シナリオ

|彩玻璃花《コロラフロル》とペトリコール

#√ドラゴンファンタジー #シナリオ50♡ #プレ内略称:「彩花」「フロル」等、文字数省略にお使い下さい

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 #√ドラゴンファンタジー
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●雨音に遊ぶ

──とん、とん、たたん。
石畳を、幌の上を、傘の上を。跳ね回る様にして雨粒が踊る。本来なら疎む声も多い梅雨時期の訪れも、この街では催花雨として多いに喜ばれる。樹々に、花に、地に。この時期だけ間借りするように芽を伸ばす透明な花。雨を受け止め楽しげに、ころりゆらりと色を変える。青空の色に、萌花の彩に、夜星の祝にと花びらを染めて。

ほら、|彩玻璃花《コロラフロル》が花開くよ。


●雨馨に揺れる
「集まってくれて感謝する。ひとつ、警備の依頼を頼まれてくれるだろうか。」
 ネオンテトラの泳ぐレインコートを纏い、ひとりの青年が声をかける。当機はカルディア・メテオロロギア(h07242)だと名乗った後に、切り出すのは√ドラゴンファンタジーのとあるダンジョン都市についてだ。

 梅雨時期の長いこの地方に、雨の降るに合わせて芽吹く花。透明な花びらに、雨粒の跳ねるたび淡く万華鏡の様に彩りを変えるその姿をなぞって、|彩玻璃花《コロラフロル》と呼ばれていた。咲き始めると街は自然とお祭りのように賑わい出し、あちこちから観光客も訪れる。|彩玻璃花《コロラフロル》は眺めても美しいのは勿論、この街では花を加工したステンドグラス風の小物や、雨に因んだ香りと雨具、そして花を傘に仕立てて飾ったストリートが有名だ。
 傘を連ねて建物同士の間に渡し、雨除けにしたカラフルな傘は、並べることでバラ窓の様な美しさでストリートを彩る。それも雨粒が跳ねるたびに色彩を変えるのだから、一度として同じ風景はない。いわゆる『映えスポット』としても有名で、観光名所のひとつになっている。そして|彩玻璃花《コロラフロル》の加工に長けた人々が住まうこの場所は、ステンドグラスに似た美しい小物も売りのひとつ。花に魔法をかけて布やガラスの様に加工し、『水の記憶を色に変える』特性を活かして、雨粒が触れるたびに彩りを変える透明な雨具を作り出す。他にも『色留め』を終えた品も人気で、季節ごとにゆっくりと季節の花の色に移り変わる栞や、暁から夜までの空と同じに移ろう傘。今まで溜め込んだ色の記憶を見せてくれる品々も、選び難いほどに沢山ある。

 また、迷宮に踏み入れるものならば森の中での『色留め』も人気だ。雨や草花を滑る露、若しくは──涙や、人の触れた雨粒。そういった『水』を透明なままの|彩玻璃花《コロラフロル》や花を使った加工品に滑らせると、『水の持つ記憶の色』に染まるのだ。好みの色に染まった|彩玻璃花《コロラフロル》に、『留まれ』と願って|吐息《かぜ》を吹き掛けると、花は生涯その色を忘れない。褪せず枯れず、煌めきながら想いの色を湛えた品は、きっと忘れられない品になるはずだ。

「そうして夜になれば森の迷宮の奥に、鹿獣人姿のモンスターが現れる。普段なら敵対する事もあるのだが、この時期は|彩玻璃花《コロラフロル》を捧げることでこちらを襲わなくなるようだ。望めば祝福を授けてくれることもあるらしい。」

 まるで夜星を纏うような毛並みをした鹿獣人モンスター『ロクヨウ』は、頭蓋を抱えた姿で森をゆっくりと練り歩いている。花を捧げたならば滞在していても気にされないので、この時期だけは神秘的な空気の中、ゆるりと楽しむ時間になるのだが。

「この祝福に価値を見出し、祭りの最中に盗みや乱暴を働く冒険者が居るようだ。然し腕の立つ皆が参加していれば、大事には至らないだろう。警戒と注意はして貰う必要はあるが、概ね思い思いに過ごしてもらって構わない。」

 睨みさえ利かせて居れば、小狡い盗人はすごすごと引き下がる。ならば後は、森の中に貼られた|彩玻璃花《コロラフロル》のテントの好きな場所に陣取り、夜雨のピクニックを楽しむだけ。そしてロクヨウの祝福を受けた|彩玻璃花《コロラフロル》は、夜空と星を縫い止めた色に染まる。手持ちの品の色に混ぜたり、裏地に戴いたり、新たに詰んだ花を染めるのもきっと美しい。

「花と大地を潤す慈雨は、当機も好ましく思う。ある程度の助力は必要だが、どうか向かう皆に心休まるひと時となるよう願っている。」

 最後まで固く真面目な口調ながら、見送りの言葉を述べてカルディアが深く一礼をした。

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第1章 日常 『魔法露天商』


──とん、とん、たたん、と雨粒が落ちる。

 傘屋根を連ねてあちこちに通路を伸ばす煉瓦積のダンジョン街は、それ自体が迷宮めいて見える。然し迷うのも一興と思わせるほど、ここには色鮮やかな品々に満ちている。

 ただ咲いたままなら無色透明の|彩玻璃花《コロラフロル》は、水に触れてこそその真価を発揮する。雨粒が滑るたび、青空のように、萌え出る新芽の様に、甘やかな桜の華色に染まっては変わっていく|彩玻璃花《コロラフロル》は、名の通りステンドグラスを思わず多彩さだ。その『水の記憶を色に変える』特性を活かした雨傘やレインコートは、雨の日を楽しくする名品にして、この街ならではの土産としても名高い。他にも『色留め』と言って、様々な色に染め上げた品々も数多くある。陽の光めいた揺らめく黄金、流星群の夜に溢した涙色、蓮花を沈めた水底のいろ。透明なキャンバスを、職人が惚れ込んだ色に染め留めた品はまたふた色とない輝きで、グラスや栞、他にも細やかな細工にその身を変えて売られている。また布やガラス等のままで売られているものもあり、自ら作品を作り上げる人は素材としての購入も人気がある。

 そして|彩玻璃花《コロラフロル》以外にも、雨に因んだ品は沢山扱われている。

 例えば、雨の降り始める直前に立ち昇る、何にも例え難いあの馨り。──ペトリコールとも呼ばれる香を封じた品々は、密やかな人気を集めている。お香や香水のラストノートに潜ませたり、煙草や煙管葉に燻らせたり。探せばきっとあの懐かしさを覚える香りが、貴方を優しく誘うはずだ。

 例えば、風の代わりに雨に揺らされる『雨鈴』。雨が叩けばチリリンと愛らしい鈴の音で鳴き、内に雨が伝えば水琴窟の要領で、キィンと涼やかな音を奏でる。一度聞き惚れたなら、湿気に項垂れる日々を、ほんの少し待ち遠しくしてくれるに違いない。

 例えば、喉を潤すたくさんの飲み物や食べ物たち。シュワワと泡立ち登る|彩玻璃花《コロラフロル》めいたカラフルなソーダは、様々な色のフルーツゼリーを沈めたグラスに透明なソーダを注いだ一品だ。喉を爽やかに通り抜ける心地は、シンプルながら間違いない美味しさだろう。他にも濡れて冷えることを考慮して、暖かな飲み物にスープも色々とある。はちみつミルクにティーウィズミルク。具材たっぷりのミネストローネ、貝の旨みが染み渡るクラムチャウダー。手軽に摘める穴場のスナックフードを掘り出せば、土産話の自慢にもなるだろう。

 楽しみ方もステンドグラスの様に、色鮮やかに数多く。さぁ、貴方だけの|彩玻璃花《コロラフロル》を咲かせに行こう。

 
ルーチェ・モルフロテ
ルチア・リリースノウ

「雨って気分が少し億劫になるけど、ここで聴こえる雨の音は何か落ち着く感じだな」
 道の上に屋根がわりに渡された、透明な傘の数々。その上を雨粒が跳ねるたび、トン、トン、タタン、と柔らかな音を奏でる。耳を澄ませていたルーチェ・モルフロテ(⬛︎⬛︎を喪失した天使・h01114)が隣に声をかけると、うんうんと頷いてルチア・リリースノウ(白雪のワルツ・h06795)が同意する。
「ほんとぉ、落ち着く音だねぇ。それに色が変わる傘もすごく綺麗〜」
 雨の当たるたび、透明な傘は萌葱に空色、薄桃に白とくるくる色を変え、まるでステンドグラスで出来た薔薇窓のような美しさをみせる。
「あの傘も買えるんだよな。色んな買い物出来て、あと何か飲み物もあるみたいだから後で行こうぜ?」
「ね、お買い物もだけどぉ、思い出に写真も一緒に撮ろうねぇ?」
 そんな愛らしいルチアからの申し出には、勿論と笑ってルーチェが道の先を指差し歩く。
「ここに売ってるのも、ルゥ好きそうだな。何買うんだ?」
「んぅ、これから梅雨の時期だしぃ雨具系が欲しいなぁ。お香も気になるけどぉ…」
 この街では少々訪れが早いが、他の場所でもそろそろ梅雨に入る地域は多い。なら憂鬱になりがちな雨凌ぎに、目新しいアイテムが欲しくなる。それが雨に縁深い|彩玻璃花《コロラフロル》の街であれば、並ぶ品はどれも魅力的だ。
「雨の祭りだし、確かに雨具は気になるかもな。並んでるのに透明なやつが多いけど」
「あ、それはねぇ!透明なままの|彩玻璃花《コロラフロル》でできてるから、あとで染めれるんだぁ」
「あとで染めれる?」
 所以を知らないルーチェが首を傾げると、ルチアがそう!と笑って|彩玻璃花《コロラフロル》の特徴を説明する。
「細かいやり方は分からないけど、好きな色に染められるらしいよぉ。お互いが染めたのを交換したら、これも思い出になるねぇ」
「良いなそれ!ならこの透明なままのやつを買えばいいのか。じゃあ、これとかどうだ?」
 色留めのことを耳にして、ルーチェが店先から選んだのは栞だ。|彩玻璃花《コロラフロル》の花形を生かした押し花風で、色もまだ染めぬままの透明を保っている。
「あ。それ素敵だねぇ!ルゥは魔導書に挟もうかなぁ」
「どんな色になるのか、後で楽しみだぜ♪」
 雨の記憶を色にするなら、かつて渡った蒼天か、潤わせてきた草花の色か。想像を透明な色に重ね合わせるだけでも楽しくて、ルーチェが楽しげに期待を寄せる。そうして2人分の栞を購入した後、次は何にしようかと歩いていると。
「あとはねぇ…わぁ、綺麗な音ぉ。」
 どれにしようかと悩むルチアの耳に、チリリン、カラコロと涼やかな音が届く。振り向けば軒先に風鈴ならぬ、雨で鳴らす鈴を並べている店があった。雨樋から引いた水を鈴へポタポタ流しかけ、揺れれば結われた鈴がチリリンと、内側を水が流れればカラコロ、キィンと。2種の音が絡み合いながら音を奏でていて、その美しさにわぁ!とルチアが笑みを綻ばせる。
「この、雨鈴もほしい〜」
「お、その雨鈴も買うのか?確かに音がいいし、部屋に飾るにはいいんじゃね?」
 ルーチェも雨鈴の音を気に入ったらしく、デザインの異なるものをいくつか指で揺らしては、部屋に合うのはどれだろうかと見定める目線を向ける。
「そうしようかなぁ。帰ったら一緒に飾る場所決めようねぇ?」
「ああ!帰ったらの楽しみがどんどん増えてくな♪」
 雨が通るたびに色が変わるのを楽しむのも良し、気に入った色があれば栞と一緒に色留めするもよし、で雨鈴も透明な品を一つ選ぶ。そうして暫く店を覗いたり、新しい品に目移りしたりと進んでいると、歩いた距離もそこそこ長くなっていて。
「少し歩いたし、飲み物買いに行こうぜ。カラフルなソーダ、めちゃくちゃ気になってたんだ♪」
「カラフルなソーダ?おいしそうだねぇ、飲みたぁい。ルーちゃんが好きそうな食べ物もあるかなぁ?」
「スープもあるって聞いた気がするけど…これぞって好みを探すのも面白そうだ!」
 疲れを癒そうと名物をあげたルーチェの提案に、ルチアも賛成とばかりにうんうんと頷く。
「それも探してぇ、うん、めいっぱい遊ぼぉ」
「こうやって、いろんなお祭り楽しめんの良いよな。この後もめいっぱい楽しもうぜ♪」
「もちろんだよぉ。楽しい一日になるねぇ」
 キラキラ輝くソーダを求めて、後の楽しみもたくさんとなれば、疲れていたはずの足取りも軽くなって。|彩玻璃花《コロラフロル》の小物探しは、新規開拓フードの旅へと移り変わっていった。

ルトガルド・サスペリオルム
吉住・藤蔵

「まぁ!見てみてヘビつむりさん、雨を楽しむための色んなものがあるのね!素敵だわ」
 纏った真っ白なドレスに|彩玻璃花《コロラフロル》の傘屋根の彩りを写し取りながら、ルトガルド・サスペリオルム(享楽者・h00417)がくるくると商店通りで回ってみせる。人目を気にしない振る舞いを、幼いと取るか個性的と取るかは分かれるところだろうが、少なくともここへと誘った吉住・藤蔵(毒蛇憑き・h01256)は、喜んでくれて良かったと受け取ったようだ。
「カタツムリの嬢ちゃんって言ったら、やっぱり雨がいいかと思ってな。」
「そうね!わたし、カタツムリさんだもの!」
 雨を好む生き物としてカタツムリを思い浮かべるものは多いだろう。ならばカタツムリを自称する人物をこの祭りに誘ったのは、まま自然な流れと言える。果たしてその『カタツムリ』が多くの人が連想する貝を背負ったアレなのか、はこの際置いておくとして。ついでに言えば両名ともルトガルドと藤蔵と言う名前があるのだが、何とこの2人、互いに互いの名前を知らないのである。然しそれでもこうして祭りにまで連れ立つあたりに、何かしら相性の妙はあるのかもしれない。
「さて、俺はぺトリコール……って呼ばれる匂いが気になるとこだな。」
「ペトリコールってなにかしら?雨の匂い?」
 祭りで人気の一つとして挙げられる、雨の匂いを捉えた品を指して藤蔵がその名前を口にする。するとルトガルドが回りながら、器用に首を傾げて尋ねてきた。
「あーそうそう…正確には雨が降る前の匂い、だべか。土くさかったり青臭かったりの、あの香りを取り入れてるのはいいなと思うべな。」
 空模様を見ずとも分かる、ふわりと鼻腔をくすぐるあの独特の香り。まさに立ち上る、というに相応しい大地から届く匂いの懐かしさに、藤蔵がふと目を細める。
「田舎育ちだもんで、雨の匂い自体好きなんだよな。煙草があるならそれにすんべ。」
 まず買う一品を決めて並ぶ店先に視線を移せば、流石人気のある商品なのか。数件と跨がずすぐに見つかって、傘マークの紙タバコ箱を選ぶと、藤蔵がスゥ、と香りを嗅ぎ取って頷く。
「……煙草は付き合いでしてるだけだけんども、香りを楽しむのもたまにはいいな。」
「わたしもその煙草がほしいわ!」
 するとヘビつむりの語りが気に入ったのか、回るのをやめたルトガルドがガバッと音がしそうな勢いで身を乗り出してきた。
「あ、嬢ちゃんは真似しなくてもいいど。長生きできなくなる。香りが気になっただけなら、確かお香もあったはずだからそっちにするといいど」
「わたしカタツムリさんだから、煙草になんて殺されないのよ。でも、きっと買っても吸わないし、お香もあったらそっちが欲しいわ」
 煙如きには負けない、との注釈はつけつつも煙草自体に執着はないらしく、隣に置いてあった箱入りの棒線香を手にすると、これにするわ!と再びクルンと回ってみせた。
「さ、目的のものは買えたど。今度は嬢ちゃんにも付き合うべな。どこ行く?」
「わたし、レインコートが欲しいのよ。雨の中で遊ぶなら手が塞がらないほうが良いものね!」
 既に品物は決めていたらしく、藤蔵の訪ねにルトガルドがすぐさま応えた。なるほど、どこでも直ぐにくるくると回ってみせるルトガルドなら、傘を手に持つよりレインコートが好ましいのはよく分かる。身に纏った白い装いにも、薄く透ける|彩玻璃花《コロラフロル》のレインコートはよく映えることだろう。こちらもやはり数が出る商品らしく、煙草の店から1軒跨げば直ぐに扱っている店が見つかった。
「このミント色のものなんてどう?似合うわよね」
 紫陽花色、桜色、空色といくつか並べられた中から、ルトガルドが選び取るのは爽やかなミントグリーンの一着。湿度に項垂れる日に見れば気持ちの晴れそうな色合いに、藤蔵もうんうん似合う似合う、と相槌を打つ。
「じゃ、ヘビつむりさん、買ってちょうだい!」
「へっ?……レインコートはええけど財布どした?」
「お財布?あるけど」
 突然の奢って発言に藤蔵が切り返すと、当然といった具合に懐からジャラリと硬貨の音をさせてルトガルドが財布を取り出す。
「これは記念にヘビつむりさんが買ってくれるってわたし知ってるわ!」
「いや、さすがにそれはしねえべよ。」
 確信めいたルトガルドのおねだりに、間髪入れずに藤蔵が拒否を述べる。祭りに連れ立つ仲とは言え、これはこれそれはそれ。ヘビつむりさんのお財布の口は硬く、また額は有限なのである。
「だめ?まぁ、意地悪さん!」
 文句は言いつつ引き際はあっさりとしたもので。本当にそう思っているのか分からない満面の笑みを浮かべたまま、ルトガルドがレインコートを相手にくるくると踊るように回る。まるで相手がいるような器用な振る舞いに気付けばほんのりと人の目が集まり、狭い通路の通行が一時滞る。然しそんな人目などまるで気に留めず、最後にグルンと一際大きく回ってから止まると。
「わたし、カタツムリさん!自分で買うわ!」
 ルトガルドが高らかに宣言すると共に、パフォーマンスと受け取った観衆からパチパチと周囲からいくつか握手が送られる。それに混じって藤蔵も手を打って、店員でもないのに毎度ありぃ、と一声添えた。

八代・和茶
千桜・コノハ

しとしとぴっちゃん、雨の降る。その雫を余さず受け止めながら、藤色に、桜色にと染まる色を変えていく|彩玻璃花《コロラフロル》。
「──きれい。」
 軒先に咲かせたステンドグラスのように美しい花を見つめて、八代・和茶(千紫万紅の藤花・h00888)がぽつりと呟く。
「不思議ですね、彩花って」
「へぇ、山荷葉に似てるけど色が変わるんだ」
 声をかけられ千桜・コノハ(宵桜・h00358)も花を覗き込むと、今度は深い紅色に、萌葱の色へと染め替える。雨に濡れると透明になる花弁を持つ|山荷葉《サンカヨウ》にどことなく似てはいるが、水の記憶を色として写しとる…というのは、やはり|彩玻璃花《コロラフロル》ならではの特異な性質だろう。
「…水って、こんなに沢山記憶があるんだ」
「水の記憶ね…不思議な花だな」
 幾年月を旅して巡り、そうして覚えた色を花へ託す。不思議な有りようの花を愛でたあとは、花にちなんだ品選びへ移っていく。
「せっかくだから|彩玻璃花《コロラフロル》に因んだものが欲しいけど…和茶は買いたいもの決まってるの?」
「霖さんのお土産に、空色の折り畳み傘は買おうかと。私のは…うーん、悩みますね」
 歩きながらも店先に並ぶ品へあちらこちらと視線を奪われ、決めきれずにいる和茶に、コノハが思わずくすりと笑う。
「霖のはすぐ決まったのに、自分のはそんなに悩むんだ?優柔不断だな」
「えへへ…みんな素敵で目移りしちゃって」
「まあ、わかるけどね。いいと思ったものに順番つけるなんて野暮だし」
 青紫桃と移ろう紫陽花や、鮮やかな赤を纏う椿。それぞれに美しさや良さがあって、例え個人の好みはあったとしても優劣のつくものではない。だからこそ悩みが尽きないのだが、首を傾げていた和茶が突然、あ!と閃きの声をあげる。
「あ、そうだ!お互いのを選んでみませんか?」
「…お互いのものを?」
 思いもしなかった和茶からの提案に、コノハがぱちりと瞳を瞬かせる。けれどこれぞ名案、と手をポンと打って微笑む和茶の姿が微笑ましくて、つい笑い声が溢れてしまう。
「ふふ、君ってなに選んでも喜びそうだけど」
「それは…いえ、見てみないと分かりませんよ?でも、コノハさんに似合うものなら任せてください!」
「いいよ。君が僕にどんなものを選ぶのか気になるし」
 そうして品選びの方向性が決まったのなら、時間を決めて暫しの別行動へと移る。離れて暫くはあちらの和紙と重ねた髪飾りはどうだろう、蝶を模ったイヤーカフも綺麗だし…と和茶が悩みながら歩いていたが、きらりと光る色が目に飛び込んできて足を止める。
「あ…これ、素敵」
 思わずそう口にしながら手に取るのは、朝焼けのグラデーションの栞。見惚れるほど綺麗な上に実用的でもあると、先ほどまでの悩みっぷりが嘘のように即決して、会計を済ます。続くコノハが店を跨いで見つけたのは、藤の花を模したヘアピン。細やかな花びらを連ねて再現していて、何より目を引くのはその色の移ろいだ。手に取った時は濃い紫──花盛りの藤の色に見えたが、ほんの少し角度を帰るだけでふわりと柔らかな白藤にも見える。
「へぇ、花色が移り変わるんだ。和茶に似合いそう」
 藤花馨るような和茶の白艶髪にきっと映えるだろうと、コノハも早々に購入を決めた。
 その後約束の時間に少し開けた十字路で待ち合わせると、せーのでお互いに購入した品を交換し合う。先に袋から取り出したのは和茶の方。しゃらら、と涼やかな音を鳴らして手の内に溢れた藤花のヘアピンに、紅色の瞳を輝かせる。
「わぁ、可愛い…!」
 早速と前髪に結えた花紐を解き、ヘアピンへと付け替える。前髪の揺れるに合わせて花もしゃらしゃらと揺れ、その度に色を変えるのが美しく、和茶が嬉しそうにコノハへと尋ねる。
「どうです?似合うかな…なんて、えへへ」
「いいんじゃない?色合いがよくあってる。和茶は…へぇ、栞を選んでくれたんだ」
 続いてコノハが取り出した栞をかざして、朝焼けの色に目を細める。夜を超えて明ける|紫色《わたし》に、優しく空を染める|ピンク色《あなた》──2人の色を重ね見たから、というのは和茶だけの秘密だけれど。語らずとも気に入ってくれたようで、コノハがニッと笑って和茶を見る。
「よく読書するし重宝しそう。相変わらず僕のことよく見てるよね~?」
 揶揄うような声音に、今度は和茶の方が一瞬きょとんとしてしまう。けれどそれもすぐに解けてしまって。
「もちろん!コノハさんが本好きなの、ちゃんと見てますからね」
 その証左とでもいうように、じっとコノハの瞳を覗き込んで和茶が得意げな笑みを浮かべる。からかいがあまり響かなかった事にコノハが肩をすくめると、それを冷えたからかと読んだ和茶が、気遣うように次の目的地を提案する。
「…雨降りはやっぱり冷えますね。温かいもの、飲みに行きましょうか」
「自分がなにか飲みたいだけじゃないの?」
「いえいえ、警備前の腹ごしらえです!腹が減っては、といいますし」
「まあいいけどさ。口に合うのがあるかな」
「なら、気にいるものが見つかるまで梯子しましょう!」
「…やっぱり自分が欲しいだけじゃない?」
 軽口一つに足取りは軽く、ふわりと湯気の誘う通りへと2人が並んで進んでいった。

白・琥珀

「ころなふろふ…いや、ころらふろる、か。」
 しとしとぴっちゃん降る雨音に混ざって、白・琥珀(一に焦がれ一を求めず・h00174)が小さく|彩玻璃花《コロラフロル》の名前を繰り返す。慣れないと少し舌の絡みそうな名称に、それこそ口の中で転がすようにしながら正しい名前を呼び改める。
「見たかんじすごくカラフルな山荷葉みたいなものか?」
 あちこちの店先には生花のままの|彩玻璃花《コロラフロル》が顔を覗かせており、その花姿は確かに|山荷葉《サンカヨウ》によく似ていた。然し雨粒が跳ねるたびに、まるで万華鏡のようにコロコロと色を変える様は、やはり唯一無二といえる。
「なんにせよ、雨が降ると乾燥しなくて個人的にいい。」
 今でこそ人の姿でふらりと通りを歩いているが、琥珀の本性は名の通り宝石の琥珀だ。琥珀は乾燥すると帯電しやすい性質があり、その為埃もつきやすくなってしまう。なので適度な湿気はありがたいのだが、何事も『塩梅』というものがある。濡れっぱなしというのも余り良くはないので、ここは名物とも名高い雨傘の購入を決める。青に紫、黄色に乳白色。あまた色づいたものが並ぶ中で、琥珀は敢えて透明なものを選ぶ。それをそのまま染めずに使うことで、雨粒が当たるたびに色が変わるのを楽しもう、という趣向にした。これならばきっと、長雨の季節が来ても憂いを晴らしてくれるに違いない。代わりにもう一つ土産としてストールを選び、こちらは後ほど色留めへ参加して好きな色に染める事にした。自分の手で何色に染めようかと楽しみにしつつ、想像するのはこれからの季節、夏に向けて似合いそうな品にするためにも、生地は風の抜ける薄手の物にした。
「しかし魔法とはいえ、花を布のように加工できるとは。」
 購入したストールを改めて手にしながら、琥珀がしみじみと不思議そうに問いかける。透明なのが変わってはいるが、生地自体の肌触りは絹のように滑らかだ。花弁の表面に似てると言えば似ている気もするが、破れたり千切れたりしそうな程の柔さは感じない。まさに布そのものである。
「綿花のわたを紡いで糸にするのとか、麻など植物から繊維を取り出すのとはまた違うのだろうな。」
 疑問は尽きず、思わずチラリと購入先の店主を見てみるが、返ってくるのは意味深な笑顔だけ。なるほど製法が秘密とあれば希少価値も高まり、こうして知的好奇心もくすぐられると有れば。
「商売上手、という他ないな。いや、見事なものだ」
 改めてストールを丁寧に畳み仕舞い込むと、琥珀が柔らかく笑みを浮かべた。

ノソリン・ノソノソノソリン
紗影・咲乃

「わぁ〜、綺麗なの!!!」
とん、とん、たたん、と雨粒が踊るのに合わせるかのように、紗影・咲乃(氷華銃蘭・h00158)が楽しげに煉瓦道を跳ねる。その度に屋根がわりに連ねられた傘も赤や黄色、青に緑と色を変えるのだから、連れ立つノソリン・ノソノソノソリン(迷い込んだヒトノソリン・h07296)が感心したように目を見開く。
「雨粒によって色を変えるというのはとても不思議ですのなぁ〜ん」
「ノソリンねぇね〜あっち行こうなのよ!」
 祭りの空気に燥ぐ咲乃に引かれるまま、ノソリンも満更ではなくトコトコついて行く。転けないようにと見守りつつ、チラリと道に並ぶ店を見れば、その数は実に多い。傘にレインコート、雨鈴にお香。どれが良いかと迷うのも、お祭りの醍醐味の一つとノソリンが咲乃に提案する。
「咲乃様、お祭りで何かいいものあれば買いましょうなぁ〜ん」
「もちろんなの!ノソリンねぇねは欲しいものあるなの?」
「|私《わたくし》、|彩玻璃花《コロラフロル》で出来たレインコートが気になりましたのなぁ〜ん!」
「ん?ノソリンねぇねはレインコートを買うの?」
「はいなぁ〜ん!買ってきますのなぁ〜ん」
 ノソリン形態でいる事が多いノソリンには、傘よりもレインコートの方が扱いがいいだろう。しかもここは獣人も住まう√ドラゴンファンタジーとあって、階梯に沿ったレインコートも種類豊富に用意があった。ジャストサイズのものを見つけてホクホクと戻るノソリンに、咲乃もよかったなの!と笑顔で出迎える。
「咲乃様は何かいいのありましたなぁ〜ん?」
「咲乃は雨の匂いのお香が気になったの」
 そう言って咲乃が店先で指さすのは、箱入りの棒線香。豆受け皿付きで、これだけ買えばお香が楽しめると土産にも人気の品で、雨傘模様のプリントも愛らしい逸品だ。値段もお手頃ではあるが、ここは一つ年上としてノソリンが胸を張って進言する。
「年上ですから|私《わたくし》が奢りますのなぁ〜ん」
「奢ってくれるの?ありがとうなの♪」
 素直に受け取る咲乃が愛らしく、包装紙に包まれたものを手渡された時の笑みは、ノソリンとしても嬉しくあった。そうして和気藹々と祭りを楽しんでる間にも、2人は情報収集にまで抜かりない。ノソリンは買い上げた店で盗人冒険者の噂をちゃんと聞き取っているし、咲乃もぬいぐるみ達に周囲の索敵を任せてある。きちんと役目を果たしつつ祭りも堪能しているのだから、無敵というほかない。
「あ、このステンドグラス風のキーホルダーも素敵ですのなぁ〜ん」
 そしてお土産へのセンサーも完備しているのか、ノソリンが見つけたのは|彩玻璃花《コロラフロル》の花形を生かしたキーホルダー。一つは花びらをそれぞれ違う色で留めされた、まさにステンドグラスの様に美しい品。もう一つは透明なままの、これから色留めするのに向いた物だ。
「わぁ、綺麗なの♪」
「色留めと一緒にお揃いで持ちましょうなぁ〜ん」
 せっかくなのでどちらも揃いで購入し、一つずつ分け合ってお揃いにする。そのまま飾るもよし、この後の色留めを楽しめるのも良しで、良い買い物になったと2人がキーホルダーを光に翳して微笑みあう。
「ふふ、ノソリンねぇねとお揃いの色留めとステンドグラスのキーホルダー嬉しいのよ♪ありがとうなの♪」
「|私《わたくし》も嬉しいですなぁ〜ん!」
「それに咲乃、こんな綺麗なお祭りがあるなんて知らなかったのよ。毎年来たいぐらいなの!」
「それも素敵ですなぁ〜ん。来年が楽しみになりますなぁ〜ん」
「本当?じゃあ約束なの!改めて…ノソリンねぇねお誘いありがとうなのよ」
「こちらこそ、一緒に来てくれてありがとうですなぁ〜ん」
 ならび歩く2人が、嬉しそうに笑い合う。

──きっと今日も来年も、2人一緒なら楽しい日になるから。

戀ヶ仲・くるり
ジャン・ローデンバーグ

しとしと、ぴっちゃん、雨の降る。跳ねる様に踊る様に雨粒が落ちるたび、道の上に屋根がわりに広げられた傘が色を変える。萌葱に青灰、白藤に薄桃。まるでクルクルと回す万華鏡の様な美しさに、見上げる2人が感嘆の声をあげる。
「え〜!わ〜!」
「すげ~!お~!」
 見入ってしまってつい語彙の減る戀ヶ仲・くるり(Rolling days・h01025)に、ジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)も気づけば感嘆符ばかりが並ぶ感想になってしまう。
「すごいねぇ、王様!ずっと見てられそう!」
「いいなこれ!うちの城下町でもやらないかな、こんなの」
 瞬きの間にも景色が一変するのだから、くるりの言うようにいつまでも見飽きず眺められそうではある。ジャンも同じく気に入ったようで、資金さえあれば道を埋める程の傘を買い込み、従う執事を泣かせそうな興奮を見せている。
「あっ、今の色、王様の目みた、…変わっちゃった」
「えっ、どれ──あ、あっちの傘はお前の髪の色!」
「本当?って、ああ〜追いきれない〜!」
 瞬く星のように明るい翠に、柔く樹葉を溶かし込んだ緑。あっちを指差しこっちに手招きで気になった色を教え合うものの、何せ雨粒が跳ねたら色が変わってしまうので、瞳で特定の一色を捉えるのは至難の業だ。となれば活躍するのは文明の利器、とばかりにジャンが懐からスマホを取り出して構える。
「折角だし『映え』を狙おうぜ」
 ニッとイタズラっぽく笑いかけるジャンに、くるりも良いねと頷いて返す。
「…これは映えが撮れそうだもんね!撮ろう撮ろう!」
 同意が取れたなら2人で並んで、傘が入るように画角を調節して。目一杯に手を伸ばして収まるようにして、カシャリとボタンを押す。
「はい、チーズ。……どう?結構綺麗に撮れたんじゃない?」
「自撮りが小慣れてる…うん、いい感じ。王様が撮ってくれたから、なおさらいいなぁ。」
 傘の色合いはステンドグラスのように鮮やかに、2人もバッチリ笑顔で綺麗に収まって。くるりが撮れ高を褒めると、ジャンがふふんと得意げに笑みを深める。
「ね、あとで、その写真送ってね」
「まかせろ!」
 きっと瞳で見るこの景色が一番綺麗なのだろうけど、こうして撮れば写真は残る。何度でも見返して、今日の楽しいや綺麗を思い出せる。それはとてもいいことだと、ジャンがそっと写真にロックをかけた。
 手際よく映えスポットを押さえた後は、祭りの目玉の一つの買い物へと移っていく。道はやや細いが並ぶ店数は多く、扱う品も数多い。透明なものも沢山あるが、桜を思わす淡いピンクの傘に、水面の揺れまで再現された青緑のレインコート、ミモザのようなパッと明るい黄色の雨鈴と『色留め』された品も美しくて、くるりの目移りは止まらない。
「お土産、綺麗な色〜!でも染まってないのもいい…」
「このあと色留め行くんだろう?ふたりで透明な奴買おうぜ」
「そうだね、透明なのにしよ!あの通りを見ちゃったから…私は傘!」
「小物、レインコート……いや、やっぱり俺も自分のは傘にしよ」
 通りで見た色鮮やかさが忘れられず、悩みつつも2人が最終的に選んだのは傘だった。透明な分どれも見た目はそっくりだが、ジャンは深張りで露先が雫の形になったものを、くるりは浅張りで生地に重なりがあり、開くと花と似た形になるものをチョイス。
「ステンドグラス風の小物もいいな…おすすめありますか?友達にあげたくて!」
「俺も土産ほしいから…おススメあれば!」
 傘以外にも色々と小間物を置いてあるのを見て、土産のおすすめを店主に聞いてみる。餅は餅屋、|彩玻璃花《コロラフロル》については扱う店主が詳しいだろうと当てにしたら、ふむ、と短く悩んだ後に小さなチャームを取り出した。
「じゃあオーソドックスだけど、|彩玻璃花《コロラフロル》の花形をしたチャームはどうかしら?ステンドグラス風に色留めしたやつに…色留めしてないものはサービスで添えたげる。雨が降るたび色が変わるのが楽しむのも良いし、渡した相手とまたこの街に来てくれたら、その品を色留めすることもできるもの」
 お土産としても安定感があり、リピートも織り込んだ遣り手の店主の提案に、くるりとジャンが乗った!と購入を決めてそれぞれに手に取る。
「ふふ、喜んでくれると良いなぁ」
「くるりの友達!へえ。──どんな奴?」
 野次馬たっぷり興味津々にジャンが尋ねると、くるりがパッと表情を明るくして答える。
「ええ?語ると長くなるよ?すっごくかわいいんだ!」
 長くなる、と前置きしながらソワソワとした様子を隠せないあたり、語りたさが溢れていて。尋ねたジャンもなんだかワクワクして、聞かせてよ、と次の場所の提案に繋げる。
「じゃあカフェで長めに話そ!あったかいスープと一緒にさ」
「あは、雨で冷えたしね、ゆっくりあったまろうかぁ」
 ミネストローネにクラムチャウダー。温かで具材たっぷりのスープも|彩玻璃花《コロラフロル》の街では名物のひとつ。湯気立ち上るカフェの一角を目指して、2人が楽しげに歩いて行った。

野分・風音

雨粒たちがとん、とん、たたん、と花に触れては楽しげに踊る。それに合わせるかのように青から緑、黄色から赤へと色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》が美しくて、野分・風音(暴風少女・h00543)の顔にも嬉しそうな笑みが咲く。
「|彩玻璃花《コロラフロル》、聞いてはいたけどホント綺麗だね!」
 透明なままのものは雨粒に応じてカラフルに移り変わり、色留めされたものは美しい景色の色を切り取ったような、職人のこだわりを感じさせる物ばかり。ならば、祭りの品々もきっと楽しめるものばかりだろうと、風音がギュッと拳を握って気合を入れる。
「花の加工品やグルメも色々あるらしいし、楽しみ尽くすぞー!」
 煉瓦道を行く足音は雨にも似てリズミカルに、小間物の並ぶ通りへと駆けていく。そうして一番に辿り着くのは、名所としても名高い傘屋根のストリート。
「わぁ、ここが有名なストリートだね。やっぱりすっごい綺麗。」
 道の上に屋根がわりに埋める傘はどれも|彩玻璃花《コロラフロル》で出来ていて、雨が降るたびに万華鏡のように色を変える。透けているのも手伝って、まさにステンドグラスやバラ窓を思わせる美しさで。
「すごい、ずっと見ていられそう。」
 ほぅ、とため息混じりの息を吐いて、風音が暫しストリートのカラフルさを堪能する。絶えず色が移り変わるので、その気になればいつまでも眺めていられそうだけど、お祭りの醍醐味はここだけではない。一頻り楽しんだ後は、お土産選びへと移っていく。レインコートに雨傘、ペトリコールのお香と気になるものは数あれど、まず初めに風音の足を引き止めたのは涼やかな雨鈴の音だった。
「これが雨鈴かぁ。あ、この見本品には水を垂らしてみても良いのね」
 軒先に並べられたサンプルの他に、手作り故に少しずつ音が違うのを考慮して、多くの品は小さなジョウロで水が掛けられるような展示の工夫がなされている。形も鈴や花に寄せたものやクラゲっぽいものもあり、一つずつ確かめながら風音が選んだのは、逆さにした金魚鉢風の品。鈴の音はちりりんと愛らしく、うちに水が伝えばコーン…キィン…と落ち着ける音を響かせるのが気に入って、思わず目を瞑って耳を澄ます。
「……凄く良い音。これがあれば梅雨の長雨も楽しくなりそう!すいませーん、これください!」
 快く包んで貰った雨鈴を手にホクホク笑顔の風音だが、買い物はまだ終わらない。色留めの済んでいない透明なままのレインコートも手に入れて、ついでにならず者冒険者の話もきっちりお店の人からゲットする。そうして目的のものを全て手中にしたなら、残すところの目的は…。
「後はグルメかな。名物のカラフルソーダは絶対飲みたい!お店は…あっちかな?」
 |彩玻璃花《コロラフロル》のように色が移り変わるというソーダは、一体どんな味がするのだろうか。未知なる美味を想像しながら、風音がカフェの並ぶ通りへと軽快に足を進めていった。

氷薙月・静琉

 柔らかな花弁に、雨粒が踊る。その度に花は色を変え、萌葱、桜、椿に藤と、万華の粧いを見せる。全てを透すように幻想的な佇まいは、故郷に咲いていた山荷葉を想い出して、氷薙月・静琉(想雪・h04167)が僅かに目を細める。花姿にはやや憶えの重なるものがあるが、彩移ろう様子はやはり唯一無二と魅せられて、傘を連ねた空を見上げて暫し足が止まる。
「…万華鏡を眺めている様で飽きないな」
 囁く様な声は雨音に混ざらずとも、誰の耳にも届かず消える。それでも道を歩けばあとに残る仄かな冷気と鈴の音に、時折振り返るものはいた。あまり長くひと処にいては、と綾めく空はそこそこに、流れに任せて通りを歩く。通りの両脇に並ぶ店は数多く、さまざまな品を扱っていた。傘にレインコート、香に布と、品自体は他でも見たことがある物が占める。それでも普段眸に触れている様々な品が、自分だけの彩に染まると云うだけで、どれもこれもが面白く映る。特にこれと決めた欲しい物がある訳では無いが、宛もなく彷徨うのでもそれとなく楽しめるもの。軒先を眺めて数件を渡っていると、ふ、と気になる雨具店が視界に入った。どれが、とは分からないまま軽い気持ちで踏み入って、そのまま多種多様な雨具を前に順々に巡ってゆく。西洋風の店が多い中で、ここは東洋寄りのものを扱っているらしく、レインコート一つとっても形が着物のそれによく似ていた。その片隅で花咲くが如く飾られていたのは、この世界ではあまり見かけぬ蛇の目傘。多くは畳まれて傘立てに入っているのに、それだけは広げてあって、店の飾りの役割も果たしていた。骨の透ける透明な地に、描かれたのは花吹雪の三日月柄。
「月奴か…良い仕事をしているな」
 伝統的な傘模様を損なうことなく、目新しい素材に美しいまま落とし込む巧みさ。傘としての骨組みも見事なもので、持ち手の滑らかさも申し分ない。すっかり気に入って購入を検討するも、静琉の存在をはっきりと認知できるものは数少ない。朧げに存在は感じ取れても、恐らく店の者では金銭のやり取りをできるほどには視認できないだろう。なので品への賛美と購入した旨を書き記したメモに代金を挟み込み、傘の飾られていた台へと置いて代わりとした。良い縁を得たと店を後にし、通りを抜けて雨の下まで足を運ぶ。そうして買ったばかりの傘を広げれば、たん、たん、ととん、と雨粒を弾く音が心地よくて。
「…ああ、悪くない」
 傘を片手に佇む幽霊が、静かに独り言ちた。

囲・茉紘

しとしとぴっちゃん、雨の降る。その度に煉瓦道の上に広がる傘を連ねた屋根が、赤に黄色、青に緑と鮮やかに色変わりする。その様子に暫し目を奪われたのちに、囲・茉紘(こうのとりのかわりだったもの・h04545)が今回の祭りの目的を口にする。
「森の散策は、|ちひろ《兄》に任せる、まひろはお買い物をする」
 色留めが出来る|彩玻璃花《コロラフロル》の森は兄に任せ、自らが担当するのは購入部分。あちこちに置かれたカラフルな品を前に、ふと重ねるのは似た色変わりを見せる製品のこと。
「雨によって色がかわる…電化製品でもそういうの、あった」
 触れることで七色に変わる間接照明や、イベントでも需要の多いカラフルなペンライト。最近ではゲーミングなんて名称でピカピカ光る電化製品は多い。然し気づけば謎に電化製品を壊してしまう茉紘にとって、それらは縁遠いもの。然し電気とは関係なく、自身の性質で色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》ならば。
「まひろがくしゃみしても壊れない…とてもいい」
 心なしか瞳を輝かせて品物選びに移ろうとするが、如何せん種類が多いので絞るのは至難の業だ。
「ママとお姉ちゃんとちひろとまひろ、お揃いがいい。なにがいいだろう…あると便利なもの…」
 ひとまず具体的に買うべき条件を挙げていき、何が適しているかを絞っていく。それでも一つにするには難しくて、ふと悩む頭を何気なく上に向けてみると。
「……あ。」
 そこに広がるのは、先ほど見惚れていた|彩玻璃花《コロラフロル》で出来た屋根の代わり。この祭りの名物であり、お揃いにし易く便利でもある──
「雨傘、ください。4本。2本はお土産、2本はすぐ使う」
「はぁい!お買い上げありがとうございます!」
 決まるや否やすぐさま近くの店に飛び込んで、4本の雨傘を注文する。持ち帰る2本は丁寧に包装紙が巻かれ、すぐ使う方の2本はタグ等を取り外して手渡される。そのまま自分の傘をみたくなって、傘屋根の切れ目を探して街外れまで歩くと、ちょうど広場めいた場所に出たのですぐさま広げてみる。透明な|彩玻璃花《コロラフロル》の傘に、雨粒が跳ねて万華鏡のように色が変わるのが楽しくて、雨粒のとんとんたたん、のリズムが嬉しくて。
「傘さして雨の下をお散歩…楽しい。ぴちぴち~ちゃぷちゃぷ~るんるんる~ん♪」
 ついつい鼻歌を歌いながら、傘を眺めて暫しの散歩を楽しむ。どうせならこの風景を撮りたかったが、電化製品と相性の悪い茉紘はスマホもカメラも手持ちにない。
「…この光景、ママとお姉ちゃんに見せたかった」
 叶わない願いを口にすると、ついついしゅんと肩を落としてしまう。けれど写真に残せないのならばせめて話聞かせられるように、と色の移り変わる傘をじっと眺めながら、茉紘が雨の中の散歩をたっぷりと楽しんだ。

ラフィーニャ・ストライド
ウィルフェベナ・アストリッド
千堂・奏眞

しとしとぴっちゃん、雨が降り続く。道の上へ屋根代わりに渡された傘が、雨粒の落ちるたびに色を変える。万華鏡のように美しい、この街では祭りの時期には馴染みの光景に、ウィルフェベナ・アストリッド(奇才の錬金術師・h04809)が感心するように見上げる。
「今年も|彩玻璃花《コロラフロル》の時期がやってきたか。毎度のことながら、錬金術師として興味が尽きない花だな」
 幾度となく足を運んで来たものの、未だ|彩玻璃花《コロラフロル》は仕組みの全容を読めない。魔法なのか竜漿絡みなのか。薬効や反応に活かせるものはあるのか、と。尽きぬ興味を隠さず眺める姿に、堂・奏眞(千変万化の錬金銃士・h00700)があー、と声をあげる。
「ここだったのか、師匠の何か不思議な私物の出処って」
 時折ウィルフェベナが楽しげに、やたらとピッカピッカ色を変えるチャームやら傘やらを見せてくる覚えがあって、奏眞が納得するように頷く。
「確かに、私が愛用している私物の出処の1つではあるな。錬金術師としての興味もそうだが、単純に好んでいるのも確かだ」
「なるほどなぁ…確かに綺麗だし、錬金術師として色々と刺激になりそうだな」
「ふふ、確かに。偶に奏眞が色々と見せてくれるけど、多種多様にあるものね」
 奏眞に寄り添う精霊たちも自然の恵みが嬉しいのか、心なしか嬉しそうに遊んでいるのを見守りながら、ラフィーニャ・ストライド(義体サイボーグ・メカニック・h01304)も記憶にある物品と|彩玻璃花《コロラフロル》を比べて楚々と笑う。
「それにしても『水の記憶を色に変える特性』がある花なんて………√ ウォーゾーンでは考えられないわね」
 戦争の絶えない√ウォーゾーンは、そもそも物資も天然の草木も貴重なものだ。こうして愛でられる花は特に珍しく、ラフィーニャがどこか眩しげに傘の色変わりを眺める。
「√ドラゴンファンタジーならではの代物は、他にも幾らでもあるぞ?ラフィーニャ。だが今は、この催しを楽しまなければな」
 他にもこの世界の不思議を秘めた品は枚挙にいとまが無いが、せっかく足を運んだ以上は|彩玻璃花《コロラフロル》を堪能しなければ、とウィルフェベナがピンと指を立てて提案する。
「2人には是非とも雨具を買ってほしいものだな」
 日常飾れる品もたくさんあるが、やはり|彩玻璃花《コロラフロル》の真骨頂は雨粒で変わる色の多彩さだ。色留めのものを選ぶにしろ、透明なままのものにするにしろ、雨具こそ特性の真価を発揮できるおすすめの品であるのは間違いない。
「ウィルフェベナのおすすめは雨具なのね………それなら、色留めがされていない傘とされている傘を1本ずつ買おうかしら?」
 後ほど迷宮で楽しめる色留めを考慮して、ラフィーニャが選ぶのは2本の傘。1本は椿めいた赤色の美しい色留め傘に、もう1本は透明なままのものにした。
「雨具がおすすめかぁ。なら、オレはレインコートでも買うかな。えっとー…………」
 奏眞も勧められるままに並ぶ吊るしの中からどれにしようか迷っていると、精霊達がスっと似合いそうなレインコートを差し出してくる。ミントグリーンの色合いが爽やかな一着で、あちこちにポケットや縫われており、動きやすくも濡れないように工夫された重ねのスリットが入った、仕事の細やかさが光るものだった。
「あ、これが良さそうなのか?じゃぁ、これにするか」
 素直に運ばれてきたレインコートを選んだ奏眞を横目に、ラフィーニャはまだ悩みが尽きないようで商品棚を前にうーんうーん、と唸っている。
「それにしても―――色留めを終えている商品も本当にたくさんあって、どれにしようか悩むなぁ………うぅ………ウィルフェベナが毎年ここに来る気持ちが何となくわかってきたわ。欲しくなるものがいっぱいだものっ」
 赤色一つとっても全く同じものはなく、布やガラスに加工は無限。数限りない美しい誘惑を前にうめくラフィーニャを前に、ウィルフェベナがそうだろう、と言いたげにうんうん頷く。
「私は、色留め済みの品でも物色しよう。ついでに迷宮に入った時用の加工品もな」
 慣れた様子のウィルフェベナは、名物の中から今回は…と選ぶのは雨鈴。紫陽花めいた色合いで色留めされた鈴は見た目にも涼やかで、音もカラコロ、キィンと美しく響く一品だ。加えて後の色留め用にとチョイスするのは、長く織られた反物を一巻き。どんな色に染めようかと湧き立つ気持ちを楽しみながら、後もう少しと店の中を巡る。
「小物は…ガラス細工のものを見繕うか。色留めにするか透明のものにするか…」
「って…………ラフィーも師匠も、物色に熱が入るのはいいけど程々にな?この後、迷宮に行くんだろ?腹ごしらえはしておかないと………」
 既に自分の分は精霊達が好んだ花形のチャームも含めてしっかり買い込んだ奏眞が、まだ熱の入りそうな2人に含みを込めて釘を刺す。食事のことも盛り込んであるあたりはちゃっかりしているが、これも一応は警備の依頼である。奏眞の進言には一理あると、2人が頷き返事を返す。
「そうね、警戒もちゃんとしないと。──結局、手帳カバーをいくつか買ってしまったわ………でも、後悔はないよ。」
「そうとも、|彩玻璃花《コロラフロル》の特性も相まっての一期一会だ。この後も存分に楽しませてもらおう」
「じゃ、情報収集も忘れずにやっていくぞ。尋ねるところは…あっちのいい匂いの湯気が立ってる店にしよう!」
 腹ごしらえの目星もバッチリに、来た時よりは随分と荷物の多くなった一行が、街中を並んで歩いて行った。

兎沢・深琴
シルヴァ・ベル

しとしとぴっちゃん、雨が降り続く。屋根の代わりに道の上を埋める傘に、楽しげに雨粒が踊る。その度に赤から紫へ、青から緑へと色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》の神秘を眺めれば、ここまで足を運んだ甲斐がある、とばかりにシルヴァ・ベル(店番妖精・h04263)が感嘆の息を吐く。すると隣から同じようなため息の音が聞こえて、兎沢・深琴(星華夢想・h00008)の空を見惚れる横顔にふふ、とシルヴァが笑みを浮かべた。
「お祭りだからと声をかけましたけど…いつもクールでお綺麗な深琴様とご一緒できて嬉しいわ」
 素直に喜びを述べるシルヴァに、深琴も視線を戻すと目を細めてありがとう、と述べる。
「お洒落なシルヴァちゃんにそう言われると照れるな。私も一緒に出掛けられるの、楽しみにしていたのよ」
 連れ立つだけでも既にこれほど楽しい気分なのに、道の両サイドを見遣れば魅力的な|彩玻璃花《コロラフロル》を使った品が所狭しと並んでいる。いくつか名物は耳にしてはきたものの、こうして現物を目の前にしては悩みが尽きなくて。
「…といっても、お品物を決めきれないのですが…」
「そうね。心惹かれる品ばかりで、見るもの全て欲しくなっちゃう」
 レインコートに雨傘、ペトリコールを封じたお香にこれからの加工が楽しみな布地。それも雨粒で色を変える透明なものにするか、職人の惚れ込んだ色留めのものを選ぶか、はたまたこの後自分で色留めするかで選択肢は無限大に膨れ上がる。きっと決めきれずにあれもこれもとなりそうな予感はさておいて、最初の一品だけはこれ、と決めていたシルヴァの導きに、深琴も足取り軽くついていく。そうしてたどり着いたのは、雨鈴を専門に使うお店だ。
「これからの時期、お店の軒先に雨鈴が吊るされていたらどんなによいでしょう」
 繋がれた鈴はカラコロと愛らしく、内に雨が伝えばコォン、キィンと神秘的に。風鈴とは一味も二味も違った雨鈴の奏を前に、シルヴァと深琴が暫し目を閉じて聴き入る。雨が降れば、大概の店は客足が遠のくもの。然しこの雨鈴を軒先に飾れば、音色を聞きにわざわざ雨の日を選ぶ客も居そうだと、シルヴァが嬉しげに翅をぱたた、と羽ばたかせる。
「雨鈴は気になってた品の一つだから、こうして試し聴きができるのは有難いわね。」
「ええ、一つ一つが少しずつ音が違うのも、選び甲斐がありますわ。それと色は…時間帯によって移り変わるものがいいわ。お店の顔になるものですから」
 いくつか見比べたあと、シルヴァが手に取ったのは朝焼けから星月夜まで、一日に沿って色を変える雨鈴だ。深琴も淡い白色に星明かりがゆるりと踊る一品を選び、次のお目当てを探しに店をいくつか渡っていく。
「後私は…季節の花の色に移り変わる栞と、お揃いのブックカバーにするわ。」
 数件隣で深琴が手に取ったのは、四季折々の花色に染まる栞とブックカバー。春は桜、夏は紫陽花。秋に金木犀と冬はスノードロップ。刻々と色変わるのが美しく、また気まぐれに他の花色を見せることもあると聞いて、すぐに購入を決めたほど。これを先ほど買い求めた雨鈴の音色を聴きながら、お気に入りの本に添えて癒しの読書タイムにしよう、と。そう想像するだけでふと気持ちが軽くなるようで、既に持ち帰るのが待ち遠しくなり、深琴が静かに微笑みを浮かべる。
「素敵な品ですわね。そうそう、それと私も…此処なら探せば妖精にちょうどいいサイズの雨傘もありそう」
 ぱたた、と羽ばたきまた店を変えれば、流石数多の獣人が住まう世界。読み通りに小さな傘を扱う店もあって、ホクホクとした顔でシルヴァが買い求める。
「シルヴァちゃんが選んだ雨傘もいいわね。彩りを変える傘には、どんな服を合わせるのが合うかしら。」
 白に色を乗せて遊ぶか、合わせてカラフルな装いにするのか。興味を募らせながら深琴がシルヴァの傘を褒める。こちらの傘は透明なまま使うとして、この後の色留め用には深琴が今日の思い出を飾る為にとフォトフレームを、シルヴァは枯れずの魔法をかけた|彩玻璃花《コロラフロル》の花一輪を買い求めた。そのまま色留めへと向かうべく、迷宮の方へ足を向けはしたのだが。
「…結局、全部買いましたわ…なんだかデジャヴを感じます…このお財布の薄みなどに…」
「思ったより買ってしまったかしら。でも財布の軽さも思い出よね…うん」
 最初の予感はやはり正しく、気づけば財布はふわりと軽く、荷物は欲しいものでずっしりと重くなった。それは勿論喜ばしいことの筈なのに、何故だか今ふたりが思い出すのは、冬の寒さとカカオの苦みにも似た心地だった──。

水藍・徨
蓼丸・あえか

 とん、とん、たたん、と雨粒が賑やかに踊る。屋根がわりに空を覆う傘は雨の降るたび赤に紫、青に緑と万華鏡のように色を変える。
「雨の音がきれい。色とりどりの傘が雨除けに並んで、空に浮かんだ花畑みたい」
 移り変わる傘を見上げて、蓼丸・あえか(lil bunny・h01292)がやわく微笑むと、水藍・徨(夢現の境界・h01327)が横顔を盗み見ながら小さくはい、とだけ返す。
 ── ね、綺麗なものを一緒に見ましょう、と誘われたのは数日前のこと。「最近、元気がないみたいだから」とあえかから心配を向けられて、徨がすぐには返事を返せなかった。正直、自分が隣にいることであえかを傷つけてしまうのでは、と思い至ってからは、すっかり外に出る気が失せていた。そのことをそれとなく見透かされたようで、申し訳なさと居心地の悪さが徨の胸を絞めた。けれど楽しげな|彩玻璃花《コロラフロル》の祭りの話を皮切りに、一緒にと誘われたら断る気にもなれなくて。水の持つ記憶で変わる花への興味も手伝って、気づけばこうして街まで赴いていた。一見して祭りは賑やかで和やかで、事件の予兆は感じられない。けれど普段あえかに教わってばかりだから、恩返しをしたいという思いもあって、周囲への警戒は怠らない。雑踏の会話にもならず者の情報はないかと徨が耳を澄ませていると、ふとカラコロ、キィンと聞きなれない美しい音が聞こえて、はっと顔をあげる。あえかの耳にも届いたようで、気づけば視線があっていた。
「あれは雨鈴の音かしら。それに…見て?」
 す、とあえかが指差す先にあったのは、小さなドリンクスタンド。並んでいるのは|彩玻璃花《コロラフロル》めいたカラフルなゼリー入りのソーダらしく、買い求めた人々の手の内がキラキラと光っていた。
「お行儀は気にしないで、飲みながら歩きましょう?」
「飲みながら、ですか? わかりました、そうしましょうか」
 祭りとあれば多少の飲み歩きも許されようと、2人が名物のソーダを購入して歩き出す。ほんの少し揺れるだけで色味を変えるソーダは、先ほど見た傘屋根にも似ていて美しい。そのまま一口含むと、爽やかなフルーツゼリーの甘さとソーダがシュワワと口で弾けて、あえかと徨のおいしい、の呟く声が重なった。そのままゆっくりと飲みながら歩いていると、道の両脇にはたくさんの店が並んでいた。傘にレインコート、お香に雨鈴と商品は限りなく、この中から何かひとつを、と決めるのは荷が重そうだと徨が目を彷徨わせていると。
「こうくんは、どれにする?僕ね、これが気になってて」
 雨具を中心に扱う店へとふらり立ち寄り、あえかが手にするのは自分の傘が紛れないよう印をつけるチャーム。ステンドグラスを思わせる、小さな欠片をつなぎ合わせた薔薇窓めいた品。
「あ、アンブレラ・マーカー、良いと思います。」
 祭りの土産の定番は傘と聞くが、既に手持ちにあるのならばそう何本もは必要ないはず。なら|彩玻璃花《コロラフロル》のマーカーを付ける、というのは手軽だし、お土産にしてもちょうど良い塩梅だろう。
「透明なお花にして、後でふたりで色をつけない?」
 色留めされた品もある中、あえかが提案するのは透明な|彩玻璃花《コロラフロル》。この後の迷宮で染められる、まだなんの色も宿していない花を前に、徨がどんな色に染まるのだろう、と想像して。
「これを買いたいです。」
 それは、あえかに合わせたわけでも気を遣ったわけでもない、徨自身の自然な言葉だった。内からほろりとこぼれ出たようにまろんだ言葉に、あえかがふわりと笑みを咲かせる。
「嬉しいわ、お揃いにしましょうね」
 どんな色になるかしら、と楽しげに選び取るあえかを見て、徨がふと──どうかあえかに似合うような、綺麗な色に染まって欲しい、と願う。そんな無意識の想いには互いに未だ気付かぬまま、選んだ揃いのアンブレラマーカーを買い求めた。 

蒼井・紫雲
神賀崎・烏兔

しとしとぴっちゃん、雨の降る。踊り跳ねる雨粒に合わせるように、道の上を屋根がわりに渡された傘が楽しげに色を変える。赤に紫、青に黄色。万華鏡のように移り変わる色彩を眺めて、へぇ、と蒼井・紫雲(煙管入れの付喪神の古龍の霊剣士・h04024)が感心したように声を上げる。
「|彩玻璃花《コロラフロル》とは、実に興味深い代物だねぇ。」
「本当に色鮮やかだ!そしてひと時たりとも同じ色がないとは。瞳を奪うのが実に上手い」
 並んで見上げる神賀崎・烏兔(世界を救う光・h01652)も楽しそうで、
「それに…色留めされた作品たちも実に発想力・想像力をかきたてられるものが沢山だ。」
 そう言って紫雲が見上げていた視線を立ち並ぶ店先へと移すと、そこには職人こだわりの色留めがされた品が所狭しと並んでいる。春の桜に染めた羽織に、山を流れる川面の揺らめきが美しいグラス。巡ってきた水の記憶を雄弁に語るような色留めの品々を前に、紫雲の瞳に楽しげな色が乗る。
「見るものに事欠かぬ退屈を知らぬ街のようじゃないか。…おっと、大仰だったかな?」
「なんの、もしも長く愛用したら仲間になるかもしれないよ!そしたらさぞかし美しい花姿が見れるだろうさ」
 依頼としての情報集めに警備も忘れてはいないが、こうも魅惑的な品が並ぶ祭りとあれば、楽しんでしまうのも仕方ない。まして2人の生まれは、こうした器物に因むのだから、尚のこと興味は尽きない。
「紫雲は何か買うのかい?」
「中々どれも魅力的で悩ましいねぇ。そういう烏兔はどうなんだ?」
「|彩玻璃花《コロラフロル》の傘があるときいてね!和傘としてはそういう傘も気になるというわけさ」
「その点でいえば、我輩としては煙管に混ぜ込むこともできるという香は気になるね。」
 互いに和傘と煙管を祖とした付喪神とあれば、器物にちなんだ品は大いに気になるもの。予想が当たったと烏兔がにまり笑みを浮かべて、目的地について問いかける。
「やっぱりそうなんだ。なら香を扱った店を探そうか?」
「それは後ほどの楽しみとしよう。先ずは君のお気に召す傘を先に見繕ってからでかまわないさ。どんな色をきりとるのか、色留めせずにおくのか、実に楽しみだ。」
「ふふ、なら僕のとっておきの選択をとくと見せてあげよう!それと折角だ、お揃いの雨鈴でも買って帰るかい?」
「おや、いいのかい?」
 嬉しい提案に思わず子雲が聞き返すと、勿論だと烏兔から力強い頷きと笑みが帰ってくる。
「なぁに、思い出は多い方が楽しいというものさ!」
「なら記念に、いっとう美しい音色の雨鈴を買って帰ろうか」
 和傘に煙管葉、そして雨鈴。どんな色を持ち帰るにしろ、帰ってからは雨が待ち遠しくなりそうだ、と。2人が楽しげに品選びへと戻っていった。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

