⚡️オーラム逆侵攻〜戦いの羅針を回せ〜
●今回の作戦の内容
「攻撃は最大の防御、ということでこちらから敵の拠点に攻めていきましょう!」
そう言うと真心・観千流(真心家長女にして生態型情報移民船壱番艦・h00289)は巨大なスクリーンに川崎市・川崎臨海部周辺の地図を映し出すと、√能力者達に向き直る。
「統率官ゼーロットが王劍を求めて√EDENへの侵攻を企んでいる、そんな予兆が見えたのは皆さん記憶に新しいと思います。しかし内に潜んだスパイの影響でまだまだ準備は整っていない御様子、そこで先んじて襲撃をかけることで逆に相手の戦力を削ってしまおうというのが今回の作戦です!」
そう言うと観千流は地図の一部を拡大し、今回の作戦で使う侵入経路を分かりやすいように着色する。
「今回は線路を利用して敵の重要拠点へと向かいます。具体的に言うと京浜東北線の品川駅を入り口として真っ直ぐ乗り込む感じですが……まあ、細かいことは土地勘のある人だけ分かってもらえれば大丈夫です。始めは線路に沿うだけなので」
ですがここで問題が一つ、と観千流が手元の端末を弄ると、ちょうど線路と川が交差する地点でドクロマークが表示される。
「この辺りでこちら側に侵攻してくる戦闘機械との戦闘が予知されています。敵はアドニス・ウェルテル、分身にカウンター、強力なチャージ攻撃を持つ厄介な相手ですが放置すれば√EDENに被害が出ます、必ず撃破してください」
ここまではOKですか?と観千流は√能力者達に向き直る。つまりは線路を使っての突入中に発生する戦闘が、この作戦の始まりということだ。
「そしてアドニスを撃破した先ですが……これは、皆さんに方針を決めてもらいます」
さらに観千流が端末を操作すると、地図上に複数の作戦目標と共に敵の拠点の位置が表示される。
作戦1:統率官『ゼーロット』の撃破
統率官『ゼーロット』を奇襲し、これを撃破する。
作戦2:オーラム派機械群の壊滅
レリギオス・オーラムの戦闘機械群と積極的に戦闘を行い、敵戦力を減らす。
作戦3:大黒ジャンクションの破壊
√EDENに通じる巨大通路となっている「大黒ジャンクション」の破壊。
作戦4:√能力者の解放
扇島地下監獄に幽閉されている√能力者の解放
作戦5:カテドラル・グロンバインの破壊
謎の簒奪者、合体ロボット『グロンバイン』の拠点を襲撃。
「皆さんにはこれら五つの作戦の内、一つに従事してもらいます。この依頼中で『五つの作戦を同時並行して行うことは不可能』です、入念に話し合った上で作戦を開始してください」
そこまで言うと観千流は一度息を整え、改めて√能力者達の瞳を見つめる。
「かつて無い大規模作戦、かつ今までに例のない戦いです!皆さん慎重かつ大胆に!臨機応変に挑みましょう!」
第1章 ボス戦 『アドニス・ウェルテル』

●開戦
線路の上を疾走していたアドニスは、不意に鋭く目を細めると足元から火花を散らして急停止する。直後、その眼前で甲高い音を立てて弾けるように線路が斬り裂かれた。
「あら、今ので終わってくれれば早かったのだけれど」
冷静な声でそう呟きながら線路の上に降り立った飛鳥井・合歓(災厄の継承者・h00415)は、目の前に立つ敵が一瞬だけ自分から視線を外したのを見て、既に罠はバレていると悟る。
高架に張り巡らされた細い糸、怪異由来の素材でできたそれは今見せたように金属すら破壊する硬度を持っている。その対処法を考える暇を与えないように、合歓はダーツのような形状で生成した固形毒をアドニスに向かって投擲した。
その攻撃に対するアドニスの対応は、両手の車輪を回転させての突進。放たれた毒を短剣で弾いたアドニスは、自らの身体に糸が絡まるのも気にせず合歓の懐へと踏み出す。
当然合歓もその様子を呆然と見ているだけではなく、怪魚の群れを放ち迎撃するが、アドニスは怯む事すらなく彼女の喉笛へと短剣を突き出し……上空から放たれた光線によって、その刃を弾かれた。
「人類共生派MHF所属ソフィア・テルノーバ 、その使命を果たす為介入するわ!」
高らかに名乗り上げながら、ソフィア・テルノーバ(使命は人類防衛・h01917)は大量の自動人形達と共に戦闘機から降下する。爆装を施した拠点攻撃用の戦闘機はそのまま大黒ジャンクション方面へと向かって行くが、アドニスはそちらに視線を向ける事すらなく二本目の短剣をソフィアへ投擲した。
「……っ!?」
傍に立つ自動人形が咄嗟に掌で短剣を受け止め、冷たい人口血液がソフィアの顔に掛かる。拠点に敵が向かったというのにアドニスからはそちらに戻ろうという気配が一切感じられない、そして自分達を睨むアドニスの瞳からは強い執着心のようなものが見えた。それはソフィアが人間の心を理解する事を目標とする少女人形だからわかった事だろう。
(よくわからない固体だけど、主力部隊が狙われないのは行幸!)
人形小隊による支援射撃は糸に絡まれ鈍ったアドニスの動きを完全に止め、その隙に合歓は敵から距離を取る。後はこのまま遠距離から削り切ると二人が攻撃の姿勢に移った瞬間、彼の脚元が橋ごと切り裂かれた。
(逃走……違う、水蒸気爆発!)
