7
⑧衝動を呑む
●衝動
死にたい。死にたい。死にたい。
殺されるのは嫌だ。死にたい。
自分の命は自分で終わらせよう。
それが命の責任というものでしょう?
そうでなかったら、私は。
私たちは……。
好きな人に死んでほしくない。
当たり前のことだ。
だから、この力があなたに効かなかったとき、どれだけほっとしたか知れない。
でも、言わない方がいい。あなたが私の特別であることは明らかじゃない方が、あなたは私の好きなあなたでいてくれる。それに、あなたが私の特別だと知れたら、あなたを飼い慣らすことで、私を従属させようと、収容局も、国も動くでしょう。
簡単に飼い慣らされるようなあなたではないでしょうけれど、あなたの中には愛国心と、ある程度の忠誠がある。でなければ、王権執行者と呼ばれるほどの面目躍如を組織のためになんて続けない。
そんなあなただからこそ、私は好きなのだし、自由を奪いたいわけでも、迷惑をかけたいわけでもないんです。
役に立ちたい。
——戦場に、出れば。役に立てるのでしょうか。
負担を減らせるのでしょうか。
無辜の民がどう、というのは少し、私には遠い話なんです。この力はあまりにも無差別で、私自身がどうにかできるわけじゃないから。
でも、リンドー先輩の役に立てるのなら、
これでも、いいんでしょうか。
●残骸のこころ
「ええと」
曖昧に視線をさまよわせながら、集まった√能力者らの前に出たのはジェイド・ウェル・イオナ・ブロウクン・フラワーワークスだった。戸惑いと、冷や汗と。それらが同居した中でも彼の表情は一定して笑みである。
普段は比較的はきはきして、好戦的なきらいのあるジェイドがこんな様子なのは、彼を知る者からすれば、珍しく映ったかもしれない。
「秋葉原荒覇吐戦の新しい任務なんだが……あんたらは、死にたいって思ったこと、ある?」
お前はどうなのか、というのは、彼の種族が「人間爆弾」ということで察してほしい。彼の本懐の一つはその身に埋め込んだ爆弾で人類の栄光のために散ることだ。
さて、死にたいと思う——所謂自殺衝動。本来の意味での死というのは、Ankerという座標を持ち、死んでなお観測されて元通りになる√能力者からは遠退いた概念であるが、死から遠退いたからこそ死を望むということもあるだろう。
「人それぞれだ。思ったことがあろうとなかろうと、おれはあんたを責めやしない。これから行く先でそう思っても、実際、自殺しても。
——大型予兆は見たか? あれに出てきた人間災厄『リンゼイ・ガーランド』のいる場所に行ってもらう。彼女の能力は自殺衝動を著しく高めて、人を自殺させること、だな。簡単に言うと」
簡単に言っていいのか、これ、とジェイドはぼやいた。
その能力は無差別的であり、EDENや簒奪者の区別はない。当然、無辜の民にも効く。
だからこそ、√汎神解剖機関において、彼女は『封印指定人間災厄』とされていたのだろうが……。
「おれたちや簒奪者は√能力を持つから、死んでもまあ戻って来られるっちゃ来られるが、一般人までこの力が及ぶのはならん。つーわけで、彼女を止めてくれ」
止めるためには、リンゼイの√能力で増幅される自殺衝動と戦わなければならない。その方法は各々模索してな、とジェイドは言った。
「ここからは、独り言だから聞き流してくれてかまわない。
……自殺衝動と戦う必要、あるか?」
翡翠色の瞳は仄暗い色を宿していた。
「抗う必要、あるかね。そのまま、受け入れちまうのも、一つ、手じゃないか。死にたいと常日頃から思ってるやつがさ、その衝動に抗うなんて、自分を否定するようなもんだろ。それ、苦しいと思うんだけど。
……ま、あくまで、これは独り言。誰もに当てはまるわけじゃねーし、言いたいこともあるかもしんないけどさ、今は呑み込んでくれよ。
これは普通に星詠みで得た情報なんだが、一瞬でもリンゼイに好かれると、自殺衝動の能力が緩むらしいんだよな。だから、好かれるってどうやって? って思ったんだけど。やっぱ、ありのままの心が大事じゃね? って」
あっはは! と人間爆弾は快活に笑った。
「おれは無理! 充てられて爆発して終わりそう! だからあとは任せた!!」
何か、とても無責任に締めくくり、ジェイドはEDENたちを見送った。
マスターより
九JACK休むって言いたかった。
無理でした。なんでどうしてスミスのおじさん!!!!!
リンゼイたゃ応援隊一番隊隊長の九JACKです。名乗ったもん勝ちだろ!!
というわけで、戦争シナリオです。
一章完結、短期完結努力目標、公開直後より受付開始、断章なしの予定です。
急遽、とても急遽シナリオを書きました!! 努力目標心情系ですが、まあ、心情じゃなくてもいいですし、「もしかしてオープニングこんな感じだからこんなことしてもいいですか!?」ってなったら遠慮せずプレイングを送ってください。とても喜びます。
運営から提示されているプレイングボーナスはこちら。
プレイングボーナス:自分の自殺を防ぐ(一瞬好かれるだけでも効果あり)。
では!!
