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【王権決死戦】星芒は生まれず、死なずか

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●星詠み
 それは冷たい水面のような青い瞳だった。
 黒髪が揺れて、星詠みである鍵宮・ジゼル(人間(√汎神解剖機関)の怪異解剖士・h04513)は、冷静さこそが常であるような平らな表情で集まった√能力者たちに呼びかけた。
「お集まりいただき、ありがとうございます」
 彼女はいつもと変わらぬ顔立ちのまま、言葉を発する。
「√EDENにおける『病院』を端を発する事件の数々をご存知の方々もいらっしゃるかと思います。数々の事件を解決された皆様のご活躍により、√ウォーゾーンにて『今回の事件に関わる重要人物』がいる基地が存在することがゾディアック・サインにて予知されることとなりました」
 その言葉に√能力者たちは、やはり、と思ったかも知れない。
 √EDENの病院にて起こった事件の数々。
 それに関与していたのは、戦闘機械群と呼ばれる簒奪者たちであった。
 であれば、ジゼルに降りたゾディアック・サインは当然√ウォーゾーンに関するものであるように思うのは当然の帰結である。

「この『重要人物』は『星詠み』の力を持っており、これまで事件の黒幕が行ってきた作戦の立案に関わった存在と予測します」
 つまり、それは『星詠み』の予知能力。
 であれば、黒幕がこちらに気が付かれないまま勢力を拡大していたのも頷けるし、その星詠み力を利用して『事件が露見する未来』を掻い潜ってきたのも辻褄が合う。
 √能力者達は次なる行動を如何にすべきかを理解する。

「はい。この√ウォーゾーンの『重要人物』が存在する基地に乗り込み、これを確保。そうすれば、必ずこの事件の『黒幕』と言うべき√能力者が施設に乗り込んでくるでしょう。これを撃退してしまえばいいのです」
 √能力者がするべきことは三つ。
 第一に、ゾディアック・サインにて彼女が見た√ウォーゾーンの基地を強襲し、基地内部に乗り込み迎撃に出てくる戦闘機械群との戦闘を行いながら『重要人物』を探し出し、確保しなければならない。
 第二に、確保した『重要人物』から情報を聞き出すこと。
 第三に、今回の事件を引き起こした黒幕の撃破である。

「ですが、この黒幕は、これまでの経緯、規模からも見ても『|王権執行者《レガリアグレイド》』で間違いないしょう」
 ジゼルの瞳はいつもと変わらない光を湛えていたが、それ故に√能力者たちは理解した。
 これが『王権決死戦』である、ということを。
 極めて危険な任務。
『王権執行者』が持つは√EDEN侵略兵器『王劍』。
 その力は絶大であり、強大なインビジブルの大群を与える。
 加えて『王劍』は『絶対死領域』を生み出す。これはその影響範囲内にいるすべての√能力者の『Ankerとのつながり』を遮断する。
 つまり、この状態で死ぬことがあれば、二度と蘇生されることはない。
 そして、インビジブル化し、『王劍』に融合されてしまうのだ。
 だがしかし、これは『王権執行者』も例外ではない。これは、『王権執行者』を撃破する好機でもあるのだ。

「故に此度の事件に参加する皆様に、私から言えることがあるとすれば……【死を覚悟する】ことです。|Memento Mori《死を思え》、諸行無常、人生は夢の如し、無常を観ずる、すべての魂は死を味わう……有史以来、様々な文化圏において伝えられてきた死生観……皆様は√能力者。故に死から最も遠ざかった者。ですが、今一度思い出して頂きたいのです」
 これは【死を覚悟する】戦いなのだと。
 ジゼルは、やはりいつもと変わらぬ瞳の色で√能力者達に事件の解決を託し、その背を見送るのだった――。

●Ashes to ashes, dust to dust
 塵は塵に、灰は灰に。
 死の後に来る無常を説く言葉である。
 けれど、同時に死によって自然に還るという言葉であり、例外はないことを示している。
「もう嫌だ……」
 だが、例外がある。
 飢えている。乾いている。なのに、死ねない。
 窓もない、光も差し込むことのない暗い部屋の中に閉じ込められて、もうどれだけの時間が経ったのかもわからない。
 繋がれた鎖が音を立て体が震える。

 どうしてこんなことになったのだろう。
 考えてもわからない。
「なんで私がこんな目に遭うの?」
 呟いた言葉に答えはない。
 ただ伽藍洞の闇の中に自分の声と自分を繋ぐ鎖の音が響くばかりだった。
「嫌だ! もう! 誰かっ、誰か助けて!!」
 力を振り絞る。
 かすれた声。
 もう自分が戸を壁を叩いているのか、床を叩いているのかもわからない。
 だが、応える者はいない。
 死が救いだというのならば、死を与えて欲しい。
「誰かぁ……ッ!!」
 この闇の中では、何一つ、与えられない――。

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第1章 集団戦 『バグ・アーミー』


「キ、キキ、キキキッ」
 それは蠢く鋼鉄の蟲が立てる音であった。
 互いに情報をやり取りしていることが見受けられるように、その赤い眼球に相当するアイセンサーを明滅させている。
 簒奪者、戦闘機械群『バグ・アーミー』たちは、√ウォゾーンの基地施設の周囲を警戒し、また同時に内部に存在している同じ『バグ・アーミー』達に外部の状況を逐一通信を行い、知らせていた。
 端から見ても守りは固いように思える。
 だが、√能力者たちは、この守りを突破し、基地施設内部へと侵入を試みなければならない。
 なぜなら、この基地内部に√EDENにおける『病院』事件に関連した『重要人物』が存在しているからだ。
 これを確保できれば、事件の糸引く黒幕を引きずり出すことができる。

 故に、例え困難な道だと分かっていたとしても【死を覚悟する】ことで、その一歩を踏み出すのだった――。
中村・無砂糖

 蠢くは鋼鉄。
 赤き光を灯したのは眼球めいた部位。
「キキ、キキキッ」
 鉄と鉄とがこすれる音と共に戦闘機械群『バグ・アーミー』たちは基地周辺に屯するようであった。
 しかし、その内情は異なる。
 その駆体の内側において情報が交差し、ネットワークとなって構築されている。
 周辺の情報。 
 接近する異物。
 そうしたものをつぶさに観察し、互いに連絡を取り合っているのだ。

 そんな物々しい警備の基地施設を前に中村・無砂糖(自称仙人・h05327)は死を覚悟して挑む。
 √EDENにて頻発していた『病院』に絡んだ事件。
 その黒幕の存在を明かすために彼は基地内部に囚われているという『重要人物』を確保しなければならないことを理解していた。
「黒幕を明かすのなら上等、仙術、ビクトリーフラッグじゃー!」
 無砂糖はインビジブルからエネルギーを引き出し、√能力を発露する。
 それは|仙術・戦陣浪漫《ダイナミック・エントリー》。
 先駆けを誇る√能力である。
 先陣切っての強襲。
 掲げるは戦旗の槍。
 そして、伴するのは重戦車。
 一番槍がゆえの能力増加によって無砂糖は基地外部に展開した『バグ・アーミー』の群れへと迫る。

「みなの者、わしの後に続くのじゃー!!」
 無砂糖の尻に挟み込まれた『悉鏖決戦大霊剣』の刀身が煌めく。
 その様でどのようにして駆け足ができるのか不思議なことであるが、それが|決《ケツ》死の思いであるのならば、できないことはないのである。
 当然、そんな無砂糖に呼応するようにして『バグ・アーミー』は無線の暗号化通信のネットワークに接続し、その多脚でもって大地を蹴って迎撃行動に入る。
 その動きは戦闘機械群ならではの迅速さであったことだろう。
 そもそも、ここが√ウォーゾーンの施設である以上、戦闘機械群のホームであると言えた。
 √能力者にとってはアウェイ。
 この状況で数という暴威が揃えば如何なることが起きるかなど言うまでもない。
 ましてや、先陣を切る、というのならば周囲に潜伏した『バグ・アーミー』たちの耳目を集めるのは当然であった。

 例え、√能力で全ての能力が底上げされていたとしても、数の暴威は覆すことはできない。
「まあ、迎撃が出るのは当然じゃろうな! その為の仙術、居合いじゃー!」
 振るわれる|仙術・流水撃《リュウスイゲキ》の斬撃が広範囲にわたって放たれる。
 鋼鉄の駆体を切り裂き、迫る『バグ・アーミー』を遠ざける。
 しかし、先んじて駆けたがゆえに即座に取り囲まれる。
 鉄の脚が鋭く無砂糖に叩き込まれ、骨身がきしみ血潮が飛ぶ。
 だが、それでも本懐である。
「キ、キキキッ!!」
「数、圧倒的じゃのう! じゃが、とにかく相手の頭数を減らすのがわしの仕事じゃー!」
 こうなる事態は最初から覚悟していたことだ。
 敵の数は己をすり潰さんと迫っている。
 だがしかし、無砂糖は己を一番槍、そして鉄砲玉と定めている。
 無理難題は当然のこと。
 傷を追うのも、また先駆けの誉。
 であるのならば、彼の|決《ケツ》死の思いは、|血《ケツ》路を開くためにあるのだ。
「さあ、何処からでもかかってくるのじゃー!」
 振るうは|決《ケツ》意の刃。
 無砂糖は、大立ち回りを演じる。
 しかして、その身に刻まれた傷跡は、後に続くものたちの標となるのだった――。

黒辻・彗

 先駆けたる√能力者のパラドクスの煌きが瞳に写った。
 青い瞳。
 そこに映るのは如何なる感情であったか。
  黒辻・彗(黒蓮・h00741)は、一連の『病院』の事件を糸引く黒幕が星詠みによってもたらされる予知によって、こちらの予知を掻い潜ったという事実に、その人物像が狡猾にして慎重な存在なのだと理解した。
「今回の王権執行者は、とんでもなく狡猾な人みたいだね」
 となれば、こちらもと考える。
 しかし、拉致された星詠みの存在もしんぱいだった。
「目論見がバレたことを大々的に知らしめようか」
 彼が取った行動は単純明快だった。

 インビジブルより引き出されたエネルギーと共に|風精大渦《ヴォーテックス・フロウ》が解き放たれる。
 風によって蝕まれる属性。
 弾丸として放たれた√能力の一撃が『バグ・アーミー』の一体の胴体を撃ち抜く。
 その一体を中心にして生み出された腐蝕嵐であったが、『バグ・アーミー』たちは器用に互いの体を蹴って嵐の中を駆け抜け、彗へと迫る。
「キキキッ!!」
 けたたましい金属音と共に『バグ・アーミー』が彗に迫る。
 鋼鉄の脚部による一撃が手にした自在剣によって受け止められるが、しかし、別方向から迫った『バグ・アーミー』の一撃にたたらを踏む。
 痛みが走るより速く、彗は体勢を立て直すべく身を起こし、風蝕属性の弾丸を放つ。
「クッ……! 施設の入口を確保しないといけないのに……!」

 施設を強襲するまではいい。 
 だが、この施設を守るように『バグ・アーミー』は集まってきているのだ。
 他の√能力者たちが動きやすくなれば幸いだと彼は迫る『バグ・アーミー』の大群を相手取りながら戦い続ける。
 息が切れる。
 だが、それでも彗は迫りくる『バグ・アーミー』を打ち据えながら前を見据える。
「……俺にもできることがあるんだ。みんなの役に立たないと」
 それが彼を支える意志だった。
 己一人ではない。
 先駆けの仲間が示した標を、今ここで潰えさせるわけにはいかない。
 彗は、その瞳に√能力の発露、インビジブルより引き出されたエネルギーの光を灯し道を開くように基地施設の入口を示すように風と共に駆けるのだった――。

浅上・菖蒲

「多少はな、手伝ったろやないの」
 それはどこかぶっきらぼうにも思える声色だった。
 しかし、覚悟すべきものは覚悟する者の言葉だったのかもしれない。
 浅上・菖蒲(人妖「異種九尾狐」・h07150)にとって、√ウォーゾーンは見慣れぬ√であったかもしれない。
「強い弱いは関係ないわ。何もせんと日和っとるよりはええやろ」
 欠落故か、菖蒲は何処か己の生命の使い方というものを見定めているようにも思えた。
 これは戦いなのだ。
 楽園である√EDENを守るための戦い。

 頻発していた『病院』事件。
 この黒幕の尻尾を掴んだとうのならば、彼は戦場にだって躊躇いなく進むだろう。
 少なくとも倫理観によって彼が足を止めることはなかった。
「多少でも役立って死ねるなら戦う者の本望や」
 √能力の発露を示す煌きが明滅している。
 すでに先駆けた√能力者たちの戦いの跡が刻まれている。
「キキキッ!」
 鉄と鉄とをこすり合わせる音と共に鋼鉄の蟲が迫る。

 簒奪者。
 戦闘機械群。
 基地を守るように展開した『バグ・アーミー』たちが、大地を蹴って菖蒲へと迫る。その姿は正しく数の暴威であった。
 だが、標はある。
 基地の内部に踏み込まねば、黒幕が拉致したという星詠み、『重要人物』にたどり着くことはできない。
 菖蒲がなさねばならないことは、血路を開くこと。
 それ故に彼は己が最終手段を秘めながら、√能力である九尾妖力術を持って、己が色とりどりの尻尾で迫る『バグ・アーミー』を打ち据える。
 とは言え、簒奪者が相手なのだ。
 そもそも√能力者よりも、悪しきインビジブルからもエネルギーを引き出せる簒奪者の出力の差があるのだ。

 そして、数の暴威。
 迫りくる『バグ・アーミー』は一体を打ち据えても、さらに数でもって菖蒲を取り囲み、その身を打ち据えてくるのだ。
「まったく、ひっきりなしかよ」
 霊的防護によって阻んで入るものの、時間の問題だ。 
 すり潰すように迫る鋼鉄の脚は、徐々に菖蒲の肌に裂傷を刻み込んでいく。
「キキッ!」
「鉄の蟲とはやりにくいったらありゃしない……が、目に映るものは全部敵だと思えばいいかねぇ」
「ギッ!!」
 菖蒲は迫りくる『バグ・アーミー』の群れに切り開かれた道を守るようになだれ込む敵を尾で打ち据え、戦線を維持するように己の力をもって最善を手繰り寄せるように戦い続けるのだった――。

御剣・刃

 これまで√EDENにおける『病院』にまつわる事件を裏で糸引く黒幕の存在は露見していなかった。
 このゾディアック・サインによる予知においても、未だ黒幕が如何なる存在かは知られるところではなかった。
 それは全て黒幕が狡猾かつ、慎重であったからだ。
「そして、基地も√ウォーゾーンにある、か。なんとも狡猾で抜け目ない奴だ。それも星詠みを確保しているから余計にたちが悪いな」
 御剣・刃(真紅の荒獅子・h00524)は呻く。
 その黒幕に拉致されたという星詠み『重要人物』は、眼の前の戦闘機械群が守る基地にいるのだという。
 これを開放しなければならない。

 わかっている。
 だが、どうしても刃は己の感情がささくれていくのを感じたかもしれない。
 戦いに焦りは禁物だ。
 けれど、どうしたって己の機嫌が悪いことは隠せなかった。
「キキキッ、キキキッ!!」
 √能力者たちの先駆けによって切り開かれた血路。
 その先にある施設の入口を守るのは『バグ・アーミー』たちであった。
 血路開かれたとて、まだ守りは固い。であればこそ刃は瞳に√能力の発露を示す光を灯した。
「こい、バグ共。見てもわからんかもしれんが、俺は今、機嫌が悪い。形を残していられると思うな」
「キキッ!!」
 鉄と鉄とをすり合わせる音と共に鋼鉄の駆体が刃へと躍りかかるようにして襲いかかる。
 鋭い鋼鉄の脚。
 その切っ先が刃へと突き立てられんとするように振り下ろされ、その一撃は刃の脳天をかち割る……はずだった。
「遅いッ!」
 己の身体能力の限界を超える動き。
 その代償が如何なるものかなど言うまでもない。
 第六感とも言うべき直感にしたがって、刃は体を動かし、その斬撃の如き一撃をかわしたのだ。
 しかし、周囲……四方八方から迫る数の暴威は例え直感的に動くことができたとしても、それこそ肉体の限界を超えて動くのだとしても、すり潰すようにして迫る『バグ・アーミー』の猛威を前にしては無力だったかもしれない。

 しかし、刃は己が拳を振るう。
 それは|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》。
 己が拳の一撃を叩き込んだ『バグ・アーミー』の駆体を吹き飛ばし、砕く。
「ギッ!?」
「所詮は機械。決められたスペック以上の力は出せず、臨機応変な行動もできない。腹の足しにもならん。この程度の痛みなどはな!」
 機嫌が悪い。
 それは怒り心頭であったからかもしれない。
 刃は己が拳と持てる技能をもって迫る『バグ・アーミー』との零距離戦闘をか潜るように迫りくる大群を相手取り、乱戦に持ち込むのだった――。

真心・観千流

 √EDENにおける『病院』の事件。
 いくつもの『病院』施設に関連した簒奪者の事件であるが、未だ黒幕の存在は定かではない。
 何故、ここまで知られることがなかったのか。
 それは黒幕に到達する未来を星詠みのゾディアック・サインによって予知してきたからだ。それによって黒幕は√能力者たちの追跡を掻い潜って事を運んできた。
 しかし、今やその尾を踏みつけた√能力者たちは√ウォーゾーンのある基地へと到達していた。
「とは言え、今回も星詠みの力を利用してくる可能性は非常に高い、試してみますか」
  真心・観千流(真心家長女にして生態型情報移民船壱番艦・h00289)は、先駆けて基地を守る戦闘機械群『バグ・アーミー』たちの群れに立ち向かい、道を切り拓いた√能力者たちの背中を見やる。
 正しく血路という他ない。
 さらに基地を守るべく『バグ・アーミー』たちは湧出し続けている。
 これを突破できなければ、基地内部に囚われているという星詠み『重要人物』を探索するどころではない。
 であれば、彼女が己にできることはと考えた時、やはり入口への道を切り開く仲間たちの背を守ることであった。

「詳しい理屈はわからないけどいけー!」
 √能力の発露。
 彼女の手にした疑似精霊銃から放たれたのは、√能力によって打ち出された弾丸。
 放たれた量子ハッキング弾頭の弾幕は、『バグ・アーミー』を囚え、捕縛する。
 視えぬ量子の弾丸は『バグ・アーミー』の蟲めいた駆体を視えぬなにかで押さえつけた。
「キキッ!?」
 もがくばかりの『バグ・アーミー』にさらなる次弾が飛ぶ。
 駆体を砕かれた破片が飛び散る最中、観千流は己の弾丸に対応するように『バグ・アーミー』たちが俊敏に動くさまを見ただろう。
 それは単純に『バグ・アーミー』たちの√能力であった。
 相互に観測しあい、その観測結果を無線の暗号化通信ネットワークに接続する限り、予測し躱しているのだ。
「なら、まとめて崩壊させてぶっ飛ばすまでです!」
 観千流は引き金を引く。

 敵の動きはあくまで現状の情報を収集して予測しているに過ぎない。
 星詠みの予知を活用しているようには思えなかっただろう。
 そして、観千流は己めがけて殺到する『バグ・アーミー』の群れを見た。
 狙撃するにしても弾丸を放てば、当然射線から己の位置が割れる。彼女目掛けて迫る無数の鋼鉄の蟲たち。
 その数は、正しく暴威であった。
「仕方ないですね。ここはポイントを捨てて!」
 観千流は走り出す。
 己の役目はあくまで味方の背中を守ること。 
 彼らが基地内部に突入するための手助けだ。そのために彼女は二丁の疑似精霊銃を操り、無数の弾丸をばらまきながら、迫りくる『バグ・アーミー』を押し留めるのだった――。

馬車屋・イタチ

 サポートしなければならない。
 馬車屋・イタチ(偵察戦闘車両の少女人形の素行不良個体・h02674)は、偵察戦闘車両の少女人形である。
 だからこそ、だ。
 彼女は√ウォーゾーンの基地に走る√能力者たちを見た。
 彼らは基地内部に突入しようと、これを守る戦闘機械群『バグ・アーミー』との戦闘に入っている。
 しかし、敵の数が尋常ではないのだ。
 これを突破するのは難しい。
 ならばこそ、イタチは|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》を事前に招集していた。
 全ては√能力者たちの基地への突入を助けるためだ。
 12体のバックアップ素体で構成された分隊は即座に行動を開始する。
 反応速度が半減しているが、しかし、仲間の√能力者たちを助けるためならばやすいものだった。
「工兵の出番、ここに極まれりって訳なのさ~」
 イタチは呼び寄せたバックアップ素体を1番から12番まで数字を割り振る。
「1番、正面にアーマーで攻撃を防ぐ! 2番から4番は、プラズマカッターの弾幕で牽制射撃後、前方の安全確保!」
 イタチの号令によって呼び出されたバックアップ素体たちは迫る『バグ・アーミー』に攻撃を開始する。
 1番の着込んだアーマーを盾にして、2番から4番が射撃を敢行する。
 その弾幕は苛烈であったが、『バグ・アーミー』たちは数に物を言わせるように突き進んでくるのだ。
「キキッ! キッ!」
「数が多すぎるよ~! これはキツイ!」
「めげない! くじけない! 立ち止まらない! なのさ~! 5番、6番、障害物の除去と同時に7番、8番は敵の残骸を分解して資材に。そこからクラフト・アンド・デストロイだよ~!」
 イタチの指示に従うバックアップ素体は、即座に他の√能力者たちによって破壊されて残骸をさらす『バグ・アーミー』の駆体を分解し、バリケードを形成していくのだ。
 それは彼女たちが進んできた後方、そして√能力者たちが切り拓いてきた道を、湧出し続ける『バグ・アーミー』によって塞がれないための方策であった。
 それによって駆けつけた√能力者たちの動線を確保し、さらには……。
「9番、10番はヤバそうな√能力者さんの救護にあたれるように準備~!」
「救助活動用の医療パック、準備よし~!」
 そう、これだけの戦いである。
 √能力者たちが無傷でいられる保証などどこにもない。

 ならばこそ、イタチは彼らの戦いを支援することに注力する。
「11番、12番は後方警戒要員! 背後からの攻撃に警戒してね~!」
 どこまでやれるかはわからない。
 けれど、基地の入口を目指す√能力者たちの背中を守ることはできるし、イタチが成したのは、戦場の緊急避難所の構築であった。
 これによって敵の基地前に彼女たちは√能力者たちの橋頭堡めいた役割を果たしたのだ。
「√能力の皆さんたち~ヤバそうだと思ったら此処まで戻ってきてね~」
 それまで持ちこたえて見せる。
 イタチは、バックアップ素体たちがいつまで保つかわからないが、しかし背中を守る者がいれば、先征く√能力者たちも安心して前に進めると思ったのだ。
 それは正しい。
 彼女の戦いは、確実に簒奪者である『バグ・アーミー』の怒涛の攻勢の中にあって確かに仲間たちの背中を守ったのだった――。

水垣・シズク

 この事件の黒幕と目されている存在は、星詠みを拉致し、その予知でもって此方の動きを予測し、捕捉されるのを避けてきた。
 であれば、と水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)は思う。
 敵側にもまた星詠みがいるのならば、己たちの行動もまた感知されているであろうと。
 隠れ潜めば攻撃の標的にならない、というのは。
「甘い見通しでしょうね。出し惜しみをしている余裕はありません」
  そして、己たちの行動。
  そのいずれまでもが予知されているのか、確認しなければならない。
「最大火力をぶつけての威力偵察。これに尽きます」 
 シズクの瞳が√能力に煌めく。
 まるで満月のような光を放つ瞳と共にシャチ型の戦闘機械母艦と合体した己が宿敵の残骸が、転生機怪『ORCA』へと変貌を遂げる。
「再起動せよ、Great Invasion『ORCA』、インビジブル収束砲、用意」
 煌めく砲口。
 放たれる光条の一閃が『重要人物』が監禁されているであろう基地を守る戦闘機械群『バグ・アーミー』の群れへと叩き込まれる。
 爆発と残骸が舞う中、シズクは己に迫る『バグ・アーミー』の群れを見ただろう。
 感知できなかった。
 いや、『バグ・アーミー』たちの√能力である。

 彼らは数の暴威でもって、此方を補足し潜伏していたのだ。
 不意の一撃にシズクはしかしたじろぐことはなかった。
 何故ならば、|瞳は宙にある《ヒトミハソラニアル》からだ。
「同調。開眼」
 空に浮かぶは、『宙の瞳』。
 濯ぐは理を灼く視線。
 熱線と化した視線は擬態からシズクを襲った『バグ・アーミー』たちの駆体を打ち抜き、大地に縫い留めるようだった。
 それはシズクをして警戒しすぎかもしれないと思うものであったが、事実彼女を襲った『バグ・アーミー』たちは目論見を果たせず、宙より濯ぐ熱線でもって抑え込んだのだ。

「なるほど。細かいところまで予知している、というわけではないようですね。迎撃のための仕掛けは、あくまで物量……私の最大火力がすんなりと通ってしまった所を視るに、やはり、敵の動きは受け身」
 ならば、ここから一気に巻き返さなければならない。
 奇襲を仕損じた『バグ・アーミー』たちは、しかし、それで退けられたわけではない。
 シズクは敵の予知が自分たちの行動の全てを把握したものではないと知る。
 ならばこそ、ここからは時間の問題だ。
 自分たちの強襲は遅かれ早かれ、黒幕に伝わる。
 必ず黒幕は星詠みの『重要人物』を己達よりも速く確保しようとするだろう。

「なら、ここからは一気に行きましょう。『ORCA』、機銃掃射、道を開きます」
 他の√能力者たちの指標となるべく、シズクは宙より濯ぐ雨のような熱線と|機怪操術『ORCA』《ネクロマンシー・オルカ》を手繰り、これより進むべき道を示すように基地の前面に向けて進み、『バグ・アーミー』を打ち倒すのだった――。

ヴァイセノイエ・メーベルナッハ

 光条が戦場に走る。
 破壊された戦闘機械群『バグ・アーミー』の残骸が転がる中、しかし√ウォーゾーンの基地の入口に到達するのは難しいことだった。
 危険な状況。
 死の気配が満ちている。
 ヴァイセノイエ・メーベルナッハ(夢見る翼・h00069)は剣呑な気配が満ちているのを肌で感じていた。
 けれど、彼女はこれ以上の事件を防ぐために戦っている。
 何より。
 そう、何より、だ。
「助けを求めてる人がいるんです! ええ、ボクは行きます!」
 ヴァイセノイエは仲間がたちが切り拓いた道を一直線に走る。
 背中に迫る『バグ・アーミー』たち。
 その鋭い鋼鉄の脚。
 それらが仲間たちの援護によって弾かれ、ヴァイセノイエは頼もしさを感じながら振り返ることなく基地の入口を蹴破るようにして飛び込んだ。

 考える。
 もし、己が星詠みという『重要人物』を確保したのならばどうするか。
 魔力球を浮かべ、基地内部の様子を探る……までもなかった。暗闇の中に煌めくは赤い眼光めいた『バグ・アーミー』のアイセンサー。
 外部だけではない。内部にも『バグ・アーミー』たちは蠢くようにして湧出して襲いかかってくるのだ。
「|聖浄・螺旋の風《ライニグング・シュピーラル》! その悪い心、浄めさせてもらいます!」
 彼女の周囲で渦巻く白き浄化の風。
 纏う風と共に迫る一撃を躱し、旋風を螺旋のように纏った一撃で粉砕する。
 散る残骸。
 だが、さらに背後や頭上から『バグ・アーミー』が鋭い脚部による斬撃をヴァイセノイエへと叩き込むのだ。
「キキッ!」
「くっ……中もこんなに数が多いなんて……! すべてを相手にしてはいられません!」
 さらなる√能力を発露し、ヴァイセノイエは迫りくる『バグ・アーミー』を寄せ付けぬように薙ぎ払う。