高架下に隠された川を目にした合歓は、アドニスの目的が圧倒的な熱量で水を爆発させての広範囲攻撃と悟る。それを防ぐために彼女が糸を手繰るよりも早く、漆黒の影がアドニスの身体を捕らえ線路に抑えつけた。
「なるほど、喰らい甲斐がある」
感心しながら和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は臨界に達した車輪を自らの掌で抑えつけ、放たれる寸前だった超新星を消滅させる。そして研ぎ澄まされた蜚廉の感覚は、回転し続けるもう一つの車輪の存在を捕らえた。
「左右で独立するか、では毒もくれてやろう」
動揺することなく味方にそう伝えた蜚廉は自らの両腕と鉤爪でアドニスの身体を締め上げ、装甲の隙間に鉤を突き刺し毒を浸透させる。機敏な動きに反して重量のある蜚廉に押しつぶされるように拘束されたアドニスは、ゆっくりと自らを蝕む攻撃から逃れる事はできなかった。
「すぐには効かぬだろうが安心しろ、汝の相手は我らだけではない」
熱量を溜めている今でこそアドニスはダメージを無視して動くことができるが、それが終われば蓄積していた負傷は一気に解放される。どれだけ強力な一撃を持っていたとしても、それを放つ肉体が限界を迎えていては恐れることはない。
「……そうか」
淡々としたアドニスの返事を聞いた蜚廉は、臨界を感じ取り敵の身体を黒い糸で縛り付けて離脱する。そこに合歓の放った縫針が直撃し、傷口から生える追加の糸によって繭のように拘束されると同時に、振り下ろされた鋏がその生命を断ち切った。
●銀の盾と黒の矛
(並の相手であれば決着がついてもおかしくはない連携でしたが……)
先陣を切った√能力者達の攻撃を受けたアドニスの様子を見ていたシルバー・ヒューレー(銀色の|シスター《聖堂騎士》・h00187)は、彼が分身を作り出しながら立ち上がるのを見て油断なく武器を構える。
「傷が回復している、厄介な√能力みたいだね」
「侵攻を一人で任されるだけある実力者、という事ですね」
同じく敵の様子を観察していた黒辻・彗(|黒蓮《ブラック・ロータス》・h00741)の言葉にシルバーは小さく頷くと、前衛は私がと臆する事無くアドニスとその分身へと接近する。
(量子分解、それが本当なら相手の剣は物体もエネルギーも斬り裂ける。防御はできないと考えた方が良いね)
事前に彗から聞いていたアドバイスを思い出しながら、シルバーは複数の方向から繰り出される斬撃を身を捻って回避すると、そのまま回し蹴りの要領で一体の分身を銀の靴で蹴りつける。
(……なるほど、そういうタイプですか)
蹴りつけた足の感覚、そして敵の傷が治る様子からその特性を瞬時に理解したシルバーはハンドサインで彗に合図を送る。
(実体はある、傷は修復するのではなくそもそも発生しない、だけど衝撃など直接ダメージにならない現象は受け付ける……)
シルバーから与えられた情報を元に、彗は錬金フラスコでアドニスに対して最適な調合を開始する。恐らく攻撃を無効化しているわけではなく、無傷な分身いればその状態に自らを同期させる事で回復する仕組みなのだろう。しかしその同期と回復速度が圧倒的なため、傷を受けている時間が0になっているのがダメージを受けない絡繰りだ。
(これ、攻撃はオマケだね。本当に恐ろしいのは分身が居る限り本体の傷が全て無効化される回復能力)
一人で侵攻を任されたのはこの驚異的継戦能力も理由の一つだろう、そう思考を巡らせつつ調合を終えた彗はシルバーへ向かって錬金フラスコを投擲する。彼女が敵を引き付けてくれた事で彗は邪魔される事なく調合ができたが、その代償として12体の連携攻撃を一身に受けた彼女は全身に傷を負っていた。
だがそれ故に、アドニス達は投げられたフラスコがこちらを攻撃する為のものなのかシルバーを回復させる為のものなのか判断しようと隙が生まれる。それを突き素早く銀蛇を引き抜いたシルバーは鞭のようにしなる刀身で迷いなくフラスコを切り裂いた。
溢れ出す薬液は空気に触れた瞬間トリモチのように固まり、シルバー諸共アドニス達を拘束する。その行動に彗が驚いて目を見開いている間に、シルバーは手首のスナップで銀蛇の刀身を操り分身と同時に自らを拘束するトリモチを切り裂いた。
「……これは、効きますね」
「動かないで、すぐ解毒する」
半ば転がるようにアドニスから距離を取ったシルバーに、彗はフラスコで調合した解毒薬を飲ませる。彼が放った薬液は相手を拘束するだけではなく、攻撃のための腐蝕毒と麻痺毒も含まれていた。その強力さを示すように拘束された分身は限界を迎えトリモチを残し消滅するのであった。
●戦いの狼煙を上げよ
「反抗作戦、ついに始まりましたか」
トンネルの中で遠くから聞こえる戦闘音をセンサーに捕らえながら、ボーア・シー(ValiantOnemanREbelCyborg・h06389)は平坦ながらどこか感慨深く呟く。
√能力者達の投票によって選ばれた作戦プランは大黒ジャンクションの破壊、単純な戦闘力は勿論拠点攻撃能力も必要となる作戦だ。大掛かりな戦いになる事は間違いないが、その前に目の前の敵を排除しなければならない。
「向こうはかなりのクソゲーを押し付けてくるみたいだけど……とりあえず、こっちで対処できるよ」
そんな彼の隣でレイ・イクス・ドッペルノイン(人生という名のクソゲー・h02896)は微妙に嫌そうな顔をしながら愛剣ペネトレイターを構える。攻撃を認識した瞬間確実に先手を取り、それを無限に繰り返す敵の√能力……自らのAnkerからその攻略法は受け取っているが正直、いやかなりしんどいので早々に決められるなら決めて欲しいのが素直な感想だ。
「問題ありません、完璧な狼煙を上げてみせましょう」
「……ちょっと嫌な予感がするなぁ」
ボーアの物言いに少し不安を感じつつも、トンネル内に敵の足音が響くのを聞いたレイが手にした剣に力を込めた瞬間、その眼前に白い人影が出現した。
「っ……!」
影が両腕を振り上げると同時に、剣を盾に頭部を守るレイだったが、放たれた短剣はその守りを避け彼女の両足に深々と突き刺さる。鋭い痛みに歯を食い縛りながらもレイはアドニスに反撃しようとするが、目の前のアドニスから気配が消え新たに自らの背後に出現する。
「カバーします」
しかし放たれた短剣はボーアが展開したエネルギーシールドが防ぎ、しかし彼は反撃せずレイを抱えて後退する。確かに攻撃の意志を見せなければ跳躍の反撃は発生しない、ならば直接切り裂くのみとアドニスが両手に短剣を持ち、前に踏み出そうとした瞬間、その身体が不自然に固まった。
