シナリオ

ダ・モンデ冒険王国、燃ゆ

#√ドラゴンファンタジー #武装モンスター軍団 #9月24日23時59分に締め切ります

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√ドラゴンファンタジー
 #武装モンスター軍団
 #9月24日23時59分に締め切ります

※あなたはタグを編集できません。

「――我らはこれより『冒険王国の武力制圧』を開始する。
 手が使えぬものは口で咥えよ。空を飛ぶものは脚で持て。
 歩みの遅いものは武装車輌に跨がれ!全ては、安寧なる世界の為に……!」
 √ドラゴンファンタジーにおける、愛知県東部に位置するとある丘にて。
 堕落騎士『ロード・マグナス』は、傘下の獣……モンスターたちと共に、冒険王国の街灯りを見下ろしていた。
「――聞けば、この地は嘗て幕府より火薬の扱いを許可され、今なお古き花火の伝統が残るという。
 今これより大きな花火を打ち上げようという、我らの蜂起の狼煙に相応しかろう。
 ――いざ、焼き尽くせ!!ダ・モンデ冒険王国、火垢離の時ぞ!!」
 漆黒の騎士の檄とともに、獣たちが鬨の咆哮を挙げた。
 皆一様に、本来は√ドラゴンファンタジーの冒険者たちが命を託すべき得物……|竜漿兵器《ブラッドウェポン》を携えて。

 市街の中心部に夜襲を掛けられたダ・モンデ冒険王国は、冒険者たちの必死の抵抗も空しく、駆け回る獣たちが発動する魔術により業火に包まれた。
 真っ先に狙われたのは、吉田大橋の袂にあるダ・モンデ政庁である。
 此処を失陥したがために、住民たちへの避難指示もままならないまま機能を麻痺させられてしまったのが、痛手であった。
 この街のシンボルである吉田上の櫓も、路面を走るトラムも、全てが燃え。
 住居より焼け出された住民たちは、空より襲来するモンスターたちに飛竜狙撃銃で狙い撃たれ、命を落としてゆく。
 武装モンスター軍団が火垢離と称して生み出した炎熱地獄により、ダ・モンデ冒険王国の市街の大半が、一夜の内に焦土と化したのであった。


「にゃっ!大変にゃ、緊急事態にゃ!モンスターたちが武装蜂起して、冒険王国を焼き討ちにしようとしてるにゃ!」
 今日も今日とて浮かせた箒を椅子がわりに腰掛けている|瀬堀・秋沙《せぼり・あいさ》は、集まった√能力者たちを前に、急ぎ要点から切り出した。どうにも剣呑な星が見えたらしい。
「最近、√ドラゴンファンタジーで大量の『竜漿兵器(ブラッドウェポン)』が奪われる事件があったんだけどにゃ?
 奪った|竜漿兵器《ブラッドウェポン》で武装したモンスターたちが、『ダ・モンデ冒険王国』に夜襲を掛ける星が見えたのにゃ!」
 子猫の話によれば少しでも時間を稼ぐ事が出来れば、地元の冒険者たちがダ・モンデ冒険王国を取り巻く各河川を天然の水堀とし、応戦する体制も整うという。
「このままだと、モンスターたちによる虐殺が始まっちゃうけど……まだ間に合うにゃ!
 みんなには殺戮を阻止するために、急いでダ・モンデ冒険王国に向かってほしいのにゃ!」
 さて、作戦の概要は以下の通りとなる。
 先ず、第一段階として国道1号沿いに吉田大橋を渡ってこようという『アニマル・モンスターズ』と呼ばれる獣の群れを、押っ取り刀で駆け付けた冒険者たちとともに迎撃。
 このモンスターたちはエレメンタルオーブと呼ばれる竜漿兵器を咥えており、通常の個体とは違い炎熱の√能力を操るという。素早く走り回り火をばら撒いてくるであろう。
 冒険者たちは何とか駆け付けたという体で装備が整っていないこともあり、長くは保たない。
 状況が整ったら、後退させて他所の防衛に移動してもらうなり、市民の避難に回ってもらうのが良いであろう。
 第二段階として、本来焼け出された人々を襲う筈であった『ハーピー』の群れが豊川を越えて飛来するため、これを撃退してほしい。
 このハーピーたちは第一段階のモンスターたち以上に竜漿兵器を巧みに操るという。
 飛竜狙撃銃による空からの正確無比な狙撃に対して、何らかの対策が必要になるかもしれない。
 第三段階として、堕落騎士『ロード・マグナス』が、奪った竜漿兵器を携えて吉田大橋を渡り、攻め込んでくる。
 これを撃退することで、作戦は完了となる。
「吉田大橋を渡り切られちゃうと、吉田城とダ・モンデ冒険王国の政庁は目と鼻の先なのにゃ!
 素早い火攻めに、空からの狙撃。更には強力な簒奪者。どれも対策は必至だけど、みんなならなんとかなると思うのにゃ!」
 ――それでは、いってらっしゃいにゃ!
 ぺっかり。灯台のような笑顔が、火急の事態に挑みゆく√能力者たちの背中を押した。

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 集団戦 『アニマル・モンスターズ』


「こいつら、何で『武器』を持っとるだん!?」
 豊川放水路に架かる国境の橋を守っていた冒険者の一人が、盾で火炎を防ぎながら悲鳴を上げる。
 夜間であろうと異変を感じてすぐに駆け付けるだけあって、彼らもそれなりの手練れである。
 そんな冒険者たちにとって、この『アニマル・モンスターズ』と呼ばれるモンスターたちは、それなりに見かける存在でもあるが。
 こいつらが武器を……エレメンタルオーブを用いて火焔の魔術を用いるなど、見た事も聞いたこともない。
「くそっ、抜けられた!こいつら、王国の中心に向かっとるじゃんね!」
「はよ連絡して、|豊橋《とよばし》と吉田大橋の封鎖を急がせろ!」
 このモンスターたちの目的は何か。冒険者たちは手練れであるからこそ、『何のための炎か』を考えてしまう。なればこそ、焦りが募っていく、が。
 次から次へと雪崩れ込んでくる敵の流れを何とか緩めるだけで手一杯であった。

「急げ、俺たちだけでも何とか防ぎ切るじゃんね!奴らに火を放たれたら終わりだに!」
 さて、国境より一報を受けた吉田大橋にも、何人かの冒険者が駆け付けたが……何せ押っ取り刀で駆け付けたものだから、数も装備も全く足りていない。
 √能力者たちが駆け付けたのは、今にもモンスターたちが橋を渡り始めようとした、そんな時であった。
馬車屋・イタチ
アダム・バシレウス

「――ダ・モンデ冒険王国が……?
 あの、エディブルフラワー生産において圧倒的シェアを誇る、ダ・モンデ冒険王国が……!?」
 普段の間延びした語り口はどこへやら。|馬車屋《まぐるまや》・イタチ (|偵察戦闘車両《RCV》の|少女人形《レプリノイド》の素行不良個体・h02674)は、子猫の出撃要請に、急ぎ応えた√能力者の一人である。
 妙にニッチな需要に詳しい彼女ではあるが、√ウォーゾーンに於いて『|エディブルフラワー《食べられる花》』は珍しいからであろうか。
 それは兎も角、その急ぎようは、彼女の乳白色の髪と白い肌によく映える、黒のフリル付きの可愛らしい水着に白のサンダル姿で『水着コンテストしてる場合じゃない~!』と駆け付けてくれた程だ。
「ダ・モンデ冒険王国名物のカレーうどんを食べに行こうと思ってたら、なにか大変なことになってるね……。」
 そして、お腹の鳴る音とともに、もう一人。黒いフードを目深に被ったネズミのような姿の獣人、アダム・バシレウス(最古の哺乳類獣人・h02890)もまた、ウズラの卵にうどんにカレーにご飯にとろろに……『男の子って、こういうのが好きなんでしょ?』を形にした名物、ダ・モンデカレーうどんを楽しみにしていたようである。
 そう。かの冒険王国は、エディブルフラワーや胡蝶蘭などの花卉の生産量に加え、大葉や次郎柿など、全国屈指の隠れた農業王国でもあり、食べ物には困らない。
 あまりの食欲に、店から出入り禁止を喰らった経験も一つや二つでは済まないであろう彼の食欲をも満たす事であろう。
 そんな、妙にダ・モンデの内情に詳しいふたりがこの戦いの先陣を切る事となった。

 ――国道1号、吉田大橋。
 無数のアニマル・モンスターズの足音が迫る中。
「来たぞん!ここを通すわけにはいかん、行こまい!」
「「「「応!!!!」」」」
 異変を察知して駆け付けた冒険者たちが、攻め寄せる獣の群れを前に気合を入れ直していた。
 豊川放水路付近からの報告では、一体一体に対処すれば決して倒せない相手ではないという。
 ――しかし、この人数では……。
 単純に数が違う。今ここに集った冒険者たちでは、彼らが如何に手練れであろうとも手が足りよう筈もない。
 一つの声が全体の士気を下げうる事を理解しているからこそ、声にも表情にも出さないが。王国が燃える、絶望的な未来が彼らの脳裏を過る。
 ――その時であった。
「ほいほい~、イタチさんたち御一行の到着ですよ~。」
 世闇を切り裂くエンジン音と共に、イタチの駆る装甲に覆われた四輪駆動の車体が、獣たちと冒険者たちとの間に割り込んだ。
 軽機関銃を一丁しか積んでいない、旧式の装甲車と侮る勿れ。その装甲厚は十分な盾ともなるし、兵員の輸送能力は十二分。
「残念だけど、イタチさんたちは神秘とか魔法とか何にも無い、ウォーゾーン出身だからね~。戦争は物量と質量なのだよ~。」
 そう、敵は所詮、火を付けて回るだけの烏合の衆……いや、獣の群れ。数はあっても、質は低い。
 突然の鋼の車体の乱入に呆気に取られる冒険者たちを他所に、『イタチさんたち』ならその数と質を兼ね備えていると、彼女は運転席から不敵に笑ってみせた。
 街灯よりも強烈な車両前面のライトが群れの先頭集団を煌々と照らし出し。
 イタチとほぼ同じ顔だちをした少女が索発射銃で撃ち出した照明弾が放つ光が、大橋とその周囲の敵諸共、その姿の一つ一つを露わにさせる。
 敵を捕捉すれば、そこは遮蔽は無く逃げ場もない橋の上。一斉に敵集団に向けられるのは13丁の銃口。
「イタチさんたち、全員構え~。放て~。」
 間延びした号令に続いて降り注ぐのは、軽機関銃による弾雨、弾幕。

 ――【|少女分隊《ダーティダース・シスターズ》】

 イタチと、そして彼女と95%ほど同じ外見の12人の姉妹を呼び出し戦闘に加わらせる√能力である。
 逃げ場など与えはしまいと、線と面の両者を制圧せんと放たれた小気味の良い銃声と共に。穴だらけにされた獣たちが、次々と斃れてゆく。
 
 次いで装甲車両からの上部から飛び出したのは、ネズミの様な小さな影。
「おなかすいたけど、今は食べてる場合じゃないね……。」
 街灯と照明弾によって照らし出された小さな姿は、見る見る巨大化してゾウとなり、地響きと共に橋に着地して。
「ぱおーん。」
 若干、気の抜けた様な鳴き声と共に、軽機関銃の嵐を何とか生き延びた獣たちを象の体躯と力任せに、纏めてなぎ倒してゆく。

 ――【獣ノ可能性】

 この地球において、現在判明している限り最古の哺乳類、それがアデロバシレウスである。
 そしてその獣人であるアダムはこの√能力により、後に発生するあらゆる進化先の獣人の姿に変身する事が出来るのだ。
 獣たちが苦し紛れに放った炎も、鼻から水を噴き出してやれば威力も下がり、何より象の硬い表皮がその熱を通さない。
 あたかも地面の均すかの様に橋の上を何往復もしてやれば、獣の群れはほぼ二次元の厚みを持たぬ姿となって事切れてゆく。
「獣人の子かや?どえらい練度だにぃ……。」
「あの象、総合動植物園の方から逃げ出してきただかん?いや、味方か……!」
 イタチの牽制射撃からの弾幕、そしてすかさず飛び出し、虱潰しに敵を平らげたアダムの連携に、思わず地元の冒険者たちが感嘆の声を漏らす。
 その間にも、銃撃と突進は止む事もなく、敵の姿は数える程となってゆく。
 第二陣が来るまでとはいえ、この吉田大橋の陣地は暫く保つ筈だ。
「念のため、河川敷も見回っておこう……。ここは任せて、大丈夫……?」
「は~い。道がやや細いとはいえ、|豊橋《とよばし》方面にも敵が流れていると思います。そちら、お願いしても~?」
 ねずみの姿に戻ったアダムがイタチに声を掛けてみると、この周囲の道路状況を把握していた彼女は即座に防衛ポイントを指差してみせた。
 偵察戦闘車両の少女人形の面目躍如、といったところであろう。
 この指示にアダムもこくりと頷くと、|豊橋《とよばし》方面に向けて豊川の土手を駆けだした。
「夜が明けたら、カレーうどんのお店探し……でもまだ準備中……。」
 ――ぐぅぅ。
 先鋒の群れを退けた深夜の豊川の土手に。
 アダムの大きなお腹の音が響き渡るのであった。

クラウス・イーザリー
夜桜・舞依
ラネンカナ・リシトルタ

 先鋒のアニマル・モンスターズの群れの亡骸が折り重なる中、それらを踏み越え、或いはその口に咥えたエレメンタルオーブで焼き払い、新たな獣たちが姿を現す。
 物量に任せ、防衛側に息を吐く間も与えない進撃に、冒険者や駆け付けた√能力者たちも装備を構え直すが。
 彼らの奮戦は、事態を打開する新たな光を呼び込むことに成功していた。
「遅れてすまない。援軍だ。」
「この橋で食い止めるのですね、頑張ります。」
「暗闇で防衛戦とは、何とも骨の折れること……。とはいえ、絶対に通す訳には行かないわね。」
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)、|夜桜・舞依《よざくら・まい》
(無垢なる黒き花・h06253)、そしてこの戦いが大仕事の初陣となる、ラネンカナ・リシトルタ(シースフェンサー・h08491)たち、新たな√能力者たちの増援を間に合わせるだけの時間を稼ぐ事が出来たのだ。
(――秋沙が見た光景を、現実のものにする訳にはいかないな。)
 歴戦の傭兵であるクラウスは、現場に訪れるなり涼やかな眼差しで戦場を見渡した。
 装甲車両のライトと元よりあった橋の街灯により、遮蔽物のない大橋の上の敵たちはすっかり照らし出され。獣たちの亡骸を除いて、遮蔽物と呼べるものが無い。
 ならば、己が身を最前線に置いて頭数を減らし、抜けた敵を後衛に仕留めて貰うのが早かろう。
 橋を渡り始めた第二陣に向けて、得物である拳銃を手に向き直ると。
「みんなを雷の弾丸で強化する!連携して戦おう!」
 判断は一瞬、冒険者たちに向けて声を張り上げて、一気に敵の群れに向けて駆け出した。
 この様な火急の時でもよくよく手に馴染む、|愛用《しんゆう》の拳銃の照星は。
 走りながら構えようとも、敵の姿をぴたりと捉える。
「ギッーー!?」
 引き金を引けば、断末魔の声も一瞬。ばちりと大地を奔る紫電が、13匹からなる獣たちの先頭集団を纏めて炭化させた。
 しかし、それだけでは終わらない。前衛を担う冒険者たちの得物に雷の力が宿る。
「|強化《バフ》かん!助かるにぃ!」
 クラウスの√能力【紫電の弾丸】は、着弾地点より一定範囲の敵に感電のダメージを与えるとともに、味方には帯電による|戦闘力強化《バフ》を与えるという、攻撃と補助を同時に行う事が出来る強力な効果を持つ。
 これであれば、少人数であろうと攻め寄せる敵集団を削る手際も良くなるであろう。
 地元冒険者たちの礼に、クラウスは片手を挙げて応えるのであった。

 その一方で、初陣のラネンカナは恵まれた体躯を装甲車両の陰に隠しながら、敵の様子を窺っていた。
 夜戦という事で、彼女はあらかじめライトを持ち込んでいる。光源が少ない状態であれば敵に位置を知らせる結果にも繋がるであろう、使用は最低限にと慎重に備えていたのだが。
 此処は天下の大動脈、国道1号。街灯は十分に橋を照らし、装甲車のライトにより敵たちの姿はしっかと照らし出されている。
 一つ考える要素が減ったラネンカナは、オーブの発光や火炎の位置から敵の位置を割り出した。
(私の活躍が、|EireTech《スポンサー》の宣伝にも繋がるんだから。)
 クラウスの脇を擦り抜けて来たであろう獣に向けて、投擲用短剣S-KN012を抜き撃つように投げ放てば、怯んだであろう数匹の足が止まる。その一瞬で、十分。
 彼女が狙ったのは、別の獣。一体の足が止まったことで突出、孤立する形となったのだ。
 群れの恐ろしさは数による優位。であればこそ、個となった瞬間にその脅威度は激減する。
 それに気付いた獣がブレーキを掛けたところで、もう遅い。ラネンカナの高周波振動剣は、浸透した竜漿により既にか細い唸りを上げ。
 彼女の【竜漿魔眼】は、隙だらけのその頭蓋を捉えている。
「これで――!」
 唐竹割の剣閃が、数の力を手放した獣を斬り捨てた。

「一応、夜の行動は慣れています。夜目も利きますので。」
 日中は日差しを気にする舞依であるが、今は夜。彼女のトレードマークである黒の日傘を差す必要もない。
 敵を倒すことよりも味方の支援を優先した彼女は、後衛として戦線を維持する方針を選んだ。
「回復は私にお任せください。
 ――万花様、クーちゃん、その間の守りはよろしくお願いいたしますね。」
 彼女の足元から湧き出した、動物を模った影と|黒猫の死霊《クーちゃん》に守られながら舞依が展開したのは、√能力【治癒の領域】。
 一定範囲内の、敵以外の無機物含める全てに舞依の魔力を分け与えて戦闘力と治癒力を増幅し、10分以内にあらゆる負傷、損傷を全快させる事が出来るのだ。
 ただでさえ人手不足の戦場だ、彼女の回復能力はどれほど有難い事であろう。
 その重要性を逸早く認識した一部の冒険者たちは、負傷者と彼女を中心に守りを固め始めているほどだ。
 先の戦いで負傷していた冒険者たちの傷も、見る見る内に癒えてゆく。
「これで少しは戦いやすくなったはずです。……でも無理はしないでくださいね?」
「おう、別嬪さん!前線は俺たちに任せりん!程々に頑張ってくるでよ!」
 力こぶを作って前線へと駆け出してゆく冒険者たちの背中に、舞依は嫋やかにひらひらと手を振って鼓舞するのであった。

 紫電の弾丸による範囲攻撃と、確実に一体一体を仕留めてゆくラネンカナ、そして舞依の√能力により回復した冒険者たちが戦線に復帰し、防衛側有利に傾きつつある。
(……敵の足が止まったな。)
 その最中、群れの様子を観察していたクラウスが、内心で独り言ちた。
 折り重なった仲間たちの屍がボトルネックとなっている事を獣たちも把握したのか、焼き払い、或いは乗り越えて突破を試みるが。
 敵が前進する勢いを失い、密集しているこの状況をクラウスが逃す筈もない。
 再び拳銃より紫電が奔ると共に、浮遊砲台が追い討ちの砲撃を加えて敵集団を纏めて吹き飛ばし。
 散り散りとなった一匹を目掛け、ラネンカナの精神感応式飛翔剣がまるで猛禽の様に襲い掛かり、斬り裂いた。
 前線で群れを食い荒らすように暴れ回るクラウスとラネンカナを目掛け、半ば狂乱しながらオーブから火炎を撒き散らす獣たちであるが。
「ラネンカナ、俺の後ろに!」
 その様な苦し紛れが、√ウォーゾーンの戦火を生き延びてきた傭兵に届こうものか。
 展開したエネルギーバリアで赤々とした炎を受け止めれば、そのまま敵目掛けて突進し、シールドバッシュの要領でバリアを叩き付けて弾き飛ばす。
 獣たちがあまりの衝撃に、刹那、前後不覚となり。何とか顔を上げた、その時には。
 ぐるりと遠心力を込めて破壊力を増した、自身の体内の魔力より編み出した槍が。真一文字に、彼らの身を通り抜けていた。
(これが、数多の戦いを潜り抜けてきた傭兵の力……!)
 自身よりも頭一つ分は小さいクラウスの、それは流れる様な連続攻撃に。ラネンカナも思わず舌を巻く。
 『格好良さそう』という、安直な理由で冒険者活動を行う彼女ではあるが。彼のように飾り気なく、無駄のない動きもまた『格好良さ』の極致のひとつであろう。
 一方で、戦線を支えるという舞依の献身的な姿も忘れてはならない。後方は決して、花形と言えるポジションではない。しかし、万全な後方支援があって初めて、前線が輝ける。
 彼女による回復を受け、意気揚々と前線に復帰してきた地元の冒険者たちは、間違いなく舞依の『ファン』となったであろう。
 さて、スポンサー契約と配信活動の中で装備を宣伝するラネンカナは、今後の戦いの中でどのような『魅せ方』を追求していくのであろうか。
 クラウスの『格好良さ』に負けじと投げ放ったナイフが、吸い込まれるように獣の額に突き刺さり。その生命機能を停止せしめた。