 しかし、数が多い。
 奥へ向かわねばならない。
 彼女の考えるところにおいては、黒幕にとって肝心要であるのは星詠みである『重要人物』である。
 敵に奪われることを恐れるのならば、基地内部の一番奥にしまい込むのが自然であろう。
 簡単にでられない場所。
 そして、逃さないことを第一に考えるのならば。
「地下……でしょうか?」
 己の推測が正しいかはわからない。けれど、奥に『重要人物』が囚われている可能性は高いのだ。
 ならばヴァイセノイエは内部に他の√能力者たちを引き入れるため、迫りくる『バグ・アーミー』を相手取り、傷を負いながらもこれを退けるのだった――。

和紋・蜚廉

 和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は、地を這うようにして戦場を走った。
 この戦いにおいて、基地の内部への突入は必要なことだった。
 前提条件であるとも言える。
 しかし、基地の外部の守りは固い。
 であればどうするべきか。
 光条が切り拓いた道を走った√能力者がいた。その背を追う。いや、守らねばならない。
 何故ならば、先駆けが倒れては、内部への足がかりもできはしないからだ。
 そして、己が何をしなければならいのかを彼は理解していた。
 つまり。
「必要なのは、繋ぎ止める者」
 生き延びるために、己とは異なる個体を生かす。
 蠢くは鋼鉄の蟲たち。
 戦闘機械群『バグ・アーミー』は悍ましいほどの数を湧出さえ、次から次に鋼の骸を踏み越えて迫っている。
 さらには敵は無線通信によって独自のネットワークを構築し、連携攻撃をこの数でなしてくるのだ。
 厄介極まりない。
 数の暴威を群れで体現しているのだ。

「ならば、まず、断つ。そして、塞ぐ。そのために生き延びる」
 √能力の発露。
 インビジルブルより引き出されたエネルギーによって己が右掌に√能力を無効化する力が宿る。
 狙うのは群れの核。
 しかし、いずれもが核である。
 この『バグ・アーミー』に長というものは存在しない。
 いずれもが同じ。
 であれば、と彼は疾駆し、同時に己に飛びかかる『バグ・アーミー』の一体へと掴みかかる。
 通信によるネットワークであるというのならば、触れればこれを途絶させることができる。
「少なくとも、一体」
 群れから孤立さえる事ができる。
「キッ!?」
「混乱、しているな。だが、意味はない」
 その言葉と共に広がるのは、蠢層領域。
 そして、多重殻奔駆躰へと変貌した彼の体が迫りくる『バグ・アーミー』たちの前から消える。
 否、地と一体化するように這いつくばった駆体が一気に爆ぜるように掴んだ『バグ・アーミー』を叩きつけながら走った。
 まるですり潰すように鋼鉄の駆体がひしゃげ、破片を撒き散らす中、さらに新たな得物を蜚廉は掴み、また引き倒す。

「キキッ!!」
 如何に速くとも、取り囲まれては意味がない。
 放たれる攻撃に彼の駆体が弾け、砕ける。
 しかし、即座に再生し彼は飛ぶように大地を蹴って基地内部へと突入する入口の前に立つ。
 敵は当然、この入口を取り戻そうとするだろう。
 己は楔である。
 この入口に己がいる限り、敵は入口を守ることはできず、己を排除することしかできない。
 であれば、戦える。
 手にはすでにすりつぶしたようにひしゃげた『バグ・アーミー』の残骸。
 放り捨て、構える。
 それは構えとも言えぬ構えであった。 
 身を低くし、駆け出す構え。
 瞬間、彼のいた場所に銃撃が叩き込まれる。機敏な動きでもって大地を蹴る直角、直線の動きによってその拳は火器を用いる『バグ・アーミー』の駆体を殴り飛ばしていた。
 さらに飛びかかるようにして新たな『バグ・アーミー』が迫る。

 ひしゃげる腕部。
 しかし、即座に再生する。
 凄まじき力である。だが、これも長くは保たない。
 最低でも60秒。
 わずかである。時間にしてしまえば、ほんの僅か。だがしかし、蜚廉ができる最大を行っていた。
「我が連肢、止まらぬが、理」
 振るうは、|連肢襲掌《レンシシュウショウ》。

 叩き込まれ、ひしゃげ、潰れる鉄。
 もはや、その瞳には残骸としてしか映らぬそれを掃くようにして蹴り飛ばし、蜚廉は基地内部へと突入するための入口を堅守する。
「キキッギッ!!」
「……我が掌が触れた敵は、もう誰とも繋がれぬ。繋がりが切れれば、ただの塵。ならば掃き出すだけだ」
 構える。
 楔であり鎹。
 己のなさねばならぬことを為す。
 ただそれだけのために彼は迫りくる猛攻に何度身をひしゃげさせながらも、その駆体をもって繋ぎ続けるのだった――。

ガイウス・サタン・カエサル

 √EDENにおける『病院』に関連した事件。
 それについて、ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は多くを知らなかった。
 しかし、噂のように小耳に挟むことはあったのだ。
 そして、此度の事件である。
 敵側に星読みが存在することは予想できたことだった。そして、その力を持って己達に存在が露見することを避けてきた。それ自体は確かに手強いと頷ける要因であったことだろう。
 黒幕とも言うべき存在は、慎重に慎重を重ねて計画を続けてきたに違いない。
「その星読みなる『重要人物』を抑えて黒幕を引きずり出して撃破する。良い作戦である。とはいえ、これも敵の予想どうり、という可能性も捨てきれないがね」
 故に死を覚悟しなければならない。
 そういう戦いなのだという。

 ガイウスは息を吐き出す。
 面を上げて、その覚悟とやらを思う。
「生まれてこの方、一度しかしたことがない覚悟だが……初心に帰って挑戦させてもらおう」
 そう己は今から挑戦者である。
「此処は私の|領域《セカイ》だ」
 広がるは、|魔人領域《マジンリョウイキ》。周囲の空間が己の領域であることを語る通り、ガイウスの戦闘力が増幅する空間へと変わる。
 瞬間、彼の背後から迫る『バグ・アーミー』は視えぬ魔力障壁に激突して鈍い音を立てた。
「ギッ!?」
「早速かい。まったく忙しないことだ」
 増幅した障壁に無数に張り付く『バグ・アーミー』たち。
 それは悍ましい鉄の檻めいてガイウスを取り囲んでいた。
 叩きつけられる鋼鉄の脚。
 その度にきしみあげる障壁を見上げ、ガイウスは|魔人剣《マジンケン》を引き抜き、√能力の発露を示す光を瞳に宿して斬撃を振り抜く。 
 それは巨大な半月を描くように振るわれ、『バグ・アーミー』の鉄の駆体を一瞬にして引き裂く。

「……しかし、手応えが重たいね」
 ガイウスは返す刃で『バグ・アーミー』を更に十字に切り裂き、敵の数の多さを知るだろう。
 残骸へと変えてなお、『バグ・アーミー』は屍めいた残骸の山を乗り越えてくる。
 きりがない。
 そう思えるほどの大群である。
 しかし、ここで敵を抑えれば抑えるほどに『重要人物』が囚われているという基地施設内部へと突入する足がかりになるだろう。
 それを理解しているからこそ、ガイウスは己が手にした魔人剣を振るい、迫りくる『バグ・アーミー』の強襲を受け止める。

 障壁がきしみ、砕けた瞬間、ガイウスの姿は立ち消えていた。
 代わりに存在してたのはインビジブル。 
 それも消滅の魔力を帯びたインビジブルである。『バグ・アーミー』が触れた瞬間、それは瞬時に爆発して、その駆体を吹き飛ばすのだ。
「使わずおければそれでよかったんだがね。さりとて、そうもいかないようだ。|転翔《テンショウ》というが、君たちには説明しても詮無きことさ」
 ガイウスは己の身をインビジブルと入れ替えて緊急的に回避した。
 けれど、周囲には数の暴威。
 転移した先にもまた殺到する『バグ・アーミー』たち。
 
 その数は彼が思う以上であったことだろう。
 進まねばならない。
 しかし、さりとて此処を離れる余裕もない。
 今はたただ敵を切り捨てることが、次につながると信じて剣を振るうしかないのだ。
「とは言え、随分と片付けたつもりだがね」
 ガイウスは、更に迫る敵を斬り伏せながら波のように押し寄せる鋼鉄の蟲の群れを見やる。
「これほどまでにして確保されている星読み、か。どんな存在なのか。会うのが楽しみだ」
 ガイウスはそうこぼし、更に迫る『バグ・アーミー』と消耗戦に踏み込むのだった――。

白神・真綾

 慌ただしい。
 √EDENを巡る戦いは、目まぐるしく情勢を変化させる。 
 それが楽園と呼ばれた√であるが所以であるというのならば皮肉である。
 王権決死戦。
 死より最も遠ざかった√能力者をして、絶対死を覚悟しなければならない戦い。
 √ウォーゾーンにて引き起こされた戦いに赴いた白神・真綾(首狩る白兎・h00844)の足取りは、その姿と同じく跳ねるようにして軽やかだった。
 覚悟はある。
 ただ、慌ただしいという気持ちが先行してしまう。

 そればかりではない。
「クソ強ぇ敵は超ウェルカム! 真綾ちゃん胸熱で超頑張るデスヨ!」
 テンションの高さは意気込みの強さでもあるだろう。
 しかし、彼女の標的は今回の事件の黒幕とも言うべき存在である。
「その前に、まずは数ばかり多い粗大ゴミの片付けをして基地に突入デスネ!」
 すでに先んじた一人の√能力者が基地内部に突入している。
 彼女を単独で内部に向かわせるのは危険だ。
 そのために仲間の√能力者たちが、基地内部への突入口を確保するように外部にて展開する『バグ・アーミー』たちを抑えているのだ。

「まったく機械相手は硬いだけであんまり楽しくねぇデスシ、さっさとまとめて始末するデース!」
 周囲に展開したプロテクトビットがエネルギーフィールドを展開した瞬間、『バグ・アーミー』が殺到する。
 激突して音を立てる鉄の脚。 
 その鋭さを受け止めたエネルギーフィールドが明滅する。
「ヒャハッ! いきなり随分なご挨拶じゃねぇデスカ! いいですよ! 数ばっかりを頼みにする機械なんてのは!」
 掲げる。
 手を天に掲げる。 
 示すは√能力の発露。
「光の雨に消えろデース!」

 空に浮かぶはレイン砲台。
 気象兵器。
 その光が解き放つ砲撃は、レーザーの雨となって『バグ・アーミー』に降り注ぐ。
 例えるならば、|驟雨の輝蛇《スコールブライトバイパー》。
 彼女のレイン砲台から放たれるレーザー砲撃の苛烈さは言うまでもない。
 広域に濯ぐレーザーは、さらに仲間たちを基地内部に届けるために血路を開くように『バグ・アーミー』の群れを打ち据え、破壊していくのだ。
「ヒャッハー! ゴミはゴミに還れデース!」
 けたたましく笑い声が響き、それは標としてさらなる√能力者たちを走らせるのだった――。

トーニャ・メドベージェワ

 重量級量産型WZ『カーヴェー』の内部で息を吸う音が聞こえる。
 吐き出す音を聞いた。
 自分が呼吸している。
 心拍を示すバイタルサイン。
 脈動する胸を軽く押さえ、トーニャ・メドベージェワ(誇りと勇気をその胸に・h00119)は己の心を落ち着かせるように呟いていた。
「落ち着いて、落ち着いて……!」
 自らに言い聞かせる言葉。
 ここは『カーヴェー』の中だ。
 誰もいない。自分だけだ。 
 それは己を鼓舞する言葉だったし、己という存在の意義を再確認する言葉だった。

「私はエリートなんだから……今まで通りにこなせばいいだけ!」
 死を覚悟する。
 言葉にすれば、それだけのことだ。
「トーニャ・メドヴェージェワ、『カーヴェー』……出るわよ!」
 トーニャと共に『カーヴェー』が戦場に疾駆する。
 すでに先行している仲間たちがいる。
 心強いが、それ以上にトーニャは彼らの働きは敵の注意を惹きつけてくれているものだと理解した。
「囮にするようで申し訳ないけど、敵は大群……利用させてもらうわよ!」 
『カーヴェー』からドローンが飛び、戦場の状況をつぶさに情報として習得し、トーニャは、基地内部へと突入しようとする仲間の背中に迫る『バグ・アーミー』の駆体をロックオンする。

「エリートは伊達じゃないのよ!」
 小型ドローンから得られた情報を元に行うは、|焼却制圧《ファイアコントロール》。
 放たれる火炎の弾丸が『バグ・アーミー』たちの背中を打ち据え、炎に巻き込んでいく。
 それだけではない。
 トーニャの攻撃と同時に小型ドローンは『バグ・アーミー』たちに突撃し、自爆するのだ。
 爆煙が舞い上がる。
 その最中に『カーヴェー』は疾駆し、一気に敵を分断する。
「敵の強みは数と連携。なら、前に出過ぎず焦らず、よ!」 
「ギギッ!」
「対処!」
『カーヴェー』の装甲に取り付いた『バグ・アーミー』を振り落とし、踏みつけて砕きながらトーニャは周囲の情報をさらに習得していく。
 防弾盾を構え、基地に突入しようとする仲間たちを援護するのだ。

「こっちに集中してきたわね……なら!」
 己を今度は囮にするのだ。
 銃弾をありったけ。出し惜しみはしないのは引き金が軽いからではない。できる限りを行うためである。
 生き残るためには集中と慎重さが必要なのだ。
 故にトーニャは油断も焦りもしなかった。
 弾丸が底をついても、彼女の冷静さは落ち着きに裏付けられていた。視線がモニターに映る残弾数がゼロになった瞬間、即座に彼女は近接兵装であるパイルバンカーを起動ささせる。
「ここは通さないわよ。来なさい、一体ずつ確実に叩き壊してあげる!」
 トーニャは炸薬の薬莢が飛び散る中、放たれた鉄杭でもって『バグ・アーミー』を打ち抜き、組み付く敵を叩き落としながら戦線を維持するために苛烈なる戦いの踏み込むのだった――。

クラウス・イーザリー

 情報が得られない。
 それが『病院』事件の特徴でもあった。
 裏で糸引く黒幕の存在が見え隠れもしなかった。あったのは、人々が犠牲になっているという状況だけだった。 
 全てが後手。
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)に焦りがなかったかと言われたら、そんなことはなかった。
 事件に関わっているがゆえに歯がゆい思いをしたこともあるだろう。
「どれだけ危険な道程だとしても、解決の糸口を掴みたい」
 その一念でもってクラウスは√ウォーゾーンに踏み込んでいた。

 戦場は既に多くの√能力者たちと『バグ・アーミー』の放つ√能力の発露を示す光で明滅していた。
 破壊された残骸。
 それでもなお、湧出しつづける『バグ・アーミー』の数と連携の猛威は基地を防衛するという点においては脅威というほかないものだった。
 だからこそ、クラウスは即座に決断していた。
「起動。敵の数を減らす」
 決戦気象兵器「レイン」より放たれるレーザーの砲撃が空より降り注ぎ,『バグ・アーミー』を襲う。
 その一撃は彼らの駆体を熱で溶かすものであった。
 しかし、駆体を融解させながら『バグ・アーミー』はクラウスへと迫る。そればかりか、周囲に潜伏していた個体までもが一斉にクラウスへと襲いかかるのだ。

「ギキッ!!」
「くっ……やはりまだ数が多い。一体どこからこんな」 
 スタンロッドで受け止める。
 弾き返しながら、クラウスは歯噛みする。
 他の√能力者たちの活躍によって数を減らす事はできているはずなのだろう。だが、それでも基地の外部のことでしかない。
 内部にはまだ相当の警備の『バグ・アーミー』が存在しているだろう。
 前進しなければ、埒があかない。
 そう判断してクラウスは『バグ・アーミー』を払いながら、基地へと走る。
「どうなるか……レギオンスォーム!」
 呼び寄せたレギオンを基地に侵入させた瞬間、内部にて待ち受けていた『バグ・アーミー』たちによって襲撃され、レギオンが破壊される。

「これじゃあ、内部の情報が……けど、落とされるのは覚悟の上だ」
 そう、次に続く√能力者たちのためにも多くを得なければならない。
 クラウスは己に組み付く『バグ・アーミー』を叩き落とし、「レイン」の砲撃を続けながら少しでも情報を得ようと戦い続ける。
 内部にはまだ多くの敵が残っている。
 これを仲間に伝え、クラウスは迫りくる『バグ・アーミー』との戦いを続ける。
 痛みなど得ても、■■は損なわれない。
 なぜなら、それはもう欠落しているから。
 それでも戦えるのは、何故か。
「言うまでもない」
 クラウスはスタンロッドを振るい上げ、『バグ・アーミー』へと叩きつけた――。

八辻・八重可

 √能力者たちが目指すのは、第一に√ウォーゾーンにおける基地の防衛線を突破し、内部に突入することである。
 そして、第二に拉致され囚われている星読み『重要人物』の確保にある。
 その『重要人物』が未だ基地内部の何処に囚われているのかは定かではない。
 どの道、と八辻・八重可(人間(√汎神解剖機関)・h01129)は思う。
「碌なものではなさそうです」
 それに、と彼女は戦場の状況を見やる。
 迅速に事を運ばねばならない。
 時間を掛ければ掛けるほどに√能力者たちは劣勢に追い込まれていく。
 ここは敵地なのだ。
 事件の黒幕を打倒するにせよ、『重要人物』を救出するにせよ、迅速さが求められる。
「微力ながら尽力を」

 彼女の視界に移ったのは戦闘機械群の残骸であった。
 √能力者たちによって破壊された残骸。
『バグ・アーミー』と呼ばれる種別であるらしいが、彼女にとっては初めて相対する簒奪者でもあった。
 仲間たちが切り拓いた基地への血路。
 そして、それを閉じさせぬために支える者たち。
 すでに内部に突入した者もいる。内部にも敵は存在しているだろう。
「敵の包囲網を完成させないためには……まずは敵の数が薄い場所から減らしましょう」
 彼女の瞳が√能力に煌めく。
 手にしたシリンジが|怪異解体連射技法《ジンソクカンゼンカイシュウ》によって放たれ、『バグ・アーミー』の頭部に叩きつけられ、一刀両断するように真っ二つに切り裂いた。

「ギキッ!?」
「個体であれば、まだ相手をできますが……問題は、この数ですね」
 八重可は、敵の動きを見定めながら走る。
 囲まれては袋叩きになる事を理解したのだ。故に敵の残骸を利用し、壁にしながら襲い来る『バグ・アーミー』の攻撃をしのいでいた。
 囲まれそうになるや否や、駆け出す。
 手傷を追わないわけがない。裂傷が走る腕を抑えながら、彼女は簒奪者である『バグ・アーミー』の残骸を見やる。
 己が寸断した敵。
 これを食せるか、と言われたら疑問が残る。
 だが、小さな欠片を彼女は飲み込む。
「ぐっ……喉越しというには、最悪ですね……ですが」
 これでまだ戦えると彼女はシリンジを構え、基地内部への突入口を守るため、奮戦するのだった――。

神威・参号機

「数が多い相手なら私におまかせ!」
 √ウォーゾーンの空。
 飛翔するは、神威・参号機(乙女座核内蔵元人類殲滅用神双槍・h00553)の駆体であった。
 |殲滅飛行形態《ジェノサイドファイターフォーム》に変形した雷光纏う蒼が戦場の空を一陣の風よりも速い閃きのように一閃を引く。
 見上げるは鋼鉄の蟲。
 戦闘機械群『バグ・アーミー』たちであった。
 口元を思わせる部位より放たれるガトリングガンの銃撃は、しかし神威を捉えることはできなかった。
 圧倒的な速度で飛翔する彼女の駆体は、弾丸が照準を合わせる暇に一瞬で飛び彼女の駆体が自壊しない最高速度を維持しながら、空中で見事な旋回を行った。
 念動力による慣性を無視した挙動。
 それによって本来の航空戦力、その既存のドクトリンが全く通用しない戦闘機としての駆動を神威は√ウォーゾーンの空に見せつけていたのだ。

「ギキッ!!」
 ネットワークによる通信。 
 空より飛来する敵に対して、『バグ・アーミー』たちは即座に対応を始める。
 空爆などされようものなら、地上を這う『バグ・アーミー』たちにはできることがなくなってしまう。
 であれば、どうするのか。
 答えは単純明快であった。
 敵の挙動というデータをネットワークに構築。
 数の多さを利用してデータを集め、その挙動から生み出される次なる動きを予測演算し始めたのだ。
 どれだけ破壊されようと構わない。
 無線による通信ネットワークにつながった『バグ・アーミー』は恐るべき敵に対して、数という経験によって方策を生み出そうとしていたのだ。
「『出力上昇』 こっちの機動データを集められる前に一気に!」
 補助動力炉から生み出された出力が、光翼を展開し、更に加速する。

 加速した駆体は、空を駆け抜ける一条となるが、しかし、『バグ・アーミー』たちは、さらに軌道予測の演算を続けるために敢えて攻撃を受け続けていた。
「ギキッ……!」
「『標的捕捉』神威の下を取った事、後悔させるよ!」
 広域自動照準誘導電撃光線”雷撃”。
 それは、彼女の眼下にあるもの全てを滅ぼす雷撃。
 予測演算が出る前に叩く。
 放たれた光線がまるで糸を張るように大地と結ばれ、『バグ・アーミー』たちの駆体を容易く撃ち抜いていく。
 本来ならばフルチャージで16発が限界だ。
 だが、今は|乙女座覚醒《アウェイキングヴァルゴ》によって通常の三倍の出力を得ている。
 この状況で彼女たちの光線は、さらなる苛烈さ、雨のような砲撃へと変貌し、地上にありし『バグ・アーミー』たちを次々と射抜いていく。

 さながら絨毯爆撃めいた攻撃と共に神威は√ウォーゾーンの基地の外部に蔓延る『バグ・アーミー』たちを退ける。
 敵の動きはあくまで基地防衛である。
 そして、√能力者たちは、この基地内部に突入しなければならない。
 突入したものもいるが、まだ数が少ない。
 当然、内部にはまだ『バグ・アーミー』がひしめいていることだろう。
「『殲滅排除執行』まだまだいくよ! 突入をサポートしてあげるんだから!」
 神威は、さらに飛ぶ。
 屋内での戦闘行為は彼女の駆体では難しいだろう。
 であればこそ、今ここでできることをしなければならない。
 この力が、少しでも仲間たちの助けになることを願うように彼女は空を翔ぶ。
 それがハンデを持って生まれ、枷から解き放たれた己に課せられた使命なのだ。それを十全と果たせる戦場にあって、彼女はさらなる雷撃たる光線と共に空を踊るように縦横無尽に駆け抜ける。

 それはきっと|殲滅輪舞曲《ダンスパーティ》そのものであったことだろう――。

七々手・七々口

 七々手・七々口(堕落魔猫と七本の魔手・h00560)は七本の尾とも言うべき魔手を揺らめかせながら、√ウォーゾーンの戦場に足を踏み入れた。
 この事件は死を覚悟しなければならない。
 死ぬ可能性がある。
 死から最も遠ざかった存在である√能力者をして尚、死を覚悟せねばならない戦場というものについて、彼はどう思っただろうか。
 しかし、このような状況にありながら吐いて出て来た言葉は、どこか間延びしているように思えたかもしれない。
 それが猫であったころの名残なのかはしれないが。
「どこにおんのかねぇ……『重要人物』さん」
 首を傾げる。

 戦場では激しい光の明滅が生み出されている。
 √能力者たちと戦闘機械群『バグ・アーミー』の√能力の応酬である。その光景を横目に見ながら、しかし、求めるのは星読みである『重要人物』である。
 この『重要人物』の確保こそが、この事件の黒幕の急所であるはずなのだ。
 故に彼はくしくしと鼻の頭を軽くかいて、首をふる。
「ってことで、鴉ちゃんたちー、ちと探しもん頼むわー」」
 |強欲の眷属《グリード・レフト》たる鴉達を解き放ち、√能力者たちがこじ開けた基地内部へと向かわせる。
 索敵によって、内部の情報を多く得ようというのだろう。 
 だが、内部に飛び込んだ鴉達は待ち構えていた『バグ・アーミー』たちの交戦で情報を得るどころではなかった。

「ぬ、めんどーなことになってる」
 七々手は鴉達が『バグ・アーミー』に追い立てられているのを知り、わずかにうめいた。
 やはり己達が踏み込まねば『バグ・アーミー』たちを退けて『重要人物』の元に向かうことはできないようだった。
「であれば……」
 彼の瞳が√能力に妖しく煌めく。
 七本の魔手。
 尾に配された手が巨大化し、突きのように輝く魔神の手へてお変貌を遂げる。
 寿命を代償にする√能力であるが、しかし、言ってはいられない。
「我が身を門とし、来たれ破滅よ」
 顕現するのは、魔神の手にして、|魔神の滅拳《ハンズ・オブ・ルイン》。
 振り下ろされた一撃は恐ろしく速く、基地の外部にありし『バグ・アーミー』たちを吹き飛ばす。

「ギキッ!!」
「ギィッ!?」
「邪魔するヤツらは全部ぶっ壊せ」
 七々手は叩くようにして吹き飛ばした『バグ・アーミー』たちが基地の突入口へと叩きつけられ、ひしゃげるのを見やり、内部へと飛び込む。
「ちと邪魔だな」
 巨大化した魔神の手を縮小させ、周囲を見回す。
 瞬間、待ち伏せしていた『バグ・アーミー』たちが七々手に襲いかかる。
「っしょ、と! こいつらか、鴉達を追いかけ回していたのは」
 振るうようにして魔神の拳が『バグ・アーミー』を叩き潰す。
「これじゃあ、『重要人物』さんを探すのも骨が折れる……まー、こっからだろ」
 七々手は、そう言って基地の内部から蠢く『バグ・アーミー』たちを相手取りながら、更に奥へと歩を進める。
 √能力者たちも後に続いてくれるはずだ。
 未だ激戦と言っていい数の暴威との対決は続く――。

新藤・アニマ

 過去の記憶をメモリというのならば、それが一体何を示していたのかを新藤・アニマ(我楽多の・h01684)は知らない。
 知らないが、しかし彼女は思う。
 己でも人々の役に立てるのか、と。
 それを証明するために彼女は√ウォーゾーンの戦場に飛び込んだ。
 鉄の残骸があちらこちらに転がっている。
 いずれもが戦闘機械群『バグ・アーミー』のものであることを彼女は認識し、敵基地の突入口を即座に認識した。
 仲間の√能力者たちが後続のために踏みとどまっている。
 内部にも『バグ・アーミー』の動体反応が見て取れる。
 であれば、と彼女は判断する。

「微力ながら、持て得る力を尽くしましょう」
 基地の入口を固める仲間たちに迫る『バグ・アーミー』へと機銃とレギオンでもって牽制する。
 敵との距離を取りたい。 
 接近戦では数の暴威にすり潰される可能性があるためだ。
「できれば退き撃ちしたいところですが、まずはここを死守しなければ」
「ギキッ!!」
 口腔めいた箇所から『バグ・アーミー』はガトリングガンを生み出し、弾丸をアニマへと叩き込んでくる。
 それを保護障壁であるエネルギーバリアで受け止め衝撃を軽減しながら、周囲の情報を習得する。
「突入口の守りは十分……であれば」
 彼女は仲間の√能力者達に突入口の守りを任せて、基地内部へと飛び込む。
 敵は内部にも存在している。
 そして、狭い場所であるがゆえに何処からでも『バグ・アーミー』の駆体は飛びかかってくる可能性があるだろう。

