シナリオ

⑰狸の鼓と黒蛇と。外濠通り挟撃戦

#√妖怪百鬼夜行 #秋葉原荒覇吐戦 #秋葉原荒覇吐戦⑰ #11月25日(火)08時31分より受付を開始します

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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

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(毎日16時更新)

 ――ふん、マガツヘビめ。斯様な乱戦の最中、逃げの一手を打とうとは。
 実に面白く無さそうに鼻を鳴らし。『古妖』の名を背負った老将は、聖橋と名付けられたアーチ橋より湯島聖堂から飛び出した黒蛇の姿を見下ろしていた。
 都道405号線、神田川を見下ろす外濠通りから目的地に向かって逃げようというのだろうか。
 黒々としたその背中は、聖橋から様子を窺う古狸……隠神刑部の目にもしかと映っている。
「然し、思い切って爆破してから退散しようとは。思惑の割に、随分と派手に動いてくれたものよ。お陰で貴様の目論見が明るみに出た。
 流石は矮小なる頭脳の持ち主と謳われただけはある。」
 四国は八百八狸の総帥たるこの狸、強力な神通力と巧みな化け術を操り、事件の裏で暗躍する事を良しとするが。
 その一方で、√EDENに伝わる物語として、かつてはひとと共に戦い、伊予松山城の城主を務めたという『将』としての経歴を持つ古妖でもある。
 ただ『逃げるため』、考えなしに無辜の一企業のオフィスを爆破して他の√への逃げ道を作ったマガツヘビの動きはさぞや滑稽に映った事であろう。
 事は最後の最後まで内に秘めておかねば、こうして露見して付け入る隙となるのだから。
 ――しかし、だ。
「さて、誠に業腹ではあるが、彼奴の馬鹿力は筋金入り故な。儂ひとりでは如何ともし難いのも事実。」
 将が彼我の戦力差を判らぬ筈も無い。『無限の妖力』と謳われたその力も、今となっては何処までが真実かはわからぬが。
 それでも古妖一匹ばかりでは敵わぬ事は目に見えている。
 古狸は、ぽんと腹鼓を打つと、配下の狸を呼び出して。
「儂は之より、|聖橋《此処》からマガツヘビめの背を襲う。
 貴殿らには『掟』に従い、昌平橋よりあの黒蛇めの強襲を請う。
 ――そう、伝えて参れ。この戦いには、彼奴らの力が要る。」
 かつて仙台藩が開削した外濠より、主命を帯びた伊予狸の伝令が駆け出してゆく。


「――と、いう訳にゃ!」
 隠神刑部からの伝令を受け取った半人半妖の子猫、星詠みである瀬堀・秋沙は。
 居並ぶ√能力者たちに、かの古狸からの協力要請を伝えた。
 ――聖橋と昌平橋からの挟撃。
 外濠通りを下り、爆破したカヤックアキバスタジオに開けた大穴へと逃走せんとするマガツヘビを封じ込めるには、絶好の提案であろう。
「ただ、高台の聖橋方面は隠神刑部が取ってるんだけどにゃ!此方はマガツヘビに高台を取られている状態にゃ!」
 恐らくは全力で逃走中の黒蛇が勢いをつけて、外濠通りの急坂を下ってくる事であろう。
 昌平橋から攻め寄せる√能力者たちは、隠神刑部に背後から攻撃を受け追い立てられたマガツヘビを受け止めねばならない。
 ――あの古狸。それ程までに√能力者の戦力を信頼しているという事であろうが……損得を考えた戦略眼は外さぬあたり、流石に抜け目ない。
 とはいえこの逃走を許せばマガツヘビが他√で暴れ回り、戦禍を広げていく事は想像に難くない。
 大妖『|禍津鬼荒覇吐《まがつおにあらはばき》』が引き起こした戦争も、既に佳境。
 √能力者たちの側からしても、此処でマガツヘビを討ち取り、後顧の憂いなくこの『宴』を締め括りたい筈だ。
「隠神刑部も協力を要請している側だから、余程旨味がないと判断しない限り、此方側の指示にも従う筈にゃ!坂の上は譲らないみたいだけどにゃ!
 上手く協力して、マガツヘビを斃してほしいにゃ!」
 皆の無事を祈って、灯台の様な笑顔をぺっかり輝かせ。
 星詠みの子猫は戦地へ向かう√能力者たちの背中を見送った。

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第1章 ボス戦 『マガツヘビ』


「糞糞糞、糞餓鬼がぁ!!!!逃げる奴の背中を狙ってくるとは手前ェ、誇りってのは無ぇのか糞野郎!!!!」
 外濠通りに飛び出したマガツヘビが、自分の無様を棚に上げて怒声を発した。
 その足元に転がるのは、湯島聖堂の築地塀の上に葺かれていた、黒い瓦。出合い頭に悪しき神通力を込めたコレが、その頭に直撃したのである。
「水は低きに流れるもの、貴様がその様に動くのも想定通りよ。しかし、誇り、のう。
 その敵に、むざむざと背を向けて逃げようという者の言う事か。笑わせるでないわ。」
 聖橋と都道405号は立体的に交差しており、接続は階段によってのみ行われる。
 古狸は腹鼓を打ち鳴らしながら橋より飛び降り、かろりと一本歯の下駄を鳴らしてマガツヘビの背後を取った。
「五月蠅ぇ、糞野郎!!!!笑いてぇなら勝手に笑ってやがれ!!!!
 こっちはさっさと逃げなきゃならねぇんだ!!!!あの糞ヤベェ神力に巻き込まれねぇ内に!!!!」
 あのマガツヘビが交戦よりも逃走を選び、更に惜しげも無く曝す言葉に。どの様な事態が湯島聖堂内で起ころうとしているのかを測りかね、将は眉根を顰めた。
(――……神力?荒覇吐の奴め、まだ何か隠しておったな?)
 然し、この戦争も終わりが見えたところである。荒覇吐童子が何を目論み、何と成り。そして……どの様に散るのか。
 それはこの黒蛇を斃してからでも得られる情報であろう。
「さて。呑気に儂と問答して居る内に、我が策は成ったぞ。」
 そうして古狸の目に飛び込んできたのは、各々の得物を携え、マガツヘビを討たんと昌平橋から攻め寄せてくる√能力者たちの姿だ。
(――ふん。面白く無いが……思いの外、素早い。この疾さに、荒覇吐は敗北するのであろう。
 数多の√より簒奪者たちが集まった、この『宴』。それを彼奴らめが制しつつあるのも、頷けるというものだ。)
 決して口に出す事はあるまいが、内心でEDENを称賛しつつ。
 挟撃を盤石のものとすべく配下の八百八狸を放ち、聖橋方面の都道405号を封鎖した。
「――覚悟せよ、マガツヘビ。
 伊予松山が城主、隠神刑部。『掟』に従い……その命、貰い受ける。」
御岳山・大真
七槻・早紀
レア・マーテル

 都道405号……外堀通りの急坂を逃げ出そうとしたものの。
 古妖たる古狸・隠神刑部その出鼻を挫かれた災厄の黒蛇・マガツヘビ。
 坂を見上げれば、聖橋より飛び降りた古狸。そして、奴との問答にこれ以上付き合っている訳にはいくまいと、坂下に禍々しく輝く眼を向けてみれば。
「――糞糞糞ッ!!!!手前ぇがつまらねぇちょっかいを掛けて来なけりゃ、今頃俺は!!!!」
 昌平橋の袂より複数の√能力者たちが攻め上がり、封鎖せんと動いている姿が見て取れた。
 ――挟撃。
 道と地形を利用した、あまりにも簡単な策。黒蛇は、それに己が掛かった事をその矮小な頭脳で理解せざるを得なかった。
「ふん、莫迦奴が。貴様を逃がさず屠る為に、そのつまらぬ手を出したのだ。
 ――一時にでも我が声に対して足を止める事を選んだのは、外ならぬ|汝《うぬ》であろう。罵声は、鏡の中の愚かなる己にでも向けるが良い。」
 かろり、かろり。一本歯の下駄を鳴らしながら包囲網を狭めんと迫る古狸と、坂下から迫る√能力者たちを黒蛇は交互に見比べて。
「――迷っている時間はねぇ!!!!糞弱ぇ奴等が守って、逃げ道に近い方を選ぶに決まってるだろうが!!!!」
 坂下に向けて、マガツヘビは逃走を再開した。その姿を見て、狸はふん、と鼻を鳴らす。
 それはまさに、己の頭に描いた絵の通りであったからだ。
(やはり、矮小たる頭脳の貴様には……いや、一騎当千たる貴様だからこそ、わかるまい。
 ――今この時に於いては。奴らの方が、この儂よりも強い。)


