⑨猪突猛進、|志《し》のまま一直線
「来たなぁ。「|秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》」についての予知をした。今から説明はじめんぞ」
嵯峨・凌摩(rusty red・h07036)は、自らの呼びかけに応じた√能力者に対して礼を述べると、そう言って話し始めた。
「場所は神田明神だ。√妖怪百鬼夜行に存在する星詠みの悪妖「椿太夫」の予知を受けて、神田明神境内に古妖が送り込まれてきやがった」
神田明神の境内にはまだ避難の終わっていない民間人が取り残されている。そして、神田明神の御祭神の霊力によって古妖は強大化し、境内の民間人のみならず周辺地域の人々を殺戮せんとしているのだ、と凌摩は言う。
「知っての通り、この戦いの中で民間人が死ねば別の戦場で敵の戦力を増すことになる。それでなくても、何の力もねえ、何にも知らねえ民間人が殺されるのは寝覚めが悪りぃだろ」
民間人を逃がす、或いはこちらも御祭神の霊力を浴びて戦えば、古妖とも問題なく戦えるだろう。
「|皆《おまえら》と戦うことになる古妖は「赤岳丸」。人の様々な感情を操って人を鬼に変える大鬼だが、ここでは特にそう言った行動はしてこねえ。或いは向こうの星詠みに何か言い含められてんのかもしれねえが、そこまでは見えなかった」
御祭神の霊力を浴びる方法はそこまで難しいものではない。√EDENの、しかも自らの領域の中で起きた蛮行に、御祭神は人々を守るため、古妖を倒すために力を得たいと望む者には快く自らの力を貸してくれるようだ。
「……赤岳丸を、ここで討ち取れ」
何も知らねえ、戦えない奴らを殺させないためにも。
「よろしく頼む」
星詠みは、ぎこちないしぐさであなたたちに頭を下げた。
第1章 ボス戦 『赤岳丸』
「……存分に力を振るえぬ鬼とは、お互い辛い境遇だ」
ミーシャ・エン・フォーレヌス(混然の天魔、あるいは十と三つ目の魔剣・h04853)――否、その肉体を奪った魔剣フォーレヌスは、人を鬼にする力を持ちながらこの場でその力を行使できない――できないのだと、星詠みは言っていた――赤岳丸にそう皮肉めいて言うと、その異形の翼で空中に舞い上がり、耳障りな羽音を撒き散らす。美しい|天女《セレスティアル》の姿と、異形の翼。それはその姿を見た民間人たちに恐怖を与え、神田明神の敷地内から逃げ出させる。
人の子が傷つかぬ事を察知したのか、神田明神の御祭神たちからミーシャの肉体に力が流れ込んでくる。|八百万《やおよろず》の神たちにとって、外つ国の神も、悪魔もそれほど変わりない。そういった感覚があまりピンとこない魔剣フォーレヌスは自らが精神掌握した天女の肉体に流れ込んできた力に嗤う。
「√EDENの神どもは、俺にも力を寄越すのか? ……まあ、どちらでも構わん」
異形の翼をはためかせ、ミーシャの肉体は『造影魔剣:朧魔覇刃』を手にして勢いよく赤岳丸に向かって急降下していく。
「金棒と呼ぶには、随分と剣じみた形状だな?」