「先ずは一段落、かしら?」
 まるで津波の様に押し寄せていた獣の群れも、今は疎ら。
 地元の冒険者たちが対処している中、ラネンカナたちは漸く一息吐けたというところだ。
 冒険者たちも√能力者。特殊な状況を除けば、戦場で死しても蘇る。
 しかし、それが何処で、何時になるかはわからない。この戦いにおいては、そのタイムロスが致命的になる恐れもあった。
 だが、舞依が回復と後方支援を徹底してくれているお陰で、冒険者たちの側にも損耗はない。
 そのお陰で、クラウスは冒険者たちにこの提案を行う事が出来る。
「今、回復を受けているひとたちには、よかったら避難誘導や政庁の守りを頼みたいんだ。
 そういうことは、土地勘がある人達にお願いするのが一番円滑だろうしね。」
「あんたさんらの力を見せられたら、そりゃ、うんとしか言えんじゃんね!
 任された、が……あんたさんらは、大丈夫かん?」
 敵の増援はまだまだ現れるであろう、地元の冒険者の一人が心配するのも尤もなことだ。
「ええ、大丈夫です。きっと、私たちの仲間もまだまだ来てくれますから。」
 しかし、そんな声にも心配は要らないと、舞依は柔らかく微笑んだ。
 クラウスも舞依も、|星詠み《あいさ》の依頼に駆け付けた経験がある。
 彼女が声を掛けたならば、まだまだ√能力者たちの側にも増援が来るはず。そう確信していた。
「戦闘で傷付いた場所もしっかりと修復しておきますね。皆さんにとっても、思い出の景色でしょうから。
 特に……照明などが壊れたままでは、この後も大変でしょうし。」
 故郷の景色にも配慮してくれる、優しい声音に背中を押され。
 冒険者たちは口々に舞依、クラウス、ラネンカナに礼と武運を祈る言葉を述べて。
 逃げ遅れた人々の避難支援、或いは政庁を護る為に、三々五々に駆け出してゆくのであった。

夜風・イナミ
深見・音夢
小明見・結

 吉田大橋を防衛線とした戦いは、中盤戦へと差し掛かりつつある。
 連絡役を担う冒険者によれば、緒戦で時間を稼いだことにより、各地に地元冒険者たちの増援が集まり始め、防衛線が整い始めているという。
「市街地で派手な火遊びとは、どうにも見過ごせないっすね。」
 その情報を受けた|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)は、愛用のライフルを担ぎながら再び激戦地となるであろう吉田大橋を眺めた。
(それにこの感じ、どうにも嫌なことを思い出しそうな……まぁ、ここで防ぎ止めればそれも杞憂っす。)
 脳裏に何かが浮かびそうで浮かばない、そんなもどかしい思いもあるにはあるが。今は目の前の事態に集中せねばと気合を入れ直す。
「モンスターが武装なんて、恐ろしいですね……。絶対悪いこと考えてる人がいます……。」
「なんだかおかしなことになってるけど…とにかく街の人たちを守らなきゃ。」
 手筒花火発祥の地・吉田神社の暗がりからぬっと姿を現して防衛線に合流したのは、牛の頭骨の上に更に鉄輪の如きろうそくを灯すという、これぞ呪術師と言いたくなる姿の|夜風《ヨカゼ》・|イナミ《稲見》(呪われ温泉カトブレパス・h00003)と、|小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)だ。
 丑の刻参りでもやろうとしていたのか、或いは既に終わらせてきたのかとも疑われかねないイナミの姿。
 神社の境内で行き会った結も、この場で初めてその姿を目にした音夢も肝を冷やしたかもしれないが、これも光源確保をするための立派な策である。
 どうにもおどおどとした様子には見えるものの、その恵体に、禍々しく存在感を放つその姿。この戦いでも大いに頼りになるであろう。

「早く倒しに行かないとだけど、まずは防衛ですね。」
 少しばかり気弱な声音のイナミの言葉に、音夢と結が頷き合う。
 現状では敵の集団を退け続ける事に成功しているが、この数の力の終わりが現時点では見えていない。
 ここが絶対の最終防衛ラインで、此処が抜かれたら終わりという状況は変わっていないのだ。
「防衛目標の政庁と橋は目と鼻の先。
 前線の冒険者さんたちも長くはもたないとなれば、狙撃場所を探してる余裕は無いっすね。」
「ええ、戦いの中心である此処を守り続けてくれている冒険者さんたちもいるけれど、他の陣地も一進一退と聞いているわ。
 私たちの仲間も増えてきているし……他の防衛拠点の応援を優先して貰ってもいいと思う。」
「んもう……守りと時間稼ぎなら、私の呪術が役に立つと思います。少し時間を頂ければ、壁が作れますので。」
 打ち合わせはそれで事足りた。橋の上、最前線に陣取ってみせたのは、狙撃銃を構えた音夢。
 そして、その後ろ……橋の袂で、どっしりと構えるのはイナミ。
「ダ・モンデの冒険者の皆さん、一度下がって!回復と、抜けてきた敵の相手をお願い!」
 イナミの隣で、結が凛と声を張り上げれば、『あんたさん方が言うのなら!』と前線で戦う√能力者を残し、地元の冒険者たちが足早に後退してゆく。
 後衛で回復を担当している√能力者に回復を受け、策が成った後に、戦線に復帰してもらえばよいだろう。
 そうして、前線には音夢たちが残るのみとなった。
(群れの真ん前に陣取るのは、流石に緊張するっすね。だけど――)
 音夢が本来得意とする間合いは、彼女が担ぐ対物狙撃銃が示す通り中遠距離の射撃戦である。迫る群れの足音に、一条の汗が頬を伝うが。
(大丈夫。やれるっすよ。)
 推しの楽曲、『水底の星』のメロディが頭の中に流れれば、その緊張が確かに和らぐのを感じた。

「んもう……来ましたね。牛は結構夜目が効くんですよ……牛じゃないですが。」
 イナミの紫色の単眼が、先頭の獣の集団を捉えた。
 『牛じゃないですが』とは、巨大な牛獣人が何を言うかと思うかもしれないが、彼女の本来の姿は歴とした人間である。
 頭に被った牛頭蓋の呪いで、雄牛と混ざってしまったのだが……それはさておき。
「それでは、背水ならぬ、背温泉の陣となってしまいますが。あっつあつですよぉ……!」
 ずん、大地を踏み締めて呪いの釘を打ち込めば、地響きと共に吹き上がる呪泉の|大噴湯《間欠泉》。
 それが3秒詠唱するごとにまた一つ、また一つと噴き上がる数が増え、あれよという間に大噴湯の壁を作り出した。

 ――【|大噴湯・牛ノ刻《ダイフントウ・ウシノコク》】

 大地より次々と間欠泉を噴き出させるこの√能力は、呪術的温泉施設を代々受け継いできたという、実に彼女らしい力であると言えるだろう。
 とはいえ、明確な弱点もある。それは。
「でも、ここから先は援護に頼りたいです!動くと消えちゃうのでぇ……!」
 そう。術師が動くと、全ての間欠泉が忽然と消えてしまうのである。
 それ故に。次いで動いたのは、魔術師である結であった。
 避けられる戦いなら避けたい。彼女のスタンスは、いつだって変わらない。
 それでも、戦わねばならぬ時に覚悟を決められる強さも、変わらない。
(――皆を守るためなら、迷ってなんかいられない。)
 風の精霊たちに助力を請う呪文を口遊めば、小さな風が音夢を中心に寄り集まり、渦を巻き。
 豊川の川面を呑んで逆巻く、結の風の精霊たちが生み出した竜巻が吹き荒れる。

 ――その名も、√能力【大鎌鼬】。

 風の渦の目にいる音夢こそ、その影響を受けてはいない。しかし、その外にいる獣たちは旋風に呑まれまい、吹き飛ばされまいと四肢で踏ん張るが、√能力により生じた暴風に抗えよう筈もない。
 風に巻き上げられたモンスターたちは、脚をばたつかせながら次々と夜の川に落下し。
 それを水底から噴き上げた間欠泉が、呪いの力で獣たちを捕らえ、動きを封じてゆく。
 暴風の壁に、湯の壁。この二重の壁に阻まれ、進軍する獣たちの足は完全に止まった。
 更には竜巻は水気をも巻き上げ、さながら雨の様に川水を撒き散らしている。
 これでは獣たちが火を撒き散らそうにも、或いは仲間の亡骸すらも火元にしようにも、湿り気が邪魔をして事がうまく運ぶようなことはないはずだ。
 ……しかし、どうした事であろう。竜巻の中心にいた筈の音夢の姿が、次第に露わになってゆく。
 橋の上の敵を弾き飛ばしていた暴風が、突如としてその勢いを弱めたのだ。
 これを機にと進撃を再開した獣たちが一斉に、土砂降りの後の雨上がりの様な路面状況となっている橋を我先にと渡り始め。
 最前線に陣取る音夢をそのまま奔流に呑みこまんと、突っ走ってくる。
 そんな、壁の様に押し寄せる敵たちを前に、音夢が見せた表情は。
 緊張でも、ましてや怯えでもない。
 にんまりと鮫の様な歯を見せて、不敵に笑っていた。
(結殿が群れの足並みを揃えるため、意図的にボトルネックを解消したとも知らずに元気なものっすね。
 ――足元は水浸し。それに君たち、随分とずぶ濡れじゃないか。)
 この状況で、この弾丸を撃ったならば。さてどうなるか。
 とっておきの装弾は、既に終わっている。
 イナミの石化の魔眼が、先頭の獣の動きをその場に縫い留めた、その隙に。
 眉間に、対物狙撃銃の巨大な銃口を突き付けて。
「一網打尽!冥途の土産に、持っていくっすよ!」

 ――【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】

 ほぼ零距離で放った雷弾が、吉田大橋どころか橋の下を流れる豊川ごと閃光に包み込み、爆ぜた。
 強力な雷撃が間欠泉と竜巻で濡れた路面を奔り、豊川の川面にまで至ったのだ。
 結の呼び出した風の精霊たちの力によって豊川に落ち、イナミの呪泉に囚われた敵たちのその悉くを炭へと変えた。

 さて。この様な派手な一撃を放って、味方は無事なのかと問われれば、全く問題はない。
 『雷霆万鈞』は、敵にはダメージ、味方には|強化《バフ》を与えるという効果を持つ。
 つまり、イナミ、結、その他の√能力者や地元の冒険者たち。雷のダメージは受けていないどころか、迸る雷による強化を受けたところである。
 ちりり、と迸る雷の余波が戦場を照らし、攻撃、味方の強化、そして光源の追加という一石三鳥の策は成った。
 銃士、呪術師、魔術師の3人の連携の前に、橋の上にも川面にも、動く敵など一匹も残っていよう筈もない。
「ほらほら。ぼーっとしてないで、今のうちに態勢を整えるっすよ。」
 人懐こい笑みで後衛を振り返る音夢、そしてイナミ、結たちの姿に。
 さしもの手練れの冒険者たちも圧倒され、ただただ頷く事しか出来ないのであった。

猫屋敷・レオ
和紋・蜚廉
矢神・霊菜

 未だ水と肉が灼けたにおいを残す吉田大橋の戦場に佇む、黒い影がひとつ。
 全身を黒光りする甲冑に覆った様なその姿だが、頭部から伸びる髭の如き部位が静かに揺れれば、それが生体の器官であるという事も窺えるであろう。
「触覚が震えた。闇に紛れた火の気配……蹄の振動、数は多い。」
 |和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)が静かに新手の接近を告げれば。
「牙を使わない獣程、怖くない存在はいないでありますね。」
 本来の|得物《にくたい》を活かさず、『|炎《ぶき》』を用いるアニマル・モンスターズに思うところがあるのであろうか。
 未だ勢いを失わずに、橋の向こうから溢れ出してくる敵の姿を、|猫屋敷《ねこやしき》・レオ(首喰い千切りウサギ・h00688)は底冷えのする様な眼差しで以って見遣った。
 その一方で。まるで散歩に来たかの様に、何も気負わぬ様子の者もいる。
「故郷の世界で随分おも……んんっ、困った事が起こってるみたいね。
 流石に無視はできないし、手伝いをさせてもらおうかしら。」
 その声の主である|矢神・霊菜《やかみ・れいな》(氷華・h00124)は、別√へ行くことを異世界ピクニックと宣う豪胆な気質を持つ。
 この戦場の血風も存分に楽しむつもりなのであろう。
「お、霊菜も来たでありますか。よろしく頼むでありますよ!」
「あら、猫屋敷さん。こちらこそよろしくね。」
 そんな彼女の声に気付いたレオは、にんまりと口角を上げた。
 もとより同じ旅団で交流のあるふたりだ、互いの実力はよくよく見知っている。共に戦う中で、これほど頼りになる者もいないであろう。
 豊川放水路方面の敵の数が、やや減少傾向にあるという報告も届いている。ならば、ここで踏みとどまれば事態の終着も見えてくるであろう。
 吉田大橋を何としてでも渡ろうと迫る獣の群れに向け、√能力者たちは三者三様に駆け出した。

「こちらは狩猟者、そちらは獲物。立場というものを教えてやるでありますよ。」
 モンスターたちが手当たり次第に撒き散らす炎が市街地に被害を出さぬよう、川を背にする様に構えたレオから放たれる、強烈な殺気。
 死への恐怖というものは、時として正常な思考をも麻痺させ、判断を狂わせる。
 数の力さえあれば、この捕食者をも斃せると思ったのであろうか。獣たちは橋を渡り火を付けて回るという当初の目的を忘れ。
 一族に伝わる英雄譚を彼らの言語で叫び語り、レオ目掛けて一斉に炎を放った。
(かす当たりでも命中は命中、最小限に済ませてやるでありますよ!)
 √能力により、獣たちの炎は必中化している。であればこそ、レオは『完全には躱さぬ』ことを選んだ。
 橋の細い欄干の上で、まるで踊るように炎を避け……いや、外套に敢えて掠らせて。残像を残す程の早業で受ける事で、ダメージを最小限に抑えてゆく。
 ダメージコントロールも、言うほど容易い事ではない。まして、狭い足場に加えて、自分とは独立している外套に狙って掠らせるとなれば、熟練の冒険者であろうと真似できる者は中々見つからないであろう。
「む。うまい具合に火が着いてくれたでありますな。」
 外套には火が付いたとしても、それこそ彼女の狙い通り、好都合というものだ。
 明かりが強くなれば、影も強まろうというもの。街灯と装甲車のライトに加え、火をも利用して。
 外套の内の影も深く、長く、敵集団の足元まで届いたならば。
「足元注意、やたらめったらに乱れ撃ってやるであります!」

 ――【|拡散影光線《スプリットカッゲーレーザー》】

 漆黒の針の如き光、300発。橋を渡り切るという目的を忘れ、捕食者に抗わんと群がった獣たちの身体を貫き、絶命せしめた。

 レオに獣たちの注目が集まる中。蜚廉は尾葉を低くし、照明を掻い潜るように濡れた橋を駆ける。
 彼の姿は殻と翅が濡れて鈍く光るのみ。生体に備わる迷彩効果を最大限に発揮し、闇に溶けこむその姿を察知している敵は、一匹としていない。
「――殻に刻まれし聲よ、影となりて現れろ。
 我が語り、いま帳を下ろす。――主役は、この身。」
 翳嗅盤で火薬と獣の臭気を捉えながら、レオに向かわず橋を渡り切らんと先行する個体の位置を割り出しながら、古武士は詠う。
「――語るぞ。雨がすべてを洗い流した、あの焦土の記憶を。」
 途端。からりとした夏の夜空は掻き消えた。
 世界は灰混じりの雨を降らし、燻る炎はか細く白い煙を上げるのみ。

 ――【|穢語帳《エゴキチョウ》】 

 ダ・モンデ冒険王国……いや、√EDENに於ける豊橋市は、かつて大戦の折に空襲を受け、その多くを焼失したという歴史を持つ。
 戦後に落成した吉田大橋は除いても。この近隣も当然、焼け落ちている。
 当時の豊橋は、伊勢湾の内の三河湾という港湾のほか、師団の駐屯地を抱えていた。
 その上、隣接する豊川市には機銃や弾丸製造の内では日本最大規模の工廠である『豊川海軍工廠』も存在していたのだ。
 戦禍の時にあっては、あまりに重要な拠点。狙われない理由は無いと言ってもよい立地であった。
 それ故に。この地と蜚廉の語る焦土の記憶は、実に相性が良い。
 灰でぬかるむ路面に足を取られた獣は、がくりとその速度を落とし。闇より飛び出した老兵が一切の無駄の感じられぬ隊捌きで懐に潜り込めば、体内の振動器官『潜響骨』で増幅した震音を鼓膜に撃ち込んだ。
 不意を突いて放たれた、頭を割らんばかりの音撃に耐えられる者は、そうはいないであろう。
 よろめき、立ち上がる事も覚束ない獣を掴み上げ、路面に強かに叩きつけた。
「――次。雨と闇の帳こそ、我の狩場だ。」
 玉の緒を絶たれ、だらりと力なく六肢を垂れる獣の亡骸を灰の上に投げ捨てて。蜚廉は再び、闇に溶ける。

 その蜚廉が詠った焦土の世界に、雪が降る。
「――凍てつけ。」
 雪は灰の積もった焦土の上に降り積もり、獣たちの脚を鈍らせる灰泥は硬く硬く凍り付き。やがて吹雪が訪れた。
 その吹雪の中心に立ち、陰陽魚の指輪を嵌めた手を振るうのは、霊菜。|氷姫《ひめ》の旧姓に恥じぬその力は、やがて橋の上全てを呑み込むに至る。
 吹雪に視界を奪われた獣たちは、進もうにも白一色となった世界では身動きがとれよ筈もない。
 それが、いけなかった。濡れた路面が凍結し、足元より獣たちは足元から縫い留められ。まるで白い霜に侵食されていくかのように、その体がたちまち氷像と化してゆく。

 ――【凍壊の一撃】

 無論、今から橋を渡ろうという獣たちも、ホワイトアウトの影響から逃れる事は出来なかった。
 進み、目標周辺を燃やす事のみを目的とする獣たちは、止まらない。それ故に、無暗に突っ込んだ者は足元の路面凍結に足を取られ、視界の定まらぬまま何かにぶつかり。
 それが敵であろうと火をばら撒けば、仲間であった筈の獣が火達磨となる。
 その混乱がやがて群全体に伝播し、白い世界の中、味方が味方を焼くという同士討ちが始まった。
 ――無論、その中には『本物の敵』も混ざっている。
「――砕けなさい。」
 霊菜の腕輪『融成流転』から変じた槍が、氷像を次々と砕いてゆく。中には運よく味方の炎に呑まれ、氷から脱出しようというものもいたが。
「火炎魔術とは、ちょっと相性が悪いのよね……。」
 彼女の第六感が、それを許さない。
 ぼやきながら振るった槍の穂先が、氷から脱しようと試みた獣の身体を串刺しにした。

「やはり、霊菜の吹雪は凄まじかったでありますな!」
「ふふ、猫屋敷さんがいるから張り切って、余計な事をされる前にさっさと倒しちゃった。」
 季節外れの寒さのためであろうか。心なしかマントを深く着込んだレオが獣の首を擲ちながら霊菜に声を掛ければ、霊菜はお茶目に笑ってみせた。
 彼女たちの視界の中では、蜚廉が足元の氷すらも利用して滑る様に残敵に迫り。
 重い蹴撃で足元を刈り、立ち上がる前に肘の殻突刃を心臓へと突き込んだところである。
「……場の空気が変わった。ならば、この流れを逃す訳にはいかぬな。」
 刃から骸を引き抜きながら立ち上がる、彼の触覚には。
 獣たちの断末魔と、益々士気を上げる冒険者たちの声は捉えていても。
 立ち昇る炎の気配や人々の悲鳴は、守るべき後背からは、未だない。