「基地内部構造情報習得……全ては無理ですか。ですが」
 背後から迫る『バグ・アーミー』の一撃をエネルギーバリアで受け止め、音響振動波を放つ。
 シェイクハウリング。
 それは鳴音砲による指向性をもたせた震動。 
 瞬時に『バグ・アーミー』の駆体が震え、その細い蜘蛛を思わせる鋼鉄の脚部がひしゃげ、折れて地面に落ちる。
 それを即座に打ち抜き、アニマはさらに奥へと進む。
「一度クリアした場所でも即座に敵機が湧出してきますか。敵の本拠地だけあります」
 油断はしていない。
 敵の数が多いのは今に始まったことでもない。

 だからこそ、彼女は内部に突入した仲間たちの背中を追って、さらに基地内部の敵機排除に動くのだ。
「ギッ!」
「――ッ!」
 エネルギーバリアを食い破って迫る鉄の脚の鋭さを腕で受け止め、アニマは敢えて己の√能力によって発露した炎を地面に叩きつけた。
 それは不意を打たれての動揺からではなかった。

 彼女の√能力、ブレイズイントゥルージョンは、その炎を武装にまとわせるものであるが、しかし、狙いを外すことで、周囲を幻炎侵食地帯に包み込むのだ。
 これによって『バグ・アーミー』の行動を制限し、ネットワークによる連携を半減させるのが狙いだったのだ。
 敵が多いのは既に承知している。 
 であれば、更に続く仲間たちが奥へと損害なく進めるように道を整理するのが己の役目であるとアニマは感じていた。
 故に彼女はたじろぐようにして駆体を動かす『バグ・アーミー』に踏み込み、電磁波動剣でもって『バグ・アーミー』の脚部を切断し、その胴体とも言うべき残骸を障害物へと変え、敵が内部からも湧出するのを食い止める防波堤にするのだ。

「ここで抑えます。時間稼ぎはおまかせを。どうか、この先へ」
 アニマは続く√能力者達を基地内部、その奥にとらわれているであろう『重要人物』の元へと導くように迫る『バグ・アーミー』たちを相手取り、戦い続けるのだった――。

結月・思葉
久瀬・千影

「あぁ――」
 それは嘆息にも似た吐息だった。
 久瀬・千影(退魔士・h04810)は、√ウォーゾーンの戦場を埋め尽くすような鋼鉄の蟲の群れを見やり、思わず吐息w漏らしていた。
 無機質な音。
 鉄と鉄とがこすれる音。
 どこまでも人の不快感を煽るような音に聞こえてならなかった。
「キ、キキ」
「ギキキ、キキッ!」
 蟲じみているのは一体何故か。
 戦闘機械群であるのならば、それは当然無駄のない合理の極地であるはずだろう。
 なのにどうして蟲を真似るのか。
 そして、どうして不快な音を立てるのか。
 全ては人類に対する攻撃性ゆえではないだろうかとさえ千影は思えてならなかった。

 だから、√ウォーゾーンにおける似たような光景にうんざりsたのだ。
「悪ぃな、フォロー頼む」
「ええ、捕らえられている人がいるっていうのなら、助けないと。兎にも角にも情報が足りないわ」
 千影の言葉に結月・思葉(言の葉紡ぎ・h05127)は白銀の髪を揺らして頷いた。
「あまり目立たちたくないのだけれど、サポートは任せておいて」
「ああ、頼む」
「まず|少年《ヴィト》、出番よ」
 大樹に住まう少年。
 その姿が現れ、思葉の口から|永遠の夜に誘う夢を《ユメミルショウネンノシンジルツバサ》語る。
 その語られる夢によって千影は速度と技能、能力の倍化たる戦闘力強化を得て、一気に走り出す。
「これなら対処できるかしら……って、もう飛び出して!」
「悪い」
 背中で千影は思葉に詫びた。
 だが、詫びるよりもやらねばならないことがあった。そして、それはすでに完了していた。

「ギキッ!?」
 呻くような『バグ・アーミー』の音さえ、背中に聞こえる。
「|燕返し《ツバメガエシ》……そこらの居合と一緒にして貰っちゃ困るぜ」
 寸断された駆体が崩れ落ちる。
 それよりも速く、さらなる『バグ・アーミー』が千影に迫る。
 返す刃が閃く度に、残骸が積み重ねられている。
「動くな」
 短く命じる言葉と共に彼の瞳には√能力の発露を示す残光。
 それは『バグ・アーミー』たちの駆体を見つめ、一瞬の瞬きに満たぬ隙を生み出す|影切《カゲキリ》たる力。
 麻痺したように『バグ・アーミー』の動きが止まった瞬間、思葉は力強く頷いた。

「不意打ちはごめんなさい。けど、その好機は逃さない! |アリス《ソアレ》、いないいないばあ!」」
 思葉は|夢と不思議の大冒険《フシギノモリノアリストアリス》を紡ぐ。
 現れたアリス達は『バグ・アーミー』と融合し、その身を消滅させる。
 未だ基地を巡る戦いは続いている。
 彼らが未だこうして敵との戦いを続けているのと同じように、だ。
「特等席の特大花火――つーには、些かショボイな」
「仕方ないじゃない。こればかりはね。でも、情報を集めなくちゃ」
「ああ、だが、一段落とは行かないようだぜ」
 千影の視線の先には更に迫る『バグ・アーミー』の大群。

 仲間たちは基地内部に突入しているものたちもいるようだった。
「じゃあ、私達も行かなくちゃ」
「だな。仲間たちが突入口は守ってくれている。なら、急ごう。怪しいパーツでもありゃあと思ったが、どれも似たような鉄くずばかりだな」
「戦闘機械群なんてそんなものじゃあない?」
「何もないっていうのが情報と言えば情報かもしれないな。が、そうも言ってられない」
 千影は居合でもって迫る『バグ・アーミーを切り捨てながら、後退するように基地の突入口付近にて守りを固める仲間たちと合流を果たす。

 思葉は何とか情報を得られないかと周囲を見回す。
 基地は√ウォーゾーンにおける戦闘機械群のものだろう。
 この事件の黒幕は非常に慎重な存在であるようだった。この√ウォーゾーンを潜伏先に選んだのも、人間を利用する際において、最も露見しにくいと考えたからだろう。
 この√は戦闘機械群によって支配されている。 
 であれば、人間の価値というものは、他の√から見ても相当に低いものである。
 故に選ばれた。
「内部にはもうみんなが突入しているみたいね。更に情報を集められるといいけれど……」
 思葉は妖精たちを呼んで内部を探らせる。
 何処を見ても『バグ・アーミー』で溢れかえっている。
 突入した√能力者たちが、これを撃破しながら奥へ奥へと進んでいるようだった。

『重要人物』が何処にいるのかまではわかっていない。
 だが、湧出する『バグ・アーミー』たちを片付けていけば、自ずとたどり着くことはできるだろう。
「問題は……」
「時間だな。これだけ派手に戦っているんだ。時間を掛ければ掛けるほど、黒幕もすっ飛んでくるだろうよ」
 千影の言葉に思葉は頷く。
 なら、思葉は自分にできる限りのことをしようと思ったのだ。
 黒幕が何処にいるのかはわからなくても、基地の構造を見れば先往く仲間たちに道筋を示せるかもしれない。
 そう思いながら二人は各々のできることを全力で行うのだった――。

四之宮・榴
花喰・小鳥

 背中を守ることは、背中を預けることだ。
 信頼がなければならない。
 それは如何にして紡がれるものであっただろうか。
 その本質を知るのならば、敢えて言葉にすることもないのだろう。 
 故に、 四之宮・榴(虚ろな繭〈Frei Kokon〉・h01965)と花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)は背中を合わせながら、鋼鉄の蟲、戦闘機械群『バグ・アーミー』の怒涛の攻勢を前にして片時も視線を交わらせることはなく、しかし、互いの瞳には√能力の発露を示す、インビジブルの孤影のゆらめきがあった。
 引き出されたエネルギーは√能力へと変貌し、小鳥の引き抜いた自動拳銃の銃声が鉄と鉄とをすり合わせる奇怪な音を撃ち抜いた。

「キキッ、キ、キ!」
「私達の連携が試されますね」
 静かに。
 小鳥は静かに呟いた。
 榴は頷くことしかできなかった。此処は敵地であるからだ。迂闊なことはできない。何が切欠になるかわからない。
 だから、慎重にならなければならなかった。
 確実に敵を撃破すること。そして。
「小鳥姉様と……無事で一緒に、還る為に」
 互いに背を預けた連携は、迫る『バグ・アーミー』を寄せ付けなかった。
 死角を塗りつぶすように、二対の双眸が戦場を視る。
 対する『バグ・アーミー』は数の暴威でもって二人を取り囲んでいた。

 ここは基地の内部。
 仲間たちが切り拓いた道を行き、二人は基地施設内部にて溢れる『バグ・アーミー』との戦闘に入っていた。
 苛烈な攻勢。
 次から次に襲い来る『バグ・アーミー』。
 息をつく暇もない。
「敵の動きは速くない。動いて的を絞らせないように」
 小鳥の言葉が終わるや否や、榴が彼女との位置を切り替えるように振り返り、一瞬で口腔から増幅された絶叫が迸る。
「――Sea Serpent's Scream――」
 震動する『バグ・アーミー』を小鳥の自動小銃の銃口が睨めつけていた。

 √能力の発露を示す光が反射した銃口から放たれた弾丸は、|葬送花《フロワロ》。
 彼女の弾丸は、一瞬で『バグ・アーミー』の駆体を打ち抜き穿つのだ。
「……次……行きます、小鳥姉様」
「ええ、次は」
 その瞬間、榴の背後から迫るように飛びかかった『バグ・アーミー』の姿を小鳥は捉えていた。
 とっさに動いていた。
 彼女を守らなければならないと思ったのだ。
 走る鋼鉄の脚。 
 その鋭き切っ先が小鳥の肌を切り裂き、血潮を噴出させる。
 痛みは、問題ない。
 些細なことだ。

 小鳥にとって重要であったのは、榴が無事であるということ。
 そして、彼女が無事だったのならば、体勢は立て直せる。それもまた信頼の証であったことだろう。
 瞬間、榴のはなった一撃が振り返りざまに『バグ・アーミー』の駆体を打ちのめす。
「……小鳥姉様……っ」
 榴は|唐菖蒲の囁き《グラジオラス・ウィスパー》によって、小鳥の身に刻まれた傷跡を『忘れようとする力』を増幅させることで全快させようとする。
 十分以内にという制限はあるが、しかし致命傷には至らないだろう。
 まだ『バグ・アーミー』の攻撃だったからよかったのだ。
 もしも、これが、と榴の心に走るのは如何なるものだっただろうか。

「……ここでは……囲まれます……小鳥姉様……」
「ええ、分かっているわ。冷静にね」
「……はい」
 覚悟はある。
 だが、それでも失う悲しみは訪れるのだ。
 だからこそ、常に恐れはつきまとう。これを噛み殺していかねばならない。
 これは、そういう戦いだ。
 ならばこそ、二人は戦いの渦中にあってなお、互いを思い合うことでもって窮地を切り抜けていく。
 基地内部、その最奥への道程は遠く。
 けれど、確実に一歩、一歩と進んでいるのだと二人は続く√能力者たちと共に『重要人物』を捕らえている部屋を目指すのだった――。

鬼灯・睡蓮

 ゆらり、ゆらりと頭が揺れる。
 鬼灯・睡蓮(人間災厄「白昼夢」の護霊「カダス」・h07498)は、まるで白昼夢の中にいるかのような思いであった。
 √ウォーゾーン。
 そこは鋼鉄の蟲がひしめく戦場。
 √能力者たちが基地施設の突入口を守っている。
 内部には、√EDENにて確認された『病院』事件に関係したと見られる星読み、『重要人物』が捕らわれている。
 これを救出、確保するために√能力者達は戦闘機械群『バグ・アーミー』の大群と相対していたのだ。

 切り開かれ、突入口から飛び込んでいった√能力者達を睡蓮は見送り、一つ欠伸めいた声を上げた。
「んにゅ……」
 何処か緊張感がない。
 だが、大変なことになっているという自覚はあった。
「僕にもできることをしましょうか……」
 確かに『重要人物』を探すことは大事だ。
 だが、彼は基地外部にて迫る敵を打ち倒すことを決めていた。
 道を作るにせよ、維持するにせよ、手伝いは多いほうが良いと思ったのだ。
「キキキッ!」
「……ん、『カダス』、また力を貸してください……」
 眠たげに重たく落ちようとしていた睡蓮の瞼の奥にインビジブルの孤影が揺らめく。
 エネルギーが引き出され、その光を灯した瞳がうっすらと迫る『バグ・アーミー』を捉えた瞬間、|大いなる夢《オオイナルユメ》が発露する。

 護霊『カダス』が召喚され、夢の奔流が迸る。
「夢の大海に沈むといいです……すぴー……」
 睡蓮の瞼は完全に落ちた。
 だが、『カダス』に抱えられた睡蓮は、『バグ・アーミー』の攻勢を躱し、雪崩れるようにして放たれる夢の奔流でもって攻撃しながら戦い続ける。。
 多勢に無勢ではある。
 だが、少しでも踏ん張り続けなければならない。
 霊的防護を砕くような勢いで振り抜かれた鉄の脚。
 その衝撃と音に寝ぼけ眼の目が、やはりうっすらと開かれる。
「んにゅ……堅実にしっかりといきましょう……」
 迫りくる大群との対峙。 
 何処か緊張感は漂わない。だが、これも睡蓮だけであろう。
「幸運にも道が見つかりますように……」
 基地外部から内部に迫る敵を食い止めながら、睡蓮はまた一つ欠伸をして己が護霊『カダス』の力を無意識に操りながら、戦い続けるのだった――。

クラウソニア・ダニー・ヴェン・ハイゼルダウンタウン
ダリア・ガーネット

 幸せとは一体どんな形をしていて、どんな色をしていて、どんな味がするのだろうか。もしかしたら、匂いだってするかもしれない。
 それを定義するものを知っているか、知らないかで生命というものは価値を決めるのかもしれない。

 今まさに、そんな幸せという物事を考えるには対極な場所に クラウソニア・ダニー・ヴェン・ハイゼルダウンタウン(イッパイアッテナ・h02382)はいた。
 戦場だ。
 鉄の蟲と鉄くず。
 そしてオイルであったり硝煙であったり。
 まあ、ろくでもない場所であることは言うまでもないことだった。
 だが、これが現実だ。
 彼にとっての現実だ。
 どこまで行っても、くそったれである。
 だがしかし、こんなくそったれな世界であっても、彼には譲れないものがある。
 自身の身を構成するのは、いつかのだれかの破片だ。
 パーツと呼ぶのは少しばかり、愛着ってものがないように思える。
 己はデッドマン。
 様々な遺体を継ぎ接ぎしている、なんだかわからないものだ。いや、残された名が全てを示しているように思えた。

 彼は√能力者ではない。
 ただ、√ウォーゾーンにおいて、戦闘機械群の基地を襲撃しているというのならば、黙ってはいられなかった。
「暗号通信なんてのはよォ!」
 迸るジャミング電波。
 敵。戦闘機械群『バグ・アーミー』が暗号通信によるネットワークによって連携しているというのならば、これを見出してしまえばいい。
 それが強みであるからだ。
 数という暴威も連携がなっていないのならば烏合の衆に落ちるだろう。

 ここまで言えば、中々幸先の良い戦いぶりだったように我ながら思うのだ。
 寄せ集めた石を『バグ・アーミー』に叩き込む。
 細い鉄の足をひしゃげさせ、頭部のカメラアイを叩き潰す。 
 さらに駆体を寄せ集めて継ぎ接ぎにしたかと思えば、それを新たな『バグ・アーミー』に叩きつける。
 まるで力任せ。
 戦いとよんでいいのかも憚られる。
「ったくよォ、うじゃうじゃいすぎだろ! んで、後どれくらい保たせればいーんだよ!」
 どうやらこの基地を襲撃しているのは、この基地施設に捕らわれた『重要人物』を救出確保するためなのだという。
 であれば、それまで基地内部につながる突入口を保たせなければならない。
 そのために手にした拳銃を引き抜いて、銃口を『バグ・アーミー』に叩きつけるようにして引き金を引く。
 銃声が響き、同時に彼の額を打ち据える鈍い音が響いた。

 視界が揺れる。
 真っ赤にそまる。
 崩れるようにして膝が地面を打ち、ぐらりと倒れ込んだのだ、と理解できたときには自分がやらかしたのだと理解した。
 あー、となんともいい難い言葉が口から溢れた。
 終わりだ、と。
「『ダリア』」
 吐いてでたのは今際の際においては、あまりにも意図しない名前だった。
 そう、それは猫の名前。
 白猫。
 真っ赤な瞳だから、そう名付けた。
 チョロチョロついてきて可愛いんだ、これが。
 ああ、これが心残りってやつなのだ、と思う。

「にゃー!」
 幻聴かと思った。あと、幻覚かと思った。
 こんなクソッタレな世界にあって、唯一のご褒美かと思うような、己の飼い猫『ダリア』の姿がそこにはあった。
 己をじっと見つめる赤い瞳。
 紅玉のような瞳。
 そして。
「にゃあー!」
 知った。
 そう、|猫は三日扶持すれば恩を忘れず《アナタノタメナラチノハテマデモ》という言葉があるように、彼の愛猫、ダリア・ガーネット(あなたの愛狂猫・h06693)は、瞬時に現れていたのだ。
 なんで?
 わからない。
「え、マジでダリア?」
 よくわからない。
 が、不思議なものである。
 幻覚かと想っても、現実でしかない。体もクソ痛い。
 なら、立ち上がれるはずだ。何よりも、ダリアがいるのに己が立ち上がらない理由などない。
 故にクラウソニアは立ち上がり、拳銃を手に取る。

「にゃあー!」
 ダリアは抗議したかった。
 ご主人様ことクラウソニーはデッドマンだけど√能力者ではない。
 だから、にゃー……自分と違って死んでも元には戻ることはない。継ぎ接ぎであっても、また別の失った部位を繋げれば、混ざってしまう。
 それは仕方のないことであるが、それでもダリアは忘れない。
 忘れないのだ。
 もっと自分を大切にしてほしい。
 でも、それでも自らをなげうってこんな戦場にまで来てしまうご主人様だからこそ、大好きなのだ。
 そして、呼んでくれた。
 名前を。

 だから来た。それがダリアの全てだった。
「にゃー!」
 クラウソニーと違って、ダリアは√能力者である。
 ご主人様にできないことができる。自分ができないことをクラウソニーはやってくれる。
 であれば、|神聖竜詠唱《ドラグナーズ・アリア》は誰がために。
 言うまでもないご主人様のために。
 困難を解決する力さえあれば、クラウソニーはすべて乗り越えていける。
 誰も傷つけることのない願いを叶える√能力は、クラウソニアに『バグ・アーミー』の動きを視認しやすくさせていた。
「なんかよくわかんねェけど」
 やれる気がする。
 クラウソニアは笑って、ダリアを見やる。

「にゃあ!」
 大丈夫、と一鳴きしたダリアの逃げ足にクラウソニアは笑って拳銃を握りしめる。
 さあ、反撃はここからだ。
 撃鉄に指をかけて、起こした――。

玉響・刻

「√EDEN各地でおきていた『病院』の事件、その黒幕、そして捕らえられた『重要人物』がここに……」
 迫りくる戦闘機械群『バグ・アーミー』の猛攻を前にして、玉響・刻(探偵志望の大正娘・h05240)はやはり此処が外れではないことを理解した。
 この事件の黒幕は常に√能力者たちから逃れてきた。
 慎重に慎重を期するタイプなのだとしても度を越しているように思えてならない。
 だが、刻は頭を振った。
 そんなことは今は問題ではないのだ。
 彼女がしなければならないことは唯一つ。
「必ず助けてみせますっ!」

 そう、『重要人物』は恐らく拉致されて長らく、この基地内に監禁されているのだ。であれば、その心身の状態はよろしくないように思える。
 それは『病院』事件にて彼女が出会った人々の様子から考えれば、思い至ることであった。
「ですが……、ッ、邪魔をしないでください!」
 刻の瞳に√能力の発露を示す煌きが宿る。
 インビジブルの孤影。
 引き出されたエネルギーが彼女の護刀『羽風』の刀身に宿り、一閃となって放たれる。
 それは彼女の背後から迫った『バグ・アーミー』の駆体を一刀のもとに両断する鋭さを持っていた。
「閃刃・告死蝶……黒い胡蝶は死を告げる蝶、ですっ!」
 |胡蝶乱舞《コチョウランブ》は、彼女の身を淡く光る無数の黒い霊蝶によって覆っている。
 彼女に迫った『バグ・アーミー』の鉄の脚、その切っ先が触れた瞬間、その斬撃は鋭い居合となって放たれたのだ。

 故に彼女は身を傷つけられるよりも速く、その斬撃で持って敵を退ける。
 だが、数の暴威は凄まじい。
 突入口を守り、彼女は続く後続の√能力者たちを導く。
「恐らく、『重要人物』の方は、収容所ないし、監獄のようなところに幽閉されていらっしゃるのかもしれません!」
 内部に突入していく仲間たちに告げる。
 少しでも速く『重要人物』を救出する手助けになればいい。
 大変な戦場である。
 けれど、焦らず確実かつ迅速に。
 それが今の刻の命題であった。
「黒幕は星詠みである『重要人物』を奪われたくないはずです! であれば、脱出しづらく、防御が特に暑い場所が怪しいはずです! 頼みます!」
  彼女はそう告げ、更に迫る『バグ・アーミー』を切り裂き、√能力者たちに道を示すのだった――。

ハコ・オーステナイト

 王権決死戦。 
 それは王劍によるAnkerとの繋がりを途絶させる絶対死の領域。
 つきまとうは死の気配。
 それは本来生命であれば、常に存在するものであった。
 死が生の到達点であるというのならば、当然のことである。全てはそこに終着する。そういうものだ。
 だが、√能力者は『欠落』を抱えるが故に、死を遠ざけた。
 克服したと言ってもいいだろう。
 だがしかし、己の√に戻るためには寄す処たるAnkerがいなければならない。

 満たすもの。殺し得るもの。
 それがAnker。
 故に、とハコ・オーステナイト(▫️◽◻️🔲箱モノリス匣🔲◻️◽▫️・h00336)は恐ろしいという感覚を噛み締めた。
 表情は変わらない。
 死ぬやもしれぬ戦場に立ちながら、しかして、その顔は変わらなかった。
「やはり王劍絡み。恐ろしいものです」
 口ではそういうものの、こうして戦場にたっている以上、覚悟はあるのだ。
 迫りくる『バグ・アーミー』は基地内部に穿たれた突入口を塞がんとし、また、その前に陣取る√能力者達を排除線と周囲から集まってきているのだ。

「『バグ・アーミー』、まさに蟲のように大量いですね」
 加えて、あの戦闘機械群は無線通信のネットワークによって逐一情報を共有しているのだという。
 戦闘が長引けば、こちらの情報が共有され窮地に陥るのは目に見えていた。
 ならば、ハコがすべきことは一つである。
「素早く確実にこの群れを減らしましょう」
 例え、これが波のように押し押せる一波でしかないのだとしても、それでも留め置くことに意義がある。
 内部に突入した仲間たちが『重要人物』を救出、確保することができれば、状況はひっくり返せる。
「このハコには見た目からは想像出来ない機構があるんですよ?」

 ハコの瞳が煌めく。
 手にした漆黒の直方体。
 レクタングル・モノリスは、瞬時に切削機構を携えた蜘蛛のような、蛸のような多脚へと変貌する。
「似たような姿になりましたね。ですが、ハコのモノリスのほうが強いですよ」
 彼女は変わらぬ表情のまま淡々と……しかし、一気に『バグ・アーミー』と激突する。
「キ、キキッ!」
「何を言っているのか、ハコには理解できません。そもそもコミュニケーションを取ろうという気がないのに、どうして音を立てるのか。そもそも言語ではないのならば、威嚇ですか? それこそ意味がわかりません」
 走るアラベスク・モノリスの多脚が一瞬で『バグ・アーミー』の脚部を引き裂き、その胴体を叩きつけて潰す。

 突入口を巡る戦いは長引いている。
「この守りの堅さはハコも見習いたいものですが、そうも言ってられませんね」
 敵は内部にも存在している。
 ここまで多くの√能力者たちが突入していながら難航していることは確かに見習うに値することであっただろう。 
 だが、それもこの戦いを生き残ればこそだ。
 ハコは己が操るモノリスと共に『バグ・アーミー』を迎え撃ち、突入口を護るのだった――。

轟・豪太郎
ミンシュトア・ジューヌ

「ワシが剛拳番長轟豪太郎である!」
 鍛え上げられた見事な白馬を駆る轟・豪太郎(剛拳番長・h06191)は、力強く基地内部に突入し、そう言い放った。
 それは轟くような宣言であった。
 いや、己の所在を示す言葉であり、威風堂々たる佇まいはある種の畏敬の念すら覚えさせるものであった。
 それが生命体相手であれば、である。
 しかし、戦闘機械群にとって、その宣言はただの音波でしかなかった。
 故に返ってくるのは、鉄と鉄とをすり合わせる奇怪な音ばかりである。
「キ、キキキッ!」
「ふむ、どうやら言葉を解さないらしい! だが、この轟・豪太郎! なんの不足もなし! 此処に至ってワシがやることはシンプルそのもの! 群がる貴様らを撃破する! それだけよ!」
「豪太郎は本当に脳筋ですね」
 内部から湧出する戦闘機械群『バグ・アーミー』に真正面から突っ込む豪太郎の背中を見やり、ミンシュトア・ジューヌ(知識の探索者・h00399)はわずかに息を漏らした。

 王権決死戦。
 それは√能力者にとって緊迫した事態である。
 √EDENにおける『病院』に関連した事件。
 これを解決に導いてきた豪太郎たちにとって、黒幕の目的はついぞ知ることのできないものであった。
 だが、王劍が絡むというのならば話は別である。
「豪太郎、前は任せましたよ!」
「無論! 言うまでもなく! ある格闘技マニアの老人が己の屋敷で開催した、武闘会での死闘について語ろう。敵は刃の付いた皿を武器として闘う強敵であった!」
「ななんですって?」
「これが|番長皿屋敷《バンチョウサラヤシキ》である!」
 少しもわからない、とミンシュトアは想ったかもしれない。
 だが、彼が前に出るのならば彼女がすべきことは後方支援、そして内部の探索である。

 ここに『重要人物』が捕らわれているのならば、これを見つけ出して救出しなければならない。
 黒幕にとって星詠みである『重要人物』は得難い存在のはずだ。
 だからこそ、これを確保することで敵を引きずり出せることができるのだ。
 広大な屋敷内が豪太郎の√能力によって形作られ、闘技場へと変貌する。 
 この中心にある豪太郎こそが、この物語の主人公。
 そして!
「見よ!必殺のダブルゴゴ・コンビネーションアタックだッ!!」
 白馬の鞍を蹴って飛翔する豪太郎。
「ちょっと待ってください、追い風まだなんですけど!」
 |邪風の爪《ジャフウノツメ》によって周囲には疾風が吹きすさび、カマイタチが疾駆する。そして、その背に追い風と竜巻が巻き起こり、豪太郎の背中を押すのだ。