65
第1章 ボス戦 『人間災厄『リンゼイ・ガーランド』』
POW
|希死念慮《タナトス》
60秒間【誰にも拘束・監視されない自由な時間】をチャージした直後にのみ、近接範囲の敵に威力18倍の【突発的感染性自殺衝動】を放つ。自身がチャージ中に受けたダメージは全てチャージ後に適用される。
60秒間【誰にも拘束・監視されない自由な時間】をチャージした直後にのみ、近接範囲の敵に威力18倍の【突発的感染性自殺衝動】を放つ。自身がチャージ中に受けたダメージは全てチャージ後に適用される。
SPD
怪異「|自殺少女霊隊《ヴァージン・スーサイズ》」
【|自殺少女隊《ヴァージン・スーサイズ》】と完全融合し、【自殺衝動の超増幅】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
【|自殺少女隊《ヴァージン・スーサイズ》】と完全融合し、【自殺衝動の超増幅】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
WIZ
|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》
【様々な自殺方法の紹介】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【ヴァージン・スーサイズによる自殺衝動】に対する抵抗力を10分の1にする。
【様々な自殺方法の紹介】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【ヴァージン・スーサイズによる自殺衝動】に対する抵抗力を10分の1にする。
架間・透空……誰だって好き好んで死にたいわけない。
死にたくないし……誰も死なせたくない。
だから、歌います。心からの想いを籠めて。
秋葉原ダイビルにいる皆に届け!私の想い!
私たちは、いつか死んでしまうからこそ。
今を大切に、精一杯生きようと藻掻いているんです。
それなのに、どうしてリンゼイさんは死なせようとするんですか。
リンゼイさんにも……きっと大切にしたい人がいると思うんです。
……貴女が今死なせようとしている人にも。大切な人がいると思います。
大切な人の為、他の人の大切な人を傷付けるのなら。
私は生きて欲しい、って。励まし続けます。
死にたい、その想いは今も止まらない。
でも、それ以上に。誰も死なせたくないんです。
●|天《そら》を駆ける想い
秋葉原ダイビルに、|天駆翔姫《ハイペリヨン》が舞い降りた。
それは見た目には「ただの少女」だった。
事実、架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)はただの少女「だった」。それが過去形だとしても、彼女のひたむきな想いは彼女がただ少女だった頃から変わらない。
「とても簡単な自殺方法があります。紹介致しましょう」
舞い降りた少女を見て、リンゼイ・ガーランドは【|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》】を唱える。
とても簡単で、とてもポピュラー。高層ビルなんかがおすすめ。
「投身自殺です。高いところから真っ逆さまに地面に落ちる。頭から落ちるのが確実性が高いでしょう。四階以上の高さが良いという話もありますが、打ち所が悪ければ、低階層でも普通に死ねます」
「どうして」
淀みない言の葉に、透空が声をこぼす。
死にたい。死にたい。死にたい死にたい死にたい。溢れそう。叫びそう。今すぐリンゼイの言ったとおりのことを実行して、死んでしまいたい。
けれど、透空はそれよりも強い衝動を持つ。
「どうしてリンゼイさんは死なせようとするんですか」
「……死なせたい、わけでは。これが災厄としての私の力です」
少し呆然としたようすのリンゼイ。つきりと透空の胸が痛んだ。
……そうだ。望んでこんな力を持っているとは限らない。誰だって好き好んで死にたいわけではない。私だって、高められた衝動のままに「死にたい」と思う以上に「死なせたくない」と思う。そう思うから、今ここに立っている。
でも、リンゼイさんも、好き好んでで死なせたいわけじゃないのかな。
それは少し、悲しい。
でも、それならやっぱり、
「私、歌います。歌わなきゃ」
透空はレゾナンスディーヴァ。誰かの魂を震わせるために、歌を歌う者。
「リンゼイさんにも……きっと大切にしたい人がいると思うんです」
「はい」
生真面目な眼鏡の奥の瞳は揺らぐことはなく、けれど立ち続ける歌姫を見つめる。
「……貴女が今死なせようとしている人にも。大切な人がいると思います。大切な人の為、他の人の大切な人を傷付けるのなら——私は生きて欲しい、って。励まし続けます。死にたいと誘われてしまう人たちのことも、あなたのことも」
あなたがこんなことを続けなくて済みますように。
誰も死ななくて済みますように。
死にたいと願ってしまっても、大切な人のために、みんな「生きよう」と願えますように。
誰よりも、高く、遠く。
|天駆翔姫《ハイペリヨン》は歌う。
夢の欠片を振り撒いて。
🔵🔵🔵 大成功
四之宮・榴アドリブ・アレンジ歓迎
【琴瑟】
心情
…嗚呼、貴女様の気持ちは…分かる、のです。
…ええ。…痛い程に…。
…僕は、自分の痛みに…死に疎いから…僕だけで済むなら…死ぬことなど怖くない…っ…。
…きっと辰巳様には…理解されないと、解っているけど、此れだけは…僕の根底にある、から…。
…だから、辰巳を護る為に、此の命が役に立つのなら…幾らでも…。
…御免なさい、辰巳様…っ
…僕は、これが最善だと…思うのです。
…貴女様と、共に逝くことは怖くないですから…