フォー・フルード
星宮・レオナ

「なるほど。武器の鹵獲による攻勢、武装というのは確かに士気を上げますが……橋を走って横断とは。」
 フォー・フルード(理由なき友好者・h01293)は、アニマル・モンスターズの屍が山と転がる吉田大橋を、西八町交差点の歩道橋より見遣った。
 足元には、ダ・モンデ冒険王国民の足を支える、90度近い角度を曲がっていくトラムの|軌道《レール》がある。
 傭兵の仕事でもあるのではないかと、√ドラゴンファンタジーを訪れた|放浪者《ワンダラー》の彼であるが、現場に広がっていたのは仕事云々以前の、鉄火場とも言える戦場である。
 黒鋼の頭部に、緑に輝くカメラアイの視線の先。未来予測を可能とする彼でなくとも、獣たちがどの様な攻勢を展開してきたかは、手に取るようにわかった。
「第一陣が突撃し、それが壊滅する前に第二陣が突撃する。このような作戦であれば、第一陣は間違いなく死傷を負いますが……。」
 そう。ただただ数に任せた突撃の繰り返し。或いは、どこかに綻びが生じたら其処からなだれ込み、火をばら撒く……
 獣たちがそこまで考えているかはわからないが、浸透戦術というものに近い。
 そして、この無謀ともいえる突撃は、味方の損耗を全く気にしない戦術である。
 何が獣たちを駆り立て、本懐を遂げさせようとするのか。
「――それほどまでに勇猛果敢なのか、敵が憎いのか。」
 人の心をベースにした推測までは出来るが、獣の心までは判りよう筈もない。憎しみともなれば、理屈をも超えた感情の発露だ。
「いずれにせよ厄介な敵ですね。なんとかして食い止めましょう。」
 鋼の狙撃兵が、愛用の長大な狙撃銃『WM-02』のスコープを覗いた。

 その|狙撃兵《フォー》の足元を、一台のバイク……いや、装甲を纏った戦士が跨る狼の如きライダー・ヴィークルが夜闇を駆け抜ける。
 その文字通りのモンスターバイクの名を『狼王ソニックウルフ』、騎乗者の名を|星宮《ほしみや》・レオナ(復讐の隼・h01547)……否、マグナファルコンという。
「――虐殺も炎熱地獄も、実現なんてさせないよ。」
 決意の呟きと共にアクセルを踏み込めば、狼王のエンジンが唸りを上げ。吉田大橋に向けて、残り僅かの距離を更に加速する。
 期するは不意打ち。それ故にライトは付けていないが、改造人間に肉体改造された折に、彼女の藍色の瞳には暗視の機能が持たされている。
 橋の袂で防備を固める地元冒険者たちを風の様に擦り抜けながら、ミスティドライバーに差し込むのは、彼女が戦うための力を宿す神秘の鍵『ミスティカ・キー』。
「――【UNLOCK!】」
 翼を得た隼は、狼の背より飛び立った。くるりと空中で前転すれば。変形した脚部装甲より現れるのは、隼の如き炎の鉤爪。
 狙うは先頭の獣たち。――そう。隼の獲物の群れである。
「――【FINAL……BREAK!!】」
 不意を突かれた獣たちが、天を仰いだ時にはもう遅い。
 赤い赤い尾を曳いて、流星の如き蹴撃が降り注ぐところであった。

 ――【プロミネンス・ブレイク】

 狼王からの跳躍と共に発動するこの必殺の飛び蹴りは、ただ蹴り込むだけでも非常に大きな威力を誇る。
 さらに炎の爪を展開する事で、火力はそのままに着地地点とその周囲の敵を纏めて吹き飛ばす、範囲攻撃に変化するという特殊な効果を持つのだ。
 着弾と共に、隕石が落下したかのような赤い衝撃波が敵群を飲み込み。文字通りの一蹴に、木っ端の様に吹き飛び逝く獣の群れ。
 しかし、弱点もある。範囲攻撃にした場合、衝撃波の命中率が半減するのだ。故に、討ち漏らしも発生する。
 運よく仲間の体、或いは亡骸が衝撃波を遮ったのであろうか。五体満足の獣がレオナに飛び掛かり、至近距離でオーブの火炎を解き放つ。
 ――ぱすん。
 いや、その前に。乾いた音と共に。レオナに襲い掛かろうとした獣が、その眉間に風穴を開けて、もんどりを打って斃れた。
(――狙撃?どこから?)
 ひとつ。ふたつ。みっつ。
 警戒の為に身構え、位置の特定に気を張る必要もない。正確無比な銃弾は、レオナの行動を妨害する敵のみを正確に撃ち抜き、仕留めていた。
「――遠慮なくどうぞ。|前線《あなた》の障害を排除することも、|狙撃兵《わたし》の務めです。」
 スコープの向こうのマグナファルコンを支援するために放たれた、フォーの援護射撃の効果はそれだけに留まらない。
(――すごい。ボクのやりたいことを全てやらせてくれる。)
 思い描いた未来の通りにマグナドライバーとマグナシューター二丁の銃口を向ければ。それぞれの照星の向こうに、敵の方から絶命しに飛び込んでくる。
 踊るような銃撃の動きから、張られた弾幕から、一切の無駄が消える。早撃ちの効率が加速してゆく。

 ――【|予測演算射撃機構《セルフ・ワーキング》】
 そして。
 ――【|広域援護機構弾《コンフェデレート・マネジメント》】

 敵の行動を予測し味方を支援する、狙撃兵型ベルセルクマシン、フォー・フルードの真骨頂とも言える√能力である。
 進撃を試みる獣たちも足元を正確に撃ち抜かれ、足止めを受け。次の瞬間にはレオナの追撃の銃弾が獣を絶命させる。
 戦闘能力強化属性の霊力を纏った弾丸を受けたマグナファルコンは、筋力・知覚力・反応力の上昇により、最早獣たちでは相手にならぬ程の力を発揮していた。
(――|彼女《マグナファルコン》の使いうる√能力を組み合わせたならば。
 ……鹵獲されたものを喪失するのは、そう。惜しいですが。)
 次いで、未来を予測したフォーの銃口は、敵のエレメンタルオーブに向けられていた。
 例え炎に呑まれたとしても、彼の弾丸の効果のお陰で回復能力を得た隼が墜ちる事はないであろうが。
 転がったオーブを敵が再利用する未来が無い訳でもない。
 今まさに、レオナに向けて火焔を放とうと赤く輝いたオーブが、銃弾を受け。ひび割れ。周囲の獣たちを巻き込む様に炎を撒き散らして、爆ぜた。
 人間たちを屠るために自分たちが手にした得物が、敵に狙われたらどの様な結果を生むのか。
 それを目の当たりにした獣たちは、漸く理解し。『武器』の恐ろしさを改めて知った。
 そしてそれこそが、彼らの最期の学びであった。
 翼を広げ夜空へと舞い上がった隼が、獣たちの動揺を見逃す筈もない。
 マグナドライバーと合体したマグナシューターに、更に『ウォーターキー』を挿し込めば。その銃口に、水の力が渦を巻く。
「【Water!】頭でも冷やして反省しようか!!」

 ――【エレメンタルバレット『|流水一閃《ハイドラブラスター》』】

 火を以て人の罪を濯がんとした獣たちは。
 その本懐を遂げる前に、水の力を以て。
 人間への復讐心、そして騒乱に踊らされた罪とともに、纏めて洗い流されてゆくのであった。

箒星・仄々
霧島・光希

 ――ダ・モンデ冒険王国国境、豊川放水路を渡るアニマル・モンスターズの敵影が遂に途絶えた。
 遂に、待ち望んできた連絡が、冒険者たち、そして√能力者たちの耳に届く。
 これを凌げば、市街地を炎に包もうと企んだ敵の初手を完全に抑え切ったという事になる。
 そう、ここが明らかな異常事態に端を発した事件の正念場。
「冒険者諸君。仕上げの時間だ。」
 叙情的な手風琴の音色と共に、少しばかり小柄な少年が大仰な仕草を交えながら、戦いの表舞台に立った。
 |霧島・光希《きりしま・こうき》(ひとりと一騎の冒険少年・h01623)の言葉は、とあるゲームのものを少し捻ったものである。
 とはいえ、この戦いの旗手となった√能力者の一人であるという事に加え、その台詞を最大限に盛り上げるメロディまで引っ提げての登場だ。
「猫の手をお貸しします!私たちが側にいますよ、共に頑張りましょう!」
 そして、少年の隣にちょこんと直立する黒猫、|箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)が歌う様に皆を鼓舞したならば、冒険者たちの士気が上がらぬ筈がない。
 音色を以て演出の効果を最大に発揮せしめた黒猫は、大いに盛り上がる地元冒険者たちの様子を満足げに頷き、眺めてから。
 その猫の耳と髭に、残りわずかとなった獣たちの足音を捉えていた。
(――安寧なる世界とは、口当たりの良い言葉ですけれども。
 モンスターを操り、大勢の命を犠牲にしようというやり口は、まごうことなく悪者さんです。)
 獣たちに武器を持たせ、扇動し。王国民どころか配下のモンスターたちにも無謀な突撃を繰り返させ、命を散らせているのだ。
 首魁であるロード・マグナスは、ここで一度きっちり斃さねばならぬだろう。
 橋を渡り始めた獣たちの最後の一団を目視し、光希は静かに、己の足元の影に呼び掛ける。
 護霊たる彼は影に潜んだままだが、刻印からは彼との繋がりを確かに感じられる。ならば、この戦いでも光希は独りではない。
「行こう、|影の騎士《シャドウナイト》。」
 佳境に差し掛かった戦場に、黒猫と、一人と一騎が駆け出した。

(渡り切らせたら、その時点で炎がばら撒かれる。なら、ここで押し留めるべきだろう。)
 大橋の上に陣取り、最前線に立つのは錬金騎士の甲冑に身を包んだ光希だ。
 さて。エレメントオーブには、魔力を吸収する効果を持つものも存在するという。
(――魔力吸収は、厄介そうだが。)
 果たして獣たちがその能力まで使いこなせているのかはわからないが、冒険者として場数を踏んできた光希に、微塵の油断もない。
「なら……錬金術はどうかな?」
 雪崩れ込んでくる獣たちを前に、ぴしり、と。短剣型竜漿兵器イグニスと長剣型竜漿兵器ステラの二振りの刀身が白い霜に覆われてゆく。
 錬金術により、触媒と“竜漿”を反応させて冷気属性を剣身に纏わせたのだ。
 この、真白に染まった二振りの剣をまるで銃の様に構え。その切っ先の向こうに、獲物の姿を捉えた。
 切っ先の向こうの敵が、今更こちらに向けて炎を噴き出そうとしても。
 ――そんなもので、止められるようものか。
(──これでッ!!)

 ――【|錬成弾丸《アルケミックバレット》】

 『音』に押し止められた焔を次々と切り裂き、飛翔するのは氷の弾丸。
 その弾丸を身に受けた獣は見る見る内に氷に侵食され、凍てつき。続いて襲い来る氷の爆風に、凍り付いたモンスターたちが微塵に砕けてゆく。
 この√能力の効果は、この様に氷と爆風でダメージを与えるだけに留まらない。
「|強化《バフ》がありゃ、まだまだ戦えるじゃんねぇ!」
 前線の冒険者たちの得物が一様に冷気に包まれ、強化されてゆく。そう、味方には属性効果の付与による戦闘力強化を与えるのだ。

(――それにしても、です。こんなにも沢山のアニマル・モンスターズさん達を従えて協同させるなんて、遺産か何かの力なのでしょうか……?)
 手風琴の蛇腹を開閉して頻りに呼吸させながら、仄々は首を捻る。その詳細は定かではないし、獣たちに問うたところで、彼らがその疑問に答える事は無いであろう。
(――言葉で止める事は叶わぬ状況ですが。せめて、倒すことで止めさせていただきます。)
 どの様な状況に置かれ、また思案を巡らせたとしても。黒猫のボタンを押す|肉球《ゆびさき》に狂いは無い。
 獣たちは破れかぶれで炎を撒き散らしているが、それが光希をはじめとする前線の冒険者たちに届いていないのは、後衛の仄々が音や音符の障壁で弾き返しているからに他ならない。
 【愉快なカーニバル】と【|皆でお家に戻ろうのお歌《リカバリーカバーソング》】の2つの√能力を組み合わせ、音弾による支援射撃と歌による鼓舞。
 更には冒険者たちの負傷や燃焼による火傷、吉田大橋の損傷の回復……今この時の彼は、手風琴を奏でながら後衛として考えられる任の殆どを担っていると言ってよいであろう。
 後方を一切気にしなくて良い光希や冒険者たちは、次々と氷属性で強化された得物とメロディに後押しされ、次々と敵の群れを切り崩してゆく。
 次々と上がる獣たちの断末魔の最中、橋をテーマにした音楽が最高潮を迎えたならば。
「それでは、第1章の|終幕《フィナーレ》に向けて……元気よくお届けします♪」
 仄々の宣言と共に、彼のメロディを用いた√能力も攻勢の|妨害効果《デバフ》に切り替わる。
 残り僅かとなりながらも、それでも前に進もうとしていた獣たちの脚が、不意に止まり。よろめき、倒れた。
 口に咥えていたオーブも橋の上を転がってゆくが、獣たちはそれを拾いに行くことも叶わない。

 ――【|たった1人のオーケストラ《オルケストル・ボッチ》】

 この、仄々の3つ目の√能力は、生物・非生物問わず、最大で震度7相当の震動を与え続けるという効果を持つ。
 獣たち自身どころか咥えている得物までも振動の対象にされたならば、最早保持している事は不可能であろう。
 そして、抵抗の手段を失った獣たちに、光希が強力無比な効果を持つ【|怯まずの騎士《フィアレスナイト》】を発動する必要もない。
 霜を帯びた双剣が獣の首を刎ね。降り注ぐ光の音符の雨が、身動きを完全に封じられた獣たちの息の根を止めた。


「せめて、安らかに。」
 仄々の奏でる鎮魂のメロディを除き、静けさを取り戻した吉田大橋。
 √能力者の回復効果で、国道1号の路面の損傷は元通りとなり、道々を照らす照明も問題なく輝いている。
 ――しかし。
 世闇を切裂き接近してくる無数の羽音を聞き逃す者は、この場の誰一人として存在しない。
 星詠みの予知によれば、この後に攻め寄せてくるのは狙撃銃型竜漿兵器で武装したハーピーであるという。
(――私たちの戦力だけでいけそう、でしょうか……?)
 仄々は翡翠色の瞳でもって、この吉田大橋に集っている戦力を見回した。
 各地の防衛陣地の構築は整い、これまでに時間を稼いできたおかげで、市民の避難にも手が回っている筈だ。
 ならば、このまま王国の頭脳である政庁を守る人員がいても良いであろう。
「まだまだ、敵の群れが訪れるようですが。私たちで此処を守る役割を引き受けましょう!」
 仄々の奏でるメロディに背中を押され。
 この地に集った√能力者たちと冒険者たちの鬨の声が上がった。

第2章 集団戦 『ハーピー』


 ――ダ・モンデ冒険王国、吉田大橋。
 街灯に照らされた橋梁の上に、複数の影が差す。
 羽搏く音は巨鳥のもの。しかし、その上半身と顔は、ヒトのもの。
 ――星詠みが出現を予知したモンスター、ハーピーだ。
 その金の鉤爪の足には、奪ってきたであろう狙撃銃型竜漿兵器を引っ掴み。何事かを叫ぶと。
「……っぐ、ぁ……!?」
 防衛に加わっていた冒険者の一人の腹に、血の染みが広がってゆく。
 ――狙撃か!
 その攻撃手段に気付くと。冒険者、そして√能力者たちは負傷者に肩を貸すなどしながら、射線から逃れるべく急ぎ物陰に退避する。
 本来、獣たちが狙うべき市民たちの姿が見えないことから、標的を冒険者たちや√能力者に定めたようだ。
 さて、無数にも見えたアニマル・モンスターズよりかは数は少ないようであるが、戦闘力と脅威度は遥かに上回るという。
 その正確無比な狙撃能力と銃の扱いについては注意が必要であろう。
 空から迫る有翼の狙撃者を如何に退けるか。√能力者たちはそれぞれに得物を構えた。
矢神・霊菜
クラウス・イーザリー
猫屋敷・レオ

 吉田大橋の袂、今橋町。渡河する敵の心配がなくなった以上、吉田大橋の防衛に固執する理由は無い。
 √能力者たちは空から襲い来るハーピーの狙撃から逃れるべく、手筒花火発祥の地である吉田神社や、ダ・モンデ冒険王国政庁の敷地に身を隠していた。
「空からの狙撃って対応が大変よね。」
 物陰に身を隠しながら、|矢神・霊菜《やかみ・れいな》(氷華・h00124)は独り言ちる。
「狙撃か……。そうだね。どうにか対策を考えないと、被害が増える一方だ。」
 霊菜が漏らした一言に、同じく物陰から敵の様子を窺うクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)も首肯した。
 敵の方も身を隠すことは出来ないが、空中を自由に、立体的に機動する敵を捉えるのは中々に骨が折れるであろう。
 おまけに、相手の狙撃能力は相当に高い事も予知で示唆されている。
「ハーピィに狙撃銃……でありますか。」
 しかし、|猫屋敷《ねこやしき》・レオ(首喰い千切りウサギ・h00688)の声音に、恐れの色は微塵も窺えない。
 第一陣のアニマル・モンスターズは、|武器《オーブ》から放たれる火炎を撒き散らすべく、数に任せて攻め寄せてくるのみであった。
 もしも彼らが本来の『獣』としての集団戦を行っていたならば。レオが遅れを取る事はあるまいが、相応の手間を要した事であろう。
 それが人と同じ『武器』を持ち、牙を使わずとも人を殺める力を得た事で。何らかの慢心が生まれた可能性は否定できない。
 そんな自らの強みを潰して戦う|獣《ハーピー》を脅威に感じるか。……否である。
 銃を持ったが故に、生来備わる鋭い爪を活かす手立てを失っているではないか。
 徒手空拳で、己の強みを最大限に活かして戦うレオが恐れる理由が、どこにあるだろう。
「超すごいボクの相手には、少し物足りないくらいかもであります。」
 獲物の力量を正確に把握した上での恐れぬ言葉は、不意を突かれて負傷者を出した冒険者たちに、どれ程の勇気を与えたであろう。
「ふふ。猫屋敷さんにとって物足りないくらいなら、私にとってはどうかしら。」
 加えて、まるでピクニックに来たかのような、霊菜の明るい声音である。
 そんな声に冒険者たちも背中を押され、敵が通常と異なる遠距離攻撃手段を持つ『だけ』のハーピーであると、視方を切り替えるに至った。
「空気が変わったね。これなら、皆も落ち着いて連携と対処が出来そうだ。」
 微かな動揺の色も消え去り、各々の得物を手に動き出す冒険者たちを横目に見ながら、クラウスも槍の形に錬成した魔力兵装を執る。
 ――こうして、空飛ぶ狙撃手を地に叩き落とすための戦いの幕が開いた。

 さて、高台を取った方が戦を優位に進められる、というのは古来からよく見られる定石である。
 そして、地対空という土俵では、視野を広く確保し、2次元ではなく3次元で動き回る事のできるハーピーたちにとって、有利な条件であることは間違いのないことであろう。
 ――しかし、だ。
「でも、相手にも空からの攻撃手段があるかもしれないってことは気にした方がいいんじゃないかしら?
 ――氷翼漣璃、レンズ生成の補助をお願い。」
 同じ土俵に立ってしまえば、優位など消えてなくなってしまうものである。
 二羽一対の白銀の翼を広げて舞い上がるのは、霊菜が契約している神霊『氷翼漣璃』。
「そう簡単に、頭上からいいようにされる気はないわよ。」
 鷹の如き神霊は、魔術による自動照準機構を備えた狙撃銃の弾丸を旋回し、或いはバレルロールの空戦機動で易々と回避してゆく。
 飛ぶ鳥を墜としたくば、散弾でも持ってくるべきであっただろうが。
『一発当たれば墜ちる筈だ。』
 自動的に照準を付けてくれる|狙撃銃《ちから》に溺れた獣たちが、その用途違いを解りよう筈もない。
 ――そして。頭上に構築されてゆく、氷のレンズの意図さえも。

 霊菜とは異なる手段で相手の優位を潰そうと手を打ったのは、クラウスである。
「……一気に距離を詰めてしまうに限るか。」
 ハーピーたちは、氷翼漣璃という獲物に気を取られ、地上に隠れたクラウスたちの存在を忘れていた。
 それもそうだ。目障りに飛び回る、翼を持つ神霊とは違い、ヒトに翼は無い。
 ならば痺れを切らしてノコノコと出てきた時を見計らって、この狙撃銃で狙い撃ってやればよい――。

 ――どん。

 そう考えながら、鳥撃ちに熱中していたハーピーの体に、何かがぶつかる様な衝撃が走った。
 理解が追い付かぬまま、視線を下げてみれば。何故だろうか。
 ――胸から。血濡れの槍の穂先が生えていた。
 何が起こったのかもわからぬまま、狙撃銃を落とし。後を追う様に絶命して墜ち逝くハーピーを踏み台に。
 槍を引き抜いたクラウスが、宙へ跳ぶ。