「……過負荷をかけたか」
「うわ、理解できるんだその現象」
世界そのものに処理負荷をかけるレイの√能力、常識的に考えれば理解不能な現象を理解したアドニスに若干引いているレイを抱えてボーアは距離を取り続け、不意にその首に短剣が突き刺さった。
「ここを爆破しようとしたな、残念ながらそれも俺への攻撃だ」
油の切れた機械のように断続的な動きにも関わらず、一瞬で投剣の攻撃範囲に跳躍したアドニスは二本目の剣をボーアの背に突き立てる。前後からの脊髄破壊、まともな生命なら二度と動けなくなる致命傷を受けた瞬間、ボーアのボディが眩く輝いた。
「ええ攻撃です、何せその跳躍は回避には使えないでしょうから」
瞬間ボーアの頭が身体から飛び出し、首から伸びたケーブルがレイの身体を捕らえるとそのまま彼女を引き摺りながらトンネルの外へと離脱する。カウンターを利用し攻撃範囲に引き込まれた事をアドニスが悟ると同時に、トンネル内で連続的な爆発が発生し黒煙が空高く舞い上がった。
●凍てつく灯火
「既に結構な人数にやられてるはずだが……中々の戦力じゃねェの」
煙を上げるトンネルから出てくるアドニスを見て、凍雲・灰那(Embers・h00159)は呆れたように愚痴る。多少傷は負っているもののどれも致命傷には程遠い、回復能力持ちはこれだから厄介だ。
「とは言え完全回復とはいかないようだ、畳みかければ勝機はある」
「同時攻撃は必須です、タイミングにご注意を」
攻撃の準備を始める真紅・イサク(生きるとは何かを定義するモノ・h01287)
に合わせ、深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)も上空に飛ぶ。それを見て灰那も焔の精を召喚すると、爆炎を靡かせながらアドニスが飛び出した。
──36体の分身を連れて。
「話と違ェぞ!?」
事前情報の三倍の数の分身に灰那は思わず叫ぶが、生きた焔を通じて分身を感知する事でその絡繰りに気が付く。36体の分身は同じ熱量の三つのグループに分けることができる、つまりこちらの人数に合わせて√能力を三連射してきたにすぎない。
「一人当たり12体ずつか、いけるかい?」
「全員でも」
イサクの問いかけに深雪は更に高度を上げるとアドニスの分身をまとめてロックする。その狙いを感知したのか数体の分身が深雪の元へ跳躍しようとするが、灰那の焔の精が両脇から挟み込むようにしてその動きを抑え込んだ。
「そんじゃあオレはあっちを抑えさせて貰おうかァ!」
強い意志を込めた叫びと共に無銘を引き抜いた灰那は、そのまま熱量感知で見抜いていたアドニス本体に向かって斬りかかる。当然その動きを止めようと分身が彼女を取り囲むが、複数の分身が灰那に募った瞬間、分身達の身体が純白に凍り付く。
「傷はつかなくても、表面を凍らせれば動けなくなるか……ところでその剣は絶対零度の世界を砕くことはできるのかな?」
辺りの熱量を操作し分身を凍らせたイサクはアドニスに問いかけるが、彼は応えず不愉快そうに目を細めながら灰那の刀を交差した短剣で受け、バターのように易々とその刀身を切り裂く。
宙を舞う無銘の刀身、しかしアドニスが振り抜いた剣を構え直すよりも早く、灰那が逆手で新たな刀を引き抜いた。
「ッ……!」
急ぎ身を引くアドニスだが、灰那の切っ先は彼を逃さずその右目を切り裂く。そして一瞬の攻防でアドニスの足が止まったのを、上空の深雪は見逃さなかった。
より多くの敵を巻き込むために彼女は急激に高度を下げて自身の照準を広げる。無論その動きを止めようとアドニスの分身が彼女に殺到するが、イサクの放つ二度目の熱量操作が彼らをまとめて物言わぬ氷像に変えた。
「そちらは何か難しい理屈を使っているみたいだけど……なんてことはない、シンプルに温度を下げるだけで量子の揺らぎは停止する」
「……随分とお喋りだな」
「そちらは喋る余裕があるのですか?」
上空から飛来する深雪の声にアドニスは最後の抵抗で手にした短剣を返すが、彼女は上空で鋭角に軌道を変え攻撃を避けながら超低空で静止する。
「掃射を開始します」
焔の精が抑えた12体、イサクの凍らせた24体、そして灰那が隙を作り出した本体を深雪はまとめてレーザー射撃で掃討する。遠目から見ればその光景は、地上で花火が上がったかのようであった。
●川崎大戦2025
「強敵を相手にすると同時にダンジョンを破壊する……やれやれ、一筋縄じゃいかない作戦だな」
「まあでも気張っていくしかないやろ?みんなで力合わせるんなら百人力や」
難しそうに眉を顰める八神・英守(|不屈の白狐《アームドライダー・ウルペース》・h01046)に対して、ルーシー・チルタイムダブルエクスクラメーション(チルタイム!!ショータイム!!・h01895)は背筋を伸ばしながらのんびりと答える。対照的な態度の二人だったが、味方の包囲網を抜けてこちらに向かってくるアドニスを見て共にアクセプターを構えた。
【Smo-KING!】
『Set,Ready?』
アクセプターから待機音が流れると同時に英守は手でキツネの形を作り、ルーシーはアクセプターを通じて肺に紫煙を溜め込む。そして示し合わせたかのように同じ単語を叫んだ。
「「変身!」」
『Alright!Get ready for Vulpes!』
【Never changes,Vaping Cigar!】
雄々しい音声と共に力を纏う二人、言葉を交わすことはなくまずはルーシーが前に出る。
【REVIVE PHOTON!! Not Without Risks】
ルーシーの操作によってアクセプターが呼び出すのは紫煙の不死鳥、それが翼を羽ばたかせると舞い散る羽根が光弾となりアドニスに降り注ぐ。
「そんで、私もやるでぇ!」
間髪いれずルーシーが拳を振り下ろし、アドニスに挟撃を仕掛ける。しかし彼は目だけを動かして周囲を確認すると、不意にその姿が消えた。
「後ろだ!」
英守の声に咄嗟にルーシーが後方に紫煙の障壁を作ると、火花と共に短剣が弾ける。アドニスの持つカウンター能力、その対象にルーシーを選んだのだろう。加えてアドニスの両手の車輪は回転を始めており確実に仕留める用意を重ねている。
しかしそれは、英守が完全にフリーになっている事を示していた。
「それじゃ、デカい花火を打ち上げて行きますか!」
