⑱混沌が抱く禍津星
混沌の迷宮、その深奥は闇で包まれていた。
まるで此処は冷たい冬の夜帳の裡であるかというかのよう。
小さくとも美しい青白い星たちが幾つ瞬き、冬の夜空を織り上げている。
だが渦巻く神力は膨大で、静かな空間を軋ませていくほどだった。
「――そうだ」
呟くのは大妖『禍津鬼荒覇吐』。
無形なる原初の神の一柱にして、この闇の神域の主である。
まるで大太刀のような王劍『明呪倶利伽羅』を地面に突き刺し、闇の中心で佇んでいる。
「全ての力を、俺が飲みほせばいい」
その言葉に従い、闇の中で冷艶たる輝きを灯すのは青白い星たち。
小さな、小さな星彩である。
凍て付くような輝きは、まるで真冬の色彩。
だが、それは存在する為の力を奪い尽くす妖星たちであった。
生命力、エネルギー、熱に妖力に霊力。
悉くを吸い尽くしながら、増えていく禍津星たちである。
きらりと輝いて走るように巡る。
美しき死神の姿となって、闇の裡を巡り続ける。
そんな美しくも恐ろしく、あらゆる存在を蝕む迷宮であった。
どのような猛者であれ、王劍の力を得た禍津鬼荒覇吐のこの神域に踏み入っては無事ではすまないだろう。
存在する為の力を奪い尽くされ、禍津鬼荒覇吐の混沌の糧となるばかりである。
完全な力を取り戻せていない禍津鬼荒覇吐だが、こうして自らの領域を作り、広げればそれだけで目標は達成される。
命は全て糧である。
存在するものは皆、古き神霊である禍津鬼荒覇吐から逃れれない。
かの大妖の傍へと辿り着く前に戦う力を失い、弾丸さえも届く事はないだろう。
ただきらきらと、燦めく死の青白い光がより増していくだけ。
よって攻略は不可能。そういっても過言ではない。
けれど完全な存在であるからこそ禍津鬼荒覇吐は気づけない。
存在する為の力を略奪しきったとしても、ひとはそれでも立ち続けるということを。
――全てを喪ってもなお、ひとの心は輝くということ。
神である禍津鬼荒覇吐は、未だに知らない。
余りにも強いからこそ、果敢なる想いの強さを知らないのだ。
故に、混沌の神域で独り立つ。
● 星詠みが謳う
「覚悟は宜しいですか、皆さん。――大妖『禍津鬼荒覇吐』との決戦です」
凛とした声色で宣言するのはエルゼ・アーベントロート(導星の瞬きを願う・h04527)だ。
星より未来を詠む青い瞳は、迷いなく周囲の皆を見つめている。
真っ直ぐな信頼である。
希望を託そうとする眼差しである。
それを受けて、恐怖に震える者などいないだろう。
誰しもこの楽園のように幸福な世界に、そして他の√へと暴力が届かないようにと勇気を振り絞っているのだから。
「禍津鬼荒覇吐は無尽蔵とも思える妖気……いいえ、神力なのでしょう。それを使って湯島聖堂を迷宮と化して、あらゆる力を奪いつくそうとしています」
この星に神話が誕生するよりも前から存在した、言葉通りの神霊である。
尽きせぬ妖力を持つマガツヘビよりも恐ろしく巨大な存在が、ひとつの魔の神域を迷宮として張り巡らせているのだ。
「この迷宮の効果は単純かつ明快。踏み込んだ者の、あらゆる存在する為の力を奪うということ」
例外はなく、生きることも存在することも出来なくなる。
戦うことなどもっての外で、禍津鬼荒覇吐に抗おうと立ち向かう者達がその骸を晒し、あらゆる力を奪われるのだ。
√能力を発動させる事さえ困難であるかもしれない。
「勿論、それほどの一方的な領域を展開し続ける禍津鬼荒覇吐は戦闘力という点で非常に脆くなっています。一押しさえ出来れば、神といえど討伐できるほど」
が、此処で矛盾である。
一押しする為の力さえ残らず、禍津鬼荒覇吐に奪われるのである。
「ですが、禍津鬼荒覇吐はあくまで神霊。恐ろしい大妖たる彼には、分からないものがあります。……それは、人の心の強さと輝き」
心は無からでも力を脈動させる。
身体は全ての力を失っても、限界を超えて更なる一歩を踏み出させる。
ゼロからの全力。
奇跡を喚び起こすひとの、思いの強さ。
そればかりは、強すぎる禍津鬼荒覇吐は理解出来ない。
「理解できないから、存在する力として吸い付く事が出来ません」
故に全身の力を奪い尽くされてもなお、心と想いでかの大妖へと一矢を届けるのだ。
「どれほどの力が出るでしょうか。身体の自由も効かなくなるほどで、それでも心だけでどれほどの力が……文字通りの死に体でありながら、神霊を討つほどの力が求められる」
だが、そんなことを迷っている暇などないのだ。
魂を振り絞り、自らを完全と詠う神を越える。
「ただそのひとつ。その一点だけ。――皆さん、どうか勝利を遂げてください」
これは心の戦い。
神と妖も人も、その一点において違いなどある筈もないのだから。
マスターより
遙月初めまして。或いは、何時もお世話になっています。
MSの遙月と申します。
この度は戦争シナリオ、⑱大妖『禍津鬼荒覇吐』戦をお届け致しますね。
今回のは至ってシンプルです。
戦闘は難しい、厳しい戦いは怖いと思われる方もおられる方もおられるかもしれません。
ですが、このシナリオでは思いの強さが問われるものとなっています。
このシナリオの『禍津鬼荒覇吐』が作り出した混沌の迷宮は、あらゆるものが存在する力を奪い尽くすというもの。戦闘行動もまともに取ることは難しいでしょう。
ですが、それは心までを奪う事は出来ません。
それを以て、全てを奪い尽くされてなお『禍津鬼荒覇吐』へと渾身の一撃を繰り出して下さい。(これが今回のシナリオでの、迷宮化した湯島聖堂を攻略・利用して戦うというポイントとなります)
その為の心情、思いに全振りして頂ければ大丈夫です。
余りにも強力な迷宮と領域を展開している『禍津鬼荒覇吐』も、√能力を含めた反撃は非常に難しいものとなっています。
心を燃やしての一撃、お待ちしております。
それを受けてなお倒れなかったらどうなるのか――届かなければ、どうなのか。
そんな迷いや憂いを振り切った皆様のプレイング、お待ちしております。
==============================================
プレイングボーナス:迷宮化した湯島聖堂を攻略・利用して戦う/禍津鬼荒覇吐が「完全存在」である事を利用する。
98
第1章 ボス戦 『大妖『禍津鬼荒覇吐』』
POW
アラハバキクリカラノオオダチ
【原初の神力】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【荒覇吐倶利伽羅之大太刀】」が使用可能になる。
【原初の神力】を纏う。自身の移動速度が3倍になり、装甲を貫通する威力2倍の近接攻撃「【荒覇吐倶利伽羅之大太刀】」が使用可能になる。
SPD
ウマシアシカビノウタゲ
半径レベルmの指定した全対象に【無形なる原初の神の神力】から創造した【不完全な√能力】を放つ。命中した対象は行動不能・防御力10倍・毎秒負傷回復状態になる。
半径レベルmの指定した全対象に【無形なる原初の神の神力】から創造した【不完全な√能力】を放つ。命中した対象は行動不能・防御力10倍・毎秒負傷回復状態になる。
WIZ
トコアマツホムラツヅリ
自身を攻撃しようとした対象を、装備する【王劍『明呪倶利伽羅』】の射程まで跳躍した後先制攻撃する。その後、自身は【原初の神力に満ちた陽炎】を纏い隠密状態になる(この一連の動作は行動を消費しない)。
自身を攻撃しようとした対象を、装備する【王劍『明呪倶利伽羅』】の射程まで跳躍した後先制攻撃する。その後、自身は【原初の神力に満ちた陽炎】を纏い隠密状態になる(この一連の動作は行動を消費しない)。
冬月・楠音きたいがうごかない、からだもうごかない
まるで「死」みたい……
ううん、わたしはいきてかえるんだ
りょだんのみんなもいる、それに……
|さっちゃん《相方でAnker》が、いる……!
くうきみたいに、いてあたりまえのひと
くうきみたいに、いないといきていけないひと
同型機としてであって、おんなのことして恋して、愛した
だいすきな、さっちゃん……!
たとえぜんぶのちからをうばわれても、さけぶよ
めいきゅーのおくふかくでも、さけぶよ
わたしは、さっちゃんがすき!あいしてる!
そのきもちは、どんなやつにもまげさせない!
だからっ、すきなひとのもとに、ぜったいにっ、かえるー!!!
ほしのきらめきを、たばねて、うつ……!
冬空のような黒い世界。
青白い星は美しく瞬き続けながら、あらゆる力を奪っていく。
まるで熱を奪うかのように。
生きる力を奪い尽くすかのように。
さながら冬という死の情景である。
どれほどに美しくとも、この世界ではひとは生きていけない。
氷の花が咲こうとも、凍て付く星光が輝こうとも。
ひとは暖かい日溜まりの中で生きるのだから。
その事実を冬月・楠音(氷原より貫く一閃・h01569)は自らの肌で感じ取っていた。
雪のような無垢で柔らかな美貌の少女である。
可愛らしい姿は雪の精霊を思わせ、青い双眸は冬の青空を思い出せる。
だが、そんな姿の楠音でも――冬のような死神には抗えないのだった。
「きたいがうごかない……」
決戦の為にと搭乗して挑んだのは、量産型WZである『タウゼントフュスラー』。
大型狙撃銃の運用を目的とした機体でありつつ、軽装甲であるのは高機動力をも求めるコンセプトであるのか。
だが、その装甲を貫いて蝕む青白い星彩は『タウゼントフュスラー』の動力を奪い尽くそうとしていた。
ディスプレイや計器の表示すら怪しく、このままでは遠からずに機能を停止してしまうだろう。
いいや、それだけではない。
「からだもうごかない」
M24の性質を反映した戦闘服、レプリノイドウェア改に包まれた楠音の身体もまた、もう自由に動かない。
呼吸が苦しい。手足が冷たい。
鼓動ばかりが煩くて、まるで――。
「……まるで「死」みたい……」
死神に抱かれているかのような、冷たい恐ろしさ。
だが、楠音はふるりと貌を震わせた。
動かないといっていた身体に意志を込め、指先から順番に少しずつ、少しずつ、でも確かに動かしていく。
「ううん、わたしはいきてかえるんだ」
このまま死ねない。
希望を抱くからこそ楠音は、いいや、ひとの心は死の淵であっても進み続けることができる。
絶望を打破するのは、何時だって心の輝き。
いいや、誰かが傍にいるという暖かい記憶なのだから。
「りょだんのみんなもいる、それに……」
帰るべき場所を鮮やかなまでに脳裏に広げる。
その中心では楠音とよく似た貌の少女が優しく微笑み、赤い眸で見つめてくれていた。
ずっと、ずっと。
彼女は楠音の心を信じてくれているのだから。
裏切りたくないなって。
大切に想ってくれるぶんだけ、大切にしたいなって。
「|さっちゃん《相方でAnke》が、いる……!」
ちゃんとこの気持ちの欠片を返して、身も心も抱きしめあいたいのだ。
まだ離れたくないのだと切実な思いが、楠音の鼓動を強く脈動させた。
いいや、それだけではない。
あれだけ活動限界を迎えようとしていた『タウゼントフュスラー』も、まるで楠音の想いに応えるように駆動を再開させる。
鋼鉄が唸った。
まるで、楠音の体温と想いが伝わっていくかのように。
「くうきみたいに、いてあたりまえのひと」
そんなひとが沢山いる。
でも、そんな当たり前のひとがいるから明るくて、優しくて、暖かい日常が広がるのだ。
「くうきみたいに、いないといきていけないひと」
そんな人々を守りたい。
だから力を貸してと『タウゼントフュスラー』のコンソールを楽器を奏でるようにと指先で触れて、操縦桿を握り直す。
だって――幸せとはとても脆いものだから。
√ウォーゾーンで生きて、幾らでも換えの効くボディを持つ楠音はそれを知っている。大切にして、大事に抱きしめて。それでも、力が足りないと奪われてしまう。
そんなことは絶対に許さないのだと、雪のように柔らかく、幼い顔に決意が浮かぶ。
奪われたくない――同型機として出会って、女の子として恋して、愛したあのひとを。
もしも記憶を失っても、また巡り逢って好きになると信じている、あの子のことを。
「だいすきな、さっちゃん……!」
楠音は自分の為ではなく、大好きなひとの為に叫ぶ。
呼吸する力も、声の力も、体温の全てを奪われても、何度でも詠うように叫ぶだろう。
柔らかな声色は混沌の迷宮の奥深く、死の領域でも愛を告げる。
「わたしは、さっちゃんがすき! あいしてる!」
その気持ちだけは、絶対に奪われない。
尽きることもなく、楠音に限界の先を進ませるのだ。
「そのきもちは、どんなやつにもまげさせない!」
王劍を持つ、原初の神の一柱。
それがどうしたというのだろう。
アナタは誰を愛している。
アナタは、誰に愛されている。
――ひとりぼっちのおにに、わたしのきもちはまけないよ!