 ――マガツヘビが逃走を開始するより、僅かに前。
 この『宴』の緒戦を飾り、水深600mの|奇妙建築《トマソン》を巡る数々の戦の舞台となった、万世橋。
 この一本上流側に当たる昌平橋に、先行した3人の√能力者たちは降り立っていた。
「ほほう、古狸が手を貸すか……。かのマガツヘビを屠るのなら、納得か……。であれば、わしも出ようかのう……。」
 |御岳山・大真《みたけやま・おおま》(怪異噛み・h07482)は翡翠の如く輝く、己が妖力で創り上げた四肢で以て、アスファルトの路面を踏み締めた。
 獣妖『戌神』たる彼は、元はただの戌であった。嘗ては磐田や駒ケ根に伝わる霊犬の如く怪異を狩っていたが、とある大妖と対峙した際に呪詛に蝕まれ、己の首を嚙み千切る事で戌神と成った存在である。
 元は畜生、されど今は己の祠を持ち、祀られ。神の一柱にも近しい神気を持つ獣妖。
 若かりし頃の如く、かのマガツヘビめの首を噛み千切らんと、戌用に設えた大鎧の草摺をかしゃりと鳴らし。
 その威風堂々たる脚を以て、戦場に向けて一歩、踏み出した。
「おじいちゃん、そっち行ったら上野ッス。不忍池ッス。違うところに行っちゃうッスよー。」
 ――が。
 赤髪の少女に呼び止められ、いかん、いかんと外濠通りの急坂を見上げた。
 この通り、若い顔立ちの割に、時々物忘れもあるくらいの呆けっぷりを見せる事がある。
 |七槻・早紀《ななつき・さき》(路地裏バッドガール・h03535)に止められていなかったら、一体何処へ行っていたやら。
 そんな大真の姿に、ふぅ、と一息吐くと。早紀は、己と、そして仲間たちにも確認を取る様に作戦の大要を今一度確認する。
「逃げる相手を押し留め、そのままボコすと。足止めに古妖サマの幻惑は積極的にアテにできそうッス。」
 いざ戦いとなれば有り物を巧みに利用し、力任せの戦いを得意とする彼女ではあるが。星詠みの一人としても、作戦を成功に導く優秀な戦術眼を持つ。
 今、彼女たちの手にある強力なカードの一枚が、幻術や集団戦術を得意とする隠神刑部だ。これを活かし切らぬ手はない。
「古妖の掟も健在ならば、挟撃による共闘をしない手もないですね。」
 そう。そしてこの場にはもう一人、星詠みがいる。 それも、戦術からPR会社の社長秘書、そいて伴侶まで熟す万能メイド、レア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の|万能神官冥土秘書《スーパーエリートメイド》・h04368)が。
 義理の子供たちが好き放題に暗躍する中、それが会社の運営に影響を及ぼさぬ様手綱を握り、更には秘書業務までも万全に熟すという、人知を超えたスケジュール管理能力を誇る女傑である。
 実際、人の形をしているものの、その正体は人知を超えた古の大災厄……所謂『人間災厄』なのだが。今はこの話は置いておこう。
 戦術眼に優れた星詠みが2人も居れば、作戦の再確認も早い。
「とはいえそれだけじゃ足りないッスね。こっちも足元を崩す手段を考えるッスよ。」
 そして、棒付きキャンディを舌の上で転がし、与えられた手札を見ながらも。
 早紀には一切の油断の欠片も無く、更なる打つべき手に思考を巡らせている。
 『掟』の真実が明かされた今、真に『無限の妖力』を持つかは怪しいが。そう信じられ続けただけの実力を誇るマガツヘビが相手だ。万全に万全を期す慎重さも必要であろう。
 ――それにしても、と。
 レアは闇の如く黒く、光の無い瞳で坂上のマガツヘビを見遣り、くすくすと淑やかに含み笑いを零す。
「ふふふ。マガツヘビさんは、逃げるのだけは凄く上手くなったようですね。
 あんなに必死に逃げている姿を見ると、記念に型だけでも取っておきたくなるというものです。」
 彼女なりの冗句であろうか。いや、本心でもあるだろう。マガツヘビには湯島聖堂から遠ざかり、別√に逃げたくもなるであろう理由を、彼女たちは知っている。
「ははっ、違いないッスね。とはいえ、その本懐を遂げさせちゃマズい訳で。」
「うむ。他の√に生きる無辜の民草を護る為にも、決して逃がしてはならぬ。
 ――『全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし』……。
 ……我らが『掟』を果たさねばならぬ。この老骨の牙も、役に立つじゃろうて。」
 先ほどの呆けた様子は何処へやら。翡翠の如き瞳に、強く確固たる意志を宿し。戌神も怨敵たる黒蛇の姿を見上げている。
「それでは、参りましょうか。」
 レアの言葉と共に。2人と1匹からなるパーティーが、開戦の狼煙を上げた。


「――ふん、漸く来たか。一番槍は儂が貰ぉてしまったわ。」
 実際には、想定よりもEDENが遥かに早く動いたからこそ、先手を取る事が出来たのだが。
 その内心の称賛は押し隠しつつ。隠神刑部は坂下より迫る彼等を一目見て、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ほっほ。まあ、そう言うでない……。遅参じゃというならば、その遅れを取り戻してしんぜよう。
 ――天の尾が 断ち切りし焔の 熾火が降り立つは 三つなる岩戸……。」
 好々爺たる戌神は、古狸の憎まれ口を呵々と笑い飛ばし。そして坂を駆け下るマガツヘビの姿に、漆黒の瞼を細め。妖力から成る身に、更なる力を降ろす祝詞を唱える。
 力ある言葉をその身に請けて。彼の瞳の如く輝く翡翠の四肢、そして彼にとって唯一の肉体である頭が見る見る内に大きく巨きく変異して。
 ――ずん。
 一歩、歩み出せば、その妖力の『重さ』に大地が揺れた。
 其処に居たのは、雄々しく大地を踏み締める、一頭の大狼。

 ――【|威祓《タケフツ》】

「大狼へと転じようとも、在るのは首のみ……。だが、荒神屠りの牙は在り。」
 漆黒の毛皮に覆われた口元に、ぱちりと弾ける碧雷。
 しかし、巨大化した程度でマガツヘビが恐れ戦く事は無い。今の黒蛇が恐れるのは、主が引き起こさんとする更なる『狂宴』、それだけだ。
「糞デカくなっただけだろうが!!!!その程度、どうとでもなるだろうがよ、糞餓鬼がぁぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁああああ!!!?」
 だが、その狭い視野が仇となった。吼えた黒蛇の声が、尻上がりに上擦ってゆく。
「小細工に過ぎないッスけど、ちゃぁんと足元を見て走らないと危ないッスよー。」
 先に語った通り、有り物を活用して巧みに立ち回るのも、早紀の持ち味だ。
 さて、繁華街の有り物といえば。そう、ゴミである。秋葉原一帯は千代田区の生活環境条例により、環境美化・浄化推進モデル地区に指定されているが、それでもやはりゴミは出る。
 スプレー缶に空き缶、その他足元に悪そうなゴミ……これを念動力も総動員して、ありったけマガツヘビの足元にぶち撒けたのだ。
 その巨体で踏み潰すのだって想定通り。あくまでこれは、『小細工』なのだから。
 それでも、足場を僅かにでも悪くする事で少しでもマガツヘビの力に於ける優位を切り崩そうと試みたのである。
 その成果が、僅かに体勢を崩すという形で現れた。
 坂を下る勢いを緩めたい、しかし、緩められない。足元の踏ん張りが効かないからだ。
「さぁ、マガツヘビさん、その勢いのままに進んで下さいな。」
 そして、その先に待ち受けるのは、酷薄に微笑むレア。彼女の足元に広がる影が、一つ。波紋を打ったかの様に揺れて。
 ――ぞわり。ざわり。
 無数の異形の手が飛び出して、マガツヘビの脚に絡み付き、ツタの如く広がって。
 勢い付き過ぎた黒蛇の肉体に、強引に急制動をかける。
「なんっ、だ!こりゃぁぁぁぁ!!!?糞馬鹿野郎、急に止めるんじゃ……がぁぁぁぁぁ!!!?」
 コントロールを喪っていたマガツヘビは、この急ブレーキに耐えきれず。アスファルトの路面に強かに顎を打ち付けて、停止した。
 ――いいや。
 絡み付いた腕が、僅かばかりにではあるが、少しずつ。レアの足元の影へと引っ張って行こうとしているではないか。
「あちらの大穴になど行かずにこちらの穴は如何です?
 貴方の大好きな故郷とも呼べる、黄泉路に至れるかもしれませんよ?」

 ――【|四裔の大口《シエイノオオグチ》】

 群がる異形の手を以て相手を拘束し、微弱なダメージを与え続ける√能力である。
 条件を満たせば、必殺の効力を発揮するが……体力はまだまだ万全のマガツヘビには、難しい。
 然し、拘束が成ったならば。今はそれだけで十分なのである。
「糞 が あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ! ! ! !」
 この腕があっては、逃げる時間が奪われてしまう。群がる腕を振り払わんと、黒蛇は焦りと共にその剛腕を振るわんとするが。
「そうはさせぬよ。」
 翡翠に輝く巨大な前脚が、その腕を難なく受け止める。
 大真の身を碧雷の息吹を吐く大狼へと転ずる、この√能力。その効果は、ありとあらゆる外部の干渉を遮断する。そう、『無敵』をその身に与えるのだ。
 一度無効化の効果を発揮するごとに彼の身を構成する妖力を大量消費するため、手数から来る対象には弱いが。一撃の重みに重点を置いたマガツヘビには、甚だ相性が良い。
「――『怪異噛み』の牙。……喰らうがいい。」
 ――ぅおぉぉぉぉぉぉん……!!!!
 咆哮とともに至近距離から放たれる、碧雷の息吹。マガツヘビの強固な漆黒の鱗が微かに灼け焦げ。追撃に碧雷を帯びた牙を突き立てんとするが、これは鱗に阻まれた。
(――……まだ、貫通するには足りないか。流石、掟で総力をあげよと謳われるだけはあるのう。)
 元より無類のタフネスを誇る黒蛇である。この程度で戦局を左右する様な傷を与えられるとは、大真も考えてはいない。故に。
「ならば、隠神刑部よ。ここいらで一つ、アレを頼もうかの。」
「お得意の幻術で、マガツヘビを惑わしてやってくださいな。」
 大狼と人間災厄の声が重なり。その要請を受けた嘗ての元城主は、やれやれと溜息を吐いた。
「戌神に黄泉の神の一柱が、そう易々と他人に命令するでないわ。
 ――だが、心得た。」
 坂上に陣取る古狸は、再び手近にある最も殺傷力の高い物品……湯島聖堂の築地塀を飾る、黒い瓦を悪しき神通力で浮かせると。
 レアの影より伸びた腕の群れに拘束されながらも、何とか引っ張り合いに持ち込んで、身を起そうと藻掻くマガツヘビの背目掛けて射出した。
 無論、神通力で強化されているとはいえ、ただの瓦である。漆黒の鱗に弾かれて、子気味の良い音を立てて、砕け散った。
「はんっ、糞餓鬼が!!!!それが俺に効くと思ってる訳じゃねぇだろう……な……?」
「だから貴様は考えが浅いと言うに。――効くからこそ、一手指したに決まっておろうが。
 ――さて、貴様の赤い眼には、今頃何が映っておることやら。」
 呆れ半分の刑部の言葉を待たずに、黒蛇は赤い赤い眼を見開いて。

 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!

