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いたずらキツネと|混魂旅館《コンコンリョカン》
●妖狐と幽霊の温泉旅館
√妖怪百鬼夜行では、数多の妖怪が人々と生活を共にする。
妖狐たちが棲むとある山里――『白狐村』もそのひとつだ。良質な硫黄泉が湧き出る村には温泉旅館が軒を並べ、種族を問わず多くの観光客が訪れている。
中でも一番大きな旅館は『混魂旅館』。村の守り神の御告によって建てられたと伝わる由緒正しき旅館である。料理人が振る舞う独特な料理の他、狐達の風変わりなマッサージや、『幽霊桜』と呼ばれる青白い桜を見ながら露天風呂も楽しめる。
とくに特徴的なのは、旅館に棲み付く|幽霊《インビジブル》たちの悪戯だ。勝手に風呂桶の位置を替えたり、置いてあるものを投げ飛ばしたり。一見迷惑行為だが、『他の旅館では味わえない面白さ』として売りにしている。
……なのだが、最近は幽霊たちの悪戯が過激になってきているらしい。客からは聞こえない場所で、従業員の狐達がひそひそと話し合う。
「最近、幽霊たちの様子がおかしくないか?」
「台所で包丁を飛ばしてきたよ。危うく死にかけた!」
「湯の割合を勝手に変えて高温にしよった。ありゃ火車くらいしか入れんぞ」
このままでは死人が出るかもしれない。しかし、営業を止めるわけにもいかない。
人間が持ってくるお金は、お札はツルツル、小銭はキラキラしていて綺麗だから!
白狐村の妖狐たちは、人間のお金が大好きであった。
●不穏な気配
「危機管理意識が薄いですね。まあ、妖怪の考え方というのは、人間の常識では測れない部分もあるのでしょう」
|泉下・洸《せんか・ひろ》(片道切符・h01617)は、集まった√能力者たちへと依頼について語る。
舞台は妖狐が暮らす村の温泉宿『混魂旅館』。この旅館の特徴である『幽霊の悪戯』が過激化しているのだという。事態を放置した場合、客に被害が及んでしまうだろう。
「この旅館が魅力的な旅館であることは確かです。死亡者が出て営業停止になる前に、幽霊の悪戯が過激になった原因を突き止めて問題を解決してほしいのです」
まずは客として向かい、サービスを楽しみながら原因に繋がる情報を集めてほしい。原因が判明すれば、次にやるべきことも自ずと見えてくるだろう。
●女将狐の案内
都心部から何時間も車を走らせて、√能力者たちは山間の混魂旅館へと到着した。木造三階建ての数寄屋造り。帳場から待合まで吹き抜けになっており、上階から見渡せる作りだ。建築の各所は妖力で補強されている。
「|混魂旅館《コンコンリョカン》にようこそ!」
着物をぴしっと着こなした旅館の女将狐が出迎えた。ちなみに白狐村に住む妖狐の容姿は獣側に近い。狐が服を着て二足で歩いているイメージだ。女将は旅館で体験できるサービスについて説明してくれる。
「当旅館自慢の料理人が腕を振るう、妖狐に伝わる伝統料理をお楽しみいただけます。7種の薬草とモグラ肉を煮込んだ『七草モグラ鍋』に『ぴょんぴょんカエルの酒煮』、『バッタとミミズの炒め物』……あっ、川魚や山菜料理もございますので、伝統料理が口に合わない方もご安心を!」
狐が食べる生物を使った料理が自慢らしい。ただし、味の保証はない。無難に何か食べたい時は、人間用に準備された料理を食べるといいだろう。
「日頃の疲れを癒すサービスも充実しております。白狐村に住まう妖狐に伝わる『もふもふマッサージ』も体験できますよ。狐の手ではマッサージなど無理だと思うでしょう? ご心配なく! 指圧の強さも、我らの妖力を使えば自由自在なのです!」
妖狐の妖力を駆使し、もふもふに包まれる感触と一緒に、全身を揉み解してくれるのだとか。
「そして旅館といえば温泉です。当旅館自慢の露天風呂、咲き乱れる幽霊桜を眺めながら、上質な硫黄泉をお楽しみください。混浴ですので水着をご準備くださいませ」
混魂旅館の周辺は、昔から幽霊が集まりやすいらしい。幽霊桜は幽霊が放つ霊力に影響された結果、突然変異した桜なのだそうだ。青白い花を咲かせるのが特徴である。
なお旅館に集まる幽霊は、√能力者として覚醒した幽霊ほどの強さや存在感は持っていない。通常のインビジブルに、ちょっと毛が生えた程度だ。
彼らの悪戯にご注意くださいませと笑みを浮かべる女将。次は客室のご案内を……と言いかけた頭上に、突然生きている魚が降ってきた! ……魚?
