどのお店も華やかで、その中でも宝石のように輝く藤色の琥珀糖が視界に入った。

「見て見て! お菓子まで綺麗なんだよ……!」
「わ……! その琥珀糖綺麗だね! 名前も素敵……!」

 きっと露店でも良い出会いがあるかもしれない。ワクワク心踊らせていたツィリは璃緒の言葉から同じ琥珀糖へと視線を向ける。
 出会いの予感は的中! 景色に負けないくらいに華やかなお菓子が多く、《藤の雫》と名付けられた琥珀糖は淡い薄紫に輝いて見えて。

「お洒落でピッタリの可愛い名前! 師匠へのお土産用と、自分で食べる分っ! ツィリさんは?」
「私も藤の雫と、あと水信玄餅も買っちゃう!」
「水信玄餅も美味しそうだもんね! ボクもやっぱり、練り切りも買っちゃおっと」

 買わない後悔なんてしたくないし、なんて。
 二人はお土産分も含めて、無事に全制覇! せっかくだし、と璃緒は《藤の雫》を開封して一粒ぱくり。しゃりっとした食感とぷるんとした食感、藤蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がって美味しいと満面の笑み。ツィリも同じく一粒食べれば「美味しいね」って幸せ共有タイム。
 今度は藤の雑貨を見て回ろうと、二人は再び露店巡り。藤モチーフの雑貨は様々で、あれもこれもと欲しくなってしまうくらいに目を惹くものばかり。ツィリはどのお店にしようかなぁなんて眺めている隣で、璃緒はソワソワしていた。

(どうしよう……でも、言ってみないと分からないもんねっ)

 よしっと意を決し、璃緒は足を止めてツィリに一つ提案をしてみることに。

「あのね、もし良ければなんだけど……お揃いの物買わない? 今日の記念に!」

 璃緒からの提案にツィリは目をまんまるく見開き驚くけれど、嬉しいお誘いにはとびっきりの笑顔を見せてこくりと頷いた。

「お揃い? 嬉しいー! 是非!」
「本当? へへ、良かったぁ!」

 そうと決まれば、今日の記念にとお揃いに出来るような雑貨を探すことに。当然どれも気になるし、可愛いし。お洒落なものも多いから悩んでしまうけれど、ツィリは藤モチーフのアクセサリーを取り揃える露店で立ち止まった。一つ一つが手作りで、簪やピアス、ブレスレットなど様々なアクセサリーが並んでいる中から、ツィリが選んだのは藤の簪だった。

「璃緒ちゃん、これどう?」
「素敵っ! その簪にしよう!」

 「じゃあ決まりだね!」と、二人はお揃いで藤の簪を購入。しゃらりと月明かりに翳してみると、光を集めるように薄紫のガラスで出来た藤が仄かに輝きを帯びる。この簪を見る度に今日の事を思い出せるし、お揃いで身につければ二人で楽しかったねって語り合うことが出来るから。

「いつか、これ付けてお出かけもしてみたいな」
「そうだねっ! 今度、一緒に付けてお出かけしよう!」

 お揃いの簪つけて、めいっぱいのオシャレして。
 「その時はどこに行こっか」なんて楽しみも話しながら、二人は祭り会場を散策する。

 楽しい時間はまだまだこれから。
 今日のお祭りも満喫しようね、って二人は笑顔を咲かせていた。

第2章 冒険 『花の迷い路』



 楼閣の中へと入れば、絡み付く藤に囲まれた世界のよう。
 一階から五階まで、散策をしながら階段を登っていく造りとなっていて、高さが上がれば上がるほど窓から見える湖面の景色もより幻想的になっていく。

 各階には|床几《しょうぎ》が用意されているので、登り疲れてもゆっくり腰掛けられる。繊細な光に照らされ光の雨のように咲き誇る藤に囲まれながら、ゆっくり最上階へと向かってみてはいかが?


《補足》
一章でのお店にも行きたいという方は、そちらも変わらず楽しめます!
見下・七三子
瀬条・兎比良
花喰・小鳥
レオン・ヤノフスキ


 四人は思い思いのお土産を購入し終え、藤が絡む楼閣の中へと進むことに。最初はカップル同士で並んで歩いていたところから、気付けば小鳥は七三子の手を取り一足先へと進んでいった。

「七三子は意外と積極的だったようですね」
「えへへ♪ やっぱり大好きですから、素直になることにしたんです!」

 小鳥から見て、七三子とレオンの関係性を見た時に感じたのは自分達と違う空気感だった。素直な雰囲気や、どこか可愛らしくも見えるような。微笑ましい二人だなと眺めた上で、色々聞きたくなるのは女子トークあるある。

「レオンも慣れている様子ですし、いつもああいう感じですか?」
「そうですね。一緒にいると、幸せな気持ちになれますし。あとは、|くっついて《甘えて》も、許してくださいますし」

 七三子自身、甘えられるようになるまでも時間はかかったけれど。そんな中で受け入れてくれて、受け止めてくれて。一緒に好きな事楽しめるのは幸せで。レオンの話をする七三子の表情は、幸せいっぱいに満ちていた。
 恋愛トークを交えた女子トークの合間に上も下も藤が咲き乱れている光景は圧巻で、見上げるばかりな藤も階が上がれば見下ろせるのも新鮮で。

「下から見上げることが多いですけど、階段を上ると藤の花と同じ目線になれますね。なんだか幻想的で、こんな綺麗な景色、はじめて見ました!」
「本当ですね。ここでしか見られない景色なので、改めて来てよかったです」

 下から見上げるばかりの藤も、階が上がれば見下ろす事が出来るわけで。上も下も、全てがライトアップされて淡い紫に包まれる空間は、正に幻想的な夢のような場所だった。

「いつものことだろ? 遠慮なく見せつけてやろうぜ」

 レオンの真似をしながら、小鳥は繋いでいた手を七三子の肩に回せばパチリとウィンクひとつ。

「七三子の“日常”を知れて、少し安心しました」
「ふふ、小鳥さん、私は大丈夫ですよ。かなりの幸せ者なので!」

 時折“戦闘員”としての顔を覗かせるのは心配であった。
 けれど、今日この場で見る七三子は“普通”の恋する乙女で、今向けてくれている笑顔からも安心出来るものではあった。

「というか瀬条さんとはどういうご関係なんですか?せっかくだし、お聞きしたいです!」
「どうというか……私たちは彼氏彼女で、七三子たちと同じです」

 七三子達カップルとの違いがあるとすれば、無邪気な二人よりは落ち着いている部分だろうかと考える。けれど、タイプが違っていても同じように彼氏彼女──恋人という関係には変わらなくて。違いがあって、新しい刺激を得られるからこそ、今日は知らない一面も見られるのは楽しくもあった。

「お二人とも落ち着いた雰囲気ですけど、どこか瀬条さんが見守ってらっしゃるような」
「だから、こうしてデートしています。見守るのは、私より妹さんを第一にして欲しいのですけどね」

 兎比良にとって大切な妹。
 それは、小鳥にとっても同じだから。
 その辺は二人でまた話さないといけないかも──なんても考えるけれど、そこは改めて別の機会だと気持ちを切り替えた。

 その頃──少し後ろを歩く男性陣は。

「……何やら、先に行ってしまいましたね。レオンさん、我々ものんびりと後を追いましょうか」
「ったく、女どもは気ままだねぇ。おう、行こうぜぇ。兎比良の兄さん!」

 女性陣より少し離れた距離感で、レオンと兎比良も楼閣内をゆっくりついて行く。建物の中は築年数は長いはずなのにそれを感じることのない綺麗さと、藤が中にも咲き誇る様子は他所でもそう見られない光景で。
 そんな中、男性陣の方へ向けられるのは他の観光客──特に女性達の視線は釘付けになっていた。そんな視線を感じつつ、兎比良は改めて自分の知る七三子とは違う一面を見たところから、それを話題に口開いた。

「見下さんとは何度かお話する機会がありましたが、ああした表情は初めて見ましたよ。貴方の前では、気兼ねせず自分らしく過ごせるのでしょうね」
「んー? 俺の前じゃ、いつもあんな感じだぜ。付き合い始めた頃に比べりゃあ、我儘も言ってくれるようになったしな」
「勝手な憶測ですが、レオンさんも同じなのではありませんか?」
「それが俺の方は逆でよぉ。見下といると、らしくねえこともしちまうっつーか、毒気抜かれちまうんだわ。すげえやつだぜ」

 それだけ大切なのだというのは、レオンの言葉から容易に伝わってきた。良い意味で遠慮せずにいられる関係というのは、兎比良の中では少し羨ましく感じていた。感情の前に理性的に考えてしまうからだろうか。けれど、それが癖になっているとなると簡単には出来るものではないわけで。だからこそ、自分と違うタイプを見るのは新鮮で刺激的だった。

「さんの方はどうなんだい? 小鳥ちゃんみてぇなガード硬そうな美人をどうやって落としたのか、ぜひ教えて貰いてぇな!」
「落とした……? 私は自分が愛する女性に誠実でありたいだけです。救われているんですよ、彼女に」
「おお、言うねぇ〜」

 落とした、というには当てはまらなくて。
 愛情を向けてくれる小鳥に対して、同じような愛情を持って誠実に応えたくて。彼女と共に過ごす時間もまた、大切だからこそ、今日のデートも楽しいものにしたいのは兎比良も同じだった。

「ね、レオンさん! あと鼻の下伸びてるの、わかってますからね!」
「おー、そんな上から見えてんのか? 見下が可愛くて見惚れてただけだぞー」

 女子からの視線が集中しているのを上から見ていた七三子からの言葉に、レオンの返しは自然なもので。そんな軽やかなやり取りを兎比良と小鳥は位置こそ違えど微笑ましく見ていた。

「さて、最上階はなかなか高さがあるようです。少しペースをあげましょうか」
「よっしゃ、ちっと急ぐかね」


 まだまだ屋上までの道程はある。
 ゆったり登りつつも、少し急ごうかと男性陣は足を早めた。途中からは四人が再び同じ歩幅で進み、高さが変わる事で湖面に映る景色の違いも楽しんでいく。

トゥルエノ・トニトルス
葵・慈雨


「お、思ったよりたくさん買っちゃったかも。何だか楽しくなっちゃって……!」

 だってどれも欲しくなるくらいに綺麗で、見るのも楽しくなったから。選りすぐったつもりが気付けば手荷物は増えていて、慈雨は小さく苦笑浮かべるけれど。それでも後悔はしてない、なんて笑顔に変わった。

「色々と購入した事だし、着飾りながら探索を続けるのも如何だろうか?」
「着飾るの素敵! 大賛成! 藤の花をしっかり楽しむのはこれからだもんね!」

 持って帰るためのお土産も買ったけれど、着飾れるものも色々買ったしとトゥルエノが提案すれば、慈雨はぱぁっと笑顔でこくこく頷いて大賛成!
 先程購入したくるみボタン風のブローチを衿から少し離した左側の胸元に付け、深い新緑の髪を彩るようにつまみ細工の髪留めを身につければ、まさに今の季節を体現している慈雨の姿にトゥルエノは満足そうに笑みを見せた。

「うんうん、慈雨殿によく似合っているな……!」
「そ、そうか? そう言ってくれると嬉しいよ! トールくんも羽織がとても似合っている!」

 トゥルエノも藤の羽織を今着ている服の上に羽織れば、和と洋の着合わせでより一層華やかさが増していて、慈雨もその姿を見て満足そうに笑顔を見せた。
 それぞれ着飾ったなら、再びお祭りを楽しもうと二人は歩き出す。そうして向かった先は、藤の花が巻き付くように咲き誇る五重塔の楼閣。中へ入れば中も藤が覆い尽くすかのように咲いていて、まるで天然の迷路のようになっていて。

「わあ、良い香り~! 枝垂れるようにして咲いて、雨みたいで素敵よねぇ」
「枝垂れるように咲くのは藤の花らしいが、雨みたいと言う表現もまたステキだな」

 ゆるりとした足取りで階段をのぼっていくと、見上げていただけの景色から藤の世界に包まれる空間へと変わっていくのも新鮮で。上から見下ろす藤もまた良いねと二人は語らいつつ、慈雨はふと窓の外を眺めてみた。

「湖は見えるかな? 外見える?」
「窓から見える湖面の景色が変わるのは、魔法のようでもあってワクワクするよ」

 少しずつ、高さが変わる事で湖面の景色は移り変わるのを楽しめるのもまた醍醐味なのだと、偶然近くにいた妖狐が教えてくれた。毎年この景色が見たくなる、その気持ちは共感出来るもので。同じ景色でも、その年その年で違いもあって楽しいのかもしれない。そう思えば今見ている景色をしっかり焼き付けておきたいと、慈雨は優しくそよぐ風に深い新緑をなびかせながら景色を一望していた。

「……は! いけない…! ずっと見てばかりだと進まないよね。行こ〜!」

 暫く眺めていたけれど、まだまだ上に続いているからこそ立ち止まってばかりはいられなくて。慈雨とトゥルエノは二階から三階、次は四階へと進もうと歩き続ける。──が、複雑な迷路でなくても階段も多い楼閣内。慈雨は途中から足に疲れを感じ始めていたのを見て、トゥルエノは休憩スペースを指差した。

「5階って遠いかも! 私も若いとは言えないから……休憩して藤を眺めない?」
「もちろんだよ! あそこに座れるところがあるから、そこで休憩しようか」

 二人は休憩スペースへと向かうと、慈雨が床几へと腰掛けたのを見てからトゥルエノも隣に腰かける。どの席へ座っても景色が楽しめるようになっているのもあり、座りながら景色を一望出来るのもまた楽しい時間。見える景色の高さが変わった事で、これだけのぼってきたのかという実感も湧いていて。だからこそ、疲れてないかと心配になるのは慈雨も同じだった。

「トールくんは疲れてない?」
「精霊由来ではあるので、そこまで疲れ知らずでもあるのだが」
「精霊さんは疲れない、の!? 不思議さんだ……じゃあ、綺麗な景色のんびり眺めよう〜!」
「うむ! 美しい景色で、気持ちも回復するというヤツだな……!」


 焦って登らずとも、こうして藤に囲まれた景色を楽しみながらのぼるのが醍醐味だからこそ、ゆっくり休憩の時間も堪能することに。
 体も心も癒せたなら、二人は緩やかな足取りで五階を目指して再びのぼり始める。一番上まで行った時、見える絶景がどんな感じなのかと心踊らせながら。

降葩・璃緒
夕星・ツィリ


「藤の迷路! これは攻略しがいがあるんだよ……!」
「散策気分で楽しめそうな迷路だよね!」

 千年藤が咲き誇る五重塔の楼閣の中へ入ったツィリと璃緒が見たのは、ライトアップで淡い光を帯びた満開の藤に囲まれた空間。天然の迷路となった楼閣内を探索しながら登っていこうと、二人はワクワクした様子で進む事に。
 辺り一面、見渡す限り薄紫に染まる空間。ふわりと香る甘い匂いに、外から優しくそよぐ風も感じながら歩くのは楽しくて。自然と途中で立ち止まり、体いっぱいに香りを取り込もうと二人は度々深呼吸してしまうほど。