そう言って英守が指笛を鳴らすと、彼の愛車であるマグナムストライカーがやってくる。そちらの迎撃に出ようとするアドニスだったが、ルーシーの猛攻が彼を逃がす事は無い。
その隙に英守はマグナムストライカーの車輪を蹴るようにして跳躍し、前転と同時にその身が炎に包まれる。
「離脱するべきなんやけど……多分後悔するなぁ!」
英守の跳躍を見て、ルーシーは自らも紫煙の不死鳥を背に宿し跳躍する。容赦なく飛んでくる短剣をバリアと降下の勢いで弾きながら、二人はアドニスに向かって必殺の一撃を繰り出す。
『FINAL BOOST!VULPES GRAND FINALE』
「さぁ、チルタイムの時間やでぇ!」
紫煙と炎の蹴りが超新星の光を砕き、無数の残像を巻き込みながら炸裂する。立ち上る爆炎を背に、二人のヒーローは互いの拳を打ち付けるのであった。
●戦う場所は一つでなく
「来たみたいです……!」
「了解、下がっておいて」
線路上で敵を待ち構えていた土方・ユル(ホロケウカムイ・h00104)は、遠くから駆けてくるアドニスの姿を見て魔花伏木・斑猫(ネコソギスクラッパー・h00651)を下がらせる。別に自分を囮に仲間を先に行かせたわけではない、これからする作戦において彼女は後方に居てもらった方が都合が良いのだ。
深く息を吸い、迫るアドニスに向かってユルは攻撃の意志を向ける。その瞬間、目の前から敵の姿が消え背後から風切り音が響いた。
「……ッ!」
迫る死の気配に、ユルは横に飛びながら素早く背後を振り返る。煌めく刃が頬を斬り、赤い雫が舞う中彼女は跳躍した敵の姿を捕らえた。
「警察だ!」
その叫びと共に、アドニスは一瞬だけ身を跳ねさせて硬直する。√能力により麻痺した彼はもはや跳躍も分身もできない、これで準備は整った。
「ユルさん……!」
チェーンマインを引き出し攻撃の隙を伺っていた斑猫は、しかしその様子を見て声を上げる。ユルとアドニスの距離が近すぎる、ここで地雷を炸裂させれば確実に彼女を巻き込んでしまうだろう。
しかしユルを逃がそうとすればアドニスは拘束を抜け出し、分身を呼び出しての反撃に移る、そうすれば状況は一気にこっちの不利に傾いてしまう。
「うー……っ!!!!」
この手で知人を爆破する恐怖に唸りながらも、斑猫の腕は一切鈍ることなく地雷の鎖を投擲する。同じ風切り音でありながら低く重い音を立てて宙を舞うそれはアドニスの身体に絡みつくと、内臓を殴りつけるような衝撃と共に盛大に爆発した。
数百の爆炎はアドニスの側にいたユルの身体も飲み込み、二人の立っていた高架を容赦なく崩壊させる。咄嗟に追撃用のライフルを掴んだ斑猫は、そのスコープで爆破地点を覗いた。
アドニスは一瞬だけこちらに視線を向けたが、これ以上の戦闘は難しいと判断したのかそのまま隠れるように川に潜り戦場を離脱する。ならばユルは、と斑猫は息を止めてスコープを覗き続けた。
「痛っ……!」
ノイズと共に脳裏に過った映像に、星越・イサ(狂者の確信・h06387)は思わず蟀谷を抑える。
扇島、√能力者達を閉じ込める地下監獄、その中に囚人として侵入していた彼女だったが不意にやって来た予言に顔を歪めた。
「こっちは忙しいのですが……」
見えたのは青空の下に架かる橋、場所はどこかの川の上で、入道雲の代わりに上がる盛大な爆炎、危機的状況なのは確かだが薄暗い牢獄からはどう考えても遠く離れた場所だ。
しかしそれが見えてしまった以上、予言はイサに対処をしろと命令している、そんな確信が彼女の胸にあった。
どうしたものかとリサは手の中で宝物を弄ぶ。そんな事をしていたからか、ふと彼女の脳裏にある種冒涜的なアイデアが思い浮かんだ。
「私自身が対処できなくても、私を通じて誰かに対処してもらえばいいんですね」
──35.51491863329799, 139.67877334922
唐突にイサの脳裏に過った数列が座標だと気が付いたのは、彼女の職業ゆえだろう。
それに確信めいたものを感じたイサは会敵場所を大きく下げ、鶴見川での戦闘を選んだ。敵の拠点二つを間に挟む危険な場所だが、この作戦を行っているのは自分達だけではない、川崎市中心部は既に他の√能力者が襲撃を行っておりこちらに戦力を裂く余裕はなかった。
ライフルでこちらを探す斑猫の姿を見つけたユルは、軽く霊光気を光らせて無事を伝える。このまま川を下れば大黒ジャンクションはすぐ近くだ。
●星が瞬く夜に
逃れていた川から上がったアドニスが見たのは燦然と輝く星空。
陽が落ちるにはまだ早い、だとすれば既に敵の術中に入っているという事だろう。
「焦らないんだな」
そんなアドニスに対し、和田・辰巳(ただの人間・h02649)は警戒をしながら声をかける。その背後に控える四之宮・榴(虚ろな繭|〈Frei Kokon〉《ファリィ ココーン》・h01965)は何時でも√能力を撃てる様構えていた。
「……」
投げかけられた質問には答えずアドニスは双剣を抜き放つ、それと同時に榴の頭上を覆う様に半透明の影が現れた。
「貴方様に恨みは有りませんが…」
消え入るようでありながら、芯の入った声を上げて榴はアドニスを見据える。
「辰巳様が…望むなら…僕はこの身を捨てても…撃破するの、です」
決意と共に、透明な白鯨がアドニスに向かって降りかかる。それに対して彼は24の分身を呼び出して対抗するも、広大な攻撃範囲は本体ごと分身の群れを叩き潰した。
「退いてもらうぞ、完膚なきまでに」
榴が敵を抑えている間に辰巳は祝詞を唱えようとして、不意に鯨の群れの間に光るものを見た。それは彼がその正体を確かめる前に横合いから飛んできたカードと衝突し、硬質な音を立てて空中で弾ける。
「辰巳様…っ」
「ッ……!地の底の女神に請い願うッ!」
心配するような榴の声に返すよりも早く、場を整えなければ不味いと判断した辰巳は祝詞を唱え終える。榴のカードが弾いたのはアドニスの投剣、宙を舞う刃が消滅するのと辰巳の√能力が発動するのは殆ど同時であった。
冷たい星空の世界が更に冷徹な空気を纏う、黄泉比良坂そのものとなったこの空間は死の呪いに溢れ術者とその仲間以外を容赦なく地の底に引き寄せる。榴の必中の攻撃と合わせどんな強力な相手だろうと抜け出す事はできない。
「居ない……?」
はずだった。
驚愕する榴を咄嗟に辰巳が引き寄せると、星空の上から無数の短剣が降り注ぎ先程まで榴が立っていた場所に突き刺さる。