だから全ての力を集めて、『タウゼントフュスラー』の狙撃銃に光を集めていく。
燦めくは彗星のように透き通る星の光。
真っ直ぐに穹を駆け抜ける、美しき一筋の想い。
「ほしのきらめきを、たばねて、うつ……!」
倒す。それだけじゃない。
ちゃんとあの大好きなひとの傍に、絶対に帰るのだ。
ただいまと笑って、おかえりなさいと抱きしめて欲しいから。
「だからっ、すきなひとのもとに、ぜったいにっ、かえるー!!!」
楠音が放つのは、まさしく弾丸を核とした彗星そのもの。
生きようとする彗星の輝きをもって、略奪の冷たき禍津星を、そしてそれを操る大妖『禍津鬼荒覇吐』を撃ち抜く希望と夢となるのだ。
光が織り成すのは、きっと幸せな未来。
奪うばかりの王劍の不幸の闇を、この時、確かに。
楠音の心が晴らしてみせたのだ。ほんの、束の間の出来事であっても。
――神の理不尽に抗う、ひとの心と想いを以て。
🔵🔵🔵 大成功
屍累・廻アドリブ・連携◎
ようやくお出ましですか
『宴』を続けたいとは、随分と戦闘狂のようで
奪おうとしたとしても、それは私達に無意味ですよ
それぞれに強い信念を抱いているからこそ、そう簡単に折れる事はありません
この争いを終わらせるために、この楽園での平和な日常を取り戻すために、今こうしてこの場にいるんです
パンドラの匣を手に√能力を発動
奪うなら、私も怪異の力を以て奪いましょう
この禁忌の力は、ちょうど|力に飢えている《・・・・・・・》ので
まだ世界を識り尽くしていない、大切な人と過ごす時間も足りませんから
宴も酣、貴方の『宴』はここで終わりです
青白き星たちは美しき死神の指先。
冷たい光が肌を撫でる度に力を奪い取っていく。
それは存在する為の力、つまりは生命そのものだった。
身体を動かす為の。呼吸する為の。或いは、ただの熱さえも消え去っていく。
まさしく冬の夜の情景である。
美しくも死の姿に彩られながら、微かな微笑みを浮かべるのは屍累・廻(全てを見通す眼・h06317)。
金の双眸で星々の巡りを見つめ、小さな吐息を零す。
「ようやくお出ましですか」
視線の先で座するのは大妖『禍津鬼荒覇吐』である。
大太刀の姿をした王劍『明呪倶利伽羅』の力を借りて、この死の神域を作る原初の神であった。
だが、その器は未だに不完全。
「――『宴』を続けたいとは、随分と戦闘狂のようで」
戦い、殺し、奪い。
そしてひたすらに繰り返す。
弱者にとってはまさしく地獄である。が、闘争を求めるものにとっては楽園でしかない修羅道を求めているのだ。
何とも奇怪な神、いいや鬼である。
様々な√世界の存在、似て異なる歴史と真実。
その全てを解き明かしたい廻の金の眸の奥で、妖しい何かが揺れる。
好奇心ではあった。
だが、世の悉くを曝きたいという欲求でもある。
広く世界を見て、あらゆる真実に触れようとする。
そんな廻にとって、禍津鬼荒覇吐という存在は秘匿された神秘である。故にこそ、覆い隠す虚飾の全てを剥ぎ取り、知りたいと鼓動を疼かせるのだ。
この死の領域へと踏み入ったのは、あくまで日常を取り戻すためではあっても、原初の神とは何であるのか知りたくないと言えば嘘となる。
そんな心と感情こそ、ひとの生きる力そのものなのだ。
故に命を、温もりを、存在する力の悉くを奪われたとしても――。
「奪おうとしたとしても、それは私達には無意味ですよ」
廻は全く意に介さない。
それがどうしたのだと肩を竦め、僅かに寒いと白い息をつくだけである。
「それぞれに強い信念を抱いているからこそ、そう簡単に折れることはありません」
むしろ奪われるよりも多くの力が、心の底から湧き上がるのである。
例えば廻の知識欲であったり。
世界を守りたいという願いだったり。
小さな幸せを慈しみたいという、優しさだったり。
「まあ、つまり。ひとの心が尽きるだなんてこと、ありえません。世界が壊れても、たとえ死んでもひとの心は存在し続ける」
それこそ怪異として。
霊魂として、この世に残って巡るように。
そんなことも分からずに神を続けているのか。
あまりにも単純かつ明快な、しかし、禍津鬼荒覇吐は強すぎるが故に理解出来ないものであるのかもしれない。
――いいや、どちらでもいいのかもしれない。
心の証明はとても難しく、ましてや敵の心の裡を曝いてもしょうがない。
禍津鬼荒覇吐に願いがあったとして、それを知ったから引き継げというのだろうか。
いいや、ご免被る。知りたいとは想っても、誰彼構わずに心の重荷を背負うなど、廻にはまるで呪いのように感じてしまうのだ。
ただ自らの想いを告げるのだ。
「この争いを終わらせるために、この楽園での平和な日常を取り戻すために、今こうしてこの場にいるんです」
ただ平和な日常が続けば良い。
そんな為に神を殺そうとするのも、またなんともひとらしい心であった。
廻の指先が、つぅとパンドラの匣を撫でた。
まるであやすような指使いだった。匣の裡に秘められた恐ろしいものたちに、これから贄を貪ってよいのだと許しを与える合図だった。
その中で渦巻く夥しい怪異たちは、今も今も飢えている。
「奪うなら、私も怪異の力を以て奪いましょう」
だから廻の指が蓋を開いた直後、どす黒い怨念と共に怪異たちは禍津鬼荒覇吐へと襲い掛かる。
まるで黒々とした呪詛の濁流だった。
怨嗟が渦巻き、狂奔する。
口裂き女がにたりと嗤った。
――わたしキレイ?
そんな問い掛けからなる牽制は、禍津鬼荒覇吐の一刀によって両断されても、続く白い手が絡みついて捕縛する。
そうだ。この禁忌の怪異たちは、目の前の禍津鬼荒覇吐に劣らないほど、力に飢えている。
まさしく丁度良い。力と力の奪い合いは、禍津鬼荒覇吐の求める闘争と殺戮の宴そのものだろう。
そんな怪異と原初の神の戦いを見ながら、廻は静かに眼を細めた。
冷たく、冷たく。
周囲の禍津星に劣らない程に、廻の双眸は妖しき金の星のような輝きを見せていた。
「まだ世界を識り尽くしていない、大切な人と過ごす時間も足りませんから」
そして両脚を失った白い女の躰――カシマレイコの姿がひたひたと。
ひたひたと音を立てながら、恐ろしい程の速さで女の上半身が禍津鬼荒覇吐へと這い寄って。
――ひたり。
冷たくて、終わることも尽きることもない、ひとの怨念という心の一撃を。
怪異の強烈な存在を、神の芯核にまで届けたのだ。
呪いが尽きることもありはしない。
ひとの願いが果てることもないように。
「宴も酣、貴方の『宴』はここで終わりです」
パンドラの匣を閉じた廻が静かに告げる。
|原初の神《あなた》という存在はとても知りたいけれど。
こんな呪いとして背負うのは嫌だというように。
「もう既に、匣の中身は溢れるほどに満ちていますから。欲しいのは、知らない世界の光景だけ――死という終わりは無用です」
そうして、禍津鬼荒覇吐の宴を閉じるのだった。
死神の指先をするりと逃れた廻は、更なる世界へと一歩を踏み出す。
嗚呼。
まだ知らない事が、知りたい事が多すぎる。
力を求めるよりも激しい渇望が、廻の鼓動と共に高鳴り始めていた。
――日常の影に隠れながら彼の金の眸はあらゆるを視て、知っていく。
🔵🔵🔵 大成功
クラウス・イーザリー迷宮に足を踏み入れた瞬間に身体の力が抜ける
生きていけないと思った時に、まず感じるのは安堵
これでもう、生きなくていい
存在しなくていい
この迷宮の力に身を委ねたら、きっと親友の傍に行ける……
……違う、そうじゃない
俺はあいつに、命を、想いを託されたんだ
応えなければいけない
生きて、一人でも多くの人を助けなければいけない
そうしないと、俺はあいつに顔向けができない
止まりそうな呼吸を無理矢理繋ぎ、踏み出せない足を地面から引き剥がす
力の入らない腕を伸ばし、魔力をかき集めて武器を形作る
相手が神だろうが関係無い
平和を脅かす者は、等しく敵だ
俺の命は誰かを助けるためにある
「届け……っ!」
無理矢理にでも、届かせてみせる
青白き星の瞬きは死神の微笑み。
抗うことの出来ない魔性の略奪である。
生きること、存在すること。それらを許さないとあらゆる力を奪い尽くしていく。
ましてや、彼の心には確かな疵があった。
きっと生きている限り、永劫に自らの命を許せないという罪の意識。
そんな心の疵にこそ、死神の指先は触れるのだ。
「っ、うっ……」
だからこそ迷宮に足を踏み入れたクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の消耗は他のEDENたちよりも過酷であった。
穏やかな美貌に苦しみの影が浮かび、青い双眸が悲しさに濡れる。
生きようとする身体の力。
その全てを奪われていく中で、もう生きてはいけないのだろうかとクラウスは掠れた吐息を零す。
ああ。そうだ。
生きていけない――だから、もう安心していいのだ。
それは甘き死の囁き。タナトスという死への願望。
許されない罪咎の意識に軋み続けていたクラウスの心が、ようやく生き続けなくていいのだと安堵を憶えてしまっていた。
もう、生きなくていい。
頑張り続けたのだから、それでいい。
存在しなくていいし、呼吸を続ける意味だってない。
鼓動もとても物静かになって、穏やかな気持ちになる。
指先や頬、身体はとても冷たいけれど、それさえもひどく心地良いのだった。
死神の抱擁、そのものである。
だが存在する為に、頑張ろうとする必要がないのだと。
この迷宮の甘やかな死の誘惑に身と心を委ねれば、きっと親友の傍にいける。
赤い眸の彼は、頑張ったなと笑ってくれるだろう。
背を叩いてまずは一緒に食事をしながら、どれだけ頑張ったか教えてくれと言うだろう。
そうして嬉しそうに、とても幸せそうにクラウスの言うことを聞いて、凄いと相づちをうってくれて――。
そんな優しすぎる願望に、クラウスの魂が悲鳴をあげた。
硝子が砕け散るような音が、心の奥底から響いてくるのだ。
「……違う、そうじゃない」
あいつは、そんなに優しい奴じゃない。
諦めたクラウスを見て怒るだろう。悲しむだろう。
よくやった。頑張った。そう褒めながらも、生きて欲しかったと滂沱と泣いてしまうだろう。
優しくて真っ直ぐで、クラウスより勇気のある親友。
自分よりも誰かを大切に出来る、とても強い存在。
「俺はそんなあいつに、命を、想いを託されたんだ」
掠れた声をあげて、クラウスは腕を伸ばす。
気づけば地面に倒れていたらしい。何て無様。あいつに見せられないと、自分に怒りのような感情を抱きながら、指先を伸ばす。
膝をついて、地面から立ち上がる。
庇われて生き残った者として――応えなければいけない。
生きて、生きて、生き抜いて戦い続けて、ひとりでも多くの人を助けなければいけない。
そうしないと、クラウスは親友へと顔向けが出来ないのだから。
では、何人救えばいい?
知らない。何人の命を纏めれば、親友の命と同じ重さになるだろうか。
分からないから、続けるしかないのだ。
まるで呪いのようにクラウスを縛り付け、生きることを義務づける。罪の意識である。だが、それ以上に命の重さを、大切な存在を知る者の覚悟だった。
喪失を知るからこそ、希望がなくても生きて戦い続けられる。
だって――クラウスは救われる必要なんてないのだから。
死に抱きしめられることに、嫌悪を抱いた。
そうして楽になれという死神に、侮蔑を覚えた。
ふざけるな。この命にはそんな価値と資格はない。あるのは、託された想いだけなのだ。
だから、止まりそうな呼吸を必死に、無理矢理にでも繋ぎ止め、踏み出せない足を地面から引き剥がすようにして前へと進む。
綺麗な死の青い星たち。
そんなもの、もはやクラウスの双眸には映らない。
ただ倒すべき敵として、誰かを救う為に倒すべき者として、大妖『禍津鬼荒覇吐』の姿をしっかりと見つめるのだった。
力のはいらない腕を伸ばし、もはや残っていない筈の魔力を掻き集める。
足りないなら命から、覚悟から、想いから。全てを燃焼させて、この一撃に懸けるのだ。
親友の救ってくれた命に、これほどの価値があるのだと神を殺す武器を作り上げてみせる。
いいや、相手が神であろうとなかろうと関係ない。
「平和を脅かす者は、等しく敵だ」
朦朧として霞む視界では、禍津鬼荒覇吐に一撃を与えることさえ難しいだろう。
それでもクラウスの命は、ただこの為だけにある。
誰かを助ける為に、この呼吸と鼓動が続く意味はあるのだから。
輝く魔力の剣は、赤と青の混ざった不思議な色だった。
クラウスは自らの肩に止まった、輝く翼を持つ不死鳥のことについぞ最期まで気づかなかっただろう。
もはや無念無想――ただ、ただ、救うという願いの為だけにクラウスの身体は動く。
「届け……っ!」
無理矢理にでも届かせてみせる。
その想いが、原初の神の一柱たる禍津鬼荒覇吐の首筋に届いた。
大量の返り血がクラウスを染める。
どれほど赤く染まれば、クラウスはあの親友の瞳の色に近づけるのだろう。
いいや、戦えば戦うほど離れていく。
そう理解していても。
「……届けよ」
クラウスは、彼の為に戦い続ける。
失われた命の為に、朽ちることのない心が脈打ち続ける。
それをひとは悲劇と呼ぶ。
🔵🔵🔵 大成功
黒統・陽彩POW
アドリブ連携等歓迎
「これが混沌の迷宮か…!
なるほど、力が吸われてしまうな…!」
力が抜けて姿勢が崩されていくが、そこを気合いで持ち直す
「だが!倒れはしない!倒れはしないぞ禍津鬼荒覇吐!!
なぜなら私は!ライズ・ブラックなのだから!
私に夢は無い!だが!だからこそ夢の尊さを知っている!
だから!多くの人の夢を奪う貴様を断じて許しはしない!」
ダン!と強く踏みしめて立ち上がり、√能力を発動する
荒覇吐倶利伽羅之大太刀の迎撃や移動速度の向上もねじ伏せる
[制圧射撃]の弾幕を放って奴を拘束
ブラック・ヴォイドを宿した大剣で奴の心臓を消滅させる
概念消滅によって奴は心臓が無い状態が完全と再定義され、死に至らしめる!
死の綺羅星が冷たく瞬く。
周囲は凍て付く冬空のような黒さ。
果てが見えず、終わりも感じられない。
ただ広がり続ける死の空間こそ、この混沌の迷宮だった。
大妖『禍津鬼荒覇吐』という原初の神と、王劍『明呪倶利伽羅』の力あってこそ成り立つ必滅の領域。
だが、それでも抗い進み続ける者がいる。
黒い髪に、黒い瞳。
勇敢なる思いにて、誰かの夢の為に戦うもの。
黒統・陽彩(ライズ・ブラック・h00685)だった。
「これが混沌の迷宮か……なるほど、力が吸われてしまうな……!」
力が抜けていく。
地面を踏みしめる足先が覚束なくなり、体温さえも消えていく。
呼吸さえ定かではない。
続けていられるのだろうか。
いいや、そんな迷いと不安など振り切って黒統は真っ直ぐに禍津鬼荒覇吐を見据えた。
「だが! 倒れはしない! 倒れはしないぞ禍津鬼荒覇吐!!」
巨大な剣であるブラック・ザンバ・ブレードを構えなおし、黒統は死の領域へと抗い続ける。
肉体の力などもう奪い尽くされた。
もはや抜け殻のような有様だというのに、それでも黒統はただ進み続ける。
なぜならば。
「なぜなら私は! ライズ・ブラックなのだから!」
その思いと矜恃こそが、黒統を支えるのだから。
鼓動を熱く滾らせ、血を脈動させ、前へと進み続けさせる。
ヒーローとしての力とて、もはや在るか無いか分からない状態だというのに、迷うことなど一切ないのだと声を張り上げていた。
「私に夢は無い!」
それこそが黒統を√能力者たらしめる欠落である。
けれど、多くのEDENがそうであるように。
その欠落をこそ力の源として、生きて戦い抜く理由として黒統は抱いている。
「だが! だからこそ夢の尊さを知っている!」
夢は形なく、色なく、匂いもない。
抱きしめることもできなければ、触れることさえ出来ないもの。
けれど――それは愛のように大切なものなのだ。
生きる為の希望。
世界を繋ぐ為の祈り。
まだ見ぬ誰かへと、より善きを願う信頼。
その全てから夢は織り成されている。ひとの善き世界とは、夢があるからあるのだ。
だから――自分ではなく、誰かの夢の為に。
奪われることなく、美しい夢を描き続ける世界の為に。
黒統が地面を踏みしめた。
禍津鬼荒覇吐との彼我の距離は如何ほどか。
目が霞む。距離を正しく測れない。ついに膝をついて、息を掠れさせる。
それでも構わない。
だって、黒統は夢の尊さを知り、誰かの夢の為に全力を賭すものなのだから。
自分の為ではなく、誰かの為に戦う存在なのだから。
夢は儚いもの。
けれど、幼子が無垢なる胸に宿し、悲しき現実にそれでもと立ち向かう大人もまた抱き続けるものなのだから。
夢とは心が懐く不滅なる星なのだ。
断じてこの混沌の迷宮を巡る冷たい星ではなく、ひとの心に温もりと幸せ、希望を与えるもの。
いっとう大切なもの。
これはヒーローとヴィランという対決ではなかった。
ひとが理不尽な世界へと挑む、その一端であった。
「だから! 多くの人の夢を奪う貴様を断じて許しはしない!」
その光に照らされて動くかのように、黒統は強く踏みしめて立ち上がり、連黒撃を発動させる。
想像力によって銃弾を装填して放つリアライズ・ガンによる銃撃の牽制。
その弾丸が変質する事によって発生した黒枝が禍津鬼荒覇吐を捕縛し、動きを止める。
そのまま大剣にブラック・ヴォイドを宿しながら一気に駆け抜け、自らの全てを燃やした一閃を繰り出すのだ。
漆黒の斬閃、無形の神の肉体を貫く。
確かに完全な存在である筈の禍津鬼荒覇吐の肉体を斬り裂き、神に赤き血を流させるのだった。
夢への思い。
それが現実を越えて、黒き光となって瞬いていく。
さあ、夢を。
誰かの夢の為に、星を追いかけよう。
🔵🔵🔵 大成功
カノロジー・キャンベルやぁね、カミサマってのはホントに
人を勝手に呪ったり祝福したり…
かと思えば、自分のためにこんなプラネタリウムみたいな空間広げてファーミングですもの
本当に…ふざっけんじゃないわよ!!
『カンパニー』の社員たちがどれだけ苦しんだきたと思ってるのかしら!?
祝福だの呪縛だのでアタシたちのこと振り回してるんだから、せめてツラの一発でも殴らせなさいってのよ!!
アナタはアタシを呪った|カミサマ《イゴローナク》じゃないケド
八つ当たりさせてもらうわネ❤
手法・白手割砕
ちょっとは振り回される側の身にもなってみなさいよ!!
ああ、もう…胸糞悪いったらありゃしないんだから…
死の星が廻り、冷たき輝きが流れる夜の世界。
混沌の迷宮はただ、ただ命と存在を奪うモノの領域へとなっていた。
原初の神が一柱が紡いだ神域である。
抗うことさえままならない。
ただ全ては滅び行く定めであるかのように、冬の夜空のような黒々とした闇が包んでいる。
その中を、ひとつの異形が歩いていた。
前へと進むのは頭が右手となっているものだ。
カノロジー・キャンベル(Company president・h00155)。神に呪われた異形頭の存在である。
「やぁね、カミサマってのホントに……」
オネエ言葉で語りながら、冷たくなっていく身体でも無理矢理に前へと進んでいく。
それは自らの想いだけだろうか。
或いはカノロジーが結成した|民間軍事企業《PMC》『カンパニー』。その社長としての誇りと、その裡にいる社員の為だろうか。
アットホームな職場を推すブラック気質ではある。
だが手が届くなら手を伸ばすをモットーとするカノロジー。『カンパニー』とて対√能力者に向けた企業である。
つまりは、力持たざる者への優しさがあるのだろう。
力持つ者の驕りと傲慢、略奪への怒りと敵意があるのだろう。
「人を勝手に呪ったり祝福したり……」
そうして無力な人の運命を、人生を踏み躙るのが神。
いいや、そうされたカノロジーは重い吐息を零した。
どうして、こんなことが出来るのだろう。
「かと思えば、自分のためにこんなプラネタリウムみたいな空間広げてファーミングですもの」
永劫の闘争と殺戮が欲しいのなら、別の星へと進んでそこですればいい。
或いは戦闘機械群へと単身で殴り込み、嗤いながら鋼との壊しあいをすればいい。
そうでないのは、やはりひとだから。
ひとを踏みつけることこそ、神の業だとでもいうのか。
一瞬だけカノロジーの息が止まる。
胸と鼓動、そして喉が震えて――冷たい静寂を壊すほどの叫びを紡いだ。
「本当に……ふざっけんじゃないわよ!!」
それは、ひととしての心の怒り。
苦しみ、悲しみ、過去に現在。
あらゆる事を燃料と糧として、絶対に許さないと神へと石を投げつけるのだ。
こんな静寂と美しいばかりの、死の景色に佇みながら。
「――『カンパニー』の社員たちがどれだけ苦しんだきたと思ってるのかしら!?」
大妖『禍津鬼荒覇吐』は何をしようとしているのか。
その為に、どれだけのひとの心を傷つけ、苦しめ、嘆かせてきたのか。
神であるからと顧みることなく、ただ踏みつけて進み続ける。
いいや、神であってもそんな行いをカノロジーは許せない。
神に怒る。神を呪う。
そんな思いがあっても、今カノロジーが見つめるのは禍津鬼荒覇吐のみである。
「祝福だの呪縛だのでアタシたちのこと振り回してるんだから、せめてツラの一発でも殴らせなさいってのよ!!」
カノロジーたちは、ひとは、操り人形だとでもいうのだろうか。
違う。違うだろう。
矜恃を以て断言できる。
アタシたちは人である。
懸命に生きて、運命を引き寄せようと世界に足掻く人である。
だからこそ、苦しんだ皆のことを思えば悲憤の止まらないカノロジー。
混沌の迷宮を突き進むのはそれだけの力。
でも、それは荒神の定めた死の領域を抜けるほどの力。
思いとは、それほどに尊いものなのだから。
「アナタはアタシを呪った|カミサマ《イゴローナク》じゃないケド、八つ当たりさせてもらうわネ❤」
そうして放つは手法・白手割砕。
右手で繰り出す強烈な一撃は、理不尽な神の運命を砕くかのように。
死の領域を、冷たき星夜を維持しようとする禍津鬼荒覇吐の頬を確かに撃ち抜き、その姿を後方へと吹き飛ばした。
「ちょっとは振り回される側の身にもなってみなさいよ!!」
続ける言葉と共に気炎を振りまき、追撃の一撃。
神の器の芯まで響かせ、壊すのだとカノロジーの拳が唸った。
燃え盛る憤激。ひとであるという矜恃。
神を呪い、神を討つという覚悟。
その全てを燃やして進み、繰り出したい一撃だった。
カノロジーの手は、自らを強く握りしめすぎたせいで血が滲む。
「ああ、もう……胸糞悪いったらありゃしないんだから……」
そして、怒りを爆発させて振り抜いたからにはもう何も残らない。
抗う力を失い、カノロジーは膝をつく。もう動けない。
誰かが禍津鬼荒覇吐を完全に倒しきらなければ、この領域に踏み込んだ全員は死ぬだろう。
そう分かっていても。
「あとは誰かに託すわ。ま、人として頑張ってよネ」
倒れ込みながらも、カノロジーは人として、人に願いを託す。
冷たき星になど、何も渡さないのだと。
🔵🔵🔵 大成功
青梅雨・ミケアドリブ怪我◎
ミケは自分が弱いことを知っています
不完全もいいとこです
だから強くなりたい
師匠が護ろうとしている世界(箱庭)を
未来を護りたい
ミケにも願望、できたんですよ
常に笑顔
目の中の蝶が光る
√能力使用
レーザー光線で動き封じ先制
僅かでもダメージ付与
聖堂の障害物を利用し身を隠して中距離から範囲攻撃
敵の攻撃は建物の陰に隠れるかダッシュで回避
届かずとも繰り返し刃が轟くまで緋竹で串刺し
お前が強いのはよーく分かってますっ
でもミケは絶対諦めねーです!
人の想いの力は
お前が思ってる以上に強いんだぜ、です
理解できないお前の、唯一の弱点…ですよ(不敵に
知ってますか
何度倒れても
何度でも立ち上がれば
一生、負けねーんですよ
冬の夜のような。
美しくき死の情景が広がっている。
瞬く青白い星は廻るけれど、どれも死へと誘うばかり。
温もりを、力を、あらゆる存在する為のものを奪う死神の指として触れていく。
どうしてこんなに悲しいことをするのだろう。
奪うということは、色んなひとの心を傷つけるのに。
どうしてこんなに悲しいことを、繰り返せるのだろう。
蜂金蝶が宿る桃花の眸をふるりと揺らして。
痛くて、悲しくて。
だからこそ、変えたいのだと青梅雨・ミケ(羊突猛進・h07999)は願うように口ずさむ。
「ミケは自分が弱いことを知ってます」
あらゆるひとが、そうであるように。
「不完全もいいとこです」
ふんわりと柔らかな白雲の髪を靡かせて、静かに前へと進むミケ。
夜帳のような迷宮は、ただただ黒い。
先なんて見えないから怖さと不安を抱くけれど。
それでも、完全な存在なんていないから。
不完全だからこそ、触れあうことが出来る心の温もりを思いだして。
「だから強くなりたい」
あの暖かなひとの心に寄り添いたい。
師匠と呼ぶ黒糸の髪のおとこ。
その金色の双眸が見据えるものを、一緒に見守りたいのだ。
傲慢だろうか。
「師匠が護ろうとしている|世界《箱庭》を、未来を護りたい」
――ミケにもそんな願望、できたんですよ。
切なくも甘く。
悲しみと覚悟と、優しさと希望を宿した蜜のように甘い声で囁く。
そしてミケは何時も笑顔だった。
こんな場所で命と存在を蝕まれながらも、柔らかな笑顔を浮かべるのだった。
眸の奥、宿る蝶が光る。
ひらり、ひらりと燦めくように。
まるで夜空の底を照らして、希望の欠片を探し出して示すように。
そんなミケの願いを聞き届けたかのように、周囲から放たれるのは数多の光の筋だった。
儚く、か細く、だがとても綺麗。
暖かな流星群となって渦を巻き、大妖『禍津鬼荒覇吐』を包み込む。
光の一筋が、原初の神の肌を焼いた。
何も無意味なことはない。
思いは必ず何かへと繋がるのだと、ミケの操る輝きたちが禍津鬼荒覇吐を包み込み、動きを封じていく。
「お前が強いのはよーく分かってますっ」
だから聖堂の障害物に身を隠し、走って建物の影に隠れながら攻撃を続けていく。
混沌の神域、死の領域。
それを持続させるのは禍津鬼荒覇吐であっても難しいことなのか、ミケへと跳躍して刃を振るう様子はない。
「でもミケは絶対諦めねーです!」
それでも油断することなく、無数の光と共に緋竹を振るうミケ。
想いを込めた黒刃の蛇腹剣は、鋭くもしなやかに流れる。
まるで刃が詠うように微かな音色をたて、鞭の柔らかさを持って剣の剛刃を繰り出すのだ。
切れ味鋭い斬刃が、禍津鬼荒覇吐の肉体を斬り裂いて鮮血を走らせる。
それでも倒れない。
神を倒すことはひとの手では不可能なのか。
そう想わせる不滅なる身体。
だとしても、ミケは諦めることなく眸の奥の蝶を瞬かせ、燦めかせ続けた。
「人の想いの力は、お前が思ってる以上に強いんだぜ、です」
走りながら緋竹の斬撃を繰り出し、白と黒、光と刃が綾織り為す舞踏を繰り広げるのだ。
その間も力は、存在する為の何かは奪われていく。
少しずつ体温が下がって、呼吸は苦しく、脚は動かなくなっていく。
それでもミケは笑顔だった。
「理解できないお前の、唯一の弱点……ですよ」
誰かを真似るようにと不敵に笑うミケ。
ついには奪われる力のあまり膝をついてしまうけれど、だからどうしたというのだろう。
まだ頑張れる。
まだ諦めず、願いを抱いている。
この鼓動は、確かに切なる願望と共に脈動しているから。
「知ってますか」
膝をついても。
例えどれほどに力を奪われても。
「何度倒れても、何度でも立ち上がれば――」
それがひとの心の強さだから。
絶望に抗う為の、希望を抱くひとの光だから。
「――一生、負けねーんですよ」
ミケはそれを信じて、緋竹の刃を唸らせる。
それは無となった身体から、それでも振り絞った想いの力。
零という状態からでも、ひとは幾らでも心と感情を溢れさせられる。
ひとの心は足し算や引き算ではないのだから。誰かの勝手な理屈で片付けられていいものじゃないから。
無からの渾身。全身全霊の一撃が、ミケより繰り出される。
「届いて、ですよ!」
奔るは黒き流星の如く。
或いは、柔らかな羊が勇気をもって猛進するかのように。
願いと共に放たれた斬刃は、ついに禍津鬼荒覇吐の急所を斬り裂くのだった。
神とて不滅ではないのだと。
ひとの心によって成り立ち、希望によって道は拓けるのだと。
死の星を退ける蛇腹剣の刃が、この偽りの夜空にも牡羊座の姿を描く。
🔵🔵🔵 大成功
二階堂・利家『禍津鬼荒覇吐』此処に在りと。神威を遍く|世界《√》に知らしめる為の自縄自縛
気張り過ぎだな。
無形なる、原初が神の一柱。単一で完結した個で在ればこそ、誰とも袂を分かつことは無い
胸襟を開く相手は|従獣《マガツヘビ》とその身に携えた王劍のみ
孤高の道は自らの存在理由を証明する為だけにあるのかもしれないが、それはあまりにも孤独であまりにも虚しい。過去、如何なる|大戦《おおいくさ》があったのかを知る由は無いけれど
未来。俺達は新たなる縁と未知の可能性を求めて先へと進む
|現在《『今』》。延々と繰り返される殺し合いの怨嗟、終わらぬ現状維持を目論む悪神の邪なる願いを決して、成就させるわけには、いくか!
止まれ!!!
世界に己が覇を吐く。
我があるからこそ、斯くあれかし。
死へと至らしめる禍津星が冷たく燦めき、鬼の嗤う暗き夜が広がっている。
ああ。まさに。
「――『禍津鬼荒覇吐』此処に在りと」
それほどに王劍『明呪倶利伽羅』を手に入れたことが喜ばしいのか。
それとも、ようやく悲願が成就すると神ながらに歓喜を隠せないのか。
やれやれと肩を竦める真白き姿は、二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)のもの。
古代の神霊。原初の神が一柱。
ようはひとには理解出来ず、故に共感などありえない存在。
それが禍津鬼荒覇吐であると理解しつつ、二階堂は自らの屠竜大剣を構えた。
青い双眸で荒神たる姿を睨み、鋭い剣気を飛ばす。
攻撃の意志は届いている筈。なのに跳躍してからの先制攻撃が来ないというのは、この世界を維持するのに必死ということ。
「神威を遍く|世界《√》に知らしめる為の自縄自縛――気張り過ぎだな」
或いは|神力《√能力》に頼らずとも蹴散らせるという驕りであるのか。
いいや、想いの力で無からの全力というデタラメでもしない限り、到達する前に全ての力を奪われる。
無敵な神だとでも云いたいのだろうか。
そうして奪われた力で自分は更に強くなると。
「巫山戯るなよ」
それが出来るのなら、他の簒奪者たちも既に目的は達成している。
だというのに周囲へと視線を廻らせず、独自独歩を続けるのはまさしく単一で完結した神という個であればこそだろう。
無形なる、原初が神の一柱。
故にこそ誰とも袂を分かつことはないが、心を寄せることもありはしない。
胸襟を開く相手は|従獣《マガツヘビ》とその見に携えた王劍のみ。
それはなんという孤独の道だろうか。
自らの存在理由を証明する為だけに神霊とはその力を振るい、立ち上がるものなのかもしれない。
だがそれではあまりにも孤独で、あまりにも虚しい。
完璧である――という孤独。
「孤独を、寂しいというのは日本人だけの感性だったか」
とある本のタイトルである。
だが、その大元となった翻訳される前のタイトルでは孤独という意味合いは存在しない。ひとり、立つ。その虚しさと寂しさを、孤独と表現したのは日本人の情感か。
だが、やはり――百年どころか数千年の孤独は、ひとの心には耐えられない。
「だからお前は、ひとではないのだな」
過去、禍津鬼荒覇吐が存在した頃に如何なる|大戦《おおいくさ》があったのかを知る由はもう無い。
けれど、星は廻る。
夜と昼も巡りて、明日という未来は来るのだ。
全てを奪う死の星々。
これは禍津鬼荒覇吐の紡いだ冷たき禍津の幻想である。
未来がある。そんなことさえ、孤独な神には理解できないのか。
だから進歩がないというのか。
いいや、だからこそ二階堂たちは、ひとは新たなる縁と未知の可能性を求めて先へと進むのだ。
「全ては|現在《『今』》。延々と繰り返される殺し合いの怨嗟」
それを宴と言い切り、犠牲者の嘆きを踏み潰すことなんて許せない。
残る想いと力を燃やすようにと二階堂は屠竜大剣を構えた。
思考しながら進む。
だから心は限界を越えて四肢を動かし、二階堂に終わりの先を歩ませた。
それでも呼吸が苦しい。肌と指先が冷たく、視界が霞む。
鼓動が弱々しく、これが衰弱の果てかと二階堂は覚悟を決める。
死にではない。
勝利を遂げるのだと、強く剣を握って最上段に構えるのだ。
切っ先を向けるは、座する禍津鬼荒覇吐。
「終わらぬ現状維持を目論む悪神の邪なる願いを決して、成就させるわけには、いくか!」
だが――この瞬間、神力が脈動した。
決着の為の二階堂の一閃。それを狙っていたとばかりに王劍『明呪倶利伽羅』の切っ先が泳ぐ。
跳躍からの絶対先制――言い換えればどのタイミングからでもカウンターを挟み、必殺へと転じることのできる神威である。
ましてや王劍で放つ一撃の凄絶さなど想像したくもない。
だからこそ、二階堂は備えていた。
√能力を発動させるのも困難な中、残骸のような力を振り絞り、志を共にするインビシブルたちに語りかける。
共に限界を、超越してくれ。
この瞬間、神を斬る為に。
「――止まれ!!」
「っ」
神の動きをも縫い止めるのは神聖竜の優しき祈りである。
本来、誰かを傷つける祈りを叶えることのない純白の竜。だが、この瞬間ばかりは、この敵だけはというかのように奇跡を実現させていた。
「おのれ。かつて空を舞う、過去の存在が……!」
「だが、お前も過去の遺物だろう。去れよ」
鋼刃一閃――神を討つと斬刃が詠う。
擦れ違った禍津鬼荒覇吐の身体から鮮血が溢れ出す。
そこで二階堂も膝をつき、視界が暗くなっていくのを感じる。
だが、むしろ。
血のざわつきは収まっていた。
過度の濃度を持つ二階堂の竜漿も薄められ、二階堂を苦しめる原因のひとつが一時的であれ取り除かれかけていたのだ。
「まったく。適度に抜くことが出来ないほど、世界も悲劇も神も――不器用なのかね」
不敵に笑って二階堂は倒れ込んだ。
あとは任せるとばかりに、続くものたちへと光を示して。
🔵🔵🔵 大成功
矢神・霊菜身体が重い、足を踏み出すのも億劫に感じるわ
もうここまでで良いんじゃないか、これで終わりで良いんじゃないかって
敵に立ち向かう気力も、帰ろうとする意志も薄れていく
これが、星詠みの言っていた存在する力を奪われるという事なのかしら
ああ、駄目よ…気力も意志も、奪わせて堪るものですか
私はあの大妖に立ち向かうと決めたの
星よりも古くから在る神霊?上等じゃない
そういう強者と戦いたいと本能が疼く
私はどうしたいと決めた?
夫の、娘の、仲間の元へ必ず帰る
だったらこんな場所で立ち留まってるわけにはいかないわよね
ああ、心の奥から炎が燃え上がっていくようだわ
大丈夫、まだいける、まだやれる
さあ、やつを凍らせるわよ、カエルム…!
身体が、いいや呼吸さえもが重く、鈍く、苦しい。
一歩と足を踏み出すことさえ億劫に感じてしまうのは、この混沌の神域のせいだろうか。
まるで冬の夜空の如き姿である。
黒々とした帳を、青白い星たちが駆け巡る。
だが、それは全て死の姿である。
美しい死神が示す情景であり、綺麗なだけの無慈悲さであった。
白刃が果たして情けを騙ろうか。
氷雪の吹雪が、果たして優しいを詠うだろうか。
ない。そんなことはありはしない。
だから希望なんてないのかと、進む意味はないのではないのかと。
矢神・霊菜(氷華・h00124)はアイスブルーの双眸から光を薄れさせていた。
もうここまでで良いんじゃないだろか。
これで終わりで言いのではないだろうか。
ひとにしてはよく健闘したほうで、ひとなのによく進んでみせた。
果敢な勇姿であることは疑いようがない、霊菜の心を責めるものなどありはしない。
敵に立ち向かう気力も、帰ろうとする意志も薄れていく。
いいや、此処は絶対死領域ではないのだ。
大切なAnkerとの絆があるからこそ――死んでも大丈夫という、無気力の果てに流されそうになる。
これが星詠みの少女が語った存在する力を奪われることなのだろうか。
死の恐怖。命と意志の断絶。
それを確かに感じることのできない、√能力者に特効の神域であった。
ああ、だから霊菜は流されて、大切なAnkerである娘の戻ろうとして――。
「ダメ、よ」
そんな姿を見た娘の顔が浮かぶ。
悲しそうに、泣きそうな顔をした娘に表情が、霊菜に確かな鼓動と熱を疼かせる。
戦う理由を想いだし、霊菜がすべきことを脳裏に浮かべるのだ。
世界を護るのではなく、夫を、娘を、仲間を大切にしたい。
その為には生きなければならないと、気づけば大地に倒れていた身体を無理矢理に動かす。
立ち上がるのさえ必死だった。
それでも、前へと歩み続ける。
「ああ、駄目よ……気力も意志も、奪わせて堪るものですか」
霊菜はあの大妖、『禍津鬼荒覇吐』に立ち向かうと決めたのだ。
星よりも古くから在る神霊?
ああ、上等じゃない。
そういう強者と戦いたいのだと本能が疼き、血潮に熱を取り戻させる。
――では、どうしてそんなに戦いたいのだろう。
「私、私は……」
肌はまだ冷たい。
息は掠れて、声は果たして出るだろうか。
それでも眸は前を見据えて、進み続ける。
――私は、どうしたいと決めた?
胸の奥底で、柔らかな暖かさと共に浮かび上がるのは愛しい夫、娘の笑顔。
家族団欒の写真であり、そして皆とピクニックへと出かけた姿。
ああ、あんなにも愛おしい。
そんな大切なものがあるのだから、生きたい。
生き続けたいと、必ず帰るのだと心が脈打つ。
夫にそれでこそハニーと笑ってもらえるように。
心の底から娘に、凄いと喜んで自慢の母親だと思って貰えるように。
ずっと、ずっと、一歩ずつ重ねてきたのだから。
「だったらこんな場所で立ち留まってるわけにはいかないわよね」
こんな所で足跡を止める訳にはいかないのだと、霊菜は静かに微笑んだ。
ただそれだけで心の底から炎が燃え上がるのを感じる。
それは青い氷のような色をしていた。
とても静かに。けれど、鋼さえも容易く溶かす彗星の如き炎であった。
だから大丈夫。まだいける。まだやれる。
足を引きずるようにしながら、ついに禍津鬼荒覇吐の前へと立つ霊菜。
使えるのはただ一度きりだろう。
攻撃のチャンスは、一瞬だけ。
誰かが与えた傷口から禍津鬼荒覇吐は血を流し続けている。
こうして、歩みを重ねていくのだ。神を阻み、自らの理想を求めるひとの歩みを、刻むのだ。
与えられるのは一撃だけ。
その為だけに全てを賭して、霊菜は腕を振り上げる。
「さあ、やつを凍らせるわよ、カエルム……!」
雪風が満ちて白氷覆う。
|凍界《せかい》には何も憂うことなく。
孤高に舞う|護法《たて》の翼はただ穏やかに流れていく。
唇が紡ぐそれらは霊菜の本来の詠唱ではない。
ただ、斯くあれかしと願う心の旋律であり、希望の歌だった。
その思いこそ、今まさに神を斬り裂く鋭き翼となる。
「来たれ、|氷天《そら》の王」
顕れるのは氷属性の巨大な鷹である。
氷翼漣璃により纏う凍結のエネルギーが変貌したその姿が、禍津鬼荒覇吐の神たる核さえも凍て付かせるように走り抜ける。
残るは静寂と、真実の冷たさだけ。
「やったよ。私は……」
死の星が瞬くことはまだ続くけれど。
霊菜の歩みに続くものが、必ずやこの悪神を討つ。
その一助を為したのだと、霊菜は静かな微笑みを浮かべていた。
🔵🔵🔵 大成功
ルイ・ミサ美しい領域。絶対的な存在
神力がこれほどなら……私の体で目覚めないのも納得がいく
人と悪魔の子――
私は、そのどちらにも寄り切れない中途半端な半魔
それでも今だけは、半分は人間で良かったと思う
強すぎるお前には、些末な人の心など分からないだろう
無力になった者が最後に縋るのは神か悪魔だ
奇跡を求めて、分不相応な願いを抱く
その神力を、私に――捧げてほしい
(爪は黒く染まり、静かに伸びた。人から強欲な悪魔へと傾く証)
奪えるなどという傲りはない
ただ、この身に呼応する何かがほしい
弱さも愚かさも承知の上で――
それでも求める。神の力に触れられるなら、覚醒の一助になるなら、
この身がどこへ堕ちても構わない。
冬の美しき夜の情景が広がっている。
澄み渡る夜帳で燦めく青白い星屑たち。
美しく、だがとても冷たい。
命を持つものが本来触れることの出来ないものたちなのだ。
つまる所は死神の姿に他ならず、触れれば命を奪う危うき綺麗さ。
「ああ――」
だからこそと、小さな吐息が零れた。
黄昏色の眸を微かに揺らし、美しい唇から小さな声色を紡ぐ。
金色の髪は甘やかな蜜を溶かしたかのようであった。
「美しい領域。絶対的な存在」
囁くのはルイ・ミサ(半魔・h02050)だ。
白く透けるような肌に、何処か神秘的な美貌の少女。
ひとならざる気配を、微かにだが裡に秘めるものだった。
そして、その予感は真実である。
「神力がこれほどなら……私の体で目覚めないのも納得がいく」
人と悪魔の子――それがルイである。
半魔として汎神解剖機関の秘密組織に身を預けられた実験体。
いずれ逃げだそう目論むものの、未だ彼女は鎖に囚われた儘である。
自らを縛る現実という名の鎖を引き千切りたい。
そう願ってもルイは人とも悪魔とも、そのどちらにも寄り切れない中途半端な半魔であった。
それでも、今だけは。
もう今この瞬間だけは、半分は人間で良かったと心の底から思うのだ。
儚く、力なく。
それ故に切実な願いを胸に抱く、ひとであることに微かな喜びを抱くのであった。
だって。
「強すぎるお前には、些末な人の心など分からないだろう」
ルイの言葉は混沌の迷宮、その奥底で神力を渦巻かせる大妖『禍津鬼荒覇吐』へと向けられていた。
あの原初の神の一柱は、所詮は敗北者の戯れ言と斬り棄てるだろうか。
殺戮と闘争を求め続けた修羅である。
自らの背後に転がる屍山血河、そして壊れた願いの残骸など気にせず進み続ける。
そんなものが、儚い祈りを捧げる力なきものたちへと耳を澄ますことはないだろう。
だがルイは視線を向ける。
声なき声を聞き届け、願いを指先で拾い上げて大切に仕舞う。
優しさはあるのかもしれない。
だがそれ以上に、願望を聞き届ける悪魔の血脈が顕れているのだろう。
何しろ無力になった者が最後に縋るのは神か悪魔だ。
そして神様が公平という名の無慈悲と無関心を貫くというのなら、人々は喜んで悪魔へと願いを捧げる。
結果として求められる代償など気にしない。
神に願っても何にもならないというのなら、悪魔に縋り付くしかないのだから。
ひとは助かろうとする余り、自らの願いで動く限り――自分の力で、自分の骨を折ってしまうことだってあるのだから。
その強い願い、衝動を。
奇跡を求めて、分相応な願いを抱いてしまう。
結果的に破滅に転がるか、甘い毒を口にするのか。
今が良ければそれでいいという、どうしようもない弱さである。
だが、それでも人は生きている。
生き抜こうと足掻き続け、渇望が満たされるまで歩き続ける。
だから、そう。
「その神力を、私に――捧げて欲しい」
ルイが詠うように囁けば、まるで応えるようにと彼女の爪が黒く染まる。
白魚のような美しい指先の先、黒い爪がするりと静かに伸びた。
人から強欲な悪魔へと傾く証である。
願いを掴み、叶える為に、人である何かを捧げて得る。
とても人間らしく、とても悪魔に近付いていく。
ルイの鼓動はもはや何処まで人であるのだろう。
流れる血は、どれだけ人間のものであると言い切れるのだろう。
いいや、今のルイはそんなことは気にしないだろう。
ただ周囲に渦巻く混沌、原初の神力。
それが欲しいと、それさえあればと未だに残る人としての願望が、現実を変えたいという願いが疼くのだ。
けれど、奪えるなどという傲りはなかった。
ただ、ルイの身へと呼応する何が欲しい。
この身を、心を、渇望と囚われるだけの人生を埋めて、何かへと変わることのできる何かを。
人の弱さであり、愚かさである。
それは百も承知して――それでも求める。
まるで血を啜って裂く永久の赤薔薇となるように。
夜闇を支配し、ひとの願いを啜って生きる悪魔のひとつとなれるように。
ほら、言うじゃない。
青い薔薇の花言葉は夢は、奇跡は叶う。
それを実現させた人の心と、願う気持ちはやはり素敵だ。素晴らしい。だって現実にありえなかったものを紡ぎ上げているのだから。
今のルイだってそう。そんなことをしようとしているだけ。
だから求めよう。
神の力に触れることが、もしも悪魔としての覚醒の一助になれるのなら。
その神が例え、悪魔のような恐ろしいものであっても。
「この身がどこへと堕ちても構わない」
ルイが浮かべる微笑みは、寂しげだった。
破滅的な美しさ共に在る笑顔は、見る者を惑わす魔性であった。
故に、故に。
魔絶の指先は、ひとの願いから紡がれて。
神の力を貪る悪魔の爪となって、禍津鬼荒覇吐の首筋を斬り裂く。
滴り落ちる深紅の血。
神の赤い血を、舌先で舐め取った。
錆び鉄の匂いと味がする。血は血であった。神であってもそうだった。
或いはまだ、悪魔となりきれていないのか。
「それとも、私は吸血鬼にはなれないのかしら?」
もう一度確かめるように。
妖しげな爪先を濡らす深緋の色を、味を、罪の何たるかを――ルイは口に含むのだった。
求め続けて、飢えて乾き、永劫に満たされない。
そんな咎人の微笑みを浮かべていた。
それでも。
求めたものが、力が、悪魔へと変われる何かか手に入れば。
全ては変われるというのだろうか。
流された血に、或いは誰かの涙に甘美さを覚えた時、ミサの世界はきっと変わる。
どのような形であっても。
🔵🔵🔵 大成功
久瀬・八雲生命力を奪われ、脱力する。だからこそ意識はより研ぎ澄まされ、戦意を燃え上がらせる
かつての霊剣の使い手……彼らとは縁もゆかりもありませんが、それでもこの剣を通して伝わります。
誰かを守るため、救うために立ち上がった事を。
その織り重なった|心《ちから》を借り受けたわたしは、|たかが《・・・》迷宮、神力ひとつ如きで倒れやしません!
むしろ余計な力が抜けた滑らかな所作で霊剣を大きく振りかぶり調息、剣が放つ熱を際限なく増幅させ
煌々と燃え上がる白の剣【白雷】、その一太刀をただただ打ち込む一心で振り下ろす
人々を脅かすのならば、今ここで!全てぶった斬ります!
青白き禍津星が導くは死の路である。
冬の夜空のように澄み渡るは黒い領域。
美しい。綺麗である。だが、どうしようもない程に生命を蝕む神の宴であった。
混沌の迷宮に足を踏み入れれば、誰であろうと存在する力を奪われていく。
未来を閉ざす静寂と死の情景。
それでもなお果敢に進む少女の姿があった。
艶やかな赤髪に、決意を秘めた黒い双眸。
美貌は気高き姫君の如く、されど戦に挑む凜々しき姿で、手に携えし霊剣・緋焔を掲げるように構えていた。
久瀬・八雲(緋焔の霊剣士・h03717)である。
普通の世界に生きて、普通に生きていた少女が、皆が過ごす日常の為にと恐るべき神域へと足を踏み入れている。
一歩、一歩。
それすら重く、鈍く、苦しい。
呼吸さえ何時まで続くのかと不安を抱くほど。
それほどに生命力を奪われ、脱力しながらも――緋焔の刀身から鮮やかな火焔を湧き上がらせて前へと進む。
そう、僅かな温もりを胸に抱くから。
ほんの些細な、どうしようもない日々の大切さが久瀬の胸の奥で脈打つから。
ああ、諦められない。
頑張りたい、戦い抜きたいのだと戦意を燃え上がらせる。
儚く脆い日常の為に、誰かの為に。
そうやって心を燃やし、思いを輝かせるひとの力。
大妖『禍津鬼荒覇吐』では理解できず、想像できないのだろう。
完全な存在であるが故に他者との繋がりを必要とせず、孤立する鬼神であるが故に。
――大丈夫、と。
優しく励ます声が久瀬には聞こえた。
握り絞める緋焔の柄から、確かに伝わるのだ。
かつてのこの霊剣の使い手たちの思いが。
儚く揺れる火のような、美しくて暖かいものだった。
ふとした事で消え果てるような、だからこそ大切なものだと受け継ぎたいと久瀬が思うような。
彼ら彼女らと久瀬は何の縁もゆかりもありはしない。
それでも剣を通して伝わる想いが、この混沌の神域にあって久瀬はひとりではないと思い出させる。
剣を握り、炎と駆けたその原点。
誰かを守るため、救うために立ち上がったことを。
歴代の使い手たちも同じだった。想いをひとつへと織り重ね、紡ぎ上げたこの|心《ちから》を受け継いでいるからこそ。
「わたしは、たかが迷宮、神力ひとつ如きでは倒れやしません!」
数多の想いと繋がっているというのだ。
数え切れないし、数える必要も無い。
ただ独りの荒神を討つべく、久瀬は静かに吐息を整えた。
霊剣・緋焔の切っ先を構える。目の前に立つ禍津鬼荒覇吐を必ずや斬ってみせる為に。
力の殆どはもう奪われた。
だがむしろ、余計な力が抜けたせいで滑らかとなった剣の所作。
神妙なる一振りである。無駄の一切がないが故に美しい。
ああ、活人剣の心とは斯くが如き赤き輝きを示すのかと、見るものに感嘆の息を零させるほど。
振りかぶった上で調息。
身と心、そして呼吸と感情の流れを整え、剣に宿る沢山の感情たちとひとつになる。
剣心一如。
歴代の担い手たちと同じ勇気と希望、願いを抱いてひとつの刃に託す。
剣が放つ熱は際限なく増幅され、夜天を灼き払うが如き深緋の光を灯す。
いいや、それは緋を超えた。気づけば眩き彗星の如く、純白の焔へと化している。
真白き焔刃は、さながら神さえ裁く神秘の一振り。
その一刀を、ただただ撃ち込む一念を持って振り下ろすのだ。
恐れも、不安も、このあとどうなるかの憂いもなく、久瀬は自らの全てを燃やしてこの剣刃へと懸ける。
相手が星の神話より古き神であろうと、何ら変わることはない。
「人々を脅かすのならば、今ここで! 全てぶった斬ります!」
白焔瞬断――ひとの熾烈なる想いが、悪しき神の闇を断つ。
神の血も、名残も、何もかもを灼き払いて浄めるように。
ひとの未来と希望だけを灯し、繋ぐように。
美しき白焔がただ、走り抜ける。
彼方まで広がる混沌の闇と、死星の輝きさえも掻き消しながら。
🔵🔵🔵 大成功
★心情
これが『無形の神』、完全存在……恐るべき威容でございますね。
……身体が、己の物とは思えぬ重さでございます。どこまでも羽ばたけると思えた翼も、今やはためくことすら困難で。様々な戦いを通して力をつけたと思っていましたが、それがこんなにもあっさりと――。
……わたしは、何のために研鑽していたのでしょう。わたしの旅の道程は、何のために――。それは、一族としてのならわしで竜の恵みを説いて回る、だけではありません。
あの日全てを奪った者を見つけ、一矢報いるため。そして、|聖女様《おかあさま》を見つけるため……!そのために、こんなところで立ち止まっている訳には、まいりません……!奪われた|一族《なかまたち》のためにも、聖女様のためにも、わたし自身のためにも……未来に、わたしのような人を生まぬためにも。神とて、超えてみせましょう……!
★行動
荒覇吐を見つけたら、死角を狙い【リラ】をディヴァインブレイドとして飛翔させて突き刺し。【裂空龍舞】で速度を上げて突撃、裂空掌で追撃し深く突き刺します。
真冬の夜空の如き黒さが広がる。
青白い星が瞬き、巡り、あらゆるを奪う死の情景を詠う。
美しい。
綺麗だ。
だがあらゆる命と存在を否定し、奪い去るものであるのだった。
これが原初の神の一柱の力か。
なんと禍々しく、恐ろしく、忌むべきものであるのか。
いいや、シンシア・ファルクラム(歌い、奏でる空の柱・h08344)の双眸がふるりと揺れる。
「違います。これは空の姿ではありません」
昔、天上界の何処かにあったという空の柱。
その祈りを受け継ぐ聖女であるシンシアだからこそ、これは本当の空の姿ではないと断じられる。
だって、空とは希望を歌うもの。
優しき理想と、気高き矜恃をもって未来を奏でるもの。
「だからこそこれは、どうしようもない紛い物――神の見せる、禍々しき宴の姿」
故にシンシアは、この混沌の神域を認めることが出来ないのだと白い翼をはためかせ、白い光を従える。
だが、そうやって思いを湧き上がらせても、神の猛威に、残酷な現実に抗うには、ひととは儚きものであった。
「っ、これは……これが『無形の神』」
そして、完全存在であるのだとシンシアは低く呻いた。
膝をつくことなく、前へと進んでいる。
救いを求める巡礼者の如き、死へと導く星の光を払い退け、自らの心に従って進み続ける。
「……恐るべき威容でございますね」
身体が、もはや自らの物とは思えないほどの重さだった。
呼吸どころか鼓動さえも鈍く、手足が冷たい。
まるで雪山で遭難し、命さえも摩耗していくような疲労感。
どこまでも羽ばたけると無垢に信じられた翼も、大きく広げて風を掴むことさえ困難であった。
空から届く筈の、途絶えることのない慈しみと希望の風。
それは何処に行ったのかと、シンシアは優婉な美貌に憂いを浮かばせた。
様々な戦いを通して、力をつけたと思っていた。
自負は自信。そして覚悟の強さへと繋がる。
故にもはや不動の祈りを以て、未来へと進めると信じていたシンシア。
だというのに、それがこんなにもあっさりと――絶望に、神の理不尽に、無慈悲なまでの暴力にと心の底まで打ちのめされる。
「わたしは……」
何の為に今まで研鑽してきたというのだろう。
祈り、願い、求めて続けた旅の路筋は、では一体何の為に――。
このままでは何も果たすことが出来ず、骸として転がるだけである。
空の一族として竜の恵みを説いて回る。
それだけでは、まるで無力な吟遊詩人と変わらない。
そんな事の為だけに、シンシアは歩み続けたのではないのだ。
止めどなく溢れ出す切望に胸を灼かれる。
あの日の、全てを奪われ、壊された悲劇を思い出す。
あれもまた呪いであった。冷たき死の暴虐であった。
「私は、ただ祈りをもたらす為だけに歩いて回ったのでは、ありません――!」
悲痛なまでの願いの声に、青白き死の星彩が揺れる。
聖女であるシンシアの純粋な願いに、死神でさえ路を譲ろうとしていたのだ。
止められない。
止まらない。
自らが理想を、悲願を、どれほど手に血が滲んでも抱きしめ続ける者は。
死んでも死にきれない。
そんなシンシアの藍色の眸が、冷たき死の気配を振り払う。
「あの日全てを奪った者を見つけ、一矢報いるため」
シンシアの一族を全て殺した、あの翼を持つ簒奪者を必ずや倒す為に。
皆の無念を、悲しみを、嘆きを晴らしてあげたいと思うから。
いいや、結局それは復讐であったとしても、それが次の未来へと繋がるとシンシアは信じていた。
「そして、|聖女様《おかあさま》を見つけるため……!」
再会という希望。
それを夢みてシンシアは歩き、翼を広げ、歌い続ける。
どれほど儚いものであったとしても、どれほどに小さな可能性だとしても、広大な世界の中から一粒の輝きを見つけ出すのだ。
もう一度、無垢な微笑みを交わすために。
「そのために、こんなところで立ち止まっている訳には、まいりません……!」
それは復讐であるのだろうか。
それとも奪還しようとする願いであるのだろうか。
悲しさは痛みである。
切望という名の熱がある。
これが命であるのだとシンシアに思わせる鼓動の疼き。
自らが呼吸を重ねていく理由を確かに心に抱き、シンシアは死へと抗い、理不尽な終わりを撥ね除けていく。
「奪われた|一族《なかま》のためにも、|聖女様《おかあさま》のためにも、わたし自身の為にも……!」
もう一度、自分の未来の為に空へと歌う。
ただ優しく、柔らかく、心と想いを揺らして。
そんな幸福へと辿りつこうとする心の思いは、死をもたらす原初の神の力
さえも退けるのだ。
ひとの思い。
光であり、闇である。
切望と渇望。希望と悲願。
復讐と、優しい願い。
混じり合ったものは何と呼べばいいのか分からず、死を前に自らの心の底を見つめたシンシアは涙を零した。
美しい一筋の落涙であった。
空から流れ落ちる星屑のようであり、願いを求め続けるひとの心そのもの。
怒りか、悲しみか。
憎しみか、愛情か。
聖女と呼ばれるほどのシンシアの心の深淵に眠る、灼熱の何か。
ああ、まさしく何ともいえない。混沌とさえいえない。あらゆるものが絡まり、重なり、唸りをあげて折り重なる。
ただ痛い――それだけがシンシアの感じるもの。
その痛みこそが、大切さを歌うものであるから、決して目をそらさず、真っ正面から受け入れる。
忘却という慈悲に縋れば、この苦痛から逃れられよう。
だが誰かへと救いをもたらそうとする聖者に、誰が救済を届けるというのか。
そのようなものを拒み、わたしよりも別のひとへと微笑むから――シンシアのような存在は美しいのである。
「……未来に、わたしのような人を生まぬためにも」
そう、あくまで奪われる悲劇を防ぐために。
自らの心の傷口から、未だに血が流れ出す証としてぽろりと藍色の眸から涙を零しながらも。
ああ、あなたの為に。
みんなの為に。
私は空に希望を紡ごう。
「この偽りの夜空を越え、神とて、超えてみせましょう……!」
完全な神が理解できない、不完全な心が織り成す希望の光。
自らを省みず、ただ誰かの救済を願う祈りをもって。
シンシアはついに視界に捉えた大妖『禍津鬼荒覇吐』へと、白魚のような指先でリラに触れる。
「詠い、奏でましょう。神を越えるという、路筋を……!」
白銀に輝くようなシンシアの眩いオーラ。
純然たる色彩と光は、やはり自らの幸福を求めていないが故に。
弦を爪弾かれたリラが、飛翔剣となって走る。
白き流星であった。死と闇を斬り裂き、禍津鬼荒覇吐の死角よりその身を深く突き刺す。
反撃の暇は与えない。
もしもこの状態で守勢に回れば、そこから活路を取り戻すことなど到底不可能。
だからこそシンシアは太古の神霊『烈空竜』を纏う。
纏うオーラはさながら木漏れ日を浮かばせる水面の彩、|花緑青《エメラルドグリーン》の光。
だが、その速さたるやまさしく迅雷そのものであった。
音を置き去りにして荒神へと迫る。迎撃、カウンター、その他一切を恐れず、顧みない。
もしかしたら、シンシアの欠落とは自己愛なのかもしれない。
自らを大切にするという事が出来ず、願いと希望の為に全てを擲つ|救済者《アンフォルタス》であるのかもしれない。
癒えることのない心の傷口から、絶えず血を逃がし。
忘れること、逃れるという許しを棄てて、罪の意識と共に歩みゆく巡礼者。
ああ、だからこそ――いずれ聖杯の許しのような奇跡を、空に詠うのだ。
今はただ、悪しき鬼神を討つためにその拳を振り上げた。
「舞い給え、裂空龍――」
白い翼をはためかせ。
無数の羽根を、まるで涙のように舞い散らしながら。
「――原初の神に終幕を。ひとの思いこそ、奇跡を為すと示し給え……!」
自らの全てを捧げ、理不尽と惨劇の塊である禍津鬼荒覇吐を撃ち砕くように。
或いは、その先にあるだろうかの怨敵、呪いの簒奪者の翼を穿つ為に。
自らの巡礼の路を切り拓く腕で放つは、掌底・裂空掌。
シンシアが抱く全てと共に悪しきを燃やし。
脆く儚き未来を助け、救いの祈り唄を響かせる為に。
路筋を示す|神の助け《そらのはしら》はなくとも、歩むべき路はこの眸に浮かぶのだから。
シンシアの|折れぬ柱《たましい》の一撃は、禍津の神の核を撃ち抜く。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
エレノール・ムーンレイカー――体が動かない。
これは、恐怖だ。周囲から放たれる圧倒的な神力への恐怖が、わたしの動きを、そして戦う意思そのものを奪っていく。
銃を構えようとしても、引き金を引く指が震え、動かない。
いや――そもそも、引こうという気力すら生まれてこない。
――このまま、わたしは何もできないまま死んでしまうの?
こわい。こわいよ……誰か――。
そう思った瞬間、脳裏に今までの思い出が奔流のように流れ込んだ。
出会ってきた人々の姿。
もう会えない家族との日々。
そして――大切な|友人《Anker》の笑顔。
――嫌だ。
ここで終わるなんて、絶対に嫌だ。
わたしにはまだ、生きて護りたい人や世界がある。
そのために、生き続けたい。生き続けなければならない。
だから――恐怖を超えて、この引き金を、引く!
「水精よ、激流となりて敵を衝て!」
青白い星が、冷たい死の気配を降らせている。
美しくも命を、存在する力を奪い取るもの。
まるで真冬の夜に抱かれているかのように温もりと力が抜けて、手足が凍えて震える。
ちゃんと立っていられるだろうか。
更に進むことが出来るだろうか。
そんな迷いを喚ぶ死星が、きらきらと瞬いて黒い空を巡る。
――身体が動かない。
エレノール・ムーンレイカー(蒼月の|守護者《ガーディアン》・h05517)は琥珀色の双眸をふるりと揺らした。
月灯りに似た銀の髪に、ほっそりとした小柄な姿。
神秘的で柔らかなエルフの美貌である。
だが、その表情は今やひとつの色に染まっていた。
エレノールが自覚してしまったからこそ、どうしても心の底から拭い去ることのできない生物としての原初の感情。
恐怖である。
周囲へと放たれ、空間を静かに軋ませるほどの圧倒的な神力への恐怖が、エレノールの動きを、そして戦う意志そのものさえも奪っていく。
神秘に近しいエルフだから神霊の存在を余計に深く感じてしまうのか。
銃を、水精の長銃『オンディーヌ』を身体に引き寄せ、構えようとする。
だが銃口を向けるより恐怖で身が竦む。引き金に触れる指先が震えて、まともに動かない。
琥珀色の眸で確かに敵を見据えようとすることさえ、難しかった。
どうしてこれほどまでに恐ろしいのだろうか。
恐ろしいからこそ立ち向かい、抗い、絶望と理不尽を越えてきたEDENのひとりであるというのに、その衝動さえもが掻き消えていくかのよう。
戦わないといけない。
分かっている。分かっているからオンディーヌを構えているというのに。
いや――そもそも、引こうという気力すら生まれてこない。
本当はもう無理で、戦う理由と意味さえないと絶望と恐怖に飲まれているのだろうか。
鼓動と呼吸は冷たく、自分の零す息から死の気配がした。
――このまま、わたしは何もできないまま死んでしまうの?
怖い。怖い。
どうしようもない恐怖に飲まれて、エレノールがきゅっと瞼を瞑った。
目尻から涙が零れる。
誰か助けてと、暖かで確かな腕を求めた。
神に戦いを挑むのが間違っていたのだろうか。
そうかもしれない。こんな独りで、抗える存在ではないのだから。
だから、誰か助けてと。
誰も居ない黒夜の下で、胸の奥へと叫ぶエレノール。
ああ、だからこそ。
胸の奥底から、ふわりと暖かな記憶が蘇る。
ふわり、ふわりと柔らかく、暖かな春風のように。
エレノールの身体の裡を巡り、脳裏へと届けば今までの思い出が鮮やかな奔流となって流れ込む。
今まで生きてきた中で出会ってきた人々の姿。
誰も彼もが微笑みを浮かべ、恐怖に抗い、そして悲しい現実に向き合っていた。
ああ、決して諦めることはないのだと胸の鼓動に誓っていたのだ。
そんな彼らの勇気が少しでも、エレノールの胸に宿っているだろうか。
いいや。
思い出せる時点で、きっとその勇気のかけらはエレノールの胸に抱かれている。
ひとは不完全だからこそ、触れあった誰かの存在を心に宿して前に進むのだ。
勇気を、希望を、信念と優しさを。
一歩、一歩と踏みしめて。
そうしてエレノールが古い記憶をも喚び起こす。
それはもう会えない家族たちとの日々だった。
村が魔物に襲われる前の話。悲劇を知る前の、暖かな記憶と感情。
ああ。
これを起点として、エレノールはずっと前に歩んで来たのだ。
こんな日々が、儚くて脆いけれど、とても大事なものがあるから。
それを守りたくて、銃を構える。
その力になるのだと思いだして、エレノールはオンディーヌを構え直した。
もう腕は震えていない。指先はしっかりと引き金に触れ、双眸は討つべき神――大妖『禍津鬼荒覇吐』を確かに見据えている。
その先にあるのは絶望や死ではない。
おかえりなさいと。
笑顔を浮かべて迎えてくれる大切な|友人《Anker》の貌。
花の香りを纏う金の髪がさらさらと揺れた。
赤い眸がくすりと微笑み、エレノールを真っ直ぐにみている。
そんな友人を、失望させたくないから。
死んで別れ、或いは奪われることなんて――嫌だから。
ここで終わるなんて、絶対に嫌だ。
「わたしにはまだ、生きて護りたい人や世界がある」
神からすればエレノールの世界は小さくて狭いものかもしれない。
古代より生きる長い歴史からすれば、とても短くて儚いものかもしれない。
でも大切で愛おしい一瞬、一瞬のために鼓動する。
呼吸をして、笑って、言葉を交わして。
その為にと理不尽な世界に、冷たい死へと向き合い、抗い続けるのだ。
ただ全ての愛おしい存在のために、生き続けたい。
「生き続けなければならない」
だから今、恐怖を超えよう。
指先に確かな熱を通し、これは奪うのではなく護る為のものなのだと強く信じる。
自分だけの為なら、ひとは簡単に諦めてしまう。
だからこそ、誰かの為に。世界の為に。大切な存在の為に。
「奪われるなんて、嫌だ」
一欠片も渡さないのだと心より力を紡ぎ、自らの意志で引き金を絞るエレノール。
「水精よ、激流となりて敵を衝て!」
オンディーヌの銃口から放たれるのは巨大な水の弾丸だった。
神の暴威、鬼がもたらす災厄。
死の気配も、冷たい恐怖と闇さえも穿って世界の果てへと払うように。
水天破砕の水弾が大妖『禍津鬼荒覇吐』を撃ち抜き、激しき水流が恐ろしき気配を彼方へと流していく。
死も、恐怖も、そして神がもたらす理不尽も。
もはや此処にはないのだと清らかな水が戯れる音に感じて、エレノールは静かに瞼を閉じた。
ひとつ、息を零す。
もうそれは冷たくない。
暖かな記憶と感情に守れた、命の息吹であった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
和紋・蜚廉混沌の迷宮が力を奪いにくる感覚は分かる。
殻の奥まで吸われていくような虚ろさ。
だが――我は、こんな場所で消えるつもりなど微塵も無い。
生き残るのが楽しい。
命を賭けあうのがたまらなく昂ぶる。
それが我の根だ。誇りだ。
どれだけ力を奪われようと、死に体になろうと、
我は「ここで終わる」気などさらさら無い。
……加えて。
今の我には、もう一つ“帰る場所”がある。
声を聞くと、心が少しだけ静かになる相手。
寄り添うと、殻の温度がやわらぐ相手。
一緒に歩けば、自然と速度を合わせてしまう相手。
そんな“帰りたいと思える存在”ができてしまった。
――我は、あの温度へ戻らねばならん。
だからこそ、ここで倒れるなど論外だ。
完全性? 原初? 神?
そんなものはどうでもいい。
触厭で奴の力を受け流し、
穢刻還声で“完全”を模倣し、我が殻へ落とし込む。
吸い尽くされようが関係ない。
この胸の奥だけは奪わせん。
力が抜けても、足が痺れても、
殻の奥の“帰りたい温度”がまだ鼓動している。
それだけで、十分すぎる。
迷宮が奪うのは“存在の力”だ。
だが、心は存在とは別だ。
そこまでは届かん。
だから踏み出す。
崩れた足で、殻のひびを鳴らしてでも。
魂ごと拳に叩き込む。
――我は、生きて帰る。
待たせはしない。
そのための一撃だ。
混沌の迷宮、殺戮の神の領域。
冬の黒夜の如き場である。
美しき青白い星が幾つも瞬き、きらきらと流れていく。
だが、その全てが死へと導くものであった。
正しく生きて存在しようとするものを惑わす、死神の微笑みに他ならなかった。
ああ、と。
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は低く呻く。
自らの殻、体躯の奥にあるものまで吸われ、奪われていくような虚ろさ。
拳を握りしめることさえままならず、大地を踏みしめる脚がふらつきそうになる。
極度の疲労は死よりも存在の摩耗を思わせて、先に進むことに意味がないと諦めそうになる。
「だが――我は、こんな場所で消えるつもりなど微塵もない」
和紋が生きることを諦めるはずがないのだ。
むしろ死が近付けば近付くほど、その胸で高鳴る鼓動は大きくなる。
戦い続け、生き残り続けた。
和紋という|物語《じんせい》は、今瞬く死星よりもなお重い。
だからこそ一歩、また一歩と。
迷宮の奥へ、大妖『禍津鬼荒覇吐』が座する場所へと進んでいく。
戦い、勝ち、生き残る為に。
ああ、そうだ。
和紋は生き残ることが楽しい。
命を懸け合うのがたまらなく昂ぶる。
だからこそ死の指先が触れるこの瞬間でも生命の熱を失わず、むしろ鼓動を熱く滾らせて前へ、前へと進む。
止まるはずなどないだろう。
完全な存在にはわからずとも、不完全だから容易く壊れて死ぬものは――その瀬戸際で心を輝かせるのだ。
「それが我の根だ。誇りだ」
故にどれだけ力と存在を奪われ、死に体になろうとも。
「――我は『ここで終わる』気などさらさら無い」
ならば何処で終われるというのか。
そう聞かれれば、何処でもないと和紋は笑うだろうが。
「……加えて。今の我には、もうひとつ“帰る場所”がある」
戦場に赴き、死闘へと還る。
そんな人生を歩み続けた和紋だが、今や穏やかさを知った。
超えを聞くと、少しだけ静かになれる相手。
なのに心が温かくなる。柔らかな鼓動が脈打つ。
寄り添うと、殻の体温がやわらぐ相手。
硬く、重く。ただ生き残る為だけだったこの躰なのに、傷つけないように、傷つかないようにと。
一緒に歩ければ、自然と速度を合わせてしまう相手。
戦場で相手に合わせるなんてありえない。自らの旋律に従えとするのが当然なのに、和紋をして相手の歩幅に気にして、足を動かす速度を落とす。
そんな“帰りたいと思える存在”ができてしまった。
けれどそれを弱さだなんて和紋は思わない。
ただ、だた、自らの願いを抱いて死星の瞬きに抗い、心に灯す。
――我は、あの温度へ戻らねばならん。
だからこそ、ここで倒れるなど論外だ。
完全性?
原初?
神?
そんなものはどうでもいい。
本来の和紋であれば血沸き、肉躍る相手であっても、今は戦う理由にはならないのだ。
故にゆらりと立ち上がり、大太刀を振るう禍津鬼荒覇吐。
それに臆することなく、身構えた。
触厭で奴の力を受け流し、穢刻還声で“完全”を模倣し、自らの殻へ落とし込む。
殻が罅割れた。完全という存在にはなれる筈がないのだと、和紋の躰が崩壊する。
だが、それでもなお――放たれた完全からの一撃を、完全なる一撃として撃ち込み返すのだ。
罅割れた殻から更に深く、力と存在が吸い尽くされようとするが関係ない。
「この胸の奥だけは奪わせん」
疾き黒影と化して、打撃戦を挑む和紋である。
戦うにつれて力が抜け、足が痺れ、体軸が揺らぐ。
消耗戦は相手の有利。だが、焦ることはなく、生き残る為にと和紋は磐石の構えを取るのだ。
――殻の奥の“帰りたい温度”がまだ鼓動している。
それだけで十分すぎる。
そこから力を無尽にと溢れ出させ、次々と拳と蹴りを放ち続ける。
迷宮が奪うのはあくまで“存在の力”。
が、心の存在とは全く別のもの。
どれほどに完璧な神であっても立証できず、だからこそ掴むことも奪うことも出来ない心――“帰りたい温度”。
そこまでは届かない。
黒死の刃が唸り、和紋の殻を幾重にも斬り裂いたが、怯むことなく拳撃を撃ち返した。
踏み出し続ける。
身を斬られ、殻を砕かれ、血を流しながらもなお。
崩れた足を前に出し、体重をかけたせいで罅割れた殻を鳴らしながら。
自らの思いと強さで、更に自壊を始めたとしても。
魂ごと、拳に叩き込む。
ああ。
魂とは、この“帰りたい温度”のことだったのか。
ならば理解する。我も納得した。
魂とは、“帰りたい温度”と同じく不滅なる存在であるのだ。
故に完全なる神と激突してなお、それを屠る一撃へと届く。
――我は、生きて帰る。
もはや瀕死の重傷となりながら、和紋は蹴撃を繰り出す。
待たせはしない。
この足は、次は帰る為の一歩を刻もう。
その為の一撃を、今ここに。
神を討つ温もりの|一撃《ぬくもり》を、此処に為す。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
ルーシー・シャトー・ミルズ成程ねえ、なるほど、なるほど。
大分分かってきましたよ、君のことが。
命を糧とする死の輝きの割合が圧倒的――言ってた通りだ。
いち。Meltで原初の神力を解こうと試みる――しくじる。
右腕が壊れるだろうという確信があるけど構う暇は無い。
に。神力から構成される不完全な√能力にさくさくクッキーで対応――行動の抑制力が強過ぎる。力が奪われてく。
さん。Nuageは先制攻撃に対してお魚さんとの位置の入れ替わりで対応。なまじ向こうが早くて。全力を尽くすけど、潰されそう。
初手アクセプターの故障すら可能性がでかい。
分かっていても何か一つ隙間をこじ開けたくて、身体が壊れようが何しようが一貫して全力で動きたくて堪らないんだよねぇ。
だって大事なものはすでに持ってる!
だから笑いすら出てくるんだよ〜……あー、たのし。
君勝った気でいるんじゃない?
力だけで――あたしの、あたしたちEDENが持つ心なあんにも知らないでさ。
一生知る事も無く、完全なまま。あ〜あ、なんたる悲劇。
1を100に出来ても、0を1に出来ないから不理解に塗り潰される、
0という未知の熱の中から這い出る者共に引き摺り込まれる!
酸い甘いじゃない泥の中で生きるのが人間なんですよ!
もう一つ面白い話するね。
神だというが、あたしはあんたを自身と同列として考えてる。
人の心の無い、人でなしの――人間だ。
何か一つ心から楽しめる心があるのは及第点だけどさあ。
命という甘いお菓子ばかり喰らい人の心を舐め腐ってるあんたの完全を、僅かな食べカスから打ち砕いて否定することがあたしは!
ひっっじょうに楽しいんだよねぇッ!!
だから楽しいまま踊りましょうよ、60秒後どうなったって良いですからねぇ!
ほら12時の鐘だって鳴ってるよ、今日のおやつはあんたかなって!
あ〜、ほんっと、たのしいなあ。
青白き星の燦めきが死を告げる。
存在する為の力、そのあらゆるを奪い尽くす冷たい星彩。
混沌の迷宮、冬の夜空めいた黒々した神域の奥で巡るのはそればかり。
死神の微笑みである。
命を奪う無慈悲な指先である。
渦巻く神力は、ただひたすらに死の気配を匂わせていた。
だからこそ全てに納得したのだと、ルーシー・シャトー・ミルズ(|おかし《・・・》なお姫様・h01765)は翠色の双眸で見つめる。
「成程ねえ、なるほど、なるほど」
敏き感性が、深き知性が、この神域を紡いだ大妖『禍津鬼荒覇吐』という存在の奥の奥まで見抜いていく。
「大分分かってきましたよ、君のことが」
それが正しいのか、間違っているのか。
恐らくは禍津鬼荒覇吐は明確な応えを出さないだろう。
理解しつつも自らの推論を述べるルーシーである。
「命を糧とする死の輝きの割合が圧倒的――言ってた通りだ」
「……さて」
ここに来て禍津鬼荒覇吐も自らの王劍『明呪倶利伽羅』を握り、立ち上がった。
戦うのである。
死の領域を紡いで待つのではなく、自らの手で。
「だが、自らの死を軽んじるばかりモノが生きていてはつまるまい。俺が求めるのは、真実の殺戮と闘争――宴だ。この楽園の欺瞞と狂気を斬り裂く、再誕だ」
だが、だからどうしたというのだろう。
どちらにしても止められない。
確かに絶対的な死の訪れることのないEDENたち。
それは死という終わりを奪われ、欠落という楔を打ち込まれたに等しい。
お前が囚われている場所は楽園という名の欺瞞の煉獄である。
そう言われてルーシーが止まる筈もない。
全ての再誕と原初の神。つまりは国産みという言葉が脳裏を過ぎるが、これから先では思案する余裕などない。
原初の神力が膨れ上がり、空間そのものを胎動させる。
ならとルーシーは駆け抜けた。
迎撃にと奮われる死の大太刀を躱す――いいや、それが出来ずに深く斬り裂かれるが、鮮血のような赤いシロップを流しながら伸ばすは右腕。
希望を掴み、理想を叶える右の掌。
儚きことが理不尽を撃ち砕く、楽園の咎である。
触れた全ては甘く蕩ける、お菓子の腕――Melt。
「いち」
そうだ。触れることさえ出来れば原初の神力という√能力を解き、砕くことだって出来る。
大太刀が翻るより早くと伸びるルーシーの右腕。
斬られるという負傷を対価として、捨て身で放たれる掌。だが、それが届くよりも先に禍津鬼荒覇吐の膝が跳ね上がる。
ルーシーの肘へと激突。骨が脆く砕け散り、あってはならない方向へと右腕が折れ曲がった。
――しくじる。
ああ、わかっていたこと。そうなるとだろうという確信はあったからこそ、ルーシーは苦鳴を押し殺した。
「なんだ――完全ではあっても、何もかもが届かない訳じゃないね」
全ては無意味であるならルーシーの右の掌を警戒するあまり、自らの体勢を崩し、続く筈だった必殺を逃してまで右腕を砕きになどいかない。
「つまり、あたしの力は届くってこと。あんたが今まさに証明してくれたよ?」
だから続けよう。
ルーシーの力は確かに、神に届きうるという事を、その神が示したのだから。
「ならば、自らの力と気勢で吠えてみせろ」
「言われなくても――に」
神力から構築される不完全な√能力に対抗するは、高速の近接攻撃。
どのような負傷を受けても三秒以内に反撃さえ命中させれば、全回復してみせる奇跡の技である。
だが、行動の抑制力。√能力の出力差が大きすぎる。
「っ」
力が奪われていく中でルーシーは転がるように距離を取った。
直後、ルーシーがいた場所を薙ぎ払う大太刀の刃。少しでも反応が遅れていれば、動きを止めた儘でいたらやはり死んでいた。
更には禍津鬼荒覇吐が嗤いながら、原初の神力を高めていく。
「さん」
ルーシーの攻撃の意志を読み取り、荒々しくも恐るべき速度で跳躍。
王劍『明呪倶利伽羅』による猛襲を繰り出し、空間ごと断ちきるような斬刃を唸らせる。
絶対的な先制である。
まさしく神速に他ならず、まともな反応など挟める筈もない。
だからこそルーシーが対応して躱せたのは、その発動がルーシーの攻撃の意志に反応するからである。
逆にいえば攻撃の意を瞬間を限定すれば、相手の反応攻撃のタイミングを限定できるということ。
だからこそ先んじて発動したNuageによって、深海魚の姿をした|霊魂《インビジブル》との位置を入れ替わり、王劍『明呪倶利伽羅』の攻撃を回避してみせる。
だが禍津鬼荒覇吐の速度が早く、そして攻撃は苛烈に過ぎる。
全力を尽くして回避した筈なのに胸部が斬り裂かれて赤い液体が迸る。むしろ、限界を超えて駆動したアクセプターが耐えきれず、潰れるようにその機能を低下させてしまった。
「は、ははは」
ほんの一瞬の攻防でこれである。
全て分かっていて、当然のこととして――冷たい現実が叩き付けられる。
だが、それでもルーシーは求めることをやめなかった。
絶望を理解し、呑み込んだ上で、それでも何かひとつ神を殺すに至る隙間をこじ開けたくて、身体が壊れてもどうなろうとも、全力で動き続ける。
戦い続けるのだ。
「だって、諦めたくなくて、諦めたくなくて、堪らないんだよねぇ」
何しろ、今までの攻防で禍津鬼荒覇吐の身体には無数の負傷が積み重なっている。
既に重傷であり、あと一押しさえすれば倒せるという所まで来ているのだ。限界を超えて、自らの身体を壊しながら戦っているのはどちらも同じこと。
いいや、それでもなお死力を尽くしたその先にルーシーはいた。
もう倒れていて当然である。
それほどの負傷と消耗を与えている筈だと、今までのEDENたちと同様に何故動けるのかとルーシーに視線で問う。
答えは可憐な笑みであった。
何を言う必要があるだろうか。ひとなら、生きているなら当然のことなのに。
――だって、大事なものはすでに持っている!
だから笑いすら出てくるのだ、この絶望的な状況であっても。
既に希望を、勝利を、この胸に抱いている気がして。
これほどの脅威的な神威を前に、それでも揺らぐ事の無い想いと心を感じて、ルーシーは軽やかに微笑む。
「……あー、たのし」
だって、とルーシーは身構えた。
禍津鬼荒覇吐の四つの眼は冷静に現実を捉え、理解して分析している。
彼我の実力差は埋めがたく、故に自らの勝利は当然である。
傲慢でも驕りでもなく、冷徹な思考である。闘争を見抜く眼である。
だからこそルーシーは、くすりと笑いながら続けた。
「君勝った気でいるんじゃない?」
それこそ神という存在であるなら当然であるかもしれない。
力と存在の規模が大きすぎて、他のモノと比較することが殆ど無いから。
「力だけで――あたしの、あたしたちEDENが持つ心なあんにも知らないでさ」
そうだ。
魂の衝動を、命を輝かせて進むその姿と強さを、決して禍津鬼荒覇吐は知ることが出来ないのだろう。
「一生知る事も無く、完全なまま。あ〜あ、なんたる悲劇」
完全存在であるが故にひとりである。
他の心や、その強さを知ることもなく、悠久に生きる。
ただ独りで心の意味も知らず――それは、まさしく悲劇である。
完全だからこそ成長することも出来ないし、心が限界を超える様を感じることも出来ない。他者を必要としない、長すぎる地獄に生きる姿であった。
「1を100に出来ても、0を1に出来ないから不理解に塗り潰される」
不理解なる奇跡。
ひとが紡ぐ、世の理を乱すこと。
ゼロであっても、そこからひとの心は希望を紡ぐのだ。
何も無い世界から、ひとは夢を織り成して理想を詠う。
「0という未知の熱の中から這い出る者共に引き摺り込まれる!」
だが、ルーシーの語る悉くの当然を、禍津鬼荒覇吐は理解できない。
だってそんなことあってはならないから。
神として法則と理を敷くものだらこそ、自らそれを超越することが出来ない。0から1を造り出す。そんな事が出来るなら、|楽園《√EDEN》を王劍の力で斬り裂く必要さえないのだから。
「酸い甘いじゃない泥の中で生きるのが人間なんですよ!」
叩き付けられる言葉を、否と断じることは禍津鬼荒覇吐には容易いだろう。
だが、それでは此処まで禍津鬼荒覇吐を傷つけ、神の器の消滅まであと少しまで追い詰めたひとの、EDENたちの強さは何だというのか。
理解出来ない。自らで再現出来ない。
故に歯がゆさと悔しさが湧き上がり、そんな訳の分からない理不尽に負けてなるものかと気炎を燃やすのだ。
ルーシーの言葉を全て受け取るのも、そうしなければ敗北したかのような気持ちになるから。
「――――」
でも食いしばるままの禍津鬼荒覇吐。
反論がひとつも思い浮かばないのである。
だからこそ、重苦しく――彼にとっての無慙の念を語る。
「だが、俺らは1を0にも出来ない」
「ふ、ふふふ。ははは。わかってんじゃん。心という1を、0にも出来ない。だから、こうして0から生まれた沢山の1で追い詰められるんだね。かわいそ」
恐らくは禍津鬼荒覇吐の指す言葉とは意味が違うのだろう。
だがルーシーが語ることもまた真実。それを撥ね除けることができないのだと、禍津鬼荒覇吐は大太刀を構えた。
武にて断つのみであると。
故にこそ、ルーシーは両腕をひろげてみせた。
その仕草だけで傷口から赤い液体が、まるでシロップのような甘やかな匂いを漂わせながら零れ落ちる。
「もう一つ面白い話するね」
ルーシーの翠色の双眸が、するりと禍津鬼荒覇吐を見据える。
「神だというが、あたしはあんたを自身と同列として考えてる。人の心の無い、人でなしの――人間だ」
あくまで殺戮者であり、簒奪者。
殺すだけしか能がなく、心も理解できないがらんどうな人でなし。
同じく欠落を抱き、死ぬことのできない√能力者となり、その上で暴虐たる力を、自分より弱いものにぶつけ続ける。
ああ、自分より強いものがいないというのは悲しいねと。
生きる誰かに挑む気概のない覇者に、ルーシーはやれやれと肩を竦めた。
「何か一つ心から楽しめる心があるのは及第点だけどさあ」
ルーシーは息を吸い込んだ。
そのまま裂帛の気迫を込めて、笑うように、世界に自らの覇を吐くようにと告げるのだ。
「命という甘いお菓子ばかり喰らい人の心を舐め腐ってるあんたの完全を、僅かな食べカスから打ち砕いて否定することがあたしは!」
そしてただ真っ直ぐに突き進む。
果敢なる突撃であり、恐れを知らぬ姫君の舞踏である。
笑顔を浮かべる美貌に、死の翳りなどみえなかった。
王劍『明呪倶利伽羅』による漆黒の死刃が唸り、ルーシーの身体を易々と斬り裂いた。
胴を抜けて両断して当然の一撃である。
だが、それでもルーシーは倒れない。
まるで負傷そのものがなかったかのように動き、跳ねて、禍津鬼荒覇吐の傍へと迫る。
神の力を、ひとの想いだけで超えるのだ。
「ひっっじょうに楽しいんだよねぇッ!!」
とびっきりの想いと、お菓子と魔法をチャージして踊るようにステップを刻むルーシー。
それを迎え討つ王劍の刃が幾度となくルーシーを斬り裂くが、血の一滴も毀れはしない。
白い肌には傷一つなかった。
そう、この六十秒の間のダメージは全て無意味。
たった六十秒後に全てが還ってくるが、それまではまるで無敵であるかのような魔法。
だから楽しい儘に踊りましょう。
荒ぶる戦神の剣に斬り裂かれ、幾度となく両断され、頭を割られてもなおルーシーは硝子の靴を履いたかのように踊り続けた。
六十秒のあと、どうなっても良いのだ。
この鬼神を討つことができれば、そのあとはどうなっても。
だから、六十秒。
「ほら12時の鐘だって鳴ってるよ、今日のおやつはあんたかなって!」
そのキッカリを示すようにとルーシーは、全ての力を集約したキックを放ち、禍津鬼荒覇吐の顎を蹴り上げる。
威力はまさしく凄絶の一言。
禍津の鬼神の頭部を撃ち砕き、粉砕するほどの力。
死を厭わず、自らの希望を叶える為にと駆け抜けるひとの強さである。
まるでシンデレラの到来と共に、魔法が解けて愉快に素敵な童話が語られるように。
めでたし、めでたしと。
どんな神の物語でも、此処でオシマイと。
「あ〜、ほんっと、たのしいなあ」
めでたし、めでたしと。
その後なんて綴られず、残らないというように。
ルーシーの身体に幾つもの朱線が奔ったかと思うと、その身体が一瞬でばらばらになる。無数のお菓子となって転がり落ちる。
六十秒のチャージの間に受けた全てのダメージが、一瞬で現れたのである。
もう身体はあらゆる場所が原型を留めていない。
血霧と化して弾け、小さな赤いお菓子となって転がるばかり。
死を踏み越える。
だが、そんな奇跡のような魔法も解ければただの現実だけなのだ。
めでたし、めでたし。
神様の話をそんな風に壊して、ルーシーはただ満足な気持ちだった。
ひとが一矢報いた。
まさしく本来であれば絶対にありえない奇跡である。
だが、それを為してこそのひとである。
転がるルーシーの翠色の眸は、さながら飴玉のようだった。
もはや何も見ていない。
ただ死の輪廻のような世界を否定し、奪われるばかりのひとではないと示し。
優しい楽園の姿を、もう少しだけ長く続かせる。
脆くて儚い、美しくて愛おしい。
そんなどうしようもない夢が、神の腕で砕かれることを防いで、もう少しだけ続く。
めでたし、めでたし。
そう結ぶには、まだこの楽園の物語は長く続くのだけれど。
この戦いの幕引きを詠うには、その言葉しかないのだろう。
そして、星が流れた。
死を告げるものではなく、新たなる生命を祝う光が。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