 黒蛇は言葉をも失い、咆哮した。ついでその身に燃え上がるのは、黒く禍々しい焔。
「……む。これは……ひと時でも、何かから逃れようとしたのかのう。
 確かにこの力を振るわば、僅かの時ばかりは痛みからは逃れられるじゃろうな。」
 如何に戌神と言えど、マガツヘビが何を幻視し、そして何を恐れてひと時の無敵に縋ったのかはわからない。
 わかっているのは、この60秒後に全てを鏖殺して余りある、強力無比な尾の一撃が来ることのみだ。だが。
「……わしにもわかる。その場凌ぎにしても、最悪の悪手じゃ。」
 再び放つは、碧雷の息吹。それは先ほどとは異なり、漆黒の鱗の表面を焦がす事も出来ないが。だが、それでよい。
「本当に、かわいらしいこと。先送りにしたところで、至る結果は変わらないというのに。」
 そう、今のマガツヘビは、疑似的な『無敵』の力を発揮している。如何なるダメージも、表に出る事はないであろう。
 しかし、だ。異形の腕の群れを使役するレアの言う通り、60秒後、周囲一帯を更地にする威力の攻撃を放った後。
 この60秒間に受けて蓄積したダメージは、一気に噴出するのである。つまり、戌の言う通り、その場凌ぎであり。人間災厄の言う通り、問題の先送りであり。そして。
「ボーナスタイム、ってコト。」
 鉄パイプを肩に担いだ早紀が、身動きもせずに黒焔をチャージするマガツヘビに肉薄する。
 受けたダメージが無駄にならないのであれば、この60秒間は絶好の攻撃の機会ともなる。
(――それに、動きを遅らせれば遅らせるだけ、仲間が集まる。
 喰らったらヤバいッスけど……避けさえすれば、相手に選ばせるに悪い選択ではないッスね。)
 この60秒を自分たちに与えた事が、後々の戦況にどれ程大きな影響を与えるか。
 彼女はこの意味を正確に理解している。故に、バトンを繋ぐという意味では、彼女は見事に目的を果たした。
 がぁん、と。鉄パイプが弾かれる。それでも構うものかと、早紀は幾度も幾度も鉄パイプで黒蛇を殴り続ける。
 だって、より良い形でバトンを渡すなら。
 ――此処で削れるだけ削った方が、後がより楽になるに決まっている。
(――あと、何秒……?)
 あと30秒。ならば、まだ切り札を切るにはまだ早い。だから、殴打して、殴打して、ひたすらに殴打して。
 画面がひび割れたスマホをもう一度見る。――あと、10秒。
「なら、今ッスよねぇ!!!!」
 己の右腕に、ありったけの力を込めて鉄パイプを握り締め、振りかぶる。
 装填できるのは両腕合わせて4発の、とっておきのマグナム弾。
 多少、身体は痛むだろうが……この時に切ってこその、鬼札だ。
「ク ソ 喰 ら い や が れ ! ! !」

 ――【|Get F***ed《ブチコロガス》】

 ――みしり、みしり。
 減り込まんばかりに叩き込んだ鉄パイプ。然し、この軋る音の出所は、早紀の右腕だ。
 通常の4倍にも及ぶ強力な威力を叩き付ける、この√能力。ただし命中すると自身の腕を骨折し、2回骨折すると近接攻撃が不可能になるという相応の|代償《デメリット》を抱えている。故に、最大でも4発限り。
「やれやれ、随分と無茶をするのう。」
「でも、無意味じゃないでしょ?おじいちゃん。」
 ずん、と彼女の盾となる様に両前脚を置く大狼に、早紀はへらりと笑みで応えて。
 その刹那に襲い掛かるのは、60秒のチャージを経て全てを粉砕するべく放たれる【禍津ノ尾】。
「だから言ったじゃろう、悪手じゃと。」
 レアの拘束を破りながら放たれる最凶の一撃であろうと、大真の無敵は揺るがない。所詮、一回は一回でしかないのだ。
 離脱を捨てて近接範囲に留まった早紀を守り切って尚、大狼は余裕を持って黒蛇を見下ろしていた。
「がぁぁぁぁあああああああああああ!!!?」
「あらあら、あれ程威勢よく吼え散らしていたのに。今度は悲鳴ですか。」
 次いで黒蛇の絶叫と共に弾け飛ぶ、黒蛇の首元の漆黒の鱗。
 異形の腕、そして雷、そして鉄パイプの乱打と、|鬼札一枚《右腕一本》。これらで与え続けたダメージが、纏めて表出したのだ。
 一纏めになったからには、その痛みたるやさぞ大きい事であろう。
「ああ、守りが揺らいだな。……いい獲物じゃろうて。」
 ――ぐるるるるる……。
 だが、怪異狩りの戌は止まらない。喉を唸らせ、雷を纏った牙が今度こそマガツヘビの皮下に届く。
 ――ばちり、ばちり、ばちばち。
 破魔の雷が爆ぜる度、肉の灼けるにおいがする。
「ぐ、ぉ……ぉあああああ!!!?糞野郎、離れ、やがれぇぇぇぇぇ!!!!」
 身を捩り、遂には大真を振り払うが。
「ところで、おつむの弱いアンタは知ってるかな。
 ――トランプのジョーカーって、2枚あるんスよね。」
「あら、あら。まぁ、逃げる為に直ぐに復活することですし。
 ――宴の中で切られる『2枚目』も、愉しんで戴けるのではないでしょうか?」
 悪戯を思い付いたかの様な、早紀の笑みに。その言葉の意味を察したレアは口元を抑えて微笑んだ。
 早紀の手に、再び握り込まれる鉄パイプ。
 ――然し、今度は左手で。
 狙いはもう一発、|大真《おじいちゃん》が焦がした、あの傷跡。

 ――【Get F***ed】

 それは狙い過たず、鱗の剥がれた個所を捉え。
 ――みしみし。みしみしり。
 今度流れてくるのは、骨が拉げる二重奏。早紀の左腕と、そして。
「ク ッ ソ が ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ あ あ ! ! ! !」
 マガツヘビの骨が損傷した音に、外ならない。
「本当に、若いのに無茶するのう……。」
「だが、その我武者羅さこそが、貴様らの強さの一つではあるまいか。」
 ――違いない。
 老いた者同士が頷き合う中。
 先陣を切った√能力者たちの活躍により、出鼻を挫かれたマガツヘビは更なる痛手を被り。
 まだ緒戦にありながらも、想定を遥かに上回る傷を負う事になるのであった。

不忍・ちるは
和紋・蜚廉

 都道405号、外濠通りの急坂にて。
 『無限の妖力』とも称される、無類のタフネスを誇る古妖マガツヘビ。
 その鉄壁を支える漆黒の鱗の下に、雷の牙と渾身の鉄パイプが叩き込まれた頃。
「刑部さん分体とは共闘のご縁もあり!大大大好きな古妖さんです!!」
「……そ、そうか。我も、隠神刑部の噂は予々。……共闘が楽しみだ。」
 坂下に架かる昌平橋に、どうも熱量がちぐはぐな2人の√能力者が新たに姿を現していた。
 その片割れ、妙に熱の籠った声で隠神刑部への想いを語る|不忍《しのばず》・ちるは(ちるあうと・h01839)には、とある野望があった。

 ――蜚廉さんに子狸を乗せたい!!

