⑰船吹き飛ぶ非常事態〜マガツヘビ討ち滅ぼすべし〜
NREG秋葉原ビル。
秋葉原の電気街に位置し、メロンブックスやコトブキヤショップのある建物の裏手にあるごくふつうの賃貸オフィスビルである。
「ゲームの会社やらプログラマーの会社、ビルの清掃業務とかを請け負っている会社が入っていたそうなんだがね、そこら一帯がマガツヘビによってぶっ壊された」
そう語る倉稲・石香(取り替え子のゴーストトーカー・h01387)の顔は真剣そのものだった。
それもそのはず、マガツヘビとは無限とも称される妖力を備えた、あらゆる妖怪に危険視される超強大な古妖。およそ半年前に能力者と古妖の連合軍によって封印し直したはずのそれが、禍津鬼荒覇吐の手によって復活してしまったのだから。
「まあ、封印の儀を行ったのは禍津鬼荒覇吐を始めとする古妖だ、やり方を知ってるならば解くのも容易であろうよ。……だから古妖は信用ならんのだ」
ぶつぶつと愚痴をこぼす石香である。
ただこの事態に神田明神や旧万世橋駅で屯していた古妖達は泡を食って電気街へ向かい出したという。
「全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし」
この掟はいつだって妖達の心に根付いているのである。
ただ当のマガツヘビの様子はおかしく、王劍を探しにいくでもなく、禍津鬼荒覇吐に助力するでもなく、何かに怯える素振りを見せて秋葉原の中心地から離れているのである。
「何を考えているのか皆目検討もつかんが……とにかく、マガツヘビは爆心地に空けた大穴から他の√へ逃げ出そうとしている」
自分から√EDENから去ろうとしているのはままよいが、その出奔先で暴れられたら元も子もない。
故に、マガツヘビが大穴に飛び込む前に封印し直さなければならない。それが現在の状況である。
「まだ大穴は開き切っておらず、マガツヘビは全力で掘削作業を続けている。前回は頭の足りなさをちょっと挑発してやればブチギレて止まったが、今回は小言など知ったことではないという態度でひたすらに土と向き合っている」
すでに到着した古妖達による攻撃及び口撃は始まっているものの、完全に無視されているという。
「先の戦いで分かっているとは思うが、我々と古妖が束になっても気絶させるのが精一杯だった。だがあの時と違ってマガツヘビは我々と争う気はない。どれだけ攻撃しようと掘削の手を止めてこちらに殴りかかってくることはない。普通の足止めでは効かないことを重点に動いてくれ」
そう言って石香は立ち上がり、事務所の扉を開け放つ。
「さあ、話はおしまいだ。早く行きたまえ!」
第1章 ボス戦 『マガツヘビ』
「俺も妖怪だからね、掟は知ってるよ」
ガゴゼの末裔である人妖———永雲・以早道(明日に手を伸ばす・h00788)は大穴が開けられたビルの土台を一心不乱に掻くマガツヘビの背中を見ていた。
星詠みの言っていた通り、その周囲には先んじて駆けつけていた古妖達による総攻撃が叩き込まれている。しかし全く効いていないのか、その痛みよりも他√に渡ることを優先しているのか、手を握りしめて周りに叩き込む素振りすら見せなかった。
「そう言うわけで石蕗中将、一緒に戦ってくれないかな」
「掟を知っているなら話が早い。だが」
石蕗中将は以早道の姿を一瞥し、眉を顰める。
古妖も能力者も、見た目で侮ってはならないことは重々承知している。しかし以早道の発する気弱な雰囲気がどうしても引っかかったのだろう。
だが剣の道を究め、本当の勇気を手に入れるためにへこたれながらも日々努力している以早道は真っ向から見つめ返した。
「角はないけど俺も鬼なんだ。俺の覚悟を受け取ってくれないか」
以早道の欠落、それは「鬼である」ということこと。いまだに無自覚ではあるが、人を驚かすこと、怖がらせることができないのはそのせいである。
しかし一度覚悟を決めれば、一瞬その姿を呼び起こすことができた。
以早道の体に被って見えた剃髪の鬼の姿に石蕗中将は幻影を見せられたかと目を擦る。そうすれば鬼の姿は消えていた。
見間違いだったかもしれない、だが一瞬でもそれを見せた人妖の気概を一笑に付すことは出来なかった。
「……その覚悟、受け取ろうではないか」
そんな時、前線から悲鳴が聞こえてきた。削られて落ちていたマガツヘビの断片が小型のマガツヘビとなって反撃してきたのだ。
「今だけは退けないからね、命を賭ける! 石蕗中将、よろしくお願いします!」
「合点承知!」
石蕗中将は式神鬼を呼び出し、行く手を阻もうとする小型マガツヘビを取り押さえる。