行動
辰巳様が手を繋ぐと、謂うので繋ぎます
視界に彼女が入ったら√能力で、辰巳様の手を離して彼女の所に迷わず飛びます
彼女を抱き締めて、自分ごと辰巳様に攻撃をしても貰う為に
和田・辰巳アドリブ・アレンジ歓迎
【琴瑟】
僕達の使命は無辜の民の命を救う事
榴と手を繋いで戦場に向かう
自分のせいで沢山の人を死なせてしまった時、死にたいと思った
それでも僕の友人達はその人達の為に生きて戦えと言った
だから迷わない
榴がする事を信じて
【編纂招来:綿津見神】発動
写す能力は榴の【深海の深さを識る】
空中にいるリンゼイに水槽を放つ
水は操作可能なので空中に留め置き自前の能力で召喚した水でさらに固めつつ、榴を水で掴んで回収する
もう一度手を繋ぎ直す
勝手に一人で行くなんて許さない
榴が99人救うなら僕が榴を救えば100人助けられる
簡単でしょ
リンゼイさん貴方も死ななくて良いんですよ
空いてる手をリンゼイさんに差し出して
●思慕各々
死にたい。
その気持ちが、四之宮・榴(虚ろな繭〈|Frei Kokon《ファリィ ココーン》〉・h01965)には痛いほどよくわかった。
榴の隣には手を繋いで和田・辰巳(ただの人間・h02649)がいる。彼は榴の相棒であり、榴は彼を慕っている。
けれど、どんなに思っても、この衝動が、希死念慮がそばにあることを辰巳には理解してもらえないだろう、と榴は考えている。
自分の痛みに疎いから、死というものは苦しみから遠く、命を惜しまず捨て身の行動を取るのは、本望とさえ言えた。それが辰巳のためならば、これ以上など。
手を繋いでいる。繋ごうと言ったのは辰巳だ。体温が伝わってくる。ぬくもりがある。「ただの人間」で本来なら死と遠くあるべきの体温が。
お守りしたい。そう願う榴の傍らで、辰巳もまた覚悟を決めていた。
死にたいと思ったことは辰巳にだってある。仲間をたくさん死なせてしまった。自分のせいで。自分が殺してしまったようなものだ、という悲嘆は、死への誘惑をもたらした。それへの抵抗が格段に落ちていた。
「仲良く手を繋いで、心中がお望みなのでしょうか。
でしたら、水死をおすすめします。近くに川があるというのは知っています。橋もあると。飛び降りて『二人で永遠になる』という考えがあると聞きました。忌まれもする風習と。
私は忌み物ですから、自殺の方法の貴賤など考えませんが」
「僕たちは死にに来たわけではないですよ」
「そうですか」
【|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》】で抵抗力ががくりと落とされる。効果はリンゼイの【ヴァージン・スーサイズ】がもたらすものに限定されているはずだが、それでもリンゼイがいる限り、自殺衝動は加速し続ける。膨れ上がり、苛む。
——それでも、死ぬな、戦え、と。
友の声を辰巳は思い出す。そう叱咤された。自分のせいで死んだと思うなら、その者たちのために生きろ、と。
だから、自殺衝動を振り撒く災厄の前に屈することはない。
そうして、自分の手から離れた榴のことも信じる。
ふっつりと消えた体温。その残滓を握りしめながら、辰巳は【|編纂招来:綿津見神《オーバーライドウィズ・ワダツミノカミ》】を発動。水流が溢れる。
「自前で川を用意するとは豪気です、ね……!?」
「辰巳様」
皮肉げに返すリンゼイを抱きしめる者があった。榴だ。【|見えない怪物への転移《メタスターシス・トゥ・インビジブル》】により、瞬間移動。インビジブルはどこにでもいるが、死を振り撒く災厄の周りにはより多く漂い、難なく目的を達することができた。
「なに、を」
「貴女様と死ぬのは、怖くありませんから……」
死にたいのですよ。気持ちがわかるのですよ。でしたら、辰巳様の攻撃を通すために、貴女様を押さえて……僕もろとも、討っていただきましょう。
穏やかとさえ思える声音で、榴はそんなことを告げた。辰巳が水面より読み取った榴の【|深海の深さを識る《リアライズ・デプス・アビス》】により、水槽が放たれる。深海800mの水圧。防御を底上げし、毎秒回復しても、水圧による苦しみだけが延々と続く、檻。
それがリンゼイと榴を呑む。けれど、水は今、全て辰巳の制御下であった。綿津見神の力である。ゆえに、水で榴の手を掴まえて、引き寄せて、手をもう一度、繋ぎ直す。
「一人で逝くなんて、許さないよ」
「辰巳様……」
注がれるまっすぐな眼差しに、榴は目を伏せた。御免なさい、と細い声が落ちる。
辰巳を含めた99人を救うことに榴が自らの命を投げ出すというのなら、その榴を僕が救う。そうすれば、100人救うのも簡単だ。——辰巳はそう告げた。
「貴女も、死ななくていいんですよ、リンゼイさん」
辰巳は空いている手をリンゼイに差し伸べる。
リンゼイは目を閉じ、首を横に振る。
「私が取りたい手は、あなたのものではないので」
けれど、苛む衝動は、薄まっていたように思う。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュなるほどねえ。では、彼女は人間に近い心を持っているのだね
では、話してみよう
ヨルマ。私にしっかりと絡みついておいで
君は私の自殺を縛り、私は君の自殺を縛ろう
他殺衝動でなくて良かった。おかげで私たちは互いに助け合える
精神汚染には詳しいから、全力で受け流そう
お嬢さん。君の話を聞きたい。少し話をしないかね?
私はウォルムと言う者だ。お嬢さんと同じ、人間災厄でね
お嬢さんの名は?(握手(√能力)を求めつつ、名乗って貰えたら以下名前+さん)
君はなぜ、こんな戦場に? いや、迷子のような目をしていたものだから、つい
誰かを追ってきたのかな? どんな人を?
