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|彩玻璃花《コロラフロル》とペトリコール
●雨音に遊ぶ
──とん、とん、たたん。
石畳を、幌の上を、傘の上を。跳ね回る様にして雨粒が踊る。本来なら疎む声も多い梅雨時期の訪れも、この街では催花雨として多いに喜ばれる。樹々に、花に、地に。この時期だけ間借りするように芽を伸ばす透明な花。雨を受け止め楽しげに、ころりゆらりと色を変える。青空の色に、萌花の彩に、夜星の祝にと花びらを染めて。
ほら、|彩玻璃花《コロラフロル》が花開くよ。
●雨馨に揺れる
「集まってくれて感謝する。ひとつ、警備の依頼を頼まれてくれるだろうか。」
ネオンテトラの泳ぐレインコートを纏い、ひとりの青年が声をかける。当機はカルディア・メテオロロギア(h07242)だと名乗った後に、切り出すのは√ドラゴンファンタジーのとあるダンジョン都市についてだ。
梅雨時期の長いこの地方に、雨の降るに合わせて芽吹く花。透明な花びらに、雨粒の跳ねるたび淡く万華鏡の様に彩りを変えるその姿をなぞって、|彩玻璃花《コロラフロル》と呼ばれていた。咲き始めると街は自然とお祭りのように賑わい出し、あちこちから観光客も訪れる。|彩玻璃花《コロラフロル》は眺めても美しいのは勿論、この街では花を加工したステンドグラス風の小物や、雨に因んだ香りと雨具、そして花を傘に仕立てて飾ったストリートが有名だ。
傘を連ねて建物同士の間に渡し、雨除けにしたカラフルな傘は、並べることでバラ窓の様な美しさでストリートを彩る。それも雨粒が跳ねるたびに色彩を変えるのだから、一度として同じ風景はない。いわゆる『映えスポット』としても有名で、観光名所のひとつになっている。そして|彩玻璃花《コロラフロル》の加工に長けた人々が住まうこの場所は、ステンドグラスに似た美しい小物も売りのひとつ。花に魔法をかけて布やガラスの様に加工し、『水の記憶を色に変える』特性を活かして、雨粒が触れるたびに彩りを変える透明な雨具を作り出す。他にも『色留め』を終えた品も人気で、季節ごとにゆっくりと季節の花の色に移り変わる栞や、暁から夜までの空と同じに移ろう傘。今まで溜め込んだ色の記憶を見せてくれる品々も、選び難いほどに沢山ある。
また、迷宮に踏み入れるものならば森の中での『色留め』も人気だ。雨や草花を滑る露、若しくは──涙や、人の触れた雨粒。そういった『水』を透明なままの|彩玻璃花《コロラフロル》や花を使った加工品に滑らせると、『水の持つ記憶の色』に染まるのだ。好みの色に染まった|彩玻璃花《コロラフロル》に、『留まれ』と願って|吐息《かぜ》を吹き掛けると、花は生涯その色を忘れない。褪せず枯れず、煌めきながら想いの色を湛えた品は、きっと忘れられない品になるはずだ。
「そうして夜になれば森の迷宮の奥に、鹿獣人姿のモンスターが現れる。普段なら敵対する事もあるのだが、この時期は|彩玻璃花《コロラフロル》を捧げることでこちらを襲わなくなるようだ。望めば祝福を授けてくれることもあるらしい。」
まるで夜星を纏うような毛並みをした鹿獣人モンスター『ロクヨウ』は、頭蓋を抱えた姿で森をゆっくりと練り歩いている。花を捧げたならば滞在していても気にされないので、この時期だけは神秘的な空気の中、ゆるりと楽しむ時間になるのだが。
「この祝福に価値を見出し、祭りの最中に盗みや乱暴を働く冒険者が居るようだ。然し腕の立つ皆が参加していれば、大事には至らないだろう。警戒と注意はして貰う必要はあるが、概ね思い思いに過ごしてもらって構わない。」
睨みさえ利かせて居れば、小狡い盗人はすごすごと引き下がる。ならば後は、森の中に貼られた|彩玻璃花《コロラフロル》のテントの好きな場所に陣取り、夜雨のピクニックを楽しむだけ。そしてロクヨウの祝福を受けた|彩玻璃花《コロラフロル》は、夜空と星を縫い止めた色に染まる。手持ちの品の色に混ぜたり、裏地に戴いたり、新たに詰んだ花を染めるのもきっと美しい。
「花と大地を潤す慈雨は、当機も好ましく思う。ある程度の助力は必要だが、どうか向かう皆に心休まるひと時となるよう願っている。」
最後まで固く真面目な口調ながら、見送りの言葉を述べてカルディアが深く一礼をした。
第1章 日常 『魔法露天商』

──とん、とん、たたん、と雨粒が落ちる。
傘屋根を連ねてあちこちに通路を伸ばす煉瓦積のダンジョン街は、それ自体が迷宮めいて見える。然し迷うのも一興と思わせるほど、ここには色鮮やかな品々に満ちている。
ただ咲いたままなら無色透明の|彩玻璃花《コロラフロル》は、水に触れてこそその真価を発揮する。雨粒が滑るたび、青空のように、萌え出る新芽の様に、甘やかな桜の華色に染まっては変わっていく|彩玻璃花《コロラフロル》は、名の通りステンドグラスを思わず多彩さだ。その『水の記憶を色に変える』特性を活かした雨傘やレインコートは、雨の日を楽しくする名品にして、この街ならではの土産としても名高い。他にも『色留め』と言って、様々な色に染め上げた品々も数多くある。陽の光めいた揺らめく黄金、流星群の夜に溢した涙色、蓮花を沈めた水底のいろ。透明なキャンバスを、職人が惚れ込んだ色に染め留めた品はまたふた色とない輝きで、グラスや栞、他にも細やかな細工にその身を変えて売られている。また布やガラス等のままで売られているものもあり、自ら作品を作り上げる人は素材としての購入も人気がある。
そして|彩玻璃花《コロラフロル》以外にも、雨に因んだ品は沢山扱われている。
例えば、雨の降り始める直前に立ち昇る、何にも例え難いあの馨り。──ペトリコールとも呼ばれる香を封じた品々は、密やかな人気を集めている。お香や香水のラストノートに潜ませたり、煙草や煙管葉に燻らせたり。探せばきっとあの懐かしさを覚える香りが、貴方を優しく誘うはずだ。
例えば、風の代わりに雨に揺らされる『雨鈴』。雨が叩けばチリリンと愛らしい鈴の音で鳴き、内に雨が伝えば水琴窟の要領で、キィンと涼やかな音を奏でる。一度聞き惚れたなら、湿気に項垂れる日々を、ほんの少し待ち遠しくしてくれるに違いない。
例えば、喉を潤すたくさんの飲み物や食べ物たち。シュワワと泡立ち登る|彩玻璃花《コロラフロル》めいたカラフルなソーダは、様々な色のフルーツゼリーを沈めたグラスに透明なソーダを注いだ一品だ。喉を爽やかに通り抜ける心地は、シンプルながら間違いない美味しさだろう。他にも濡れて冷えることを考慮して、暖かな飲み物にスープも色々とある。はちみつミルクにティーウィズミルク。具材たっぷりのミネストローネ、貝の旨みが染み渡るクラムチャウダー。手軽に摘める穴場のスナックフードを掘り出せば、土産話の自慢にもなるだろう。
楽しみ方もステンドグラスの様に、色鮮やかに数多く。さぁ、貴方だけの|彩玻璃花《コロラフロル》を咲かせに行こう。