その言葉を紡ぎ終わるか終わらないかのうちに、朧魔覇刃は赤岳丸の身体を串刺しにする。だが、確かに肉体を傷つけているにも関わらず「相手に手傷を負わせた」感覚がない。ミーシャが民間人を避難させている間に、赤岳丸も√能力を使用していた。【国潰し】――鬼の闘気をチャージしている間に受けたダメージが、遅延して適用されるというものだ。すぐに放たれた金棒による大振りの一撃を、ミーシャの肉体は敢えて受ける。受けながら、『造影魔剣:朧魔覇刃』でもって赤岳丸の両手両足を斬り刻み、空に舞い上がって√能力を発動させる。
【|偽擬神生《ザ・レフトハンド》】。自身が受けた武器や√能力を複製し、造影魔剣を創造する力だ。その頃ようやく、赤岳丸は四肢を傷つけられたことに気づいたようだった。鬼の絶叫、咆哮があがる。御祭神の霊力をあちらも取り込んでいるからか、四肢を落としてやったつもりだったがそれは成らず、だが確かに機動力は削がれており、移動は叶わないといった様子だ。
「動けんか。お互い辛いと言ったが、正しくなかったな。醜き翼でも、羽のない芋虫よりかはマシだ。……そう思うだろう?」
頭上でそう冷たく告げる魔剣フォーレヌス。造影魔剣は赤岳丸の√能力【国潰し】を投影し、たっぷり六十秒間鬼の闘気を溜め込むと再び急降下する。
赤岳丸の剣に似た金棒を模した魔剣が、今度はミーシャの手によって赤岳丸自身に叩き込まれた――。
(明神の霊力よ、我が身に力を貸して欲しい)
|和紋《わもん》・|蜚廉《はいれん》(現世の遺骸・h07277)は、神田明神の御祭神にそう胸中で願いを告げる。
(我が拳で、社の悪鬼を打ち祓う)
斯くして蜚廉の言葉は聞き届けられる。清浄な気が、力が蜚廉の身体中に回るのを、その身でもって感じ取った蜚廉は、己の√能力【|殻劫《ツヅラ》】を発動して赤岳丸へと打ちかかった。
無論、赤岳丸も何もしない訳ではない。赤岳丸には√能力【烈風返し】が存在する。これは、敵に攻撃されてから三秒以内に金棒から斬撃の風圧で反撃することによって敵にダメージを与えるとともに受けたダメージの効果を全回復するというものだ。
――だが。
たった三秒。されど三秒。蜚廉の拳を受け、そこから金棒を振って風圧を起こすという行動が、赤岳丸には叶わない。
蜚廉の【|殻劫《ツヅラ》】は繰り返すごとに速度と威力が上がっていく殻裂転導の拳打。両目を潰し、背を自ら爆ぜさせ、腹を自壊させていても、蜚廉の拳を繰り出すその威力と速度はいや増し、赤岳丸に反撃を許さない痛打を叩き込んでゆく。
例え目が見えていなくても、蜚廉には微細な気配を拾う振動器官「潜響骨」が、空間に残る痕跡を匂いのように読み取る嗅覚器「翳嗅盤」がある。それらは決して、視界を失った蜚廉に目の前の赤岳丸の存在、形を見誤らせない。逃げ出すことさえ、赤岳丸には許されていない。
蜚廉は更なる拳打を、赤岳丸に回復の機会を与えず行うために腕すらも犠牲にするが――そもそも蜚廉にとって、腕が二本だなどといつ言ったか。
今ここにあって蜚廉の姿は人の姿を模してはいない。
その本質は虫だ。もしも地球上の動物が全て同じ大きさになったとしたら、最強が与えられるだろうと呼ばれる、虫だ。その中でも忌み嫌われるほどに生に執着し、地球外に放ってもその環境を|地球化《テラフォーミング》させるであろうと考えた者さえいる最強の存在が、蜚廉の種族だ。
普段は隠している対の二本の腕も繰り出して、その全身全霊の猛撃は赤岳丸に一切の反撃の機会を奪いながら叩き込まれ続けるのであった。
ガシャン、ガシャン、ガシャンガシャンガシャンガシャガシャガシャガシャ……!