 ――【|氷の跳躍《フリーズリープ》】

 視界内のインビジブルと己の位置を入れ替える、クラウスの√能力である。
 空には、それこそ無数のインビジブルが存在する。なれば、跳躍先もまた無数。
 ――何故、何故我らの狩場である空に、ヒトがいるのか。
 ――何故、ヒトが、空で我々を殺し得るのか。
 鳥撃ちに興じていたハーピーたちが混乱の儘に闖入者に銃を向けるが、照準の先にクラウスの姿は無く。また一匹、翼を捥がれた仲間が地上へと墜ちてゆく。
 しかし、それを繰り返していれば自ずとパターンも読めてくるものだ。
 ――あれは、我々の様に空を飛べるわけではない。必ず|仲間《ハーピー》の至近距離に現れる。ならば、自由落下し始めたところを狙えばよい。
 ――ほぅら、目の前に来たじゃないか。
 来るとわかっていれば、備えるのは容易いことだ。振るわれた槍の穂先を狙撃銃で受け止めて。
 後は、仲間が落ちるところを狙ってやれば……。
「――悪いけれど。人間には、こういうものもあるんだ。」
 ――ごぉうっ!!
 獣たちの目論見は外れた。クラウスは、墜ちない。それどころか。
 大気を切り裂くような排気音と共に、彼の体が、ぐん、と。前に出た。
 彼が背負ったバックパックから生えた、鋼の翼。短時間であれば飛行を可能にする、ジェットパックである。
(――そんな、ものが。)
 驚愕に目を見開いたハーピーを、クラウスは槍の一振りで斬り落とした。
 照準を付けるよりも早く、転移と自由落下、そして急加速。空で自由に戦うクラウスの姿を目の当たりにして。
 獣たちは漸く、空という絶対の自信を持つ領域が敵に侵され始めている事を理解するのであった。

「だから、言ったでありますよ。ハーピーに狙撃銃でありますか、って。」
 狙いを付けた筈のウサギの獣人には、黒髪のヒトと違って、翼だってなかった筈だ。
 それが何故、引き金を引いたら、背後にいるのか。
 訳も解らぬまま、一匹のハーピーの首がレオによって食い千切られた。
 クラウスのジェットパックでの飛行を目の当たりにしているからであろうか。獣たちも己の安全地帯が空に無い事も理解している。
 この獣人も、空を跳躍する何らかの手段を持っている筈と、距離を取ってレオを撃ち抜こうとするが。
「武器の扱い方は知っていても、扱い慣れていなければ事故も起きるでありますよ。」
 刹那。まるで咎める様な、ウサギの冷めた視線と交錯した。
 ――知ったことか。
 その言葉を理解したかは、分らぬが。ハーピーは躊躇わず引き金を引いた。

 さて、レオは若齢でありながら、2mという非常に恵まれた体躯を誇る。その身を覆うマントも、当然それに比例した大きさとなるのも、当然の事であろう。
 自由落下の勢いでマントは靡き、獣の視界の多くを彼女が占有していると言っても良い。
 そんな彼女の後ろで、同じように銃を構えている味方がいたら、どうなるか。

 ――【|神千切《カミチギリ・カゲトビ》】

 照準の向こうで。己が撃った銃弾を胸に受けた仲間が、血を吐いて墜ちていった。
 目の前にいた筈のウサギの獣人の姿は掻き消え、代わりに自身の背にずしりと重みが乗り。余命が幾ばくも無い事を否が応でも理解させられる。
 獣の鉤爪が引き金を引く筋肉の動きを見切ると同時に√能力を発動させることなど、レオには容易いこと。
 異空間から強襲を仕掛けるという独自色の強い彼女の√能力の絡繰りは、ハーピーには到底理解できなかったであろう。
 突き付けられた死のにおいに憔悴し。何とか背後を振り返った獣が、今際の際に目にしたものは。
 爪という、身に備わった力で以って己の首を掻き切らんとする、にんまりと笑った食い千切りウサギの姿であった。

 空で跳躍を繰り返し、敵陣を乱し続けるクラウスとレオの姿を地上の物陰から眺めながら、霊菜は新調した新たな得物、『術式魔銃-雷霆-』の引き金を引いた。
 竜漿を雷属性に変換する術式が組み込まれたこの銃身は、強力な電磁力により装填された氷弾を超加速して撃ち出す事が出来る。
 同じような原理を持つ兵器は√EDENに於いても存在し、その初速による射程と貫徹力は従来の火砲を遥かに上回る。
 例え上空の対象を狙い撃ったとしても威力の減衰は小さく、極超音速ミサイルなどの迎撃にも有効とされる……そう、|電磁投射砲《レールガン》である。
 見切る事も難しい、地上からの極音速の狙撃に加え、更にはクラウスのレイン砲台が霧状のレーザーでハーピーたちの翼を削り飛ばし、致命傷ならずとも次々と獣たちを地上へ墜としてゆく。
 この様な状況では、獣たちが戦い始めに行っていた鳥撃ちの事をすっかり忘れていたのも、致し方の無い事であろう。
 ふと、天を見上げてみれば。無数の透明な円盤が空に浮かんでいるのが見える。
「お疲れ様、氷翼漣璃。――さあ、仕上げといきましょうか。」
 それは、霊菜と氷翼漣璃で作り上げた、高純度の氷のレンズ。その数締めて、370個。
 その一つ一つが、天の月や数多の星の光を集めて、束ねて。
「――穿て!!」
 氷姫の号令と共に、一斉に閃光を放つ。

 ――【|氷花穿光《ヒョウカセンコウ》】

 この√能力によって放たれる高密度のレーザーは、大掛かりではあるが、命中した敵に微弱なダメージを与えるに留まる。
 翼や銃を狙い撃ったとしても、1発2発当たったところで大した影響は出ないだろう。
 しかし、それが最大370発ともなれば、話は変わってくる。宇宙の彼方より集めた僅かな輝きたちは膨大な熱量を持つ光線となって獣たちの翼を灼き、脚を灼いた。
 堪らず銃を取り落とした者は、レオとクラウスによって絶命し。幸か不幸か、それよりも早く地上に落ちたハーピーたちは、強かに大地に体を打ち付けつつも、まだ息があった。
 翼は折れ、体に傷の無いところはないが、それでも戦おうと思えば戦えるであろう。
 ――そんな獣たちに、追撃の星の雨が降り注いだ。
 微弱なダメージしか与えられぬ【氷花穿光】には、ある追加効果がある。
 残りの体力が3割以下の場合、熱線は致命的な威力となり、細胞が崩壊して即死するのだ。
 さて、空中戦と地上からの砲撃、そして落下ダメージ。
 地上に墜ちた獣たちに、どれ程の体力が残っていることであろうか。
「そうね。猫屋敷さんの言う通り、私たちの相手には少し物足りなかったみたい。」
 答えは、襤褸の様な炭へと変わり果てた獣たちを見ればわかるであろう。
 飛べぬヒトを空から一方的に狩らんとした、獣たちの驕りを微塵に打ち砕いて。
 月明かりの下、霊菜は悠然と笑ってみせるのであった。

和紋・蜚廉
深見・音夢

 ――街から焼け出された無辜の市民、それを空から一方的に狙撃し、殺戮する。
 これを期していたハーピーたちにとって、街に火の気はなく、その上√能力者たちに空中戦を仕掛けられ、多くの仲間が墜とされたのは想定外だったのであろう。
「さて、お次は……空からのお客さんっすか。」
 |深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)が覗く対物狙撃銃のスコープからも、出鼻を二重に挫かれたハーピーたちの明らかに浮足立っている姿を確認することができた。
 しかし、浮足立っているとはいえ、敵も狙撃するための銃を持っている状態である。
 しかも、それが自動照準機能を持った|竜漿兵器《ブラッドウェポン》だ。
「狙撃手相手に上を取られてるのは気に入らないっすね。」
 この状況の危険性を、狙撃手である音夢は当然に理解していた。
「――ならば、音夢よ。汝はどう動く。」
 影より漏れ出したかのように、音もなく姿を現した|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)の問いに。
「このまま居座られるわけにもいかないっすから、ここは一つスナイパーらしいところ見せるっすよ。」
 音夢は愛用のゴーグルで目を覆うと狙撃銃を担ぎ、不敵に笑ってみせるのであった。

(――遮蔽確保して撃ち合いするには場所が悪い……。けど、身を隠す場所が無いのは相手も同じっす。)
 本来、狙撃とは遮蔽物に身を隠し、待って、待って、待って……先手を取って一撃必殺を期するのが定石となる。
 しかし、今回の『飛行する狙撃手』という特殊な相手に対しては、その前提からして変わってしまっていた。
 そして、共に戦うのは接近戦を得手とする蜚廉である。彼の翅は滑空能力こそ持つが、空中戦を行うには少々難がある。
 如何にして蜚廉の必殺の間合いである地上に、空を飛び回るハーピーを誘い出すかが、2人の思案のしどころであった。
 ならば、遠距離を得意とする音夢がやるべきことは、自ずと定まってくる。
「ボクは蜚廉殿が攻撃できるように叩き落すことを優先して、トドメを任せるっす!」
「確と心得た。――ならば、焚くぞ。」
 蜚廉は言葉少なに頷くが早いか、彼と音夢の姿を包み隠すべく煙幕を放った。
 彼の放った蟲煙袋は、自身と味方の気配を自然環境に溶け込ませるフェロモンが含まれている。
 もうもうと沸き立つ煙幕に加え気配まで消されてしまっては、正確な狙撃どころではない。
 今にも引き金を引こうとしていたハーピーたちは目標を見失い、煙の中に無暗矢鱈に銃弾を撃ち込むが。2人の体を捉えるに至る筈もない。
 姿も気配も見えなければ自動照準も働かないのだから、それも当然の事であろう。
(――道具が少し使えるというだけで、本当に心構えがなってないっすね。狙撃手が焦って撃つモンじゃないっすよ。)
 当てずっぽうに放たれた弾丸など、恐るるに足りない。煙幕と降り注ぐ銃弾の中、鮫の怪人は『本物』を冥途の土産にするべく、準備を整える。
(一番、二番、次いで三番装填。)
 銃を放てば、反動もある。動きも位置も晒す。ぱちり、ぱちり、ぱちり。音夢は弾薬ポーチより抜き出した白、赤、青、三色の弾を装填した。
 ハーピーたちの後先考えぬ発砲音のお陰で大まかな位置は把握出来ているのだから、銃口はそちらに向けるだけでよい。
 空から好き勝手に狙撃銃を撃ちまくる素人集団に向けて、音夢は引き金を引いた。

 ――ぱぁん!!

 最早カウンタースナイプとも言えぬ程の、隙だらけな敵集団のど真ん中。
 花火が爆ぜる様な音とともに、夜空がひと時、白夜の如き白に染まる。
 音夢が放ったのは白の一番、閃光弾。夜闇に眼が慣れていたハーピーたちの目を強かに灼いた。
 そして、それだけで終わろうはずもない。獣たちの姿は空にしっかと浮かび上がり、更には強烈な光で前後不覚となっている。
 これならば目視で位置を特定するのも容易。続けて装填された赤の二番が銃口より飛び出せば、羽搏く翼に白いトリモチがべとりとへばりついた。
 羽搏けなければ、地上に墜ちるのみ。もがきながら落下する、その墜ち様に。
「おまけに、本命もきっちり受け取ってもらうっすよ!」
 熟練の狙撃手が放った対物貫通弾が、ハーピーの頭蓋を貫いた。
 その獲物の末期を最後まで確認する事もなく、音夢の照準は次の獲物へと合わせられる。
(――とりあえず、攻撃が届く範囲まで落とせれば蜚廉殿が追撃してくれるはず。どんどん撃ち落とすっすよ!)
 この一連の、√能力にまで昇華された連続射撃【|三点式連装弾《トリコロールバレット》】の前に、素人狙撃手たちは次々と急所を射抜かれ、或いは飛行能力を喪失して、地上へと落下してゆくのであった。

「――音夢よ。汝の膳立てに感謝する。」
 音夢に狙撃され、地に墜ちたハーピーの視界の先。煙幕の向こうで、僅かに影が揺らめいたように見えた。
「その道具。使い様は心得ているか、試してやろう。」
 翼という機動力を奪われてはいるが、この|銃《ちから》があれば近付かずとも命を奪う事も出来る。
 銃の照準は自動で合い、後は引き金を引けばあの目障りな影は膝から崩れ落ちるであろう。
 道具の力に溺れたハーピーたちが、その鋭い鉤爪で以って一斉に引き金を引いた。
 ――ばすすすすすんっ!!
 降り注いだ弾雨は狙い過たず、影を確かに射抜いたが。ヒト型を撃ち抜いたにしては、異様に軽い音が響く。
 ――何故、倒れないのか。
 撃ち終え隙だらけの獣は、煙幕の中の影が微動だにしない事に、僅かな疑問を抱いた。
 しかし、それも長くは続かない。
 ――もう2,3発撃ち込んでやれば、トドメを刺して地に倒れ込むであろう。何せ、当たっているのだから。
 そう慢心したハーピーの影に。黒光りする躯体が雷の如く飛び込んだ。
「自らの強みを潰して戦う獣など怖くは無い、そう言い放った者が居たが。成程、道理だ。」
 その動きは、ハーピーが防御姿勢を取るよりも遥かに疾い。
 漆黒の甲冑の様な外骨格の籠手より生えた鉤爪『殻喰鉤』が、ハーピーの脚に深々と突き立てられる。
 ――あの影は何だったのか。確かに何発も銃弾を浴びせたのに。
 確かに、銃弾は対象に命中していた。
 しかし、音夢に対して犯した愚……相手の姿を確認せぬまま撃つという、狙撃手としては落第点の行動を獣たちは繰り返した。
 そう、獣たちが射抜いたのは、蜚廉が蟲包袋と擬殻布を用いて瓦礫から作り上げた囮だったのだ。
 落ち着いて見れば気付く可能性もあったであろうに、地に墜とされた焦りと銃が生み出した慢心が、物言わぬハリボテを敵に見せた。
 そして蜚廉は煙幕の中、【|穢身変化《エシンヘンゲ》】により姿を変え気配をも消して、瓦礫の中に潜んでいたに過ぎない。
 ――どこからがミスの始まりだったのか。
 考える暇もなく、獲物を引き裂くに足る鋭さを誇る獣の鉤爪にも麻痺毒が回り。銃と脚、ふたつの武器を同時に喪う事と相成った。
 蜚廉はこの毒に侵された獲物を持ち上げると、まるでカワセミがそうするように、二度三度とアスファルトに強かに叩き付けた。
 骨も砕け、翼と脚もぐたりと伸びれば、それは肉の盾となる。
 生きているかもしれぬ味方に向けて、銃を撃つ事を怯み躊躇うのは、どうやらヒトもハーピーも同じであったらしい。
(――甘い事だ。)
 その甘さを蜚廉が逃す筈もない。
 躊躇った獣たちの群れに、肉の盾を構えて一直線に突っ込んでゆく。
 肉塊のシールドバッシュで蹴散らし、弾き飛ばすと。
 堪らず地面に這いつくばった体を目掛け、大地を割り砕かんばかりに仲間の死骸を叩き付けてやった。
「やはり我には、此方の方が性に合う。」
 屍すらも己が武器とする古兵の戦いぶりに。
 ハーピーたちはまた一匹、また一匹と命を齧り取られてゆくのであった。

夜風・イナミ
アダム・バシレウス
霧島・光希

 無力な市民たちを射的の的にし、殺戮せんとしていたハーピーたちの目論見は潰えた。
 それどころか、√能力者たちによる想定外の空中戦に、地上からの狙撃。
 かといって、地上に墜ちれば冒険者たちの土俵である。一方的に攻める筈であった獣たちの動揺は如何許りであるだろう。
 とはいえ、先陣の惨状を知らず、嬉々として地上の獲物を狙い撃たんという新手は次々と飛来する。
「遠くから、ウズラの群れが飛んでくる……。近づいてきたら、でかい……ハーピーだった……。」
 その群れの姿を地上から眺めながら。そこはかとなく残念そうな気配を漂わせるのは、|豊橋《とよばし》方面の支援から帰ってきたアダム・バシレウス(最古の哺乳類獣人・h02890)だ。
 そう、|ダ・モンデ《豊橋》はウズラの生産量が全国1位であり、全国の約50%を生産するというウズラ大国でもある。
 アダムが期待しているダ・モンデカレーうどんにもウズラの卵を使用する事が義務付けられており、ウズラの卵の殻をきれいにカットする為だけの道具、ウズラカッターなるものまで存在する。
 それだけでも、ダ・モンデがどれ程ウズラと結びつきが強いかが窺い知れるであろう。
「それにしても、店長……。今日は、『セクシーハーピーぐへへ』ってならないんだ……。」
「普段ならなるんですが、今日は余裕がありません!」
 小さなネズミの様な姿の獣人であり、交友のあるアダムに水を向けられ。
 少し及び腰で空を見上げているのは、黒く大きな牛の獣人の姿を持つ|夜風《よかぜ》・|イナミ《稲見》(呪われ温泉カトブレパス・h00003)。
 正確に言えば彼女は獣人ではなく、頭に被った牛頭蓋の呪いで雄牛と混ざってしまった元人間であり、憑神憑きの類。
 本来は真面目で気弱な彼女ではあるのだが、度々快楽主義者な雄牛の精神に引っ張られ、アダムの言うような欲望に正直な面が出てきてしまうのである。
「んもう……飛んでるだけでもずるいのに銃なんてぇ……。」
 しかし、頭上から銃弾が降り注いで来る緊迫の事態なものだから、流石の雄牛も空気を読んだらしい。
「……厄介だな。」
 そんなマイペースなアダムとイナミのやり取りの中。空を自由に舞いながら狙撃してくるハーピーを見上げ、|霧島・光希《きりしま・こうき》(ひとりと一騎の冒険少年・h01623)がイナミの言葉に同意するように呟いた。
 彼にも、彼の陰に潜む護霊『|影の騎士《シャドウナイト》』にも、飛行や狙撃で対抗できるほどの力や装備はない。
 二振りの試製錬成破断剣の投射能力で狙い撃とうにも、薄い街灯の光では正確さに欠けるだろう。
 そのような状況の中で無駄弾を撃って、空からの狙撃に徒に身を曝すような愚を光希は犯さない。
 それぞれの能力を活かせばこそ打てる手もあるのだ。
 地上の√能力者や冒険者たちを嘲笑うかのように夜空を飛び回り、銃撃を繰り返すハーピーたちに対抗するべく。
 3人はそれぞれに行動を開始した。

 豊川の河川敷、亜麻色の穂先を伸ばしたススキがさわさわと揺れる。
 夜風に揺れたのだろうか。――いいや、よくよく見れば、身をかがめ、音を立てずに動き回る者が居る。
「ねずみなので、潜伏はお手のもの……。」
 上空のハーピーの狙撃から逃れるため、アダムは小さな体を活かしてススキや葦の藪の中に身を隠したのだ。
 如何に狙撃銃が自動照準機能を持っているとはいえ、姿を認識されていなければ狙えよう筈もない。
「ちょっと、敵の位置が高すぎるね……。ええと、何か武器は……。」
 敵に気付かれぬまま近付けるだけ近付いたアダムは、隙を突いて反撃を試みようと自身の装備を探ってみる。
 ごそごそ、ごそごそ。ハンタースーツのポケットの中、彼の手に触れるものがある。

 ――それは筒状の棒であり、先を見通す縁起物。
 ――数多の命を練り込んだ、武士の得物の別名を持つ存在。

 そのことから贈答品としても好まれる、柔らかで高たんぱく、低カロリーなダ・モンデ冒険王国の名産品。
「ちくわしか持ってねえ!」
 ――そう、ちくわである。
 鉾に魚のすり身を塗って焼いたのが起源であるとか、竹輪蒲鉾とも呼ばれていたというが、今はそんな時ではない。ちくわに戦闘力を期待する方が間違っているであろう。
 何故、そんなものがよくよく腹が鳴るアダムに、未だ食われずにポケットに入っていたのかはわからないが。
 とりあえず、見てしまったからには食わねばなるまい。
 もぐもぐと、魚肉の塩気と甘みを堪能してみるが、そんな場合ではない事もわかっている。改めて、何か使えるものは無いかと周囲を見回した彼の目に。
「これは、使えるね……。」
 今度こそ、戦いに使えそうな筒状の棒が映るのであった。

「ま、まずは隠れないとですね。」
 知己のアダムが河川敷に身を潜めたのを確認し、イナミも守りを固めるべく√能力を発動していた。
 現れたのは、精巧な……まるで生きているかのようにも見える、人間や獣人の石像たち。
 それもその筈。その彼女の√能力【|霊体石像《ゴーストスタチュー》】は、彼女の持つ石化の魔眼で見つめた周囲のインビジブルを生前の姿の石像に変えるのだから。
 その身を盾に用いる事に、真面目なイナミは少し後ろめたさも感じるが。
 インビジブルたちにも縁のあるダ・モンデを守ろうという彼女に、彼らは非常に協力的であった。
 進んで壁になり、或いは円陣を組み。負傷し、退避した冒険者たちのシェルターの材料となってゆく。
 その石像たちの顔は、どこか励ますような、誇らしげな笑顔の者も多い。
「んもぉ……体をお貸しくださり、ありがとうございますねぇ。」
 イナミの大きな体を隠す石像に礼を言いながら。彼女は反撃の手を着々と整えてゆく。
 アダムが何をする気かはわからないが、ましてちくわで一人芝居をしているとは夢にも思っていないが。きっと、何かはしてくれるであろう。
 そしてこの場でのアタッカーは、間違いない。二振りの刃を携えた、あの小柄な少年である。