上階から落ちてきた魚が、べちっと女将の顔に当たる。
「わぶ!?」
「わっ!」
同時に聞こえたのは幼い子供の声。ぽんっと煙が弾けた後、魚は一匹の狐になった。
真っ白な毛の子狐だ。ぴょんと床に飛び降りて、あっという間に駆けてゆく。
「|銀雪《ギンセツ》! また悪戯をして……あぁ、あの子はうちの倅です。まだ小さいのに変化の術が上手いでしょう? 他人や物を化けさせることもできるんですよ!」
叱ったり褒めたりと女将も忙しい。彼女は銀雪が去った方向を見つめながら、思い出したように口にする。
「あの子に落ち着きがないのはいつもの事なんですが……ここ最近、いつも以上にソワソワしている気がするんですよねぇ……お客様方に何か粗相をしたらお申し付けください。きつく叱っておきますんで」
これまでのお話
第1章 日常 『妖怪温泉宿へいらっしゃい!』
●ふしぎなお宿
妖狐たちがせっせと働く混魂旅館は、今日も千客万来だ。
「到着! 温泉楽しみだな、さくやん!」
|日南・カナタ《ひなみかなた》(捜査三課の異能捜査官・h01454)は帳場から館内を見渡す。
日南・竹千代丸(♰聖チョコ菓子天使タケノコ♰・h07414)と、旅館で合流した|式凪・朔夜《しきなぎ・さくや》(影狼憑きの霊能力者・h07051)も一緒だ。カナタは朔夜に竹千代丸を紹介する。
「あ、こいつ(竹千代丸)俺のソウルフードが具現化した奴! なんかわかんないけどすごいだろ! 宜しくな!」
「モチョモチョ(よろしくモチョよ)」
紹介され、竹千代丸が挨拶をした。
朔夜は竹千代丸の姿を見て驚いた。タケノコのチョコ菓子に天使の翼が生えているではないか。
「あ~、その、よろしく……」
丸みを描くフォルムが可愛らしい。内心そう思いながらも朔夜は平静を装った。
(モチョしか言わないけど、女の子なんだろうなぁ……)
直感で感じる。確信はないものの、失礼がないようにしたい。
三人は旅館の中を見てまわる。
竹千代丸はパタパタ飛び回り、館内を丁寧に観察した。
(ふ~ん、なかなか雰囲気あって赴きのあるいい旅館モチョね)
あちらこちら狐だらけだ。従業員の妖狐たちが忙しなく業務に励んでいる。
(従業員に怪しい狐はいないみたいモチョね)
歩き回るうちにお食事処の前に来た。受付の妖狐が三人を呼び止める。
「いらっしゃいませお客様。当旅館自慢の伝統料理はいかがですか?」
「伝統料理!? わーい! どんなのだろう!」
伝統料理と聞いて、早速カナタが飛びついた。竹千代丸も興味津々だ。
「モチョモチョモチョ(あたちの口に合う料理はあるかしら)」
こちらになりますと渡されたお品書きを確認する。読んでいくにつれ、カナタの顔が蒼褪めていった。
「え! 七草モグラ鍋……!?」
署に野良モグラの先輩がいるのに、モグラなんて食べれない。
朔夜も共にお品書きを覗き込み、凄まじい料理の数々にごくりと息を呑んだ。
「っていうか、この伝統料理、ヤバくね……?」
竹千代丸もぷるぷるとタケノコボディを震わせた。お品書きに対する拒否の意だ。
「モ、モチョモチョモチョモチョ(あ、あたちは黒毛和牛しか食べないモチョよ)」
伝統料理にちょっと引き気味である。
さすが妖狐。人間が口にしない食材ばかりを使っている。ここまで来ると、朔夜は逆に興味が湧いてきた。
「一体どんな味なんだろう。気になってきたな……」
一方で、カナタの顔は相変わらず青い。
「あ、あはは……流石にモグラはやめとこうかな~~。他のは……、カ、カエルにネズミにバッタ……ん、ん~~」
想像するだけで吐き気がしそうだ。
朔夜がお品書きから顔を上げ、カナタに目をやった。
「カナタ、すごい汗だな」
「だ、だって、バッタとミミズの炒め物とか食べれるか……?」
顔面蒼白のカナタが問う。朔夜は首を横に振ってみせた。
「いや、俺もそのバッタとかミミズは……う~んってなる……」
三人はお食事処の前で立ち尽くすしかない。カナタが意を決したように口を開いた。
「よ、よし! 先に温泉行くか!」
食事については心の準備が必要だ。
「そうだな、先に温泉行くか」
カナタの提案に朔夜も深く頷いた。
「モチョモチョ、モチョモチョモチョ(そうモチョね。食事のことは後で考えるモチョ)」
竹千代丸も同意する。よく探せば、人間でも食べやすい料理があるかもしれない。まずは落ち着いて、温泉にでも浸かって――。
「竹千代丸も一緒に温泉入ろう!」
「モチョ!?(モチョ!?)」
カナタの言葉に、竹千代丸がびっくりする。一緒に温泉だなんて冗談じゃない。
竹千代丸は天使の翼に力を込めた。
「モチョモチョチョ! モチョモチョモチョー!(あたちは女の子モチョ! 一緒に入れるかモチョー!)」
ばっちーん! と翼から張り手を繰り出す。殴り飛ばされて、カナタは訳が分からず困惑した。
「え、どうしたんだよ竹千代丸も行こうよ!」
一連の竹千代丸の行動から、朔夜は確信する。
「……カナタ、一緒はマズいと思う」