しとしとぴっちょん、雨の降る。傘を叩いては踊る雨粒を真似るように、翼をはためかせたララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)が道をあちらこちらと跳ね回る。
「見なさい、イサ」
 かと思えば、ピタと止まって天を差し、追いかけていた詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)へ笑みを向ける。ようやく追いついた聖女サマの示す先、見上げるように顔を上げれば──そこに広がるのは千の彩に、万の華。
「このお花が|彩玻璃花《コロラフロル》ですって」
「へぇ…これが噂の…」
 傘へとその花を変えた|彩玻璃花《コロラフロル》が、屋根に変わって空を満たし、ゆらりと色彩を変えながら揺蕩っている。
「雨にうつろう万華鏡のようで綺麗ね」
「ああ…雨の祝福を受けてるみたいだ」
 鮮やかに咲く赤に、淡い虹を抱いた白に。暁を抱く桜に、明ける前のいっとう暗く沈む黒に。見覚えがある美しい色を魅せる傘の昊を、イサがじ、と見つめていると。
「綺麗、……あ!ララ…ちょこまかしたらまた迷子になるだろ!」
 然しゆっくり見惚れている暇はなく、光と雨が織り成す極彩の路を、光を追いかけて軽やかにララが駆けて行ってしまう。見失わないよう再び背を追うと、聖女の指がおいで、と手招くものだから。──結局、いつだって追いかけてしまうんだと、僅かに苦笑しながらイサも煉瓦道を駆けて行く。
「こっちよ、イサ」
 店の並ぶ通りを歩けば、軒先に飾られた雨鈴がカラコロ、コォン、と涼やかな音を奏でる。愛らしい鈴の音に、水琴窟にも似た響きが心地よくて、ララが迦楼羅翼をはたりとゆらす。
「雨を降らせたくなる音ね」
「そういえば、迦楼羅は雨を降らせられるんだっけ」
 宿す神性の持つ力を思い出し、イサが問うとララがそうよ、と誇らしげに笑う。その年相応に嬉しげな姿に、イサも喜びを覚えてかんばせに笑みを咲かせる。そうして暫し散歩を楽しんでいると、ララがふと気を惹かれたようで、雨具を扱う店に吸い込まれていく。店前に並ぶのは、職人によって色留めされた彩豊かな傘たち。開いた展示はまさに万華繚乱と言った風情で、イサがすごいね、と素直に関心を述べた。
「ララ、どれにしようか?」
「そうね、どれも美しいけれど…」
 うつろう穹の傘に、桜色がくるくると舞う傘。星空を映す傘や、アネモネに似た彩も並んでいる。どの傘も絶対似合うだろうとイサが尋ねたが、ララの瞳はゆらゆらと彷徨っていて定まらない。やがて傘の奥、店の中の方へぴたりと視線を定めると、ととんと足音軽く進んでいく。
「イサ、透明な|彩玻璃花《コロラフロル》の雨具があるわ」
 ほら、とララが触れるのは、色留めのされていない透明なレインコート。サイズもちょうどララ仕様で、獣人の住まう世界ならではなのか、羽や耳の位置もきちんと覆える仕様になっていた。
「ララはこの透明なレインコートにするわ」
「え?まだ染まってないのにするの?」
「傘をさすのもすきだけど、雨と戯れるのもすきだもの。それに、これから好きに染められるところも良いわ」
「レインコートか…コロボックルみたいになりそうでいいんじゃないかな」
 纏う姿を想像すると愛らしくて、早く見てみたい気がしてしまう。それに、叶うなら自らも雨の中でも並んで、同じ景色を見れたら、と思えてしまって。
「…俺も同じのにする」
 気づけば、するりとそんな言葉が口から滑り出ていた。傘も美しかったけれど、肌近くを雨が伝う感覚や、いつだって両手を伸ばせることを思えば、レインコートもいい気がして。イサの揃いにしたいとの進言には、ララも嬉しそうに目を細めた。
「イサも同じのにするの?嬉しいわ。この先の迷宮で、ララたちの雨の彩に染めるの」
「それも悪くないな。楽しみだ」
「でしょう?華やぐままに、慈雨を愛でましょう」
 購入したレインコートを手に、2人が楽しげに次の店へと向かう。どんな色に染まるのかは、まだわからないけれど。きっと心躍る色に染まるはずよと聖女が告げるものだから、買い求めたソーダも先取りした祝杯めいて見えてしまう。ステンドグラスを思わせるカラフルなゼリーの沈むグラスは、空の傘色に重ね合わせてキラキラと輝いていて。
「さぁ、ハレなる雨の日を楽しみましょう」
「ああ、こんな雨の日なら大歓迎だ」
 かちん、と合わせた乾杯の音に、泡が虹色を纏ってシュワワと弾けた。

東雲・夜一
七・ザネリ

とん、とん、たたんと雨の降る。屋根がわりに渡された傘たちが、その度喜ぶように色彩を変える。雨降る街ではそもそも日差しは少ないのだが、中でもより日陰へ、建物の影へと求め歩く姿は正に幽霊の如く── 東雲・夜一(残り香・h05719)が、雲と傘をすり抜ける僅かな陽光に、とける、と忌々しげな視線を投げた。
「圧巻だな……これ……。あれ、落ちて来ねぇか?」
 多くの人は笑みやカメラを向けて喜んでいるというのに、夜一は頑なに光を目に入れないよう、盗み見るようにして空を彩る傘屋根を指差す。
「おい、…風情がねえなお前。ひひ、それよかお前、消えそうな顔してやがる」
 常より眇めがちな瞳を一層呆れで細くして、七・ザネリ(夜探し・h01301)が揶揄うように笑い声を添える。
「日傘買ってやろうか?レースは付けてやる」
「おー、優しい雇い主さ…………レースは裂く。お前さんのシャツの襟にでもしな。」
 一瞬素直に褒めようとして、うっかりオマケのレースまで受け入れてしまうところだったと夜一が鬱陶しそうに手を振るが、如何せんキレはない。日の下ではあまり見かけない隣の幽霊を指差して、ザネリがまたけらけらと笑って見せた。そのまま人並みに流されるように、通りに並ぶ店を冷やかしながら歩いていくと、並ぶ品々の多彩なこと。傘やレインコートは形こそ見慣れてるにしろ、色変わりする布は中々に珍しい。ましてや雨鈴なんかはここならではで、聞こえる音も耳馴染みがない。店主も務めるザネリとしては、どれも興味は尽きないものばかり。然し既に、今日この日に求める品はこれ、と心に決めていた。手にしていなくても、指先に染み付く香りでそれとわかる程。救えないほどの喫煙者がこうして揃えば、目当ては一つ。
「ペトリコールの煙草を試さねえと、帰れないだろ」
 こつ、と煉瓦道に靴音鳴らして辿り着くのは、香を専門に扱った店。線香、抹香、練り香水も並ぶ中、当然のようにザネリの瞳が捉えるのは、煙草やパイプ用の葉が置かれた一角だ。
「お前の主食のレパートリーが増えれば良いと思ってだな、やさしい雇用主だろ?」
 目当てを指差しにぃ、と口の端を釣り上げるザネリに、指で顎をさすった後、笑われた意趣返しとばかりに夜一が問いを返す。
「…なら、オレの分だけ買えば用は済むな?」
「………俺が、吸わねえとは言ってねえ」
「…………吸うのかよ。ならまずは、雇い主様に味見をしてもらおう。」
 ほらやっぱり、と夜一が図星をついてやれば、煩いとばかりに今度はザネリがしっし、と手を払う。いくつか種類はあるようだが、煙管やパイプは道具や手順がいる。なら今回は手軽に試せる紙巻きタバコに狙いを絞った。黒に近い藍色紙に、白い線と玉雫を連ねて雨を表現したらしいパッケージの紙煙草を、ひとまずの味見として1箱購入し軒先へと移動する。すると煙草を扱うだけあって喫煙者の心理をしっかり読んでいるらしく、建物同士の細い隙間に灰皿を置いた小さな喫煙スペースを見つけて、ふたりがするりと猫のように入り込む。そして待ちかねたように封を切って、ザネリが嬉々として火を着けた。──青々とした草に、しっとりと冷えた空気の温度。立ち上るのに、後には長く残らず喩え難い。どこか寂寥を感じる香りが鼻に抜けて、なんとなく頭に浮かんだ感想が口をつく。
「……食事よりは口直しのシャーベットに近えな」
 ちっとも甘くはないのに、感覚的にシャリ、と糖衣や氷菓子を舌で撫でる心地がして、ザネリが大真面目に感想を述べる。
「シャーベット?随分と可愛らしい表現だな?」
 語感の愛らしさの割に笑い一つないザネリの顔を、夜一が訝しげに見つめる。然し見つめているだけでは味は分からず、これ以上は吸った方が早そうだった。どれ、と一口身体に招き入れれば、ああ成る程、と納得の表情に変わる。
「ああ。軽い。吸いやすい類かもしんねぇな。」
 苦味は薄く、煙も軽い。けれど吐き出す一瞬にだけ香るペトリコールに気づけば、もう一度、後一度と味わいたくなる魅力もあって。
「もうすこし、湿度を増した重みのある味の方が好きだが、これはこれでいいかもな。」
「主食には向かねぇか?」
「どうだか。まぁ、夏の夜には恋しくなるんじゃねぇの?」
「……なら、恋しさで従業員が泣かずに済むよう、もう少しだけ買ってやるかぁ」
 やれやれと言わんばかりの面倒さを滲ませて、先に1本を吸い終えたザネリが店へと戻っていく。然しその足取りの軽さに、ああ、買い足す口実に使われた──と。夜一が肩をすくめてもう一度、スゥ、と深く煙を吸い込んだ。

井碕・靜眞
物部・真宵

しとしとぴっちゃん、雨の降る。道の上に広がる屋根代わりの傘が、雨粒の落ちるたびに色彩を変える。赤に紫、緑に青。まるで万華鏡を覗いたような景色に、物部・真宵(憂宵・h02423)がまぁ!と感嘆の声を上げる。
「なんて素敵な景色…!」
 ステンドグラスやバラ窓にも喩えられる景色は目を奪われるほど美しく、井碕・靜眞(蛙鳴・h03451)も思わず感想が口をついた。
「これは…壮観ですね。街並み全部がこうなら、長雨も楽しそうだ」
「ええ、ほんとうに。これなら待ち遠しくなってしまいますよね」
 常ならば嫌煙されがちな梅雨の季節も、花傘がこんなふうに彩ってくれるなら、窓を叩く雨音が嬉しくなるかも知れない。真宵には買い付け目的で、靜眞には普段の礼がわりにと付き添っただけの積りだったが、これならきっと楽しい旅になると予感しながら、ふたりが店選びへと移っていく。流石√ドラゴンファンタジーというべきか、汎神では中々見られない雑貨の色彩に、靜眞がすこし驚きを浮かべる。然しそれも見慣れれば人々の手に取る笑みや、真宵の真剣な品選びの瞳に後押しされ、好ましい柔らかさを帯びていく。そしてここぞという店に辿り着いた真宵は、情報種集を兼ねた契約の話を済ませ、委託販売のための品定めを始める。
「栞なら手に取りやすいかしら。ああでもガラスペンも素敵…」
 色留めされた栞は、季節の移ろいを追いかけて花の色に染まり。インクを吸い上げるガラスペンはあえて色留めされてない|彩玻璃花《コロラフロル》が使われていて、インクを吸い上げるたびに合わせた色目に変化するのが面白い。彫られた花模様も細やかで、いざどれを仕入れようかと思えば悩みが尽きない。そんな風に骨董店の仕事を真剣にこなす真宵を見るのは初めてで、なんだか新鮮な気分で靜眞がそっと口添えする。
「ガラスペン、いいですね。同じ柄のペーパーウェイトもありますよ」
 思わず夢中で眺めていた真宵が、声をかけられてハッと我にかえる。心惹かれる品々を前に、素が出てしまっていたのが些か恥ずかしい。
「では、その子もお揃いでお迎えしてあげなくちゃですね。それにしてもすみません、すっかり夢中になってしまって…」
「いいえ、気にせず。どうぞゆっくり選んでください。」
 けれど、並べた品に合わせてくれた靜眞のアドバイスが、そしてとろけるように透ける色味の美しさが嬉しくて、眺めているとすぐに気持ちも落ち着いてしまった。そうしていくつか選び終えてほっとしていると、ふと覚えのある香りが鼻をくすぐって、真宵が振り返る。そこに置かれていたのは、雨が降る前の香り──ペトリコールを封した、この街ならではのお香だった。
「これ…」
「すごいですね、覚えにある香りそのままだ。」
「ペトリコール、と言うんでしたね。素敵な香りだわ」
「雨が降る前のにおいって、明瞭で不思議ですよね。とくに、夏が来る前の時期は」
「本当に。それに六月生まれだからか、雨の香りって落ち着くんです」
「ああ、じゃあ誕生日、もうすぐなんですね」
 水無月の足音も聞こえる五月末に、めでたい事だと靜眞が仄めかせば、ほんの少し気恥ずかしそうに真宵がお香を手に取る。先ほどより一層濃くなったのに、嗅げばふ、と溶けて消えてしまう。儚いのに、どこか記憶の内にずうっと残る不思議な香りに、思い出した知識の一つを口にする。
「確か、香りと記憶は結びつきがあるんですよね」
「そう、らしいですね。聞いたことあります」
「──それなら、やさしくて楽しかったことをいつまでも覚えていたいですよね」
「…そうですね。楽しいことが多いほうが、いいでしょう、ね」
 それは、どこか願いにも似た言葉で。聞かぬふりの合唱が、今ばかりは本当に、僅かばかりに小さくなったような気がした。真宵の重ねてくれる言葉の暖かさに、降る雨の冷たさも今は及ばなくて。ああどうか、叶うのならば。

──今日のことを思い出す時は、雨の香りと一緒に、優しい気持ちになれますように。

ナギ・オルファンジア
アダルヘルム・エーレンライヒ

とん、とん、たたん、と雨粒が踊る。その度に道の上に渡された屋根代わりの傘が、楽しげにコロコロと色を変える。赤に黄色、青に紫。万華鏡のように移り変わる色彩に、ナギ・オルファンジア(■からの堕慧仔・h05496)が見上げながらほぅ、と見惚れる。
「雨は憂鬱なものだとばかり思っていたけれど、これなら大歓迎です」
「確かに、バラ窓の様という称賛も頷けるな」
 連ねた傘がそれぞれに色を変える姿は、正にステンドグラスを並べたバラ窓に似ていて、連れ立つアダルヘルム・エーレンライヒ(月冴ゆる凍蝶・h05820)も感嘆を持って述べる。
「美麗な品々に囲まれるのであれば、憂鬱な雨期も悪くない」
「そうね。でもこのお祭りの品は、美しいものだけじゃないよ」
 ナギが含む笑みを浮かべて暫し傘屋根の下を散歩すると、辿り着いたのは香を使うお店。線香や練り香水、そして煙草の取り扱いがあって。
「私のお目当ては、雨の香りの香水。それも煙草葉に使えるなんてね」
「ナギ殿は煙草を嗜まれるのか」
 まあね、とそのまま店の中へ入ってくと、流石香りを扱う店だけあってテスターも細やかに置いてあった。中でもナギ狙いの香水は、肌につける用と煙草葉に香りつけされたものが並んでいた。
「ほら、アダル君、テスターをどうぞ」
「有難く。…成程、仄かに雨の馨がする」
「ね。ペトリコール、落ち着く香り…」
「雨の馨は不思議と落ち着くよな」
 手首につけて試せば、体温に炙られてあの雨降る前の香りが柔らかく立ち上る。草木の青さ、空気の冷たさを感じさせながら、何にも例え難い香りをどうやって封したのかはわからない。然しここならではと言うのも働いて、ホクホクとナギが買い求める。
「次に狙うものはお決まりかな?」
「んー、ロクヨウにお願いする用のレインブーツかな。」
「レインブーツか。きっと似合うだろう。ただ、すっ転ぶ未来が見え……何でもない」
「…今、転ぶっていったかい?」
「言ってないぞ?」
 ジト、と湿度の高い視線を向けるナギから逃げるように、アダルヘルムが否定しながら視線を逸らす。幸い深くは追求されず、無事透明な|彩玻璃花《コロラフロル》のレインブーツも手に入り、今度はアダルヘルムの希望に沿って文具屋へと足を向けた。
「季節の花の色に移り変わるという栞が気になる」
 ブックカバーやガラスペンと様々並ぶ中で、アダルヘルムが手に取ったのは一枚の栞。春の桜に雨の紫陽花、秋の金木犀に冬のスノードロップと折々に色を変える様葉華やかで、土産としても人気を博している。いくつか色を見比べて、好みを見つけると早々に購入を決めた。
「綺麗な栞なら読書が更に捗りましょう。眺めているだけでも心穏やかだね。そうそう、私も万年筆が入り用で……。」
「万年筆は俺も見たい」
 間髪入れずにアダルヘルムがナギに同意して、次は万年筆の並ぶコーナーへ。こちらも細工から色柄までいくつも並んでおり、暫し悩んだもののこれから染めるように、と透明軸の品を2本選んだ。そのあとは当然のようにインクへと流れ、見つめる目つきの真剣さに思わずナギが茶化しを入れる。
「…人が変わったように嬉々として万年筆とインクを見ていますね」
「人が変わったようとは失礼な」
 とはいえ好むものを物色していれば、自然と熱は入るもの。特に水に反応を起こす|彩玻璃花《コロラフロル》を、職人たちの創意工夫で透明なままインクへと落とし込んだ逸品を見つけた時の気迫は、目を見張るものがあった。同様にインク瓶も幾つか購入し揃えていると、痺れを切らしたようにナギがソワソワと身を乗り出してきた。
「私も買おうかなぁ。お相手によってインク変えるのも素敵だし……アダル君、ナギも見ます!」
「ナギ殿よ、ならこのインクはどうだ?手に付くと一週間は落ちないと噂の…」
「えっ…何故そんな恐ろしい物をお勧めするのですか…フラグ構築はいけません!」
 真面目か冗談か分からない顔で恐怖のインクを勧めてくるアダルヘルムに、ナギがめっ!と叱って、別のインク選びにそそくさと棚へ手を伸ばした。

茶治・レモン
饗庭・ベアトリーチェ・紫苑

 しとしとぴっちゃん、雨の降る。屋根がわりに空へ飾られた傘の上を、雨粒たちが楽しそうに跳ねていく。その度に饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(或いは仮に天國也・h05190)が、眩しそうに瞳を細めた。
「私自身、天候を操れるのでわざわざ雨を選んだりしないのですが、こういう雰囲気なら大歓迎です!」
 キラキラ溢れるカラフルな光と、指で遊びながら感想を告げると、同じように傘屋根を見上げていた茶治・レモン(魔女代行・h00071)も、瞳を輝かせていた。
「そう言えば、紫苑さんはレインメーカーでしたね。僕も、雨と言えば暗い印象がありますが…こちらは華やかで楽しいです!」
  帽子の唾を引きつつ紫苑へ視線を戻すと、いつもと変わらぬ無表情ながら、自らの白い装いに彩りが揺れるのを見て、レモンが弾むように声をあげる。そのまま暫し傘のストリートを散歩がてら楽しんで、2人が雨具を扱うお店へと足を運ぶ。色留めした傘を広げて展示してあるのが華やかで、これは迷うぞ、と2人が息を呑んだ。暫し店の中を各々で巡って、欲しい傘を探し求め、たっぷり悩んだ後にこれぞ、と言う1本を手にして集まれば、自然とお披露目が始まった。
「紫苑さんの傘は決まりましたか?」
「悩みましたが、こちらを選んでみました」
「…わ、素敵なレースですね!さすがお洒落でいらっしゃる」
 ドレスめいた品のある装いの紫苑に、夕焼け色から星空柄へと色変わりするレースをあしらった傘はよく映えた。肩越しに担いだ姿にレモンがパチパチと拍手を送ると、ふふ、と嬉しげに紫苑が微笑む。
「可愛くて、あとどこか涼やか。雨に映えますね」
「ありがとうございます!茶治さんはどんな傘を選びました?」
 ちら、と手元を覗くように紫苑が視線を送ると、レモンがこれです!と傘を広げて披露する。
「僕は…じゃん!番傘です!これも|彩玻璃花《コロラフロル》で出来てるそうです」
「わ、番傘!?想定外のチョイス…でも何故か似合う…!」
 全体的には洋めいた印象を結ぶレモンの装いだが、よくよく見ると羽織や紐結びと和のテイストがふんだんに散りばめられており、番傘を手にする姿はむしろしっくりとくるほど。
「これなら雨の日も出かけたくなりますね。梅雨にも負けず、食べ歩きが捗ります!」
「こんな素敵なものだと、雨の日が楽しみになりますね。雨の日はコロッケが美味しいとも聞きますし!…あれ、台風でしたっけ?」
 食いしん坊同士、やや食べ物への情熱も滲ませつつ、それぞれが傘の購入にレジへと向かう。その最中、チリリン、と涼やかな音が聞こえて、紫苑がふと足を止める。
(あ、檸檬色の鈴。雨鈴って言うんですか…ふふ、後でプレゼントする用にこっそり買っておきます)
 そうしてこっそり傘のお会計にレモンへのプレゼントを混ぜて、欲しいものを手に入れた2人が次に向かうのは。
「私達といえば勿論、食は外せませんからね」
「勿論です!いっぱい食べましょう!」
 揃って健啖家、当然とばかりに選ばれたのは食べ物屋や露店の並ぶ一角だった。手始めに手軽で人気な|彩玻璃花《コロラフロル》風のカラフルソーダをテイクアウトし、皆が列を成す映えスポットへ向かう。手に入れた傘を互いに差して、傘の花咲くストリートを背景に紫苑のデバイスで自撮りをパシャリ。思い出の1枚を撮り収めて共有フォルダに送信!と紫苑がタップをしている間に、ズズズ、とレモンのソーダに刺したストローが飲み終わりを告げた。
「…はっ、美味しくてもう飲んじゃった。次ははちみつミルクも良いな。…すみません紫苑さん、おかわり買って来て良いですか?」
「はーい、なら席確保しておきます!」
「ありがとうございます!では行ってきますね」
 特に疑うでもなく快諾した紫苑を背に、レモンが向かうのははちみつミルクを売る店…ではなく、文具を扱う商店の方。道すがら見つけた綺麗な薔薇色の色留めがなされた栞を手に取って、優しげに目を細める。
「薔薇の栞…紫苑さんにぴったりです」
 気に入ってくれますようにと購入を急ぎ、ミルクもちゃんと2人分をゲットして。互いに互いのプレゼントを用意しているとは知らないまま、暫し祭りの美味巡りを堪能した。

瀬堀・秋沙
品問・吟
門音・寿々子
クラウス・イーザリー

しとしとぴっちゃん、雨の降る。道の上を屋根の代わりに広げた傘が、雨粒に喜んで色を変える。赤に紫、青に緑。花や緑、空を思わせる色彩を見せる姿が美しく、生物部で連れ立った4人がわぁ!と歓喜に包まれる。
「すごい……。花畑みたいに色鮮やかだ」
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が例える通り、キラキラと色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》の傘屋根は、まさに花畑のよう。
「すごく幻想的ですね」
 門音・寿々子(シニゾコナイ・h02587)がほぅ、とうっとりするように目を細め、同じように傘の浮かぶ空を眺める。
「にゃっ!素敵なお花のお祭りにゃ!色とりどりにゃ!」
 傘から落ちるカラフルな影と遊びながら、瀬堀・秋沙(都の果ての魔女っ子猫・h00416)も早速祭りの空気を楽しんでいると。
「来れてよかった…!ほぼ初対面な私ですが、快く輪に入れてくれた皆さんの優しさに感謝ですっ」
 花の彩りに見惚れていた品問・吟(見習い尼僧兵期待のルーキー・h06868)が、同行の許可への礼を述べて感激をあらわにした。祭りには行きたいと思いつつ、出来れば誰かと…と思っていた所を拾われて、無事にこうして見れた喜びはひとしおだ。寿々子も似た気持ちを抱えていたようで、吟の言葉にコクコクと頷いて同意する。
「こっちこそ、みんなと来られてうれしいにゃ!足どりだって、軽くなるのにゃ!」
 ほら!と言葉を体現するように、にゃっにゃと軽やかに秋沙が煉瓦道をかけて行く。その楽しげな様子に3人もくすりと笑い合って、同じ様に追いかけていった。
 
 迷路めいた雨傘のストリートを歩くと、両サイドはたくさんの店が並んでいる。その|彩玻璃花《コロラフロル》の多彩さに圧倒されて、クラウスがきょろきょろ視線を彷徨わせていると、秋沙がビシッ!と天を指差し自らの目的をお披露目する。
「猫は狙いが決まってるのにゃ!透明な傘と、透明な雨鈴を買うにゃ!いつもならボニンブルーを選ぶけどにゃ!今日はお花の気まぐれに任せてみるのにゃ!」
 さすが雨にちなんだ祭りだけあって、中でも雨具は種類が豊富に揃えられていた。ならば秋沙の望みもすぐに叶うだろうと、続けて皆も希望を述べていく。
「俺も後で染めるための透明の傘と、来客用に太陽のような黄金色のグラスを買おうと思う。」
「私も透明な傘と、|彩玻璃花《コロラフロル》の栞を購入したいです。桜色のがあればいいんですが…」
「きっとありますよ!こんなにカラフルですし。私はレインコートと…買い食いできそうなグルメが気になりますね」
 希望が出揃ったところで、まずは希望が多かった雨具の店へ向かう。それぞれが好みに染められるよう、透明な傘とレインコートを購入する。次に隣の小間物屋を覗くと、ちょうどガラス細工を扱う店で、クラウスの望み通りの色合いをしたグラスが見つかった。更に数件跨いだ文房具屋では、舞い散る桜模様と同じ色をした栞に無事出会え、読書と勉強が捗りそうだと寿々子がいそいそと購入をした。それぞれ希望の品を手にしたあたりで、暫し密かに別行動をしていた吟が、カラフルな箸巻きにクルクルポテト等の、持って食べやすい食べ物を抱えて戻ってくる。
「ね、ちょっと休憩しましょう!串焼き系買っておきましたから、皆さんにもお裾分け〜。そこに丁度ソーダのお店もあるから、飲みながら頂きません?」
「吟ちゃんのお裾分け、うれしいにゃ!ありがとにゃ!」
「わ、ありがとうございます…!休憩、助かります」
「丁度喉が乾いてたんだ。吟、下調べをありがとう」
「にゃっ?みんな、カラフルなソーダを飲むにゃ?猫も!猫も飲むにゃー!」
 4人揃って休憩がてら、手にするのは|彩玻璃花《コロラフロル》の色を模したカラフルなソーダ。フルーツの味わいにシュワワと弾ける泡が爽やかで、シンプルながら安定の味わいだ。そこでふと、泡と同じにある疑問が湧き上がる。
「そういえば、食べ物類は原材料に|彩玻璃花《コロラフロル》を使ってるのかな?」
 カラフルなフードを前に、ある種当然とも言える質問を吟が口にすると、ソーダスタンドの店主が物憂げなため息をついた。
「それがね…|彩玻璃花《コロラフロル》は食べるのにだけは向いてないのよ…」
 布にガラスにと、魔法を使ってあらゆる素材に加工される|彩玻璃花《コロラフロル》。然し水によって色変わりする性質が、水を使いがちな調理とはどうにも相性が悪いのか、安定して同じ味にすることができないのだ。それも苦味や雑味が混じることが多く、今まで何人もの|職人《チャレンジャー》はいたのだが、残念ながら未だこれといった商品にはなってないらしい。
「何事も万能とはいかない、ってことかな」
「綺麗ですから何となく香りが良かったり、甘かったりを想像しますけど、ね」
「食べるたびに味が変わる!っていうのも面白そうだけど…苦味と雑味は好みが分かれそうですしね〜」
「にゃ、食べられないのは残念にゃ。でも何事も日進月歩、次に来るときには新しいのが生まれてるかもにゃ!」
 ため息をつくソーダ店主に、秋沙が希望を持った一言を告げると、じゃあまた来年も来てねとウインクを返され、商売上手だと皆が思わず笑い声を上げた。

 そうして小腹も程よく満たされたなら、待っているのは最後にしてメインイベント。
「さて、本日のメインイベント、クラウスさんコーデ大会!」
 吟が楽しげに拍手して、一向が向かったのは洋服店。あまり私服や装飾品の手持ちがないというクラウスに託けて…もとい、気遣って。多彩な色の揃う|彩玻璃花《コロラフロル》の街でなら、似合いの装いも見つかるだろうといつの間にか開催が決定していた。
「みんなでクラウスくんをコーディネートにゃ?猫はどうしようかにゃ、何を選ぶかにゃ!」
「たくさんあるから迷いますね…!頑張って似合うものを見つけます」
「育ち柄お洒落は得意分野じゃないですが、まぁイケメン相手なので大体なんでも似合うんじゃないでしょうか」
 女性が3人揃ってオシャレの話となれば、きゃいきゃいと賑やかになるのも道理で。あれがいいか、これも素敵と暫し悩んでから、それぞれが品を手にクラウスの元へと再度集う。
「羽織物姿が多いと聞きますし、私は|彩玻璃花《コロラフロル》のサングラスやストールを合わせてみますっ」
 初手に吟が添えるのは、淡い桜色のサングラスに雪の様な色合いのストール。青いクラウスの瞳と重なると、ほんのり紫色に見えるあたりに遊び心があって、鏡を見たクラウスがおお、と声を上げた。
「なら私はこれを…これもきっとお似合いですよ」
 そう言って寿々子が添えるのは、|彩玻璃花《コロラフロル》の帽子とハットピン。落ち着いた色味の帽子に、|彩玻璃花《コロラフロル》の花形を生かしたピンは美しく、添えるだけでもオシャレさがグッと増す。
「ハットピンはストールやジャケットに留めてもおしゃれですよ」
「なるほど、活用に幅があるんだな…」
 寿々子が説明しながら翳したハットピンに、クラウスが素直に感心して頷く。
「猫、決めたにゃ!|彩玻璃花《コロラフロル》のリュックにするにゃ!」
 最後に秋沙が小さめのリュックを添えれば、クラウスの全身コーディネートが完成する。落ち着きがありながらも、|彩玻璃花《コロラフロル》の色留めで程よい華やかさも添えられた装いはクラウスによく似合っていて、選んだ3人がおおー、と感心の声を上げる。
「に、似合ってるかな……?」
「似合ってるにゃ!かっこいいにゃ!」
「すごーい!着こなしてるって感じです!サングラス、私も買おうかな…」
「まとまりも合って、すごくお似合いですよ」
 満足そうな推薦人の言葉添えもあって、やや照れを浮かべながらもクラウスがありがとう、と素直にコーディネートを買い上げた。

渡瀬・香月

「|彩玻璃花《コロラフロル》か、世の中には不思議な花もあるもんだな。」
 しとしとぴっちゃん、雨の降る。屋根がわりに広げられた傘たちが、雨粒が踊るたびカラフルに色を変える。赤に紫、青に碧。まるで万華鏡めいた美しさにほー、と関心を寄せて渡瀬・香月(ギメル・h01183)が呟く。
「店の備品もこういうところで手に入れたら、いつもよりもっと大事に使えるかも。」
 限定品や綺麗な品であれば、やはり気持ちとして扱いは丁寧になるもの。なら自分用にもお土産を兼ねて、何か買って帰ろうと店探しの散歩を開始する。然し祭りを楽しむのが趣旨とはいえ、一応今回は警備の依頼。あちこち冷やかしつつも、ちょっとでも手つきが怪しいものがいたらジーッと視線を送ることは忘れずに。なんだかんだ『人目がある』というのは、後ろ暗い者には低コストで有効な手立てなのです。じー。そして3件ほど過ぎたあたりで、布物を専門に扱うを見つけて、ここぞと入店を決める。狙うは自らの経営してるカフェ&ダイニングバーで使うための布巾。店で使うならやっぱり良い記憶を連想させるような色の物が欲しい、と見定める瞳は真剣で。職人こだわりの色留めされた品はどれも魅力的で決め難かったが、季節ごとにそれぞれの色へと移り変わる布を見つけて、数枚の購入を決めた。次に向かうのは雨具を扱う店。急な雨に降られた時、店から貸し出せるようにとこちらも空色や夕暮れなどの色留めがなされたものを数本購入する。加えて自分への土産用には、色留めが出来るように透明な傘も1本買ってみた。雨の降らない室内で広げても、今は透明なだけの傘だけど。
「どんな色に染まるのか今からめっちゃ楽しみ!」
 擦りおろした皮目も香りそうな檸檬色か、じっくり焼いたキャラメル色か。あれこれ想像するだけでも、染める前から楽しい気分になる。
「雨鈴も買っちゃおうかな。てるてるぼうずの形したやつとかあったらいいな。」
 ワクワクした気持ちが後押しするのか、ここまで来るとここならではの他の品も気になって。香月が足取り軽く次の店へと移って行った。次の店を見つけようと、足取り軽く香月が煉瓦道を歩いて行った。

ネム・レム

しとしとぴっちゃん、雨の降る。雨粒の跳ねるたびに色が変わる|彩玻璃花《コロラフロル》を眺めて、ネム・レム(うつろぎ・h02004)が楽しげに目を細める。
「透明な花…|彩玻璃花《コロラフロル》やったかな。雨で色が変わるやなんておもろい子やねぇ」
 滑る露を突けば、それにも反応して赤に紫にと色を変えるのを眺めていると、足元にふわふわとした感触を覚えて視線を向ける。そこにいたのはともに連れ立ってきた真っ白な犬、もといハニーだった。
「ハニーもなんや気に…上?」
 ぴょんぴょんと跳ねて上を向くハニーに首を傾げ、釣られるようにして上を向くと──そこに広がっていたのは、まるで花畑のような景色。屋根がわりに連ねられた|彩玻璃花《コロラフロル》の傘が、雨粒と踊って万華鏡のように色を変える姿に、思わずネムの口から感嘆の声が溢れる。
「あれまあ…見事なもんやなぁ。空に花咲いとるみたいやねぇ」
 同意するように、わふ!と声が返ってくるのが可愛くて、今度はハニーに視線を移すと、キラキラと瞳を輝かせて傘を見つめていて。
「ふふ…あれ欲しいん?残念やけど…ハニーは傘持てへんからなぁ。…せや、雨合羽はどない?」
 四つ足で歩くハニーに傘は難しくとも、雨合羽なら羽織れるだろうと提案すると、意図が通じた様でわふ!と返事があった。
「そのお顔は…ええんやね。はいはい、見に行こか」
 待ちきれないとばかりに先導するハニーに、ゆっくりネムがついて歩き、傘屋根見物の次は雨合羽探しへ。名物とあって店は程なく見つかり、並ぶ鮮やかな彩りにぱちり、とネムが瞳を瞬かせる。
「色付いとるのもあるみたいやけど…そのままのがええんやね」
 然しハニーがこれ!と自ら選んだのは、無色透明のもの。雨の下では千紫万紅移ろって、気に入りの色があれば色留めも選べる、|彩玻璃花《コロラフロル》そのままの雨合羽。サイズも獣人が住まう世界だけあって、ハニーにぴったりのものがすぐ見つかった。試着をすればますますあつらえたかの様な似合いっぷりに、ふ、と笑ってネムが頷く。
「うん、よお似合っとるよ。ハニーは真っ白さんやから。どんな彩に変わっても映えるやろなぁ」
 春の桜に梅雨の紫陽花、夏の空に冬の星の瞬き。どんな色に変わっても似合うだろうと語りかけると、ハニーが嬉しそうにふわふわと跳ね回る。そしてネムが脱がせてやろうと手を伸ばすと、するりとすり抜けて拒むものだから。
「…気に入ったん?せやったらこのまま着てこか」
 染まらぬままの今の衣なら、雨粒での色変わりも楽しそうだと、ネムが着せたままのハニーを伴ってまた歩き出す。雨の祭りのなか、ご機嫌な子を見守りながら、さぁ次は何を見ようかと探す姿は、ネム自身もどこか楽しげに見えた。

ユナ・フォーティア
エアリィ・ウィンディア

しとしとぴっちゃん、雨の降る。雨避けの為に道上の空を埋める、透明な傘たち。その上を雨が跳ねるたびに傘は色を変えて、万華鏡のような美しさを見せる。
「雨粒の感情によって色が変わる|彩玻璃花《コロラフロル》と雨を楽しむ祭か〜…」
 移り変わる色彩の妙を楽しみながら、ユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)がしみじみと感心したように口にする。
「空に花畑が広がってるみたい…。」
 エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)も、不思議な移ろいを気に入ったようで、空を見上げながらほぅ、とため息をこぼす。
「まさに湿っぽい梅雨ならではのお楽しみだね!」
「これなら雨の日が楽しみになっちゃうな」
 雨雨降れ降れ、と思わず歌いながら2人並んで傘屋根通りを歩いていくと、流石雨に因んだ祭りとあって、雨とゆかりある品はたくさん並んでいる。傘は色とりどりに広げられ、|雨の匂い《ペトリコール》のお香や、雨音で奏でられる雨鈴。迷うほどの品揃えに、エアリィが思わず目を丸くする。
「ほぇ…。雨にかかわるものがこんなに?」
「どれ買おうか迷っちゃうね★」
 悩みながら店先をあちらこちらと眺めていると、ふと2人の耳がとらえたのはリンリン、キィン…と涼やかな音。
「わー不思議な音がする!これが雨鈴ってやつかな?」
「あ、すごい。この雨鈴、すっごくきれいな音だね。そっか、雨の表情でいろいろかわるんだ…。」
 結えた鈴は揺れるたびにコロコロと、内側を雨が伝えば水琴窟を思わせる響きを奏でる雨鈴は、降り方によっても音色を変える。一頻り音が奏でられるのを楽しんだ後は、雨樋に絡んで咲く|彩玻璃花《コロラフロル》を見つけて、エアリィが指を指してユナへ知らせる。
「この|彩玻璃花《コロラフロル》、とってもきれい…。」
「これが|彩玻璃花《コロラフロル》!」
 加工されてない自然のままの花姿を見つけて、すぐさまユナがパシャっとスマホで撮影する。淡い水面のような花色を撮る事はできたが、すぐさま雨粒が跳ねてまた別の色に変わる。
「甘やかな桜の華色、流星群の夜に溢した涙色、蓮花を沈めた水底の色…本当にステンドグラスのようにロマンチックだ…」
 暫しその移ろいを見つめていると、ふとエアリィが近くの雨具店に、ステンドグラス風の傘が広げられているのを見つけて、呼びかけてみる。
「ねぇねぇ、ユナさん。ステンドグラスっぽいものあるよー。これ、とっても綺麗じゃない?」
 ほら、と2人がかけて行くと、店先に広げられた傘はまさにバラ窓のような美しさ。これも素敵だと購入を悩み始めたが、ひとまず他の傘も見てからにしようと横に視線を移したところ。
「ん?色変わりの傘?|彩玻璃花《コロラフロル》の特性を持つ傘とレインコートもあるのか…ん?無色透明だ。」
「ん?あれ?これ、まだ色がついていないものなんだ…。」
 ふたりが気づいたのは、染める前の無色透明をした傘。本来水に触れなければ、|彩玻璃花《コロラフロル》は何の色にも染まらない透明なまま。代わりに雨粒によってコロコロと色を変えるのを楽しむ方法もあれば、もう一つ人気の『色留め』と言う方法もあって。
「あっこれから行くダンジョンの色留めで、自分色にできるんだ!」
「へー、自分の色に染めることもできる、か。なんかすっごく幻想的で素敵だよね。ね、これも一つ買っていこ?」
「そうしよう!」
 思う色に染めらる、と聞けばそれはとても魅力的で。気づけば悩みもどこへやら、透明な傘を一本ずつを手に取っていた。
「たのしみだよね。自分色にできるって。」
「この傘、どんな色になるか、今からも楽しみだよねー♪」
「うん!咲かせに行こう、ユナ達だけの彩玻璃花をね!」
 今はまだ染まる色を知らない透明な傘を並べて、映り込む2人が楽しげな笑顔で彩りを添えた。

ベルナデッタ・ドラクロワ
廻里・りり

とん、とん、たたんと雨粒が跳ねる。道の上に屋根代わりに渡された傘が、その度にキラキラと色を変えていく。赤に紫、青に緑。まるで万華鏡の様な美しい色変わりに、廻里・りり(綴・h01760)が感嘆の声をあげて空を見上げる。
「わぁ…雨除けに傘を使うっておしゃれですね!」
「そうね、色が変わるのもとっても素敵」
 隣に立って、同じように空を覆う傘を見つめるベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)も、移ろう色彩に美しい、と賛美を贈る。そのまま暫く傘屋根のストリートを連れ立って歩き、色鮮やかな品が並ぶ店先を眺めていく。雨にちなんだ祭りとあって、傘やレインコートがあちこち並び、時折涼やかな音や|雨の香り《ペトリコール》も漂って来て、散歩だけでも十分楽しめそうな心地がする。然し折角のお祭りならば、何か持ち帰れるお土産も欲しいところ。
「りりは何か欲しいものがあるの?」
「わたしは傘をお迎えしたいんですけど…うーん。悩んじゃいますけど…」
 参考がてらベルナデッタがりりへと問うと、心に決めていた様ですんなりと傘、の答えが返ってくる。あちこち見比べてはどれにしようかと悩んでいたらしく、新たに傘を扱う店に差し掛かったとき、あ!と声を上げて歩み寄る。
「まぁるい形がかわいい、この子をくださいな!」
 りりが選んだのは、まぁるく包み込むような深張りの傘。色留めをしてない透明なものを選び、ホクホクと嬉しそうに笑うものだから、ベルナデッタも瞳を細めて優しく声をかける。
「気が合う傘が見つかったのね。」
「はい!…あなたのお名前は?って聞いたら答えてくれるでしょうか」
「呼び名は大切ね?いつか聞けたなら、ワタシにも教えてくれる?」
「もちろんです!ベルちゃんはお土産どうします?」
「ワタシもそうね、傘をひとつ。」
 りりの様子を見て、ベルナデッタも土産には傘を選んでみた。花の形に似た開きのものを選び、購入した後は連れていたスライムの宵闇に持ち運びを任せる。すると、傘の色がふわりと煌めいて、星の色に染まっていた。
「あら?この子の肌色の記憶かしら。星空みたいな色になったわね…。とても綺麗。」
「宵闇さんの色ですか?きらきらですね。わたしの色は…あっ今の色とってもきれい!」
 ちょうどどこかからこぼれた雨粒が当たったのか、りりの傘が爽やかな空色に染まった。この色も綺麗だし、これからまた変わる色も楽しみで、りりが買ってよかったと改めて思う。
「濡れるのはあんまり得意じゃないですけど、この子がいたらおでかけもたのしくなっちゃいそうです」
「雨の日、外に出るのは少し勇気がいるものね。気持ちを引っ張ってくれる出会いになったわ。」
「はい!…っ、くしゅんっ…。すみません、ちょっと涼しいですね」
 直接体に当たることはなくとも、降り続く雨は周囲の気温を下げてしまう。ふるりと身を震わせたりりに、ベルナデッタがあら、と歩み寄る。
「暖かくしなくてはダメよ、りり。ワタシと違ってあなたは体温があるのだから。」
 そう言ってベルナデッタがするりと懐から取り出すのは、柔らかなストール。透明ながらふわりと柔らかく、きっとりりに似合うだろうと密かに買っておいた一品だ。
「はい、ストールを買っておいたの。さあ首に巻いて。」
「わ、いいんですか?ありがとうございます!」
「それと、暖かいものを食べに行きましょうか?」
「あっいいですね!スープがいいなぁ。わたしはクラムチャウダーにしたいです!…あっ、でも」
「でも?」
 何か厭うことでもあっただろうか、とベルナデッタが聞き返すと、ほんのり不安げな顔でりりが小さく呟く。
「…ストールにこぼしちゃったら、クラムチャウダー色になるんでしょうか…」
「スープ。…そうよね、スープも水分だわ。」
 思いもしなかった角度からのりりの心配に、ベルナデッタがぱちりと瞳を見開く。けれど折角暖かに誘う美味しいものを、諦めてしまうのは忍びない。それに何より──
「ミルク色の思い出になったら、それもそれで楽しい記憶だわ。ね、これにしましょう?」
「…そう、かもしれません。はい、やっぱりスープ頂きたいです!」
 小さな不安はほんのひと匙のお砂糖で、楽しいへと書き換えて。受け取るスープで乾杯をしたなら、口へ運ぶときにはすっかり笑顔になっていて。

──まろやかな白に溶けたなら、いつかに思い出す今日は、楽しい溢れ話になるはずだから。

雨夜・氷月

 見上げる空から、さらさらと雨が降り続く。通行人に当たらぬようにと、道上に渡されるのは傘の屋根。その|彩玻璃花《コロラフロル》で作られた一つ一つが、雨粒の当たるたび楽しげに色彩を変えて行く。
「本当に色んな彩が揃ってる。すごいなあ」
 そんな万華鏡のように鮮やかな空を見上げ、雨夜・氷月(壊月・h00493)がほー、と感嘆の声をあげる。春の桜、夏の空、秋の金木犀、冬の雪。四季や景色を思わす色にコロコロと変わるのが面白くて、道なりにのんびり散歩するだけでも中々に楽しめる。とはいえここに来た名目は一応警備の依頼ではあるので、怪しいそぶりのワルイヤツにはちゃんと目を光らせておく。そうして仕事をこなす側ら、ついでとばかりに眺める店先も、|彩玻璃花《コロラフロル》を使った品々が色鮮やかで、自然と感心が募っていく。
「|彩玻璃花《コロラフロル》ってやつが触れた水の記憶が反映される、か。案外何にでもなれるようで、狙った彩にするには職人技が必要そう」
 雨粒を見ただけでは、どんな色彩を持つかは誰にもわからない。|彩玻璃花《コロラフロル》に触れて初めて色がわかるのであれば、確かに狙った色留めをするなら職人の技と情熱、そして運も必要かもしれない。
「揺らめく水面のお皿とか、面白いね!」
 まさにそうした技の末に生まれただろう、ゆらゆらと水の揺れる皿を光に翳して、氷月が作り手へと思いを馳せる。すると、もし自分ならどんな色を留めるのだろう、と興味が湧いて。気づけば一つ、まだ色留めのされていない透明な|彩玻璃花《コロラフロル》のコップを手にしていた。
「アンタはどんな彩に染まるだろうね」
 自由に広がる空みたいな青か、自らみたいに一つのカタチにかたまらない雲の白。紫陽花やひまわりのよう、に四季折々の花の彩に移ろうのか。無限とも思える可能性が面白くて、染まらぬコップ越しに傘屋根から落ちるカラフルな煌めきをみる。その中に、星さえも忘れたような黒夜色を見つけて、ふとした思いつきがこぼれ落ちてくる。
「|アイツ《腐れ縁》にも、何か買って行ってやろう」
 じっと睨むような顔を思い出して、氷月が贈る品は何にしようかと考える。身につけるもの、普段使いやすいもの。加えて──そう、それこそ買ったものを、俺の彩に染めて渡してみたりしたら。ああ、なんだか楽しくてたまらない。
「どんな顔するかなー」
 手渡す時を想像していると、知らず氷月の顔に悪戯っぽい笑みが咲いていた。

鴛海・ラズリ
千木良・玖音

──あざやかな色が、空から落ちてくる。雨を遮る傘屋根は、代わりに雨粒が踊るたびにキラキラと、万華鏡にも似た光を零してくれる。
「ラズリおねえさんっ、みてみて!」
 そんな煌めきを指さして、千木良・玖音(九契・h01131)が楽しげに鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)の名前を呼ぶ。とん、とん、たたんと雨が奏でる音に合わせるように、玖音が軽快に足音を鳴らせば、ラズリが愛らしそうに目を細めてパチパチと手を叩く。──雨はすき。花にいのちの恵みを齎してくれるから。雨上がりの馨りも、露に濡れた花びらも、ずうっと眺めていたくなる。そんな心地になるのは。
「私の保護者さんが花屋さん、だからかな」
 はにかむようにラズリがそう告げれば、玖音もわかります、と目一杯頷いて。
「恵みの音、露が落ちてきらきらする時は、お花の笑顔なんじゃないかなって思ったりするの」
 それならきっと、|彩玻璃花《コロラフロル》がこんなにも美しく色を変えるのは、花の笑みに違いないと2人が柔らかに笑い合って。光と彩に染まった煉瓦道を、足取り軽く並んで行く。細い小道を進んでいくと、両脇の店に所狭しとあざやかな品が並んでいる。傘にレインコート、雨鈴にペトリコールの香り。どれも雨を喜ぶような品々で、見ているだけでも心が潤うよう。色留めをされた品も美しくて心惹かれるものはあるけれど、ラズリが選んで手に取るのは透明なジョウロだった。ガラス風に加工された、色留めされてないものであれば、きっと水を注ぐたびに色んな色彩を見せてくれるはずだから。
「これでもっと元気に咲いてくれたら良いね」
「綺麗な如雨露で水浴びしたら、嬉しくて沢山咲いてくれるかも、です!」
「ね、注ぐのが楽しみ。玖音は何か欲しいもの、見つけられた?」
「私はね、工房でのお手伝いがもっと楽しくなるように、道具を入れるポーチにしてみました!」
 じゃん!と嬉しそうに玖音が見せるのは、程よい大きさのポーチだ。あちこちにサイズの違うポケットが備えられ、紐を繋げれば肩から、ベルトに結べば腰にも下げられる便利な一品。中身はまだ空っぽだけど、これからきっと溢れるほどに沢山になる。だって今見えてる景色も一瞬一瞬違うから、ひとかけらも見逃さないように、と願いを込めて。
「ラズリおねえさんとの想い出も、このポーチに一緒にいれるの」
 中身ごと大切そうにポーチを抱きしめる玖音に、ラズリが嬉しいな、と笑みを寄せる。
「きっとこれから、たくさんの思い出いっぱいになるのよ。はち切れないよう気をつけなないとね。あ、それならもう一つ」
 そういって、ラズリがとっておきの思いつきを披露するように、手に取った透明な|彩玻璃花《コロラフロル》を玖音へと見せる。花姿そのままに、枯れずの魔法だけをかけられた品。
「えへへ、玖音と|彩玻璃花《コロラフロル》のお花を染めあって、交換できたら嬉しいのよ」
「|彩玻璃花《コロラフロル》の交換…したいです!どんな色になるかどきどきするの」
「うん、何色になるか楽しみね」
 虹の渡る空の色、花満ちる庭園の香り。想像するだけでも楽しくて、そしてきっと、どんな色に染まったって嬉しくて、色留めの迷宮へといっそう思いを馳せる。身に付けるカタチは、色合いを見てからにしようと、先の楽しみに取っておいて。
「あとは──そうね。透明な|彩玻璃花《コロラフロル》の生地をひとつ、頂こうかしら」
 作り手としての性分が騒ぐのか、ラズリが最後に求めるのは布生地の一巻き。色留めしていないものにすれば、生地の長さの分、どれだけ彩を集められるか考えたら創作意欲も沸々と湧いてくる。
「わ、おねえさん、いつの間にか両手いっぱい!」
「ふふ、欲張ってたくさん買い物しちゃった」
 抱える荷物は重くても、帰ってからの楽しみを思えば心はどこまでも軽く弾んで。染めたら見せてくださいね、と問う玖音に、ラズリがもちろん、と微笑んで小指を差し出した。

レア・ハレクラニ

しとしとぴっちゃん、雨の降る。その度に道上に広がる傘たちが美しい色に染まり、曇り空を美しく彩っていく。
「|彩玻璃花《コロラフロル》が傘になって道を彩ってるのです!雨降りでもお空がキラキラなのです!」
 傘から溢れる光にも負けないくらい、レア・ハレクラニ(悠久の旅人・h02060)がキラキラと瞳を輝かせて空を見上げる。
「は!?これは動画として配信したら映えるのでは…?」
 更にそこへキラン!とした叡智のきらめきを宿し、早速とスマホを取り出して撮影準備に取り掛かる。
「さっそくレポートです!」
 すちゃ、と上を向けてスマホを構えボタンを押せば、ちょうど雨粒が当たって色変わる瞬間が撮れて、レアがえっ?と首を傾げる。
「雨粒があたるたびに色が…見えましたか?今、色変わったのです!」
 あざやかな赤が藤薫る紫に、晴れ渡る空色が夕暮れに。クルクルと色変わりするのが楽しくて、思わず手に入れたい欲が芽生えてくる。
「こんな素敵な傘があったら雨の日も楽しいこと間違いなしです。レア、ちょっとお買い物に行ってくるのです!」
 撮影もそこそこに、ワクワクの気持ちのままに駆け込むのは近くの雨具店。
「こんにちは!|彩玻璃花《コロラフロル》で作った傘って買えるです?」
「もちろんですとも。店にあるのは透明なのも色留めしたのも、全部|彩玻璃花《コロラフロル》で作られたものですよ」
 にこりと案内されれば、そこに並ぶのはあざやかに開かれ展示された傘たち。
「わ〜!透明なのも色留めしてるのもどれもキレイです~」
 春の桜に梅雨の紫陽花、秋の金木犀に冬の雪。職人こだわりの色留めは勿論、透明なままの傘も形にこだわったものが並び、どれも魅力に溢れている。
「空の色はやっぱり心惹かれるのです。でも雨粒で色が変わる透明なのも捨てがたいです」
 晴れやかな青空色は雨でも心が晴れそうだし、見る度に色が変わる傘もきっとお出かけを楽しく彩ってくれる。悩みに悩んで決めきれず、こうなったら…とレアが奥の手を切る。
「よし、こういう時はお店の人におすすめを聞くです!お姉さん、どちらがおすすめでしょう?」
「ん〜そうですね、私が進めるのならやっぱり透明な|彩玻璃花《コロラフロル》の傘でしょうか。ならでは感がありますから。それで…お買い求め頂けたら、こちらをサービスします。」
 そういって店員が差し出すのは、|彩玻璃花《コロラフロル》の花形をしたアンブレラマーカーだ。空色に色留めをされたもので、レアの差し出したもう一本の傘とそっくりの色をしている。
「これでどっちの色も、な選択はいかがでしょう?」
「やったぁ!そうします〜」
 やはり餅は餅屋、サービス付きの提案にホクホクと購入を決め、レアが満面の笑顔で店を後にする。するとレアの耳にちりりん、キィン、と涼やかな音色が届く。
「ん?このキレイな音は何です?雨鈴…それも見に行くです~!」
 新しい出会いの予感に期待を膨らませ、レアが足取り軽く傘屋根のストリートを駆け出して行った。

セレネ・デルフィ
椿紅・玲空

とん、とん、たたん、と雨が降る。道の空に、屋根の代わりにと広げられた傘たちの上を、雨粒たちが楽しげに跳ね回る。透明な傘がその度に空色に、夕暮れ色に、花を思わす色彩にと変わるのがカラフルで。見上げる椿紅・玲空(白華海棠・h01316)が、美しいな、と静かに感想をこぼす。隣立つセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)も同じ感想を持ったようで、本当に、と言い添えて見上げた瞳に彩を宿す。そのまま暫し雨音を連れ立ってストリートを散歩していると、道に沿って並ぶ店のあざやかなこと。透明な|彩玻璃花《コロラフロル》を職人たちが色留めした、こだわりの品たちが並んでいて、傘屋根にも負けない色彩を見せていた。
「職人の手が加わると、また別物のようですごいな」
「すごいです…移ろう空であったり、四季の花の彩であったり。これが|彩玻璃花《コロラフロル》の特性なのですね」
 ぱちぱちと瞳を瞬かせる玲空に、感心したようにため息をこぼすセレネ。特に玲空は同じ素材なのに、これだけ色彩豊かになるとは、と興味が深まるばかりのようで。好奇心を隠さない玲空の様子が、いつもより少し幼く見えた気がして、セレネがふふ、と笑みを浮かべて尋ねる。
「椿紅さんは気になるものはありますか?」
「私?そうだな…このティーセットとか気になるかな」
 そう言って手に取るのは、真白に色留めされたティーセット。手に取ればゆらり遊色が踊るのが美しく、ふ、と玲空の目元が緩む。
「ティーセットも良いですね…色に合わせて茶葉を選ぶとか、たのしそう」
「セレネは何か気になったものはあるのか?」
「私は、空の彩を映す傘が気になって。布を持ち帰ってお仕立てをお願いするのも良さそうです」
 手に取る傘も、晴れ空から星夜へとくるくる映ろって美しく。花の色に移り変わる布を好きな形に出来るのも蠱惑的で。悩ましいです、と楽しげに迷うセレネに、ふと玲空が思い起こすのは仕立て屋の友人のこと。|彩玻璃花《コロラフロル》の布をお土産にしたら、あの愛らしい耳をぴここ、と揺らして喜んでくれそうだと、想像するだに笑みが浮かぶ。そうして幾つか品を選んでは話に花を咲かせていると、改めて|彩玻璃花《コロラフロル》の色彩の豊かさに驚かされる。
「花が記憶を受けて染まるなんて。とても不思議で、幻想的」
「本当に不思議な花だな。ならヒトの記憶を映せば、そのヒトだけの唯一無二の物となるわけか」
 涙や肌を滑る露でさえ、花の色へと写し変わることを聞いて、浪漫のある話だと玲空が空を飾る傘を見る。
「確かに…仮に同じ景色の記憶を映しても、人が違えば違う彩になりそうです、ね」
「ああ。同じ出来事でもきっと感じ方は違うから、完全に一致するのは極稀なのだろうな」
 緑と口にしても、花緑青から深緑まで様々にある。更に瞳に映し記憶するまでの、人の感情も乗せて仕舞えば、それこそ千紫万紅に変わるだろう。ならこの花に、自らの涙を滑らせたのなら、もしかしたら──と、セレネの胸の内に、ふとあぶくのような思いが芽生えて。
「…この花をつかえば、わたしのきおくもうつせないでしょうか」
「…セレネには、映したい記憶が?」
 ほろり、と溢れたセレネの言葉に、玲空が思わず問いかける。けれど返すための言葉が形にならず、セレネがきっと、とだけ呟いた。玲空もそれ以上は深く追わず、ただ少しだけ、願うように言葉を添える。
「…それがセレネにとって、やさしい記憶だといいな」
 喩え忘れてしまっても、空へと還ってしまっても。かつて優しい|記憶《もの》がそばに居てくれたのだ、と思えたなら。それはとても嬉しいことのような気がして、セレネがありがとうございます、とやわく微笑んだ。