(――守る術はできた。なら、ここからは反撃の時間だ。)
 銃撃が止んだ一瞬の隙を突いて。石像の陰より、光希が飛び出した。
 ――どうやら、獲物が痺れを切らせたらしい。
 嘲笑うかのように、眼下の獲物にハーピーたちが筒先を向ける。
 これが、先の√能力者たちとの戦いで痛い目を見た者たちなら、『進んで身を曝したからには、裏がある筈』と疑ったことであろう。
 しかし、これまでの戦いを知らない新たな群れであるという事が、獣たちにとっての不幸であった。
 銃という人間の作った|得物《ちから》で|人間《えもの》を狩るという快感に酔い痴れるべく、此処に来たのだから。
 飛べない相手を狩る為に引き金を引くのに、躊躇いなどあろう筈もなかった。

「――“跳べない”、とは言ってない。」

 鉤爪が銃爪に掛けられ、引かれようとしたその刹那。
 ハーピーの視界が不意に、あらぬ方向へと飛び始めた。
 視界の自由は利かないが、飛べるはずの己が、何故か墜ちている。
 薄れゆく意識の中で、微かに見えたそこには。
 首のない己の体を蹴落としながら、闇に溶けていく少年の姿があった。

 ――【|暗影の襲撃《シャドウ・レイド》】

 敵の攻撃をキャンセルし、大跳躍からの絶対的な先制攻撃を加える√能力である。
 光希はこの力で一息に距離を詰め。二振りの竜漿兵器、イグニスとステラを交差するように振るって首を刎ねたのだ。
 さらに闇に溶け込み、隠密状態に移る追加効果があれば、追撃を受ける心配はない。
 多少時間は掛かるが、これを繰り返していけば必ず敵は減っていくであろう。
 そう覚悟して、落下しながら空を見上げた光希の視線の先で。
 突如として獣が一匹、翼を撃ち抜かれた。
(――狙撃?でも、誰が。)
 少なくとも、今行動を共にしている3人の中に、狙撃銃を持つ者はいなかった筈である。
 しかし、敵でない事は確かだ。何故なら、正確にハーピーのみを狙い撃っているのだから。
 光希が眼下を見下ろした時。さわさわと揺れるススキの穂に紛れて狙撃銃の銃口が覗いたのを。
(僕のための足場、というわけか。……ありがたい!)
 そして、彼の空中戦の助けとなるようにヒト型の石像が宙に現れたのを、彼は認めたのだった。

「飛んで動いてるけど、的が丸見えだから当てやすいね……。よく狙って……ばぁん!」
 ススキの穂に紛れてハーピーを狙撃しているのは、ちくわから狙撃銃に得物を持ち替えたアダムであった。
 先の戦いで多くのハーピーたちが斃れ、その得物であった狙撃銃も持ち主を失って転がっている。それを拝借したのだ。
「――ばぁん!」
 彼は決して狙撃が特別に得手という訳ではない。
 しかし、自動照準という竜漿兵器そのものの機能と。
「一羽づつ確実に仕留めていきます……。ばぁん!」
 一発撃ったら茂みの中を移動して、彼の位置を把握させないという臆病さが、彼を優れた狙撃手へと変えた。
 スコープの中では、不意の空中戦に巻き込まれ、更に狙撃手を探そうとハーピーたちが慌てふためく姿が見える。
「んもぉ……大きな音は苦手です。は、はやく止めないとぉ……。」
 更には、|店長《イナミ》の√能力だろう、ハーピーの頭上に現れた石像がそのまま直撃して地面に叩き落とし。
(――そこかッ!)
 その石像を足場に光希が空へと飛び出し、二振りの刃と共に疑似的な空中戦を行っているところも見えた。
 近接戦闘を得意とする彼が落下して、僅かの間戦線から離れるというタイムロスを最小限に抑える事が出来れば、敵の頭数を減らす効率は格段に上がる。
 きっと今頃、店長は牛耳を抑えながら一生懸命に石像を操っているに違いない。
 ついでの様に思い出されるのは、あの出入り禁止を喰らった焼き肉屋での一幕だ。
「おなかがすいた……。ウズラ卵殻付き焼き食べてみたいな……。ばぁん!」
 狙撃銃の発砲音と共に。
「んもっ……!?狙撃のお礼に、お食事でもと思いましたが。もう少し、慎重に考えた方がよさそうですね……!」
 河川敷から聞こえた気がする、秋の虫ならぬ、大きな腹の虫の声に。
 イナミの背筋に、戦いから来るものとは異なる震え……そう、悪寒が走るのであった。

夜桜・舞依
小明見・結
ラネンカナ・リシトルタ

 ハーピーが得意としていた筈の空ですらも、己の能力を最大限に活かした√能力者たちの戦いぶりにより制圧されつつある。
 人間を狩る為に得た狙撃銃は、寧ろ自分たちを狩る為に向けられ。真の狙撃手とも言うべき存在たちによって次々と仲間が墜とされてゆく。
 漸く、獣たちは己の慢心を理解し始めたが……
 今更、得た|狙撃銃《ちから》を手放すことなど、出来やしなかった。

「今度は空から……。しかも狙撃してくるなんて。」
「先の動物に続いて、あれも遠距離攻撃か。空から上を取られている状態ってのは脅威ね。」
 降ってくる銃弾から身を隠しながら、|小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)とラネンカナ・リシトルタ(シースフェンサー・h08491)が空を覗った。
 空中戦と狙撃によりハーピーたちは明らかに数を減らしているが、まだまだ脅威が去ったという訳ではない。
 地上に墜ちた者は地元の冒険者たちでも対処が出来るとはいえ、銃の射程と威力は未だ脅威ではあるのだ。
「ええ。皆が皆、遠くまで攻撃できるわけじゃないし。この状況はあまり良くないわよね。なんとかしないと。」
 石像による壁などの遮蔽が出来ているとはいえ、後ろにはこの戦いでの重要な回復役を担う|夜桜・舞依《よざくら・まい》(無垢なる黒き花・h06253)と、負傷して後退した冒険者たちがいる。
 舞依ひとり、更には彼女の護衛に付いた冒険者たちのみであれば対応も出来るであろうが、回復中の冒険者たちを抱えている状態で即応できるかといえば、怪しい部分もあるだろう。
 後衛の懸念は出来る限り取り払ってあげたいと、結は考えていた。
「それなりにやりようはあるでしょう。こちらで数を減らす事が出来れば、後衛の心配だって減る。」
 その考えに『各々が最善を尽くせば』と、ラネンカナは敢えて楽観的に応じる。
 この窮地を乗り切る事で、スポンサー企業であるEireTech製竜漿兵器、そして冒険者としての己の名を高める事にも繋がるであろう。
「そう簡単に突破出来るとは思わない事ね……!」
 空より迫る影を睨み。『P-SW005』と銘打たれた高周波振動剣の鞘に手を掛けた。

「最初の襲撃と違い、前線で全て食い止めるのは難しいでしょうか。
 となると、後方の此処も危ない、かも?」
 結とラネンカナの懸念を後方の舞依も共有していた。敵はその翼で以て、吉田大橋から僅かに退いた防衛線をやすやすと飛び越えてくるだろう。
 遮蔽はあるが、安全地帯は無いと言ってもよい。彼女や回復役を守らんと防衛に集まった、周囲の冒険者たちにも交戦の必要が生じる事は間違いない。
 しかし、彼女がやるべきことも変わらない。
 彼女の√能力で魔力を分け与えて巨大化させた黒猫の死霊、『クーちゃん』によいしょ、と騎乗して。
 舞依は守り、そして共に戦う冒険者たちに声を掛ける。
「このまま、誰も倒れることなく守り抜きましょう。
 私は支援に徹するので、上空警戒は皆さんにお願いします。
 ――先ほどの戦いでも、とても頼りになりましたから。」
 少女が回復役として任を全うする覚悟を決め、更には己らの腕を頼られたのだ。
 これで士気の上がらぬ冒険者はいない。
「お嬢ちゃんたち、他所の衆が頑張ってくれとるんだ。俺たちが頑張らんでどうするだん!」
「よぉし、空は任せときん!皆、気張り過ぎて退場せんようになぁ!」
 前線での対処に当たろうと行動を開始する結とラネンカナの背後で、冒険者たちの鬨の声が上がるのであった。

「私から仕掛けるわ。リシトルタさんには、後をお願いするわね。」
 ラネンカナは投擲用短剣という飛び道具を持ってはいるが、夜という心許ない視界、そして空中を自由に舞うハーピーという悪条件が重なっている。
 流石に百発百中とはいかないであろう。
 だからこそ、初手を打つのは風の精霊を操り、距離に左右されない魔法を放つ事の出来る結だ。
(――ハーピーっていうのが、どういうモンスターなのかは知らないけれど。)
 そう、彼女は『知らない』。『知らない』という己を冷静に認めた上で、ハーピーという存在の観察を行っていた。
 腕からなる翼で以て飛行し、それなりの知能を有すること。
 それが狙撃銃という武器を持ち、鉤爪で引き金を引いていること。
 そして、その狙撃銃という『力』に溺れているということ。
(強風の中を何の影響もなく飛び続けられるということはないでしょう。
 ましてや狙撃なんて器用な真似は、流石にできないはず。)
 強風というものは、飛行する生物にとっては大敵だ。
 風に乗る鳥たちも、その風の行き先によっては壁に叩き付けられ、命を落とすことだってある。
 空を飛ぶハーピーも、風に左右されるという宿命からは逃れられない筈だ。
「みんなを護る為に……お願い。」

 ――【|大鎌鼬《オオカマイタチ》】

 戦場に、再び風の精霊による竜巻が吹き荒れる。
 強烈な気流に呑み込まれ、吸い寄せられ。
 翼を折られ地に墜ちる者、弾き飛ばされる者が出る中で、暴風から何とか逃れて術者である結を狙い撃とうという者もいる。
 しかし、結に弾丸が届く事は無い。――これも、彼女の狙い通り。
 そもそも、狙撃は風にも大きな影響を受けるからだ。
 如何に銃そのものに自動照準機能があったとしても、竜巻の複雑な風の流れを読み切ることなど至難の業。
 それなりに使いこなすとはいえ、この様な悪条件が重なった中での訓練を行っていよう筈もない。
 狙撃は当たらず、竜巻に呑まれれば大打撃は免れない。
 ならば、選択肢は風の影響を受けない低空の至近距離から銃を撃つ……つまり、前に出るしかない。
「リシトルタさん、お願い。」
「ええ、任せて。――距離を詰められれば、こちらに分がある。」
 しかし、それも結の想定済み。遠距離と飛行という強みを奪われた相手なら、近接戦を得手とするラネンカナが十二分にも対処できる。
 竜巻を抜け、至近距離から銃を向けようとしたハーピー。
 その鉤爪が引き金を引くよりも早く、ラネンカナの体は獣の頭上を取っていた。
 音もなく鞘走る高周波振動剣『P-SW005』には、竜漿が十分に浸透している。
「――|殺《と》った……!」

 ――【穿影《ハイドアウト》】

 敵の攻撃に対して発動し、絶対的な先制攻撃を加える√能力である。
 上段に構えた鞘から、白刃が弧月の如き軌跡を描けば。
 高周波振動の刃は、まるでバターでも切るかのようにハーピーの頭蓋から股下までを唐竹割に一刀両断した。
 本来、ここで隠密行動にも移る事の出来る√能力であるが、ラネンカナは止まらない。
 目にも止まらぬ速さで納刀すると、次いで風を切る様に繰り出したのは投擲用短剣だ。
 扱い慣れた刃は狙い過たず、狙撃銃を持つ別のハーピーの鉤爪に突き刺さり。
 獣は甲高い悲鳴を上げて、人間狩りに用いるべく手にした得物を取り落とす。
(――そんな、仮初の力に頼っているから。)
 痛みに悶えるという絶対的な隙を逃さず、力場による障壁と残像を纏いながら体を沈ませて踏み込み、肉薄し。
「邪魔立てするなら——斬る!」
 再び閃く白刃に、人面の首がころりと落ちるが。確かな手応えが感じられたならば、骸と変わった事実など確認する必要もない。
 抜き身の振動剣を携え、精神感応式飛翔剣『S-PSW010』四振りを宙に随伴させて。
 事切れた獣の背中を踏み台に、次なる獲物に向けて残像と共に跳躍する。
「これで遠くから一方的に撃たれる、なんて状況は変えられるはずよね。
 ――鉤爪を使われていたら、また違っていたかもしれないけれど。」
 結の呟きと共に、ラネンカナの背中を精霊による風が後押しした。

 前衛の奮闘により、後衛へと迫るハーピーの数も最小限に抑えられていた。
「嬢ちゃん!もう一匹来るで、ちょっと下がっとりん!」
 それでも飛来する者はいるものの、獣たちから鹵獲した狙撃銃が冒険者たちの手に渡ったことで、次々と墜ちてゆく。
 【|治癒の領域《ヒーリングテリトリー》】により、治癒力のみならず戦闘力まで増しているのだ。
 集中力を増した彼らの手によって放たれた銃弾は、まるで吸い込まれるように獣たちの急所へと飛び込んでゆく。
 墜ちた獣には、抵抗する暇もなく剣や槍を手にした冒険者たちが襲い掛かり、首級を上げた。
 その冒険者たちの奮戦ぶりと、冒険者たちの声掛けに反応して勝手に回避運動を取ってくれる黒猫のおかげで、舞依自身は回復に専念する以外に何ら心配もない状況であった。
 結の風で散り散りに飛ばされ、孤立した敵をラネンカナが斬り落としてゆくことで、ハーピーの影は残り僅かとなっている。
 戦いも大詰めに差し掛かってきたというところであろう。
「死霊なのですが、でっかいもふもふですよ。」
 何か、場を和ませる術でも探したのであろうか。
 なんとなく得意げに自慢の黒猫を紹介する舞依の下で、気ままなクーは周囲の目を気にせずに欠伸をしてから澄まし顔。
 そんな一人と一匹の姿に、此処が戦場である事を忘れたわけではないが。
 冒険者たちもついつい、頬を緩めるのであった。

フォー・フルード
箒星・仄々

 空を飛び回るハーピーの群れも、最早数える程となりつつある。
 狙撃銃という人間の作った道具で人間を狩る筈が。空も銃も、自分たちよりも遥かに巧みに使われ、仲間を墜とされ、武器までも奪われた。
 ――何が間違いだったのだろうか。
 武器の使い方も、空から狙撃する作戦も、間違いはなかった筈だ。
 ――当初の火垢離さえ成っていれば、この様な目に遭っていなかったのに……!
 あの黒騎士にヒトへの憎しみを煽られ、武器の力にさえ溺れなければ。
 少なくとも、この場で命を落とすことは無かったであろう事に、彼らはまだ、気付かない。

「空中にいる相手に対して行うカウンタースナイプ、どこまでやれるかは未知数ですが対応していきましょう。」
 西八町歩道橋より狙撃を行っていたフォー・フルード(理由なき友好者・h01293)は、残る敵を間違いなく殲滅するために行動を開始する。
「ハーピーの生態を存じ上げませんが、鷹の様な目を持っていると考えると厄介です。」
 狙撃手にとって、目は命だ。僅かな動きも察知するような目と、狙撃銃そのものの自動照準能力、更には空中を動き回っての狙撃が嚙み合ったのならば、後の先を取るカウンタースナイプも躱される恐れがあるだろう。
「しかし。空を飛べる事を含めても、それは狙撃兵として優秀である事とイコール関係では無いでしょう。」
 狙撃手に必要とされるものは、多岐に渡る。正確無比な狙撃を可能とするために、道具や技術は勿論のこと、冷静な判断を下すための精神力も不可欠だ。
 もしかしたら『飛ぶ』という行為そのものが、先手必殺を期する狙撃には余計なものですらあるかもしれない。
 ならば、この手を打ったなら。敵の狙撃手たちは、対象を狙い撃つことなど出来るだろうか。それは戦いの中で、自ずと明らかになるであろう。
「狙撃は自分も得意とする所、お互いの性能の比較を開始します。
 ――逆行演算開始、状況再現を始めます。」
 狙撃兵として生まれた自身が、同じ土俵で負けるわけにはいかない――
 その様な自負もあるだろうか。はっきりとした機械音声とともに、彼は身に備わった力を解放する。

 ――【|事象再現演算《バックログシミュレーション》】

 冒険者たちのものを除いて、車通りが無かった筈の国道1号を駆け抜ける車たち。
 そればかりではない。90度近い直角の軌道を曲がっていくトラム。歩道橋や政庁の周りに、歩く人影……。
 それは、ダ・モンデ冒険王国の日常の人混みの姿を再現した幻影だ。
 フォーの√能力は、演算能力を過去予測に使う事によって視界内のインビジブルを周辺の過去の様子を再現するシミュレーターに変える事が出来る。
 突如現れた人波に、ハーピーたちは混乱を露わにした。何せ、このほぼ潰走寸前の状況だ。
 ヒトが現れたなら、それは敵の増援と誤認しても仕方のない事であろう。
 ――一人でも多く数を減らさなければ。
 いや、或いは。どうせ死ぬなら、撃ち殺せるだけ撃ち殺せばいいと。そう思ったのかもしれない。
 だが、半狂乱で撃ったところで。それは、実体のないデコイでしかない。
(――ああ、精神力は未熟の様ですね。)
 たぁん、と一匹のハーピーの眉間を撃ち抜きざまに。
 熟練の狙撃手は自らの姿を|EOC《電磁的光学迷彩》マントにて姿を街並みに溶け込ませ、歩道橋を飛び降りた。

「今度は空からの狙撃手ハーピーさんですね。足で撃つなんて中々に器用です。」
 お気に入りの|手風琴《アコルディオンシャトン》で明るく軽快なリズムの音色を響かせ、小さな体で戦場を鼓舞し続けるのは|箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)だ。
 シャコーの赤い羽根も黒い尻尾も凛々しくピンと立ち、桜色の肉球を踏み踏み音楽を奏で続ける姿は、見る者によっては愛らしく、またある者にとっては頼もしく映る事であろう。
 そんな彼が、銃声がまだまだ轟く中、朗々と声を張り上げる。
「今日の演目は、題して『アコーディオンと羽とパパゲーノ』。
 鳥刺しパパさんを主役としたミュージカルです!」
 初めて聞くタイトルに、首を傾げる者もあれば、興味深いと笑う者もいる。
 それもその筈。有名なタイトルを下敷きに作り上げた、仄々オリジナルの楽曲なのだから。

 ♪僕は鳥刺 鳥取り名
 トリトリトリ トリトリトリ
 ひょいひょい 鳥よ飛んで来い
 ひょいひょいひょい ひょいひょいひょい
 トリモチ ベタッと くっつける
 モチモチモチ モチモチモチ
 毎日 音色と歌い踊る ララララ ララララ

 不思議で可愛らしい歌と共に、人々の雑踏に合わせて森のビジョンまで現れる。
 彼の歌声と共に放たれた、もちもちと伸びたり、粘って隣の音符とくっ付いたりしながら飛ぶ白いトリモチの様な音符。
 それが空を踊りながらハーピーの足や銃口や喉に纏わり付くように飛び、そして弾けた。
 如何に獣たちが変則的な軌道で飛ぼうとも、それを振り切るには至らない。
 仄々の歌と共に発動する√能力【ミュージカル・ミュージカル♪】は、彼の物語を反映した世界の中では全ての攻撃を必中化させるという、強力な効果を持つのだ。

(――なるほど。歌と音の弾とは、面白い組み合わせです。)
 仄々が作り出した森のビジョンの中を、フォーがフックショットを用いて跳び回る。
 一発放てば直ぐに場所を変え、ハーピーからのカウンタースナイプを許さないためだ。
 とはいえ、黒鋼のベルセルクマシンによる狙撃に対応できるほどの判断力は、敵には残されていない。
 電磁的光学迷彩によって姿を消している彼の動きと位置取りは、街路樹の一瞬のしなりでしか位置を判断できないのだ。
 まして、それが何処に向けて移動するかなど、猶更予想を付ける事は難しい。
 そうこうしている内に、また一匹が心臓を撃ち抜かれて墜ちてゆく。
 更には、敵が無暗に撃ち、掠める様に飛ぶであろう銃弾すらも、彼は移動手段に変えた。

 ――【|反射的対応過程《ペッパーズ・ゴースト》】

 本来は緊急的な手段として使われるこの√能力には、フックショットなどの射程に緊急跳躍し、先制攻撃する効果を持つ。
 跳躍しざまに、また一匹の頭に風穴を開け。光学迷彩を発動し、再びフックショットを放って幻影の木立の中へと消えてゆく。
 元より予想できない移動方向に加え、不規則な変化まで加えたフォーの狙撃を止めることなど、何人たりとも不可能だ。
 ハーピーたちは見えない|敵《フォー》に怯えながら、その群れとしての命運は風前の灯火となっていた。

(――徒にハーピーさんたちの苦しみを長引かせるのもかわいそうです。一気に幕引きといきましょう。)
 最早、残る敵は片手の肉球で足りる。この潰走を認めたくないのか、獣たちは必死に引き金を引くが。
 仄々の歌声と共に乗じる音のエネルギーによって生み出された障壁で、弾丸は難なく弾かれてしまう。
 ――これまでか。
 そう思った時。ふと、一匹のハーピーが思い出したことがある。
 ――歌。そうか、声だ。我々には、声があったのに。
 それは、√能力者たちへの怨嗟か、人間の作り出した|銃《ちから》に溺れた後悔か。
 絶叫と共に放たれた、音波属性の弾丸。【シャウトバレット】と呼ばれるこの√能力は、轟音によるダメージと、味方への鼓舞への効果を持つ。
 ――しかし。
「いい声をお持ちなのに、勿体ない事をしましたね。」
 その音は、着弾の前に掻き消えた。音のエキスパートである仄々にとって、逆位相の音弾を繰り出し、相殺することなど容易い。
 いや、例え着弾したとしても。ダメージは与えられても。鼓舞を与えられる仲間は、もう残っていない。

 ――ああ、ああ。こんな|銃《モノ》さえ、持たなければ。
 ――こんな|銃《モノ》が無くても、我々は、我々の身に備わる声で!鉤爪で!戦えた筈なのに!