真顔でカナタに告げる朔夜。竹千代丸は間違いなく女の子だ。旅館の温泉が混浴であるとはいえ、竹千代丸の乙女心が共に入ることを許さないのだろう。
カナタは状況を理解できていないながらも、「嫌ならしょうがないか……」と諦めた。
(このさくやんとかいう男……こいつはあたちをレディと知ってるモチョね。なかなかのイケメンモチョね)
朔夜の言動に、竹千代丸は感心する。察する能力が高いのはイケメンの証だ。
……そんなわけで、軽くひと悶着あった後。カナタと朔夜は二人で温泉に入ることになった。乳白色の硫黄泉が体をしっとりと温める。
頬にもみじ跡をつけたまま、カナタがひとつの答えに気付いた。
「あ、そっか、あいつチョコだもんな。溶けちゃうしな」
「いや、溶けるどうこうの前にだな……」
朔夜が竹千代丸の性別について話すよりも先に、カナタは調査のことを思い出す。
「あぁ、そうだ。調査しないとな。温泉が気持ち良くて忘れかけてた」
|心霊聴取《クレアオーディエンス》を使い、インビジブルから情報収集を始めた。
「っと、本来の目的って調査だったな」
朔夜も|影狼端末《ルナリンク》で影狼と感応し、調査を開始する。
(――影狼。旅館内に何か妙な気配を感じたら、知らせてくれ)
二人が調査を始める一方で、竹千代丸は二人に気付かれないよう、こっそりと温泉に来ていた。
(できれば女湯に入りたかったモチョけど……)
残念ながらこの旅館は混浴しかない。とはいえ、温泉にどうにか入りたい。
幸い露天風呂は広々としており、岩で死角になっている場所も多い。男性陣がいない場所を見つけることができた。
「モチョ~……モチョモチョ(ふぅ……いいお湯モチョね)」
チョコ菓子の身に影響が及ばないよう、エネルギーバリアで防壁を作る。そうしてちゃっかりと、温泉を漫喫するのであった。
●情報めぐり
悪戯幽霊の過激化という状況に置かれながらも、混魂旅館は自由気ままに営業中だ。
「危うく死にかけるほど危険なのに営業中止しない? 人間のお金が大好きだから……??」
妖狐たちの危機意識のなさに、|知原・琉依《ちはら・るい》(未知の探求者・h12315)が首を傾げた。不思議がる彼女に、ミラ・グレイヴズ(魔法の鏡の付喪神・h12311)が穏やかに返す。
「まあ、人間社会なら考えられない緩さだけど。無邪気で良いと思う。僕は好きだよ、こういうの。……いや、死亡者が出そうなのは全然良くないけどね」
人間とは違う感覚で生きているのだろう。しかし、死者が出てしまっては大変だ。
「そうですよ。せっかく面白い旅館なのに営業停止になったら勿体ないです。ささっと調査して解決しましょ!」
琉依はレギオンに幽霊の警戒をさせながら旅館を散策する。廊下の掃除をしている従業員の妖狐に声をかけた。
「すみません! 少し聞きたいことがあるんですが」
「あっ、いらっしゃいませお客様~。どうぞ何なりと~」
「ここの幽霊さん達って、どうして悪戯してくるんですか?」
「みんな構ってほしいのさ~。遊び相手が欲しいんだ。最近過激なのは、よくわからないけどねぇ」
それらしい心当たりはないようだ。妖狐の話を聞きながら、ミラが思考を巡らせる。
(幽霊にも話を聞いてみた方がいいだろうね。それなら……)
ゴーストトークを発動し、視界内の|幽霊《インビジブル》を生前の姿に変えた。
『あ、生きてるヒト。俺が見えるの?』
知性を得た幽霊がミラに話しかけてくる。ヒトではないが、そこはスルーした。
「こんにちは。最近悪戯が過激になってきてるみたいだけど、何かあった?」
ミラの問いに幽霊はううんと唸った後、悩ましげに口を開いた。
『最近、裏山から変な奴が来ることがあるんだ。それでみんなイライラしてる』
「変な奴が来る……?」
『そいつに当てられて、荒っぽくなるやつもいるんだよ』
幽霊の話を一緒に聞いていた妖狐が横から口を挟んだ。
「裏山といえば、悪い神様を封印したって言われてる祠があるねぇ」
怪しい単語が出てきた。琉依がすぐに食いつく。
「詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
妖狐はふと何か考えた後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「コンコンッ、これ以上は流石に『業務範囲外』ってやつだなぁ? けど、そちらさんが『奮発』してくれるってんなら……」
ミラは言葉の意味を即座に理解する。なんて抜け目ない狐なのだろう。
「奮発……ああ、心づけってやつだね」
「……いくら渡すのが良いんでしょう?」
ちょっとした作戦会議だ。琉依の疑問に、ミラがコソコソと返す。
「たぶん、いくらでも喜んでくれるよ。君が情報料として妥当だと思う金額でいいんじゃないかな」
話し合いの結果、琉依はツルツルのお札とキラキラの小銭を何枚か差し出した。
「狐さん。こちらを差し上げますので、教えていただけませんか?」
妖狐は喜々と受け取り、ご機嫌な声色で紡いだ。