(会話しつつ監視と√能力の無効化に努める。倒すのは他の方に委任)
矢神・霊菜自殺衝動、か
少なくとも覚えている範囲ではそう思った事はないから、それがどういうものかよくわからないのよね
とはいえ、大切な家族がいる今ではそんな思いは抱きたくないけど
ところで、リンゼイさんだっけ
予兆を見たわ
ふふ、この人だけは失いたくないという思いが彼を『特別』にしているのかしらね
そういう思い、とっても素敵
それに彼のあのダンディな様子って惚れちゃうわよね
ああ、警戒しないで
私には最愛の夫がいるから、彼は対象外よ
どちらかと言うと貴女たち2人を応援したいのよねぇ
間違いなく私の本音
これで一瞬でも好意を抱いてくれた瞬間に先制攻撃よ
融成流転を武器に錬成して、2回攻撃+貫通攻撃+切断で攻撃するわ
セシリア・ナインボール好きな人に死んで欲しくない、ええ、とても分かります。
私もお慕いしているアマランス様を助ける為、あの戦いに臨みました。
ですが、その代償はあまりにも多すぎました。
それに、私には√能力者故に死ねずに苦しい思いをしている後輩が居ます。
あの子の為にも気軽に死ぬなんて言えません。
呪詛を敢えて自分に向けて放ちます。
自分で死のうなんて思うな、という呪詛を。
それでも足りなければ狂気耐性と精神抵抗で何としても防ぎます。
好きになってもらうのは…まあ、無理でしょう、私は羅紗の魔術塔の一員であったのですから。
防ぎ切れば力溜めをした二連突きをに仕掛けます。
…彼女を見てるとやはりイングリッドを思い浮かべてやりづらいですね。
●相対
「好きな人に死んで欲しくない、ええ、とても分かります」
セシリア・ナインボール(羅紗のビリヤードプレイヤー・h08849)の声に、リンゼイは顔を上げた。眼鏡の奥の丸い碧眼は暗い色を宿しながらも無垢であった。
その雰囲気とあの男を「先輩」と呼ぶ様に、セシリアは少し胸が痛んだ。……後輩に少し、重なる。
そんなセシリアの装束に目線を走らせ、リンゼイは疑問を口にする。
「その布は、羅紗……魔術塔の魔術士ですか」
「ええ。もう羅紗の魔術塔は崩壊しましたが」
好きな人に死んでほしくない。好きな人の力になりたい。その一心で、セシリアは先の天使化事変決死戦に参加した。結果、塔は崩壊し、数多の羅紗魔術士が命を落とした中、彼女は後輩共々生き残った。
あまりにも犠牲を払いすぎたが、その犠牲者の中に「アマランス・フューリー」の名が連ねられずに済んだのは、救いと言ってよいだろう。アマランスを助けるために、セシリアは奔走したのだ。
好きな人。慕う人。敬愛する人のために。持てる力の全てを尽くす。……痛いほどよくわかる。
だからこそ、今ここでリンゼイの振り撒く衝動に呑まれるわけにはいかなかった。
散った命があまりにも多すぎる。命を続けなければならない。
『自分で死のうなどと思うな』
そんな呪詛を耳元で嘯かせる。
「絞首も、よく使われる手法ですよね」
セシリアの羅紗を見つめながら、リンゼイはぽつりとそう呟いた。
セシリアがキューを構える。【|自殺のための百万の方法《ミリオンデススターズ》】を仕込むリンゼイに【|二連突き《ダブルショット》】で応戦しようと。……好かれるのは無理だ。セシリアは羅紗の魔術塔、リンゼイは連邦怪異収容局。そもそも、相容れないのである。
様々事情持つ√能力者同士の一つと言えた。
「お嬢さん」
臨戦態勢。そこに一つ声がかかる。
黒い。大きな蛇を巻きつかせ、ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ(回生・h07035)が立っていた。
「君の話を聞きたい。少し話をしないかね?
私はウォルムと言う者だ。お嬢さんと同じ、人間災厄でね」
「そうですか。……大きな蛇ですね」
「ありがとう。ヨルマというんだ。お嬢さんの名前は?」
「リンゼイ・ガーランドと申します」
「リンゼイさん。よろしく」
すっと差し出される右手。自然な流れ、自然な仕草。リンゼイは疑うことなく、握手に応じる。
右掌が触れて、束縛などないまま、封じる。それは一種、優しさであった。
「君はどうしてこんな戦場に? 封印指定災厄と聞いたから、きっと封印を解かれたばかりで、事情をよく知らないと思うけれど」
「そうですね。ただ命令に従ってここにいます。ですがそれならあなたこそ、何故。敵対者とお見受けしますが」
「いや、迷子のような目をしていたものだから、つい。誰かを追ってきたのかな?」
まいご。ウォルムの言葉を反芻する。蛇もじっと言葉を待っていた。ただ待ってくれている。
「……リンドー先輩を」
「はぐれてしまったのか?」
「そう、ですね……」
はぐれた。その言葉が「ひとりである」ことを刻みつけてくる。これでいいのだ。言い聞かせるために、リンゼイは静かに瞑目する。
先輩には、この力が効かない。私が先輩を好きだから。でも、そばにいない方がいい。敵対者や他√の簒奪の徒はともかくとして、無辜の民が死に逝く様をわざわざ見たいとは思わないだろうから。
「あ、いたわね、リンゼイさん。予兆を見たわよ」
「……?」
ふわりと。微笑ましげな声にリンゼイが振り向くと、さらりと冷たい風が頬を撫でた。矢神・霊菜(氷華・h00124)が穏やかに笑んでいる。
霊菜は妻であり、母である。大切な家族がいる中で自殺衝動に囚われるなど、考えたくもない。それがどんなものであるかは知らないけれど。
しかしながら、リンゼイの乙女心には共感できる。自分には愛する人がいるので、浮気なんて微塵もする気はないが。
「ふふ、この人だけは失いたくないという思いが彼を『特別』にしているのかしらね。そういう思い、とっても素敵」
「え、あ。は、ありがとう、ございます」
照れてる。かわいい、と思いつつ、くすりと霊菜は笑った。腹の底から沸いてきていた正体をあまり知りたくない衝動が少しなりを潜めた気がする。
霊菜は続けた。
「それに彼のあのダンディな様子って惚れちゃうわよね。あ、私には最愛の夫がいるから、彼は対象外よ」
「……そうなのですね。あなたも素敵なマダムと思います」
「ありがとう。私はどちらかと言うと貴女たち2人を応援したいのよねぇ」
「おう、えん……?」
好意的な言葉を好意的には受け止めているが、いまいちぴんときていない様子のリンゼイ。それでも、衝動は鎮まっていた。
(今ね)
【氷應降臨】。衝動が再燃するより速く、黒い蛇の右掌が触れているうちに、一撃を決める。
「っぐ」
タイミングを見計らい飛び退いていたウォルム。そこに【氷刃裂葬】。リンゼイの右手首から先が切断される。すぐに臨戦態勢を取り戻すリンゼイだが、畳み掛けるようにセシリアのキューがその体を打った。
力溜めされた上に二回攻撃。リンゼイは顔を歪めながら吹き飛ばされる。けれど、悔しそうというには、諦念が濃かった。
冷静に切断された右手首に簡易的な止血を施し、下がっていく。
ぼたぼたと落ちて、道標のように置かれる血痕。
リンゼイはそれを省みることはない。役に立たなくてはならない。死なせることしかできないのなら、私は。
何度死んだって拭われない罪業を……果たすしか。
よたつきながらもまだ戦場に立っていなくてはならない。先輩のために。
その背中をセシリアは少し、悲しげに眺めていた。「……彼女を見てるとやはりイングリッドを思い浮かべてやりづらいですね」
追撃はしなかった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
アンミタート・アケーディア九JACKマスターにおまかせします。
「運命の人」を求めており、可憐な女性には積極的に声をかけています。
簒奪者相手でも例外ではありません。
セリフ例:
(Mr.スミスを愛している以上、ナンパが通用するとは思えないが、運命の人かもしれない以上、試さないわけにはいかないな)
(私はアマランス様と織ったこのポーチをAnkerとしているので、視界内にある限り羅紗に生かされるので、囮に最適です)
「……貴女の瞳、まるで奈落の底に咲く黒薔薇ですね」
「リンゼイ・ガーランド。あなたを滅ぼすためじゃない。愛するために私はここにいます」
「さあ――私の“愛の救済”を受け取ってみませんか?」
あとはおまかせ。おねがいします!
●愛と奇蹟と
右手が落ちていた。
綺麗な手だ。ほっそりとした指はしなやかで柔らかい。手袋は指先の保護のためだろうか、それともお洒落か。米国の女性なら後者の可能性も大いにあり得る。
——リンゼイ・ガーランドの右手を拾い上げたのは、アンミタート・アケーディア(愛を求める羅紗魔術士・h08844)であった。
彼の周囲には羅紗が揺蕩っている。【|羅紗が肉体を凌駕する《ラスト・スタンド》】により、死を無効化しているのだ。
アンミタートのAnkerは羅紗織りのミニポーチである。先日、憧れのアマランスと織ったポーチで、思い出の品である。これが視界にある限り、羅紗が彼を守り、死ぬことはない。
(リンゼイ・ガーランド……彼女がMr.スミスを愛している以上、私の愛の囁きが通用するとは思えないが、運命の人かもしれない以上、試さないわけにはいかないな)
愛に焦がれている。それがアンミタートであった。それは彼のアイデンティティと言える。運命の人がどこかにいるはずだと青い理想を信じているのだ、心から。
故に、簒奪者相手であろうと、そこに可憐な女性がいるのなら、声をかけずにはいられない。その衝動は、現在リンゼイの能力で増幅させられている自殺衝動といい勝負をしている。
それに、彼女に声をかけるちょうどよい口実もできた。右手をそっと抱きしめると、アンミタートは意気揚々とリンゼイを探す。
そう遠くない場所に、リンゼイは佇んでいた。彼女の姿を認めた途端、どくんと心臓が高鳴る。
あぁ、
「貴女は、この手で人を殺めたことはありますか」
「……ぇ」
拾った右手を示しながら、アンミタートが口にしたのはそんなことだった。
初対面の男が自分の右手を持って口にするというシチュエーションが狂気じみているが、リンゼイ自体が狂気の沙汰の体現であるためか、彼女は生真面目に悩んでいるようすだった。
少し考えて、はい、と答える。
「私の力で人は死にます。その最期がせめて安らかであるように、私自身が殺すことも必要と感じることはあるので」
奈落の底を写したような瞳がアンミタートを確り見据える。アンミタートは少し残念そうに眉を潜めた。彼女が人殺しをはたらいていたことに失望したのではない。
この手に、綺麗な指先に、殺されるいちばん最初でないのは残念だ、と——正気を失った思考がよぎったのだ。
「そうですか。リンゼイ・ガーランド。あなたを滅ぼすためじゃない。愛するために私はここにいます」
「愛、ですか。不思議なことを仰いますね」
「不思議も何もありませんよ。貴女は美しい。それ以上の理由は、私には必要ありません。――私の“愛の救済”を受け取ってみませんか?」
愛の救済。
愛。
リンゼイはゆっくり、目をぱちりと一度、瞬かせた。
「いいえ。お断りします。愛が救済になり得るとして、私はもう、それを受けました」
私の力を受けても、先輩が死なないこと。それが私が受けた『愛の救済』と呼べるものであり、奇蹟だ、と。
そんなことを言われてしまえば、これ以上すがりつくのもみっともないというもの。ほろ苦くアンミタートは笑った。
「わかりました。では、これだけお返し致します」
そうして、右手を渡す。
ありがとうございます、という言葉を受けながら、それでも成果は上々と言っていいだろう、とアンミタートは飲み下す。
もう、その綺麗な手に殺されてみたいという衝動もなくなっていた。それは、彼女が一瞬でも好意を抱いてくれたということだ。
愛の真価を知っていく。
🔵🔵🔵 大成功
ヨシマサ・リヴィングストン自殺する気か?といつも言われるボクですが、自殺する気はサラサラないんですね、これが。作戦時に自死を選択に入れるときもありますがあくまでそれは人類の勝利のためです!そんなわけで人類の勝利のために今回も頑張りましょ~。
こういう時こそ自分の意思のない機械の出番です。『群創機構爆撃Mk-IV』で標的をリンゼイ氏に設定。彼女の沈黙を確認するまで追尾するモードに、絶対に自分の意思では切り替えられないよう手動で切り替えておきます!
ボクは…そうですね、まず心配なのは舌なので猿轡。あと利き腕は一旦脱臼させといて…あまった腕はその場に応じて撃ち抜くなり縛るなりでどうにかしましょう!あとは耐久戦です!
タミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ・アドリブ連携お任せ
|Omnes una manet nox《死は我ら全てを待ち受ける》ということか。何と強大な力を持った敵であろうか。
しかし死が相手であれど人間の姿であるならば、この雄々しい尾を振り、猛々しい頬を見せつければ遠ざける事もできよう。
尻尾を掲げよ、頬を膨らませよ。勇気は千の盾となる。
・自殺衝動に抗うため|街道の女王《レジーナ・ヴィアルム》を大音量で吹きならして自身と味方を鼓舞する(ぶおー)
・地形を利用して瞬く間に距離を詰め、敵の√能力はこちらも√能力を使用して無効化する(右前脚≒右掌でぺたぺたさわる)
・手|を踏みつけて《に乗って》敵を拘束し、襲撃をあきらめさせる
●なんのため
死ぬ気か?
正気か?
自殺願望でもあるのか?
……そんなことを言われるほどに、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)はかなり前に出るタイプの戦線工兵である。
そもそも戦線工兵とは、戦線維持のためならば兵器の修理から戦場の改造まで、あらゆる戦線構築・メカニックを一手に引き受けるのがメインである。しかし時には戦闘員として拠点防衛も担当する、戦線維持のスペシャリストだ。つまり、前線に出ることは何らおかしくない。
戦って、戦って、戦って。勝利のための礎となることこそが√ウォーゾーンの兵士にとっては誉であり、本懐である。生き急いでいるように見られるかもしれないし、あまりにも前のめりに見えるかもしれない。けれど、自殺願望などではない。
√ウォーゾーンの価値観は他√で平常とされる倫理観を捨て去っているかもしれないが、それは全て勝利のためであり、何一つ無駄にしないためである。
死に何より栄誉があるのは、それが資源として活きたときだ。つまり、「死ぬために死ぬ」戦線工兵など存在しないのである。ヨシマサも例外ではない。
「そんなわけで人類の勝利のために今回も頑張りましょ~」
なんとかなれ~、という軽い……あまりにも軽い掛け声と共に展開される【|群創機構爆撃Mk-IV《スウォームブラストマークフォー》】。今回の標的は『リンゼイ・ガーランド』だ。その設定を今回は手動で行う。
自動設定にしてしまうと、何かあったときに危険だ。融通が利きすぎる。
何故なら機械に心などないから。心などないから、衝動をもたず、リンゼイが与えてくる自殺衝動も物ともしない。だが同時、所有者に対しても愛着を持ちはしない。だから、設定一つでヨシマサを撃つこともある。
自殺衝動を強制する能力。それならば何よりも信用してはならないのは『自分自身』である。だから、簡単にオンオフ等の切替ができないよう調整する。
そうして、ヨシマサが準備を整えると、タイミングよくぶおー、と何かの音がした。法螺貝ではないが、戦の始まりを想起させる音。
これから戦いへ赴く味方の勇猛さを称え、高め、勝利への邁進を鼓舞するような。
「|Omnes una manet nox《死は我ら全てを待ち受ける》。これを体現した強大な敵だ。だがそれで止まる理由もなし。死が相手であれど人間の姿であるならば、この雄々しい尾を振り、猛々しい頬を見せつければ遠ざける事もできよう」
管楽器を吹き鳴らし、味方を鼓舞したのはタミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ(|大堅果騎士《グランドナッツナイト》・h06466)。誇り高きシマリスの騎士である。
さあ、立て。尻尾を掲げ、頬を膨らませよ。勇気は千の盾となる。|街道の女王《レジーナ・ヴィアルム》による鼓舞は戦士たちの勇気を掻き立てる。
尻尾まで含めて17cmのリースケだが、それでも……いや、だからこそ。リンゼイは簡単に彼を捉えることはできない。普段は決戦型WZなどに搭乗して戦うが、小柄な身は小柄な身でできることが多いのだ。彼は野良。野生に生きるからこそ、己の身体全てを生かす戦い方を知る。
小柄だからこそ、存分に地形を利用して戦える。枝から枝へ飛び移る要領で、ヨシマサの飛ばす「シーカーズ・フレアVer.1.0.52」へと飛び移るリースケ。目標は同じリンゼイ・ガーランドだ。道標として申し分ない。
リースケのもたらした鼓舞の音色により、ヨシマサもどうにか舌を噛みきらずに済ませる。呼び起こされる自殺衝動、別な生き物であるかのように自分を殺そうとする手足。舌を噛み切らないよう猿轡をし、利き腕の肩を外す。尋常ならざる痛みはいくらか平静さをもたらしてくれた。
足はさすがに機動力がなくなるのでそのまま。まだ使える片手が諦め悪くさまようが、そのくらいなら手頃な壁や瓦礫に打ち付けることで抑えが効いた。
戦いが常であるため、痛みへの耐性は高い。それでも痛みは命の危険を知らせる信号。衝動に走らされる脳を制止する機能を十全に果たしていた。
ドローンからの攻撃を受け、リンゼイは静かな眼差しを「シーカーズ・フレアVer.1.0.52」に注ぐ。その向こう、自分の体をこれでもかと痛めつけながら、自害を遠ざけるヨシマサの姿に、彼女は呟く。
「なぜ、そうまでして……」
勝利のため?
勝利の先に残るのが、死んだ方がましなくらいの重傷でも、その勝利を誇れるのか?
「一瞬で終わる方法なら、あなたも知っているはずです。ドローンでの攻撃を使うのなら、射撃による自害。こめかみに銃口を当てて、撃つのです。頭が飛べば、人間は誰だって死にます」
語られる自殺方法。猿轡のため、ヨシマサは言葉を返せないが、へにゃりと笑った。
死んでもするか。そんな方法。
笑顔の奥の覚悟を代弁する者が駆ける。
「シーカーズ・フレアVer.1.0.52」の猛撃の合間から、リースケの右前肢が炸裂! てしてし、ぺちぺちといった具合の連続|パンチ《キック》だが、それは√能力者の右掌である。
その意味は長らく封印されていようとわかる。
(ルートブレイカー……厄介ですね。拘束と呼べる所作ではないのに、無効化されるから、チャージが途切れます)
【Da dextram misero】。リースケはそう呼ぶ。哀れな者に差し伸べる右手であった。
(厄介? ……厄介なんて。それは、自分のことを棚上げにして言うようなことではありません、ね)
苦いものがリンゼイの喉の奥に込み上げる。笑ってしまえればよかったが、笑うには希死念慮との付き合いが長すぎる。
けれど、
「私は、役目を果たさなければ」
せめて、役目を。
身を焼かれながらでも、不自由を強いられても、それが好きな人の助けになるのなら。
そんな姿は確かに「哀れ」だったかもしれない。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
桂木・伊澄俺はこう見えて生に執着してるんだ
死を覚悟することはあっても死にたいとは思った事はない
それは幼少からの経験から来ているのだと思う
実験体として非人間的な扱いを受けて来てもむしろ死んでたまるかと思っていた
でも、きっとそれは幼い俺の精一杯の意地で…
些細な綻び一つで死んた方が楽になるのかも…という考えに陥っていたかもしれない。
そんな俺を拾ってくれた人がいたんだ
俺に居場所をくれた。俺に生きていいんだと教えてくれた
あの頃のように、|研究者《あいつら》の為に生死を決められるのじゃなく、
俺は俺の意志で生きていいんだと。
そうだ、俺は今生きたいんだ。死にたいななどとあるか
俺を拾ってくれたあの人の為にも俺は死なない!
其之咲・光里死にたいって人もやっぱり、いるのかな。まあ、それがその人の本心だったら止められないけど……それはちょっと悲しいな。わがままか。
なんてシリアスなの、私には似合わないね!
√能力でとにかく相手の動きを制限していくよ!自由な時間は与えさせない……!
「リンドーさんがあなたにとっての光なんだね」
「あなたの力、確かに収容されるのは仕方ないかもしれない……自分の力に絶望するのも」
「悪いけど、ここは倒させてもらう……でも、また会いにいくから! その時はあなたの|希望《光》の話、もっとよく聞かせて!」
「|私《√能力者》ならもし死んじゃっても何とかなるしね!」
「そしていつか、私もあなたの光になれたら嬉しいな……!」
●輝けるこころ
光があった。それは眩しかった。
目を開けていられない。命を死なせる私は、せめて見届けなければいけないのに。目を見開いていなければいけないのに。
だから、目を逸らし続けている。
「俺はこう見えて生に執着してるんだ。死を覚悟することはあっても死にたいとは思った事はない」
リンゼイを目の前にして、桂木・伊澄(蒼眼の|超知覚者《サイコメトラー》・h07447)はただ前を見据えていた。多少なり、リンゼイのヴァージン・スーサイズの影響を受けているはずだが、伊澄の蒼眼に翳りはない。
伊澄には常に覚悟があった。死を覚悟する。生きてきた中で、そんな場面もあった。でも、死にたいと思ったことはないという。
生き延びてやるという覚悟の方が強いから。
「実験体として非人間的な扱いを受けてきた。でも、死んでやるもんかって反骨精神で生き続けることを選んできたんだ」
伊澄は√EDEN出身の人間である。が、幼い頃、√汎神解剖機関に迷い込んだ。機関に保護されたのは良いものの、サイコメトラーの力を持っていたために、あらゆる実験を施され、研究され、尊厳を踏みにじられてきた。その心は子どもの加減ない意地っ張りでもなければ、簡単に折れていたかもしれない。それくらいの仕打ちを受けたし、悪くすれば今頃、伊澄を定義する種族は「人間」ではなく「人間災厄」だったかもしれない。
リンゼイがそうであるように。
一つのボタンの掛け違いで、こうなっていた可能性がある。だからこそ、伊澄は目を背けたりしなかった。
リンゼイもそのまっすぐな青を受け止めていた。|あのセカイ《√汎神解剖機関》ではもう見られないような透明さだ。
「そんな俺を拾ってくれた人がいたんだ。居場所をくれた。俺に生きていいんだと教えてくれた」
「だから生きると? あなたの中に自殺衝動は存在しないと?」