「これが|番長反動三段キック《バンチョウハンドウサンダンキック》であるッ!」
 光のオーロラ。
 そして旋風。
 竜巻を巻き起こしながら豪太郎の体は闘技場に巻き込まれるようにして取り込まれた『バグ・アーミー』たちへと叩き込まれる。
 さらに跳躍した軍馬の蹴りが地面へと叩きつけられ、風が更に荒ぶのだ。
「伊達や酔狂で馬にのってきたわけではないことが、おわかりいただけただろうか?」
「いや、誰に言っているんです。って、ちょっと待ってくださいよ。今、風妖『鎌鼬』に探索をお願いしているんですから!」
 √能力によって召喚された『鎌鼬』が豪太郎と『バグ・アーミー』が盛大に殴り合う足元を縫うようにして駆け抜けていく。

 この基地のどこかに『重要人物』がいるというのならば、一刻も早くこれを見つけ出さねばならない。
 それに情報は誰もが欲しているところだ。
 少しでも『重要人物』が捕らわれている部屋を見つけるための情報を得るためにできる事はすべて殺らなければならない。
「ぬぅん! フンッ! ハァッ!!」
「あーもう! ちょっとうるさいんですけど!?」
「致し方ない! これも戦いの内! であれば!」
「脳筋がすぎますよ! もう!」
 集中できないくらい豪太郎は威勢よく『バグ・アーミー』と打ち合っている。
 喧嘩殺法ここに極まれりである。 
 ひたすらに殴る、蹴る、突く! これの繰り返しである。
 しかも相手が鉄の蟲であるがゆえに、その激突する音は凄まじいのだ。
 ミンシュトアは辟易しながら、しかし、『鎌鼬』が基地内部の情報をつぶさに送ってくれることに感謝しながら、さらに奥へと進むべく共に内部に突入した仲間たちと情報を共有すべく、連絡を走らせるのだった――。

矢神・霊菜

『重要人物』
 それは星詠みであるという。
 この事件の黒幕は星詠みを捕らえ、予知によって此方の予知を掻い潜ってきた。
 それは慎重に慎重を期するタイプであるがゆえに、中々尻尾を掴めなかった要因であるように思えた。
 厄介だ。
 そう、厄介なのだ。
 だが、もっと厄介なのはなにか。
 矢神・霊菜(氷華・h00124)は理解していた。
 問題は時間なのだ。

 今も√能力者たちは突破口から突入し、内部にて交戦を繰り広げている。
 戦闘機械群『バグ・アーミー』は湧出し、さらに外部からも集まってきている。これを退けつつ、後続の√能力者たちが内部へと突入するのを助けなければならない。
 だが、時間を掛ければ掛けるほどに黒幕は此方の動きに気が付き、『重要人物』を取り戻そうとするだろう。
 故に彼女は√能力を発露させ、その瞳にインビジブルの孤影を揺らめかせた。 
 引き出されたエネルギーは、氷の体を持つ鷹の神霊の体に反射して煌めいた。
 飛翔した『氷翼漣璃』は、氷の粒子をばらまき、光の屈折から生成した光学迷彩を纏う。
 眼下に見える『バグ・アーミー』と√能力者立ち。
 基地内部へと至る突入口。
 その位置関係を確認し、高純度の魔力結晶がばらまかれる。
 それは少しの衝撃で盛大な爆発を引き起こし、『バグ・アーミー』たちのアイセンサーを引き付ける。
「キキッ!?」
「気を逸らした……なら、今よね! 穿て!」
 空中に浮かぶのは無数の氷のレンズ。
 光の収束が引き起こされ、高密度のレーザービームとなって迸る一撃が地上を這う『バグ・アーミー』の駆体を打ち据える。
 さらにばらまいた魔力結晶は誘爆するように連鎖し、爆発を巻き起こす。
「内部に突入するなら今よ。敵の数も減ってきている! 中の敵を一気に仕留めましょう!」
 霊菜は声を張り上げて、仲間たちを内部への突入に促す。
 その言葉に呼応するように『氷翼漣璃』が戻り、霊菜は捕まるようにして基地内部へと飛び込む。
 未だ内部の敵は健在である。
 基地のあちこちでは探索と衝突が繰り返されているのだろう。
 戦いの音があちらこちらから響いている。

「『重要人物』を探すにしても虱潰しでは時間ばかりが喰われてしまうわね……それか手分けして探さなければ」
 そう、黒幕が戻ってきてしまう。
 √能力者たちは事件について多くの情報を得ていない。
 であれば、『重要人物』から情報を得るしかない。 
 そして、その情報を得るための時間は、黒幕がやってくるまで、だ。
 長くはない。
 だからこそ、迅速に救出確保しなければならないのだ。
 霊菜はジリジリと迫ってくる時間という厄介な要因に急かされるように基地内部を『氷翼漣璃』と共に飛ぶのだった――。

赫夜・リツ

 √を認識できる。
 それは√能力者たちにとって自然なことである。 
 重なり合う世界。
 例え、√が違うのだとしても、そこに友情は成り立つものだろう。
 だからこそ、赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は友人というものを大切にしたいと思ったのだ。
 √ウォーゾーンには友だちがいる。
 それだけの理由で、と言われるかもしれない。
 けれど、リツにとってはそれが最大の関心事であり、重要なことだったのだ。
 思わず駆けつけてしまった。
 状況を整理する時間も与えられていなかったけれど、しかし、洗浄の様子を見れば戦わねばならないことは明白だった。

 蠢動する鋼鉄の蜘蛛めいた戦闘機械群『バグ・アーミー』。
 それらは無線通信によるネットワークによって連携して襲ってくるのだ。
 すでに『重要人物』が捕らわれているという基地内部には√能力者たちが突入している。
 リツもそれに習うように突入し、しかし目を剥いた。
「外にあれだけいたっていうのに、中にもこんなに……」
 そう、内部にも『バグ・アーミー』は蔓延るようにして存在しているのだ。
 ぐるん、と嫌な音を立てて『バグ・アーミー』の口腔めいた部位からガトリングガンが回転する音が響く。
 放たれる弾丸を異形の腕で受け止め、世界の歪みでもって一撃を叩き込む。
「ギッ!」
 彼はすぐさまに己が異形へと変貌した左腕を振るって、その瞳を真紅に輝かせる。
 瞬間、彼の瞳に発露した√能力の光は|残光の軌跡《ザンコウノキセキ》を宙に刻み、加速する。
 凄まじい速度で踏み込んだリツは異形の腕でもって『バグ・アーミー』を破壊する。粉砕された破片が舞い散る中、彼の真紅の瞳が残す光だけが戦場に刻まれていく。

「ひとつ」
 走る。
 鋼鉄の駆体が迫るのを横目に見ながら、異形の腕をふるい、黒い刃のナイフが走る。
『バグ・アーミー』の赤いアイセンサーを砕いた一撃は、そのままリツの拳でさらなる破壊をもたらされ、沈黙する。
「ひとつ」
 息を吐き出すように彼は『バグ・アーミー』と戦い続ける。
 敵の動きは厄介だ。
 時間を掛けられない。リツは多くを相手取ることはできないが、各個撃破して基地内部を探索しようとする√能力者たちを追撃できないように努めることはできるのだ。
「ひとつ」
 また一つ破壊の跡が刻まれる。
 壊して、潰していく。
 単純なことかもしれない。それでもリツは己にできることをしようと思った。
 友達のため。
 そう、それだけで命懸けの戦いに赴くには理由としては十分だし、上等だと思ったの打――。

八海・雨月
インディアナポリス・ノーベンバー・サーティーン・ワン
久瀬・八雲

「数には数を……というには差がありませんか!」
 久瀬・八雲(緋焔の霊剣士・h03717)は思わずうめいた。
 諦めるつもりなど毛頭はない。
 だが、それでも基地外部から√能力者たちが突入した箇所へと続々と戦闘機械群が集まってきているのだ。
 例え、内部を突破できたとて、敵が完全包囲している限り、この囲いを抜けることはできないだろう。 
 だが、膨大な数を持つ戦闘機械群とは言え、無限ではない。
「ま、めっちゃ大事やゆうんはようわかったわ。これ、初の実戦投入なにゃけど。これ、どう考えても、わしじゃ力不足やない?」
 装備なんて何一つ整っていないのだ、とインディアナポリス・ノーベンバー・サーティーン・ワン(旧レリギオス・ランページ所属 11-13部隊初号・h07933)はベルセルクマシンであれど喚いた。
 覚悟はしている。 
 だが、無茶な戦線投入とは話は別なのだ。
 故にインディアナポリスは、帰還を果たした暁には、己をこんな戦線に投入した博士達をしばこうと思ったが、友好強制AIが組み込まれていたのならば、そもそもそんなことはできないだろう。
 だが、モチベーションというものは必要なのだ。
 機械と言えど、だ。

 そう、モチベーション。
 八海・雨月(とこしえは・h00257)もまた、どこか物憂げな表情をしていた。
 彼女にとって喰えない相手……即ち鋼鉄の蟲たちは旨味のある存在ではなかった。とは言え、彼女は人が好きだ。
 この基地施設の何処かに『重要人物』と目される星詠みがいるのだという。
 そういう意味では、今回ばかりは仕方ないと思っていたのだ。
「真面目にやりましょ」
「え、あ、はい」
 インディアナポリスはコクリと頷いて、己のウォーゾーンと装甲を融合させる。
 雨月が戦う理由、『重要人物』をインディアナポリスも探さねばならないと思ったのだ。
 だが、突入口には戦闘機械群『バグ・アーミー』たちが殺到している。
 まずはこれを如何にかしなければならないのだ。
 当然、八雲もである。
「捕まっている方を早く助けに行きたいというのに……!」
「キキキッ!」
 嘲笑うように基地外部に迫った『バグ・アーミー』たちが襲いかかる。
「おわ、きよったで!?」
「おまかせを! 凍れっ!」
 |火廣《ヒヒロ》と名付けられた√能力。
 手にした霊剣が地面に突き立てられ、周囲の熱を奪う。
 瞬時に『バグ・アーミー』たちを襲うのは、絶対零度凍結地帯である。
 彼女の霊剣は彼らを切り刻むのではなく、その行動を制限したのだ。

「おわ、地面が凍ってるじゃん!」
「お早く、私を中心にして敵の動きを阻害しております。これよりは私におまかせを!」
 八雲は己が突入口を護るのだと宣言し、インディアナポリスや雨月を内部へと急がせる。
 これはやはり時間との戦いなのだ。
 だからこそ、八雲は己が殿を務めるつもりなのだ。
「だいじょうぶ?」
「はい、私だけではありませんゆえ」
 そう言って八雲は走る。
 動きは止めない。己の動きに追従するように『バグ・アーミー』たちは追いすがってくる。
 この動きを無駄にはできない。
 少しでも多くの敵を惹きつけて、内部に突入する√能力者たちの助けにならなければならない。
 そして、外部を取り囲む戦闘機械群を多く打倒し、これをくじかねばならないのだ。
「キキッ!」
 迫る『バグ・アーミー』を霊剣で払いながら、八雲は構え直した。
 埒が明かないと思ったからだ。
「斬り払え! |風斬《カゼキリ》!」
 瞬時に八雲の前に引き寄せられるのは、無数の『バグ・アーミー』たち。
 内部に突入した二人を追おうとした『バグ・アーミー』である。それらは彼女の√能力によって瞬時に引き寄せられ、高熱の渦と熱風の刃でもって凄まじき乱撃を叩き込まれ、溶断されて、地面に骸をさらすのだった。

 そして、そんな八雲の援護を受けて雨月とインディアナポリスは内部に踏み込む。
「マジで鉄火場やん! んで、その『重要人物』っちゅーのは何処におんの!?」
「さあ、わからないから探しているんだけれど……千森妖蠢絶。萬地人営滅。孤大海蠍白。獨啼雨月海」
 |四歩八海《ヨンホハチカイ》。
 それは雨月の√能力。
 一歩進む度に八つの海嘯を生み出し、『バグ・アーミー』を押し流していくのだ。
 しかし、その海嘯を狭い基地内部の壁面や天井を利用して『バグ・アーミー』たちは雨月に襲いかかるのだ。
 敵の動きは視えている。
 振るう誘導棒で一撃を受け止め、払う。 
 しかし、インディアナポリスは敵の動きについていけないようだった。
「おっわ!?」
 駆体から生えた機械の腕……アシュラベルセルクとしての力を手繰り、インディアナポリスは一撃を受け止めた。
 だが、『バグ・アーミー』たちは与し易いと判断したのだろう。
 敵の総数を減らすことを優先したようにインディアナポリスへと殺到したのだ。
 鋭い鉄の脚。
 その切っ先がインディアナポリスの装甲を引き剥がし、貫いていく。

「ちょ、くっ……! あかんか、これ……!」
 機械の腕で振り払おうとする。
 だが、それすらも引きちぎるように群れなす『バグ・アーミー』に雨月は割って入るようにして、その一撃を受け止めた。
「あんた!」
「……わたしは痛覚がないから、押し切れるわぁ。ね、死を覚悟してきたんでしょう、あなた」
「そ、やけど……あんた、わしは」
 ベルセルクマシンだ、と代えが効くのだという言葉を雨月は笑い飛ばした。
『バグ・アーミー』が打ちのめされ、地面に転がる中、雨月は傷を抑えることもなく、笑う。
「死を覚悟するっって生命を軽視することじゃあないのよぉ。長生きしなさいなぁ」
「やけど、あんたは」
「わたし?」
 雨月は基地内部似て迫る『バグ・アーミー』を誘導棒で叩きのめしながら、やはりどこか飄々としていた。
「まぁ少なくともあなたよりは長く生きているし、生きていくんでしょう。だから、したいことをする主義なの」
 今のそれがそうなのだと言うように雨月はインディアナポリスにひらりと手を振って、さらに奥へと進んでいく。
 それを見やり、インディアナポリスは、どのように思っただろうか。
 ベルセルクマシン。
 偽りの人格。
 ならば、これからなのだ。
「……ちょい待ってなぁ! レギオンスォームで『重要人物』の居場所探すわ!」
「そう。じゃあ、お願いねぇ」
 雨月はインディアナポリスが小型レギオンを操り、基地内部を走査するのを横目に見やりながら、再び『バグ・アーミー』との戦いに戻るのだった――。

空地・海人

 基地内部に突入した空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)はアクセプターに手を掛けた。
 すでに基地の外部を取り巻く戦闘機械群を退け、なんとか突破口から√能力者たちが踏み込んでいるのだが、内部にもまた戦闘機械群『バグ・アーミー』たちが存在していたのだ。
 敵の数は膨大。
 言うまでもないことであったが、やはりここからは時間との勝負だ。
 敵の……この事件の黒幕が、この騒ぎに感づいてやってくるのならば、真っ先に向かうのは何処か。
 言うまでもなく、『重要人物』のいる場所であろう。
 そうなれば、再び『重要人物』を拐かし、こちらの予知をかいくぐろうとするはずだ。
「また堂々巡りになる前に……さっさと『重要人物』を抑えた方が良さそうだな……現像!」
 アクセプターに触れ、掛け声と共に海人は『フィルム・アクセプターポライズ √マスクド・ヒーローフォーム』へと変身を遂げる。
 内部は先行した√能力者たちが道を切り拓いてくれている。
 時折、『バグ・アーミー』が飛び出してくるが、不意を打たれないのならば海人は冷静に対処ができる。
 加速し、跳躍した彼の体は『バグ・アーミー』が飛びかかるよりも高く基地内の天井まで飛び上がる。
 天井を蹴った海人は閃光剣・ストロボフラッシャーを振るい、『バグ・アーミー』の駆体を両断する。

「ギキッ!」
「このまま壁ごと切り裂く!」 
 それは乱暴なやり方であったかもしれない。だが、敵の数の多さ、そして基地内部の煩雑な構造。
 これらをスッキリさせるためには海人にとっては良い方法に思えたのだ。
「自分の幸運と勘を信じる! 邪悪な計画は、ここで終わらせてやる!」
 海人は閃光剣を振るい、邪魔立てする『バグ・アーミー』ごと壁を切り裂きながら進む。
 恐らくこっちだ、という判断は他者から見れば根拠のない行き当たりばったりに思えたかもしれない。
 けれど、自らを信じるのならば、その道を邁進することに疑うこともない海人にとってえは、これが最速にして最短であるというように、基地内部を破壊しながら、更に奥へ奥へと進み、『バグ・アーミー』たちを惹きつけ続けるのだった――。

伊和・依緒

 この事件、この戦いがどれだけ覚悟を必要とするものなのかを星詠みの言葉から伊和・依緒(その身に神を封ずる者・h00215)は感じ取っていた。
 死。 
 絶対死。
 それは√能力者にとって存在し得る死の形である。
 欠落を抱える√能力者は死から最も遠い存在だ。仮に死ぬのだとしても、Ankerを寄す処として蘇生する。復活するのだ。
 死を経験しながら死なない。
 だが、王権決死戦は、そうしたAnkerとの繋がりを断ち切る。 
 それこそが絶対死領域。
 危険極まりない戦いであることを承知の上で、依緒はこの場に来ていた。
「鍵となる人物がいる、っていうことなら行くしかないよね! それにやることはいつもと変わらない、はず!」
 依緒は自らが復活できぬ死におやられるかもしれないという事態を受け止めながらも、しかして踏み込むことをやめなかった。

「オンナは度胸、ってね!」
 構えたハンドガン。
 突入した基地内部は先行した√能力者と『バグ・アーミー』の攻防の跡が色濃く残されていた。
 破壊された残骸。
 けれど、油断はならない。いつ物陰から『バグ・アーミー』が襲ってくるかわからないからだ。
「キキッ!」
「おおっと!」
 死角からの襲撃。
 その一撃を世界の歪みである結界で受け止め、急所を護る。血潮が飛び、鮮血の色を視る。
 しかし、その視界の外で依緒はインビジブルの孤影を見た。
 揺らめくインビジブル。
 引き出すエネルギーによって光を灯した彼女の瞳は、『バグ・アーミー」を見据え、気を纏った鋼糸を走らせる。
「攻破旋陣っ!」
 走る鋼の糸が『バグ・アーミー』の駆体を寸断し、残骸と変える。
 だが、敵の攻勢は激しい。
 いや、抵抗が強烈だということでもあるだろう。
 となれば、これだけ抵抗があるのは、護るべきものがある、ということの裏返しだろう。
「分の悪そうな我慢比べかと思っていたけど、負ける気はしていなかったんだよね」
 依緒は、この更に奥から湧出する『バグ・アーミー』の抵抗が激しい事を知る。
 であれば、ここから一気に突き進めば自ずと『重要人物』の元へとたどりつくことができるのではないか。
 そう考えたのだ。
「敵を知り、己をしれば……っていうしね。みんな、こっちの道を行こう! 敵の抵抗が激しい!」
 依緒はそう仲間に呼びかけ『重要人物』の捕らわれている道へと導くように『バグ・アーミー』の猛攻に耐えながら道を示すのだった――。

スミカ・スカーフ

 敵基地内部の戦闘機械群『バグ・アーミー』は湧出し続けている。
 ここが√EDENにおける『病院』事件と関連し、黒幕が糸引く要であるというのならば、まさしくこの抵抗の激しさが全てを物語っているようにスミカ・スカーフ(FNSCARの少女人形・h00964)には思えてならなかった。
 とは言え、真っ直ぐに突っ込むのは得策ではない。
 彼女が探しているのは『重要人物』である。
 星詠みであるとされる人物。
 それがこの基地施設のどこかに捕らわれているのだという。
「しかし、時間を掛けすぎては……」
 敵の物量は相当なものである。
 この状況で時間を掛け過ぎればどうなるかなど言うまでもない。
 そう、事件の黒幕が『重要人物』を再びかどわかそうとするはずだ。
 であれば、時間は掛けられない。

「……であれば、『バグ・アーミー』を利用するとしましょう」
 彼女の考えでは戦闘機械群『バグ・アーミー』は施設の外部を警戒防衛する個体と内部を護る個体とに別れて通信を行っている。
 であれば、この通信と連携、さらには物量で持って√能力者たちを圧殺しようとしている。
 その間にて行われる情報通信は膨大なものとなるだろう。
 そして、その通信に誤った情報が紛れたのならばどうなるか。
「敵を撹乱することができる。そのためには」
 まずは敵を鹵獲しなければならない。
 用意したバックアップ素体、|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》を呼び寄せ、一体の『バグ・アーミー』を押さえつけ、その駆体を鹵獲する。
 暗号通信の解読には時間を擁するが、仲間たちの戦いがあればこそ集中できるものであった。

「……クラフト・アンド・デストロイ」
 スミカは√能力でもって誤情報を流す機器を作り出し、鹵獲した『バグ・アーミー』に取り付ける。
 誤情報は瞬く間にネットワークに入り込む。
 だが、それが誤情報であると認識されたのならば、排除されるだろう。
 しかし、誤情報である、ということがわかった時点でネットワークは締め出しのためにいくつかの方策を行うだろう。
 この端末からの情報は遮断せよ、などといった別の命令が放たれる。
「……なるほど。この基地の要である中枢……それはやはり地下ですか」
 スミカは理解する。
 それは最も守らねばならない場所であり、そこに『重要人物』がいるという証左でもある。
 であれば、とスミカは即座に仲間たちに連絡をいれる。
 √能力者たちは、それぞれの方法でもって『重要人物』たちの居場所を特定しようとしている。
 例え、地下にいる、とわかっても詳細な場所はまだわかっていない。
 けれどスミカは何一つ心配していなかった。
「新たな情報です。地下の何処かに『重要人物』が要る可能性大。探索は地上部ではなく、地下に限定して注力すべきです」
 その言葉を告げスミカは立ち上がる。
 此方の意図を『バグ・アーミー』が察知したかもしれない。
 であれば、己のすべきことは一つだ。
「ここで敵を食い止めましょう」
 スミカは少女人形分隊と共に迫る『バグ・アーミー』を迎え撃ち、仲間たちが地下への探索に移行するのを助けるのだった――。

夜風・イナミ

「ご、拷問……ひいい……!」
 夜風・イナミ(呪われ温泉カトブレパス・h00003)は伝え聞く所による星詠み『重要人物』が予知を拷問によって引き出されているという事実にガクガクブルブルと震えいてた。
 その体は頼りないものでなかった。
 だが、どうしたって体が震えてやまなかった。
 膝が笑っている。
 拷問。
 その言葉だけでイナミは震え上がるものであった。
「この世界は怖い機械が多くて苦手ですぅ……でも、でもぉ……んもぉ~早く助けに行ってあげないとですね……」
 イナミは決心した。
 そんな恐ろしいことを他の誰かが味わうなんて、許せるものではない。
 怖い。確かに怖い。
 けれど、仲間がいるのだ。
 
 すでに仲間たちによって『重要人物』が基地内部、その地下の何処かにいることが分かっている。
 であれば、進むべき道は闇雲に、ではないのだ。 
 指針がある。
 後は進むだけななのだ。
「んもぉ~! いっぱいいるのに見えなくなるなんてずるいです怖いですひい!」
 ちょっとした音にもイナミはビビり散らしていた。
 敵が何処に潜伏しているかわからないからだ。あの物陰から急に飛び出してくるかもしれないし、曲がり角から現れるかもしれない。 
 そればかりか、あの造形である。
 天井から急に飛びかかってくる可能性だってある。

「こ、怖すぎですぅ……! ええい、こうなったら! 精密機械禁止!ほっこり自然派温泉に入りたいです! そんな|不思議温泉【牛の湯】【ウシノユ】に入りたいで~す!!」
 その言葉と共に√能力が発露する。
 彼女の口から出た言葉はでまかせか、ただの願望でしかない。
 しかし、√能力を介せば、それはこの場においては本物になるのだ。
 そう、それこそが√能力。
 彼女は機械嫌いな温泉を呼び出し、源泉垂れ流し状態にして地下の通路をほかほかにしたのだ。
 さらには。
「湯もみ棒でざーぶざぶ!」
 温度を下げる湯もみ棒でイナミは床下浸水したような有り様の地下で『バグ・アーミー』たちを遠ざけ、わずかに揺らめいた波間を見つけただけで一瞬で飛び込み、本気の踏みつけで持って鉄の駆体を砕くのだ。

「えい、えい、おー!」
 おー?
 よくわからないが、気合だけは十分である。
 イナミは執拗過ぎる踏みつけで『バグ・アーミー』を破壊し、さらに湯の波が揺らめく度に飛び込んでは、その蹄でもって鋼鉄の体を踏みつけられるだけ踏み潰し続け、基地内部、その地下に機械を許さぬ徹底ぶりで戦い続けるのであった――。

ノーバディ・ノウズ

「【死を覚悟する】――なんて口にすると大層な台詞だよなぁ?」
 ノーバディ・ノウズ(WHO AM I?・h00867)は、無灯バイクと化した怪物を駆り、正しく|Dubhlachan《デュラハン》と呼ぶに相応しい姿となって基地内部の地下部へと走っていた。
 地下部が抵抗が激しいということであったが、なるほど、とノーバディは首肯するようだった。
 絶対死。 
 √能力者としての死。
 復活することのできぬ領域。
 今まさに、その領域にノーバディは踏み込んでいる。 
 だがしかし、それは本当に特別なことか、と彼は思っていただろう。
 なぜなら、√能力者として事件に赴く際に、どうせ復活するから死んでもいいと思うだろうか。
 思わない。
 少なくともノーバディは死ぬ気で戦うことはっても、死ぬつもりで戦うつもりはない。
 例え、死を覚悟していたとしても、それでも足掻いて、足掻いて、みっともなく死に抵抗するだろう。 
 絶対死が訪れる今際の際までであっても、だ。
 それは変わらない。
「つまりいつも通りってことさ。やってやるってんだよ!」
 かち合った『バグ・アーミー』を引き寄せ、影の騎士の姿をやめた。
 振りかぶったソードブレイザーの一撃で『バグ・アーミー』は寸断される。
「ギッ!?」
「おっと、ちょうどいいじゃあねぇか! おらぁ!」
 寸断された駆体を引き寄せ、真っ二つにした『バグ・アーミー』をまるで接合するように合わせ、己が首なしの胴体へと叩きつけるのだ。
 それは挿げ替えに頬かならない。

「|WHO AM I?《ダーレダ》つjってな! 俺こそ知りてぇよ!」
 だが、とノーバディは肩を笑わせた。 
 ごきげんだった。
『バグ・アーミー』の駆体を頭部としてすげ替えた彼は、今自分だどんな状態か知る由もないが、しかし、きっと洒落っ気を出して言うだろう。
 そう、こんな具合に。
「蜘蛛男参上! ってとこか? ハッ、そんなこと言われてもオメーらにはわかっかんねーんだろうなァ! しゃーねぇな!」
 文化ってもんがねーんだから、とノーバディは『バグ・アーミー』の頭部をもって無線通信ネットワークに入り込む。
 即座に異物として認識される。
 だが、接続ができるのならば、やるべきことは一つ。
「無駄にたくさんいるオメーらのネットワークから情報を浚わせてもらうぜ。つーか、あれだ」
 異物を排除せんと集まってきた『バグ・アーミー』を前にノーバディは 中指と薬指を折り曲げてポーズを取って見せる。
 流石にやりすぎだな、と自重するようにノーバディは軽く肩を馴らす。