 気付き、慟哭したところで、全てが遅い。
 白いトリモチの様にも見える音符の弾が殺到し、最後の一匹の命と共に爆ぜてゆく。
「何といっても、パパさんは鳥刺し名人ですからね♪」
 舞台俳優による第二幕の締めの台詞と、優雅な一礼と共に。


「――全ての障害の撃破を確認。状況終了。性能の比較結果は……言うまでもない、といったところでしょうか。」
 空から襲来する敵影は全て消え去った。
 道具に頼り、性能と力に溺れた俄仕込みでは、『本物』には叶う筈も無かったという事であろう。
 フォーが構えを解く中、仄々はハーピーたちの静かな眠りを願って演奏を続けていた。
「モンスターになってしまう前は普通の鳥さん達だったのでしょうか……。」
 √ドラゴンファンタジーに於いては、発生したダンジョンの影響で近隣の生物がモンスター化するという現象が度々発生する。
 恐らくこのハーピーたちも、元は異なる生物だったのだろう。
 ダンジョンに呑まれ、更にこの事件の首魁に唆されなければ、命を落とすことも無かったと思われる。
「安らかに。」
 死後の安寧を願う言葉とメロディを聴きながら、黒鋼の狙撃兵は吉田大橋の向こうに向けて、グリーンのカメラアイを輝かせた。
 王国を火に包むという野望は潰えたからには、指揮官自らが出て来ざるを得ないだろう。
 もう間もなく、獣たちを唆して憎しみを煽り、武器を持たせ。殺戮を繰り広げんとした首魁が現れる筈だ――。

第3章 ボス戦 『堕落騎士『ロード・マグナス』』


「所詮、武器を持とうと獣は獣であったか。あれだけいながら、不甲斐ない。」
 心底より呆れ果てた、という低い声音と共に。その騎士は吉田大橋に現れた。
 ――漆黒の鎧と、噴き出す瘴気。獣たちの亡骸を易々と踏み砕く、威容。
 世界に安寧をもたらす聖剣を探索し、数多のダンジョンを制覇した勇者。
 真っ当にして高潔な理想を掲げながら、『√能力者でなかった』。
 ただそれだけでモンスターへと堕ちた騎士、『ロード・マグナス』。
 その実力は『√能力無しに』ダンジョンを制覇したという事実からも、尋常ならざることが窺える。
「安寧なる世界は、未だ遠いという事か。……しかし、√能力に目覚めたこの身であれば、幾度なりとも蘇る。再起の目はあろう。」
 川風にマントを靡かせながら。
 堕落騎士は|戦籠手《バトルガントレット》で覆った両手で以て、得物である大剣を軽々と持ち上げ、切っ先を向けた。
「――ゆくぞ、ヒトよ、冒険者どもよ。この『ロード・マグナス』の戦いを目に焼き付けて逝くがよい。」
クラウス・イーザリー
小明見・結
深見・音夢

 ダ・モンデ冒険王国、吉田大橋の中央に陣取った堕落騎士ロード・マグナス。
 瘴気を纏い、モンスターに墜ちたとはいえ。かつて勇者と謳われたその佇まいには、確かな風格すら感じられる。
「ようやく本命のお出まし……なのは良いんすけど、どうにも隙が無いのが厄介っすね。」
 |深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)はその身に突き刺さる様な殺気に晒されながら、思わず苦笑を零した。
(計画が狂って前線に出てくるくらいなんだから、もうちょい動揺してくれても良いものを。)
 失敗しても、何度でも繰り返せばよい。一つでも事が成れば、そこから『安寧なる世界』を始めればよい。
 モンスター化という形で√能力者となり死を超越したが故に、今の黒騎士に作戦の不首尾に対する動揺は全く見られない。
「安寧が遠いのは、争いを起こす奴がいるからだよ。今のお前のように。」
「――……ほう。」
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)が吐き捨てた言葉に、ロード・マグナスのヘルムの下からくぐもった声が返る。
 栄光に満ちた過去はどうあれ、闇に堕ちた理由が何であれ。
 『今』、ダ・モンデ冒険王国に攻め入って争いを起こしているという事実は変わらない。
 多くの冒険者たちが傷付き、無謀とも言える突撃の為に嗾けたモンスターたちは皆死に絶えた。その惨禍を許す事が出来ないというのは、当然の事であろう。
(――竜漿兵器を奪って、街を襲って……。その行為を許すことはできない。)
 その無法を許すことが出来ないのは、|小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)も同じだ。
 しかし、彼女には引っ掛かる言葉があった。予知の中でも、そして今も聞こえた、とあるフレーズ。
「けれど……。『安寧なる世界』、そう言っていた。それを望んでいるなら、戦う以外の道もあるはず。」
 そう、『安寧なる世界』。それが『誰にとってのものであるか』までは判らない。
 モンスター化しているからには、嘗ての高潔なる精神は喪われ、極めて利己的な世界を見ているのかもしれない。
 それでも、英雄としての残滓が欠片でも残っている可能性があるならば。結が選ぶ道は決まっているのだ。
「ロード・マグナスさん。あなたがなんでこんなことをするのか分からない。だから、話をしましょう。」
 ――いいかしら。
 恐らく望む結果は得られないであろう、徒労に終わる可能性の方が高い。それでもなお、結は話し合いを望んだ。
 しかし武器を手にしていては話し合いにはならない。裏を返せば、この戦いでは彼女は大きな戦力になる事が出来ないという事でもある。
 クラウスと音夢に詫びる様な、それでいて確かな意思を感じさせる結の瞳に、2人は笑顔で頷いて応えた。
「俺たちは軍隊じゃない。だから、結がやりたいようにやってくれ。俺も、やりたいようにやらせてもらうよ。」
「カバーまでは難しいかもしれないっすけど。ま、そこをこじ開けるのも一つの冒険ってことで、一つやらせてもらおうっすかね。」
 簒奪者に対抗する√能力者たちは、あくまで寄り合い所帯だ。結を責める者など誰もいやしない。
 それに今までの彼女の貢献を知っていれば、後押しだってしたくなろうというものだ。
「イーザリーさん、深見さん……ありがとう。私に出来る範囲で、あなたたちを守るから。」
 結はクラウスと音夢に礼を述べながら、風の精霊に希う。
(私のやりたい事をやらせてくれる二人の事を……お願い。)

 ――【|守り風《マモリカゼ》】

 彼女の願いに応えて現れた風の精霊、その数は50体を越える。
 この√能力の最大の特徴は『攻撃から一度だけ守ってくれる』という、防衛能力であろう。これさえあれば、音夢とクラウスの戦いの助けとなる筈だ。
「ふ……話し合い、か。よもや、事此処に至って、その様な言葉を聞くとは思わなかったぞ。
 さあ、戦いながらでも聞かせて貰おうか。貴様の話とやらを。」
 剣と、言葉を交わすため。
 堕落騎士『ロード・マグナス』との戦いの火蓋が切って落とされた。

 堕落騎士が剣を構えると、その地面……いや、空間ごと。クラウスの細身の体がロード・マグナスに向かって引き寄せられてゆく。
 モンスター化した事によって得た√能力を発動したのだ。
「捉えたぞ。……逃がさず、斬り捨ててくれよう。」
「いいや、捉えたのはこっちだ。……何度蘇ろうと、何度だって殺してみせる。」

 ――【盈月】

 しかし、空間ごと引き寄せられるならば真っ向から受けて立つ。
 そう言わんばかりに素早く踏み込み、クラウスは√能力を発動する。
 術者である彼の技量に応じて怒涛の連続攻撃を可能とするこの力により、魔力兵装は振るわれる度に異なる姿へと錬成されてゆく。
 刀による居合、突剣による串刺し、薙刀による薙ぎ払いに戦鎚による鎧砕き。
「良い腕だ。若く見えるが、修羅場を越えて来たものと見える。」
 火花を散らす様な凄絶な剣戟を交わし、いなしきれぬ一撃にその身を刻み砕かれながらも、堕落騎士の声には余裕が見られた。
 その証に、ロード・マグナスの足はその場から一歩たりとも動いてはいない。
「あのクラウス殿に、あれだけやられておきながら随分と余裕っすね。……おっと!」
 そして、動かずにいれば3秒ごとに現れるのが呪いの炎。これが音夢の狙撃を反射しては消えてゆく。
 跳ね返された弾丸は風の精霊が受け止めて消えたが……このままでは埒が明かないことは明白だ。
 死なず、動かず、跳ね返す。英雄はどこまでも鉄の壁として3人の前に立ちはだかる。

「誰かを傷つけて、それが平和につながるとは、私には思えない。」
「成程。それが貴様の考えか。そもそも、『平和』とは如何なるものか。」
 ――『平和』。
 それは辞書に曰く、戦争や紛争が発生していない状態であることだという。
 ――冷戦や棲み分け。それらは緊張状態であり、一つの切っ掛けで容易く壊れるが。
 辞書通りに解釈するならば、これも平和の形であるとは言えまいか。
 ロード・マグナスの言葉はそれを解した上での問い返しであろう。
「それでも、戦わねばならぬ時がある。獣どもがこの冒険王国の者どもを鏖殺しようとしたように。
 貴様がこの冒険王国を守るため、獣どもを陣風で散らしたように。」
「お前たちが武器庫を襲うようなことをしなければ、そもそも起きなかった戦いだろう……!」
 鎧通しの形に変形したクラウスの魔力兵装が、ロード・マグナスの鎧とヘルムの僅かな隙間に突き込まれ突き込まれる。
 確かにその切っ先は堕落騎士の喉を裂いたが、【英雄は死なず】。
 バトルガントレットより現れるのは、内蔵された隠し武器・エレメンタルオーブ。
「ならば、何か。元を辿れば、我らをモンスターに堕としたのは天上界の遺産である。
 失楽園戦争を引き起こし、世界にダンジョンとモンスターを蔓延らせたセレスティアルどもの罪をこそ、先ずは裁くべきではないか。」
「くっ……!アニマル・モンスターズの……!」
 亡き親友の瞳を思わせるペンダントが太陽の如く輝き、オーブより不意に放たれた火焔を加護が弾く。
 クラウスは何とか難を逃れたが、斬撃、拳撃に加えて隠し武器の炎となると、中・近距離において隙が見えない。
(しっかし、どうにもあの呪いの炎はこっちと相性悪いっすね。銃使いに反射とか大人げないっすよ。)
 クラウスの猛攻を以て命は一度は奪おうとも、未だ微動だにせぬ巨躯に、音夢は内心で舌を打つ。
 幾ら援護射撃を加えようにも、反射されてしまっては追撃の射撃どころか自身の身が危うい。
 一歩でも動かす事が出来れば、その呪いの炎は全て消え去り、クラウスを支援できるのに。
「そういうことならまぁ……気乗りはしないが奥の手を切るか。」
 ――音夢の瞳が、ぎょろりと。水底に潜むサメの様に、金色に輝いた。
 推し活を通して生きる活力を得、平和な世を謳歌しているのが、今の彼女だ。
 しかし、こうなる前の彼女は冥深忍衆がひとり。悪の組織の怪人である。
 その怪人指令装置は失われた訳でなく……その記憶を呼び覚ます事だって、出来ないわけではない。
(――引っ張られ過ぎる訳にはいかない。僕は、今のボクが嫌いではないのだから。)
「だから、これもただの真似事。ほんの一時、演じ切ってみせよう……!」

 ――【|擬装限定解除・鏡演《ヒトノマネゴト》】が再現するは。
 ――【シャウトバレット】

 大きく息を吸い込んだ音夢の口より、彼女のものとは思えぬ、甲高い咆哮が放たれる。
「む、ぅ……これは、ハーピーの……!?」
 その咆哮は弾丸の様な形を成し。呪いの炎にぶつかる前に弾けると、轟音の衝撃波を撒き散らした。
 本来、【シャウトバレット】は音夢の√能力ではない。先に戦ったハーピーの持つ√能力である。
 それを再現し、使用可能にする√能力。それが冥深忍衆の姿を再現する事により発動する【|擬装限定解除・鏡演《ヒトノマネゴト》】である。
 この強烈な音波は堕落騎士の詠唱を掻き消すのみならず、ヘルム内にも大きく響き渡ったようだ。
 思わずたたらを踏めば、発動していた呪いの炎は√能力の制約により、途端に全てが嘘のように消え去った。
 そして、その効果は音波によるダメージだけではない。味方を鼓舞し、強化する効果を持つのだ。
「君が獣と足蹴にした相手に一杯食わされるのも、良い意趣返しだろう?」
 音夢の金の瞳がヒトのものに戻ると同時に。
 魔力兵装をガントレットに変形させ、獣の声の力により力を漲らせ。
 拳をぎちりと強く握り込んだクラウスが躍り出る。
「配下すらも足蹴にしたお前が此処にいる事を、許してはおけない……!」
 ――めぎり。
 鎧をも砕くような渾身のストレートが、堕落騎士の横っ面に吸い込まれた。

 その一撃は、ロード・マグナスを一歩、後退させるに足る一撃であった。
 仕切り直しとばかりに剣を構えなおす彼に、結は精霊たちを従えながら静かに問う。
「理由を教えて。あなたはこの戦いの先に何が見えてるの?」
「――『安寧なる世界』、だとも。」
 砕けたヘルムの下で、そう口にして。
 ――いいや、と堕落騎士は静かに首を振った。
「貴様の求める答えは、そうではあるまいな。」
 クラウスと音夢の戦いぶりと、話し合うという姿勢を貫いた結の姿に敬意を示したのであろうか。
 その声にはどこか、厳かな響きが宿っていた。
「モンスターがヒトと対等の武器を持ち、ヒトを鏖殺する程の力を得たならば。
 初めて対等以上の存在として認められ、棲み分けが成るであろう。故に、我らは人間どもに力を知らしめねばならぬ。
 互いの不可侵、領域を越えた者の死は自己責任。それはモンスターにとっても人間どもにとっても『平和』であり、『安寧なる世界』とはいえまいか。
 ……蘇った時には、また異なる『安寧な世界』が浮かんでいることだろうがな。」
 それは考えの浅い、ただの絵空事かもしれない。モンスターがヒトを襲わぬことなど有り得ないことかもしれない。
 それでも、怪物と化した騎士は残る理性で以て。
 今微かに思い描く、『安寧なる世界』のカタチを口にするのであった。

和紋・蜚廉
猫屋敷・レオ
夜桜・舞依

「残ったのは首謀者だけ……もう戦いも始まっていますか。」
 アニマル・モンスターズ、そしてハーピーたちの襲来。
 これを退けるため、後衛より回復と支援役を担い続けてきた|夜桜・舞依《よざくら・まい》(無垢なる黒き花・h06253)。
 彼女もまた、前線からの剣戟、そしてハーピーが放ったが如き轟音に、首魁が戦場に現れた事を察した。
 相手が一人であるならば、最早後方に陣地を構え、守り続ける必要もない。
 一気呵成に片を付け、このダ・モンデ冒険王国に平穏を取り戻したいところだ。
 夜という時間もあるためであろうか。幸い、吸血鬼である彼女の中を流れる魔力には、まだまだ余裕がある。
「嬢ちゃん、後片付けは俺たちに任せて行っておいでん。」
「この通り、嬢ちゃんのお陰で元気は有り余っとるでな。ほいだもんで、力仕事くらいはしとかんと格好がつかん!」
 彼女に守られ、彼女を守り続けてきた冒険者たちは、前線を見遣る舞依の戦う意思を見て取ったのだろう。
 『戦いの始末は任せる』と、皆一様に歯を見せて笑って見せた。
 そうまで言われたのなら、彼女に後顧の憂いは無い。
 赤いリボンを揺らしながら、ひとつ、嫋やかな仕草で冒険者たちにお辞儀をすると。
「もう少しだけ、頑張ってきますね。」
 冒険者たちの激励を背に、黒い編み上げブーツのつま先が吉田大橋へと向いた。
 ――1歩、2歩、3歩……。
 十分に、冒険者たちから離れただろうか。此処であれば、きっと見えない筈だ。
 これを見せたら、彼らはきっと、心配してしまうだろうから。
「この一時、紅に染まりましょう。」
 舞依は黒い袖の下、白い腕を露わにすると。吸血鬼の鋭い爪で以て、皮膚をなぞる。
 すると、ぱっくりと開いた疵から、彼女の瞳の様に紅い鮮血が溢れ出した。
 流れ出る血液は白魚の様な指先まで伝い、地面に滴り落ちるよりも早く。深紅の大鎌を形作って、彼女の手に握り込まれ。
 彼女の背では同じように、ルビーの如く輝く蝙蝠の様な翼が、ばさり。大きくはためいた。

 ――【|無垢なる紅き花《ヴァンパイアブラッド》】

 彼女の吸血鬼としての血脈を以て、傷口から溢れる血液を魔力で強化・増幅し、翼と大鎌を創り出す√能力である。
 とん、軽い足取りでアスファルトを蹴れば。
 赤い翼は瞬く間に夜空に向けて翔け、消えた。

「お前は何か勘違いしているであります。あいつらが負けたのは、獣が獣である事を捨てたから。」
 仕切り直しを図った堕落騎士『ロード・マグナス』であるが。
 そうはさせじと、大柄な少女……|猫屋敷《ねこやしき》・レオ(首喰い千切りウサギ・h00688)が既に切り込んでいる。
「――……疾い、な。」
 ――三倍段、という言葉がある。
 槍と剣、剣と拳……リーチと殺傷力の都合上、間合いで劣る攻撃手段では3倍近い、相応の技量を要するというのが通説だ。
「そしてお前はまた、|獣《ボク》によって死ぬ事になるであります。」
 しかし。一度間合いを詰められてしまったら、どうなるか。
 剣という武器を振るうには、腕と刀身それぞれが旋回するための空間を要する。
 引き技、突きという動作も選択肢に入るが、これも半身下がる、武器のテイクバックなどの微かな予備動作が必要となる。
 その予備動作の起こりを、レオは見逃さない。
 【|全力狩猟モード《クイチギリウサギ》】を発動する事で強化した脚力で密着し、同じように強化した爪を振るって、その悉くを潰していく。
 無論、それを崩すための体当たりや蹴りなど、騎士の武術にも格闘技は内包されるが。
 裏を返せば、先ずは『剣』という最も殺傷力の高い攻撃手段を制限して見せたのだ。
「――しかし、これならばどうか。」
 |戦籠手《バトルガントレット》には、必要に応じて隠し武装を展開可能という機能がある。
 ロード・マグナスが展開しようというバトルガントレットの中には、赤く輝くエレメンタルオーブ。
 ――この間合いから逃れるか、そてとも火焔の壁で焼き尽くされるか。
 人妖より突き付けられた選択肢を覆し。
 レオに二択を迫ろうとした、その時であった。
「籠手の記憶、触れさせてもらうぞ。」
 影が、戦籠手の展開を阻んだ。
 ぎしり、外骨格の軋む音と共に、鈍く輝く剛腕で戦籠手を抑え込むのは|和紋・蜚廉 《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)である。
「――不覚を取った。娘に気を取られ過ぎていたか。」
 潜響骨でその鎧の微かに擦れる音を聴き取り、翳嗅盤により殺意の刹那を嗅ぎ取り。
 己の気配を殺して肉薄してみせた蜚廉に向けられた、世辞とも感嘆の言葉とも付かぬ言葉など、彼の聴覚には届かない。それよりも傾けるべき言葉がある。