 ……いや、もしかしたら、野望という程には大袈裟なものではないかもしれないが。兎に角。
 若干、ちるはの勢いに押されつつある相方、|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)に。
 隠神刑部……ではなく。かの古狸が使役する、彼の子分の八百八狸。その内の数匹である子狸を蜚廉に乗せたい。その姿を見たい。
 つやつやな彼に、きっともふもふきゅーとな子狸の取り合わせは、ギャップも相俟ってきっと似合うであろう……!
 ただそうしたいがために、彼女はこの戦場に蜚廉を伴って現れたのである。
 なお、彼女の心の中では

 ――『蜚廉さんに子狸乗せる会』

 なる会員2名、その内1名は所属させられている事も知らないという、とんでもない会を結成済みという気合の入れようである。
 そして懸念点があるとすれば、先ずは第1関門。
 この計画は八百八狸の棟梁たる隠神刑部が了承しなければ達成できぬという点にある。
 だが、問題はない。だって、星詠みが言っていたのだ。
『協力を要請している側だから、余程旨味がないと判断しない限り、此方側の指示にも従う筈にゃ!』指示にも従う筈にゃ……』……筈にゃ……』

 ――間違いない、いける。

 第2関門である本当に蜚廉が乗せさせてくれるか、という問題に対しては、彼の性質を具に知るちるはである。
 彼女はこの時点で、計画の完遂を確信した。
「さあ、行きましょう蜚廉さん。さあ。さあ。さあ!」
「……うむ。……何か、こう。徒ならぬ圧を感じるが……。」
 こうして、マガツヘビよりも隠神刑部。
 ……の配下の子狸をターゲットにした、ちるは勘案の作戦がスタートしたのである。


「――ふん、増援か。手は足りている……と言いたいところではあるが。
 此奴の馬鹿力、まだまだ儂の手には余る。御助力願えr。」
「も ち ろ ん で す 。」
 坂下より現れた、ちるはと蜚廉の姿を認め。彼らの着到を喜ぶ古狸の憎まれ口混じりの要請に対して食い気味に、おまけに妙に強い圧力を以て、ちるはが応じた。
 此処で恩を売っておけば、隠神刑部が子狸を預けてくれる可能性が更に盤石になるであろうと踏んでの事である。
 共闘が確約できたのならば、蜚廉に言う事は無い。……というより、出る幕が与えられなかったと言っても良い。
 やはり、今日のちるはは妙に気合が入っている。マガツヘビという、古妖の中でも上位に位置する強敵と当たるためか?
 それとも、彼女の故郷でもある√EDENでの戦に高揚しているのだろうか?などと外骨格に覆われた内心で、首を傾げ通しであるが。
 よもや彼女の本心が、『蜚廉さんに子狸を乗せる』……ただそれだけにあるとは、想像できる由もあるまい。
「糞がぁ……!!!!こっちはさっさと逃げなきゃなんねぇってのに、糞雑魚どもがまたぞろ現れやがって!!!!しかも、また馬鹿って言いやがったな糞馬鹿野郎!!!!」
「莫迦に莫迦と言って何が悪い、大莫迦奴が。」
「五月蝿ぇ、五月蝿ぇ!!!!馬鹿って言った奴の方が馬鹿なんだ、糞馬鹿野郎!!!!」
 さらりと古狸に口撃の連打を受け、罵声の応酬を続けながらも。災禍の化身たるマガツヘビ……星詠みからの依頼では、本来のターゲットであるのだが……は、傷付いた首元を抑えながら、赤々と輝く禍々しい眼差しでもって、ちるはと蜚廉を見下ろした。
「……成程。矮小な頭脳である事は、我にもよくよく伝わってきた。」
 先の√能力者の一人が『時間を稼ぐ事』を期した様に。逃げる事を忘れて、口撃の応酬の為にこの場に留まっているだけで、更なる増援の到着の時間を稼ぐことが期待出来るのである。
 その時を与える事の重要さを理解せぬ黒蛇に、古兵は呆れと溜息を隠せない。
「本当に。頭空っぽで、何も考えずに真正面から来てくれるなんて。」
「……おい、手前ぇら。今、糞生意気にも俺の事を馬鹿ににしただろ。馬鹿にしたな?」
 2人の呆れ声を妙に耳聡く聴き付けたマガツヘビは、俄かに禍々しい殺気を坂下の2人に向け。
「――そこ、動くんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」
 ――ずしり。すしり。ずんずんずんずんずん!
 煮え滾る様な怒りで以て、割れんばかりにアスファルトの路面を踏み締め。勢いを付けて、急坂を駆け下り始めた。
「そういうところですよー。逃げ回る敵を追うより、当て易くてよいですね。
 ――ちどりは千の福を取る。」
 いつの間にやらマガツヘビを包囲していた、『8月25日』と名付けられたファミリアセントリー。
 それが次々と黒蛇目掛けて突進し、ぶつかり、砕けるでもなく、溶けて滲み込む様にマガツヘビの身体の中に消えてゆく。
 だが、特にダメージはない。この意図の分からぬ行動を訝しむどころか、矮小なる頭脳の持ち主とまで言われる黒蛇はせせら笑った。
「……ああ?なんだ、手前ぇ。痛くも痒くもねぇや!!!!
 今、何をしや……あ?しや、が……った……?」
 だが、効き目は直ぐに。走れども、走れども。黒衣の忍びと外骨格の老兵の下に、辿り着くには至らない。
「――ふむ。ちるはの千鳥は便利だな。あの巨躯での追突、流石の我でも余りある。」
「然り、然り。突進力を削がれては、高台の意味も大いに損なわれた事であろうな。」

 ――【|千鳥《sentry gun》】

 42機にもなる多用途のファミリアセントリーを召喚し、融合を指示する事で対象の行動力を奪う√能力である。
 今回ちるはが用いたのは、そのほぼ全機。古狸が挑発し、罵倒合戦に興じている僅かな時間を利用して展開を終えていたのだ。
 工学部らしく、新しい物を巧みに操る姿に古い者たちが感嘆の声を上げる中。
「見入ってばかりも居られぬな。……我も参ろう。
 ――戻る形は絶えぬまま、沈まぬ意はここに在り。」
 如何に物事を深く考えぬ奴輩であろうとも。その『掟』が別の意図を以て作られたものであろうとも。
 無限の妖力とも謳われ、信じて疑われなかったその一撃は。数多の古妖を一撃の下に屠り得る、紛う事なき本物である。
 ――故に、此処は死地。
 死中にて活を掴むべく、意思を固く持て。その矜持と覚悟がより深く定まった時。
 蜚廉の身は、幾度でも死に抗い続ける肉体へと変貌する。
 
 ――【|還命躯《ヨミノカラダ》】

 この√能力の効果は、発動者の肉体を再生させ続けるだけに止まらない。
「むむ。いつも以上に、遊び心という名のやる気満々、漲ってきました。」
 ちるはが、むん!と気合を入れる通り、周囲の味方を強化する溢れんばかりの生命力を無尽蔵に放出する効果を併せ持つ。
 油断は出来ずとも、動きの鈍ったマガツヘビなど、恐るるに足らず。錆色の軌跡を残してするりと懐に飛び込めば。
「手前ぇ、糞野郎!!!!何しやがる!!!!」
 生命力を流し込んだ斥殻紐で、行動力の低下したマガツヘビを縛り上げた。
 如何に馬鹿力を誇る黒蛇でも、此処からの脱出は容易ではあるまい。
 あとは、蜚廉さんと刑部さんがグーで解決してくれるはず。

 つまり、だ。
 ――時は、来た。

「刑部さん、お願いがあります!!」
 ちるはの双眸が、ぎらりと輝いて隠神刑部を捉えた。
「――……ほう。儂に何用か。」
 その漆黒の眼差しに、伊予松山城主も思わず後退りかけたが、踏み止まった。
(――うむ、ちるはは十分役目を果たした。)
 彼女が何を望んでいるかはわからぬが。余程無茶なものでない限り、知己の星詠みが言った通りに要求は通るであろう。それだけの事は為した筈だ。
 まさかその要求に己が関係するとは露も知らずに、『蜚廉さんに子狸を乗せる会』のもう一人の会員は静かに腕を組み、頷いている。
「子狸さんに、会いたいです……!!」
「「うん?」」
 じたばたと黒蛇が脱出せんと藻掻く中。
 老将と老兵は拍子抜けのあまり、揃って首を傾げるのであった。


「はあぁぁぁ。かわいいいっぱいですね、癒されます……。」
 『そんなもので良いのか?あの眼力で?』と言わんばかりの隠神刑部であったが。
 特に己に不利益もない。
 ――要求は果たして、通った。
 ちるはがぎゅーっとその両腕に抱えて抱き締めるのは、冬毛で一層もふもふふかふかとなった、八百八狸の末子とでも言うべき2匹の子狸である。
 この時ばかりは、さしもの彼女も『蜚廉さんに子狸を乗せる会』の使命を忘れ、己の腕を通して肌に伝わってくるもこもこな毛皮と温もりを満喫している。
 だが、会の事は兎も角として。もっと忘れてはならない事があった。
「刑部と子狸にも強化……ちるは?」
 縛り上げられ、脱出のための身動ぎ以外に手がないマガツヘビに拳を唸らせていた蜚廉が、じと、と彼女を見ている……気がする。
 ――そう。まだ、戦闘中です。
「子狸さんは支援枠ですよ?」
 会員(自覚無し)の声と視線に気付き、ちるはは表情をきりりと引き締める。
 いけない、いけない。この様に|浸っ《トリップし》ている場合ではない。
 彼女は本来の目的を果たすべく、数機残した千鳥を伴い支援砲撃を加えながら蜚廉の隣に並び立ち。
「成程、真面目に支援はしているな。
 ――だが、我の背に乗せる理由は?」
 ……子狸の片割れを、そっと、蜚廉の背中に乗せていた。
 彼女にとっての本来の目的は、徹頭徹尾『蜚廉さんに子狸を乗せる会』の活動にある。
「強大なこのマガツヘビを相手に、隠神刑部さんとだって連携しているのです。
 そして、連携には距離感が大切。そしてその半分とはいえ確かな実力を持っている子狸さんと密着する事で、支援の指示もより的確かつ迅速に効力を発揮する事疑いない筈ですが如何でしょうか。」
 ずずずいっと。もう片方の子狸を抱えてもふもふしながら、ちるはは老兵に強弁した。
 どうにも頷けるような、そうでもない様な……。
「ふむ。確かに連携という点では距離感は大事だが……仕方あるまい。」
 だが、ついつい頷いてしまうのは、元からの祖父様気質からであろうか。
 斥殻紐をおんぶ紐と為し、もふもふな子狸を背負い上げた。きゃっきゃとはしゃぐ子狸に、『蜚廉さんに子狸を乗せる会』の会長は相好を崩し。
 会としての本意を遂げた彼女は満足げに、むふーっと頷いた。
「……また一つ、守るものが増えたではないか。」
 ――翅は、使えないか。
「お主も、若人には苦労しておるな。」
 八百八狸に指示を飛ばしながら、戦略を練り直している老兵に老将が語り掛けるが。
「――……いいや、そうでもない。」
「ああ、そういうものか。」
 外骨格の下に笑みを浮かべた蜚廉の姿を見て、老爺たる古狸も苦笑を浮かべた。
 隠神刑部率いる八百八狸は、全員が彼の子孫に当たるという。なれば、子や孫の世話をする機会には事欠かなかったであろう。
 古き者2人が通じ合うものを感じる中で。
「なんだかよくわからねぇが……!!!!糞縛ったまましこたま殴りやがってこの野郎!!!!タダじゃ済まさねぇからな、糞餓鬼どもがぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!
 漸く、マガツヘビは拘束から脱したらしい。その鬱憤を晴らすべく吼え。
「「――……ぴ!?」」
 その溢れんばかりの怒りの色と声量に、ちるはが小脇に抱えた子狸と、蜚廉に背負われた狸が、それぞれに小さく悲鳴を上げた。
 ――それが、よくなかった。
「……こんなに可愛い可愛い、もふもふもこもこふわふわふかふかなこの子たちを。
 あなた、怯えさせましたね。」
 ――ゆらり。
 ちるはの漆黒の眼に、凍てつかせんばかりの殺意が漲る。『3月26日』を逆手に持つ手に、力が籠る。
 相方によって溢れんばかりに生命力を強化された今。
 おっとりとした顔に似合わぬ程の圧と気迫を放つ事も可能となっている。
 そんな彼女の姿に、老爺2人はまたしても内心でたじろぎながら。
「さて、マガツヘビ。我が生き足掻く意思、より強靭になった証を見せてやろう。」
「ほれ、子らも八百八狸の末席に坐すならしっかりせい。爺がついておる故な。泣くな、泣くでないぞ。」
 後は蜚廉と刑部の『グー』に任せるつもりであったちるはだが、予定変更。動きの鈍った黒蛇、何するものぞ。
 前後左右、そして坂の上下からの挟撃が行われ。
 |本来の《・・・》標的であった筈のマガツヘビをしこたまに叩きのめすのであった。