|機神《はたがみ》・|鴉鉄《あかね》(|全身義体の独立傭兵《ロストレイヴン》・h04477)が搭乗するのは、決戦型WZ「ウェーガ」。神田明神に突然現れた巨大ロボットに、その場にいた民間人は興奮半分、恐れ半分の状態になる。
√EDENの民間人たちは、勿論WZの存在を知らない。巨大ロボットなど、お台場にある動かないものしか知らなくて、そんなものはアニメの中だけの存在だと思っている。そんな彼らにとって、神田明神を歩き回る赤鬼よりもWZ「ウェーガ」は驚くべき存在だった。
その巨大ロボットが銃弾を発射する。鴉鉄は勿論弾道計算を行い射線に巻き込まれないよう赤岳丸だけを狙っているが、人々は興奮より恐慌状態に陥る。我先にと神田明神の外へと逃げていく人々。鴉鉄の目論見とは少々異なったが、民間人が避難することには成功した。「忘れようとする力」によって、彼らは今日見たことを忘れていく。だから、何も問題はない。
弾幕によって視界を塞がれていた赤岳丸は金棒でWZ「ウェーガ」を破壊しにかかるが、鋼鉄の躯体には殆ど攻撃が通らない。そのまま鴉鉄はウェーガを操縦し、|重質量砲《マスドライバー》と|電磁投射砲《レールガン》を用いて弾丸の高速化・高威力化・長距離射撃化を行う。
「発射シークエンス、開始……|回転式原動機《エネルギータービン》、出力上昇を確認……照準補正、良し……」
鴉鉄はコックピットの中で呟きながら、WZ「ウェーガ」を【|星火降りて原野灰燼に帰す《メテオディザスター》】発射態勢へ移行する。
徹甲炸裂焼夷弾が赤岳丸へとぶちこまれる。赤岳丸の全身を貫いた弾丸は、燃え上がり赤鬼の巨体を更なる赤で焼き焦がしていくのであった。
フォー・フルード(理由なき友好者・h01293)は、赤鬼暴れる神田明神へ訪れるなり、異波共振化サポートAI「|magic trick《種も仕掛けも》」を使用する。幽霊や妖界などの怪異を解析するサポートAIは神田明神の御祭神の霊力を感知する。
(力を貸していただけるでしょうか)
簡単な|接触《コンタクト》に対し、御祭神は快く|是《イエス》の霊波を送ってくる。
(AIにも神力を貸して頂けるとは懐が深い、いえ使える物なら何でも良いのでしょうか)
そう思考するフォーであったが、神とて感情がある。この境内を荒らされ、自らの霊力を勝手に汲み上げられ、それを己らの参拝に訪れた人の子たちを害すために使われるなど、我慢がならないのだ。だから、それを妨げようとする者には、快く力を貸してくれた。
フォーは狙撃銃「WM-02」に呪詛弾を装填する。そのまま√能力【|予測演算射撃機構《セルフ・ワーキング》】を発動する。【|予測演算射撃機構《セルフ・ワーキング》】は言ってしまえば未来予測を可能とする銃撃。着弾した呪詛弾は赤岳丸の肉体を貫き、蝕む。赤岳丸とてただやられっぱなしにはならない。√能力【烈風返し】を用いて反撃に出ようとする赤岳丸であったが、その攻撃はフォーには当たらない。
【|予測演算射撃機構《セルフ・ワーキング》】による未来予測の力、さらに御祭神から得た力をフォーはI「|magic trick《種も仕掛けも》」を用いて効率的に使用している。神の助けを回避行動に運用することで、赤岳丸の斬撃を軽々と躱し、攻撃からの防御、そして敵の【烈風返し】――攻撃を命中させることで受けたダメージを回復するという能力を無効化していく。三秒間躱し続ければそれで烈風返しは不発になる。
そして、人の子を傷付けられようとした御祭神たちの怒りはフォーの放った呪詛の力をも更に高める。呪いによって赤岳丸の攻撃、否動きそのものが鈍化してきたのを見計らい、フォーは得物をサブマシンガン「Iris」とククリナイフ「debunker」に持ち替えて積極的攻撃に転化した。
「Iris」は怪異妖物からの干渉を妨げ、弾丸に霊力を付与するいける銃器。そして「debunker」は分子と分子を切り離すほどの鋭利さを持つ対戦闘機械群用のナイフである。赤岳丸の肉体を易々と切断し、抉り、そして蜂の巣にする――古妖が全ての力を使い果たして消え失せるまで、そう長い時間はかからなかった。
斯くして、神田明神に出現した古妖「赤岳丸」の討伐は、民間人一人の死者も出さずして成功した。
だが、まだ第二戦線は続いている。これは「|秋葉原荒覇吐戦《あきはばらあらはばきのいくさ》」。なればこそ、√妖怪百鬼夜行側の悪妖たちも、これだけでは終わらないだろう。
この戦争の趨勢は、√能力者たちのこれからの動きにかかっているのだ――。
