藤の間
●藤の間
さぁ、次は何を集めようか――美しい花の下にいるものにしよう。
ではどの花にしようか。ああ、美しい色があるではないか。
己の|これ《瞳》と同じいろの、その花の下で笑うものたちを――艶やかに踊るものにして、この『虫籠』へ。
藤の花が咲き誇る。一本の古い藤の樹は、今年も大きく伸ばした枝に花をつけその美しいろを零していく。
その花が咲くころに、近くの妖怪横丁では藤の祭りが開かれる。
藤にちなんだ商品がその妖怪横丁に並ぶのだ。
例えば、髪飾り。しゃらりと揺れる藤の簪などは様々な色やサイズ、デザインがある。
藤の花連なるような首飾りやイヤリングとそれ自体を模したものもあれば、スカーフなどに模様として描かれているものもあるようだ。
雑貨になれば、藤色のインクやその花が表紙に描かれるメモ帳など色々。
と、探してみればもっといろいろな藤をモチーフにした商品があるだろう。
他にも買い食いするなら藤色ソフトクリィムと滑らかで冷たい菓子も人気がある。
お店に座ってゆっくりするなら藤色パフェが人気だろうか。背の高い硝子のグラスに、氷菓。そしてパウンド生地やチョコレートソースなどが層になって一番上には藤色ソフトクリィム。ぱらぱらとかかる銀色のアラザンが輝いてみえるようだ。
藤色パフェは店によっては大人数で楽しめるものや時間内に食べきったら無料なんてものもあるらしい。
そんな、藤に染まる妖怪横丁を男はふらりと歩む。どうして、封印をといてしまったのだろうとくらい顔で。
●予知
「ひとつ頼まれてくれねーかな?」
古妖の封印が一つ、解けてしまったのだと乙女椿・天馬(独楽の付喪神・h02436)は言う。
情念を抱えた妖怪が、封印に引き寄せられその願いを叶えるという約束と引き換えに、古妖を封印から解き放ってしまったのだ。
「解き放たれた古妖を自由にさせておくわけにはいかんから対処してほしいってことだ」
この古妖怪を解き放ってしまった男は、反省しているらしい。今はくらく沈んだ心も、楽しい雰囲気の中にいれば少しずつ和らいでいくだろう。
「解き放ってしまった男は、そんなに気をまわさなくてもだいじょーぶだと思う」
けれどそのうち事件は起きるだろう。だからその時までは、楽しい時間を遠慮なく過ごしてほしいと天馬は続けた。
「事件が起こるのは日が暮れる頃、藤が咲いてるほうでだな。昼間は妖怪横丁で遊んで待つのもいいと思うぜ」
夕刻になったら、藤のもとへむかうのがいいだろう。
その大樹はいくつもの支えをもって、その枝をのばし。そして藤色の美しい花をさかせている。少しくらいならきっと眺める時間もあるだろう。
天馬は笑って、それじゃよろしく頼む! と妖怪横丁を示す。
藤の|間《あわい》でしばしの遊興を。
第1章 日常 『妖怪横丁』

妖怪横丁――藤の通り。この妖怪横丁を進む先には、古い藤の樹があるという。
古い大木は、何人かで手を繋がねばその幹を囲めない。その巨木は支えがなければもうその枝葉を天へは伸ばせない。
この周辺に住む人々はこの藤の樹を大事にしており、毎年支えを確認しずっとこの藤と共にあるという。
そして美しい藤色の華が咲き乱れれば祭りが開かれる。
どこの店先にも藤にちなんだものが並んでいく。
装飾品の店では、大小さまざまなサイズの髪飾り。しゃらりとひと房揺れるものから、複数の華が揺れる簪。色は藤色から、白など様々なものが取り揃えられているようだ。
他にもイヤリングや首飾り、指輪は花を模した者。でも中にはその枝を、藤蔓を模したユニークなものもあるようだ。
ちょっと首元を飾るスカーフ、髪を纏めるシュシュは藤色のものはもちろん、柄として描かれていたり。他にも、そういったものはハンカチやタオルといったものでもある様子。
それから雑貨であれば――藤色のインクが人気だ。もちろん藤を模したガラスペンや万年筆もある。
そしてそれを使う藤色のレターセットやメモ帳、手帳。様々なデザインがあり、好みの物を探すのもきっと楽しいひと時になる。
化粧品も、藤色――紫色をベースとした様々な色味を揃えた店があるらしい。
そしてその店では、指を藤色で彩ってくれるそうだ。爪に直接というのが苦手なら着け爪もしてくれる。単色だけでなく藤を書いてくれたり、藤色と白で市松模様などなど、好みに応えてくれるだろう。
そしてもちろん、食の楽しみもある。
一番の人気は――藤色ソフトクリィムだろう。さくさくのコーンか、カップかはお好みで。くるくると藤色の詰めたく柔らかなクリィムが巻き上がる。
それを買って食べ歩きするのも楽しいだろう。
ちょっと休憩と、飲食店に入れば目につくのは藤色パフェ。
店それぞれ、工夫凝らした藤色パフェを出してくれる。
例えば――背の高い硝子のグラス。一番下に氷菓だろうか。パウンド生地やチョコレートソース。ちょっと味わいを変えてヨーグルトソースも入っていた理。そして一番上には藤色ソフトクリィムがちょんとのる。その上に銀色のアラザンがきらきら輝いて。中にはカラフルなチョコスプレーがかかったものもあるとか。
それは店ごとにちょっとずつ内容も変わってくる。そして大人数で楽しめる巨大藤色パフェは、時間内に食べきったら無料になる制限時間藤色パフェがおいてある店もあるようだ。
何もかもが藤色に染まっている妖怪横丁。夕暮れまでの時間、そこは人の賑わいで溢れかえる。
妖怪横丁『藤の通り』――藤の花の着物を纏うくらいには藤の花は好きな花。
藤野・静音(怪談話屋・h00557)はその名前につられてふらりとこの通りを訪れていた。
そして、足を運んで良かったとその表情は和らぐ。
ぱっと見ただけでも『藤』に関する商品で溢れている。もちろん、この先にある藤の花を見るのも楽しみな事だ。
通りに並ぶ店には藤の花が飾られて揺れている。その大樹からもらったものなのだろう。その美しい色は自分の瞳の色とも似ていた。
「せっかく横丁に来たのだから何か買って帰りたいね」
装飾品や文具もいいね、と並ぶ静音は店先に並ぶものを手に取った。
一筆箋も美しく。それに合わせたインクとペン。どれも欲しくなってしまうねと、これは困ったと思うのだ。
文房具も気になる。でも装飾品も色々とあって――その中で、静音の視界の端で揺らめいたものがあった。
ぱち、と瞬いて。気になったそれのある方へ。
店先に沢山並んでいるそれは――ストラップ。
藤の花を摘み細工で作ったものだ。どれも、色合いが様々で同じものはひとつとてない。
その藤の花にそっとふれて静音の表情は緩む。
「そうだね。スマホは持っているけど今のままでは少し味気ないと思ってたんだ」
ストラップを迎えよう。でもこのストラップも、濃い色から淡い色。白や藤色と様々だ。
これもまた悩みそうだなとひとつずつ手に取って見ていく。この時間も楽しいものだなと静音は思うのだ。
「よし、これにしよう」
そして、一番スマホにあうものを静音は選ぶ。
大振りの花がひとふさ。僅かに色の変化をみせる藤の花を傍らに。
目に映る様々な藤色に瞳細める。
そんなクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の姿をマスティマ・トランクィロ(万有礼讃・h00048)は穏やかに見つめていた。
最近きな臭いことばかりだから、少しでも彼の息抜きになると良いのだけれど――そう思っていたマスティマにとってその表情はほっとするものだった。
「藤のお祭りだなんて素敵だ」
だから一歩先に出て、商品を色々見て歩こうとクラウスに笑いかける。彼の足が止まらぬように。
藤色のものが沢山並んでいる。小物から筆記具、装身具とそれは多岐にわたって、ひとびとが足を止めてそれらを見ている様も横丁の醍醐味なのだろう。
「あ、見て、クラウス。このピアス素敵だと思わない?」
マスティマは店先に並ぶピアスの一つを手に取る。それは藤を模したガラスのピアスだ。
「どう? 似合う?」
それを自分の耳の横にマスティマはあてがってみせる。
クラウスからすると、マスティマは赤の印象が強い。けれど藤色も似合うなと思うところ。
「うん、似合う。マスティマは綺麗だから、何を身に着けても映えるね」
それは世辞ではなく本心からのものだ。マスティマはありがとうと笑って、もうひとつ手に取る。
「それに、この髪留めも良いね」
藤色の髪留めもシンプルで使い勝手は良さそうだ。
これも買ってしまおうと、他にも眺めてマスティマは手に取り吟味しては買うものを決めていく。
その横で、クラウスも文具を見て――これにしようとインクを手に取っていた。
沢山かってしまったと笑いながらマスティマの視線は冷たくて甘いものを捉えていた。
藤色のソフトクリームを手に歩いていく人達。クラウスも冷たくて美味しそうだな、
なんて思う。
「ソフトクリームも素敵だけど、折角だからお店に入ろう」
藤のパフェがあるようだと手近な店に入る。
二人の前に運ばれてきた藤のパフェはいくつもの層を重ねて。そして一番上には藤色のソフトクリームがくるりと巻き上がる。その上に、ソフトクリームよりも濃い藤色のクリームで花が描かれ、銀のアラザンがぱらりと散らされていた。
「藤のパフェってすごく綺麗だね」
「食べるのが勿体無く思うくらい綺麗だ」
うんとクラウスも頷く。でも食べなければ溶けてしまうから食べてしまおうとスプーンを。
そのパフェを食べ終わる前に、マスティマは小さな袋をクラウスへと差し出した。
開けても? とクラウスが問えばもちろんとマスティマは頷く。
「藤は魔除けにもなると聞いたから、君のお守りになるように」
クラウスの手にあるのは先程彼が見ていた髪留めだ。掌にある髪留めを見て、マスティマを見て。嬉しさがクラウスの中に込み上がる。
「大切にするよ、ありがとう」
そう言って、クラウスは自分の黒髪へとその髪留めを。どうかな? とクラウスが問えば。
「うん、とってもよく似合ってる」
矢張見立てに間違いはなかったとクラウスによく似合うとマスティマは微笑んだ。
そして俺からも、とクラウスは先程かった藤色のインクが入った袋を渡した。
「いつも綺麗な字で美しい言葉を紡ぐマスティマに似合うかなと思って」
「え、このインクを僕に? 嬉しいよ! ありがとう」
ガラスの小瓶に入ったインク。これが紙の上となれば藤色を生み出すということにマスティマの心は踊る。
「今日のことを日記に書くとき、早速使うことにするね」
楽しみだと弾む声。その声にクラウスも笑み零す。
今日のことが贈ったインクで書かれるのを想像すると、何だか嬉しくなったから。
楽しそうな人々の賑わい――この中のどこかに、封印を解いた妖怪がいるのだろう。
その妖怪さんはちょっと心配だけど、とメイ・リシェル(名もなき魔法使い・h02451)は思う。
でも、大丈夫なはず。ボクたちが古妖を封じ直せば大丈夫と。だからお昼の間は楽しく過ごそうとその足取りは弾む。
帽子をきゅっとかぶってメイは自分の耳を隠しておく。
おっきな藤の樹を見たいな、とメイはそちらへ。遠くからでもわかるその巨大な樹。
夕方からはその樹の下で宴会があるのだろう――準備にいそしむものたちが多くみられた。
でも皆、藤の樹を大事にしながらそれを行っている。
ここで暮らす人たちが大切にしている。その姿をメイは目にした。
大きな藤の樹はくるっと周りをまわるのもなかなか大変。でも綺麗な花を咲かせた壮大な姿だと感じて。
そしてメイの足は妖怪横丁の方へ。
最初に目についたのは装飾品の店。色々なものが並び、それを手に取って見ている人たちが沢山いる。
人がいっぱいでちょっと目が回りそうになるけれど、それはここが賑やかな証拠。
賑やかなのはいい事――だから人の波もなんのその、メイは上手にすり抜けて目的のものがある場所へ。
メイが向かったのはハンカチが並ぶ場所。
「わぁ……たくさんある」
棚に、藤色から白へというようにグラデーションになるように並んでいる。でもひとつとって広げてみると、そこにはちゃんと模様もあるようだ。
種類があって迷っちゃうけど、といくつか広げてみつつ唸るメイ。
「ワンポイントで藤が描かれているのがいいな。なるべく普段遣いができそうなもの……」
いくつか候補に絞ったもののいまいちで。これはどうかな、とまだ棚に並ぶ一枚を手に取ると。
「あっ、これがいい。綺麗」
布は淡い藤色。それより濃い色で藤の花が端に刺繍された一枚だ。その描かれた藤の花をメイはそっと指で撫でる。
「藤の花、本物はもちろんだけどハンカチに描かれてるのも綺麗だね」
連れて帰る一枚をこれにきめて、メイはお会計へ。
「帰る時まで、大事にしまっておこうっと」
包んでもらったそれを胸に、また人波の中へ弾む足取りで。
それは紫より淡く。しかし白とは違う。
藤の花、藤の色――それに興味が湧いて、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は少し調べてみたのだ。
その色を、花として咲き誇る姿が実際に見られるとなれば心も逸る。
店先にある花にそうっと手を伸ばし改めて思うのだ。
調べて目にした色よりも、もっと淡く美しいその花。
「此の色合いは実に興味深いな? 俺様個人としては大変好ましい色だとも!」
「お客さん、藤が似合いそうだな!」
と、からりと笑って店主が話かけてくる。その花はこの先の藤を剪定した花だという。
少し手をいれて切ってやれば樹が楽になるからと店先に飾られているのだという。
「いろんなものがあるからゆっくり見てってくれな!」
うちの店は藤の干菓子だと店主は言う。
「藤の干菓子?」
と、早速興味を惹かれる。けれど先に見たいものがあるのだ。だからそちらを先に見てから。
妖怪横丁を歩けば、装飾品の数々。化粧品も多くあるのを横目に。内心、少しばかり驚きつつ、あれが似合いそう――だなんて義妹の姿を思い浮かべたりもするも、その足は雑貨が並ぶ店へと向かう。
アダンが探しているのは――レターセットだ。
「ほう、此れ程迄に種類豊富とはな……悩ましい」
藤色のレターセットを買う事は、事前に決めていた。
しかし、藤色といっても色合いは様々ある。和紙のような質感のものもあれば、つるりとした紙も。
悩むな……とひとつずつ手に取って見て――アダンはそれと出会う。
「……ん?」
それは藤色の中で、白と青の流水紋が揺らめいている。その流水紋は強い主張をしているわけではない。
そして陽に透かせば、よくよくそれが透き通ってみえるような――美しい誂え。
「嗚呼、此れは素晴らしい一品だな!」
手にして、目にしたならこれが一番だと。もうこの気持ちは揺らがないとアダンは自分を知っている。
「店主よ、此れを二セット購入させてもらうぞ!」
良いものを見つけた、とアダンは笑む。
すると店主は――いいのかい? と口端をあげた。なにがであろうか、と思うアダンに向けられる言葉。
「そのレターセットに合うインクを選ばなくても」
「!!」
はっとする。なんという商売上手。しかし、それも確かにと思う。
アダンはしばし考えて、インクはどこだろうかと尋ねる。
漆黒では強すぎる。このレターセットに合う、光の加減でわずかに藤がかった黒のインクを見つけ、これだとアダンは頷いた。
まいどあり、と店主が言うのに頷いて、抱えた品に心は踊る。
「良き買い物だった」
とても満足である、というように頷いてアダンは歩む。
此れを用いて、相棒や其の大切な存在へ文を認める――今から、其の時が待ち遠しいなとふと口端に笑みが乗る。
アダンは自分が笑っていることに気付いて。
「……気が早いか?」
そう零すものの心逸る事は、隠すことなく。
眼鏡のブリッジを中指で押し上げて、瀬条・兎比良(|善き歩行者《ベナンダンティ》・h01749)の視線は何も見逃さぬというように厳しく。その視線は仕事の時に向けるものだ。
そんな様子に花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)は兎比良をつついて。
「日暮れまでまだまだですよ」
周囲の警戒に余念がないのは分かっているけれど、首を横に振る。まだ事件が起きるまでは時間があることを知っているから。
それに、いまこの時間は。
「デートなんですから。野暮はなしです」
そうでしょう? というように微笑んで、小鳥は兎比良の手を引く。手を引かれる兎比良は瞬いて。その様子に小鳥は小さく笑い零し、兎比良は毒気を抜かれたような心地。だから、彼もまたふ、と口端に笑み宿すこととなった。
「お供させていただきます」
そうですね、今は――気をぬいていい時間でしたと。
その言葉にうんとまた頷いて、小鳥はこっちと気儘に歩む。
様々なものが並ぶ妖怪横丁。小鳥と同じくらいの年頃の女性は簪やイヤリングなどの装飾品の前に沢山いるようだ。
だから、彼女もそういったところに向かうのかと思っていたのだけれど。装飾品には目もくれず、スカーフやハンカチを見て回る小鳥。
でもぴんとくるものは無くて。それなら雑貨、便箋や封筒、栞などのところへ。
彼女が足向ける先は兎比良にとって意外なものばかり。装飾を好むかと思いきや、違うものを手にしているからだ。
「この便箋はどうです?」
「少し罫線の幅も丁度良いのではないでしょうか」
デザインより使い心地に目がいく兎比良。そんな様子に、もう、と小鳥は零す。
「妹さんがいると言っていたじゃないですか」
小鳥の目的は最初から、兎比良の妹へのプレゼントを探していたのだ。
兄から妹へ、プレゼントを贈ることは何も特別なことじゃない。
しかし兎比良が二の足を踏むのは短い付き合いだが想像に難くなく、小鳥は良さそうなものを選んでいたのだ。
「彼女の好みを存じませんので」
先程のように実用的で良さそうです、という類の返事しかできませんと兎比良は紡ぐ。
「……なのでそのような気遣いをいただくことに驚きました」
だから、と兎比良はしゃんと背筋を伸ばす。
「任務中に私用を挟むのは気が引けますが……妹の立場である人からそう仰られては断れません」
妹の為に何かを選ぶ。兎比良のその気持ちが変わったことの表れだろう。
それを察して小鳥はこくりとう頷く。
「きっと喜びます。私も一緒に考えますから」
「では栞を、ひとつ見繕っていただけると助かります」
兄から贈られるのなら、どんな物が嬉しいでしょうかと兎比良の目は栞に向くのだけれど。
どれがいいのか全くわからない。どれも同じではないのはわかる。しかし、どれも挟めたら同じではと思うのだがそれを言葉にしてはいけないことはわかる。だから悩んでしまうのだ。
そんな内心を、察してか小鳥はにっこり微笑んで。
「お礼ならソフトクリィムを奢ってください」
兎比良は瞬く。それは小鳥の気遣いだとすぐにわかったから。
「ええ、もちろん。選ぶのを手伝っていただいたお礼に」
有難く、あの藤色のソフトクリームを言い訳に。
妖怪横丁の様子に視線巡らせて神代・ちよ(Aster Garden・h05126)はぱちりと瞬く。
この妖怪横丁の方にくるのは初めてのちよ。
横丁に並ぶ店。その店先では藤が揺れていた。聞けば、剪定もかねてこの先にある藤から少し切ってきたものだという。
「藤が……藤がとてもきれいですね、この色は、とても大好きなのですよ」
店先で揺れる藤の花にそっと触れて、ふふとちよは笑み零す。
この色は――大切なことを思いだす色だから。
ちよの足はあっちへ、こっちへ。このあたりで事件が起きるのは聞いたけれど、今は遊んでいてもよいと聞いたから。
「せっかくですから、宝さがしといきましょう、なのです!」
何があるのか、店先を覗くだけでも楽しいというもの。
「わぁ、きらきら、きらきら」
瞳をきらきら輝かせて見詰めるのは、ガラス細工で作られた藤の装飾品。イヤリングやネックレス、他にも色々と並んでいて年頃の少女たちが、どれがいいかと自分に添えて鏡を覗き込んだりしている。
「このあたりは、アクセサリイがたくさんなのですね」
ちよにも、どうぞ手に取ってみてくださいね~と声かけられる。
ちよが視線向けたのは指輪が並ぶ場所。
しゃらりと揺れる藤の指輪。はたまた。指に藤の花が絡むような細工の指輪とそのデザインは色々。見るのだけでも楽しくて、ちよはひとつずつ見ていく。
すると藤の中にぽつんと、綺麗な紫色の花の指輪が並んでいるのを見つけた。
その指輪へとちよの指は導かれるように向く。
「すこしだけ、紫苑の花に似ているのです」
桜色の瞳を瞬かせて、その色を、花をじぃと見詰めるちよ。
それを見つけてからもう目が離せなくて。ちよは小さく笑み零した。
「ふふ、あなた、どうかちよを護るおまもりになってくださいな」
その指輪を今、自分の指にはめることなく掌の上に置いて見詰める。
妖怪の間では妖怪によるのかもしれないけれど。でもひとの間では、指輪には特別な意味があると聞いてから。
これをくださいとお会計して、きれいにラッピングしてもらいちよは受け取る。
受け取った指輪を胸元に抱き、嬉しそうに微笑んで。
『藤の通り、最大のパフェ!』と書かれたのぼりがぱたぱたと閃く。
その前に立った二人――櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)と四百目・百足(|回天曲幵《かいてんまがりそろえ》・h02593)は、それはもう食べる気満々であった。
「大食いの俺達なら余裕だよな?」
「大食いの才能をフル活用する時が来ましたね……いっちょやってやりましょう」
くいっとサングラスあげながら余裕を見せる百足。さすが四百目|兄《にい》と湖武丸は尊敬の眼差しを向ける。
「持ち金があまりないもので、タダにしなければならない……」
と、湖武丸はお財布事情をぽろりと零す。しかし、こうして焚き付けておくのも作戦のうち。
「もし失敗したら……ということは考えないのです! 背水の陣、死ぬ時は一緒です」
いざ! 巨大パフェ!
と店の扉を開ければからんからんとお迎えのベルの音。
「いらっしゃいませ、ご注文は何にいたしましょう」
「それはもちろん……これだ!」
開いたメニュー。その巨大パフェを指さした瞬間、店員の表情は真剣なものとなる。
「チャレンジ……されるのですね?」
こくり、と二人が頷くと。かしこまりましたと店員も厳かに頷く。
パフェと一緒に熱い茶も湖武丸は頼んで――そしてその時を待つ。
「!!」
「!!」
ふたりがかりで代車に乗って運ばれてくるパフェ。
その重量は――とにかく重いのはいやでもわかる。
始まる前に、お椀を貰う湖武丸。直接食べるより盛って食べ、おかわり戦法だ。
そしてスタートと同時にタイマーがぽちっと押された。
湖武丸はお椀にがばっと盛り付ける。
「湖武丸、まずは面積の多いパウンド部分を頂きましょう、溶ける部分は後で流し込むのも手!」
「心得た……!」
下の方のパウンドの層。それにクリームも添えて湖武丸は渡す。そして自分の分も同じようにもりっと。
食べすすめて、少しずつ減っていく。その合間に呑む熱い茶――腹を冷やさないのと甘さが茶の苦味で相殺される。
「流石だぞ兄」
それを先に提案したのは百足だ。
「そうでしょう、流石は俺です。だが椀に盛るのはナイスアイディアでしたね!」
食べすすめながら、直接食べるよりもいい感じと百足はすでに空に。次の一杯を湖武丸がもる。
「果物も間に食うと味変です!」
今度は果物をもりっと。
食べる場所を毎度変えながら、お椀でのおかわりを繰り返し――そのパフェはみるみると減っていく。
「た、たべきられてしまう……! 今まで食べきられたことないのに……!」
その様子を奥から店長ががたがたしながら見詰めていたのだが――最後は崩れ落ちたとか。
「ふぅ……さすがに2人で食べるのは大変だった」
空の巨大パフェグラス。そしてお椀の中にも勿論ない。湖武丸は食べたなとその甘さを反芻する。
「……クァハ……三途の川が見えた気がしましたが気の所為ですね……」
ぬるくなったが渋さの増した茶が丁度いい。天を仰ぐように吐息零した百足へと湖武丸は笑って。
「最後の晩餐にならなくてよかったな」
食べ終えたなら、外の空の色も変わる頃合い。もうすぐ夕刻かと湖武丸は零す。
「腹ごなしに散歩しながら藤の大樹に向かおう」
「行きましょう、食った後は動けば実質カロリー0です」
お代を払うことなく。奥で悔しがる店長の気配を感じつつ二人は店の外へ。
ゆるりと歩む妖怪横丁の賑わいも穏やかなもの。
と、そうだと湖武丸は思い出す。
「兄、外出の記念に写真を撮ってくれるんだろう?」
そう問えばお任せをと百足は言う。写真映えのスポットは~と近くの店にの人に聞けば、少し先に藤の花がカーテンのように揺れる場所があると教えてくれた。
腹ごなしをかねた散歩。その先に教えてもらった場所を見つけて。
湖武丸にここと立ち位置を示す百足。二人並んでカメラを見れば――藤の花もばっちりはいっていた。
「盛れるカメラアプリで藤も映して。あ、鬼のポーズでいきましょう」
「鬼? ああ、指を角に見立てたやつか」
こうです、と百足はやって見せる。2本の手でカメラを持って。そして残る日本の手を頭の上に。
「腕が4本あって助かりました!」
「ははっ、いいぞやろうやろう」
二人そろって指は頭の上に。
表情はどうする? 最初は笑顔でなんて言いながら一枚目。
その漆黒の瞳が探すのは――手当に効く“藤”の妙薬。
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は薬屋を探しふらりと妖怪横丁を歩む。
ひとびとの楽し気な様子。それを感じながらも蜚廉は感じるものがあった。
「……灯りの下で蠢く声と匂い。藤の蜜は妖をも引き寄せるか」
その姿は、まだ見えないけれど。でも、いると――武を極めし者たる蜚廉は感じるのだ。
「この“市”に我は溶けているのか……それとも、ただ這い寄っているだけか」
ゆるり、歩くが誰もこの姿を気に留めはしない。
節や翅、触覚の動きは最小限に、蜚廉は静かに歩み目的の物を探していた。
薬屋は――人が大勢集うということはなく。
途中、前を通った装飾品の店や雑貨屋は人々があふれていた。
見つけた薬屋はこじんまりとしていて、店の扉あければいらっしゃあいと、にこにこと笑む妖が座していた。
「どうぞお好きにお探しください。わからなければお探ししますよぉ」
のんびりとした声の好々爺はそう告げると蜚廉に後は任せると言うように黙る。
なら、と瓶の並ぶ棚を蜚廉は覗き込む。
はてさて、どんな薬があろうか――一息、感じ取る。
「この紫の滴、香も穏やかだな……試す価値、ありそうだ」
ほんのりとその薬が纏うものを感じ蜚廉は決める。決めると同時に好々爺ははいお会計というようにすでに準備していた。
この爺、武力があるわけではないが機を読む術はなかなかのものだなと蜚廉は思いながら代金を払い、薬を受け取った。
そして通りにでると――まだまだ時間はある。
すると薬屋の前にある店が大きくのぼりを掲げているのが目に入った。
「時間制限の大パフェ?」
店のショーウィンドウには大きなグラスに藤色のソフトクリームがこれでもかというほどに盛られ、生クリームやアイスクリーム、ケーキにプリンに果物色々が乗せられたパフェのサンプルが飾られていた。
「面白い、挑もうではないか」
これくらいであれば丁度良さそうだ。
蜚廉は楽しみだと軽快にその店の扉を開いた。
(「むむ、む」)
どっちにしようか、真剣な面持ちでニコニコ・ロゼット(sweet world・h02232)は悩んでいた。
(「こっちのピン留めか、髪飾りか」)
そんな真剣に悩む姿が結・惟人(桜竜・h06870)の目に留まった。
あの翼、覚えがある――惟人がその姿を見ていると視線に何か感じたか――ニコニコもぱっと顔をあげた。
「あ、星詠みの案内で見かけた――」
そう気づいたのは、角や尾がかっこいいと思ったから。だからニコニコはそっと尋ねる。
「あんたも……だよな?」
何を問われたか、惟人もすぐぴんときて声顰めて。
「……そうだ、同じ仲間の」
「じゃあ仕事仲間ってことで、ちょっと助けてくんねー?」
そう言ってニコニコは手にしていたピン留めと髪飾りを前にだした。
どちらも藤をモチーフにしたもの。ピン留めは、それ自体が藤の花を模していて。髪飾りはしゃらりと藤の花が揺れる意匠だった。
「これさ、どっちがいいと思う?」
妹にあげんの、とにかっとニコニコは嬉しそうに笑む。
「すげー可愛いの!」
「妹思いなのだな」
「はは、だろ? あんたも良い奴だ」
俺の話を聞いてくれてありがとうとニコニコも笑う。
その、可愛いと言っている顔が微笑ましくて惟人は微笑み一緒に悩む。
「ピン留めは気軽に使えそうな気がするし、髪飾りも素敵で良いな」
どちらも良いと思うから――それなら選ぶポイントは別の所だろう。
「ううむ……髪が短ければピン、長ければ飾りの方で如何だろう」
「成程な。じゃあ飾りにする」
ニコニコは確かにその通りと思って、ピンを棚に戻す。
そして改めて手にある髪飾りを見て――それを彼女がつけている姿を想像してふふと笑み零した。
「うん、絶対似合う」
これにするとニコニコは笑って。そして惟人と目が合えば。
「俺、ニコニコ」
「私は結唯人だ。宜しく、ニコニコ」
「さんきゅー惟人。おかげでいい買い物出来た」
選べたお礼に何か――と言いかけたニコニコ。その目が捕らえたのは、藤色の。
「アイス好き?」
「アイス、大好きだ」
「よっしゃ、じゃあご馳走する」
「……良いのか? 丁度、ソフトクリィムが気になっていたんだ」
竜の尾を唯人は振る。楽しみだという気持ちが現れてゆらゆらと。その姿が微笑ましいとニコニコは思って、さっそく店先へと駆けた。
「はい、ソフトクリィム」
お言葉に甘えてと唯人は受け取って、両手で持つと尾を揺らしながらじっと見つめる。
「綺麗な色」
その色をたっぷり目に焼き付けたら、溶けない内に。
「いただきまーす」
ニコニコも元気にいってぱくと口に。ほんのり藤の香がするような。冷たい甘さに頬も弛む。
「うまー!」
そう声をあげて、ニコニコはふふと笑み零す。その零れた小さな声に唯人がどうかしたか? とちょっと首傾げて。
「いや、ちょっとひとりで味気なかったんだ」
折角の綺麗な花だし――と、ニコニコは視線向ける。
丁度、店先に藤の花も揺れているから。この先の大樹からたわわに咲き誇ると重そうで少し手入れしてきった枝だと言う。
「あんたと一緒に見られて良かった」
「私もニコニコと見れて良かった」
藤の花眺めながらのソフトクリィムは別格。
誰かと美味しいとか、綺麗とか。そう言い合えるのは良いなと唯人は紡ぐ。
「な。もうちょっと藤見ながら話そうぜ」
「あぁ、是非もう少し話そう」
この横丁通って、大樹を見に行くのも良さそうだ。
二人の足は自然と、そちらへ。
藤の花にちなんだ祭り――その話を白露・花宵(白煙の帳・h06257)は聞いたなら相棒である天使・夜宵(熱血を失った警官・h06264)を連れていくのは決定。
買い出しついでに荷物持ち兼ねて。
夜宵は半ば強引に連れられてきたが街並みを目にすれば、ふぅんと零す。
「悪くねぇ景色じゃねぇか」
そう思っていると、どこ見て歩くんだと声かけた花宵は買い出しがあると言って。
「ふぅん、いいね」
店先を覗いては気になるものを手にとって。買うと決めたなら素早く。
「これと……ああ、それも貰おうか」
「買い物なんざ、特に何もねぇぞ……って、荷物持ちさせる気かよ」
あれやこれやと買っては、花宵は夜宵へと持たせていく。
夜宵は、ついて歩きながら周囲を見る。どこもかしこも藤をイメージしたものばかり。
視線をくるりと回したところで、これも持って、とまたひとつ荷物が増える。素敵なショールみつけたのよねと花宵はご機嫌で渡して――不意に花宵の目に映ったアクセサリー。
それをぴっと指差して。
「なぁ、たまにはあたしにこういったもんの一つくらい買ってもいいんじゃあないかい?」
「こういうのが好きとか、女ってのはよく分かんねぇ……って、んな顔で睨むんじゃねぇ」
「は? ……たく、女心の分からないやつだねぇ」
指差していたしゃらりとゆれる藤のイヤリングを手に取りつつ、夜宵の言葉に花宵は眉寄せて。
もう、なんて頬膨らませる年頃でもない。ほしいものは自分で買えるけれど、女心の分からぬ相棒にはなんとなく思う所がある。
しかし夜宵も――ふと、目についたものがあった。気付いたらそれを手にとり会計済ませ、花宵に声かける。それは花宵が気付くことなく、素早く行われていた。
「……おい、これくれてやる」
唐突に、軽く投げ渡されたもの。それを花宵は瞬きと共に受け取って手にあるものを目にする。
「って、ライター?」
それは藤の花が掘られたジッポライターだった。煙草吸うから使うだろ、とそっけなく告げる夜宵に、ふふと花宵は笑み零す。
「ふふ、色気もなんもないねぇ……あんたらしいけど」
そう言いながらも、花宵の指先は――彫られた藤の花をゆるりとなぞっていた。
それはアメジストで誂えられていて、嬉しさと共に込み上げる感情。
(「──ああ、夜宵の色だ」)
あの瞳と――そう思うと一等特別なものに思えて蜜色の瞳はやわらかに緩む。
そして夜宵も――同じ物をその胸にしまっていた。
柄にもなく同じ物を持つ。それはただ、気が向いただけだが相棒とのつながりの様にも思えて。
「他にもあるなら、さっさと行くぞ」
「……ん? ああ、そうだね」
まるで照れ隠しの様に、この場の空気を換えるように言う夜宵。その瞳は花宵へと向けられて。
「……甘いもん食うんじゃなかったら付き合ってやる」
「疲れたしどっか入って……へぇ、パフェ。そこにしようか」
「……って、聞いてんのか。甘いもんは苦手だって言ってんだろ、おい」
悪戯するように花宵の瞳は笑みを湛えて。そして夜宵の腕を捕まえて引っ張る。
聞こえているけど、聞こえていないというように笑って、あの冷たくて美味しそうなパフェを食べようと。
「藤の花の祭りか」
妖怪百鬼夜行にも俺らの場所と似た様な祭りがあるんだな、と御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)が視線向けた先――萩高・瑠衣(なくしたノートが見つからない・h00256)はこくりと頷く。
「√が違うだけで、お祭り自体は似ているのね」
通りを歩くものたちは、人であったり妖怪であったり。そのあたりの違いはある。
でも店先覗き込めば、そこに並ぶ商品は自分の世界にもありそうなもの。
なにより、祭りを楽しむ者達の雰囲気は、どこでだって変わりがないように思えた。
「もしかして私が探す音楽も、こういった雰囲気の中でだったのかも?」
そう、瑠衣は小さく零して。そう思ったなら、耳にする全て、目にする全てが気になり始める。幼少期にどこかで聞いた心に残る|音節《ノート》があるかもしれないと。
そうなると、誘ってくれた御剣さんに感謝しないとね、と彼を見上げる。すると刃も刃で、思う事はあって。
(「せっかくの祭りだ。少し遅くなったが瑠衣の大学の入学祝いに何か贈るか」)
そう思っていると二人の視線はぱちとあって。
なんだかくすぐったさに瑠衣は周囲を眺めるように視線を動かす。
「それにしても出店も色々あるのね」
「色々見て歩こうぜ」
刃の目に留まったのはベビーカステラ。でもそれは良く覚えのある鈴の形ではなくて、藤の花の形をしていた。
それをさっそく一袋。その店の隣にあるものを瑠衣も覗きこむ。
「あれは藤飴? 不思議な名前……なるほど、べっこう飴を薄紫に染めてるのね」
それも買うか? と刃は尋ねて。でもこれを贈り物にするのはちょっと違う。
瑠衣は折角だからと少し買って、あとで少し上げるねと微笑んだ。
ベビーカステラを一緒に食べ歩きながら色々見つつ、それが刃の目に留まり、足も止まった。
組紐の店の前で止まった刃。何か気になるものがあるのかなと瑠衣も一緒に足止める。
すると、刃は組紐と瑠衣をしばらく交互にながめて。
「うん」
これだ、と一本手にする。蒼を藤の色の、組紐だ。
瑠衣は気に入ったのが見つかって買うんだ、と眺めていたら、その組紐は瑠衣へと向けられる。
「少し遅くなったが、大学の入学祝いだ」
「え、お祝い?」
ベビーカステラを食べていたのでごくんと飲みこんで。
今度は瑠衣が組紐と刃を交互に見る番。
「嬉しいのは嬉しいけれど……私からは何もお返しできないよ?」
「家具やら何やらで入り用だったろうし、甘えとけ。これでも一応俺は社会人だからな」
気にするなと刃は笑う。
瑠衣はその組紐受け取って、素敵な色と表情ゆるめた。
「……やっぱり、お返しはするね」
その言葉に気にしなくて良いと刃は重ねようとしたけれど。
この雰囲気に合わせた一曲を奏でる――それが、瑠衣ができるお返し。
そしてそのお返しは刃にとっても嬉しいもの。
√ドラゴンファンタジー出身のオフィーリア・ヴェルデ(新緑の歌姫・h01098)とクレス・ギルバート(晧霄・h01091)にとって、この妖怪横丁は異国情緒あふれる場所といっても差し支えない。
そんな通りに、淡紫、白、薄桃と――藤の花があるのが見えてオフィーリアは緑色の瞳を瞬かせた。
「クレス、綺麗ね」
それに――これなんて初めて見る。
そう言いながらオフィーリアは店先にあるものを手に取っていた。
どれもこれも、可愛らしく見えたり、綺麗と思ったり。こうして目移りしてくのも楽しいのだ。
それはクレスも一緒。
「色んな雑貨があるとみるだけでも楽しいな」
藤が綻ぶ硝子杯を手に、これはいいと眺めつつ。
そんな彼へ、オフィーリアはこれと思ったものを手にとって見せる。
それは藤を模した硝子ペン。
「リアは硝子ペンが気に入ったのか?」
「これが藤の花なのでしょう? 繊細で綺麗ね」
でも、とオフィーリアはペンをちょっとだけ遠ざけてみせて。
「遠目に見たら葡萄みたい」
そんな彼女の言葉に軽く笑って、確かにそうみえるかもとクレスは返す。
「確かに藤の花房は、葡萄に見えて美味しそうだよな」
そう言って、さっき見たものをクレスは思い出す。
「後で藤のソフトクリーム食べに行こうぜ」
「藤のソフトは葡萄味なのかしら?」
食べて答え合わせしないとなと言うクレスに、そうねとオフィーリアも楽しみと頷き大賛成。
ソフトクリームもいろんなお店があるのかしら、なんて思っているとそうっと、その優しくやわらかな金糸になにか、あてられる感覚。
「これリアに似合うんじゃないか?」
クレスがあててみせたのは、藤の硝子細工が華やかに揺れる髪飾り。
幼馴染の髪の色は良く知っている。
幾つも並んでいた髪飾り。繊細な、微妙な色の違いがあったものだけどクレスは一番似合う色合いを選んでいた。
ほら鏡はここと促されオフィーリアも鏡の中の自分を見る。
しゃらりと揺れる髪飾り。藤の花が自分の髪に咲いている。その色は、鏡越しにみえるクレスの瞳の色にも似て好きな色だった。
「柔らかな薄桃や白も似合うけど、リアの髪には朝焼け色の淡紫が映えて綺麗だな」
鏡越しに視線があってクレスは眦を緩め、告げる。
「今日の想い出にこれをリアに贈らせてくれ」
やわらかな視線をクレスは向ける。
贈らせてくれ――その言葉が嬉しくて、喜びの笑み浮かべるオフィーリア。
「じゃあ私からも贈らせて」
それは先ほど手にしていた藤を模した硝子ペンだ。
「過ごした思い出は二人で共有したいもの」
互いに贈りあったものがあるから――思い出は一層深まって。
「私も大事にするからクレスもこれ大事にしてね?」
クレスの手に渡した藤の硝子ペン。きらと藤の彩煌めくそれにクレスも瞳細めて嬉しそうにはにかんだ。
「ありがと。これで文字を綴れば何時だってこの日の彩りが咲くだろうな」
その手に咲く藤と、その髪に咲く藤と。
オフィーリアとクレスは共に、笑み深めあうのだった。
「藤の花だよ、洸惺くん!遊び尽くさないと損だよ、大損だよ!」
集真藍・命璃(|生命《いのち》の|理《ことわり》・h04610)はわぁと声あげて。くるりとまわって月夜見・洸惺(|北極星《Navigatoria》・h00065)へと向き直る。
洸惺は風に揺れる藤の花を見上げる。とっても綺麗と、ずっと見ていたくなっちゃうと微笑んだ。
藤の通り――店が並ぶその妖怪横丁。店先には藤の花が飾られていた。
それを見るだけでも美しく。けれどこの先には巨木があるのだという。
そんな妖怪横丁を命璃は楽し気にあっちへ、こっちへ。
「あっちもこっちもキレイな藤紫色っ」
「そんなに急がなくても、藤のお花は逃げないよ?」
ふたりの手は繋がれていて。洸惺は命璃に引っ張られて。でもそれも、楽しい気持ちになる。
「簪でしょ、パフェは外せないし、あとねぇ」
指折り数えてもいっぱいで数えきれないやとはにかむ命璃。でも、最初に行く店は決めている。
「一番は装飾品のお店にれっつごー!」
洸惺は笑って、れっつごー! と一緒に続ける。
そして見つけた装飾品の店。
命璃の目に映る簪の数々に瞳は一層きらきらと輝いた。
「キレイな簪って憧れちゃうよねぇ」
綺麗で、手に取るのも緊張しちゃう、なんて命璃は笑いつつ。
大人っぽいしゃらしゃらに、つまみ細工のも可愛い! と早速気になるものを絞っていく。
本当は全部、髪に飾ってみたいけれどそれはどれだけ時間があっても足り無さそう。
「確かに簪の似合うひとって大人なイメージがあるかもっ」
頷く洸惺に、どっちが似合うかなぁ? と命璃は問いかける。
どっちも気になって、悩んで唸ってしまう。そんな命璃へと洸惺は笑って。
「すっごく悩んでいるみたいだけど、命璃お姉ちゃんにはどっちも似合うと思う!」
そう、だから迷っているのだ。そんな気持ちを命璃から感じて洸惺はそれならとひとつ提案する。
「両方買うのはどうかな?」
「贅沢に両方もっ!? その考えはなかったや」
どっちか選ばないといけないと思っていた。でも、別に選ばなくていい。確かに両方という選択肢がある。
右手の大人っぽいしゃらしゃらの藤の簪も、左手のつまみ細工の簪もどっちも迷うなら。
「よし、どっちも買っちゃお!」
決まり! と命璃は満面の笑み。
そして命璃は自分の分だけではなく洸惺のものも探すのだ。
「洸惺くんは翼飾りなんてどうかなぁ?」
「翼飾り!」
ちょっと探してみるねと洸惺もいいものないかなぁと探してみると――ある。
シルバーの藤蔓のものとか素敵かも、と見るそれも何種類かあって。
蔓が太めのもの、細身のものとそこも悩みどころ。
「僕はこれにしようかな」
細すぎるのはちょっと不安。太すぎるのも、なんだか重そうな気がちょっとして。程よい塩梅の物を見つけて洸惺も笑顔だ。
それにするんだ、とその手を命璃は覗き込みつつ。
「女の子みたいに可愛いから簪でも良いと思うんだけど、やっぱりダメ?」
「あとは……えっ、簪?」
「そう、簪。似合うよ」
「簪はしないよ? しないからね?」
「似合うんだけどな~」
「だからヘアアレンジしないで……!?」
「ほら似合う!」
「ほら似合うって、ダメなものはダメ! これじゃあ、女の子に間違えられちゃうよ……!」
と、鏡の前でちょっとだけ悪戯する心地で命璃は洸惺に簪あてて。それで満足した様子に洸惺はほっと一息。
でもまだまだ二人で遊ぶ妖怪横丁の時間は始まったばかり。
まだまだ遊び足りないもんと命璃は笑う。
「装飾品を買ったらね、次はパフェだよ!」
「うん、パフェも楽しもう!」
そう言って、洸惺ははっとする。
「……簪は戻しておいてね?」
その視線は命璃の手に。まだ持っていた――手にあった簪はちゃあんと棚へと戻された。
どれほどの時を生きてきたのだろうか――大きく枝を伸ばし、支えを得て。そしてなお、その枝葉伸ばそうとしている藤にそうっと氷薙月・静琉(想雪・h04167)は触れた。
「藤は……二番目に好きな花だ」
ずっと見ていられる、とその花の綻びを愛でる静琉。
「この立派な大樹が幾人もの心を和ませてきたのだろうな」
神秘的且つ儚げな佇まいに静琉は敬いの念を抱く。ひとびとが大切にしていたからこそ、ここまで花を咲かせることもできたのだろうから。
ふ、と静琉の口端に笑みがのる。これからもずっと、こうしてあって欲しいものだと願いを込めて。
そしてひとびとが商い行う横丁へと静琉の足は向く。
「和雑貨でも見ていくか」
これだけ藤が集められる場所も中々無いだろうと思うのは、軽く周囲を見回すだけで様々なものが見られたからだ。
眸が愉しい――とは言え、幽体の身ではあまり物欲も無い。幽霊たる静琉は、様々なものを見て感情は動くのだ。
「何れも綺麗だとは思うんだが……」
けれどそれを、自分の物に――とは、思わなくて。
でも、ふと静琉の視線を射止めたものがあった。それは女性物のストール。
淡い藤色の生地に藍糸が織り込まれており、軽やかな印象を与えていた。
「……やわらかい雰囲気があいつに似合いそうだ」
懐かしさにも、眦が緩む。静琉の遠い記憶の中で、藍瑠璃色の髪が踊る。
想い出すのはいつも彼女の事だ。
彼女があのストールを纏ったなら――ではこの髪留めは、と色々と目につく。
そしてようやっと、静琉が巡り合ったのは紫石で藤を象った帯留だった。
その帯留は、隅っこに並んでいて静琉の訪いを待っていたかのようでもあった。
「菫青石か……」
嗚呼と吐息のように零れてしまった。これは自己満足だとわかっていながら――その帯留を選ばぬ、という選択はなかった。
「……もう彼女はいない、のに」
一番、それをよくわかっているのは静琉自身。
でもこれがいいと手に取ってしまったから。
静琉は店主宛てに購入の意を記したメモと代金を置く。
ここより共に行くのが、自然な事であるように。
「ライラさんは、楽しいお祭りをよぉ見付けて来てくれるねぇ」
藤の花が店先で揺れる。玖老勢・冬瑪(榊鬼・h00101)は妖怪横丁眺めつつライラ・カメリア(白椿・h06574)へと笑いかけた。
ライラは藤の祭りに目を輝かせて。そして冬瑪をみると。
「さあ、冬瑪さん、レッツゴー!」
ぐっと握った拳をあげる。
「ん、ほいでは行こまい!」
頷いた冬瑪。ある気出そうとしたのだけれど、ライラは気付く。
「……あ! そうだったわ。御手をどうぞ?」
通りに人が多い。だから迷子にならないように手を差し出したのだ。
その手に冬瑪は一瞬きょとんとして。
でも、このひとには引っ張って貰うくらいが丁度いいかもしれないと笑って、その手に自分の手を重ねた。
手を置いてくれて、そして繋いで。そのことにライラは満足気に微笑を。これではぐれることはないという安堵と一緒に、手を繋げたという嬉しさもある。
まずはどこへ? と冬瑪が尋ねると、雑貨を見てみたいのとライラは言う。
お目当ては――実はもう心にきまっているのだ。
「ほう、雑貨か。ライラさんの白いイメージに、藤の紫はよぉ合うし……白い藤も合うかもしれんね」
その雑貨は何だろうか。そう思っていると店を見つけて。
ライラは早速、お目当てのものを見つける。
「藤のガラスペンにインク……!」
これでお手紙を書いたらどんなに素敵でしょうと、ライラはひとつ手に取る。
少しずつ意匠が違う。持った感じもばらばらで、一番しっくりするものを探すライラ。
そして、インクも――試し書きを走らせてみる。
その様を見つめつつ、ライラさんが書いた文字からも、微かに甘い香りが漂って来そうだと冬瑪は小さく笑み零す。
どれがいいかなと選んでいたライラはふと顔あげて。
「冬瑪さんはなにか見つかって?」
「俺はどうにも食い気が勝って、のん」
だから――と、冬瑪は示す。
「藤の蜂蜜とか美味しそうだら? 部室で一緒に食うのもええかな、って」
「ふふっ、いいじゃない!」
じゃあこれも、とその蜜をひとつ手に取るライラ。
「部室でぜひ一緒に食べましょう!」
パンケーキを準備してたらすのも、ちょっと紅茶にいれるのも。どちらでも良さそうなんてライラは笑う。
でも、それはあとのお楽しみで――今、楽しめるものだってある。
ライラの手には藤色のソフトクリィム。
「爽やかで少し暑い今にぴったりね!」
ちょっとたべて、美味しい~とはにかむライラ。涼を楽しむ姿に、やはり白と藤色は合うと冬瑪は見惚れていた。
その視線に気づいて、ライラはぱちと瞬く。
「……どうかしたの?」
溶けちゃうよ、という彼女に笑ってそうですねと冬瑪も口にする。
ああ、涼を取るには丁度いいと冬瑪が紡げばうんとライラも頷いた。
いつも責任を背負っている貴方にとって、少しでも息抜きになれば嬉しいなぁと――ライラはそっと見つめる。
そして美味しいと表情ゆるめる様にこれからも遊びに連れ出そうと密かに、ライラは心に想っていた。
今日はハレの日! お祭り日和と葵・慈雨(掃晴娘・h01028)の表情は笑顔いっぱい。
この藤の通りに遊びに来たこと嬉しくて、楽しくて足取りは軽快。
そんな慈雨と一緒に聖夜・前々夜(クリスマスの魔女・h01244)も女子会デートねと楽しげに。そしてさっそく、その瞳はあるものを捉えていた。
「慈雨ちゃん~! あなたが気になってたソフトクリームがあるわよ」
「藤色のソフトクリーム美味しそうねぇ」
冷たくて甘い、藤色のソフトクリーム。
見れば、店でかって食べ歩きしていくものたちの姿がある。そのソフトクリームを買い求めていく者達の手元を前々夜は見つめていた。
「コーンとカップ……なるほどね、私はコーンで!」
「私もサクサクコーンにする!」
ふたりそろって、コーンで! と藤色のソフトクリームを手に。
「藤色ソフト……味が気になるわね、いただきます」
手にしたソフトクリームを前々夜は見つめ、そしてひとくち。甘さが来てほんのりと――藤の香りがするような。
美味しい、と瞬く前々夜。しかしお隣から慌てた声。
「……溶けてきちゃった! コーンが! ふにゃふにゃ!」「あらやだ慈雨ちゃん、大丈夫!?」
わわ、と慌てる慈雨。溶けてふにゃふにゃ。まだ零れて落ちるところまではいってないが時間の問題。
「どうしよう、どうしよう……一気に食べるべきかな!?」
たすけて、いぶちゃん!
そんな視線に前々夜は自分の、最後の一口を食べて。
「落とすより、一気に食べる方が悔いがないと思うわ! 一口でセイよ! セイ!」
「一口……!」
はぐ! と慈雨は一気に食べる。ソフトクリームを落とす前に食べれたけれど慈雨はちょっとしょんぼり。
というのも。
「手がべたべたしてちょっと悲しい……」
ソフトクリームが落ちることはなかったが手は無事ではなかったのだ。
そんなしょんぼりでちょっとテンションもさがってしまった慈雨へと前々夜は声かける。
「ねぇ慈雨ちゃん、あなたって爪塗ったりしない?」
「え? お爪に彩り?」
「だって~~折角綺麗な爪なのに! 勿体ないでしょ!」
「いいかも!」
じゃあ決まり! と前々夜は言って。もうひとつ、折角だからとと笑む。
「良かったらオソロにしましょ♡ どぉかしら?」
慈雨は藤の彩りをお揃いに――そう反芻して、ぱっと笑顔になる。
「ステキ、ステキだわ!」
ふたりでネイルサロンへ。
どんなデザインにする? と悩んで楽しい時間。
ハンドマッサージつきのそこは、慈雨のべたべたの手も綺麗にしてくれてクリームからは藤の香り。
ふたりの指先はお揃いのネイルで彩られていく。
そしてネイル終わったら――次は何をする? と相談。
「次はパフェでも……」
「あ、いぶちゃん待って! パフェの前にお土産屋さんを見ても良いかしら」
「お土産屋さん~~? 良いわね、行きましょ!」
いろんなものが並ぶ楽しいお店。
前々夜も根付かわいい、なんて色々みて。その間に慈雨は、探していた物を見つける。買って綺麗にラッピングしてもらったら。
「……よし」
気持ちも弾む。それを――前々夜へ。
「これねぇ、藤の帯飾り! いぶちゃん、お着物着慣れているでしょう?」
だから、とにこっと笑む慈雨。
お土産屋と聞いて、同居の仔牛ちゃんに買うの? と思っていた前々夜は、私……!? と驚く。
「今日は一緒に遊んでくれたお礼に、貴女に似合うものを見繕いたかったの!」
受け取ってくれたら、嬉しいなぁと慈雨がふにゃりと笑む。
その表情にふるふると震える前々夜。それは、喜びの気持ちの表れ。
「……嬉しい! ときめいちゃう! 好き♡♡」
差し出された包みを受け取り大事そうに前々夜は抱きしめる。
もう今すぐ使いたい! と笑って。
ひとびとの賑わい。そして藤と共にずっとある妖怪横丁――その光景にララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)は瞳細める。
「古藤に枝垂れる藤も美しい……正に藤の歓待ね」
すぐそばに、藤の気配。そうっと近くの藤に触れて。詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)も華やかで楽しそうだと表情ゆるめたのも束の間――はっとする。
「ララ! ちょこまかしたら迷子になる」
それはすぐにでも、好きに動いて通りのひとびとにまぎれてしまいそうなララの姿に。
「ララはちょこまかじゃない」
るんるんなの、とむぅとして。
「……ほら、手つないどくぞ」
イサが差し出した手を見てララは仕方ないわねというように。
「じゃ、手を繋いであげる。イサが迷子にならないように」
「は?! 俺は迷子になんてならないし!」
ふふん、どうかしら、と悪戯するような笑みと共にララは言って、きゅっとその指先握る。迷子になるならララだろとイサもその手を握り返した。
「随分ご機嫌だけど藤が好きなの?」
「ララは藤も好きよ」
パパの部屋に咲いてて、ずっと前のじぃじが藤と縁があったって、と紡ぐララ。
「へぇ御先祖に。なら余計に祭りを楽しまなきゃね」
ララに似合いそうな物を探しに行こう――言って、イサは勿論気付いていた。ララの視線が藤色のソフトクリームに向いている事を。
ソフトクリームからイサに視線を移すララ。イサはそれだけで勿論理解できる。はいはいとそれを買ってララの手に。そしてイサも自分のを。
「藤ってこんな味なんだ。美味しいな」
ララは、と見ればもう持っていない。いや、さっき渡したぞ? と首傾げる。
「え? ララ……もう食べ終わったのか?」
「コーンのかりかりもおいしくて何時の間にかなくなってたわ」
いらないなら食べてあげるわよ、と聖女サマの微笑に、これは俺のとイサも急いで食べる。
次は店を見てまわるわよとララはイサを引っ張って布製品、装飾品、文具と多岐に渡る店へ。
「藤色のインクといってもいろいろあるのね」
ちょっとずつ色味が違うわ、と試し書きをしては悩むララ。
「あ、これ。藤の簪」
装飾品の中に簪見つけ、イサはひとつ手に取る。
「ララに似合うんじゃない? 藤色から桜色に変わるこれがいい」
「インクも綺麗……え? 簪?」
イサの手にある簪をララは見る。それは大人びて、けれど綺麗で。
「気に入ったわ」
これを買って帰るわと受け取ったララはイサを見上げる。
「お前にも買ってあげる」
「え……俺はいいよ」
でもその言葉を、ララは是としない。
「……選びなさい、命令よ」
命令と言われ、イサは簪を改めてみる。
どれも綺麗でいいデザインだと思う。でも、どれを選ぶか――それならララと揃いのものがいいと思った。
「なら同じのにする。一緒に付けよう」
「お揃い? 悪くないわ」
ララは瞬いて――イサの髪とララの髪に同じ藤が咲くの楽しみと微笑んだ。
「付け方を教えてもらわなきゃ」
上手な付け方があるはずよ、とララは店の人に聞きに行く。
纏めたり、長い髪なら一部を結い上げたり――なんて鏡の前で教えてもらって。
他にもいろいろなものを買ったら最後のお楽しみが待っている。
「イサ、こっちよ。ララは最初にちゃんとみたの」
「? 何を……あっ、え!?」
こっち、と手を引っ張るララ。その向かう先にはためくのぼりをみて、イサは息を飲んだ。
巨大藤色パフェ有り〼――その文字に。
最後はカフェ、巨大藤色パフェに挑むわとララはうきうき。
その様子にイサは――そんな巨大パフェを食べるなんて思っていなかった。しかし、聖女サマの食の探求っぷりは知っている。
「巨大藤色パフェを1人で?!」
「ふふん。完食するから見てなさい」
巨大パフェをお願いとさくっとララは注文。ご一緒に食べます? という店員の視線にイサは首を横にふる。
そしてララの前にパフェが運ばれてきた。
おっきい、おいしそう、とその瞳が瞬き迦楼羅の尾がふうわりと揺れるのをイサは目にして、どうぞ楽しんでと見守り態勢。
あんなに沢山、もりもりにソフトクリームもアイスクリームも、フルーツも生クリームも。プリンも隠れていたというのに――消えていく。
綺麗に消えていく――ただイサはそれを眺めていた。
「食べ切るのが凄いんだよな……」
そして残るはあと、何匙か。
見つめていると、食べたいの? 駄目よ、これはララの、と言わんばかりにぱくぱく。
綺麗に巨大パフェを食べつくし、行儀よく口元ふいてララはごちそうさまを告げる。
「……やっぱり花より団子」
ぽそりとイサは紡ぐ。まぁそれもララらしいと小さく笑み零して。
ララはといえば美味しい甘味に小物に――とても素敵な時間を味わったわと満足気。
「お腹も心もいっぱいよ」
だろうね、とイサは返す。そして問うのだ。
この後はどうする? と。まだもう少し、通りを楽しむ時間はありそうだから。
足を運んだ場所の賑わいにガラティン・ブルーセ(贖罪の・h06708)は銀の瞳を瞬かせた。
「妖怪横丁にも賑やか催しが沢山なんっすねぇ。藤の花も見頃な季節……!」
視線巡らせれば、通りに並ぶ店先にも藤の花が添えられていく。
それを目にガラティンはふふりと笑って。
「ガランちゃんも楽しませて頂くとしましょう」
弾む足取りでひとびとが楽しむ中へとガラティンは飛び込む。
あっちへ、こっちへと視線巡らせ、足を運んで。
「やぁオシャレな雑貨や装飾品のお店も沢山お花畑の様相~」
店先に在るものを手に取ってつけてみる。
髪飾りを結い上げた場所へちょんとおいてみたり。これはいまいち~と違うのに変えてみればこっちのほうが似合っていると満足の笑顔。華が揺れる簪も、挿してみればしゃらしゃらと楽しい気持ちになる。
首元を飾るスカーフは淡い色にして、髪を纏める藤色シュシュを付けてみたり。
「オフ日なガランちゃんの気分もテン上げしちゃいそう~」
鏡の中の姿になかなかいいんじゃない? なんて思う。
「……お、爪塗ってくれる所?」
今日の指先は、シンプルに一色水色。でも折角してくれるなら、ここで指先の色を変えてみるのも楽しそう。
「今日は藤色の指に彩って行きましょか」
オススメ藤の花はどんなでしょ~とネイルの店へ。
サンプルも色々あって、ガラティンはわかりやすくて良き~と選ぶ。
そして指先も藤色で彩ってもらう。その指先見てガラティンは一層ご機嫌、いい気分。
「オシャレ満喫したらばお腹も満喫したくなる……!」
そういえば、工夫凝らした藤色パフェがあると聞いた。
「幾つか味わってっちゃいましょうかねぇ」
さてパフェのあるカフェは、と見回せば――店先のガラスケースに見本のサンプルが並んでいる。
背の高い硝子グラスの中に、何層になっているのか、それを数えるのだけでも楽しい。
「とても気になった此のお店から~、藤色ソフトクリィム楽しみっす!」
ガラティンは店の扉を開け、藤色のパフェを頼む。
くるくると綺麗にもられた藤色のソフトクリィムとご対面するまであと少し。
「春も終わりだって感じるね」
風に触れる藤波の花。それは盛りに盛り――薄紫色が揺れている。
その様を姜・雪麗(絢淡花・h01491)は見つめ、ふと微笑んだ。
その紫色の瞳と似た色の藤も咲いていて。通りが花で溢れている、素敵な妖怪横丁じゃないかとその足はゆるりと動く。
あちらさんには千差万別な装飾や雑貨達で目が楽しく――手に取ってみようかと思ったけれど。
こちらさんでは趣向を凝らした甘味の数々で腹が鳴って、そちらに手を伸ばすのを止める。
どうしようかと迷っていればふわりと、鼻腔を撫でる香もあった。
何処を見ずとも藤の芳香だけでも満ち足りる。だからふふと、面白おかしいと言うように笑い零れた。
「なんだい魅力が多すぎて面食らっちまうじゃないか」
きっとどこに行っても、この藤色が向けてくれるのだろう。
どれ一つこの場に染まってみるとしようかと雪麗は目についた店へと足運ぶ。
爪化粧――なんて洒落た店。指先に彩で、藤で飾ってもらうとしようと雪麗は向かう。
店の中に乗り込む心地で入れば、ネイルチップのサンプルや、マニキュアが並んでいる。マニキュアはやはり藤色が沢山あるようだ。
どのようなのにいたしますか? と店員に尋ねられ、雪麗はサンプルの本を捲る。このようなデザインがありますと人気どころの一礼のようだ。
「白に藤の花を咲かすか、紫に白藤も捨てがたい」
なら、とその本を閉じて。
「お任せして綺麗に彩って貰おうかね」
でしたらと提案されたのはそれぞれの爪の下地もあわい藤色でグラデーションをかけて。その上にキラキラとラメを散らしたり、白や濃い藤色で花を描いていくもの。中には少し銀色も添えて引き立てに。
それを聞いて、雪麗はお願いするよと手を差し出す。
その様子を見ていても、わくわくして。そんなとこにその色? なんて思うこともあるが出来上がって見ればとても良い。
「こいつは見事な仕上がりだ。見せりゃ鬼が裸足で逃げ出しちまうだろうね」
彩られた指先を自分の前に掲げて。満足、と雪麗は笑む。
ありがとよと礼を言って、心機一転通りへ戻れば――藤色の美味しそうなものが見えて。
「さぁてお次は腹拵えだ」
藤色のパフェ――それもきっと美味しいに違いない。
歩みながら、自分の爪先も藤色に染まっていることを思っては頬が緩む。
我が物顔で練り歩いて、次の楽しみへ。
「わぁっ! 藤のお花がたっくさん~!」
妖怪横丁にこんなところがあるなんて、知らなかった……とエメ・ムジカ(L-Record.・h00583)はぱちと瞬く。
そしてセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)もすごい……と感嘆の声。
「どこを見ても藤だらけ。ここは藤と共に在る妖怪横丁なのですね」
そんな妖怪横丁には、藤をモチーフとしたものがいろいろと揃っている。
ふたりでゆるりと通りを歩きつつ、気になるお店を覗いてみる。
そこはアクセサリーの店だった。ネックリスやイヤリング。他にもさまざまなものがある様子。
「藤のアクセサリーどれもかわいい……」
セレネが手に取ればしゃらりと揺れる。
花が揺れるようなデザイン、素敵ですねと傍らのエメへと微笑んだ。
「うん、うんっ。きれいなものも、かわいいものもあって、とっても惹かれちゃうよね!」
こっちもみてみて! とエメはセレネへと見せる。それもかわいいですと答えながら、セレネはふと尋ねる。
「ムジカさんは、どんなものがお好きなのですか?」
「ぼくのすきなもの?」
ぱち、と瞬くエメ。するとセレネはその……と伺うように言葉続けて。
「ゆっくり聞く機会が無かったな、と」
「ふふ~♪ 聞いてもらえて嬉しい!」
ニッと笑って兎耳をぴぴんと嬉し気に立てるエメ。
エメはぼくがすきなのはね、と笑顔で言葉紡ぐ。
「お花とか時計…そういうモチーフに惹かれやすいかなぁ」
ほら! ここにも♪ と耳を動かし、耳飾りを指さすエメ。それをセレネは見つめ。
「なるほど、お花と時計……確かに…こちらは長針と短針、ですね」
こくりと頷いて、とてもお似合いですとセレネは微笑む。
と――エメの後ろにあるものが並んでいるのを見つけて、手を伸ばしたセレネ。
「あ……この白藤のブローチ……ムジカさんがよく着ているお洋服に合いそう」
「み? 白い藤のぶろーち?」
それは大きすぎず、小さすぎず。白い藤がしゃらと揺れるブローチ。
「ジャケットに飾ったり、タイを飾ったりもできると思います」
「大人っぽいお花、ぼくに似合うかな?」
少し首傾げて、エメは零す。そんな彼にセレネは微笑を向けて。
「きっとよく似合いますよ」
その言葉にエメはぱっと笑顔いっぱいになる。
「えへへ。じゃあ……このリボンにつけよっかな」
さっそく買い求めて、リボンへ。似合う? とセレネが良く見えるようにポーズとればもちろんとセレネもふわりと微笑みを。
そしてエメも、セレネのためにアクセサリーを選ぶ。
「じゃあ、セレネちゃんには……これ! どーう? 藤のイヤーカフ!」
ほらほら、鏡もあるよ! とエメはその前に。そこでセレネの耳の横にイヤーカフを当てて見せる。
白銀のリーフが耳を包み、枝垂れる藤が優美に揺れる装飾。
「これが私に……ですか。似合うでしょうか……?」
鏡の中、イヤーカフを当てた自分をセレネは見つめる。似合っている、と自分ではすぐに思えなくて。
でも、心惹かれるものはある。
雪のようにきれいな髪によく似合うよとエメはにこにこ。いいのみつけた~と嬉しそうに。
その笑顔にも背中押されたような気がしてセレネは酷と頷いた。
「なら……これを買ってみようと思います」
そして――セレネはエメに何か言おうと、言葉探す。エメもなんだろ、と紡がれる言葉を待った。
「あの、よければ今度……このイヤーカフに合いそうなお洋服、一緒に探してもらえませんか……?」
折角だから、あうものを身に纏いたい。
セレネへともっちろん♪ とエメは嬉しそうに返して耳をぴょんと跳ねさせた。
「今度と言わず、今からかわいいお洋服も探しにいこうよ」
そのイヤーカフと会うお洋服、絶対あるはず! とエメは笑む。
だから次は、ふたりで洋服やさんへ。
くるりと回って、誘った相手へと笑み向ける。
「千堂の|坊《ボン》は誘いに乗ってくれてありがとうでやんす~」
そう言った後にはっとして八鵠・結慧(|縁《えにし》の|境界運び屋《きょうかいうんそうや》・h06800)は口元押さえた。
「っとと、今のこの格好でこの口調はマズいわね」
今の結慧は、幼いお嬢様。ふわとスカートの裾翻して歩くような存在なのだから。
だからやんす~なんて語尾は駄目、と自分に言い聞かせ、こほんと咳払い一つ。
「今の私は、かよわいレディ幼子なんだからエスコートを頼んだわよ?」
「エスコートって………アンタは必要ないだろ、結慧」
改めて向けられた言葉に千堂・奏眞(千変万化の|錬金銃士《アルケミストガンナー》・h00700)は呆れ顔だ。
それは別の姿を知っているから、というのももちろんある。だから半眼で結慧を見て、その心内を問うのだ。
「そんで? オレを何で誘ったんだよ」
他にも候補は居ただろ、と奏眞は言う。その言葉に結慧はぱちりと瞬いた。
「え、どうしてアンタを誘ったかなんて…………そりゃぁ、千堂が他の√世界の装飾品や骨董品とか、食べ物関連を調べる為にあっちこち散歩しているでしょ?」
渡し屋として関わっているあたしが、それを知らないとでも? と結慧は逆に問いかける。
「……………あー、そういえばアンタの情報収集能力はエグイんだった。運送屋ならではでの情報網だよな」
そう言われると――確かに、それはそう、と奏眞も思うのだ。
はぁ、と肩竦めて奏眞は仕方ないというように。
「はいはい。仰せのままに、だよ。結慧」
じゃあまず、何がしたい? と結慧へ聞けば――彼女はふふと笑った。
行きたいところがあるの、と。
「――――仰せのままにとは言ったけどさ」
そしてその場所で。
「何でアンタは、サラっとオレに時間制限付きのや大人数用のパフェを寄越してくるわけ?」
からっぽのグラスを前に、奏眞は流石に甘いからと茶を一口。
「勿体ないから食べ切ったけどさっ!」
燃費が超絶悪い奏眞はとんでもない大食い。だからこそ食べきれたのだ。
そしてその事をわかっているから、結慧もつれてきたのだ。
「食べ終わったね、じゃ、次のパフェに行こうか」
「って、まだ甘味処回るの?」
「そういう事。あたしとしても、藤の花をモチーフにした物は見かけても食べ物のフレーバー的なのとしては、中々見かけないからね」
気になる。けれど全部一人で食べるのは無理。
しかし奏眞なら食べれる――白羽の矢が立つのは仕方ない事。
「最後まで付き合ってもらうわよ!」
そう言って次の店へと立ち上がる結慧。でも今すぐにはちょっときつさもある。
いや食べれるとは思うのだが。
「いい加減に装飾品とかの雑貨がある店を回ろうぜ。オレの腹具合に付き合う必要はねぇんだからさ」
「装飾品?」
ほら、そこにと手近な店を奏眞は示す。ショーウィンドウに並ぶ様々な品物。
店内にはもっといろいろありそうだな~なんて言いながら。
「藤蔓を模したユニークなのや着け爪とか興味があるしな」
見に行こうぜと奏眞は結慧の背中を押す。
確かにそれも目に入ったら気になる――いくわよ! と結慧の足もそちらへと向いた。
素晴らしいですねと弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)は見事に咲き誇る藤の花たちにそうっと触れる。
「古くから紫は高貴なる色とされていましたが、天より連なる紫は幻想的なほど美しいですね」
その言葉にアドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)はうんと頷く。
「人々に大切にされている藤の大木は、その想いに応えるように、きっと今も誇らしげに美しく咲いているんだろうな」
結希はきっとそうですねと微笑んで、改めて藤の花を見つめた。
光の具合で色の濃淡が変わり、風に靡けばまるでオーロラのよう――いつまでも見ていられそうですねと微笑む結希にそれだけじゃもったいないよとアドリアンは言う。
「お祭りと一緒に、その藤色の景色を心ゆくまで楽しもう」
ひとびとの賑わいの中を歩むのも楽しいだろうから。
季節の美しいものは、一人で見るより二人で見る方が、きっともっと特別に感じられて、アドリアンは柔らかに瞳細める。
季節が巡ればこんな美しいものを見られる。結希も春と初夏の間の光景にふふと笑み零し、アドリアンへとぱっと顔向ける。
「だからこそ、色んな場所へと巡らないといけませんね。アドリアンさん」
「そうだね、弓槻。これからも、いろんな場所を巡っていきたいな」
ひととき、その瞬間――その縁を大事に。
今この横丁を二人で歩いて楽しむ時間を大切に紡いでいく。
と、色々な雑貨が置いてある店がふたりの目に留まり、折角だからと足向ける。
雑貨もたくさんあって目移りしちゃうね、とアドリアンはあっちも、こっちもときょろきょろ。
けれど結希の手に何かあるのに気づいて覗き込む。
それはハンカチ。結希は色んな所に出向くからこそ、とそれを手にしていた。
藤のいろと刺繍のハンカチ。沢山ある中からこれとすぐに目に飛び込んできたものだ。
思い出と共に、これからもっと大切になりますように――と、選んだ結希。
持ち歩けるハンカチ、たしかに便利かもとアドリアンも思ってどうしようかなぁと選ぼうとするが、沢山あって悩んでしまう。
「そういう訳で、どんなハンカチが好きですか?」
「弓槻が選んでくれるなら、どれでも嬉しいけど……強いて言えば藤模様のこれかな」
「じゃあこれに」
贈り合いましょうと結希は提案する。互いに贈り合えば、今日の思い出にもなる素敵なことだから。
ハンカチを贈り合って、心はあたたかで。選んで楽しいことをして、ちょっと疲れてきたなら。
「そろそろ甘味で休憩しようか。弓槻は何か食べたいものある?」
「食べたいものですか?」
そう、とアドリアンは頷く。そして僕は食べたいものがあると続けて。
「僕は一番人気って噂のソフトクリィムが気になってる!」
だから、行こうとアドリアンは結希を誘う。結希はそのお誘いに柔らかく微笑んで、頷いた。
「甘いものは私も好きですから、喜んで」
どこのお店にあるでしょうかとくるりと見回せば、すぐに目についた。
冷たい藤色をその手に、またひとつ思い出を――幸せな物語の一頁に。
風にその花が揺れる。さやさやと優しい音をたてて。
流れ枝垂れる大樹の花をみあげ、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)はほとりと、零す。
「……見事な藤ね」
ラズリの傍らで、一緒に見上げていた千木良・玖音(九契・h01131)もその瞳瞬かせていた。
気持ちはそわそわ、藤色に染まる視界も煌めいていて。
本当に、手を繋いでいるようとラズリは薄氷の双眸を緩めた。
「藤は『決して離れない』なんて言葉もあったかしら」
藤の花を見つめるラズリへ、玖音はそわりと視線向ける。
今日は初めての、ラズリとのお出掛けなのだ。
「あのね……、」
言葉を切り、少し緊張を乗せながら。それでも勇気は出して。
ラズリも玖音が何か伝えようとしているのがわかるからその言葉を待つ。
「ラズリおねえさんと、お揃いしてみたいの」
はじめは、小さな声で。
でも、しっかりと玖音は気持ちを伝える。
「初めてのお出掛け記念にしたい、です!」
「お揃い? 勿論、嬉しいのよ」
ラズリはぱちと瞬いて、綻ぶ。今日は玖音とデート、と思っていたから。
「私達も折角繋げた|縁《えにし》、離れない証に。何か素敵な物を見つけられたら良いね」
探しに行こうとラズリは言う。玖音もはい! と笑顔で大きく頷いた。
さてお揃いを何にしよう――アクセサリーも素敵だし、布製品も色々あるがなんだかピンと来なくて。
でも、それを玖音は見つけた。
「ラズリおねえさん!」
これ、と選んだのは――ティーセットだ。
「カップとソーサーで絵合わせ出来るようになっていて……」
「白磁の花形ティーセット! わ、藤の絵も繋がるのね」
「それにティースプーンも」
ほら、と玖音は持ち上げる。しゃらりと枝垂れ藤が揺れるそれにラズリははわと笑み浮かべて。
「スプーンの藤まで可愛い……」
これは、決まりねとラズリは言う。
「お店の休憩のときに一緒に楽しめるし此れにしましょ」
そして――ふふと笑み零してそっと玖音の耳へと触れる。
「……それから、おねえさんから贈り物」
その耳に咲かせるのは紅藤のイヤーカフ。そしてラズリも自分の耳に同じものを付けて。
「こっちもお揃い、どう?」
そして鏡の前に二人で並ぶ。耳にしゃらりと咲く藤に玖音はわぁとその瞳をきらきら輝かせた。
「綺麗……! 貰って、いいの?」
プレゼントにびっくちしつつも、嬉しさは隠しきれずに緩む表情。
「お揃い増えるの嬉しいの!」
玖音は耳に揺れる紅藤に触れて嬉しそうに。ラズリも一緒に笑顔になってティーセットと一緒に。
買い物をして――でも、まだ気になるものはこの通りにいっぱいある。
これもそのひとつ、藤色のソフトクリィムだ。
それを玖音の視線が捕らえて。それからぱっとラズリのほうを向く。
「おねえさんは甘いのは、好きですか?」
「甘いものは大好きなの!」
「わたしも大好き、です!」
じゃあ、食べようと二人で早速。
「藤色ソフト、どんな味なのかな」
そわそわ、としてラズリのお耳がぴこと動く。
くるくると美しい藤色のソフトクリィムを手にすれば、二人は自然と笑みになるというもの。
冷たくて、そして優しい甘さ。一緒に食べる味はひときわ、そう感じる。
美味しいとはにかむ玖音へラズリはふと尋ねる。
「玖音の好きなものも教えて?」
咲き誇る藤が彩る道を食べ歩きながら、互いをまたひとつ知るお話を。
縁に咲くは、今日は藤の花。話の花咲かせる穏やかなひととき。
「藤の色ってやさしい色合いですね」
頭上に広がる色合いに、廻里・りり(綴・h01760)はふわと笑み浮かべる。
ベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)は、その指先でそうっとその花をなでた。
「藤の花がどれほど愛されているのかわかる、素敵なお祭りね」
楽しそうなもの達で沢山溢れている妖怪横丁。
様々な藤に関する商品が並んでいて、何を見ても面白そうだ。それらはベルナデッタの心を擽る。
「うん、並んでいるのも素敵なものばかり。たくさん見て回りましょ?」
色々集っているなら――雑貨屋がいいかもしれない。
二人は最初に目に入った店へと入る。そこには文具や布製品、アクセサリー類までいろいろと並んでいた。
店内をみつつ、りりは足止める。
「インクがほしいなって思っていたんですけど、アクセサリーも気になっちゃいます」
インクも、藤の色に合わせ何種類かあるようで。でも、そこにきらきらで、そしてしゃらしゃらと揺れるアクセサリーのほうが今は気になってしまった。
その声にベルナデッタは小さく笑い零して、見ちゃいましょうと誘う。
「せっかくなので藤のお花にちなんで、しゃらっとしたものがいいなぁ」
イヤリングの前に立てば、少しずつ色合いやサイズ。藤の花の付き具合が違っていて同じものはないようだ。
その中で――りりの視線を射止めたのは。
「あ! このイヤリングかわいい!」
「藤のイヤリング……これが気になるの?」
しゃらりと藤の花が揺れるそれはガラス細工のイヤリング。ベルナデッタもりりが持っているそれを見て。
「ガラスの細工ね。揺れてかわいらしいわね」
そしてそのイヤリングは色違いでふたつあった。
「白と紫でおんなじデザイン……うーん」
どっちにしようと悩むりり。その様子にいい事思いついたと、ベルナデッタは囁く。
「白と紫……どちらも捨てがたいのなら、ねえ、りり?」
おそろいというのはどうかしら。
その提案にりりはぱちと瞬く。
「ねえだって、ワタシたちはお隣さんだもの。お出かけのときにその日の装いに合わせて、付け替えたらいいわ」
「おそろい、ですか? すてきなアイディアです!」
そんな使い方もできるなら、ひとつずつ交換して色違いにしてもいいかもとりりは思いつく。
ベルちゃん! とその名を呼んでこくと頷く。
このイヤリングはきまりと良きお買い物。
そしてお買い物のあとは――やっぱり甘いものも気になる。
「ベルちゃん、藤色パフェですって!」
通りがかった店先に飾られた食品サンプルの藤色パフェ。
小ぶりのグラスに層になっていて。どこもおいしそうと思うそれ。
「とってもきれいですね。せっかくなので食べてみたいんですけど……日暮れまでもう少し時間はありますか?」
「ええ、まだ時間は大丈夫そう」
ふたりで一緒に食べましょうか? とベルナデッタは微笑む。するとりりもうんと大きく頷いて楽しみと笑顔零した。
「ワタシ、たくさんは食べられないから、これもわけっこしてほしいのだけれど。いいかしら?」
「やったぁ! わけっこしましょう!」
ベルナデッタは微笑んで、そしてそこのお店よりと違う店を示した。
「ほら、りり。あのお店のパフェは大きそうよ」
どちらかというえば小ぶりな目の前のパフェ。でも少し先に、背の高いグラスに入ったパフェがあるようだ。
そしてそのお店には、名物パフェがあった。
「制限時間以内に食べたら無料なものもあるみたい……挑戦してみますか?」
「食べきれるかしら?」
りりがいっぱい食べます! と元気に返して、二人はお店の中へ。
実は今日、他にもチャレンジしている者達がいて綺麗に平らげられている様子。チャレンジされますかとこわばった店員の声に真剣な面持ちでりりは頷く。
ベルナデッタも一緒に頷いて――そして巨大パフェが登場。
スプーンを握ってりりは大健闘。そのお手伝いをベルナデッタもちょっぴり、でもしっかりと。
甘いひと時に頬緩み、美味しいと言いつつ――その巨大グラスは時間ぎりぎりに綺麗に空けられたのだった。
白いふわふわの、わんこみたいなハニーの後をネム・レム(うつろぎ・h02004)はゆるりと歩いて行く。
ハニーの行く先には何があるのか。それを知るのもちょっと楽しみなこと。
「今日のお目当てはなんやろねぇ。ペット用みたいなんもあればええんやけど……」
妖怪横丁には藤をモチーフにしたものが沢山並んでいる。
それは装飾品や布製品もあれば、もちろん食べるものも。
ハニーが、ぴたととまり。そして真っ直ぐ迷いなく向かって止まる。
「はいはい、なんですか」
その、ぴたととまった店は――
「ソフトクリィムがええの?」
そう、というようにふわふわがもそんと動く。それは欲しいの意思表示。ネムは小さく笑い零して
「ええよ、ええよ。食べやすいようカップにしとこか」
おねえさん、ひとつとネムは注文する。
カップにくるりくるりと藤色のソフトクリィムが巻き上げられて、どうぞと渡されたらネムは視線緩めた。
「藤色が綺麗やねぇ……って」
でもその色を堪能する時間は短くて。ハニーは早く食べるとふわふわと。そしてかぷっと、天辺を食べたならそのままぺろぺろとカップに顔を突っ込んだ。
「待って、ネムちゃんにも……」
ひとくち……と思ったけれど美味しそうに食べている姿を前にしたらしょうがないと思えてしまう。
「……まぁ、ハニーがご機嫌さんならええか」
ハニーがカップから顔あげると、ふわふわの真っ白な毛の一部が淡く藤色で。
「ほれほれ、お顔が可愛らしいことなっとるよ」
苦笑しながらネムは手を伸ばしその口元を噴いてやる。
「お顔綺麗にしたら次行こか」
綺麗にしたら、また妖怪横丁を気の向くままに。
と――ネムの目に留まったものがあった。気になったので手に取るべくそちらに向かう。
それは小型犬サイズの藤の座布団。藤色に、藤の柄が描かれているものだった。
「おざぶはあるけど人用やもんなぁ……」
手にしてみれば、丁度良いサイズ。
それに、とネムはハニーを見る。首を傾げて、何? と言っているような顔だ。
「この上で寝るハニー……めっちゃ見たい」
想像してみる――このベストサイズな藤のおざぶの上で、ハニーがころんとまどろんで。
そんなの、カワイイに決まっているとネムは強く頷いた。
「ハニー、これはどない?」
でも、これを使うかどうかはやはりハニー本人の意志。
だからネムはそのおざぶを見せて問いかけた。
すると――ニコニコご機嫌なお顔とお返事があって。
「ほんなら、これにしよか」
嬉しいとまた一声あってネムの心もほくほくする。
帰ったら早速つこうてみる? とハニーに聞けば嬉しそうに跳ねて先を歩む。
「ええ買い物できたなぁ」
その姿にしみじみとネムは零すのだった。
素敵な場所ね、と花嵐・からん(Black Swan・h02425)は軽快に歩む。
近くに店があるのでちょっとだけ覗いてみれば、その瞳は気になるものを沢山捉えてしまうのだ。
藤とカエルのキーホルダーも、あちらの藤色のハンカチも、あのブレスレットもかわいい。
「――……」
ちょんとキーホルダーつついて、ハンカチを見て、ブレスレットを見て。からんの視線が忙しいのを眺めていた熙・笑壺(|拾弐《じゅうに》の契り・h01216)は。
「……ふ、めっちゃはしゃぐじゃん。いや、いいんだけど」
思わずというように笑壺は笑って、迷子になるなよ? と投げる。
するとからんは、何をいっているのというようにぱちと瞬いた。
「迷子にならないわ。だってあなたがいるでしょう?」
「……さぁ、どーかな」
揶揄う様に笑壺は言って他にも見ようと歩み始める。
からんはそうねと突いて来て、そいえばと問いかけた。
「笑壺さんは傘を探すのよね?」
「そう。番傘。この世界には似合いだろ、普通の傘よりさ」
あそこ、傘が沢山あるわと店を先に見つけたのはからん。笑壺はくるりと見回して、ひとつ、手に取って広げて。これは少し小さいかと別のに手を伸ばす。
「藤色の傘は、雨の日も頭上で藤が咲いているような心地になるのかしら」
その様子をみつつ、からんはふと言って。
とっても気になるの、と笑壺に言葉向ける。
「私もその傘の中にいれてくださる?」
そう、からんが問いかけたのと、笑壺がこれと気に入ったのを見つけたのは同じタイミング。
断じて、からんの言葉を聞いたからではないけれど、見上げた内側には花咲いて、外面はシンプルな藤色の傘。
笑壺はその番傘さしてくるりと回し、うん? と少し意地悪く笑んだ。
「いーぜ。御前がどうしてもって言うなら」
「ふふ、どうしても。ね?」
雨が降る日を楽しみにしなきゃと笑っていたからんは――少し先にあるものを見つけた。
「笑壺さん、ソフトクリームもあるわ。藤色のソフトクリームよ」
ソフトクリームをみて、笑壺を見て、その袖をくいっと引く。
「ね、あなたの欲しいものが見つかったら、ソフトクリームもたべましょう」
きっとおいしいわ、と言う彼女の瞳はきらきらと期待に輝いていて。
「ん? ああ……御前、食べ物になると――」
年相応だよなぁ、と笑壺は笑い零した。
そしてさしていた番傘をとじ、肩にぽんとのせる。
「確かに気にはなるな。俺はさっき見つけたやつにするよ、気に入った」
俺の探し物は終わった。だから次は、と笑壺は視線で示す。
「ソフトクリィム、食べるか」
藤の味って想像つかねー、と笑壺は言って。御前はどう思う? と聞けばからんはきりと表情引き締めて。
「食べたらほっぺが落ちてしまうかもしれない」
そんな期待に溢れた藤色のソフトクリーム。
一口味わえば、冷たいのと優しい甘さ。
「笑壺さん、とってもおいしいわ!」
からんは軽快な声と共に一層瞳輝かせ、少女の顔をしていた。
「うん、美味いな」
そう、頷いて満足気な笑壺。
ひとくち、食べればほんのりと藤の香がするようなソフトクリーム。
そうだ、と笑壺は提案する。
「食べ終わったら御前の欲しいもの、改めて見に行こうぜ」
選べてなかったろ、と自分の番傘選びに付き合ってもらったことを思い出し。
けれどからんは、欲しいもの、とそれを少し考える。
さっき見ていたもの、全ていいなと思ったけれど他にもあるかもしれないと思うから。
そんなからんの様子に、ゆっくり悩めばいいと笑壺は告げる。どれだけだって付き合うからさと軽快に笑って。
店先に藤の花が揺れている。この通りにある店、全てだろうか。
妖怪横丁にこんな催しがあったとは、と李・劉(ヴァニタスの|匣《ゆめ》・h00998)は周囲を見回し。そして一呼吸。
「藤の香りに満ちて居心地の良い処だネ」
横丁ごとに催しが異なるのかもしれないねと藤春・雪羽(藤紡華雫・h01263)はこくと頷いて同じように深呼吸をひとつ。
「ああ、とても良い香だ」
この藤に満ちる通り――ここでの楽しみは沢山あるけれど。
「まずは、甘味処だな」
「劉が甘味好きとは知らなかったよ」
甘味が好きな物同士、気軽に共に行けるのは幸いだと劉は言って、まずはあれにしようと雪羽を誘う。
雪羽もそうだね、気安く色々巡れそうで楽しみだと返しつつあれ? と劉の視線の先を追いかけた。
そこにあったものに雪羽の瞳もぱちりと瞬く。
「一番人気と謂れている藤ソフトクリィムを食べ歩きで楽しもうか」
「藤ソフトクリィム? それはまた気になる響きだね」
さっそくと二人で買い求めるべく店へ。
私はカップでいただこうかなと雪羽は貰ってひとすくい。
「色だけでなく、ほんのり藤の香がするようなしないような」
「藤の蜜が入っているのかな? 一味違うネ」
柔らかな花の香に優しい甘さをアイスとして食べるのも美味と劉はもう一口。
ほんのりと感じる藤の気配。冷たく甘く溶けていくそれをふたりは堪能する。
淡い藤色のソフトクリームはあっという間に消えてしまった。
「やはり妖の発想は面白いね」
もう一個いけそうだよと満足げにゆるりと尾を揺らす雪羽。
と、その瞳に他の店も映っていて。
「せっかくだ、雑貨店にも寄っていかないか?」
ほらそこにあると促され劉の意識もそちらへ。色々なものが置いてありそうな気配が入り口から感じられた。
「勿論、いいとも。寄ってゆこう」
扉を開けて中へはいれば、その予感が間違いではなかったことを知る。
「ほぅ……此れはまた品揃えが良い」
「想像以上の品揃えだね」
それに商品の置き方も、順序良く探していけると劉はなぞる。
「手帳に硝子ペン……藤色のインクも綺麗だよ」
「……技術も素晴らしいようだよ」
雪羽は藤が中に咲く様なガラスペンを光に透かし、ほぅと感嘆の声。
とても美しく中で輝いているようでもある。
「……硝子ペンが気になるのかい?」
それなら、と劉はあるものをとって雪羽の前に。
「インクと合わせるのはどうだろうか」
「インクも? へえ、それも良い色だ」
インクも、藤色で何パターンかある。その中からひとつ、劉は一番、雪羽に似合うものを選んでいた。
「インクも? へえ、それも良い色だ」
「折角の春の祭りだ。想い出がてら私から贈ろうか」
藤色は君に良く似合う色、と微笑んで。
「此処で贈らなば勿体無いからからネ」
「おや、いいのかい? ふふふ、劉は上手いことを言うね」
雪羽はくすぐった気に。そして視線動かして、あるものにその手を伸ばす。
「なら、私からも……藤のメモ帳を贈らせておくれ」
「私にも良いのかい?」
そのメモ帳の表紙は藤が掘られたようなエンボス調で。用紙も美しい藤色に淡く花が描かれていた。
はらりとめくって、サイズも手ごろと劉は重いながら雪羽へ視線緩めて。
「では、有難く。日常で使わせていただくよ」
今日の、藤の思い出と笑って。そうねと雪羽も選んでくれたインクを手にする。
でも他にもまだ沢山のものがあるからそれも楽しみに。
買い物は始まったばかりだし、まだまだ甘味もあるのだから。
妖怪横丁に足踏み入れたなら、藤の香りが迎えてくれる。
香柄・鳰(玉緒御前・h00313)はその香り感じると瞬いて、その紫色の瞳を嬉しそうに綻ばせた。
「なんて甘い香り!」
「ん~♪ こんなに藤の香り感じたのは初めて!」
そして天神・リゼ(|Pualani《プアラニ》・h02997)も、ふふと笑み零す。
はいと鳰も頷いて、改めて呼吸する。ふわりと、満ちる――この藤野可織。
「私、藤の香りが一番落ち着くのです」
こんな風に深く感じられることが嬉しい。と、鳰はリゼさんと言えば、と彼女へと身体向ける。彼女といえば、思い浮かべる花があるからだ。
「金木犀の印象が強いのだけど、藤はお好き?」
「そうね。金木犀は大切なお花なのだけど……私、藤も大好きよ!」
金の零れるその花も好きだけれど。今ここで咲き誇っている花ももちろんと。そう言ってリゼは、近くの店先に揺れる藤にそうっと手をのばし花に触れる。
「香りもそうなのだけれど枝垂れる花が守ってくれているみたいで安心するの」
ふふと微笑み、やわらかな視線を向けるリゼ。鳰も表情ゆるめて。
「嗚呼、素敵な表現ね」
手を伸ばしやわらかな花房がそこにあるのを感じる。リゼが言ったようと微笑んで。
「確かに守るように包むように先枝垂れるお花って他に無いもの」
風にわずかにゆれる様もとても美しい。そしてこの通りには、それが満ち溢れている。
花としてでなく、物としても。
だから、心弾むのだ。この通りに来て楽しい気持ちにならないわけがない。
「あっちもこっちも藤の楽園っ」
藤色咲き乱れているわ、とリゼは紡ぐ。鳰もそうねと頷いて。
藤が咲くのは枝木ばかりではない様子――と。
「この軟弱な目にも見えますよ。店々の藤色の雑貨たちが……!」
そわそわ。それらを見るのもとても楽しみで。
鳰はリゼへと向き直る。
「行きましょうリゼさんっ 気になる所全て!」
「ええ! 余すことなく楽しみましょう」
いざ、藤の女子会スタート~♪ とリゼは笑む。
まず最初の一件目へ足を踏み入れる。通りよりも濃い藤の香りがしたのは香を焚いているからだろうか。
「ここは雑貨や装飾のお店ですね」
見た目はただのピアスである鵝を通じて、鳰は何があるのかを確認する。
「万年筆に手帳に……此方は髪飾りでしょうか」
藤色の硝子ビーズと銀の鈴が藤房の様に垂れて、しゃらしゃら音がする。
「これは……」
鳰は手にとって、でもやはりそえてみなければとリゼの方へ。
リゼも熱心にあるものを見つめている。
「わぁ……文房具も綺麗。手帳はよく使うしコスメもかわい~っ」
ここは気になるものが多すぎる。目移りいっぱいしてしまう。
リゼは唸りながら手にとっては戻して。でも――あるひとつに視線を抜いとめられた。
淡藤色から濃い藤に色移ろう一房の藤に銀の蝶が留まるデザインの、簪。
幻想的、と惹かれる。優雅に揺れる彩はまるで……と思っていると、しゃらんと音がした。
「ん……? わ、わっ……綺麗な音がすると思ったら……!」
密かに、熱心に見ていたリゼに近づき髪にあてて、鳰は大きく頷く。
「……うん、買うしかありませんね! むしろ贈らせて下さいな」
ね、と鳰は手にある髪飾りを見せる。
こんなに大人っぽい花、とリゼは思う。自分に似合うだろうか――そう、少し不安になる。
でも。
「絶対にリゼさんにお似合いになると私の直感が告げているのです……っ」
鳰がそう言っているから。その姿を見て、思わずふふっと笑み零れた。
「鳰さん、いつになく楽しそう?」
「そ、そう? 確かに大変楽しいですが」
そんなにわかりやすいです? と鳰は頬に手を添えて。その様子にリズもうんと笑って。
「それなら! もらうだけじゃJKの名が廃るわ!」
きらきらと瞳輝かせ、さっき見ていた簪をその手にし鳰に見せる。
「私からも、この簪を贈らせて? 鳰さんの髪に揺れる藤も見てみたくてっ」
そして鳰の髪へと当てて、笑みを深くした。
その美しく長い深い緑の髪に、良く似合うと。
「……うん。やっぱり鳰さんに似合う!」
「まあ私にも頂けるの? こんなうつくしい簪を……」
それは見えていないけど視えている。鳰は嬉しいとその表情をほころばせる。
「ふふ……じぇーけーから。ではなくてリゼさんからのご厚意は拒めません」
ありがとう、大事にしますと鳰の視線は――簪と、そして髪飾りの二つの間を動く。
「提案なのですが互いに髪飾りを付けて外を歩きませんか?」
買ったばかりのこれを藤の通りの中で。それに、と鳰はもう一つ。
「藤ソフトのお供付きで!」
「あら! もちろん、大賛成っ」
それはとっても素敵な提案とリゼは笑んで、そうだと思いつく。
「折角だし写真も撮りましょ」
「写真……ええ、ええ! 喜んで」
お洒落して満喫した! って想い出に――リゼは笑む。
そしてその髪飾りと簪を買ったならその場でさっそくつける。
金色の髪にしゃらりと藤が花咲いて。そして深い緑の髪の上に藤の花が枝垂れる。
「改めて、似合ってます!」
「ふふ、リゼさんも」
お互いの見立ては間違いないですねと笑って、リゼは鳰の手を取っていきましょうと紡ぐ。
さっき藤ソフトのお店の目星をつけてたんですと笑って。行列ができてたから間違いなさそうです! と。
鳰もどんな味かしらと笑って、ふたりの楽しみはまだ続く。
長い年月を経た藤の大樹がある。そしてその樹へ続く妖怪横丁はその樹を大事にしているのがわかる。
店先に咲いている藤は、その大樹からのものだろう。それを、無為に飾るために切ったのではなく、大樹を長く守るために手を入れた際のものだと察して、饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|或いは仮に天國也《パラレル・パライソ》・h05190)の中の華皇神は大変満足そうに頷いていた。
「わぁっ、藤が綺麗ですね! 神様も喜んじゃって、もぅ……」
妖怪横丁の賑わいと、周辺にも咲き誇る藤。植物が好きである彼女もまた、この通りの様子にふうと嬉しそうに笑みを零していた。
早く、あの大樹のもとにと華皇神は言うけれど、この通りを楽しんでからですと紫苑は譲らない。
それは共に志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)もこの場に訪れているから。
遙斗の視線は妖怪横丁をなで、そして難しい問題に直面したように少しばかり、厳しくなる。
「折角√百鬼夜行に来たんですし、妹に何か買って帰りたいんですよね」
それは兄として、当然の気づかい。だが、しかし――難易度至難な事でもある。だが今日は強力な。協力者がいる。
「ただ、あいにくと高校生の子が喜ぶようなものが解らないので、紫苑さん頼りにしてますね」
「任せて下さい、女子が喜ぶものなんていくらでも思いつきますよ!」
大船に乗ったつもりで! と紫苑は自分の胸元をとんと叩く。
いつも頼ってばかり。でも今日は頼られて誇らしい気持ち。
変なものを選んでやるなよ、なんて華皇神が言うのも右から左へと流せる余裕がある。
でも、と紫苑は思う。きっと何を贈ったって妹さんは喜ぶとわかるから。
(「”お兄ちゃんが選んでくれた”だけで特別なものですよね。性別も違うし歳も家も離れてると不安なんでしょうか」)
なら、しっかりとお手伝いせねばと紫苑は改めて気を引き締めた。
まず最初に、目についた店へ。そこは装飾品や布製品などが並ぶ店。
「妹さんの好みってわかりますか?」
好み……と遙斗は考える。
改めて言われるとわかっているようでわかっていないような――遙斗は、藤色は嫌いではないと思いますと返す。
紫苑はその答えに小さく笑って、この辺りはどうです? と示した。
イヤリング――ピアスがつけられるならそっちでもいい。
「貴金属アレルギーは大丈夫ですか?」
これは何かを選ぶなら重要。もしあるなら選ぶものも気を付けなければいけませんと紫苑は言う。
遙斗は確かに贈ってアレルギーで着けられなければ残念ですもんねと頷く。
その辺りも注意しながら、紫苑は幾つかみつくろっていく。
イヤリングなら、このしゃらしゃらした感じは女の子は好きですよといくつか候補を並べていく。
藤がしゃらと耳元で揺れるようなタイプのイヤリング。スカーフは淡い藤色の薄手の生地で白抜きで藤が描かれていた。
「スカーフも首元に……ちょっと寒い時なんかにも重宝しますよ!」
「えーっと、藤の花のイヤリングにスカーフ……さすがにアクセサリーは早いですよね」
うーんと悩みながら零れた言葉。
その言葉を紫苑の耳は拾い上げていて。
(「アクセが早い……!?」)
その驚きに、華皇神もこれはと笑っている。これは過保護モードですねぇと紫苑が思っていると。
「紫苑さんはどう思いますか?」
意見を求められたので、ここは妹さんの為にもお兄ちゃんにしっかり教えてあげなければ! と紫苑は心の中でぐっと握りこぶし。
「遙斗さん……高校生なんてお洒落に興味がある年頃ですよ」
「そう、なんですか?」
「はい、私だってそうです!」
同じくらいの年頃の紫苑が言うのだから、そうなのかもしれない。
遙斗は妹はそういうものを持っているだろうか……とちょっと考えてしまう。
「するしないは別として、アクセのひとつやふたつ持ってます。ブランドバッグと比べたら安い贈り物なんですから」
「なるほど、アクセも候補にいれることにしますね」
ちょっぴり呆れながら見守っていると、ブランドバックもいずれ必要になるでしょうか、と遙斗が零すのが聞こえて。
ブランドもピンからキリである。想い描いたブランドが有名ブランドであれば早いかもしれないが――年齢にちゃんとあったブランドも多数存在する。
でもなんだか、一人で決めると年齢に会わないハイブランドとか買いそうな気がする・これもそっとあとで教えておいた方が良さそうです、と紫苑は静かに思っていた。
「紫苑さんを誘って正解でしたね。お? これとかどうですかね?」
と、悩みながら遙斗はひとつ、手にした。
藤の花のペンダントトップのネックレス。シンプルな雰囲気でどんな服装にも合いそうだ。
紫苑はそれをみて、素敵ですと微笑みと共にもうひとつ、アドバイス。
「是非手渡ししてあげて下さい」
喜んでくれたら私も教え甲斐があったなと紫苑は思う。
早速かって、綺麗にラッピングしてもらい遙斗は胸元へとしまう。
妹への贈り物。良いものが無事用意できたとほっと一息。
「おかげで良いものが買えました。あ、まだ時間有りますし折角ですから、カフェで休憩しませんか?」
「休憩、ですか?」
どうしよう、と少し遠慮しつつ。けれど確かに、時間はまだあって。
「アドバイスのお礼にお茶ごちそうしますよ」
その言葉に、それを言い訳にお言葉に甘えましょうと紫苑は頷く。茶と一緒に甘い物も強請らなくていいのか? なんて揶揄う華皇神の声を聞きながら。
わぁ! と嬉しそうに声あげる妹、楪葉・莉々(Burning Desires・h02667)へ楪葉・伶央(Fearless・h00412)は優しいまなざしを向ける。
莉々にとっては、大好きな兄とのデート。だから心も弾んで楽しそう。それが伶央にもわかるから。
「ふふ、本来の目的は忘れずにな」
「勿論、古妖もちゃんと倒すよっ」
でも折角だから、藤のお祭りも楽しむよ! と莉々は弾む声。
「ああ、祭りも楽しもう」
ではどこからいこうか――そう、伶央が尋ねると、もうそれは決まってるの! と莉々は言う。
「まずは、藤色パフェ!」
「パフェか、それは食べなければ」
きり、と表情引き締めた伶央。莉々は実は兄が甘党なことをもちろん知っている。
「こことそこのお店が、口コミで特に人気だよ、兄!」
違うお店のパフェひとつずつ! そしたら二つ楽しめると嬉しさいっぱい。
伶央はもちろんそうしようと早速一件目へ。
「兄! ちょっと待って、写真撮るから!」
まずはパフェの写真を一枚。莉々が写真をとるのをにこにこ見守っていると、兄も一緒に! と自撮りを促す。
伶央はもちろんいいぞ、とパフェとにっこり笑顔の莉々と微笑みの伶央の三人で一緒に。
一緒に自撮りでご満悦の笑みを莉々は浮かべ、いただきます! と手を合わせて早速。
「おいしー!」
ふわふわのクリームはほんのり藤色で。でも甘いだけでなくて、酸味もちょっぴりあるような。
背の高いグラスの中にソフトクリームやナッツと食感も変わりおいしく頂けるパフェ。
「ふふ、とても甘くて美味しい」
「兄のもおいしそー……」
そして伶央は、別の物を食べていて。
そちらはチョコレートソースが掛かっていて――気になる、と見ていれば。
「俺のも食べてみるか?」
「って、あーん」
伶央はひと掬いし莉々の口元へ。
それをぱくと食べて、莉々は頬抑えて幸せの笑み。
「ん、兄のも甘ーい!」
これはこれで美味しい。そして勿論、兄にもお裾分け! と莉々もひと掬い。伶央もありがとうとそのひと匙をぱくりと。
どちらも美味しくいただいて、店を出たら何か見たい物はあるか? と莉々へ尋ねる伶央。
「んーアクセサリー見たいな!」
ここにはいっぱいいろんなのがありそう! と年相応の笑顔で言う莉々。
「藤って上品で綺麗で、大人っぽいよね」
他にも好きな花はもちろんあるけれど、だから藤も好きと莉々は言いながら、アクセサリーの並ぶ店を見つけて向かう。
「俺も藤は好きだな」
その様子に伶央は微笑んで。
「上品で高貴で、それに――」
と、小さく零す声は莉々には聞こえてはいなくて。ぱっと笑顔と共に、伶央に尋ねる。
「私も淑やかな大人女子になれるかな?」
その問いには微笑んで、伶央は頷く。
かわいい妹が大人になるのを楽しみにして。でも今はまだ、少女の輝きを見せるお年頃。
「あ、この簪、綺麗!」
「気に入ったのなら、その簪を買おう」
莉々が見つけた簪。しゃらりと藤の花が揺れるそれはとても綺麗で心擽るもの。
「買ってくれるの? やったぁ!」
嬉しい! と莉々はお願いと伶央に渡す。それを伶央は受け取って会計済ませる最中に。
「ああ、包まなくていい、つけていく」
そう店員に断ると、タグを外し鏡はあちらにと示す。その気遣いに伶央は助かると返し莉々を鏡の前へ。
「莉々、俺がつけてやろう」
「え、ちょ、兄?」
莉々の長い髪をくるりと纏め上げ、簪を挿す。
綺麗にまとめられたと伶央は頷く。
「ふふ、良く似合っている」
莉々の髪には、藤の紫がよく映える――優しい視線を向ける様は、ふたりが兄妹と知らぬ者から見たら甘い言葉を囁いているように見えるだろう。
「それに――藤は魔除けの効果もあるというからな」
変な虫がつかぬように――というのは妹には秘密だ。
鏡の中でぱちぱちと瞬いていた莉々。しかしちょっとだけ胡乱気な視線を向けて。
「……兄」
「ん? どうした?」
「私と望々以外に、こんなことしちゃダメだよ!?」
こんなこと? とわかってない顔をしている。莉々はもう! とちょっとだけ頬膨らませて。
「全人類の女の子が勘違いしちゃうから!!」
勘違い、とは? という顔をする兄にやっぱりわかってない~と莉々は言う。
兄が妹を心配するように、妹もある意味――兄が心配なのだ。
桜――それは妖怪であったが――が最近まで居座って居たなん手事もあったけれど。
「藤はまた違った美しさだ」
零れ落ちそうな花房だ。藤の花をそこかしこに見せる妖怪横丁。
それは咲き誇る花だけでなく、他にも色々な形で目・魄(❄️・h00181)の前にあった。
藤色に染まる横丁とは雅、とその雰囲気や賑わいにのまれつつ魄はゆるりと歩みを進める。
ひとびとが楽しそうにしている姿。何をみているのだろう、とちょっとだけ視線向ければ装飾品のようだ。
色々あるな、と魄も視線で撫でていく。
魄の目にとまるのは、やはり藤の花。
淡い色もあれば濃い色も。その花の形を一つずつ丁寧にもして作られたイヤリングが多数並んでいる。
サイズやデザインも少しずつ違っていて、なるほどこれは迷うなと手に取ってみた。
「……これはちょっと重いな」
耳につけてみれば思っていたより大きい。これだとバランスが悪いと思えばちょっと小さなものを付けてみて。
でもこれは色味がちょっとイメージと違うと沢山あるからこそのわがまま。
探せば、これだと思うひとつがある気がするからだ。
イヤリングに目を向けていたけれど、いまいちぴんとこなくて。視線巡らせるとイヤーカフもあると魄は気付く。
何か良いのがとそちらを見れば――これ、と一つ見つけて魄は手を伸ばした。
色は、落ち着いた淡い藤色。寒色に近い色味で、魄は自分好みだと手に取り耳へ。
「……良さそうだな」
程よく耳に馴染む。銀の髪の間からちらりと姿見せるようだなと鏡の中をみて魄は思う。
しゃらりと揺れる藤のイヤリングもいいが、こうして蔦が絡むようであり、そこに精緻に花が彫られているのも趣がある。
今日はこのイヤーカフにしようと決め、他にも良い物がありそうだと魄は店内を見る。
すると、着物を飾る小物の留め具も色々と並んでいた。
手軽な値段から、ちょっとお高いものまで。値段相応、様々なものがある。
古式ゆかしきといった物から、最近作られ始めたものまで色々といったところ。
藤の花の意匠のものはこの季節だからこそつけられるものだろう。反対に、藤色を活かして、デザインは一般的なもので年中使えそうなものもある。
どっちを選ぶか――と神妙に、魄の眉は寄せられる。
これはもう少し悩んでから決めようと、やがてその場を離れる。まだほかにも、良い物があるかもしれないから。
それにここに長居すると、そこにある着物も気になり始めてしまう。そちらを見始めたらきりがなさそうな気配に一度店を出た。
再び通りを歩み、時折足を止め雑貨なども目を通し。あれでもないこれでもないと――でもきりがないなと苦笑して、見て楽しむのに切り替えた。
ふわりと、風に乗って藤の香りがすればそちらに目を向けて。
さわさわと揺れる花を愛でては瞳細め、この場の空気を目一杯に感じて。
この妖怪横丁の先には大樹があるという。それを見に行ってみるのも良いだろうと魄は足向ける。
と、その足がふと止まる。目に入ったのは藤色のパフェ――二人用や色んなパフェが在るのを見てこれはいいなと思う。
そこへふわりと甘い香り。焼き菓子のようなと、視線巡らせればべビーカステラの店だ。そこでカステラかって皆歩きながら食べている。なるほど、食べ歩きするには丁度いい。今度一緒に、我が子ときたらあれを食べつつ巡るのもいい。ベビーカステラもパフェも、次のお楽しみ。
魄は今日の土産を探さねばと、子供の集まる場所へ。彼らに聞けば、きっとこの通りで一番の玩具もわかるだろうから。
ああ、でもその前にと魄の足は最初にいった店へと向かう。
歩いていてもずっと頭に残っていた、あの悩んでいた留め具のうちのひとつを買いにいこうと。
妖怪横丁、藤の通り――そこにももちろん、咲き誇る藤の花がある。
さわさわと風に揺れるその花を見上げ野原・アザミ(人間(√妖怪百鬼夜行)の|載霊禍祓士《さいれいまがばらいし》・h04010)は笑み零した。
夕暮れまでの時間を、そぞろ歩きながら楽しむ――アザミは共に歩む早乙女・伽羅(元警察官の画廊店主・h00414)へと藤の花を見て感じたことを紡ぐ。
「まるで紫色の滝のようですね、幻想的で夢の中にいるみたいです」
「空へ向かって咲く花の健気さもよいが枝垂れる花の艶っぽさはひと味違うねえ」
こくと伽羅も頷く。画廊キャラメリゼの常連である彼女の、痛烈ながらもはっきりした言動は好ましく。この花をそう見るのだなあと伽羅はまた新たな一面を知った心地。
「今年も見事に咲いてくれたようだ」
そう、伽羅が零したのはこの通りの人々が藤を大切にしていると感じたから。毎年、手をかけて美しい花を咲くことができるよう手伝っているのだろう。
会話を重ねつつ気の向くままに――するとふと、様々なアート作品を置いてある店が目に入り、伽羅はちょっと覗いても? とアザミに断りをいれる。
アート作品の他にも雑貨が見受けられる。ふと、目についた徳利とお猪口のセットは藤の花のような色味。
と――その徳利とお猪口のセットを見て伽羅に悪戯心が沸いた。
知っているかい? と伽羅が言って視線はそれに向けられる。アザミもその視線追いかけつつ、その後に続く言葉を待った。ゆうるりと楽しそうに伽羅の尾も揺れて。
「藤の精はね、たいそうな酒好きなのだそうだよ」
「は?」
アザミは大きく瞬いて、これはと伽羅を見て。
「藤の花が酒好きなんて初耳ですが?」
そして、上手に今度は返してくるのだ。
「まったく、猫も杓子も藤の精もってことですか」
「ふふふ、その『猫』というのは俺のことかい?」
他にこの場に猫は――いませんからね、とアザミは周囲をくるりと見回す。伽羅はふくふく笑いながら小さく肩竦めて見せた。
彼女の口ぶりは酒飲みが嫌そうに感じられて。嫌いかい? と聞けばはっきりと彼女は返す。
「そうですね、酔っ払いは嫌いです」
またたびでもお酒でも、前後不覚になって腹踊りでもはじめたら他人のふりしますからねとアザミは釘をさす。
本当に自分が寄ったなら、アザミはそうするだろうなと伽羅は思う。しかしそれは彼女らしいと思えた。
「確かに俺は笊だが、――そうか」
けれど伽羅はちゃんと気付くのだ。
何が、そうかなのか。アザミは続きをどうぞと促す。伽羅は瞳細めて、アザミの言う骨子を示す。
「君は酒飲みというよりも酔って無礼をはたらく輩が嫌いなのだね」
その通りとアザミは頷く。
「呑むなら楽しく節度を持って、ですよ」
酒が嫌いなわけではなく。それを好むものが嫌いなわけでもなく。
酒に酔って呑まれてしまうものが嫌なのだ。
「では、君の前でマタタビを嗅いでしまわぬように気を付けなくては」
マタタビはね、もうどうしようもないからねとそれに抗えぬことを知っているから。
と、徳利とお猪口の前からすっとアザミは動いて。
「そんなことよりも、これはガラスペンですか、綺麗ですね」
いくつか、並ぶガラスペン。全て違うデザインで盛った感じもそれぞれ違う。いくつかのパターンを作っているのだろう。
これは中に藤の花があると美しいつくりのガラスペンを手にするアザミ。
そしてペンが在るのならインクもある。
傍に並ぶ藤色のインク。それも少しずつ色味が違っているようだ。アザミはその中のひとつを手に取った。
「こちらの藤色のインクで、たまには手紙でもしたためてみるのも粋かもしれません」
あとはレターセットも必要では? とアザミは思うがそれはここにはなさそうだ。
「早乙女さんは何か見つけましたか?」
ガラスペンとインクを選んでいる間、伽羅は店主と話をしていた。
気になったのは藤の描かれた大きな飾り皿が若手作家のもの。その作者の事を訊ね、自らが画廊の店主であることも明かした。すると、絵をメインにする店が少し先にあると教えてくれた。
気に入ったものがあれば買おうと思ったが、おひげがぴんと直感に揺れる物はなく少し気になった程度。
「あたしのような素人と違って見る目をお持ちでしょうから、きっとよい物なのでしょう」
「気になるものはあったんだけどね。店に置くにはちょっと毛色が違っていたし。それにほかに絵を置く店もあるときいたんだ」
そっちにも足を延ばしてみたいねと二人で店を出る。伽羅はアザミの手にガラスペンとインクが在るのを見て、いい買い物をしたんだねと微笑んだ。
人の賑わいの中を歩んで、アザミは思う。
「ところで、この大勢いる中に、うっかり古妖の封印を解いてしまった人もいるのでしょうか」
叶わない願いを抱えているのは、思った以上に辛いものなのかもしれませんね――ふわりとアザミは呟いた。
その言葉を拾い上げた耳はぴこと動く。
「君は優しい人だね」
そう伽羅が思うのは自身の感じ方、考え方と違うから。
悲しみに寄り添ってやれるのは秩序を維持できる範囲でだけ――そう、思ってしまう自分は、きっと他人が期待するよりも冷淡なのだろう。
長き時を生きてきた伽羅だからこそ、そうなのだろう。
「優しいですか?」
けれどアザミは首を傾げてみせる。それはどうでしょうねと、そう見えているだけかもしれませんよと笑って。
伽羅はふと笑って。
「ねえ、アザミ」
呼びかければなんでしょうとアザミは瞬いて。
「気が向いたらで構わぬから俺にも手紙を書いておくれ」
その初夏の華やぎの色で、君の優しい文字で――そう伽羅は願う。
手にしたばかりのそのガラスペンで、その藤色のインクでと。
「では、最初に早乙女さんにお手紙しますね」
その言葉に朗らかにアザミは微笑んだ。
楽しみにしていてくださいねと向ける言葉は、アザミ自身もまた、それが楽しみだというよう。
それなら便箋も必要。選ぶのにお付き合いくださいねとアザミが言えば、候補は選べるけれど、最後は自分で決めてねと伽羅は言う。
便箋も、楽しみにしたくなってしまったからと。
ふわりと風がそよげば、祭で賑やかな通りを彩る藤の花がふうわり揺れる。
その様に小沼瀬・回(忘る笠・h00489)の心は弾む心地。訪れる前から胸は躍っていたが、これほどまでと猶更に。それは一文字・透(夕星・h03721)と共に訪れたから一層。
透も想像していたよりうんと綺麗とその瞳細める。たくさんの綺麗な藤色――それをひとりじゃなく、回も一緒だから。
もっと楽しみ、ですと透も微笑んだ。そしてその足元で、透の犬の死霊、白露が楽しそうに跳ねて早くいこうと誘うようにも見えた。
「然し、見蕩れていては日も暮れるか」
視線は咲き誇る花から傍らへ。歩を進められるのも伴が居てこそだと回は紡ぐ。
「透殿、しろ殿、早速巡るとしよう」
ほら、彼所にお目立てがあるぞの言葉にこくこくと透は頷く。
「はい、行きましょう」
その声はいつもより元気に響いて、透自身もちょっとびっくり。
そしてさっそく――ほらあそこと回は指差す。
藤色そふとくりぃむの店だ。透も早速のお目当てと視線向ければ――我先と駆けていこうとする白露。
たたっと数歩先で止まり、ちらりと見る。早くと言わんばかりの白露を透は追いかける。その流れに回は和み、笑って緩慢に後を追った。
店は他にも並んで待っている人がいて一番後ろに。
順番が巡るまでに悩むのは、コーンか、カップか。
「私はこーんにするが、お前さんは?」
「あ、私もコーンにします」
うん、と回は頷いて順番巡ってきたならばさっそく。
「では店主殿、そふとをふたつ――うっ」
コーンを示しながら告げて――回はその輝きに捕われてしまう。
そう、下からの――キラキラな瞳でくぅんとおねだりする視線。
その視線の主は白露しかいない。かわいいかおで、めいっぱいのおねだり攻撃なのである。
そしてそれが効くと本犬は良く分かっているのだ。
「シロ、駄目」
しかし、主である透が首を横に振る。ちらりと透を見たが、すっと戻して。まだきらきらの視線が向けられていて回は抗えず。
「み、みっつ、 」
「来る時約束したよね。おやつ持って来てるから」
そう説得すれば、約束思い出し、おやつと聞けばそうなの? と首を傾げ。それならいいときらきらの視線は終了した。もう気持ちはおやつになっているのだ。
「い、や、ふたつで頼む!」
眩い瞳にしどろもどろタイムもあったが口籠りながら回は注文完了。その様子みていた店主はからりと笑って、一段おまけしとくねなんて言う。回は視線に何とか負けず、ふぅと一息だ。
「しろ殿の説得に感謝する……」
危うく財布の紐がゆるむ所だったと苦笑する回にちょっとだけ眉下げて。
「こちらこそシロがすみません……」
ほら、シロあげるよと透はおやつを手に。しかしおやつもすぐあげるわけではなく。お座り、お手、おかわり、ふせのコンボの後だ。
すちゃっとやり遂げた白露は透の手からおやつをもらいご機嫌。
その間に回と透も藤色のソフトクリームを口へ。
買ってもらった礼と共に頂きますと透は紡いで、一口。回も一緒に自分のものを口へと運べば。
「! 美味い、あわく花の風味がするな」
「本当ですね、ふんわり香りがします」
初めて食べる味が楽しいと透は笑み浮かべる。回もその表情を目に、ふと笑零した。
「ふ、お前さんも満足そうで何よりだ」
「はい、大満足です」
それは良かったと回は思う。伴として己の成果の様に胸を張れる、が――しかし顎に手を添え、ちらと足許をみて。
おやつ美味しかったとご機嫌な白露にも何か、と思うのだ。
「……折角だ、出店も見に行くか」
しろ殿にも玩具を見繕ってやろうと言うと、白露も自分のとわかって尾を上げてご機嫌。
「わぁ、見に行きたいで。よかったね、シロ」
嬉しそうに尻尾を振る白露を撫でて透もふわと笑む。
「一緒ならもっと楽しいかもの検証は二人と一匹が揃わねばならんからな」
「ふふ、はい。一緒ならもっと楽しいかも、は」
もう間違いない気がしていますと透は笑み零す。
シロもきっとそうだよねと問えばふたりの周りを回って楽しそうにはしゃいで。
また通りの中に我先にと駆けていきそうな。その様子に笑いながらそうだ、と透は瞬いて。
「あ、出店で小沼瀬さんのこれいいな、を見つけたら教えてくださいね」
ソフトクリームのお礼がしたいですと透ははにかむ。美味しい物のお礼はきちんとしなければと。
「私からも、礼の心算、だったのだが――」
回は、ふとその口端緩める。
「なら折角だ、御言葉に甘えるとしようか」
きっとこの通りには良い物がある。そんな気がして、回の心も逸る。
「備忘録探しにも付き合ってくれるかね?」
「はい、もちろんです。うんと素敵なのを見つけましょう」
透が頷くと、白露も跳ねる。
自分が見つけると言っているような気がして、ふたり顔を見合わせて笑って。
「シロの良い物も探そうね」
「それなら早速――ありそうだ」
そこに綺麗な藤色の毬があると回は示す。わ、と透は瞳輝かせたけれど、あれはだめですと首を横に。
ちょっと綺麗すぎるから、あれはきっとお飾り用。それにシロが咥えて遊ぶにはちょっとお高いですと笑う。確かに丸が一個高いと回も笑って、もっと良さそうなものを探しに。
この妖怪横丁にとって今が特別な時期なのは足を踏み入れただけでわかる。
「何処もかしこも藤色だ、綺麗だね」
紫色の世界に抱かれるようで、思わず息を呑んでしまう――ステラ・ラパン(星の兎・h03246)はその耳をぴこりと動かす。
五月蠅いのは苦手だけれど、この通りの雑多な音は人の営みの音。これは嫌いじゃないとステラは思うのだ。
ゆるりとその隣を歩む東雲・夜一(残り香・h05719)も眦細めて、藤の色に染まる街に目を奪われていた。花房がしゃらりと揺れる音も、美しい響き。
良い場所、いや良い街だと思わせてくれる。
「話には聞いていたが圧巻だな」
「ほんとう、圧巻だね」
店々に並ぶ藤因む子達も気になるがステラはやっぱり、あれだと紡ぐ。話に聞いてきた、あれ。
「どこにあるかな」
「そうそう。まずは藤のソフトクリーム」
必ずそれは食べたい。食べなければ――そんな使命感。
「あった、藤ソフト!」
話に聞いて気になってたんだとステラは笑う。それは夜一も同じで、あったと笑み零れる。
「これが一番気になっていたんだよなぁ」
「ふふ、君もかい? 夜一はカップ? コーン?」
僕は勿論コーンさ、とステラは最初から心決まっていることを告げる。すると夜一もこくと頷いて。
「オレもコーン」
「あははっ、おんなじだ」
「味の想像が出来なかったからさ、すげー楽しみ」
コーンで、ふたつ。藤色のソフトクリームが巻き上げられていく様もじぃと見詰めてしまう。
受け取ったソフトクリームをふたりで同時に、ぱくりと。
控えめな甘さと花の香り。それがふわりと通り抜けていく心地。
「美味い。もっとしつこい味だと思っていたんだがこれなら食べやすいな。」
「うん、美味しい。味も香りも、記憶に残るね」
ぱくぱくと気付けば半分消えていて。そしてもう半分もすぐになくなって。
ソフトクリームを食べながら、揺れる藤の花も目に映る。
「藤ってさ枝垂れ揺れる花が此処と何処かを仕切り繋ぐ暖簾のようで」
惹かれるんだ、とステラは瞳細め見詰める。潜ると何処かにゆけそうでと。
「暖簾かあ、確かにそうだ。花が風に靡く様とか特に暖簾を連想させる」
沢山の束が一緒に流れていると、どこか風情もあるよなと夜一も風に揺れる様を共に見詰めていた。
「夜一も藤、好きかい?」
「オレは香りが好きなんだ。あのほのかな香り」
風に乗ってふわりとさりげなく広がる香りに夜一はそう、これと瞳に嬉しさを乗せて。そしてぱくりと、ソフトクリーム一口食べて頷く。
「このソフトクリームみたいな」
「あゝ香りも良いね」
ステラもその薫り吸い込み目を細める。風に乗って届く香りと、傍にも。
「確かにおんなじ香りがする」
ぱくりとステラも最後の一口食べた。
と、食べ歩きしていたものが無くなれば手持無沙汰で。それに他にも美味しそうだと思うものがある。
藤の花の蜜を使ったベビーカステラ――あれも食べてみるか? と夜一が誘えばいいねとステラも頷く。こちらもほんのり香りがするがソフトクリームとは違う味わい。
食べ歩きで舌鼓。と――少しだけ通りの雰囲気が変わる。
「文具達はこの辺りみたいだ」
どの子もかわいいとステラはそっと指先で撫でる。
ここに並ぶ文具たちは自分の主を待っているようで。出会えるよう願っているよとステラはその手を放していく。
けれどふと、視線と手が止まったものがあり、ステラはそれを手にして。
「僕はこの藤の日記帳にしよう」
良い色とステラは微笑んで、まだ探し物中の夜一の傍へ。
「君の好きな香り纏う子もいるかな」
色々と見ているようで、さらっと流していく夜一の様子に、君は決めた? とステラは問う。
「ああ、実は買う物は決まっていてな」
それを探しているんだが――と、言いかけてあったと手に取る。
そしてステラが手にしている物にも目にとめて。
「ステラは日記帳か。綺麗な色合いだな」
その日記帳に書いた出来事を、そして色んな話を聞いてみてぇなと夜一は紡ぐ。
「おや、僕の話を? ふふ、ならいずれ」
言葉返しながら、ステラの視線は夜一の手元へ。
「オレは藤色のインクと、こっちのノートも」
店の店主と一緒に使おうと思っているんだと続けて、インクの瓶を振ってみせる。
このインクで書いたら、書く方も楽しくなるかもと笑って。そのインクは黒に見えて光の加減で藤色にも見えるという。不思議なインクがあるもんだと夜一は感心していた。
「君は――へえ、用途もイイね。使う方も使われる方も楽しくなるよきっと」
だろう? と笑う夜一へと、ステラはふと思い立つ。
「そうだ、夜一。出かけの想い出にひとつ贈らせてくれるかい?」
ステラはふわりと周囲を見て――これが良いとひとつ、手に取った。
それは藤の花弁と香り籠めた万年筆。
「夜咲の藤もきっと綺麗だろう」
あの筆入れの片隅に咲かせてよと笑むステラ。
「ああ。もちろん。お前さんの選んだペンケース。あれのお供にするさ」
万年筆を受け取って夜一は綺麗だなと笑む。彩が増えるのは喜ばしく。
きっと今日のことを万年筆見ればいつだって思い出すだろうから。
「わ~めっっっちゃ花やか!」
妖怪横丁の通りに足を踏み入れたなら、藤の花が迎えてくれる。
コイン・スターフルーツ(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00001)は此処へ誘ったリズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)へと笑いかける。
「お祭りの空気、超テンション上がっちゃうよ」
「コインさん、今日はお誘いありがとうございます!」
リズも楽しそうな雰囲気に笑み浮かべて。その笑顔前にコインも一層笑み深める。
「リズさんはこの世界によく来る?」
「私はこの世界にはたまにしか来ないんですよね」
「そっか。うちは探偵事務所の支部がこの世界にもあるから、ちょくちょく遊びに来ることあるんだよね~」
「へぇ、コインさんの探偵事務所がこの世界に有るんですか」
「そうそう、この世界なかなか面白い場所がいっぱいあってっ!」
リズさんも知りたい事があったら依頼してね! と軽快にコインは紡ぐ。
「でしたら、おすすめのグルメ情報の調査依頼などを出すべきかもしれません」
今日も超重要情報を見事に入手してくれたわけですし、とリズはくすりと零す。
「でも、この通りの詳細はまだゲットしてないんだよね」
お喋りしながら笑い合って。コインはどんな様子かと視線巡らせる。
ひとびとは楽しそうに笑いあっていて。美味しそうなものを食べたり、店に並ぶものを見たり――どこも楽しそうすぎる~! と思わず零れるほどに。
あっちもこっちも気になる。気になるけれど――リズとコイン、ふたりの超重要情報たる目的地はひとつ。
それは、ふたりのお目当ては――巨大パフェ!
「ここに来る途中のどれもおいしそうすぎて、目移りヤバかった……」
でも! とコインは目の前にあるガラスケースのサンプルを見つめる。
あれを、これから……こくりと喉が思わず鳴る。
そしてリズもそれを見つめ瞳輝かせていた。
元々機械だったリズが味覚を得てから、だいたい五ヶ月――スイーツの王道であるパフェは当然履修済み。
けれど。
「これほど大きいのは初めてです!!」
「今日はそうっ、これが目当て~! 二人で一緒に食べるよ!」
ガラスケースにある食品サンプルの姿でさえ神々しく見える。 大きなどっしりとした硝子の器にふわふわの生クリームが彩られ。藤色のソフトクリーム。その上に藤の砂糖菓子が並んでいたり。他にもクッキーなどもあって食べごたえはたっぷりなのがわかる。
そしてクリームなどに隠れているプリン――フルーツもたっぷり。
その下もまだまだ層が重なっていて、どうなっているのかは食べて見なければわからない。
コインとリズは視線合わせてこくりと頷きあう。
さまざまな誘惑――美味しそうな藤ソフトクリームとか。焼き立てと良い匂いのベビーカステラとか――を、耐えてきたのだ。
このパフェと向き合う至福の時間へといざ! とお店の中へ。
ふたりは迷いなく、巨大パフェを注文する。
そして――二人がかりで丁寧に運ばれてくる巨大パフェ。
厨房から出てきた瞬間、楽しみとお喋りしていたふたりの声はぴたりと止まり、視線はそれに釘づけだ。
「お待たせいたしました、巨大藤パフェでございます!」
どうぞごゆっくりと言われてふたりはわあああと瞳輝かせる。
「運ばれてきた巨大パフェの眩しさよ……」
「サンプルより大きいのでは……それに藤色で色合いも綺麗。記念写真も撮りましょう!」
「撮ろ撮ろ~!」
コインはカメラ構える。リズさん、ちょっと左、やっぱり右! なんていって。そして上手く収まればぱしゃりと一枚。
すると――店員が気付いて。
「お撮りしましょうか?」
その言葉に、お願いします! と二人の声は重なる。
パフェを間に二人で笑って。ピースサインを決めぱしゃりと一枚。
思い出の一枚になるねとコインは笑う。
そして改めて、パフェと向き合うふたり。
「食べるのが勿体無いですね」
「そう、食べるのが勿体ない」
「でも食べないのはもっと勿体無いです!」
「けど食べないのも勿体ないというこのジレンマ」
「冷たくてふわふわして甘そうで、早く食べたいです!」
「って気合入ってるねリズさん!」
気持ちは同じ。リズはスプーンを手に、食べましょうと笑む。コインも流れるようにスプーンもって、いただきますを一緒に。
そしてすぅっと一匙目を同時に掬う。
それは紫色の藤ソフトクリームの場所。パフェを崩さぬように気を付けて――ぱくり。
一口食べた瞬間、リズとコインの視線は合う。そこに言葉はなく、しかし合わせた自然で通じこくりと頷きあった。
「…………。これは大冒険の始まりですね!」
「スプーンの向う先のままに……!」
ただお互い、このパフェをぞんぶんに楽しむのみ。
ソフトクリームは溶ける前に。でもちょっとスポンジ生地に沁みていくのも絶対美味しいからちょっと残して。
アイスクリームだって同じ。オーソドックスなバニラやチョコだけでなく、ここにもやはり藤色のアイスも。それは藤の蜜のアイスのようでふわりと香りが広がってくる。
「リズさん! こっち、このあたりもとても美味しいです!」
「! 金平糖が散らされて……っ」
「アイスと一緒だと食感も楽しいです!」
コインが示した場所を今度はリズが掬い上げる。この場所も美味しい――頬に手を添えて至福の笑み。
そしてリズは、チョコレートのあたりをコインへと進める。
「チョコレートソースのあたりも是非! 大胆かつ適切に攻略せねばなりません!」
このあたりを食べると崩れてしまいそう。ならば先にこちらから、とパフェを上手に切り崩していく。
着々とパフェは減っていく。サクサククッキー生地の層に出会えば、ソフトクリームや生クリームを運んできて合わせて食べるとさらに美味しくて。
ヨーグルトソースのあたりは酸味もあって甘さの中のちょっとした味変。フルーツも一緒に食べればまだ良い感じ。
と――パフェの器は、最後には空っぽになる。
「気づくと食べまくってました……!」
リズはスプーンを置いて、ごちそうさまでしたと言って。そしてコインへと笑いかける。
「友達と二人で食べると2倍、いやそれ以上に美味しいですね!」
「ね~! やっぱリズさん誘ってこれて良かったよ~!」
コインもぱっと笑顔いっぱい。しかし、ちょっとだけリズがしょんぼりしているのを目にしてぱちと瞬く。
するとリズは苦笑して。
「ただ、ほんの少し残念なのは、二人で食べると減る速度も2倍になるという事です……」
「―――あ、気付いてしまった? その事実に!」
そう、そうなんだよねとコインも苦笑する。
けれど――しかし、とリズは咳払いひとつ。
「それを解決する魔法の言葉があります!」
コインはぱちりと瞬いてリズを見つめる。するとリズはちょっとだけ声潜めて。
「……おかわりと言うんですが……どうです?」
「もちろん! 行こうかリズさん!」
その提案にコインはぱっと笑顔になる。
まだまだお腹に余裕はある。そしてせっかくなら――別のお店のパフェも食べてみたいかも! と笑って。
藤に溢れた妖怪横丁に足を運んで、瑞月・苺々子(|苺《いちご》の|花詞《はなことば》・h06008)は瞳輝かせる。
ふわりと風がふけば、並ぶ花房がしゃらりと揺れる。その様を瞳に映し、とても綺麗と苺々子ははにかんだ。
苺々子の傍で控える神子戸・牡丹(牡丹の約束・h06651)は、今日はこの通りでのお仕事と思っていたのだけれども。
くるりと苺々子が回って牡丹に向き直る。何か、今日の目標やすべき事を言うのだろうか、と思い牡丹は言葉を待った。
すると。
「今日は、調査……はお休み!」
「今日の調査は……お休み、ですか?」
そう! と苺々子は微笑む。お休み、の言葉に牡丹の肩よりちょっとだけ力貫ける。
苺々子はその様子に急だったかな? と笑って。
「牡丹も偶の休日くらい楽しまなきゃね。本当は私が見て回って遊びたいだけなのだけど!」
だから、今日はお休み。
楽しそうなこの通りにはいろんなものを見たり、食べたりできる予感が溢れているから。ほらみて、というように苺々子が視線巡らせるのを牡丹の視線も追いかけた。
色々なものを見て――牡丹の視線は苺々子の元へ戻ってくる。
苺々子の表情は期待に満ち溢れた笑顔でいっぱい。だから牡丹もわかりましたと小さく笑み零す。
「お仕事が急に無くなっちゃいましたが――ふふ。そういうことなら、お供しますね」
参りましょうと牡丹は苺々子の横に。
通りを歩いていれば自然と目に入るのは、藤の花だ。
「すごいねぇ」
「わあ……とっても見事」
どこを見ても、藤の花でいっぱい。店先にならぶ色々な商品も藤の物ばかり。
そして藤の花も、咲いている姿が見られるのだ。
こんなに立派な藤は見たことがなくて、牡丹の視線はそちらへと縫い止められる。
ずっと眺めていられるその光景。
でも、と牡丹は苺々子の視線がどちらに向いているのかもわかっている。
苺々子は店先に並ぶ綺麗な薄紫の花を模したグッズが気になって目移りしてしまう。
「――よし決めた!」
大きく頷いた苺々子に気付き、牡丹は苺々子様? と首傾げる。
「ねえ、牡丹。30分後、此処に集合ね! 自由時間にしよ?」
藤の花を見ててもいいし、気になるものがあれば見入ってもいいし!
そう、苺々子は笑む。牡丹はくす、と小さく笑みこくと頷いて返した。
「良いですよ、自由時間にしましょう」
苺々子がさっきから色々なものを見たそうにしていたのはわかっているし。牡丹自身ももう少し、藤を眺めていたいところ。
牡丹へと、それじゃあ30分後! と苺々子は改めて言ってすぐさま人並みの中へ。
あっちへ、こっちへと楽しそうに駆けていく姿を牡丹は見送っていた。
その姿が完全に見えなくなって、牡丹はさてと一息。
「とは言ったけれど……何を見て廻ろうかな」
美しい藤の花はたっぷり眺められたし。何か、特に欲しいというものもない。うーんと牡丹は考えて、そしてひとつ思いつく。
「――そうだわ」
苺々子様に、何か贈り物を選びましょう――牡丹はその思い付きに笑み零す。
彼女が使えるものが良いだろうか。探偵屋さんを応援したい。
役立ちそうなものはいくつか思いつくが悩みどころだ。
「資料や書類を纏められるものがあると便利かな?」
そう決めて牡丹は探す。藤の花を模したクリップのセットが目に入ったけれど、それは使い捨てにもなりそう。
長く使えそうなものが良い――そう思って探すものを決めれば、案外すぐに見つかって嬉しくなり牡丹はふふと笑む。
「喜んでいただけるかしら?」
自分の手にあるそれをにこにこと見つめる。ふわりと尻尾も揺れてしまうのは気持ちの表れ。
牡丹が贈り物を手に微笑んでいる事――苺々子もまた、お目当てのものを見つけていた。
「さっき見かけて、ピッタリかなって思った……あった」
これ、と苺々子は手に取る。牡丹への、贈物だ。
「喜んでくれるかな?」
これを使ってくれるといいなと苺々子は笑む。
「すみません、これくださいな!」
ラッピングは藤色の包装紙。これもいいなと、包まれていく様を苺々子は楽しそうに見つめていた。
と、時間を見ればそろそろ戻らなければと言う事。
でも藤色パフェをテイクアウトする時間くらいはある。
「牡丹と一緒に食べよっと」
澄んだ紫色のゼリーの上に藤色のアイスが浮かんでいて溶ける前に食べなきゃ! なんて思う。
そして、集合場所に戻れば。
「もう待っていたの? 早いね! あと5分くらいあるのに」
先についていた牡丹へと苺々子は笑いかける。
そして、はい! と先程買ったものを差し出した。
「えへへ。良いもの見つけたの、あなたに似合うかなって」
「ああ……|私奴《わたくしめ》に贈り物なんて」
あけてもよろしいですか? の声にもちろん! と苺々子は頷く。
牡丹が包みをあけると、そこにはレース編みの白いハンドカバーだ。
「藤の花も編んであって綺麗なんだよ――あなたの手の甲の火傷痕も隠しやすいかなって」
「まぁ……とても嬉しいです」
藤の花が、手の甲に咲く。それは素敵なことと牡丹は相好崩し、大事に使わせていただきますね、と胸元できゅっと抱きしめる。その表情はやわらかく、優しく。本当に嬉しそうで苺々子もつられて笑み深まった。
「喜んでもらえて良かった!」
「ふふ。それでは、お返しをしなくちゃいけませんね!」
私からは此方をどうぞ? と牡丹は差し出す。苺々子は差し出されたそれと、牡丹との間で視線を動かして。
「牡丹からも貰えるなんて思わなかったな……!」
苺々子も今みていい? と聞いて。牡丹がもちろんと頷いたのでそっと包みを開ける。
するとそこには。
「藤色の本革製ドキュメントケースです。細かな藤も彫られていて、お仕事のやる気も上がると思いまして」
「本革って、ちょっと高かったんじゃない?」
でも、とても手触りも良くて持った感触も丁度良い。牡丹の言う通り、彫られた藤がとても美しく目を惹くデザインだ。それはとても嬉しい贈り物。
「ありがとう! 大事に使うね!」
苺々子はぎゅっとそれを抱きしめて。笑顔いっぱい。
そして、苺々子はそうだ! と思い出す。
「パフェ買ってきたの! アイス溶けちゃうから食べよ!」
「あら……苺々子様、実は私も」
苺々子様と一緒に味わいたいたくて、と牡丹ははにかむ。
葉を模した緑色の部分は抹茶プリンなんだそうですよと、パフェを見せる。
「あはは! 2人して同じようなパフェ買っちゃったんだね」
「ふふ、苺々子様の選んで下さった甘味も美味しそう」
「良いよ、交換こして一緒に食べよう」
では少し休憩にしましょうかと牡丹は言う。座れる場所をさっき見かけたのでそちらにと苺々子を連れて。
ふたりで並んで食べるパフェは何よりも美味。美味しいと笑いあう――身分も時間も忘れ、つい楽しんでしまいますね、と牡丹は零した。
苺々子は頷くと、真っ直ぐに牡丹を見て。
「私の大好きな|牡丹《祈莉》」
またこうしてあなたとお出かけしたかったの、と苺々子は紡ぐ。
ゆったり紡がれたその言葉は牡丹へと、響くのだ。
――|祈莉《いのり》。私の本当の名前、と心の中で反芻する。
「いつもありがとうって伝えられる細やかな時間が、私には何より幸せなんだって気付いたからね」
それはあなたがいてくれるから。これからもずっと一緒にいてほしい。
苺々子の向けるまなざしに|牡丹《祈莉》は自分の思いを言葉にする。
「本当に、本当に、あなたにお仕え出来て幸せだなって」
私、そう思うんですと朗らかに微笑む。この先もずっとお仕え致しますと心のうちに抱いて。
第2章 冒険 『誰そ彼、迷い路』

日が暮れ始めたなら、妖怪横丁の賑わいは少しずつ藤の大樹のもとへと移っていく。
その大樹の下で、人々は花見の宴を行うのだ。篝火がたかれ、薄暗くなっても明るさは保たれる中で。
といってもどんちゃん騒ぎをするわけではなく、その花を眺め穏やかに過ごすものがほとんどだ。
花を見ながら、花に与えられたものを口にする宴。
その最たるものが、藤の花の酵母で作った藤酒の振る舞いだ。
それは去年咲いた花の酵母で作られており、今年もこれから少しずつ花をもらってまた酒を仕込むのだ。
成人していれば振る舞い酒がもらえる。未成年や酒が得意でない者には、藤の蜜を炭酸水で割ったものが振舞われていた。
それから、他にもふわふわのパンケーキも。ふわふわでしっとりしたパンケーキの上には藤ソフトクリームか、それとも生クリームか。両方お願いすれば両方のせてくれるという。どちらを選んでも、藤の蜜がとろりとかけられ、最後は藤の花の砂糖漬けがはらりと添えられるのだ。希望があればさらにチョコレートソースのトッピングなどもあったり。
他にも藤の花の天ぷらなどもある。それをちょっとつまんで、酒を一口のみ、花を見上げて楽しそうに笑う声を零すものたち。
小さな子供がパンケーキを食べ微笑んで、また来年! と藤の花に挨拶したりと、皆思い思いの時間を過ごしている。
例年なら、そう――なんてことない穏やかな時間なのだ。
その時がくるまで、藤の下でまた楽しい時間を過ごすのも良いだろう。
しかし楽しんでいたなら、きっと視界の端にそれを見つける時がくるだろう。
ふわりと、蝶々が飛んでいる。それを見つけてしまったものは、おやと追いかける。
藤の花の髪飾りを付けた幼い少女が蝶々! と嬉しそうに追いかけて、止める母の声は聞こえていないようだ。
今年の酒の出来は最高だなといい気分で酔っていたものがふらふらと、蝶がいると誘われたり。
そう言った姿が、見られ始めた。
宴の席を楽しみながら、蝶に誘われそうなものを引き留める。それもできるだろう。
はたまた、蝶に誘われてついていくことも。
不思議なことに、蝶々を追いかけると――世界がふわりと、どこかで変わる。
藤の花が咲いているのは変わらないが人の気配が消えるのだ。
美しい藤の花の世界はやさしく、貴方を歓迎してくれる。
決して離れたくないと――そんな思いがこみ上げてくる。何から、離れたくないのか。
離れたくないそれが、この先にいる様な気がしてきて導かれるように歩みは進む。
その想いは、もとから貴方が何かに抱いている想いかもしれない。はたまた、植え付けられたような心地を得ることもあるかもしれない。
ただ、この藤が花咲く先に行けば答えがわかる気はしていた。
夕暮れ時、頭上には満開の藤の花。それはなんと
藤の蜜酒を一献、天ぷらを口に含み、花を仰ぐ――和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)はその瞳細め、この光景を享受していた。
この酔いも香りも、悪くないな、と蜚廉は零す。
何と穏やかな時間だろうか、とこのまま過ごせたらよかったのだが――ふらり、と。
視界の端で一人の男が立ち上がりふらふらと歩み始めるのを目にした。
蜚廉はその姿を見て、盃を置く。
「……ふ、よかろう。英気は満ちた。あとは“奥”を確かめるのみ、だな」
あれは誘われたもの。そのまま行かせるわけにはいかないと蜚廉はついていく。その先にひらり、ひらりと蝶が踊るのが見えた。
蝶に招かれるように男は歩んでいく。蜚廉はふむ、と頷くと男を引き留めた。
声をかけると、男は不思議そうな顔をして――首を傾げる。
なんで歩いていたんだろうか、というように。男は声をかけてくれてありがとうと頭を下げ、共にきていた者達の所へ戻っていく。
ならば、あの舞う蝶の後をついていくのみ。
誘いの香は甘く、迷いなく、その花の奥へと進んでいく。
蜚廉の足取りは迷いない――この先に“何か”がある。確かめねばなるまい、とこのまま向かう事を決めている。
蝶が招いていく先は、人の気配が消えていく。風が吹けば花が、しゃらりとなる様に揺れていた。
その様にふと、足止めて。
次は誰とこの花を眺めようか――そう、蜚廉は思う。そしてそう思ったことに気付き、ふと笑った。
「そんなふうに考えるとはな。我も随分と、馴染んできたものだ」
さて、何処に連れていかれるのやらと再び歩を進める。迷うこと無く、今回も生き延びるのだと。
それだけを考え、蜚廉は蝶をゆるりと追った。
しゃらりと揺れる。妖怪スマホにつけた摘み細工の藤のストラップを満足げに笑ってみて。そして懐に仕舞い込んだ藤野・静音(怪談話屋・h00557)は――改めて、頭上を見上げた。
咲き誇る藤の花は風にゆれ、大ぶりの花が楽しそうに笑っているように見える。
この光景を、毎年ひとびとは眺めているのだろうと思うと心に灯るあたたかなものがあった。
「あぁ、本当に美しいね」
藤の大樹――その幹へと静音は近付いていく。
高くから降り注ぐように垂れた藤の花に感嘆の息を溢して、静音は瞳細めた。
長年、大事にされてきたからこそこうして今年も、華やかにここにあるのが感じられる。丁寧に手入れされ、咲き誇っているのだから。
ずっと見ていられる。見惚れてしまいそう――けれど折角だからと静音の視線は人々が集う場所へと向けられた。
そこには藤にまつわる食べ物の屋台が並んでいる。
藤の花の酵母の酒――酒は好きだが強くはない。味わってみたい気持ちもあるけれど、この後の依頼を考えるなら、今はやめておくのが正解だろう。
それならと目についたのはふわふわのパンケーキ。
パンケーキはあまり食べたことがないものだ。
けれど――それをもらって、美味しそうに、そして嬉しそうに、楽しそうに食べる人達を見れば興味はそそられる。
その様子につられるように、静音もひとつ。
厚めのパンケーキはふわふわなのだろう。生クリームはたっぷり、藤の蜜もたっぷりとかけられたそれを、ひとくちぶんとってぱくり。
ふわり、しゅわと口の中で溶けていくような心地。それに藤の花の香が蜜から感じられて静音は相好崩す。
美味しいなと思いながらパンケーキから藤の花へとその視線が移りゆく。
「実に幸せだねぇ」
ほとりと零れたその気持ち。誰に告げたでもないが、藤の花がさわりと揺れて、頷いているようでもあった。
この『依代』の身体は未成年の区分にあたる。であるなら、郷に入っては郷に従え。守るべき事をちゃんと順守するアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は、藤の蜜を炭酸水で割ったものを喉に落した。
しゅわとする感覚に、甘さがほんのりと。なかなか良いとその手にある飲物をもう一口。
ゆるりと歩みながら、アダンの視線は上へと向く。
「離れた所からも見えてはいたが間近で見るのもまた、違った趣があるな」
風が吹けば花は揺れしゃらりと音を奏でているような気さえする。アダンは折角だからと藤の写真を撮っていく。
いろんな角度から、シャッター音は消しひとびとの邪魔にならぬようにしながら。
花だけをとったり、見上げる構図であったりと撮り始めればなかなか面白い。
そしてふと、そのカメラの端に屋台が移り、そちらへと視線が向いた。
先程もらった蜜を炭酸水で割ったものも美味しかった。食事に関しても興味深い、その屋台を見る。
銅板の上にぽてっ、ぽてっと生地がおかれ、焼かれている。ひっくり返し、蓋をして――しばし待っているとふわふわの生地が中から登場した。
「写真に収めるならばパンケーキか」
ふわふわのそれがゆれるようなそぶりをみせ、どれほどの柔らかさと期待がある。
そんなわけで列に並び、アダンの順番が回ってくる。
「生クリームにするかい? それともソフトクリーム?」
「乗せるのは……」
「それとも、両方かい?」
「何、両方でも構わぬのか!? 何という贅沢感……!」
「マシマシもできるよ」
「では、両方頼もう!」
パンケーキの上に生クリームとソフトクリーム。最後に藤の花の砂糖漬けが乗せられる。
手にすれば、なんとも昂揚する。
此方も食べる前に、忘れずに撮影をとアダンはシャッター押す。
藤の花と一緒にもとりたいなと持ち上げて共にとってみたり。
しかし、写真とるのもそこそこに――解けぬうちにとパンケーキを食す構え。
食感や香り、味に関しては俺様の感覚でしか伝えられぬから、ゆっくり堪能し、そしてすべからく伝えよう――と思っていた。
其の筈だったのだが。
「……ない、だと?」
あまりの美味さに、あっという間に食べ終えてしまった。
ふわふわ、しゅわと消え――バランスの良い甘味。生クリームとソフトクリーム……と反芻するアダン。
もう一つ食べる程、胃袋に余裕はない。
殻になった容器を見るのは少しばかり寂しい気もする。あと一口あったら、なんて考えてしまうことに苦笑して、アダンは手を合わせた。
「御馳走様でした」
アダンは藤の花を見上げ、そしてくるりと周囲を見回した。するとひらひらと蝶が飛んでいるのを見つける。
「食後の運動がてら、蝶を追うか」
その先に何があるのだろうなと――思いながら。
大人たちが手にしているのは藤の花の酵母からつくった酒だという。
「お花で作るお酒なんてあるんだね」
でも、それを自分がまだ飲めないのは知っている。だからメイ・リシェル(名もなき魔法使い・h02451)は、そっちの炭酸水をくださいと笑む。
炭酸水で藤の花の蜜を割る。シンプルだけれど、口近づければふわと花の香りがした。
それを一口飲めば――口の中で弾ける感覚。
「しゅわしゅわしてて楽しい。それに不思議な味がするね」
手にした炭酸水を見てぱちと瞬く。それをゆっくり飲みながら、メイは周囲へと気を配っていた。
そして――あ、と零す。
ちょうちょ! と言って両親のもとから離れていく幼子の姿をみつけたから。
両親も追おうとするが人波に捕まって追いつけないようだ。
だからメイは追いかける。
「ねぇ、待って」
声をかければ、幼子はちゃんと立ち止まった。メイはよかったとホッとして――幼子の親がいる方を示した。
「帰った方がいいよ」
ほら、探してると告げれば幼子も気づいて。頷くと手をふって、両親の方へと走っていった。
メイはちゃんと両親のもとに帰ったのを見守って、幼子の追っていた蝶を追いかけた。
蝶についていくと、人の気配が薄れて。いつの間にか藤の花咲き誇る場所を歩いていた。世界が変わったと、メイも感じていて。それに胸の内にむずがゆさが沸き起こっていた。
「離れたく、ない……」
メイは胸元をそっと手で押さえる。
ボクは、何から離れたくないんだろう――それがわからなくて不安にもなる。
エルフは過ぎゆくものに興味を持ちにくいはずなのに、そんな気持ちを抱いてしまって。
「……わかるかな」
この花の下を進んでいけば。まっすぐ、蝶に誘われるままに。
そしてふと不安が、メイの中に滲んだ。でも、一呼吸。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるようにメイは紡ぐ。
ボクのAnkerは√能力者じゃないから、この√には来られない。
だから、大丈夫。
「変なこと考えちゃった」
は、と大きく息吐いて落ち着きを取り戻す。そしてぺちぺちとほっぺを叩いて、気合を入れ直した。
赤い瞳には憂いも、不安も今はかききえて。ただ真摯に前を見つめる色だけがあった。
何が待っててもちゃんと解決しなきゃ――そのために、来たのだからと。
巨大パフェを美味しく制覇して。しかし、それで満腹。おかわりはさすがに無理だったのだ。
確かにパケーキも美味しそうだけれども、楽しみは食べ物だけではない。
そう、此処には酒があるのだ。
頭上に美しく咲き誇る藤を置けばなんて贅沢な酒盛りと思わず零れる。
酒をちびちびくらいにしておきましょうですと四百目・百足(|回天曲幵《かいてんまがりそろえ》・h02593)は笑っていた。
櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)もそうしようと頷き、さっそく藤酒を手に。
互いの盃に注いで合わせたなら、さっそく口へと運ぶのみ。すっきりとした味わいに、花の香りがふわとくるような――とても飲みやすく、美味しいと感じる酒。
「フム、花見をしながら、その花から頂いたものを嗜むことができるとはなんと贅沢な」
いいねぇと百足は見上げる。湖武丸もつられてみあげて、そして手にしていた酒をまた一口。
「花で酵母が作れるのは知らなかったが、なかなかの味だ」
「この場に感謝しなければなりませんですね! 色合いも俺達によく合いますですし!」
藤の色は、確かに二人の持つ色合いと柔らかにあう色だ。この花の下に馴染んで、この光景に溶け込んでしまいそうな心地。
そう思うのは雰囲気とアルコールでフンワリしてきてよい気分だからもある。百足はご機嫌の表情で笑み浮かべ、ちびりと飲んではこれ買って帰れるんですかね……とちょっと気にいった素振を見せる。
確かに美味い酒で、今回だけで終わるのは惜しい。湖武丸はあるんじゃないかと言って。
「勿論、仕事を済ませたら土産に買って帰ろう」
それを仕事終わりの楽しみに。
他愛ない話をしながら、酒を口に運んで。は、と吐き出した呼気も藤の花の香になっているような気がする。
湖武丸は藤を眺めながら酒を楽しむ、こんな時ならいくらでも過ごせるなと笑っていた。と――湖武丸の視線の端になにかが、ひらり、ふわりと飛んで。
「ん、蝶なんて飛んでいただろうか?」
そちらに気をとられる。蝶――その向かう先に何かが見える様な気がして、湖武丸は知らずと立ち上がる。ふらりとその足は一歩踏み出して。
「湖武丸、どこへゆくのです!」
けれど、しゅるりとその身を捕縛するように絡め取り引き留める。それは百足の、自慢の長い尾だ。
一歩踏み出そうとして体が動かず、湖武丸はそこではっとする。百足を見て、湖武丸は自身が立ち上がっている事にもやっと気付いた。
「はっ、かっこよくて頼もしいムカデが目の前にいるというのにどこぞの蝶に心を奪われかけるとは俺はなんて奴だ」
その声にそうです! と百足は大きく頷いた。
「ただの美しい鱗翅目より頼りがいのあるカッコい~い多足類が側におるのです、ゆめゆめお忘れなきようお願いしますですよ!」
「すまない、兄……ところで、いつの間にか尻尾が巻き付いているのだが」
その尻尾はまだ巻き付いていて。湖武丸が百足を見れば、酒を飲んでご機嫌の顔をして笑い、悪戯するように湖武丸を引き寄せる。
さっきまで座っていた場所に引き戻されて、ささとまた盃を。
「さて宴はまだまだ続きますからね、しっぽり呑んでいきましょう」
「はは、俺は蝶を追うよりこちらの方が好きだな」
そうでしょう! と百足は湖武丸の盃に注ぐ。藤の下で飲み交わすそれを、喉に落とせば花の香が満ちる。
その足取りはるんるんと弾んでいる。
「見て見て~! 洸惺くん、全部貰ってきちゃった!」
集真藍・命璃(|生命《いのち》の|理《ことわり》・h04610)は輝くような笑顔で、パンケーキを手に月夜見・洸惺(|北極星《Navigatoria》・h00065)のもとへ。
「何だかすごいことになってる!?」
と、洸惺が驚くのも致し方ない事。
なぜなら命璃は、藤蜜入りの炭酸水と。藤ソフトクリームとトッピングたっぷりのパンケーキ。
さらに藤のてんぷらにほかにも沢山。一番食べたいパンケーキは手にしっかり。あとは念動力で浮かせて一緒に持ってくる。
「え、全部食べるの!? 持てないからって浮かせてまで……」
「幽霊ってこう言う時便利だよねぇ」
のほほんとしたその言葉に命璃お姉ちゃん……と洸惺は何とも言えない顔しつつ、持つよと浮かんでいるのをいくつか手にした。
「ねね、一緒に食べようよ!」
その提案に洸惺はうんを頷いてはにかんだ。
篝火に照らされて。藤の花も輝き帯びるような。風が吹けばしゃらりと揺れる様をふたりでみあげ、美味しいものを。
いやあ、贅沢だねぇと命璃は楽しそうに紡ぎつつ、パンケーキを口へ。
ぱくりと食べれば、しゅわと消えていく心地に目を見張り、輝かせる。
「藤の蜜に藤の花!パンケーキなんてどれだけでも食べられちゃいそう」
甘くてふわふわで美味しくて。もう一回おかわり貰ってこよっかなあ? とまだあるけれどすでにそう思ってしまう命璃。
「えへへ、どれも美味しいね」
洸惺もふわりと微笑んで、藤の大樹も賑やかな宴に喜んでいるみたいと紡いだ。
「ところでそのパンケーキは何枚目? さっきからずっと食べてる気がするんだけど……僕の気のせい?」
まだおかわりいってないよ? と命璃は紡ぐ。でも今から行ってこようかな~とパンケーキのほうをちらり。
と、洸惺は気付く。人波の中を小さな子が此方へ向かってきているのを。パンケーキに夢中の命璃はそれに気づいてないようで。
「ふらふらした小さな子がこっちに来ているね?」
「んふふ、幸せ~。わあ!?」
こっち、と引っ張って寄せたのだけれど。他方からきた人と命璃はぶつかってしまって。そして洸惺も避けたと思ったが同じ方向にその子が動いて受け止めることになった。
美味しいと幸せ笑顔からびっくりに。
「わ、命璃お姉ちゃん大丈夫!?」
しかし、ぶつかったことよりもなによりも。
「パンケーキが地面に……まだ食べてたのに……」
ぶつかって地面に落ちたパンケーキを見つめて深い悲しみの底に。
「ぁ、うん。パンケーキの心配しているくらいだから、大丈夫そうだね……」
洸惺はぶれないなぁ思いつつ受け止めた小さな子に声かける。すると蝶がいたのとその子はいって。命璃はパンケーキに嘆きながらその子へと告げる。
「蝶? 見てないよ?」
「前を見ないと危ないよ? ほら、お友だちが呼んでるよ。行っておいで」
洸惺も蝶はいないよと周囲見回して。そして手をふって招く子たちを見つけて、背中を押してやる。ふらふらしていたのはもしかしたら誘われたから、なんて思いながら。
そして見送って――命璃を見れば。
「命璃ちゃんのパンケーキが……」
「命璃お姉ちゃんの鳴き声がパンケーキになっちゃってる……」
泣いてるなんかないもん! と言いながらも命璃の声は元気がなくて。
「えっと、もう一枚新しいの貰いに行こう?」
洸惺はまだたくさんあるみたいだしと屋台を示す。すると黙っていた命璃はちらりと洸惺を見て。
「何枚でも食べていいかな?」
その言葉にいいと思うよと洸惺は笑って返した。
藤の花からつくられた酒――そのあじわいはどのようなものか。
御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)は喉に落とし、花の香がするとふと笑み零した。
「良い酒だな。瑠衣はまだ飲めないのが残念だな」
「もう、すぐお酒を勧めてくるんだから……確かにこういう雰囲気なら合うのかもしれないけれど。」
そう言いながら、萩高・瑠衣(なくしたノートが見つからない・h00256)は炭酸水を口に。そちらは藤の花の蜜を割っているのだそうだ。しゅわりと弾ける心地に瑠衣もおいしい、と思わず零す。
その様子みつつ刃は笑ってもう一口――飲みながら、それを見つけた。
「さて、あの蝶。誘ってるみたいだな」
ひらり、ひらりと空を切儘に飛んでいる蝶だ。あれから感じる、何かの気配を刃は察する。それを瑠衣も見つけて。
「面白い。誘いに乗ってやるよ」
「それにしても、蝶が誘う先なんてまるで子供の頃のあの時のよう、ッ!?」
それを視線で追っていたものの刃の言葉に息をのんで、ぱっと顔を向ける。
すると瑠衣の目に映る彼は何も問題ないというように笑っていた。
「行こうか。瑠衣。どうやら先客は俺らをお呼びらしい」
「だったら踏み込みすぎちゃダメ!」
瑠衣は釘刺しつつ、刃が止まらないのもわかっている。だから、彼の後ろをついていくのだ。
深入りしすぎないように声をかけるけれど、凄い自信ねと思いながら。それに、同じように蝶を追いかける人がいればその人の足を止められたらと瑠衣は周囲にも気を配っていた。
蝶を追いかけるように人の間を抜けていたけれど、突然――人の気配がなくなる。
そこには藤の樹とふたりしかいないように感じられた。
その空気の変化に刃は相手のフィールドに入ったなと察して。
「瑠衣、不用意に自分の前に出るなよ」
不敵な笑みを浮かべてゆっくりと進んでいく。刃はちゃんと瑠衣がついてきているのを感じていた。
と――囃子の音が響く。それを奏でているのは、瑠衣だ。
この世界での拍子とは違いそうだけれど、逸る気持ちを落ち着かせ、鎮めるために。
でも、この世界での拍子とは違いそうだけれど、逸る気持ちを落ち着かせるために。
でも瑠衣はちゃんとわかっていた。
(「……鎮めるのは私自身も、ね」)
そう思うのは――心がざわつくから。
(「この雰囲気、よく似ているけど、きっとこの先に私が失くしたものは、ないから」)
瑠衣はこの先に何が、と視線を向ける。そこにある何かが瑠衣に何かを与えてくれるかもしれないから。
でもその前に、声が振ってくる。
「心配すんな。瑠衣。誰にもお前には手を出させないし、俺を止められやしない。闘って俺を倒さない限りな」
刃の言葉に瑠衣は瞬いて、そして小さく笑い零す。
安心して進めるわねと、その言葉はとても心強いものだった。
「いい時間になってきましたね」
日が暮れていく。あかりともされ、藤の大樹の周囲にはひとびとの賑わいが。
花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)は瀬条・兎比良(|善き歩行者《ベナンダンティ》・h01749)へ、行きましょうと促す。
「涼しくなりますから、風邪を召されないようにお気をつけて」
兎比良のやさしさに小鳥は頷く。
日暮れは藤酒とパンケーキを迎える合図――小鳥の瞳はパンケーキをじっと捉えていた。
兎比良もまだ任務が始まるまで時間があるのはわかっている。そしてひとびとが楽しそうに、けれど静かに宴に興じる姿に瞳細めていた。
宴の邪魔はするつもりはもちろんなく。けれどやはり勤務中。アルコールはやめておきますと藤の蜜を炭酸水で割ったものを。
それを一口――と、ふわりひらりと飛ぶそれに兎比良の視線が縫い止められた。
蝶々だ。
蝶々は兎比良にとって妹のことを思いだしてしまうもの――兎比良はそのことを小鳥には気付かれないようにと気を向ける。
けれど、小鳥が敏いことも知っているので、きっとと彼女を見れば。
小鳥はもちろん兎比良のその様子に気づいていた。視線が遠いと、その先を追って蝶々を見つけたなら兎比良の視線と小鳥の視線が出会う。
小鳥は兎比良へと微笑み、その手を引いた。
「追いかけましょう」
彼は、妹の蝶番を蝶と呼ぶ。小鳥はそれを知っているから、舞う蝶々に彼女を重ねているのだろうと胸の内に想う。
こうして手を、小鳥と繋いでいるけれど。本当ならこの繋いだ手は彼女だったとも思うから。
そして小鳥も――思う。私も兄さんと離れたくなかった、と。
(「繋いだ手の先は兄さんだったはずなのに」)
そんな想いが込みあがってくる。
兎比良も手を引かれるままに蝶々を追いかける。けれど、その先に行くことは私には出来ないと兎比良は零した。
「大丈夫です。二人は離れていません」
私には無理でも彼らはまだ間に合うはずだから――今は私で我慢していてくださいと微笑む。
今、手を繋いでいるのは私だけれどと。
離れがたい――小鳥の紡ぐ言葉に、いいえと兎比良は首を横に振って、告げる。
「蝶は、いません」
そして貴方は私の妹でもなければ、私は貴方の兄でもない――兎比良はただ、事実を紡ぐ。
そして微かに、笑み浮かべて。
「今ここにいるのは小鳥さんと私ですから」
引かれるままの手だったけれど、兎比良はその手を結び直し今度は自分が手をひく。
ここにいるのは、兎比良と小鳥――そうであって欲しいと兎比良は思うから。
「戻りましょう」
小鳥はその言葉に、引かれる手の力強さに引き戻される。
ここに自分の兄はいなくて。そう、目の前にいるのは兎比良さんとその姿を人身に映して。
ここにいるのは、私たちなのだと。
兎比良と繋ぐ手。少しだけ強く、そっと握る小鳥。
離したくないと、そう思うから。宴の席の賑わいが、戻ってくる。
小鳥と兎比良の頭上で藤の花がしゃらしゃらと揺れていた。
本物の藤の花、とオフィーリア・ヴェルデ(新緑の歌姫・h01098)の瞳はその色映して瞬く。
美しい色――花は咲き誇り、重なってどこをみても埋め尽くしている。
間近にその花を視たくて、大樹の傍によればそれはまるで、音の無い滝のように見えた。
頭上から降ってくる。とめどなく――時折風に触れてそれが飛沫のようにも見えて。
「揺らめく藤の彩りが幻想的な光景だな」
その光景にクレス・ギルバート(晧霄・h01091)も柔らかに、愉しげに笑って。
「花弁の雫を掬い上げられないかしら?」
そう言って手を掲げるオフィーリアの姿をクレスは見遣る。
柔らかな花色に染まる眼差し。金糸の髪に揺れる藤の花飾り。
いつも見ている横顔なのに、知らない横顔のようにも見えて。でもやっぱり、知っているのだ。
だからクレスの口からするりと、零れ落ちる。
「……俺の色を纏うリアは綺麗だな」
そう呟いて、八ツとする。その声がオフィーリアに聞こえていなければ――と思ったけれど振り向いた彼女と視線が合う。
「いや、違う……その、俺じゃなくて藤色だな!」
気恥ずかしさを誤魔化すように言って。クレスは手にしていた藤蜜の炭酸水を口に含む。
しゅわりと弾ける甘さに心も落ち着いてきて。でもじっと、見詰めていたオフィーリアが、もしかしてと小さく笑い零す。
「照れてる?」
いつもならさらっと褒めてくれるのに――だからちょっとオフィーリアもくすぐったさを感じて。
「クレスが贈ってくれた髪飾りのお陰かも」
そっとオフィーリアは藤花の髪飾りに触れて改めて礼を伝える。そして藤蜜の炭酸水を一口。おいしいねと笑う彼女にクレスもまた微笑んだ。
と、オフィーリアの目はふわふわのパンケーキが焼かれているのをみつけて、それも気になるところ。でもパンケーキも食べたいけれどもうすぐ事件の時間がくる。
「ふわふわのパンケーキはおあずけだな」
「うん。続きは解決の後で」
ひらりふわりと、蝶がパンケーキの店を通り越して飛んでいくのをオフィーリアは見つける。それを追いかけようとクレスの手をとって。
「ほら、見てクレス。綺麗な蝶が飛んでいるわ」
私達を導いているみたい、ついて行ってみましょうとオフィーリアはその手を引いて歩きだす。
「蝶に夢中になってはぐれるなよ、リア」
離さないようにオフィーリアの柔らかな手を握り返し、ふたりで蝶に誘われるままに歩み進める。
ひとびとの賑わい。宴の気配がやがて遠ざかっていくような。
藤花の帳の先に何があるのか、確かめるに為に二人は進む。
繋いだ手のあたたかさを、共に感じながら。
頭上で英が揺れのを見つつ、藤蜜の炭酸水を口に運ぶ。
こくりと一口飲めば喉を落ちていく。
甘さと共にしゅわりと弾ける感覚にコイン・スターフルーツ(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00001)はぱちと瞬いた。
「わぁぁ、これ超ウマイね~!」
リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)も共に一口飲んで頷いた。甘みもしゅわしゅわ加減もばっちりですと。
そしてふと、思う。もしかしたらこういう時間が、自身の知らぬそれなのではと。。
「私は学校って行ったことないんですが、学校帰りの買い食いってこんな感じなんでしょうか?」
「そうそう、そんな感じ! って私も学校は潜入でしか行ったことないんけどね!」
と、コインは笑って。でも、と言葉続ける。
「買い食いはしたことあるよ! 今みたいにね」
その言葉にリズも笑む。学校に行ったことはないけれどちょっと知りたい世界。その雰囲気を今、味わえているのだと思えて。
「友達と一緒に食べ歩きってワクワクしますね!」
「ずっと続いて欲しいなーってわくわくする感じ!」
そう、声重なると同じ気持ちにふたり顔見合わせて笑み零した。
「コインさんが学校に通ってないのは少し意外ですね。学生探偵というイメージでした」
他愛のない話をしながら、藤の花の下を歩む。大樹のまわりでひとびとは楽しそうにしていて。
コインとリズと同じくらいの年頃の少女たちも楽しそうに過ごしているのが目に映った。その手にはパンケーキがあって。
でも、ふと――感じたことのない感覚。
「この先ね」
コインは少し真面目なトーンで零し、気配を探っていく。
リズも何か不思議な気配を感じていた。
離れたくない、不思議な感覚。それに誘われているようでもあって、コインはそれは何にと考える。
「コインさんは何があると思いますか?」
問いながらリズは言葉続ける。それは自分の考えを伝えるために。
「私は……きっと塩系とかマスタード系とか、甘味とは違う美味しさが有るんじゃないかと思います!」
そう言ってリズは、はっとする。この可能性もあるかもと。
「もしくは和菓子的な甘さかもしれません!」
「わかる! そう、まるで空腹の時のパフェ! ってリズさんが食べ物の話ばっかするから」
コインはリズが連ねたものを想像してしまう。だから考えも一緒の方向に。
「さっき食べたばっかなのに、またおなかすいちゃったじゃん!」
でもそれも楽しくてもう! とコインは笑う。リズは確かに、なんて笑って。
「……進まなきゃわかんないことってのもあるかもだよね!」
きりりと改めてコインは表情引き締める。行かなければわからないこともあるからと。
「リズさん一緒にこー!」
ふたりのそばをふわりと蝶が閃いて。その行く先はどこだろうか。
コインへ、ええと頷いてリズも一緒に歩み始める。
「ううん。楽しみですね」
この先に――離れ難い思いを与えてくるそれは、美味しい食べ物だと信じてリズは微笑んだ。
風が強くふけば、しゃらりしゃらりと藤の花が揺れて波打つ。
揺蕩うようなその波に弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)は美しいですねとその瞳細めた。
うん、とアドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)も共に、頭上の花を眺めて。
そして周囲を見渡せばひとびとは花の下で穏やかに宴を紡いでいる。
「鮮やかで幻想的な藤の花は人を惹きつけてやまない魅力があるね」
その言葉に結希もええと頷き、紫に連なる姿は幻想的なほどに美しく、蝶も舞い心も誘われるのでしょうと零した。
ほら、と結希はひらひらと飛ぶ蝶を見つけて指し示す。けれどアドリアンはその蝶に僅かに眉よせて。
「こんな素敵な時間の中、人々を誘う蝶が舞う様じゃ気になって楽しみきれないじゃないか」
藤の花と蝶、その組み合わせは鮮やかさを増すのだろうけど、どこかえ誘ってしまうのは無粋ってもんだよとアドリアンは紡ぐ。
「けれど、蝶はひとの魂と言いますし」
結希は舞い踊る蝶を視線で追いかける。まだだれも誘ってはいないけれど、いつ誰が惹かれるかわからないから。
「こうして今、現実に咲き誇る藤を忘れて、何処かへと彷徨う蝶を追いかけるのは悲しいと思います」
だから蝶に誘われる人々は引き留めましょうと結希はアドリアンへと微笑んだ。
アドリアンは結希の言うこともわかるしと頷く。
蝶に誘われる人がいないかと花を見つつ気を配る。
「アドリアンさん、あそこに」
「あっちにもいる」
蝶は一羽だけでなく。アドリアンと結希は顔見合わせて、分かれて蝶に誘われる人を追いかける。
「どこいくの?」
アドリアンは蝶に誘われていた少年に声かける。少年はふわふわとした心地のようで心ここにあらずといった様子。
「蝶々が気になる気持ちはわかるけど、やっぱり今はこの咲き誇る藤を楽しまない?」
ほら、みてとアドリアンは頭上を示す。こんなに綺麗に咲き誇っているんだからと。それでも少年の気は蝶にまだ惹かれていて。
「何かから離れたくないという思い、僕もわかるよ」
アドリアンは肩竦めて少年へと笑いかける。
「だって僕は毎朝感じてるし」
置きたくなくて、寝たいって思うけれど――でもだからと言って、それに誘われていったらきっと後悔するよとアドリアンは紡ぐ。
「だってこの大切な時間を捨ててしまう事になるんだから」
誰かと一緒にきているんじゃない? とアドリアンは問う。
すると少年はそういえば、とはっとする。そしてあそこにいると歩み始めたのは結希のいる方。
「ダメですよ」
結希が声かけた少女は何故声をかけられたのか、不思議といった表情で見上げてくる。
彼女へと、こんなに美しい藤の咲き誇る姿から眼を離してはと結希は視線で藤の花を示した。
少女の意識は蝶から藤の花へと移っていた。
「そして傍にいる、大事なひとを忘れてしまっては」
ひとの魂とも言われる蝶――離れたくないという気持ちがこみ上げるのは、離別の為かもしれなくても。
それでも今は、と結希は思う。
「今を、この瞬間を生きましょう。現実から視線を外してしまうのは、これからの未来に瞼を瞑る事なのですから」
結希はアドリアンが少年を伴ってやってくるのを見つける。少年は結希が声かけた少女の連れのようだ。
おにいちゃんだ、と彼女が零すのに離れてはいけない相手がいましたねと彼等に視線向けた。
だから今を――この咲き誇る現実と藤を見つめましょうと微笑んで。
暮れていく――夕焼けのいろ、篝火のいろが藤の花を照らしていく。
きれい、と饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|或いは仮に天國也《パラレル・パライソ》・h05190)はその光景見上げる。自分の中で神様もこの光景を愛でているのに小さく笑み零した。
「そろそろいい時間ですね。移動しましょう」
志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は、その手にタバコを。
す、と煙吸い込んで吐き出した。
ふたりは蝶を見つけて、それについていく。どこへ連れていく気なのかはわからない。けれど周囲から宴の気配が消えて、藤が頭上覆う中をいつの間にか歩んでいた。
それと共に――何か、感じるものがあった。
(「不思議な感覚……後ろ髪を引かれるような。離れがたい、なにか」)
これはなんだろうと紫苑は思う。
両親と離れがたいと思ったことはない。その感覚は施設にいる間になくなったから。己の身に起こった事を思えば仕方ないよね、と割り切ったところもあるのだ。
(「なら誰だろう、友達? 能力者になってから出来たみんなとはいつだって会えるのに」)
うーんと紫苑は唸って、誰かいるかなぁと考える。するとひとり、思い浮かぶ。
(「どっちかというと離れて欲しい神様のほうが……あいたたた、暴れないでよー」)
我に離れて欲しいとはどういうことだ、と頭の中で華皇神が文句を言いつつ、撤回せよと告げる。紫苑はもう言いませんよぅと告げてはふと息吐いた。
そして紫苑が感じている感覚――それは遙斗にもあった。
「なんだろうこの先に何かあるのでしょうか? 初めて来たはずなのに妙に懐かしい気がするんですよね」
与えられた偽物の感覚ではないとわかる。自分の中から滲みだすような感覚だ。
そしてふと、道を移動している途中で亡くなった両親を見かけたような気になる――ここにいる筈なんてないのに。
「あれは、まさかね……だって二人は亡くなったはずですし……」 遙斗の足がその二人のいる方へむく。一歩、二歩と進んでいやと立ち止まった。
遙斗さん? と紫苑が声かければ遙斗は見たものを話す。紫苑はあたりを見回して、誰もいませんよとその事実を告げた。
「すいません、少し気が動転してました。そうですよね。亡くなった人に会えるわけ有りませんよね……」
少し寂しそうに呟き落ちる。心なしか肩も落ち、落ち着きを取り戻すためのようにまたタバコを吸う。
「遙斗さんのそれは……みたいものを見せる、そういう、幻覚なのかなって」
そんな様子に紫苑は気休めになるように紡ぐ。
「永く生きた藤ならそういう力くらいありそうですから。確認しに行く、なんて言いださなくて良かったです」
遙斗は、この藤がと花を見上げる。風に吹かれ、波がさざめくように揺れているその花を。
「……いきましょうか」
ここで立ち止まっているわけにもいかないと遙斗は再び、歩み始める。その様子に紫苑もほっとしていた。
「そうですね、先を急ぎましょう」
そう答えて紫苑もゆっくり隣を歩み始めた。
「ところで遙斗さん」
「なんでしょう?」
しかし紫苑は言いたいことがあったのだ。
「歩きタバコは良くないと思います!」
ぴしゃりと言い放たれた言葉。遙斗は紫苑を見て、自分の手にあるタバコをみて――そして視線逸らした。
「えーっと、精神安定のためにタバコは必要なのでここだけは目をつぶってください」
お願いしますと遙斗は紫苑に頼み込む。
紫苑は、あとちょっとの間だけですよ! と再度釘を刺す。その言葉にはいと遙斗は笑って返した。
日が暮れて、灯りがともされて。宴の気配に東雲・夜一(残り香・h05719)の足は軽やかに。
夜がくればこっちのもんってな、と笑う夜一の視線は、並ぶ屋台に向いていて。
「昼間とは別のもんが楽しめるなんて、最高だな」
「あはは! 本領発揮、かい?」
その瞳が追いかけているものを見つけたステラ・ラパン(星の兎・h03246)は水を得た魚めく夜一に笑う。
「昼夜違った顔を見せてくれるのは花も場も――君もだったりするかい?」
なんてね、とステラが紡げば夜一は期待してくれなんて乗ってみせる。
「ステラは蜜とパンケーキだよな」
「ああ僕はパンケーキ。藤の砂糖漬けが気になって」
でも、そっちも……と悩んで、ステラの耳がちょっと垂れる。
夜一はその揺らぎをいつつひとつ提案。
「折角だからわけっこしようか」
「あはは! 僕も言おうと思ってた」
わけっこ、大賛成だとステラは頷く。どちらも楽しめたなら最高だから。
酒精も気になるところだけれど、今日は藤蜜の炭酸割。
「弾ける蜜味も美味しそうだ」
冷たくてしゅわりと弾けるそれは甘さを含んでいて。けれどさっぱり飲める味。
そしてステラはパンケーキも楽しみと、注文を。
わけっこ前提なら――選ぶ道はひとつ。
「全部盛りだよ贅沢にね」
きり、と表情引き締めてステラはそれを手にする。
生クリームもソフトクリームもたっぷり。そして藤の花の砂糖漬けが散らされていく。
互いにお目当てを手にしたなら、さっそく。
「花弁の天ぷらだなんて珍しいよな」
夜一はさっそく、ひとひら。軽く塩をまぶし、まずは一口。
「ん、うま。これは美味い」
夜一は瞬く。さくっとした食感からふわと花の香がわずかに。そして酒――なんて良い時間かと。
そしてステラも、先ずはクリームのところからすくいあげる。
一口食めばふわりしゅわりと消えていくパンケーキ。そして甘い花香の美味に顔もゆるゆる蕩けそ――と頬が自然と緩んでいく。けれど、緩み過ぎた顔をパッと戻した。
そして照れ隠しするようにステラは夜一の手元に視線を移す。
「そ、そっちも美味しそうじゃないか」
すると夜一は天ぷらさしだして。
「ほれ、ステラもどうぞ。そっちのパンケーキも良いかい?」
「ありがと、貰うよ。こっちもどうぞ」
夜一はふむと悩む。生クリームも藤ソフトもどちらも捨てがたい。
「お前さんの好みは?」
「それはもちろん、両方!」
「ハハ! やっぱ両方だよな」
夜一も生クリームと藤ソフトを一緒に掬い上げる。
どうせなら贅沢に――ステラの表情が緩むのも納得だと夜一は思う。
そしてステラももう一口とパンケーキを。
その表情がふたたびゆるむのを夜一は目にし、いい顔してんじゃねぇかと思う。その表情、ここだけの秘密と言うことでと心内に零して。
「でもこのパンケーキの美味しさは、みんなにも伝えてぇよな」
こくとステラは頷く。
生クリームも藤ソフトも。両方味わえるのは、贅沢にもれるのは――と夜一を見る。その視線に夜一は気付いて美味いなと紡ぐ。
同じ時間を、分け合う美味――ひとりじゃないから、だ。
ありがとね、とステラは紡ぐ。どういたしましてと夜一は微笑む。
一緒に藤の花の下で、美味だと笑って過ごすこの時間は緩やかに過ぎていく。
頭上で揺れる藤の花に、視線が捕らわれる感覚。
セレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)は見上げて、その瞳瞬かせる。
「藤の花を眺めながらの宴……なんと贅沢でしょうか」
「景色もお食事も藤だなんてはじめての経験」
そしてエメ・ムジカ(L-Record.・h00583)も頭上を見て、そしてセレネへと笑いかけた。
「藤ってこんなふうに楽しめるんだねっ」
「振る舞われるものも、藤の花なのですね」
と、セレネは並ぶ屋台を見つけてせっかくなら、と思う。
「ムジカさん……ここで、何か食べていきませんか?」
そう紡ぐセレネの視線はあるものに向けられていて。
「その、パンケーキがたべたくて……」
良い香りもする。それにふわふわで、生クリームと藤ソフトも乗っているのを見れば惹かれるというもの。
「うん! ぼくも、食べたいな。甘いもの大すきだから!」
「……! よかった」
ふわふわのパンケーキに二人で惹かれてさっそく貰いに並ぶ。
人を誘う蝶の存在も気になるけれど――目の前の甘味の誘惑にも抗えなくて。
もちろん蝶も気にかけてはいるのだけれど。でも、今はとエメはセレネに笑いかける。セレネちゃんと甘いものもたのしむの! と。
「わぁっ、藤の花のお砂糖づけものってるよ」
ソフトクリームの乗った藤野パンケーキを前にセレネもエメも瞳輝かせる。
いただきます、とセレネはパンケーキとソフトクリームをすくい口へ運ぶ。
「とても美味しい……!」
それにとセレネは黄金色の蜜の部分を少し掬って口へ。
「蜜も、こんな風味なのですね」
「み~♪ おいちいね~っ」
エメもソフトクリームを蜜を一緒に絡めて食べる。口の中でふわしゅわと消えていく。そして蜜も甘く花の香りをまとっているようで思わず頬押さえた。
「藤の花がこんなふうに食べられるの……初めて知りました」
ムジカさんはご存知でしたか? とセレネが問えばエメはふると首を横に振る。
「はちみつとかは食べたことはあったんだけどこうしてスイーツで食べるのは初めて!」
初めてを一緒に。それもなんだか嬉しくなる。
何もかもが藤尽くしで、とてもすてきでしあわせなひとときですとセレネは綻ぶ。
そしてエメも嬉しそうにして。
「こんなにいい体験したってちゃーんと日記に残さないとなぁ」
君と藤を見て、食べて楽しんだって、と言いながら藤を見て、そしてセレネへと視線向けてエメは今日綴る内容を思い浮かべる。
「ふふ……日記に残してもらえるなんて光栄ですね」
ゆるやかにふたりの時間が流れていく。と、パンケーキの残りもあと少し。
食べ終わるのはとても名残惜しくて――そんなセレネの目にとまったのはある飲み物。
「ね、藤の蜜の炭酸水割りもいただきませんか……?」
「炭酸わり! 心惹かれるお誘いだっ」
エメはぱっと笑顔うかべる。それはとても素敵なお誘いだから。
「うん、うん! まだまだ宴はこれから!」
気になったの1つずつもらいにいこうとエメはセレネの手を取った。
またひとつ思い出を紡いでいく――藤の花の下を、その手に藤蜜の炭酸割をもって歩んで。
「ほうほう、酒とな?」
それなら、この姿のままではさわりがあると八鵠・結慧(|縁《えにし》の|境界運び屋《きょうかいうんそうや》・h06800)はその身を変じた。
「それはお嬢様姿じゃぁ味わえないっすね~」
藤の蜜の炭酸割りも味わえるのならば、ここは断然いつもの姿っしょ~ ♪ と結慧はご機嫌だ。
「そこに欲張りなオプションも付けられるのならば尚更っすねっ!」
その様子を千堂・奏眞(千変万化の|錬金銃士《アルケミストガンナー》・h00700)は眺めて。
「まだ飲み食いするのか? |アンタ《結慧》もよく食うよな」
途中でネイルアートとか雑貨とか見て回ったりしていたとはいえさ、とこれまでどんな時間を過ごしたか、奏眞は思い出す。
「つまみも中々に乙なものがあるっす。千堂の|坊《ボン》も、遠慮なく食べたらどうっす?」
そう言って、ちょっと待っててくださいっす~と結慧はとある列に並んだ。そしてお目当てのそれを両手に奏眞のところに戻ってくる。
「どうせ、さっきまでの横丁であれこれ食べた甘味じゃぁ、まだまだ足りないっしょ?」
|いつもの《虚喰丸》を口にするのはお預けにしやしょうやと笑って奏眞の手へ渡したのはパンケーキだ。
「…………オレの燃費の最悪さを把握しているからって、ちゃっかりオレ用にパンケーキ3段重ねのフルトッピングを持ってきておいて何を言っているんだ」
呆れ顔で、でも渡されたそれはしっかり手に持つ奏眞。
結慧は笑って自分の分を口に運ぶ。ふわしゅわっと消えていくパンケーキ。それに藤の蜜と生クリームの甘さが丁度良い。
甘い物も酒のアテになるんすよね~と藤の酒も口に運べば笑みも綻ぶというもの。
奏眞もパンケーキを口に運ぶ。確かに美味しくて、ぺろりとすぐ食べきってしまいそうだ。
「まぁ、どうせここで食べても腹八分目にもならないだろうしな」
アンタの酒飲みの相手をしている間は飲み食いにまだ付き合ってやるよと奏眞は紡ぐ。
そして精霊達も一緒に楽しもうか、と奏眞は契約している精霊に告げて呼んでもらう。
と――結慧の視線はひらりふわりと空を舞うものを見つけて追いかけていた。
「………なぁるほど、蝶っすか。蝶よ蝶よ、菜の花にならぬ藤の花に止まれっすか」
面白いっすね~、と瞳細めて。
「ん? どうした、結慧―――」
結慧が何かを見ていることに気付いた奏眞は、その視線の先を追いかける。そして奏眞も蝶に気付いた。
「本命のお誘いってとこか?」
これから始まる――その気配を感じ、パンケーキをぺろりと平らげると奏眞は虚喰丸を口に放り込んだ。
「まぁ、変な所に誘い込まれてもアンタがいるなら何とかなるだろ」
結慧はご案内しましょと笑って、杯に残っていた酒を煽る。
「あっしも蝶を √ 能力と結び付けている身っす」
さぁさぁ、何処へ誘ってくれるやら――ひらりふわりと気侭に飛ぶ蝶を、ふたりゆるりと追いかけていく。
ふふ、と笑い零し頭上見上げながらララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)はくるりと回る。
そこにある藤の花の波が美しくて。
「甘い香りが心地いいわね」
「藤の海を揺蕩うようで、俺も心地いいよ」
詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は手を伸ばす。藤の花に触れられるだろうかと。その指先にやわらかな感触があってイサの目端は緩む。
そして先程もらった藤の蜜の炭酸割。
ララはこくりと一口。するとしゅわりとした心地に翼がぴゃっと動いて。けれど何もなかったというように元通り――そのはずだったのだけど。
「ララ、しっぽがボワッとなってる」
あれ、とイサはそれに気づいて――あ、と零す。
「もしかして炭酸苦手とか?」
「む、苦手じゃないわ。刺激的なの」
そんな事無いともう一口。でも翼はやっぱり、ぴゃっとちょっとだけ動く。
「はいはい刺激的なんだねー」
イサはふふと密やかに笑う。本当に、刺激的なだけなのよと再度ララは告げつつ、くるりと周囲を見渡して、それを見つけた。
「イサ、次は何を食べましょうか」
「……また?」
さっきでっかいパフェ食べたばっかりと肩をすくめるイサ。でもララはもう食べる気いっぱいで。
ま、いいかとイサは笑って。それで、何がお目当て? と尋ねた。
「さっきは甘いものだったから……天麩羅はどう?」
ほら、あそことララは示す。その花があげられているのと。
「藤の花って初めて食べるのよね」
「藤の天麩羅は俺も初めて」
藤野天ぷらはさくりとしていて。ほんのり花の香りがする心地。
「サクサクとした衣と藤の不思議な味……俺は好きだな」
美味しい、とララも一人を瞬かせる。
「ほら食べさせてやるよ」
すると、その口へイサが新たな天ぷらを運んできて。独りじゃない食事はこんなにも楽しくて美味しいのとララはふふと小さく笑む。
美味しいわねと笑ってあーんと口をかえる。まるで雛鳥に給餌してるみたいだとイサは苦笑しつつ、また一口。
ララが表情緩ませもぐもぐしているとふわと、目の前を飛んでいくものがあった。
「あら、蝶々だわ」
ひらりと舞う夢見鳥。それに誘われるように、ララの足が動き始める。
一歩、二歩――どこに連れていってくれるのかしら、と。
「ララ!」
けれど、その小さな手をイサが捕まえる。
「罠かもしれない」
きゅっと握ったそのてのひらからの熱にララは微笑んで。
「イサは過保護ね」
手を繋いで、蝶の導く路をララを庇うように一歩先をイサは歩む。
繋いだ手。繋がりがここにある。
離れがたく離しがたい――その感情をイサは知っている。それは。
(「……胸の深淵に沈めた感情」)
小さな迦楼羅の雛女を見つめていると、その胸の内に起こる気持ちがある。
(「……天に帰さずこのままずっと」)
ずっと――俺だけの聖女サマでいてほしい、なんて。イサはそっと瞳閉じる。
それは、見て見ぬふりしていた想い。それが確かに、イサの胸の内にあった。
「よくも、気が付かせてくれたな」
ぽつりと零した言葉は、藤の花のざわめきの中に溶けて響かない。
イサは何を思っているのだろうか――ララは、それを聞かないけれど思うのだ。
繋いだこの手を見つめる。それなら離さないでいて、と思ってしまう。
いつのまにか、ひとびとの喧騒は消えて藤の花だけがその世界を満たしていた。
繋いだ手を離したくない。離すことが出来ない――ふん、と吐息一つ。
ララは自分の胸元をなでる。この想いはララだけのご馳走なのに――つまみ食いするなんていい度胸ね、とその口端は下がる。
心を勝手に触れられたようで気に入らないから。
イサもララも、自分の心の内を撫でられて。その繋ぐ手の力を互いに少し、強めた。
青い瞳瞬かせ、大きなお耳がぴこりと動く。
見上げた光景に廻里・りり(綴・h01760)はわぁと声零す。
「夜の藤は、お昼とまたちがう印象になりますね」
灯りに照らされているのも、とってもきれいですとりりはベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)へと笑いかける。
「夜の藤のお花見は初めてだわ。藤色と赤い光が組み合わさった景色、ええ、とてもきれい」
ベルナデッタも初めて出会う光景に淡い薔薇色の、溶けた硝子の瞳を緩めていた。
頭上の藤は風が吹けば波のように揺れてそれに誘われるように歩む。
と、りりは屋台に目を留める。
「藤の蜜が入った炭酸? 飲んでみたいです!」
屋台に並ぶ人々は飲物をもらって。藤の蜜の炭酸割と、それから。
「お酒もあるみたいですよ、ベルちゃんはどうしますか?」
「あら、お酒もあるの。折角だからワタシはアルコールのいただこうかしら」
ふたりで飲物をもらって、一口。
藤の蜜の炭酸割がしゅわりと喉を落ちていく感覚にりりはおいしいですともう一口。ベルナデッタも飲みやすく、花の香が追いかけてくる感覚に微笑んだ。
「ん、甘みがあって美味しい。飲みやすいのね」
「お酒ってあまいんですか? にがいのかと思ってました」
まだお酒が飲める年齢ではないりり。お酒に興味はあるけれどきちんと決まりは守るのだ。
「……りりは2年後、ね? 今はこのまま乾杯しましょ」
「2年後はお酒で乾杯しましょうね!」
ふたりで乾杯をして、笑いあう。そして飲物だけじゃちょっと物足りなさもある。
というのも、良い匂いがしてくるからだ。
「パンケーキも気になるし、天ぷらも気になる……」
りりはむぅと唸って。でも、さっきパフェを食べたのだ。甘い物を食べたのだから、次は違うものを、と思うわけで。
「今は天ぷらで!」
パンケーキも食後に、とベルナデッタが紡げばもちろんです! とりりも楽しみと笑む。
「1人だと沢山食べられないけど、りりと一緒だと色々分け合えてうれしいわ」
それに、とベルナデッタはふふと零す。
「あなたがどれも美味しそうに食べるから、一口目が楽しみになるの」
一緒に美味しいを分かち合う。それも素敵なこと。早速天ぷらを。それは藤の花をあげているのだ。
「お花のてんぷら? まあ、淡く藤色が透けてるわ。ほんとにそのままお花なのね」
「藤の花も、藤の蜜も、はじめてです!」
藤の蜜の炭酸割りも美味しかったから、天ぷらにも期待高まる。その花を口へ運ぶと、さくっとしていてりりは瞳輝かせ、ベルナデッタをぱっと見た。
「見た目もかわいくって、おいしいですね」
ベルナデッタもそれを口にして、こくと頷く。
花の下で花を味わう――そんな経験は初めての事だから。
「あ! 蝶々さん! 藤が気になって来たんでしょうか?」
藤の天ぷらにパンケーキを楽しんでいると、りりはひらりふわりと飛ぶ蝶を見つける。
「ひらひら同じ場所をまわって……なんだか誘われているような……」
行ってみましょうとりりはその蝶の方へ。
「待って、りり」
でもベルナデッタが止める。なんだか、誘われるのに変な感じもして――何かが起こりそうな気がするから。
だから、その手を差し出して。
「手を繋ぎましょう」
「そうですね、迷子になったらたいへんです」
りりはこくりと頷いて、ベルナデッタの手を取った。ふたり視線あわせたなら一緒に歩み始める。
蝶の導くままに、進まなければいけないような気がして。
「……行ってみましょうか」
「よしっ! 行きましょう!」
しっかり手を繋いでいるから、大丈夫。繋いだ手が、傍らにいることを示してくれて、何処に導かれても大丈夫と思えた。
ひらり、ふわりと飛んでいくそれをクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の視線が追いかける。
(「蝶……」)
夢見心地でクラウスは蝶を追いかける。
古妖はおそらく近くにいるのだろう。復活している、その話を聞いてきたのに、クラウスは警戒を忘れていた。
楽しい時間を過ごし気が抜けているのかも――それでも、何か違和感のようなものはあった。
というのも、ひとびとが藤の下で宴をしていたというのにその姿が忽然と消えたのだ。
ふわりといつのまにか――ひとりだ。
それをおかしなことと警戒することもなく。人々の楽しそうに過ごす気配が消えたのだから本来なら寂しく思うはずなのに、その心は凪いで安心していた。
さわさわと、時折藤の花が風に揺れる音がする。
ひとりきりの、孤独な世界だというのにその胸中に沸き起こるものにクラウスは気付いていた。
離れたくないという想いは進む毎に強くなっていく。なんだろうこれは、と思うのだ。
何かの影響を受けていることはわかるのに抗えないのをおかしいともおもわない。
クラウスは考える。蝶の姿をその瞳に映して、追いながら。
離れたくない何か、或いは誰か――それが自身にとって何なのか、誰なのかと。
(「俺にとってのそれはきっと、死んだ親友や彼との思い出だ」)
今の思い出も大切だけれど、彼との思い出が少しずつ薄れていくのが怖い。
(「……そんな恐怖を元から抱いていたのか、この先の存在から植え付けられたのか」)
どちらだろうか。それはクラウスには今はわからない。
わからないまま、ぼんやりと進んでいく。
ひらひらと、飛ぶ蝶に招かれて藤の中を歩んでいく。
あ、飲み物と楪葉・莉々(Burning Desires・h02667)が気づいて、楪葉・伶央(Fearless・h00412)を振り仰いだ。
ぱちと瞳瞬かせ、頷くだろうと思うけれど問いかける。
「兄、お酒飲む?」
「ああ、折角だしいただこうか」
ちょっと待ってて! と莉々は伶央のために藤酒と自分用の藤蜜の炭酸割を手に。
その間に伶央は藤の花の天ぷらをもらってきていた。
藤の花を二人で見上げつつ、藤酒をひとくち。花の香りを感じる味わいを伶央は堪能する。莉々もしゅわっとするそのほのかな甘さに美味しいと笑う。
そしてこっちも、と莉々は天ぷら摘まんた。さくさくとした食感にふわと花の香がして美味しいと瞬いて、兄も食べて! とオススメ。
莉々が美味しいと、そして楽しそうにしている様に伶央はふと瞳細め柔らかに微笑み、天ぷらを貰った。
一緒にこうして楽しんでいると、兄である伶央と晩酌してるみたいでちょっと嬉しい莉々。
「お酒って美味しい?」
「そうだな、俺は美味しいと思うが……莉々にはどうだろうか」
「やっぱり早く私も大人になりたいなぁ」
今は藤蜜の炭酸割で我慢、と簪しゃらりと揺らす。その様子に大人になったら一緒に飲もうと伶央は笑って紡いだ。
大人になった妹と一緒に酒を楽しみたい反面――妹には大人になって欲しくない気もする、なんて思いも少しだけ。
「あ、パンケーキ! 兄食べるよね?」
「もちろん」
ふたりでパンケーキの屋台に並ぶ。銅板の上で焼かれていくパンケーキ。そのパンケーキには生クリームか藤ソフトクリームか――はたまた両方にさらにチョコソースなどトッピングができる。
「私はソフトクリームを乗せて貰おうかな?」
「パンケーキか、俺は両方乗せて貰いたい。勿論、チョコレートソースもな」
「兄って……本当に甘いもの好きだよね」
「ふふ、甘いものはとても好きだな」
微笑みを浮かべる兄の姿に莉々は思う。
そんなギャップがまた、罪作りなんだよね……とじいともの言いたげに。
「……ん? どうした?」
その視線に気づいて伶央は首傾げる。そういうとこも、と莉々の視線は一層じっとり。
「生クリームも食べてみるか?」
でもひとくち、パンケーキと一緒に差し出されたら、ぱっとその表情は輝いて。
「あ、食べてみる!」
あーんと開いた口に伶央が運ぶ。しゅわりと消えていくふわふわのパンケーキに生クリームもとろりと溶けて美味しいと莉々は綻んだ。
「ん、生クリームも甘くておいしいねっ」
「ああ、美味しいな」
伶央もひとくち。チョコレートソースのかかった生クリームと藤ソフトクリームを口に運んで微笑む。
他愛のない話をしながら存分にパンケーキを楽しんで――すると、ひらりと蝶が舞い踊った。
莉々と伶央は顔を見合わせ、頷き合う。
「ね、追いかけてみよ」
「ああ、追おう」
伶央は莉々へ手を差し出す。莉々はうんと頷いてその手をとった。
お互い迷子にならないように、と伶央は瞳細め柔らかに笑む。
莉々は兄と離れないよと、つなぐ手の力をぎゅっと強めた。
連れと別れた後、野原・アザミ(人間(√妖怪百鬼夜行)の|載霊禍祓士《さいれいまがばらいし》・h04010)はひとり、藤の大樹へと向かって歩んでいた。
だんだんと薄暗くなっていく。藤の樹の周囲にはあかりがともされ、ほんのりとやわらかな光に包まれていく。
藤の花の下ではひとびとが笑顔浮かべ、藤の花からの恵みを手に思い思いの時間を過ごしている。
今は花の盛り。まだまだ時間を惜しむように楽しむ人々をアザミは眺めていた。
この中に古妖の封印を解いてしまった人物はいるのでしょうか――ふと、アザミは思う。
思いがけずうっかりなのか、古妖の口車に乗せられて己の弱い部分を掴まれてしまったのか――どちらなのだろう。
と、この人々の賑わいの中に、肩を落として歩く者がいる。ふらり、ふらりと真っ直ぐ歩いていない。
立ち止まり溜息をついては、頭上眺めぼーっとして、また歩くを重ねているような。
大丈夫だろうか、とアザミがその人物と見ていると、ふるふると頭を振り自分の頬をぺしと叩いて、今度はしっかりとした足取りで進み始めた。
「もしかして……」
もしかして、古妖を解き放ってしまった者だろうか。
そんな気持ちが起こるが、わざわざ追いかけて話を聞くのもと思えた。
ただ、先程までの足取りよりもしっかりしており、前向きになっているように見受けられた。
もし、古妖を解き放ってしまった者だったたとしても。
「大丈夫そうですね」
古妖に絡め取られることもなく、この場から離れていっている。再び同じことはないだろうとその姿から感じられた。
もし取り込まれてしまっていたら厄介だっただろうか、アザミは花の下から離れていくその姿を見えなくなるまで見送った。
藤の花言葉は――決して離れない。
蔓のからまる様子から恋愛関連の意味によく使われるようですが……さて、とアザミは藤の樹を見上げた。
風が吹けば花が波打つようにさざめく。その蔓は太く強く伸び、己では支えきれぬほどだろう。だから人々が、手をいれて助けている。
大切にされていることがよくわかる。アザミは花の下をゆっくりと歩む。
人々が共に過ごしてきたからこそ大樹となれた藤の下を。
と――視界の端でひらり、ふわりとひらめくものがあった。
それは蝶。誘うようにアザミに寄ってきてこちらというように少し先を飛ぶ。
「ついてこいってことね」
その誘いにアザミは乗る。ふわりひらりと飛ぶ蝶に導かれて歩いていくとひとびとのにぎわいがいつの間にか消え、藤の大樹と自分だけになっていた。
時折、しゃらしゃらと藤の花が揺れる音がする。蝶はひらりと飛んで、その数が少しずつ増えているように見えた。
アザミは、その歩み止めて、ひとつ息を吐く。
「案内ご苦労様」
それはかたちばかりの言葉。卒塔婆を振りかぶり、近くを飛んでいた蝶を叩き潰す。
ひらひらと、ゆるりと飛ばれるのはいささかうざくなってしまったから。すると、蝶は逃げるように遠ざかっていく。
「さて、御大はどこにいるのでしょうね?」
そこまで案内してくれるなら、もう少し飛んでいてもいいのだけれど。
惑わすように周囲を飛ぶ蝶には、終わりを。
心地好く鈴鳴る藤の髪飾りを結わえた髪に天神・リゼ(|Pualani《プアラニ》・h02997)は着けて、優しい音が傍で響くのに自然と微笑み浮かべる。
そして香柄・鳰(玉緒御前・h00313)も、しゃらりと心地よい音が髪で鳴り、ふふと笑み零していた。
常よりほんの少しの重みが、こうも嬉しいとは――くすぐったい心地を感じる鳰。鳰はリゼの髪に揺れるそれに視線止めて。
「リゼさんの御髪の色にも髪飾りがよく似合っていますよ」
「鳰さんもとても似合ってるわ!」
「この目では確と見れないのが惜しい位です」
リゼは彼女が見えぬのならとふと思って。
「……それなら……代わりになるかは分からないけど、見る以上に私がいっぱい喜ぶわ」
色と声でしっかりと! とリゼは早速。だって互いの髪を彩るそれがとても嬉しいから。
「選んでもらった幸せな気持ちをお届けするわ!」
「……ふふふ。ありがとう、リゼさん」
そんな彼女の優しさに鳰は一層綻ぶ。
と、鳰の耳に藤ソフトおいしい~なんて声が聞こえてきて。それはどこから、と探せばすぐ見つけられた。
「あ! 彼方で藤ソフトクリームが頂けるそうですよ」
カップに小さなパンケーキと藤ソフトクリーム。それに藤蜜もたっぷりとかけてくれるそう。
「わぁっ、藤ソフト! パンケーキと藤蜜と頂けるなんて幸せ……」
これは食べなければいけませんね。そうですね! とふたり頷きあう。
「藤の花の砂糖漬けって頂いた事あります?」
「ええ、私がいつも働いてるバイト先で食べた事があるわ」
「まあ、バイト先で!」
そう言ってリズは口へと、砂糖漬けだけを運ぶ。
「……うん! この鼻を通る優しい香りもたまらないのよね」
リズが鳰さんは? と問えば鳰は楽しみなのですと笑み浮かべる。
「実は初めてでして」
私の勤め先にも提案してみようかしら、と鳰もそのひとひらをとる。
「美味しそうに召し上がりますね……! 此方も続かねば」
それを口に運ぶのはすこしドキドキする。初めてとの対面は心躍るものがあるからだ。
鳰は口の中に広がる甘さニパチと瞬く。
「……藤が香って、さっぱり甘くて……幸せ……」
「鳰さんの初めてにもご一緒できて、倍に幸せね」
頬押さえて、とても良いお味と鳰は笑み、その表情にリズの笑みも深まる。
だからパンケーキをひとくち分。リズは鳰の口許へと寄せた。
「……はい! パンケーキも♪」
「あら、宜しいので?」
鳰は素直にその一口を貰う。ぱくりと食べれば、しゅわりと消えていく。
「……今日一番の美味さです!」
そして鳰は自分の手にあるものもちょっと掲げて。
「お礼に此方もひと口如何?」
「ふふ、ありがとう! いただきま~す」
リズはぱくりと食べ、頬に手を当てて幸せの笑み浮かべる。
「ん~♪ おいしいわねっ」
その声によかった、と鳰は微笑み、そしてまた一口。一緒に食べて美味しいと微笑みあう。
鳰は――自分の胸の裡が擽ったくも温かいのを感じてそっと胸元に手を添える。
「……こういうのが同性の友人とのやりとり、なのでしょう」
そっと零れた言葉に口端は上がり笑みの形。そう感じることが嬉しいから。
一緒に藤の花の下で、過ごす時間。でもそれがずっと、続かないと知っている。
リズの瞳の先に映るもの――ひらり、ふわりと飛ぶそれは蝶。
楽しい時間を飾るように見えて、そうではないもの。
「!」
その蝶を追いかけさせないでと、リズの周りに白金蝶が舞う。それはリズの花の護霊の囁きだ。
そしてその存在に鳰も気づいていた。藤花ではない何かが、誘うようにひらりと横切ったから。
「そう急かさずとも後程参りますよ」
横切った蝶に笑いかけるように紡ぐ。ふたり、蝶に誘われるように歩み始める。
でもその前に、鳰はふらふらと蝶に誘われていた少女へと声をかけた。
「……もし、お嬢さん」
声をかけられた少女は二人を見て。
「蝶々さんと追いかけっこも良いけれど、あちらでお母さまが探していらっしゃいますよ」
そう言って鳰が示した先。どこ、と娘を探す母親の姿があった。
「あら、お嬢さんの呼ぶ声が聞こえるわ?」
そしてリズも、そう言って笑って。
「ほ~ら、戻らないとお母さん泣いちゃうわよ?」
あっちへ、と母の方へと背中を押してやる。少女が母の所へ行くのを見送って、リズと鳰はひらひらと気ままに飛ぶ蝶へと意識を向けた。
「……リゼさん、あれが聞いていた蝶かしら?」
「……ええ、あの蝶についていけば」
噂の先へ辿り着けるはずよ――だから、行きましょうとリズは紡ぐ。
鳰も頷いて共に歩み進める。蝶に導かれるままに。
夕暮れ――あかりが灯され、藤の大樹の周囲に賑わいが集う。
その中を楽しそうに跳ねるご機嫌なハニーと一緒にネム・レム(うつろぎ・h02004)はゆっくりと歩んでいた。
「ほれほれ、見てみぃ」
ネムは藤を見上げる。風に揺れて波打つようにさわさわと。その光景にネムは瞳細め、表情やわらかに眺める。
「藤が綺麗に咲いとるなぁ……って」
そして視線を、ハニーに向けたなら――やっぱりそうよねといる場所に苦笑する。
「うんうん、知っとった」
そう言って頷いて、ハニーのいる場所へ。
「ハニーはパンケーキの方が気になるんやね」
その通りというように店の前できちんとお座りして待っている。ネムは傍によってハニーを抱き上げる。
こうするとよう見えるねぇと、パンケーキが焼かれているのをハニーに見せてあげるために。
「ええよ、ええよ。やけど……今度はネムちゃんにもちょうだいな?」
ハニーの視線はパンケーキを見つめてきらきら。そしてきゅるんとした瞳で見上げて、ネムは独り占めしたいん? と笑いながらパンケーキをお願いする。
そのパンケーキは生クリームと藤ソフトクリームが乗せてもらえるそうで。
「のせるんは両方でええか」
すると抱き上げたハニーの尻尾がふわふわと揺れて歓んでいるのを感じて、今にも飛び跳ねそうな様子に地面へ降ろした。
それから天ぷらも。ネムはパンケーキの上に乗る藤ソフトを見つめる。
「これが噂の藤ソフト。やっぱ綺麗な色しとるなぁ」
さっきはハニーがぺろりと食べてしまったから。
「……はいはい、ちょいと待ってな」
パンケーキをふた口分ほど切り分けて、多い方をハニーへ。
「ネムちゃんは少しでええからあとはお食べ」
そうすると、そっちは? と天ぷらをじーっと見詰めるハニー。
「天ぷらも? ふふ、よくばりさんやねぇ」
きっと貰うまでじーっとそれを見詰めるだろう。ネムはそれをわかっているからひとつ、とって。
「……少しだけな?」
そう言ってハニーの口許へ。
そしてネムもパンケーキを口へ。おいしいと瞬いて、ハニーを見ればはぐはぐと楽しんでいる。その途中で顔を上げ、視線合えばふわふわの体いっぱいに美味しいと嬉しいをネムに伝えれてくれる。
ネムは笑い零し、頭上へ視線を。見上げる先には藤の花。
そしてまた隣を見れば、またも藤色に染まるご機嫌な顔がある。さっきまでは藤色ではなかったはずと笑って。
「こっちにもかわいらしい藤が咲いとるなぁ」
楽しかったん? と問えばその通りというようにくるりと回ってはしゃぐハニー。
そうか、そうかと頷いて、そのお顔はまたあとで綺麗にしよねとネムは紡ぐ。
「ネムちゃんは花見とるからゆっくりお食べ」
頭上の藤も美しくて。けれど傍らで藤色に染まるハニーも愛おしく、ネムの表情は和らぐ。
見蕩れるのはどちらの藤か――視線一層やわらかになるのは、傍らへ向けた時。
「満開の大樹で宴、贅沢だね」
藤春・雪羽(藤紡華雫・h01263)は藤の花が揺れる様を見上げて、李・劉(ヴァニタスの|匣《ゆめ》・h00998)へ、そう思わない? と問うた。
「大樹の御足許で宴とは乙な事で」
ひとびとの賑わいが広がって、藤の花を楽しんで――それに藤の恵みを頂いているのが良さそうだ。
劉はそのひとつに興味示す。
「折角だ。藤酒を頂いてこようかな」
「藤酒、気になるなあ」
ちら、と雪羽は劉を見る。しかし彼女はまだ未成年で、だから。
「雪羽ちゃんも藤の蜜の炭酸割り、飲む?」
「……残念だが、今回は炭酸割りで我慢をしようかな」
「ふふ、お酒はもう少し大人になってから。ネ?」
雪羽も飲めるとは思っていなかったのだけれど物は試しというように。劉はそれを軽く大人の余裕でかわして、炭酸割を雪羽の手に渡した。
「食事はパンケーキもあるし……藤の天麩羅もあるねぇ♪其々頂くとしよう」
「へぇ、食事も藤づくしかい?」
そしてパンケーキ、と聞いて雪羽は、それはもう真面目な表情で。
「パンケーキはぜひ全部乗せにしよう」
劉はその言葉にわかったと笑って注文を。
色々手にして――では藤酒をさっそくと一口、劉は喉に落とした。
「あゝ……是はまた華やかな味わい」
酒の味はまだまだ知らぬ世界。でもふわりと、手にした炭酸割からの香りを雪羽は感じる。
「ふむ、炭酸割りも藤の良い香だ」
飲む前から感じる香り。雪羽も一口――するとふわりと。花の気配が通り抜けていく。
ぱちと瞬いている様子に劉はその顔覗きこんで。
「炭酸割りはどうかな?」
「これは藤酒が飲める日が待ち遠しくなるね」
その日が来たら飲もうと笑って、こっちもと劉はパンケーキを。
「ささ、パンケーキもお食べ」
パンケーキを勧めた劉は、天麩羅を口に運ぶ。
さくっとした食感に、ふわりと花の気配。うんと満足げに頷いた劉は、雪羽がパンケーキを口にする様を見守る。
「ではお言葉に甘えて……」
ぱくりと食べれば、しゅわりと溶けていくような心地のパンケーキ。それに甘い生クリームに藤ソフトクリーム。その蜜が藤の花の味わいを届けてくれる。
「ふふ、藤の甘い香が満ちて。パンケーキにもほんのり染みていいねぇ」
劉もどうだい? と雪羽は差し出す。そして、代わりに天麩羅をひとつおくれよと微笑んで。
「おや、いいのかい? そうしたら、天麩羅と交換だ」
交換して一口。劉はパンケーキのふわしゅわと消えていく美味しさに瞬いて、雪羽はさっくりとした天麩羅を味わって。そしてその藤酒とあうのだろうなと思うのだ。
美味しいとそれを楽しみながら、ふたりの視線は宴の場を撫でる。
蝶に誘われるものは居ないかと――すると、ひらひらと飛ぶ蝶にふらふらと誘われる幼子の姿が見えた。それはひとりではなく何人かいるようだ。
そして、その子供を追いかけようとして人の波で動けない母親たちの姿。
雪羽と劉は顔を見合わせ頷く。離れた場所にいるから手分けしたほうがよさそうだと。
雪羽は追いかけて、蝶を追う子供の動線に入り、とんとぶつかる。
子供は、わぁと小さな声あげてよろめいたけれど雪羽は支えてこけないように。しゃがみ瞳を合わせて、ほんの少しの魅了を子供へ。
「ほら、彼方でお母さんが呼んでいるよ。迷子になる前におかえり」
ふわり咲み、その背を押してやる。すると母親のほうへと子供は戻っていく。
そして劉もふらりと歩む子供の肩をとんと叩いて。
「今晩は。もしや彼方は母君かな? 寂しそうにしてるよ」
振り向かせ、蝶から視線を逸らさせる。そして母を示せば、はっとして子供はそちらへと戻っていく。
子供が母の所に帰ったのを見送って、劉と雪羽は並び立つ。
「さて……彼方へ往けば良いのか」
ふたりの視線は蝶へと向けられている。どこへ向かうのか、それはついていけばわかる事。
いこっか、と劉は雪羽へと愉し気に咲む。足取りかるく蝶の向かう方へ。
「ふふふ。ああ、いこう」
はてさて、何が出るのやら……愉しみね、と雪羽も咲む。その咲みは妖しく、闇夜にとかして。
第3章 ボス戦 『蜘蛛の『紫苑』』

蝶に誘われたものたちは、いつの間にか辿り着く。誘われてなくともいつの間にか、そこにいた。
そこは藤の花が咲き誇る世界。その大樹の傍にひとり、男がいる。
蜘蛛の妖――古妖。それがこの場に呼んだものだろう。
「藤の花を愛でる心美し気ものたちを虫篭に入れて、長く愛でてやろうというのに」
はぁ、とため息をつく。お前たちは私の邪魔をするのだなと。
であれば、廃除してしまえばいい。
まだ宴は終わっていない。花を愛しむ心根の者達もまだ虫篭に招く時間もあるだろうからと。
「ああ、でも……私の虫篭に入りたいのなら、いれて差し上げますよ」
あなたが私にとって好ましければ、ですがと――古妖、蜘蛛の『紫苑』は笑うのだった。
「漸く|元締め《ホシ》のお出ましですか」
その古妖を前に、瀬条・兎比良(|善き歩行者《ベナンダンティ》・h01749)はひとつ息を吐く。
彼がこの場所を乱そうとしていたもの――そして、花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)もその姿を視界に収めた。
「藤を愛でるだけならよかったのに」
それと同時に|死棘《スティンガー》を抜いて、小鳥は先制攻撃をかけた。抜き放ったのはフルオート射撃が可能な自動拳銃。
そして小鳥は兎比良へと目配せひとつ。貴方を守ると、その視線は告げる。
|天獄《アンフェール・レプリカ》――人間とそれ以外も惑わすほどの、人造オリハルコン製の極めて美しい日本刀を手に閃かせる。
「ああ、それも美しいものですね」
それに惹かれるように古妖は小鳥へと近づくのだ。
蜘蛛糸で小鳥を絡め取ると同時に異形の蜘蛛脚が伸びる。その刀の攻撃をあえて受けてかける反撃――その脚が。
「──ッアァ!」
小鳥を突き刺し抉ってくる。その痛みに小鳥は仰け反り悲鳴あげる。
けれどその、貫いた足に触れて小鳥は笑う。
「囚われたのはあなたと私、どちらでしょう?」
まだ終わっていないのだと。
先程、天獄で斬りつけたのは間違いなくこの脚――触れて、告げる。
「玲瓏な死よ、下れ」
その瞬間その脚はすぱんと綺麗に斬り落とされ、小鳥の体にそのままあった。それを小鳥は引き抜いて、口許へと持っていく。
「私の……脚を……!」
それを口にし体内に取り込めば、この傷は癒えるのだから。
「小鳥さんが身を挺して戦うスタイルなのは存じています」
しかし貫かれる姿を眼にして冷静でいられる程、私は優しくありません――兎比良は目の前で起こったことを許してはいるが受け入れているわけではなく。
そして告げた言葉に小鳥が答え終わる――
「問題ありません。……っあ!?」
その前に、べしっと強めに小鳥の頭を叩いた兎比良。小鳥はどうして? というような視線を向ける。
「問題なら大いにありますが?」
その視線に兎比良は厳しい色を返す。小鳥の戦い方は理解している。しかし、その戦い方を是として受け入れているわけではない。
「私が、心配をしました」
「心配」
「任務を組んだ以上、勝手に喪われることは許しません。絶対に傍にいなさい」
その強い言葉に、小鳥ははいと頷く。
先程叩かれた場所を抑え、兎比良の厳しいその表情とは対照的ににこにこと機嫌よく、微笑みを浮かべて。
本当にわかっていらっしゃいますか? と兎比良は言いながら視線は古妖へ。古妖は腹立たしさをゆるりと言葉にする。
「私の脚を奪い……本当に邪魔ばかり。美しいものを集めるのは素晴らしいことでしょう。なのに理解がないとはこの世の何にも劣る……」
古妖は呪詛を吐く。己の失われた脚を思い――周囲に巡るは蜘蛛の巣。けれど兎比良はそれを一瞥して終わるのだ。
「蜘蛛だか害虫だかが何か喚いていても聞く耳を持つ気はありません」
私は今、ひどく虫の居所が悪いので――と、兎比良は義眼による視力と暗視補正をもって、それを見切る。
糸の上を古妖は動き見定める。それが放つのは子蜘蛛。迷いなく兎比良の身に噛みついてくる。けれど、攻撃があたるなら、それがきた方向にいることもまた理のうち。
その子蜘蛛放たれた方向へと地を蹴り一足。古妖の元に踏み込んで、兎比良も一撃を加えた。
古妖の言葉にアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)が感じたのは、憤りだろうか。
攻撃を逃れるように降り立った先は、アダンの手の届く距離。
「心美しき者達を其の虫篭に入れて愛でてやろう、だと?」
古妖の手にある虫篭をちらと見る。彼の秀麗な表情は崩れ眉間には皺が寄る。
全てがそうとは言わぬが古妖は傲岸不遜な者が何とも多い事よ――今、目の前にいる古妖とは相容れない。アダンはそう感じていた。
「貴様の思い通りにはさせぬ」
アダンの言葉に貴方もまた、邪魔をすると古妖は零す。
「此の覇王たる俺様の信念を以て虫篭のみならず、蜘蛛や貴様自身を焼き払ってくれよう!」
アダンの指先から踊る黒き炎、魔焔が二枚一組のチャクラムとなって放たれる。狙いは古妖の、蜘蛛のその足。
切断ではなく一時の無力化を狙った一撃。その足を傷つけられたなら、古妖は蜘蛛糸をアダンへと向ける。逃がさぬと、絡め取っていくけれど、その上を魔焔が走る。
アダンは自分に絡み付いた蜘蛛糸を焼き切ってその蜘蛛脚での反撃から逃れた。
「貴様の蜘蛛の脚が何本あるかは全く知らぬが……一本、すでに失っているな」
それは誰がやったか――ざっと数えたその足は奇数だったのだ。生き物と常として対になっている事が自然なこと。
しかし、それも全て、使用不可にしてしまえば良い話だ。
「此の闘争中……三十分以上扱えぬのは、さぞ不利であろう?」
足の動きが鈍いと古妖は感じていた。先ほどの攻撃にそのような力があるとはとわずかに表情曇らせる。
「であれば、貴方の相手はゆっくりあとでしたほうがよさそうですね」
古妖は距離をとろうと下がる。
そうはいかぬとアダンは詰めるが、目の前に蜘蛛糸が覆い隠すように放たれた。
「!!」
アダンは魔焔を持ってその蜘蛛糸を焼却していく――そして燃え落ちた後に古妖は姿を消している。
「逃げたか……」
しかし、手傷は負わせている。他の√能力者たちも迎え撃つだろうとアダンは瞳細め魔焔を掻き消した。
たとえここが、古妖の作り上げた空間だとしても――どんな場所でもやっぱり花は綺麗だとメイ・リシェル(名もなき魔法使い・h02451)は感じる。
けれど、悠々と花見を続けられる状況ではないことも分かっているから。
「邪魔をしにきたんだ」
お前がいなければここはもっと綺麗なはずだから――古妖を前にメイは先端に金色の星飾りが付いた星の杖をぎゅっと握りしめた。
その姿を見つけたなら、可能な限り距離を詰めて。そしてここが届く距離――と、その足を止める。足を止めたら狙われやすくなるだろう。けれどこれは必要なことだから。
そして紡がれるのは三秒の詠唱だ。それをいくつも重ねウィザードフレイムを生み出し、古妖へと向ける。
いつもは物品修理に使うそれを、今日は攻撃に。その手足狙ってメイは放った。ウィザードフレイムは古妖の上で燃え上がる。
「虫篭に入れるはずだったものが、お前達のせいで……」
邪魔をしたせいで、私の楽しみがと呪詛を吐く。古妖は蜘蛛の巣を巡らせていく。その巣はメイの周囲にまで及んだ。
「わ……!」
でもメイは焦らず、の尾で糸を焼いて逃れる。動けばこの炎は消えてしまうからそのままで。古妖へ向けて、攻撃を続ける。すると古妖の意識はメイに向けられ、攻撃が向けられた。
その場所から蜘蛛糸をとばし絡める攻撃を。咄嗟にメイはその場所から動いてそれに捕まらないように。動けば生み出したウィザードフレイムは消えてしまうけれどまた生み出せばいいだけだ。
けれど古妖は距離を詰めてきて。メイは詠唱を素早く唱える。ひとつ、自分の前にウィザードフレイムを構えて攻撃に合わせて反射を。
己の振り下ろした蜘蛛脚の威力をそのまま弾き返されて古妖はふらつく。
メイはこれでいいんだ、と胸の内で紡ぐ。戦っているのは自分ひとりだけではない。
次の人に繋げるように、ここでその力を削れたら、それで十分と。
藤の花が揺れていく。それももちろん感じるもののうちのひとつ。それは嫌なものではない。
けれど古妖の残す気配は、嫌なものであった。和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)の、空間に残る痕跡を、匂いのように読み取る嗅覚器、翳嗅盤が風の渦を告げる。
そして潜響骨は微細な振動を拾う。つまり、張られた糸の軋みをすでに拾っていた。
だから、その古妖がどのような手をうとうとしているのか、蜚廉はその先を読み切るだけ。
「狩るつもりなら――一手、遅かったな」
そこだ、と古妖の近くの外から浴びせる一撃。蜚廉の脚が赫きを帯び、赫裂の跳躍を。殲鋭殻肢の一閃が古妖の身をその篝火の、射程の外から裂いた。
「っ!!?」
突然の痛みに古妖は一瞬理解が送れる。しかしその身は痛みを反射するように、それを与えた物へと蜘蛛脚が向く。
貫いたと古妖の口端はあがる。これで傷も癒えると――しかし、塵が舞い花影へと揺れ出して散った。それは蜚廉の分身だったのだ。
手ごたえはあったのに、消え去ってしまった。陽炎の如く消えた姿はその身を癒すことは無い。傷からはだくだくと血が流れ続け、痛みを与えた蜚廉の姿は見当たらない。
「どこへ……」
は、と息を吐いて古妖は周囲に視線巡らせる。
「さて――汝の糸は、どれに絡む?」
踏ませる間合いと、喰らわせる間合い。両方を備えてこそ、獲物の首は取れると知っている。
武芸者たる蜚廉は、その視線ひとつ誘って甲殻籠手でその関節捉えた。この脚を奪えたならことも優位に運びそうだと、殻突刃でその隙を刺し貫いた。
古妖の言葉を反芻し、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は眉顰める。
いかに美しい場所を作ろうとも、その心根は相いれないとわかってしまう。
「冗談じゃないな」
古妖のしようとしていたこと――自分が虫篭に入るのも、何も知らずに宴を楽しむ人達が捕らえられるのも。
「どちらもお断りだ」
古妖の姿をクラウスは捉える。古妖は誰かと戦って既に傷をおって万全ではないようだ。クラウスは自身の射程に古妖を捉えた時点で、踏みとどまり拙い詠唱を紡ぐ。
太陽のような光を纏う鳥の幻影を生み出して。その数はいくつだろうか。数体を自身の傍に残し、戦っていた者の隙を埋めるように突撃をかける。
それと同時に、炎の魔法で蜘蛛の巣を焼き払う。詠唱紡いで向ける炎は古妖を捉えていた。
炎に焼かれ、古妖は呻く。また増えたと己の身を傷つけることに呪詛を吐いて、今度はクラウスにも狙い定めて攻撃かけてくる。
その攻撃は、今は古妖の為に広げられた蜘蛛色の上なら絶対にあたるもの。
どのみち必中なら回避は捨てると、クラウスは金烏を己の前に飛び出させた。反射された攻撃は、そのまま古妖に返るだけ。
己の攻撃受けた古妖はその傷を押さえて呻く。
「花を愛でる気持ちが同じなら、共に楽しむことだってできそうなのに」
とうとうと、クラウスは紡ぐ。
けれど相手は古妖だ。この感覚さえきっと違うのだろう。なんとなく、察してしまう。
捕らえて愛でるという一方的な形しかできないのなら、どうあってもわかり合うことはできそうにないな――改めて、そう感じ、そう思う。
なら、ここで終わりを紡ぐべきなのだろう。クラウスは再び詠唱を紡ぐ。古妖を仕留めるために。
あれが古妖と櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)は瞳細める。
「蝶ときて次は蜘蛛か……俺は蟲に困らないな、兄」
肩を落とすように紡がれたその言葉に四百目・百足(|回天曲幵《かいてんまがりそろえ》・h02593)は笑い零す。
「ほう! 多足類相手に鱗翅目に蜘蛛類と来ましたですか。今度から湖武丸の事誘蛾灯とお呼びしても宜しいか?」
指折り数えて、楽し気に。湖武丸は言われて、それはとちょっとばかり悩ましい。
「事誘蛾灯とは嬉しいのか悲しいのか、まあ好かれるのは良しとするか」
ううんと唸ってそうだ、と湖武丸は思いつく。
「折角だから一緒に虫篭入るか?俺達も入れそうなサイズかもしれないぞ」
「クァハ! 巨大パフェを喰らい尽くす俺達を篭に入れて飼うなぞ餌代がかかってこの上ないでしょうね!」
それは確かにそうだ! と湖武丸も声を上げて笑う。
「はは、冗談だ! お互い篭で大人しくしているなんて無理な話だからな」
その通りですと百足は頷く。
「大人しくする前に俺が篭を食い破って差し上げましょうです」
こんな、蜘蛛糸巡らされた世界は、狭く感じる。閉じ込められるなんてまっぴらごめん。
百足は、いっぱいいろんなところに遊びにいって、そして食べて飲んで。やりたいことは沢山ありますもんねと湖武丸に紡ぐ。
湖武丸もその通りだ、と大きく頷いて古妖を見る。他の皆との戦いを目にし、湖武丸はどう戦えばいいか、考えていた。
「蜘蛛の糸が厄介そうで、流石は蜘蛛だな」
何か語り始めたら気をつけるべきかもしれない――何事かを紡いだ後に広がる蜘蛛の糸。 あの糸は、速やかに切断すればいい。刃が届かなくとも、刀を振るえるなら攻撃は届く。
湖武丸は自分のすべきことを定めて鬼々蒼々を抜き放つ。
「兄が蜘蛛の糸で捕まらないように斬って援護しよう」
障害は俺が払いのけると湖武丸は紡ぐ。
「承知! 援護のおかげで糸を気にせず攻撃に集中出来て有難いですね」
それなら、自分は好きに動けると百足の声は弾む。彼の楽し気な様子に湖武丸も笑って、駆ける。
「蟲類の頂点同士楽しく殺り合うとしましょう!」
二人が駆ければ、古妖も気付く。呪詛を吐いて広がる蜘蛛の巣――ああ、やはりきたと湖武丸はすぐさまその範囲を斬り裂いた。風圧がその糸を払い、百足の進む道開く。
「さてさて、蜘蛛を喰らうわ大百足……兄が勝つと思うが見物だなぁ」
百足はその糸を放つ場所目掛け拳を叩きこむ。
「モノホンの蜘蛛はあまり食いごたえが無いですが……人に近い姿をお持ちのアナタはどんな味がするんですかね?」
蜘蛛は一口で終わってしまう。けれどアナタのその脚は、ひとくちでは終わらないでしょう? と百足はおかしそうに笑っていた。
古妖は、百足のその表情に、その姿に瞳見開く。それは本能的なものだろうか、古妖は後方へと下がろうとした。けれどそれはもう遅く。
「味見をさせていただきましょう、この牙で!」
卒塔婆はその脚を切り落とす。身を引いた古妖の脚を浅くだが持っていく。地に落ちる――その前に百足はその脚を手にして口へと運んだ。
齧るその身は如何なものか――どうだと問う湖武丸へと百足は笑う。
パフェや酒のほうが美味しかったですねと。
「美しい藤の花を求めて飛んできた蝶を捕まえる蜘蛛……なるほど」
藤野・静音(怪談話屋・h00557)は藤の花、そして巡る蜘蛛の巣を見上げて零した。
確かにこれなら、捕まえることはできるのだろう。しかし――と、静音の瞳は細められる、口の端には笑みが乗る。
そんなに簡単なことではないだろうね、と。
「けれどもここに居るのはか弱い蝶々ばかりでは無いからね」
古妖へと静音は穏やかに言葉向ける。
「君のはった蜘蛛の巣に力無く捕まるなんてことはないだろうし何ならその虫籠だって壊してしまえる様な力を保つものさえ居るかも知れないね」
それは君も、もうよくわかっているかもしれないねと静音はその姿を見つめていた。
君はわからなかったのだろうと。
「人が集まるってのはそう言うことさ。可能性が増えていく」
「人が集えば……美しいものも多くある。そうすると、私は閉じ込めてめでたくもなるが……貴方達は虫篭に収まってくれないのはとくと味わいました」
苦笑するように古妖は紡ぐ。そして逃がしてはくれないのなら、戦って終わらせるしかないのだとわかっていると。
その物言いは、古妖は逃げ切れると思っているようなものだ。
「……如何にも優雅ぶっているけどね。藤の花に魅せられ蝶を捕まえるなんて無粋極まりない」
だから、ちょっとお仕置きと行こうかなと静音は何の圧もなくただ穏やかに言葉向けた。
「受け止めておくれよ」
皆が重ねた力を受けて、静音は配下妖怪を呼び出し古妖へと向かわせる。
その押し流すような攻撃に、静音に攻撃かけようとするも距離が詰められない。その蜘蛛脚が肺か妖怪を穿っても、何の意味もないのだ。
「ああっ、このような物量……!」
蜘蛛糸で絡め取れたらよかったのに――それよりも強い流れに古妖はなすすべがなかった。
受け止めきれませんよねと静音は穏やかに笑む。こうなることは彼の想定の内。
こんなに美しく藤の咲く場所に、蝶々を使って招くなんて。
「風流を解する古妖さん、なのかしら?」
萩高・瑠衣(なくしたノートが見つからない・h00256)は首傾げる。歩んだ先に、現れた古妖。すでに戦いを経てその身は傷だらけだ。その蜘蛛の脚も何本か失われてちぐはぐになっている。
痛そう、なんて瑠衣は思う。けれど警戒は解かない。
ああ、痛いと零しながら貴方も虫篭へ収まりますかと古妖は紡ぐ。けれど、それに瑠衣が頷くことは無い。
「そのお誘いは情熱的だけど、飼われ続けるのは真っ平ごめんだわ」
古妖は、あなた方はやはりその答えしか私に言わないと残念そうに。その身に重ねられた傷がその答えの結果なのだろう。
瑠衣は古妖へと笑いかける。戦うことよりもいいことがあるのだと。
「それよりも一曲聞いて下さらない? この見事な藤の様子で、思い付いた曲があるの」
「曲……虫篭の中で奏でてくださるならとても嬉しいのですけれど。今ここでそのような必要などない。お前たちも邪魔をするなら私の前から早々に消えてください」
かの古妖が吐き出す呪詛。それと同時に蜘蛛の巣が広がって。しかしその呪詛に重ねるように今、瑠衣は即興の音を紡ぐ。そういわないでくださいというように。
「蜘蛛さん、あなたの心にも届けば嬉しいな。……語りを止めるほどまでに、ね」
呪詛の声に重なる美しい音を奏でながら、瑠衣は傍らへと視線向ける。
(「ここに誘ってくれた『彼』は闘る気満々のままなのよね」)
だから、その音を奏でながら。
「お膳立てはこれくらいでいいかしら? 御剣さん、存分に斬り捨ててくださいな」
その言葉に頷く御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)は苛立ちを隠さない。それは古妖の在り方と相いれないから。
「好みだったら加えるだ?」
何をいっているんだというように怒気を孕んだ声だ。
「笑わせる。こんな良い女を誰がお前にやるか」
お前には地獄の閻魔様がお似合いだよ――そう言って、刃は動く。太古の神霊「古龍」を纏えばその力は増す。
蜘蛛の糸が拘束しようと伸ばされる。当たるということは、逆に攻撃は読みやすいのだ。
どこからくるか――糸の軌道を予測し己の力を極限以上引き出す。瑠衣を抱え、糸を避けた刃は、糸の間を移動し古妖が思うより限りなく早くその隣に立った。
すれ違いざまに捨て身の一撃を繰り出して。
「本当の宝ってのはな、悩み、苦しみ、踠いて進んだ先にあるのさ。だから、瑠衣は輝いてるし、良い女なんだよ。わかったか? ぼんくら」
お前はわかっていないと刃は言い放つ。その言葉に瑠衣は瞬いて、小さく笑う。
「花に着いた虫は、果たしてどちらなのかしらね?」
古妖にそっと視線を向けて、ただ言葉零した。
オフィーリア・ヴェルデ(新緑の歌姫・h01098)にとっても古妖の紡ぐ言葉は相いれない者だった。
花を愛でる人達を虫篭に入れて、自由を奪うなんて酷い――そうオフィーリアは感じるから。
「自ら入りたいと思う人なんているはずないわ!」
そうぴしゃりと言ってのけて、でも、とちょっとだけ思う。
「……寝心地のいいベッドと三食昼寝とおやつ付、とかだったらちょっと揺れちゃうけど……」
そんな彼女の言葉にクレス・ギルバート(晧霄・h01091)は思わず、噴き出して軽く笑う。
「待遇良くても虫籠に幽閉されたら、リアの好きな外の世界を愉しめないぜ?」
「そ、そっか! やっぱりどんな好待遇でも出られないのは嫌」
一緒に色んな世界を巡るんだからと首を振るオフィーリアにクレスもうんと頷く。
そして古妖を見る。その視線は優しくはない。
「お前のお眼鏡に適うかは分からねぇけど虫籠なんて狭い世界に囚われるなんてごめんだぜ」
それに、とクレスはオフィーリアをそっと見る。
「俺は愛でられるより愛でる方が好きなんだよ」
そう告げれば古妖は、あなた方も解らぬのですねと言う。けれど共に虫篭へ閉じ込めてさしあげれば、その良さもわかるのではなどと続けた。
オフィーリアは魔力の歌を奏でる。それは鋼鉄の花弁を生み出してひらりはらりと舞うと同時に、敵へと向けられるもの。
古妖のその蜘蛛糸断ち切る様に舞い踊る。そして、切れなくてもいいのだ。その蜘蛛糸が花弁を捕えたら、ふたりに絡むことはないだろうから。
これは時間稼ぎ。でもこれでいいとオフィーリアは知っている。だって戦っているのは一人じゃないから。
オフィーリアが咲かせた花の中、クレスは鋭い抜き打ちを繰り出す。振り上げた刀の切っ先を返し袈裟に薙いで古妖へと届かせた。
「ふたりまとめて虫篭に入れば良いものを……それが幸せで在るとわからないか。共にあれるというのに……幸せを失うというのか……」
古妖が紡ぐそれは呪詛でもある。その言葉の終わりと共に広がる蜘蛛の巣。
「――悉く、穿て」
けれどクレスも動いていた。
紫電纏う一太刀より生まれた無数の霆く閃耀がその蜘蛛の巣を穿つように走る。編み上げた魔力を数多翔ける天雷と化し放って、閉じ込め捕らえることを許さない。
オフィーリアはクレスを信じている。彼の陰に位置どっていればよほどのことが無い限りあの蜘蛛の巣に捕まることはないだろうと。
もし、捕まっても歌を紡ぐ口さえ無事であれば問題ない。クレスを助けることもできるだろうから。
「こんな糸で俺らの自由を奪えると思うなよ」
炎纏わせた刃をクレスは振るう。蜘蛛糸をまた向けてきても燃やして打ち払う。
オフィーリアには届かせないと守る様に。
古妖はその様に何を思うのか――表情を僅かに歪めて距離をとる。長々と戦い、その姿を見ることで何か、燻ってしまいそうで。
古妖は傷を負って。そしてまた、能力者の気配に視線向けた。その視線の先――香柄・鳰(玉緒御前・h00313)が瞳閉じて首傾げていた。
「私達が篭に? ……あらまあ」
そして頬に手をあて、ふふと笑い零した。
「面白い事を仰る!」
そんなこと誰だって受け入れることはないと鳰もわかっているから。
「リゼさんも、私も他の方々も果たして貴方に囲えるでしょうか」
囲えませんよねと鳰は紡ぐ。だって、あなたは満身創痍と万全でないことを感じて。
「我々、其れなりにお転婆ですよ? 柔な篭など、壊してしまうかも」 そして天神・リゼ(|Pualani《プアラニ》・h02997)も――古妖には思う所があった。
「随分身勝手なのね?」
リゼはその瞳を真っすぐ古妖へ向けて。
「花も蝶も、人も妖も……其の美しさを閉じ込めて愛でるだなんて」
とんだエゴイストさん、と吐息と共に零しきりと古妖に厳しい視線を向けた。
「いいこと? 皆、自由に羽ばたき笑顔を咲かせてこそ――一等、美しいものは愛でられるの」
そう言ってリゼは、鳰の前に腰に手を当てて立つ。
「花のように美しい鳰さんだって貴方の手には渡さないわ」
ぴしっと言い放った言葉。それを隣で、鳰ももちろん聞いているから小さく微笑んで。
「……ふふ、そうね」
リゼさんの仰る通りだわと同意する。
翅も羽も自由を繰ればこそ美しい。その姿をこそ愛でればいいのにと、鳰は紡ぐ。
「貴方はそれを識らないという事ね、お可哀そうに」
見えていないけれど、見えている。その瞳と共に鳰は笑み向ける。
「これからうんと堪能なさるといいわ――ほら、彼女の花が咲き始めた」
咲き誇れ、レイラニ・ケアラニ――それは花を纏いて歌う護霊。リゼの護霊が奏でるのは楽園幻想曲。
「愛でる事をはき違えた蜘蛛に教えてあげましょう? 鳰さん」
鳰はリゼへと頷いて返す。鳰が動くと同時に、リゼはレイラニへと『深淵の棘歌』を支持する。
その歌が響けば、黒い棘がそこかしこに突き立って翻弄する。
古妖が向かわせた子蜘蛛はその棘により進む先を制限され惑う。なら、蜘蛛糸による捕縛と放たれるがそれも棘が絡め取った。
それがすべて捕らえることできなかったとしても鳰はそのまま進む。リゼが歌唱で織り成すオーラが守ってくれると知っているから。
その中で――鈴の音がひとつ。
「捕らえるのは何も貴方だけの専売特許ではありません」
その鈴の音に古妖は捕らわれその足が、動きが止まった。リゼが抑えているから、その蜘蛛糸だって切り払いやすい。
独りでない事の何と頼もしいこと――そう感じて口端には穏やかな笑みが浮かぶ。リゼが助け守っていてくれているその感覚は力をくれるように思えて。
「本当の美しさを味わってみなさい」
篭に入れるよりもずっと――美しい剣が貴方の元へ往くわ、とリゼは歌を紡ぎながら鳰が踏み込むのを見ていた。
鳰が振るう刀による強撃は、古妖の手にしていた提灯を斬り裂く。それはふたつに割れて、灯りが掻き消えて。
「貴方は篭に閉じ込めてなどあげませんよ。虚ろへと放して差し上げる」
刃翻し、もう一撃。その軌跡は斜めに走り抜けた。
傷を押さえながら、その古妖は紡ぐ。どうして、わからないのでしょうねと。
いつまでも愛でていられるというのに。古妖も自分の在り方が受け入れられない様子にどうしてなのだろうと思っているのだろう。
「閉じ込めていつまでも眺めるすばらしさを理解できないとは……」
その言葉をセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)も受け入れる事はない。
「虫篭に囲って……なんて。恐ろしいことを言うのですね……」
「みんなの想いを篭に閉じこめるってことでしょう? そんなのは只の身勝手な蒐集でしかないよ」
エメ・ムジカ(L-Record.・h00583)はセレネを見る。するとセレネもエメを見て視線があった。
ふたりとも、同じ想いであることがわかる。だから言葉にする。
「彼の思惑を断ち切らねば。共に戦いましょう、ムジカさん」
「うん! みんなを守ろう、セレネちゃん」
エメはSanctuaire de loi.――己の血を込めた魔法石を備えたソードハープ型の錬成剣を手にして駆ける。
それと同時に|Crystallo di Canto《エイショウノケッショウ》――歌うように燦めく竜漿の結晶をエメは割った。
すると吹き荒れるは氷雪の魔法。雪が吹雪いて、古妖が放った子蜘蛛も、巡らせようとした糸も思うままに動かなくなっていた。
その氷雪の中をムジカは跳ねる。その動きをセレネが視線で追う。完璧とはいかずとも剣を振るうムジカさんの助けになりますように――その想いに呼応するかのようにひときわ強く冷たい風がエメの背中を押した。
噫、なんて綺麗な氷の魔法だろう? とエメは目許綻ばせる。手にした剣の琴を弾いて慣らす。音の魔力はエメに守りの力を与えていた。
くる、と古妖も呪詛を吐いて。巡らされる蜘蛛の巣は凍てついてその力を発揮できない。その巣を飛びこえて、エメは迫った。
「美しいから、篭に入れてしまったら心はいつか悲しみに染まっちゃう」
踊る様に、エメは剣を振るった。古妖は蜘蛛脚でその動きを相殺するように動き、硬い音が響く。
「僕らは君にとっては好ましくないよ。望む事が違うから」
けれど、身を翻してすぐに向けられた二撃目までは追いつかない。彼の脚がすべてそろっていたなら守れたかもしれないがそれはすでに、失われている。
円舞曲の如く、華やかでありながら鋭く鮮烈に。エメの剣撃は古妖が呪詛と共に広げる蜘蛛の巣を切り払った。
そして響くのは、セレネの詠唱。
「其処に朝の訪れは無い……」
氷雪で藤の花は凍てついた。そこに下がる巨大なつららが折れて、古妖へと放たれる。
その身を貫かれた古妖は呻く。日輪の訪れをも阻害する戒めに縛られ古妖は呻く。
「自由を失うことの意味、これであなたにもわかりましたか……?」
その姿をセレネは静かに見つめて紡ぐ。でもきっとわからないのだろうとも、思って。
「蝶も人も、自由に心を現わしてこそ美しい」
動けぬままの古妖へ、エメも言葉向ける。愛でたいなら、そのひと時を共にいてあげなよと。
けれどやはり古妖には理解できないのだ。虫篭に閉じ込めて愛でるのが私の示し方なのだからと。
タバコに火を付けながら、志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は視線巡らせる。
藤の花は美しく咲き誇っているのはかわらないなと遙斗は思う。
「ココが終着点ですかね?」
そして、目の前には傷を負った古妖がいる。
「アナタが今回の黒幕ですか?」
「黒幕……私は気にったものを虫篭に収めようとしていただけで、邪魔したのはそちらだ」
それともあなた達は私に愛でられてくれるのですかとそれは笑う。
「虫篭……せっかくのお誘いですが、あいにくと俺も紫苑さんもアナタに捕らわれるわけにはいかないんですよね」
「紫苑……あなたは紫苑というのですか」
そう言って古妖は笑う。私も同じ名前なのだと。
「でしたら丁重に迎えて差し上げましょう」
その言葉に不要ですよと遙斗はすぐさま拒絶を返す。
「それに折角妹にお土産を渡さないといけないのでご遠慮願います」
そして饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|或いは仮に天國也《パラレル・パライソ》・h05190)はその姿をぼんやりと眺めていて。
「紫苑さん大丈夫ですか?」
その声に瞬いて、引き戻される心地。
「……ごめんなさい、ぼうっとして。大丈夫です」
本当に? というように向けられた遙斗の視線。紫苑は国都頷いて、ふと零す。
「虫籠に捕らえるって表現、あんまり好きになれません」
思い浮かんでしまう。そうなってしまったのはこの身になったから。
「私も元は捕らえられていた身ですので言えますが――どんなに大事にされても自由のない世界って退屈なんですよ」
紫苑は、そんな世界から脱出することができたけれどそこであったことを思い出せば心が鈍くなることだってある。
「私は蝶よりは華だろうけど、翅を毟るように花弁を散らされるのも嫌」
その心は揺らぐことはなく。紫苑は今、同じ名前をした古妖を睨んで言い放つ。
「だから……遙斗さん、お土産を壊さない様に気をつけて戦いましょう!」
いつもの彼女の調子だ。遙斗はもう心配ないと紫苑から古妖へと向き直り踏み出す。
「さっさと倒してしまいましょう」
頷いた紫苑はこの場に雨を招く。それは紫苑の身の内にいる華皇神の持つ権能の一つ。紫強力な酸性の槍雨の痛手を受けるのは、紫苑に害成すもの全て。
その雨に、古妖が張り巡らせた蜘蛛の巣は溶け落ちていく。
だからこの場で、遙斗だけが無傷で動ける。
遙斗は特式拳銃【八咫烏】と小竜月詠を手に。そしてふ、と吐き出すタバコの煙。その煙を纏って踏み込む速度は常の三倍。
「悪いけど悪は斬る! 恨むなら俺たちの前に立ちふさがった事を後悔してくださいね」
その速さは古妖の予想を超えていたのだろう。僅かに驚きを見せた瞬間は隙だ。遙斗は見逃さず、霊剣術・|朧《オボロ》をもってその身を斬りつけた。
「っ!」
古妖は身を引く。この二人を同時に相手するのは苦しいとみて、蜘蛛の巣を放ち目くらましの間に、その場から姿を消した。
遙斗はまだ周囲にいるのかと警戒するが気配はない。だから刀を鞘に納めて紫苑を見ると。
「これで任務完了ですかね? 良かったらお茶して帰りますか?」
「お茶はさっきもしたじゃないですか~」
そう言いながらも、なんとなく気を使ってくれたんだろうと紫苑は感じて遙斗の顔を覗き込むと。
「奢りですよね?」
ふふと笑いかけながら問いかける。
「えぇ、もちろんごちそうしますよ」
遙斗の言葉にですよね! と紫苑は笑む。じゃあ何を奢ってもらおうかな、と微笑む。そう言えばちょっと気になってたカフェがあるんですよねと紡ぎながら。
「……何もない、なんて」
それはリズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)にとってがっかりな事。
美味しい物があると信じて進んだ先で、なんだか小難しい事を言う古妖がいたのだから。
「ああ、誘いこまれるような感覚はこれだったのかな。あなたが、私たちを呼んだんだね!」
コイン・スターフルーツ(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00001)が古妖に尋ねれば、そうですねと返答が帰る。
ここに呼ばれたものは、虫篭の中へと招いているのだと。
「ずっと、居たくなるキレイな世界とは思うんだけどね……」
でも、それはいやとコインは首を横に振る。そしてリズも。
「えっと、その虫籠には何も食べ物が入ってないので問題外です。絶対、入りません!」
「でも、そうその篭には食べ物がなさそう――リズさんこんな時も食い気!? あれば入るの!?」
その言葉にリズはちょっとだけ考えて。ものすごく美味しいものがいっぱいあるなら、場合によりですと唸る。
コインは笑いつつ、行こうと戦い仕掛ける。リズもその声に合わせて決戦気象兵器「レイン」を巡らせる。
嵐と雷を呼び寄せたリズ。それと共に、古妖が蜘蛛の巣を巡らせているのがわかる。互いに、攻撃は必中の範囲と感じて、リズは火力に意識を回す。
古妖の動きを、そしてリズの動きを後方からコインは見ていて。
「必中ならば、こちらは曖昧にしていくよ」
コップを取り出したなら――
「Interpretation of the book」
曖昧にする領域を広げて。それは古妖だけにかかるものだ。
古妖の広げた蜘蛛の巣はそのままに。けれど狙いは逸れる。子蜘蛛を放ち攻撃をかけるがコインには届かない。曖昧なこの場所で必ずはないからだ。
「右から攻撃きれるよ」
「はい!」
コインの声にリズは子蜘蛛をかわして、その懐へ踏み込むように動いて。
「リズさん攻撃は任せたよーっ!」
任せてくださいというように、一層嵐と雷が強まる。その光景にコインは瞳輝かせた。
「わぁぁぁ、嵐と雷!」
大型ブレードを備えたエネルギー砲の|LXM《LZXX Multi weapon》を手に。敵がさらに子蜘蛛を放ってこようとも、六角形のシールド群を身体表面に展開して飛びつかれるのを弾き返した。
そして斬撃と最大火力までチャージした砲撃の一瞬を。
「レイン兵器! 私の言葉を聞いて下さい。想定スペックをも超えた、あなたの本当の実力を見せるであります!」
その陽性を、決戦気象兵器「レイン」に宿る精霊は聞き届ける。嵐と雷が古妖を縫い留めるように走って。
其処へ振り下ろされる斬撃と、砲撃。
蜘蛛の巣を盾代わりにする古妖だがそれごと斬り裂かれ、そして間髪いれずに砲撃が叩きこまれる。
リズは一撃に手応えを感じていた。そして古妖は、このまま戦っては押し切られると危険を感じたか身を翻す。
「相変わらず映える~かっちょよ!」
そしてコインは、リズへとわぁと声向ける。その言葉にリズは小さく笑みを返していた。
頭上の藤の花を見上げて詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は綺麗だと思う。
綺麗――だったけれど。
「お前が手引きしてたってこと?」
イサとララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)の目の前にいる古妖――それは既に傷だらけである。
でも、だからといって手心を加えることはない。だって。
「ララを虫籠にとらえるだなんて、笑わせるわね。お前は蝶を捉える毒蜘蛛かしら?」
ララがぴしゃりと言い切ったのを、古妖は微笑んで受け止めるように頷いた。
「そうですね。蝶を捉えて離したくはありません。だから虫篭へ招いているのです」
そこで愛でられているなら幸せではありませんかと古妖は言う。その言葉はララもだがイサのほうが不愉快、と表情を揺らした。
「ふん……聖女サマは虫籠なんかじゃ飼い慣らせないよ」
何より、そんなこと俺が許さないとイサはララの前に出る。
その後ろから、ララは古妖を見つめて。
「花を愛でる心は皆同じだけれど……駄目」
誰一人お前の蒐集品になどさせないと、聖女様はおかんむりなのだ。
「だって、愛しいこの世の全てはララのものだもの」
それは当然のこと。だから。
「さぁイサ、蜘蛛退治よ」
あの蜘蛛をやっつけちゃうわとララが見上げる。肩越しに視線合えば、イサは笑って。
「はは! そうだね、ララ」
そして前を向いて、古妖捉えた視線には冷たさが乗る。
「聖女サマのモノに手出するなんて……お仕置しなきゃだね」
ララの、幼く無垢で畏敬すら感じる傲慢が心地よくて。
聖女サマのお心のままにと恭しくイサは紡ぐ――狩りのはじまりだ、と。
かろやかに、ララは跳ねるように。その身に纏うは花吹雪の如く吹き荒れる、破邪の迦楼羅焔。
どんな|糸《意図》も灼き尽くしてあげると微笑んで光の弾丸を打ち出して駆ける。
その光弾を払うように伸ばされる蜘蛛糸。その糸がララを捕えようと放たれるけれど――窕の刃で切って捕まらない。
鬼さんこちらというようにかわしてしまう。
そしてララの放つ白虹の|聖女《迦楼羅》の神威の具現たる光はイサの力にもなる。
その光を感じながら漆黒の蛇腹剣をイサは踊らせた。薙ぎ払って、蜘蛛の糸ごと切断したなら。
終焉らせてあげる、とイサの唇は動く。海の女神テティスと完全融合したなら、あらゆるものを深淵へ引き摺り込む荒波を。
その波が古妖をイサの方へと引き寄せた。そうすれば、ララは自由に駆ける事ができるから。イサは自分にその蜘蛛脚が向いても落ち着いている。
ララの聖焔の光が眩く俺に力をくれるんだ――だから攻撃放つその手にも力がはいる。
引き寄せた古妖怪に牽制するようにレーザー放って。その蜘蛛脚が、イサを貫く――その瞬間に泡沫のバリアが張られその身は守られる。
そこへララがふわりと待って。
「ふふ、イサ……頼もしいわね」
ララの光がお前の力になるなら、何よりよとララは笑って翻す。
現れたララにも別の蜘蛛脚が向けられるけれどその脚ごと串刺しにして迦楼羅焔が伝わって燃え上がる。
「一撃ごとに生命を喰らっていってあげる」
ふふ、とララは笑み零す。
「捕食者なのはどちらか教えてあげる」
不遜に、尊大に。だからこそララなのだとイサは知っているから頷いた。
「嗚呼、そうだね」
虫籠に封じられるのはお前だよ、とイサも告げる。
古妖は歯噛みして、その焼けただれた蜘蛛脚を動かして距離をとった。
いた! と楪葉・莉々(Burning Desires・h02667)は古妖見つけて指をさす。
他の√能力者と戦って傷だらけ。倒さなくてはいけない相手だと知っているから莉々は兄の、楪葉・伶央(Fearless・h00412)を見て。
「こういうの、無粋って言うんだよね、兄!」
莉々にとっては古妖の行いは許せないものだから。
「でも、兄やみんなとやっつけちゃうから!」
ぴしっと指差しして言い切る莉々。そんな莉々へ伶央は優しいまなざしを向ける。
「ああ、やっつけよう」
張り切る妹に笑み返し、怪我がないように彼女を庇うつもりで前に。
戦い慣れした動きはそつなく、何よりも自分の妹を絶対に傷つけさせないという意思がある。
そして莉々は戦う経験はあまりないけれど、今だけの兄の相棒頑張るっとやる気は十分。
(「天馬ちゃんみたいにはいかないだろうけど、ちゃんとやっつけたよって報告できるように」)
莉々は先を行く兄の背中を追いかける。
伶央が先に動いたのは、古妖の意識が自分に向くようにするため。
古妖は、距離を詰められることを嫌がってから子蜘蛛を放ち蜘蛛の糸を巡らせようと動く。
その糸に注意しながら、莉々も動く。視線は伶央を手本にするように追って。
(「真っ先に動く兄、戦い慣れててかっこいい!」)
その兄の足を引っ張らないようにと莉々も動いて古妖の放つ子蜘蛛の攻撃をかわした。
莉々はもふもふの鳥――死霊たちへとお願いと頼む。
「子蜘蛛がきたらやっつけちゃって!」
提灯の光は当たらないように頑張って、避ける……! と気合一杯。
その声に伶央は僅かに笑みを浮かべつつ、獅子の鋭爪たるスカルペルを放ち牽制と、そして邪魔をする蜘蛛糸を莉々に届かぬ様断ち切った。
古妖は全て断ち切られてはとさらに蜘蛛の巣を。たが伶央はそれをものともしない。
投擲されるスカルペル――それを放ちながら古妖へと伶央は言う。
「糸を張れるのはお前だけではない」
「何……? ! これは……」
それは蜘蛛の糸とは違う鋼糸。鋭利で丈夫なその糸を張り巡らせていく。古妖はすでに動きも狭められていることに気付いて逃げ道を探す。
けれどもう遅い。それは蜘蛛のお株を奪うように、蜘蛛の巣の如く――鈍く光る糸が古妖を拘束する。
動けないことに古妖は焦っているがその隙に、伶央は陰陽の気を宿した拳をその体に打ち込んだ。さらに、蹴りも連続で叩きこんで、お膳立ては十分。
「莉々」
短くその名を呼ぶ。莉々は頷いてしゅばっとあるものを構えた。
莉々特製の鬼デコ卒塔婆で成敗! と構え、ぐっと力込めて踏み込んだ。
「えいっ!」
全力で古妖を殴れば鈍い音。その衝撃にうめき声を落としたのは古妖だ。
鬼デコ卒塔婆を手にしたまま、ちょっぴり得意げに、どう? と伶央を見る莉々。その表情に伶央は微笑んで。
「ふふ、今の一撃は痛そうだな」
「思いっきり殴ったもん、泣いちゃうくらい痛いと思う!」
やった! と莉々は笑って返す。そんな表情に伶央は瞳細める。得意げな妹が愛らしいと。
誘い出した人々を、虫篭にいれて愛でる――それはつまり、と千堂・奏眞(千変万化の|錬金銃士《アルケミストガンナー》・h00700)は。
「それって要は監禁するってことじゃねぇか。オレもゴメンだし、見逃すつもりもねぇな」
奏眞の言葉に八鵠・結慧(|縁《えにし》の|境界運び屋《きょうかいうんそうや》・h06800)もあっしも無理っす~とからりと笑う。
「あっしは虫篭に入らず、飛び回っていたい蝶なんで、そのお誘いは『ノー』っすねぇ」
結慧は軽い調子で言うけれど――その声が低く、重くなる。
「それにあいにく、|そういう《誘拐や拉致まがい》のも寛容できない身なもんで」
けれど次の瞬間にはもう軽さを取り戻す。
「御覚悟を―――っすよ~?」
そして奏眞も、このまま古妖の好きにさせるつもりはない。
相手はもう何度も戦って傷を負っているが、それでも油断なく。
「楽しいことは|皆《精霊たち》が言うように、楽しいまま終わるのがいいんだ」
テメェがそれを邪魔する以上、それ相応のことをやらせてもらうだけだと錬精の音階を手に奏眞が先を駆ける。
「リロード!」
その声と共に錬精の音階に満たされる力。縦横無尽に駆けながら放たれる弾丸には、古妖を捕縛し、機動力を低下させる状態異常を付与するように。
古妖を弾丸が貫き、その動きは鈍くなっていく。それでも伸ばされる蜘蛛糸――それは咄嗟に錬金術を走らせて奏眞は躱した。
「あ、千堂の|坊《ボン》が前張ってくれるんす?」
助かるっすよ~、と結慧は笑う。なら、あっしは|敵《やっこさん》がそう簡単には蜘蛛糸で狙いが定まりづらい上に近付けないくらいの場所でと距離をとった。そこはもう認識不可な境界の中。放ったのは紫の蝶。その羽根が鱗粉を撒き散らし古妖へと痛みを与えていく。
その攻撃に反撃と、蜘蛛糸伸ばし絡め取ろうとするが結慧は捉えられず古妖は目を見張る。
「技が当たらないって? 残念っすが、当たるんすよね~」
楽し気に結慧は笑って、ひらりと踊る紫の蝶を指先の上で遊ばせた。
「あっしの|弾《蝶》は、やっこさんの死角から絶えず襲い掛かるんで ♪」
認識阻害も相まって坊を捉えるのにも一苦労でしょ? と結慧は笑って紡ぐ。その様をちらりと見て奏眞は。
「…………にしても、相変わらず結慧のそれはエグイな」
いつも思っているが、思わず声に出してしまう。当たらないのに、あちらからは当たる。厄介な事この上ないなと思うから。
その声は結慧に聞こえていないと思っていたのだけれど。
「千堂の|坊《ボン》には言われたくないっすー」
結慧はそっちもおかしなことしてるのに、自覚がないと何とも言えない顔をした。でもそんなやりとりもじゃれあいのように感じるもの。
そして奏眞は何もおかしなことはしてないがと不思議そうな表情で、古妖に再び狙い定めた。
それに合わせて結慧が踊らせた蝶は奏眞の力を高める。放たれた弾丸は、古妖を貫くように駆けた。
古妖は√能力者たちによって追い詰められていく。
「……趣味が良いのね」
その姿を前に、ベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)は静かに紡いだ。
「ワタシも好きよ、花を愛する気持ちをもったヒトたち」
ベルナデッタは視線を頭上へ、藤の花達へと向ける。手を伸ばせば今にも届きそうなその花。
「美しいものだわ。優しいものだわ」
でも、どれもひとつもお前のものではないわ――ベルナデッタの視線が射抜くように向けられる。
そして廻里・りり(綴・h01760)も、きりとした表情で紡ぐ。
「藤のお花見をこころからたのしめるのは、こころがおだやかで、やさしくいられるからだと思います」
りりはなのに、と古妖を見つつ耳をぴことさせて。その気持ちの高まりが現れている様にベルナデッタは思わず見てしまう。
「なのにきゅうくつな籠に押しこんでしまったら、あなたがほしかったものは、こわれて手に入らないんじゃないですか?」
古妖のしていることを受け入れることはなくて。りりの気持ちに呼応するように尻尾もぶわと僅かに膨らんでいた。
「こわれる前がそうであれば、その後はかまわないというなら別ですが…
それって、なにがたのしいんでしょう?」
わたしにはわかりませんとりりの尻尾はちょっとだけ下がる。でも、これ以上好きにはさせないと思うから。
「そんなに籠がお好きなら、わたしからプレゼントしてあげましょう。いまなら青い鳥さんたちもつけてあげますよっ」
宝石の様に煌めく瞳の青い小鳥がりりの傍らで羽ばたく。いつでも準備万端というように。
「ベルちゃん、準備はいいですか?」
「ええ、りり」
黄昏、詠唱の間をお願いとベルナデッタは託す。りりはもちろんです! と応えて。
「さあ、羽搏きに耳を澄まして」
りりの声にあおいとりが羽ばたく。その羽根で牽制を、そして持っている鳥籠に捕らえるように――古妖が放った子蜘蛛たちにあおいとりがそのくちばしでつついて攻撃を。
その間にベルナデッタは動かず、詠唱を続けて魔法の蜘蛛を想像する。
「蜘蛛には蜘蛛でお返ししましょう」
魔法の蜘蛛たちが子蜘蛛を制圧するように動いていく。自分の放った子蜘蛛たちがやられていく様に、古妖は呪詛を吐く。
「私の蜘蛛たちが……ずっと邪魔をして……」
零される呪詛と共に、蜘蛛の巣が張り巡らされていく。そしてその中で放たれる攻撃は必ず当たるもの。そのはずだが、ベルナデッタの蜘蛛はそれを反射する。絡めとって投げ返して、ベルナデッタは微笑む。
「自分の呪いで果てなさないな」
古妖は痛みにまた呪いを吐く。けれどその言葉はベルナデッタにとっては何の意味もない。
「……恨み言の、まあ薄いこと。何が欲しかったというの。何が足りなかったというの」
問いかけても、吐き出される言葉に意味はない。ベルナデッタは冷ややかに見詰めつつはぁとため息一つ。
「思いつかない? そういうモノ? なら、この結末は当然だわ」
あなたにはきっと、ずっとわからないわとベルナデッタは紡ぐ。その言葉は古妖に届いて、何がだと言うように視線を向けられた。
その視線を受け止め、睫震わすように瞳を少しだけ伏せた。
「ワタシは、花の盛に賑わう輪の内側にいたいの」
お前の虫籠なんてまっぴらごめんよとベルナデッタが言うと、りりもわたしもごめんです! と紡ぐ。
「わたしが入りたいのは、たいせつなひとたちとの縁の中です」
手をつなぐ相手は自分で選びます――ね? とりりはベルナデッタへと微笑む。ベルちゃんと一緒に楽しくと。
そしてきっと、藤の宴を楽しんでいたひとびとも同じ。けれど古妖にはわからないのだろう。
「きっと、お花見をたのしんでいたひとたちもそう。あなたに選ばれる必要はありません!」
だから言葉にして、ぴしゃりと言い切った。
「ああ、そもそもワタシ、お眼鏡にかなわなかったかしら」
気が合うわね、とベルナデッタは紡いで古妖へと再び蜘蛛たちを。
そしてあおいとりの羽ばたきも共に。
は、と息をつく古妖はすでに満身創痍。どうして永らえられているのか不思議なくらいだ。√能力者たちが己の行いを否定しているのはわかる。
どうしてこうして愛でるのが受け入れられないのか。それが不思議で仕方ない。
でも今は攻撃をかわし、逃げて体を休めなければと思うのだが――簡単にそうならないことも古妖はわかっていた。
その姿に弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)は零す。
「私達も目の前の古妖も欠落という喪失を抱える者――だからこそ、もう二度と失わないようにと願うのでしょうか」
虫篭に捕まえて、愛でる。その行動はそれからきているのではと結希は思うのだ。
「僕ら√能力者はすべからず何かしら欠落を持っているものだけど、とは言え、僕はあまり自覚が無いのだけれど……」
その言葉にアドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)はどうだろうねと零す。
古妖の喪失が関係している。それは確かにあるかもしれないねと、
「けれど」
そうであったとしても、と結希は思う。古妖のしていることは受け入れがたい事と。
結希は知っているから。ひとの身体には足がって何処にでも旅立て、心には翼があって自由に羽ばたけることを。
「篭にいれて愛でるといいながら、貴方のする事は自由を奪い、未来を奪うということ……」
どんなに愛でていると言っても、それは違うと思うから。
「決して許すことは出来ません。私は、私の望む未来があるのですから」
そしてアドリアンも気持ちは同じだ。
虫籠に入れて愛でるのは蝶だけにしてくれないかな? と古妖に告げる。
僕ら人は、色々なしがらみに囚われて、必ずしも自由ではないけれど、それでも、自らの意思ひとつでどこまででも自由になれもするんだよとアドリアンも自分の足で今まで生きていたことを思い返す。
「虫籠にいれて自由を奪う、そのことを許す訳にはいかないね」
アドリアンの言葉に結希は頷いて――
「例えば夏になれば何処か海や、星空の美しい場所に遊びにいきたいですよね」
そう言ってアドリアンへと微笑み向ける。アドリアンも笑み返し、そうだねとすぐに頷いた。
「暑い夏はエアコンの効いた部屋から出たくない気持ちが大きいけれど、弓槻と一緒ならどこか遊びに行きたいね」
ひきこもっていたいアドリアン。でも外の世界も楽しいことを、もう知っているから。
「だって、君と積み重ねる日々はかけがえのないものだし」
ふふと結希は笑み零す。
それが大切なのですと。
だから――祈りを込めて、多重詠唱を。
「風よ、花よ。その色彩をもって、私の道をお守りください」
風と雷の属性攻撃を渦巻かせれば、広がっていた蜘蛛の巣を巻き上げていく。青薔薇の装飾が施されている天星弓『フェルノート』から放たれるその攻撃。
古妖が呪詛を吐こうとも、相殺するように巻き上げその巣を崩していく結希。
古妖の攻撃はこの場では必ずあたる。そう、当たっているのだ――結希の編み上げた渦へ。だから結希まで届かない。
芯となる感情がないなら私たちの今と未来を奪える筈はないのだと、結希はそれを示してみせる。
「闇よ、全てを飲み込む王となれ。我が影を纏い、破滅と栄光の力を示せ――Umbra Dominus!」
アドリアンは結希の傍から離れ、古妖を攪乱するように影を纏って動く。新たに伸ばされる蜘蛛の巣が、その糸があればアドリアンは両手に宿した黒炎で焼き払っていく。
周囲が真っ暗に思えるほどに煌々と輝くその炎を滾らせて燃え消えていく糸は、古妖の世界をも削っていくようだ。
古妖は自分が追い詰められていることを感じたか動揺を見せる。そしてその隙を結希は見逃さない。
軽やかにステップ踏んで、側面へと動く。そしてアドリアンへと一撃の合図を。
「数多の星が、如何なる罪咎をも照らす」
天星弓に風雷の二属性を込めて、其れと共に燦めく星光が古妖へと落ちていく。
集められた星の光。数多と別れた星光の矢が貫いて、古妖の身はぼろぼろだ。
でもまだ、そこにいる。
「こんなもので僕らを止めようたってそうはいかないよ!」
そこへアドリアンが詰める。ひとりで戦っているのではなくて、二人で戦っているのだから。
「暗黒よ、双嵐の刃を形作れ。その黒き力の前にすべてが沈黙する――Zwillingssturm Noir!」
アドリアンを包む影が、大きく伸びて刃となる。その刃は薙ぎ払われるように動く。
結希が貫き、呪詛も守りもない瞬間に向けられた一撃は、古妖の身を深く、削いだ。
鈍い呻き声と共に、古妖は崩れ落ちかける。でもどうにか、最後の力で古妖は立っている。そんな状態だった。
√能力者たちに追い込まれた古妖は、このまま人の宴に飛び込めば撒けるだどうかと考える。
「花の宴は……ここ以外にもある」
それに藤の花にこだわらなくとも、季節折々の花の宴はこれからも他にある。ならばそこで、またと思うのだ。
でも、そうはならない。
古妖の前で、手にした卒塔婆をとんと地面で叩く野原・アザミ(人間(√妖怪百鬼夜行)の|載霊禍祓士《さいれいまがばらいし》・h04010)がいるから。
「いいえ、宴はここでお終いです」
アザミの金の瞳はまっすぐ、古妖を射抜く。
「藤の花を愛でることはあっても、あなたの虫籠の中に入りたい人など、ここには一人としていませんから。あたしを含めてね」
だから、あなたはこうして耐えかけている。このまま許して逃せばまた人を捕える事は明らか。だから、許すわけにはいかないのだ。
古妖は配下である子蜘蛛をばらまいてアザミを近づかせないよう牽制する。合わせて蜘蛛糸を伸ばし捕まえてしまおうとするが、アザミが振り抜いた卒塔婆により払われた。
「あたしはあなたのまわりをひらひら飛び回る蝶になるつもりはこれっぽっちもないですから」
とんと地を蹴って、軽やかに。
アザミは古妖と距離詰めるために迫った。
卒塔婆での攻撃――しかし古妖もあがいて、その場から逃れる。地面を捕えたその一撃は重たい音がしていた。しかしそれによって、この場は載霊無法地帯になる。
その攻撃を受ければ、自分が終わるのを察して――決して射程に入らぬようにと動こうとする。
だから執拗に、わらわらと子蜘蛛は寄ってくるし、しつこく蜘蛛の糸は絡み付いてくる。
そして己の優位をとるために、古妖は再び蜘蛛の巣を広げようと呪詛を紡ぐ。けれどその言葉は、アザミには響かない。
「あなたの昔語りなど聞きたくもない」
所詮は蜘蛛。たかが蜘蛛。天井からぶら下がることしか出来ない単なる役立たず――アザミはそう思うから、紡ぎ続ける。
「よもや主役になれるとでも思っているの? そういうのを厚顔無恥の大馬鹿者っていうんですよ」
攻撃が必中となる? それ以上の攻撃を与えてやるだけ。
ふわりと古妖が持つ提灯の光が踊るがその光なんてものともしない。その光よりも、アザミが心に抱く輝きのほうが強いのだから。
「蜘蛛は獲物を絡めとるのが得意のようですが、どうですか、注連縄にぐるぐる巻きにされてみますか?」
注連縄はどんな怪異だって捉えて締め上げるもの。古妖だって例外はない。
「さっさと消えてもらいましょうか」
飛び掛かってきた子蜘蛛を払いとばして、大きく踏み込んで。
至近距離で捉えたと、そう思わせて身を低くする。その蜘蛛の足を払って、バランスを崩したなら、手にした注連縄を躍らせるアザミ。
「逃げられると思う?」
その注連縄はまるで意志があるかのように古妖に巻きつき、締め上げた。身動きが取れない――逃げられないと自身の状態を正しく認識し、古妖は自分に終わりが迫るのを感じていた。
顔をあげた古妖に大きな影が落ちる。それはアザミの縛霊手。
振り下ろす、そして振り払う――そんな風に縛霊手を払って最後は掴んで、地面に叩き落とした。
その瞬間、重なり続けた攻撃にその身は耐えられなくなり、細い息を吐くと同時に崩れていく。
地面に倒れ伏し、身体の端から消えていく様をアザミはただ、見下ろして。
「せっかくの藤の宴を邪魔するなど、無粋の極みです」
もう、そうすることもできないでしょうが――とアザミは思う。
美しい藤の花の宴を楽しむ人々が何も気付かぬうちに、古妖は終わりを迎える。
アザミは消えていく様を見届けて顔をあげた。さわさわと花を揺らす藤の花――花もまた、無事にひとびとが守られて良かったと思っているのではないかと思えた。
「古妖の宴は終わったけど」
藤の花の下のひとびとの宴はまだもう少し続く――それはこの花が散るまで。
それに今年の宴が終わっても、藤の大樹は来年も花を咲かせるだろう。そして人々はその下でまた楽しく過ごす。
花は咲いて、散って、また咲いての繰り返し。だからそれだけは確かとアザミは思うのだった。