「ギ、キキ!」
「あー、何言ってるか全然わかんねーけど、今の俺はオメーらよか速いぜ?」
 そう告げたノーバディは一瞬で迫る『バグ・アーミー』を切り裂き、さらに敵を打ちのめす。
 地下部への侵入はなせた。
 後は敵を蹴散らして、地下の何処かにいる『重要人物』を探すだけだ。
 ノーバディはズレそうになる頭部を抑えながら、正しく蜘蛛男めいた動きで持って『バグ・アーミー』を翻弄するのだった――。

禍神・空悟

 星詠み。
 それは正しく降りてきたとしか表現できぬゾディアック・サインによって予知を齎すものである。
 そして、それは√能力者側だけに存在するものではない。
 簒奪者もまた星詠みを擁することがある。 
 それは今回の事件を通してみて、改めて知ることになっただろうし、意識するものであったことだろう。
「星詠みを手籠めにしたっててか。敵さんも色々と考えてんだな、ご苦労なこった」
 禍神・空悟(万象炎壊の非天・h01729)は剣呑な空気をまとい、√ウォーゾーンへと足を踏み入れていた。
 √能力者たちが既に基地内部に至る道程を切り拓いている。
 彼は、そのさらに奥……地下へと踏み出していた。
 捕らわれているという星詠みである『重要人物』が地下部分の何処かにいるという情報を仲間たちが掴んだのだ。
 尚更である。
「んじゃまぁ、その考えを盛大にブチ壊しに行ってやるか」
 空悟は口裂を歪ませるように口角を釣り上げ、壊尽の黒炎を纏って地下部に蔓延る戦闘機械群『バグ・アーミー』へと迫る。
 |舞星《マイホシ》と呼ばれる体術。
 √能力であることは言うまでもないだろう。彼は己に死角から迫る『バグ・アーミー』の一撃を受け止めながら、瞬時に渾身の怪力たる力を発露し、その拳で持って鋼鉄の駆体を叩き潰した。

「打ち崩す」
 静かな言葉であった。
 しかし揺れるような黒炎と共に叩き込まれる痛打の一撃は、さらに敵を求めて踏み出す。
「隠れてねぇで、でてこいや。それとも一切合切燃え尽きねぇと出てこれねぇか?」
 インビジブルから引き出されたエネルギーが空悟の周囲から全てを焼き尽くす黒炎の波濤となって放たれる。
 燃えながら『バグ・アーミー』が飛び出してくるのを冷静に見つめ、拳を振るう。
 打ち込み、傷を追う。
 それは彼にとってわずかにも動揺を誘うものではなかった。
 これは王権決死戦である。

 死から遠ざかった√能力者にとって、絶対死の危険性がある戦いである。
 だが、彼はそんなこととっくに承知の上であった。
 そもそも、この程度で終わることなど微塵も思ってはいない。
 そうでなければ、決死戦の名を冠する意味などない。故に彼は数の暴力を前にして、また口角を釣り上げた。
「上等じゃねぇか」
 鍛え上げられた鉄壁の如き肉体。
 それすらも傷つける簒奪者の√能力。
 ならばこそ、血潮を流しながらも、それでも戦い続ける。

「さあ、来いよ。とことんやろうじゃねぇか。何事もアレコレ半端にするのは良くねぇよなぁ?」
 ごきん、と首が鳴る。
 空悟は獰猛な笑みを浮かべ、周囲に満ちる気配を感じ取り、空気の流れ一つでもって『バグ・アーミー』に裏拳を叩き込み、さらに己が四肢に組み付かんとする鋭き脚をも踏みつけるようにしてへし折り、黒炎を噴出させる。
「倒すなら倒す。探すなら探す。きっちりわけていこうぜ。なあ?」
 そう言って彼は仲間の√能力者たちに先を促す。
 此処は己だけでいい。
 そういうように肩を回す。
「ギ、キキ……」
「行かせねぇよ」
 空悟は先を急ぐ√能力者たちの背を護るように、しかして、そのつもりはないとでもいうようなぶっきらぼうな立ち振舞いと共に『バグ・アーミー』へと拳を叩きつけ、苛烈なる戦いの中で血風荒ぶような荒々しさを示すのだった――。

十枯嵐・立花

 十枯嵐・立花(白銀の猟狼・h02130)は、この事件が王権決死戦と呼ばれる大きな予知による戦いであることを知る。
 これがもしも、√能力者たちの勝利で終わるのならば√EDENにおける『病院』に関連した事件が大きく進展するのだと思った。
 細かいことはわからない。
 けれど、自分の力が役立つのならば、彼女はためらわない。
「とりあえず、今は盛大に暴れておくよ」
 基地の内部。 
 踏み込んだのは地下だった。
 すでに仲間の√能力者たちによって、この事件の黒幕と目される存在が拉致した星詠みである『重要人物』の所在が、地下の何処かにあるはずだという情報を得ていた。

 多くの仲間たちが戦っている。
 基地の外部では取り囲まれないように戦闘機械群の数を減らし、内部では地下への道を切り開き、湧出する敵を阻んでいる。
「時間は多く掛けられない……」
 けれど、立花は己にできることはやはり暴れることだろうと判断し、仲間たちを先に走らせた。
「任せて」
 立花は頷いた。
 それは仲間たちを信頼していることでもあったし、また同時に自分が此処で敵を阻むことができれば、『重要人物』が捕らえられている部屋を見つけるための時間が稼げると思ったからだ。
「キ、キキ……」
 鉄と鉄とをこすり合わせる音が響く。

 だが、気配が感じられない。
 どこだ、と彼女は見回す。潜伏した状態の『バグ・アーミー』は容易に見つけることはできない。
「なんとなく……そっち」
 立花は勘に従っていた。
 これまで彼女は山里で暮らしていた。猟師の見習いをしていたし、山の神と呼ばれる狼妖と人間の混血であるがゆえに、その感覚は人のそれとは違っていた。
 鉄の音。
 こすれる気配。
 しかし、そこにあるという確証はない。
 揺らぐような鉄の匂い、それすらわからない。わからない、が、しかし彼女は猟師見習いとしての直感がある。
 経験に裏付けされた直感。

 狩りをおこなうとき、己ならばどうするか。
 身を伏せ、気配を消すは当然。
 であれば。
「ギッ!」
「そこ!」
 とっさに払うようにして彼女の尾が奔る。
 それは|狼神の尾斬剣《ルプスレクス・テイルブリンガー》。
 鋭い一撃は横薙ぎのように襲いかかった『バグ・アーミー』を打ち据え、叩き伏せる。
 砕けた駆体を立花は踏みつけ、さらに飛ぶように駆け抜ける。
 敵の動揺は、先駆けが潰された時にこそ最も大きくなる。
 故に彼女は踏み込み、正しく狼の獰猛さそのもので『バグ・アーミー』たちを打倒し、仲間たちの時間を稼ぐのだった――。

ルシファー・アーク
アンジー・トゥエルヴ・ムラクモ

 生きねばならぬという強い意志が覚悟を生むのならば、死を覚悟することは即ち、生への執着に他ならないのではないだろうか。
 王権決死戦において、死とは覚悟するものである。
 死から遠ざかった√能力者においても、この王劍によってもたらされる絶対死領域は逃れ得ぬもの。
 如何なる存在とて、Ankerとのつながりを絶たれる定め。
 故に覚悟せよ。
 死とは遠い場所にあるものではなく、如何なる存在においても、その真横、間近にあるものである。
「これ企んだのどの派閥? |変人の集まり《レリギオス・ランページ》? それとも|人類絶対殺す連中《レリギオス・オーラム》のアホども? 少なくとも|僕の古巣《レリギオス・リュクルゴス》のやり口じゃあなさそうだけど」
  ルシファー・アーク(裏切りの決戦兵器/アバウトに生きる機動兵器・h00351)の駆体を揺らした。
 それは笑ったのかもしれないし、肩をすくめただけなのかもしれない。
 どちらにしたって、ベルセルクマシンであるルシファーの感情の機微というものを推し量ろうとしても、それは彼にしかわからないことであったかもしれない。
「それでも星詠みの力を利用するなんて……」
 ルシファーの言葉に対して、 アンジー・トゥエルヴ・ムラクモ(この身は人類のために/それと今日のラーメンのために・h00672)はむしろ、逆の印象を受けていた。

 √EDENにおける事件。
『病院』に関連した事件によって発覚した今回の王権決死戦。
 この黒幕の存在は未だ定かではない。
 √ウォーゾーンに存在する基地に今、√能力者たちは集い、この中に捕らわれているという星詠み『重要人物』を救出せんと動いている。
 ここが√ウォーゾーンであるから、当然それを阻むのは戦闘機械群だ。
 であれば自然、戦闘機械群が黒幕なのではとルシファーが疑うのも無理なからぬことである。
 同時に、それはアンジーの中では一つの可能性を浮上させていた。
「……もしかしたら、戦闘機械群以外が黒幕なのかもしれない」
「それって、『やっぱよくわかんない!!』っていうのと一緒じゃね?」
「そうとも言うかもしれない。でも、少なくとも戦闘機械群なら……考えられるのは『ドクトル・ランページ』の可能性が高い。あくまで、戦闘機械群の中で、なら。それに|人類抹殺派閥《レリギオス・オーラム》は人間を利用する発想自体ないから」
「ま、いいじゃん。行こうか、アンジーちゃん! √能力者のお仲間が道を切り拓いてくれたんだし、せっかくだ、エスコートしようか?」
 ルシファーのいつもの軽口めいた言葉にアンジーは特に反応しなかった。
 あれ? シカトされてる?
「敵を排除しつつ、敵基地内部に侵入、『重要人物』を保護、任務了解」
「あれ? マジで聞こえてない感じ? アンジーちゃーん?」
「人類栄光のために」
「マジかよ。でも、まあいいや! ALL-RANGE ORBIT MANEUVER、んじゃ折角だし、ちょっと遊ぼうか? ハハハハッ!!」
 ルシファーは無数のオービットレギオンを射出し、その半分を己とアンジーの直掩に当たらせ、半分は基地内部へと散開させる。
 情報を得なければならないと思ったのだ。

 だが、敵……この場合は戦闘機械群『バグ・アーミー』である。
 それらが基地内部のあちこちから湧出するのだ。そして、潜伏していた駆体が一斉にオービットレギオンを襲う。
「おっと、熱烈歓迎じゃん!」
「ルシファー」
「いや、巫山戯てないってば!」
「ならいいけど……形而上刀身形成完了。もう、そこは私の間合いだから」
 瞬間、アンジーの斬鋼刀が奔る。
 |形而上波動型刀身形成斬撃《イマジナリーソードウェイブスラッシュ》。 
 その斬撃は即ち、居合抜刀。
 斬撃は瞬時に二連撃となって、迫る『バグ・アーミー』を寸断する。
 だが、それでも次々と湧出する敵の数の多さにはルシファーが辟易する。

「おいおい、めちゃくちゃ湧き出すじゃん。数撃ちゃ当たるっていうか、撃てば当たるって感じだよ。びっくりだよ。不意打ちっていうかもうこれ、数でゴリ押してすりつぶしてやろうって気満々じゃん! ギャハハハ!」
 ルシファーはレギオンレーザー射撃とガトリングを放ちながら、高笑いする。
 その高笑いを背に聞きながらアンジーは互いの死角を塗りつぶすように立ち回る。
「二人で生きて帰るよ、ルシファー」
「あん? どうだかねえ! ま、なるようになるよ! 生存優先ならね!」
 そう言って二人は基地内部似て迫りくる『バグ・アーミー』の群れを打倒しながら、生き残るための戦いを続けるのだった――。

ルーシー・シャトー・ミルズ

 思い出の中に死がある。 
 昔日が死を示すというのなら、その刻よりも前に進んだ今は死から遠ざかったと言えるのだろうか。
 死を思え。
 その言葉の意味を ルーシー・シャトー・ミルズ(おかしなお姫様・h01765)は噛み締めたのかもしれない。
 思い出は甘いものだっただろうか。
 それとも別の味がしただろうか。
 けれど、彼女は覚悟する。
 死を思い出し、覚悟したのだ。
 己の胸に去来するもの。それもまた覚悟。
「わかるよ。Ankerとのつながりが切れるっていうのは、寂しいことだから」
 失ったものは埋まらない。
 欠落を得たのならばこそ、彼女は知るだろう。

 寂しさは何もかも奪っていく。
 体の内側から暖かな気持ちさえも奪っていく。
 透明になり過ぎることだと彼女は思う。
「それにね、死は救済じゃないんですよ」
 彼女は√ウォーゾーンの基地施設内部へと突入する。
 すでに多くの√能力者たちのおかげで、その道は容易いとまでは言わないが、突入を邪魔立てされるようなことはなかった。
「護りを打ち砕くのに手っ取り早いのは、少しでも敵の数を減らすこと」
 緑色のクッキーを一つまみ。
 あむあむクッキーは、どんな味わい? いいえ、このクッキーの本当は、アムアム食感にこそあるのです。
 独特の中毒性は、味わって見なければわからない不思議な食感。
 まほ使いになったような気分にルーシーは、それを本当にする。

 √能力でもって引き上げられた魔力を手繰り、彼女は基地内部から迫る戦闘機械群『バグ・アーミー』を打ち据えた。
「ギキッ!」
「ごめんね。余裕がないんだ。あむ、あむ」
 止まらない。
 緑色のクッキーの食感を味わいながら、ルーシーは戦場となった基地施設内部を奔る。
 仲間の√能力者たちのおかげで、そこかしこに『バグ・アーミー』の残骸が積み上げられている。
 これを障害物として扱えば、彼女は潜伏した『バグ・アーミー』が飛び出してきたって、へいちゃらであった。
「でも、全部を捉えるなんて無理! だからね! お魚さん!」
 彼女は周囲に浮かぶインビジブルからエネルギーを引き出す。

 √能力の発露。
 両手を二度叩いて呼び寄せたインビジブルたちは、不思議なもので、集合して合体していくのだ。
「つなげるまざるまじょりんぬ!」
 手を叩けば笑う。
 笑顔が増える。
 そういうものなのだ。
「おねがいね、|○-omni《マカロン・オムニ》!」
 合体したインビジブルが巨大な一匹の深海魚のような姿となって『バグ・アーミー』に迫る。
 それはまるで列車のようだな、とルーシーは思えた。
 長い、長い体。
 空中を棚引くようにして飛ぶインビジブルたち。
 それはどこかルーシーにとっては懐かしい光景だったかもしれない。
「さあ、何体壊れるでしょう。答えは……この後わかるよね?」
 笑う。
 もう取り戻せないものを思って笑う。
 失ったものは、いつかまた、なんて思えたらステキなことだけれど悲しいこと。
 壊れやすくて甘くってステキな心。
 ルーシーは呟く。

「しっかり生きなきゃね」
 死を思えばなおのこと。
 抱く欠落と共にルーシーは基地内部で『バグ・アーミー』を相手取って、その力の発露を示すようにインビジブルたちを呼び寄せ続けるのだった――。

八羽・楓蜜

 √EDENにおける『病院』事件に端に発する王権決死戦。
 それは死の危険性を示すものであった。
 容易い戦いではない。それは先駆けた仲間たちの戦いぶりを見ていればわかることだった。
 けれど、どうしたって胸の奥に疼くのは闘志であった。
 少なくとも、燃え尽きることはない何かが、燻るようにうずいている。
「死を覚悟、か」
 呟く言葉は、多くの√能力者が突入した基地施設の外から聞こえた。
 八羽・楓蜜(訳アリオンボロアパート「八羽荘」オーナー・h01581)の言葉だった。
 そこにあったのは獰猛な気配だった。
 女性でありながら、その体躯は練り上げられている。
 全身の全てが練磨の過程を刻み込んだのだと言われても疑うことができないほどに絞り上げられ、無駄のない筋肉という鎧で覆われているように思えた。

 彼女はAnkerというものを知らない。
 そもそも存在しないのかもしれないとさえ思った。
 であるのならば、死んだら蘇ることがないのかもしれないと思った。
 死というのならば、確実性のない蘇生に望みなど持たない。
 甦れないということは死ねないということだ。
 万が一があれば、どうなるのか。
 そう問われたのならば、楓蜜はきっと「それでも構わない」と笑い飛ばすかもしれない。

 なぜなら闘争とは、喧嘩のことを示す。
 喧嘩は彼女にとって世界と己とを繋ぐただ一つの糸――コミュニケーーションツールなのだ。
 己は暴力。
 暴力は己。
「負けで死んでも悔いなど欠片も残しはしない」
 彼女は基地施設の外部の突入口の前に立つ。
 突入していく√能力者たちにとって、背中から戦闘機械群『バグ・アーミー』が迫らぬようにと押し留める役割であった。
 危険な役割であることは重々承知であった。
 むしろ、そうであるからこそ立ち向かう理由になるのだというように、己が身を暴力という力でもって、全力の喧嘩に挑む。
 それは自身の存在を証明し続ける行為そのものであった。
「ふっ……」
 己が心中にある言葉をこねくり回したところで、何かが変わるわけでもない。
 彼女の目の前に見えるのは、極上の|喧嘩《フルコース》でしかない。
 そして、迫るは|戦闘機械群《オードブル》。
「存分に|壊し《あじわい》尽くそう」
 拳を打ち鳴らす。

 もはや見えるのは敵だけだ。
 突入する仲間たちの負担を減らすために外部から基地に戻ろうとする戦闘機械群『バグ・アーミー』を留める。
 吹き荒れるような呼気と共に身にまとう世界の歪みが漆黒に輝く。
 それは万物を掴み、投げ、蹴り、踏み、突き、砕く鏖殺の闘気。
「さて、闘るか。何事もここからが本番ってやつさ」
 そこにあったのは、|暴才《バイオレンス・タレント》。
 まじりっけなしの闘志。
 ただ拳を振るうこと。五体でもってことごとくを討ち滅ぼす。その方法を理論理屈ではなく本能で理解する以上なる精神性。
 脳内物質すら操って見せる。
 溢れるのは、甘い匂い。
 錯覚でしかない。
 嗅覚すら欺くような自己暗示にもにた闘争心と潜在能力。

「来いよ」
 短く告げた瞬間、迫るのは『バグ・アーミー』たちであった。
 踏み出す。
 その脚は明らかに異常であった。彼女が踏み出す度に、その体躯は盛り上がり……いや、違う。巨大化している。
 √能力。
『バグ・アーミー』たちは見上げただろう。 
 そこにある者の意味を計測しようとして、理解不能なる事象がそこにあることを認めざるを得なかった。
「ちまちまこまごまと、面倒だ。全部ぶっ壊す」
「ギッ……!?」
 戦闘機械群が、災害、災厄の類であるというのならば、今の彼女は|人災《ヒューマノイド・カタストロフ》であった。
 その踏み込みは『バグ・アーミー』をまるで昆虫でも踏みつけるようにして砕き、さらに踏み込む。
 全速力であった。
 ただそれだけで基地に集まらんとしていた『バグ・アーミー』たちは蹴散らされる。

 巨大であることは鈍重か。
 否である。
 鍛え上げられた体躯。その筋力量まで人間大から増量されているのだ。重さは、筋力量で全て解決されている。
 そして、エネルギーの全てはカロリーではなくインビジブルより引き出されて賄われている。
 踏み出す度に突進の勢いと彼女の筋力が弾き出す運動エネルギーによって重さが加わった脚部が踏み込むだけで激震が大地に奔る。
「ギッ、キキッ!!」
「抑えが効かなくなってきたな……まあいいか!!」
 これより先は|死地《デッド・ゾーン》である。

 殺気だけが戦場に充満している。
 蹂躙してなお、彼女は踏み込むのをやめない。巨大であるということは良いことだ。ただ踏みしめるだけで邪悪は散っていく。
 大地を踏み込む。
 あえて言うのならば、四股である。
 または字を変えて、醜足。
 その由来の通り、彼女の踏みしめた大地には殺気が満ちる。
 それは醜き邪気そのものであろう。故に踏みしめる。祓うことと同義であったが、彼女は満ち溢れるようにして笑った。

 しかし、その笑みも次第に薄れていくだろう。
 圧倒的であるということは、つまらないということなのだ。
 彼女が喧嘩に求めていたのは、ギリギリの応酬である。己が全力と相手の全力。それによって生命をすり減らすような激突こそが彼女の求めるものだった。
 一方的な破壊が、コミュニケーションになりえるか?
 なり得るはずがない。
「……つまらない」
 呟く。
 眼の前には『バグ・アーミー』の残骸が踏みつけられ、ひしゃげている。
 まるで虫を潰すような作業でしかなかった。
 何度も何度も動き回り、包囲されないように突進と踏みしめる震脚を繰り返すだけだった。
 身に刻まれた傷跡は、生半可なものではない。
 それでも痛みは彼女を満たしていなかった。
「ああ……」
 倒せば倒すほど。
 肉体から溢れ出る血潮とは裏腹に、心は飢えて乾いていくのだ。
 喘ぐように彼女は求めるだろう。
 戦いを。
 いや、違う。
 結局のところ、メインディッシュを、だ。

「オードブルでは満足できるわけもなし。やはり、|王劍持ち《メインディッシュ》を|ぶっ壊す《たいらげる》までは満たされないか」
 彼女の渇望は、敵にしか向かない。
 仮に彼女が相対する敵が、彼女の求める以上を齎すかもしれなくても構いやしないのだ。
 それによって死ぬのだとしても。 
 それでも喧嘩がしたい。
 挑み続けたい。
 世界に己を示したいというエゴ。
 それだけのために彼女は、√ウォーゾーンに踏み込んだのだ。

 両手を広げる。
 どこにいるのだろうか。どこにけば|闘《や》れるのか。
 わからない。わからないが、それでもその時は近づいてきているのかもしれない。
 そんな予感を覚えながら、楓蜜は己の体に漲る力を発露するように、未だ迫る『バグ・アーミー』たちを踏みつける。
 足を這い上がるようにして迫る『バグ・アーミー』すら構わずはたき落とす。
「もっとだ。もっと、私を」
「キ、キッキキ!」
「もっとだと言ってる!」
 暴れ狂う巨人めいた戦い方をする楓蜜は咆哮する。
 此処にいるのだと。
 闘おうと。思うままに力を振るおうと、己の渇望のままに彼女は血に塗れた――。

カレン・イチノセ
アンナ・イチノセ
川西・エミリー
サン・アスペラ

 √能力者たちが迫ったのは、√ウォーゾーンの基地。
 そこに√EDENにおける『病院』に関連した事件、その『重要人物』が捕らわれているのだという。
 故に√能力者たちは基地に攻め入る。
 突入口をこじ開け、外部に広がる戦闘機械群『バグ・アーミー』の群れを切り拓いて内部へと雪崩込んでいる。
「命を懸けた即興劇になりそうですね」
 川西・エミリー(晴空に響き渡る歌劇・h04862)は、破壊された『バグ・アーミー』の鉄の骸を見下ろしながら空から突入口へと飛び込む。
 此処を護る√能力者たちがいたおかげで恙無く彼女は基地内部に足を踏み入れることができた。
 宙に浮かぶ彼女は周囲を見回す。
 至るところに敵の残骸がある。
 どうやら他の√能力者たちは奥深くまで進んでいるようだった。
「これは……やはり厳しい戦いになりそうです。ですが、助けを求める人がいる以上、躊躇う理由にはなりません!」
 エミリーは急がなければと基地内部を飛ぶように進んでいく。

 そんな最中、基地の奥からは戦いの音が響いていた。
「これこれ、こういう戦いを待ってたんだよ!」
 それはサン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)の声だった。
 どこか高揚したような声色にエミリーは仲間の√能力者であることを確認し、その戦いぶりの勇猛果敢なる様に目を見開いた。
「キ、キキッ!」
 鉄をすり合わせるような音を立てながら迫りくる『バグ・アーミー』にサンは、√能力によって生み出されたサンドバックでもって受け止め、その重さを上乗せしたように、その自慢の拳を叩き込んでいたのだ。
 ひしゃげるようにして『バグ・アーミー』の駆体が歪む。
 奔る鉄の脚の鋭い一撃を彼女は受け止めながら、しかし。
「この程度の痛みっ! 痛みのうちに入らないよ!」

 気合一閃。
 |努根性領域《ドコンジョウ・フィールド》が広がる。
 彼女はただ気合のみにて痛みを耐え、根性を増幅させることで『バグ・アーミー』の一撃を受けても怯むこと無く拳を叩きつけ、今度こそ本当に『バグ・アーミー』を殴り飛ばしてしまったのだ。
 恐るべきことである。
「まだまだ! 歯ぁ食いしばって根性見せろ!」
「歯を食いしばるかはわからないけれど、フォローはするよ」
「とにかく数が多いからね」
 サンの言葉に答えたのは、即席とは言え互いの動きをフォローし合う、カレン・イチノセ(承継者・h05077)とアンナ・イチノセ(狙撃手・h05721)だった。
 彼女たちの戦い方はアンナが後方からカレンの死角を潰すものであった。
 そもそもアンナは√能力者ではない。
 だからといって足を引っ張るわけではない。構えたアサルトウェポンから放たれる弾丸が前に走るサンとカレンを援護し、その動きを更に加速させていたのだ。

 背中に意識を向ける必要がない分、二人は勢いにまかせて『バグ・アーミー』を打ちのめすことができる。
 さらに言えば、彼女が『バグ・アーミー』を打ち倒せなくても動きを止めることはできるのだ。背後からの不意打ちも彼女という目があるおかげでほとんどが不発に終わっているようであった。
 しかし、敵の数は多い。
「捌ききれなくなったら」
「根性!」
「いや、フォローしあって退路を探す。多少の傷は平気だけれど」
「それは私もだよ!」
 カレンはその言葉を受けながら、拳を握りしめた。
 憧れたのは、今な亡き人。
 その拳をカレンは受け継いでいる。
 故に|黒鉄の拳《フォーティ・キャリバー》。
 追うのは幻影。
 だがしかし、眼の前に迫るは鋼鉄の蟲。
 振るう拳の一撃が『バグ・アーミー』の装甲をぶち抜き、ひしゃげながら吹き飛ぶ。

「本当敵の数が尋常じゃない。どこか湧出する場所があるんじゃないの!?」
「今のところ、そういう場所は見当たらない。けど、明らかに地下から出てきている。まるでわたしたちを阻もうとしている」
 アンナの言葉にサンは頷く。
「でしたら、おまかせを」
 響いたのは臨時ニュースを告げるチャイム。
 そこかしこの無線スピーカーから響く音に三人は面を上げた。
 それは『バグ・アーミー』にとっても同様だっただろう。何が起こったのだと思うまもなく、√能力の発露を示す光が基地施設内部に広がる。
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます」
 それはエミリーの√能力。
 響くは、|マ弾の射手《デア・フライシュッツ》。
 瞬間、焼夷弾がアンナが示した『バグ・アーミー』が湧出し続ける地下へと続く道へと殺到する。

 炸裂する爆発。
 そして燃焼。膨れ上がった熱波が三人の肌を舐めるようにして駆け抜ける。
「我が軍は緊密な連携のもと決死的な作戦を敢行し、大なる戦果を収めたり」
「派手にやったね」
「敵は退けられました。これで地下への道は開けたかと」 
 エミリーの言葉にサンは確かにそうだけど、と破壊された『バグ・アーミー』の残骸を蹴り飛ばす。
「でも、まだ出てくる」
 アンナが示した先にあったのは、燃焼し続ける地下から湧き出す『バグ・アーミー』であった。
 やはり、突破し、『重要人物』を確保しないことには、この消耗戦めいた戦いも終わらないのだろう。
「やっぱり、奥に進むしかない。地下に先に言った√能力者もいるのよね?」
 カレンの言葉にエミリーは頷く。
「そのようです。『重要人物』の所在、そのおおよその位置はやはり地下にある、と」
「これだけ敵が出てくれば、間違いないよね」
 サンはうん、と頷く。
 戦いは苛烈だ。
 けれど、疲れた、などと言ってはいられない。
 ここからだ。
 ここからが本番なのだ。
 手傷は負っている。痛みはない。激痛耐性は痛みを覚えさせないが、しかし、傷事態は残るのだ。
 サンの√能力によって10分以内に全快するとは言え、逼迫した状況では過信できないだろう。
 そして、その10分間をしのげるほど、恐らく黒幕である存在は甘くはない。
 ここからは正しく決死戦。
「行こう!」
 サンの言葉に三人は頷く。
 覚悟してきたのだ。
 死を。そして生きる覚悟を。その覚悟を抱いて三人はさらに湧出する『バグ・アーミー』と戦い、道をこじ開けるのだった――。

神代・京介
コルネリア・ランメルツ
雨深・希海
ルメル・グリザイユ

 √EDENの『病院』事件。
 その事件のあり方、そしてこれまで黒幕の存在を感知させぬ手腕。
 慎重にして狡猾。
 そう思わせる黒幕の一切が未だ不明である。
 ゾディアック・サインによって予知する星詠み。それは√能力者側だけではなく、簒奪者側にも存在している。
 それを改めて認識させられる事件であるようにルメル・グリザイユ(寂滅を抱く影・h01485)と神代・京介(くたびれた兵士・h03096)は思えてならなかった。
「敵側に星詠みが居る、っていうのはなんとな~く察していたけれども……“協力者”じゃあないのかあ」
「『重要人物』は拉致され拷問されて協力させられているのならば、健康な状態とも思えんな」
 とは言え、星詠みもまた√能力者である。
 簡単に死ねない。
 だからこそ、拷問という手段が成り立つのだろう。
 加えて言うのならば、眼の前の√ウォーゾーンの基地。
 すでに多くの√能力者たちが内部に突入している。この突入口を護る√能力者たちもいるおかげで外部に展開した戦闘機械群『バグ・アーミー』たちは抑えられている。
 だが、基地内部の戦力は未だ膨大と言っていい。
「やはり敵からしても『重要人物』のいる基地だけのことはある。捜索の前に敵を如何にかしなければならないな」
「なら、任せてよ」
  雨深・希海(星繋ぐ剣・h00017)は基地内部の地下へと向かって走り出した。

 すでに√能力者たちの探索によって基地内部、その地下の何処かに『重要人物』が捕らわれた場所があることまではわかっている。
 それが敵にも伝わっているのだろう。
 地下に向かおうとすれば『バグ・アーミー』の抵抗が激しくなってきている。
 加えて、潜伏状態の『バグ・アーミー』がいつどこから飛び出してくるかわからないのだ。
 厄介だ。
 希海はそう思ったが、仲間たちがいる。
 サポートしてくれるし、共に戦ってくれる。
「ああ、希海ちゃん。索敵は二人に任せて、僕らは敵の排除に専念しよっか~」
「いくよ! コルちゃん、お願い!」
 その言葉に コルネリア・ランメルツ(名を探す地竜・h07126)は頷いた。
「インビジブルたちは、やっぱり地下にいるみたい。ただ」
「目撃はされていない、か」
「そうみたい。やっぱり捕らえた部屋から一歩も外に出したことはないみたい」
 コルネリアの√能力、|大地の口寄せ《チリュウノササヤキ》によってインビジブルたちtの証言は得られた。だが、ここ最近三日以内において、『重要人物』の姿を見た者はいないようだった。
 京介もまた同様だった。
 レギオンスォームによって小型レギオンたちを基地内部に走らせ、超感覚センサーによって索敵を行っていたが、『バグ・アーミー』と√能力者たちの戦闘が激ししすぎる。
 言ってしまえば、それだけ『重要人物』の重要性が高いということもである。

「直に行かねばわからない、ということなのだろう。もしくは、もっと地下奥深くまで行かねばならない、か」
「なら行くしかないよ! レイン!」
 浮遊砲台から希海がレーザーを放ち、道をこじ開ける。
 破壊された『バグ・アーミー』の残骸から飛び出すようにして新たな『バグ・アーミー』が飛びかかってくる。
 倒しても倒してもきりがない。 
 そう思えるほどに湧出してくるのだ。
「おっけ~。んじゃ、まかせてよ」
 瞬間、ルメルの√能力が発露する。
 希海に飛びかかった『バグ・アーミ』の駆体が地面に押さえつけられる。
 それは重力操作による牽制。加えて、亜空間へと『バグ・アーミー』の脚部を転移させて漕ぐ液の手段を奪い、さらにそこへルメルは容赦なく一撃を叩き込み、粉砕するのだ。

 砕けた破片と共にルメルはさらに走る。
「掴まえた。…ふふ、たっぷり可愛がってあげる」
 伸ばした掌。
 そして、向けた視線。
 彼の瞳に煌めく√能力の発露。
 インビジブルの孤影から引き出されたエネルギーを受けて彼の瞳が煌めいているのだ。
 広げた掌が握りしめられた瞬間、そこにはもがく『バグ・アーミー』の駆体があった。
「ギッ!?」
「動力源はここかな?」
 ルメルは正確にナイフを突き立て、『バグ・アーミー』の動きを止める。
 さらに希海が走り抜ける。

「京介さん、コルちゃん、ここはまかせて!」
 二人の基地内部の捜索の邪魔はさせないとばかりに希海は迫る『バグ・アーミー』の大群と相対する。 
 飛びかかる一撃は鋭く重たい。
 そして何より数が多いのだ。
 彼女の周囲に浮かぶレイン砲台がエネルギーを生み出してバリアへと変貌し、その一撃を防ぐ。
「ギ、キキッ!!」
「くっ……数が、多いのはやっぱり重たい!」
「京介さん!」
「分かっている。希海、ルメル、堪えられるか」
 京介の言葉にルメルと希海は頷いた。
「と~ぜんっ。まっかせておいてよ~!」
 ルメルは京介の言葉に敵中に飛び込み、『バグ・アーミー』を己の手元に引き寄せ、打ち据える。
 とは言え、迫る敵の大群である。
 駆体の破片が舞い散る中、ルメルと希海は京介とコルネリアに敵の手が及ばぬようにせき止めるので精一杯だった。

「お願い!」
 コルネリアは二人が敵の大群を抑えきれぬと判断すると|竜に組みする隣人たち《リュウミャクヨリシミダスセイメイタチ》に願う。 
 その願いに呼応するように引き出されたエネルギーと共に周囲の浮遊霊や精霊、魔の存在が一気に走り抜け霊障でもって『バグ・アーミー』たちを吹き飛ばす。
 とは言え、それは焼け石に水であった。
 地下はやはり敵にとって重要な場所なのだろう。 
「いや、重点的に護るように……警護するように命ぜられていた、か」
 京介は迫る敵の群れを見やり判断する。
 |戦闘機装《レギオネス・エグゼクター》をもって招集していた戦闘人形たちもまた並み居る敵の群れを押させつける。
 
「やはり敵の急所は地下、か」
「そうみたい。この子たちも地下には近づけなかった、と言っているみたいだし」
 コルネリアの言葉に京介は頷く。
 であれば、やはり強行突破するしかないだろう。
 希海とルメル。
 二人が前衛を張ってくれたおかげで、ここまで情報が集まった。
 であれば、ここからは道を切り開くことに注力したほうがいいだろうと判断するのは当然だった。

「ここからは俺達も戦いに参加する。ルメル、希海、その先の通路から動体反応。数と速度から見て……」
「敵ってことね、おっけ~」
 ルメルが京介の指示にしたがって走る。
 破壊の音が響き、ルメルはおいでおいでと掌を幾度が手招きするようなハンドサインを示した。
 コルネリアと希海も続く。
 地下は思った以上に多くの雑多であった。
 あちこちに戦いの跡が残されている。
 √能力者たちがまだそこかしこで戦っているのだ。
「希海ちゃん、薙ぎ払って」
「うん、任せて。一気に蹴散らすよ、ストームブリンガー Mode:B! 」
 振りかぶるのはパルスブレード。 
 レインの一点集中によって蘇生されたビームを発振する実体剣。
 その破壊制圧形態へと変貌したパルスブレードを一気に希海はふるった。

 |蒼嵐暴殲剣《ストームブリンガー・バスターエフェクト》。
 それは正しくビームの嵐。
 蒼く輝く残光は、一瞬にして二連撃をもって『バグ・アーミー』たちを蹴散らした軌跡にほかならない。
 飛びかからんとしていた敵すら両断し、希海は基地施設の内部の壁面を切り裂いていた。
「……ショートカット、でいいよね?」
「狙った~?」
 ルメルの言葉に希海は、ぎこちなく頷いた。
 自信があったように思えなかったが、コルネリアは小さく拍手をしていた。
 そんな三人の姿を認め、京介は息を吐き出す。 
 なんだかんだと連携は取れているのだ。
 敵の群れに対して、心配はない。だが、問題はやはり一つ。
「速度が大事だ。希海がショートカットしてくれたのなら、この先に進む。とにかく探索範囲を広げていくしかない。後続の√能力者たちもいる。俺達は俺達にできることをしよう」
 その言葉に三人は頷く。
 そう、敵の数は多く。
 死を覚悟しなければならない局面は、恐らく必ずやってくる。 
 であれば、己たちの持てる全てを持って相対しなければならない。例え、全てを注ぎ込んだとしても、勝利は確約されていない。
 命もまた同じだ。
 必ず、確実に、ということは何一つない。
 身一つ。
 不確かな運命のゆらぎに手を伸ばし続けるしかないのだ――。

薄羽・ヒバリ
ミア・セパルトゥラ

 死ぬのは嫌だ。
 それは生存を第一とする生命であれば当然抱く、死への忌避感。
 生きるために死から遠ざからねばならない。
 けれど、生きることは死に近づくこと。
  ミア・セパルトゥラ(M7-Sepultura・h02990)は、死ぬことが嫌だった。
 大好きな人に会えなくなる。
 本当は嫌だ。嫌で嫌で仕方ない。
 けれど、その気持があるからこそ、彼女は覚悟したのだ。
「いかなくちゃ」
 足が震えたかもしれない。
 ためらったかもしれない。
 けれど、彼女はそうした震えもためらいも噛み殺して戦場に立つ。

 その背中を追い越すようにして基地内部を飛ぶのは、小型レギオンたちであった。
「いっしょに行こう!」
 ミアが振り返った先にいたのは、薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)だった。
 √ウォーゾーンには似つかわしい瀟洒な装い。
 けれど、どこかミアと同じ気持ちを抱いていることが感じさせられる。
 そう、彼女も一緒なのだとミアは思った。
 いかなくちゃ、という思い。
 死への恐怖を伴しながら、しかし前に進む意思。

 ヒバリにもミアの瞳にも宿るもの。
 それを標にして二人は基地内部を走る。周囲には先んじて突入した√能力者たちによって築かれた戦闘機械群『バグ・アーミー』の残骸がある。
 それは徐々に奥に、そして地下に続く道すがらに増えているのが見て取れただろう。
「て、敵の残骸が多いね。これって……」
「つまりそういうことっしょ!」
 ヒバリの軽やかな言葉にミアは伴われて、基地内部、その地下へと踏み込む。
 さらに地下に向かえば敵の苛烈な抵抗を示すような痕跡が残っていた。
「|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》、お願い」
 ミアのバックアップ素体は4人一組になって、ヒバリをカバーしあう範囲で活動させる。
 敵の抵抗が激しいのならば、ここからが敵の潜伏による不意の一撃を受けやすいと思ったからだ。

「ありがと! でも警戒しすぎるにこしたことはないっしょ。レギオン! ……あ、しーっ! ね?」
 バーチャルキーボードを軽快に叩いて、ヒバリは慌ててタイピン音をオフにする。
 敵の探知を免れるように√能力で持って隠密モードに入ったのだ。
 肉眼以外のあらゆる探知に引っかからないことで、敵との交戦を避けて二人は基地内部の地下へと向かう。
 更に奥へ進まなければならない。
 やはり、時間が惜しい。
 できる限り速く『重要人物』を探し出さねばならない。
 ヒバリは焦るというよりも逸る気持ちを抑えた。
 √EDENの病院で行われていた人体実験。
 そして、√ウォーゾーンにあった収容所。
 それらが点と点とでつながったのだ。
「やっぱ王権執行者が関わってたんだ。星詠みさんを捕まえて影でコソコソみんなを苦しめてたのも、戦闘機械群を従えているのも、√ウォーゾーンをこの計画のぶち兄選んでるのも!」
「し、しーっ!」
「……あっ、ごめん! でも、も~全部がマジありえないっ」
 よね!? とヒバリは顔だけでミアに同意を求めた。
 ミアはそんなヒバリに頷くばかりだ。
 けれど、この状況も事件の黒幕にとっては織り込み済みなのかもしれない。そう思えるほどに敵はこれまで尻尾を見せなかったし、掴ませなかった。
 その用意周到さ。
 いや、慎重さというべきか。
 それがあまりにも度を越しているように思えてならなかったのだ。だからこそ、ミアも慎重を期する。
 なぜなら、要救助者である『重要人物』を見つけたとしても、その後の退路が絶たれていては、元の木阿弥になってしまうからだ。

「……敵、いました『バグ・アーミー』……」
「マジ? 戦いを避けるのはこれ以上、難しい漢字かな?」
「数が、数ですから……」
「なら……任せておいて! |CODE:Chase《コードチェイス》! いってらっしゃい!」
 ヒバリはさらにバーチャルキーボードにコードを打ち込み、小型無人兵器レギオンを放ち、レーザー砲でもってミアから示された座標へと向かわせる。
「キキキキッ!!」
 鉄をこすり合わせる音が響く。 
 レギオンと『バグ・アーミー』の戦いが始まったのだ。
 追尾ミサイルが飛び、爆炎が荒ぶ中、ヒバリとミアは走る。
 敵の追撃を躱すように二人は爆炎の中を突っ切って進む。背後から『バグ・アーミー』が襲い来るが、ミアは√能力の発露によって、一瞬でインビジブルと己の位置を入れ替える。

「キキッ!」
 振り下ろされた一撃にミアの分身となったインビジブルが弾け、『バグ・アーミー』を更に後方に吹き飛ばす。
「それ便利!」
「ですが、万能でもないです。後方からまた敵、きます!」
「そいじゃ、レギオン! お願い!」
 ヒバリは、キーボードを叩きながら走れば、レギオンが交戦していた一群から彼女たちを守るために舞い戻り、その駆体を『バグ・アーミー』にぶつけて吹き飛ばす。
 敵との距離を置きながら、二人は地下の奥へと走り込む。

 まだ敵の数は多い。
 けれど、ここまで到達できたのならば、後は後続の√能力者たちも気がついてくれるだろう。
「インビジブルさん、星詠みさんを知りませんか!」
 ミアは周囲にあったインビジブルに呼びかける。
 ゆらりと孤影が揺らめき、彼女の√能力に反応を示すように、その深海魚の如き視えぬ怪物は、己の口先で方角を示す。
「あっち? あっちに……?」
「いるってことかな! でも!」
 ヒバリは迫った『バグ・アーミー』の一撃を右掌で受け止める。
 √能力の打ち消し。
 さらにプロテクトバリアでもって攻撃を防御するが、敵の群れが多すぎる。
「数多いね、さっきよりさぁ!?」
「……なら、やっぱりこの先です! でも、数が……!」
 多すぎる。
 二人だけで突破することは難しい。後少し。
 あと少しで『重要人物』に届くはずなのだ。ここまで来て、退くことはできない。
 さりとて、これは王権決死戦。
 絶対死領域。
 下手に踏み込めば死ぬことになる。
 まだ何も成してはいない。

 ミアは己のバックアップ素体たちでもって襲い来る『バグ・アーミー』たちの猛攻をしのぎながら、ヒバリと共に呻く。
「ちょーっと私たちだけじゃ、荷が勝ちすぎちゃう、かな?」
 ヒバリはキーボードを叩く。
 レギオンがレーザー砲で敵を焼き切りながら、それでも懸命に二人を守るように展開している。
 ジリジリと追い詰められていく最中、死の足音が二人に近づいてくるようだった。

 二人は覚悟していた。
 死を覚悟していた。
 だが、だからといってむざむざ死ぬつもりもなければ、諦めるつもりもなかった。
「生きなくちゃ!」
「とーぜん! コスメの新作も、おしゃれなカフェも、まだまだ堪能したりないもん! がんばろ!」
 二人の瞳に諦観はない。
 自分たちがここで堪えていれば、必ず仲間たちが駆けつけてくれる。
 それを信じて二人は迫りくる『バグ・アーミー』たちの猛攻に耐えきるのだった――。

森屋・巳琥
パンドラ・パンデモニウム
深雪・モルゲンシュテルン
澄月・澪

「これが、『なにか』だったのかな。突き止めたって言っていいのかな」
 澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)は√EDENの『病院』にまつわる事件、そしてそこからつながった√ウォーゾーンの収容所の繋がりが今ここに結実したことを知る。
 すでに彼女のいる場所は絶対死領域。
 王権決死戦である。
 微塵の油断も許されない。
 一歩進めば、そこにあるのは絶対死という断絶。

 いや、その恐怖よりも先にどうして? という感情が先走ったようだった。
 √ウォーゾーンの収容所を見た。
 人間が集められていた。
 そして、『なにか』が行われていた。
「ご覧の通り」
 そんな澪に 深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は諦念にも似た嘆息を吐き出していた。
「√ウォーゾーンは悪行隠れ蓑に適した腐敗した√です」
 自嘲とも言える言葉。
 それに澪は頭を振った。
 生きねばならない。死を覚悟することは生きることを諦めないことだ。
 例え、一歩先が絶対死であっても、だ。
 故に深雪は彼女の手を取った。
「金属の悪意に満ちた世界で生き残るため、私の力を使って下さい」
「うん、二人で生きて帰るために。行こう、深雪ちゃん!」
「……澪さんが全てを護ろうと願う分、私があなたを護ります」
 決意は固く。
 けれど、握った手は離した。
 ともに戦うのならば、繋いだままではいられないから。

 二人は敵基地内部に突入する。
 すでに先んじた√能力者たちによって、敵基地の防衛線は突破され、また背後を突かれぬように仲間たちが体を張ってくれている。
 さらに基地内部も多くの戦いによって道が切り開かれている。
「どうやら、敵の星詠み……『重要人物』は地下に存在するようです」
 澪と深雪は、先に基地内部に入っていたパンドラ・パンデモニウム(希望という名の災厄、災厄という名の希望・h00179)と森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)の二人と合流を果たす。
 
 地下。
 そう、地下なのだ。
 敵は星詠みを地下の何処かに捕らえている。そして、それを奪わんとする√能力者たちを『バグ・アーミー』で迎撃させている。
 その抵抗の苛烈さから見ても地下でまちがいないと言えるだろう。
「黒幕が星詠みの力を使い戦略的に動くのであれば、それを補足した今、戦術的に素早く動かねばなりません。それに……」
 巳琥はこうした敵の抵抗を仲間たちが削ぎ落としてくれていることを理解していた。
 足場を固めてもらったのならば、躊躇うことはない。
 この場を把握するために僅かな躊躇いも許されない。
「時間がないですね」
 間に合うだろうか。

「間に合わせましょう」
 パンドラの言葉に三人は『バグ・アーミー』の残骸夥しい地下へと飛び込み、更に走る。
 パンドラは思う。
 さらわれた星詠みを助け出すのは、同じ星詠みとしての務めだと。
 だが、それもまた崇高な使命であれど、己の内側に渦巻く感情もまた同様であるとは彼女自身言い難いものだった。
 そう、この事件の黒幕は命を弄び、死を弄んでいるように思えてならないのだ。
 それはどうしたって許せるものではない。 
 ただ、許しがたいという思いだけで今、パンドラは絶対死領域に足を踏み入れていた。

 そんな彼女の激情に比例する。
 眼前に迫る敵の抵抗はさらに激しさを増すように、その鉄の駆体を擲つように迫ってきている。
「闇雲の戦っては先が見えないですね。とは言え、情報収集だけに注力すr暇もまりません。であれば、アナイアレイターモジュール展開。『従霊』各機、システムオールグリーン」
 |殲滅兵装形態《アナイアレイターモジュール》へち深雪は移行し、浮遊砲台を操り、迫る『バグ・アーミー』を一瞬で撃ち抜く。
 呼応する砲台の反応速度は通常の二倍。
 更には空間把握能力によって進むべき道の先に立ちふさがる『バグ・アーミー』を瞬時に補足し、高火力の光線でもって撃ち抜くのだ。
 これが、六連装思念誘導砲『従霊』である。

 その光線の最中、澪もまた魔剣『オブリビオン』を手に銀髪を揺らして駆ける。
「まずは、敵を減らさないと。足を止めるよ!」
 √能力の発露を示すように澪の瞳が煌めく。
 インビジブルよりエネルギーを引き出し、放たれるは、|魔剣執行・剣嵐《マケンシッコウ・ケンラン》。
 彼女たちが走る眼前、そこに飛び込んできた『バグ・アーミー』を飲み込むような斬撃の嵐。
 一瞬の|記憶《メモリー》の欠損。 
 それによって動きを僅かに止めた『バグ・アーミー』たちをパンドラは睨めつけた。

「我が身より今ひとたび放たれよ、大いなる海神の尽きせぬ怒り」
 それは封印災厄。
 動きを止めた『バグ・アーミー』など的も当然である。
 凄まじい震動が、その鉄の駆体を揺るがし、その内部機構をも歪ませるのだ。内部の機構が歪めば、如何にソフトが無事であっても、その動きは制限されるだろう。
「脚が一杯あって安定性は高そうですけれど……それを構築している内部の構造までも安定しているとは限りませんものね?」
「蜃気楼の分隊、前へ!」
 巳琥 の言葉に彼女に姿を類似させた素体たちが走る。
 パンドラの√能力によって動きを止めた『バグ・アーミー』を排除し、押しのけ、さらに進むべき道を走る。

「いけますか! この先に敵が密集しています。恐らく……これ、√能力者です!」
 巳琥 は白銀の雫の願いを以て、この戦いに挑んでいる。
 契約の力。
 覚醒する力によって、この状況において最も必要な能力を引き上げる。
 知覚……つまりは情報収集。 
 この戦場のあらゆる事象を情報として習得し、彼女はこの先に先駆けた√能力者たちがいるのを知ったのだ。
 そして、目を見開く。
 この音。
 戦いの音とは違う音。
 なにか、打ち付ける音。

「これ、は……」
 判断できない。
 自分だけでは。そして、さらに敵が迫っている。
「我が身より今ひとたび放たれよ、三重に終焉をもたらすもの」
 パンドラの瞳が輝く。
 災厄の解放。
 空間認識を失調させ、また同時に災厄は『バグ・アーミー』たちは自身たちを敵と認識して錯乱し、同士討ちを始める。
 そして、彼女の指差す先……天より注ぐ隕石が基地の天井を突き抜け、地面すら抉りながら地下にある『バグ・アーミー』を打ち据えるのだ。
 強撃の一撃にえぐられた基地施設が瓦礫をさらに山積させ、『バグ・アーミー』を押しつぶすのだ。

「……聞こえますか?」
 巳琥の言葉に深雪は頷く。
 サイボーグである彼女の耳。それがとらえたのは、先んじて地下の最奥まで到達していた√能力者たちの音だけではなく、それとは異なるもう一つの音。
 打ち据える音。
 いや、叩く音と言ってもいい。
「まさかこれが……!」
 彼女の手元に転送されてくるのは、√能力によって得られた地中レーダー。
 パンドラの√能力によって基地の外側は破壊されているが、地中レーダーがあれば地下にある空間の様子を認識できるだろう。

「澪さん!」
「うん! ハムちゃん、お願い!」
 澪のハムスターのぬいぐるみが一気に走り出し、その小さな体躯故に瓦礫の合間を縫って入り込んでいく。
「魂のゆらぎが視えます……」
 パンドラは目を見開く。
 魂に波動というものがあるのならば、今、彼女はそれを感じていた。
 あと一歩のところまで到達していた√能力者のそれと、もう一つ。
 瓦礫の奥にそれを感じているのだ。

「瓦礫を除去します」
 その言葉に澪と深雪が瓦礫を切り裂き、吹き飛ばしていく。
 その先にあったのは、ハムスターレギオンたちが集まる一つの扉。
 パンドラも巳琥もまた確信していた。
 ここだ。
 ここなのだ、と。
 中から確かに生体反応がある。
 漸く。漸くだ。
 第一の目的。『重要人物』の確保。
 それが今、多くの√能力者たちの活躍と助力によってなされようとしていた。

 外側から施錠されていた扉の鍵を深雪は切断し、ドアを開く。
 差し込む光は、その内側の闇に差し込み、『重要人物』の瞳を照らすのだった――。

第2章 冒険 『重要人物からの情報収集』


――――――
※注意※
第二章は、発見した『重要人物』、星詠みとの邂逅になります。
最初の会話で皆さんへの第一印象が決まります。
その後は、選択肢にある通り、会話によって情報を得ることができます。
また、👑の数は、黒幕がやってくるまでの時間を現しています。
そのため、👑が達成された時点で第二章は打ち切られます。
――――――

 開かれた扉。
 そこは窓も何もなかった。
 √能力者が踏み込み、見たのは闇、そして床から伸びる鎖。
 その先にあったのは、差し込んだ光に照らされた一人の女性。
「……あ、あ……ヒッ! い、いや! もういや! 私、何も、見てない! 見てない!」
 怯えた声が響く。
 扉が開くことと、彼女の中では恐らく黒幕の拷問めいた時間の始まりが同義となっているのだろう。 
 状況を正しく理解できていない彼女は、怯えるように部屋の奥へと後ずさる。
 だが、鎖がそれ以上の後退を許さず、背中から彼女は倒れ込んでしまう。
「やめて! やめて! もう嫌っ! 私何も知らないっ、知らないんですっ!」
 その恐怖。
 その涙。
 全ては黒幕が予知を引き出すために行った非道なる拷問の結果なのだろう。
 そう思わせるには、十分すぎるほどに疲弊した女性の姿に、√能力者たちは如何なる行動を取るだろうか――。
クラウス・イーザリー

 √ウォーゾーンの基地施設の地下、その最奥に捕らわれていたのは女性の人間だった。
 年若い……クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、少なくとも自分よりは僅かに年齢が上であろうか、と彼女を見て思った。
 だが、疲弊した様子で自分たちより身を離そうと後ずさる姿は、あまりにも悲痛な様子に写っただろう。
「来ない、来ないでっ……! 私っ、私……!」
「大丈夫だよ、落ち着いて。俺達は君を助けに来たんだ」
 クラウスは痛々しい彼女の姿に心が締め付けられる思いだった。だが、それを隠さねばならないと思った。
 己の心が痛むからと言って、この痛みは彼女のものではない。
 であれば、それを隠して優しく微笑むしかないのだ。
 それに、と思う。

 こんな場所に閉じ込められ、拷問されてまともな精神状態であるはずがない。
 これ以上彼女の心を傷つけるのは忍びない。
 √能力によって召喚された|陽の鳥《ヒノトリ》……太陽光のような光をまとった鳥の幻影によって、暗い部屋が明るく灯される。
「な、何っ……ま、眩しい……!」
「ごめん。だけど、君は疲弊してる。少しでも癒そうと思ったんだ」
 クラウスは改める。
「君の傷、それに飢えと渇きを癒そうと思う。これ、飲めるかい?」
 幻影が小さく羽ばたいたのを見て、もう一度クラウスは彼女に告げる。そして、手にしたゼリー飲料を差し出す。
 彼女は瞼を手で覆ったままだったが、指の合間から差し込むような光に僅かに頷く。

「そのまま落ち着いて聞いて。その鎖、壊すよ」
「壊す、って……そんなこと、できるわけが」
「できる。ちょっとだけ我慢してね」
 クラウスはそう告げて、自分の行動をすぐに行うことはなかった。
 距離を図っているようでもあったし、彼女はそうしたクラウスの行動に僅かに警戒を解いたようだった。
 ぼっ、と音を立てて鳥の幻影が鎖の一部を溶かして焼き切る。
 そのさまを見て、彼女は益々目を丸くする。
「……っ!」
「これで大丈夫」
 クラウスは矢継ぎ早に彼女に聞きたいことがあった。
 だが、彼女が落ち着くのを待つように膝を折って彼女の前にいる。ゼリー飲料をゆっくりとだが、飲み干した彼女の頬に赤みが僅かに戻るのを見て、一息つけたかとクラウスは見計らう。

「……話せそう、かな」
「は、い……その、ありがとう、ございます……」
 しゃがれたような声。
 ここで助けを求めて叫んでいたのだろう。喉を痛めていた彼女は、ゆっくりと言葉を紡いで頷く。
「早速で済まない。無理にとは言わない。思い出したくないことだろうから……けれど、話せそうなら、君をこんな目に遭わせた奴のことを聞かせてくれないか」
「私、を……」
 女性は自分の胸元に手を当てて、跳ねる心臓を抑えるような所作をした。
 やはり、とクラウスは思う。
 彼女に拷問でもって予知を引き出していたのならば、それを想起させたのだろう。
 これ以上は、とクラウスは彼女を止めようとしたが、彼女はしっかりとした眼差しをもってクラウスを見つめていた。

「女の子、です……コウモリの羽が生えた……外国人、みたいな……赤い、目をした……金髪の、女の子……じ、自分のことを、きゅ、吸血鬼、だって……そう、言って、ました」
 途絶え途絶え言葉を紡ぐ女性。
 彼女は息を飲む。
 思い出すだけで、その身に受けた仕打ちを思い出したのだろう。
 肩を自ら抱くようにして震えながら、己をここに捕らえた存在がどんな姿をしていたのかを告げるのだった――。

シンシア・ウォーカー

 コウモリの羽。
 赤い目。
 金髪の女の子。
「その特徴は……マローネ・コール?」
 それが星詠み『重要人物』を、この基地に捕らえていた存在であり、√EDENから連なる『病院』事件の黒幕であることをシンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は知った。
 思い出すだけでもトラウマを誘発する。
 それほどまでに星詠みの彼女は精神的拷問に晒されていたのだろう。
 そもそも、この暗い部屋に閉じ込めているだけでも孤独感を与えたであろうし、恐らく睡眠の妨害も行われていたことだろう。
 もっと言えば、星詠みの家族に対する暴力などをほのめかしていたかもしれない。
 そして、現実認識を歪めるような他√への拉致。
 光を遮断し、時間さえも曖昧にするほどの精神的混乱。
 繰り返される尋問。
 どれもが彼女の心に苦痛を与えたであろうことをシンシアは理解した。

「あ、大福あるの。よかったら! それにまだ名乗っていませんでした。私は、シンシア。貴方のお名前を聞いてもいいですか?」
「あの、ありがとう、ございます……私、|北河・三玲《キタガワ・ミレイ》、です」
「三玲さん、こちらの星詠みがそう遠くないうちにここに黒幕が来ることを予知しました。貴方を守るためにも話を聞きたいのです」
 ですが、安心してください、とシンシアは彼女の前に膝をつく。
 不安にさせることはしない。
 だが、彼女を守るために多くの仲間たちがやってきていることは事実だった。

 だからこそ、情報が必要なのだ。
「思い出すのも辛いこと、と思います。いったいいつ頃から、ここに?」
「……時間の感覚が、あいまい、で……でも、い、一年以上、は……」
「そうですか……」
 それだけ長い時間一人で精神的な拷問に耐えてきたのかと思えば、シンシアは彼女を急かすことはできないと思った。
 ゆっくりと、けれど彼女が落ち着くのを待ってもう一つ彼女は問いかけた。
「貴方は星詠み。であれば、どのような予知を相手は知りたがっていましたか?」
「つながる道を、知りたがっていました。るーと、えでんの……繋がる道は、どこ、と……そう、聞かれたことが、多かった……です」
 彼女の言葉にシンシアは頷く。
 時間は掛けられない。だが、情報は得なければならない。
 捕らえられた彼女を発見してから既に時間が立っている。
 経過からみて、彼女に尋ねることができるのは、次が恐らく最後になるだろう――。

水垣・シズク
レギオン・リーダー

 時間は多くはない。
 √能力者たちが√ウォーゾーンの基地を強襲したことは、すでに事件の黒幕であり|『王権執行者』《レガリアグレイド》の知るところであるはずだ。
  水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)は、自らの風貌が星詠みの『重要人物』、北河・三玲のトラウマを刺激しかねないと遠巻きに見守っていた。
 彼女は確実に心を折られている。
 長きに渡る精神的拷問。
 それによって彼女の心は完膚なきまで黒幕である存在に傷つけられているのだ。

「一点、よろしいでしょうか」
 シズクは北河・三玲に近づくことはしなかったが、ゆっくりと彼女に告げる。
 黒幕の正体はおおよそ彼女たちの中で決定漬けられている。
 だが、聞かがりなことがあった。
 この√ウォーゾーンの簒奪者。
 戦闘機械群。
 これらはいくつかの派閥に別れて行動していることが知られている。故に、シズクたちが黒幕が指名手配吸血鬼『マローネ・コール』であるというのならば、戦闘機械群の派閥のいずれかが協力しているはずだと考えたのだ。
 その情報がほとんど得られていない。
 シズクは思う。
 あの『マローネ・コール』が単騎で現れるとは思えない。
 時期現れるであろうが、その時、配下を連れて来る可能性は高い。
「あなたを捕らえていた者がなにか引き連れていた、ということはありませんでしたか?」
「……赤い深海魚、のようなものが浮かんで、いました……」
「赤い深海魚?」
 シズクは戦闘機械群ではないのか、と首を傾げただろう。
 赤い深海魚のような簒奪者、と考えればいいのか。
 いずれにせよ、シズクは戦闘機械群の派閥のトップが来ることないだろうと思っていたが、それでも『マローネ・コール』は手勢を引き連れて現れる可能性があることを理解しただろう。

 そして、その間に小さな影が飛び出す。
「おいすー三玲ちゃんやっほ☆」
 眼の前に躍り出たのは、レギオン・リーダー(レギオンを率いるもの・h01846)だった。
 レギオン。
 小型の戦闘機械群である。
「みんなのシュールなマスコット、レギオン・リーダー参上だぜ! 俺が来たからには、吸血鬼なんてけちょんけちょんよ!」
「で、でも……あ、あの、人は……!」
 恐ろしい。
 そう訴えるようだった。
「そうかい? こんな可愛い見た目の俺だが、意外と頼りになるんだぜ?」
 カクカクした動きでレギオンはおどけて見せた。
 僅かに場の空気が和んだように思える。
 そして、レギオンは告げる。
「思い出すのも辛いだろうが……あんたの前で、そいつはなにか口にしていなかったか? なにかの名前や、そうだな、物や人物、組織、場所、あるは日時と言ったものをさ」
「わ、わからないです……あの人は、私に何も、いわなかったです、ただ……知りたいことだけを」
 知ろうとしただけなのだ、と。
 レギオンはなるほどな、と思う。
 徹底した慎重さ。ややもすれば臆病とすら取れるが、それは全て手堅さの延長線上なのだろう。
 それ故に今まで露見してこなかったのだから。
「なるほどなぁ。いや、ほんとごめんな。嫌なことを思い出させちまって。でも、さっき言ったことは本当だぜ?」
「……さっき?」
「ああ、けちょんけちょんにしてやるよ、あんたをこんな目に遭わせたやつをな!」
 レギオンは、その小さな体躯を揺らした。
 それを見て、僅かに北河・三玲の表情は和らいだかもしれない。

 やはり北河・三玲は多くを知らされていない。だが、√能力者たちにとって幸いだったのは、彼女を捕らえていた存在、黒幕が指名手配吸血鬼『マローネ・コール』ではないかということ。
 そして、彼女の慎重で手堅い性格を思えば、必ずや手勢と言う名の護衛を伴うであろうこと。
 それらのことがわかったことで√能力者たちは僅かでも、これより起こり得る事態への対処に時間を得るのだった――。

第3章 ボス戦 『指名手配吸血鬼『マローネ・コール』』


●|王権執行者《レガリアグレイド》
『どれだけ生きるのだとしても、土に帰る。
 己は土塊。
 なれど歩き回り、考えうる限りを考える土塊。
 例え塵だから、塵に帰るのだと言われても、己の一片も奪われることはない』

「ちっ、この場所まで突き止めてきたのね、あなた達」
 それは唐突に振って湧いたような声だった。
 破壊された√ウォーゾーンの基地。
 地下までぶち抜くかのような破壊の痕。
 まるで大地が隆起した山の頂きのような施設の瓦礫の頂点に、一人の少女が立っていた。
 風になびくのは金色の髪。
 睥睨するのは赤い瞳。
 広げたのはコウモリの翼。
 手にしているのは、白い剣。

 浅い溜息が溢れた。
「これまで、アタシがどれだけ準備に時間を掛けてきたと思っているの」
 それは落胆の感情だった。
 彼女――指名手配吸血鬼『マローネ・コール』は、しかしその言葉とは裏腹に冷静だった。
「でも、もう無理ね。ここはアタシの負け」
 潔いと言えば潔いのだろう。
 彼女は肩をすくめた。そこにはある種の余裕さえ見て取れるようだった。
「この『王劍』の力がある限り、私は何度でもやり直せる」
 手にした白い剣。それが『王劍』であるのだろう。それを証明するように彼女の周囲には強大なインビジブルの大群が渦巻くようだった。
 そして同時に彼女の周囲に渦巻くのは赤い深海魚の如き『暴走インビジブルの群れ』。
 彼女が一人で姿を現す訳が無い。
『マローネ・コール』を守るように『暴走インビジブルの群れ』は渦巻き、さらに√能力者たちを取り囲む。
 まるで逃げ場などないというかのように渦巻いているのだ。
 そして、√能力者たちは、己の『欠落』を埋め得る存在、Ankerとのつながりが途絶したのを直感的に理解しただろう。
 寄る辺もなく、寄す処もない。
 ただ独り海原に漂うかの如き不安が襲い来る。

 故に『絶対死領域』。

「ここで、あなた達を全部殺して、また最初からやり直させて貰うわ」
 皆殺し。
 鏖殺。
 眼の前の強大なインビジブルの大群が揺らめく姿を見ては、それが可能なのだと思わせるには十分だった。
 言いようのない不安がこみ上げる。
 例えようのない恐れが溢れる。
 震える手足はしびれゆく。
 されど、眼の前に迫るは『『絶対死』。
「ふふん、ざぁ~こ……なんて言うわけないわ――」

――――!!!警告!!!――――
 ※このシナリオに参加希望の方は、プレイングの冒頭に【死を覚悟する】と記載してください(【 】も必要)。記載がない場合は採用できません。
 ※前章までのご自身のキャラクターのリプレイにおける状態、​🔴の数をよくご確認ください。ですが、それも宛にはできません。
 ※難易度をよくご確認ください。『至難』です。
 ※このシナリオは王権決死戦です。参加者には『絶対死』の危険性があります。
 ※絶対死したキャラクターは殆どのコンテンツが使えなくなり、二度と蘇ることはありません。覚悟のうえで、王権決死戦にご参加ください。
――――!!!警告!!!――――

●√
 誰かの瞳に写った|亀裂《√》走る世界を視るのは『欠落』。
『欠落』を抱えるのは、その心が健全ではないからだ。 
 健やかな心には、忌むべき真実の記憶は刻まれない。
 真実は時として人を不幸にする。
 なら目指すべき約束の場所――|楽園《√EDEN》を知りながら、√能力者は皆等しく不幸である。

 君は否定するだろう。
 しかし、厳然として眼の前には真実しかない。現実は偽らない。偽るのは己の心だけだ。
 それでも忘れることはできない。
 √能力者は『欠落』得て、知ってしまったからだ。
 正道ではない己を。
 王道ではない己を。
 さりとて邪道でもない己を。
 ただ不幸にも異端に成ってしまった己を。
 故に、君は視るだろう。
 数多に重なった√を。

 死することのできぬ運命は、今、『王劍』によって断絶された。

 選べ。
 その手で。
 生か、死か。その√を――。
伊和・依緒

 物語がある。
 誰かの目に留まるものもあれば、留まらぬものもあるだろう。
 それを残酷だと、これが現実だと言うのはあまりにも極論が過ぎるというものだ。生命はいずれも物語を内包する。
 故に選び続ける。
 死に行く者の定めは、生きること。
 生きることは死にゆく結末をたどること。
 であれば、死より遠ざかった√能力者にとって、改めて突きつけられる選択は、ひどく――。

「そんな目をしてもダメよ。どちらにしたってあなた達は逃さない。ここで全部殺す」
 指名手配吸血鬼『マローネ・コール』は強大なインビジブルよりエネルギーを引き出しながら、嵐のように『暴走インビジブルの群れ』を 伊和・依緒(その身に神を封ずる者・h00215)へと差し向けた。
 心に恐怖がないわけではない。
 現実は常に選択を強いてくる。
 つまり、この場においては戦うか生きるか、逃げるか死ぬか。
 どちらにしたって彼女には意味もない選択肢であった。
 選ぶまでもない。
 ここは『絶対死領域』。
 逃げられない。
「もともと死なないなんて思ってないし」
「Ankerとの繋がりが途絶しているってのいうのに、強がりね?」
「つながりが断絶したって、待ってっくれるみんながいなくなったわけじゃないから」
 それに、と依緒は己が手を打ち据えた。

『暴走インビジブルの群れ』が迫る。
 赤い霊気を纏った巨体は、牙を向いて彼女の体を噛み殺さんとしているし、彼女に襲うは赤き汚染。
 疑心暗鬼。
 果たして己の心にあるものは、本当に正しいのか。『マローネ・コール』の言う通り、強がりではないのか。
 そう思えてならない。
 だが、依緒は頭を振る。

 己が語るは|葦原中国《アシハラノナカツクニ》。
 彼女を取り巻く周囲は、国津神の結界に代わり、振るう霊刀の一撃が『暴走インビジブルの群れ』の一体を切り裂いた。
 赤い霊気が飛沫のように飛び散る中、彼女は走る。
 切り込む、というのが正しいだろう。
 薙ぎ払うようにふるった霊刀の一撃が『暴走インビジブル』の鱗に激突して火花を散らす。
 だが、敵は『暴走インビジブル』だけではない。
『マローネ・コール』を討とうと迫るのであれば、当然、『マローネ・コール』もまた彼女に迫っている。
 もとよりやり過ごす、という意識はない。
 彼女にとってのこの戦いは、鏖殺でしかない。
 故に『マローネ・コール』の赤い瞳が√能力の発露に煌めいた。

「ねえ、どうして、あなた達はそうなのかしらね?」
 眼前に『マローネ・コール』の笑む顔があった。
 一瞬。 
 そう、一瞬で『マローネ・コール』は依緒の眼前に迫っていた。
 赤い爪。
 鋭き爪の一閃が依緒の霊刀を弾き、横薙ぎの一撃が彼女の身を切り裂く。
 防御が間に合わない。
 空間の歪みすら間に合わぬ爪の一閃。武装ジャケットを切り裂き、オーラすらも引き裂きながら最後に残ったのは、彼女の霊的防護であった。
 それ故に、内蔵に致命的な一撃を免れていた。
 しかし、それでも、だ。
 浅くはない。
 鮮血が舞う中、依緒は呻き血反吐を堪え、振りかぶった。
「出力差は歴然。これだけの力の差を見ても向かってくるのは、勇敢だけれど、蛮勇、無謀とは思わないのかしら?」
 消える。
 オーラを纏って『マローネ・コール』の姿が依緒の眼の前から消えていく。

 姿を隠されては、と彼女は思ったかもしれない。
 だが堪えた血反吐を撒き散らしながら依緒の瞳にインビジブルの孤影が揺らめいた。
 引き出されたエネルギーの発露。
 手繰り寄せるは、無数の矛。
 空に浮かぶ彼女の『八千矛』の切っ先が消えゆく『マローネ・コール』を睨めつけるように剣呑な輝きを放った。
「吸血鬼だって、穴だらけは厳しいよね!」
 込めた力は、|滅魂撃《メッコンゲキ》。
 放った無数の矛は空を切る。
 だが、それも彼女には目論見の一つだった。『マローネ・コール』を認識できない。だが、確実に彼女に向けて放たれた。

 そして、彼女の矛は視えぬ敵に降り注いだ。視えないはずだ。なのに、どうしてか彼女の矛は宙を走って『マローネ・コール』に迫っているのだ。
 まるで視えているように。
「なんでよ!」
 語るべくもないが、彼女の語る物語によって、その矛は必中。
『マローネ・コール』は舌打ちする。
「だったら、逃れるまでよ」
 彼女の打ち込んだ矛。その雨は効果範囲が限定されている。
 であれば、その範囲から逃れれば必中効果からも逃れられるのだ。
 切り裂かれた腹部を抑え、血を滴らせながら、けれど、視えぬ敵を睨めつけた。
「災厄には消えてもらわないとね……!」
 そう、逃さない。
 赤い爪が閃き、注ぐ矛を弾く。
 その様を見やりながら依緒は、また一つ血の塊を地面に吐瀉するのだった――。

クラウス・イーザリー

 誰かの死が誰かの生を繋ぎ止めている。
 きっとそこに『|■■《希望》』はあったのだろうかと考えてしまう。
 詮無きことだとはわかっている。
 だが、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の身を襲っているのは、恐怖よりも心細さだった。
 多くの√能力者たちがいる。
 けれど、その中にあってクラウスは一層の孤独を感じていた。
 つながりが絶たれている。
 Ankerとの。
 それが『絶対死領域』である。

 それ故にクラウスは気がついた。
 つながりを絶たれたがゆえに彼は今の今まで己のAnkerが、今に自身を繋ぎ止めてっくれていたのだということを。
 涙は出ない。 
 恐怖は打ち消せない。
 だが、いつか見た闊達な笑顔を思い出した。
「負けられない」
「ふふん、意気だけはいいのよね、どいつもこいつも」
 指名手配吸血鬼『マローネ・コール』は白い剣を掲げ、周囲に強大なインビジブルを引き寄せた。
 さらに呼応するように『暴走インビジブルの群れ』がクラウスに迫る。
「全員皆殺しだっていうのに、逃げもしないんだから。まあ、逃がすつもりもないけれど」
「悪いな、それはさせないよ」
「させない? どの口が言っているのよ」
『マローネ・クローネ』の姿を認め、クラウスは赤いオーラを見据える。
『暴走インビジブルの群れ』から放たれた√能力の爆発がクラウスに迫る。

「……!」
 手を伸ばす。
 爆発の最中、|氷の跳躍《フリーズリープ》によって瞬時に周囲に漂うインビジブルと己の位置を入れ替える。
 だが、すぐさま爆発が迫り、なおかつ『マローネ・コール』が眼前に踏み込んでいた。振りかぶるのは白い剣。
 その一閃がクラウスの体を袈裟懸けに切り裂く。
 跳躍が間に合わない。
 血潮を撒き散らしながら、クラウスは後方に飛ぶ。
 インビジブルと位置を入れ替えたことで冷気を放つ状態となったインビジブル。
 それを『マローネ・コール』は振り払いながら、さらにクラウスにトドメを刺そうと迫るのだ。

「彼女を……ずっと苦しみに耐えてきた三玲さんを元の場所に帰すためにも……!」
 負けられない。
 だが、『マローネ・コール』は笑った。
「ふ、ふふふ、あははは! 元の場所に帰す? ばっかじゃないの? “元の場所”なんてあるわけないじゃない!」
「なに?」
 クラウスは眉根を寄せる。
 痛みに、ではない。『マローネ・コール』の言葉に、だ。

「察しが悪いわね。あの星詠みの帰る元の場所なんてとっっく、アタシが消してるに決まってるじゃない」
 つまり、それは。
 彼女に強いる要因ともなるであろう彼女の家族や、それに類するものを『マローネ・コール』は手にかけているということだ。
 彼女が引き連れた『暴走インビジブルの群れ』なら、証拠も残さず、それができる。
 そう、彼女がこの場を逃れても、待つのは、ただの地獄。生き地獄だ。

 クラウスの瞳にインビジブルの孤影が揺らめく。
 引きずり出すようなエネルギーの奔流と共に、クラウスは天へと手を掲げた。
 注ぐは、|虹色の雨《ニジイロノアメ》。
 火球が『マローネ・コール』へと注ぎ、彼女の体が傾ぐ。
 さらに『暴走インビジブルの群れ』へとレイン砲台やサイコドローンで砲撃を敢行する。
 だが、その砲火の中を『暴走インビジブルの群れ』がかき分けるようにしてクラウスの体を弾き飛ばし、『マローネ・コール』は白い剣の切っ先を真っ直ぐに彼の首へと突き出す。
 死、が近づいている。
 それを悟った瞬間、クラウスはオーラと霊的防護を重ねて身を捩る。
「……っ、そんなことを!」
「したわよ。だって、家族がいたら騒ぎ立てるでしょう? 騒ぎ立てる者がいなければ、そもそも存在なんてしていなかったことになる。そういうものよ」
「許されると思っているのか!」
「許す許さないじゃないわ? できるか、できないか!」
 血潮が飛ぶ。
 その最中にクラウスは氷の柱を生み出し、『マローネ・コール』へと叩きつけた。
 死は覚悟している。
 けれど、死ぬために戦っているわけじゃあない。
 例え、己が劣勢に立たされていようとも。
 例え、『■■』が己になかったとしても、それでも今のクラウスを突き動かすものがあるからこそ、その一撃は渾身の力を持って叩きつけられたのだった――。

空地・海人

 覚悟しなければならない。 
 相手は『王権執行者』。
 そして、手にするのは『王劍』。
 Ankerとのつながりを立つ『絶対死領域』に踏み込んだのならば、空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は己のバックルに手を触れる。
 手にしたのは『ルートフィルム』。
 気が進む、進まないの話ではない。
 事態は一刻を争う。
 であれば海人は、手にした『ルートフィルム』の一つを手に取った。
 灰白色のアクセプトカートリッジ。
「……現像」
 呟いた瞬間、海人の姿は『フィルムアクセプターポライズ √ウォーゾーンフォーム』へと変身する。

 瞬間、彼の体が駆け出す。
 最も必要なのは今、速度だと判断したのだ。
 意識はすでにない。
 あるのは敵を殲滅しなければならないという意思ではなく、プログラムめいた行動原理だけだった。 
 全てにおいて敵の撃破最優先。
 それが『√ウォーゾーンフォーム』なのだ。

『フィルム・アクセプターポライズ』となった彼の身を覆うのはナノマシンであるうネガフィルムセル。
 ナノマシンであるから、全身に装備を形成し、両足のネガミサイルランチャーからミサイルが発射され、『暴走インビジブルの群れ』に飲み込まれていく。
 爆発が巻き起こる中、『暴走インビジブルの群れ』は構わず、海人へとまるで海の波をかき分けるようにして迫っていた。
 剥き出しになった牙がナノマシンの装甲を貫く。
 だが、止まることはなかった。
「――」
 そう、敵の撃破以外は何もいらない。
 再び両足からミサイルが放たれ、食らいついた『暴走インビジブルの群れ』を吹き飛ばす。

「面白いわね、妙な力のあり方! それもあなたの√能力ってわけ?」
 指名手配吸血鬼『マローネ・コール』は『暴走インビジブルの群れ』に群がられる海人を見やり笑っている。
 だが、そこに油断はなかった。
 彼女の立っていた場所に叩き込まれるミサイル。
 爆風が立ち上り、『フィルム・アクセプターポライズ』の双眼のレンズが揺らめく光に照らされて輝く。
 しかし、爆発の中に彼女はいなかった。
 一瞬。 
 一瞬で彼女は『フィルム・アクセプターポライズ』の眼前にあらわれていた。
 √能力。 
 赤き爪の射程にまで飛ぶ彼女の√能力は速く、そして鋭い。
 如何に彼が速度を二倍に√能力で増加させているのだとしても、振り切れる速さではなかった。

「ねぇ、いくら速くても、相性っていうものがあるでしょう? あなたとアタシ、言っておくけれど相性最悪よ?」
 振るわれる赤い爪。
 その一閃がナノマシン装甲を容易く切り裂かれ、血が噴出する。 
 返り血。
 それを彼女は一滴たりとて浴びることなく、その場から消えていた。
 双眼レンズに捕らえられない。
 肩部のネガレーダーで追跡せんとするが、それすらも躱すように『マローネ・コール』は、嘲笑う。
「だから言ったでしょう? あなたとアタシは相性最悪だって。ああ、最悪だっていうのは、あなたにとっては最悪。アタシにとっては最高よ?」
 背後に唐突に現れた『マローネ・コール』は海人の背から赤い爪の一撃を叩き込まんと腕を振り上げた瞬間、海人は振り返っていた。
「……!?」
「――」
 手にしていたのは、砕けたファイナルクラスタデュープ――ナノマシンセルだった。
 彼は『マローネ・コール』から受けた√能力を複製し、我が物としていたのだ。
 だが、それも初撃を耐える必要があった。
 故にナノマシン装甲でもって身を護り、致命傷を避けたのだ。

「チッ、面倒なことを!」
「――」
 距離を取らんとする『マローネ・コール』。
 しかし、それを許さない速度で海人は踏み込んでいた。それが何故可能なのか。
 言うまでもない。
 速度2倍にしても届かなかった速度。
 だが、今や彼は√能力によって√能力を模倣し、『マローネ・コール』へと己の間合いで踏み込んでいたのだ。
 振るわれるネガビームシザーズ。
 その一撃は『マローネ・コール』の手にした白い剣に受け止められ、力の奔流が周囲に火花と成って散る。

「上等じゃないの。このアタシを速度で」
「……現像」
 さらに√ウォゾーンフォームが腕力を二倍にし彼女の体を白い剣ごと弾き飛ばす。
 そして、その体躯がゆらりと消えゆく。
 これもまた『マローネ・コール』の√能力であった。
 瞬く間に再びフォームを変更し、隠密力を二倍にし『マローネ・コール』、そして『暴走インビジブルの群れ』から逃れて距離を取るのだ。
「鬱陶しいったらないわね。こんなんでアタシをどうにかできるとでも思ったの?」
「――」
「なんとか言ったらどうなのよ」
「――」
 関係ない。
 意識のない海人には、『マローネ・コール』の言葉など無意味だ。
 姿を消し、距離を取った海人は即座に右肩のネガプラズマキャノンを向ける。
『暴走インビジブルの群れ』を巻き込む形で放った一撃が、爆風を巻き上げ、√ウォゾーンの基地そのものを巻き込みながら破壊を齎すのだった――。

●√
 戦いの趨勢は、拮抗していた。
 星は瞬く、その瞬きの合間に幾つもの生命が失われては生まれていく。
 星霜経るのだとしても、その循環は理。
 なら、繰り返される戦いもまた同様だろうか。

 しかし、その中で生命が煌めく。

 戦えぬものを逃すために。
 多くを取りこぼさぬように。
 燃える闘志に叫ぶように。
 苛立ちに後押しされるように誰かの涙を拭うのではなく流すために。

 死が終着点だというのならば、それは互いも同様だと言う。
 されど、真に恐れるべきものは敵だけではならぬ。
 生命奪うものを前にしても尚、共に在ることができるからこそ愛おしいと思う心が見知らぬ誰かに手を差し伸べる証明になる。
 選ばずとも生死は迫るものだ。
 それはどうしようもないものだ。認めねばならない。
 死の恐怖はどうしようもないものだと。だが、強者のみが生きて、弱者のみが死ぬのならば、世界はもっと単純だったはずだ。
 強者にも、弱者にも死という厄は訪れる。

 不幸であったのは、己だけか。
 違うと思う。弱者であることと強者であったことは決して結ばれるものではなかったはずだ。
 繋がり絶たれて尚、√能力者たちの隣には共に生きるものたちがいる。
 指名手配吸血鬼『マローネ・コール』はどうだ。
 見るがいい。
 彼女の瞳に、視界に映る数多の生命の煌きより立ち上る火を。
 火は継がれていく。
 凍てついた絶望や折れた心の荒涼にさえ、その篝火は灯されるのだ。

『絶対死領域』にあって、誰も死なせぬというものがいる。己もまた死なぬと覚悟するものがいる。
『暴走インビジブルの群れ』が苛立つように渦巻く。
 生きる。
 生きることは死ぬことだ。
 結局、終着はそこにしかない――のなら、自らの命をどのように使うべきかを知るものたちがいる。
 全力を持って、守る。

 それは義憤からのみ溢れたものではなかった。
 発露したのは、誰かの大切なものを守らんとする決意。
 人は独りでは生きていけない。
 生命だってそうだ。
 紡がねばならない。連綿と紡ぐためには、己の手が繋ぎ止めるためにあるのだということを知る。
 友を思う。
 友ならぬ誰かもまた思う。
 もしも、その繋いだ手の輪の外から、そのつながりを断つものがいたのだとしたら?