「そうか、大地に剣が刺さる距離に居るなら出現位置は自由か……」
「その通り、上空50m……足元の星空というのも懐かしいものだ」
苦々しい辰巳の呟きに返すように上空から声が響くと、剣の流星が再び二人に降りかかる。呪腕の空間引き寄せで自分達の位置をずらす事で攻撃を躱しつつ、大地全体に満ちる死の呪いでアドニスを引き寄せようとするが、呪いがその身体に触れる度に彼は剣を返しながら跳躍し上空を保ち続ける。
「辰巳様……」
辰巳の腕の中で、榴が口を開く。
「僕は、|半身《辰巳様》を…信じております…」
それが自分を守り切ってくれる、という意味でない事を、辰巳は理解した。
「……僕の|榴《半身》、力を貸してくれ」
その言葉に榴が小さく頷くのを見て、辰巳は呪腕と死の呪いを彼女に浴びせる。絶え間ない呪いの攻撃が止んだことにアドニスが警戒を強めた瞬間、足元の星空が急激に彼へ迫って来た。
それが使用者を上空に引き寄せたのだと気が付いた時には、既にアドニスは星空に飲み込まれ再び必中となった鯨に地面に叩き落される。しかしまだ手はあるという様に彼の両手の車輪が回転を始めた。
「通しません…」
甲高い風切り音と共に鯨の攻撃を無視して動き始めたアドニスの前に榴が立ちはだかるが、同じようにダメージを無視して動き出した分身に瞬く間に取り囲まれてしまう。
「……!」
白鯨や影から呼び出した深海の捕食者で攻撃を受け流しながら、榴は咄嗟に辰巳を見る。彼はその視線を受けて、穏やかに笑いながら一言だけ呟いた。
「信じて」
そう言って彼は迫るアドニスに海淵流を浴びせ、立て続けに雷と神力の弾丸を撃ち込む。その身体には傷一つ付くことは無いが、圧力や衝撃は受けるのかアドニスはその場で動きを止めた。
「悪いな、ジャイアントキリングはいつもの事だ」
「そうか」
60秒、打ち付けるようにアドニスが双剣を交差させるとその中心に眩い輝きが生まれる。命を終えた星が見せる最期の輝き、その熱量に身を焼かれながら、辰巳は同じ輝きを握りしめた。
「もう少し、死なせておくべきだったか」
敗北を悟ったアドニスの胸に辰巳の放った光槍が突き刺さる。放たれた二つの超新星爆発は死の夜空を焼き尽くし、辰巳と榴を現実の世界に引き戻した。
「……心配はしてくれないんだね」
次の戦闘に向けて淡々とこちらを治療する榴に辰巳は少しだけ口を尖らせるが、彼女は穏やかな微笑みを返した。
「だって…信じてましたから…」
第2章 冒険 『砲弾の嵐を駆け抜けろ!』

●幕間
「なんだアイツぅぅ!?」
大黒ジャンクションへ向う航空戦力を一切足止めせず√能力者との戦闘を続けたた上に、物の見事に撃破されたアドニスを見てゼーロットは悲鳴に近い声を上げる。
「クソッ、これだから派閥に属さない野良犬は!だが、完璧な吾輩はセカンドプランを用意してある!」
そう言ってゼーロットが見つめるのは大国ジャンクション……の手前にある生麦ジャンクション。捻じ曲がる所狭しと砲台が並べられており、遠くから見れば鋼の針鼠のようにも見えた。
「この要塞ジャンクションの一斉砲撃なら奴らも一溜まりもあるまい!さあ行け吾輩の自動砲台達!愚かな生肉共を擂り潰すのだ!!!!」
大国ジャンクションへと向かう君達√能力者に砲弾、ミサイル、誘導レーザー砲などありとあらゆる砲撃が襲い掛かる。しかし後の作戦を考えるなら、この要塞化した生麦ジャンクションを無視することはできない。どうにかして砲撃を躱しながら生麦ジャンクションの戦力を削ぎ落すのだ。
●死の雨を抜けて
吹き荒ぶ粉塵と熱波、飛び散る破片すら小銃弾の如き勢いで飛び交う戦場を三つの影が走る。
「先行する、多少は楽になるだろう」
その内の一つ、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は指先から射出した糸でビルの上に駆け上がると可能な限り生麦ジャンクションに近い位置に居るインビジブルを目視し、自らと位置を入れ替える。
一瞬でジャンクションの内部へと潜り込んだ蜚廉は、そのまま勢いを殺さず手近な砲塔の下へと潜り込み敵の射線を切る。頭上を覆うような巨大な砲身に蜚廉の視界も塞がれるが、彼は周囲に響く機械の駆動音から大まかな敵の配置を把握していた。
「……シッ!」
砲塔の脚を切り裂き、短く息を吐き出しながら飛び出した蜚廉は砲撃が自らに当たる前に再びインビジブルと自らの位置を入れ替える。そして彼の代わりにその場に現れたインビジブルは倒壊する砲塔に接触した瞬間、内部に装填した弾薬を巻き込んで爆発した。
「派手にやっているようね」
「おかげでこちらの攻撃は弱まりましたが……未だ嵐の如き砲弾ですね」
ジャンクションへの進路に残された飛鳥井・合歓(災厄の継承者・h00415)とシルバー・ヒューレー(銀色の|シスター《聖堂騎士》・h00187)は遠方で煙を上げる敵の要塞を視界に収めながら、飛んでくる砲撃へと対処する。
「No.1767、出獄を許可する」
合歓の宣言と共に、彼女の側に銃の頭を持つ子犬が現れる。ただそれだけで要塞の放つ砲撃は乱れ、彼女達の遥か遠くへ着弾する。
「援護感謝します」
銀の鎧を纏い、飛んでくる瓦礫から合歓をかばうシルバーは手にした複合兵装ジャッジメントからガトリングの弾幕を放ちこちら側に飛んでくる流れ弾を迎撃していく。先行する蜚廉が囮になっている事もあって二人の脅威となる攻撃は殆ど存在しなかった。
「手近な所を潰すわ、来てもらえる?」
「勿論、嵐の先へ導きましょう」
そう言ってシルバーが駆け出し、新たな怪異である煙管を手にした合歓はその煙を身体に浴びて後ろに続く。ミサイルは引き続きガトリングで撃ち落し、砲弾は銀の巨腕薙ぎ払う、砲撃の影響で倒壊した道や建物を√能力で修復し進路を確保しながら二人は突き進む。
適当なビルよりも遥かに大きい、明らかに対人用ではない砲塔が近づく程、周期的な爆発音がハッキリと響いてくる。蜚廉の行っている破壊工作の音だろう。
「No.1944 出獄を──」
味方が錯乱と迎撃を行っている隙に合歓が三体目の怪異を呼び出そうとして、不意にスポットライトに照らされたように彼女の周囲が白く輝く。そしてその範囲が狭まり始めた瞬間、一際大きい爆発音と共に光の位置がズレた。
音も衝撃もなく、光の当たっていた場所が焼けるような熱さの風と共に融解する。少し遅れればああなっていたのは自分だという事実に冷たい物を感じながらも、合歓は次なる怪異を呼び出しに成功した。