緇・カナト
トゥルエノ・トニトルス

しとしとぴっちゃん、雨の降る。煉瓦道に溢れては雨音を立て、小道を行く人々の流れも水の如く。花弁を濡らしてはその色を変える、不思議な|彩玻璃花《コロラフロル》の花を横目に、緇・カナト(hellhound・h02325)がへぇ、と物珍しそうな声をあげた。
「|彩玻璃花《コロラフロル》ねェ…こういう季節も、眺めるだけなら嫌いではナイんだがなぁ」
 窓辺からゆっくり外を眺めるなら、雨も悪くはない。然ししっとりと湿度を帯びた外を歩くのは、どうにも鬱陶しさが勝る。なのに雨を主題にした祭りにこうしてわざわざ足を運んだ理由は。
「梅雨といったら雷も活躍する此の季節…!」
 この、瞳を輝かせたトゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)に呼ばれたからである。カナトと違いこちらは雷に由来する身の為か、まさに絶好調と言わんばかりのご機嫌具合である。唐突に現れて、祭りに連れ出しにきた、と言われて。流されるまま気付けばここまで来てしまっていたが、そもそも如何して。
「…なぜオレは呼び出しに応じているのか…?」
「なんだ、職業柄レインコートとか使うだろう?」
「………、まァいいや」
 疑問は浮かべたものの、なんにせよ足労はもう払ってしまったのだ。ならば文句を重ねるより、楽しんだ方が得というもの。ウキウキと歩みを進めるトゥルエノに、カナトも当社比のっそりついていく。ストリートを歩けば、屋根代わりに空を埋める傘が、雨粒の跳ねるたびにキラキラと色を変える。赤に紫、青に緑。くるくるとまるでステンドグラスのような美しさに、トゥルエノがほぅ、と感心したように見上げる。
「目で見ても賑やか楽しいな」
「へぇ、ペトリコールの香水もあるだなんて珍しいな」
「馨りも音色も気になるものが沢山だなぁ」
 ふわりと鼻を掠めるのは、何にも喩え難い雨の匂いに温かなスープの湯気。ちりりん、キィンと誘う不思議な音。どれもこれも魅力的なもので、どれが気になるだろうか、とトゥルエノがカナトに問いかけてみる。
「飲み物や食べ物たちも多いようだ。主は何れがいい?」
「……別にどれでも良いとは思うから、好きな店で欲しいモノでも買えばいいのでは」
 ステンドグラス風の小物も興味は惹かれたし、何かしら腹に入れたい気持ちもある。然し誘ってきた以上は何か気になるものでもあるんだろう、と。カナトのほんのり気遣いを混ぜた投げやりに、トゥルエノがそれなら、とくるり進路を変える。
「我が選んで良いならば…雨鈴の店に向かおうか!」
 ちりりん、と涼やかに誘う音へ向けて足を向けるトゥルエノの背に、やっぱりとカナトが小さく息を吐いたのは気づいたかどうか。そうしてすぐに辿り着いた雨鈴の店は、軒先から中に至るまで、埋めるほどに並んでいた。そのどれもが彩り豊かに耳に心地よい音を奏でるものだから、トゥルエノの瞳が稲光を写したように光る。
「目でも耳でも楽しめるとは役得だ…!」
 自身が気に入ったのは勿論、こうして雨鈴を選んだのは、夏場も雨季もそんなに好きではないらしい|カナト《主》を思ってのこと。こういった美しい小物なら好きだろうから、とこれから先の季節を少しでも過ごしやすいようにとの配慮もあって、いっとう涼しげで揃いの色をした雨鈴を手に取る。
「我が揃いで購入する、ぞ……って、あれ?」
 然し勇ましくレジに持ち込もうとしたトゥルエノの雨鈴を、カナトが上からひょいと取り上げて、手早く会計を済ませてしまう。
「揃いのモノが好きなんだろう?…ほらよ」
「ぴぃ…オトナの財力を見せつけられてしまった…」
 気遣われるのは癪に障るから、とそっくりそのまま手出ししてやる。すると見た目の幼さを利用したように泣くフリをするものだから、はいはい、とカナトが軽く受け流した。
「ならば先程の通りで見かけた、カラフルソーダも奢ってくれ給え」
 けれどすぐに気を取り直し、ふん、と胸を張って告げるトゥルエノの姿に、カナトがふ、と表情を和らげる。ああ、そうだ── そうやってちゃっかり便乗するような雷獣くらいのが、丁度いいさ。

見上・游

とん、とん、たたんと雨粒が踊る。その度に、道の上に翳された傘が、楽しげに色を変える。赤に紫、青に緑。くるくると万華鏡のように変わる色彩を前に、見上・游(D.E.P.A.S.デパスの護霊「佐保姫」・h01537)が見上げて楽しげな笑みを浮かべる。
──ビニール傘が雨を弾くと唄う音。その音を聞きながら、のんびり歩くの雨の日の散歩が好きだ。
 雨を楽しむ祭りとあれば、道ゆく人も雨を見上げて嬉しそうで、游の足取りもなんだか軽くなってしまう。とん、とん、たたんと雨音にも似たステップで傘屋根のストリートを歩いていくと、両脇の店が皆誘うように傘を広げている。|彩玻璃花《コロラフロル》を色留めした傘はどれもカラフルで、空の青にも花の白にも心惹かれるものがある。でも游が選ぶのは、散歩がもっと楽しくなるように、と思いを込めた染める前の|彩玻璃花《コロラフロル》の雨傘。代わりに傘を飾るタッセルの方は、白から淡い瑠璃色へと変わる、夜明け前の色留めをしたもので飾り付けて。購入して、待ちきれないように店先で広げて見ると、そこにはまだなんの色も載っていなくて。
「これがどんな色に咲くのかな」
 桜のような淡いピンク色、それともシュワワと泡の音も聞こえそうなソーダ色?どれでもきっと綺麗だろうなと思ば、ワクワクした気持ちは止まらない。
「バイトの仲間達や常連さんにお土産買いたいな」
 この気持ちをお裾分けするべく、自分の分を決めた後は他の人へのお土産選びへ移っていく。お香や雨鈴もいいけれど、游のバイト先は小料理屋だ。できれば飲食に因んだものがいいな、とふらり歩いていると、ふと目に止まるのはカラフルなラムネ。泡が立ち上るたびにキラキラと色を変えるのが綺麗で、思わず1本を手に取って見る。そうっと明かりにかざしてみると、中のビー玉が揺れて色が変わる。爽やかなミントグリーンから、甘やかな蜂蜜色へ。
「あ、|彩玻璃花《コロラフロル》で出来たビー玉なんだ」
 感心して泡が逃げない程度に角度を変えると、今度は苺めいた赤色に変わるのが面白くて、お土産はこれにしようと心を決める。飲んだ後のビー玉は取り出せるような構造になっていたけれど、きっと嵌めたまま水を注いで使っても、コロコロ色が変わって楽しめるはずだ。何本かは土産用に包んでもらって、一本は自分用にとその場で開けてもらう。道すがらシュワワ、とフルーツの香りを纏った爽やかなラムネを口にして、その度にカランコロン、とガラスが音を立てるのが心地よくて。一応警備の依頼ということもあって、見回りは忘れずにと思うけれど、今の心地ならきっとどこまででも歩けてしまいそうだ。
「…ロクヨウにも、逢ってみたいな」
 迷路に似た小道を散歩しながら、ふと思いを馳せるのは迷宮の奥で待っているというロクヨウのこと。|彩玻璃花《コロラフロル》を捧げれば戴けるというその星夜の祝福は、一体どんな色だろう、と想像しながら。游が引き続き街をゆっくりと見回っていった。

大海原・藍生
ルクレツィア・サーゲイト
風巻・ラクス

 しとしとぴっちゃん、雨の降る。普段なら憂鬱さが募る梅雨時期も、ここでは待ち通しい祭りへと変わる。周囲の楽しげな笑みに釣られるようにして、大海原・藍生(リメンバーミー・h02520)が元気よく煉瓦道を歩いてく。
「|彩玻璃花《コロラフロル》っていうのがあるんですか、楽しみですね!」
 祭りの名物とも言われる、雨に当たるたび色が変わるという|彩玻璃花《コロラフロル》。それがどこにあるのか、と藍生がキョロキョロと探す。
「みんなで雨の街にお出かけ、楽しみですねー。」
 風巻・ラクス(人間(√マスクド・ヒーロー)の重甲着装者・h00801)も一緒に来れたことが嬉しいようで、心なしか足取りが軽い。
「噂には聞いてたけど実際この目で見る機会が来るなんて!フフッ、今から楽しみだわ♪」
 街を堪能しよう!と意気込み満点のルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)だが、一応、今回は年少者二人の引率者でもある。しっかりと見守りはしつつ、けれど楽しげな雰囲気は隠せないでいた。
「でも傘とか持ってないのに雨が降ってきたらどうしましょうか?何か傘代わりになる物はー」
「そこは大丈夫そうよラクス。ほら見て!」
 そう言ってルクレツィアが空を指差すのを、追いかけるように藍生とラクスも見上げる。するとそこには、道の上いっぱいに渡された雨傘があった。それも雨粒の当たるたびにクルクルと万華鏡のように色を変えるものだから、3人が揃ってわぁ!と感嘆の声をあげる。
「すごい!この傘が全部|彩玻璃花《コロラフロル》で出来てるんですね!√ドラゴンファンタジーならではの幻想的な景色だ」
「わぁ、綺麗です!これなら傘の心配も入りませんね」
「ええ、気にせずお買い物を楽しんじゃいましょ!」
 懸念が一つはれたなら、3人で並んで傘屋根のストリートを歩く。ちょうどすぐに|彩玻璃花《コロラフロル》めいたカラフルなソーダのスタンドが目に入ったので、早速3人分を購入する。
「素敵な食べ物飲み物も多いですねぇ。このきれいな飲み物、スマホで撮っても大丈夫です?」
「勿論ですよ!どうぞお友達にも見せてあげてね」
 迷宮の動画配信も普及してるドラゴンファンタジー故か、割とどこも撮影には寛容…どころか、わざわざフォトスポットもあちこちに置いてるくらいに推奨されている。それがわかって藍生が心置きなく写真に収めると、美味しくソーダを口にした。他にも色々と食べたいものはあったが、そこは空気を読んで自重気味に。次に向かうのは、お香を扱ったお店だ。中に置かれているのは、どれもペトリコールと言われる雨にちなんだ香りのもの。それに不思議そうに目を丸くしながら、ラクスが一つを手に取ってみる。
「これ…雨の馨りのお香ですか?」
「どれどれ?…わ、確かに覚えのある香りがする〜!雨が降る前のあのブワって感じの」
「海だと潮の匂いばかりでしたけど、確かに少し懐かしい感じもしますね。アロマ買っちゃいましょう♪」
 ラクスが小さな小瓶のものを買い求めて、次はちりりん、と耳に届く涼やかな音に誘われ雨鈴の店へ向かう。
「雨鈴、っていうんですか、すてきな色です。これ、家族へのお土産にしてみたいですね」
 結えた鈴はちりりん、と愛らしく。中を雨が伝えばコォン、キィン、と水琴窟めいた不思議な音を奏でる雨鈴。中でも青空めいた色合いの雨鈴を気に入って、こちらは藍生が購入を決める。その間にもルクレツィアは情報集めに見守りに、と引率者らしい働きばかりで、楽しんでいるかと心配したラクスがおずおずと声をかける。
「ルーシィさん……あの、御自分の物も選ばれた方が?」
「あら、そういえばウィンドウショッピングばっかりで、まだ何も買ってなかったわね。それでも十分楽しいんだけど…じゃあこの『水の記憶を色に変える』レインコートを買おうかな。素敵だし!」
 そう言ってルクレツィアが手にしたのは、|彩玻璃花《コロラフロル》で編まれた一着のレインコート。色留めがされてない透明なもので、雨の下を歩けば様々な色を見せてくれる街ならではの一品だ。
「こうして過ごしてみると、雨だって悪い天気ではないと思うのです。雨音は心が癒やされる音ですし、恵みの雨ってよく言いますしね」
「正に『雨が悪い天気だなんて誰が決めた?』って感じよね!」
 藍生の言葉を受けて、そのまま軽快にI`m singin` in the rain~♪と歌い出すルクレツィアに、ラクスもこくりと頷いて同意する。
「本当にここにいると雨の日って素敵で毎日でも良いかって思えて……あっ、でも雨の日ばかりだと洗濯物が。……何事も程々が一番でしょうか?」
 ちょっぴり現実的な落とし処を見た気はしたけれど。少なくとも今日いっぱいは雨の天気を楽しもう、と3人が次なる買い物へと繰り出していった。

マリー・エルデフェイ

 しとしとぴっちゃん、雨の降る。傘を叩いては楽しげに。雨粒が踊るたびに屋根代わりの傘が、くるりくるりと色を変える。赤に紫、青に緑。そのステンドグラスにも万華鏡にも似た美しさに、マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)が見上げながらほう、と感嘆の息を吐く。
「|彩玻璃花《コロラフロル》、雨粒で色を変える透明な花ですか。とても神秘的なお花ですね。」
 透けて透明な花弁といい、何より色が変わることと言い。魔法に満ちたこの世界ならではの景色を眺めて、煉瓦道を歩いていく。せっかくの祭りは楽しまねばと、心の準備も万端に。るんるんと跳ねるような心地で、|彩玻璃花《コロラフロル》の雑貨を見て歩く。右を見れば色留めされたステンドグラスのような傘が美しいし、左を見れば雨鈴がちりりん、キィンと涼しげな音を鳴らす。栞やブックカバーのセットも素敵だし、ティーセットなんかはお茶を注ぐたびに色が変わるのも面白い。お店を渡って見れば見るほど目移りしてしまい、あれも欲しいこれも欲しいが募っていく。どれかになんて決められないかも…!と目をぐるぐるにして不安に思っていると、ふと何かが瞳に止まった気がして、マリーが足を止める。
「あ、このレインコートはいいかも!」
 そう言って手に取ったのは、祭りの名物の一つとも言えるレインコート。中でも色留めされたものではなく、透明な|彩玻璃花《コロラフロル》そのままのもの。
「旅のお供に丁度良さそうです。これにしましょう!」
 気に入れば早いもので、マリーがすぐに購入を決める。このまま使うのも捨て難いが、迷った末にこの後の迷宮で色留めしようと方針を決めた。
「どんな色に染まるのか、楽しみだな」
 春のさくら、夏の空。秋の落ち葉に冬の雪。どんな色彩が旅に寄り添ってくれるだろうと考えるだけで、マリーの顔にも鮮やかな笑みが咲いた。

藤春・雪羽

 とん、とん、たたんと雨が降る。その度に、屋根の代わりに空へ広げられた傘が、鮮やかに色を変える。雨を喜ぶように赤へ黄色へ、青へ緑へ。その万華鏡のような美しい色変わりを、見上げる藤春・雪羽(藤紡華雫・h01263)が興味深そうに眺めている。
「なんとも不思議な花だね。この透明な花が彩を得るのだろう?」
 日頃から花を扱う身ながら、|彩玻璃花《コロラフロル》を目にするのは初めてだった。どのようにして色が変わるのか、変わるのは色だけなのか。若しくは不思議な薬効の一つも宿していないだろうか──と。尽きぬ興味のままに暫しじぃ、と眺めていたけれど、このままでは見ているだけで時間が溶けてしまう、と気づいて程々に止める。なんと言っても今日は祭りで、|彩玻璃花《コロラフロル》は加工した品々も数多あるという。
「この花で作られた作品を見るのも楽しみだ」
 楽しみを胸に進めば、暫しは|彩玻璃花《コロラフロル》の空傘の彩る道を歩いていく。ならず者の噂は聞き溢さぬよう、そして探し物に辿り着けるよう、要所要所では耳を側立てて。やがてたどり着いたのは、雨鈴を扱う店だった。
「雨で奏でるとは面白いねぇ。実は、少しばかり雨と縁があるものでね」
 ふ、と笑みを深めて見つめる先には、ちりりん、キィンと涼やかな音で誘う雨鈴たち。風で揺れるのとは違い、雨が内に伝うことで響く音はなんとも不思議で、店先にいるだけでも心地よい。けれど手作りのこともあって、耳を澄ませていると僅かながらにどれも音が違うことがわかる。ならば、いっとう性に合うものを見つけようと、暫し目を閉じ聞き込んでいると。
「──ん、この音がいいな」
 一際耳にしっくりと馴染む鈴を見つけて、笑いかけながら雪羽が指で触れる。それに応えるようにちりりん、となるものだから、間違いないと頷いて。
「これをいただきたいんだが、包んでくれるかい?」
「かしこまりました!お買い上げありがとうございます」
 すぐさま店員が丁寧に包んで手渡すと、土産の重みは増えたはずが、足取りは軽くなった気がした。次に足を運んだのは小間物の店。特に|彩玻璃花《コロラフロル》を硝子に加工したものが多く、色も品物も多岐に及んだ。
「作品と一口に言えど、様々なものがあるねぇ」
 ティーセットに酒盃、ペーパーウェイトにガラスペン。それも職人のこだわりの色留めを施したものが加われば、目移りもしようもの。悩むのもまた一興、とあれこれ見比べてから、雪羽が選んだのは蕾を模した蓋付きの小瓶に、水面が揺らぐような細工が施された小物入れ。それぞれ店用と個人用に複数個購入し、袋を下げて店を後にする。
「ふふ、何を入れようか…それを考えるのも楽しいものだね」
 花藥を載せようか、茶を注ごうか、簪を休ませようか。ああ、帰ってからも楽しみだ、と雪羽が再び傘道を歩んで行った。

繰廻・果月

 しとしとぴっちゃん、雨の降る。その度にまるで雨が恋しかったかのように、屋根代わりの傘がころりと色を変える。赤を紫に、青を緑に。水の記憶を映し出す|彩玻璃花《コロラフロル》の特性のまま、万華鏡のように移り変わる色彩を眺めて、繰廻・果月(御伽語の歌唄い・h07074)が感嘆の息をこぼす。
「はー…こないに綺麗な花があるんやねぇ」
 花弁はやわく透明に、雨露か滑れば千紫万紅。咲いた姿だけでも美しいのに、加えて。
「しかもそれを雨具や飾り物に変えれるやなんて、素敵やわぁ」
 天を埋める傘に、レインコート。布地やガラスに様々な加工ができる|彩玻璃花《コロラフロル》は、初めて見るものには興味が尽きない花だろう。その色変わりに因んだ飲み物や食べ物もたくさん取り扱いがあるけれど、せっかくなら形の残るお土産を持ち帰りたいところ。何がいいかと探し求めて、カラフルな光が踊る道をあちこちふらふら歩き回る。
「どうせやったらいくつか欲しいところやけど…お花自体も2,3つくらいは欲しいしなぁ…」
 迷宮での色留めに、そしてロクヨウへの捧げ物に。花としての用途もいくつかあるが、それとは別に家に飾りおきたい目的で求めていると、丁度数件先に花屋を見つけた。──|彩玻璃花《コロラフロル》は宿木に近い植物である。単体で咲くことは本来難しいのだが、加工の延長で枯れずの魔法が編み出され、他の切花と同じ形で売り出すことも可能にしていた。その技術に肖りホクホクと目的の花を数輪買い求めると、次に気になるのは。
「あとお香と傘も欲しいところやね……お香は着物に香りつけてくれるし、傘は日頃使ったら雨の日のお出かけも楽しくなるやろし」
 ペトリコールを封したお香は、この街ならではの土産として人気がある。着物に焚き染めて使えば、ふわりとあの香りを纏えてどこか懐かしい気分に浸れるはずだ。何かと気を使う雨の日も、雨傘が彩りを添えてくれるならきっと楽しくなる。それなら色留めされたものが良いか、色変わりする|彩玻璃花《コロラフロル》そのままの傘がいいか。
「ああ、雨鈴もええなぁ、窓辺に飾りたいわ…鳴るのを聞きながら、家で読書するんも素敵やろうし」
 街のあちこちで聞こえる、ちりりん、キィンと響く涼やかな音は、きっと雨鈴が奏でているのだろう。風ではなく、雨が伝うたびに鈴や水琴窟に似た音を聴かせてくれるなら、雨の日を選んでの読書も日々の楽しみへと変わる。あれもこれもと悩みは尽きず、ならば全部気に入ったものを買ってしまおう、と心に決めて。軽くなった足取りで、雨音のようにとん、とん、たたんと煉瓦道を歩いていく。
「まずは雨鈴からにしよか。せっかくやったら夜空に金の天の川みたいな、色合いになったんがあったらええんやけどなぁ」
 果月が理想の色を思い描くと、ふとカラコロ、と優しい音が耳に届く。──きっと、あなたの気にいる色が見つかるよ、と。誘うような雨鈴の音に、果月がふ、と目を細めて呼ばれて行った。

目・魄

 さぁさぁと、雨の降る。壁や道を叩いては流れ、そのたびにとん、とん、たたんと軽快に。傘屋根の上を踊っては赤に紫、青に緑と万華鏡のように美しく色変わりする。水のうちに閉じ込められたような雨ならではの景色に目を細め、目・魄(❄️・h00181)がふう、と深呼吸をする。
「雨は音も、匂いも、景色も。どれをとっても落ち着くな。」
 ゆったりと時の流れる感覚を肌に、魄が極彩色の光が落ちる道を歩いて行く。余りの長雨や大地を押し流すような豪雨は憂鬱になってしまうけれど、今日のように程々であれば楽しむには丁度いい。祭りともあって周囲も雨を厭う様子はなく、飲み物や土産を手に楽しげな人ばかり。その浮き足立つ中を狙うならず者への警戒は、厳しくしっかり目を光らせる。けれど。
「…かといって、祭りを楽しまない手はないね。」
 魄自身も楽しむ気概は十分に。さてまずはどこから巡ろうか、と数多ある店を眺めながら暫しの散歩を楽しんでいく。その最中にも、何を買うかの参考に会話を小耳に挟みつつ。

──雨鈴、どこに飾ろうかねぇ。玄関も縁側も選び難くて。
──やっぱりお香買ってよかった。|雨の香り《ペトリコール》なんて、他じゃ見たことないもん。

 他にもいくつか商品のことは聞こえたが、魄が気になったのはこの『雨鈴』と『お香』。この祭りならでは、というのも手伝って、この2つを手に入れることを最終目的にした。そのまま見回りがてらの店探しは続き、程よく巡ったところでちりりん、と涼やかな音に誘われて、魄が目的の一つである雨鈴の店に踏み入っていく。軒先から雨を伝わせ、雨鈴に流しかけるようにした展示は、カラコロ、ちりりん、コォン──と賑やかな音を奏でていた。どれも手作りとあって少しずつ音が違うようで、模様を見ながら試し聞きが出来るのはありがたい。家にいる子を思えば、きっと気にいるものが良いだろうと自然目が行くのは楽しげな柄のもの。きらきら流星が流れるものか、朝から夜まで柄を変えるものが良いか。いくつか見比べて一番気に入ったのは、絵巻のように様々な絵付けの妖怪が現れては消えていく不思議な雨鈴。店のものに聞けば、さる絵師が使っていた絵筆の水受けで色留めした品だそうで、珍しいのだとか。鈴の中を遊ぶような様子が面白くて、ひとまず購入を決めた。他にもいくつか買い求めた後、次に向かうのは香を専門に扱う店。入った瞬間から立ち上る、あの雨の訪れを告げる香りがどこか懐かしくて、選ぶのが楽しくなる予感がした。せっかくならここでも数種類を買おうと、店員にも頼んで見繕ってもらうことに。煙草は自分と、好いている彼が好みそうな香りのものを、と望むものを並べて告げる。
「猫が好みそうなものだと良いね。落ち着いて、雨音を聞きながら眠りに誘われるような」
「成程、では柑橘系のものやきついハーブは避けましょう。またたび…も落ち着くには向きませんね。ムスクや麝香に近く、害の無いものを軽く香らせるようにして…」
 猫、と言われても驚かないのは獣人の住まう世界だからか。店員が難なく意見を取り入れて、出来上がった香の香りをスゥ、と嗅ぐ。──雨の瑞々しさを感じる一方で、まるで誰かが隣にいるような温もりもある。細雨の中を歩いて濡れた柔らかな心地のような、濡れた髪を拭いてほっと息をつくような。寝床や布物に香らせたくなる香りに、これにするよ、と魄が買い求めた。
 購入した品で重みを増す腕が嬉しくて、思わずホクホクとした心地が雰囲気に溢れてしまう。ここまででも十分時間をたっぷり楽しんだ気がしたが、まだ日の落ち方を見るに一日としては半分も過ぎてない。まだまだ警備も続けなくては、と気を引き締めて他所行きの笑顔を浮かべる。とはいえ笑みは笑み、その実本心から堪能している表情だとわかるのは──土産を渡す相手くらいだろう。

香柄・鳰
月夜見・洸惺

 しとしとぴっちゃん、雨の降る。道の上を屋根の代わりに、空いっぱいに渡した傘たちが、雨粒が踊るたびにとん、とん、たたんと歌うように。そして慈雨を喜ぶかのように、透明な傘を赤へ紫へ、青へ緑へと鮮やかに色を変えていく。傘へと姿を変えたはずの|彩玻璃花《コロラフロル》だが、広げた姿と染める色の華やかさを重ねれば、それはまるで。
「まあ…!本当に花畑のよう」
「わ、傘の花畑ですね……!」
 万華鏡のような色変わりを見上げて香柄・鳰(玉緒御前・h00313)が花畑に例えると、追いかけるように月夜見・洸惺(北極星・h00065)も同じ例えを口にして、ハッと交わる視線に笑みが浮かぶ。それこそ|彩玻璃花《コロラフロル》と同じく、花が咲いたかのように。
「ほら、あそこを見てください。藤色へ黄色へ、次は…桜色?」
「あっちは花色から空色にって、すごく綺麗です!」
 見上げる傘屋根を指差して、移り変わる色を教え合う。その一瞬一瞬が美しくて、留めて置けないのが惜しいほど。でも移り変わるおかげで、地面に落ちる光すらも極彩色にくるくると踊るものだから、足元を見ているのも楽しくなってしまうほど。
「名所と言われるのも納得です!時を忘れて眺めていまいますね」
「本当に。雨粒が踊る度に色彩が変わって、ずっと見ていたくなっちゃいますっ」
 光と色を追いかけて、きっと一日中だって見ていられそうだけれど。今日の目的は他にも盛りだくさんである。ここは一つ心のアルバムに縫い留めて、店の並ぶ通りへとゆっくり進んでいく。いくつか店を眺め見た後、目的の品を専門に扱っているところを見つけて、2人がここにしましょう!と軽快な足取りで入っていく。
「今日の目的のひとつ、雨具です!」
「はい、雨具選びにレッツゴーですっ」
 色留めされた傘を開いて展示したブースは先ほどの花畑そのままに綺麗で、掛けられたレインコートも花に空にとカラフルに並んでいる。あまりの品数に、2人が決め切れるかとちょっぴり不安に思いながら。浮き足立つように見ては悩み、翳しては悩みを繰り返し、暫しの後に進捗を訪ねあう。
「洸惺さん、お決めになりましたか?」
「それが、どちらも気になっていて…」
 結局2つまでは候補を出したが、それ以上には絞りきれずに、おずおずと洸惺が傘を差し出す。一つは目覚めの暁から夜の訪れまでを、空の移り変わりに寄り添うにして変わる傘。もう一つは、星空を星座まで正確に映しとり、時折流星の流れる傘。どちらも魅力的で美しく、空色に雲がたなびくのと流星が一つ溢れる様子を前に、鳰があらあら、と目をまぁるく見開いた。
「一日の移ろいをうつした傘も絶対素敵ですし、洸惺さんらしさのある流星群の傘も何方も魅力的ですものね」
 これは確かにどちらかに、とは決め難かろう、と鳰が大いに頷き同意する。然してものとの出会いは一期一会、ましてここでしか手に入らない|彩玻璃花《コロラフロル》の傘であれば、いっそのこと──と、鳰が思いつきをこそこそと小声で口にする。
「いっそどちらもお招きして、日によって楽しむのもアリですよ?」
 これから長雨の時期に入る地域は多い。ならば傘の出番も自然増えるはず。憂鬱になりがちな雨のお出かけも、今日はどっちにしようか、なんて素敵な悩みが加われば、きっと楽しいものへと変わるはず。そんな悪戯めいた鳰からの唆しに、洸惺がうわぁ、と目をきらきら輝かせる。
「わ、贅沢な提案をされちゃいました。でも、とてもしっくり来たので……はい、どちらもお招きしちゃいます」
 どちらかは返さなくちゃ、と思って知らずやんわり持っていた柄を、連れて帰るとなればきゅっとどちらも大切に握りしめる。
「鳰さんはどんな雨具にされましたか?」
「私はレインコートか雨傘かで悩んでいるの」
 こちらはこちらで悩んでいたらしく、広げられた雨傘と色を見やすいよう掛け直したレインコートとを見比べて、鳰が悩ましげにため息を吐く。
「誘惑たっぷりな2択ですね」
「そうなんです。どちらも、あの水辺を雨の日にお散歩する際にどうかしらって思って…」
「あの水辺を雨の日もお散歩できたら素敵です……!雨の日しか出会えない鳥さんもいるかもっ」
「ええ、きっと雨好きの鳥もいるはず…」
 『雨の日に鳥を探す』、洸惺のその言葉に、すとん、と腑に落ちるような感覚があった。飛び立つ鳥を眼で追うのなら、天を覆う傘よりも身に纏う自由さが合うはず。羽音を聞いて振り向く時、空を過ぎる影を見上げる時、自らも羽のような雨除けを纏っていれば──きっと、どこまでだって見届けられそうだ。それなら、選ぶのは。
「…うん!決めました淡紫色のレインコートにします」
 試着もご自由に、とある張り紙を見て、鳰が試しに軽く肩に当てて羽織ってみる。思いの外軽く、滑るような肌触りに驚いていると、洸惺からも称賛の声が掛かる。
「わぁ…!淡くて優しいとっても綺麗な藤色で、鳰さんによく似合っています!」
「ふふ、有難うございます」
 淡く滲む世界でも、纏う色は美しく見えるし、何より洸惺の口添えもあるなら間違いないと、鳰もあらためて購入を決めた。
「あのっ、他にも買いたいものがあるんですけど…」
「勿論!気になるお店は入りましょう」
 雨具の店を離れるなり、ワクワクとした様子を隠せず進言する洸惺に、鳰が後押しするように微笑んで頷く。そうして次に向かったお店は、文具店だった。
「あの、ガラスペンも欲しくてっ…」
「ガラスペン…まあ綺麗」
 |彩玻璃花《コロラフロル》をガラス加工にしたペンは、まさに千紫万紅の彩りで2人を出迎える。透明なままのガラスペンも、試し書きに用意されたインクに浸せば若草色に秘色にと、遊ぶように色変わるのだから鮮やかなことこの上ない。
「ガラスペンは色味を決めてるんですか?」
「はい!これは自分で色留めしようって決めててっ…!」
 いくつか手に持って、中でも一番馴染む形の、透明なままのものを選ぶと、洸惺が堰を切ったように語り出す。
「これを森で星空色に染めるんです。そうすれば、掌の中に閉じ込められた宇宙ですよ!それも世界に一つだけっ。それに、ロクヨウさんの祝福も賜りたくて……!」
 それこそ|宙《ソラ》の色をそのまま宿したような洸惺が、溢れんばかりに瞳を輝かせて話す様子が愛らしくて、聞き入る鳰も色留めへの期待に、心の高鳴りを感じるほどだった。
「透明な今も素敵ですけれど、唯一の色と祝福に染まった一品は特別でしょうね」
「はいっ、今からすごく楽しみですっ…!」
 洸惺希望のガラスペンも無事購入が済み、次はどちらへ、と目的地を定める最中、悩み声を上げるのは鳰の方だ。
「こうなると私も何か色留め前の何かを求めたくなりますね…」
「いいと思います!ここでしか体験できませんしねっ」
「そうですね!然しどの品にするかが悩ましく………と、あら。何か、いい音が!」
「わ、本当だ。すっごく涼しげな…あ、きっとこれですっ」
 悩みを聞き届けたかのように、2人を誘ったのは雨鈴の音。結えられた鈴はちりりんと可愛らしく、中を雨が伝えばキィン、コォン──と水琴窟のように深い音色を響かせる。
「移り変わる色彩と音色の二重奏は、忘れられない大切になりそうな予感がしますっ」
 暫し2人で音色に聞き惚れ、洸惺からのおすすめも重なったから、鳰が色留めする品を|雨鈴《これ》と決める。
「ええ、決めました。私はこの透明硝子色の鈴にします」
「鳰さんはどんな色彩に染められるんでしょうか……!」
「ふふ、今はまだ内緒です。森で染める時が楽しみですね!」
「えへへ、今からワクワクしちゃいますねっ」
 思い重ねた色留めの品に、これから染める無垢の品。どちらをも手にとって、2人が森へと思いを馳せ、雨鈴の音に楽しげな笑い声を重ねて奏でた。

泉・海瑠
黛・巳理

しとしとぴっちゃん、雨の降る。壁を濡らし、道に流れ、大気をしっとりと潤わす。雨ならではの空気が、緩やかに流れる風と共に肌を撫でていく。少し冷えるとはいえ、薄い長袖一枚で十分足る気温なのに、多すぎる水気のせいで肺で温めた空気を吐けば、うっすらと白に変わるほど。傘屋根で雨自体は避けられているはずなのに、長く歩けば濡れそぼってしまいそうな湿度に、憂いたような声音は良く馴染むようで。
「梅雨…六月は人の心が沈みやすい」
 医者の性、それも心療内科を勤める為だろうか。黛・巳理(深潭・h02486)が、雨を眺めて思わず口にしたのは、そんな言葉だった。
「雨起因の低気圧による不安定な時間と、日照時間の少なさが原因だ」
「確かに、この時期は梅雨って考えると憂鬱だけど…」
「ふむ、泉くんも梅雨は苦手か」
 ヒョコ、と隣から覗き込むように顔を出す泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)の言葉に、同意を得たりと巳理が視線を送る。すると目の合った海瑠がへへ、とはにかんだように笑いながら、でも、と話をつなげる。
「雨そのものは結構好きなんだ。しとしと降る音は落ち着くし、雨だれは綺麗だし。雨上がりは爽やかだったりするしね」
 ずうっと降り続く雨は、気を落ち込ませる時もある。でも暖かな飲み物を手に窓を叩く雨を眺めたり、すっかり洗い流されたような世界を歩く心地は、雨がないと味わえないものだ。それに、何より。
「──たしか、君と出会ったあの日も雨だったな」
 思い出すような巳理の呟きに、パッと顔を上げて海瑠が目を見開く。そう、何よりも──出会えた日のことを思い出すから、と言いたかったのをひろってもらえたような気がして。
「今の君は“雨上がり”で何よりだ」
 ふ、と目を細める巳理の言葉こそが、雨に冷えた体をぬくめる“ひかり”の様だと思いながら、海瑠がめいっぱいにうん!と頷いた。

 雨の祭りに繰り出せば、まず目を引くのは傘屋根の極彩色だろう。道の上を広げた傘で覆い尽くし、屋根の代わりにしたストリート。|彩玻璃花《コロラフロル》でできた傘は、雨粒が遊ぶたびに夜宵から月金に、萌え出る緑からカラフルに赤青黄色に、と色変わりする。その美しさに思わず海瑠が、わぁ、と見上げながら足を止める。見惚れる様に暫し立ち止まり、ふと視線を隣に戻すと見守る様に側にいてくれる巳理と目が合うのだから、それが嬉しくてまた軽快な足取りで共に煉瓦道を歩いていく。
(また一緒に出かけられて嬉しいなぁ…)
 お祭りに2人で並んで来る、となればまるでデートのよう、と感じて海瑠のニコニコが止まらない。もちろんそう思っているのは自分だけ、と自戒しているのだけれど、|好きな人《巳理》と並んで歩いているのに、嬉しさを隠すのは難しくて。歩く間の小さな雑談でさえ、声音が弾むのを抑えられない。
「いけない、|彩玻璃花《コロラフロル》を何に加工するかも決めなきゃ」
「そういえば、何を購入するかまだ決めていなかったね」
 ついつい景色に散歩にで満足してしまいそうなところを、2人がはっと我に帰り、視線の先を店選びへと変えていく。ペトリコールの香りも中々に面白いし、雨鈴の涼やかな音も惹かれるものはある。色留めされた傘を広げて並べた店はまるで花畑の様で、見つけた海瑠の顔にも華やかな笑顔が咲いた。
「どの商品も綺麗だね…!迷っちゃうなぁ…」
「そういえば先日、共に傘を新調したがそことはまた異なる趣だな」
「うん!でも確かに傘はこの間の蚤の市で買ったし…んー…」
 これから梅雨とはいえ、そう何本も傘を買ってもいいものか、と悩みに悩んで。結果として海瑠が苦渋の表情で他の品にしよう、と決断する。然し先ほどまでの花咲く笑みを見れば、欲しかっただろうことは巳理にも容易に読み取れる。なので次の店選びに海瑠が他所を向いた隙に、こっそりと|彩玻璃花《コロラフロル》の折り畳み傘を購入し、シレッと増えた紙袋を腕に揺らして追いかける。そしてまた数軒店を跨いだあたりで、あ!と何かに気づいて駆けていく海瑠の背中に、今度は何を見つけたのかと内心の楽しさを隠さず巳理がついていく。追いついて覗き込むと、そこには|彩玻璃花《コロラフロル》を加工した文具が並んでいた。
「ねぇ、巳理さん。ほら」
「ふふ、焦らずとも—…ん?これは、ほう、万年筆」
「この万年筆なんてどうかな?仕事で良く使ってるでしょ?」
 ここ掘れわんわん──と思わず|注釈《アテレコ》をつけたくなるような、海瑠のとびきりを見つけた笑みに、巳理が撫でたくなる心地を覚えつつ、頷いてみせる。
「あぁ、たしかに僕はよく使うね。泉くんはよく見ているな…」
「勿論!…見て見て、ボディとペン先が硝子だよ!綺麗…」
 店の灯りに万年筆を翳すと、ただの硝子よりもいっそう透明な|彩玻璃花《コロラフロル》が透けて、光だけがキラキラと溢れるよう。
「凄いな、ここまで透明度を保って加工できるのか。他のガラスペンとはまた違うのかな?」
 それとはなしに、近くにいた店主に尋ねると、待ってましたとばかりにニヤリと笑って得意げに語り出す。
「|彩玻璃花《コロラフロル》は元が花だろう?ただ硝子そのままに加工するんじゃ面白くないからね。うちではほんの少し、柔らかいままにしてあるんだ」
 長く使えば持ち主の握り癖を飲み込んでしっくり馴染む様に、けれど形自体は美しく保てるように。絶妙な塩梅の柔さ硬さに仕上げた|彩玻璃花《コロラフロル》は、光さえも柔らかく抱き込む様で、図らずも透明度が上がった──ということらしい。
「へぇ、じゃあインクは市販のカートリッジも使える?」
「特に問題ないはずだよ。大体その辺の規格は揃えてあるからね。消耗する部分は気軽に変えられた方が、本体も長く使ってもらえるってもんだ」
「よかった、便利ー」
 海瑠の先を見据えつつ機転が聞いた質問に巳理がほぅ、と感嘆の声をあげる。
「なるほど、交換性も高いなら使い勝手が良い。」
「うん。それに透明の買っておいて、迷宮の森で色留めすれば、自分だけの色にもできるし!」
「そうだな。なら一つ—…」
「…オレも、同じの買おうかな…?」
 利便性に機能性、そして美しさも良し、と購入を決めた巳理が買おうと手を伸ばした瞬間、ポツリと海瑠の小さなつぶやきが耳に届いた。見るとぺたんと耳を伏せ──てはいないのだが、まるでそう幻視されるように、良い?と視線で伺う海瑠が居たものだから、ついくすりと笑ってしまいそうになって。頷くや否や財布を出そうとする海瑠を制して、先に巳理が口火を切る。
「店長、二つ貰おう。その透明な品を」
 巳理が同じ型の万年筆を2本手にして、店長に会計を申し出る。諸々何かを察したのか店長もそそくさと全く同じ包装に、リボンの色だけは藍色と深緑色に変えた物を差し出して毎度あり、とにっこり微笑んで2人を送り出す。そうしてどちらが良いかと巳理が差し出す2本のうち、藍色のリボンの物を受け取った海瑠がありがとう、と満面の笑みを浮かべる。それはもう抑えようと思っても我慢が効かない、といった心の内まで見えるような、にまにまと嬉しそうな笑顔で。その瞬間、見えない筈の尻尾が嬉しさではち切れんばかりにぶんぶん振られている幻が見えて、巳理が思わず優しげに微笑みを浮かべた。

御埜森・華夜
汀羽・白露

「わ、すっごい綺麗…!見てみて白ちゃん」
 祭りの名物の一つである、傘屋根のストリート。文字通り空を丸々覆ってしまう傘の屋根、道幅全てを埋める|彩玻璃花《コロラフロル》の傘たちが、雨粒の踊るたび鮮やかに色を変える。雪景色に咲く椿の赤に、雨垂れに花姿を見せる紫陽花の紫に、雲の果てに広がるであろう空の青に、雨に綻ぶ草木の緑に。花畑と例えられるそれを両手一杯に示し、まるで花束にして差し出すかのような御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)の姿に、汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)が凄いな、と同意しながら華夜を見る。
「雨粒によって色を変える花…ね、万華鏡みたい」
「|彩玻璃花《コロラフロル》か…これはまた、かやが好きそうだな」
「うん!でもぉ、白ちゃんも好きでしょ?こーゆーの」
「無論、俺も綺麗なものは好きだ」
 美しく多彩な姿を見せる空の花は、綺麗で好ましく思う。けれどただ好きだというには、少し焦がれるような色が混ざる。自らの面白みが無い付喪神としての本体に、こんな極彩があったなら良かったのに、と。
「白ちゃんこっち、いこ!お店いっぱいあるみたいだよー」
 そんな白露の複雑な心境は知らぬまま、華夜が楽しそうに手招きをして、歩み寄ると当たり前のように手をきゅっと握って歩き出す。店を見ながらキョロキョロと楽しげに、その度に華夜の白い髪に、肌に、瞳に、空から降り注ぐカラフルなひかりが踊るのがひどく美しくて、見惚れているのに気づかれないよう願いながら。── ころころと彩を変えて美しいのは、君もだろう?なんて。胸の裡に浮かぶ言葉を重ねながら、白露が|引かれる《惹かれる》まま素直に連れられていく。右の店を見ては、雨粒の形を模したサンキャッチャーに興味を惹かれて、見開いた瞳に煌めきをそのまんま飲み込んでみたり。左の店を覗いては、うちわや扇子が並ぶのをみていくつも手にとっては、悪戯めいた笑みの浮かぶ口元を隠したり仰いだり。雨具を専門に扱う店を見つけた時なんかは、それこそ店中のレインコートや傘を試すんじゃ無いかという華夜のはしゃぎっぷりに、微笑ましくは思いつつ、白露がどうどうと宥めに入ったほどだった。そうして雨を伝わせて音を鳴らす雨鈴も抜かりなく押さえて、気づけば買い物袋はかなりの数になっていた。気にいるたびに華夜がじっと見据えてこれが欲しいな、と自然と強請っていて。白露がそれを聞いてしまったなら断れるはずもなく、「仕方ないな」と本音とは裏腹な言葉を口にしつつ、苦笑を浮かべて購入する。そんなお決まりのパターンを繰り返していたら、土産が増えるのはある意味当然の結果ではあった。白露としては華夜に笑みを齎してくれる品なら、本当はいくらでも買い占めてしまいたい。けれどそれをそのまま口にするのは、今の白露にはまだ荷が重い。だから致し方なくを装っては居るが、結局願いの全てを叶えているのだから、色々今更なのかもしれない。そうして幾つも購入した品を思い浮かべて、ふと気がつくのは選んだ“色”について。店で見る時は藤色や茜色に、と様々な色のものを触れて翳していたけれど、決めたのはどれも色留めが済んでいない透明なものばかりだった。そんな白露の気づきを感じてか、|彩玻璃花《コロラフロル》のアクセサリーを指でなぞりながら、色変わる色彩を眺めて華夜がぽつりと呟く。
「…これさ、光で色が変わるの綺麗だね…透明なのに色が沢山って感じ」
 耳飾りに、指輪に、腕輪。どれも色止めされてない透明なものに触れては、ころころと変わる狭間の色を移して、華夜がやわく瞳を細める。
「俺この|彩玻璃花《コロラフロル》そのまんまってゆーのが一番好きかも」
 いくつもの品に触れながら、最後にぴたり、と指を止めた先にあったのは、紫陽花の形を模したペンダント。やはり色止めされてないそれを自らの顔の横に並べ、ねぇ、と小さな声で白露に尋ねる。
「硝子みたいで俺みたいじゃーない?…やっだうっそー。えへへじょーだんじょーだん!俺はそんな繊細じゃありませーんしってまーす」
 例えたのはほんの一瞬で、すぐさま誤魔化す様におちゃらけて、ふいと背を向けそうになる華夜を、白露が繋いだままの手を引いて、自らの方へと引き寄せる。
「ああ。君みたいだ」
 逃さない様に、真っ直ぐに瞳の内へと華夜を捉えて、白露が告げる。── この彩花と同じく、世界の色々な綺麗なものに染まる君が何よりも好きだ、と。胸に浮かぶ想いは未だ|カタチ《ことば》にしないまま、それでもゆっくりと確かに頷いて見せて。
「…ほんとにそう思う?」
「思ってる。だからそう拗ねるな。かやが繊細だってことは、俺が一番良く知っている」
 ぷく、と膨れっ面の華夜に微笑みかけ、耳へ寄せて白露が甘やかに告げる。すると笑って欲しいとの思いを込めたのが伝わったように、華夜の表情がゆるゆると解けていく。そうして白露を捕らえ返す華夜の眸は、言葉よりもずっとわかりやすくて。焦がれた色の乗る甘やかな視線に、白露の顔もいっそう柔らかな笑みを浮かべる。
「じゃあさ、白ちゃんとお揃いの買っていーい?」
「なら、揃いでこのペンダントを買おう」
 気に入ったんだろう、と華夜が手にしていた紫陽花のペンダントに、もう一つ同じ形のものを加えて、白露が手際よく買い揃える。その会計を済ます背中越しに、お揃いを喜びつつ華夜がひそりと重ねるのは、秘密の想い。

|彩玻璃花《コロラフロル》のいろ。
──本当は寧ろ白ちゃん見たいって思ってるのは、内緒。
俺の色だけど、俺色じゃない真っ白な部分を持ってる白ちゃんとそっくり。
梅雨の季節だけど、なんだかしとしときらきら綺麗で、白露の季節みたい。

 しとしとぴっちゃん、雨の降る。葉の上を滑る露に、あざやかに染まる透明に。互いにきみいろの季節だと、焦がれ重ねて見つめながら。
──雨雨降れ降れ今だけは、ふたりだけを閉じ込めて、と。|彩玻璃花《コロラフロル》の花に乞うように、また雨の中へとふたり並んで歩き出していく。

第2章 冒険 『水晶森のダンジョン』


──雨の降る迷宮は、|彩玻璃花《コロラフロル》に溢れた美しい場所だった。

 樹木によって形成された天然の迷路は空を仰ぎ見ることができる構造で、野外やちょっとした森とそう変わらない光景が広がる。そして生態としては宿木に近い|彩玻璃花《コロラフロル》は、大抵が何かしらの植物に沿って咲いている。その為迷宮内は所狭しと花に草木、そして寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》で彩られていた。

 この季節の昼間は色留めを行う者のため、迷宮の中は特別な『香』が焚きしめられている。この地方で長く|彩玻璃花《コロラフロル》と寄り添ってきた竜族秘伝の香を纏ったものが、摘み取るか加工された|彩玻璃花《コロラフロル》に『留まれ』と願い、息を吹きかける。すると花は願いを聞き届けるかのように、その時宿していた色へと染まり、永遠に忘れないままとなる。摘み取られないままの生花には効果がなく、その為迷宮全てに行き渡らせても問題はない。なので気兼ねなく、想い思いの品を手に『色留め』をすることができるのだ。手にした|彩玻璃花《コロラフロル》は、雨や水に触れればたちまちその色を変える。触れるたびに変わっていく中から、どれを色留めするかはその人次第。気に入った一色に染めることもできれば、花びらを重ねた品ならそれこそステンドグラスや一枚の絵画のように染めることだってできる。

──例えば、詰んだばかりの|彩玻璃花《コロラフロル》を様々な色に染め上げて花束にしたり。
──例えば、祭りで買い求めた品を雨が運んでくる色彩に染め上げたり。
──例えば、肌を滑る露や涙を|彩玻璃花《コロラフロル》へ預けて、あなた色を写してみたり。

 雨や水が憶えている様々な色を、|彩玻璃花《コロラフロル》は読み取っていく。懐かしい茜空の美しさを。遠い深海の底から見上げるひかりのゆらめきを。雪の上に落ちる椿の鮮やかな赤を。キャンバスに乗せられなかった秘密の色を。きっと|彩玻璃花《コロラフロル》は、憶えているから。

 どんな色に出会えるかは、熟練の職人にも見極めることはできない。だからこそ、一瞬一瞬変わりゆく美しさから目が離せない。想い思いの色に染まって欲しいとも、染まった色こそが望みの色と思えるようにとも願いながら、香焚きの竜族たちは笑って染めにくる者たちを見守る。散歩を楽しみながら、隣り合う誰かと語らいながら、ゆっくりと色留めを楽しんで欲しい、と。

──願う色に出会えますように。祈るようなその言葉に見送られて、迷宮へと踏み出していくんだ。
目・魄

 迷宮の中は、思いの外明るかった。森というだけあって木々や草花の数は多いが、空は大きく開けていた。雨が降り続いているのに、雲間からは溢れるほどに陽光が降り注いでいる。おかげで木々に寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》もたわわと咲き乱れ、嬉しそうに雨を受けては色を変えていた。紫陽花の露を受けて紫や青に、芽吹く草から落ちる雫で萌葱の色に。空から降る雨には暁の赤に夜の藍にと、鮮やかながらあらゆる自然の彩を集めては咲かす|彩玻璃花《コロラフロル》の風景に、目・魄(❄️・h00181)が目移りしながらゆっくりと歩いていく。宿木の生態に近い|彩玻璃花《コロラフロル》は、他の植物なしには存在し得ない。だからこそ、樹齢の計り知れない花咲ぬ大樹にすら、寄り添っては煌びやかな彩を添えることもある。梅雨の時期だけ咲き、花草を腐す水を吸い上げ、夏を迎える前には溶けるように消えていく。その不思議なありようも含めて、森を包むように咲く姿にほんの少し飲まれそうになりながら、魄がふと目を細める。
「…ふふ、眺めているだけで満足しそうだ」
 目的あっての来訪とはいえ、こうして眺めているだけでも十分に楽しめる。けれどやはり目的──色留めも気になって、程なく近くにあった|彩玻璃花《コロラフロル》を一輪ふつりと摘み取った。
「これが染まる花、そのままでも何処か神秘的な花だね。」
 濡れないままでは透明な花姿に、露が滑ればたちまち滲むように染まっていく。魔法なのかただの科学的な反応なのか、それすらも未だ解明し得ない神秘を秘めた花。それをさて、どう染めようかと悩みながら眺めていると、花に雨が跳ねて真白に染まる。
「……ただ思いのまま染めるのもいいが、見るまで分からない染め方が興をそそるね。」
 数多咲く花の露を貰って、その花に似た色にするのも悪くはない。けれど出来上がりを見るまで分からない方が、宝箱を開けるようで面白そうだ、と。興味に従って染め方を決めたのなら、あと必要なのは。
「確か『その人の色』に染めるには…君、涙や露がいるのかい?」
 手にした花に問いかけようとも、返事はない。魔法はあっても不思議の国ではないか、とくすり笑ったところで、風が吹いてまるで首を垂れるように揺れるのだから、一瞬まじまじと見つめてしまう。そして雨粒を拾った指先で、|彩玻璃花《コロラフロル》へゆっくりと雫を落とす。露には微かに自分の妖力で作った雪を溶け込ませて、さて色への影響はどうか、と密やかに期待の眼差しを向ける。ぽつ、と露が当たれば|彩玻璃花《コロラフロル》が滲むように色を変えて、元の透明な姿から遠ざかる。──尤も外側は白く、内に向かって青から紫へと淡いグラデーションに。そして最も中心の部分は、ほのかに光を帯びたような金色に。雨に咲く紫陽花の色合いと、蜜を讃えたような花姿に、はたと瞬いて魄が|彩玻璃花《コロラフロル》を見つめる。それぞれの色が、自分の内にもあるのかと思うと、どこかくすぐったい心地がして。
「せっかくだから、花束にしようか。ひとりよりも、たくさんの方が寂しくないだろう?」
 持ち帰っても、花束なら分け合うことができる。次の花も同じ色に染まるかは分からないが、違う色に染まったって、それがなんの色かと考えるのもきっと楽しくて仕方ない。まだ見ぬ花束の彩を眼裏に描いては掻き消して、暫し花摘みの散歩道を足取り軽く進んで行った。

ルチア・リリースノウ
ルーチェ・モルフロテ

 街中とは違って、空の開けた迷宮は雨が自由に降り込んでいた。花も木々も喜ぶように伸び伸びと育ち、その上を更に雨傘を差すかのように|彩玻璃花《コロラフロル》が覆い被さって咲く。降雨の多いこの地方では本来根腐れしてしまう植物も、雨を好み梅雨時期だけに咲いて枯れる|彩玻璃花《コロラフロル》のお陰で夏を迎えることができる。色留めの香が焚きしめられ、互いに共生し美しい景色を見せる森の中、一つの傘に2人で並び、楽しげな姿が横切っていく。
「いろんな草花と咲いてる|彩玻璃花《コロラフロル》って、ほんとに綺麗で素敵だねぇ」
 傘から覗き込むようにして、ルチア・リリースノウ(白雪のワルツ・h06795)が美しい景色を前にふわふわと気持ちを浮き立たせる。
「あちこちに|彩玻璃花《コロラフロル》が咲いてて、普通の花畑と違った綺麗さだよな」
 同意するようにルーチェ・モルフロテ(⬛︎⬛︎を喪失した天使・h01114)も傘越しの色彩と森を見比べて、淡く移ろう花の風景に素直な感想を添えた。
「あんまり迷宮って感じがしないの〜」
「確かに、空も丸っと見えるしな」
 少し開けた森の中、といった雰囲気の中で2人が暫し散策を楽しむ。大樹に|彩玻璃花《コロラフロル》があまた咲く姿や、水辺に花びらが流れる様子をひとしきり愛でた後、そろそろ色留めに入ろうかとしてルーチェが首を傾げた。
「えっと、ここで染めるんだっけ?」
「そうだよぉ。」
「だよな。それで…染め方はどうだっけ?」
「えっとねぇ、雨とか涙とか、あとは肌に触れた露や雫とかで染めるのぉ」
 細かなやり方がわからない様子のルーチェに、ルチアが大まかにどうするかを説明する。|彩玻璃花《コロラフロル》に記憶を宿した水を滑らせ、望みの色に染まった時に留まれと息を吹きかける──聞くだけではそう難しくは感じないが、望み通りに染まるかは条件や運も絡む。とはいえ『留める』までは何度も色を変えるので、そこはチャレンジあるのみ。ひとまずやり方を飲み込んだルーチェが、祭りで買い求めた栞を取り出して、見よう見まねに試しにかかる。
「肌に伝う雫?んー、こういうことか?」
 傘から手を伸ばし、雨を手のひらに伝わせる。一粒ニ粒と雫が溜まったあたりで引っ込めて、指から伝わせて栞にポトリ、ポトリと染み込ませるようゆっくり落とす。
「そう、そんな感じぃ。綺麗に染まるといいなぁ」
 ルーチェのやり方を見て、ルチアも同じように雨に手を伸ばし、貯めた雫を栞にポタポタと垂らす。すると透明だったはずの栞が、滲むように色を変えていく。ルーチェの手にしたものは花形の部分がそれぞれミント色と朱色に染まり、ルチアの手にしたものは、2輪の花が白と淡藤色に染まった。
「お、染まった染まった。ここで確か…」
「息を吹きかけて『留まれ』って願うのぉ。いくよぉ〜」
 それぞれの『色』へと鮮やかに咲いた|彩玻璃花《コロラフロル》を前に、2人がせーの、で息を吹きかける。──その色のままに留まれ、枯れず忘れず咲き誇れ、と。すると願いを聞き届けるように栞にスッと色が馴染んで、傘から跳ねた雨が当たっても変わらないままになった。
「これで色留めができたのか。やっぱり不思議な花だな」
「だよねぇ。でもほら、うまく染めれたよぉ。はい、どうぞぉ」
「ルゥも染めれたか?そんじゃ、ほい。交換な?」
 互いの色に染まった栞を交換しあい、その色合いの美しさと『らしさ』に、2人がそれぞれ嬉しそうに笑い合う。
「んふふ〜、ルーちゃんの色だぁ。魔導書に使うのが楽しみぃ」
 書を嗜むルチアは特に用途を悩むことなく、そのまま栞として使うことを楽しみに。然し読書の習慣のないルーチェは、お揃いだからと選んだ栞を前にどう使おうかとうーん、と首を傾げて悩み出す。
「俺は本読まねぇし…あ、スマホケースが透明だし、間に挟んどくかな」
「スマホケースもいいねぇ?」
 何かと日々手にするスマホに挟んでおけば、いつでも目に入って楽しめるはず。ふとした思いつきにルチアからの同意も得たなら、栞の定住先も一安心。あとは夜のピクニックまで、暫し残った時間はというと──。
「残り時間、もう少し散歩しようぜ?その方が、後から何か食う時にたくさん食えるし♪」
「すぐに進むのもったいないしいいよぉ…あは、ルーちゃんったら食いしんぼさん〜」
 にっ、と悪戯っぽく笑うルーチェに、ルチアも釣られてくすりと笑い。夜星の祝福はどんなものか、テント下での料理は何があるだろう、と。先の楽しみを語り合いながら、森の迷宮を今暫くの散歩タイムへと変えていった。

蓼丸・あえか
水藍・徨

 傘が覆った街とは違い、迷宮の空はパッと大きく開けていた。雨が降っているのにも関わらず、雲間が所々に途切れて陽光を降り注がせる。雨も光も受けた木々や草花は喜び満ちて伸びやかに、それに沿って咲く|彩玻璃花《コロラフロル》もいっとう鮮やかに咲き誇っていた。そんな花や緑の瑞々しい香りの中を、蓼丸・あえか(lil bunny・h01292)がひとつ深呼吸をしてみる。
「森の迷路なのね、いい香りがするわ」
「これが|彩玻璃花《コロラフロル》の香り、でしょうか。」
 真似るように深く息を吸い込み、尋ねる水藍・徨(夢現の境界・h01327)に、どうかしら、とあえかが微笑んで進んでいく。花は数多咲き、色留めの為の香も焚き染められた迷宮の中、どれが|彩玻璃花《コロラフロル》の香りかはあえかにも分からない。なら、探してみましょう、とでも言うように傘持つ手とは反対の手を徨へと伸ばす。
「こうくん、はぐれないように気をつけてね」
「あ、はい。ありがとうございます。確かに、はぐれないようにしないと……」
 開けた森、と言う印象ではあるが、一応は人を惑わす迷宮の最中。はぐれてしまっては探すに難しいかもしれない、と徨が見失わないようあえかの隣に並ぶ。その瞬間、きらりと揺れたのはあえかの傘に結えられた、まだ透明なままのアンブレラマーカー。ゆらゆら忙しなく揺れる姿は、咲き誇る花々を前に、今か今かと染まる時を待つようで、なんだか愛らしく思えてしまって。
「……早く、染めてみたいな。」
 気づけば蓮葉から溢れる露の如く、そんな言葉が口から溢れていた。脇道の大輪の花に目を奪われていたあえかも、徨の素直な望みを乗せた声には、思わず視線を戻して一層嬉しそうに笑みを浮かべる。
「こうくん、手を出して。それで雨をね、おててで受けてくれるかしら」
「雨水を、手で? こうでしょうか。」
 あえかの指示に、徨が不思議そうにしながらも、言われた通りに自らの手で器を作る。降り注ぐ雨ですぐに薄く水が溜まったところで、あえかも手を重ねてお椀のようにする。
「そうしたら、僕の手に雨水を移して」
「は、はい」
 溢さぬように慎重に、徨の手に貯めた雨水をあえかの手に移す。そうして徨とあえか、2人の手を渡った雨水の中に、そうっとアンブレラマーカーを浸す。
「ほら、こうしたらきっと、二人の色になるでしょう?」
 咲うあえかが差し出す手のひらのうちに、泳ぐ|彩玻璃花《コロラフロル》をみて、ふたりがせーの、で息を吹きかける。──枯れずに染まれ、ふたりいろに留まって。柔らかな吐息にそう願いを込めたのなら、|彩玻璃花《コロラフロル》が透明だった自身の色を忘れて、染まったいろを永遠とする。
「ふふ、さぁどんな色になったかしら」
 呼気に揺れる水面を感じながら、楽しげに開いたあえかの手の内を覗き込むと、そこに咲いたのは──空の花。どこまでも澄み渡る青い空に、零れ落ちるひかりに似た金と甘やかに香りそうな菫の色をして、綻んでいた。
「……素敵。晴れた日の空、雨上がりの空と花畑だわ」
 ほう、とため息を溢して色を喩うあえかに、徨もただただ頷いてみせる。──本当は、あえかの纏う綺麗な菫に染まるのを想像していた。けれど雨の恵みを尊ぶように、ひかりに空に満たされたように。沿って|咲う《わらう》あざやかな金とはなやかな菫が、あんまりにも綺麗で。
「…綺麗ですね」
 無意識に頬を緩ませ、徨が心の内から溢れた言葉を口にする。その柔らかな響きがあえかにも届いたのなら、自然と視線が合わさって、笑みの花も二輪と並ぶ。
「きれいね、本当に」
 ふたりいろに染まった|彩玻璃花《コロラフロル》は、きらきらと輝いている。でも、あえかにはそれよりも。
──あなたのかざらない|言葉《本音》が、何よりも嬉しいと、思えた。