「ボク、こういうのって直感で道を選ぶ派なんだけど、ツィリさんは?」
「璃緒ちゃんも直感で道を選ぶ派? 私も一緒!」

 あっちかな? こっちかな?
 二人は感覚で道を選んで進みながら、上へと続く階段を進んでいくと藤のカーテンが分かれ道をつくるように咲いていて、璃緒は少し考えてからこんな提案を。

「ここ、分かれ道になってるね? そうだ、分かれ道毎に交互に行く道を決めようよ!」
「交互賛成-! 違ってたら、また戻ればいいもんね! 来た時と帰る時で、違う景色に出会えるかもしれないし!」
「やった! じゃあ、ここはツィリさん選んでいいよ!」
「いいの? それじゃ……こっち!」

 提案に賛成とツィリはこくこくと頷いた後、選んでいいと言ってくれるなら少し悩んで道を選んで進んでみる。そのまま道なりに進んでいけば見事次の階段へと辿り着き、二人は中間地点でもある三階まで登ることが出来た。

「すごーい! 高くなってきたから、見晴らしがいいんだよ!」
「ホントだね! 上まで行ったら、もっと景色綺麗かもね!」
「うんうん、きっとそうなんだよ! その前に、少し休憩しない?」
「うんっ、いいよ! 少し休憩しよっか♪」

 休憩スペースの床几を見つけると、二人は腰掛けてちょっと一休み。ツィリはふと見上げれば、藤から零れる光の雨に手を伸ばしてみる。幻想的な光景に夜空のような青い瞳をキラキラと輝かせながら見惚れると、璃緒の淡藤色もキラキラ輝く光の雨に釘付けで。

「見て見て! 窓から見える景色、すっごく綺麗! 今でも十分綺麗なのに、最上階からの景色はどんな感じなのかな? ワクワクしちゃう!」
「わぁ、本当に綺麗! 今の景色より、更に素敵な景色が待ってるかと思うと楽しみだね!」

 三階の窓から見える景色も絶景だけど、一番上まで登った時に見える景色もまた楽しみで。湖面に映る月夜も藤もとっても綺麗だからこそ、この先に待っている絶景に二人は胸を踊らせていた。
 綺麗な景色の中でのお喋りも楽しくて、時間なあっという間に経っていた。二人は休憩を終え、再び楼閣の藤迷路を探索再開! あっちこっちと探索を続け、遂に五階への階段の前へ辿り着いた。

「この階段を上がれば5階だねっ! ずっと楽しくて、あっという間だったんだよ!」
「そうだねっ! お話しながらだと、5階まであっという間だったね!」

 どんな景色が見れるのかワクワクしながら、最後の階段を登っていく。そして──二人は遂に、最上階へと辿り着くことに成功!
 一番高い場所から見下ろす景色はまさに絶景。湖面に映る楼閣と、空に浮かぶ月とキラキラ輝く星空もまた綺麗に映り込み、二人は思わず言葉も忘れるくらいに見惚れていた。迷路も楽しくて、ゴールした先で見れる景色はまさにご褒美だった。

「お目当ての最上階の景色はすごく幻想的できらきらしてて、お祭りを楽しみにしてる人が多いのも納得!」
「本当、来て良かったね!」

 同じように最上階に来ている人も景色に見惚れ、下にもたくさんの人で賑わいを見せていて。これだけ綺麗な景色を楽しめるのなら毎年来たくなるのも納得出来るものだった。


 ツィリと璃緒は目の前に広がる景色を心ゆくまで堪能し、会話もまた軽やかに楽しく弾んでいく。

ライラ・カメリア


(推し様とのお時間は夢のように幸せで、あっという間だったわ)

 一番星のように輝く推しとの時間の後、ライラはもう少し景色を楽しもうと楼閣へ向かってみることに。幸せな時間は瞬くように過ぎてしまうも、髪を留める藤簪に触れればトクン…と心が温まるのを感じながら、ゆっくりとした足取りで最上階へと登っていく。

「まあ、なんて素敵なのかしら……!」

 中へと入れば、外とは違う幻想的な光景に感嘆の声が漏れる。どこを見ても薄紫のカーテンのように咲き乱れる藤はライトアップによって淡い光を帯び、キラキラと降り注ぐ光の雨のようで。

「外から見ていた時もだけれど、このように藤に囲まれると圧巻ね」

 たくさんの観光客の邪魔にならないよう、避けて歩きながら上へと進んでいき、ふと窓の外を見るとその景色もまたライラの空色を釘付けにするものだった。
 中間地点でもある三階まで辿り着き、窓際まで近寄れば湖面に映る夜空と藤の景色を眺めて感嘆の溜息一つ。そして、改めて推しと過ごした時間を振り返る。

(はぁ……今日もとても楽しかったわ)

 この景色も、もちろん釘付けにしてくれる。より一層輝いていた推しは、ずっとライラの空色を釘付けにしていた。
 EDENの一人として、普段は簒奪者との戦いを繰り返す事が多いわけで。大変な事も、辛い事もたくさんあるけれど。こんな風に日常が楽しくて、あたたかくて、希望があるからこそ、怖がりで心が弱くても戦う事が出来るから。

(大好きな人たちが笑う、かけがえなのない|世界《いま》が大切なの。……だから、素敵な思い出をくれてありがとう)

 頭上で咲き誇る藤を見上げ、ライラは改めて心の中でお礼を伝えた。今日の思い出を胸に、また明日からも守るために頑張れるから。心の拠り所は今も、ライラの白金と共に花咲いている。
 美しく咲く藤へと微笑みかけ、ライラは再び上へと向かって歩き始めた。高さが変わる事で見える景色は映り変わり、ついに最上階へ辿り着いた時──目の前に広がる絶景は更に心奪われるものだった。

「まぁ……なんて美しい景色なのかしら」

 上から見下ろすと藤が絨毯のようにも見え、上から見下ろすのは新鮮で。空を見上げれば月が優しく祭り会場を見守るように照らしていて、今日この日の出来事を全て覚えておきたいとライラは空色に景色を焼き付けながら夜風に白金を靡かせていた。


 薄紫に染まる“優しさ”に包まれる時間を、心ゆくまで堪能していく。

不動院・覚悟
土橋・サヱ


「藤の楼閣とは……これはまた幻想的な。御伽の世界に迷い込んでしまったようです」
「近くで見ると、優美さが更に増して見えますね。上へ登ってみますか?」

 楼閣に絡み付くように藤が咲いていて、外観だけでも圧巻と言えるほどの光景。中も探索出来ると祭りのスタッフから聞いたのもあり、覚悟はサヱへと提案してみた。

「ふむ、目指す場所は決まっている。本来ならば迅速に、と行くところですが……左程急ぐ必要もないのでしょう? ならば、ゆるりと行きませんか?」
「そうですね、ゆっくりと上を目指していきましょう」

 今日は戦いを忘れて、穏やかに家族として過ごす時間。急いで終わらせるなんていうのは勿体ないし、何よりも覚悟が誘ってくれたのを無下にしてしまう事になる。ならばと急ぐ事はせず、二人はゆっくりと楼閣内へと足を運んだ。

「階段が向こうに見えますね。最上階目指して登りましょう」

 藤がカーテンのように咲いている光景も綺麗で、二人は思わず息を飲んでしまうほど。それでも先に進まねばと覚悟は階段を探せば、見つけた階段を指差して。

「時には寄り道も大事ですよ。急いては見えるものも見えませんから」

 早く上へ行って景色を見るのもいいけれど、窓からも景色が見えるようになっている事から、のんびり登っていこうとサヱからの提案に覚悟は勿論と頷いた。
 まるで天然の迷路となっている楼閣内は、ゆっくり見て歩くだけでも目で楽しめる空間。藤の優しい甘い香りと、ライトアップによって光の雨のように輝く景色を眺めながら、急ぐことも無く、わざと迷ったりもしながら上へと登っていく。階層が上がれば、上ばかりでなく足元も薄紫の絨毯のように見える藤を楽しむ事が出来、御伽噺のような場所で家族のように慕うサヱと共に歩ける時間も心地いいものだった。

「中もこれほどまでに幻想的な空間になっているんですね。確かに、急いでここを登ってしまっては見落としてたかもしれないと思うと、今こうしてゆっくり見て良かったと思えます」
「無計画に楽しんでみるのも悪くないでしょう? こうして、藤の華やかさと優美な景色を見られてよかったと改めて思います」

 二人は微笑み合い、三階へと向かったところで休憩スペースに置いてある床几へと座ると、窓から見える景色と外から優しく吹く風を感じながら休憩することに。

「さて、一旦休憩としましょう。お誂え向きに床几もありますから」
「そうですね、時間もまだたくさんあります。それに、窓から見える景色も外で見ていた時とは違って素晴らしいものです」

 他愛のない日常の何気ない会話を楽しみつつ、言葉が途切れたとしても景色を楽しむだけでも十分満たされるもので。──こうして過ごす中で、さり気ない覚悟の気遣いや優しさが伝わってきていて、仮面越しではあるけれどサヱの表情は終始穏やかだった。

「私は嬉しく思っていますよ。こうして、戦場から離れた場所に私を誘ってくれた事」

 いつもは互いに依頼の現場へと走り、時には死を覚悟する事もあった。屋敷の中で一緒に過ごす時間も、聞かせてくれる話も含め、覚悟の進む道が立派なものであることを、サヱは誇りに思っていると改めて言葉にする。
 サヱからの言葉は何よりも嬉しかった。館に集う仲間達のために企画を催してくれたり、仲間を気遣う事、自らが前に出るのではなく後ろで支える立場に徹する事の多いサヱにとって、今日この日が穏やかに過ごせるのならば、覚悟にとってこの上なく嬉しく、自分なりの愛情表現が伝わってよかったと思えるものだった。

「折角ですから意味のない、他愛のない会話を興じません?」
「はい、もちろんです」


 上に登るのは、もう少し他愛のない会話を楽しんでから。
 二人は、穏やかに家族の時間を過ごしていく──。

和紋・蜚廉
不忍・ちるは


「以前、行楽地へ赴いた時も高所に関連した遊びがあったが、
苦手だったりはしないか?」
「勝手に落とされるのが苦手なだけで、今は大丈夫ですよ」

 実は絶叫系が苦手であるちるはだが、今回は自分のペースで登ったり下りるだけなら大丈夫と柔らかく微笑んだ。二人は手を繋ぎながら楼閣の中へと入っていけば、辺り一面薄紫に染まる光の雨が降り注ぐような幻想空間に思わず小さく吐息が漏れる。

「わぁ……見てください、蜚廉さん。藤の花に包まれるみたいです♪」
「うむ。これほどまでに綺麗に咲いているとは、実に見事なものだ」

 実は意外と怖い要素があるかもしれないという心配は僅かに抱かなくもなかったけれど、怖いどころか幻想的でこのまま立ち止まって眺めるだけでも十分楽しめる空間で。二人は緩やかな足取りで楼閣内を歩きながら、階段を登って上へと向かっていく。
 二階へと登り、ちるはは窓の外を眺めてみると先程歩いていた露店のエリアに咲く藤や、たくさんの人々で賑わうのを見下ろしながら、上から眺めるのも綺麗だなぁとにこにこしていて。その隣に立つ蜚廉もまた、湖面に映る景色と隣で楽しそうに笑顔を見せてくれるちるはの横顔から、今この時間が幸せだと感じていた。

 外の景色や楼閣内の藤を堪能しながら更に上へと登るけれど、普段戦ったりと体力使う事が多い中でも、階段が続くと多少なりとも疲労は感じてくるわけで。

「鍛えている身であっても、この回廊は少々長いと感じるな。あそこに休憩できる場所がある。少し休まぬか?」
「いいですね、少し休みましょうか」

 二人は床几へと腰掛けると、ちるはは小さく息を吐く。急いで登っているわけでなくても、やはり疲れるものだろうと思うと、蜚廉は疲れを癒す提案をしてみる。

「……ふふ、必要ならば按摩をしようか?」
「えっ? そ、それは……とても、とってもありがたいですけど……!」

 嬉しい申し出ではあるけれど、他にも最上階を目指して探索する観光客もいて、人の目がないわけじゃなくて。足のマッサージは恥ずかしいので、と手を差し出して手のひらを揉んでもらうことに。
 鍛錬の中で身につけた蜚廉秘伝の手技は力加減も心地よく、ツボマッサージみたいで、更には藤の香りがアロマのようにもなっていて、ちるはは気持ちいいとされるがままに委ねていて。

 そんなリラックスな休憩タイムを終え、二人は再び最上階目指して歩き始める。花の香りと、薄紫に染まる空間を楽しみながら歩く中で、蜚廉はふと花言葉を思い浮かべた。

「藤の花……“恋に酔う”という花言葉もあるらしいが、“決して離れない”──この意味を我は推したい。酔いはいずれ覚めるもの。……だが、後者ならば覚める事はないだろう?」

 蔓が頑丈に他の木に巻き付く様子から、恋愛の絆に例えられる花言葉。お酒も恋も、酔いはいつか覚めてしまうけれど。互いに手を取り、この先も離れずにいたいという想いを込めた蜚廉からの真っ直ぐな言葉。
 前に蜚廉の誕生日カラーが藤鼠というのを話していて、今回もこうして藤の花を見に来た事から、不思議と縁があるなと感じていた。その中で“決して離れない”という言葉に確約された安心感を感じれば、トクン…とちるはの鼓動が高鳴った。

「この楼閣の歩みのように、これからも。共に手を取って歩んでいこう。それが、我の望むお代だよ」
「ずっと前から、蜚廉さんの距離は近いというか……ここにいてほしいひとで。離れたくないひとと思っています、ので……ええと、別解で覚めないで酔い続けさせるようにします……ね?」

 蜚廉の望むお代。まだ未成年なのもありお酒に酔う感覚も分からないけれど、分からないなりに考えてちるはから出した答えは不意をつかれるもの。
 酔い続けさせるようにする。決して離れず、恋に酔い続けさせるという答えに蜚廉も思わず照れてしまうほど。

「この酔いならば、ずっと続いて欲しいと願ってしまうな。いや……願わずとも、我はこれからもちるはと共にいよう」
「私も、これからもずぅっと、ずっとおそばにいますね」


 恋に酔い、共に縁を絡み合わせて傍にいる。
 互いの想いを確かめ合い、二人はゆっくり最上階へと向かっていった。

第3章 ボス戦 『雪娘『白銀・六花』』



『えっと、これと、これと……あわわっ、いらっしゃいませ!』

 楼閣の最上階にて。
 慌ただしく動き回るのは、古妖の雪娘『白銀・六花』。そんな彼女には敵意はなく、寧ろ登ってきた人達をもてなそうといろいろ用意している様子で。

『あのっ、階段登って疲れましたよね? ささやかですけど、皆さんをおもてなししたくて準備したものがあるんです!』

 雪娘が用意したのは、藤蜜を使った水饅頭やアイスクリーム、ぷるんと涼やかな寒天ゼリーなどの甘味や、フローズンドリンクや冷たい和紅茶、冷酒といったラインナップ。
 どれもひんやりしているのは、雪娘は火を使うのが苦手だからというのもあるけれど。


 そんな雪娘のおもてなしを楽しんでみませんか?
ライラ・カメリア


「まあ! なんてお可愛らしい方! ご機嫌よう、お嬢さま」

 雪娘『白銀・六花』のお出迎えに、ライラは空色を輝かせながら軽く頭を下げて挨拶を交わす。おもてなしをしてくれるとの事で、案内してもらった席に座り、見せてくれるメニューに目を通してみる。

『ここまで登るの、大変だったよね? 綺麗な景色、楽しめた?』
「ふふっ、確かに階段を登るのは少し疲れたけれど、それ以上に素晴らしい景色を見ることができたの」

 推しの一番星と歩いたお祭り会場、満開の藤に囲まれる空間を楽しんだ楼閣での散策。その全てが心を満たすものばかりで、多少疲れたとしても気にならないほど。十分に満たされた中で、さらに可愛いおもてなしまでしてくれるなんてとライラはニコニコと今日の出来事を話していく。

「外からも一番星のようなお方と藤を眺めて……本当に最高の一日だったわ! ……と、いけない! わたしったら、またお喋りをしちゃって。お忙しいあなたをお引き留めしてごめんなさいね」
『いえ! とってもお祭りを楽しんだのが伝わってきましたし、その一番星のような人とも素敵な時間を過ごしたのを聞かせてくれて嬉しいです! あ、景色には劣るかもしれないけど……良かったら、何かおもてなしさせてくださいっ』
「どれも美味しそうで迷ってしまうけど……それでは、藤蜜を使ったアイスクリームを頂けるかしら?」

 準備をバタバタしてたのもあり、お祭りを見に行けずにいたけれど。ライラから聞かせてもらう話はどれも興味惹かれるもので、雪娘は楽しそうに頷きながら聞いていて。注文をしてくれたなら、ペコリと頭を下げてちょっぴり慌ただしげに準備をし始める。「大丈夫かしら?」とライラは少し心配になりつつ待っていると、雪娘は藤蜜アイスを運んできた。

『お待たせしました〜! こちら、藤蜜のアイスになります!』
「まぁ! とても美味しそうね♪ ありがとうございます」

 ライラは軽く頭を下げた後、雪娘が他のお客さんの接客に向かうのを見送る。その様子を微笑ましく見た後、ライラはほんのり薄紫色をしたアイスクリームをスプーンで掬い、ぱくりと一口食べてみる。優しい甘さとバニラのミルキーな味わいが口いっぱいに広がり、頬に手を添えて美味しいとほっこり笑顔に。

(……本当は、食事を摂らなくても良いくらい美しい|藤《自然》の中で、口まで藤で満たして贅沢な気分)

 セレスティアルは食事を必要とはしないけれど、今日は全身を藤で満たして贅沢な時間を堪能したくて。湖面に映える藤に囲まれた楼閣と月夜を眺めながら推しの一番星との時間を振り返り、ライラは優しい甘さを味わっていく。


 “優しさ”に包まれ、絶景が“歓迎”してくれた今日という日。ライラは思い出を胸に、心ゆくまで堪能していくのだった。

花喰・小鳥
見下・七三子
瀬条・兎比良
レオン・ヤノフスキ


「一番上までたどり着きました……! ふう、結構たいへんでしたね」
「よーやく天辺まで来たか。長かったぜ〜」

 露店を楽しんで、楼閣内では男女それぞれ分かれて恋バナをしたり。四人は長い階段を登りきると、雪娘『白銀・六花』が笑顔で出迎えてくれて。四人は古妖が出迎えてくれた事に僅かながら驚くけれど、敵意も無く逆にもてなしてくれるという言葉に甘えることに。

「ありがとうございます。ご馳走になりますね。よければ、お名前を教えて頂けませんか? 私は花喰・小鳥。小鳥と呼んでください」
「歓待に感謝します。お言葉に甘えて、少々世話になりますね」
「こんにちは、お招きありがとうございます。見下と言います!」
「おっ、なんだなんだ、かわい子ちゃんがいるじゃねえの♪ 色々用意してくれてたみてえだな。俺はレオンってんだ。せっかくだ、嬢ちゃんも一緒に茶でも⋯⋯」
『わわっ、たくさん挨拶ありがとうございま………えっ?!』

 それぞれが挨拶をしてくれれば『六花』はぺこぺこと頭を下げて席に案内しようとしたのだけれど、レオンが雪娘の可愛さからニッと笑ってナンパのような言葉を口にしたところで、七三子の笑顔がピクっと引き攣った。

「……レオンさん、ちょっとこう、両腕を上に上げてもらっていいでしょうか」
「ん? どうした? 見下」
「ありがとうございます。じゃあ、失礼して……」

 レオンは不思議そうな表情浮かべながら言われた通りに両腕を上げたのを確認すると、華奢な七三子はギュッと背中へ腕を回すように抱き着き始めた。雪娘はその光景に思わず顔を赤くしつつ、兎比良と小鳥も仲が良いなと思っていた──が、次に聞こえてくるのは。

「ぐわああぁあぁ!!! 折れる!! ……っつーか潰れる!!!」
「そうやって、目移りばっかり、する、と! |ぎゅってしちゃうん《ベアハッグ》、です、からっ!」

 ヤキモチ妬いたんだと言わんばかりに、七三子は抱き着く腕の力を強めていくとレオンから苦痛の悲鳴が。ギチギチと締め付け、骨が軋む音も聞こえそうな勢いを見て、小鳥はクスッと小さく笑った。

「どうやら、とても盛り上がってるみたいですね」
「……あれは盛り上がっていると言うのでしょうか。見下さんは見事な絞め技には感心しますが、レオンさんの意識が落ちないか心配ですよ」
『あ、あの……と、止めなくて良いんです?!』

 兎比良は小鳥の言葉にツッコミつつ、七三子による見事なまでの絞め技に流石のレオンも白目剥きそうになるのを見ると、逆に大丈夫なのだろうかと心配になる。その横でオロオロと雪娘が困惑するという、何ともすごい絵面になっていた。

(微笑ましいと言えば、まぁそうですね)

 これも二人にとってはコミュニケーションなのだろうと思えば、荒々しくも微笑ましいのもまた事実で。
 ある程度絞めたところで、七三子は満足したのか絞めていた腕を離す。その表情もまた、なんとも清々しいほどの笑顔で。技を決められていたレオンは痛む脇腹抑えつつ、少し拗ねたように七三子へ苦言を漏らした。

「おー、痛て⋯⋯。マジで死ぬかと思ったぜ。ちったあ手心ってモンを加えてくれてもいいんじゃねえかぁ?」
「え? 手心? ちゃんと加えてますとも!」
(これで手加減……? こりゃ、本気で怒らせたら命が無くなりそうだな……。てか、小鳥にはあれが甘えてるように見えたのかよ? 案外、兎比良の兄さんも激しい愛され方してんのかねぇ)

 とっても爽やかな笑みを浮かべながら、七三子が手加減したのだとハッキリ言ってくるのを見て、レオンは本気で怒らせないように気を付けようと心に誓ったとか。

 そんなやり取りを終えた後、気分改めて『六花』は四人を席へと案内しメニューを見せる。どれもひんやりとしたものばかりではあるけれど、気になるものばかりで悩んでしまうほど。

「わあ! どれもおいしそう。私、藤蜜がけアイスと、冷酒がいいです。みなさんは何食べますか?」
「皆さんお気遣いなく、好きなものを召し上がってください」
「俺は水まんじゅうが気になるぜ。それと、もちろん冷酒な!」
「私は、水饅頭と寒天ゼリーにしようかと。飲み物は冷酒で」
「食事は悩みますが……オススメはありますか?」
『オススメですか? えっと、今注文してくれてるものもオススメですけど……藤蜜のみたらし団子も自信作です!』
「では、そのみたらし団子と冷酒をお願いします」
『たくさんの注文ありがとうございます! すぐ用意しますね!』

 雪娘はパタパタと用意しに、四人が腰掛ける席から離れる。他にも多くの人達で賑わいを見せており、窓からそよぐ風と藤の香りに包まれる空間でどんな甘味やお酒が楽しめるのか、自然と期待が高まるもので。他愛のない話をしていると、|お盆《トレイ》に注文したものを乗せて『六花』が戻ってきた。

『おまたせしました! こちら、注文したものになりますっ』
「わぁ、美味しそうですね! ありがとうございます!」
「ほんのりと藤色になっているのもまた良いですね。では、頂きましょうか。良ければ、貴女も一緒にどうですか?」
『えっ?! い、いいんですか!』

 自分も同席していいなんて思わず、小鳥からの誘いに『六花』は驚きを見せる。三人へ視線を向けると、歓迎というように迎えてくれるなら遠慮がちに椅子へ腰掛けた。
 まずは冷酒を手に、全員でグラスを手に軽く掲げて乾杯。冷たすぎず、口当たりの良さから良いお酒だというのはすぐに分かった。レオンと七三子は普段からお酒を嗜むのもあり、飲むペースは早い方。空になったグラスを見れば小鳥は微笑みながらお酌をしていく。

「七三子はいける口のようですね」
「そうですね! このお酒美味しいですし、いくらでも飲めちゃいそうです! それに、アイスとの相性も良くて♪」
「こりゃ、美味い酒だよな。水まんじゅうも美味いし、甘いものをつまみに飲むのも悪くないな」

 お酒はもちろん、それぞれが注文した甘味もまた美味しくて。優しい甘さの藤蜜をふんだんに使ったスイーツの数々にそれぞれ舌鼓を打てば、ふと小鳥はみたらし団子を手に兎比良の口元へ。

「はい、あーん」
「……?!」

 予想外のあーんに、兎比良は思わず一瞬硬直してしまう。レオンや七三子、しまいには雪娘も見ている。気恥ずかしさを感じつつ、数秒悩んだ末に小鳥の細い手首を掴んで団子を一つ齧り取った。

「美味いですね、貴方も召し上がっては?」

 口の中でほの甘さが広がるのを感じながら、ここまでやったならと開き直って小鳥の手から団子を奪い取ると、今度は逆に小鳥の口元へ差し出した。まさかやり返されるとはと思いながらも、横髪を少し手で押さえて団子を一口齧った。

「……ん、確かに美味しいですね。そうだ、貴女もどうぞ。あーん」
『え、えぇぇっ!?』

 『六花』にも「あーん」と水饅頭を差し出されると、まさかの出来事に驚きを見せる。わたわたとしながらも、真白な頬を赤く染めながらぱくっと一口。

『お、おいし……ですっ』
「良かった。こうして一緒に楽しむのも良いですね」

 雪娘の反応を見て小鳥は小さく微笑みながら、空いてる手は兎比良の手を取り指を絡めて繋いでいて。
 落ち着いた雰囲気の甘々な雰囲気に、しどろもどろになる七三子はレオンへ視線を向けた。

「わ! ……美人さんたちの甘いやりとりを、間近で見るとこう、なんだか悪いことしてる気分になりますね、レオンさん……」
「なーんで見下が申し訳なさそうにしてんだよ。せっかくだ、特等席で拝ませてもらおうぜ〜」

 照れる七三子の肩を抱き寄せ、ニッと笑みを浮かべるレオンの言葉に驚きながら、七三子は照れ隠しにアイスを食べたり冷酒を飲んで火照る頬を冷ますのに精一杯になっていたり。
 そんなこんなと楽しく会話をしながら、四人と雪娘は穏やかな時間を過ごす。日々忙しく過ごす中で、古妖と敵対することなく、こういった時間はとても貴重だった。

「今日は良い一日になりました。こうした日常も、悪くないものです」

 兎比良は改めて言葉にすると、隣に座る小鳥も、向かいの席に座るレオンと七三子も頷いて。


 笑顔が絶えない、穏やかで賑やかな時間。
 今日という時間を、ここにいる皆は忘れないだろう。

夕星・ツィリ
降葩・璃緒


 ツィリと璃緒は元気いっぱいに楼閣の最上階に登っていけば、雪娘『白銀・六花』からのおもてなしがあるとのことで、二人はキラキラ瞳を輝かせていた。

「迷路を踏破したご褒美、最高過ぎるんだよ……!」
「綺麗な景色に、美味しいご褒美! ワクワクしちゃうね!」
『たくさん用意したから、好きなのを選んでね?』

 雪娘の案内で二人は席につくと美味しそうなメニューばかりで、どれにしようかって楽しい悩みがいっぱい! 二人はどれにしようか悩んで悩んで、ようやくこれにしようと決めたのは──。

「ツィリさんはどれにする? ボクは、水饅頭とフローズンドリンクにしようかな」
「私はアイスクリームにしようと思って! ドリンクは和紅茶をお願いします♪」
『水饅頭とアイス、フローズンドリンクと和紅茶ですねっ! ちょっと待っててくださいねっ』

 『六花』がパタパタと準備をしてくれるのを待ちながら、周りの賑やかな雰囲気や藤の香りに包まれる空間もまた心地良くて。どんなスイーツなのかなとワクワクして待っていれば、雪娘が『おまたせしました〜!』とトレイに乗せて注文したものを運んできた。

「わぁ、どれも美味しそう!」
「うんうんっ! 見た目も綺麗だし、食べるのがちょっと勿体ないくらいなんだよっ」

 薄紫の蜜がとろりとかかったアイスや水饅頭は、見た目でも楽しめるもので。さらにフローズンドリンクやひんやり冷たい和紅茶の香りもまた美味しそうで、二人は同時に『いただきますっ』と手を合わせて食べ始める。

「藤蜜って初めて食べたけど、ほんのり藤の香りが口の中に広がる……! 上品な甘さで、いくらでも食べられちゃいそうなんだよ♪」
「んー! 頑張った体に、冷たいアイスは何よりのご褒美!」
「そうだ、良ければ一口食べる? これは独り占めするには勿体無い美味しさだもんっ」
「いいの? じゃあ、一口もらうねっ」

 綺麗な景色も、楽しいもシェアしたなら、美味しいもシェアしたくて。璃緒の水饅頭を一口もらうと、ほのかな優しい甘さが口いっぱいに広がり、つるんとした食感も楽しめて、ツィリは落ちそうになる頬を押さえるように手を添えながら美味しいと満面の笑みを浮かべた。

「ん〜、とっても美味しい! 藤蜜との相性抜群! アイスも食べてみて! 水饅頭とはまた違った美味しさなの」
「ホント? じゃあお言葉に甘えてっ! ……ほんとだ、こっちも美味しい!」

 今度はツィリからのお裾分けに、璃緒もアイスをパクりと一口。同じ蜜の甘さに加えて、バニラアイスのミルキーな味わいが口いっぱいに広がり、アイスも美味しいねと璃緒もまた満面の笑みを浮かべた。

 藤蜜たっぷりの水饅頭からのフローズンドリンクも飲めば、シャリシャリ感が楽しめて、後味もスッキリのあまぁいループ! 優しいミルクの甘さと蜜の甘さのアイスからのスッキリとした和紅茶を一口飲めば、またアイスを食べたくなるほどの無限ループ!
 二人は美味しいループを繰り返しながら、璃緒は改めてツィリに視線を向けると笑顔でお礼を伝えた。

「目で、鼻で、舌で、たっぷり藤を堪能出来たんだよ。今日は一緒に来てくれてありがとう!」
「こちらこそお誘いありがとう! これ以上ないくらいの藤尽くしの、素敵な体験ができて楽しい一日でした!」

 一人でも楽しめたかもしれないけれど、楽しいをシェア出来る友達と来たからこそ、めいっぱい堪能する事が出来たから。今回のお出かけだけで終わりたくなくて、ツィリから改めてこんな提案を。

「次は、あの藤のかんざしつけてお出かけしようね」
「もちろんなんだよ! また遊びに行こうねっ」

 次の約束も交わし、「藤のかんざしつけて、今度はどこに行こう?」なんて話で盛り上がる。
 二人はひんやり甘味を堪能しながら、時間いっぱいお祭りの時間を満喫していった。

和紋・蜚廉
不忍・ちるは


「特別に登れて、景色もおいしいも味わえるなんて……! すばらしいおもてなし、ありがとうございます♪」
「では遠慮なく、おもてなしを受けるとしよう」

 登った先で待っていたおもてなしに、蜚廉とちるはは『白銀・六花』の誘いに頷いてありがたく好意を受け取ることに。『こちらへどうぞ!』と景色が見やすい席へと案内してくれれば、二人は向かい合うように腰掛けた。

『えっと、メニューはこちらになりますっ』
「…この、品揃え……」
「わぁ、とっても気になるものばかりですね!」

 ちるははニコニコしながらどれにしようかなと悩んでいる中で、蜚廉は少しばかり硬直する。そう、雪娘が用意してくれているメニューは全てひんやりスイーツばかり。去年の夏、ちるはと過ごした|嘗ての記憶《アイスクリーム頭痛》が蘇ってくると、まだ食べてないのに頭がキーンと痛くなってくるような感覚で。

「では、私はとろぉり藤の蜜のかき氷お願いします。藤のアイスも添えていただけると……蜚廉さん、大丈夫ですか?」
「ん、いや。大丈夫だ……今回は勝負の舞台では無いからな。美味しく味わおうではないか」

 そう、今回はきっと大丈夫なはず。何より、大切な人と食べる時間を無下にしたくはない。蜚廉は改めてメニューに目を通していると、ちるはから一つ提案を。

「蜚廉さんもアイス食べませんか? せっかくなので、クリームあんみつにしましょう……!」
「では、藤蜜のたっぷりと掛かったあんみつを頂こう。多少量もあった方が、登り終えて空いた腹にはちょうど良い」
『藤蜜かき氷とあんみつ、それぞれにアイス添えて、ですね! 少し待っててくださいね!』

 パタパタと注文したものを準備するため、雪娘は一旦二人の席から離れていく。他の人達が食べるスイーツもドリンクも美味しそうだし、何より藤に囲まれながら夜風を感じる空間で甘味まで堪能出来るというのもワクワクするもので。ゆったりと窓の外を眺めて景色を楽しみながら二人は他愛の無い話をしていると、雪娘は『おまたせしました〜♪』とひんやりスイーツを運んできた。

『藤蜜のかき氷とあんみつです! アイスもたっぷり添えてみました!』
「ほわぁ……美味しそうですね♪ ありがとうございます」
「これは、なかなか見た目も華やかだ。もてなしに感謝する」

 お礼を伝えられると『六花』は嬉しそうな笑みを浮かべ、他のお客さんから声を掛けられれば二人へ頭を下げてから慌ただしく次のおもてなしへ。

「…ふふ、ちるは。足りぬなら追加しても良いのだぞ? 雪ん子の給仕ならではの甘味だ。心ゆく迄堪能しよう」
「足りなくなった時は、少し考えてみます。では、溶けちゃう前に頂きましょうか」

 ちるははほんのり薄紫に染まるかき氷をスプーンで掬い、パクリと一口食べればふわふわ氷がスっと溶け、藤蜜の優しい甘さとひんやりとした冷たさが絶妙で美味しいとご満悦。アイスも添えて食べてみれば、優しい甘さに加えてミルキーな口当たりが更に美味しさを増し増しに。
 蜚廉もまた藤蜜がたっぷりかかったあんみつを一口食べてみると、あんこの甘さに白玉のもっちり感、蜜の甘さのバランスが良く、アイスの甘みも加わって美味しいと舌鼓を打つ。

「冷たくて、甘いな……頭痛の恐れは何処へやら。この甘味の冷たさは、隅々へ優しく染み渡る」
「去年の夏は、暑かったのに涼しかったですからね。蜚廉さんにとって、未知の体験が出来たならなによりです」

 わんこそば並みのスピード感でかき氷を勧め、蜚廉にとって初めてのアイスクリーム頭痛を体験させたちるははどこか楽しそうに去年の思い出を振り返る。そして、美味しいを分け合いたい気持ちもあるからこそ、ちるはは一匙かき氷を掬って蜚廉の口元へ。

「かき氷食べます? 私もあんみつも頂きたいので、交換っこでどうぞどうぞ」
「ちるは? その匙の構えは?? いや、そんな狙い通りには……くっ、身体が勝手に反応してしまう……!」
「はい、あーん♪」
「〜〜〜〜〜っ!!」

 恋人からの「あーん」を拒めるわけもなく、ちるはからのややハイペースに捗るスプーンに応える蜚廉は、夏本番迎える前にアイスクリーム頭痛を再び体験することに。


 かき氷もあんみつも、美味しい分け合いを。
 ちょっぴり遊び心?も添えて、二人は楽しく甘味を楽しんでいく。

不動院・覚悟
土橋・サヱ


「ここからの眺めも言う事は無いですが……折角ですから、褒美も頂きましょうか」
「そうしましょうか。せっかくなので、景色の見やすい席を選んでもよろしいですか?」
『もちろんです! この花と外の景色を楽しみに来て下さってると思うので、えーっと……こちらへどうぞ!』

 そう言って雪娘『白銀・六花』が案内してくれた席へと、二人腰掛ける。もてなしてくれるという古妖の用意したものは、体質上どれも冷たいものばかり。

「古妖のもてなしと言うのもなかなかないでしょうからね、楽しませていただきます。さて、どれも良さそうですが……私は飲料を。和紅茶に藤蜜を合わせたものを願いましょう」
「では、僕も同じものをお願いします」
『和紅茶ですね〜、少々お待ちくださいっ』

 本来ならば敵対する事の多い古妖も、こうして楽しい事を共有してくれて、さらにはおもてなしをしてくれるというのは珍しい。だからこそ、その新鮮さも含めてサヱは楽しもうとしていて。覚悟は窓から見える景色や藤に囲まれた空間を改めて眺めながら、改めて今までの事を振り返っていた。

「……昔は。こうして、平穏な時間の過ごし方も分かりませんでした。ですが今は、サヱさんや皆さんのおかげで穏やかな時間を過ごせる事が出来るようになりました」
「私達と関わる事で、少しでも穏やかに過ごせるようになったなら嬉しく思います。あとは、そうですね……今度は一歩引く癖を直してみましょうか」
「それは……申し訳ありません。今は、その埋め合わせをさせてください」

 覚悟はどうしても人前だと一歩引いてしまう事に詫び、少しずつ引くのではなく並んで歩く事も出来れば良しと、仮面から見えているサヱの目元は優しく微笑むものになっていた。
 そう話していると、雪娘が二人分の冷たい和紅茶を運んで戻ってくればそれぞれの前へと並べ、小さな容器に入った藤蜜を添えるとニコッと笑みを浮かべる。

『おまたせしました〜♪ 和紅茶になります! 藤蜜で甘さ調整出来るので、お好みでどうぞっ』
「藤蜜というのは珍しいと聞いたのですが、どういうものなのでしょう?」
『藤蜜は藤の花から採れる蜂蜜なんですけど、採れる年と採れない年がある希少なものなんです! 確か……“10年に一度しか採れない”っても言ってました!』
「なるほど……希少な蜜を今日は贅沢に味わえるというわけですね。教えていただき、感謝します」
『いえいえ! 永く生きているので、こういうのに詳しい知り合いに聞いて調達しましたし、遠慮なく楽しんでくださいっ』

 古妖だからこそ、人とは違うツテを使って仕入れたとなれば用意している量にも納得で。サヱは冷たい和紅茶へ藤蜜を垂らして混ぜてから、仮面を少しずらし一口飲んでみる。和紅茶の香りに加えて藤蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がり、美味しいというように小さく頷いてみせる。覚悟もまた同じように藤蜜を垂らし、そっと混ぜてから一口飲めばこれが希少な甘さなのかと感心していた。

「これは、とても美味しいですね。この時期だからこその味わい、こうして連れてきてくれたおかげで楽しめる事が出来ました。改めて、この場に呼んでくれたこと。感謝していますよ」
「いえ、こちらこそ。温かな時間をありがとうございます。そして、傍に居てくれて嬉しいです」

 今日は家族のようなあたたかな時間を過ごす日として声をかけ、露店巡りや楼閣内の散策、そして優しい甘さを共有し、二人で楽しむことが出来た。
 覚悟は改めて感謝の言葉を伝えた後、露店で琥珀糖も買っていたが、それとは別で密かに買っていた藤の形をした練り切りが入った袋を手渡す。仮面を外さないサヱを気遣い、帰ってからゆっくり味わって欲しいと思い買っていたのだ。

「これ、良ければ帰った時に召し上がってください」
「ありがとうございます、あとで優しさと共にいただきます」


 二人は静かに微笑み合い、穏やかなティータイムを過ごす。
 これからも、あたたかさを大切にしたい。“優しさ”に包まれる緩やかな時間を、二人は満喫するのだった。

トゥルエノ・トニトルス
葵・慈雨


「藤の花綺麗で、すっごく楽しめたねぇ。非日常な景色を満喫しちゃったよう」
「ここまで幻想的な景色楽しめるなんて思わなかったから、すごく楽しかったな!」

 今回のお祭りは、買い物も景色も全て満足出来るもので。とはいえ、最上階まで登るのは体力をかなり消費し、慈雨は小さく一息ついた。

「でも……疲れちゃったかも! あ、トールくんは疲れてないかな…!?」
「疲れはないけど、ここで少し休んでから帰ろうか〜」
『休憩でしたら、冷たくて甘いもの食べながら休んでいきませんか?』
「可愛い雪女ちゃん! おもてなしありがとうね~。甘いもの…!甘いもの食べよう!食べよう!」

 もう少し景色を楽しんでから帰ろうと話していたところで、雪娘からのおもてなしを受けれると知れば慈雨はトゥルエノに甘いもの食べようと提案。トゥルエノもまた休ませてあげたいと思っていたのもあり、もちろんと提案に賛成。
 今目の前にいる古妖は敵意どころか友好的で、こういう子もいるんだなぁとトゥルエノ感心しつつ、『白銀・六花』に案内してもらった席へ二人腰掛けるとメニューに目を通した。

「どれどれ〜どれも美味しそうだね? どれにしようか? 藤蜜を使った水饅頭やアイスクリームは気になるなぁ。慈雨殿が食べたくなった物もありそうだろうか?」
「水饅頭~!気になるよねぇ。見た目も涼しくて、甘くて美味しいから好きなの。トールくん水饅頭も食べない? アイスクリームだけで足りるかな?」

 どれも美味しそうだしと二人はしばらく悩んだ後、水饅頭とアイスクリームを選べば雪娘はにこやかに準備へ向かう。どんな甘味かな?とワクワクしながら雑談していると再び『六花』が戻り、二人の目の前に注文した水饅頭とアイスクリームが並べられた。

『お待たせしました〜! 水饅頭とアイスクリームになりますっ。藤蜜をお好みでかけて召し上がってください♪』
「ありがとう! 早速いただこう!」

 慈雨は早速、小さな容器に入った藤蜜を水饅頭へとろりとかけてみる。優しい甘い香りが鼻を擽るのを感じながらスプーンで切り分けて一口食べてみる。つるりとした舌触りと蜜の甘さが口に広がり、頬に手を添えながら美味しいと舌鼓。
 トゥルエノもまた、とろぉりと藤蜜をバニラアイスへかけてから一口食べれば、口の中でとろける冷たさとバニラのミルキーな味わいと蜜の甘さが絶妙で、こっちも美味と満面の笑みを浮かべていた。

「ひんやり美味しい~! せっかくだから、和紅茶も頼んじゃおう! 寒天ゼリーも美味しそうかも……でも、たくさん食べちゃってるかも……。トールくんまだ食べれる? 分けっこしない?」
「水饅頭とアイスだけで足りなければ、寒天ゼリー分けっこも構わないぞぅ! それに、慈雨殿と楽しい時間をご一緒頂いて何よりだ……!」

 それならと慈雨は早速雪娘へ追加の注文。水饅頭とアイスも分け合いながら食べ進め、完食したと同時に寒天ゼリーや和紅茶も運ばれてくる。追加の甘味も美味しそうだと二人は笑顔になれば、改めて「頂きます」と手を合わせて食べる事に。
 つるりとした寒天ゼリーにこちらもたっぷりの蜜がかかっていて、これも美味しいと食べる手は止まらない。そこに和紅茶で喉を潤すと口の中はサッパリして、さらに甘味を食べる手が進んでいく。

「綺麗な景色に、美味しいものがたくさんで、こんなに満足出来るお出かけは楽しかったよぅ!」
「こちらこそだ! またどこかにお出かけしようっ」


 今度はどこに行こうと楽しく話しながら、二人はひんやりデザートを堪能。
 薄紫に染まる幻想的な空間を心ゆくまで堪能するのだった。


 ▽


 祭りが終わりを迎え、再び楼閣のある孤島は人が立ち入れないよう封鎖される。それを見守りながら、『六花』は満足したように微笑んでいた。

『また、みんなに喜んでもらえるように頑張りたいな』

 喜んでもらえることが生き甲斐の雪娘は、静かにその場を立ち去っていく。
 次の邂逅を、楽しみにしながら──。

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