「──許可する」
その言葉と同時に降り注いだ雨は生麦ジャンクションを燃え上がらせ、蜚廉のインビジブルと合わせて連続的な爆発を引き起こす。こちらの方が早いと合歓を抱えて離脱を始めたシルバーは最後に炎上する敵の要塞にちらと視線を向け、小さく呟いた。
「乗り越えさせてもらいます、この先にある|青空《平和》を目指して」
●それは静かに目立つことなく
「ひぃぃぃっ!?ありとあらゆる銃口砲口がこっち向いてますぅぅ!」
「落ち着いて、向こうからすればここまで無茶苦茶しないと対処できない状況って事だ」
「無駄が多く、非効率的な攻撃です。先程のアドニス・ウェルテルを倒した自分達であれば脅威ではありません」
飛び交う砲弾から身を守るように両手で頭を覆う魔花伏木・斑猫(ネコソギスクラッパー・h00651)を落ち着けるように黒辻・彗(|黒蓮《ブラック・ロータス》・h00741)とボーア・シー(ValiantOnemanREbelCyborg・h06389)は冷静に話しかける。とは言え号泣こそしているものの斑猫の脚は揺るぎなく前に進み続けているので、二人ともそこまで心配はしていない。
「それでは、ブリキ野郎どもに教育を行いましょう。狙撃の用意を」
「は、はいぃ!」
ボーアの指示を受け斑猫がライフルを構えると、その視界に風向きや弾道曲線等様々な情報が表示される。ボーアの通信リンクによる狙撃支援、それにより普段より精確な狙撃が可能となった斑猫は遠方の砲台……ではなく、その側にある鉄塔を撃ち抜く。
「め、命中しました……!」
「それじゃあ、効果が出るまでは俺の役目だね」
そう言って彗が音もなく足元を靴底で叩くと彼の影が空に向かって伸び、空間を切り裂く。一瞬だけ黒い線が生まれた空はすぐに元の青色を取り戻し、同時に周囲の空間を引き寄せて飛び交う砲撃の軌道を無理矢理変えた。
レーザーと砲弾が空中で交差し、溶解した鋼が灼熱の雨となって生麦ジャンクションの砲台を焼く。彗が同様の防御を行いながら、どこまでも伸びる影で遠方の砲台も破壊していると、突如として周囲から異音が響き始めた。
「凄いな、想像よりも早い……」
彗が感嘆の声を上げている間にも異音は見る間に大きくなり、やがていくつかの砲台が機能を停止し始める。ボーアのハッキングによる電子破壊工作、最初の狙撃で敵の通信システムに物理的に機器を撃ち込み、そこから遠隔でウィルスを撒き散らしたのだ。
流石にジャンクション全域とまでは行かないが、自分達のいる区域は完全に停止した。性能差を見せつけたボーアが悠々とジャンクションを突破しようとした瞬間、不意に斑猫がボーアと彗を抱き寄せた。
「攻撃が来ます!」
説明する時間も惜しいというように斑猫は叫ぶと、二人を抱えて勢いよく跳躍する。未だ空に残る砲弾やミサイルを彗が斬り裂き軌道を反らしながら三人が降下する先には、窓のない小さなビルが建っていた。
それを見てボーアは敵が仕掛けた攻撃の正体に気が付く。ウィルスに汚染された機械とその地域に居る敵をまとめて排除する最善手、即ち区画を丸ごと放棄しての自爆だ。
「後は、お任せします……!!」
自分の役目はここまでと斑猫は二人から手を離すと、チェーンソーでビルの外壁を切り裂き、転がりながら中へと侵入する。
「ッ……!」
ビルの中はデータセンターとなっており、サーバーと共に無数のセントリーガンが配備されていた。声を発する暇もなく、斑猫に続いて内部に飛び込んだ彗が影で機銃を切る間に、ボーアはサーバーにケーブルを突き刺す。
(自分の手を返されましたか)
アドニスとの戦闘で行った爆破戦術、それをより大規模で行った戦闘機械群にボーアの脳裏に感情的なノイズが走る。
「ですが、こちらの勝利です」
宣言と共にケーブルを引き抜き、今度はボーアが彗と斑猫を抱えてビルから脱出する。
戦場に大きな変化はない、しかしそれこそが彼らがこの戦いに勝利した証である。
●嵐は敵にのみならず
「今回攻城戦みてぇな感じデスカ、あんまり好きな部類じゃないデスねぇ」
轟音と共に降り注ぐ砲撃の雨の中を駆け抜けながら、白神・真綾(|首狩る白兎《ヴォーパルバニー》・h00844)は独り言ちる。どちらかと言えば強敵との命の削り合いを楽しむタイプの彼女にとって、決まったパターンで攻撃をしてくるのみの要塞戦は同じことを繰り返すだけの単純作業に近いのかもしれない。
「とは言え無策で通ったら大ダメージは避けられないね、手は打っておこうか」
そう言ってレイ・イクス・ドッペルノイン(人生という名のクソゲー・h02896)は自身の機械細胞を混ぜた弾丸を手近な鉄塔に撃ち込むと、その通信網を介して砲塔にハッキングを仕掛ける。これで攻撃をこちらから遠ざける事ができるはずだ。
「真っ直ぐツッコんでも真綾ちゃん困らないデスけどねえ」
「まあまあ、この後も戦闘はあるんだから」
レイの支援によりますます単調になる道中に口を尖らせる真綾。そんな彼女を横目にレイはペネトレイターに『無』を装填すると、自身の目の前に射出する。
「これ出力調整できないんだよなぁ、ちょっとスリリングになるかもしれないよ」
レイの言葉に真綾が首を傾げていると、甲高い音と共に彼女のすぐ隣に光の線が落ちる。足は止めずに煙の上がる地面を眺めていると、空から雨の様に光の奔流が降り注いできた。
「おぉっ!敵の増援デスか!?」
「いやごめん、私の攻撃」
「何やってるデスか!?」
レイに追従する『無』を中心に放たれる半径27mの絨毯爆撃、それは二人が走る道を焼け野原に変えていくが同時に彼女達自身も容赦なく攻撃に巻き込まれる。
「仕方ないデスねぇ、ならこのまま要塞を綺麗に更地にしてやるデース!」
降り注ぐレーザーをバリアで弾きながら、真綾は自身の周囲にレイン砲台を展開させ広範囲にレーザー弾幕を放つ。上からに加えて横からも放たれる光の奔流によって砲台は見る間に融解し、その余波で道路や建物が炎上していく。
草の根一本残さない、そう言わんばかりの高熱の嵐。その中央に思い切り巻き込まれたレイは、ハッキング前と同じくらいの砲撃の只中に曝されていた。
「これ敵の砲撃普通に捌いてた方が楽だった気がするなぁ」
オートガードで上下から来るレーザーを捌きながらレイは乾いた笑いを浮かべる。その顔を見て、遠くで誰かが笑っているような気がした。
●風雨舞い降りて
「全く大盤振る舞いだな……榴、連戦だけど行ける?」