「あのへんは銀雪の遊び場なんだぁ。アイツの方が色々知ってるかもね!」
他の狐に丸投げか。だが、原因に繋がる情報である可能性は高い。
「女将さんのお子さんでしたね。ありがとうございます。その子に聞いてみます」
琉依はお礼を言った後、すぐに銀雪を探し始めた。琉依の働きっぷりに、ミラがふと口にする。
「ところで、被害が出る前に解決しないといけないのはそうなんだけど……君にしては分かりやすく急いでるよね。そんなに気に入ったの? この旅館」
「気に入ったのもそうですけど、妖怪さんたちの価値観が気になってて。早く終わらせてそっちを調査したいです」
「ああ、なるほど」
ミラは納得した。琉依は情報を集めることに意欲的なのだ。
(……調査するほど複雑なものではないと思うけど、まあいいか)
妖狐たちの価値観はかなりシンプルなのではとミラは思うが、黙っておくことにした。自らの力で知ることも、ひとつの価値だろう。
●和み旅
「ようこそ、混魂旅館へ~!」
妖狐たちがズラリと並んで二人を出迎える。
狐の旅館に、|夜鷹・芥《よだか・あくた》(stray・h00864)は実家の様な安心感を覚えた。
「先ずは癒してもらうとしますか」
|雨夜《あまや》|・《・》|氷月《ひづき》(壊月・h00493)も好奇心に満ちた眼差しで、妖狐を見つめている。
「まずはもふもふマッサージ! 受けてみたいなって! 行こ!」
氷月が此処に来た理由のひとつだ。芥も妖狐に伝わる『もふもふマッサージ』とやらに興味を抱いた。
「へえ、マッサージか……狐が施術すんの?」
「そうなんだって。そんなの普通の旅館じゃ味わえないし!」
瞳を輝かせる氷月。ワクワクしながら二人は施術部屋へと向かった。
部屋に入ると、施術スタッフの妖狐たちが、こーん! と鳴きながら取り囲む。敷かれた布団に寝転がった瞬間、程良い指圧と柔らかな感覚が二人を包み込んだ。
「ふわもふに程よい指圧……新感覚……」
心地よさに氷月は目を閉じる。芥も腰に感じる狐のふみふみを堪能していた。
「これヤバイな……」
感触は確かに狐の手なのに、ちゃんと指圧もあって気持ちが良い。おまけにもふもふな狐が寄り添うものだから、温かいことこの上ない。
(このまま寝ちまいそうになるのもアレだし)
芥は狐たちに退いてもらい起き上がる。
隣の布団で施術を受けている氷月に近付いた。
「はあ……コレは癒し……事務所の狐達にも覚えてもらいた――ん?」
肩に触れた手の感触に氷月は閉じていた目を開く。誰の手なのかは、確認するまでもなくわかっていた。
「お客さん、何処凝ってんの?」
雑に店員の演技をする芥に、氷月が双眸を細める。
「なあに、芥。俺の事気持ち良くしてくれるの?」
「俺も狐なんでサービスしますよ」
氷月はうーんと考えるような素振りをして、ニヤリと口端を上げた。
「でも、もふもふ感が足りないかなぁ。代わりに俺が気持ち良くなれる一言チョーダイ」
なんて無茶振り。氷月の要求に、芥は氷月の耳元に唇を寄せる。
「欲しがりな客だ。帰ってからたっぷりくれてやるから我慢な」
ノープランだが、ちょっとした悪戯くらいしても許されるだろう。
「んふ、それは楽しみだ」
耳へと吹き込まれる囁きに、氷月は笑みを深めた。
空気を読んだ狐たちが見守る中、おふざけが始まる。
「このあたりか?」
「あっ、そこ、ちょっと強い」
「もう少し緩めるか……」
「んっ……そう、それ気持ちいい……」
これはマッサージだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「ふーっ、気持ち良かった! 芥マッサージ上手いじゃん」
「ご満足いただけたようで何より」
満足した氷月に芥がわざとらしく返した。他にも行きたい場所がある。芥は誘いを持ちかけた。
「折角だし温泉でも行ってみるか?」
「んふふ、イイよ。次は俺が背中を流してあげよっか?」
冗談めかして笑う氷月に、芥はふっと楽しげに息を零した。
「お前に背中洗われんの変な感じ。擽るのとかナシで」
脱衣所で水着に着替えて二人は露天風呂へ。湯けむりの向こうに見える幽霊桜が美しい。風呂桶を手に取り、氷月は狙いを芥へと定めた。
「擽るなって言われると、擽りたくなるよねえ……なんて冗談!」
風呂桶を投げる。飛んでくる風呂桶を芥はサッと躱した。
「おっと。ここらの幽霊顔負けの悪戯だな」
風呂桶を避けながら湯に浸かる。何気なく見上げると、満開の桜が視界に飛び込んだ。氷月も隣にやって来て、同じように目を向けた。
「お、景色も良いしイイお湯だね」
湯に肩まで浸かりながら二人で桜を眺める。
「……偶にはお前とのんびり過ごすのも悪くない」
芥がぽつりと呟いた。耳に届く柔らかな声色に、氷月も心が安らぐ。
「そ? なら良かった。俺もアンタとのんびり過ごすの結構好きだよ」
ふわり、ふわり。
青白い桜の花が、湯けむりの中で風に揺れる。
●味わう
旅館のあらゆる場所に、狐、狐、そして狐。