その背後を以早道が全力で駆け抜けていく中、マガツヘビ本体の背中から黒い炎が上がった。
あの炎は【マガツサバキ】の合図。硬い地層に当たったのか、流石に周囲が煩わしくなったのか、その真意は分からない。
しかし鬼の覚悟を決めていた以早道は命がけで炎の充填のために動きを止めたマガツヘビの下を通り抜けて正面に回り込む。
『ガゴゼの力、見せてやる!』
そして大上段の構えから黒鉄丸を一切の躊躇なく振り下ろした。
「あーもう! くおんに注目しなさいよー!!」
甘雷のカンテラから飛んだ光球が炸裂し、桃色の吸着磁力が戦場一帯を満たす。その強烈な磁力によって近隣に転がっていた金属製のありとあらゆる物体が四方八方から飛んでくるが、マガツヘビの強靭な体の前には大した障害になっていない。
だが雷棘が散り、その輝きが黒光りする殻に触れるたび、自らの筋力も速度も跳ね上がっていくのを和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は感じ取っていた。
「逃がす気はない」
潜響骨が地鳴りの歪みを拾い、翳嗅盤がマガツヘビが大穴へと身を沈めようとする気配の“動き出す瞬間”を嗅ぎ取る。
「今だ」
走り出しながら斥殻紐を射出すれば、雷の加速を帯びた紐が地を滑り、マガツヘビの巨体へ巻き付く。
「あ、虫さん!」
「遊ぶのは後だ、『全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし』だろう?」
「そんなの分かってるわよ!」
軽口を叩きながらも蜚廉は紐や筋繊維が千切られないよう【原闘機構】で筋力を極限まで強化し、踏ん張り、全身で引き止める。
だがマガツヘビが身動ぐ度に殻は悲鳴を上げる。それに抗うために歯を食いしばらせる中、マガツヘビの目がこちらを捉えた。
「———【マガツカイナ】だ」
腕が振り上がる気配を感じ取った潜響骨の警告と翳嗅盤の鋭い線が、マガツヘビが辿るであろう軌道を明確に描く。
それに沿うように蜚廉は右手を前に出した。
『穢れに染まりし掌にて、触れし力よ、我を嫌え。』
大量の電化製品と禍々しい覇気を纏ったマガツヘビの右腕が蜚廉を捉える。
正面から受け止めた右手は霊的汚染を生み出すエネルギーを霧散させるが、その重量や圧が蜚廉の足元を砕きながら埋めていく。
衝撃が殻を震わす。九音がばら撒いた甘雷の加速がその痛みを押し流していくが、流れたそばから新しい痛みが加わっていく。
舌打ちしたマガツヘビは溜めを作らず、左手を無造作に振るって蜚廉の側面を叩き飛ばす。
まるでゴルフボールを載せられていたピンのように地面から飛ばされた蜚廉は宙を何回転も舞わせられながらも総武線の高架にぴったり両脚を合わせる。
そして強化した筋力と重量を拳に込めながら、電磁の加速力を溜めた脚で壁を蹴った。
殴り抜く軌道は、雷によって引かれた一本の導線。
貫くべき場所へ最短距離で到達した蜚廉は衝撃をマガツヘビの芯まで叩き込んだ。
「……大人しく壁にめり込んでおけばいいものを」
「ふっ、しぶとさには自負があるのでね」
目を細めたマガツヘビは頭を振り、蜚廉の体を払う。
その先にはやけになって上の方を見ていなかった九音がいて、周りが急に暗くなったと思った時にはもう手遅れだった。
「ぐえっ!?」
磁力の供給が無くなったことでマガツヘビの体からボロボロと金属片が落ちていく。
「にゃ! キラキラにゃ!」
その輝きに猫又の古妖であるアズキは攻撃もそこそこに飛びつきにいった。
「ちょっと、掟はどうしたの!?」
あまりに無邪気な様子にイリス・ローラ(支配魔術士見習い・h08895)は面食らって叫ぶと、これだけの戦闘に巻き込まれてもなお電球がピカピカ光り続けている看板に抱きついたアズキは目を丸くした。
「あ、道に迷ってたと思ったらいなくなった奴にゃ」
「……確かにいなくなったけど」
「どこいってたにゃ。ガラスがパリーンって割れてそれどころじゃにゃくにゃったけど、どこに隠れてたにゃ」
どうやっていなくなったのか、はこの一件が終わったらまた敵対する間柄では説明できない。だから簡単に興味が移る申し出をした。
「後でキラキラした物を好きなだけ買ってあげるから協力してね」
「にゃにすればいいにゃ!」
あっさり釣れたアズキへイリスは支配の魔力を凝縮して実体化させた物質を蛇骨を模した漆黒の蛇腹剣に形成しながら指示を出す。
「とりあえず【キラキラしっぽ】でマガツヘビの動きを止めてほしいかな」
「分かったにゃ!」
そう答えたアズキの2本の尾はキラキラに輝きながら伸び縮みし出し、地面を掘り出そうとするマガツヘビの腕を拘束した。
「猫又が、邪魔だああああああ!!」
「にゃあああああ!!」
ぶんぶんと振り回され、アズキの小さな体が宙を舞う。しかし千切れることはなくまるでお餅かゴムのようにどんどん伸びていき、秋葉原の街のあちこちに引っ掛かっていく。
そうして即席のイルミネーションが通りに出来上がる頃には、マガツヘビは自由に腕を振るうことが出来なくなっていた。
「この……しゃらくせぇ……!!」
電線からぶら下がっている格好で目を回しているアズキを尻目にイリスは蛇腹剣を振るう。
『これがあなたに最期をもたらす武器だよ』
分裂しながら鞭のように伸びていった幾重もの切先がマガツヘビの体を穿つ。
体躯と比べればどれもこれも小さな傷痕だが、刃を作り出した魔力はマガツヘビに確かに注ぎ込まれた。
「あ、頭が、いてぇ……! お前ら、俺に、何をしやがったぁ!!」
「自己崩壊にはまだ時間がかかりそうね……」
減らず口を叩ける余裕がまだあることに辟易するイリスの後ろで、マガツヘビが暴れることで体を思いっきり引っ張られた痛みで目覚めたアズキの悲鳴が聞こえてきた。
「でかい奴等の戦いは、何時だって周りが被害を被る。建物もそうだけど、盛大に暴れてるな」
アズキの尻尾が幾重にも張れてしまうほどの突起は残っているが、それでもNREG秋葉原ビルを始めとする周辺の構造物は穴が空いてたり半分抉り取られていたりと無惨な有様であった。
氷の鬼の力を露わにした目・魄(❄️・h00181)は周りを見回して大きな白いため息をつきながらも嬉々としてマガツヘビと対峙しに、瓦礫が転がる足元を軽々と駆けていく。
その最中、雨ではない水滴が魄の頬を叩いた。
視線を横に向ければ、さっきまで建物の影に隠れて見えてなかった巨大な水神の姿があった。
「古妖との共闘は久しいな。大きい奴には大きい奴をぶつけるに限る」
胡散臭げな笑みを浮かべ、魄はマガツヘビが弾いた水の塊を空中で凍らせて、それを足場にして水神の耳元にまで駆け上がる。
「ぐっ……アズキももうちょっと耐えるということをせんか」
「おい」
「なんだ!」
「無理に押し流そうとしなくていい。呪殺の水の力を持ってすれば【マガツカイナ】は封じれるのだろう?」
「無論、我を誰だと思っている!」
「なら邪魔に徹してくれ、後は私がやる」
びしょ濡れになったマガツヘビが振るった剛腕に飛ばされてきたコンクリートの塊を見て、魄は水神の背を蹴って避ける。
そして地面に降りるとアスファルトにめり込むほど踏み込んでいる脚に氷結のブレスを吐きかけた。
マガツヘビの脚があっという間に半透明な氷に覆われる。しかしマガツヘビは氷の下にあるアスファルトを砕くことで氷の形は維持したまま脚を引っこ抜き、一歩前へ踏み出した。
「なるほど……水神よ足元に膨大な水流を頼む」
「ちっ、神遣いが荒いな貴様は!」
口では文句を言いつつもマガツヘビを討ち滅さんと集まった妖怪のよしみから水神はマガツヘビの足元に即席の川を作り出す。
水はどんどん他√に進むための穴の中に溜まっていく。だが水の神を名乗るだけあって、留まる気配はない。
流されてしまう前に作り出した氷の板に乗った魄は角を縮めながら強烈な氷のブレスを吐きかけた。
すると水の流れは完全に止まり、マガツヘビの馬鹿力でも抜けない氷の層が出来上がった。
「峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨! うぜぇうぜぇうぜぇ!! 全然割れやしねぇ!!!」
「小さな頭で俺達を吹っ飛ばしてから掘るよりも無視して掘った方が速いと踏んだようだが……残念だったな、何処へもいかせない。此処で俺達と遊ぼうじゃないか」
魄は氷で作り出した得物を手にマガツヘビの周りを駆け回り、楽しそうに脚や腰の辺りに突き刺していく。
「テメェら……いい加減にしやがれよ!」
そうしてついにマガツヘビの意識の一番手が穴掘りから周囲の能力者と古妖に向けられた。
「盛大に歓迎するよ。俺達から逃げられると思わない事だよ」
即刻の√移動が出来なくなろうとも、魄も古妖も攻撃の手を緩めることはなくマガツヘビの体を削いでいく。
「テメェら……後悔するぞ、今俺相手に油を売ってることをよぉ!!」
自分が禍津鬼荒覇吐に恐れをなしたことを隠したいのか、マガツヘビは匂わせる程度の減らず口を叩く。だが魄は鼻で笑うと、水神が作り出した水の塊をすぐさま凍らせて大きく開かれていたマガツヘビの口に突っ込ませた。
「まあ、逃がさないから……俺も古妖もだ」