 ――【|穢痕読《エコンドク》】

 曰く。その|籠手《ぶき》は、冒険王国の国防を担うべきものであった。
 曰く。量産された武器の一つであり、銘もなく番号が振られただけのものではあったが。それでもこの拳で国民を|守護《まも》るのは、誇りであった。
 曰く。その拳が国民に向けられることなど、あってはならない。
 ――私は貴殿の力となろう。

「――ならば、借り受けよう。汝の過去が残る限り、その痛みをこの身で穿つ。」
 ロード・マグナスの腕を抑え込んでいた蜚廉の腕が、無骨な戦籠手に覆われた。
 彼の√能力は、触れた物品の過去の所有者の記憶と交渉する事で、その能力を借り受けるという能力である。
 彼の外骨格を更に強化する籠手が加われば、膂力も防御力も更に上乗せされようというものである。
「成程、我が籠手を模倣したか。しかし、それならば我にも心得がある。」
 堕落騎士から噴き出した瘴気と共に現れたのは、黒く悍ましい二対の腕。大上段に振りかぶるは、神秘を宿さぬ一振りの剣。

 ――【|偽りの聖剣《ファルス・ソード》】

 黒騎士の√能力は、自身が受けた武器や√能力を複製した偽りの聖剣を創造するという効果を持つ。
 通常行動とは別に使用できる以上、腕が抑え込まれようと使用する事が出来。
 一方の蜚廉は腕を既に使用しているため、遮る手段は己の外骨格しか存在しない。
 守りなど無いも同然の、蜚廉の頭を覆う外骨格を文字通り兜割にせんと刃が振り下ろされ……
「――侮ったな。我は、蜚蠊なれば。」
 射程自在の穢痕爪が、はっしと。偽りの聖剣を白刃取した。
「隠し腕か……!」
 この時初めて、堕落騎士は兜の下で驚嘆の声を上げた。
 刹那の判断力を以て、無手で受け止めて見せた技量は勿論だが。
 ヒトの如き姿を取る腕よりの本質は、3対の脚を持つ蜚蠊である。
 文字通りの奥の手を古武士は今の今まで隠していた。しかしそれだけに留まらない。
「……確かに精巧な模倣だ。然し、汝では力を引き出せまい。」
 これが、最も致命的な罠であった。
 【ファルス・ソード】は、確かに受けた武器や√能力の効果の模倣が出来る。しかし、だ。
 堕落騎士が模倣した【穢痕読】は、物品の持ち主の記憶との交渉に成功して初めて、記憶の因縁の相手に甚大なダメージを与える効果を発揮するのである。
 それがまさか、因縁の相手に力を貸す事など有り得ようか。
 その様な不完全に不完全を重ねた剣など、鈍にも劣るであろう。
 蜚廉が両の腕に力を籠めれば。偽りの剣は硝子の様に砕け散り、消えた。
 そして、刃を砕いた勢いをそのままに。彼の指先は貫手を形作る。
「安寧の理想を掲げるならば、我が誇りを砕いて見せよ。」
 麻痺毒を存分に仕込んだ殻喰鉤が兜と鎧の隙間を縫う様に、ロード・マグナスの首に突き刺さった。

「ぐ、ぉ……毒、とは……!」
 腕を抑え込まれていては、よろめき、たたらを踏む事すら許されない。
 麻痺毒で身体の自由が利き難くなれば、英雄としての技量に伴った動きを見せる事も難しいであろう。
 そして、余裕のない身では。
「頭上に注意、ですよ。」
 死角となる頭上から、彗星の様に天より飛来する舞依に注意を払うことなど、出来よう筈も無い。
 赤い鎌閃が縦に一文字に奔り、両断し。次いで舞依の強襲を理解したレオと蜚廉がすかさず飛び退くと、今度は大振りに、真一文字。
 ひゅるりと風を切るまま、遠心力を込めて。袈裟懸けに、更に逆袈裟。
 √能力により【英雄は死なぬ】が、その蘇生回数を確かに刈り取った。
「今まで何処にいた、小娘ぇ……ッ!」
 丸太の棒の様に重く、自由の利かなくなった腕で強引に剣を振るおうとも、膨大な魔力で通常の4倍もの速度を得た舞依を捉えることなど出来ようものか。
 舞依は空中を飛ぶハーピーに対して対等……いや優位に立つ事も出来るこの√能力を、敢えて隠しておいた。指揮官が見ているであろう事を予想していたためだ。
 故に、航空戦力の上乗せがあるとは予想もしていなかった堕落騎士の不意を、見事突くに至ったのだ。
「乙女の秘密、です。」
 問われた言葉には悪戯っぽく微笑みを一つ、精いっぱいの挑発を。
 次いで空中へ翔け出しながら、機銃掃射の如き鮮血の杭がロード・マグナスの身に降り注ぐ。
 だが、モンスターに堕ちようとも、英雄は英雄。裏を掻かれたままで終わろう筈も無い。
「如何に速く飛び回ろうと、この力の前には無力。小煩い貴様から、斬らせてもらう……!」
 麻痺毒で強張った指先を押し広げると、高速で飛び回る舞依の周囲の空間が、歪んだ。
 ロード・マグナスの√能力には追加効果がある。空間ごと敵を引き寄せる能力だ。
 素早く動く能力も、空間ごと捕らえられてしまっては無力。
 歪んだ領域の中、全力で離れようと抵抗しても無駄だ。更には舞依は出血により通常攻撃の被弾ですら致命打に成りかねない状態である。
「ふっ、ははっ!逃げられまい!」
 獲物をほぼ掌中に収めた堕落騎士は、そのモンスターとしての獣性を隠さずに哄笑する。
 誇りある英雄としての貌、哀れな怪物に墜ちた残忍な貌。
 闇の様なヘルムの下、その表情を窺い知ることは出来ないが。そのどちらの顔も堕落騎士『ロード・マグナス』なのであろう。
 痺れた腕でも、剣を振り下ろすことくらい造作もない。
 舌なめずりする様な気配と共に、ロード・マグナスは剣を大上段に構え。
「我を4度斬ったな。同じように貴様の体を切裂いて、この疵の借りを――」
「――余所見とは。」
「随分と余裕でありますね。」
 吸血鬼に死を告げようという堕落騎士の言葉は、形にならなかった。
 蜚廉の戦籠手に覆われ、持ち主の記憶を乗せた重い拳が脇腹の鎧を殴り砕き。
 レオの繰り出した鋭い爪が、鎧の上から心の臓を貫いたためだ。
「私1人に意識を向け過ぎれば、それも隙、です。」
 宙を舞う舞依は囮。
 既に間合いに入っていたレオと蜚廉を見落とすなど、英雄と謳われた男にあるまじき失策だ。
「離……れろォ……!!」
 振り払うように振るわれた戦籠手の一撃を最小限の動きで難なく躱し、|逆撃《カウンター》として合わせた爪が顔面に吸い込まれる。
「ダメでありますよ、ボク達みたいな|格闘者《エアガイツ》相手にそんな武器に頼って取ってつけた様な格闘術を使ったら。」
 これがもし、√能力無しにダンジョンを踏破する真なる姿であったならば。
 ひと度の落命も許されない、ただの人であったならば。
「――ガ……アアアアァァァァ!!!!」
 またも殺され、苦悶し絶叫する様な無様は、きっと晒すことは無かったであろう。
(全く、哀れなものでありますね。)
 己を『超すごい』と言って憚らず、常日頃から自信に満ち溢れたレオではあるが。
 同じ冒険者であるが故に、√能力を使わずに幾度もダンジョンから生還した彼の力量を推し測る事も出来る。
 それ故に、彼女はモンスターに堕ちたロード・マグナスを惜しんだ。
(モンスター化した事で|不死《ちから》を得ても、それに溺れたのでは。
 武器を手に攻め寄せた獣たちと変わらないであります。英雄の名が泣くでありますよ。)
 自身の死を前提に繰り出す|竜漿兵器《バトルガントレット》による格闘術など、恐れるまでもない。
 剣を振るえず、レオの格闘の間合いから逃れる事も出来ず。
 隠し武器の炎を放とうにも、蜚廉が組み付き、それを許さない。
 マントを翻しながら、レオが狙うのはその喉元。
「今回も何回まで蘇生できるか、試してやるであります。」
 喰い千切りウサギの鋭い牙が、堕落騎士に融合した鎧に突き立てられ。
 その下の喉笛ごと、見事喰い千切るのであった。

夜風・イナミ
アダム・バシレウス

「えっ、黒い雷神だって!?……ココア風味のクランチをチョコレートで固めたやつ。」
 ――黒い雷神。
 手頃な価格設定と、全身に稲妻が走るが如きおいしさを誇るその菓子は、とある有名人が好物と宣言したことで全国的な爆発的ヒットとなった。
 しかし、その知名度に反してダ・モンデ冒険王国の三大駄菓子に数えられていたり、いなかったりする事を知る者は少ない。
 そして、この場においてローカルな食べ物事情にやたら明るいと言えば。
 この腹ぺこ獣人アダム・バシレウス(最古の哺乳類獣人・h02890)を除いて、他に誰がいるであろう。
「……なんだ、敵の親玉じゃないか……。」
 ダ・モンデカレーうどんに加え、ちくわ。未だ満足に食事にありつけていない彼にとっては、今回の事件の首魁であっても興味の度合いは劣る様だ。
「んもう……お腹が空くようなことばっかり言ってる場合じゃないです。」
 そんな食欲旺盛なアダムの性分をよくよく知っている|夜風《よかぜ》・|イナミ《稲見》(呪われ温泉カトブレパス・h00003)は、彼を若干窘めるような声音を見せつつも、本事件の首魁である堕落騎士『ロード・マグナス』を見詰める視線に油断はない。
「あれが黒幕ですかね……?」
 先の√能力者との戦闘で受けた麻痺毒も、既に抜け始めているのだろう。鎧を所々損傷させながらも、その力強い足取りは回復していた。
「強そうだね……小細工は通用しなさそう。」
 軽口を叩いていたアダムにも、黒騎士の力量は見て取る事が出来ている。
 だが、確かにダメージは目に見える形で積み重なっているのだ。この機を逃す手はない。
「無事に黒幕を倒したら念願のカレーうどんだ!店長もおいで、今回はぼくのおごりでいいよ。」
 その言葉を聞いたイナミは、自分の牛耳を疑ったことであろう。思い起こされるのはあの皿の塔と、信じられぬほどの0が並んだ伝票だ。
 彼女の財布に一時的な氷河期を引き起こしたアダムの食欲であるが、彼の奢りであるならばその心配はあるまい。
 それに量も食べるが、食通でもある彼の事だ。選ぶ店にも間違いはないだろう。
「ほ、ほんとですか?奢りならいきます!」
 戦いの後の予定と、ご当地グルメへの期待に胸を弾ませて。
 大きな牛と小さなネズミが、漆黒の甲冑を身に纏った怪物騎士に挑む。

「何者かと思えば、鼠如き。逃げ回るが関の山であろう。」
 ロード・マグナスが籠手に覆われた手を翳せば、アダムの周りの空間が歪み。まるで切り取られたかのように、空間ごと堕落騎士の元へと引き寄せられてゆく。
 この√能力の前には、距離を置こうとしても無力だ。アダムも為す術なく引き寄せられていく。
 大上段に構えられるのは、漆黒の剣。
「これで、先ず一矢報いさせてもらおう。――去ね。」
 一歩、アダムに向けてずんと踏み込み。黒い剣筋が、アダムスの体を確かに捉えた。
 戦場に鮮血が散る。――が。アダムの体を両断するには至らない。
「|痛《いった》い……なぁ!」
 何とか致命傷を避けたアダムは、フードに覆われた口元を痛みに歪めながら。
 それでも大地を踏み締め、堕落騎士の懐に踏み込み。獣の道で練り上げられた拳を漆黒のヘルムに叩き付けた。
「……ぬぅッ!?」
 小さい体と負った深手に似合わぬ膂力に、堕落騎士の足が半歩下がるが。驚きの声はそちらに対してのものではない。
 深々と刻み込んだ筈のアダムの疵が、跡形もなく消え去っているのだ。
「――回復能力か。」
「そっちは倒れても……すぐに復活するんだから、お互い様……。」

 ――【サヴェイジビースト】

 敵に攻撃されてから3秒以内に獣化部位による反撃を命中させると、敵から先程受けたダメージ等の効果を全回復するという、アダムの持つ√能力である。
 肉を切らせて骨を断つという、防御を捨てた殴り合いはこの力で以て初めて成立するのだ。
 懐に飛び込んでいる以上、戦籠手で殴られようが、戦籠手に内蔵されたエレメンタルオーブで燃やされようが、直ぐに反撃して回復も出来るが。
 騎士は騎士で堅固な甲冑と融合している上に、死んでも即時回復するという√能力の追加効果がある。
 このままでは何れ、千日手となるだろう。
 ――しかし、彼は独りで戦っているわけではない。
 この膠着した状態を作り出し、堕落騎士の注意を引き付けておくのも彼の役目だ。
(全然勝負決まらないよ……店長、準備はまだ?)
 後方では着々と、|店長《イナミ》が事態の打開のための準備を整えていた。

 頭の牛骨に蝋燭を灯し、後衛で何事かを唱えている黒牛の獣人の姿は、時を経るごとにおどろおどろしさと禍々しさが増してゆく。
 周囲のあらゆる怨霊、呪詛、インビジブルの類が集め、纏っているのだ。

 ――【|怨霊纏《オンリョウマトイ》】

 アダムが突撃して膠着状態を作り出したことで、イナミはじっくりと呪術の準備を整える事が出来た。
 周囲の負の力を集めて纏う事で自身の移動速度を強化し、装甲を貫通する威力を誇る呪いの一撃を叩き付ける事を可能にする√能力である。
 3秒ごとに堕落騎士の周囲に現れ、攻撃や反射を行う厄介な呪いの炎も、イナミのこの√能力とは頗る相性が悪い。
(呪いの炎も呪詛なら纏えるはずです。呪術師も本業ですからね。)
 何しろ、周囲から呪詛を集める事が出来るのだ。
 作り出した傍から吸収されてしまっては炎を作り出す意味もない筈だが、アダムとの殴り合いに意識を裂いているからであろうか、呪いの炎は次々と現れ、イナミの力となってゆく。
 これだけ集めれば、アダムが手を焼いているロード・マグナスの装甲をも容易く貫く、強烈な一撃を加える事が出来るだろう。

 ――しかし、何か。
 ――焦げ臭いような?

「……あっつ!あついです!!!」
 ロード・マグナスの炎の、ささやかな抵抗であろうか。
 イナミの黒く艶やかな毛並みにも、纏った呪いの炎が引火し始めていたのだった……。

 前線で堕落騎士と殴り合っているアダム。そのフードに覆われた彼の鼻が、何やら香ばしいにおいを捉えた。
 例え戦いの最中であろうとも、空腹に耐えている彼の嗅覚は非常に敏感だ。
「ガチンコバトルしてるうちに、おいしそうな匂いが漂ってきた……。店長がウルトラ上手に焼きあがったね……。」
 にやりと笑ったアダムが、初めて軽い身のこなしでロード・マグナスの拳を避ければ。
 目前に迫っていたのは禍々しい炎を纏い、巨大な釘を手に突っ込んでくる、猛牛の姿。
「こんがりはしても、焼き肉にケバブにもなりません!」
 モンスターに堕ちた、獣性のためであろうか。
 この戦いにおいて、ロード・マグナスは目の前の敵に固執する様な行動を見せる事が多々ある。
 アダムの捨て身の戦いは、堕落騎士の獣性をこれ以上なく刺激し、イナミの呪力を最大限に引き出す時間を稼ぐことに成功していた。
(もう……アダムさんが作り出した隙、十分に活かしてみせましょう!)
 拳を振り抜いたまま体勢を崩した堕落騎士が、イナミの速さにどうして対応する事が出来ようか。
 彼女が突き出した太い釘に、掻き集めた呪詛の炎やインビジブル、怨霊が収束し。
「うらみはらさでおくべきか……。」
 お決まりの言葉と共に、強化された速度を乗せて体当たりをぶちかませば。
 ロード・マグナスの身を守っていた鎧を呪釘が易々と貫き、腹に深々と突き刺さり。決して軽くはないその体を吹き飛ばす。
「ぐっ、おぉぉぉ!!!?」
 苦悶の声と共に、受け身も取れずに尻餅を付いたロード・マグナスが、自身を覆う陰に咄嗟に視線を上げれば。
 大きな足を持ち上げて、自身を見下ろす紫の瞳と目が合った。
「ぶっ壊します!」

 ――本気の【丑の刻まいり】

 吉田大橋を揺るがす様な地響きと共に、呪いを目一杯に詰め込んだ釘を踏み付けてやれば。
 ぱきり、めぎめぎめぎぃ!!!!
 まるで、卵の殻を割る様に、漆黒の鎧が砕け。
 路面に縫い付けられたロード・マグナスの体の両端が跳ね上がる様に、『く』の字に折れ曲がる。
「ぉ……っご、ぁ……!?」
 漆黒のヘルムの下で、血を吐き出すような気配があるが。彼への痛撃はそれで終わらない。
 陰が、もう一つ増えていた。そこに居たのは、緒戦に姿を見せていた巨象の姿。
「……待――」
 思わず、止める様に手を翳す堕落騎士だが。
「おまけのだめおし……ずしん!」
 その静止を待たずに。
 ふたつ目の地響きが、吉田大橋を揺らすのであった。

矢神・霊菜
星宮・レオナ

 腹を貫いた呪いの釘を引き抜き、風穴の空いた鎧からどす黒い血を流しつつも。
 それでも堕落騎士ロード・マグナスは、剣を支えに立ち上がってみせた。
 やがて蘇るという√能力者としての特性を活かし、己の死すらも利用して冒険王国に疵を与えようというその執念は、正に『|怪物《モンスター》』と言うに相応しいであろう。
「安寧の世界を求めた者が、騒動を起こしてどうするっていうのかしら。
 それとも、人を排した世界を安寧とでもいうつもり?」
 かつての栄光も誉もなく、その様な姿になってまで戦う怪物の姿と。彼の掲げた理念を呆れ声と共に糺すのは|矢神・霊菜《やかみ・れいな》(氷華・h00124)だ。
 ロード・マグナスが引き起こしている竜漿兵器強奪事件と冒険王国襲撃事件は、√ドラゴンファンタジーの全国各地にまで及び、騒動を引き起こし続けている。
 霊菜の目には、堕落騎士の行動は『安寧なる世界』を求めると言う言葉に反し、要らぬ火種を撒いているようにしか見えない。
「――人を完全に排する事は出来ぬだろう。
 今の我が目指すものは、モンスターがヒトと対等の武器を持ち、ヒトを鏖殺せしめる力を得ること。
 さすれば、初めて対等以上の存在として認められ、棲み分けが成るであろう。故に、我らは人間どもに力を知らしめねばならぬ。」
 恐らくは、また蘇る度に考えは変わるのであろうが。『今』、このロード・マグナスは大真面目にその様な事を考えている。
 だが、果たして有り得るのだろうか。武器を手にした事で|獲物《ヒト》を鏖殺する快楽に魅入られた|獣《ハーピー》たちの姿を、霊菜は見た。
 その習性などの在り方にも依るであろうが。『力』を基に押し付けた棲み分けの行き着く先は、殆どの場合が『力』を盾にした侵略であろう事は、歴史が証明している。
 ――もっと繁栄したい。征服したい。楽をしたい。守りたい。滅びたくない。
 ――この世界で、生き残りたい。
 人も獣も、その本能と欲望には抗えないのだから。
「そう――なら、止めるわ。世界の主導権は、『|武器《ちから》』に溺れたあなたたちには渡せない。」
 傍らに二羽の神霊を侍らせて。
 氷姫のアイスブルーの瞳が、漆黒のヘルムを睨め付けた。

 ――欠落を抱える事が、√能力者に覚醒する条件。
 それはヒトや野良生物、戦闘機械群など、姿かたちの在り様などに関わらずあらゆる存在に共通するルールだ。
 ファルコンアーマーと呼ばれる装甲に身に纏った復讐の隼、マグナファルコン……いや、|星宮《ほしみや》・レオナ(復讐の隼・h01547)も。
 家族と過ごし、続く筈だった平和な日々。この象徴である両親と妹の命を謎の組織によって理不尽に奪われるという悲劇を経て、これを欠落として√能力者に覚醒するに至った。
 ならば霊菜と問答を繰り広げる黒騎士にも、何らかの欠落があって然るべきである。
(ロード・マグナスが、モンスターになってから覚醒したのなら。失った物は、何なのだろう?)
 ダンジョンの影響を受ける事で失ってしまった『ヒト』としての身か、ヒトとして受ける筈であった栄誉か、はたまた目には見えない何かか。
 しかし、『欠落』もまたヒトによりけり。それこそ星の数ほどにあるだろう。
(――考えても仕方ない、か。今は倒すだけ。)
 答えを探り当てる問題に頭を悩ませるより、今はこのダ・モンデ冒険王国に平穏を取り戻す事をこそ、優先すべきだ。
 この事件の元凶であるロード・マグナスを打ち斃しすべく、隼が地を蹴った。
 