シルヴァ・ベル
兎沢・深琴

 雨の降る森の中は、思いの外明るかった。開けた空は雲間から陽の光を溢し、花草の上を滑る露はキラキラと輝きを帯びる。そして樹々や花にそって 咲く|彩玻璃花《コロラフロル》はいっそう輝きを帯びて、雨の降るたび万華鏡のように色を変える。同じ|彩玻璃花《コロラフロル》で作られた雨傘も、雨を受けて嬉しそうに色変わるのを見て、シルヴァ・ベル(店番妖精・h04263)が楽しそうにパタタ、と羽をはためかせて飛び回る。──花咲く森の迷宮を、紋白蝶の妖精が舞う。まさに絵画にも描かれそうな一幕を指で作った四角いフレームに収めて、兎沢・深琴(星華夢想・h00008)が覗き込む。
「森の中に妖精…絵になるなぁ。シルヴァちゃん、すごく楽しそうだし」
「ええ、色とりどりに変わる傘が素敵で。雨の中が楽しくなりますわ」
 傘越しに笑みを見せたシルヴァを瞳に収めて瞼でシャッターを切り、ひとまず記憶の中に1枚仕舞い込む。愛らしい姿が見れた、と満足そうな深琴が、花を見てこの後のことを尋ねる。
「シルヴァちゃんは色留めどうするの?」
「そうですね、先程買った枯れずのお花は後で星空の色に留めたいと思っておりますの」
 ですから、と前置いて近くの|彩玻璃花《コロラフロル》を一輪摘み取ると、シルヴァが花を抱き寄せるようにして深琴へと振り返る。
「此処ではロクヨウ様にお渡しする為の彩玻璃花を摘んで、この雨の森の風景を色留めいたします」
 小さな妖精姿のシルヴァには、一輪の花でもまるで花束を抱いたように見えて、深琴がもう一度ぱちり、と瞬きをする。
「私も一緒に捧げる|彩玻璃花《コロラフロル》を摘んでおこうかな」
 並んで咲いていた一輪を深琴も摘み取って、近くの柔らかな黄花の雨露をそのままそうっと|彩玻璃花《コロラフロル》へと伝わせる。するとたちまち同じ色に染まったのを見て、ふぅ、と息を吹きかける。陽光の色に留まって、咲き続ける様にと願えば、|彩玻璃花《コロラフロル》が聞き届けるようにスッと色を馴染ませた。
「話には聞いてたけど不思議、そして綺麗」
 雨に翳してももう色を変えなくなった|彩玻璃花《コロラフロル》に、深琴が興味深そうに目を細める。
「素敵だわ。それでは私も……『留まれ』!…あっ、あのお花の色になりました!」
 真似るようにシルヴァも近くの花を揺らし、ポタポタと溢れる雫に|彩玻璃花《コロラフロル》を翳して息を吹きかける。どんな色になるかは留めてからのお楽しみ、とばかりに露を浴びせた結果、手に残ったのは淡い桃色めいた花だった。そのままあちらこちらと飛んでは好みの色を集め、気づけば今度は本当に、腕の中には|彩玻璃花《コロラフロル》の花束が出来上がっていた。
「花束の完成です。…ちょっと紫陽花に似ているかしら」
 雨を好む花同士、何か惹かれ合うものがあったのか。意図したわけではなかったが、青に紫に薄桃が重なって、花束はどこか紫陽花に似た雰囲気を醸していた。
「すごい、綺麗な花束になったね。それじゃあ私は、フォトフレームも染めようかな」
 祭りで買い求めたフレームを取り出して、次は深琴が再び色留めしようと露に手を伸ばす。今度は自らの手を伝わせて、自分の色に──と思ったはずなのに。どうしてだか、先ほどと同じことをしているはずが、自らの色、と思うとなんだか少し緊張が滲む。ほんの僅か震えた指が、結果雫を揺らしてフレームへと溢れていく。染まった色は、赤が滲んで混ざった白。──今にも綻ぶ桜の蕾、頬を染める筆先の薄紅。ペールピンクとも取れる色合いに、覗き込んだシルヴァが綺麗ですね、と感想を添える。
「それに、この|彩玻璃花《コロラフロル》と似た色合いですわね」
 パタタ、と花束を手にしたシルヴァが指差すのは、最初に染めた一輪。薄桃の花を見せられたら、なんだかお揃いのようで嬉しくて。気づけば震えの止まった深琴の指が、シルヴァへとフォトフレームを差し出していた。
「よかったら、シルヴァちゃんにもお願いしていいかしら。思い出を飾るなら一緒に色を入れたいなって思って」
「深琴様のフォトフレームに、わたくしの色を添えてもよいのですか?」
 思いがけないお願いに、一瞬シルヴァが瞳をまぁるくするが、すぐに笑みへと取って代わる。
「旅の導き手…とまでは参りませんが、共にゆく妖精としてこの上ない光栄ですわ」
 時に惑わせ、時に悪戯もするけれど。人に沿うて生きる妖精として、共にと願われるのは喜びに他ならない。すぐにも指先を雨で濡らし、深琴の一色の横へぽたりと垂らす。自らの色はなんだろう、と思ったシルヴァの疑問はすぐに氷解する。──たっぷりのミルクに飴色の氷砂糖を落としたような、淡いベージュ。染める前の羊毛のような、柔らかで優しい色へと染まって。
「白に一色加えた色合い…そんなところもお揃い、みたいですわね」
「ふふ、面白いわね。それにとっても綺麗」
 その後も残った透明を雨の記憶に任せて、快晴の青に、爽やかに香るレモンの黄色にと染めていけば、フォトフレームが鮮やかな色に変わっていく。ステンドグラスのように多彩を纏って、最後に残ったひとひらは、今は染めずに残しておく。
「後で祝福の夜空色を加えたら完成ね」
「ええ、きっと美しい色になりますわ」
 夜の帷に楽しみを隠して、今は暫し森の中の散歩を楽しむべく、2人が傘を並べて迷い路を歩いていった。
 

八代・和茶
千桜・コノハ

 雨が降り続いているのに、空は不思議と明るかった。雲間に見える青空に、時折差し込む豊かな陽光。そして雨をたっぷりと受けて育った花木や|彩玻璃花《コロラフロル》は、伸び伸びと輝いて見えた。迷宮とあだ名された割には、印象として少し開けた森の中、といったこの場所を、2人があたりを眺めながらゆっくりと進んでいく。流れる水源を滑る花弁は鮮やかに色彩を変え、花に草芽に沿っては同じ色に染まり。自由気ままに咲き誇る姿を散歩の傍ら楽しみながら、途中見事な大輪を見せた|彩玻璃花《コロラフロル》を優しく手に摘んで、千桜・コノハ(宵桜・h00358)が試すようにつつ、と花弁を撫でる。
「色溜めか…自分の色がどんな彩になるかは気になるね」
「私もです!じゃあ早速試してみましょうか」
 同じく一輪を手にした八代・和茶(千紫万紅の藤花・h00888)が、傘より外へと伸ばしてそっと指先へ雨へと濡らす。溜まった雫を|彩玻璃花《コロラフロル》へと滑らせて、暫し見つめ待っていると──見せるのは、柔らかな藤花の色。然し淡く紫めいた色の中に、ぽつりと僅かに深紅が混ざるのを見つけて、和茶が浮かべていた笑みにも苦さが混じる。── やっぱり、私の色ってこれなんだ、と。胸に浮かぶ思いはほんの少しの落胆と、諦めにも似た空虚さを纏っていた。──人は、過去を変えられない。|彩玻璃花《コロラフロル》のように、軽やかに色を変えることはできない。重ね塗られ積み上がって、それが今の自らを成す。そこを誤魔化すことはできない。だからせめて、これが『私』なのだと受け入れるように、和茶がふぅ、と花へ息を吹きかける。|彩玻璃花《コロラフロル》もそれでいい、というように透明だった色を忘れて藤に紅咲く一輪へと留まり、和茶の手の内に収まった。自らの色を留めた和茶がふと隣のコノハへと視線を移すと、ちょうど和茶がしたのと同じように指先に雨雫を溜めている所だった。水が肌を滑る感覚に、ゆっくりと|彩玻璃花《コロラフロル》に露を馴染ませると、花の色がふわりと変わっていく。透明だった花弁が、滲むように淡い桜の色に。最も外側は濃く、真ん中には僅か薄水が乗るその色合いは。
(──僕の瞳の色だ)
 見つめた眼差しを映し取ったかのように、瞳の彩に染まる|彩玻璃花《コロラフロル》。その移り変わりが不思議で、もう一度、もう少しと指先の蜜雫を垂らしていると、またじわりと花が色を変える。けれど今度は花芽く色彩ではなく、蝕むような墨の色。黑く昏く沈む点に、コノハ自身の瞳が僅かに萎む。
(…この花は、正直だな)
 これはきっと、『罪の記憶』だ。消えず刻まれた、許しを乞うかのように罪を准えた色。触れる程に染まっていく黒を見て、コノハが新たに手の内の雨雫を溢す。すると霞のように黒が消えて、|彩玻璃花《コロラフロル》が元の瞳を思わす多彩を絡めた桜色に戻る。そのままふぅ、と色留めの息を吹きかけて、枯れず変わらずのままに縫い留めた。──今は、この時間はこれでいい、と封するように。そして視線を感じて隣を見ると、気遣わしげな和茶の顔が見えて、ふ、と常と同じ笑みに戻す。
「そっちも色留め済んだんだ。和茶は藤色と…紅色は瞳の色かな?僕の彩花と同じだ」
 先ほど滲ませた苦渋が幻かのように、いつも通りのコノハの口調。横顔に見た影はそれこそ露と消えて、窺い知る余地もない。けれど、きっと胸の内に秘めているだろう悲しみを、ほんの少しでも和らげたいと和茶が|彩玻璃花《コロラフロル》をもう一輪だけ摘みとって。
「ね、コノハさん。もう一輪、触れてくれませんか?」
「…?僕の色に染めてどうするのさ」
 きょとん、と首を傾げるコノハをまぁまぁ、と和茶が言いくるめると、コノハが仕方なさそうに雫で触れて花を染める。増えた桜色を手渡せば、和茶がありがとうございます、と頬を同じ色に染めて喜んだ。
「えへへ、…コノハさんの色だ」
「嬉しそうな顔しちゃって。この先のロクヨウとやらにくれてやるつもり?」
「これはモンスターになんて捧げませんよ。あなたの色はいつでも見れるけど、やっぱり欲しいですから」
 潰さぬように、でも決して離さないように。大事そうに|コノハ《さくら》色の|彩玻璃花《コロラフロル》を握る和茶を見ていたら、
「ふーん、じゃあ僕も君の色の花欲しいな」
「え、私のもですか?」
「思い出なんでしょ?交換しようよ」
 あまりいい記憶は混じってない色なのに、コノハが欲しい、って思ってくれて。同じ色に染め上げた一輪を手渡せば、きれいな色じゃん、と当然のようにいってのけるから──どこまでも、嬉しくなってしまって。和茶がいっとう花咲くような笑みで藤紅と桜の二輪を見つめる。
「大切な、今日という日の|色彩《宝物》。…えへへ。これで思い出もはんぶんこ、ですね」
「…まあ、思い出ならはんぶんあげてもいいよ。記念に、僕の花といっしょに飾ってあげよう」
 帰ってからのお楽しみ、と笑うコノハに、その時ばかりは影の色はどこにもなくて。枯れず変わらずの|彩玻璃花《コロラフロル》が、ふわりと風に靡いて揺れた。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

 光差す森の中を、真白の迦楼羅が駆けていく。雨が降るのに明るいのは、雲間から溢れる陽光のおかげか。水と光を受けて森の中は花木が伸びやかに育っていた。紫陽花、梔子、薔薇──季節の花々も数多あり、それに寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》も、どこか嬉しげに見える。
「こっちよ、イサ」
 そんな迷宮の中を、翼をはためかせてララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)が奥へと誘う。纏うレインコートは軽やかなステップに合わせて色を変えて、まさに虹のよう。うつくしいけれど、見失わないようにと追う詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は気が気ではない。
「ララ!転ぶぞ!」
 お揃いのレインコートを喜ぶ暇もなく、気づけば思いのままに走っていってしまうのだから、聖女サマはどうしたって目が離せない。
「大丈夫、転んだ拍子に彩りが咲くかもしれないわ」
「いや、俺の気持ちが黒く彩られそうだけど…!」
 ララが転んだら、なんて想像するだけでもヒヤリとイサの背中に氷が詰め込まれる。実際ケロリと立ち上がりそうな気はするが、それはそれ。心配性な|家族《イサ》を気遣って、仕方ないわねとララがほんの少しスピードを落とす。ようやく並んで散歩らしい形になったことにホッとしつつ、辺りを見ると改めて幻想的な景色に瞳を奪われる。不思議と落ち着く色留めの香の薫りに、花々の芳香も相まって、迷宮全体がほのかに甘やかな香りに包まれている。その中にあって木々に、草芽に、花々に。巻きついた|彩玻璃花《コロラフロル》が花を綻ばせ、雨の恵みに喜びを歌うよう、赤へ青へと色を変える。
「万華鏡みたいに色が変わって綺麗だ」
「うつくしい彩に満ちた場所ね」
「ララのレインコートも、さっきから時をうつろう空みたいに色が変わってるよ?」
「ええ、これはね──」
 雨に洗われた無垢な心を映し取って、レインコートが見せるのは、春の青空の色。懐かしいパパの逢魔が時から、紺碧にうつろう、空を巡るいつかの色彩。
「ララの故郷の空の色よ。お前に見せたかったの」
 両腕を広げて誇らしげに、ララがそらを広げてイサへと魅せる。まるで羽を広げて空を舞う、迦楼羅そのもののように。
「それが、ララが見てきた色彩なのか」
 神々しくも優しい空の色は、確かに美しかった。けれどその色彩を見上げたララの記憶の中に、イサは居ない。ララの隣で共に見上げたのは、どうしたって自分じゃない。そのことがどうしようもなく、悔しくて。ふつり、と手近の|彩玻璃花《コロラフロル》を一輪摘み取って、指先の露で濡らしてやる。そうして留められたのは、春暁にうつろう桜と紫苑。そのままララの髪へ、白虹を彩る倖彩、花のひとつになれればいいと願ってそうっと飾る。
「…あげる」
「あら、これは──」
 白虹に添えられた春暁は、まるで桜一華の漂うハーバリウムのよう。無垢だったはずの花が、甘やかで美しい春暁に染まったのかと思うと、ほろりと笑みが溢れていた。桜から紫苑にうつろうあわい。それは、ララの大好きな穹のいろ。そして。
「お前の色ね、イサ」
 俺の色、だなんてことは言ってやらないつもりだったのに。見通すように瞳を細めて歓ぶ聖女の笑みに、敵わないなとイサが肩をすくめる。すると春暁が緩やかに、ララの翼の色へ見惚れたかのような可惜夜の色を帯びていく。明けない夜はなく、夜があけねば暁はこない。そう歌うかのように。
「──このまま、倖なときもうつろわなければいいのに。」
「大丈夫よイサ。うつろえど倖は、ここに射止められたのだから」
 花を見て笑うララは、幸せそうに見える。けれどイサは無意識に願ってしまう──本当は花咲く迷宮で、ふたり囚われたまま。朽ちる時までずっと寄り添っていれば倖せだと、半ば本気で想うけれど。
「イサ、お前は本当に可愛い子」
 どれほど変わろうとも、倖せはここにある。そう愛しげに頬へと触れてくれるララの笑みを前にすれば、詰まるはずもない喉がきゅう、と絞られたようで。言葉にはせずに飲み込んだまま、イサがそっと手に頬を寄せて瞳を伏せた。

見上・游

── 幼かったころ、見上げた|空《青》を思い出す。

 とぷん、と水の中に沈む時の、喧騒から切り離される感覚。賑やかだった笑い声もちゃぷちゃぷ歌う水音も消えて、海に似た|潮騒《血潮》の音だけが耳を満たす。そうして滲んだ瞳でプールの底から空を見上げると、それはそれはきれいな光を湛えて揺らめく、薄い青がそこにあった。

水の青に溶ける空の色。
光の白に染まる空の色。

 揺れてはきらめく彩が何よりも好きで、いつまでも水に沈んでいたかった。結局息が続かなくてすぐに上がってしまうのだけど、その刹那にいつも思っていた。

── このまま、水に溶けてしまえればいいのに、と。

「…でも本当に溶けちゃったら、こうやって散歩も出来なかったよね。」
 幼い頃の密かな空想に、『そうならなくて良かった』と、今の自分── 見上・游(D.E.P.A.S.の護霊「佐保姫」・h01537)がくすりと笑う。けど、それくらい好きだったのは確かだと、思い出させてくれたのは迷宮を満たす香の香りだった。|彩玻璃花《コロラフロル》と共に生きる竜人だけに秘伝とされる、色留めの香。迷宮に伸びる木々や花の香りを邪魔することなく、けれどふわりと柔らかな薫を漂わせるあたりが、不思議と水を彷彿とさせる。雨が降りながらもどこか明るい森の迷い路を歩きながら、游が目を伏せてスッと深呼吸する。──眼裏には、未だ鮮明に水の空が映っている。長らく忘れていたはずなのに、思い出した今では焦がれた心地まで鮮やかな程だ。でも、最近あの“青”を目にした覚えはない。傘を濡らし色変える雨に、筋を描いて溢れる雫を指で掬って、触れる。雨の記憶を写すと言うのなら、今こうして思い描くあの風景を、どうか掬い上げて欲しいと願いながら。すると、ゆらりと揺らめく淡い青を捉えて、游がふっ、と息を吹きかける。

──どうか留めて あの青と陽を。

 瞬間、|彩玻璃花《コロラフロル》が自らの無彩を忘れたように、澄んだ青へと染まる。景色を透す透明はそのままに、雲間から刺すひかりを浴びたのなら、ゆらゆらと水面のゆらめきを写す、あの夏の色を留めていた。傘越しに見上げる空は、まさにあの日溶けてしまいたかった青と陽の色をしていて、游が嬉しそうにくるりと傘を回す。

今度、雨の日に誰かを誘おう。傘の下の小さな水の世界で、幼い頃の話を語りたい。肌に馴染んでいく水の温度、口から溢れるあぶくのきらめき。そんな形に残らないけど、大好きだった宝物の話を。歩く道の側に、見事に咲いた|彩玻璃花《コロラフロル》を見つけたのなら、一つだけ摘み取って、色を留めずそうっと握り込む。── これはいつか”あなた”に出逢えた時のために。
「どんな色に染まるのか、楽しみだね」
 未だ知らぬ|彩《いろ》を心待ちにするように、|彩玻璃花《コロラフロル》が遊色めいた輝きを見せた。

氷薙月・静琉

 空の開けた森の中は、光が満ちて透き通るようだった。雨を受けて草花は瑞々しく、そこかしこに燦く|彩玻璃花《コロラフロル》と絡み合う樹木は伸びやかに。雨を受けるたびに色を変える迷宮は、とても美しくて。
「幻想的だな」
 蛇の目傘を差しながら、氷薙月・静琉(想雪・h04167)が静かに感慨をこぼす。街中の傘屋根も色変わる姿は目に鮮やかだったが、こうして自然の中で寄り添い咲き誇る姿は、またいっとう眩しく写る。
「……あいつが見たら、喜んだだろう、な」
 だから、だろうか。雨に紛れてほろりと、心のうちの言葉までも溢れてしまうのは。色留めの為に訪れた迷宮ではあるが、見るたび鮮やかな色を見せる傘は、このままでも良いと思えるくらいには気に入っている。然し、もし『何を留めたいのか』と問われたのなら。静琉にとってのそれは── 今の自らが抱く、彼女への想いに他ならない。

愛情、執着、思慕、後悔、再逢、贖罪…

 脳裏に姿形を思い起こすだけで、胸の内が波立つ心地がする。温かくもあり、荒狂うようであり、もはや細かく腑分けすることは叶わない程に複雑に編まれた想い。忘れて仕舞えば楽になれるかも知れないと、思ったことがないわけではない。然したとえ二度と逢えずとも、求めた先に何も無くとも、逃げては駄目なんだと分かっている。此の魂が朽ちる瞬間まで彼女を愛慕うと、他の誰でもない己自身が自らに立てた誓い。苦しくとも、留めるという言葉に託すのなら、この想いを置いて他にはない。

──未熟だった俺が傷つけてしまった、彼女が幾度も流した筈の涙の記憶と。
今の此の想いを忘れぬように。

 一輪の|彩玻璃花《コロラフロル》を摘み取って、留めて欲しい色へ想いを重ねる。泪はとうの昔に枯れ果ててしまったから、代わりに水の神霊の力を借り、想いを籠めた一雫をこぼす。
「《…留まれ》」
 言霊をのせ、一輪の|彩玻璃花《コロラフロル》へ永遠を結ぶ。月魄のきらめきを持って縫い止められたその一色は、忘れたはずの泪を誘うほどに──彼女を思わす、うつくしい色をしていた。

白・琥珀

 森の中の迷宮は、ことのほか明るく光に満ちていた。雨は降り続いているのに、雲間から溢れる太陽の光は多く、草花や木々も伸びやかに。そしてそれらに沿う|彩玻璃花《コロラフロル》は雨を目一杯に浴びて、一層豊かに咲き誇っている。そんな自然に満ちた迷い路の中を、白・琥珀(一に焦がれ一を求めず・h00174)がゆっくりと歩を進めていく。祭りで買った傘を早速と差し、雨が跳ねては色変わる様子を楽しみながら。傘屋根で遠くから眺めていたのとは違い、近くで名の音の如くコロコロと変わる様子を見ると、思っていた以上の多彩さに驚かされる。飽きずに眺めていられそうな姿に、琥珀が満足そうに目を細めた。そして雨の降る中でもふわりと薫る、不思議な香の香りにも気がついた。──|彩玻璃花《コロラフロル》について何よりも知る竜人の、秘伝とされる色留めの香。草木の香りを邪魔することなく、けれど嗅げばそれと分かる仄かでありながらも独特の香りが纏わって来るのを感じて、琥珀が思わずくつり、と笑ってしまう。付喪神である琥珀の本体は、名の通りの琥珀。そして琥珀は時に香としても使われることがある。香の原料に香が移って、どちらがどっちなのやら、と思うとなんだかおかしくなってしまって。暫し肩を小刻みに震わせながら、涼やかな迷宮の中を散歩する。
「──さて、そろそろストールを染めるとするか。」
 花を愛で木々を眺め、ひとしきり森の迷宮を堪能したなら、いよいよ本命の色留めへと移っていく。傘のように色を変えるのも美しいが、今回色留めする品はストールだ。濡れたままにするわけにも、濡らして使うわけにもいかないので、やはり好む色へと留めたいところ。緋色のストールは手持ちにあるので、できたら違う色にしたい。それも叶うのならば、一色だけではなく、色彩豊かな|彩玻璃花《コロラフロル》に準えて複数の彩が宿るものがいい。さて虹のように豊かな色合いにしようか、一色からグラデーションにして端まで染めるのもいいかもしれない。そんなことを考えながらワクワクと手のひらで受け止めた雨粒を、ゆっくりとストールへと滑らせていく。その瞬間、不思議と琥珀に触れた雫が布の上を転がるたび、おぼろげながらも今までの──かつて関わってきた人々の面影が浮かんだような気がして、琥珀が瞳をぱちりと瞬かせる。気づけば淡い水色から青磁のグラデーションに染まったストールに、琥珀がふっと息を吹きかける。すると、色を留めたはずの|彩玻璃花《コロラフロル》が、光を受けるたびにふわりと光を帯びた虹を見せた。──まるで、しゃぼん玉のような遊色の青。ふわり浮かんでは空へと舞って、虹を帯びてはひかりを纏い。文字通り色を遊ぶストールに、琥珀が微笑んで。
「…随分とあざやかに染まったな。」
 新しいカタチに生まれたストールを、優しく手の内へと畳み込んだ。

野分・風音

 迷宮は、思いの外明るかった。雨が降り続く中、雲間からは太陽の光が溢れている。花木は|彩玻璃花《コロラフロル》を這わせてのびやかに、そして雨を喜ぶように色鮮やかに咲き乱れている。
「森の中も想像通り、すっごく綺麗!」
 思った通りの美しい景色に、野分・風音(暴風少女・h00543)が楽しげにはしゃぐ。暫くは散歩がてら瑞々しい森の中、涼しさを堪能するように散歩していく。そして花ぶりの美しい|彩玻璃花《コロラフロル》を後のロクヨウに供える用と、土産として持ち帰る為に数輪摘んでおく。すると、ふと花の香りに混じってふわり、と香の香りがして、風音が一度深呼吸をする。──ペトリコールを感じさせつつ、それでいて少し甘い、長く乾燥させた樹木も混ざったような香り。見れば迷宮の所々に香の番をする竜人の姿があり、おそらくは此れが|彩玻璃花《コロラフロル》の為の秘伝の香なのだろう。
「この香りは色留め用のお香だっけ。なんだか落ち着く香りで好きだな。」
 どことなく懐かしさやホッとする雰囲気を纏った香に風音がふふ、と微笑むと、その鼻の上をピチョン、と滴が跳ねた。
「あ、雨降ってきたかも。早速レインコート使おう!」
 暫く霧雨程度に弱まっていた雨足が強くなり、風音がそそくさと街で購入していたレインコートを取り出す。色留めをしていない透明なレインコートは、雨が当たるたびに周囲の|彩玻璃花《コロラフロル》と一緒に赤に青にと鮮やかに色が変わり、見ているだけでも雨の中の展覧会、といった雰囲気で浮き足立つようだった。
「ふふ、レインコートも|彩玻璃花《コロラフロル》も雨に当たる度色が変わるの楽しい!」
 とん、とん、たたんと草道を歩きながら、色変わりを楽しみつつ、風音がどの色に染めようかと見極める。
「あ、今のレインコートの色好き!この色で色留めしよう。」
 眺めること暫し、これだ!と決めて息をふぅ、と吐きかけたのは──緑風の色。ほんの少し青の混じった爽やかな緑は、頬を撫でる風や今まさに伸びゆく草芽の色にも似て、風音の雰囲気にもよく似合っていた。思い通りの色に染め上げて満足したあとは、先ほど摘んでおいた|彩玻璃花《コロラフロル》の色留めの番。
「うーん、せっかく何本も摘んだからカラフルなミニブーケにしよう!」
 同じ色も悪くはないが、さまざまな色になれる|彩玻璃花《コロラフロル》の花束ならきっとカラフルな方がいい。そう思ったなら雨の中に花を差し出し、こっちは赤色に、こっちは青系に、と色が変わるたびに色留めをしていく。こうして染める体験も楽しくて、森の風景も美しく、歩いているだけでもワクワクするダンジョンは、風音の性分にぴたりとハマったようで。
「ここもまたゆっくり旅行で来たいなぁ。色んなダンジョン行く度にもう一度来たい場所が増えていっちゃう!」
 今度来る時は依頼ではなく、めいっぱいに楽しむ目的でこよう。そう心に決めた風音が、残りの|彩玻璃花《コロラフロル》を色留めするべくまた雨の中の散歩を再開した。

香柄・鳰
月夜見・洸惺

 雨降る迷宮は、およそ迷宮とは思えないほどに明るかった。空は遠くまで抜けていて、雨が降っているはずなのに雲間から溢れる光は眩しいほどに。雨と光に喜ぶように木々は葉を伸ばし、それに寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》も楽しげに色を変えて咲き誇っている。雨に濡れぬようにと早速街で購入した雨具を取り出し、香柄・鳰(玉緒御前・h00313)はレインコートを、月夜見・洸惺(北極星・h00065)は雨傘を。それぞれ身につけ準備が整ったなら、互いに顔を見合わせて微笑み合う。
「それでは、森にレッツゴーですっ」
「レッツゴー!ですね。うん!洸惺さんのその傘、とても素敵です」
「えへへ、鳰さんのレインコートもよくお似合いですっ」
「あら有難う、ふふ」
 空を見通せる透明な傘に、軽やかに歩きやすいレインコート。それぞれがそれぞれにしっくりと似合った装いで、纏う姿にも自然と褒め言葉が口に上がる。
「それで、初めは何をしましょう?」
「まずはガラスペンを星空色にっ」
 尋ねられ、すちゃっと洸惺が取り出すのは、雨傘と一緒に購入していた透明なガラスペン。今か今かと染めるのを楽しみにしていたようで、ワクワクした様子の洸惺に鳰も気持ちが移ったよう。
「ガラスペンの登場ですね!どんな風に染まるのか見ていても良いです?」
「もちろんです!」
 そそ、と鳰が近くに寄って見守る中、雨粒を拾っては洸惺がガラスペンに触れさせる。快晴を思わせる青に、黄昏時の金を含んだ赤、曇り空の鈍色。美しくはあるけれど中々希望の色に辿り着けずにいたが、諦めず雨を当て続けていたらちょうど煌めく星の色をとらえて、洸惺が慌てて息を吹きかける。透明だった玻璃が濃く深い星空の色へと染まり、永遠へと縫い留める。
「わ、すごい……!本当に星空色に染まりました!」
「なんて神秘的…!それにやはり、洸惺さんには星空がよく似合うわ」
「星空がよく似合うなんて、とっても嬉しいお言葉です。ありがとうございます!」
 染まったペンを握りしめて、満足そうに洸惺が笑う。
「鳰さんは染めたい色がお決まりですか?」
「私はね、この木の下で…」
 茶目っ気を滲ませた笑みで手招きする鳰に、洸惺が首を傾げつつ素直に歩み寄る。近くの大樹まで来たならば、懐から取り出した雨鈴を手に、尋ねるように幹へトントン、とノックする。すると振動で新緑の葉から滑り落ちた雨露が、鈴へと零れてコォン、と涼やかな音を鳴らした。大木の下、白露の降る中、鈴を手にして佇む鳰の姿は浮世離れした空気を纏っていて、思わず洸惺が目を見開いてしまう。
「反響する音色も相まって、すごく神秘的……!まるで森の精霊さんみたいです!」
「まぁ、そんな。面映いけど、嬉しいです。…ではいざ!」
 例える声に少し照れつつも、反響する音と共に萌え芽ぐむ緑色に、留まれと息を吹きかけたならば。
「…こんな感じになりました!」
「わ、とっても素敵な森の雨鈴さんにっ」
 まさに芽吹いたばかりの新芽や、雨に揺れる森の鼓動を映し取ったかのような雨鈴に、鳰も素敵な色です、とにこやかに懐へと仕舞い込んだ。購入したものへの色留めは済んで、次はどうしましょうかと鳰が思っていると、洸惺がふつりと近くの|彩玻璃花《コロラフロル》を摘み取って、一つの提案を投げかける。
「実は鳰さんが仰られていたやり方を試したくて……!」
「あ、|彩玻璃花《コロラフロル》を目を閉じたまま色を留めてみる、という試みですね。ぜひやってみましょう!」
 どんな色になるかは花の気まぐれ天任せ。ある意味|彩玻璃花《コロラフロル》らしいチャレンジに、鳰も一輪摘み取って試みる。雨の中へと|彩玻璃花《コロラフロル》を差し出して、暫く後にせーの、でふたり揃って息を吹きかける。──|あなた《花雨》の想う色に留まれ、と。そうしてそろり、と目を開くときの高揚は、なんとも言えない楽しさに満ちていて。瞳に映る初めましての色も、キラキラ輝いて見えるほどだ。
「私のは明け方の空、といったところでしょうか。淡い紫に、ほんのり桃色も重なってますね」
「暁、素敵ですね!僕のは水色っぽくなりました。でも少し紫も混じってる…?」
「ふふ、ふたりのを合わせると少し紫陽花みたいに見えますね」
「本当だ…!もう少し花を足したら、よりそれっぽくなるかな?」
「それでは、|彩玻璃花《コロラフロル》でミニブーケにしてみます?」
「はいっ。是非ミニブーケに!」
「では後もう少し、色留めを楽しみましょう!」
 たわわに咲く|彩玻璃花《コロラフロル》をもう少しだけ摘み取って。どんな色に染まるだろうかと、期待を軽やかな足取りに変えて。今暫く森の迷い路の中を、ふたりが楽しげに巡っていった。

囲・知紘

 明るく開けた森の中を、ゆっくりと歩いていく。迷宮というイメージとは違って、中は広く歩きやすい道が続いていた。あちこちに咲き乱れる|彩玻璃花《コロラフロル》を眺めながら、囲・知紘(ことりばこのかわりだったもの・h04534)がゆっくりと歩いていく。手にしているのは、|まひろ《妹》から受け取った|彩玻璃花《コロラフロル》の傘。色留めしてない透明なままの傘は、森に咲く|彩玻璃花《コロラフロル》も傘自体もころころと色が変わるのが透けて見えて、眺めているだけでも楽しい気分になれた。そうしてずっと変わるのも良いけれど、せっかく色留めの為に迷宮まで足を運んだのだから、と。傘をどの色に染めようか、と悩み始める。
「ちひろの色はどれだろう。赤が好き、黒が好き、赤と黒のマーブルは…あんまり好きじゃあない」
 赤に黒にと万華鏡のように変わる|彩玻璃花《コロラフロル》の色を追いかけながら、知紘が好きと嫌いをより分けていく。
「白も好き、青も好き、けどこれはまひろの色…そうだなぁ、赤と青、まひろとちひろの色にしよう」
 傘を買ったのが茉紘で、色留めをするのが知紘なら、ふたりの色を合わせたものがいい。そう決めたのなら見つめる瞳は真剣さを帯び、理想とする赤を見つけるべくじっと傘を眺め続ける。そうしてようやくこれ、といった鮮やかな色を見つけてはすぐにふっ、と息を吹きかけて傘の色を留める。さらに次は自らの青の色を添えるべく花の方へと歩み寄る。宿木めいた生態のせいなのか、寄り添う草木にどことなく樹形が寄るようで、薔薇みたいな|彩玻璃花《コロラフロル》はないかと探していると、ちょうど花びらが幾重にも重なったものを見つけて、これぞと摘み取る。花束の量になったところで手をとめて、次は色留めにうつっていく。数が多い分、全てを青に染めるのは少々時間がかかったが、こだわった分最後にはうつくしい青薔薇めいた花束が出来上がった。帰ったのなら青い花は知紘の手から、大切な人々への土産として配る予定だ。そしてもう一つ持ち帰りたいお土産として、|彩玻璃花《コロラフロル》の色が移ろう瞬間を動画に収めようと、すちゃっとスマホを構える。茉紘と違ってスマホが使える知紘ならではのお土産は、是非とも押さえておきたいところ。
「まひろやママ、お姉ちゃんに見せてあげたい」
 じ、とスマホ越しに変わる色を眺めながら、ふと|彩玻璃花《コロラフロル》に花言葉はあるのだろうか、と知紘が思い至る。こと変わりやすいものは気の移ろいなど重ねられがちだが、知紘が|彩玻璃花《コロラフロル》は違うね、と首を振る。
「花言葉つけるなら、きっと…想いだね」
 雨の記憶、人の想い。その全てを色に変えて、縫い留めて。|彩玻璃花《コロラフロル》にはきっとそんな言葉が似合う、と知紘が贈り物のように口にした。

戀ヶ仲・くるり
ジャン・ローデンバーグ

「わ〜!森中、一度も同じ色にならない…!まるで魔法だねぇ」
 伸びやかな緑溢れる迷宮を、戀ヶ仲・くるり(Rolling days・h01025)が目移りしながら進んでいく。雨が降っているのに明るく見渡せるのは、空がひらけているせいか、雲間から溢れる陽光のせいか。おかげで草花は生き生きとし、寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》も嬉しそうに色彩を変えていく。そんな美しい景色を楽しみつつ散歩がてら歩いていると、ふと気になる香りがしてジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)が足を止めた。
「すごい綺麗だ!…けど、何だか独特な匂いがするんだな」
「ほんとだ、これが特別なお香の匂い?」
 クンクン、と鼻を鳴らすジャンの姿を見て、くるりも周囲の香りを嗅いでみる。──瑞々しい草木や甘やかな花の香りに混じる、古い香木を焚いたような薫り。所々で香の番をする竜人の姿も見えるあたり、やはりこれが色留めの為の特別なお香なのだろう。然し改めて雨を受けて万華鏡のように色変わる|彩玻璃花《コロラフロル》を前に、さてどんな色に染めようか、と考えると中々に悩ましい問題ではある。
「これ、中々「この色!」って決めるの難しそう」
「だよね…!えっと、|彩玻璃花《コロラフロル》、摘んでいいんだよね?」
 近くにいた香番の竜人にくるりがチラ、と目配せすると、もちろんといった笑みで頷かれる。この時期は雨さえあればたわわと咲き誇る|彩玻璃花《コロラフロル》は、花束ほどに摘んでも大丈夫なようだ。
「ね、王様。練習に摘んだ|彩玻璃花《コロラフロル》を色留めしよう!」
「そうだな!練習しよう。気に入ったら花束にして持って帰らせて貰えばいいし」
 香には枯れずの魔法も含まれている。練習に使ったとしても、色留めをした|彩玻璃花《コロラフロル》の花束は、それとして良い土産にもなるはずだ。ならばとまずはくるりが摘み取った一輪が雨に色変わるのを見て、ふっと優しく息を吹きかける。|紫水晶《アメジスト》に似た紫に染まった|彩玻璃花《コロラフロル》は、そのまま雨の中に翳しても色を忘れることなく留めたままで、うまくいったとくるりが喜んだ。
「…わ、本当に色、変わらなくなった!」
「あ、その色綺麗。明るい紫色?くるりの瞳っぽいな!」
「そ、そうかな?ね、王様も映してみて?」
「よーし、見てろよ…!」
 ジャンも早速手近な一輪を摘み取って、暫しじっと見つめてから息を吹きかける。するとまるで|彩玻璃花《コロラフロル》も見つめ返していたかのように、鮮やかな|翠玉《エメラルド》の色に染まって留まる。
「……ホントだ、俺のも自分の目の色みたいになったな」
「じーっと見てるせいなのかな?ふふ、綺麗な緑〜!」
 互いの色を宿した花についでは、幾つか雨任せに色留めをしてみたけれど、赤と見て息を吹きかけたら真っ青な色だったり、白を狙って見てもオレンジ色に染まったり、と想像通りそのままとはいかなくて。
「うーむ、やっぱりなかなか同系色で纏めたりは難しい。ショクニンワザが必要な予感」
「確かに狙った色にするの、難しい!お土産の色留め品、職人の逸品なんだ!」
 雨の記憶に花の気まぐれ、それに人の記憶までも読み取って色を成すのだから、やはり求める色に染めるにはある程度の経験と技術が必要になる──けれど。
「でも、こうやって雑多に色んな色がある花束もいいもんだな」
「まさに『華やか』って感じするもんね」
 一期一会を束ねた花束は、それこそ万華鏡めいた|彩玻璃花《コロラフロル》の彩りを集めたようで、これはこれで素敵、という結論にまとまった。
「さぁて傘は何色にしようかな、…迷っちゃう」
 花束は多彩で良いとして、次に迷うのは色留め用に街で買い求めた品だ。雨に当たって名の音の様にころころ色変わるのもいいけれど。せっかくなら気に入った色に染めたい、と悩みながら傘をくるくる回していると、一緒に眺めていたジャンがピッ、と手を挙げる。
「はい!俺くるりに暖色系、似合うと思う!
「…ほんと?似合うかなぁ」
「うん、前のお出かけの服も可愛かったし」
「あの服かわいいよねぇ…じゃあ、あったかい色でー…」
 褒められて嬉しかったのは、悩み顔からふわりと笑みに切り替えた瞬間、くるりの目に止まるのは花咲く一角。暖かな色合いの花々に歩み寄って、借りるね、と指先で突いて露を傘へと移らせる。透明に一輪、二輪と花咲くように色が移ったなら、すぐさま息を吹きかけ色を留める。
「できた!橙色と、桜色!」
「おお!綺麗に染まったな」
 傘にその身を変えた|彩玻璃花《コロラフロル》が、再び花咲かす様に染まるのを見て、ジャンもパチパチと手を叩いて褒める。
「じゃあ俺は…折角だし、傘は星の色にしようかな。くるりにも勧めてもらったしー」
 くるりの傘の色留めを見届けて、ニッコニコの笑みを浮かべたジャンが選ぶのは、星の色。冴えた冬空に輝く、迷う人々の目印となるような一等星。焦がれるような光景を心に描いて、指先で雨粒を拾い落とせば、傘が目覚めるように色を変える。やわく星の光を纏いながら、少し角度を変えればほんの一瞬、瞬きのように翠緑の煌めきを見せる。
「あ、今の、星の光みたい。王様の目も星みたいだから、映えるね!」
「だろ?我ながらいい色に染められたと思う!じゃ、今度は染めた傘同士、並んで撮るか!」
 街の祭りの一枚に、花咲く迷宮での一枚も加えて。スマホの中の思い出にも、楽しげに咲うふたりの彩が増えていった。

クラウス・イーザリー
品問・吟
瀬堀・秋沙
門音・寿々子

 踏み込んだ色留めの森は、明るくひらけた印象だった。森の迷宮というからにはどことなく鬱蒼としたイメージが浮かびそうなものだが、ここは空が抜けて見えるためか、むしろ爽やかな空気さえ感じる。おかげで雨と光をたっぷりと浴びた木々は健やかに伸びて、それに寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》もたわわと花を咲かせている。雨の降り続く迷宮の中で、雫の落ちるたび万華鏡のように色を変える光景はとても美しく思えて。
「まるで夢みたいに綺麗です」
 ほう、とため息をつきながら門音・寿々子(シニゾコナイ・h02587)が感想を口にする。
「『花より団子』な私ですが、今回ばかりはこの幻想的な花々に魅かれちゃいますね」
 二口女として食欲には定評ある品問・吟(見習い尼僧兵・h06868)も、今ばかりは景色の美しさにうんうん、と感心して頷いた。
「気儘に色が変わって面白いにゃ!生態はまるで銀竜草にゃ?なんだか応援したくなるのにゃ。」
 ユウレイタケとの別名も持つ共生に長けた植物を重ねつつ、瀬堀・秋沙(都の果ての魔女っ子猫・h00416)もワクワクするにゃ!と周囲の景色を眺めて楽しげな様子。
「植物には詳しくないけど、寄り添って咲いているように見える光景は何だか良いなって思うよ。応援したくなる気持ち、すごくわかるな」
 皆に選んでもらった新たな装いに身を包み、ちょっぴりソワソワしながらもクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が同意を述べる。その卒のない感想に、吟がぬぐぐ、と唸り声を上げた。
「…|彩玻璃花《コロラフロル》、ツツジみたいに蜜は甘いとかありませんかね?とか思ってしまった私…こ、これが感性の差…!」
 そんな正直な告白に、思わず聞いていた3人から笑い声が上がり、皆で朗らかに過ごす様子を収めよう、と寿々子がカメラを向けた。
「お、寿々子さん写真ですか?私も撮りますよー」
「にゃっ?寿々子ちゃん、吟ちゃん、写真撮るにゃ?思い出が増えて素敵だにゃ!クラウスくんも一緒に映るにゃ!」
「あ、うん。せっかく選んでもらった洋服も着てることだし、残しておきたいかな」
 向けられたカメラに秋沙はノリノリと、クラウスはややはにかみつつも笑顔を向けて、|彩玻璃花《コロラフロル》を背景にしながらパシャリパシャリ、と撮っていく。暫しわちゃわちゃと撮影会を楽しんだ後は、お楽しみの色留めの時間。クラウスは傘とレインコートを、秋沙は傘と雨鈴を、寿々子は傘をそれぞれ手にして、どの色に留めようかと楽しげに話し合う。その様子も見守りながら、吟は撮影係として変わらずパシャリ、とシャッターを切る。
「俺の傘は空の色に染めたいな」
「あ、私も傘は空の色合いのどこかで染まってくれたらなって思います」
「見上げるたびに空の色!良いね〜!どの時間か天気具合か、ワクワクするわね!」
「お空の色素敵にゃっ!猫は傘さん雨鈴さんにお任せで染めるにゃ!どんな色になるか楽しみにゃ〜!」
「雨任せも良いな。俺もレインコートの方は自分の色に染めてみようと思う。どんな色か、一緒に楽しもう」
 色留めの方針を決めたなら、それぞれに雨雫を前に準備へ取り掛かる。クラウスの傘は雨が跳ねる色を眺めながら、晴れ渡る青空の色を見つけてふっと息を吹きかける。レインコートには自らの手で掬った雨雫を滑らせると、星明かりに照らされたような深い夜の青──クラウスの瞳に似た色へと染まった。続く秋沙は品任せ雨任せのランダムに、雨傘と雨鈴を雫で濡らす。
「今かにゃ?『留まれ!』にゃ!…それがあなたたちの好きな色にゃ?猫も気に入ったにゃ!」
 今だ!とふっと息を吹きかけると、雨傘の方は虹の掛かる淡い水色──雨上がりを思わせる空の色に、雨鈴はプクプクと泡の立ち上るソーダのような色合いに染まり、秋沙がぴょこぴょこ飛び上がって喜んだ。最後に寿々子が雨傘を手に、暫く雨と遊ぶのを眺めていると、これだ、という色に染まったのを見て急いで息を吹きかける。留めたのは幻想的なブルーアワー。太陽が眠って、星々が輝き始める狭間の時間の青や紫がかった空の色彩。夜の帷が落ちる色に染まった傘を持って、全員の色留めが叶った。
「わ、すごい。皆綺麗な色に染まったな。それぞれの個性が表れた、今しかない一瞬を留めた色……どれもすごく素敵だね」
「にゃっ!全員お空っぽい色で素敵にゃ!みんならしくて、とっても素敵な色なのにゃ!ちょっとお揃いっぽさもあるにゃ!」
「並べると、空の移り変わりに思えて楽しいですね。」
「あ、せっかくなら全員で記念写真撮りません?私の髪を使えば、自撮り棒みたいにして全員フレームにいれられますから。色留めした素敵な品物も入れて、|彩玻璃花《コロラフロル》を背景に撮りましょう!」
 さぁさぁ、と促す吟に示されるまま、4人が一際大きく沢山|彩玻璃花《コロラフロル》が咲く場所を背にして、ハイチーズ!と集合写真を撮る。撮れたよ、と差し出す画面を見れば、クラウスのはにかんだ笑顔、秋沙の溌剌とした笑顔、吟の明るい笑顔に、寿々子の優しげな笑顔。それぞれが色取り取りの花のように咲いていて。
「うん、我ながらバッチリ!笑顔が素敵に撮れましたね」
「『大好き』がまた増えました。後で私の撮った写真データも送りますね。」
「皆笑顔で嬉しいにゃ!良い思い出にゃ!」
「うん……思い出が増えていくの、嬉しいな」
 雨の中を散歩して、美しい花を愛でて。買い求めた品を思い思いの色に染めて、見せ合って。重ねた思い出を前にして、4人がまたいっとう嬉しそうに笑い声を上げた。

東雲・夜一
七・ザネリ

──どうせなら、昼も夜もわからないくらい、深く暗い森ならよかったのに。

 そんな幽霊の舌打ちが聞こえそうなほど、迷宮と銘打ちながら、森の中は明るくひらけた印象だった。雨が降るのに雲間からの陽光は溢れんばかりで、木々や草花は嬉しそうに伸びている。|彩玻璃花《コロラフロル》も雨を受けて鮮やかに色を変えて、祭りに続いた観光客なら喜ぶだろう光景が広がっている。然し約一名、眺めて楽しむ余裕もなく、鬱蒼とした大樹の下で幹にピッタリとくっついた影──もとい、 東雲・夜一(残り香・h05719)の姿があった。
「おーい、生きてるか?…ひひ悪い、死んでたな」
 そんな日陰に逃げ込む幽霊相手のブラックジョークに、肩を揺らして七・ザネリ(夜探し・h01301)が嗤う。当初の目的は達成したとばかりに、目の前のエンタメにまじまじと視線を寄せる。
「陽の下の幽霊を眺めんの、面白」
「クソ。夏になったら覚えてろよ。」
 只管鑑賞気分を隠さないザネリに、蝋燭を吹き消したなら呪ってやる、とばかりに夜一が舌打ちをする。せめて少しでも労力を減らすべく、移動は歩きではなく浮遊に切り替えてある。それでも陽の下に出る気には更々なれず、このまま幹に張り付いたままも已むなし、と思っていたらザネリが何やら離れていく。待つこと暫しで戻ってくると、その手にあるのは顔の5倍はありそうな大きな葉。長い茎も相まって、絵本に出てくる小人の差す傘のような風体だ。
「これで多少はマシか?」
「なんだ、雇い主からの餞別か?コロボックルみてぇだな。」
「今は手元にレースがねえのが残念だ」
「…やっぱ今のなし。」
 一瞬脳裏をよぎったフリフリふわふわを頭を振って追い出し、仕方ないとばかりに夜一が幹から葉の下に居住まいを移す。そのままのらくら並んで|歩いて《浮いて》いると、目当ての花はすぐにも見つかった。何せ森中、ありとあらゆる植物に絡みついてるのだから。
「コレが噂の花か?…話をしない花ってのは静かだな」
「……人を食わねぇ花も大人しくて新鮮だよな。」
 雨にころころと色は賑やかながら、『地味な|花びら《洋服》ね!』と叱ることもなければ、大人しい振りして頭からちゅるりと飲み込むこともない。楚々と静かに美しく花咲くだけの姿に、ふたりが首を傾げて感心する。ともあれこれなら摘むにも染めるにも、危険の及ぶことはないと判断して、ザネリが目的を口にする。
「よし、館の玄関ホールに飾る花束を作る」
「玄関ホールに花なら、派手な奴にしねぇと。すぐに食われるぞ。」
「ギャハッ、よく分かってるじゃねえか。夜一、コレ持ってろ」
 ぐいっと花を手渡して、夜一を額縁へと収めるように、ザネリが手で枠を作る。煙の灰と夜の黒。彩度を忘れたモノクロームの夜一の身に、添えた|彩玻璃花《コロラフロル》の朝焼けめいた橙色は物珍しくも愉快に見えて。
「鮮やかなお前って新鮮だな。よし、後はお前の好みを聞いてやってもいいぞ」
「好み……オレの活動時間は夜だ。だから好みも自然と青とか紺とかになるな。」
「青と紺と……悪かねぇけど地味だな、他にはないのか?」
「あー、あれだ。一等星辺りを入れたら良いんじゃねぇの。朝だって星は輝いてんだろ。」
「ヒヒ、なら眩しい金色を取り入れてやろう」
 そうやってザネリの問うまま請われるままに、夜一が記憶の中から色を探す。空を走る箒星の尾の白。ヒヤリと冷たい硬貨の金。暖炉の内の燃えるような赤。冬の凍った水面に覗く醒めるような水色も良し。ザネリも言葉端を捕まえては、摘んだ花を似た色へと留めては持たせていく。気づけば長身の夜一でも抱え切れるか、といった大きな花束に育っていて。
「お。良さげじゃね?」
「よし、良い土産になった」
 もう一度指で額縁を型取り、鮮やかな絵画のようになった花束を、ザネリと夜一が満足そうに眺めて目を細めた。

緇・カナト
トゥルエノ・トニトルス

 ふわりと漂う不思議な香の薫り。迷宮と名打つ割に広くひらけた森の空。雨が降るのに雲間から溢れる光は明るくて、水と太陽どちらもの恵みに満たされた木々や草花が瑞々しく伸びている。──色留めの迷い路へと足を踏み入れたトゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)が、高らかに此度の目的を口にする。
「我は色留というのも気になるぞ…!」
 キラキラと瞳を輝かせ、手には色留め用に買い求めた外套も準備済み。気合い十分といったトゥルエノとは反対に。
「|彩玻璃花《コロラフロル》の噂自体は気になりはするし、色留め前の外套まで手元にあるなら…まぁ迷宮まで向かう事にもなるよな」
 仕方なさげに後ろをついてくる形の緇・カナト(hellhound・h02325)は、子を見守る保護者のようにも見える。見失わない範囲には常に居るものの、あえて追いつく程の速度も見せないカナトに、サクサク前を歩いていたトゥルエノがくるりと振り向いて両手を腰に当てる。
「なんだ、その様に生気に乏しい顔をして。せっかくの|彩玻璃花《コロラフロル》の光景を楽しもうではないか。なぁ、主よ?」
 ほら、と指し示す先には大樹の枝という枝に|彩玻璃花《コロラフロル》が寄り添っていて、雨を受けるたび色を変える様がまるでイルミネーションのようだった。その鮮やかさを前に、ふとトゥルエノが前々から気になっていたことを、雑談のていで切り出す。
「そういえば主の服に、ああいった彩鮮やかなものは見たことがないな。黒ばかりの印象だ」
「あー服が黒いのは汚れが目立ち難くなるからデスネー…」
「そうなのか?てっきり職業的に黒服の方が効率良いものなのかと…」
「夜闇に紛れるだけなら真っ黒である必要もなし、ヒトの視覚なんて幾らでも誤魔化す方法あるしなァ」
 彩変わる雨も降る此の場にあまりそぐわない話題な気もしつつ、尋ねられたら答えてしまう辺り、見上げてくる瞳に弱いというかなんというか。
「……お前も黒に近い色の装いが多くないか?」
「我は何となく毛色に近い方が落ち着く、位の感覚ではあるし」
「そういや黒麒麟なんてのも珍しい存在に想うんだが」
 伝承に語られる麒麟は、本来金色の毛並みをしていると聞く。仁獣とも呼ばれる程に殺生を嫌い、秀でた者を表すにも名を使われる獣を前にじー、とカナトが視線をやると、トゥルエノがニマッと自慢げな笑みを浮かべて胸を張る。
「良いだろう、黒麒麟なんてレアだぞぅ」
 麒麟というだけで珍しいのに、更に珍しい黒い毛並み。それを誇るようにくるりとトゥルエノが回って見せると、ちょうど外套を持つ手が雨粒に濡れた。
「然し黒も良いが、好きな色と言うならば夜明けの紫だな!と…おお?」
 すると、思い描いた色を読み取ったかのように、手を滑る雫に濡れた外套が、まさに今トゥルエノが口にしたような夜明けを思わす紫色に染まる。驚きと喜びを滲ませながら色変わる外套を見つめるトゥルエノに、カナトがポツリと呟く。
「…お前が好きな色なのは知ってるよ」
 暗く深い夜の藍色に、明けゆく陽光の赤を滲ませた、ほんの一瞬空を染め上げる紫雲の色合い。見覚えがある色だと記憶から手繰って重ねていると、カナトの手にした外套も、空から降る雨に染められていく。──昏い夜を喰むように浮かぶ、月を思わす白銀色。うつくしい色ではあるが、使うにしては難しい色な気がしてカナトが眉根を寄せる。
「普段使いする外套にしては向かないような…」
「それならば互いの染まったものを、トレードしたら丸く収まるのではないか?主の方は目立ちすぎない彩の外套で、我は此の色も好ましいものではあるからなぁ」
「…まぁ、トールが欲しいのならくれてやるけれど」
 どうせなら着る機会が少ないだろう自らより、好んで纏う者の元へ渡ったほうが外套も勝手がいいだろう、と。夜明けの紫と白銀の月影を交換すれば、トゥルエノが早速と肩に当てて嬉しそうに裾を翻す。
「好みの色だと、外套を纏ってみせるのも楽しくなってくるな」
「……そんなに銀月がお気に入りかね」
「さて。見上げる色に焦がれるのは、我の性分なのかもしれんなぁ」
 そう言ってふ、と笑うトゥルエノの含みに、カナトが深くは問わずにそっかぁ、と灰色の目を背けて軽く流した。

アダルヘルム・エーレンライヒ
ナギ・オルファンジア

 森の中のはずなのに、迷宮は思いの外明るかった。空は大きくひらけていて、雨が降るのに雲間から溢れる光は常の昼間とそう変わらないほど。おかげで木々や花草はスクスクと伸びやかに、それに寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》も実にたわわと咲き誇っていた。
「水と植物に寄り添い色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》は、見事なものだな」
 アダルヘルム・エーレンライヒ(月喰みの不死蝶・h05820)が、雨に喜ぶようにきらきらと色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》を眺めて、素直に感嘆の意を述べる。
「本当に、あちらこちらに|彩玻璃花《コロラフロル》があるよ」
「ああ、ずっと見ていたくなる」
 たっぷりと雨露を含んだ花を突きながらナギ・オルファンジア(■からの堕慧仔・h05496)が示すと、アダルヘルムも頷いて近くの|彩玻璃花《コロラフロル》を一輪摘み取る。雨の落ちるに任せて色変わるのを待ち、水色に染まったところで息をふっと吹きかけた──つもりだったのだが、数瞬のずれがあったようで、手の中の花は鮮やかなオレンジ色に染まって留まった。
「水色に染めるには少し遅かったか。橙になった」
「…水色狙いで橙かい?それはいらないのなら、ロクヨウへの花束の一部としようか」
「ああ、そうして貰って構わない」
 捧げる花にすれば、思わぬ色に染まった花でも無駄になることはない。そうして次に色留めに挑戦するのはナギの方。手当たり次第に|彩玻璃花《コロラフロル》を摘み取っては、軽やかにふっと息を吹きかけて色留めしてを施していく。初めて来たとは思えない手際の良さで、ナギの手にはあっという間に二色の花束が出来上がった。
「はい、ピンクと水色の花束の出来上がり。ふふ、楽しいね楽しい」
「見事なものだ。しかし驚いた、随分と器用なんだな」
「種族的に染め替えは得意です!」
 狙い通りの色へ|染め替え《取り替え》た花束をふわりと持ち上げながら、褒められたナギがにっこりと笑う。その様子があまりにも楽しそうで、アダルヘルムがもう一度、と色留めに挑戦する。然し見様見真似であれこれ試してはみるが、やはりナギほど上手くはいかず、結局はロクヨウ向けの花束が分厚くなってしまった。
「万年筆もと思っていましたが、私はお花だけで充分だなぁ」
「俺も万年筆とインクは後程で良いか」
 加工された|彩玻璃花《コロラフロル》は、香さえ浴びればいつでも色留めできる。それこそ年を越えても問題ないため、気がむく色を見つけるまで待つのも一興というもの。ましてや今宵はロクヨウの祝福も望める日。まだまだ悩む時間はある、と祭りで買った品の色止めは一旦保留にした。その時、花束を抱えるアダルヘルムの手にパタタ、と花から溢れた露が落ちた。濡れた感触にふと思い出すのは、|彩玻璃花《コロラフロル》の特性の、もう一つ。
「そういえば、|彩玻璃花《コロラフロル》は己の色にも染まるのだったか」
「そうだっけ。ま、ナギの色など、どうせあの色だろうね」
 はぁ、と濡れた指で触れた|彩玻璃花《コロラフロル》にため息を吹き掛ければ、留まるのはゆらりと遊ぶオーロラの色。予想通りの色合いに、少しつまらなさげにほら、とナギが花をアダルヘルムへ見せる。
「ほら、この通りだよ」
「オーロラに輝くとは珍しい。…ナギ殿は見慣れているようだが」
「見飽きるほどだよ。さて、アダル君のお色は?」
「俺も大体予想がつく」
 促されて、肌に触れた雫を|彩玻璃花《コロラフロル》に移せば、こちらも思った通りといった朱の色に染まる。
「あら、愛らしい朱色だこと」
「…朱色が良いとは物好きだな?」
 不吉な準えがいくらでも浮かびそうな色に、愛らしいと喩えるナギが不思議で、アダルヘルムが僅かに苦味走った笑みを浮かべる。
「うううん、花束に加えるには少々惜しいやも…?ここは交換といこうか」
「お互いの色を交換か。悪くないな。」
 花束に混ぜるのも気が引けて手遊びに持っていたら、ナギがオーロラ色を押し付ける代わりにアダルヘルムの朱色を攫っていく。見上げる空を染める雄大な自然の遊色と、夜の終わりを告げる鮮やかな朝焼けの色。見飽きて腐した己の色も、|見方《瞳》が変わればこんなにも美しく映る──それを、例え当人が知ることはできなくても。交わされた|彩玻璃花《コロラフロル》にはきっと、うつくしい、と言の葉の雨が降るのだろう。

井碕・靜眞
物部・真宵

「──迷宮って、おそろしい場所なんだと思ってました」
 雨降り注ぐ迷宮に、嫋やかな声が落ちる。雨雫を指先で遊ばせながら物部・真宵(憂宵・h02423)が周囲を見やると、そこが森の中とは思えないほどに明るかった。空はぐんと抜けて見渡せるほどに、雨が降っているのに雲間から溢れる陽光は眩いほどに。水と光をたっぷりと浴びた木々や草花は生き生きと伸びて、それにそう|彩玻璃花《コロラフロル》も雨を喜ぶように鮮やかな色変えを見せている。踏み固められた道を見ていれば、いっそ手入れの行き届いた庭のような雰囲気で、井碕・靜眞(蛙鳴・h03451)がわかります、と頷いてみせた。
「自分も意外でした、庭園のような雰囲気で」
 迷宮とあればモンスターを警戒するものだが、靜眞が見渡した限り気配は感じない。所々に色どめの為の香を焚いているのだろう竜人の姿もあって、危険性の薄さが窺える。
「ええ、本当に…素敵」
 おかげでこうして真宵がゆっくりと|彩玻璃花《コロラフロル》に見惚れていられるのだから、安全なことには感謝しかない。それでも一応は見守るように靜眞が近くで立っていると、ふと振り返った真宵が何処かソワソワとした様子で申し出てくる。
「もしよろしければ…なんですけど。少し歩いてみませんか?」
 胸の前で両手を合わせ浮き足だった様子は、湧き出るワクワクとした気持ちを隠せずにいるのだろう。微笑ましい様子に和みつつ、靜眞も誘いに異論はなく、勿論と答えてみせた。 
「構いませんよ、軽い散歩のつもりで行きましょうか」
 エスコート、とまではいかないが、半歩先を歩くようにして靜眞が前に出ると、真宵が嬉しそうに隣へと歩み寄る。
「香のおかげで色留めができるだなんて、不思議ですねぇ」
「香りひとつで色が留まる…魔法みたいで、本当に小説やゲームの世界だな。いや、魔法自体が実在してることは、わかってるんですが」
 √を越えれば技術や常識もガラリと変わる。ここドラゴンファンタジーにおいて魔法は生活の術の一つに過ぎない。そう理解はしていても、こうして美しい奇跡を見せられると、常に身を浸している現実とはどうにもレイヤーが違う気がしてしまう。
「普段は綺麗さとは縁遠い魔術ばかり目にするせいでしょうか、ね」
「ええ、わかります。ここはすべてがきらきらしていて、御伽噺の一頁みたいですものね」
 いつも眼にする光景を思い起こして苦笑いそうになる靜眞を、今瞳に映るきらめいた景色の美しさを讃えた真宵が柔らかく書き換えてしまう。きっとそうしよう、と思って口にしたわけではないのだろう。けれどほら、と雨露に鮮やかな|彩玻璃花《コロラフロル》を指す真宵の姿に、雨の中なのに何処か『声』が遠い気がして。──敵わないな、と靜眞の笑みから苦さが僅かに抜けた。そうして暫し散歩を楽しんだ後、色留めはどうしましょうか、とどちらからともなく話題が上がる。靜眞はせっかくだから、と密かに購入していた無地のハンカチを手に、真宵は周囲に咲き誇る|彩玻璃花《コロラフロル》を摘んで、小さなスワッグにして染めることを決める。
「井碕さんは何色が良いとかあります?」
「何色…そういえば、考えてませんでした」
 改めて真宵に問われて考えてみるも、普段使うなら白か灰か、くらいの無難な思いつきしか浮かばない。どうせなら綺麗な色にと思わなくもないが、ならどれに──と悩みかけたところで、ハンカチの上に雨が垂れた。すると無彩だったハンカチが淡く紫色に染まって、慌てて靜眞が息を吹きかける。
「まぁっ、やさしいお色になりましたね」
「ええ、思わず留めてみましたが……ああ、でも、うん。…悪くないな」
 深い夜の青に、曙のひかりを垂らしたような。空のかなたに淡くたなびく紫の色。染まった色に目を奪われていると、真宵のスワッグにもぽたりと雨が降ってきて、花がそれぞれの色に染まる。迷宮の若葉の緑、視線の先の赤銅色。雨の秘色に、布を染めたに似た淡い紫。今日目にした思い出を束ねたような彩りに、真宵がまたひとつ瞬きを溢す。
「ふふ、私のも気づけばこんな色目になりました。…どうでしょう?」
「小さい花にかわいらしい色味で…お似合いだと思います」
 ほのかに染まった|彩玻璃花《コロラフロル》のスワッグを顔の横に並べて、嬉しげに花と咲う真宵。その姿に靜眞が眩しそうに目を細めて綺麗ですね、と言い添えた。

マリー・エルデフェイ

 光差す迷宮を、緑と花々が豊かに彩っていく。降り注ぐ恵みの雨に、雲間から溢れる陽光にはぐくまれ、|彩玻璃花《コロラフロル》も伸びやかに咲いては色を変えていく。
「うわぁ……とても幻想的な風景です。」
 そのきらめく色彩を瞳に写し取りながら、マリーが楽しげに迷宮の中を歩いていく。花々が咲き乱れ、寄り添うようにさらに|彩玻璃花《コロラフロル》が咲き、美しく色を重ねていく。その景色は旅慣れたマリーでも、忘れられなくなりそうなほど幻想的だった。先ほど祭りで購入したレインコートを身につけて歩けば、色留め前の衣は迷宮の|彩玻璃花《コロラフロル》と同じようにキラキラ色彩を変えていって、それも楽しみの一つとして趣深い。晴れ渡る空の青や香り豊かに咲く薔薇の赤と、うつくしい色をいくつか気に留めながら、ちょうど広く開けた場所に辿り着いたところでレインコートを脱いで手に持ち変える。
「さて、どんな色になるでしょうか。」
 どの色に染めるかは、ここに来るまでにそれなりに悩んではみた。──雨任せにしてみようか、自分色に染めてみようか。けれど、旅の途中でふと足を止めてしまう時というのは、得てして事前に調べた名所や噂に聞いた穴場よりも、本当に何気ない一瞬の風景だったりもする。だからあえてこれと決めずに、足の向くまま気の向かうまま、その瞬間を留めてみよう!と。今まさに足を止めたこの場所で、ワクワクとした気持ちを乗せながらふぅ、とマリーがレインコートに息を吹きかける。すると、|彩玻璃花《コロラフロル》が色変わりをやめて留めた色は、あざやかな翠緑の彩。湖に映る新緑のような、青に緑を滲ませたような爽やかな色。『思い通り』とはまた違う、描いてないからこその新鮮な出会いは旅に通づるものがあり、マリーが改めて初めましてとレインコートを迎え入れる。
「きっとこのレインコートは、これからの私の旅に素敵な色を添えてくれることでしょうね。」
 船が行き交う水路の美しい街に、暁の空を埋める気球と土壁の世界。国や世界、果ては√まで超えて。マリーの旅の彩りに、また一つ新たな色彩が仲間入りした。

千堂・奏眞
ラフィーニャ・ストライド
ウィルフェベナ・アストリッド

 森の中は、明るく涼やかな場所だった。迷宮と名打っているとは思えないほど空が開けており、雨が降っているのに雲間から溢れる光が燦々と降り注ぐ。木々は伸びやかに緑を育て、それに寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》もたわわと咲き乱れ、踏み固められた道もあっては迷宮というよりも。
「あっちこっちに|彩玻璃花《コロラフロル》があるな。森の迷路というよりは、|彩玻璃花《コロラフロル》の庭園って感じだ」
 ほー、と感心したように眺めていた千堂・奏眞(千変万化の錬金銃士・h00700)が、自身の印象を口にする。確かに敵の気配も薄い開けた森は、どちらかといえば庭園の雰囲気の方が似て感じられる。
「なんて幻想的………!これは、今後も此処に来ないとねっ」
 おかげで安全に楽しめるとわかったラフィーニャ・ストライド(義体サイボーグ・メカニック・h01304)は、存分に雨を受けて色変わる|彩玻璃花《コロラフロル》の景色にすっかり心酔して、早くも来年の再来を心に決めていた。
「年に1度しか来ないとはいえ、通い詰めていれば慣れた光景だな。この彩花の迷宮も」
 打って変わって既に足繁く通ったウィルフェベナ・アストリッド(奇才の錬金術師・h04809)は、2人よりも感動こそ薄い代わりに、浮かべる表情には安心感のようなものが漂っている。
「にしても…………師匠のおススメが雨具っていうのは納得だな」
 くるりと2人の方へ踵を返した奏眞が指を指すのは、ラフィーニャが開いている|彩玻璃花《コロラフロル》の雨傘だ。色留めを施してない傘は森に咲くのと同じく、雨が当たるたびに赤へ青へと美しく色を変えていく。
「色留めしていないと、こんな感じに色が変わっていくのね………」
「そうだろう、そうだろう。移り変わる色合いも、留まり続ける色彩も、どちらも一期一会であり味わいがあるからな。ここに来ると、尚更だな」
 既にいくつも雨具を買い揃えて一家言あるウィルフェベナが、見上げて感動するラフィーニャにうんうんと頷いて見解を述べる。
「うーん、これを楽しみたいからこの傘は色留めしたくないなぁ」
 せっかくだから色が変わる傘はこのままにしたい。でも迷宮まで足を運んだのだから、色留め自体はやってみたい。悩んで唸るラフィーニャを前に、奏眞が的を得たり、とばかりにレインコートのうちから何やらゴソゴソと取り出す。
「そうくるかもと思ってさ。さっき、2人が物色している時にオレも色留め用の刺繡糸を買っておいてよかった」
 そう言って奏眞が手にしたのは、|彩玻璃花《コロラフロル》で作られた刺繍糸だ。勿論色留めはされてないもので、無彩が雨粒に揺れている。
「1ダースでセットになっている奴がちょうど売ってたんだよな。はい、ラフィーと師匠の分もあるぞ」
「って、奏眞。わざわざ用意してくれたの?ありがとう、これで心置きなく色留めができるわっ!」
「おっと、弟子にしては随分と用意が良いな」
 感激するラフィーニャと自身なりの褒め言葉を述べるウィルフェベナがそれぞれ刺繍糸を受け取り、どう染めようかと思案する。
「じゃぁ、早速私の色がどんな感じなのかを見てみようかな」
 最初に試したのはラフィーニャだ。自らの手に雨粒を溜めてから、そっと刺繍色に染み込ませると、淡く滲みながら色が変わっていく。
「あら、優しい感じのオレンジ色なのね」
「へぇ、明るくて元気が出そうな色だな」
「中々いいじゃないか。ちなみに、私の色は紫かがった赤色だ」
 感想を述べた奏眞の横から、ほら、とウィルフェベナが自らの買い求めていた反物を差し出す。すると一部が紫がかった赤に染まっていて、ラフィーニャがなるほど、と頷いた。
「正にって感じね。髪や瞳の色とほぼ同じだからでしょうけど」
「確かに師匠らしい色って感じするな」
「だろう?さて、後はこの反物は私たちの色で染め上げてみよう。|お前《奏眞》の契約精霊たちも参加するといい。こんなにも楽しいことを私ら3人だけでやるのは勿体ないからな」
 そら、とウィルフェベナが広げる反物の無彩に、呼ばれた精霊たちが嬉しそうに触れていく。ゆらめく炎、流れゆく水、雷に風──それぞれの宿した力を思わす色に、まるで花が咲いたように染まるのを見て、奏眞がよかったな、と彼らを見る。
「精霊たち皆も、気になった色があったら言ってくれな。色留め用の刺繡糸は多めに買っておいたからさ」
 そう言って刺繍糸を差し出すと、精霊たちが奏眞に集まって何事かを囁く。
「え、オレの色を見てみたい?」
「あら、リクエストされたら応えないとね」
「そら、反物を染めてみろ。全員の色を乗せるんだからな」
 2人から勧められるままに奏眞が反物に濡れた手を当てると、ふわりと鮮やかに色が変わっていく。それはまるで、見上げた先にあるような──
「──蒼、みたいだな」
 染まったのは、蒼穹の色。手を伸ばして焦がれる空の色に、ラフィーニャがふと優しく目を細める。
「奏眞は…………うん、とてもあなたらしい色だと思うわ」
「そうかな?師匠みたいに髪とか目の色でもないけど」
 自身としては思ってもみなかった色らしく、不思議そうに尋ねる奏眞にラフィーニャがふふ、と笑って言い添える。
「意味がわからないって?いずれ、わかるようになるよ。奏眞は、とても優しいんだから」
「ああ、そうだな。いずれわかるさ。あとは、押し花用に彩花を摘んで色留めでもしよう。バカ弟子の|色《蒼》に染めた、|彩玻璃花《コロラフロル》のな」
 ウィルフェベナもワケを知った風に意味深に、摘んだばかりの|彩玻璃花《コロラフロル》を奏眞の手へと乗せて笑う。2人が何を思ってそうだというのかは、まだ奏眞にはわからなかったけれど。でも、あの美しい|色《蒼》が自身だと言われるのは、なんだか少し──嬉しい気がした。

茶治・レモン
饗庭・ベアトリーチェ・紫苑

 雨降る森は、パッと視界が開けて明るかった。迷宮の中のはずなのに、雨雲の間から溢れるひかりがたっぷりと降り注ぎ、水と陽光を浴びた木々と花草が伸び伸びと広がっていた。その全てに寄り添うようにたわわと咲く|彩玻璃花《コロラフロル》が、雨に露にと色を変えるのだから、まるでイルミネーションのような美しさで、茶治・レモン(魔女代行・h00071)がふわぁ…!と感動に目を輝かせる。
「すごく幻想的ですね。目を奪われて動けなくなってしまいそう…」
「透明な花の森はこれだけでも絵になりますね…はい茶治さん、ポーズ!」
「はっ、ピースピース!」
 並んで景色を見ていた饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(或いは仮に天國也・h05190)からの指示に、景色に見惚れていたレモンもすぐさまダブルピースで応えて画角に入る。隙あらばスマホ撮影を挟みつつ、2人が楽しげに暫しの迷宮散歩を楽しむ。
「茶治さんは色留め、どんな色に挑戦してみます?」
「こういうセンスが問われるの、とても難しく…」
 歩きながらの雑談として紫苑に問われると、花を見上げていたレモンがしょもん、と首を下げる。思わぬ落ち込みにあらら、と紫苑が驚きつつ、参考になるだろうかと自らの染める予定を口にする。
「私は一輪を花弁一枚ずつのグラデーションにしてみたいなと!」
「一輪をグラデーション?器用さんだ…!」
 興味が湧いたのか、パッと顔を上げて瞳の輝きを取り戻したレモンに紫苑がにっこりと微笑みかけ、近くの大輪と咲いた|彩玻璃花《コロラフロル》を一輪摘み取る。レモンが見守る中、花の露を拾ってはひとひらに、空から落ちる雨を他の花弁に、と。丁寧に一枚ずつ色を変えながら染めていき、最後に紫苑がふっと息を吹きかけて色を留める。出来上がったのは、複雑に色の絡み合う一輪。夜の藍色から抜けるような金色の間に、紫や茜に瑠璃を含んだ空の色。紫陽花に近い色を見せながら、そうと言い切るには何処か禍々しさも感じる花姿に、紫苑が出来ました!とレモンに披露する。
「私なりに黄昏時をイメージしてみました!」
「すごいです…!複雑で繊細で…でも引き込まれるような美しさも感じます!これが黄昏…日が暮れる時間の色、なんですね。」
「黄昏時は茜に瑠璃に、中間の紫の時もありますね。たまにマーブル模様の不思議な日もありますよ。」
「そんなに多彩なんですか…!」
 花を前に話を聞いては眩いばかりに反応を返すレモンの姿に、紫苑がつい嬉しくなって自分の見た景色をお裾分け、とばかりに言葉へと変える。
「紫陽花、というには濃くて禍々しいんですが、あの魅入ってしまう”逢魔が時色”が好きなんです…|√汎神《あっち》では日常的な風景でした。」
「√汎神…実は馴染みがないのですが。紫苑さんにとって逢魔が時は、妖しくも美しいものなんですね」
 違う√で生まれ育ったレモンには、自然と色彩に満ちた空は記憶に遠い。けれど花色を前に語る紫苑の姿は『好き』に溢れているようで、焦がれるような興味が湧いてくる。
「良いことが知れました。次に行った時は、僕も逢魔が時の色を体感して参りますね」
「ふふ、体験する時は注意して下さいね。攫われてしまうかもしれませんよ?」
 常は気さくに朗らかに笑う紫苑が、まるで逢魔を降ろしたかのように、ここぞとばかりに妖艶な笑みを浮かべる。その姿にぞくりと背に這う|何か《怖さ》を感じながら、レモンが気をつけます、と背を正した。
「紫苑さんの花は留まりましたが…うーん、僕はどうしましょうか」
「ふふ、悩むのもまた楽しみの一つですよ」
 真似るように|彩玻璃花《コロラフロル》を一輪摘んだはいいものの、結局これといった色が定まらないらしいレモンに、紫苑が応援を述べつつ見守る。アドバイスも考えたが、出会いは一期一会のもの。雨に任せて移ろう色を見るレモンにも、ふとした瞬間ひらめきが宿るかも、とあえて具体的な言葉は添えなかった。すると、ふわりと花が暖かな黄色を湛えて、レモンの瞳が見開かれる。花に手で傘をし、色変わらぬうちにふっと息を吹きかけ留めたなら、いつの間にか迷いは吹き飛んだようで。
「…黄色、うん、良い色です。紫苑さん、僕は黄色とオレンジで、花束にします!」
 決めたなら後は早く、レモンがあちこちから|彩玻璃花《コロラフロル》を摘んでは橙へ、蜂蜜色へと染めていく。最後に束ねたなら、まるでそこに日溜りが佇むかのような華やかなブーケが出来上がり、わぁ!と紫苑の歓声を添えて寿ぐ。
「綺麗…黄色とオレンジ、陽を集めた花束ですね。素敵です!」
「ありがとうございます!見守ってくれたお陰で、悩むのもなんだか楽しかったです」
 互いに空のひかりと染まった花を手に、紫苑が嬉しそうに浮かべた笑みへ、レモンも僅かに瞳を細めて頬へ花を寄せれば、まるで咲ったかのように見えた。

雨夜・氷月

 雨降る迷宮を、傘を差さずにふらりと歩く。しとしとと濡れる心地に、植物もこんな感じだろうか、と重ねながら雨夜・氷月(壊月・h00493)が見つめれば、その先には綻び咲く|彩玻璃花《コロラフロル》があった。木々に添い草花に寄って、雨に喜んでは踊るように色を変えて。傘とはまた違う花姿での色変わりに、ふつりと一輪摘み取ってまじまじと見つめる。
「花はこんなふうに咲いてるんだ。──周りの影響を強く受ける花、かあ」
 雨に濡れた指で突けば、そこから滲むように白に青にと色を変え、雨の雫が跳ねても遊色を浮かべたり赤く染まったり、と見飽きないほどに彩り豊かだ。
「本当に色が変わるんだね」
 へぇ、と感心したように眺めながら、適当なところでふっと息を吹きかけて色留めをする。すると淡い紫から青へのグラデーションで止まって、ちょうど同じく雨の時期に咲く紫陽花を思わせる色になった。
「ふーん、面白いね!他にも試してみようかな」
 必ずしも想像した通りには染まらず、だからこそ思わぬ出会いが巡ってくる。そんな雨や花露に任せた色探しに、氷月が楽しげに踏み出していく。いくつか見比べて、名に準えた氷のような薄青の花を、水辺に筏と散る桜の色を見初めて色留めする。花姿のままのそれをくるりと指先で遊んで、戯れに髪に挿してみるとそれだけで既に職人が作った髪飾りのよう。華やかさがやや男性向きではないかもしれないが。
「ま、俺ならきっと似合うでしょ」
 鏡もないのにふふん、と氷月が自信たっぷりに言いのける。実際長く伸ばした淡い髪に花を添えた姿は、森の迷宮の緑にもよく映えていた。
「さて、花は十分遊んだし…次はこっちだな。俺の彩を留めてやろう」
 散歩と花の色留めを楽しんだ後は、祭りで買い求めたコップを取り出す。どんな色になるかと愉しみに、指先にたっぷりと雨粒を貯める。そうして雫としてコップに落としてみると、透明だった器の色が滲み込むように変わっていく。──誰もが眠りにつく程に深い深い夜の藍に、導くように燈る三日月のいろ。色として染まるだけでなく、印のように浮かぶ月明かりに氷月がはた、と瞳を瞬かせる。
「…ふうん、こういうパターンもあるんだ?」
 己の瞳に似た彩に染まったコップを、興味深くしげしげと眺める。こんな色になったのなら、思いつく贈り先はただ一つ。
「んっふふ、これを|アイツ《腐れ縁》にあげよっと」
 使うたびに瞳を覗き込む心地になりそうな杯を見て、さてあの仏頂面がどんな色に染まるのか──土産を片手に、氷月が楽しみだ、と唇で弧を描いた。

廻里・りり
ベルナデッタ・ドラクロワ

 空の開けた森の中は、迷宮とは思えない程に明るかった。踏み固められた道を、伸びやかな木々の緑を眺めて歩く分には、まるで庭園を巡るかのようで。初めは迷宮だから、とほんのり緊張していた廻里・りり(綴・h01760)も、ベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)が大丈夫そうね、と言い添えたならすぐに楽しげな様子へと切り替わる。
「ふしぎな香りがしますね」
 ふと気になってくんくん、と香りを嗅ぐりりの姿に、ベルナデッタが微笑みながら指で周囲の空気をくるりとかき混ぜるように遊ばせる。
「そういえば色留めの為の香を焚いているって話だったわね。その香りなのかしら」
「そうかもです!お花とも草とも少し違う感じがするから…それと、このお花が|彩玻璃花《コロラフロル》でしょうか?いっぱい咲いています!」
 ちょうど近くの花に寄り添って、たわわと咲いた|彩玻璃花《コロラフロル》を見つけてりりがたたっと歩み寄る。手近な一輪を摘み取ってほら、とベルナデッタへ披露すると、綺麗ね、と笑みを寄せられる。
「さっそくひとつ、葉っぱについている水滴をのせて…きれいな緑色!えっと、次は…ふーっ。」
 ころころと楽しげに動き回って色留めを楽しむりりに、ベルナデッタが見守るように視線を送っていると、雨に濡らしても色の変わらない緑色の|彩玻璃花《コロラフロル》を手に、りりがパッと笑みを向けた。
「見てくださいベルちゃん。ほかのお水で色が変わりません!成功です!」
「ほんと、綺麗に葉の色を映してるわ。」
「ベルちゃんは何色がお好きですか?こんなふうに、いっしょに好きな色を集めた花束を作りましょう!」
「そうね……なんでも好きなので、迷うわね。だからそう…ちょっと手分けして、ときめく色を探してみましょうか?」
 花束のお誘いには快諾しつつ、秘め事を明かすような悪戯っぽさで、ベルナデッタが唇に指を当てて提案を述べる。
「楽しそう…!いいよって言うまで見ちゃだめですよ!」
 勿論とばかりに乗っかるりりに、それでは暫しの別行動、と2人がそれぞれ少しばかり離れていく。まずベルナデッタが求めるのは、淡いピンクの花色。きっとりりは|青い花《瞳の色》を一輪選ぶだろうから、自らの色も並べたいと願ってのこと。然し人の色を宿すには、本人の雫──涙が必要となる。
「でも…ワタシの瞳は涙が出ないから、どうしようかしら。」
 例え瞬くことはあっても、硝子の瞳が潤うことはなく。どうしたものかしらと悩んでいると、ぽた、と雨が頬を掠めてふと思いつく。
「──でも、そうだわ。」
 花を見つめていた瞳を、顔を上げて空へと|移す《写す》。サァァと降り注ぐ雨は見開いた瞳にも届いて、それこそ涙のように露が溜まっていく。それを他へ溢さぬように|彩玻璃花《コロラフロル》へ載せたのなら、薔薇の花めいた美しいピンク色に染まる。そのまま変わらぬうちにとふぅ、と息を吹いて留めれば、花はその色を永遠とする。
「こうして色はとどまってくれるのね。」
 もう雨に翳しても、色の変わらなくなった|彩玻璃花《コロラフロル》を手にベルナデッタが優しく微笑む。そして花束にするのなら、と他の彩も求めて摘み取りに戻っていく。その間に、りりの方もいそいそと色留めを楽しんでいた。
「わっ、この色きれい!ふーっ。…この色かわいい!ふーっ」
 一色を染めたベルナデッタとは打って変わって、ひだまりの黄色を見つけては摘んで息を吹きかけて、自分の瞳によく似た色を見てはふーっと吹きかけて、とあるがままの色を愛でては摘んでいく。
「ベルちゃんの瞳の色!見てくださ…はっだめなんだった!ふーっ」
 綺麗なピンク色を見つけて思わず知らせそうになったけれど、今はまだ秘密作戦の途中。あわわ、と口を塞いで声を潜めた後は、変わらないうちに摘み取って色を留める。
「素敵な色がたくさんすぎて…いっぱい摘んでもいいかな?」
 思わず尋ねるりりに、|彩玻璃花《コロラフロル》が風に揺れるとまるで頷いているように見えて、ありがとう、と小さくお礼を口にしてもう少し摘ませて貰うことにした。
「りり、決まった?」
 そうしてたっぷり色留めを楽しんだところで、ベルナデッタからお伺いの声がかかる。
「はい!たっくさん摘みました!ベルちゃんも…」
「ええ、私もよ。ほら…ふふ、思った通り。あなたの瞳によく似た花がある。」
「…わぁ!とってもすてき!」
 りりの腕の中に、ベルナデッタが摘んだ花も加わって溢れるほどの彩になる。その中に、りりの瞳の青とベルナデッタの瞳のピンクが寄り添うのを見て、お互いが思わず笑みを浮かべる。
「リボンを持ってくればよかったです。そしたらもっとすてきなのに!」
「それなら持ち帰って、レースのリボンを付けるのはどう?」
「レースのリボン!そうしましょう、たのしみですね!」
 花集めも色留めも楽しくて、帰ってからの楽しみもあって。どんな色のリボンにしようかと語り合うふたりの笑顔もまた、花束の彩に負けないほど鮮やかに咲っていた。

レア・ハレクラニ

 花咲く森の迷宮は、ひかりを受けて煌めくようだった。空は大きくひらけていて、雨が降り込むのに雲間からは陽光が溢れ、それを受けた|彩玻璃花《コロラフロル》は楽しそうに色を変える。鮮やかな景色を前に、レア・ハレクラニ(悠久の旅人・h02060)がわぁ!と楽しそうに踏み固められた道へ駆けていく。
「|彩玻璃花《コロラフロル》がいっぱいです!雨で色が変わるの可愛いのです」
 傘を手にくるんと回れば、跳ねた雨粒が花へと落ちる。すると|彩玻璃花《コロラフロル》がまた新しい色合いを見せるのだから、散歩だけでも十分に楽しめそうではある。然し折角ここでしかできないというイベントがあるのだから──
「色留め、レアもやってみたいですね」
 移り変わるのも綺麗だけれど、自分の思った通りに染まってくれるのはもっと興味深い。色留め用の品は手元にないけれど、それも問題はない。
「それならこの|彩玻璃花《コロラフロル》を雨で染めて、世界に一つだけの花束作りをするです!」
 幸い|彩玻璃花《コロラフロル》はあちこちに溢れんばかりに咲いている。レアの腕いっぱいの花束にしたって、迷宮からしたらほんのちょびっと程度だろう。とあれば早速とばかりに花姿のかわいらしいものを選りすぐって、早速染めの作業に取り掛かる。まずは発想を貰うべく、暫し花の赴くままに雨へと当てて色変わりを、珍しそうな視線で見つめる。すると丁度目に止まった一輪が、オレンジから青へ、赤から藍色へと変わっていくのが移って、一つのひらめきが浮かぶ。
「テーマ…空の色の花束にしてみるです?」
 声にしてみるとよりしっくりと来て、そうしよう、と花束にひとずつず雫を落としていく。朝焼けの鮮やかな曙色、どこかに出かけたくなるような空の青。どこか切なさを感じる夕暮れの橙色に、すやすや眠りたくなるような星の浮かぶ深い青色。晴れた日、雨の日、雪の日、深夜、夜明け、夕焼け…と思い浮かぶ色に染めていくと、花束がいつの間にか全て染まっていて、空の思わぬ多彩さにレアが驚いてぱっちり瞳を見開いた。
「こうやって改めて見ると、空の色っていってもいっぱいあるですね。奥が深いのです…」
 良い勉強にもなった、と色鮮やかになった花束に満足げにしていたレアだが、それでは色留めを…と思ったところで、やり方をよく覚えてなかった事に気がつく。
「で、これどうやって色留めるんでしたっけ?…って、あ、また雨に濡れて色が変わっ…!」
 やり方を思い出すよりも雨が落ちてくる方が早く、気づけば空の色たちは悉く逃げてしまっていた。気づいた瞬間はガガーン、と書き文字が浮かびそうに肩を落としたレアが、けれどサクッと素早く立ち直って拳を握る。
「大丈夫なのです。まだまだ時間はあるから、またあの色が出るまでのんびりやるのです…!──もしかしたら、もっといいなと思えるかもしれないですし」
 思った通りに行かなかったことも、次がもっとよくなる期待に変えて。前向きに捉えるレアの笑顔は、青空を思わせるように明るく晴れ渡っていた。

風巻・ラクス
大海原・藍生
ルクレツィア・サーゲイト

「「雨や水が憶えている様々な色」…素敵なフレーズよね。」
 空の開けた迷宮に、降り注ぐ雨を指で遊ばせながら。ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)が空から溢れる水を前に、言葉の意味を重ね見る。
「水って大気を循環して世界中のあらゆる場所を渡り歩く、いわば私の大先輩。」
「確かに水は大気を巡るのです。すべての生き物を潤して、いつかは空へと帰って、そしてまた大地を潤すんですね」
 山から川へ、そして海へ。太陽の温かさで空へと昇り、そしてまた大地へ還る。延々と巡る壮大な輪を想像すると、大海原・藍生(リメンバーミー・h02520)が自然の大きさを実感して感嘆の息を吐く。
「水の循環……私は水が旅人というより、嵐に大海原、そして飲み水と、水がいつも旅人の傍にある印象が強いですね。」
 船団に拾われ育った風巻・ラクス(人間(√マスクド・ヒーロー)の重甲着装者・h00801)にとっては、どこまでも広がる海が、時には何もかもを飲み込む激しさを秘めていることを肌身で知っている。だからこそ凪いだ大海原の美しさも、不安なく飲み干せる水のありがたさも、身に染みるほどに理解している。
「だからこそ色々なものを見て感じて、それを覚えているのかもしれませんが。」
 ──世界を旅をして、旅人に寄り添って。その記憶を留めてくれるなら、どんな色になるのか楽しみだ、と。3人がそれぞれに色留めしたい品を取り出す。初めに色留めに乗り出したのは、藍生だ。
「俺は雨鈴を買ってきたので、これを染めましょう」
 取り出した雨鈴が雨に揺れてチリリン、と鳴るのを聞きながら、藍生が染まる色を待つ。黄色に赤に、と記憶を吸い上げて染まる移ろいを眺めながら、やがて望んだ色に染まった鈴を見て、ふっと息を吹きかける。留めたのは藍色、藍生が瞳に宿すのと同じ深く優しい色合いだ。
「自然のどんな色も心惹かれるんですけど、俺のはやっぱり藍色ですかね。…もう一人の時もみなさんといる時も、泣かないって決めたので」
 涙を封じ込める意味も含めて、自らの目の色を選んで染め上げる。願わくばこれからもずっと、その誓いを守れるようにと涼やかな音に願って。
「これを父さん母さ……家族が喜んでくれるといいんですけど。べそべそと泣いてたら心配かけてしまうのですから」
「きっと大丈夫よ。私もずっと見守ってるんだから!」
「素敵な色です。…雨鈴の色が変わると、音も少し違って聞こえたりするのでしょうか?」
 想いを込めて色留めをした藍生に、ルクレツィアは優しく迎え入れるように言葉を掛け、ラクスは色を褒めつつちょっぴり好奇心を滲ませる。そうして次は私ね、とルクレツィアが雨の中へと躍り出た。
「ねぇ、雨となった水達よ。貴方が見た見果てぬ『世界の果て』の空はどんな色だった?」
 |彩玻璃花《コロラフロル》のレインコートを纏い、雨の元にくるりと回って見せる姿は風のように自由で、楽しげで。それに呼応するように何処までも突き抜けるような晴れた青の、そしてルクレツィア自身が瞳に宿す鮮やかな空色にレインコートが染まったのなら、『留まれ』と願い、フッと息を吹きかけ現世へ縫い止める。
「『|世界の果ての空色≪めざすべきモノ≫』、確かに受け取ったわ!」
「ルクレツィアさんが世界の果ての色が掴まえられて良かった」
「ルーシィさんの目指す場所はこんな色彩なんですね……確かめる時が楽しみです」
 いつか辿り着く果てに待つのが、果たして同じ色なのかは分からない。けれどそれすら確かめに行く喜びへと変えて、ルクレツィアが2人の寄せる感想にありがとう!と笑みを返す。
「そういえば、ラクスさんは何を色留めするんでしょう?」
「確かに聞いてなかったわ!街で透明なもの買ってたかしら?」
「いえ、私はお香を買っていたので、これは染めれないでしょう。代わりに|彩玻璃花《コロラフロル》を摘んで色を留めて見たいと思いますー。」
 そう言うとラクスがそそくさと近くの花を二輪ほど摘み取って、雨に濡れた指で触れてからふっと息を吹きかける。これと決めた色ではなく、ある程度花まかせ運任せ、のつもりだったが、花の染まった色を見てラクスが驚いたようにぱちりと瞬く。
「これは……空色と藍色……お二人と一緒なのが嬉しくて、今の私はお二人の色に染まってしまっているみたいですねー。」
「わぁ、俺も嬉しいです。でもそれなら…」
「ええ、一輪足りないわね!」
 ちら、と視線を合わせた藍生とルクレツィアが、|彩玻璃花《コロラフロル》をもう一輪摘み取ってふっと息を吹きかけ色を留める。そうして染め上げたのは、鮮かな紫色。空色に藍色に紫色、それぞれの瞳を写した花が寄り添って華やぐ姿を、3人が嬉しそうに微笑み合いながら暫し見つめていた。

鴛海・ラズリ
千木良・玖音

 雨の降る迷宮に、|彩玻璃花《コロラフロル》が咲き乱れる。森の中ながら空は開け、雨が降るのに雲間からはひかりが溢れ。伸び伸びと育った木々や花草に寄り添ってたわわと花姿を見せる|彩玻璃花《コロラフロル》は、雨雫に花梅雨にと、鮮やかに色を変えていく。見上げる瞳にふわりと移ろう花を宿して、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)が指先を雨に遊ばせる。
「綺麗ね…見蕩れて迷ってしまいそう。」
「でも、きっと迷っても|彩玻璃花《コロラフロル》が出口を教えてくれそうな気がするの」
 甘やかな花色を纏いながら、大輪の|彩玻璃花《コロラフロル》を見ては歩み寄って、見たことのない大樹を前に感嘆をあげて。ひたすら楽し気な様子の千木良・玖音(九契・h01131)が、ラズリにきっと大丈夫、というように告げる。
「ふふ、そうかも。それに色留めをしないまま、迷子にはなれないのよ」
「そうです!色留め出来るの、楽しみです!」
「……じゃあ、まず私は如雨露から始めてみようかな」
「なら私はポーチを…!」
 パッと目を輝かせて腰につけていたポーチを掲げる玖音に、ラズリも笑みを深めて祭りで手に入れた如雨露を取り出す。
「えっと、やり方は確か…雨とか露に濡らして…」
「染まってほしい色になったら、そっと息を吹きかけ『留まって』と願うのよ」
 やり方を思い返して呟く玖音に、ラズリがそっと言い添える。そうして暫し思う色を求めて2人が雨の中、くるくると踊るように雫と遊ぶ。やがてハッと目に止まった彩に、留まれと願いを込めるように息を吹きかけると、滲み込むように|彩玻璃花《コロラフロル》が染まっていく。ラズリの手にした如雨露は、そらに浮かぶ星の光のように、花文様を浮かべたいろ。星の雨を降らせ、花咲く願いを聞き届けてくれるような彩を留めて。玖音のポーチは、春から冬までの柔らかな彩り。深々と積もるまっさらな白に、春の風を感じる暖かな白が、雪結晶めいた輝きを宿して移り変わる。上手く留められたと互いに見せ合えば、目にする新しい色に心が浮き立つようだった。それぞれの品を染め終わったら、次はとっておきの──お揃いのブレスレット。まだ透明なままの|彩玻璃花《コロラフロル》を、花姿そのままに生かした腕輪を手にして、お互いの色に染めよう、と決めていたのだ。伸ばした手に雨の雫をためて、触れた瞬間に一緒にせーの、で色留めの息を吹きかける。──わたしの色を教えてほしい。そう願うようにふっ、と優しく留めたのなら、|彩玻璃花《コロラフロル》も嬉しそうに染めた色をお披露目する。ラズリの花は、ペールブルー。ネモフィラ、勿忘草、紫陽花の青。柔らかな花の水色に、時折ひかりにきらめくのは囁くような星の銀色。玖音の花は、鴇色に。カルミア、桜、紫陽花のピンク。暖かに花開く彩に、ふわりと香る様に滲むのは陽の光ような金色。留めた色をドキドキしながら見せあったなら、星が瞬くようにふたりが瞳をぱちりと見開いて。
「すごい、綺麗な色に染まったわ…!」
「どっちも綺麗だし、なんだか対みたいな色になったの!」
 青と銀、桜と金。同じ花姿を染めたブレスレットは、それこそ元々合わせて売られていたかのように綺麗な対の色合いで。約束していた交換が、一層嬉しい気持ちに染まっていく。
「ありがとうや、これからの楽しみや、私の想いをたくさん込めました!どうぞもらってください!」
「私も、玖音への感謝と嬉しいの想いをいっぱい詰め込んだのよ。受け取ってね」
 差し出して、受け取って。相手の彩を纏ったブレスレットを腕にするりとはめれば、花と綻ぶ笑みが咲く。
「えへへ、玖音と、いっしょ!大事な花が増えたのよ」
「ラズリおねえさんと一緒!今ね、すごく心がぽかぽかするの!」
 ブレスレットを嵌めた手を繋いで、喜びを伝え合う。染まった|彩玻璃花《コロラフロル》のきらきらから、目が離せなくて。玖音の素直な気持ちをつ合える言葉に、何もない空っぽだったにんぎょうが、ひとつ、またひとつ染まって色を得ていく喜びにふわりと微笑みを浮かべる。
「本当に、有難う玖音。一緒に来れて良かったのよ」
 ラズリからの、心のうちからの感謝を聞いた玖音も嬉しくて、めいっぱいの笑顔が花開く。重ねた想い出は、色留めたポーチの中へと大事に仕舞って。きっとこれからも、溢れるくらいに増えていくんだと想像すれば、ぎゅうっと抱きしめる腕の中は、花が芽吹く春のように暖かかった。

道明・玻縷霞
逝名井・大洋

「大洋さんは、ドラゴンファンタジーは初めてでしたか」
 しとしとと雨の降る迷宮に、静かな声がひとつ落ちる。森の中なのに空は見上げるほどに開けていて、雨雲の合間から溢れるひかりは眩しいほどに。踏み固められた道を、花見がてらに歩けばもはや散歩の穏やかさだ。だからだろうか、道すがらふと浮かんだ道明・玻縷霞(黒狗・h01642)からの問いに、逝名井・大洋(TRIGGER CHAMPLOO・h01867)がニカっと笑みを浮かべて答える。
「そうなんですよ!おかげで興味が尽きないです」
「私は何度か訪れたことはあるのですが、この√は不思議なものが多いように思います」
「へー…確かにこの花とか、不思議そのものですよね」
 玻縷霞の言葉を受けて、大洋が近くに咲いていた|彩玻璃花《コロラフロル》をチョン、と突いてみる。すると指先の雨雫に反応したのか、透明だった花弁が青く色変わるのを見て、どういう原理なんだろう、と首を傾げる。香の焚かれた迷宮に、雨で色の変わる透明な花、のちに待っているという夜の祝福──確かに興味深い謎に溢れてはいたが、今の所最も大洋が関心を寄せるのは目の前の玻縷霞のこと、だったりする。
「雨もそこまで強くないので、傘は差さなくて良さそうですね」
「そうです、ね………ってあれ、もしかして」
「? どうかしましたか?」
「いやっ、なんでも…!」
 咄嗟に誤魔化したものの、無手の方が咄嗟の時に銃を抜きやすい、と傘なしを選んだ為に、相合傘を出来る千載一遇のチャンスを逃したのでは…と大洋がぐぬぬ、とひっそり唇を噛み締める。
「雨のにおいは好きです。においが雨で流されて、草花や土を感じるのが好ましいのでは…と思うのですが。」
 けれどそれも、匂いの好みを語って薄く笑う玻縷霞を前にすれば、大洋の表情がたちまち見惚れる視線へと早替わりする。ちょうどその時、雨で崩れた玻縷霞の髪からポタポタと雫が垂れるのを見て、大洋が懐からハンカチを取り出そうとして、はたと思い出した。
「……大洋さん?どうしましたか?」
「ねぇねぇルカさん!ボクが持ってるこの無地のハンカチを染めてみません?」
 そう言って大洋が差し出すのは、ここに来る前こっそり買い求めていた|彩玻璃花《コロラフロル》のハンカチだ。色留め前の無彩のもので、この香が焚かれた迷宮でなら好きな|色《人》に染められるという。大洋が軽く説明すると、玻縷霞がふむ、と顎に指を当てつつ納得をする。
「ハンカチを……なるほど、普段使うものを染めるのですね」
 良いですね、と同意を得られたのなら早速とばかりに、大洋が手にしたハンカチで玻縷霞の頬を、そして輪郭をそうっと撫でていく。するとたちまち柔く波紋を描いて拡がるのは、彼の眸を写し取ったかのような深いブルー。透明から青へと色変わる様子に、2人がパチリと目を瞬かせながら見入って。
「私の瞳の色の様です、これは興味深い」
「すっっ…ごい綺麗ですね。」
 染まった色に、大洋の脳裏によぎるのはいつかの桜の下、大雨の日のこと。今日よりずうっと降り注ぐ中、想いをぶつけ合った記憶が鮮明に蘇れば、|彩玻璃花《コロラフロル》がそれを読み取るようにして花びらの跡をハンカチに残す。|彩玻璃花《コロラフロル》にも、桜の花弁にも似たその形は、どこかハートマークのようにも見えて。そのまま色の変わらぬうちに、大洋がふっと息を吹きかけて色留めをしたなら、玻縷霞の瞳の色も花びらの跡も、永遠に縫い止められる。
「では、私も。…よろしいですか?」
「もちろん!どーぞ。」
 色留め終えたのを見てスッと覗き込んで来る玻縷霞に、ぐっと顔を寄せて大洋が目を瞑る。それが端から見ればどう映るか──は、残念ながら2人しかいない場では分からず仕舞いだが。髪と頬をそつなく拭った玻縷霞のハンカチも、水に揺れるようにして色を変えていく。夕暮れのような赤色は、やはり大洋の瞳を思わせる色。そして息を吹きかけ色を留めても、ゆらゆらと波紋の揺れを残したまま。
「ルカさんのハンカチは…どうなりました?」
「美しい赤色に染まりました。それから……波紋でしょうか?今の雨を映しているようですね」
「本当だ。…また、雨の日に思い出が増えましたね」
 桜の元に、迷宮の|彩玻璃花《コロラフロル》に。花と雨にに結えた絆を、また一つ重ねて。きっとハンカチを取り出す時には、今日を想って笑みが浮かぶのだろうと思うと、なんだか帰ってからも楽しみな気がした。

渡瀬・香月

 見上げる空は、雨雲に覆われていてなお明るかった。雲間から陽光が溢れて開けた森の中へ降り注ぐ姿は、まるで晴れ空の下のよう。そこにサァァ、と雨が降り注いで、透明な|彩玻璃花《コロラフロル》を赤へ青へ、と鮮やかに踊らせる。美しい風景を前に、渡瀬・香月(ギメル・h01183)がほんの少し傘から顔を出すと、鼻の上をぴっちょん、と雫が跳ねて思わず笑ってしまう。
「雨が降った時の匂いをペトリコールっていうんだっけ。」
 試しにすん、と嗅ぎ取ってみると、土草から立ち上るようなどこか懐かしい匂いが鼻を掠める。加えて色留めの為に焚きしめられた仄かな香木めいた香りも相待って、不思議なような落ち着くような、そんな心地が肺を満たす。
「俺、次から雨降った時はなんとなくこの迷宮のお香の香りを思い出しちゃいそう。」
 ──香りには、情景や記憶を呼び覚ます力があるという。他の何物にも例えがたく、けれど嗅げばすぐに雨の訪れがわかる。そんなペトリコールの記憶は、香月にとってきっと此処を思い起こすことになる予感がした。
「同じ香りの香水とか売ってないかなぁ、後で探してみよう。」
 街ではペトリコールの香は名物の一つになっている。戻ったのならすぐさま見つけられるだろうが、今は折角訪れた迷宮を目一杯に楽しむつもりで歩いていく。買ったばかりの傘を指して、ころころ色が変わるのを眺めながら、伸びやかに育った木々や草花を眺めての散歩は目の潤う時間だった。何よりたわわと咲き乱れる|彩玻璃花《コロラフロル》は、雨に合わせてあらゆる色を見せてくれるから、次はどんな色にと思えば見飽きることもない。そしてふと傘に雨が跳ねるのを見て、思うのは。
「この雨の水滴を模様にした色留めが出来ればいいんだけど…うーん、何事もモノは試し、かな」
 雨粒に遊ぶ姿をじっと見つめて、『このまま留まりますように』、と願いをかけてふっと息を吹きかける。すると|彩玻璃花《コロラフロル》がまるで聞き届けたように、淡い水色に水滴が浮かぶ彩を留めたので、香月がやった、と小さくガッツポーズを取った。透明度を残した傘越しに見る雨は、ひとつひとつが周りの色を反射して淡い虹色に輝いて見える。
「…帰ったら、色とりどりのゼリーを使ったゼリーポンチでも作ろうかな。」
 目にした彩りを、料理に昇華させてしまうのは性分だな、と思わず自分に笑ってしまう。けれどまだ少し若いオレンジの酸味を活かして、苺は小粒のモノを実ごと使って…と、考えいくときの手慣れた感覚は大好きで。工夫と想像を重ねて出来上がったデザートは、きっと。
「|彩玻璃花《コロラフロル》みたいで、綺麗だろうな。」
 帰ってからの楽しみをひとつ増やして、香月が水溜りをパチャリ、と踏みわたっていった。

セレネ・デルフィ
椿紅・玲空

──雲間からひかりが溢れる天気を、天使の梯子と呼んだのは誰だったんだろう。

 花咲く迷宮の中、雨雲の隙間から指す陽光を浴びるセレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)の姿を見て、椿紅・玲空(白華海棠・h01316)が言い得て妙だと密かに納得する。確かに今し方、天から降りてきたと言われても信じそうな姿を眺めていた玲空に、視線に気づいたセレネががふ、と目を細めて花を指す。
「|彩玻璃花《コロラフロル》…こんなふうに咲いているのですね」
「もっと花畑っぽいのかと思っていたが、違ったな」
 すん、と匂いを嗅げばあたりに広がるのは香めいた香り。自然の草木や花の香りにスッと紛れ込むような、香木を焚き染めた風の不思議な薫りが、おそらくは色留めのための秘伝の香なのだろう。時折香番と思しき竜人の姿も見える。生花は色留めされないらしく、雨にころころ色を変えるのを見るセレネは、驚いたり喜んだりと忙しない。
「えっと…確かお花を摘んで…わ、すごい…!見てください、お花が万華鏡みたいに…!」
 何輪かを摘み取って腕のうちに抱え、なおも雨に晒され様々な彩へと変わる。そんな|彩玻璃花《コロラフロル》の様子に瞳を輝かせて玲空へと見せようと歩み寄る姿が、あんまり無邪気なだから。
「ああ、本当に。くるくる変わる彩がセレネみたいだ。然し万華鏡、か。確かによく似ているな。」
 玲空がつい花とセレネを見比べて、くすくすと笑い声を上げる。そして色踊り光跳ねる彩花を改めて目の前にして、思いつきをぽつりと口にする。
「色留めた|彩玻璃花《コロラフロル》をサンキャッチャーにしようかな。セレネはどうするんだ?」
「私は…花そのままで花束にしようかと。後にアクセサリとかにできないかな」
 ガラスのようにも生まれ変われる|彩玻璃花《コロラフロル》なら、色留めした花を加工する術はあるだろう、と。カタチは後ほどの決め事として、ひとまず玲空はサンキャッチャーを、セレネは花束を色留めすることに話がまとまった。先に色留めに手を伸ばすのは、玲空から。留める色は何にと考えて、浮かぶのは“|玲空《私》”が出会って見た、みんなの色。手招く可惜夜の牡丹一華、寄り添う春の夜明け穹、柔らかに咲う星空の瑠璃唐草、そして目の前の玻璃と白揺らぐ紫陽花。ひとりひとつ、思い浮かべながら花に触れては染めて、最後にふっと息を吹きかけ色を永遠と留める。。そうして生まれた色とりどりの|彩玻璃花《コロラフロル》を数輪ずつ連ね、ぶら下げれば千紫万紅の光が跳ね踊るサンキャッチャーが出来上がり、玲空が満足そうに笑みを浮かべた。続くセレネも自らの肌に雨を伝わせ、溜まった雫を花へと溢し、試しとばかりに息を吹きかけ色留めをしてみる。
「…!本当に色が変わらなくなりました」
 あれほど赤に青にと忙しなく色を変えていた|彩玻璃花《コロラフロル》が、雨に触れても変わらぬまま。まるで眠れぬ日に見上げた月夜のような色を讃えて、露に濡れていた。そのまま一つ、もう一つ、と。肌伝う雨を花へと託していくと、遠く見果てぬ蒼天に、夜の訪れを告げる淡い紫昏に、と。どれも空の移ろいを宿した色に染まっていって、セレネが不思議そうに首を傾げる。今の空色とは違う彩が宿ったのなら、それは。
「この空もまた…私の一部…?」
 今は問うても思い出せないけれど、もしうちに宿る色がこんなにも美しいのなら、少し嬉しい気がして、セレネがやわく花束を抱き止める。
「セレネ、色留めは出来たか?」
「はい、今しがた。椿紅さんも出来ましたか?」
「ん、完成だ。賑やかな光景で、みんなみたいだろう?」
「…とても綺麗。確かに、なんだか皆さんの顔が浮かぶようで」
「セレネの花束も、すごく綺麗だ」
「ありがとうございます。どうしてこの色に、かはわからないこともありますが」
「そうか…それでも、優しい記憶は増えたか?」
 移ろう花束に触れて、玲空が静かな問いを投げかける。その落ち着いた声音に、セレネが思い返すのは──花と並び、微笑んで。皆の顔を思い浮かべる、優しい玲空の横顔。
「はい。あなたとの素敵な思い出が一つ、今ここに」
 掴めないものがあったとしても、今日を共に過ごした嬉しさは──きっと、花色とともに、縫い留められたから。

ユナ・フォーティア
エアリィ・ウィンディア

「空を仰ぎ見れる構造のダンジョンって斬新だね!雨音も心地いいね♪」
 ぱちゃぱちゃと、水溜りを跳ねて飛び越えながら、ユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)が空を見上げる。森の中の迷宮と言われれば、誰もが鬱蒼と暗く茂る場所を想像するだろう。然しここはパッと抜けるように空がひらけていて、雨も降り続いているのに雲間から溢れる光は晴天と変わらないほどに明るい。
「迷宮っていうよりお庭っぽいよね。花もたくさん咲いてて…」
 エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)も花に空にと景色を楽しみつつ、ユナの後ろをついていく。手にした傘は雨に降られ、赤に青にと色を変えていて、このあとの色留めを心待ちにしているかのようにも見える。
「えっと、ここで色留めができるんだよね?」
「そう!ダンジョンにある竜族秘伝の香を纏った者が、摘み取るか加工された彩玻璃花に『留まれ』と願い息を吹きかける…それが【色留め】になるんだね!」
「へぇ、確かに不思議な香り…。これが色留めっていうのに必要なんだ…。」
 ユナの説明を受けて、感心したエアリィがスゥ、と深呼吸をする。鼻をくすぐる花とも草ともつかない香りは、香木を焚く古びた落ち着きを纏いつつ、迷宮をくまなく覆うようだった。これなら息をかけるだけで色留めできるだろうとわかると、次に浮かぶのはどんな色にしようか、という悩み。
「ん-、どんな色がいいかなぁ。ユナさんはもう決めてる?」
「んー…ユナは虹のかかった空から降る雨粒、かな」
 ふと目を閉じて眼裏に見るのは、ご主人様と共に見上げたあの雨空──それはユナが初めて大空を飛べるようになった、歓喜の瞬間でもあった。全身を撫でる風を切って、顔を打つ雨粒すら心地よくて。そんな喜びに満ちた記憶を色にして留めたい、と。無色透明の傘を持ちながらユナが静かに願い、そしてふっと優しく息を吹きかける。するとたちまち虹の遊色を纏った淡い青へと色を留めた傘が、雨の元で嬉しそうにキラキラと光を帯びる。
「…ユナはどんな色に染まったかな?綺麗かな?」
「うん、すっごく綺麗…!これがユナさんの留めておきたい色、なんだね」
 そっと瞳を開けながら尋ねるユナに、エアリィが力強く頷いて応える。改めて染まった色を目にしたユナも、あの日を重ねた色に満足そうに笑顔を浮かべた。
「エアリィ氏はどんな色にしたいのかな?」
「あたしは、茜空から降りてくる雨、そして、明るい光のカーテンから覗く、小雨のしとしとと肌に当たる雨粒…それらを留めておきたいかなー。」
 エアリィが思い出すその二つの景色は、お母さんと手を繋いで見た雨空の記憶。幼い頃の温もりを、遠く懐かしい風景を引き出しながら、エアリィが傘を見上げてポツリと呟く。
「んー…。祈ればいいのかなぁ…。」
 ただ留めたい色と思いだけを心に残し、祈るようにして傘へふっと息を吹き掛ければ、エアリィの傘も思い出を縫い止めるように色を変えていく。茜空の赤から、薄衣の向こうに輝く雨粒模様。
「…素敵な色になったかな?」
「とーっても⭐︎なんだかユナまで懐かしい気分になっちゃった」
「やった!じゃあせっかくだから、二つ並べて写真撮ろ♪きっと映えるよー♪」
「良いね!記念撮影だね!絶対映えるよ★」
 撮影となればお互いにスチャッと素早くスマホを構えて、傘を指しての記念撮影に。パシャリ、と撮ればすぐにも画面でチェックは欠かさずに。
「きれいー♪色も角度もバッチリ!」
「えへへ、最高な二人の記念撮影だね♡」
二色の傘に、笑顔の花が2人咲って添えば──最高に映える思い出の写真が、新しい1ページとして記録された。

ネム・レム

 森の中は、光と色に満ちていた。迷宮というのに空は開けていて、雨が降るのに雲間からは陽光が降り注ぎ。木々や草花に寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》は雨を喜ぶようにころころと色を変えて、傘の色も同じく鮮やかに移ろうのをネム・レム(うつろぎ・h02004)がふ、と瞳を細めて見つめていた。
「ご機嫌さんやねぇ」
 連れるハニーもレインコートを纏って嬉しそうにわふわふと駆け回り、その度にキラキラ色が変わっていく。その様子があまりにも楽しそうで、つい釣られるように自分の分の傘も買ってみたけれど。
「…うん、やっぱええなぁ」
 見上げるたびに、瞳に映る彩りは変わっていく。万華鏡みたいな、花火みたいな、一つとして同じ色はない刹那。瞬きひとつさえ惜しくなってしまいそうな、その一瞬だけの色彩と雨音。掴めないはずのきらめきを、傘の形で持ち歩いてると思うと、なんだか贅沢な気もして。暫し見惚れていたら、わふ!と声がかかってハニーに視線を向ける。ネムの前で、くるくると回って見せるのは、きっと。
「ふふ、お揃いやねぇ」
 ネムが笑みを咲かせてそう口にすると、まさに欲しかった言葉のようで、ハニーが雨雫と共にぴょんと嬉しそうにはねた。このまま色が変わり続けるのを楽しむのも素敵ではあるが、正直迷宮まで足を運んだのだから色留めをしたい気持ちもある。
「やけど…せっかくやから色留めしてみよか。ハニーはどないする…?」
 悩む心に耳を傾け暫し、ネムは色留めをする方に決めた。ハニーのレインコートは、と思って尋ねてみると、全身をぶるん!と震わせた。恐らく首を横に振る動作の全身バージョン、といった感じらしく。
「そのままがええの?そうか、そうか。ほんならネムちゃんの傘だけしよか」
 意図を読み取ったネムが頷いて、色留めは傘だけに施すことにした。さてそうしたらどんな色を留めよう、と思案に耽っていると、またもやハニーからわふん!とお呼びがかかる。
「…ふふ、ハニーがやりたいん?ええよ、ええよ。やってごらん」
 前足を掻く仕草に、しゃがんでみると傘に仕切りと触れたがるのをみて、ネムがくすりと微笑みを浮かべる。
「おまえさまの想う彩はなんやろねぇ」
 悩むも楽しく、任せるのもまた一興。傍らの子がどんな色を見せてくれるのだろう、と見守るようにしてネムが眺めていると、ハニーが先ほどまでの楽しげな様子から一点、キリリと真剣な表情(※ハニー比)を浮かべる。ぽつりぽつりと雨に遊んで変わる色を見極めて、これだ!とわふっ、と吠えたなら、吹き出た息が傘にかかって──一瞬の彩を、永遠にする。留めたそれは、真白に花咲くような模様。花火に例えた色彩を、ハニーの色にそっとしまい込んだような。賑やかだけどどこかホッとする出来栄えに、ネムが感嘆の息を吐く。
「…ほお、ええ彩に咲いたなぁ。ハニーとネムちゃんだけの特別な色、やね」
 花と咲いた傘を前に、褒められたハニーが嬉しそうにわふっ!と一声鳴いて見せた。

御埜森・華夜
汀羽・白露

「──ねぇねぇ白ちゃんこれ、俺のために染めて」
 森の迷宮に踏み入ってすぐのこと、御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)が口にしたのはそんなおねだりだった。

 空の開けた森は雨が降るのに明るくて、雨と陽光を浴びた木々が伸びやかに育っている。それに寄り添う|彩玻璃花《コロラフロル》も鮮やかに色を変えて、華夜が並べばよく似ている──と汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)がひっそり眺めていたのを、問いかけに顔をあげてやわく微笑む。
「構わないが…店にでも飾るのか?」
「ねぇねぇお願い!3日くらいいい子にするから!」
 用途についての質問は勢いで流してみたものの、何だかんだと華夜に甘い白露はねだる様子に相変わらず可愛いな、とだけ思ってあっさり誤魔化されてしまう。──本当は店に飾るなんて建前で、|自分《華夜》だけの部屋に飾ろうって秘密で決めてた。けれどそれを白露に教えるつもりはない。独り占めしたいから──なんて、伝えるにはあまりに気恥ずかしくて、絶対に言わないと華夜が口を押さえながらぎゅう、と白露の腕にしがみつく。
「というか3日くらいって…短すぎるだろう。…仕方ないな、染めるのは構わないが…後で色に文句言うなよ?」
 握る華夜の手をポンポン、と撫でて白露が仕方なさそうに承諾を告げる。内心は強請られたことが嬉しくて喜んで、と答えたいほどなのは隠しつつ。その辺りの機微は察しないまま、良い返事をもらえたことに喜んで華夜がパッと笑みを浮かべた。
「ペンダントは後で染めるにして、他のものは染めないのか?」
「んー他はいいかなー。雨鈴もレインコートも傘も、ころころ変わるのたのしいし」
 染めてもらえる、とわかってからはご機嫌な様子で森の中を散歩へと切り替えて。うきうき先を行く華夜を、白露がゆっくり追う形で進んでいく。紫陽花に、菖蒲に、梔子。雨を好む花々を縫うように|彩玻璃花《コロラフロル》がたわわと咲いて、透明な元の色を忘れたように花に雨にと染まっていく。途中大きな水溜りに差し掛かった時、ん、と甘えたように手を伸ばす華夜に、白露が笑みを浮かべてその手をとる。そのまま手を引かれて歩いていけば、ふと鼻歌混じりに歩く今の華夜の姿に、昔の華夜の姿が重なって、眩そうに白露が目を細める。
(…あの頃から、この手に引かれていたな…)
 繋いだ手の温かさ、線の細い背中を追いかける景色。変わったのは視線の高さくらいで、今も何も変わらない気がする。それを変わらず隣に居られているととるか、いつまでも不完全なままと取るかは難しいけれど。それでもこうして姿を見れば、どうしようもなく幸せな心地がするのだから、今は深く掘り下げずに繋いだ手のまま着いて行く。そうして暫く軽やかなスキップで進んでいた華夜が、突然ぴたりと足を止めたのは、糸みたいな細い雨の降り注ぐ場所。
「きらきら。きれいだね、」
「…ああ、綺麗だ」
 絹糸のように細くきらめいて降る雨に、華夜が手を伸ばして見上げる。白く淡く微笑む華夜の姿に、景色以上に『綺麗』だと込めて告げたことは秘めたまま、白露が甘く瞳を細めて見つめる。けれど楽しげだった華夜の顔から、少しずつ|表情《色》が抜け落ちていくのをみて、白露が不安げに眉間を寄せる。
「──なんだかぼぅっとする。もやもや変な気持ち。…なぁにこれ…?」
「…かや、どうした?」
 いつもの口調ながら、どこかふわふわと捉え所がない声音。雨雲を映す華夜の瞳は、白に僅かな灰を落として染まっている。異変に気づいた白露が真剣に尋ねても、華夜の瞳はぼんやり空に向けられたまま。はしゃいでいても何処か儚さの漂う華夜の姿が今は、雲間から差す|明るい陽光《天使の梯子》に、吸い上げられてしまいそうなほどにか細く写る。
「『この日』に大事な何かがなくなって、けど大事な何かを見つけた…よう、な?」
 ここにいながら、華夜が口にするのは昔日のこと。そしてこの日、と聞いて白露が記憶に思い起こすのは、出会った瞬間のことしかない。
「大事な何か…?もしや、かやと俺が出逢ったときのことか…?」
「あっれ?なんだっけ…ねぇ白ちゃん、なんだっけ」
「かや、落ち着いて…!」
「なんか、…ええっと、んーー…うー、思い出せない。んもー、あとちょっとなのに!」
 ふわりと彼方をみていた華夜の瞳が、雨の湿度を帯びたようにみるみる潤んで今へと引き戻される。そしてようやく不安そうに見守っていた白露の姿を映すと、たちまち込み上げる寂しさのまま、勢いをつけて抱きしめる。
「──っ…!?」
 突然のことに白露が驚きながらも、華夜の震える背を見れば抱きしめるより他になく。雨に冷えた体を少しでも温めようと、懐深く迎え入れて背を撫でる。
「かや、もしかしてあの日のことを…?」
「…わかんない、全部ふわっーとしてて……なんもわかんないよぅ」
「…思い出せなくてむず痒いのが分かるが、無理することはない。ゆっくりで良いんだ。かやのペースでな」
 空いてもいないはずの|胸の穴《心臓》を、華夜が服の上から押さえつける。──いや、あぁ、うん。無いんだ、と。拍打つ筈の胸が静かなのを掻き消すように、雨音と白露の声を手繰り寄せて華夜が耳を塞ぐ。
「はくちゃん、ぎゅってして。いっぱい、もっと…もっとぎゅってして」
「…分かった。かやが落ち着くまでずっと抱きしめていよう」 
 ぐりぐりと頭を振って擦り付ける華夜の首に、さらりと白い髪がこぼれる。細くて、やわくて、『繊細』で。こんなときの華夜の姿はどこか消えてしまいそうで、白露としては望まれればなんでも応えてやりたくなる。だからぎゅっとされているとわかるように、それでも壊してしまわないようにほんの少し加減をして、白露が華夜を抱きしめて頭を撫でてやる。そうしつ触れてくれる手のひらの暖かさは心地いいのに、どうしてかむずむずするくらい寂しくて、泣いてしまいそうで。華夜が滲む涙をぐしぐしと白露の袖口で拭うと、服の持ち主からお咎めの声が飛ぶ。
「──って、俺の服で拭くな…!」
「いーの!俺は今せんちめんたるだから!」
 静止の声もなんのそので涙を拭っていると、零れ落ちたふた粒が、色留めするつもりで持っていた揃いのペンダントに落ちる。華夜の涙に染まって、ひとつは華夜の纏う空気によく似た淡い桜色に。もうひとつは──白露の瞳を思わせる、若葉めいた色に。
「あ、染まっちゃった…でもきれーな色になった?んふぅ、ちょっと俺と白ちゃんぽいね。」
「…ああ、美しい色になったな」
「ねね、白ちゃんつーけーてっ!俺のこっちね!」
「ああ、分かった…って、かや。頼むから大人しくしてくれ…!」
 背を向けてネックレスをつけるようねだる華夜に、白露が小言を述べつつするり、と首にチェーンを這わせる。──自らの溢したものではなく、華夜の涙で染められた|芽吹く緑の色《白露の色》。そこに、どこまでも深い無自覚な愛を感じられて、胸の裡で歓喜を覚えながらゆっくりとつけてやる。もう片方の|春告げの桜色《華夜の色》は、白露が自らの服へと飾り付け、互いに互いの色を纏い合う姿にまた一つ笑みを深めた。最後に華夜から手渡されたサンキャッチャーを、頭上に掲げるようにして白露が雨粒を戴く。── どうか、君に末永く幸いがあるように。そう願いを込めてふっと息を吹きかけたのなら、緑のグラデーションに染まり煌めく彩を、華夜の手をとって捧げる。受け取る華夜が、きれい、とはしゃぎ笑う姿を、白露が見つめて微笑んで。重ねた手のひらに、またひとつ思い出の加わることが嬉しくて

──森の中、無彩を|あなた《わたし》に染め上げて。咲うきみの姿をきっと、ずっと憶えていたいと想うんだ。

黛・巳理
泉・海瑠

──雨の降る迷宮に、しゅるり、とリボンを解く音が落ちる。

 |彩玻璃花《コロラフロル》の咲き乱れる風景に、共に暫し見入った後のこと。色留めのためにと祭りで買い求めた万年筆を紐解こうと、黛・巳理(深潭・h02486)が懐からリボンのかけられた箱を取り出す。深い緑色のリボンに僅かに目元が和らぐのをみて、泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)がひっそり喜んだのも無理はない。自らの分の万年筆を取り出せば、そこには巳理を思わす藍色をしたリボンがかけられているのだから、つい隠せないほどに顔が緩んでしまう。きれいに掛けられた包装を解くのは勿体無いけれど、取り出すために仕方ない、としゅるり引っ張れば、手元にはリボンが残される。
「…あ、あの…巳理さん。このリボン…ここに結んで貰っても良い?」
 そのまま捨ててしまうには忍びなく、海瑠がおずおずと左の小指を差し出しながら申し出る。その控えめな声に思わず箱をみていた巳理が顔をあげ、ふ、と表情を緩ませる。
「左の小指でいいのかい?」
「うんっ!お願いします」
 ──本当はその隣がいい、なんて。想いを告白する勇気のない今の海瑠には、口にできそうもない。それでも少しでも近くへ、巳理自身に結わえて貰えれば、勇気を貰えそうな気がして願い出る。その健気な様子に、海瑠の胸の内までは分からずとも、巳理が真摯に応えようと丁寧に小指へリボンを巻いていく。途中指が触れても避けることはなく、寧ろふわふわと笑顔を浮かべる海瑠を見て思うのは、ほんの少し前のこと。今ほど笑わない、いや笑うことに抵抗さえ覚えていた海瑠のことばかりが脳裏をよぎる。今はこうして懐いてくれたことが嬉しくとも、何が海瑠の心に巣食っているのだろうか──と、考えるとはなしに巳理が思考を巡らせていると、つい手癖でリボンが自身の方へと向いていた。
「……すまない泉くん。つい、私の向きに結んでしまった……結び直した方がいいか?」
「うん。巳理さんの向きで構わないよ。えへへ…ありがとう」
 巳理の尋ねにはふるふると首を振って、このままでいい、と海瑠が笑う。今度きちんと結ぶ練習しておこうと思いつつ、感謝の述べて可愛らしい笑顔を浮かべる海瑠に、また頬が緩む感覚を覚えて巳理が口元に手をやる。その時、いまだに持ったままだった自身の、海瑠によく似た色のリボンが目に入って、ひらめいた思い付きを実行に移す。
「泉くん、このリボンを私の—…そうだな、右の手首に巻いてくれるかな」
「え、いいの…?」
「指だと気になってしまうから…だめかな?」
「──ううん、任せて!」
 思いがけない申し出に、海瑠がパッと表情を明るくしてリボンを受け取り、早速と巻いていく。キツくないように、でも出来る限り長く永く、解けないように。丁寧に巻いてから出来た!と海瑠が顔を上げると、結んだリボンを見て巳理が柔らかに笑みを滲ませる。
「不思議だな、なんだか願いが叶いそうな気がしてきたよ」
「本当?巳理さんの願いが叶うなら、オレも凄く嬉しいな。…ね、巳理さん!あっちも綺麗だよ!」
 リボンを結んだ手で、遠く花咲く大樹を指さして、海瑠が軽やかに駆けていく。導かれるまま巳理も森の道を歩んでいけば、雨越しの風景が鮮やかに過ぎていく。紫陽花に沿って青に紫にと揺らぐ色、大樹にたわわと咲いて沿う姿、雨に綻んで嬉しそうに万華鏡と色変わるきらめき。|彩玻璃花《コロラフロル》で満たされた景色は美しく、並んで歩いているだけでも心躍るようだった。──いや、それはもしかしなくとも、隣立つ人がいてこその輝きかもしれないけれど。暫し森の中の散歩を楽しんでいると、雨足が強くなったところで、ふと海瑠が足を止める。ぽたぽたと大粒の涙雨が落ちるのを見上げる姿に、巳理も見守るようにして足を止めた。瞳を濡らして景色を滲ませる雨にぼんやりとしていたら、海瑠が巳理と出逢った日のことを思い出す。そう、あの時もこんなふうに、雨の日だったから。
 
── 過去の記憶がないまま、ばーちゃんに拾われたのが最初のこと。
「お前は戦闘の才能があるね」なんて言われるがまま、気づけば暗殺業を始めていた。確かに身体能力としては向いてたのかもしれない。けど、1年も続けてたら精神の方はぼろぼろだった。殺人行為が好きなわけじゃない。けど、どうしようもない人間は確実に存在していて、取り除くことで救われる人がいるのも確かで。だからこれは『人の為だ』って、ずっと言い聞かせ続けてたけど。
もう、限界だった。

 心の裡で反芻する過去に、気づけば海瑠の視線は地面を見つめていた。それだけで巳理には、海瑠がかつてを思い出していることが分かった。不安に揺れる瞳に震える背は、悲しい出来事だろうか、と思うと何処か胸の痛む思いがする。──私は、君に何ができるんだろうか。そんな言葉にならない問いが、巳理の中に谺する。
「…あの日、巳理さんが見つけてくれなかったら…オレ、どこかに消えちゃってたかもしれない」
 暫くして引き戻された海瑠の視線は、ひたりと巳理を見据えて、溢れ出た気持ちを言葉に変えて語り出す。ぽつぽつ、ひたひた、雨垂れのように。
「毎日がしんどくて…でも、誰にも言えなくて…」
 巳理に、暗殺業のことはまだ何も告げていない。だからぼやかして伝える内容は、きっと要領を得ないことだろう。それでも、降り積もる海瑠の言葉に、巳理はじっと見つめながら耳を傾ける。──いや、その綺麗な真っ直ぐな言葉に、潤む森林色の瞳から、目が離せないのは|こちら《巳理》のほう。
「気づいてくれたの、巳理さんが初めてだった。そこから看護師になるって目標ができて…晴れて巳理さんに雇って貰えて…」
 汚れた手でも、命を救う手助けができると知った。殺さなくても、誰かの助けになれると分かった。それで過去の何もかもが帳消しになるわけじゃないとは分かっている。けれど、それでも心の底から──自らこそが、救われた気がして。全てを明かせなくても、これだけは本当なんだと伝えたくて、海瑠が精一杯の微笑みを浮かべて告げる。
「オレ、今がすごく幸せなんだ」
「……君は、」
 海瑠の向けてくれる笑みに、巳理が気づけば頬へと手を伸ばす。その指先が触れるか触れないかの刹那、ぽたり、と大粒の雨が海瑠の頬を伝った。溢れた海瑠の嬉し涙と雨が混ざった雫は、手にした万年筆に吸い込まれるように落ちていって、透明な色を忘れさせる。染まるのは、心配そうに見つめ返してくれる、巳理と同じ優しい藍色。
「…染まっちゃった。…ふふ、綺麗…」
「……ああ。そう、だな。」
 涙を拭えず彷徨っていた手で、海瑠の頬に掛かる髪に一瞬さらりと触れる。ふいに感じた暖かさに、とくりと胸が高く打つのを感じて、海瑠が不思議そうに名を呼んだ。
「…巳理さん?」
「泉くん…君と出会えたことは、きっと幸運だ」
 静かに、穏やかに。けれどほんの少し、震えそうな喉を抑えるようにして、巳理が言葉を紡いでいく。手にした万年筆が、じわりと|きみの色《海瑠の色》に染まっていくわけも、まだ分からないままに。
「とても恵まれているのに、どうしてかな。…君が、僕と共にいてくれる明日が欲しい。不思議とそう、願ってしまうんだ。」
 泣かないで欲しい。どうかいつものように笑って──ずっと、そばにいてほしい。海瑠に対して抱いていた、未だ名前のない想いが溢れ出たように、巳理がそんな願いを口にする。自分でも素直に口にできたことに驚いて、思わずくすり、と笑みが溢れる。
「つい、今まで言えなかったことが言えたような…リボンのおかげかな。」
「…だとしたら、願いが叶ったのはオレの方かも」
 髪をなぞって下された手を名残惜しく思いながら、海瑠も泣きそうな笑みを浮かべる。──恋なのか愛なのか、それとももっと深い別の何かか。互いに抱く想いにどんな色の名がつくのかは、まだ分からない。けれど、共に在りたいという気持ちが同じなら、もしかしたら掴める日が来るのかもしれない。

──|はな《想い》を咲かすその日まで、どうかそばに居られますよう。
互いの色に染まった万年筆が、そんな想いを綴るように、色を留めて永遠とした。

第3章 ボス戦 『ジャンパー・イン・ザ・ダーク『ロクヨウ』』


──降り続く雨は、緩やかに夜を連れてくる。

 迷宮の奥へと進んだ先にある、澄んだ水を讃える湖と、少し開けた森の広場。|彩玻璃花《コロラフロル》の咲き乱れる中に、一つ、また一つと明かりが燈る。

 厳かな空気の漂う湖には、ゆらりと彷徨う様に練り歩く鹿獣人──ロクヨウの姿が時折見える。夜空の深淵、曜変の色合いを宿すロクヨウは、常なら人を見れば襲うこともあるモンスターでありながら、|彩玻璃花《コロラフロル》の昨時期はなぜかただ静かに湖を見つめている。あたりに咲く|彩玻璃花《コロラフロル》を摘んで捧げれば、それを受け取っては湖に浮かべていく。その為湖は花の腐すまで、彩りときらめきで満たされたまま。まるで何かを供養するかの姿に、この時期だけは街の誰もがロクヨウに手を出さないのが不文律になっている。そして花を供える代わりに、願いでればロクヨウは自身の纏う夜空の色を、|彩玻璃花《コロラフロル》に色留めしてくれるのだ。花に、布に、ガラスに。ふぅ、と柔らかな息を吹きかけたちまちに宿る、星を散りばめた様な美しい彩りを戴けば、それはまるで祝福の様で。──だからこそ不届きものも湧くのは少々業腹ではあるが、そこは見張りと称した森への滞在で十分に抑制できるだろう。

 そこから見える距離に少し離れた場所には、あちこちに|彩玻璃花《コロラフロル》で出来た布を木々に渡して張り巡らせた、ちょっとしたテントスポットが出来上がっている。花に灯りを託して魔法でふわりと浮かばせて、雨の降る夜の森なのに、ふんわりと見渡せる程度に周囲は明るい。テントはサイズも場所も様々に、肩を寄せ合わねば座れない代わりに秘密基地感たっぷりの場所や、防水シートがしっかり敷かれた、靴を脱いでクッションやブランケットに埋もれて雨音を楽しめる本格的なテントもある。木の上に、地面に、花のそばに。探せば望みのテントがきっと見つかるだろう。そしてここでは食事の用意も豊富にある。香番を務めていた竜人や、夜に向けてやってきた街の人々が、夜を過ごすものへ向けて自慢の料理を振る舞ってくれるのだ。──とろり蕩けるチーズを乗せたバケットに、程良い塩っぱさの生ハム。チェリートマトとモツァレラのハーブビネガー漬け。カップサイズのグラタンに、濃厚なエビの風味がたまらないビスクスープ。おろし大根たっぷりの生姜出汁に、ローストビーフや揚げたてのフィッシュ&チップス。スイーツも充実していて、マカロンやフィナンシェに、|彩玻璃花《コロラフロル》の色を思わす缶入りキャンディ。カラフルなフルーツのギモーヴやマシュマロ入りのココア。どれも望めばテントに持ち込んで、雨を見上げたり寝転んだりしながら好きに食べられるだろう。年の適うものなら、煙草やお酒も嗜んで問題ない。全ては|彩玻璃花《コロラフロル》の屋根の下、雨の帷の内ではきっと──密やかな会話は、屋根を共にする人にしか届かない。

 祝福を戴いて湖を散策し、テントで雨音を聴きながらゆったり眠って、暖かな食事やスイーツを楽しみながら会話を楽しむ。好きな過ごし方を選んで、夜の森の時間を過ごす。

──あなただけの夜を、どうか美しく彩って。
目・魄

──夜の帳がおりた森は、常とは全く違う表情を見せてくれる。

 細く降り続く雨は星の光を帯びたように煌めいて、木々の葉に雫と揺れる。静謐を湛えて凪いだ湖には、数多捧げられた|彩玻璃花《コロラフロル》が浮かび、淡く輝くように色を変えていく。気づかなければ堪能できないひと時、その神秘的な雰囲気に、ほうと感じ入って目・魄(❄️・h00181)が瞳を細める。踏み入るたびに夜闇に潜む鳥の影や、花から滴る雫の美しさと、切り取ってしまいたい瞬間に溢れている。──こうしてひとりで静けさを味わうのも、悪くはない。ひたと染み入る空気の冷ややかさに、心の澄む瞬間はとても好ましくおもう──けれど。葉末の先に見る僅かな月光を。夜空の如き湖面を滑る|彩玻璃花《コロラフロル》の、流星のような輝きを。指先に触れる雨に濡れる感触を。仰ぎ見て語る相手がいない事ばかりがつい思い出されて、薄く開いた唇からはため息が溢れでる。
「やはり、一緒に見るのが一番いい……。」
 瞳を細めて見つめる仕草に、指差す先の花色を何と例えるか。きっと好むだろうこの光景を、ならび歩けばどれほど楽しいだろうか。もし叶うなら次の機会には、と淡く期待を込めて、今は惜しい気持ちも共として風景を楽しむこととした。しっかり眺めて帰れば、語る土産にもなろうと景色を堪能し。けれどひたと満たす静寂の邪魔にはならぬよう。足音一つも控えて巡り、夜雨の森をゆったりと練り歩く。けれど勿論、持ち帰るのは見つめた風景だけに在らず。次に目指すのはあかりの燈る一角、そこに並ぶ様々な料理だ。人の姿が見えるところでは、からりと足音も軽く立てて。並ぶ料理に、その地のふるまいを頂こうと魄が笑みを向ければ、同じように嬉しそうな笑顔が馳走される。暖かい湯気に、香ばしく登る匂い。その一つ一つに美味しそうだと言葉にしながら楽しく悩み歩いて、はた、と目に止まるのは揚げたてサクサクのフィッシュアンドチップス。
「其方を頂けるかな。飲み物はお茶で。」
「はいな、じゃあ一番大きなのをあげようねぇ」
 声をかければ優しげな老婆が皿にたっぷりと品を盛ってくれ、これには選んだ魄もにっこりと笑みを返す。受け取ったなら手近なタープの張られた長椅子に陣取って、いただきます──と、豪快にガブリ。ナイフやフォークも使わず、添えられた油紙で掴むや否や、くわりと大きな口で齧り取る。外側はザクっと音がするほど香ばしく、中身は白身魚がふっくらと柔らかにほぐれていく。ハーブバターを仕込んでいるのだろう、齧ったところから溢れる湯気はジュワッと香り良い油が溢れてくる。滴るそれを一雫も溢さす口に収めつつ、チップスの方も合間合間に摘んでいく。こちらも塩加減が絶妙で、パリサクの食感と共に交互に食べ進めれば、あっという間にぺろりと完食してしまう。一緒に頼んだお茶は少し苦味があるものの、かえってそれが揚げ物で重くなった口の中をさっぱりとさせてくれて、こちらも一息で杯を空にする。さて一皿を平らげたところで、腹具合はまだ八分目よりもう少し隙間がある。まだまだ行けそうだと次に目をつけるのは、スイーツのコーナー。しょっぱいもので満たしたあとは、やはり甘いものが恋しくなる。カラフルな色合いが|彩玻璃花《コロラフロル》を思い起こさせるマカロンたちに、こんがりと狐色に焼き上がったフィナンシェ。どれも美味しそうだと指差せば、店のものがこぞって夏みかんのマカロンはどう?森で取れたラズベリーも美味しいのよ、とあれこれとおすすめを教えてくれる。勧められるままに3つほど選んでマカロンを口にすれば、初夏の香りを届けてくれる夏みかんに、甘酸っぱくも香り豊かなラズベリー。そしてキャラメルクリームを挟んだバニラのマカロンも甘くとろけるようにおいしくて、仕上げとばかりにバターたっぷりの香ばしいフィナンシェまで頂けば、魄の笑みがますますと綻んでいく。美味しそうな食べっぷりには店のものたちも福々の笑顔を浮かべ、ご馳走様を述べる頃にはずいぶん名残惜しそうにされた。最後に買い求めた彩豊かなギモーヴとキャンディは土産にしようと思えば、帰ってから待つ笑顔を連想させて、納めた懐がぬくぬくと暖かい気さえする。ああ、もしかしたら──帰る場所をいっそう愛おしく思う、この時のための独り歩きかも、なんてことを考えて。腹ごなしの散歩の道すがら、ふつりと摘んだ|彩玻璃花《コロラフロル》は自分のための土産にしようと、暫しくるりと手の内で遊ぶ。色を留めない花は、雨に降られて金に青にと染まるものだから、恋しさが募りそうだと笑う魄の顔は、今日見せた中でも一番に甘やかだった。

緇・カナト
トゥルエノ・トニトルス

 明るかった迷宮にも、ゆっくりと夜の帳が下される。雨は段々と細くなりつつ降り続き、|彩玻璃花《コロラフロル》がまるでイルミネーションのように森を彩る。昼とはまた違った美しい風景に、トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)も花に負けじと瞳を輝かせて歩いていく。
「おお…美しい夜と雨の森!」
 靴が濡れるのもお構いなしに、湖のほとりを軽やかに歩く。雨に喜ぶあたりはさすが雷獣といったところか、と溜息がてら緇・カナト(hellhound・h02325)が後ろをついて歩く。暫し散歩が過ぎたあたりで気配を感じ、カナトが静かに警戒を見せると、そこには夜を纏うかの如き鹿獣人の姿があった。
「ほう、あれが湖を根城にしてるという…」
「ロクヨウ…なら、以前にも見掛けた事あったが」
 以前は敵として相対し、こうして余裕を持って眺めることはなかった。然し今はカナトが多少まじまじ見つめようとも、ロクヨウから敵意が返ってくることはない。供えられたであろう花を湖に浮かべては、流れていくのを静かに眺めるばかりで、凡そ争うつもりはないのだろう。ふぅむ、と感心したトゥルエノが手慰みに積んだ一輪を湖に流すと、向けられたロクヨウの視線は至極穏やかなものだった。
「|彩玻璃花《コロラフロル》の咲く時期だからこそ見られる、平穏なひと時なのだろうなぁ」
 時に争うことはあっても、望んで避けられるのならばその方がいい。少なくとも今こうして静かに過ごすロクヨウを害する気はなく、カナトも警戒をゆるりと解く。
「…ところで雷獣クンはもう少し落ち着きってモンをもってはくれないのかねェ」
「この良き雨の日にそれは無理というものだなぁ。然しこうして雨夜を過ごすのも良きものだろう。なぁなぁ主よ?」
 見目よりはずっと長くを生きているはずが、どうにも容姿相応にてってこはしゃぎ回るトゥルエノに、聞き入れてはもらえないと悟ったカナトが視線を遠くする。
「雨と雷ってそこまで相性イイのか……そう」
 
──そうしてトゥルエノの心ゆくまで雨降る夜森の散歩を楽しんだ後、次に向かったのはテントが張られた森の一角だ。
「テントスポットも賑やかだ。楽しそうな光景で心躍るな!」
「本当だ…ちょっとした空間でも結構賑わってんのな」
 木々のあちこちにタープや布屋根を巡らせつつ、こじんまりとまとまったスペースながら、感じる人の気配は割合多い。
「おお、しかも自慢の料理を振る舞ってくれるようだ!これは押さえなくてはなぁ、主よ」
「僅かに漂ってくる温かな料理の香りは多少気に掛からんコトもないが…」
「ならばいざ参ろう!」
 掛け声を上げると同時にそそくさ走り出してるトゥルエノに、やれやれと追いかけながらカナトが今夜二度目の問いかけを投げる。
「トールの好奇心に『慎み』という言葉は無いのか?」
「『謹み』なら書いてあるぞ?尊き|仁獣《我が身》に向けられるものとしてな」
「うーん絶対字が違うやつ…」
「それより今は食事の話だ!我はチーズを乗せたバゲットと〜カップサイズのグラタンにビスクスープ…」
「…オレは揚げたてのフィッシュ&チップスが食べたい。食べよう。」
 話半分に食べ物の羅列を始めるトゥルエノの姿に、諌めるのはもうやーめた、とばかりにカナトも自らの食べたいものを進言する。
「お、このマシュマロ入りのココアも気になったぞぅ。あとはカラフルなギモーヴも加えて……なに、大体は主が食べるのだから量については問題ないハズ…!」
「ひと口だけで何でもかんでも押し付けようとするんじゃあない」
 カナトが常に空腹のようなものとはいえ、それはそれこれはこれ。全種買い占める勢いのトゥルエノにぴしゃりと言いつけはした。したのだが……結局テントに潜り込む頃にはすっかり両手いっぱいに料理が集まっていた。
「ココアは責任もって飲むから、此方は気にしなくて良いぞ。さぁ思う存分に食べるが良い」
「食べるが良いって…まぁ食べるけども」
 二人で入るには広々としたテントを選び、クッションを押し除けて作った真ん中に料理を並べて、トゥルエノがジャジャン!とばかりに披露する。結局止めきれなかった、とカナトが山盛りの料理を前にほんのり自責の念を浮かべるが、持ってきてしまったものは仕方ない。幸い残すような羽目にはならないだろう、とまずはバケットに手を伸ばす。──ざくりとした歯触りに、とろけるチーズの程よい塩っぱさ。ビスクスープにグラタンにと、舌に馴染む滋味を楽しみながらカナトが食べ進めると、ココアを片手にトゥルエノがにんまりと笑う。そうしてクッションの山に背中を預ければ、自然と上向く視線が透明な布の天窓を覗く。──星の光を宿してさらさらと降り続く雨に、同じく空を見上げてるであろう、テントから漏れ出る人の燈した灯り。雨音を聞きながら緩やかに流れる時間は、とても心地が良くて。
「様々な人々が此の景色を楽しんでいるのは、とても好ましい時間だな」
「…悪くはないのは、確かにそうだな」
 マシュマロの髭を作りながらご満悦のトゥルエノに──ああ、ようやく満足したか、と。カナトが安堵に似た心地で、揚げたてのチップスをサクリと摘んだ。

道明・玻縷霞
逝名井・大洋

──降り続く雨が、トントンタタン、とテントを叩く。

 夜の帳が降りた森は、初夏といえどもやや肌寒さを感じさせる。濡れてしまいましたね、と気遣う道明・玻縷霞(黒狗・h01642)の勧めもあって、雨凌ぎにテントのある一角へと避難することになった。雨で冷えた体にクッションを敷き詰め風除けのできるテント内は思いの外暖かく感じて、逝名井・大洋(TRIGGER CHAMPLOO・h01867)がへぇ、と感心したようにゴロリと入り込む。──結局、ロクヨウがいるという湖には赴かなかった。被害の報告もなし、戻ってきたらしき人々も祝福をもらった、と星夜色の花を持てど、怪我の一つもなければ怯えた様子すらなくて。ならず者の見張りとして一応の滞在はするものの、時折周囲を警戒する以上の仕事は必要ないように見受けられた。──敵を蹴散らす重たく湿った感触、ぶつかる瞬間の痛み、鉄錆た匂い。そのどれもが今この時間には存在しない。きっと、以前の大洋ならこんな穏やかな状況に、物足りないとため息の一つもついただろう。けれど、ココアを片手にテントまで戻ってくる玻縷霞の姿を見れば、寧ろ満たされるような心地がするから不思議だ。穏やかな時間を尊く想える──それは、|あなた《玻縷霞》がいてこその不思議。
「マシュマロが入ったココアを頂いてきました。夏が近付いているものの、夜はまだ少し涼しいですからね。温かいものにしました」
「わーいココアだ!ありがとうございま…」
 ほかほかと湯気をたてるココアを受け取り、大洋が素直に礼を述べようとして急にピタ、と固まった。──ココアに雨が入らないよう庇ったせいか、玻縷霞自身はすっかり雨に濡れてしまっていて、メガネも雨粒で曇ってしまっている。常は整えてある髪も少し崩れていて、これはもう直すよりも外して下ろしての方が良い、と。その合理的な玻縷霞の判断の裏に潜む、ナイフのような|容姿の変貌《魅力的な姿》に、思わず大洋が魅入ってしまった。眼鏡越しにもわかる美しい目元が、外されたことで一層涼しげな双眸をあらわにする。幾度も目にしたはずなのに、こうして目の前に晒されたら何度だって吸い込まれるように見つめてしまう。──いやいっそ引き寄せられてしまおう、と雨音に鼓動を紛らせて、座る玻縷霞のそばに大洋がスッと近寄る。距離の縮まったことに気づいたかは定かでないが、ココアを手にして横に座る大洋に、少しは落ち着いただろうか、と玻縷霞が穏やかな瞳を向ける。
「雨音を聞きながら過ごすのも悪くありませんね。最近は忙しかったので尚更思います」
「そう、ですね…」
 その、世間話として程よい会話の切り口に。気遣いは乗せながらも、優しく紳士的な振る舞いに。嬉しい反面、大洋が感じるのはどうしようもない程のもどかしさだ。──玻縷霞には、『欲』がない。欲し求める熱が欠けた玻縷霞は、きっと大洋のことも『欲しい』とは思わないのだろう。それを理性では仕方ないと理解しつつ、どうしたって届かない想いが、大洋の心を波立たせる。言葉にできずにじ、と玻縷霞の横顔を眺めていたら、ふと頬を伝う雨雫を見つけて大洋が先程のハンカチを取り出す。濡れた肌を拭う仕草を見せれば意図を理解して顔を向けてくるので、ひと拭いしてから──トン、と玻縷霞の左胸元に、大洋が掌を置く。
「…ルカさんのココにも、色留めみたいにボクって存在が留まれたらいいのに。」
 いつでも想っていてほしい。何を見てもどこにいてもつい考えてしまう程に、自分の存在を強く深く刻み込みたい。誰の手も届かない奥底にまで滲んでしまえば良いのに、と欲する想いを呟けば、大洋の掌に玻縷霞の手が重ねられる。
「私には欲が欠落していますが……相手を想う心はあります」
 会えないひとときに、何をしているだろうか、無理をしていないだろうかと慮る気持ちは、欲する熱と同じ温度とは言えないかもしれない。それでも、今こうして重ねた手のひらから伝わるのと同じように、じわりと温かく、いとおしいと感じることに変わりはない。
「留めているからこそ、ハンカチはあの色に染まったのではありませんか?」
 自らの髪や瞳に宿す色ではなく、|心を染め上げる色《あなたの色》に。ハンカチが留めた色の理由をそう玻縷霞が解釈すれば、大洋が思わず赤面してパッと顔を逸らす。
「……このような答え方では、狡いでしょうか。」
「…むしろ嬉し過ぎて無敵になっちゃいますよ。」
 想う相手の胸のうちに、確かに自分の輪郭がある。それがどれほど嬉しいかなんて、今告げられて初めてわかった。じわじわと熱を上げる鼓動に顔を緩めながら、重ねたのと反対の手でココアを啜れば思っていたよりもうんと甘く感じられて。──玻縷霞に欲がないとすれば、その分も丸ごと全部、と大洋が瞳を伏せて願う。

──どうか、この夜は二人だけのものに。

ルチア・リリースノウ
ルーチェ・モルフロテ

 森の奥へと向かえば、日は段々と陰って行く。黄昏から夜空へと移った森は、印象を緩やかに変えて行く。雨をカーテンにして、裾へと引き込まれるように広がるテント場は、静かながら人の気配を感じさせ、燈るランプが温かく空間を照らし出す。そして延々と香るペトリコールに混ざるのは──
「めっちゃ美味そうな匂い!どれから食うか悩んじまうな♪」
 パァ、と分かりやすく顔を明るくして、ルーチェ・モルフロテ(⬛︎⬛︎を喪失した天使・h01114)が並ぶご馳走をいち早く嗅ぎ取った。
「あは、ルーちゃん1番テンション高いねぇ」
 一日一緒に居たルチア・リリースノウ(白雪のワルツ・h06795)も、今日イチの盛り上がりを見せるルーチェに思わずくすくすと笑ってしまう。そんなところも可愛らしいんだけど、とはひそりと思いつつ。
「とりあえず、ローストビーフとグラタンと…フィッシュアンドチップス!」
 見守るルチアを背に、食べ物を売るテントをざっくりと見回して、ルーチェが食べたいものに当たりをつける。なんだかんだ迷宮ではしっかり歩いたし、気合も空腹具合もバッチリではある。いくらでも食べれそうだとワクワクしながら、ルチアにも気なるものはないかとくるり振り向いて尋ねる。
「ルゥはどうする?」
「えっとぉ、ルゥはぁ…ハーブビネガー漬けとビスクに、マカロンかなぁ」
「オッケー!あとは飲み物か…あ、あそこにあるマシュマロ入ったココアにしようぜ!」
「ココアいいねぇ、ルゥもそれにするぅ」
「よーし決まったな。あとは…どのメニューも多めに貰っとけば、二人で分けれるよな♪」
「んふふ〜、そうだねぇ。分けっこでいっぱい食べよぉ」
 頼むメニューが決まったのなら、一つずつテントを巡ってまずは買い出しに。手分けしても良かったのだが、なんとなく売っているところを一緒に眺めるのも楽しくて。一つずつ共に巡りながら、気づけば二人でようやく抱えられるか、といった量のフード類が集まっていた。
「次はテントか…のんびりくつろげるのがいいよなぁ」
「そうだねぇ、ゴロゴロ出来たら最高かもぉ?」
「ゴロゴロか…おっ、あれなんかどうだ?」
 木の上のタープ式、簡易なぶん外の風景を眺めやすいテント…型はそれぞれ用意されていた中、ルーチェが指差したのは比較的しっかりしたタイプのもの。雨が染み込まないように配慮された分、ふわりとレースのカーテンが垂れ、内側には沢山のクッションとブランケットが積まれていた。
「クッションとかブランケットのテントって珍しくね?ここにしよーぜ♪」
「わぁ、かわいいテント〜いいねいいねぇ〜そうしよう」
 場所が決まったのなら靴を脱いでいそいそと潜り込み、ルーチェはどさっと胡座をかいて、ルチアはクッションに埋まる様にして座ると、ようやく目の前に並べたご馳走にありついた。
「それじゃあ、いただきまーす!」
「いただきまぁす♪」
 サクリと歯切れの良いローストビーフ、チーズのとろけるグラタン、ハーブのふんわり薫るビネガー漬けに、揚げたて熱々のフィッシュアンドチップス。少しずつ分け合って食べればおいしさもひと塩で、頬を抑えながら二人が感想を述べる。
「美味ぁ♪出来たてだから、どれも美味いぜ!」
「んん〜♪こっちもおいしいよぉ。ハーブビネガー漬けはお口直しにいいかもぉ」
「ホント?……ん、確かに口がさっぱりするな!もっと食べられそうだ。あ、ルゥもたくさん食えよ」
「じゃあグラタン食べたいなぁ。ルーちゃんはどれ食べたい〜?」
「悩むなぁー…もしかしたらこれだけじゃ足りなくなるかも」
 どれも美味しくて、買い足すことも視野に入れつつ箸休めに、とルーチェがマシュマロ入りのココアを啜る。熱さに気をつけながらぐいっと煽ると、気付かないうちにルーチェの口元に溶けたマシュマロが残っていて。
「…あれぇ?お口にマシュマロついてるぅ」
「ん?マシュマロついてる?」
 自分で拭うよりも早くルチアが手を伸ばすのが見えて、自然に口をん、と差し出す様にルーチェが顔を前に向ける。その無防備な、信頼の証とも言える姿にふと魔が刺して、ルチアが差し伸べた手を引っ込めて──ちゅ、と小さな音を立ててキスをする。唇のほんの少し上に降る柔らかな感触に、甘いマシュマロの名残をペロリと舐めるルチアと目が合えば、ルーチェが遅れて何をされたか把握し、ぽぽぽぽ、と頬を赤らめた。
「に、にしてもあれだな!普段の雨は好きじゃない時もあるけど、此処のはかなり好きになったかも」
 照れ隠しのように外に降る雨を指差し、ルーチェが捲し立てる。なんだか照れる、とドキドキする気持ちを落ち着けるように。
「分かるぅ。なんだか普通の雨とは違うよねぇ」
 動揺する姿が可愛くて、ふふ、と笑みを含めながらもルチアも頷いて雨に視線を送る。もう少し揶揄いたい気持ちはありつつ、あんまり焦らせてもな、と今日のイタズラはここまでに。
「またこういうお出かけしよーぜ?一緒にな」
「うん!また一緒に来よう〜」
 お祭りで散歩した道も、色留めに歩いた森も、テントの下で過ごす夜も、全部。楽しい思い出として残るから。また一緒に楽しいを重ねようと約束して、互いにココアのカップを掲げてかちん、と乾杯した。

水藍・徨
蓼丸・あえか

「──夜の色、きれいな鹿さんだったわね。」
 しとしとと、雨の降り続く夜に、甘く静かな声が落ちる。蓼丸・あえか(lil bunny・h01292)が先ほど湖で出会ったロクヨウの姿を思い起こして、ふふ、と柔らかに笑うので、水藍・徨(夢現の境界・h01327)がはい、と同意を返す。──|彩玻璃花《コロラフロル》で作ったブーケを手渡した時、ロクヨウにほんのひと時じい、と見つめられた。宇宙の涯、夜空の底。そんな読み取れない深淵に見透かされた気がして、徨が少し警戒を強めたものの、ロクヨウは静かにブーケを受け取ると、それを湖へそっと浮かべた。水辺を滑って色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》に、佇むロクヨウの姿。そして神秘的な空気を纏う湖は確かに美しかったけれど、用心を解けなかった自分を自覚しながら、徨があえかの後を追って歩いた。暫くして灯りの燈る一角につき、並ぶテントにあえかが迷いそうね、と楽しそうに目を輝かせる。ひとまず食べ物を扱うブースでビスクスープやバケットを手に入れて、暫くあれこれ巡った後に、ふかふかのクッションが並べられたテントに陣取った。溢さないように小さなテーブルに食べ物を集め、一つ一つ手をつけていく。──ビスクスープの温かく濃厚な味わいに、とろけるチーズと生ハムの塩気が引き立つサクサクのバケット。交互に食べたり浸して食べても美味しくて、あえかの笑顔が綻んでいく。
「ビスクスープおいしいわ。帰りにレシピを教えて貰いにいきたいな。」
 能力を使ってぬいぐるみさんにおかわりを運んでもらう算段を考えつつ、あえかがスープの材料をあれかな、これかな、と考えてる横で、徨も食事を口にする。
「はい。バケットのチーズと生ハムも、ビスクスープも美味しい、です」
 その返事はいつもの徨らしいものではあるけれど。どこか硬さというか、迷いが滲んでいるような気がして、あえかがやんわりと尋ねてみる。
「こうくん、大丈夫?」
 心配を滲ませた、潤む紫の瞳。先ほどの何もかもを浚えてしまうような深淵ではなく、柔らかくて優しい眼差し。ああ、見透かされるにしても、こんなに違うのか、と徨が重く閉ざしていた気持ちを唇に乗せる。
「……ロクヨウ、花をあげても襲いかかってくるのではと思いました」
 湖で対峙した時、例えどう言われていようとモンスターはモンスター。ほんの些細な引き金で、簡単にこちらへ牙を向くのでは、という懸念が捨てられなかった。表面だけは取り繕いながら、微笑むあえかの横でずっとナイフを握ったままのような気持ちでいた。──いつでも、刺してしまえるように。
「僕やあえかが傷付くなら、先に倒さないと。誰かが奪われるくらいなら、危険なものは消さないと、って…。あと、思い出したことも、あって……すみません、変なことを」
 複雑な心境をうまく言葉にしきれず、徨が思わず謝罪を口にして俯く。すると言い終えるまでずっと静かに耳を傾けていたあえかが、顔を伏せるのを見て、そう、と口にする。
「こうくんは、守ろうとしてくれたのね。僕のこと、それから自分自身のこと」
 『守る』──思っても見なかった言葉なのに、あえかの|囁く声《ウィスパーボイス》に載せられた途端、ことん、と腑に落ちた気がした。傷つかないように、傷つけられないように。その思いは確かに。
「……守ろうとした。そう、なのかも」
「大切なものを失うのは僕も怖いわ。楽しいことだけ思い出せるといいのにね」
 整理する様にぽつり、と呟く徨に、あえかが寄り添う気持ちを口にする。──|でも、変ね。何にも無くしてないはずなのに《全部壊れてしまっているから》。どうして怖いと|分かるのかしら。《知っているもの。》──何だかふわりと疑問が浮かんだ気がしたが、それも暖かなビスクスープをもう一度口に含めば、とろりと蕩けて消えてしまった。
「聞かせてくれてありがとう」
「いえ、そんな…こちらこそ。それと…今度、話したいことが、あります。その時はまた、聞いてくれますか」
「もちろん。ひとに話すと心もまとまるから。こうくんが話したい時に、僕、いつでも聞くわ」
 いつでも、と言ってくれるあえかの言葉が嬉しくて、気づけば険しかった徨の瞳が優しく細められていた。
「せっかくの夜にすみません。お詫びに、これを」
 そう言って、徨が指先でスッと空を指すと、雨降る夜空に|幻想《エルピス》が広がっていく。晴れ間に虹を、雨をきらきらとしたスターダストに変えて、幻想の空間を描いていく。夜雨のひと時も静かでいいけれど、今だけは。あえかと並ぶこの空間は晴れやかであって欲しいと願う、徨の気持ちを書き写すように。
「わあ、わあ、きれいね!」
 その思いを受け取ったように、いつもは囁やかなあえかの声が、今はめいっぱいの喜色で溢れさせて弾ませる。キラキラと溢れる七色の光を、全部取り溢さぬようにと見開いて。今日一日の嬉しさを、いつかの語らいを、忘れぬように。

──いつまでもずっと、瞳の中に留めておけるように。

八代・和茶
千桜・コノハ

「──モンスターでも、弔いの気持ちってあるんだ」

 星の光を宿したような煌めく細雨に、星空と鏡面を成す凪いだ湖。捧げられた|彩玻璃花《コロラフロル》がつい、と水面を流れてはキラキラと色を変えて遊ぶ。そんな夜の帳が降りた森の湖畔の側で。ゆっくりとほとりを歩くロクヨウの姿を目にしながら、千桜・コノハ(宵桜・h00358)がポツリと呟く。語るわけでもなくただ静かに佇んでいるロクヨウだが、時折湖に瞳を向ける姿や膝を折ってぼう、としている様子は──確かに、何かを弔っているようだと伝わるものがある。初めこそ頭蓋を抱える姿に驚きはしたが、暫く行動を見ていれば八代・和茶(千紫万紅の藤花・h00888)もそうかもしれない、という納得を得た。
「お花を渡すんだっけ。えっと、何も染めてない|彩玻璃花《コロラフロル》でいいのかな…」
「そうだね、摘んだのを渡そうか」
 手近に咲いていた|彩玻璃花《コロラフロル》をお互いに数輪摘んで、小さな花束のようにしてロクヨウに差し出す。すると深淵を流し込んだような瞳でじ、と暫し眺めた後、緩慢に受け取ったロクヨウが花を湖へと流していく。──何を想っているかはわからない。それでも、ほんの少し慰めになればいいと願い、ロクヨウと共に水面を滑る|彩玻璃花《コロラフロル》を見送る。そしてコノハがせっかくだから、と一輪だけ手元に残していた花を差し出して、祝福を願い出る。するとロクヨウが首を差し出すようにして花へと息を吹きかけて、|彩玻璃花《コロラフロル》がすぐさま夜の色へと止まっていく。星を縫い止め、深い藍色を湛えて、魔法のように色の変わる様子に、見守っていた和茶が思わず感嘆の声をこぼす。
「わ…凄い。」
「へぇ…夜の空は見慣れているけれど、この彩りはまた違う風情を感じるものだな」
 色を留めても空と同じように星が移ろい、瞬きのように煌めいてみせる。まさに祝福というに相応しい彩を前に、和茶が瞳を細めて視線を注ぐ。
「宵の涯の空みたいで綺麗…だけど」
「…だけど?」
「やっぱり、私はコノハさんの色が好きだなぁ」
 花を見つめながら、ふふ、とはにかんで告げる和茶に、今度はコノハがわずかに目を見開いた。
「へぇ…また随分な殺し文句だね?」
「えへへ、だって本当のことですもん。嘘つくのは苦手ですし」
「まあ、悪い気はしないよ」
 揶揄うつもりが、あまりに素直に認めるものだから、コノハが肩をすくめてくすりと笑う。そうやって、衒いなくいえてしまえるところが──とまでは、口にしないまま。
「あとは見張りだっけ。ここまで至れり尽くせりだと仕事って感じがしないけど」
「確かに…でも祝福も頂きましたし、お仕事の方も頑張りましょうか」
 後のことをすり合わせて、目的を遂げた湖畔を背に二人が歩き出すと、程なくして灯りの燈った一角に行き合った。一日雨と隣り合った体は、知らず少し冷えを感じていて、飲み物を売るブースでは自然と温かなものに惹かれた。スープに甘いものにといくつか並ぶ中で、少し迷ってから二人が選んだのはマシュマロの浮かぶホットココア。手にしたカップの冷めないうちに、次は並ぶテントへ足早に駆け込んだ。入り込んだのは、クッションの詰め込まれた小さなもの。防水はしっかりとされていて雨の染み込むことはなく、ちょうど二人が並んでやっとのサイズは、互いの気配が近くてどこか安心を覚えた。小さく乾杯を交わしココアを口に含むと、とろり溶けたマシュマロの甘みに温かなカカオの香りが優しくて、体の内からじんわりと体が温まるよう。
「あっという間の一日だったね」
「本当に。色々盛りだくさんで、あっという間に夜でした。でも、楽しかったなぁ…」
 クッションに身を沈めて、雨音に耳を傾けて、甘いココアに浸って。気づかないうちに溜まっていた疲れも手伝って、気づけばふわふわ夢見心地に落ちていきそうになる。もう暖かい季節だけど、雨の夜はやっぱりまだ少し寒い。眠たげなコノハにブランケットか何か、とテントの中を見渡していた和茶が、ふと思いつく──…嫌がられないかな、と不安になりつつ、ちょっとだけくっついてみる。
「ん?寒いの?」
 少しうつらうつらとしていたコノハが、くっついてくる和茶にキョトン、と首を傾げる。けれど避けるでもなく、寧ろ翼を広げて包み込むように抱けば、今度は和茶の方が一瞬驚いてから、ふにゃりと表情を緩める。
「これなら暖かいでしょ?」
「…えへへ、はい…あったかい、です」
 照れのせいで顔はむしろ熱いくらいだけど、隣合うあたたかさが嬉しくて、ふわふわの羽とぬくい身体にそうっと擦り寄る。

──祝福というならきっと、こうして寄り添うぬくもりこそがそうだと、和茶が甘やかに笑って瞳を伏せた。

千堂・奏眞
ラフィーニャ・ストライド
ウィルフェベナ・アストリッド

──夜の帳が落ちた森は、幻想的な空気に包まれていた。

 木々の纏う|彩玻璃花《コロラフロル》はイルミネーションのように煌めいて、細く降り続く雨もまるで星の光を宿したようにキラキラと。妖精や神秘が宿るかの風景に、見慣れたはずのウィルフェベナ・アストリッド(奇才の錬金術師・h04809)も気づけばじっと見入っていて。
「毎年恒例だとしても、この光景はやはり飽きないな」
 ふ、と笑みを深めるウィルフェべナの姿を見て、ラフィーニャ・ストライド(義体サイボーグ・メカニック・h01304)も同じ方向に視線を向ける。
「夜の雨はウォーゾーンだと憂鬱な感じがいつもしていたけど…………|こっち《√ドラゴンファンタジー》だと、こんな風に綺麗に見えるものなのね。少し、羨ましいな」
 戦火の絶えないウォーゾーンでは、夜雨は命を別ち兼ねない。なのでどうしても陰鬱なイメージがつきまとうが、場所が変わればこうも違う。それはほんの少し寂しい気もするけれど、今は美しさを楽しもうと、ラフィーニャが瞬きをして切り替える。
「ホント、準備万端だよな。師匠。集まる時に「カメラ持ってこい」ってオレに言ってきたくらいだし」
 風景を楽しむ二人の背で、千堂・奏眞(千変万化の錬金銃士・h00700)がカメラを構えて呆れを混ぜた関心を口にする。精霊も映せて防水性までバッチリ、な用意周到具合には恐れ入る、とばかりにカメラを仮に構えてみる。
「勿論、この景色を楽しむ為の準備は惜しまないとも」
 褒め言葉と受け取ったらしいウィルフェベナが画角に入り込みながらふふん、と胸を逸らすと、更にゴソゴソと荷物を漁って何かを取り出す。
「ほら、|彩玻璃花《コロラフロル》の布を素材にした錬金術製のテントも作って来たからな。防水性バッチリの、中に居ても夜空を見上げられる仕様だ」
「うお、更に上回ってくる…はいはい流石サスガ」
「ふふ、じゃあちゃっちゃと組み立てちゃいましょうか」
 テントセットを受け取り、早速張れる場所まで移動しようかと二人が動き出す中、ウィルフェベナが思い出したように湖の方を指差す。
「っと、テントで食事を楽しむ前にロクヨウに彩花を渡してこないとな。これもここに来た際のルーティンだ。ついでにバカ弟子やラフィーニャの分も渡してこよう」
「ルーティンは大事よね。ウィルフェベナが私達の分も持って行ってくれるなら、その間に準備を終わらせちゃおうか」
「そうするか、じゃあ師匠あとでなー」
 役割分担を決めて、湖に花を備えにウィルフェベナが向かい、テントと食事の準備にラフィーニャと奏眞が食事も扱う一角へと歩を進める。湖から逸れた道の先には、すぐに灯りが点った一角が見つかり、ふわりと美味しそうな湯気の香りが届く。濃厚な風味漂うビスクスープにとろりチーズの乗ったバケット。原木から削り出しの生ハムに、ローストビーフと熱々のグラタン。他にも色々と美味しそうなものが並んでいて、なかなか決め切るのが難しい。
「どの料理も、美味しそうで選べないなぁ」
「料理やスイーツは気になった物を片っ端から貰っていってもいいんじゃないか?どうせ、オレが居るから酒以外の食べ残し飲み残しなんてないだろうし」
 それは奏眞の気遣いと合理性からくる、何気ない一言だった。けれど生身の体を“そういう風”に変えたラフィーニャとしては、少し思うところもあって思わず苦味を帯びた笑みが浮かぶ。
「…………うーん、奏眞をそんな風の身体を義体サイボーグにした身としては複雑だけど、頼もしい言葉ね」
 生きてて欲しくて、少しでも生きやすくあって欲しくて、手を尽くしてきた。けれど奏眞がこうして義体化を余儀なくされた世界の不条理が悔しくて、ラフィーニャの手に思わず力がこもる。
「………いつか、|√ウォーゾーン《私と奏眞の故郷》もこんな風にできたら良いね」
「────できるようにするさ。“ 皆 ” が、もっと笑えるように」
 平和を願う気持ちを口にしたラフィーニャに、思わぬ真剣な奏眞の声が返される。怖いほどに張り詰めた真顔には、固く冷たい覚悟と決意が篭っていて──きっと、叶うまでその身を賭して戦い続けるだろう未来に、ラフィーニャが思わず言葉を失って、奏眞へと寄りかかる。
「って、ラフィー?どうしたんだよ」
 気遣う言葉に、返事はない。ただ心のうちで無事を願いぐりぐりと頭を擦り付けるラフィーニャに奏眞が困惑していると、ハァァァァ──…と重たい溜息が被さった。
「…………その献身が私らこの場に居る全員の心配の元だというのに、こんのバカ弟子は…………」
「え゛っ、師匠?いつの間に戻って…てか何でそんな顔で睨みつけてくんの?!」
 気づけば背後に立っていたウィルフェベナに驚きつつ、表情の険しい理由には全く気づけていない。そんな奏眞の有り様に再度深く深くため息を吐いてから、軽く頭を振って話題を横に置く。
「まぁ良い。今は、料理と音と景色を楽しもうか」
「…そうね、今は楽しまなくちゃ。楽しいを積み重ねるのも、気づきにつながるかもだし」
「ほらバカ弟子、料理を持ってこい。残さないと豪語したんだ、わたしたちの分までたっぷり用意するんだぞ」
 はてなを浮かべる奏眞の質問には答えず、ウィルフェベナとラフィーニャがテントを建てに移動していく。
「な、なんかはぐらかされた気がするけど………そうだな、食事も取らないとだし。このカメラで写真撮ったりしないとな」
 掲げるカメラに、今はまだ写真は残っていない。けれどこれからきっと、沢山増えていくのだろう。食事を共にする時の、おいしい笑顔。精霊たちにからかわれ、困りながらも少し嬉しそうな様子。撫でられ突かれ、けど怒るに怒れない戯れの瞬間。そんなありふれたけど優しい、一瞬一瞬を。そうしていつか。

──寄り添う人たちとの写真が、心の拠り所となるように。

戀ヶ仲・くるり
ジャン・ローデンバーグ

 明るかった迷宮に、少しずつ夜の帳が降りてくる。雲間に映る空は青から藍色に。降り注ぐ細雨も星の煌めきを宿したようにキラキラとして。暫く道なりに歩いていると分かれ道に差し掛かり、右は明るくテントの連なる方へ、左はロクヨウがいるという静かな湖み続いているようで、二人が顔を見合わせる。
「まずは夜の主にご挨拶を、だな」
「楽しむ前にご挨拶行かないと、だね」
 領地に踏み込むならまずは礼を尽くさねば、とジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)が切り出せば、戀ヶ仲・くるり(Rolling days・h01025)もこくこく頷いてそうしよう、と返す。
「それが終わったら……王様はちょっとお腹が減ってきた!」
「ふふっ…確かにお腹すいたねぇ!この後が楽しみ!」
 後の楽しみを思い浮かべつつ、まず足を向けるのは夜の湖へ。足元の小さな灯りを目印に進んでいけば、ほとりをゆっくりと歩くロクヨウの姿はすぐにも見つけられた。花の浮かぶ湖をぼんやりと眺める姿に、脅かさない静かさで、けれど近寄っているのがわかるよう歩み寄る。するとロクヨウからじぃ、と視線を送られて、くるりがご挨拶ってどういう…と少し慌てたが、ジャンが大丈夫、と笑って前へと出た。
「ご機嫌よう、ロクヨウ。今宵は領地にお邪魔させて頂きたく。よしなにしてくれ」
 胸に手を当てて片足を引き、優雅な一礼をしてジャンが告げる。そうして手にしていた色留めを済ませた花束を手渡すべく差し出すと、隣で見入っていたくるりも居住まいを正してぺこり、と頭を下げる。
「…今日はおじゃましてます…!」
 花冠に編んだ|彩玻璃花《コロラフロル》を差し出しながら、緊張で固くなっている姿のくるりに気づいて、ジャンが姿勢を戻しながらウインクをする。
「そう硬くなるな、くるり。こういうのは心がありゃいいのさ」
「…そうだね、気持ちが伝わればいいね」
 まさにその『気持ち』ともいうべき|彩玻璃花《コロラフロル》も、挨拶を終えればロクヨウがどちらも受け取って、ひとしきり眺めた後静かに湖へと流した。言葉のないロクヨウから所感を読み取るのは難しいが、少なくとも穏やかに水面を滑る|彩玻璃花《コロラフロル》を見つめる姿に、敵意は感じられない。ならば、と花を供えるほかにもうひとつ、目的にしていた祝福を戴くべく二人がそれぞれに布を取り出して言葉をかける。
「えと、ロクヨウ…さん。この森の思い出の品にするので、よかったら染めて貰えるとうれしいです」
「俺のもお願いできるか?夜を纏う貴殿の色、この布に留められたら嬉しい」
 色留めの済んでいない|彩玻璃花《コロラフロル》の布を前に願い出たなら、暫くじぃ、と視線の注がれた後、柔らかな息が吹きかけられる。すると、透明だった布がみるみる星を散りばめた空と同じ色に染まっていき、ジャンとくるりがわぁ!すごい!と互いに歓喜をあげた。布の色変わりに夢中になっていると、気づけばロクヨウの背は遠く離れていて、二人が小さくありがとうを風に乗せて述べてから、湖畔を後にする。
「さて、ご挨拶も色留めも済んだ後は…お楽しみ!」
「ご飯タイム、だねっ!」
 ワクワク気分も手伝って、少し足早にテントの張られた一角と足を運べば、温かな湯気が二人を迎えるように立ち上っていた。
「うわー!湯気すっげいい匂い!今お腹鳴った!」
「本当だ、この辺りめっちゃいい匂いする!買おう!食べよう!」
 先ほどまでの静寂は何処へやら、一気にテンションのギアを上げてジャンとくるりがご飯ブースへと駆け寄っていく。メニューも豊富であれにしようかこれにしようか、と二人でかなり迷ったけれど、最終的にはジャンがバターとチーズたっぷりのバケットにビスクスープ、くるりが揚げたてフィッシュ&チップスに生姜入りの出汁で何とかまとまった。
「テントは…お、これなんかどうだ?」
「あっこのテントいいね、秘密基地みたい!」
 テント探しも、ほとんど同時に同じテントを指差す息の合い具合に二人が笑い合って、転げるようにして中へと入り込む。秘密基地の例えに相応しく、中は狭すぎず広すぎず、の程よい塩梅。ふわふわクッションを椅子がわりに、真ん中のスペースに料理を並べて、いよいよお待ちかねの頂きます!が響き渡る。
「もうさっきから海老の匂いが溜まらなくて……ん、うわ濃厚っ、うまっ!バケットも体が求めてたしょっぱさ…最高…!!」
「生姜のお出汁美味しい〜!あったまるなぁ。フィッシュ&チップスも揚げたてで間違いない…最高…!あ、でも王様のもおいしそう…よかったら一口交換しよ?」
「よし、一口交換な!熱々のうちにどーぞ」
「ありがとー!」
 一日通してたっぷり楽しんでいたおかげか、腰を落ち着けての食事は染み入るように美味しかった。それぞれ単体で食べるのはもちろん、ビスクスープにバケットを浸したり、意外とシンプルな塩味ベースのフィッシュ&チップスは生姜出汁にもあってたりで、交換しての食べ合わせの妙も楽しく、気づけばあっという間にお皿は空になっていた。こうなると、店で一旦保留にした甘いものがなんだか惜しい気がしてきて、ジャンがうーん、と唸り声を上げる。
「しょっぱいものの後は、あまいものも食べたくなるな…」
「…お腹まだ空いてる?甘いのも、いっちゃう?」
 くるりの方も同じ心境だったらしく、尋ねる姿勢ながら既に体がソワソワと揺れている。その様子に思わずふ、とジャンが笑った後、キリリと表情を整えて出航を宣言する。
「…漕ぎだすか、デザートの海へ」
「いこう〜!今日は特別!」
 一緒に過ごす特別な日は、最後まで抜かりなく全力で。綺麗に楽しいに不思議と、最後はめいっぱいの美味しいを盛り込むべく、二人がテントを抜け出してかけていった。

マリー・エルデフェイ

 夜の帳が落ちた森の中、凪いだ湖畔には──花が満たされていた。供えられたであろう|彩玻璃花《コロラフロル》が水面を滑っては、きらめくように色を変えて、美しく彩られていく。その一輪一輪を静かな眼差しで眺めるロクヨウの姿に、見守っていたマリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)がほっとしたように胸を撫で下ろす。
「|彩玻璃花《コロラフロル》の咲く時期だけとはいえ、ロクヨウと人が争わない時期があるのはとても良いことです。」
 例えひととき限りのことであっても、戦うことなく隣り合える。静かに寄り添って、同じ景色を眺めていられる。そんな瞬間の尊さを何よりも知っているマリーが、瞳を細めて辺りに流れ着いた|彩玻璃花《コロラフロル》をつつく。
「人が傷つくのは嫌ですし、出来る事なら動物も、モンスターであっても傷ついて欲しくないですからね。」
 けれど、それがどれほど願っても叶わない願いであることも、よくわかっている。自然の摂理は厳しく、生きて行く為には時に、他の命を啜らねばならない。それでもせめて、少しでも避けていけるのならそうしたい、と願ってマリーが|彩玻璃花《コロラフロル》をふつり、と一輪摘み取る。ゆるゆると湖の淵を歩くロクヨウの前にゆっくりと歩み出て花を差し出せば、暫し眺める視線の後に受け取られる。
「この平和な時間が少しでも長く続きますように……。」
 花は捧げるだけにして、夜色の祝福は戴かなかった。叶うなら祝福は、この願いにこそあってほしいと、常の想いを祈るように口にする。それをロクヨウが聞き届けたかわからないが、マリーの捧げた花を水面へと流す姿は、いっとう穏やかなように見えた。

 ロクヨウへの供えを終えた後は、一日の最後を労う為にテントと料理の並ぶ一角へと足を運ぶ。暗い森の中に優しく燈る灯り、雨に冷えた体を癒す温かな湯気の香り。特に料理はそれなりに数が揃っていて、濃厚なビスクスープにとろりとチーズの溶けたバケット。原木から切り出した生ハムに熱々のグラタン、加えてギモーヴやココアと甘いものまで揃い踏み。とてもどれかだけを選ぶのは難しく、むむむ、と悩むマリーに店のものから「少しずつでも構いませんよ」の声がかかる。見れば料理を卸してるらしい竜人がにこりと微笑んでいて、マリーがありがたく頂きたいです、と申し出た。──気づけば少しずつ全部の料理を集めたプレート皿は、コースもかくやの豪華さで。小さな一人用のテントを陣取ったマリーの笑顔は、ホクホクと満足そうなものだった。

野分・風音

 夜の帷が落ちて暫し、迷宮は昼よりもさらにしんと静まり返っていた。灯りが燈され雨は降り続き、人の気配も多少は感じられる。けれど何処か全てがひっそりとしていて、ジャリ、と土道を踏む音すら大きく感じる。そんな中、野分・風音(暴風少女・h00543)が目的地へと向かっていくと、迷宮の中にぽっかりと視界のひらけた湖が現れる。
「湖に着いたー!わぁ、ここもすっごく綺麗な場所だね!」
 鏡面の様に凪いだ湖は、空を写して星空のように。そしてその上を風に流された|彩玻璃花《コロラフロル》が滑っていき、どこか幻想的な空気を醸し出す。その湖の縁を、音もなくふらりと歩く獣じみた影があれば尚のこと。
「あ、聞いてた通りロクヨウも居るね。」
 姿を見つけると、風音が先ほどの軽快な足取りとは違って慎重に歩み寄る。そうして視界に入る位置まで来ると、ここに来るまでに摘んでいた数輪の|彩玻璃花《コロラフロル》を捧げる様にして差し出す。意図の読みにくい黒く深い瞳が暫くじい、と花を見つめた後、そろりと花を受け取るとそのまま湖のほとりに座して、水面に浮かべる。新たに増えた|彩玻璃花《コロラフロル》が、湖の水に反応して淡く光るように色変わるのを眺めながら、手にした頭蓋をゆっくりと撫でるロクヨウの姿は、まるで。
「……まるで誰かを弔ってるみたいだね。亡くした大切な相手の為に花を捧げるのは、人もモンスターも同じなんだね。」
 誰を亡くしたのか、本当に弔いのつもりなのか。何も語らないロクヨウ相手に真偽はわからない。けれど、何処か寂しさと慈しむ空気を纏うロクヨウを背に、風音がそうっと見守りながら湖を離れた。

 暫く歩いて次に見えてくるのは、テントの立ち並ぶ一角の明かり。木々の合間を縫う様にして、いろんなテントやタープが貼られている。各々空いていれば好きな場所へと滞在できる様になっており、風音がワクワクとした表情を浮かべる。
「さて、滞在するのはどのテントにしよう?……あ、あの木の上のにしよう!」
 大きなテントでゴロンとするもよし、タープの下で雨音を楽しむもよし…といくつか迷った後、風音が選んだのは木の上の小さなテント。天井部分が色留めしていない|彩玻璃花《コロラフロル》の布でできており、雨で色の変わるのが楽しめるし、一人分には程よいスペース感が直感的に気に入った。掛けられた梯子をヨイショと登り、広めのハンモックめいた床に腰掛けて。並ぶテントやふんわりとしたあかりの雰囲気をひとしきり楽しんだ後は、お待ちかねのご馳走タイム。竜人や街の人々が振舞ってくれた料理を前に、いただきます!と手を合わせる。暖かな湯気の立ち上るスープに、まだ熱々なのが伝わる揚げたてが乗る皿。いくつも並べたものを一つずつ味わっていけば、風音の笑顔も弾けるようで。
「このビスクスープ、濃厚でおいしい!フィッシュアンドチップスも揚げたて最高だね!トマトとモッツァレラのビネガー漬けも口の中さっぱりする!」
 エビの風味が濃厚なビスク、ザクっと衣を突き破ればホクホクの中身が飛び出すフィッシュアンドチップス。熱々の口をひんやり落ち着けてくれるビネガー漬けとバランスもバッチリで、くるくると順番に食べていけばあっという間に完食してしまう。そうしてお腹が落ち着いたのなら、またもう一度|彩玻璃花《コロラフロル》の寄り添う森の中をのんびりと見回して、過ごした一日のことを振り返る。
「今日一日楽しかったなぁ。また来れたら、違う景色が見られるかな」
 雨降る街での、鮮やかな思い出を胸に。また訪れる機会を思い描きながら、風音がふふ、と嬉しそうに笑みを浮かべた。

月夜見・洸惺
香柄・鳰

 雨の降る森に、夜の帷が落ちていく。雲間に見える空は藍色を帯びて星を纏い、降り続く雨を煌めかせる。光量の落ち着いた中では一層|彩玻璃花《コロラフロル》も彩の増すようで、月夜見・洸惺(北極星・h00065)が昼とは違う景色に嬉しそうな笑顔を見せる。
「わわ、素敵な夜の訪れですねっ。幻想的でワクワクしちゃいます」
 雨に手を翳して綻ぶ洸惺は、それこそ夜に溶け込みそうな色をしている。素敵で幻想的な夜、と言うのならきっと洸惺自身もそうだろう、と微笑みながら香柄・鳰(玉緒御前・h00313)が頷く。
「ええ、夜の森も静かでうつくしいですね」
 鳥の囀りも獣の気配も薄く、耳を澄ましても聞こえるのは雨と梢の揺れる音ばかり。土踏む音すら響く静寂に、これもまた魅力の一つ、と鳰が暫し浸ってから。
「それになんといっても。洸惺さんお待ちかねの夜ですものね。」
「はいっ、|彩玻璃花《コロラフロル》とガラスペンにロクヨウさんからの祝福を賜りたくて……!夜空色に染めて頂けるなんて、これはお願いするしかないですっ」
「大賛成!私もレインコートに祝福を頂きたいですし。ロクヨウさんを探しにいきましょうか」
 賛同を得たなら向かう道は湖の方へ。途中|彩玻璃花《コロラフロル》を摘みながら、小さな灯りが導く先へ向かっていくと、その姿はすぐにも捉えられる。湖の淵をゆっくりと歩き、時折縁に流れ着いた|彩玻璃花《コロラフロル》をそっと中ほどへと押しやって、また歩き出す。モンスターというのが信じ難いほどに、穏やかな様子のロクヨウを見て鳰がそっと尋ねる。
「ね、洸惺さん。あの方ではない?」
「本当だ……!静かに湖畔に佇まれています」
「本当に穏やかにされている。不思議ですね。」
 そのまま驚かさないように、と静かに二人がロクヨウへと歩み寄り、摘んでおいた|彩玻璃花《コロラフロル》をそっと差し出す。すると暫しじっと深淵を流し込んだような瞳で見つめた後、花を受け取って湖へと流していく。暫く色変わりながら水面を滑る|彩玻璃花《コロラフロル》を皆で眺めた後、二人が懐からガラスペンと|彩玻璃花《コロラフロル》、そしてレインコートを取り出し、ロクヨウの前へと差し出す。
「よければこのペンに、あなたの夜空をお分けください」
「私も、叶うなら貴方の夜空を分けて頂けますか」
 願い出ても、ロクヨウから音のある返事は聞こえてこなかった。けれど目の前の品をじ、と眺めた後、首を伸ばして息を吹きかける。その瞬間、ロクヨウの纏う夜星の色がそのまま映されたかのように、ペンと花とコートが染まっていった。ゆらりと滲むように、染み込むように。色の変わっていく神秘的な瞬間に目を奪われていると、気づけばロクヨウの背は遠く離れていて。
「レインコートが夜空色に染まっていく光景、神秘的で美しかったですねっ」
「硝子ペンや花が染まる様も、とても楽しく拝見しました。お互いとびきりの一品になりましたね」
 戴いた祝福に感謝を込めて、去り行く背中へと一礼をし、二人が次はテントの方へと向かって行く。ほんの数分も歩けばすぐに灯りに満ちた一角に辿り着き、先ほどとは違った温かな空気にホッとする。そして思ったよりも体の冷えていたのに気づいて、鳰が湯気の立ち上るテントを指差す。
「この時期とて雨夜は少し涼しいですね。暖かいものを頂いて寛ぎましょう」
「はいっ。それじゃあ僕はココアにしようかな。鳰さんはどうされます?」
「私は…ううん、沢山あって迷いますね。けどお出汁の香りが良いので、こちらの生姜スープにしようかと。」
 色々と並ぶ中では迷いも生まれつつ、それぞれに温かな飲み物を選んで手にすると、伝わる温もりに何処か安心を覚えた。
「テントはどれが良いでしょう?」
「テントは…あの空を見上げられるのは如何?」
「はいっ、ではあそこに!」
 鳰が指差す先にあったのは、しっかりとしたタイプのテント。雨除けもバッチリに、天井部分を透明にすることで空模様を楽しめるタイプで、洸惺も気に入っていそいそと駆け寄った。
「それでは、今日一日お付き合いありがとうございましたっ!」
「こちらこそ、楽しい一日をありがとうございました。…乾杯!」
「乾杯っ」
 テントの中で腰を落ち着けて、冷めぬうちにと笑顔で乾杯し、二人がふぅふぅ息を吹きかけながら杯を啜る。スープは色留めできませんね、なんて鳰が揶揄うと、洸惺が確かに!と真面目に同意するものだから、重なる笑い声は楽しげに膨らんで。マシュマロの浮かぶ甘いココアも、まろやかな塩味が出汁に溶け込むスープも、なんだか一層美味しい気がしてしまう。
「洸惺さんを見ているとココアも頂きたくなってしまいますね。ふふ、後でまた貰いにいきますか」
「僕も鳰さんが美味しそうに生姜出汁のスープを飲まれているので、気になっちゃいました。後で一緒に貰いに行きましょう」
 甘いものを含めばしょっぱいものが恋しくなり、しょっぱいものを口にすれば甘いものが欲しくなる。延々とループしそうな幸せな悩みにふふ、と互いに笑みをこぼす。

花の彩り、星の煌めき。今日一日の楽しかった思い出を溶かし込んで飲む一杯は──きっと、いつまでだって忘れないから。

囲・知紘
囲・茉紘

 日の落ちた夜の森では、できることが二つある。一つはロクヨウの待つ湖の辺りで、花を捧げること。もう一つはテントの並ぶ一角で、食事や休憩を楽しむこと。どちらもこなそうと思うとひとりでは少し時間がかかるかもしれない。けれど──
「ちひろ、ご飯の用意よろしく。美味しそうなの、貰ってきて。」
「わかった。ちひろに、任せて。まひろはお花、よろしく。」
「うん。まひろ、ロクヨウさんにお花あげてくる」
 昼間と違って二人揃ったのなら、ここは効率よく役割分担をすることに。囲・知紘(ことりばこのかわりだったもの・h04534)は食事の調達を、囲・茉紘(こうのとりのかわりだったもの・h04545)はロクヨウへ供える花を渡すのと警戒を。担当が決まったのなら、左右に分かれた道を二人がそれぞれに歩いていく。先に目的地へ着いたのは、茉紘の方。湖が見えてきたなら、淵を歩くロクヨウの姿もすぐに見つけられて、茉紘が驚かさぬようゆっくりと歩み寄る。湖には多くの|彩玻璃花《コロラフロル》が浮かべられていて、水面を滑るそれをロクヨウがじぃ、と見つめている。
「供養…弔い…誰かを想うこと…偲ぶこと…ここに誰か水葬されたのかな…」
 |宇宙《そら》の深淵を宿したロクヨウの瞳からは、細やかな感情は読み取れない。けれど静かに花を見送る姿はやはり何かを弔っているように思えて、茉紘が供える花を探す。
「百合、百合っぽいお花を摘んで…」
 呟きながら周囲を探すと、ちょうど百合めいた花姿の|彩玻璃花《コロラフロル》を見つけて、そっと数輪摘む。雨に色の変わるまま、留めずにロクヨウのそばまで行って、茉紘が花を手渡す。
「あなたの色は、あなたのためのものだから、色留めはしてない。かわりに、あなたの傍に、いさせてね」
 そばにと願い出たが、ロクヨウからはじぃ、と見つめる視線が返ってくるばかり。然し花を受け取って湖へと浮かべ、そのまま同じ場に留まっているのは、了承に近い意図を読み取れて、茉紘がゆっくり頷いた。
「あなたを邪魔する悪い人が、いるんだって。まひろが暫く此処に居て、見張っててあげる…安心してね、邪魔させない」

──
「まひろ、人間以外には優しいから、ロクヨウさんのこと、気にかけてるんだろうな。…ちひろ、人間以外をちょきちょきしたくなるから、離れておこう」
 茉紘がロクヨウを見守る中、分かれた道でそう独言ながら知紘が食事の調達に向かう。テントの立ち並ぶエリアへ辿り着けば、そこに溢れるのは柔らかな光に、張り巡らされたタープ。中でもいっとうふかふかのクッションに溢れたテントを見つけたら手持ちの荷物を置いて確保し、次は温かく立ち上る湯気の方へと歩いていく。
「あとは、ご飯…全部、食べたい…ええっと…」
 ビスクスープもバケットもグラタンも、売られている全てが美味しそうで。知紘が茉紘の分も含めて、2つずつ注文を入れていく。缶入りキャンディは中身を分け合えそうだと1つにして、最後に。
「…あとは、マシュマロ入りココアは、3つ」
 きっと茉紘なら、ロクヨウにも何か分けてあげたいって思うだろうから、と。ココアだけは3つ頼んで、知紘が食べ物を引き上げたテントで静かに帰りを待つ。すると数分で、こちらへと向かってくる茉紘の姿が見えて、声をかけた。
「ほら、やっぱり、まひろ来た。はい、これ、ロクヨウさんの分」
「うん、ありがとう。でも…」
「どうかした?」
「…ロクヨウさん、ご飯、食べれる?飲物、飲める?少し、休憩しない?って聞いたけど、返事なくて。少し離れていったから、多分食べれないのかな、って」
「そっか、残念だったね」
「うん、でも後でもう一回会いに行きたい。見張りも兼ねて」
「わかった。ちひろ、ここで待ってるから…思う存分、傍にいてあげな。その時にココア、持っていって。飲めなくても、香りだけお裾分けできるかも」
「うん、そうする。」
 せっかくテントまで来たから、とロクヨウの元へ再度向かう前に、知紘と茉紘が並んで食事を共にする。濃厚なビスクスープで胃を温めて、ザクザクのバケットに時折グラタンを掬って。合間に知紘がスマホで撮った|彩玻璃花《コロラフロル》の動画を見せると、綺麗だね、と茉紘がパチパチ手を叩いて感想を述べる。
「今日は、楽しかったね、次はママたちとも行こう」
「うん、とっても楽しかった。次にママたちと行けるのも、楽しみ」
 次の楽しい約束を結んで、知紘と茉紘が肩を寄せ合う。雨に冷えた体も、二人でいれば気にならないほど、温かく感じられた。
 

東雲・夜一
七・ザネリ

 ようやく日差しが地平線の彼方へと去り、暗闇の帷が下される。森の中は灯りこそ灯ってはいるが、雨音の静寂と柔らかな暗がりに満ちている。暗く、昏く、闇に満ちた世界──夜、それは幽霊の徘徊する時間。そして。
「夜と言えば酒と煙草。…夜じゃなくても煙草は美味ぇけどな。」
 ぷあ、と煙を吐きながら、東雲・夜一(残り香・h05719)が夜の訪れをひっそりと喜ぶ。日陰に逃げ込む必要がないと思えば、常に変わらない筈の煙草の味もようやく舌に馴染んで美味く思える。
「ああ、何時口にしても美味いもんは美味い」
 同じ様に並んでぷかぷかと煙を遊ばせる七・ザネリ(夜探し・h01301)も同意しつつ、人とあかりから少し距離を取ったテント屋根の下に座り込む。そうして暫し|主食《煙》の補充をしたところで、ここぞとばかりに夜一が懐から取り出すのは酒瓶と二つのグラス。
「真っ昼間っから飲むのも乙だが、言葉に甘えてオススメの酒を貰ってきた。」
「よくやった夜一、今日は呑むぞ。この景色を肴とする…風情があって良いじゃねえか」
 並ぶテントの何処かから調達したラベルを見ながら、にいっ、と互いに笑みを浮かべる姿は、適時適齢の飲酒…の筈が何処か悪めいて見えて。いそいそと透明な液体をグラスに注ぎ、ゆっくりと煽りながら酒の味を楽しむ。──買い込んだ煙草は帰ってからの楽しみに、今口に含むのはいつもの北十字の銘柄。湿度を孕んだ重い煙を主食に、キリッとした飲み口ながら後味はほんのりと甘い酒の余韻を楽しむ。暫し煙と酒との往復を静かに楽しんだ後、ふと今日一日を振り返って夜一が尋ねる。
「館のやつらへの土産はできたかい?」
「土産な、玄関に飾る花束、アレは良い出来だ」
 迷宮で作り上げた花束を思い起こせば、彩にバランスにと、完成させた時の満足感が蘇って、ザネリが笑みを深める。
「絶望的な喫煙者の幽霊にゃ煙をやったしな」
「へいへい。…とはいえ、あそこにいるやつら全員ってなると、100じゃあ足りねぇだろ。」
 ざっと思い返すだけでも顔ぶれは多く、ザネリの腕いっぱいに花を摘んでも足りるかどうか。そんな夜一の心配に、ザネリがひきつれた笑いを返す。
「ひひ、他の奴らには今日の話を聞かせてやるさ。存外、物より喜ぶ」
 傘から溢れる光の眩さ、百花繚乱と色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》の面白さ。そして日陰に逃げ込む幽霊の恨めしげな顔。花一輪を渡して回るよりも、面白おかしく話してやった時の楽しげな様子の方が目に浮かぶようだ、とザネリが語れば、夜一がふむ、と首を捻る。
「オレも、館の姫さんに土産でも用意した方がよかったかねぇ。」
「ああ、姫さんにも色々聞かせてやれよ。」
「話もだけど…珍しい硝子でも持ってけば、姫さんも喜ぶか?」
「あー……まあ、土産物屋に珍しい色の硝子があったことは伏せておけ。拗ねた後を考えると頭痛がする」
 それまでニマニマ笑っていたザネリが、こめかみを擦って途端に苦い顔に変わる。二人でいそいそと色硝子見物を楽しんだとバレたら、どんな雷が落ちるやら。うめき声すら聞こえそうなザネリの様子に、今度は夜一が大変そうだと笑い声を上げる。
「ハハ。そりゃあ大変だ。黙っておこう。それじゃお前さん何か食うか?。」
「そうだな、少しくらい何か食べるか……お前は本当に煙でいいのか?」
 確かになんとなく腹が膨れる気はするが、本当に煙だけというのはいかがなものか、と。一応の確認を込めてザネリが尋ねれば、これで十分、と夜一がふわりと灰色の息を吐く。
「気にしなさんな。それよか優しい優しい幽霊が、ひとっとびで食い物持ってくるぜー」
「ひひ、便利な使い走りを連れてきて正解だったな。」
 吸い終えた煙草を灰皿に押し付け、夜一からの提案にザネリがキリリ、と表情を変えて指を突きつける。
「俺は遠慮しねえぞ。甘いもんを頼む、なるべく見たことねえヤツが良い」
「了解。ショッキングピンクの甘いもん持ってくるわ。」
「後悔すんなよ、一番ヤバかったやつをお前にもやる」
 いそいそと激ヤバ甘味の物色に飛んで行く夜一の背中に、ザネリが一本釘を刺す。さて、果たして届くのは甘い極東の龍髭か、はたまたゲーミングに光るマカロンか。美味しければよし、あまりにチャレンジャーなメニューでも夜一とシェアしてしまえば、館への笑い話にはなるだろう。そんな想像をしながら、ザネリがグラスに残った酒をクイっとひと息に飲み干した。

氷薙月・静琉

──夜の帳が落ちた迷宮を、静かに歩く影一つ。

 夜闇にゆらりと揺れる白い着物は、隠り世を覗き見るように。ましてや護霊を一匹一羽連れているとなれば、その姿はまるで一幅の絵巻の如く。湖のほとりよりゆっくりと氷薙月・静琉(想雪・h04167)が練り歩けば、細く降り続く雨は星明かりを帯びていっそう煌めいて見える。仄かな花灯に天滴の音彩が目にも耳にも心地良く、おかげで連れ立つ護霊も心なしか楽しげに映る。湖畔から灯りの燈る一角へと散歩の傍ら、どこか腰を落ち着けるに良い場所は、と視線を巡らせて。ふと人気も少ない奥まった場所にまで足を向けると、ひと際大きな樹木を見つけた。幾年この地を見守ってきたのだろうか、大地にしかと根差した姿に感心していると、新月が小さく鳴いて静琉を呼ぶ。誘われるまま声を追いかけてみると、幹の裏側の巨大な窪みがあり、しかも寛げる様にと飾りまで施されていた。まだ誰も使った様子はなく、でかした、と新月を撫でてやれば、でしょう?とばかりに得意げな顔で返される。せっかくの静謐に満ちた夜、今日は一人で楽しみたいとひっそり人よけの結界を貼り終えたなら、窪みに満たされていたクッションへモフッと沈み込む。──ほどよく沈み込み、かといって埋まり切らずに柔らかく反発する。体の有り様に丁度良いフィット感を生み出すそれは、まさに人をダメにする──
「ああ…悪くない心地だ」
 そうしてクッションの感触を堪能した後、うっかり眠ってしまう前に、と静琉が取り出すのはあらかじめ購入しておいたバスケットだ。濡れないようシートの上に広げるのは、美味しそうな食事のワンセット。保温カップに入ったまだ暖かいままのココアには、月と星の形をしたマシュマロを浮かべて。バケットにチーズと生ハム、野菜を挟見込んでサンドにしたら、零さぬ様丁寧に口へと運ぶ。──表面はざくりと歯触りよく、噛んだ瞬間は小麦の香りが口いっぱいに。次にシャキシャキとした野菜と濃厚なチーズ、そして程よいしょっぱさを備えた生ハムを、ふわふわの白いパン部分が見事に包み込む。美味しい、と顔を綻ばせたら左右から鳴き声の抗議が入り、すまないと詫びてお裾分けを手に取る。雪那には食べやすい柔らかなパンを、新月には細かく刻んだローストビーフを差し出せば、どちらも美味しそうに食べるので、見ている静琉もつい笑顔になる。──降り続く雨が木々に茂る葉を揺らし、パタパタと奏でる天の旋律に心が解れ、食べ終わった雪那と新月が乗る膝はじんわりと暖かく。締めのココアを啜れば甘くとろけるようで、自然と瞼が重くなっていく。時に張り詰めることはあっても、こうして気持ちを緩める時間もまた必要だと実感して──暫し微睡に身を預けるようにして、静琉がそっと目を閉じた。

大海原・藍生
ルクレツィア・サーゲイト
風巻・ラクス

──夜の帷の降りた森は、幻想的な静けさに満ちていた。

降り続く雨は細く津々と、梢の擦れる音すら聞こえず。そして鏡のように凪いだ湖に、捧げられた|彩玻璃花《コロラフロル》が流れていく。
「──まるで祭壇ね。そしてアレは祭壇の守り主って所かしら?」
 神秘的な空気の湖を指して、ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)が連想したのは祭壇だった。そして流れていく花を見送るロクヨウこそ、まさに守護者のように見えた。
「今夜だけはロクヨウも普段と違う何かが有るのでしょうねー。」
 姿の見える位置まで歩み寄っても、ロクヨウからは特に敵意を感じない。その不思議に風巻・ラクス(人間(√マスクド・ヒーロー)の重甲着装者・h00801)が感心しつつ、思うところを述べた。
「ロクヨウも|彩玻璃花《コロラフロル》に思う所があるでしょうから、そっとしておきましょう」
 常は敵対することのあるモンスターでも、今はこうして戦わずに済んでいる。その奇跡を大切にしようと、大海原・藍生(リメンバーミー・h02520)が穏やかな様子で見守る。すると、ずっと湖畔を眺めていたロクヨウがふと3人の方へと視線をよこし、ゆっくりと歩み寄ってきた。一瞬ルクレツィアが身構えたものの、相変わらず敵意は感じない姿に、星詠みの言葉を思い出す。
「…貴方は、短い花の季節を想い弔っているのかしら?」
 問いかけに返事はなく、まるで深淵を流し込んだかのような暗い瞳も、ただただ見つめ返すばかりで感情は読めない。然し差し出す花を受け取って湖にそっと流す姿は、やはり弔いを思わせて──その様子にふと、『野辺送り』という古い言葉を浮かべる。たとえどこで亡くなろうとも、由来ある地へと返して弔う風習。それが果たして抱えた頭蓋に関係するのか、本当にロクヨウがそのようなつもりで行ってるのかは、わからない。それでも、短くも美しい時間への感謝を込めて、|彩玻璃花《コロラフロル》を託す。
「……私の花も、祝福をお願いします。一つは貴方が思う誰かへ」
「と、俺の花もよろしくお願いします」
 続けてラクスと藍生が差し出す|彩玻璃花《コロラフロル》には、望めばロクヨウがふっと息を吹きかけて祝福がもたらされる。染まるのは、星の光が溢れる夜空のいろ。美しい花色を一輪は湖へと還し、もう一輪は手元へと引き取った後、3人がロクヨウへと別れを告げて静かに湖畔を後にした。

 森の主への挨拶が済んだのなら、後は今日一日を締めくくるお楽しみの時間。あかりの燈るテント張りの一角を見つけると、わぁ!とテンションの上がった藍生が声をあげる。
「夜の森が明るいって、まさにファンタジー!」
 あちこちに吊るされたランプに、雨に揺れる|彩玻璃花《コロラフロル》のきらめきもまるでイルミネーションのようで、あたりは幻想的な雰囲気に包まれている。
「それにテントでお泊り、秘密基地みたいです!私は簡単なサンドイッチしか用意できませんけど。」
「俺だって食事はカレーくらいしか作れないですよ〜」
 同じくワクワクした様子のラクスが食事について言及すると、あはは、と笑って藍生も自らの料理スキルを語る。
「ま、今日は作らなくても美味しい食事にありつけそうだし、ラッキーよね」
 ふふっと笑うルクレツィアが指差す方には、街の人々が用意したであろういろんな料理が並んでいて、ふわりと風に運ばれてくる湯気にはうっかりお腹が鳴りそうなほど。早速あちこちを見て回って、カップサイズのグラタンにたっぷりと蕩けるチーズの乗ったバケット、それにホットココアと缶入りキャンディを手にして、次はテント探しに移動する。いくつか覗き歩いて見つけたのは、秘密基地めいた小さめのテント。木のウロを利用したもので、狭いながら雰囲気は抜群で、ここにしようと3人で即決した。肩が触れ合う狭さにはなったが、身を寄せ合って語らうのもまた楽しいもの。
「……藍生さん、私とルーシイさんでサンドイッチになっちゃいましたね。」
「あら、それならもっとぎゅーっと寄っちゃう?」
「そ、それは…流石に恥ずかしいのでここまでで…」
 と、ちょっぴり藍生が揶揄われる場面もあったが、料理に手をつけ始めるとそれもすぐに美味しい笑顔へと変わっていく。
「バゲットにグラタンに、チーズが美味しい!」
「あったかくてホッとしますねー。意外と雨で冷えてたのかも?」
「本当、どれもあったかくて美味しいわ。チーズのしょっぱいにココアの甘いもあって、バッチリの布陣ね!」
「缶入りキャンディはこれ、家族に持って帰りたいですね?」
「御家族にお土産ですか?それなら来年はご家族で来るのはいかがでしょう?」
「ですね、ラクスさん。今度来る時は家族ときます!楽しい思い出はみんなとがいいです」
「いいわね!私はこの風景をしっかり目に焼き付けて持って帰るわ。絵にしたいもの」
「ルクレツィアさんもやはり描きたいと思いましたかこの光景。これは紙で描きとめておきたいですよね」
 美味しい料理に舌鼓しつつ、合間の会話も楽しく弾んで。デザートがわりのココアを飲む頃には、クッションに体を預けてふわふわ気持ちの良い夢見心地になっていた。
「誰かと一緒に夜を過ごすのは久しぶりですねー。」
 久しぶり、と自ら口にしたことで、ふとラクスがこんな夜が久しいことを自覚する。海賊船に居た頃はこうして身を寄せ合うのが普通だったけど、失った今こうして思い出すと、どこか懐かしくも寂しくて。けれど今は、肩の触れ合う距離に皆んながいる。一緒だと思うだけで、寂しさは少しずつ薄れていった。
「そうなんですね、またこんな機会があるといいですね」
「あるわよ、見つけたら私が誘うもの。その時はまた一緒にこうして遊びましょうね」
 藍生が口にする淡い希望を、ルクレツィアが確かな約束に変えて笑う。そんな未来の楽しみが嬉しくて、気づけばラクスも微笑みながら小さな願いを胸に抱いていた。

──どうか、 捧げた|彩玻璃花《コロラフロル》が、皆に祝福を届けてくれますように。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

 夜の帷の落ちた森の中。細雨が星の光を帯びてキラキラと降りしきり、|彩玻璃花《コロラフロル》も闇の中でいっそうの煌めきを見せるひととき。凪いだ湖にはためく可惜夜の翼が映って、ララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)がここね、とあたりを見渡す。
「綺麗なところに着いたわ」
 謐けさに満ちた湖は、捧げられた|彩玻璃花《コロラフロル》が水面を滑り、千紫万紅の彩に移り変わる。
「おお、此処もまた綺麗な場所だな」
 夜の迷宮で駆けて行かれては困るので、今ばかりは逸れないようにと詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)がララの手をしっかりと握る。その隣で見る湖の幻想的な雰囲気に、感心したように一つ頷いた。
「彩花の彩る湖畔は奇跡のようね」
「この季節しか見られないらしいから、確かに奇跡…なんだろうな」
「さ、それじゃあ早速探索よ。イサ」
 怖がる者がいても不思議ではない薄暗さの中、ララの瞳は楽しげに先を見据えている。イサも手を繋いでいれば心配はないのか、良いよと気さくに供を仰せつかる。雲間に覗く満天の星空、枝垂れるように重なり合った|彩玻璃花《コロラフロル》、そして湖のほとりをゆっくりと歩くロクヨウの姿。夜が滴り落ちたかのようなその有り様に、ふとララが祝福のことを思い出してイサに尋ねる。
「イサ、ロクヨウの空を分けてもらわないの?」
「ロクヨウに?いや…俺は……ララの可惜夜の彩があるからいいよ」
 ロクヨウの纏う色は神秘的で、きっと与えられる夜色の祝福も美しい物だろう、とは思う。けれどララから与えられた色彩のレインコート──可惜夜の星が溢れる裾を見れば、愛おしいと思うのはこちらの夜で。包まれているならこの|彩《夜》が良い、と微笑むイサに、ララが柔らかに赤一華を細める。
「ララの可惜夜を手放さないなんて、本当に可愛い子ね」
「か、可愛いって…その、悪い気はしないけど。……じゃあ一緒に花を捧げて、湖に浮かべてみようか」
「名案ね、そうしましょう」
 祝福は貰わずとも、せめて弔いの気持ちには沿うように。道すがらに摘んだ|彩玻璃花《コロラフロル》を手にロクヨウへと歩み寄れば、ふぅ、と掛けられる吐息と共に花が夜彩の祝福に染まる。それを二人で共に湖へと送り出せば、空を写し込んだ水面に、星が滑るようで。
「何だか流れ星みたいだね」
「ええ、ララとイサの流れ星ね」
 見送る星に託す願いは、未だ胸に秘めながら。きらめく尾を描く星の花を、二人が静かに見送った。

──そうして湖畔で花を捧げた後、散歩を兼ねて次に向かうのはテントの張られた一角。燈された灯りの中、木々の合間のタープに、木のウロを利用したテントに、数人はゆうに入れそうな大きな屋根にと、種類は様々に揃っている。
「ララ好みのテントは見つかった?」
「ララはね、テントはこれって決めてたの」
 けれどララの狙いは一点のみ。しゅばっ!と狙い澄ました勢いで飛び込むのは、こじんまりとした秘密基地めいたテントだ。木陰にひっそり佇む中に潜む姿は、まさに|齧歯類《モモンガ》めいてて、イサがふふ、と笑みを浮かべる。
「やっぱりね!その秘密基地みたいのにすると思ったんだ」
「む…お見通し?驚かせたかったのに」
 見透かされていたことにむぅ、と唇を尖らせつつ、ララがイサをテントの中へと手招く。秘密基地風のテントとあって狭いので、ぎゅうと詰めて並んで座り。なんとか作った空間に、調達済みの料理を並べていく。頂きます、のあとは早速ララがバケットに齧り付き、糸状にびよーんと伸びたチーズにモモモ、と口を寄せていく。イサは原木削り出しの生ハムを一枚摘んで、その絶妙な塩加減に舌鼓を打っている間に、ララはローストビーフの小山をペロリと平らげていた。
「ローストビーフにバケットにって…小さな迦楼羅は食欲旺盛だな」
「ふふん…それだけで終わりじゃないわ。生ハムもグラタンもあるのよ。沢山食べて大きくなるの」
 旺盛な食欲に感心するイサに、きらんと目に怪しい光を乗せてララが力説する。そして宣言通りに次のグラタンへ手を伸ばす嬉しそうなララに、そんな姿も可愛いんだけど、とイサが惚気るように苦笑する。そうしてひとしきりご馳走を堪能した後は、マシュマロ入りのココアでほっと一息つく。食事と話に夢中だった時は気づかなかったが、ゆっくりと飲み物を口にしていると、サァァ──と流れる雨音が優しくて。暖かなテントの中に、たっぷりのご馳走で満ちたお腹。そして子守唄めいた雨に揺られて、やがてララがうとうとと船を漕ぎ出した。
「ララ、眠いの?ほら、膝枕してやる」
 うつらうつらと揺れるララに気づいて、イサが座り直して自らの膝をトントンと叩く。魅惑の美少年の膝枕を前にはララも薮坂ではなく、こてんと横になって堪能する。──やや邪な所感は置いておくとして、イサが優しく髪を漉きながら見守っていると。
「…お前の隣は落ち着くわ」
 むにゃむにゃと眠たげにそれだけを言葉にして、ララがスゥ、と静かな寝息を立て始めた。その姿に愛しげに笑いかけて、イサが夢路への見送りを述べる。
「おやすみ、聖女サマ」

湖に流した星の花に、もしまだ願いが届くのならば、どうか。
──明日も明後日も、倖な日になりますように。

クラウス・イーザリー
門音・寿々子
瀬堀・秋沙
品問・吟

──夜の帳が降りてもなお、森の中は雨が降り続いていた。

 祭りに色留めにと賑やかに楽しんだ生物部メンバーの締めくくりは、テントでゆっくり過ごそうということになった。いくつも並ぶ中から門音・寿々子(シニゾコナイ・h02587)の審美眼で選ばれたのは、防水性能バッチリの本格的なテント。外に張られたタープの下にテーブルと四つの椅子、中に入ればクッションやブランケットに埋もれて雨音を楽しめる。まさに良いとこどり全部盛りといった仕様に、他のメンバーからもここにしよう、とすぐに集まってきた。居場所が決まったとなればさらに居心地を良くするために、各々が自由に動き出す。瀬堀・秋沙(都の果ての魔女っ子猫・h00416)は購入した雨鈴をテントの外に吊るし、チリリンと音が鳴るたびに猫耳をピコリと揺らして嬉しそうに。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は跳ねた雨雫で少し濡れたテーブルや椅子をざっくりと拭いて、その間に待ちきれない!とばかりに品問・吟(見習い尼僧兵・h06868)が食べ物を扱うテントへと走っていく。慌てて寿々子もその後を追いかけていって、テントに残された二人が待つ事しばし。
「お腹ペコペコで、いーっぱい料理を確保しちゃいました!」
 ホクホクとした表情で戻ってきた吟の腕には、これでもか、とフード類が積まれていた。振り返ると持ちきれなかった分は髪にも持たせていて、4人分とはいえ十分すぎる量が揃っていた。それらを並べている間に、飲み物を調達してきた寿々子もテントに戻ってきて、テーブルの上の賑やかさに驚いた様子を見せた。
「わー!空腹で飲み物をすっかり失念していました。寿々子さんはフォロー感謝ですね」
「いえ、吟さんもお食事ありがとうございます。えっと、並べちゃいましょうか。こっちのココアは…」
「俺のだ。二人ともありがとう……至れり尽くせりで何だか申し訳ない。食事はこっちで広げようか」
 受け取ろうと立ち上がった時、ちょうど料理の香りが鼻を掠めてクラウスのお腹がぐう、と音を立てる。ちょっぴり気恥ずかしいながら、それだけ肩の力が抜けているってことなのかもしれないと思うと、それはそれで少し嬉しい気もした。
「にゃっ!確かに至れり尽せりにゃ!美味しそうなにおいにゃ!吟ちゃん、たくさん持ってきてくれてありがとにゃ!猫は寿々子ちゃんのグラスお手伝いするにゃ!」
 立ち上がったクラウスに続いて秋沙もにゃにゃっとグラスを受け取る。ココアはクラウスに、寿々子と吟は同じ緑茶…ではあるがサイズは普通とグランデに分けて。最後にもう一度飲みたい!と希望した色の変わるソーダを秋沙が受け取って、テーブルの準備がようやく整った。
「それじゃーお仕事は一応まだ続いてるけど、ひとまずは…かんぱーい、にゃ!」
「「「乾杯っ!」」」
 それぞれ手にしたグラスをカチンと合わせて、暫し夕食タイムと洒落込む。温かなビスクスープにチーズをたっぷりと乗せたバケット。山と盛られたローストビーフに、口をさっぱりさせてくれるトマトとモツァレラのビネガー漬け。それぞれを摘みながら飲んで喋ってを繰り返すうち、なんだか楽しくなってきて、寿々子がいつもよりも軽やかに話し出す。
「こういうのグランピングっていうんですよね」
 聞いた知識と照らし合わせての言葉に、思わず口からポロッと出たけれど、瞬間いつもよりもはしゃいでる自分にも気がついて、気づけば寿々子の頬があからんでいた。
「そうだにゃ!皆んなでお外で楽しめる良いイベントだにゃ!」
「然し時折警邏が必要とはいえ、こうして景色と御飯を楽しめるお仕事があるなんて…能力者としての役割は荒事ばかりと思ってました」
 フィッシュを前の口で、チップスを後頭部の口で器用に食べながら、吟が今回の依頼の所感を語る。
「にゃっ、依頼の中ではこういう感じは珍しいかもしれないにゃ!」
「そうだな、やっぱり荒事が多いのは確かだろうし…」
「そうです、よね。皆さんとご一緒の今回が、穏やかな依頼で助かりました」
「なるほどねぇ。あ、じゃあ皆さんは変わり種な経験とかしました?聞いてみたいなぁ。ちなみに私は敵の作る炸醤麺とお寿司を食べたことが……あ、今食べてばっかりって思いましたね?」
 じ、と吟の探るような視線からはクラウスも寿々子も秋沙も首を横にふる。思っていたとしてもここは否定が正しいと、何かが告げていた。
「いや、その…敵が作る料理を食べて無事だったのか、とは思ったが」
「は、はい!心配はしました…」
「でも今こうしているってことは、無事だったにゃ!吟ちゃん強いにゃ!猫の冒険は、故郷の小笠原ボニンから、本土に箒一本で飛んで来た事にゃ!√EDENで迷子になってたけどにゃ!」
 猫、ならぬ魔女らしい出立ちの秋沙ならば納得の箒エピソードに、オチまでついていて思わず全員が楽しげな笑い声をこぼす。
「箒で海を渡るのは大変そうだ…それぞれ個性的な話で、つい感心するよ。それにつけて俺は冒険…というより戦ってばかりなんだけど。なんだかんだ、こんな綺麗な花が咲く場所で、皆とのんびり過ごす時間が一番好きだな」
 雨の音や匂いに落ち着きながら、食事を挟んで歓談する。依頼や戦いの重要性は理解しながらも、やはり自らの好むところはこの情景だと実感して、クラウスが深く頷く。
「分かります。穏やかな時間は素敵ですから…でも、いつか私も皆さんみたいに、自分らしい冒険をしてみたいです。」
 皆が語る冒険譚に、キラキラと瞳を輝かせて聞いていた寿々子が、クラウスに同意しながらもそっと憧れを募らせる。物語を開く時のようなときめきを、いつか自分も体験できたら──それはきっと、忘れられない思い出になるはずだから。
「にゃっ!寿々子ちゃんならきっとワクワクドキドキの冒険ができるにゃ!」
「うん、いつか寿々子が自分らしい冒険ができるように応援してる」
「私も!冒険から帰ってきたらぜひ聞かせてくださいね。あ、もちろん今日みたいにご飯付きで!」
 パクリとバケットを食べながら提案する吟に、皆が楽しそうな笑い声を挙げて、テントの一角を賑わせた。

ナギ・オルファンジア
アダルヘルム・エーレンライヒ

──夜の帳が落ちた森は、静けさに包まれていた。

 雨は細く囁くように、風は止んで梢の一つも波立たず。吸い込まれるような静寂の中を、二人が並んで歩いていく。まずはロクヨウに会いに、と一致した意見のもと、向かうのは湖。まるで星空をそのまま映したかのような水面を、|彩玻璃花《コロラフロル》が滑るのを暫し眺めていると、その辺りをゆっくりと歩くロクヨウの姿が見えて歩み寄る。常ならば襲いかかることもあろうモンスターが、花束をもつナギ・オルファンジア(■からの堕慧仔・h05496)を前にはじぃ、と視線を返すばかり。水色と桃、そして橙に染められた|彩玻璃花《コロラフロル》を手渡されれば素直に受け取り、それを見守っていたアダルヘルム・エーレンライヒ(月喰みの不死蝶・h05820)も、自らの花束をロクヨウの腕に添えた。暫し花を見つめた後は、緩慢な動作で湖のそばに侍り、渡された花束をそっと湖に流していく。それは確かに何かを弔うような姿に見えて、不思議とばかりに流星の如く送られていく花を見つめる。そうして立ち上がる頃を見計らって、ナギが首元のカメオを外し、ロクヨウの前へと差し出す。
「これを染めておくれ。君に出会えた記念が欲しいものでね」
「俺も、叶うならインクと花輪を色留めしてもらえるだろうか」
 続いて差し出されるアダルヘルムのインク瓶と花輪、その3つをしばらくぼんやりと眺めた後、ロクヨウがふぅ、と柔らかに息を吹きかける。途端、透明だったそれらが星の光が溢れる夜の色へと留められた。然し美しい色への礼を、と顔を上げる頃にはロクヨウは背を向けて遠く離れていて。二人がありがとうに変えて静かに目を伏せてから、静かに湖畔を後にした。

 来た道を戻ること暫し、今度は灯りの誘う一角へと進めば、木々の合間にテントの張られた広場へと辿り着く。暖かな光に、食事から立ち上る湯気。湖の静けさとは打って変わった穏やかな賑やかさに、ナギがウキウキとテント選びに精を出す。
「テントはお花の側で、大きいものにしましょう。アダル君がはみ出てしまうからね!」
「俺がデカいとは失礼な。ナギ殿がちんまいだけじゃないか?」
「誰がちんまいですか、お手頃サイズです」
 長身のアダルヘルムにお手頃(本人談)サイズのナギ、側から見れば凸凹なコンビが容赦なくツッコミ合う中、一応大は小を…の意見に寄って大きめのテントに居場所を決める。花を眺めるにもバッチリなロケーションで、目印にアダルヘルムの祝福を頂いた|彩玻璃花《コロラフロル》を飾っておき、お次は中へ持ち込む食事の算段へ移っていく。並ぶメニューの中から選ぶのは、アダルヘルムは塊肉からスライスされるローストビーフに、揚げたて熱々のフィッシュアンドチップス。ワインを振り掛け火をつけて、その熱で溶けた部分を削って乗せるとろとろのチーズバケット。ナギは表面にほんのり焦げがつくまで焼かれたグラタンに、フルーツでカラフルに色付けされたギモーヴ。それぞれたっぷりと仕入れたのなら、後は先ほどのテントへと戻ってくつろぐばかり。料理は真ん中に広げて、クッションを寝転びやすいように積んで。なんだかんだと歩き通しで疲れたのか、早速コロンと転がるナギの姿に、アダルヘルムがほんのり悪戯心を疼かせる。自分の皿からチップスを一枚摘み上げ、じゃれつく猫のおもちゃよろしくナギの前でチラチラと振ってみる。
「こら、ナギを釣ろうとするのではありませんよ」
「はは、ちんまいのの一本釣りってな」
「指ごと齧られたいの…いえ私の歯が折れてしまうな…」
 揶揄いに噛み付くも、最後にはよよよ、とナギに被害者ぶられて、アダルヘルムが肩をすくめてチップスを自らの口に放り込む。何気なく食べたつもりが、サクッとした歯触りと絶妙な塩梅の塩加減に、思いの外空腹だったことに気付かされる。そのままもう少し、と手を伸ばした筈が──
「……俺の料理、なんか減り早くね?」
「人が食べていると欲しくなるものだよ、ふふ」
 寝っ転がりながらも器用にヒョイパク食べるナギのおかげで、皿には既にあちこち空きが見えていて。
「まあ、それは一理あるが…」
「ほら、こちらのグラタンとギモーヴも食べていいよ」
 代わりとばかりに差し出されるグラタンに、ではお言葉に甘えて、とスプーンを差し入れれば、熱々のホワイトソースが舌でとろけていく。然し食べた量の差と、存外しれっとした態度の|摘み食いの犯人《ナギ》には、罰がわりにとアダルヘルムがクッションまみれの刑に処した。モフっとした雪崩に最初こそ多少の抵抗はしたが、暖かなテントの中、程よく満ちたお腹に柔らかなクッションの波とくれば、自然と瞼が重くなってきて。
「…ちょっとねむくなってきた、かも」
「ふ、そのまま寝ちまえ。安心しろ、顔への落書きは忘れずにしといてやる」
「今落書きといいましたか?ねませ、ん…」
 クク、と喉で笑うアダルヘルムにナギが抵抗するも、睨みあげるじと目はうとうとと彷徨っていて。止めとばかりに追加されたクッションにおやすみ、と言い添えられたのならば──寝息が耳に届くまで、そう長くはかからなかった。

兎沢・深琴
シルヴァ・ベル

──夜の闇に包まれて、森は神秘的な静けさで満たされていた。

 降り続く雨は細く囁くように、風は凪いで梢を揺らすこともなく。湖へ向かう道の小さな灯りだけを導に、シルヴァ・ベル(店番妖精・h04263)と兎沢・深琴(星華夢想・h00008)がゆっくりと歩いていく。目的地はそう遠くはなく、数分もすれば開けた湖畔に辿り着いた。──水面を滑る、捧げられたであろう数多の|彩玻璃花《コロラフロル》。夜空を写したような藍色を讃える湖面に、色を変えながら流れていく花はまるで流星のようで。美しい高家にしばし見惚れていると、かつ、と蹄が地を掻く音が聞こえてきた。花を見つめながらゆっくりとほとりを練り歩く、ロクヨウの姿を認めたのなら、脅かさぬようにそうっと近寄っていく。
「こちらをお受け取りいただけますか。…お気に召していただけるとよいのですけれど」
「私からは、これを。ロクヨウ様の好きになさって」
 シルヴァからは紫陽花めいた色合いのブーケを、深琴からは摘んだばかりの|彩玻璃花《コロラフロル》を差し出せば、暫くじっと見つめた後にゆるゆると受け取られた。まるで深淵を流し込んだようなロクヨウの瞳からは、何の感情も読み取れない。けれど受け取った花を大事そうに湖へと流す姿は、やはり何かを弔っているようにも見えて。この時期ばかりの奇跡を目の当たりに、二人が静かにロクヨウと花の流れていくのを見守った。やがて花が遠ざかり、ロクヨウが立ち上がる頃合いに、二人が願い出るのは祝福の色留め。
「わたくしの一輪に、ぜひ夜の祝福を頂きたく存じます」
「私にも祝福をいただけませんか、今日の記念に」
 シルヴァは|彩玻璃花《コロラフロル》の一輪を、深琴がフォトフレームのまだ染めてない一片を指差して問うと、ロクヨウが首を伸ばしてふぅ、と息を吹きかける。するとたちまち星を散りばめた夜の色に染まり、シルヴァと深琴の瞳にも煌めきが映りこむ。留められた色に感謝を、と顔をあげる頃にはロクヨウの背はいつの間にか遠く離れていて。二人が静かに一礼をしてから、そっと湖畔を離れた。

 祝福を頂けたのなら、次に向かう先はテントの張られた明るい一角だ。森の中にふんわりと燈る灯りに、立ち上る湯気の暖かさ。雨の中にあってホッとする光景に、二人が顔を見合わせてふふ、と笑う。テントは小さくもクッションがたっぷり詰められた居心地の良いものを選び、食事とデザートを持ち込んで暫しのお茶会と洒落込む。とろり蕩けたチーズのバケット、原木から削り出した生ハムの程よいしょっぱさ。濃厚なビスクスープを飲み干して、デザートのギモーヴに合わせるのはココアとローズジャムを添えた紅茶。マシュマロの浮かぶココアを口にする深琴の横で、ふわりとバラの香りが広がる紅茶を前に、シルヴァがふとあることを思い出す。
「深琴様、薔薇のお店を営んでいらっしゃるのよね」
 問われた深琴がパチリと瞬いてシルヴァに視線をやると、微笑みを添えて言葉が続けられる。
「わたくしもお店を預かっておりますの。後学のためにお邪魔できればと思うのですが…」
 それは、特に他意の無い言葉だった。店を営むものからすれば、他の店が気になるのは当然のこと。それが知り合いの、それも興味を惹かれる品を扱うものであればいっそうのこと自然な心理だ。ただそれが、深琴にとっては思いもよらないことだっただけで。自らの店に誰かを招く、その様子がうまく像を結ばずに一瞬考え込んでしまう。拒否をしたいわけではない。けれどもし、相手の思っているものと違っていたら──。
「ご期待に応えられるといいのだけど…変わってるから、誰かを招くことが出来るかどうか」
「…あら、難しいのですか?いえ、無理にとは申しませんわ」
「ううん、無理というわけでは無いんだけど。…そうだ、参考までに私もシルヴァちゃんのお店のこと、聞いて良いかしら?」
「もちろんですわ。わたくしのお店では古い宝飾品を扱っておりますの。ですから|彩玻璃花《コロラフロル》のように鮮やかに煌めくものには目がありませんのよ、ふふ」
 自信を持ってどうぞ、とは言えないまでも。いつか招くことができるように、と。シルヴァの語るきらめくような品々と店の話に、深琴が素敵ね、と瞳を細めて笑みを浮かべる。長い夜も甘味とおしゃべりがあれば、あっという間に過ぎてしまいそうに楽しくて。明けてしまう前にと、今日こうして共にこれた喜びを伝えようとシルヴァが口を開く。
「深琴様、今日はご一緒くださってありがとう。」
「お礼を言うのは私も同じだわ、シルヴァちゃん。思い切って声を掛けてよかった。一緒に行けて嬉しかったのよ」
「ふふ、でしたらまた遊びましょうね。楽しみにしてるわ」
「ええ、私でよければ喜んで」
 絡める小指の代わりに互いのカップをかちん、と合わせて。テントの柔らかな光の下、交わされる小さな約束は、祝福を受けた|彩玻璃花《コロラフロル》だけが見守っていた。

茶治・レモン
饗庭・ベアトリーチェ・紫苑

──夜の帳が落ちた森は、一層神秘的だった。

 降り続く雨は星の光を纏ってキラキラと、|彩玻璃花《コロラフロル》もイルミネーションのように煌めいて。湖も夜空を写したように凪いでいて、どこを見ても幻想的な空気に包まれている。こんなにも美しい森の中であれば、散歩をしたり写真に収めたり、と思い浮かぶことは多々あれど。

「となれば、僕たちがやることは1つ──そう…お腹いっぱい食べましょう!」
「いざいざ、茶治さん!私達の本格的な時間ですよ」

 ──そう、ここに揃うは稀なる健啖家が二名。双璧とばかりに仁王立つ茶治・レモン(魔女代行・h00071)と饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(或いは仮に天國也・h05190)の瞳に映るのは、温かな湯気の立ち上る料理、それ一択。早々に広めのテントを確保してからは、いざや出陣とばかりに料理の並ぶブースを駆け巡り、メニューを漏らさず制覇した。おかげで抱え込むほどの量になり、運ぶのには少々苦労したけれど。クッションを押し除けて作ったスペースを埋め尽くす美味しそうな料理の山を前には実に些細なこと。
「こ、これはまごう事なきお宝の山…!紫苑さん、どれから召し上がりますか?」
「んっふふ、最高の眺めですね。では雨で少し冷えたので、まずは鶏がら生姜のスープからにします!」
「わぁ!鶏がら生姜スープ、良いですねぇ。僕もそれにします!」
 初手からがっつりも良いけれど、まずは口慣らしも兼ねてのスープから。上る湯気をふぅふぅ吹いてから啜れば、舌先から広がるのは滋味深い塩味。身はもちろん、骨まで使って丁寧に取られたスープはほんの少し塩を加えるだけでも美味しくて、そこに生姜も加われば体が隅まで温まるよう。
「ホッとしますね!トップバッター大正解です」
「間違い無いですね…!じゃあ次は…冷めないうちにグラタンを。」
「そうしましょう。私はチーズグラタンを頂きます」
「紫苑さんはチーズグラタン…!じゃあ僕はベーコンとキノコグラタンにしましょう。ふふ、でも折角ですし半分こはどうですか?」
「あっ!そっちも気になってたので半分こ大賛成ですよ」
 分け合えばよりたくさん種類が食べられる、と半分こはすんなりと決まったところで、まずは最初に選んだグラタンをそれぞれが口にする。──巨大なラクレットに炎を走らせ、溶けたところを削ぐようにして追いチーズがされたグラタンは、とろっカリッのハーモニーが抜群の味わい。ベーコンとキノコのグラタンは削りたてのパルミジャーノがうっすらと層になるほど散らされており、具材と絡めて食べると香りと味わいが引き立て合うマリアージュっぷり。悲鳴にも似た黄色いおいしい!が飛び交う中、熱々になった口を冷ますように原木削り出しの生ハムを挟んだり、しょっぱいが続いた後にカラメルが香ばしい焼プリンでリセットしたり。そうして程よくお腹が落ち着いてきたところで、タタン、とテントの上を跳ねる雨音に気づいたレモンが、ふと紫苑に尋ねる。
「雨音って、結構耳澄ませて聞いちゃったりしません?」
「雨音は環境音と認識してたので、しっかり聞くのは初めてかもしれません」
「紫苑さんは環境音派でしたか…!僕賑やかだったり騒々しかったり、楽しくてつい聞き入っちゃうんです」
「へぇ…どれどれ」
 レモンの言葉に、紫苑が瞳を閉じてスッと耳を澄ませてみる。──さぁさぁと空から流れる音、タープを叩くトントンたたんのリズム。木々や葉にあたってザァザァと変わる音色にと、確かに改めて聴いてみると雨音と一括りにしても色々とある。
「ふふ。しとしとざぁざぁ、確かに賑やかですね。良いことを知りました。──ねぇ茶治さん、よかったら来年も雨遊びに行きませんか。次は雨の日限定メニューも見つけられるかもですよ」
 ふと雨音の裏で思いついたお誘いを問いかけてみれば、レモンがぴん、と背筋を伸ばして前のめる。表情は変わらないながら、その姿だけでも紫苑には十分嬉しそうなのが伝わって。
「是非、来年も出かけましょう!でもその前に、秋の味覚も冬の絶品も堪能しませんか?僕、お誘いしますよ!」
「ハッ、確かに…四季の味覚を制覇したいです!今から楽しみですね」
 秋を彩るお芋やキノコ、冬はあったかお鍋に善哉。きっと知らないメニューだって、世界にはまだまだ沢山あるはずだ。それを一緒に楽しめるとなれば、既に気持ちがワクワクしてくるほどだった。そうして次はどこにしましょうか、と尽きぬ話題の前には、気づけば山盛りだった料理も残り少なくなっていて。
「しょっぱいものが多めだったので、今度はがっつり甘味が欲しくなりました。けど甘いものを食べると次はまた塩味が恋しくって…悩ましいですね」
「ふふっ、ならその時はまたしょっぱいものに戻りましょ。食べる順番なんて気にしないで、肉の後にスイーツを食べるのも乙ですよ」
 順番を気にして悩むレモンに、美味しいの前には自由が優先と紫苑が笑えば、パッと瞳を輝かせてレモンが嬉しげな空気を纏う。
「良かった、紫苑さんは邪道とか言わないタイプで!じゃあスイーツを食べてから、豚汁でも食べようかな」
「良いですね!私もギモーブを頂いてからローストビーフに行っちゃおうかな」
 おかわりの算段がついたなら、空っぽになったお皿を再び満たすべく、二人が元気よくテントを飛び出して行った。

見上・游

「── 聞いたときから逢ってみたかったんだ」

 雨の降る夜の森を、ひっそりと歩いていく。湖に続く道は導くように灯りがあって、迷わずに行けそうだった。水のゆらめきに染められた|彩玻璃花《コロラフロル》の傘をさして見上・游(D.E.P.A.S.デパスの護霊「佐保姫」・h01537)がたどり着くのは、湖畔に佇む鹿獣人の姿。
「いたね、ロクヨウ」
 呼ばれたと思ったのか、ただ声が聞こえての生理的な反応か。游の方へ顔を向けるロクヨウの瞳は、まるで星空を切り取ったように煌めいていながら、宇宙の片隅を流し込んだように冷ややかでもあった。うまく感情の読み取れない姿を前に、それでも怯えやためらいは見せず、游が色留めしないままに持ってきた一輪の|彩玻璃花《コロラフロル》を差し出す。

──ねぇ、あなたはどんな想いでいるのかな。

 言葉にはしない問いかけに、わかりやすい形は返ってこない。ただ襲うこともせず、静かに花を受け取って湖へ流す姿は、誰かが『弔いのようだ』と譬えたのが游の目からも分かるようで。
「これがどうか、あなたの心に寄り添う花でありますように」
 慈しみか悲しみか、知り得ずともどうか、花に慰められる何かがありますように。祈りにも似た思いを口にして、今度はもう一つ別のものを懐から取り出す。それは捧げるための花ではなく、祝福を戴くための|眼鏡《グラス》。
「ひとつお願いがあるんだけれど。あなたのそのきれいな”彩”を分けてくれますか」
 ゆっくりと真ん中へ流れていく|彩玻璃花《コロラフロル》を見送って立ち上がったロクヨウに、游が広げた両手に乗せた眼鏡を差し出す。度数の入っていないシンプルな黒ぶち眼鏡を前に、ロクヨウは頷きも瞬きもしない。けれど何処か受け入れた様子で、眼鏡に顔を寄せてふっと息を吹きかける。──途端、真っ黒だったテンプルが深い夜の藍色へと色を変える。|黄鉄鉱《パイライト》じみた星のきらめきを縫い止めて、外界を見るグラスは縁だけを同じ色に染めて、真ん中はそのまま透明に。みるみる変わる様子にわ、と驚いていると、ロクヨウはいつの間にか背を向けて遠く離れていた。
「ありがとう、ロクヨウ」
 ──ひとりの夜に|これ《眼鏡》を掛けて星空を見たい。きっと心があたたかくなるから。そんな願いを叶えてくれた感謝を、素直に口にする。例え声は届かずとも、手に残った祝福の色のように、想いが伝わればいいと願って、游がゆっくりと湖畔を後にした。

 そうしてきた道を戻って少しそれた先では、テントの立ち並ぶほんのりと明るい一角が出迎えてくれた。小さな談笑の声に、温かなスープの湯気。緩やかに区切られつつも、なんとなく人の気配を感じられる距離感は程よくて。ひとりでいながら寂しくはない。誰かはいるけど、ひとりでもある。そんな手触りを探っていたら、たどり着いたのは小さな青いテント。夜の帷を切り取って、空の裾をめくるような佇まいが気に入って、お邪魔します、と中に入る。幸い先客はいなかったようで、たくさんのふかふかクッションだけが游を出迎えてくれた。埋もれるようにテントの中へ身を預け、先ほど祝福された眼鏡を早速かけてみる。視界に不便はないのに、端っこだけがほんのりと翳っていて。星夜と雨の音に心から安心して、瞼がとろんと重たくなる。

── この夜が欲しくてここに来たのかも。

 祭りの喧騒は楽しくて、幼い頃に見上げた風景は懐かしくて。どこも居心地は良かったけれど、今こうしてまどろむ心地が一番しっくりとくる。夜に包まれるような感触に触れながら、眠気で意識を手放すほんの一瞬── ロクヨウも優しく眠れていますようにと願って、游が柔らかな夢の中へと落ちていった。