妖狐たちを眺めながら、緇・カナト(hellhound・h02325)はふと気づく。
「キツネのお宿だから混魂旅館なのかなぁ」
コンコン! 妖狐の歓待を受け、|野分《のわけ》|・《・》|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)はご機嫌だ。
「こんこん旅館。お狐さま可愛かった」
マッサージも気になるが、まずは温泉に入りたい。
二人は露天風呂へと向かった。岩風呂を囲うように、幽霊桜が咲き誇っている。
時雨は首まで湯に浸かった。
「あったかぁ。露天風呂好き。顔は涼しいから、のぼせにくい」
隣で肩まで浸かりながらカナトが思ったことを口にする。
「牛鬼君の場合は温泉って言うか、水に浸かってるのが好きなのかと思ってた」
「まあ、水に浸かればおっけいなのは否定できません。でも、やっぱり桜見ながら温泉て贅沢じゃん」
湯盆には徳利とお猪口。日本酒を味わいながら花を楽しむ。
ぷかぷかと浮かぶ湯盆に、カナトは視線を送った。
「あと飲酒できれば何でもおっけー?」
「……それも否定できないけど! 両方合わさるとより幸せじゃないですか」
時雨がお猪口からぐいっとひとくち。温泉とお酒で体もぽかぽかだ。
カナトは頭上に咲く幽霊桜を見上げる。青白い花が風に吹かれ、幽霊のようにゆらゆらと動いた。
湯の上で穏やかに揺れる酒杯、湯けむりの中に咲き乱れる満開の桜。
「確かに、桜眺めながらの晩酌は風流かもねェ」
湯が揺蕩う音に耳を傾ける。不穏な気配があるとは思えないほど和やかだ。
温泉から上がった二人はお食事処へと向かう。
「大満足。眠いけどお腹すいた。わんちゃん何飲んでるの?」
いつの間に買ったのか、カナトの手には牛乳瓶が握られている。
「珈琲牛乳~。風呂あがりはやっぱコレ」
他愛ない言葉を交わすうち、お食事処に到着した。
伝統料理のお品書きを眺めながら、時雨がふと思い出したように話を振る。
「わんちゃん、虫料理いけたよね」
「時雨君ほど虫食べるのおいしいアピールした覚えはナイかなぁ」
「そうでしたっけ? あ、栄養ありそう。モグラ鍋とか食べてみる?」
どうやら看板メニューらしい。時雨の言葉にカナトも興味を示す。
「七草モグラ鍋は気になるね。モグラ肉って珍しくないかい?」
「珍しいかも。酒と合うのかな。ジビエみたいなもんか」
時雨にとって、酒と料理の相性は大事だ。酒と言えば、とカナトがとあるメニューを指差す。
「好き嫌いは兎も角カエルの酒煮もあるみたいだけど……ストレートに酒を牛飲したい君だっけねぇ」
時雨はぎゅっと眉を寄せた。ぴょんぴょん。頭の中でカエルが跳ねる。
「カエルはなんか、やだ……」
生理的に受け付けないらしい。カナトはからからと笑った。
「やっぱりかぁ、其れじゃあ川魚や山菜のオススメ料理も食べて行こう〜」
気になる料理を片っ端から頼んでゆく。しばらくして、伝統料理の数々が先に運ばれてきた。
カナトは七草モグラ鍋を観察する。
「モグラ鍋、見た目はわりと普通だねぇ」
時雨もバッタとミミズの炒め物をじっと見つめた。
「虫料理は昆虫そのまま炒めてるんですね。香りは良いけど、味はどうかな?」
いただきますと手を合わせて、いざ実食。
七草モグラ鍋は、薬草と一緒に煮込んで肉の臭みと硬さを抑えている。
バッタとミミズの炒め物は、海老と魚を炒めたような味だ。
「んー……モグラ鍋、食べられないってほとではないかなぁ」
カナトが率直な感想を言う。時雨も虫の炒め物をもぐもぐと食べた。
「虫料理も見た目はアレだけど、味はそこそこですよ」
普通の料理も運ばれてくる。ヤマメの塩焼きに、ふきのとうの天ぷら等々。
カナトはヤマメの塩焼きを噛み千切る。皮はパリッとしていて、中はふっくらと柔らかい。
「こっちは普通に美味しい」
時雨もふきのとうの天ぷらを頂いた。香ばしさの中に、爽やかな春の香りがする。
「お酒と合う~! うま~!」
風変わりな料理から王道メニューまで、二人は食事を思いきり楽しんだ。
●春をいただく
狐たちの混魂旅館は、今日も多くの客を迎えて大繁盛だ。
旅館を外から見た時、露天風呂を囲う竹垣の塀の向こうに、幽霊桜が垣間見えた。青白い花弁を思い返し、|物部・真宵《もののべ・まよい》(憂宵・h02423)が柔らかに瞳を細める。
「ちらりと見えた幽霊桜、きれいでしたねぇ」
「ああ、青白い桜とは珍しい。後程ゆっくり眺めたいものだな」
|神花《かんばな》・|天藍《てんらん》(白魔・h07001)は館内案内図に目をやった。帳場から程近い位置にお食事処があるらしい。
「真宵、腹は減ってはおらぬか? まずは腹拵えでもしよう」
「はい、ぜひ!」
天藍と真宵はお食事処へ向かった。裏山とそこに咲く幽霊桜がよく見える、窓際の席に通してもらう。
お品書きは妖狐の伝統料理以外に、人間向け料理も充実していた。
「色々あって悩んでしまいますね……」
真宵は考えた末、会席料理を注文することにする。管狐達には和菓子のプレートを選んだ。
一方で、天藍はお品書きの食事とおやつの間で、視線が何度も往復する。
「つい甘味に目がいってしまうが腹拵えだものな。食事を食べねばならぬが甘味も……」
迷ってしまい決められない。悩む彼に、真宵は良いアイデアを思い付いた。
「ふふ、ではクダたちの甘味と交換いたしましょう。それならお食事も甘味も両方味わえますから」
「……! そうか、クダ達と交換すればよいのだな」
天藍がちらりと管狐達を見やる。彼らはどう思っているだろう。
「あなたたちもそれでいいわね?」
「きゅう~!」
「くう!」
真宵の確認に管狐達は賛成の声を上げた。皆、可愛らしくて良い狐だ。
注文後しばらくして、料理が運ばれてくる。地元で収穫したフキノトウにたらの芽。海街から仕入れた甘海老、鯛にヒラメ。春の素材を使った和菓子のプレートも欠かさない。
旬で彩られた料理に天藍は感心する。
「人の宿で出るものと遜色がないな。これも妖力で作ったものなのか?」
給仕の狐が元気よく答えた。
「はい! ヒトの料亭で学びましたので、味も間違いなしです!」
二人はさっそく料理をいただく。
お塩をかけて、たらの芽の天ぷらをサクリ。真宵の口の中に柔らかな春の味わいが広がる。
「美味しい……旅館のお食事なんてひさしぶりです」
天藍も蛤のお吸い物を口にした。蛤から出る旨味が舌の上で踊る。
「出汁の香りが良い。鰹がよく効いておる」
お次に鯛の刺身を口にしようとして……器の端に盛られたわさびが、刺身の一部と接触していることに気付いた。
「む……刺身にわさびが触れてしまっておる……」
「天藍様、わさびが苦手でしたらわたしのと交換いたしましょう。それからこちらの海老の天ぷらもどうぞ」
真宵が交換を申し出た。天藍は申し訳なさそうに眉を下げる。
「かたじけない……良い歳をしているというのに辛いものが得意ではなくてな」
真宵が交換するタイミングで、管狐達も一緒に和菓子のお裾分けだ。
「くぅ!」
「きゅっ!」
「きゅ~ん!」
今様はあんこの串団子を、青藍は桜最中を、露草は苺大福を天藍に渡す。
「む、そのような豪華なものもよいのか? それでは我は三色いなりをやろう。全部味が異なるゆえ、皆で分けるとよい」
天藍は桜の飾り切りを添えた三色いなりを管狐達にあげた。狐色だけでなく、淡いピンク、そして柔らかな緑の油揚げが可愛らしい。管狐達は大喜びだ。
「まぁ、なんて可愛らしい。良かったわね」
美味しそうにいなりを食べる管狐達に、真宵も笑みを浮かべた。
春のごちそうに、窓に切り取られた桜景色がよく映える。
「ふふ……たまには斯様に和やかに過ごすのもよいな。まるで本当の旅行のようだ」
心が安らぐ。天藍の言葉に真宵が深く頷いてみせた。
「ええ、ほんとうに。なんだか旅館の中はすこし落ち着きのない気配がしますが……いまはお食事を楽しみましょう」
問題解決に動くのは、食事を楽しんだ後でも良いだろう。和やかに談笑しながら、二人は心ゆくまで料理を堪能した。
●アヒルさんもおしごと
おきつねこんこん賑やかな混魂旅館。其処には不穏な影が蠢いている――。
「ハル、温泉入るぞ!」
|色城・ナツメ《しきじょう・なつめ》(頼と用の狭間の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00816)が気合の入った声で告げる。水着と|アヒルさん《ラバーダック》もしっかり装備だ。|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)は温泉に入るつもりはなかったが、ナツメの勢いに押されている。
「温泉かぁ……いつぶりだろうと思ったけど、そういえば八曲署に温泉あったね。というか掘ってたね」
壁をぶち抜くし温泉も掘る。√汎神の警察は自由なのだ。世界はなんて広いのだろう。
「仕事はもちろんちゃんとやるが、癒されるときは癒されていいだろ」
折角旅館に来たのだ。温泉に入らないなんて勿体ない。メンタルにダメージが来る仕事だからこそ癒しは大切だ。
「……うーん、ナツメくんが入るなら入ろうか。確かに休息は大事だよね」
「あぁ、ハルも道連れだ。お前も癒されろ」
陽が断ったとしても、ナツメは陽を引き摺っていくだろう。
俺は休まなくても大丈夫なんだけど……と陽は思いつつ、言える雰囲気ではない。あっさりと折れ、旅館から水着を借りた。
幽霊桜が咲き乱れる露天風呂に到着し、二人はさっそく湯に浸かる。
「あー……手足伸ばせるのマジでいいわ……」
ナツメは隣に浮かぶアヒルさんを、つんつんとつつきながら寛ぐ。
「確かに足を伸ばせるのっていいね。普段あんまりゆっくりと出来ないしさ」
陽も足を伸ばしながら、ぷかぷかと揺れるアヒルさんを見やった。
「ナツメくんはやっぱりアヒルさん持ち込んでいるんだね。本当にナツメくんはアヒルさんが好きだよね」
「もちろんハルの分もあるぞ」
ナツメは第二のアヒルさんを取り出す。湯に浮かべて陽の方に流した。