「援護は任せて。」
「ありがとう、星宮さん。いいえ、マグナファルコン、かしら?
 ――氷翼漣璃も、お願いね。でも怪我には注意するのよ。」
 隼によるマグナシューターからの援護射撃を受けて、氷でできた二羽の鷹が堕落騎士ロード・マグナス目掛けて飛翔する。
「たかが鳥二羽とは、舐められたものだ。融かし、墜としてくれよう。」
 対峙する堕落騎士が発動するのは、【カースドフレア】。その場に留まり3秒詠唱する毎に、呪いの炎を呼び出す√能力だ。
 迫る炎の攻撃を掻い潜ろうにも、攻撃を反射する効果は氷翼漣璃を炎に包むであろう。生半な効果で神霊たる彼らが墜ちる事はあるまいが、氷と炎では相性が悪い。
 飛翔する翼を阻む様に、堕落騎士によって呼び出された炎が壁の様に立ちはだかり……
 二羽の鷹は、まるで木の葉を落とすかのようにひらりと身を翻した。

(――怪我には注意するのよ。)

 雛の頃より育てられてきた氷翼漣璃たちは、母である霊菜のこの言葉の意図をしっかりと理解していた。
 神霊の突撃は|偽装攻撃《フェイク》。
 呼び出された呪いの炎をひとところに集める事こそが、その狙いだ。
 さらに壁ともなれば……当然、術者の視界を奪う事にも繋がる。故に。
「良い鷹だね。隼としては、親近感を覚えちゃうな。」
 ――じゃきり、と。
 リミッターを解除して残像を出現させる速度で突っ込み、零距離でマグナシューターの銃口を突き付けるマグナファルコンと。
「そうでしょう、自慢の我が子たちよ。」
 √能力の重ね掛けで神速を得た霊菜の左右からの挟撃に、堕落騎士の反応は遅れた。
「ぬかった、囮か……!?」
「今更気付いても遅いよ。――【UNLOCK!】」
 隼を何とか振り払わんと、剣が振るわれるよりも早く。突き付けられた銃口が咆哮を上げる。

 ――【エレメンタルバレット『|旋風破砕《エアロバスター》』】

 零距離で放たれた風の塊は、漆黒の鎧で包まれたロード・マグナスの体を宙に浮かせ。

「――降りませ。そして……共鳴。」
 ――【|氷應降臨《ヒオウコウリン》】、併せて【|神霊宿り《ヒヨクレンリ》】

 四枚の氷の翼を纏ったかの如き姿となった霊菜が、その手に持った【蒼氷の刃】と【融成流転】の二刀で斬りかかる。
「む……ぅ!」
 動かねば消えない筈の呪いの炎も、レオナの風弾で強引に移動させられた時点ですべて消滅している。
 咄嗟に霊菜に向けて放った呪いの炎の一つ程度、隼の√能力の追加効果による風の障壁の前に難なく弾かれて、消えた。
 故に。追い風の強化まで受けた霊菜を阻むものは、何もない。

 ――【氷刃裂葬】

 蒼い弧月の如き剣閃が二筋、奔る。
 堕落騎士が咄嗟に掲げた左の戦籠手を凍結させ、容易く貫通し。内部の腱を斬ったのであろう。指先から力が喪われたのが見て取れた。
「小娘……ども、がァァァァァァァ!!!!」
 何とか着地しながらも、激痛と屈辱に獣の如く叫ぶロード・マグナス。
 例え英雄でなくとも、この戦いの終盤において腕一本が使えなくなるという意味の解らぬ者はいないであろう。
 この戦いの劣勢を決定付ける、あまりにも大きなダメージである。
 しかし。だからと言って攻撃手段を完全に喪失したわけではない。戦籠手の隠し武器である、エレメンタルオーブがある。さらに、もう一つ。
 通常の行動とは別に使用する事が出来る√能力、【|偽りの聖剣《ファルス・ソード》】の発動が封じられた訳ではない。
 その背より、まるで蟲の様に生えるのは影の如き2本の腕。
 新たに生えた右手に握り込まれるのは逆巻く風を宿す剣、そして左手には霊菜の蒼氷の刃と瓜二つの、蒼き凍気を宿す剣。
「貴様らの力をその身に受けて、死ぬるが良いわ!!」
 正に|怪物《モンスター》の如き姿から2人の脳天を目掛け、一度振るえば砕け散る双剣が振りかぶられ――
「――残念だけど、そうはいかない。」
 それが振り降ろされるよりも早く、二振りの刃は、影の腕ごと塵の様に崩れて消えた。
「莫……迦、な。その、力は……。」
 漆黒の腕に触れていたのは、マグナファルコンの右掌。
 あらゆる√能力を打ち消す、最強の√能力殺し。

 ――【ルートブレイカー】

 この√能力の前には、如何なる無敵を誇る√能力であろうと、何ら意味を持たない。
 そして二回攻撃をも可能とするレオナの疾さの目には、堕落騎士は剣を振るおうとしたままの姿で止まっているようにすら見える。
 リミッターを外した上に、その限界をも突破した強化筋肉が軋み、悲鳴を上げるが。隼はまだ、止まれない。
(あと、一撃だけ――!)
 とん、と。まるで軽業師の様にロードマグナスの背後から肩に手を付き、倒立すると。
 ――めきり。
 左の戦籠手に、隼の強烈な蹴撃が吸い込まれた。
 狙いは、そう。霊菜が腱ごと斬り割った、籠手の刀傷。
 ぴしり、ぴしりと音を立てて、籠手のヒビは広がり。
(――後は、任せたよ。)
 マグナファルコンからのアイコンタクトに、霊菜は微かに頷くと。
 4枚の氷翼ごと、その身を翻し。
「堕ちているとはいえ、かつて人だった者が何をやっているのだか……ね!」

 ――【氷刃裂葬・二連】

 脆くなった籠手は、最早、守りの機能を持ちえないも同然であった。
 逆袈裟の軌道で振り抜かれた、二振りの蒼刃の前に。
 奪い取った籠手と内蔵したエレメンタルオーブごと、怪物騎士の左腕が宙に舞った。

箒星・仄々
フォー・フルード
霧島・光希

 ――フォー・フルード(理由なき友好者・h01293)は、上官を持たぬ狙撃兵である。
 記憶が漂白されているとはいえ、彼は戦闘機械群を構成した兵士であったであろう事は疑いがない。
 故に。一機の『兵士』として。此度、このダ・モンデ冒険王国を襲った敵軍の一連の動きには、思うところがあった。
「軍隊というのは非情です。死の可能性と言うものを受け入れた上で、指示を出し、作戦を遂行する。」
 彼の言葉が示す様に、軍隊という組織はただ淡々と、機械のように。本来機能すべきものである。
 此度のロード・マグナスの作戦は、電撃的な浸透戦術を用いてダ・モンデ冒険王国政庁の機能を停止。首都機能を麻痺させた上での住民の虐殺が要であった。
 恐らく、今後の支配域を拡大する橋頭保として機能させる意思はない。そうするつもりであったならば、王国中を火の海にしては今後の支配に頗る効率が悪い。
 焼き尽くさず、殺し尽くさず。生き延びた人間どもには武装した獣どもから命からがら逃げ延びたという心的外傷を刻み込み、近隣に恐怖を伝播させて貰わねば意味がない。
 しかし、それは初手から躓いた。ならば、第一段階で失敗した時点で、航空戦力の出撃を停止し、作戦の変更、或いは中止するべきであった。
 そうあるべきところで作戦を強行し、その結果が地上戦力と航空戦力の全滅、そして√能力者や地元冒険者たちの士気高揚である。
 さて、この策を立案したのは、誰か。獣たちではあるまい。予兆を見た√能力者たちは、誰もが知っている。
「――だからこそ、責任だけは上官が取らなくてはならない。そうでなくては散る命に意味が無い。」
 王国政庁にダメージを与えられず、動員した大軍勢の全滅という結果を招いた『指揮官』は誰か。
 ――そう、獣の亡骸を『所詮は獣』と踏み砕いた、堕落騎士ロード・マグナスである。
 フォーはグリーンのカメラアイで、墜落し、絶命したハーピーたちを横目に見ながら。左腕を喪った『敵指揮官』に、機械らしい冷たい声で語りかける。
「武器を彼らに取らせたのがあなたなら、敗北の責は貴方の物でしょう。まず焼き付けるべきなのはその責かと思われます。」
 ――一瞬過ったのは、誰の顔だったか。
 黒鋼の狙撃兵は、ただ淡々と。『汝は将器に非ず』と、確かな事実を突きつけた。

 ――ロード・マグナスは、ただの冒険者であった。
 √能力も持たぬ只人の身で、一度の落命も許されぬダンジョンを制覇する英雄であった。
(√能力者ならぬ身で、ダンジョンに挑み続けたリスクを批判することは簡単ですけれども。誰にも出来ることじゃありません。)
 |箒星・仄々《ほうきぼし・ほのぼの》(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)も、√ドラゴンファンタジーに生まれたからにはダンジョンの踏破が如何に困難であるか、よくよく知っている。
 そして、突如現れたダンジョンが周囲にどの様な影響を与え、どの様な悲劇を与えるかも知っている。
「失楽園戦争で崩壊した天上界の遺産に、世界の平穏をもたらす術はないと私見しますけれども。それを強く強く願うその想いは本物だったのでしょう。」
 ――ただ冒険をしたいがための、理由付けだったのかもしれない。
 ――『聖剣』などというデマに踊らされただけなのかもしれない。
 その真実を知る者は、ロード・マグナス含めて、もうどこにもいないのかもしれない。
 それでも、彼が命を懸けて『ダンジョンは踏破できるもの』であると示し続けた事だけは、確かな事実である。
 何故なら彼は『英雄』と謳われた男。人にそう呼ばれて初めて、『英雄』は誕生するのだから。
 しかし、英雄はモンスターに堕ちた。
 『安寧なる世界』という理想を掲げながら、仲間を、配下を足蹴にする外道に堕ちた。
「命を蔑ろにして、どんな手段も厭わない方が、世界に安寧をもたらすことができるのか。
 それがご自身ではもう判らなくなってしまわれているのがお労しいです。」
 最早、殺したところで『|怪物《モンスター》』としてのロード・マグナスが蘇るばかりであろう。
 栄光ある、そしてただの人間であった頃の彼には、戻れない。
「かつての貴方と貴方の理想のために貴方を倒しましょう。」
「――やって、みせるがいい。」
 腹部に空いた大穴からは、どす黒い血が止め処なく溢れている。ただの人間であったならば、とうに落命しているであろう。
 しかし、怪物と化した彼の身が、まだ斃れる事を許さない。
 戦籠手に覆われた右腕で、漆黒の剣を掲げ。堕落騎士は構えを取る。
「ああ、やってみせるとも。
 ──行こう、影の騎士シャドウナイト!」

 ――【|召喚、影の騎士《サモン、シャドウナイト》】

 漆黒の鎧に身を包んだ|霧島・光希《きりしま・こうき》(ひとりと一騎の冒険少年・h01623)の足元の『影』より、滲み出すように姿を現すのは、彼の相棒たる護霊、|影の騎士《シャドウナイト》。
 幾つものダンジョンを共に攻略し、背中を預けてきた騎士と並び立ち。
 仄々の翡翠色の手風琴、アコルディオンシャトンによる明るく軽快なリズムに背中を押され、共に地を駆け挑み掛かる。
 こうしてダ・モンデ冒険王国に於ける戦いの、最後の攻防が始まった。

「また遭うとはな、小僧。腕を上げたようだ。」
「そういうあなたは、随分と派手に事を起こしているみたいだ……!」
 火花散る剣戟の音の絶えぬ中、ロード・マグナスは血を吐くような気配と共に、ヘルムの下でくつくつと笑った。
 霧島・光希は中学三年生の頃に、既にロード・マグナスと刃を交えている。
 それから、およそ9か月。光希は高校に進学してからも幾度もダンジョンに挑み、実戦経験を積み重ねてきた。
 彼の護霊たる影の騎士との連携は益々練り上げられ、その実力は初めてロード・マグナスと対峙した時とは比べ物にならないと言っても良い。
「――佳し。佳し。それでこそ。」
 それでも片手の刃で正面の光希の双剣と、側面からのシャドウナイトの攻撃を捌きながら、反撃の機会を窺ってすらいる堕落騎士の力量。
(なるほど。√能力者でないにも関わらず、ダンジョンを制覇するほどの実力を持っていたというのは、事実みたいだ。)
 驚きもあれば、納得もあるが。あれこれ考えるのは後でいい。
 正面攻撃と側面攻撃の連携に於いて、光希と影の騎士はその役目を適宜入れ替わる事で消耗を抑え、その上で影の騎士の回復技【鎮静の癒し】を加える事で粘り強い戦いを可能にしてはいるが。
(――これで簡単にやられはしないが、一方で倒しきることも出来ない。) 
 問題は、堕落騎士は殺されても死なず、即座に蘇る√能力を持っている事だ。
 これまでの戦いで蘇生回数はかなり削られている筈だが、万が一にも回復役である影の騎士が倒されてしまっては、この土壇場で逆にジリ貧に追い込まれる恐れすらある。
 焦らずに耐えて、少しずつ削り続けて……機を見て、畳みかけるために。彼は、仲間の力を借りる事にした。

 フォーが携えるカスタム拳銃の銃口が、己に向けられている。
 何かの|間違い《バグ》であろうか。ロード・マグナスによる、何らかの√能力であろうか。
 いいや、違う。これこそ、彼の√能力を間違いなく発生させるための最適解。
 ――なるほど。装弾すべきものを間違っていないか、少々心配にもなりますね。
 僅かに人間らしい感想を抱きながら。彼は己の体に向けて、拳銃のトリガーを引いた。

「回避非推奨、早急的援護を|開始《スタート》。」
 ――【|広域援護機構弾《コンフェデレート・マネジメント》】

 この√能力は、弾丸の効果範囲内に即時回復効果と筋力・知覚力・反応力上昇を与えるという、強力な|強化《バフ》効果を持つ。
 問題は、それが堕落騎士が持つ【|偽りの聖剣《ファルス・ソード》】に写し取られないか、という事であった。
 しかし、その効果の対象はあくまで自身が受けた武器や√能力に対してだ。
 フォーの作戦通り、その効果は写し取られることは無く。音もなく羽織るのは電磁的光学迷彩効果を持つEOCマント。
 大橋の景色に溶け込みながら向けるサブマシンガンには、怪異を見定める隼神が如き目。装填するは、狐霊と呪詛を込めた弾丸。
(――生き、心を持つ銃器とはまた不思議な品物ですが。社長に託されたものです。間違いはないでしょう。)
 Iris、そしてshell fox。霊力を纏った流星の如き呪力弾と実弾が、光希との鍔迫り合いで膠着状態となっていた漆黒の騎士の鎧を強かに穿つ。
「――迷彩か、猪口才な……!!」
 しかし、対応など出来よう筈も無い。幾ら歴戦の英雄と雖も、黒い冒険者と影の騎士の相手で手一杯。
 隠れた狙撃手を炙り出そうと動けば、忽ちに斬り捨てられるだろう。敵の動きを読み合う、膨大な精神力と体力の削り合い。それこそが膠着状態なのだから。
 ――故に。
「――終わりに向けて、布石を打ちましょう。
 潜在的不全点を確認。脆弱性を|標記《マーキング》。」

 ――【|脆弱性顕現試行《ワン・アヘッド・リーディング》】
 放たれた一発の弾丸が。
 この膠着状態が崩れた時に突き崩すべき弱点を、露わにした。

 如何に死に体とはいえ、フォーの銃弾の嵐に呑まれても、光希と影の騎士に対して、ロード・マグナスは未だに一進一退の攻防を繰り広げている。
 その膠着状態を完全に崩し切る手を用意していたのは、小さな小さな黒猫であった。
「そろそろこの戦いも一番の山場、|最高潮《クライマックス》の時です!
 ――さあ、元気よくお届けしますよ♪」
 仄々の朗々とした宣言と共に、がくり、と。漆黒の騎士が崩れ落ちる。
 それを逃さずに振るった光希の長剣・ステラが、堕落騎士の右肩を斬り割った。

 ――【|たった1人のオーケストラ《オルケストル・ボッチ》】
 無機物を含めた対象を最大震度7相当で揺らすこの√能力の前では、二本足……まして、ダメージの積み重なった身では、立っている事すら難しいだろう。
(――強者さんですから、完全に動きを封じるのは難しいかも知れませんが。)
 足元の揺れ、己の身の揺れ、武器の揺れ。全てが揺れては、精度も何も、まともに武器を振るう事すら難しい。
 事実、√能力で黒猫の周囲の空間ごとその身を引き寄せはしたものの。
「この、畜生めが……何をしたぁぁぁぁ!!!!」
 引き寄せられた黒猫は、怒号と共に片腕一本で振るわれた刃を前に、慌てず騒がず落ち着いて。
 何故なら、黒猫の髭は挙動や風を切る音を捉えている。
「にゃんぱらり、っと!」
 仄々は手風琴を奏でながら、軽々と背面飛びでその剣を躱してみせた。
(まともに喰らったら、ぱりんと音のバリアを破られそうです。
 ――その様な力量をお持ちでいながら、理想を見失うとは……お可哀想に。)
 碧玉の目を僅かに細めて、黒猫は英雄の堕ち様を憐れんだ。
 そして憐れんだからには、やるべき事は決まっている。一刻も早く、介錯してやらねば。
 奏で続ける手風琴、そこから放たれる音弾が、怪物騎士の鎧に直撃した。
 しかし、唯の直撃ではない。そこは、鎧が最も脆弱になっているポイント……フォーが示した弱点である。
 音は響き合い、鎧に蜘蛛の巣を張ったかの様なヒビが広がり……砕け散った。
「莫迦な……馬鹿な、バカな!!??我が鎧が、砕けるなどと……!!」
 最早、鎧という身を護る術も喪失したロード・マグナスに、この戦況を覆す程の余力は残されていない。
「――ロード・マグナス。貴方は作戦を発令し、そして貴方の理想に殉じた現場の兵たちを裏切った。
 否が応にもその責任を取るべき時が来た、という事でしょう。」
 姿かたちを光学迷彩に隠したまま、フォーがククリナイフを投擲すれば。残る右腕の腱を完全に断ち切り。
「何度でも蘇る……そういう√能力には、僕も馴染みがある。
 ――簡単だ。蘇らなくなるまで、何度でも仕留めてやればいい……!」
 膠着状態から解放された光希が、すかさず二振りの竜漿兵器イグニス&ステラを銃として構え、属性弾を投射すれば。
「ぐぅ、ぅぉぉぉあああああ!!!!」
 牽制射撃ですら、最早命を奪いうる状況である。鎧を失った体に更に風穴を増やされ。
 しかし、悲しきかな。それでも死ねずにいる怪物騎士の体を相棒たる影の騎士が暗影の力で創り上げた漆黒の触手で以て、その体を拘束し。
「これで……トドメだッ!!」 
 フォーによる、正確無比に|弱点《しんぞう》を撃ち抜く一射。
 天より滝の様に降り注ぐ、仄々が奏でる音弾の洪水。
 そして、光希の双剣と、影の騎士の同時攻撃……名付けて【|双騎士連撃《デュアルナイツ・コンボ》】が、身動きも取れぬ堕落騎士の身体に叩き込まれた。
「――また、死ぬのか。世界に安寧も齎せず……聖剣も、何も手に出来ぬままに……」
 ――がらりと、漆黒の剣が手を離れ。
 腱を断たれ、上がらぬ右腕の代わりに、彼は天を仰ぎ。
 墜ちた英雄、堕落騎士『ロード・マグナス』は。吉田大橋の上に斃れた。
「また蘇ってこられるのでしょうが……しばし今は安寧を夢見られますように。」
 その最期を見届けた黒猫は、奏でるメロディを変えて。
 夜の豊川のほとりに、勇者の死を悼む鎮魂の調べが静かに響き渡るのであった。

●エピローグ
 ――おおおおおおお!!!!!!
 戦いを終え、ロード・マグナスの首級を上げた√能力者たちを迎えたのは、ダ・モンデ冒険王国の冒険者たちの大歓声であった。
 共に獣を阻止するために戦った者。護り、護られた者。後方で回復を受けて戦線離脱を免れた者。
 その誰しもが、他所から来た彼らが居なければ、冒険者たちの故郷である王国は、再起も危ぶまれる程の大打撃を受けていたであろう事を理解している。
 それ故に、感謝も一入だ。
 空腹に悩む者には『あれ食べりん』『これ食べりん』と、次々と料理が振舞われる祝宴を開く準備が進められているという情報も耳に入った筈だ。
 ロード・マグナスの手の者による冒険王国襲撃事件は、これからも続くであろう。
 しかし、今はひと時、冒険王国を守ったという達成感に身を委ね、羽を伸ばしても良いのではないだろうか。

 ――人々の止まぬ感謝と歓声と共に。
 ダ・モンデ冒険王国を巡る事件は、幕を閉じるのであった。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト