⑪万世橋駅ダンジョンヲ迷ヱ
万世橋駅。
都心と郊外を結ぶターミナル駅として計画・創業されたものの、後発の神田駅・東京駅・秋葉原駅に役目を取って代わられた上に関東大震災によって豪華だった駅舎が焼失。
存在価値を失った結果、再建後は質素な小屋にされ、そこから再興することもなく、担当省の再編と共に廃止されてその存在は路線図から抹消された。
「今はその跡地を使って商業施設やら何やらを建てているそうだが、ここに現れた古妖によって駅に戻されてしまったというのが現状だ。史跡として線路を残していたのが悪かったのかもねぇ」
そう言って倉稲・石香(取り替え子のゴーストトーカー・h01387)はくるくるとかつて万世橋駅があった辺りを指でなぞる。
「今ここは古妖の知識によって、万世橋駅のみならず古今東西の駅舎の特徴を取り込んだ迷宮———いわば『無限の駅舎迷宮』になっている」
標語は「新宿駅の100倍複雑で横浜駅の100倍未完成」。
目的地に向かうには違う路線のホームを何個も横断する必要があって、通路によっては異変を見つけなければかつて通った場所に戻され、あちこちに美味しそうな匂いが漂う多種多様なよもつへぐいの売り場があって、などかなり混沌としているという。
「古妖の目的、それは迷い込んだ一般人を蠱毒の生贄にして自分の血を継ぐ子供を誕生させることだ」
わざわざ「一般人」と石香が断言したのは、古妖が能力者達と接触したくないと考えていたからだ。
「どうも自分の実力では君達能力者に返り討ちにされてしまうと分かっているようでね、うっかり能力を見せてしまった暁には駅の中に設置したありとあらゆる設備を使って強制退場させてくるそうだ。だからそうなる前に古妖を見つけるか、逆に出てきてもらう必要がある」
その策は、無力な一般人を装って駅の中を迷うこと。
古妖が「能力者達はこの迷宮を難なく攻略してくる」と予想しているならば、あえて迷い続ければ「こいつは能力者じゃない」と誤認し、捕らえるために現れるはず、と石香は語った。
「追い出す仕掛けを作り出す知恵はあっても密接した状態から攻撃を避けられるほどの反射神経はあるまい。油断した所に奇襲をかけて、古妖をこの迷宮から逆に追い出してきてくれたまえ。よろしく頼むよ?」
第1章 ボス戦 『金星天蚕『こんじきさま』』
腰を少し曲げた老人はステッキを突きながらゆっくりと構内を歩き、時折辺りを見回して構内案内図を見つけられればそれを見に歩み寄る。
たまに携帯電話を取り出して誰かに連絡を取ろうとするが、古妖の力によって圏外にされたこの場では通じない。そしてこの動作を数分前にもやったことを思い出して口を真一文字に結びながらポケットに戻す。
次に駅員や従業員を探すが、まるで蒸発でもしてしまったかのように棚に商品はあれどその奥に人の姿はない。いるのは自分と同じ道に迷った者だけだった。
頻繁にベンチや階段などに腰を下ろして汗を拭っていた老人は最終的には疲れ切った顔をして壁際に座り込んでしまった。
「そこのお爺さま、大丈夫ですか?」
「ええ……ちょっと道に迷ってしまったようで。長らく歩き続けるのはこの老体には堪えますね」
そこにまるで蛾の羽のような着物を羽織った女性が話しかけた。
「ちなみにどこに行かれるつもりだったんですか? 私、ここに通っているので土地勘はあるのですよ」
「……道を案内してもらえますか?」
戸惑いつつも救いの神が現れたことに安堵した様子の老人へ、女性は繭糸を編んで作った縄のような物を取り出した。
「ええ、そうだ。はぐれるといけませんから……これをお爺さまの手に巻かせていただきますね」
「これはどうも、ご丁寧に……」
そう言って屈んだ女性に覆い被さるように、背後から灰色の犬が飛びついた。
「きゃっ!?」
「一般人だと思ってもらえて良かったです……ここまでくればやることはひとつ」
立ち上がった老人——— 眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)はピンと背筋を伸ばして周囲を夜の帳に似た霧で覆い隠す。
『さて、行こうか。』
そして生やした鉤爪で繭糸ごと女性の腕を引き裂いた。血に染まった腕を抑えながら女性は正信に向かって叫ぶ。
「あなた、能力者……私を謀ったのですか!」
「その糸で人を自在に操れる方に言われたくはありませんね。確かその糸を結われると飛んでくる何かに気絶させられてその間に全身を包まれて妖怪に作り変えられてしまう、そう聞きました」
考えはお見通しですよ、と微笑まれた女性は逃げようとするが正信の従者たる|犬《Orge》に脹脛を噛まれて、その場に倒れる。
そして軽快な足取りで肉薄した正信は起き上がられる前に無防備な背中へ爪をたてた。
「駅というのは不思議だな。同じ案内板を三回見たのに、結局どこへ向かえばいいのか分からん」
仮初の人の姿を取った和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は眉間に皺を寄せる。
蜚廉は矢印が信用できない。出口Aと出口A1の違いも分からない。
その結果階段を降りたらなぜか最初にいたホームに戻ってきたし、パンの匂いがしたのでそちらへ向かえば行き止まりだった。
目前に見つけた改札へ歩き出したらなぜか背後にあったトイレの前にいたのは、蜚廉のせいではなく古妖の力のせいだろう。きっと、おそらく、たぶん。
「……この動きなら、能力者には見えんだろうな」
自嘲しつつ掌の上で転がされているように歩いていると、油断と奇襲の気配が翳嗅盤に乗った。
だがここでは振り返らない。
「お兄さん、どうされました? 道にお迷いですか? さっきから同じところをぐるぐるされてますけど」
まだ振り返らない。
「もう……毛虫さん、呼んできて」
可愛らしい声と同時に気配が1つ増えたところで、蜚廉はコートの下に隠していた蟲煙袋を焚いた。
「きゃっ!」
可愛らしい悲鳴の後に咽せる声が聞こえる。二足歩行が出来る蜚蠊の本性を露わにした蜚廉は煙の流れの乱れと潜響骨で古妖とその僕の位置を掴みつつ、周囲を漂うインビジブルを六肢に集中させて発火させる。
そして燃える四肢の熱を殼突刃に移しながら踏み込み、横薙ぎに振るうと同時に斥殻紐を通した。これで場を分断することが出来たが、また跳んだり屈んだりすれば抜けられる範疇だ。
「また、能力者……! 毛虫さん、くっついて取り込んで!」
古妖が融合を指示すると周囲にある気配が増えた。
蜚廉は斥殻紐を網のように広げ、燃える四肢の炎を誘引させる。まるで蜘蛛の糸のように粘着質のある網は近づいてきていた毛虫の群れの動きを全て封じ、そのまま燃やし尽くした。
「糸を吐いてくるようなら網目を掻い潜られることもあったかもしれんが……のしかかるだけなら対処は容易だ」
その言葉で毛虫が全てやられたことを知った古妖の焦りが匂いに混じり、一瞬の隙を【焔環顕】が炙り出す。
蜚廉は甲殻籠手を握り込み、駅を模した迷宮の床ごと叩きつける重量攻撃を棒立ちになっている古妖の芯へ落とした。
煙が晴れていくのに合わせて蜚廉はゆっくりと体を起こす。陥没した床には古妖の姿はなかったが、人の物とは違う体液が凹みには溜まっていた。
「……出口は結局どこなのだろうな」
道に迷っている人を助けようとしていたフリを古妖がしていたことを思い出し、聞いておくべきだったかと思う。迷う環境を作り出した張本妖こそ、この建物への理解が1番深いはずだからだ。
「まあ、いい。迷わせてくれた礼はした」
だが適当なことを言って惑わしてくるだろうと思い直し、腰に手を当てた。古妖は一般客を招からざる来訪者ではなく、子への贄としてしか見てないのだから。
ただ古妖を倒したはずなのに仮初の駅は崩れず、元の姿へ戻る気配はない。
「もうしばらく彷徨うとするか……」
息を吐いた蜚廉は人の姿を再び形取る。
一般客がこの迷宮の中にいっぱい屯しているのは探索している時に把握している。偶然この場にいなかっただけ。
そして仮初の姿でなければ悲鳴をあげられ、化け物呼ばわりされることも分かっていた故に、このまま動き回ることを良しとはしなかったのだ。
「未来には迷ってるかもしれないけど道にはあんまり迷わないんだよね。でも仕掛けが色々あるみたいだから素直に騙されていけばいいよね」
作戦は根気強く迷う!
そんなことを胸に抱きつつ、ソーダ・イツキ(今はなき未来から・h07768)は万世橋駅の中を散策していた。
「そう言えば私の未来って街が孤立してるから鉄道の駅って使ったことがないなあ」
鉄道に乗り慣れてないから間違った駅で降りたのにそれに気づいていないふりをする。|ふり《・・》である。うん、たぶん。
ホームの番号も駅の名前も初めから違うので、文字看板を見ても肝心の目的地の名前がない。
だから違う入口に行こうと歩いていくとなぜか別の改札には辿り着いてしまう。だけど目的の場所に通ずる改札ではないと踵を返して延々ぐるぐる歩く。
途方に暮れたイツキは道中にあった自販機で水を買うためにICカードをかざす。
しかし転がり出てきたのは缶コーヒーだった。
「あれ、1つ下のやつ押しちゃったかな……?」
コーヒーの気分ではなかったのでタブは開けずにお手玉しつつ、お店が立ち並ぶエリアを進む。
その道中で蛾を思わせる着物を身につけた女性に声をかけた。
「あの、すいません。コレド室町ってところにいきたいんですけど」
「コレド室町? ああはいはい。それなら改札を出て」
「それは分かってるんですけど……ここと直結しているはずなんです。なのにないんですよ」
そう言うと女性は憐れむような視線をイツキに向けた。
「……ここは万世橋駅ですよ、コレド室町と直通してるは新日本橋駅です」
イツキは飲み込みきれずフリーズしたふりをした。
「どこからでもいいから出て、南の方にずーっと行けば着けますから。では……」
そう言って女性はイツキの元から離れていく。
「だから改札見つけても引き返してたのね……。でもさすがにこれで出て行ってくれるでしょう」
【ビリーフアンドレコード】で鋭敏になった感覚が女性の隙を炙り出す。
もしイツキを穏便に追い出したければ、言葉だけで済まさずに最寄りの改札まで連れて行って出ていくまで見送り、柵越しにどう行けばつけるか指示を出すべきだっただろう。
イツキは咄嗟に振り返り、女性の無防備な後頭部めがけて明日への扉をたたき割るハンマーを振るった。
「美味しそうな匂いは気になるけど、よもつへぐいって事は食べない方がいいのかな?」
本来いるべき場所に店員がいない弁当屋の前をノア・キャナリィ(自由な金糸雀・h01029)は足を歩いているかのようにふらふらさせながら横切る。
あの日受けた傷によって歩行がままならないノアは常に浮遊して活動している。
しかし堂々と飛んでしまったら古妖に疑われてしまうことは確実。故にノアは周りにいる一般人と同じ高さでの浮遊を維持し、飛ぶ事による有利を封じていた。
「ちゃんと地道に移動した方が冒険感あって楽しいし」
そんなことを呟きながらぶらぶらと出口に向かっていたノアは一枚の貼り紙を見つけた。
「『この先の通路では異変が発生しています、発生していた場合は引き返してください』……か」
もし異変を見抜けなかったり、異変がないのに引き返したりしたらここに戻されてしまうという但書を最初から最後まで読み切ってからノアは曲がり角を覗き込む。すると通路の途中にある消火栓からドバドバと水が漏れていた。
「なるほど、異変ってこういう」
くるりと回って引き返す。すると次は痴漢防止の啓発ポスターの目がこちらに視線を向けた。また引き返す。次は特に見つからなかったので真っ直ぐ進む。貼り紙は貼ってないから当たり。そして次。
「これは、吊り看板の文字が全部同じサイズになってます! 戻りましょう! ……あれ?」
自信を持って引き返せば、通路の壁にあの注意書きがあった。どうやら最初から同じ大きさだったらしい。
続いて行った先では、繭糸を持って手ぐすね引いて待ち構えている様子の古妖を見つけた。
『咲き乱れよ、花嵐』
花弁の刃を飛ばしてその体を切り裂く。