 ――なお、余談ではあるが。
 全てが終わった後、刑部が√妖怪百鬼夜行に帰る間際の間際まで。
 『蜚廉さんに子狸を乗せる会』の活動は続いたとか、続かなかったとか。

クラウス・イーザリー
深見・音夢
ヴィルヴェ・レメゲトン
フォー・フルード
小明見・結
屋島・かむろ

 決戦の地である湯島聖堂より、遠隔爆破したカヤックアキバスタジオを結ぶ都道405号……通称外濠通りを使って逃げ出そうとしたマガツヘビであるが。
 攻勢、或いはペースを乱されることにより、終始√能力者優位で運んでいる。
 我こそ王劍『天叢雲』の主に相応しいと豪語する程の妖力を誇る黒蛇であるが、その実搦手に弱い。
 ――そして。
 この外濠通り挟撃戦を締め括る、6人からなるパーティーは。
 『矮小なる頭脳』とも陰口を叩かれるマガツヘビの性質も。
 そして、共闘する古妖である隠神刑部の事も。よくよく知る者たちで構成されていた。


 昌平橋の上より、焦茶のマントを秋風に靡かせて。ひとつの影が外堀通りの坂を見詰めていた。
 やがて、影はその左腕より鉤爪を天に……いいや、中央・総武線のアーチ橋に向けて射出すると、重力に逆らってその身をアーチの天辺に躍り上がらせる。
 『KV-55』。影……いいや、黒鋼の狙撃手たるフォー・フルード(理由なき友好者・h01293)の移動を補佐する、強靭なワイヤーを持つフックショットだ。
 若草色の鉄骨の上からであれば、この秋葉原荒覇吐戦の戦場、その多くを見渡す事が出来る。ライムグリーンのカメラアイで戦場を走査しながら。
 去来するのはほんの一時でも指揮下に入った、|隠神刑部《上官》の記憶である。
(――追撃戦。|彼《隠神刑部》の防衛戦術は見た事があるが、追撃戦は見ることは無かった。)
 凡そ、半年前になるであろうか。讃岐の高松城にてフォーはマガツヘビを相手取り、かの古狸と共闘した。
 その時の刑部は城の守将として指揮下にある八百八狸たちを指揮して防衛戦を行い、一般住民の避難路の差配、小豆島へ逃れる船の手配など、伊予松山城主の名に恥じぬ獅子奮迅ぶりを見せ付けた。
(別の肉片であろうと元が同じなら、ある程度は能力は似通っていると考えられるが――。)
 だが、防衛戦と追撃戦。更に先の多対多の戦いとは、あまりにも条件が異なっている。
(いや、今は置いておこう。)
 その心身全てが肉ならざる素材で構成される|狂った機械《ベルセルクマシン》であるフォーは、些か人間に近しい思考を以て、演算を停止し。
 やっとの思いで昌平坂を通過し、旧中山道と接続する外神田2丁目の信号に近付こうとしている黒蛇の姿を見下ろした。
(優先事項を取り違えてはいけない。まずはアレだ。)
 |目標《マガツヘビ》の進行速度は想定よりも遥かに遅い。先行したEDENに属する√能力者たち、そして隠神刑部が何らかの策を用いたのであろう。
「……追い立てるのが隠神刑部であれば、指示も要らないでしょう。」
 昌平橋からの挟撃を指示したのだ。恐らくはそのまま真っ直ぐ追い込んで来るであろう。
 彼は上官と魂を同じくする肉片の、将としての資質を疑ってはいない。
 しかし、『戦場の霧』というものもある。それも矮小なる頭脳と言われるだけあって、理解の範疇にない行動を取りかねないマガツヘビが相手だ。
 外神田2丁目から旧中山道に入らないとも限らない。
(――ならば、より高い位置から射線を確保しよう。どの様な理不尽な動きをされても良い様に。)
 忘れようとする力が強く働いているのだろう。何事もないかのように、いつも通りに鉄橋を通過してゆく黄色いラインの車両由来の振動を足元から感じながら。
 狙撃手は再び鉤爪を放ち、若草色の|弧線《アーチ》から跳び立って。壁一面を硝子に覆われたビルの屋上へと姿を消す。


 さて、目線は再び昌平橋へと戻る。狙撃地点へと跳躍するフォーを見送った5人の√能力者たちは、マガツヘビを間違いなく討滅するべく、それぞれの目標地点に向けて移動を開始している。
「逃げるだけなら放っておいても、と思ったけど。このままだと被害が出そうだし、止めなくちゃよね。」
 |小明見・結《こあすみ・ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)もまた、フォート同じく讃岐高松城の戦いで隠神刑部と共にマガツヘビと対峙した√能力者の一人である。
 その際、彼女は持てる知略の限りを尽くし、戦況を大きく好転させる立役者となったが。
 実際のところ、戦うこと自体に抵抗感がある。それは元々の心優しさにも起因するであろうし……約1年前に幼馴染を神隠しで失い、√能力者として覚醒するまで、斬った張ったの世界とは無縁の学生だったのである。
 死が近い世界に身を置いてなお、感性は普通の女学生のものと言って相違ない。
 故に、彼女は可能な限り交渉や話し合いなど、戦闘以外での手段による解決を望む。
「マガツヘビにも、話が通じればいいのだけれども……今日も、無理そうかしら。」
 だが。必要とあらば、彼女は凛として戦場に立ち、躊躇わず精霊を使役する勇気を持つ。
 先に黒蛇と戦った経験からもマガツヘビに話は通じないであろうし、逃げた先でも破壊の限りを尽くすなら、此処で討つしかない。
 昌平橋交差点にて、心優しい精霊魔術師は戦う覚悟を固め。のたりのたりと逃走する黒蛇を待ち受ける。