千木良・玖音
鴛海・ラズリ

──湖のほとりを、星纏う夜色が歩いていく。

 幾度となく足を止めては水面を滑る花を見つめ、時折淵に張り付く|彩玻璃花《コロラフロル》を押しやっては中程へと戻す。ひたすらにそれを繰り返すロクヨウの姿は、誰かが『弔い』と例えたのがよくわかるようだった。特に、花を見つめる瞳は、深く暗い色をしていながらどこか優しい気もして。
「ロクヨウさんにとって大事なものみたい」
 ぽつり、と千木良・玖音(九契・h01131)がそんな感想をこぼした。
「襲ってこないのは、|彩玻璃花《コロラフロル》を傷付けたくないのもあるのかな」
「もしかしたら、ロクヨウにとっては大切な花なのかも、ね」
 道すがらに摘んだ|彩玻璃花《コロラフロル》を手に、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)もこくりと頷く。真偽は分からずとも、どうかロクヨウの心が休まるようにと願いを込めて花を湖へと流せば、ゆらゆらと煌めきながら流れていく姿はまるで流星のよう。夜空と同じ色を讃えた湖に、|彩玻璃花《コロラフロル》の花星が廻る景色は幻想的で──眺めているばかりでは何だか、勿体無い気がしてしまうほど。
「ここだけで見れるいろも、一緒に覚えておきたいな」
 だから、ね?とくるんと振り返ってラズリを見る玖音が、とっておきの秘密を披露するみたいに笑って告げる。
「ラズリおねえさん、この夜のいろも一緒に留めちゃいませんか?」
「わ、名案ね……!そうしましょう」
 ブレスレットを指差して明かされれば、素敵だとラズリが喜んで頷いて、自らのブレスレットを差し出す。互いの色に染まった色に、共に過ごす夜の色を。そしてラズリが街で買っておいた|彩玻璃花《コロラフロル》の布も添えて祝福を願い出れば、ロクヨウが暫しじぃ、と見つめた後に息を吹きかけてくれる。するとたちまち星の煌めきを宿した夜の色に染まって、その美しさに見つめる日たりの瞳も星を宿したかのように煌めいた。まるで今宵の景色と記憶すらも縫い留めてくれるようで、自然と笑みが溢れてくる。
「ふふ、いっそう綺麗になったのよ。布も素敵な色に染めてもらえたから、帰ったら夜空のお洋服を作るのよっ」
「祝福嬉しいね。お洋服も出来上がりが楽しみなの」
 帰ってからの楽しみを胸に、二人がロクヨウを見送りながら静かに湖畔を後にした。

 そうして次に向かうのは、木々の間にテントをかけた、灯りの燈る暖かな一角。人々の気配は密やかに、ふわふわ上る湯気は甘やかな香りを伴って。並ぶ中からどれにしようか、と悩むのすら楽しくて、選んだのは暖かなココアとカラフルなギモーヴ。夜はまだまだ長いから、いつもは眠ってしまう時間でも、共にいられる今日はもう少し、まだ少し一緒に居たくて。
「玖音、もう少し浸っていかない?」
「はい!私もいっぱいお話したいし。えへへ、今日は一緒に夜更ししちゃいます!」
「うん、いっぱい話して、玖音のこと。私も話したいの。女子会よ?」
 嬉しい返事には手を繋いで連れ立って、選ぶのは優しいミルク色した小さいテント。木々の上に張られた秘密基地みたいな姿が可愛くて、潜り込めばいっぱいのクッションと、透明な布窓から覗く湖の景色が贈り物。ふかふかの波に体を預けて、ココアのカップで乾杯し、二人が星空の海への大航海に漕ぎ出していく。
「あのね、湖を見て思い出したことがあるの」
「ふふ、なぁに?」
「…ラズリおねえさんの工房までの、星の海」
 歩くたびに、足跡に星が集まっては煌めいて。早く辿り着きたいのに、到着が惜しいくらいに綺麗で楽しかった、あの道行を思い出す。そうしてつい手にするのは、やっぱり工房と同じ名前のラズベリー味のギモーヴ。ぎゅうっと甘酸っぱい味わいに、玖音がにっこりと嬉しそうに笑う。
「あの時もこんな風にきらきらしてて…すごくわくわくの気持ちだったの」
「私の工房に?えへへ、嬉しい…」
 テントの窓からも見える、きらきらあわいひかりを帯びた湖。それと同じくらい美しいと言ってもらえたのなら、嬉しくてぴこぴことラズリの耳が動く。──星の海に近い此処は心地がよくて、他愛ない噺を紡いでいく時間は楽しくて、つい愛しい夜が長く続くようにと願うほど。甘いココアを飲み干しても、叶うのならまだまだあなたの声をきかせていて。

──優しい雨の音に誘われて、共に夢の中へと旅立つまで。

ユナ・フォーティア
エアリィ・ウィンディア

「迷宮も奥に進んだけど、そろそろ夜だね〜」
 雨音に合わせてトントンタタン、と足音を軽く響かせながら。虹の遊色纏った淡い青へと色を留めた傘大事に持ちながら、ユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)が楽しげに歩いていく。夜の帳が降りてきた迷宮は雨も手伝って薄暗くはあるが、あちこちに灯されたあかりや|彩玻璃花《コロラフロル》が淡く輝くように咲いているおかげで、辺りは寧ろ美しい情景に溢れていた。先ほど染めたものをギュッと抱きしめつつ、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)もそんな周囲を眺めながら笑みを浮かべていた。
「あの先に、澄んだ湖のある広場があるね!」
「ホントだ!ん-、でも綺麗な景色もいいけど、ちょっとお腹もすいちゃったかな…。」
 あ、と気づいた先を指差すユナに同意しつつ、一日ずっと過ごしていた反動で、ついエアリィが『花より団子』な意見をこぼす。
「ふふ、そうだよね。ユナもお腹すいちゃったな!」
「だよね!……あ、あっちにおいしそうなものがあるっ!ユナさん、行ってみよーよっ♪」
 広場の先に登る湯気を見つけてエアリィが手招けば、もちろんとユナも駆け寄っていく。そこにあったのは街の人々が用意した、たくさんの美味しそうな料理たち。ビスクスープにローストビーフにフィッシュ&チップス…と悩ましいラインナップを前に、暫し二人が迷いつつ往復する。
「おいしそうなものが一杯…。ん-と、ん-と…。」
「迷っちゃうよね〜。ユナは…チーズバケットとビネガー漬けにビスクスープ、マカロンと…マシュマロココア♡」
「あたしはチーズの乗ったバケットにグラタン、マシュマロ入りココアにフィナンシェをっ♪」
 ようやく決めた注文を手に、次は食べるためにテントの方へ。二人が余裕で入れるサイズのを選ぶと、早速と入り込んでいく。中はふわふわのクッションが敷き詰められていて居心地が良く、ひとまず真ん中を広く開けて料理を広げ、パチンと手を合わせたなら。
「頂きます!……ん〜!どれもデリシャスだね〜★」
「ん-、あったまるー。おいしいー♪」
 チーズはとろっとろに蕩けて、パンはさっくり歯触りよく。ホワイトソースとマカロニの相性はもちろんのこと、少し焦げ目の入った表面は香ばしく。ビスクスープの濃厚な味わいを堪能した後、ビネガー漬けで口元がさっぱりさせて。最後にふんわりとマシュマロが溶け出したココアを啜れば、ほう、とつくため息が湯気に変わる。たっぷり食事にデザートにと堪能していると、ふと湖の方に動く影を見つけてユナがテントから顔を出す。
「ん?あれってロクヨウ?」
「ロクヨウ?あ、ほんとだ。」
「でもユナがいても何にもしてこないね…湖を見つめるだけだ」
 多少距離はあっても、気配は十分感じる間合いだろうに、ロクヨウはひたすら花の浮かぶ湖を見つめるばかり。やはりこの季節は他人を襲うことなく、何かを弔っているんだろう──と肌で感じたところで、ふとエアリィが思いつく。
「ね、せっかくだから祝福を受けに行こう」
「そういえば|彩玻璃花《コロラフロル》を供えれば、望めば夜星色の祝福くれるんだっけ?よーし、授かりに行こっ!」
「うんっ!」
 決まったのなら行動は早く、手近な|彩玻璃花《コロラフロル》を摘んでからそっとロクヨウに届けにいく。暫しじっと見つめられはしたが、無事に花は受け取られ、染めてもらうように、と手元に残した|彩玻璃花《コロラフロル》にも、ロクヨウから夜空の星を縫い止めたような祝福の色が与えられた。目的を遂げられたのなら二人でテントに戻って、やったね、と喜びを分かち合いながらゴロリと寝転ぶ。天窓代わりの透明な布越しに、トトトトッ、と降り続く雨が音楽を奏でる時間はなんだか居心地が良い。それに雲間からは時折星空も見られて、祝福を頂いた花を掲げれば、同じ色だと実感できた。
「…こっちの花もきれいな色だね。それに雨音って、すっごく心地いい。なんだか、子守歌みたい。」
「そうだね、自然の優しい歌みたいだね♡」
 祝福の花を見つめて、雨音を子守唄に。満たされたお腹と柔らかなクッションの波が手伝えば、自然うとうとと眠気がさしてきて。今日の楽しかったことを思い返しながら、二人が幸せそうな笑顔で夢の中へと誘われていった。

セレネ・デルフィ
椿紅・玲空

──夜の帳が降りた迷宮は、樂園の夜より暗く、森の夜より明るかった。

 道には小さく導きの明かりが灯り、|彩玻璃花《コロラフロル》がイルミネーションのようにも見えて。慣れた宵闇に夜目が利くのを活かし、椿紅・玲空(白華海棠・h01316)が獣道を歩いていく。見える玲空と違い、セレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)は常より明るいとはいえ森の夜では見えづらく、はぐれないよう半歩近い距離で着いて歩く。その近さに気づいた玲空も、歩幅はいつもよりもゆっくりと取って、躓かないよう気を払いつつ進んでいく。やがて見えてきた湖は、凪いだ湖面にキラキラと色変わる|彩玻璃花《コロラフロル》が浮かべられていて、とても幻想的な風景が広がっていた。数多捧げられたのだろう、美しく色留めされた花束やブーケの他に、摘まれたばかりの|彩玻璃花《コロラフロル》は湖の水に反応して、赤に青にと色変わる。夜空を写したかのような水面に、すっと花の滑る姿はまるで流星のようで、二人がしばし見惚れるように眺めていた。すると、湖畔をゆっくりと歩む何かの姿を見とめて、玲空がわずかに警戒を見せる。けれどそれが夜が滴り落ちたような姿の鹿獣人──噂に聞くロクヨウとわかって、背に庇ったセレネに大丈夫だと告げて体を戻す。こちらには気づいているだろうに、練り歩いては湖の花ばかり見つめるロクヨウに、敵意のようなものは何も感じない。寧ろ水辺裏に戻ってきてしまった花を優しく押し出して、また湖の中心へと戻す仕草は、どこか優しさを感じさせるほど。その姿を見れば、確かに弔いのようだとも受け取れて。
「今日はロクヨウにとって特別な夜なんだろうか?」
 ふと湧いた疑問を口にするも、返事はない。ロクヨウに応える様子もなく、そばで聞いていたセレネにも答えは分からない。けれど、ひとつだけ聞き留めていたことを胸に、今度はセレネが玲空に問いかける。
「そうなのかもしれません。今宵ロクヨウさんにお花を渡せば、夜空の色を留めてくれるとのことで。よかったら、お願いしにいきませんか…?」
「ん?ロクヨウが色留めを?」
「はい、なんでも祝福と呼ばれているとか」
 自らの纏う色を分け与えるように、|彩玻璃花《コロラフロル》を星夜の色に染め上げる。そんな奇跡のお裾分けがあるのなら、確かに特別な夜には違いないだろう。道すがら摘んでおいた|彩玻璃花《コロラフロル》を手に申し出るセレネに、初めはキョトンと首を傾げていた玲空も納得したように頷く。
「ふむ…そうだな。せっかくだし、お願いしに行こう」
 了承を得たのなら、二人並んでロクヨウの前へと歩み寄り、まずは花を差し出す。暫しじぃ、と眺めた後に無事花は受け取られ、ロクヨウの手で湖へと流されていった。その花々が先に流れ着いた|彩玻璃花《コロラフロル》に迎え入れられたのを見届けてから、次に手にするのは祝福をいただく花とリボン。セレネは自らの持つ花束の一輪を、玲空はレースとサテンの2種のリボン。一礼してロクヨウの目の前に差し出せば、またしばらく視線を送られたのち、ふぅ、と柔らかに息が吹きかけられた。──たちまちのうちに、染まるのは深い夜の色。黒より淡く、青よりも濃く。|宙《そら》の涯を宿した色に、瞬くような星の彩りが煌めいて。夜の星そのものに染まっていく過程を眺めて、端まで全て色留めされたなら、その美しさに思わずため息の出るようで。
「とても綺麗…椿紅さんのリボンも、素敵な色になりましたね」
「ありがとう、セレネの花束にも夜の色が宿ったな」
 褒められ思わずゆらりと尾を揺らす玲空に、笑みを深めながらもセレネが自らの抱える花を見やる。──夜の星、空の藍。同じ時間の空の色のはずが、見比べてみるとその深さや煌めきは違って見えて、なんとなく不思議な気持ちになる。
「でも、私の夜空と同じようで少し違うような。なんだか、不思議です」
「そうか。でもロクヨウの夜も、セレネの夜もどちらも綺麗だと思う」
「…ふふ、ありがとうございます」
 違っていても、それぞれが美しい──そんな玲空の何気ない言葉に、はたと瞳を瞬いて、セレネが腑に落ちたように微笑みを浮かべる。そしてそろそろ湖畔を離れようか、と玲空の尋ねに、セレネがひそりと囁くように提案をする。
「ね、この後…もう少しだけ。テントで雨音と軽食を楽しみませんか」
 秘密ごとを明かすように、小さないたずらを共有するように。密やかで楽しげな声に耳を寄せれば、
「いいな、ちょうど少し暖かなものが欲しかったんだ。それにせっかく一緒に来れたんだ、セレネとももう少し話したい」
「…嬉しいです。私もこの素敵な夜を、椿紅さんともう少し長く過ごしたいと思ってたので」
「ああ、まだまだ夜はこれからだ。ならまずはテント探しから、だな」
 帰路に向かうはずの足取りは、いつの間にか夜ふかしの宿探しに切り替わっていて。共に並んで灯りの方へと向かうセレネと玲空の足取りは軽く、浮かぶ微笑みも柔らかで──とても、楽しげなものだった。

ネム・レム

──花咲く迷宮に、夜の帳が引かれていく。

 |彩玻璃花《コロラフロル》の浮かぶ湖は美しく、夜空と同じ藍色を湛えた水面を花が滑る様は、まるで流星群のようだった。これなら奇跡が起こるとしても納得できそうだとネム・レム(うつろぎ・h02004)が微笑みを浮かべると、まるで胸中を読んだかのように足元を駆けるハニーがわふっ!と愛らしい鳴き声をあげる。暫しそのまま湖畔の散歩を楽しむと、遠くから歩み寄る影を見つけてぴたりと足を止める。かつり、と蹄を響かせ歩く、まるで夜が滴り落ちたかのような色纏う鹿獣人。──ロクヨウの姿を認めたのなら、道すがらに摘んでおいた|彩玻璃花《コロラフロル》をネムがゆっくりと手渡す。暫くじぃ、と眺めるばかりだったロクヨウも、供えと理解したのか花を受け取ると湖へと流し、色を変えながら流れていく|彩玻璃花《コロラフロル》を並んで見送った。そして手元に一輪だけ残しておいた花に祝福を願い出ればそれもすぐに聞き届けられ、ロクヨウがふっと息を吹きかける──その瞬間、透明だった花弁が、星の瞬くように煌めいて。夜空と星を写し取ったかの色合いに、ネムが星と同じく瞳を瞬かせた。
「手元で見る夜空もええもんやねぇ。ほれ、お星さんが咲いとるよ…って」
 せっかくだからハニーにも見せてあげようと屈んだが、何やら別のところに視線を向けている様子。見ればリリリリ…と涼やかに翅を鳴らす虫にご執心のようで、ハニーのマイペースさに思わずネムが笑い声をあげる。
「…あはは、可愛らしい虫さんが鳴いとるなぁ」
 熱心なところを邪魔するのも野暮なもの、ひとまず花への祝福に礼を、と振り返ったところで、すでにロクヨウの背が遠く離れていたことに気づく。それでも、風に伝うを期待して、そっと囁くようにありがとぉ、と述べてからネムとハニーが湖畔を後にした。

 次に向かうのはテントの並ぶ明るい一角に。夜の森に灯りが灯され、暖かな食事の湯気が上る様子に、ハニーがいち早くかけていく。どうにも湯気に混ざった美味しそうな香りに釣られたようで、こっちこっち!と前足で誘う姿に、ネムがハイハイと笑いながらついていく。ハニーズセレクションに従って、手にした料理はとろりチーズの乗ったバケットにローストビーフ。マシュマロをのせたココアにクッキーをそろえたところで満足したのか、最後にいざ!とばかりに進んでいくのはテントの並ぶ木々の広場。タープが貼られた小さめのテントを選ぶと、タタントトン、と雨音が楽しげで、足を拭かれたハニーが暫く中でぐるぐる楽しげに回っていた。然し現金なモノで、料理を食べやすいよう並べ終えたらちゃっかり準備万端座っているのだから、さすがハニーやねぇ、とネムが笑う。
「はいはい、ゆっくりお食べ」
 ハニー向けに念のため胡椒や諸々を避けて取り分けた皿を差し出せば、パクパク食いつくスピードはなかなかの物。時折瞳を輝かせてチラチラとネムを見るのは、ハニーなりの美味しい!の表現なのだろう。せやね、美味しいね、と返しながらネムが今日一日使っていた雨合羽と傘の水気を拭っていると、いつの間にやらハニーの鼻からぷくぷく風船が飛び出していて。
「食べながら寝とるん?今日のお散歩はようけ歩いたもんなぁ」
 口にローストビーフの切れ端を咥えながら、器用に縦に横にと船を漕ぐハニーの姿に、ふふ、と微笑んでネムが手招きする。
「ほれほれ、ネムちゃんのお膝においで」
 ぽんぽんと膝を叩いて誘うネムの声に、ハニーが最後の力を振り絞ってよたた…と膝の上に寝転がれば、すぐにもスピーと寝息が聞こえてきた。その愛らしい姿に、祝福を貰った花を飾って、ネムが柔らかな毛並みを撫でる。花咲く空に、鮮やかに彩られた森。ふたりで見た色彩を思い出しながら、きっと夢の中でも楽しくあれるように、と願って優しく囁きかける。

── おまえさまに、祝福を。

雨夜・氷月

──夜の帳は、雨ふる森の迷宮に静けさを連れてくる。

 細く降り続く雨は、星の光を帯びて煌めくように。木々の纏う|彩玻璃花《コロラフロル》は、雨に触れてはイルミネーションのようにキラキラと。昼とはまた違った情景を見せてくれる迷宮に、雨夜・氷月(壊月・h00493)が暫し静かに見入る。
「これはまた、神秘的な夜だね」
 鮮やかに美しく、ヒトの好みそうな煌めきに満たされた領域とあれば、祭りになるのも不届者が出るのも納得はできる。しかし理解はできても許容はまた別として、時折じわりと警戒の目は光らせておく。巡回がわりの散歩がてら、道すがらに|彩玻璃花《コロラフロル》を何輪か摘んでは好む色へと色留めをし、彩豊かな小さな花束を作ってみる。水面の青にひだまりの黄色、木苺の赤にと自然の色合いを写す花に満足したら、次は軽食を頂きに灯りの燈る方へと足を運んでいく。並ぶメニューは豊富で選ぶには少し迷ったが、摘みやすいようチーズの乗ったバケットにローストビーフ、そしてビスクのスープを組み合わせたプレートに決めた。最後に食べる場所として、雨風をしっかり凌げるテントを選び、潜り込んでクッションに身を預けたのなら、その居心地の良さに驚かされる。柔らかなクッションにもたれて、とろとろ熱々のチーズバケットに、赤みの旨みがギュッと詰まった歯切れ良いローストビーフ、そしてエビの風味の濃厚なビスクスープで暖まれば。
「ここまで来ると至れり尽くせりって感じ…贅沢だねえ」
 野外で雨の夜となれば、本来は過ごしにくいことこの上ないだろう。足元は泥濘、視界は悪く、更に体を冷やしては命にも関わる。然しいまこうして氷月が過ごしてみれば、美味しい料理に舌鼓を打ち、多少湿度はあれどテントのうちは心地よい気温が保たれていて。先ほど色留めした|彩玻璃花《コロラフロル》を愛でつつ、雨音をBGMに、天窓代わりの透明な布からは時折夜星も眺められる。強いて言うならばまぁ、少し刺激が足りない──と思えなくもないが、もちもちのクッションに身が沈んでいく心地よさに抗えないあたり、十分に楽しんでいる自覚はある。そして快適を尽くした空間に身を置けば、一日で歩いた疲労も手伝って、瞼が重くなっていくのも自然の摂理。
「…たまにはこんな夜も悪くはないかな…いや」
 じわりと滲む眠気に身を任せつつ、ふと思うのは1人でいることの気儘さ。それ故の、ほんのひと匙の物足りなさ。
「一人で過ごすのは、勿体なかった…かな…」
 花の美しさを、雨音の賑やかさを、食事の美味しさを。一人で味わう贅沢も悪くはなかったけれど。きっと、分け合う人がいたならいっそうよかったかもしれない、と。落ちる瞼の裏で、ひっそりと黒を思い。

──叶うなら、次は語らう人と共に、と夢に見て。

ベルナデッタ・ドラクロワ
廻里・りり

──|彩玻璃花《コロラフロル》の咲く森で、夜が渾々と深まっていく。

 細く降り続く雨は星の光を帯びてきらめき、凪いだ湖畔は花と彩に満たされていて。そんな静謐で美しい光景を前に、ロクヨウがほとりをゆっくりと歩いていく。時折水辺に張り付いた|彩玻璃花《コロラフロル》を指で着いては真ん中へと戻し、送られていく花の色変わるのを見つめる瞳は、深淵を流し込んだように深く、そしてどこか憂いを帯びているようにも見えて。
「ご機嫌よう。…こういう事もあるのね。」
 ベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)が、不思議に思いながらも、すっとロクヨウに歩み寄る。常は敵対することがあっても、花の季節ばかりはこうして穏やかに向かい合うことができる。湖を眺める姿はまるで妖精のよう、と儚い奇跡を前に感慨を巡らせていると、ベルナデッタの背からひょこん、と愛らしい耳が覗く。
「こんばんは、ロクヨウさん!お花を受けとっていただけますか?」
 携えた花と同じように明るく挨拶する廻里・りり(綴・h01760)の声に、思わずベルナデッタが表情を和らげる。瞳の色に似た花を差し出すりりの姿に倣って、薔薇姿に似た|彩玻璃花《コロラフロル》の花束をロクヨウへと差し出せば、暫しじぃ、と眺めた後にロクヨウが花を受け取った。そして湖へと浮かべれば、まるで流星のように尾を引いて流れていくのが美しく、りりがわぁ!を瞳を煌めかせる。既に供えられた花々に並ぶのを見送り終えると、りりがいそいそと懐からストールと取り出してロクヨウに願いでる。
「あのあの、ストールに祝福をいただけたらうれしいです…!」
「ええ、この日の思い出に、あなたの色をいただける?」
 並ぶベルナデッタも摘んでおいた|彩玻璃花《コロラフロル》を手に祝福をと口にすれば、ロクヨウが首をもたげてふぅ、と息を吹きかける。──滴り落ちた夜のように、深い藍色に散りばめられた星の輝き。みるみる染まる祝福の色に、お揃いに変わっていく彩に、二人の瞳にも星の瞬きが宿るよう。
「りり、綺麗ね。星空を纏ってるみたい。」
「わぁっありがとうございます!ベルちゃんのお花もきれいですね。そのまま飾っても、アクセサリにしても素敵そう…!」
「ふふ、本当ね。せっかくのお揃いだもの、帰ってからどうするかうんと悩むわ。」
 身につけて一緒に出かけるたび、部屋に飾って見つめるたび、この夜を想い出す──そのどちらも魅力的だと、悩む時間の長さを思えば、それすら幸せな気がした。

 祝福の湖畔から離れた後は、テントの並ぶ一角へと足を向ける。灯りの燈るスペースは、暗い森の中で目にするとどこかホッとして、登る湯気の暖かさも雨の中では心地よい。こんな空気の中で過ごすなら、いっとうくつろげる場所がいい、と期待を込めて。りりがあちこちに張られたテントを見渡しながら、ベルナデッタに提案する。
「ベルちゃん、とっておきのテントも見つけませんか?」
「大賛成。そうね…ほら、あの鈴の花みたいなテントはどう?」
「鈴の花……わぁ!そのテントすてきですね!それにしましょう…!」
 見つけたのはチリリ、と今にも音が鳴りそうに、鈴蘭のレースとランプが飾られた真っ白のテント。誰もいないのを確認してから、予約とばかりに手荷物をそっと積み込む。中はクッションがふかふかと柔らかそうで、今すぐ飛び込みたい気持ちになるけれど。
「せっかくだから、摘めるものをたくさん選んで持ち込みましょうか。どう?お腹は空いていて?」
「おなかは…すいてます。美味しい食べものをいただきながら、ここでしか見られない景色や音をたのしみたいです!」
 りりの素直な申告に、ワタシもよ、とベルナデッタがウインクして、今度は食べ物を扱うブースに移動していく。並ぶ料理にあれもこれもと目移りはしたが、なんとか食べられる量にと絞って、選んだのはチーズを乗せたバケットとローストビーフ。そしてデザートがわりのマシュマロ乗せココア。冷めないうちに、といそいそテントへ運び込めば、頂きますの声が早々に響く。──大きなチーズに炎を走らせ、蕩けたところを削って載せたバケットは熱々とろとろサクサク、と食感の重なりが美味しくて。厚切りと薄切りに分かれたローストビーフは、グレイビーソースに潜らせてから食べると赤身がぎゅっと味わい深く。薄切りの方はチーズバケットに盛って平らげれば、美味しいと美味しいのコラボで頬を押さえるくらいの満面の笑みが咲いたほど。そうしてお腹がほっこり満ちた後は、甘くて優しいココアの出番。花の形のマシュマロを添えたココアは見た目にも華やかで、溶けていくのを眺めるのも楽しかった。
「ココアおいしいですね。…あれ、ベルちゃんの、少しわたしのと違います?」
「ワタシのは、少しだけブランデー入りなの。」
 酒精はほとんど飛んでいるとはいえ、お酒はお酒。味見はさせられない代わりに、ほんの少しカップを寄せて香りをお裾分けする。──ココアの湯気に混ざる、甘く芳醇な香り。
「これがブランデー?いい香りがします。お花の灯りもきらきらで、雨音も……なんだかねむくなってきちゃいました」
「眠っても構わないのよ。素敵な夢を見たら、ワタシにも聞かせてちょうだい。そうすれば、それもきっと思い出の星のひとつになるわ」
 クッションを優しく叩いてベルナデッタが微笑めば、りりがうとうとと眠たげに体を預ける。甘やかな香りに、雨音の子守唄。暖かな眠りがどうか、良き夢を連れてきますように。瞼を伏せるりりの姿に、見守るベルナデッタの表情はとても穏やかだった。

渡瀬・香月

──夜の帳が降りた森は、いっそう神秘的で美しかった。

 細く囁く雨は星の光を帯びて煌めき、それを受ける|彩玻璃花《コロラフロル》は夜の闇の中にあってより輝くように。そして捧げられた花の浮かぶ湖は、まるで流星群の夜空を思い起こさせて。そんな幻想的な景色を前に、渡瀬・香月(ギメル・h01183)が|子猫《クッカ》を共にゆっくりとほとりを歩いていると、かつりと蹄を鳴らす先客を見つけて足を止める。まるで夜が滴り落ちたような色を纏う鹿獣人──ロクヨウが、静かに湖の花を見つめながら歩く姿に、香月が見守りながらぽつり、と独言る。
「いつもなら戦う相手と、こんなに近づけて同じ夜を共有出来る。…なんかいいな、そういうの」
 深淵を流し込んだ暗いロクヨウの瞳からは、どんなことを思っているかは読み取り辛い。けれど花の咲く夜に、互いを害さず過ごせるのであれば、その奇跡はとても尊く思える。ならばそれを壊さぬように、と手近な|彩玻璃花《コロラフロル》を二輪摘んでからロクヨウに歩み寄る。一つはロクヨウに、もう一つは夜空色の祝福を頂く為に。分けて渡せば手元に残した一輪にふぅ、とロクヨウが息を吹きかけ、望み通りの星を纏った夜の色に染まる。ありがとう、と返した言葉が届いたかは定かでないが、去っていくロクヨウの纏う空気は終始穏やかなものだった。

──湖を後にして、次に向かうのはテントの立ち並ぶ明るい一角。気づけば朝からずっと出ずっぱりで、なんだかんだお腹も空いてきた。せっかくクッカも来てくれたのだから、ここらで美味しいものを食べたいところ。湯気のあがる並びを前に見てまわればどれも美味しそうで、ついついどうやって作っているんだろう、と研究心も疼いてしまい、品選びは難航した。結局餅は餅屋、と店の人に選んでもらうことにして。
「温かいものでオススメをもらってもいいですか?」
「はいな、美味しいところを持ってってね」
 にっこり笑う老婆のおすすめのもと、手渡されるのはバケット付きのグラタンとビスクスープ。そしてホットワインとクッカ用のホットミルクまで受け取ると、笑顔で受け取って。最後に向かうのは、クッションの敷き詰められた居心地の良さそうなテントだ。誰も使ってないことを確認してから一人と一匹で潜り込み、真ん中に空間を作って料理を広げたのなら、お待ちかねの『頂きます』。──ザクっと歯触りのいいバケットに、焦げ目のついたグラタンはホワイトソースとチーズがとろりと絡まって。熱々のマカロニに気をつけながら口に運べば、玉ねぎと鶏肉の味わいも解けて体があったまるよう。途中で挟むビスクスープも、舌触りの滑らかさとエビの濃厚な風味が味わい深く、そのままでもバケットを浸しても楽しめた。
「ゴーストトーク使えばクッカも食えるもんな。…はい、どうぞ」
 あらかじめ取り分けて冷ましておいたグラタンに、ちぎったバケットを添えた小皿をクッカの前に差し出せば、にゃあんと嬉しそうに鳴いてはぐはぐと食べ始める。その愛らしい様子を肴にホットワインを飲めば、空腹が落ち着いたのもあってふわりと肩の力が抜けていく。このまま微睡むのもいいかも、とクッションに背を預け、天にかざすようにして眺めるのは夜空の祝福をもらった|彩玻璃花《コロラフロル》。
「染めてもらった|彩玻璃花《コロラフロル》って、押し花とかに出来ると思う?」
 尋ねてみても、クッカから帰ってくるのはにゃん!と元気な鳴き声に、ミルクのついた口を丁寧に拭う仕草だけ。けれど街中で売られていた商品の中にも押し花やドライフラワーは見かけたので、きっと出来るはず。それでもやり方がわからなければ、また街を訪れたり、知人やお客さんに尋ねてみてもいいかもしれない。そうやって残せる形に出来たなら、きっと──見ればいつでも、この夜に帰ってこられるはず。
 そんな先のことをぼんやり思い浮かべては、香月がふ、と楽しげに笑って残りのワインを煽った。

レア・ハレクラニ

「──お花が欲しいのです?」

 迷宮に夜の帳が降りた頃、引き続き散歩を楽しもうと意気込んだレア・ハレクラニ(悠久の旅人・h02060)が辿り着いたのは、花の浮かべられた湖だった。数多の|彩玻璃花《コロラフロル》が湖面を滑って輝きを帯び、細く降り続く雨はこれは映えスポットに違いない!と目を輝かせてレアが撮影をしていると、ふと歩み寄る影に気づいて振り返る。そこにいたのは滴る夜をより集めたような、静かに見据えるロクヨウの姿だった。驚いてもよさそうな一瞬だったが、ロクヨウの視線が抱えてる花に据えられているのに気づいて、レアが尋ねがてら花を差し出した。
「レア、|彩玻璃花《コロラフロル》はいっぱい持ってるですよ。どうぞです!」
 道すがら摘んだ花はいつの間にか花束といてる大きさに育っていて、手渡せばロクヨウが暫しじっと眺めた後、湖へと押し流す。そして去り際に、レアの手元に残した一輪にふっと息を吹き掛け、身に纏うのと同じ夜星の色──祝福の彩に染めあげる。
「…これが祝福です?キレイです〜!」
 花を手に喜ぶレアを尻目に、ロクヨウはゆらりと去っていく。その背中にありがとうです!と元気に礼の声をかけてから、湖畔を後にした。

「むむ、いい匂いです!美味しそうなご飯がいっぱいです〜!」
 次なるレアのレーダーに引っかかったのは、湖畔から離れた先にあったテントの一角。灯りがともる暖かな広場に、並ぶのは美味しそうな料理の数々。
「どれもみんな食べたいのです…!は!?せっかくだし、これは動画でみんなにオススメしないといけないやつでは?」
 天啓とばかりにレアが閃き顔で呟くと、気合を入れてスマホを構える。
「レア、食レポ頑張るですよ!周りの人たちにオススメを聞いて食べてみるです!」
 たのもー!と勢いで食事を並べるテントに突撃すれば、そこは迷宮の動画配信が一大産業の√ドラゴンファンタジー。意外とノリよく食事やデザートを提供してくれた。

『|彩玻璃花《コロラフロル》の迷宮、レアのおすすめベスト3!

まず1つ目は…お料理部門からグラタンです!これ、おっきいチーズに火をつけて、とろけた所を削って乗せてくれるんです〜!熱々とろとろ、中も具沢山で美味しいです!あ、火傷だけは気をつけて…!

2つ目はデザート部門から…ギモーヴです!夏みかんに木苺に、いろんなフルーツの味があって、口に入れるとぎゅむっとした感触がやみつきです〜!あったかいココアに浮かべても味変でいいかもなのです。

3つ目はお土産部門から…缶入りのキャンディ!まるで|彩玻璃花《コロラフロル》を飴にしたみたいにキラキラでカラフルです!お花と一緒にお土産で持って帰ったら、きっとあげた人も大喜び間違いないのです!お味はシュワっとソーダ味です!』

「……よしっ、ちゃんと撮れてるのです。あとは編集編集、っと…!」
 お店の前を借りて、味見をしながらの撮影を終えたあとは、残った料理をテントまで持ち込んで、編集作業に勤しむ。撮影に喜んでくれたのか、グラタンはバケットに乗せて摘みやすく、ココアは蓋付きにしてくれたりで、作業のお供に有難い仕様。雨音をBGMに、美味しい食事を食べながらまったりと過ごす…贅沢な夜にレアがにっこり笑みを浮かべる。
「後はこの動画の再生数が伸びてくれれば完璧です〜!」
 そして編集を終えた動画の公開ボタンをポチッと押せば、期待を込めてレアが祝福の|彩玻璃花《コロラフロル》をキュッと握りしめた。

井碕・靜眞
物部・真宵

「ロクヨウさん、色留めをお願いしても…?」

──夜の帳の降りた静かな森に、涼やかな願いの声がひとつ響く。

 雨はいつの間にか囁くように細くなり、星の光を帯びて煌めいて。それを受けて色変わる|彩玻璃花《コロラフロル》は、夜闇の中ではいっそう輝くように楽しげに見えた。湖は鏡のように凪いで|宙《そら》の色に染まり、水面を滑る|彩玻璃花《コロラフロル》はまるで流星のよう。目的地として辿り着いた先の、美しく幻想的な景色に物部・真宵(憂宵・h02423)が目を輝かせて見つめるのを、井碕・靜眞(蛙鳴・h03451)が半歩下がった位置から見守る。喜ぶ姿が見れただけでも、供をした甲斐は十分にあったと胸の内でひっそり思いつつ、ふと耳元を掠めるかつり、と蹄が地を掻く音に、そうとは悟らせない範囲で靜眞が僅かに警戒する。視線を移した先にいたのは、話に聞いたと違わないロクヨウの姿。常ならば出会えば諍いになることもある相手だが、真宵と靜眞を前にしても差したる関心はなさそうで、視線の先は湖を滑る花ばかり。その姿に大丈夫そうですね、と警戒を解いた靜眞が前を譲る形で真宵を促せば、おずおずと歩みでて摘んでおいた|彩玻璃花《コロラフロル》をロクヨウに差し出した。一輪は供えとして捧げ、もう一つは声にした通り、祝福の色をいただくために。問いかけの後も暫しじぃ、と深淵を流し込んだ瞳で見返されはしたが、ゆるゆるとした動作で一輪を湖へと流すと、真宵の手の一輪にはロクヨウがふっと息を吹きかけた。──すると、まるでロクヨウの纏う色を映し取ったかのように、|彩玻璃花《コロラフロル》が夜の色と星の光を帯びる。滴り落ちた夜星が花の形を得たが如き姿に、喜びを伝えようと顔を上げれば、染まる様子に見入っていた間にロクヨウは遠く離れていて。それでも感謝だけは伝えたいと、二人が去り行く背に向けて一礼をする。そして改めて染まった花を前に、靜眞が良かったですね、と口添える。
「また、いい色が増えましたね」
「はい!『また』良い色が増えました」
 手にしたスワッグを眺めてから祝福の花を一輪添えたなら、より愛しさが増すようで、真宵が潰れぬようにそっと花を抱き寄せ微笑んだ。

 そうして祝福をいただいたあとは、灯りに導かれるままテントの張られた一角へと移っていく。雨除けのタープが貼られたテーブルを選んだあとは、料理選びはどれも美味しそうだと迷いに迷って。一つずつこれがいい、あれも美味しそう、と楽しく悩みながら選んだ品を持ち込んで、花灯の揺れる下、ささやかなディナーに乾杯を交わす。靜眞が手に取ったのは、生ハムを乗せたバケットにビスクスープ。真宵はグラタンにマカロン、そして飲み物は二人とも同じく甘口のデザートワインにした。いただきます、の声を重ねた後にバケットを手に取れば、ざくりとした歯触りの良さと、原木から削り出した生ハムのしょっぱさが絶妙なバランスで、合間に流し込むビスクスープの濃厚な旨みがまたバケットを恋しくさせる。そうして舌鼓を打つ靜眞の横で、真宵は掬ったグラタンに唇を尖らせ、ふぅふぅ、と息を吹きかけてる真っ最中だった。瞬間ふと二人の視線が合えば、指先で口元を押さえて、真宵がほんのり頬を赤らめる。
「わたし猫舌なんです…」
 小さくポツリと告白し、はにかむ様子はなんとも微笑ましい。それに真宵らしい秘密を聞けた、と思うと思わずふ、と目元を和ませて。靜眞が問題ないですよ、とゆるり首を振る。
「猫舌…大丈夫です。すこし冷ますくらいなら、きっと美味しさは変わりません」
 どれも丁寧な作り手の息吹を感じる品々、きっと舌に優しい温度になれば、それはそれで円やかさや味わい深さにもつながるだろう。そう靜眞が告げれば、程よく冷めた匙を口に運んで──本当ですね、と真宵が嬉しそうにパッと咲う。焦げ目のついた表面は香ばしく、玉ねぎと鶏肉も焼き込まれたホワイトソースはマカロニと相まってとろとろに。舌に馴染む温度も優しくて、気づけばぺろりと半分平らげていた。そうして程よくお腹が満ちて口の温まったところに、手に取るのは揃いのデザートワイン。赤より淡く、いわゆるロゼと言われる色彩を揺らして口に含めば、酒精を忘れるほど爽やかな甘さが広がって、するりと喉へと運ばれていく。
「…おいしいですね、これ」
「とっても甘くて、ジュースみたいですね。次は炭酸で割ってみましょうか」
「はい、炭酸割りも美味しそうだ」
 子供の頃に絵本であこがれた『葡萄のお酒』を再現したら、きっとこんな味になるのでは。それ位渋みや苦味もなく、まろく甘やかな味わい。そこにしゅわしゅわの炭酸が加われば、いっそう爽やかさも増して飲みやすい──けれど、いくら軽くともお酒はお酒。飲み進めれば心なしか真宵の雰囲気もふわふわと柔く見え、靜眞も酒に強くないあたり、ほろ酔いと口の軽くなる感覚を自覚して。普段ならこの辺りで自制も働くのだが、楽しいですねぇ、と笑みを向ける真宵を前には、なんだかお喋りになるのも悪くない気もして。手元の杯に残ったワインも、そのままゆっくりと飲み干してしまった。傍らで食事も美味しく食べすすめ、最後に残ったのはカラフルなマカロン。白い指先でつまんで、ころんと愛らしいフォルムを堪能する真宵に習い、割れないようにそっと手のひらに摘み上げた靜眞が、じぃっと見つめながらひっそり呟く。
「マカロンって食べたことないんですね…」
「ではこれが本日最後の、はじめての体験ですね?」
 はじめてを隣で見届けられるのが嬉しくて、真宵がニコニコ尋ねてみれば、靜眞が一瞬瞬いてから、そうですね、と表情を和らげる。ちょっぴり気恥ずかしさもあるけれど、知らないことを知るその瞬間に、隣り合うのが真宵で良かった、と思う気持ちもあって──マカロンを掌から口元へ運べば、舌先だけでサクリと崩れる柔さと、ほどける甘く爽やかなラズベリーの香りが、なんだか今日一日感じた心地に似ている気がした。
「今日は、ありがとうございました。その、久しぶりに…楽しかったです」
 舌先の甘さを忘れぬうちに、と靜眞が今日についての感謝を述べる。──雨の日の憂鬱は、正直靜眞の宿痾を思えば、この先もどうしたって変わらないかもしれない。それでも今日のことを思い出せば、ほんの少し憂いが拭える気がして。楽しかった、と思えた気持ちを、曇らせないまま真宵に伝えたくて、素直に言葉にした。
「…わたしも、とても楽しかったですよ。同じ気持ちでいられて、こんなにも嬉しいなんて。これはわたしにとっての、はじめてですね。」
 祭りの喧騒を楽しむ散歩道、スワッグの染まる色に喜んだ気持ち、雨音を聞きながらこうして一緒に過ごす時間。そのどれもが楽しかったこと、そして靜眞が楽しいと思ってくれていたことが何より嬉しく、真宵が胸を抑えながら気持ちの有り様を確かめる。
「良かったです。…自分、趣味とか、そういうものがなくて。こうした催しに来ても、自分が一緒で楽しんでもらえるか、自信がなかったんです」
 酒精の効力だろうか、隠しておこうかと思った不安要素もつい口先に乗ってしまい、せっかくの楽しいに水をさしただろうか、と気づいて慌てかける靜眞に、真宵が首を振ってそっと手を差し伸べた。
「…では、これから見つけていきましょう?ひとりで難しいことでしたら、わたしを呼んでくださいな」
「…これから、ですか…?」
 それは思いもよらない言葉で、思わず靜眞がきょとん、と瞬く。これからも勿論真宵と関わることはあっても、こうして出かけることに『次』があるとは思ってなかった自身に気づいて、靜眞が言葉を繋げられずにはくり、と口を開いては閉じる。その様子に真宵が見守るように優しく目を細めて、自らのことを語る。
「わたしの趣味は美術館巡りや植物園、プラネタリウムを見ることなんです。…いつも静かな所ばかり選ぶので、ひとりだったらきっとここには来なかった」
 祭りの喧騒はどこか縁遠く感じていて、眺めることはあっても中に踏み入るのは、あまり考えたことはなかった。けれど、|彩玻璃花《コロラフロル》の話を聞いた時は、靜眞の姿を思い起こして──一緒に行ってみたい、と思えたのだ。
「ご一緒して下さったのが、井碕さんで本当に良かったです。だから、井碕さんにとってもそう思える場所が少しでも増やせるように、わたしにお手伝いができたら嬉しいんです。」
 衒いなく明かしてくれる、|彼女《真宵》らしい趣味のこと。他の誰でもなく、靜眞で良かった、と告げてくれる真宵の優しい声に、靜眞が眩しそうに目を細める。
「そう、ですね。見つけられたら、うれしいです」
 正直、まだ少し戸惑いはある。けれどそれよりもずっと、一緒に探そうと言ってくれたことへの嬉しさが募って。おずおずと差し出された手にほんの少しだけ、指先だけが触れるよう手をのせて、有難うございます、と靜眞が礼を述べる。
「また、何処か付き添いの必要があれば、いつでも言ってください。」
「まぁっ。いいんですか?本気にしちゃいますよ?」
「勿論です。その、自分も…困ったら、物部さんのお世話になります、ので」
「はい!井碕さんからも、ぜひ声をかけてくださいね。いつでもお手伝いしますから!」
 人を頼る、ということは、言葉の上よりはるかに難しい。けれどどうか、と願う真宵の声に、今日ばかりは心からそうありたいと思えた。そうして再び瞬く靜眞の瞳に宿るのは、戸惑いや驚きではなく、ただ今このひと時を留めておきたいという、ささやかな願い。

──どうか花咲く夜の小さな約束を、ずっと、憶えていられるように。

泉・海瑠
黛・巳理

──様々なテントを前に、うーんと悩む声が響く。

 夜の帳が落ちた森の中、あかりの燈る一角。早々にロクヨウへ|彩玻璃花《コロラフロル》を手渡した後、料理を食べながら雨音をBGMにゆったりと過ごせる、と触れ込みの広場へと移動してきたあと。そこで自分たちの過ごせるテントを探そうと決めたきり、泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)が唸り声を上げたままぴたりと動きを止めてしまったのだ。見守る黛・巳理(深潭・h02486)の視線は背に感じつつ、あっちにしようか、こっちにしようか、と視線を彷徨わせては決めきれずにうーんと唸る──海瑠の本音で言えば、くっつけることを期待して狭い空間に惹かれるところではある。けれど、いつも仕事でお疲れな巳理には、ゆったり休んで貰いたいというのもまごうことなき本心だ。暫し天使と悪魔の囁きに天秤を揺らしつつ、最終的にううん!と首を振って誘惑を振り払い、広々とした本格的なテントを選ぶことに決めた。
「折角だし、大きなテントにしようよ。巳理さん、どこが良い?」
「うん?私が選んで良いのか?」
 くるんと振り向く海瑠に唐突に選択権を振られ、巳理が思わず『いつも通り』の答え方をしてしまう。素直に言葉にしたかったのだが癖とは根深いもので、いきなりだとつい常のように自分を作って話してしまう。叶うなら海瑠の前ではなんとなく、素直な自分でいるべきだとは分かってはいるのだが、決めてすぐにはなかなか上手くいかないもので。けれどとうの海瑠は気にした様子もなく、うん!と大きめのテントが並ぶ方を指さして頷く。
「木の上とか花の傍とか、いろんな所にあるね。どれか気に入りそうなのある?」
 尋ねる声に従って視線を向ければ、確かに木の上に括り付けられたログハウスめいたテントも、花々の寄り添う華やかなテントもあって、それぞれに魅力は感じる。しかしせっかく素直に、と志したのだから誰かに取って魅力あるかではなく、自らが心地よく感じるものはなんだろう──と、何気なく耳を澄ませた時。雨音に混ざってさらさらと流れる水の音が聞こえて、巳理が一点を指差す。
「…—海瑠くん、あそこのテントにしないか?」
 そこにあったのは、川のほとりに立つ一つのテント。防水はしっかりと施されながら、川と空を眺められるよう透明の布天窓が張られ、その上海瑠が気遣ってくれたように、上背のある巳理でも十分足を伸ばして座れそうな大きさも確保されていた。
「あそこなら水の流れる音が、何となく気分を良くさせる気がする」
「うん、せせらぎが気持ちよさそう!」
 示したテントに海瑠も嬉しそうに同意して、ひとまず予約がわりに手荷物を一旦中へと運び入れてから、今度は料理選びに移っていく。湯気の立ち上るテントの方へと赴けば、野外とはいえ料理の種類は意外に豊富だった。どれも美味しそうで選びきれないと早々に見越した海瑠は、それぞれ少量ずつにして数を頼む算段を組む。巳理の方は打って変わって『話しながら手軽につまめる』を軸に、ピザやフィッシュ&チップスなどの簡単に食べられるものや、ローストビーフやオリーブなどの摘みやすいものを手早く選んでいく。
「私はこんな物かな…君は何に?」
「オレはー…バケットと生ハムは定番だよね。あとはグラタン!あ、ビスクスープも欲しいな……このメニューならお酒はワインかな?巳理さんは好きなワインある?」
「そうだな、飲みやすさとメニューから見て…このスパークリングワインあたりが良さそうだ」
「じゃあオレもそれにしよ」
 話しながらもテイクアウトの品を決めて、バスケットに詰めてもらったなら早々にテントへと戻って、中に敷き詰められていたクッションを適度に避けてスペースを作る。そうして一つずつ選んだ料理を並べてから、スパークリングワインで乾杯をすれば、海瑠が嬉しさでつい顔を緩ませる。
「巳理さんとディナーも一緒…夢みたい」
 聞こえないようクッションに顔を埋めつつポツリと呟き、大丈夫かい?と尋ねる巳理には平気!と慌てて海瑠が平静を装う。そして照れ隠しついでに目の前の生ハムをひょいと一口食べると、その美味しさにパチリと瞳を瞬かせた。
「…ん!この生ハムやっぱりワイン合う…!」
 原木削り出しの生ハムは比較的しょっぱめの味わいながら、奥深い旨味もたっぷりと抱え込んでいて、爽やかなスパークリングワインと合わせればいくらでも食べてしまえそうだった。お腹にものが入ったことで空腹を自覚して、海瑠が次はオリーブをつまみ、スープに手を出しと本格的に食事に移っていく──途中でバレない程度にチラチラと巳理を眺めてながら、ではあるが。巳理の方はといえば盗み見られてるとは知らず、美味しそうに食べる海瑠に倣って自身もローストビーフやオリーブをつまんでいく。厚切りにされた赤身肉の旨みに、グレービーソースの重なる美味しさと、口をさっぱりさせてくれるオリーブの爽やかさに舌鼓を打つ。
「ビスクスープも濃厚~~美味しい」
「出来立てであることもだが、温かいものが美味しいのは少し冷え始めたこの空間ならでは、だな」
 陽が落ちて雨降る森の夜は、初夏といえども長袖が恋しくなる気温だ。しかも冷たいツマミとワインで冷えた口に熱々のスープやピザを、となればより美味しさが増すというもの。グラスは少なくなるとすぐさま海瑠が手酌で注いでくれるので、空になることはなく。その合間にもパクパク美味しそうに食べる海瑠が愛らしくて、つい肴がわりに眺めながら巳理がワインの泡をくるりと回す。するとふとグラス越しに外の風景が映って、そちらの方に顔を向ける。──雨を受けては小さな飛沫をあげて、小石や砂底を撫でてさらさらと流れる水音は何とも心地よく、耳を委ねていると疲れが溶けて流れて癒えていくよう。背を預けたクッションの柔らかさに、程よく満ちた腹具合とお酒。全てが相まってふわりと気分よく空気に浸っていると、急に海瑠がヌッと顔を出してくる。どうしたんだろう、と思えば差し出されるのは、グラタンが一口分載せられたスプーンのひと匙。状況がわからず巳理がきょとんとしていると、へにゃりと笑って海瑠が告げる。
「はい、巳理さん。あーん」
 あーん。その少し間が抜けたイントネーションに、ようやく意図を理解してふふ、と巳理が微笑んで口を開く。運ばれる一口は幸い温かくとも熱くはなく、香ばしいチーズのサクッとした食感に、ホワイトソースとマカロニが絡まってとろけるようだった。貰った匙を食べ終えると、嬉しそうなニコニコ笑顔の海瑠が今度は自らの口を指さして。
「ね、オレにもあーんして?」
 と、期待に満ちた瞳でおねだりをする。どうやら顔色はさほど変わりないが、それなりにワインが回っているらしく、いつもより少し──いや大分本心がダダ漏れ状態らしい。然しそんな海瑠を見ても、巳理としてはただ愛らしいという感想にしかならず、食べやすいサイズにカットしたピザを手にこくりと頷いた。
「勿論、喜んで」
 溢れないように片手を添えて、そっと口元まで運んでやれば、一口で食べてペロリと唇を舐める。そのちょっぴり犬めいた可愛さに思わず巳理がオリーブもおまけしてみると、やっぱり嬉しそうにパクリと食べて、海瑠がクッションに悶えて沈む。
「ん~~ピザもオリーブも最高~~!しかも大好きな巳理さんにあーんして貰えて幸せ…!」
 これぞまさに至福、と言わんばかりの満面の笑みで、心のうちを隠さず口にしながら海瑠が転がる。そのいつもよりも奔放で楽しげな海瑠を前に、案外素直でいるのも悪くないものかもな、と。巳理が密かに胸の内で思いながら、海瑠の瞳にかかる前髪をそっと指で漉いた。

汀羽・白露
御埜森・華夜

──夜の帳を静かに下ろし、森はより神秘的に美しく染まっていく。

 星の光を帯びた雨は細く囁くように降り続いて、|彩玻璃花《コロラフロル》は夜闇の中で一層輝きを帯びたように咲き乱れ。凪いだ湖面は|宙《そら》の色に染まり、供された花々が滑る姿はまるで流星のよう。そこに花あかりをふわりと灯されれば、小説の挿絵に見る景色そのままで。
「わぁ…!へへ、白ちゃん見てみて、きれーだねぇ…」
 ころころと色を変える|彩玻璃花《コロラフロル》の彩に惹かれるように、御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)が見つめる瞳もまるで虹のようにあわい光が宿る。その姿に、同意の言葉を借りて確かに綺麗だ、と瞳を細めて汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)が唇に乗せる。
「折角ロクヨウが生み出す佳景があるんだ。|彩玻璃花《コロラフロル》を捧げて、このまま拝ませてもらおう」
 道すがら摘んであった|彩玻璃花《コロラフロル》を湖に流し、ロクヨウへと捧げたのなら、長らく外で過ごした体を休めるべくテントを探すことに。
「俺はどこでも構わない。かやが気に入った景色の見えるテントを確保して」
 |君《華夜》と一緒ならば、という言葉を秘めはしたものの、先手とばかりに白露からそう告げられれば、ほとんど同じ心算だった華夜がえー、と唇を尖らせる。
「なんだか不思議な場所ってだけで楽しいし、白ちゃんが好きなとこが良いなーって思ってたんだけど…」
 当てが外れてどーしよ、と眉尻を下げて周囲を見渡すも、花飾りがされたテントは可愛らしいし、クッションがいっぱいに詰め込まれたテントも寝転んだら気持ちよさそうで。どれもこれも素敵に見えて決めきれない、と華夜が悩んでいると、ふと風に流れて茶の香りが鼻を掠めた。爽やかに苦く、ほんのり甘く。印象に残る香りを追いかけていくと、そこにあったのはひっそりとした東屋だった。いや、正確には高い木の上から蚊帳のように布を吊るして雨除けにしたテントで、それが遠景で見た印象的に東屋らしく見えたようだ。周囲に咲く紫陽花の雰囲気も相まって、気づけば華夜が吸い込まれるように中央に添えられたテーブルセットに腰掛けていた。
「テントが東屋みたい。でもテント…んふふ、変なの」
「ここが気に入ったのか」
 背を追いかけてきた白露も中を見て過ごしやすそうだと頷き、テント自体は気に入った模様。それなら次はお待ちかねの料理を、と立ち上がりかけた華夜を白露がすっと手を伸ばして静止する。
「かや。料理は俺が取ってくるから、君はここで待ってろ」
「え、いーの?俺赤ちゃんじゃないから自分で持ってこれるけどー!」
「いいや、こんな視界の悪いところじゃ君が躓いて転んで、折角の料理をぶちまけかねないからな」
 それは長らく一緒の経験則からくる白露の小言──を装った建前であって。本心としては雨の中で転んだら危ないし、華夜にはゆっくり景色を愉しんでいて欲しい、という思いやりからくるものだった。
「またそんなこと言ってぇ。ふーんだ、いいもんねー」
 白露の真意は汲めたか定かでないものの、そこまで言われては素直に待つより他はなく。ぷくっと頬を膨らませて膝を抱えつつ、雨の中に去っていく白露の背中を見送った。そうしてきらきら降る雨の中、指先でペンダントを弄りながら白露を待つ間、改めてこの東屋テントを眺めてみる。うっすらと周囲の様子が透けて見える布帷に、薄桃と紫と青、紫陽花の持つ全ての色が揃う小庭。そしてどうしてか不思議と香る、煎り立てのような茶の薫り。──何でここが好きなの?と問われたらうまく答えられる気はしないけれど、なんとなく落ち着く気がして好きだな、と改めて実感を得る。暫しそうしてぼんやり過ごしていると、料理をサーブしてきた白露が戻ってきて、華夜がにぱっと笑みを浮かべて迎え入れる。
「戻ったぞ」
「白ちゃん!えへへ、おかーりー!」
 通りやすいよう入り口の布をはぐって出迎える華夜の、当たり前のようにかけられる『おかえり』の言葉。これまで何度も聞いたことがあるのに、いつだって聞くたびにあたたかくて嬉しくて。短くただいま、と返しながらも柔く笑みを浮かべていると、へくちっ、と小さなくしゃみが聞こえてくる。
「ってああもう、まだ夜は冷えるんだ。ブランケットくらい掛けておけ」
「たしかに、雨は冷えるよね。んへへ、あったかぁい」
 初夏に風除けの内側とはいえ、雨が降り続く森の中は長袖か恋しい気温まで下がる。くしゃみに慌てた白露が、テントに備えられていたブランケットでくるりと華夜を包む。全く、と世話が焼けることにため息をつきながらも、見つめる目元も包む手つきも一際優しくて。華夜も包み込まれる心地よさにえへへ、と微笑みながら素直にぬくぬく甘えて微笑む。
「あ、そーだお料理!白ちゃん何持ってきたのー?」
「ん?ああ、かやの好きそうな料理を一通りサーブしてきた。」
「白ちゃんがまたオサレにお皿に…ぬぬん流石白ちゃんオサレ。」
 尋ねる華夜の前に差し出されたのは、綺麗に並べられた料理の数々。プレート上に少量ずつを美しく盛られた皿は料理本の一面を飾れそうで、なんとなくちょっぴり悔しさを覚えた華夜が薄目で眺める。
「さぁ、温かいうちに食べよう。どれからにする?」
「へへ、スープちょーだい!」
 然しそれも食事を勧められたらすぐキラキラの笑みに取って代わり、指差したビスクスープを手渡される。──エビを丸ごと殻まで丁寧に裏漉して、形がなくなるまで柔らかくした野菜と生クリームを一緒にコトコト煮込んで。そうやって丁寧に作られたことが一口でわかるスープに、こくりと飲み干してから華夜がおいしい!と告げる。その様子に同じようにスープを手にした白露も、口にしたスープの温かさにホッと一息つく。すると華夜がパンをちぎってスープに染みさせたものをひょいと持ち上げて、口元に寄せられた白露がパチリと瞬きする。
「白ちゃん、あーん。ほら、おいしーよ?」
 無邪気な華夜のすすめには、断るわけもなくあーん、と口を開き。
「…うん、美味いな」
パンの香ばしさが加わったスープの味わいに、白露が素直な感想を告げれば華夜がにまにま嬉しそうに笑う。そして程よく口がしょっぱさに慣れ、体も温まってきた頃に、チラと華夜が意味ありげな視線を投げかける。
「白ちゃん、暖まってきたしそろそろ乾杯しよ?」
 向けられた先は、隠すとはなしに隠していた白露の持ち込みお酒セット。グラスの姿に気づいた華夜が得意げに指摘すると、はぁ、と肩をすくめて白露がテーブルに取り出す。
「酒も一応は持ってきたが…まったく…あまり飲み過ぎるなよ?」
「だいじょうぶ、だいじょーぶ!俺酔わないもーん」
「嘘をつけ。…ほら、程々にな?」
 白露が釘を刺しつつとくとくとく、と透明な酒をグラスに注いで渡せば、やったー!と気楽に華夜が受け取る。選んだのは口当たりが軽く、どこか華やかな酒精。透明な中に花を感じるのが華夜を思わせて、つい選んでみたのだが、もちろんその辺りを本人に告げるつもりはない。乾杯を交わして口に含めば、ふわりと広がる芳醇な香りに、やっぱり似てる、と白露が微笑んだ。
「えへへーこれすっごい飲みやすーい。おいしー!白ちゃんほーんと品選び上手いんだからぁ」
 と、1杯を楽しんでる隙にクイッと飲み干したらしい華夜が早速ふわふわとした様子で白露に寄りかかる。ああもう、と苦言を漏らしながら酔い具合を心配してひたいに翳そうとした白露の手を、華夜がするりと掴んで問いかける。
「…ねぇ白ちゃん、またこーやって出かけようね」
「……ああ、もちろん。何処へでも行こう」
 春は過ぎて夏が来て、秋を眺めて冬を過ごす。そして──また巡り巡って、春が来る。叶うなら、どの季節にもどんな風景にも、あなたにいて欲しいと互いに願いあって。掴んだ手を優しく繋いで、暫し微睡む時間は──今日過ごしたどの時間よりも、暖かく感じられた。


🌸

祭りの喧騒は遠ざかり、迷宮の香は薄れ、夜もゆるやかに明けていく。

 季節は夏。空は高く晴れ渡り、やがて雨雲を遠く彼方へ押しやっていくだろう。そうなれば、|彩玻璃花《コロラフロル》の時期は終わり、花は雨に溶けたかのように森から消え失せる。少し寂しいけれど、それもほんのひとときの事。地に残された種は芽吹きを待って眠りにつき、また|雨の香り《ペトリコール》に誘われて花開くのだ。だから──

──またいつか、花の染む日に逢いましょう。

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挿絵イラスト