 許せないと思う。 
 誰かの些細な幸せを断ち切るものを許してはおけぬと思う。
 憤りがある。
 死地でありながら諦める気など毛頭もない。
 なぜなら、己たちはこれからも、人々のために戦い続けなくてはならないからだ。
 √能力者は世界のためではなく、己のAnkerのために戦う。
 それを咎めるものもいない。
 だが、それでも力を尽くすものたちがいる。

 だからこそ、己たちよりも強大な簒奪者を前にして恐れなく一歩を踏み出す。
 踏み出す。
 死が見えていても、生命が安いからと捨てることと擲つことは別なのだ。
 全てはなかったことになんてならない。
 例え、殺されてしまうことになってしまうのだとしても、負けない。
 なぜなら、生きるために戦っているのだから――。
ルメル・グリザイユ
コルネリア・ランメルツ
雨深・希海

 眼の前には渦巻くような死の気。
『暴走インビジブルの群れ』は、まるで赤い嵐のように思えてならなかった。
「目的のためには手段は選ばない……良いねえ~、僕そいう好きだよお」
 ルメル・グリザイユ(寂滅を抱く影・h01485)の言葉に指名手配吸血鬼『マローネ・コール』は笑んだ。
 笑むだけだった。
「僕らきっと、良いパートナーになれると思うんだあ」
「パートナー?」
「そう、パートナーさ。協力できると思うんだ。もしよかったら、僕のために寝返ってくれない~?」
「……ふふん」
 ルメルの言葉は誰が聞いても嘘偽りだった。
 わざとらしい。
 誰にでも看破できるものであった。
 当然、『マローネ・コール』においても同様だっただろう。
「ばっかじゃないの? なんでアタシよりも弱いあなた達に寝返らないといけないの? それに、期待もしない眼差しが覆い隠せて? 演じるのならば、もっと上手に演りなさいな」
 ルメルは霊薬を一気に呷った。
 身体能力を引き上げる。だが、次の瞬間、『マローネ・コール』の赤い爪が眼前に迫っていた。
 速すぎる。
 ルメルは己の眼前に噴出した赤い飛沫が己の胸元に刻まれた傷跡から溢れていると理解するのに数瞬を要しただろう。
 だが、振りかざした手が『マローネ・コール』の身を重力操作によって牽制するように放たれるも、すでに彼女は眼前から消えていた。

「ルメルさん!」
 コルネリア・ランメルツ(名を探す地竜・h07126)の悲痛な叫びが聞こえる。
 降霊による霊障を霊的防護としていたが、『マローネ・コール』の赤い爪は鋭く、また彼女の翻った身は取り憑く暇もないほどの速度だった。
 護りを固めて尚、その爪の一閃はルメルの身より血潮を奪うようにして噴出していた。
「ひとつも油断できない……!」
  雨深・希海(星繋ぐ剣・h00017)はパルスブレードである『ストームブリンガー』を手にしながら、先んじた一撃がルメルに叩き込まれたのを認める。
 重力操作による牽制。 
 だが、それすら『マローネ・コール』は躱していた。いや、範囲から離れていたとも言えるだろう。
 連携。
 三人はもとより示し合わせていた。
 コルネリアの降霊によって防護を重ねても、容易く赤い爪は、それらを切り裂く。
 取り憑く暇すら与えないとばかりに『マローネ・コール』は笑いながら希海に迫る。

「おっそいわねぇ! それで何ができるっていうの? ねえ!」
 打ち上げた剣。
 希海はルメルに合わせて踏み込んでいた。
 周囲に展開していたレイン兵装の全てを一点に集約し、蒼く輝く剣を振るい上げていた。
 蒼い刀身。
 迫るは、『マローネ・コール』との間に割って入った赤い『暴走インビジブルの群れ』である。
「全てをここに集中させる! そして……迸れ、ストームブリンガー!」
|蒼嵐撃閃剣《ストームブリンガー・ヘビィレイン》。
 その一撃が『暴走インビジブルの群れ』ごと『マローネ・コール』へと振り下ろされる。
 ゆらり、と消える『マローネ・コール』の姿。
 鮮血のオーラは彼女の視界から、その姿を映し出す光を奪うようだった。

「この地に存在する皆、わたしを手伝って欲しいの。お願い!」
 |竜に組みする隣人たち《リュウミャクヨリシミダスセイメイタチ》……浮遊霊や精霊、魔の存在たちにコルネリアが呼びかけ、鮮血のオーラに紛れた『マローネ・コール』の姿を指差す。
 希海の振り下ろした一撃では、確実にそれる場所に彼女はいた。
 故にコルネリアは叫んだ。
「希海ちゃん! 横薙ぎに!」
「ぐっ……! うううっ!!」
 振り下ろした斬撃を無理矢理に横薙ぎに振るう。
 直角に振り抜くような軌道修正。
 骨身がきしみ、振り抜くような斬撃が『マローネ・コール』へと迫る。

「視えているのね、アタシが」
 白い剣が翻る。
 蒼い刀身と激突する剣は火花を散らしながら、希海の渾身の一撃を受け止めていた。
 手が痺れる。
 反動。
『マローネ・コール』の笑みが希海の視界に張り付く。
 腹部に重たい衝撃が走ると同時に激痛が走り抜ける。刺すような痛み。臓腑を切り裂かれるような強烈な痛みと共に希海の体が『マローネ・コール』によって吹き飛ばされる。

「旧き血族の魔力……舐めるんじゃあないわよ! ねえ? どうして勝てると思ったの? ねえ、単体でこの程度の力しか持っていないのに、覚悟すれば勝てるとでも思ったの? 捨て身でどうにかなるとでも? ねえ!」
 振りかぶられた白い剣が倒れ込んだ希海の頭上に迫る。
 切っ先が彼女の額を貫かんとした瞬間、ルメルが飛び込んでいた。
 割って入る彼が手にしたナイフと白い剣の切っ先が交錯し、僅かにそれ、希海の頬を切り裂く。
 血潮が飛ぶ。
 構え直すようにしてルメルが飛び込む。
 覚悟してきたはずだ。
 けれど、それでも自分以外の誰かを守らんとしたルメルは『マローネ・コール』と己たちの間の空間を断絶させる√能力を振るい、距離を離した。
 翻るようにして『マローネ・コール』はコウモリの翼を広げ、空間の断絶すら僅かに身を掠める程度に押さえていた。

「どれだけ離れていても、関係ないんだ。どれだけ力の差があるのだとしても」
 ルメルの言葉に『マローネ・コール』は憐れむようだった。
「愚かね、愚劣極まりないわ。どれだけ覚悟、気概を持つのだとしても、純然たる力の前には無意味でしょう? 身の程もわきまえないから、死ぬのよ」
 ルメルに迫る『マローネ・コール』。
 トドメを刺そうというのだ。
 すでにルメルは死に体。であるのならば、縊り殺すのは容易と言わんばかりに白い剣を振り上げる。
 しかし、ルメルの背後から飛び出したのは希海だった。

 覚悟を決めて尚、届かないというのならば。
 もうあと一歩を踏み出させるのはなにか。
 それを希海は知っていた。
「足りないんなら……後は!」
 勇気を持って前に進むしかない。
 右手を伸ばす。手にした『ストームブリンガー』すら投げ捨てて、走った。
 広げた掌が白い剣の切っ先を受け止め、貫かれる。切っ先は、彼女の眼前でピタリと止まった。
 だが、痛みが走る。
 鮮血が希海の頬を濡らす。
 だが、痛みより何よりも、彼女の瞳は√能力の発露に煌めく。

 ルートブレイカー。
 それは『マローネ・コール』の旧き血族の魔力を打ち消していた。
 刀身を握りしめる。
 引き抜こうとした『マローネ・コール』の体が止まる。
「こ、の! 往生際が悪い!」
「皆、わたしに戦う力を、霊力と魔力を糧に戦う力をちょうだい!」
 コルネリアは見ていた。
 仲間の二人が戦う姿を。
 もっと言えば、この決死戦に集った√能力者達の戦いを。
 情けなかった。
 悔しかった。
 力になれなかったことが。
 それは、思い違いだ。例え、世界に刻まれることのないの戦いだったとしても、なかったことにはならない。
 この戦いの為に駆けつけたことは変わらない。
 何も失われていない。
 だからこそ、コルネリアは今度こそ己もと、その瞳にインビジブルの孤影を揺らめかせた。

 発露するエネルギーと共に現れるのは、地竜の逆鱗に共鳴する者たち。
 彼女の霊力と魔力とを糧に踏み出すは、この世ならざる隣人たちの霊障と呪い。
 宙を舞うのは、『ストームブリンガー』。
 蒼き刀身は失われている。
 だが、その担い手は傷つき倒れている。であるのに、何故。
 言うまでもない。
 コルネリアの√能力によって、この場にある最も殺傷能力の高い物体である希海の『ストームブリンガー』が操られ『マローネ・コール』の脳天へと降り注いだのだ。
「は、あ――!?」
 目を見開く『マローネ・コール』
 その左目から胸にかけて奔るは裂傷。
 その血潮が勢いよく周囲に舞い散る――。

●√
 天より飛来した剣の一撃に鮮血が舞う。
 衝撃が荒び、周囲には土煙が立ち上る。揺らめく影。渦巻く赤い『暴走インビジブルの群れ』。
 その中心に左目を額から胸にかけて縦一文字に切り裂かれた指名手配吸血鬼『マローネ・コール』の姿があった。
 手にした白い剣の刀身を杖にしながら、よろめく体。
「……よくも、アタシの顔に……」
 怒りはにじまない。
 怒りは彼女がなさねばならないことを邪魔立てする。
 その感情はいらない。
 必要なのは、力だ。 
 感情ではない。切り捨てるべきだ。
 要らないのだ。
 それは。

●√
 覚悟。
 覚悟が生み出すのは力ではない。
 道だ。
 道程であり、また同時に眼の前に示されるものではない。
 ただ、結果として轍を残すばかりである。
 それ自体に力はないのだ。だが、覚悟を持つことは勇気を持つこと。
 勇気は灯火。
 胸に抱きながら、暗く見通すことのできぬ未来を僅かでも照らす輝きのことを言う。
 どれだけ心痛に挫けそうなのだとしても、同じ覚悟を持つものたちが、その燦然と輝く意思の光でもって足元が危うくなるほどの恐怖に包まれていながらも、照らすのだ。
 荒ぶ風が骨肉を切り裂くのだとしても、それが何だというのだ。
 覚悟は痛みを耐える。

 日常に背を向ける。
 戻れないかもしれないと思う。迷いは隙を生む。
 日常に還してあげたいと思う。
 そのために己の身はあるのだと叫ぶ魂が奔る。
 臆するな。
 止まるな。
 出し惜しみなどいらいない。
 恐怖は打ち捨てている。必ずや、『マローネ・コール』を打倒さねばならないという想いがある。

 兵器は他者を害するもの。そして、誰かのために死ぬことを目的として造られたもの。
 握りしめる手は震えるかもしれない。
 趨勢は『マローネ・コール』に傾いている。どうしようもないほどに。

 けれど、止まるわけがない。
 生きて帰るという思いだけで十分なのだ。それもこの場に集った誰もが抱くものであったことあろう。 
 隣りにあるものを思う。
 それだけでは何の意味もない。けれど、信じることと感じることとを同義とするのならば、きっと力になるだのだろう。

 幸せの風を喚ぶ。
 死と苦しみが生み出す恐怖を吹き飛ばすように、多く√能力者たちの覚悟が追い風となって吹くのだ。
 大丈夫。
 独りじゃない。
 きっと大丈夫。
 死は生命の隣人。恐れることはない。
 まるで市場に出かけるようなきやすさで死は訪れるかもしれない。
 けれど、戦い続ける。
 それが己たちの日常なのだ。

 柄じゃないと言うものもいるだろう。
 好きじゃないというものたちもいるだろう。
 けれど、それでも、前に進む。死が迫るのだとしても食らいつくという気概がある。
 死したものたちは戻ってこない。
『マローネ・コール』がもたらした事件によって人生そのものが激変したものたちがいる。
 それを思う。
 忘れない。
 せめて、それが手向けだ。
「ここからアタシは全部やりなおそうっていうのに、邪魔ばっかり! うんざりよ、そんなのは!」
 叫ぶ声が聞こえる。
 させない。 
 √能力者たちの誰もが思っただろう。

 独り海原を漂うような不安も、恐怖も、何もかも目を逸らさずに進む勇気こそが、たった一つの己たちの武器であると――。
八海・雨月
祭那・ラムネ
ノーバディ・ノウズ

「ふざけないでよ……アタシが、アタシがどれだけ準備を……時間をかけたと……!」
 左目から胸元に走る裂傷を抑えながら指名手配吸血鬼『マローネ・コール』は、ささくれる感情をなだめるように息を大きく吸った。
 要らない。
 この激情は今、要らない。
 必要なのは力だ。
 眼の前にたかるような√能力者全てを排除する力だ。
 激情は力を増幅させるが、長くは続かない。
 だから、今は要らないのだ。

 冷静に。慎重に。狡猾に。
 今できることは、それらを抱えて進むことのみ。
 故に『マローネ・コール』は裂傷刻まれし左目を見開いた。
「で、どいつから死にたいのかしら?」
「ワァオ! よくもまあ、そんな態度取れるぜ! なんつーか一味違うってな! あ、俺のことは|Mr. Torch《ミスタートーチ》って呼んでくれよな!」
「知らないわよ。いいから死になさいよ」
 ノーバディ・ノウズ(WHO AM I?・h00867)が頭部をすげ替えた瞬間、『マローネ・コール』は吐き捨てるように言った。
 だが、ノーバディは構わず肩を揺らしただろう。
「ハッ、つれねぇでやんの。今からテメェに言ってやろうってのによ! 真正面からテメェをブッ飛ばすってな!」
 その宣言の瞬間、ノーバディの頭部が宙に舞う。
 赤い爪。
 その残光が彼の頭部を跳ね飛ばしていた。

 刹那。
 そう思えるほどの速さで『マローネ・コール』はノーバディの頭部を斬り飛ばしていたのだ。
 宙を舞う頭部。
 それが落ちた瞬間、八海・雨月(とこしえは・h00257)と祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)は走っていた。
 覚悟はできていた。
 だが、二人が胸に抱いていたのは、誰かを助けることだった。誰もが死なぬように。そのためならばと己が身を擲つことを覚悟していたものたちだった。
「ほんっとうに死にたがりね、あなた達って!」
「そうかしらぁ? だって、話は単純よねぇ?」
「何がよ」
 不意なる一撃。
 鮮血のオーラより飛び出した『マローネ・コール』が雨月の迫っていた。
 赤い爪の一閃が彼女の手にした槍を弾き飛ばす。
 宙を舞う槍。

 一瞬で二人を包囲するのは赤い『暴走インビジブルの群れ』。
 咆哮が轟き、その鋭い牙が雨月とラムネを襲う。
 突き立てられた牙の鋭さは、痛みを覚えさせたかもしれない。
「……っ! でもまだ!」
 霊的防護すらも貫く牙に囲まれながら、ラムネは『暴走インビジブルの群れ』の中を|游泳《ユウエイ》するかのようにもがく。
 穿たれた牙を引き抜くように投げ捨て、さらに『マローネ・コール』へと迫る。
 その瞳に輝くのは、泡のような星々。
 綺羅、綺羅と輝くラムネの瞳は『マローネ・コール』を捉えていた。
「しっつこい!」
 降り注ぐは魔力に満ちた雨。
 注ぐ雨は、あらゆるものを寸断する。例外はない。
 伸ばしたラムネの手に注ぐ血の雨。

 だが、ノーバディの刎ね飛ばされた頭部から炎が吹き上がる。
「ヘイヘイヘイ! 俺のこと忘れちゃあいねぇか!」
 燃え上がる炎。
 √能力の炎が舞い上がり、『暴走インビジブルの群れ』と注ぐ血の雨を蒸発させ、首無しの駆体が走る。
「チッ……あれで死んでないってのが」
「吸血鬼はどんな味がするかしらぁ……匂いは良いわねぇ」
 雨月の瞳が金色の輝く。
 照らされた光は、『マローネ・コール』の姿を無数に分裂させる。いや、違う。彼女の瞳は複眼へと変貌していた。
 まるで昆虫の眼球。
 まさしくそのとおりであった。
 彼女の√能力は、その両腕を巨大な鋏角へと変貌させ、古獣妖の血によって激しくも和え上がらせ、一瞬で『マローネ・コール』の隙へと食らいつかせる。

 |耶彌宇津奇神《ヤミウツキノカミ》。
 彼女の血は盟に依り力を振るう。
「私の鋏角は肉を裂く事に特化してるの」
 引き裂かれる『マローネ・コール』の腕。
 血肉が飛び散り、それが雨月の頬に飛ぶ。
 不意に伸びた舌が、その赤き血と肉片を咀嚼し、緩んだ笑みを浮かべさせた。
「悪くないわぁ。たまには、良いわよねぇ?」
「アタシの!」
 振り抜かれた白い剣が雨月の首へと迫る。
 それは一撃で彼女の首を両断するものだった。

 だが、そこに飛び込んだのはラムネだった。
 わかっていたことだ。
 相手がどれだけ強いのか。
 肌で感じていた。
 一寸先は闇。いや、死への転落でしかない。だからこそ、決めていたのだ。覚悟していたのだ。その瞬間が訪れることを。
 ラムネははじめから、『マローネ・コール』を己がうちたおさなければならないとは考えていなかった。
 ただ、仲間たちを守るためだけに思考を巡らせていた。
 守らなければならない。
 そのためには戦わなければならないこともわかっていた。
 けれど、あくまで彼がやらねばならないと思っていたのは、仲間を守ること、それだけだったのだ。
 奔る光――|暁《アカツキ》は、仲間たちに接続されている。
 己が死ねば、恐らく効果は消えるだろう。
 けれど、己が死ぬまでの間に仲間たちならばきっと成し遂げてくれるだろうとさえ思っていた。
 さあ、とラムネの瞳は仲間たちを見据える。
 征け、と。

 白刃がラムネの体を引き裂く。
 血潮が飛ぶ。
 瞬間、ラムネの体が後方に引き飛ばされた。
 何が起こったのかわからなかった。
 己の身を包み込むのは、死を縛る呪句であった。
 |布瑠鳴軋《フルメイアツ》。
 それは雨月の√能力。
 古獣妖の霊力より創造された力。ラムネに放たれた力は、彼を行動不能にするが、一瞬で、その護りを10倍にまで引き上げ、その負傷を秒を経る事に塞いでいくのだ。
「少し休んでなさいなぁ」
「な……! 俺、は……!」 
 ヒーローだ。
 誰かのために身を擲つなど当然のこと。守ることはあっても守られることはない。
 そういう存在だと思っていた。
 だが、雨月は笑った。
「だからこそ、でしょぉ?」
 彼女にとって己以外の生命全ては儚いものだた。
 失うにはあまりにも惜しいものばかりだった。
 それは、ラムネの信条とは相反するものであったかもしれない。

 けれど、彼女は白い剣と鋏角を打ち合いながらやはり笑った。
「わたしはやりたいことをする主義なの」
「だからって!」
「妖怪ってそういうものよぉ?」
「なら、とっとと死んでほしいわね!」
『マローネ・コール』の一撃を受けて、雨月の体が吹き飛ぶ。
「ちっ……無駄にしぶといったらありゃしないわ……! どいつもこいつも……!」
「ハッ、そうかよ!」
 ノーバディは首無しの体のまま『マローネ・コール』へと迫っていた。
 炎を纏う駆体は、『暴走インビジブルの群れ』を焼き払いながら、猛然と踏み出していた。
 身は傷だらけである。
 傷ついていない場所などない。
 そう思えるほどの裂傷だらけであった。無事ではない。

「けどよぉ、こっちもこれでヒーローなんだ」
「だったら何よ」
「泣いて怯える女がいたらよぉ、もう大丈夫、俺がいるぜっつって」
 奔る赤い爪。
 その残光はノーバディの体を切り裂く。
「頭ふっとばされて刺し違えてでも|悪役《ヒール》を成敗してやんねえといけねーんだ」
「誰が、誰を? そのなりでどうするっていうのよ」
「新しい頭があるんだよ!」
 粘性のスライムがノーバディの首無しの頭部へと飛ぶ。
 渦巻くは風。
 膨れ上がった熱波をまとめ上げるようにして、竜巻へと成り代わった力と共に語る。

「とんだファニーフェイスじゃあないの!」
「|I am a Hero.《アイアムヒーロー》」
 膨れ上がったのは、ノーバディの手繰る力だけではなかった。
『マローネ・コール』の旧き血族の魔力もまた膨れ上がっていた。
 手にした白い剣の一撃が彼の体を切り裂く。
 袈裟懸けに振るわれた一撃は、その身を一撃で持って深い傷を刻み込む。
 だが、ノーバディの体は僅かに一撃の衝撃を背にのがしていた。
 本来の彼ではできないことだった。

 だが、『今』ならできる。
 何故か。
 それはラムネの√能力である。
 彼が放つ不可視の光がノーバディの体に接続されている。
 彼がもし、死んでいたのなら。
 その光は失われていただろうし、ノーバディも今の一撃で体を両断されて死んでいただろう。
 だが、そうはならなかった。
 雨月が己を護ろうとしたラムネを護ったからだ。
 一見すれば、それはあまりにもこの余裕のない王権決死戦においては不合理。
 合理的ではない。
 覚悟が決まっているのだとしても、そうする勇気を持たねばできぬ行動であったはずだ。
 捨て鉢ではない。
 生きるために誰かを守る。
 そのために振った力が、巡り巡って循環し、ラムネを護り、ノーバディを護ったのだ。

 紡がれていく。
 共にこの戦場に足を踏み入れたものたち。
 刻まれなかったのだとしても、そこには必ず意思が介在している。
 誰も孤独ではなかった。
 だからこそ、『マローネ・コール』の孤独は際立っていたのだ。時にそれは鮮烈な光にも思えたことだろう。
「じゃあ、クライマックスだ」
「――いこう」
 煌めく泡のような光を背にノーバディは、歯の根を合わせるような音を響かせた。
 まるでそれは、フリント式のように己という発火石と、他者の意志というヤスリを摩擦させるような√能力の発露であった。

「ああ、"──正面からテメェをブッ飛ばす!!!!"」
「何よ、何よ! そんなものでッ!」
「ハッ、言っただろうがよ。語った通りだろうがよ。ここにはヒーローばかりだぜ? 俺だけじゃねぇ! テメェのやったことが許せねぇ! っつー連中ばかりが集まってんだ。ならよォ!」
 覚悟を決める。
 死を覚悟する。
 それは一体どちらだっただろうか。

 転がるMr. Torchの残火。
 叩き込まれる赤い爪によって引き裂かれたライダージャケットを引き裂き、脱ぎ捨てながら、増幅した反応速度で振るわれる白い剣をノーバディは腕を犠牲にしながら弾いた。
 身がよじれるようにして『マローネ・コール』の体が開く。
 見開いた目をノーバディは見ただろうか。
 視えなかったかもしれない。
 けれど、ラムネと雨月は見た。

 驚愕に見開かれた瞳。
「なんで頭ふっとばされてんのに、生きてるのよ!」
「悪いけど頭ぁ元々ねぇんだ。何回消し飛ぼうが関係ないね。ここは――|虚ろな代替品《Hollow Head》なんでなァ!」
 残火が奔るようにしてノーバディの頭部へと一瞬で炎を立ち上らせる。
 させぬと迫る『暴走インビジブルの群れ』。
 牙が次々とノーバディの体躯に突き立てられるも、彼は『マローネ・コール』の肩を掴んだ。 
 指が食い込むほどに。
「ぐっ、う……まさかっ!」
「おうよ! そのまさかよ!!」
 √能力による連撃。
 ここに至るまでの仲間たちの連なり。
 それらを繋いだ一撃が、一瞬で圧倒的な火力となって『暴走インビジブルの群れ』を吹き飛ばす熱波へと変貌する。
 膨張した熱が周囲に破壊を齎す。
 腕がひしゃげる。
 骨身のいたるところが砕けた。
 だが、それでも。

「う、ぐ――、あ……」
 呻く声。
 そこにあったのは、猛烈なる熱波でもって身を焦がし、よろめくようにして手にした白い剣を地面に突き立て、かろうじて立っている『マローネ・コール』の姿。
 だが、彼女が杖にした……いや、縋っていたようにさえ見える白い剣は彼女から翻り、宙に浮かぶ。
 足をもつれさせながら『マローネ・コール』は宙に浮かぶ白い剣へと手を伸ばす。
「今回は、運がなかった、だけ……」
 一歩、また一歩と白い剣に『マローネ・コール』は手を伸ばす。
 だが、その言葉に白い剣は応えることはなかった。
 沈黙が答えだというように浮かび続ける。

「い、いや……! アタシ、まだやり直せる……! できる! できるの!!」
 だが、白い剣は何も語らない。
 ただ、『マローネ・コール』が死ぬのを待つように見下ろし続ける。
「アタシ……、……、ッ、……――」
 その体が地面に崩れ落ちる。
 すでに息はない。
 死。
 どんな√能力者とて、『絶対死領域』の理に抗うことはできない。
『マローネ・コール』の骸を見下ろしていた白い剣は、一瞬でその場から消え去る。
 そして、激しく厳しい戦いの後とは思えぬほどの静けさが、√能力者達を襲うのだった――。

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挿絵イラスト