「むむっ!アレは隠神刑部じゃな!」
 白髪赤眼に、白い肌。大人用のものを無理矢理着ているのだろう。ぶかぶかのローブの裾を引き摺りながら。
 雪兎の様な姿の召喚士、ヴィルヴェ・レメゲトン(万魔を喚ぶ者・h01224)は隠神刑部の姿を睨んだ。
「……ふん。お主か、小娘。儂の|命《たま》の緒を切り得る者よ。
 ――斯様な場所で顔を合わせる事に思わなんだわ。くわばら、くわばら。」
 マガツヘビを余所に、徒ならぬ空気を纏って睨み合う両者に。
「ど、どういう事っすか……?こう、バチバチした火花が見えるんすけど。」
「俺にもわからないけれど、深い因縁はありそうかな?」
「宿敵がどうとか聞こえてきたけん、2人は殺し殺されの間柄ってやつやわ。」
|深見・音夢《ふかみ・ねむ》(星灯りに手が届かなくても・h00525)、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)、|屋島《やしま》・かむろ(半人半妖の御伽使い・h05842)がそれぞれに顔を見合わせる。
 狸の耳のお陰で、少しばかり耳聡いかむろが聴き取った『宿敵』の言葉。この関係がどの様なものであるか。
 √能力者たちはつい先日の人魚姫の戦場で、改めて思い知らされた。
 隠神刑部はヴィルヴェをAnkerとしているために、√能力者としての不死性に加えて古妖としての格まで強化している。
 だが、√能力者を殺す事が出来るのは、Ankerのみ。つまり、ヴィルヴェが隠神刑部を討ち果たせば、√能力者としての不死性を発揮できず、永遠の死を与える事が出来るのだ。
 だが。もし此処で古狸を討滅する様な事があれば、マガツヘビを討つという当初の目的の達成は、一転して困難となるであろう。
 召喚士と古狸は暫し、睨み合い。
「んー、ちゃんと掟に従っているようじゃし、今回は見逃してやるのじゃ。」
「ふん。一人前に場を弁えておるではないか。誉めて遣わそう。
 ――儂に合わせよ、小娘。儂も其方等に合わせよう。」
 星詠みとしても状況が解らぬヴィルヴェではない。憎まれ口を叩き合いつつ、マガツヘビに対峙する。
 共闘の形が整った事に、残る3人は安堵に肩の力を抜きながら。
 ファミリアセントリーを融合されたことにより行動力が低下した身体を引き摺りながら、それでもなお逃走を諦めない黒蛇に立ちはだかる。
「また|おどれと共闘する事になるとは思わへんかったわ、伊予の。
 ……とは言えそっちとしては初対面、『肉片』やっけか。|おとましい《めんどくさい》な。」」
「本当に。前に共闘したときに『また今度が敵とは限らない』とは言ったっすけど、こういう形で叶うとは。
 ……ああ、いや。こっちの話っす、なんでもないっすよ。」
 |白群《びゃくぐん》色のストールを揺らしながら扇子を抜くかむろと、『明星』と名付けられた愛用の対物狙撃銃を音夢。そして。
(――利用されているのか、信頼されているのか……。)
 古狸の思惑を推し測りながら、己が魔力を槍状に錬成したクラウス。
 隠神刑部は丸メガネの下の双眸を僅かに丸くして、彼等の姿を眺めまわした。
「ほう。其方等は別の儂と轡を並べた事がある、と。
 ……|同胞《狸》の娘のその言葉、その扇子。成程、太三郎めの縁者か。」
 『彼』自身にその様な記憶はなく、全く心当たりはないのだが。
 古妖という、肉片ごとに分割封印されるという特殊な存在であるからこそ。『なんでもない』と怪人には言われながらも、古狸はかむろと音夢が口にした言葉の意味を理解した。
 そして、かむろがはたはたと振るう平家を示す赤地金丸の扇子に、蓑山大明神と成った屋島の古狸との繋がりを見たのであろう。
「――……心強い。」
 微かに零れた声を小狸の耳は逃さなかった。ふくふくと頬を緩ませ、にんまりと笑い。
「まあええ、地元高松が世話になったんは変われへん。……同じ四国の化け狸の誼や、もいっぺん共闘と行こやないか。
 奇しくも、相手まで前と同じマガツヘビやしな!」
 そう。このかむろ、音夢、クラウスもまた、フォー、結と同じく、今の彼とは異なる隠神刑部と共に讃岐高松城下に攻め寄せるマガツヘビを討滅したという過去を持つ。
「……あれは、ここにいるのとは別の隠神刑部との話だからね。」
 音夢が言う通り、マガツヘビの後方を塞ぐ隠神刑部は讃岐の肉片とは別物だ。
 讃岐の地で共に戦い、戦地で、宴会で語り合った『彼』は、別のマガツヘビを抑える封印の要として、今も彼の地で眠りについているのだから。
「うん。……でも、また一緒に戦えるのは嬉しいと思う。」
 前は、宴会で酒を酌み交わす事も出来ず、寂しい思いをしたが。それでも、『彼』と過ごした僅かな時間は、クラウスの思い出の中に確かに刻み込まれている。
(――多分、そのどちらもなんだろうな。
 俺たちを信頼しているから、|利用し《頼り》に来たんだ。)
 その讃岐の彼の姿を思い出せば、先の問いにも自然に答えが出た。
 いずれにせよ、敵対ではなく、また友軍として戦えることに。表情筋に乏しい彼の口元にも、笑みが浮かんだ。
 ――峨旺旺旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!!
 各々が思い出に浸る時間を引き裂くように。笑みを引き締めさせるように。黒蛇の咆哮が轟いた。
「糞糞糞糞、俺の身体を糞重くしやがって!!!!それに手前ぇら、この俺様がいるってのに、仲良しこよししてんじゃねぇぞ糞餓鬼どもがぁぁぁぁぁ!!!!」
 |荒覇吐《主》に付き合いきれぬと逃げ出したのに、このままでは他所の√に逃げ出す事も出来ぬ。
 主の更なる『狂宴』に巻き込まれるなど金輪際御免蒙るが、それどころか、目の前の√能力者たちは己の別の肉片を斃したというではないか。
 嘘か誠か、信じる要素は何処にもない。だが、これまでの戦いによって生み出された怒り、疵、焦燥。
 その要素の悉くが、マガツヘビの矮小な頭脳をして、真実であると信じさせるに至った。
「俺は!最強の!!マガツヘビ様だぞ!!!!手前ぇらなぞ、今に踏み潰してやるからな……其処、動くんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」
 ――吼える。吠える。
「……負け犬はよく吠えるとは、よく言ったものだね。」
 その様を見た音夢の鋭い一言に、黒蛇の後背を襲う古狸は思わず噴き出した。
「――っく……はははははははは!お主、言うではないか!
 然り、然り。奴めは主から逃げ、この戦場からも逃げんとする負け犬よ!」
「手前らぁぁぁぁぁぁ!!!!この俺様を此処まで虚仮にしやがって……虚仮にしやがってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 度重なる屈辱に、黒蛇は血の如き赤い眼を見開き、怒り狂い、我を忘れ。その身より、無限とも謳われた妖力が溢れ出す。
 ――無論、2人の挑発である。
 戦場で足を止めるなど、スコープ越しに獲物を狙い続けている狙撃手に、狙って下さい、撃って下さいと言っている様なものだ。
 外濠通りを見下ろす高層ビルの上で、フォーは異波共振化サポートAI『|magic trick《種も仕掛けも》』を起動する。
 怪異を解析、銃等の物理攻撃に霊力を持たせるこのシステムのデータベースの中に、マガツヘビとの交戦データは既に記録されている。
 彼は弾薬ポーチより、とっておきの呪詛弾……『shell fox』を黒鋼の指で弾きあげた。
 秋の陽光に煌めきながら、弾殻に狐霊を収めた銃弾はくるくると宙に躍る。戦闘に一切の意味も持たない、非合理な行動であるが。
 フォーの電脳は、何故かこの動作を行うと、そう。|士気《テンション》が上がる気がするのだ。
 重力に従って落ちてきたとっておきをぱしりとキャッチし、機械的に素早く装填し。
「潜在的不全点を確認。脆弱性を標記マーキング。
 ――……戦闘を開始。」

 ――【|脆弱性顕現試行《ワン・アヘッド・リーディング》】

 鉄壁の装甲の如き漆黒の鱗に強制的に弱点を発生させる弾丸が、流星の如く秋葉原の空を奔った。


「――んがぁっ!!!?畜生、痛かねぇが、何処から撃ってきやがった!!!?手前らだけじゃねぇってのか!!!?何処だ、何処にいやがる!!!?」
 その身に呪詛弾を受けたマガツヘビが、怒りも露わに周囲を見回すが。そんなところに狙撃手はいない。
「挟撃……。マガツヘビ考えんかったら、お互い対峙しぃよる形な訳や。
 ほんだらこの形、睨み合っとる構図とも言える。……源平合戦や。」
 かむろは隠神刑部と黒蛇を挟むこの形を|大祖父《大爺ちゃん》より幾度も聞かされ続けてきた、彼女の故郷である讃岐屋島に伝わる英雄譚、源平合戦大絵巻の内の屋島の合戦に見立てた。
 伊予の古狸ならば即興でも合わせられるであろうが、折角ならば最高の舞台を演じてやろうではないか。
 ――然らば一つ、準備が要る。
「せーのっ、どろんっ!」

 ――【|狸の八化け《タヌキノハチバケ》】

 源平合戦の登場人物であり、屋島の戦いに於ける総大将である平宗盛に変じ、赤地に金の日の丸が描かれた扇子を掲げ。それを天地を逆にして見せれば。
 その意図が伝わったのであろう、古狸はにやりと笑った。
 無言の内に配役が決まる中、音夢はマガツヘビの全身を視界に収められるように位置取りを行う。
「さてさて、逃げの一手に徹している相手にやるべきは、攻撃の阻止と足止めだ。」
 『嫌がらせ』を企図した戦いならば、√マスクドヒーローの怪人であった音夢にも十二分に心得がある。
「――逃げたい。前に進みたい。ぶっ潰したい。
 敵がやりたい事をそんなに声に出して並び立てていたならば、そのどれも邪魔してやりたくなるものさ。」
 ――ぐりん。
 音夢の金の瞳が、宵闇の如き漆黒の瞳孔に置き換わる。これこそ、『冥深忍衆怪人』の本性の一部。
 漆黒の瞳で捉えるは、重たい体を引き摺りながら此方に突き進んでくるマガツヘビの姿。
(――挑発が効いているとはいえ、本当に無策で突っ込んでくるとは思わなかったな。)
 故に。狙撃手から隠れることも思いつかぬ黒蛇に、この√能力を使う事が出来る。
「刑部殿、マガツヘビの背後に隠れて下さいっす!」
「む。心得た。」
 マガツヘビの巨躯に古狸が隠れた事を確認し。黒蛇が前のめりになっている頃合いを見計らい。音夢は己が√能力を発動するキーワードを叫ぶ。