四之宮・榴(虚ろな繭〈|Frei Kokon《ファリィココーン》〉・h01965)を腕に抱きながら、和田・辰巳(ただの人間・h02649)は駆ける。今の距離であればそこまで攻撃は激しくないが、敵の施設を攻撃するにはもう少し接近する必要がある。
強敵との戦いに続けての攻城戦、自らの半身に負担が掛かって無いか心配する辰巳だったが、彼女はむしろ心配そうな瞳で彼を見つめる。
「私は大丈夫ですが、辰巳様は……」
「大丈夫だよ、榴が手当てをしてくれたおかげ」
そう言って肩を回して健在な様子をアピールする辰巳だが、榴はそんな態度をとっている時こそ彼は無理をするのだと知っていた。最も、立場が逆であれば自分も大丈夫だと彼に言っていただろうが。
「……わかりました、ご無理はなさらずに」
それ以上の言及を止めた榴に心の中で感謝をしつつ、その身に志那都彦神を降ろした辰巳は彼女を抱えたまま砲撃の嵐へと飛び込んだ。
精霊のヴェールで姿を隠している為こちらを狙った攻撃はないが、それでもなお無数の流れ弾が二人に向かって飛来する。そもそも飛び交う破片の一つすら人体を軽く貫通する勢いだ、建物を遮蔽物にその間を縫う様に駆け抜けながら、辰巳は近くの工場倉庫に飛び込んだ。
「辰巳様……!」
しかし砲撃から逃れるために飛び込んだ倉庫の内部は、無数のセントリーガンが並べられていた。センサーが動く物を捉えれば撃つだけの単純な機械だが、数が揃えばそれなりの脅威になる。
「大丈夫」
落ち着いて、冷静に。煙の式神を放ちその動きを抑えた辰巳が視線で榴に合図すると、彼女はタロットカードを放ち数台のセントリーガンをまとめて破壊する。するとその熱源に反応した残りの数台が、その場に銃口を向け滅茶苦茶な銃撃を始めた。
「こちらは気づかれていない、これでアイツ等は見えない敵を探して同士討ちをするはずだ」
状況を榴に説明しながら、辰巳は足を早めて倉庫の最上階から外へと飛び出す。丁度生麦ジャンクションの中心を見下ろせる、絶好の位置。
「……贄たる我が声が聴こえるのなら、降り注ぎ全てを黒雨を」
その呟きと共に榴が狙いを定めるように手を伸ばすと、敵の砲台を押し潰すように半透明の鯨の群れが生麦ジャンクションに降り注ぐ。その圧倒的な質量に耐え切れず爆発炎上する要塞中央部を見た辰巳は、着地と同時に踵を返して敵の要塞から遠ざかった。
「結構せわしなく動いたね……今度は酔ってない?大丈夫?」
「だ、大丈夫です……恐らく……」
激しい動きのせいか、死線を連続で潜り抜けたからか、顔を青くしている榴を見て辰巳は困ったように笑うと少しだけ足を遅める。こんな状況でなければこの時間を楽しめるのだけどなと思いながら。
●火を閉ざす雪
「……また、ですか」
脳裏を掻きむしる灰色のノイズに、星越・イサ(狂者の確信・h06387)は重く息を吐く。だが今回は先程のような明確な映像ではなく雑音としか言いようのない不明瞭な何か、とは言えこのような知識が得られた時、彼女がするべき行動は決まっている。
乾いたパンを口に放り込み、味のしないスープで飲み下して、見張りの機械兵のハッキングに戻る。ここは戦闘機械群が運用している地下牢獄、何をするにもまずはここから脱出しなければならないが……出た所で映像で見た場所に向かうつもりはない。
「私がここに『在る』だけで、彼らの計画は破綻するのですから」
何もしない、それだけで良い。
そう示すように、彼女の目の前で一体の機械兵が味方の頭部を叩き壊す。破片が散らばる硬質な音は、牢獄全体から響いていた。
「あとは、皆さんにお任せしましょう」
「……んだぁ?いつからここは南半球になった?」
生麦ジャンクションに接近した凍雲・灰那(Embers・h00159)は、白い息を吐き出しながら空から降り注ぐ雪を見上げる。川を越えるまではうだるような暑さだった気温がここに来て真冬……どころか、北国かそれ以下の温度にまで下がっているのだ。
「ああ失礼、少し肌寒かったかな?」
走りながら刀が鞘に貼り付かないよう灰那が調整していると、真紅・イサク(生きるとは何かを定義するモノ・h01287)が数体のレギオンを率いて現れる。その物言いから彼がこの現象を引き起こしているのだろう。
「この辺りを寒冷化させて向こうの砲台を機能不全にさせている、今なら楽に抜けられるはずだ」
「……足りねえなァ」
イサクの説明を聞いて返された灰那の言葉に、彼は少しだけ眉を顰める。しかし灰那はまあ聞けよと、焔異銃の銃口を砲台群に向けた。
「ここまで冷やしてやったんだ、機能不全なんてケチな事言わないで真底まで凍らせてやろうぜ?……なァ、|黙白災嵐《ウェンディゴ》ォ!」
自らの技の名であり、精霊の名を叫んだ灰那はその身体に吹雪を纏うと、先程とは比べ物にならない速度で一気に駆け出す。その様子を見たイサクは納得したように頷くと自らのレギオンを灰那に追従させた。
「ゼーロット、その電子回路にしてはマトモな作戦を練ったみたいだが……ここまでの災厄は予期していなかっただろう」
灰那の纏う氷霧と吹雪がイサクのレギオンによって拡散し、鮮紅の吹雪となって周囲一帯を凍り付かせる。砲弾は起爆せず、ミサイルは内部の機器が凍結しあらぬ方向に飛んで行き、レーザーは人を傷つけるほどの熱量を生み出せない、生ける暴風となった灰那の通った後は氷柱を下げて凍り付き、さながら災害映画のワンシーンのようであった。
「邪魔なモンは、壊すに限るぜェッ!」
灰那の放つ灼熱の弾丸は砲台を貫通し、爆発はせず沈黙させる。このまま生麦ジャンクションの中心に突撃して壊滅も狙える勢いだが、灰那は進行の邪魔となる分の砲台を停止させると大黒ジャンクション方面へと進路を変える。
「冷静な判断だね、下手に追い詰めると要塞ごと自爆なんて事もやりかねない」
「それにまァ、少し状況が出来過ぎてる気がしたからな。敵の罠だったらヤベえ」
実際の所は遠く彼方に居るイサの影響で最も効率的な形で事が運んでいるのだが、そうとは知らない二人はゼーロットの誘い込みも警戒し本来の目的である大黒ジャンクションへの進行に戻る。
彼らが去った後には、極寒の世界だけが残されていた。
●駆ける者と穿つ者
「まったく、警察よりも包囲網を抜けようとしてる泥棒の気分なんだけど……」
遮蔽物のない川沿いから街中に移動した土方・ユル(ホロケウカムイ・h00104)は、通信機の向こうから聞こえてくる|敏腕事務員《妹》の声に従って移動を始める。