「えっ……俺は大丈夫……」
「遠慮すんなよ、ほらほら」
アヒルさんのつぶらな瞳と目が合う。
「あ、うん……ありがとう」
断り切れずに受け取ってしまった。
(家に突然アヒルさんを連れて帰ったら同居人が驚くだろうな)
家の風呂場にも浮かべるべきか、家のどこかに飾るべきか。
陽が真剣に悩む一方で、ナツメは寛ぎながらもインビジブルの動向を観察している。
(せいぜい桶を飛ばすくらいで、悪質ないたずらはしてないようだが……)
桶を片付けている清掃員の妖狐に声を掛けた。
「なあ、ちょっといいか」
「いかがなさいましたか?」
「最近幽霊の悪戯が過激になってるって聞いたんだが、今日は落ち着いてるみたいだな?」
清掃員が手を止めて、考え込むように首を傾げる。
「そうですねぇ……理由はわかりませんが、日によってムラがあるのですよね」
陽も二人の会話を聞いていた。
「日によってムラがある……? 常に過激ってわけじゃないんだ」
温泉に浸かりながら思考を巡らせる。血流がよくなり、頭の回転が早くなっているような気がした。
「原因は旅館の中じゃなくて、外にあるとか?」
外に原因があるなら、旅館の妖狐が原因を知らなくても不思議ではない。
さらに深く考えようとしたところで、ナツメのアヒルさんが突然宙に浮いた。
「あ、ナツメくん。アヒルさんが飛んでるよ」
幽霊たちの悪戯だ。ナツメがアヒルさんを掴もうとすると、空中でアヒルさんが逃げる。しかし、攻撃性や悪意は感じない。
「……欲しいのか? いるか? やるよ。俺はまだ家に予備があるから遠慮なくもらってくれ」
ナツメが穏やかに言えば、幽霊たちはそのままアヒルさんで遊び始めた。
彼らの様子に、陽が思ったことを口にする。
「幽霊自体に原因があるようには見えないね……」
「ああ、風呂上がったら、旅館周辺のことも聞き込みすっか」
ナツメも同意見だ。頷いてみせたあと、肩まで湯に浸かる。まずはしっかり温泉でリフレッシュしてから仕事に集中したい。
乳白色の濃厚な硫黄泉が、ナツメと陽をしっとりと癒した。
●混沌道中
風情ある佇まいの門をくぐり、妖狐たちが営む混魂旅館へと彼らは足を踏み入れる。狐の姿だけでなく、あちこちで幽霊が漂っていた。聞いていた通りの旅館だ。
「ゆうれいさんたちがいたずらしてくる旅館かぁ……ちょっとこわいきもするけれど……かんがえてみれば、ひつじさんたちもいたずらするし、あんまりかわらないかも?」
|鐘音・ちりん《べるね・ちりん》(すとれいしーぷなヒツジ飼い・h08665)の言葉に、|冷・紫薇《⋆*✲ろん・ずーうぇい✲*゚》(沦落織女・h07634)は羊たちの悪戯を思い描く。
「ちりんちゃんとこの羊のイタズラって、そんなにわるーいヤツなのかなぁ」
「……あ、あんまりすごいいたずらはしないよぉ!」
女子二人がきゃいきゃいと騒ぐ横で、|水縹《みはなだ》・|雷火《らいか》(神解・h07707)は空中を浮遊する幽霊を睨んでいた。
「幽霊っていうのはどいつもこいつもロクでもないやつばかりなのか? やたら悪食なやつとかやたら飲んだくれてるやつとか」
幽霊ディスが耳に届き、紫薇が即反応する。
「一部のロクデナシユーレイのせいであたしらまともユーレイまで厳しい目で見られんのひっどーい!」
「俺が今言ったこと聞いてなかったのか?」
雷火はジト目で紫薇を見やった。今まさに例として挙げた幽霊の中には、当然紫薇も含まれている。
紫薇は雷火の眼差しにめげず、ぱちりとお茶目にウインクしてみせた。
「ユーレイ生活も意外と悪くないから、雷火くんもレッツユーレイライフだよ!」
幽霊生とは第二の人生! ノリと勢いで勧誘すれば、雷火の表情はより険しくなる。
「俺、こんな死に方だけはしたくないな。ってかまだ死なないし!」
館内の幽霊たちが三人をちらりと見ては、くすくすと笑いながら通り過ぎてゆく。
幽霊を眺めながら、ちりんは旅館に来た目的を思い出した。
「……っと、ゆうれいさんたちが最近あばれてるの? それは解決しなきゃだねぇ」
できればおともだちになりたいけれど、むずかしいかも?
などと思いつつ、きょろきょろと周囲を観察する。不思議なことは見逃さないようにしなければ。
紫薇から謎の勧誘を受けてカリカリしていた雷火も、本来の目的に意識を戻した。
身近にロクでもない幽霊ばかりがいるから、幽霊をぶん殴ることには慣れている。
「幽霊が悪さしたらぶん殴ってやる……けど、とりあえず腹拵えだ!」
ぐ~、とお腹が鳴った。腹が減っては戦ができぬ。ちりんも彼の意見に大賛成だ。
「お料理、楽しみだね!」
「めめっ!」
羊たちも楽しみにしているようだ。気分の高まりを表すように、毛がもふっと膨らんだ。一方紫薇は二日酔いが酷すぎてグロッキーだが、幽霊なので多少不健康でも問題なかろう。
「おいしい料理楽しみー!」
今回は家でかっぱらった酒1杯だけで我慢したい。オトナの女性として、そこは自重するつもりだ。
……地酒の誘惑にも、絶対に負けない!