古妖は泡を食って逃げ出し、ノアはその後を追う。しかし最初にいなかった古妖と会うという|異変《・・》を無視した故に最初の位置に戻された。
こうしてノアの疑心暗鬼は始まった。
「ここの天井もっと低かった気がします。これは異変……あれぇー?」
「いや……今回はどこも変わってない気がします異変無し……あれぇー!?」
そもそも貼り紙の有無以外に現在地を示す物がなく、何回連続で正解すれば出られるかも分からない。そんな状況下でノアはドツボにハマるように異変に振り回された。
「向こうに渡るには……まず現在地どこ……」
そしてヤケになって挑戦し続けた結果、ノアよく分からない通路にいた。しかしここから引き返してもあの通路には戻れなかった。どうやら不思議な通路からは完全に抜け出せてしまったらしい。
「案内板……この矢印はどっちを示してるんだろう」
「階段を降りれば良いのか直進すべきなのか……」
先程√能力で攻撃してしまったために古妖も近寄ってこず、ノアは目を回しながら万世橋駅の中をぐるぐると彷徨うこととなった。
「一般人を装ってとなれば少々色々隠しながら行かないといけないかな」
そんなことを呟きながら目・魄(❄️・h00181)は壁沿いを進んでいた。
見た目からと言うのも大事かなと思う反面、この状況を楽しむために装いはお出かけぐらいラフな物にしつつ、溢れそうな妖気は氷界で調整して隠していた。
「迷子になればいいのかな。それなら……」
そもそもこれだけ迷宮になっているならそうやすやす抜けられもしないだろうしと、探索の様に色々遠回りしながら壁伝いに進んでいるようにしつつも、左右時折間違える様に———勿論、自然を装って道を間違えながら古妖の気配の位置を探して歩く。
だがあちらも度重なる能力者の襲撃にあったことで警戒しているのか、中々尻尾を出さない。
「ゲド頼んだよ」
そこで魄は使役妖怪であるゲドを何匹か放つ。ゲド達は一般道だけでなく雨水を通すための管や一般人は立ち入り禁止になっている区画へ潜り込んでいった。
そしてまたしばらくあてもなく散策していれば頭めがけて1匹のゲドが落ちてきた。
見事に着地したゲドのカエルのような鳴き声から情報を受け取った魄は一般人を装うために棒読みながらも驚きの声をあげて慌てて頭をかき、後退る。
こういう対応を取られるとあらかじめ共有されていたゲドは嘆きも怒りもせずそそくさと古妖が避難先として使えそうな別の場所がないか再び探索に出て行った。
そうして魄は伝えられた場所に真っ直ぐ向かい、扉を開け放つ。そこには金色に光る粉で彩られた一室で、呑気に食事をしている古妖の姿があった。
「美味しそうな物を食べてるね? 時間をかけたかいがあったかい?」
この万世橋駅に出ていたテナントの品であることを一瞥しただけで見抜いた魄は冷気で空気中の水分を凍らせ、棒手裏剣を作り出す。
「待たせたね、存分にやり合おうか」
「な、なんで、それだけの妖力があったら気付けるはず」
「だって妖力を垂れ流していたら逃げてしまうだろう?」
食べていたよもつへぐいを投げ出すように置いて逃げようとした古妖めがけて、大量の棒手裏剣を間髪入れず打ち込んでいく。
氷柱の雨霰は古妖が苦し紛れに転移させた人間を綺麗に避け、古妖の逃げ道を先んじて潰していく。
「標本にしようか」
そして縫い付ける様に古妖の関節を狙い、壁に磔にした。
「ひ、ひぃ……」
氷の冷気による寒さか、これから狩られてしまうという恐怖からか、古妖は震え出す。
「人に迷惑をかけるのは、遠慮なく伐倒対象だよ」
まな板の上の鯉になった古妖へそう優しく語りかけながら魄は小手斧の刃を軽く手で叩く。
すると棒手裏剣の刺さっている箇所を中心にして氷が広がっていき、古妖は悲鳴を上げる間もなく氷漬けにされた。
そして大きく振りかぶって斧を叩き込めば、氷塊は古妖ごと粉々に砕け散って金色の粉に負けないほどの煌めきを放った。