「……沈め!」
 ――【|擬装限定解除・深夢《シズメフカキニ》】

「!!!?なん……っ、だ!!!?こりゃぁぁぁぁあああああ!!!?」
 己が身に起きた不可解な事態に、マガツヘビが叫ぶ。痛くも痒くも無い。痛くも痒くもないが。
 爪先から頭の天辺まで、身体の一切が動かないのである。
 視界内の全対象を麻痺させ続ける……これこそが音夢の√能力の効果だ。
 毎秒体力を消耗し、目を閉じると効果が終了するが、この通り如何に剛力を誇る相手であろうとその場に縫い留めるという強力な効果を誇る。
 ただし、再使用まで前回の麻痺時間の2倍の休息時間を要する上に、無差別対象となるため隠神刑部を巻き込まぬように立ち回る必要があるが、マガツヘビの巨躯を利用すれば、古狸の姿は『視界に入らない』。
 そして、小刻みに動きを止めてやれば、インターバルというコストも最小限に抑えてやることが出来る。
「止められると分かっていれば、いくら君が馬鹿でも悠長なチャージはしていられないだろう?」
「手前ぇぇぇぇ……!!!!必ず!絶対に!!八つ裂きにして、泣いて詫び入れさせてやるからなぁ!!!!」
「おお、怖い、怖い。」
 鮫歯を見せ、黒い瞳で見下す様に笑う怪人の姿に、それなりのプライドを持ち合わせるマガツヘビは絶叫するが。
「――……は?」
 その眼が、不意に。恐怖に見開かれた。
「――……精霊使いよ、主の策が覿面に効いた様であるぞ。恐らく、日が暮れても其方に到達する事はないであろう。」
(――わかった。状況報告をありがとう、隠神刑部さん。すぐにそちらに移動するわね。)
 種明かしをしよう。隠神刑部の√能力【忌まわしき神通力】により、マガツヘビは周囲のものが別のものに見える、幻惑状態にある。
 そして、いつの間にか展開されている【稲穂ゆらし】の風の精霊たち。その全てが、今。
(――私じゃ力づくで止めるのも難しいけれど。化け術で、精霊さんを荒覇吐に見えるようにしてもらえないかしら。
 ずいぶん恐れていたみたいだし、驚かせて足を止めるくらいはできるんじゃないかと思うの。)
 ――マガツヘビには、荒覇吐に見えている。
「……え、あ?もしかして、神力、満ちちゃった?俺、間に合わなかった?
 アンタ、そんな分身できる様な能力まで手に入れちゃった?……あらまあ。」
 万が一に備えて昌平橋交差点に控えていた結は、使役する風の精霊を通して古狸にこの様に|お願い《要請》していたのである。
 そして、その効果は古狸が伝えた通り、まさに覿面であった。これ程までに憔悴しきったマガツヘビを見る事など、今後どれ程の機会があるであろうか。
 音夢が小刻みに黒蛇の動きを止め続け、遅滞戦術を繰り広げる中。
「お待たせ、みんな。それに、刑部さん……。」
 移動してきた結も、最前線に合流する。そして、見上げる先には大きな大きな黒蛇と。
 あの讃岐高松の『彼』と全く同じ姿をした、古狸の姿。
 向こうは結のことを覚えていないどころか、別の肉片の事などそもそも知らないのだが。
『古妖から人間を愛するようになる者も増えるかもしれぬ。
 斯様な変わり者に出会った時に、貴殿の優しさを活かしてやっておくれ。』
 この様に共闘すると、彼の地で催された宴で語り合った彼の姿を幻視する。
「そうか。遠目には見えておったが、それが主の姿か、精霊使い。
 ――其の方の策、美事である。」
「いいのよ。前はずいぶん助けてもらったし。」
「そうか、主も別の儂と轡を並べた経験を持つ者が。
 ――その『儂』は、随分な奇縁を持ったと見える。」
 その貌は、どこか羨ましそうにも見えたが。
「こんな状況じゃなければ、ゆっくり話したかったのだけれどもね。」
 結は言うが早いか、クラウスが設置したフレックスウォールに身を隠した。
(――違う肉片とはいえ、同じ隠神刑部さんだもの。きっと、貴方にも……。)
 戦争という状況がその時間を与えてはくれない事を理解している結は、真に掛けたい言葉をぐっと堪えながら。
 精霊たちを使役して竜巻を放ってマガツヘビの体力を削ってゆく。
 そして、そこにクラウスが思念操作するレイン砲台やファミリアセントリーによる支援砲撃が加わった。

 ――【|魔符創造《クリエーション》】

 拠点防御や制圧射撃などの己の技能を飛躍的に向上させるが、一定の確率で暴走した魔力により己が身を傷つけるという、諸刃の剣の√能力だ。
 然し、力だけなら屈指のものを持つ黒蛇を相手にし、討ち果たすならば。その程度の|コスト《ダメージ》など、気にするまでも無い。
(――これなら、進行速度の低下と防御も見込める筈だ。)
 そう考えてクラウスが設置したフレックスウォールに、結、クラウスと身を隠しながら、ヴィルヴェは己の代名詞とも言える√能力の下準備を行っていた。
 湯島聖堂の築地塀に、砕けた路面のタイルやアスファルト。素材は幾らでもある。
「適当な材料に召喚した精霊を宿らせて……足止め用のゴーレム完成じゃ!」
 外濠通りにて起動する、精霊式ゴーレム。それは3秒ごとに稼働数を増やし、フレックスウォールに加えた更なる防陣として機能し、更に一部はマガツヘビ目掛けて前進してゆく。

 ――【ゴーレムメイカー】

 移動せず3秒詠唱する毎に、多用途のゴーレムを創造する√能力だ。
「手前ぇは……敵、だよなぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
 結が使役する精霊全てが荒覇吐に見える中、ヴィルヴェの精霊式ゴーレムは間違いなく叩きのめしてよい相手だ。
 黒蛇は己の鉄壁の防御を担う漆黒の鱗を撒き散らし。その悉くを小型マガツヘビに変え、その身に纏う。【マガツイクサ】だ。
 今にも殴り掛からんと拳を振りかぶる自動人形を苛立ち交じりに睨みつけ。
「しゃらくせぇんだよ、この木偶の坊がぁぁぁぁぁああああ!!!!」
 装甲を貫通する【禍津ノ爪】が放たれた。ゴーレム如きでは、訳もなく木っ端微塵
「わっはっは!フェイントじゃ!」
「そして、ごめんなさい。罠よ。」
 ……には、ならなかった。ゴーレムは、確かに消滅した。しかし。
「……ぁ?」
 ――ごぽり。
 マガツヘビの口元を……他の誰でもない、己の血が伝う。
「なんでだ?何で何で何で何で何で俺の体に穴が空いてやがるんだぁぁぁぁぁ!!!?」
 マガツヘビは確かに鉄壁の防御力と無類のタフネスを誇る。真面な攻撃手段では、中々大きなダメージを与える事は難しいであろう。
 ――しかし。己自身の力であったならば、どうか。 
(――あやつは脳筋じゃから、きっとまっすぐ突っ込んで突破してくるじゃろう。)
 ヴィルヴェはそう踏んで、ゴーレムには『反射』の力を持たせていたのだ。
 そして、結は隠神刑部にゴーレムを荒覇吐には見せぬ様お願いしていた。
 こうして徹底的に攻撃を誘った上で、装甲を貫通する一撃の力をそのままマガツヘビ自身に返すという策は成ったわけである。
 そして、予想もしていなかった大ダメージに血を吐きながら混乱するマガツヘビに、次々と容赦のない弾雨が降り注ぐ。
「――|命中《ヒット》。次弾装填。
 算出完了、誤差許容範囲内。|射出《FIRE》。」

 ――【|予測演算射撃機構《セルフ・ワーキング》】

 小気味の良い|再装填《リロード》の音と共に、釣瓶打ちにする|狙撃手《フォー》。
 弱点を露わにする弾丸に加えて、今の彼にはマガツヘビが斃れる未来の姿までもが見えている。
 その未来をより一層強く手繰り寄せるべく、援護射撃に余念がない。
(――最前線の皆さんによる防衛陣に、敵の背後から目標を幻惑し続ける隠神刑部。
 必要なら逃げる事も考えていましたが、その必要は無さそうです。)
 ライトグリーンに輝くカメラアイで以て、幾ら未来の動きを演算しようとも。彼の下に辿り着く式は一切成り立たない。
(そもそもの話。――刑部に追われながら、こちらを狙えるならですが。)
 また一発、マガツヘビの命を削り取る銃弾が空を斬り裂いて飛翔する。


「嘘だろ!!!?俺が!!!!この俺が!!!!何でこんなに追い詰められてんだよ!!!?
 しかも、宴から逃げられなかったしよぉ!どうしてくれるんだ、ええ!!!?」
 戦いは佳境に入った。
 音夢の視線による麻痺に加え、クラウスが高速詠唱で連射する麻痺の力を込めた氷の弾丸に加え、その一撃一撃に遥か高台からフォーの援護射撃が狙い過たず急所に吸い込まれる。
 その上、結とヴィルヴェの策により、黒蛇は下手に攻撃を放つ事すら出来なくなった。
 最早、手詰まりと言っても良いであろう。
 それでも黒蛇は足掻く。主により更なる狂宴が始まった今でも、己が遠隔爆破し、他の√に繋がる大穴を開けたカヤックアキバスタジオに行けば、まだ逃げられる……。
 結の精霊たちを荒覇吐であると未だに信じ込んだままではあるが。
「別の『肉片』言うても、以前の『化け比べ』で相性は把握済みや、此処から先はぶっつけでいくで、伊予の!」
「心得た、讃岐の。太三郎めの十八番、美事演じ切ってみせよ!」
 何か合図を送り合うかむろと隠神刑部にも気付かぬまま。脱出に一縷の望みに賭けて、尚も前進しようとする。
 ――その踏み出した足元が。
 いつの間にか、潮で満たされていた
「……何処だ、ここ?」
 海だ。海が広がっている。つい先ほどまで、外濠通りの急坂に居た筈なのに。
 困惑し、呆然と立ち竦むマガツヘビの耳に。そして戦場に。朗々とした謡が響く。
「月も南の海原や 屋島の浦を訪ねん……。」
 遠くには蝶の旗印を掲げた船が浮かび、陸を疾駆するは笹竜胆を記した騎馬武者の群れ。
 ――景清追つかけ 三保の谷が 着たる兜の|錏《しころ》をつかんで
 一騎討ちを挑みながら、適わぬと見て逃げんとする笹竜胆の武者に追い縋り、その兜の錣を引き千切る。
 そう、見る者が見れば、|理解《わか》るであろう。笹竜胆は源氏。蝶は平家蝶。
 つまりこれは、美尾屋十郎廣徳と平景清との『錣引き』の場面だ。