三人は早速お食事処へと向かった。小上がりの広々とした宴席でお品書きを開く。
雷火にとって旅館の料理は初体験だ。しかし残念ながら、大好きなハンバーガーもナポリタンも載っていない。どう見ても食べれそうにないゲテモノ料理か、今まで散々食べてきた和食ばかりだ。
「これ、は……水縹に居た時に食べたのに似てるものか、なんか悪食クソ怨霊が喜びそうなものばっかりじゃないか。外食の楽しみは何処だ……なぁ、マト衛門、お前もそう思うだろう?」
「メェ?」
羊が首を傾げた。彼らはお品書きに夢中で、雷火の話を殆ど聞いていなかったようだ。ちりんもお品書きを眺めていたが、虫料理のグロテスクな写真から目を逸らす。
「で、伝統料理は……ひつじさんたちならイケるかもだけれど、ぼくは遠慮しておくよぉ」
紫薇も虫やらカエルやらには興味を示さない。
「マジで伝統料理はちょーっと胃が受け付けないなぁ。いや子供の頃なら普通に食べてたけどさ」
懐かしくはあるが、食べるかと言われたらNOである。
最終的に皆が選んだのは、エビの天ぷらがのった料理の数々だ。
注文後、妖狐たちが料理を運んでくる。
ちりんが頼んだ物は、エビと菜の花の天ぷらをのせたうどん。
「てんぷらのせおうどん! おいしそうだねぇ」
「めー!」
香る昆布だしに、羊たちも興奮気味だ。
「あたしはエビ天! お酒と合いそー!」
紫薇が頼んだ料理はエビ天の盛り合わせ。こごみの天ぷらも合わせ、春の山菜で緑を添える。かなりのボリュームだ。腹の肉が気になるところだが、温泉には入らないので遠慮なく食べてしまおう。
そして雷火が頼んだ料理も、これまた豪快な特大エビ天のせ蕎麦だ。食べ応え間違いなしだろう。
「せめてものジャンキーだ。いただきま……」
雷火が箸で天ぷらを掴もうとした瞬間、天ぷらが宙に浮き上がった。
突然浮いたエビの天ぷらに、ちりんが驚く。
「あっ! 雷火くんのえびが!」
幽霊の悪戯だ。
「あっ!? この、クソ幽霊! 俺のエビ天返せ!」
雷火が必死に箸で捕まえようとするが、エビ天は機敏に動いて逃げる。
紫薇は天ぷらを肴に酒をぐびっと流し込みながら、からからと楽しげな笑い声を上げた。
「あはは、エビ天が空を泳いでるー」
宙を舞うエビ天に興味を示したらしく、羊たちがつぶらな瞳を光らせる。
「メェ~!」
「めっ!」
羊たちも逃げ回るエビ天を追い回した。
「マト衛門、ラム吉……お前たちも取り返そうとしてくれてるんだな……!」
彼らの行動に雷火は胸が熱くなる。
(ひつじさん、空飛ぶえびで遊んでるだけのような気も……)
ちりんは黙っておくことにした。世の中には言わない方が良いこともあるのだ。
酒をもう一口飲みながら、紫薇は酔った視界で空飛ぶエビ天を眺める。
「旅館のユーレイもエビ天食べたいのかな? ……あ、地酒おいしそう」
欲望と自重の狭間で揺れるユーレイ。遊ぶ羊に、空飛ぶエビ天――果たして雷火は特大エビ天を食べることができるのだろうか?
第2章 冒険 『邪霊祓いの儀式』
●
『裏山から変な奴が来る』
『そいつに当てられて、荒っぽくなる幽霊がいる』
『裏山に悪い神様を封印したと言われている祠がある』
『裏山は銀雪の遊び場』
ゴーストトークで幽霊と会話し、従業員の妖狐からも情報を得た。
√能力者らは、何かを知っていそうな子狐……銀雪を見つけ、話を聞き出すことに成功する。
「え、えっと、じつは……術の修行中に、間違って祠を壊しちゃって……えへへ……」
大人たちに怒られるのが嫌で、バレないように『変化の術』で見た目を誤魔化しているという。
そういえば女将狐も、銀雪について『変化の術が上手で、他人や物を化けさせることもできる』と言っていた。銀雪は才能を悪用して、祠を破壊してしまったことを黙っていたのである。
全てを白状した銀雪は、裏山の祠まで案内してくれるという。大人の妖狐たちも、祠を修理するため同行してくれるとのことだ。
√能力者たちは祠へと続く山道……幽霊桜の群生地へと足を踏み入れた。
桜並木の山道は、まるで絵画の世界のように美しい。だが、景観を純粋に楽しむことはできないようだ。
幽霊が言っていた『変な奴』が、木々の間から睨みを利かせている。
「グルルッ……」
黒い犬だ。黒い霧のようなモノが、犬の形を取っている。霧からは強烈な憎悪と敵意を感じた。彼らは悪しき神気に汚染されたインビジブルが変異した邪霊だ。狐たちも酷く驚いている。
「少し前に来た時はこんなのいなかったぞ!? 」
「隠れていたか、今までは数が少なかったのかも……」
『悪い神様』が少しずつ邪霊を増やし、勢力を強めようとしているのかもしれない。その影響が裏山の側にある旅館まで及んでいたか。
とにかく、この邪霊たちを祓い清めなければ先に進めない。行く手を邪魔してくる上、放置しておけば旅館に悪さをするだろう。
※妖狐たちは身を守るための術が使えるので、護衛する必要はありません。
※邪霊は非常に凶暴な野犬のイメージです。牙と爪で攻撃してきます。