不可解だ。いくら心を強く持ったところで、リンゼイの【ヴァージン・スーサイズ】は無差別的で凶悪。リンゼイ自身にすら制御ができないほどに。
全く効かないということはないはずである。衝動とは心だ。リンゼイの力が増幅する衝動は感情とは別のはたらきをするが、それはいつだって、心の中にある。心のないものには効かない。だが、伊澄は人間だ。死を覚悟しても死にたくないという思いを抱く。抱いた思いを叫ぶことのできる、「心」ある人間だ。
眩しいくらいの「生きる意志」を持つ人。
生きる意志が強いから勝つ? そんなレベルでどうにかなるのなら、私は封印なんてされない。
そこに飛来する弾丸。ほとんど空っぽに近い記憶を詰め込んだそれ。
光の速さとはいかないが、それでも|希望《光》を信じて駆ける戦士がいた。其之咲・光里(無銘の騎士・h07659)である。
光里がここに至るまで、様々考えた。
(死にたいって心から思ってる人もいるのかな。それが本心なのなら、その心を止めることはできないよね。思うことまで制限したら、それこそ光を見失っちゃう)
それはだめだ。
光を見たい。与えたい。だから「光里」という名前で、自分は歩んでいくのだ。
(でも、ちょっと悲しいな……。わがままだよね)
この人も、そうなのかな。
リンゼイの目を覗く。攻性インビジブルが飛んで、|白色弾丸《ブランクバレット》を追うように追撃。自由など与えない。チャージの暇など。
ハイカラな眼鏡の奥で深淵のような色をした目は諦念を灯していた。
そんな目をしてでも、戦わなくちゃいけないんだ。退くことができないんだ。そのことはやっぱり、悲しいと思うよ。
でもね!
|無銘輝剣《ストレイライト》を抜き放ち、駆け抜ける。
「あなたの力、確かに収容されるのは仕方ないかもしれない……自分の力に絶望するのも」
「はい。受け入れてはいます。ですが、だとしたらなぜ、あなたは今、立っていられるのですか?」
「わからない、けど」
自殺衝動に充てられていない。その理由はわからない。けれど、それなら剣先がぶれることはない。大丈夫。被害を広げる感染型を出されないように、連続攻撃を畳み掛ける!!
「きっと、あなたと同じだよ!」
「私と?」
光里の剣をいなし、かわし。受け流しながらの応酬。
リンゼイの中に渦巻く疑問を、少しでも掬い取れたなら、その表情も晴れるんじゃないか、と光里は答える。
「光があるから。あなたにとっては、リンドーさんが光なんだよね?」
「……っ」
応急措置でざっくばらんに繋いだだけの右手に、|無銘輝剣《ストレイライト》が当たる。応急措置とはいえ、テキトウにしたわけではない。……繋がっていないはずの指先の神経が、痛みを訴えた気がした。
光。希望。誰かに言ったとおり、呪わしい力を持った中で、奇蹟と思えた。それがリンドー先輩の存在。
そういう光に包まれているから、光里は立っていられるのだという。きっと、伊澄もそうだろう。
リンゼイは詳細を知らない。だが、伊澄は√EDENの人間である。そのことがこの場では大きな意味を持っていた。
√EDENでは【忘れようとする力】が強くはたらいている。その力は異常事態を受け入れやすい形に加工して、人々の記憶を優しく改竄することで、あらゆる心を守るのだ。
そういう奇蹟の一つ。
伊澄の√能力であった。
自殺衝動という状態異常を回復し続けている。無効にしているわけではないから、衝動は存在し続けているが、癒えた心でなら、抗える。
そんな|希望《ひかり》。
私には持てないものだ……。
青が、見つめている。
「あの頃のように、|研究者《あいつら》の為に生死を決められるのじゃなく、俺は俺の意志で生きていい。あの人はそう教えてくれた。
俺は今生きたいんだ。俺を拾ってくれたあの人の為にも俺は死なない! 死にたいなどと、思うものか!」
ああ、強い光だ。光を受けて、知って、得た力を思うままに振るえる。
私もそうなれたらよかったのに。
「今は倒させてもらうよ! でも、また会いにいくから! その時はあなたの|希望《光》の話、もっとよく聞かせて!」
ひかりという名に相応しく、光里の声は明るい。リンゼイは瞳に陰鬱さを抱えたまま、重たげに口を開く。
「来ないでください。死にますよ」
「大丈夫。私、√能力者だから、死んじゃってもなんとかなるよ」
楽観的だ。
けれど、「光里」という名は、その明るさは彼女自身の願いなのだ。
シリアスなのも、ネガティブなのも、私らしくないから。
だったら、敵であってもさ、「あなたの光になれたらいいな!」って笑う方が私らしいと思うんだ。
過去のことは覚えていないけれど、今の私とこれからの私は、そう在りたいって願う。
名前のない輝きが、忘れないように、誓いを刻んだ。
眩しい。
あまりにも。
目を背けてもいいですか。
私は……。
よろり、リンゼイ・ガーランドは、それでもまだ立っている。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