 ――【|屋島合戦・南無八幡大菩薩《ヤシマカッセン・ナムハチマンダイボサツ》】

 幻術で屋島合戦を戦場に再現する、讃岐の太三郎狸が末裔であるかむろが得意とする√能力である。
(――さっすが伊予の城主。ウチとの幻術&化け術コラボによぉ合わせてくれる。)
 本来は演じ手はかむろ一人であり、その他の登場人物は幻術を頼る事になるが。今回は伊予の化け狸も舞台に立っている。
 ――屋島にいるや槻弓の もとの身ながら又ここに 弓箭の道は迷はぬに
 故に、平野教経の矢から義経を庇い討たれる佐藤継信も。
 ――其の時何とかしたりけん 判官弓を取り落し 浪にゆられて流れしに
 激戦の最中に波間に弓を落とし、それを武蔵坊を伴い弓を取り直す九郎判官義経の『弓流し』も。
 演じる全てのエピソードに、血肉が通う。
「糞、糞糞糞!!!!合戦の最中とか、あの|荒覇吐《ヤロウ》、本当にこの場を修羅道に墜としやがった!!!!
 糞が……逃げるったって、何処に、何処に逃げりゃいい……!!!?」
 マガツヘビの漆黒の鱗の隙間を縫って矢羽根が突き刺さり。騎馬武者の蹄に蹴られ、太刀に薙刀が閃く度にその身が斬り刻まれる。
 源平戦の幻影は、黒蛇に荒覇吐の宴が成ったという確信を益々深めさせた。
 そして王劍は我にこそ相応しいと吼えた古妖は、この状況から逃れるために。
「とにかく、今は……この周りをぶっ飛ばすしかねぇ……!!」
 肉体に、黒焔を灯した。

 ――【マガツサバキ】

 60秒間の疑似的な無敵を経て、ありとあらゆる障害を薙ぎ払う威力の尾を振るう、黒蛇が持つ中で最大の威力を持つ√能力である。
 巻き込まれれば、クラウスが設置した壁も何もかもが一撃の下に消滅するであろう。
 ――だが。
「その講じ手は、高松の時に割れとる。機動戦に徹すればどって事ない。」
「……状況が違うとはいえ同じ√能力が通じる辺り、やっぱり君は矮小なる頭脳の持ち主だよ。」
 九郎判官の愛馬の幻影に跨ったかむろが幻術の海岸を疾駆しながら矢を射掛け。
 深い夜の海の如き眼差しと共に、音夢の冷たい言葉を乗せて対物狙撃銃が火を噴いた。
 その矢も弾丸も漆黒の鱗に弾かれるが、彼女たちはそれを気にした様子はない。ただ只管に銃弾を叩き込んでゆく。
 ――先にも述べた通り、『疑似的な無敵』と言うには訳がある。
 60秒間のチャージ時間中、マガツヘビはあらゆる攻撃を無効化する。黒焔が最大にまで高まった時に放たれる【禍津ノ尾】の発動を妨害する事は、少々難しいであろう。
 然し、その尾を振るった後。60秒間受け続けた攻撃は、纏めてマガツヘビの身に反映されるのである。
 つまり、ダメージの先送りに他ならない。撃ち込んだ矢も弾丸も一切無駄にならないのだ。
「だから、遠慮なく撃たせてもらうよ。」
 それに、攻撃は近接範囲。60秒のチャージを終えたその時に、その攻撃範囲に居なければ良いだけだ。
 更に。この選択が誤りであるという最大の理由は、これだ。
「あやつ、ヴィルヴェのゴーレムの事をすっかり忘れておるな?」
 そう。反射の力を持ったゴーレムたちが量産されているのである。これに最強の√能力を放てばどうなるか。
 考えずともわかる筈であるが、憔悴し切った黒蛇はその可能性に思い至らなかった。
「まぁぁぁとぉぉぉめぇぇぇてぇぇぇ……吹っ飛べぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 思い至らぬまま、マガツヘビは60秒のチャージを終えて、渾身の尾を振るう。
 が、その範囲内にかむろたちはいない。ただただ、ヴィルヴェのゴーレムたちが居るばかりである。
 その人形が、尾に巻き込まれ、弾け飛び……その威力をそのまま黒蛇に突き返した。
「――い”っ、ぎぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!?」
 自身の最強の一撃を反射された挙句、一斉に適用されたダメージの波に。
 黒蛇の鱗という鱗が弾け飛び、骨は拉げ。その眼から、口から、鮮血が迸った。
「どさくさに紛れて他√に行こうなんて、許す訳がないよ。
 折角復活したところ悪いけど、大人しく封印されるといい。」
 クラウスはその血の雨をステップで躱しながら、マガツヘビ自身の力で開けた肉体の大穴に魔力で編んだ槍を捻じ込み、捩じり上げ。
「もう、これに懲りたら暴れないで欲しいのだけれども、ね。」
 結の風の精霊たちが竜巻で包み、斬り刻み。
「これで、|王手《チェック》です。
 ――いいえ、|詰み《チェックメイト》ですね。」
 あらゆる可能性が一本に絞られた未来を見たフォーが放った銃弾が、螺旋を描いてマガツヘビを撃ち抜いた。
 瀕死でゆらり、ふらりと幻想の波間をよろめく様は、まるで沖合に浮かぶ小舟の様。
 そこに、馬に跨った独りの若武者が、重籐の弓を片手に、波間にざんぶと乗り入れた。
 かむろが扮する若武者の名は、そう。屋島の戦いで、その一矢のみで英雄と成った那須与一資隆。
(――南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神……。)
 きりきりと引き絞るは先が叉となった鏑の矢。祈るは彼に縁ある全ての天意。
 ――その刹那。
 戦場の声も。波風も。黒蛇の揺らぎも。全てが凪いだ。
「願わくはあの扇の真中射させてたばせ給え……!……マガツヘビ、滅ぶ可し!」
 ――ひょぉう。
 秋空の下、弧を描きながら笛の音を曳いて、鏑矢が舞う。
 その一矢は、波間の扇の如く陽光にきらめくマガツヘビの頭蓋を見事、撃ち抜いた。
「美事、御美事!!讃岐一の弓取りよ!!」
 見事な|中《あた》りに、隠神刑部が扇を開いて快哉を叫び。幻影の武者たちが|箙《えびら》を叩いてどよめく中。
 快心の一射に、『掟』を果たした事を確信し。
 少女の姿に戻ったかむろが、大弓を天に突き上げる。
「う……そ……だ……ろぉ…………――」
 |扇《マガツヘビ》は、己の身に起きた数々を理解できぬまま、ひらひら、ずしり。
 白波の上に落ちて、沈み。そして、二度と浮かんでくることは無かった。


 こうして、外濠通りを巡るマガツヘビの逃走を阻止する戦は、EDENに属する√能力者たちと、隠神刑部の勝利に終わった。
 これでカヤックアキバスタジオの大穴より逃げ出そうというマガツヘビの目論見は、ほぼほぼ潰えたと考えても良いであろう。
 だが、結と隠神刑部の幻術による合わせ技で、黒蛇に神力は満ちたと誤認させはしたが。
 彼等の目と鼻の先の湯島聖堂にて、真の禍津鬼荒覇吐がその本懐を遂げようとしている事実に変わりはない。
「荒覇吐の奴めが何をしようとしているのか、儂は知らぬし、興味も無い。
 だが、其方らは彼奴を斃しに征くのであろう?」
 隠神刑部の問いに、一同は強く頷いた。その姿に、古狸は暫し瞑目し。
「……武運を祈る。」
 短く、そして素直に共闘した者たちにエールを送った。
 そして直ぐに、慣れぬ事をしたと、照れたのであろうか。
 いつもの表情よりも、より一層面白く無さそうな貌に戻って。
「――ふん。さて、儂は其処な召喚士の娘に|首級《くび》を奪られぬ内に帰るとしよう。」
「ヴィルヴェとて、場くらい弁えておるのじゃ!悪さをするならその限りではないがな!」
 言うが早いか、共闘相手たちと|宿敵《ヴィルヴェ》にくるりと背を向け、下駄の一本歯をかろかろと鳴らして歩き始める。
 己を討ちに来ることは無いであろうという、信頼の表れであろう。
(――其方等ならば、斯様な年寄りの心配は要らぬであろうが。生きよ、勝てよ。)
 丸眼鏡の下、古狸は晩秋の空を見上げ。
 つまらぬ『宴』に共に戦った者たちが負けぬ様、柄にもなく祈りながら。
 √妖怪百鬼夜行への帰路に就いたのであった。

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