味方の攻撃により砲撃が止まった隙に道路を駆け抜け、向かいの建物に転がり込む。そうして内部で再び砲撃が止むのを待って走り出す、この繰り返しだ。闇雲に突撃しても火達磨になるだけだから仕方がないが、息苦しい事この上ない。
「次は、ここで待機?」
指示を受けて、ユルは訝しむように眉を顰める。指定されたのは何の変哲もない道路のど真ん中、遮蔽物がないという訳ではないが身を隠すには少々心許無いように思える。
とは言え優秀なバックアップの言葉を疑う理由はない。身を屈めて周囲の様子を伺っていたユルは、ふと遠くから聞こえてくるエンジン音に気が付いた。
「カミガリさん、手を伸ばせ!」
獣の唸り声のような音が大きくなると共に聞こえてきた男性の声にそういう事かとユルは納得すると、後方からやって来た赤い影と擦れ違う瞬間その上に飛び乗る。
「おっと?中々アクロバットな事をするな」
そう言って八神・英守(|不屈の白狐《アームドライダー・ウルペース》・h01046)は取られなかった手を冗談めかして振るうと、ギアを上げて愛車のマグナムストライカーを一気に加速させる。景色が一瞬で後方に流れ、文字通り瞬きをする間もないトップスピードの中でも英守は運転を誤ることなく駆け抜けていく。
「エリシア、ルートの更新はあるか?」
『最低三十秒後までは現在の進路で問題ありません、第零課の情報収集能力はかなりのものですね』
英守の身に着けているアクセプターから聞こえてきた言葉に、ユルはやはりなと自慢げな笑顔を浮かべる。どうやら一人歩いて防衛網を抜けようとしている自分を見かねて、迎えをよこしてくれたらしい。
「了解、こんな危ないところは早く抜け出て……」
ルートを確認した英守が更に速度を上げようとした瞬間、不意に彼らを影が覆った。
敵からの奇襲であれば優秀なバックアップ達が警告をしているはずだ。ならばこれはと二人は空を見上げて、思わず目を丸くする。
そこに居たのは蝗の群れを思わせる無数の小型の機械群、そしてそれがレーザー砲台に群がって鉄を貪る光景であった。
「うん、ちょっと……いやだいぶ酷いけれど!効果は抜群ね!」
呼び出した機械群が次々と砲台を無力化していく光景を見て、ソフィア・テルノーバ(使命は人類防衛・h01917)は若干胸の痛みを感じながらも成果を喜ぶ。以前√EDENで見た資料、二十年近く前のSF映画で見た虫のような小さな機械が有機物も無機物も関係なく取り込んでいく光景、それを再現してみたがどうやら上手く行ったようだ。
「後は開発部からもらった資料を使って……」
機械群が砲台を止めている間に、ソフィアはレーザービルダーを利用してライフルの追加パーツを生成する。既に最適化されているライフルそのものに新たな機構を追加することは難しい、しかしそれを核に新たな武器を上乗せするのであれば十分可能だ。
放たれる光子の熱量で攻撃するのではなく、光子を推進力にして質量弾を放つカノン砲。通常状態で撃てば反動で腕部の破損は免れないが、WZを纏っている今なら問題なく撃つ事が出来る。
「機械製造は私の得意分野!」
構築されたのはWZの全長を遥かに凌ぐ巨大な大砲、側面から伸びたグリップを握りスコープを覗き込んだソフィアは生麦ジャンクション中央にそびえ立つ砲塔に狙いを定める。
「量産モデルも良いものだけど、|一品物《ワンオフ》の維持ってやつを見せてあげる!」
核となるライフルから放たれるレーザーが増幅され、砲口からレンズ状の雲を発生させながら弾が発射される。空を引き裂くその一撃は道中の建物に張られた窓をただ通り過ぎるだけで粉微塵に砕きながら、一直線に砲塔を貫通し、その余波で風船のように鋼の塊を破裂させた。
「やるじゃない、開発部の皆」
予想以上の威力にご満悦なソフィアは、カノン砲を抱えたまま生麦ジャンクションから離脱する。ここを過ぎれば大黒ジャンクションは目と鼻の先だ。
「派手だな、これは……」
思わず、と言った様子で呟いた英守の言葉にユルは静かに頷く。優位に立つ者よりも、劣勢を強いられる者の方が苛烈で手段を選ばない。ゼーロットもとんだ獅子の尾を踏んだものだと思いながら、二人は生麦ジャンクションを突破するのであった。
第3章 ボス戦 『スカー・スカーレット』

●幕間
「んなぁ!?私の要塞ジャンクションが!!?」
√能力者達の猛攻によって生麦ジャンクションが突破されたのを見て、ゼーロットは悲鳴に近い声を上げる。もはや大黒ジャンクションは目と鼻の先、口があれば悔しさで歯噛みしているであろうゼーロットはこれ以上は仕方なしと、ジャンクションに信号を送った。
「区画のA32からB73までをパージ!揚陸艇として鶴見川を進行せよ!」
その指示を受け、大黒ジャンクションが設置された埋立地の一部が切り離され川を上り始める。その上には生麦ジャンクション程ではないがそれでも十分な量の砲台と、戦闘機械が一人。
「オレの出番か、まあ精々楽しませてもらうか」
スカー・スカーレット、真紅のベルセルクマシンは四枚の翼を広げると揚陸艇を先導するように飛び立つ。それと同時に揚陸艇の砲台が獲物を求めるようにレーザーサイトを輝かせた。
砲撃の威力と勢いは√能力者であれば軽くあしらえるものだが、戦う力のない人々には充分な脅威になる。スカーに対抗すると同時に、隙を見て揚陸艇を轟沈させなければならない。
●号砲、開戦を告げる
「まさか、土地の一部を船になるよう改造しているとは……」
「いや改造にも程がある気が……戦闘機械に人間側の常識を問うのは無駄かもしれないけど」
どこか呆然とした様子で揚陸艇を見ていたシルバー・ヒューレー(銀色の|シスター《聖堂騎士》・h00187)と黒辻・彗(|黒蓮《ブラック・ロータス》・h00741)だったが、その甲板からスカー・スカーレットが飛び立つのを見て思考を切り替える。
「揚陸艇はこっちで対処する、そちらはスカーの方を」
「承知しました」
手身近に作戦を決めた二人は、その場を別れて行動を開始する。√能力を発動した彗は自在剣を引き抜くと揚陸艇へと向かい、シルバーは共に身の丈を超える武装であるジャッジメントと聖なる盾拳をそれぞれ片手で構えると、スカーに向かってその引き金を引いた。
「おっとぉ?」
放たれた弾幕をスカーは身を捻って躱し、反撃にレールガンを放つがその弾丸は盾拳によって弾かれる。互いに最初の一撃は無傷、一瞬の睨み合いによる静寂の後、空と大地の撃ち合いが始まった。
大量の火線が宙を舞い、弾かれた大砲が大地を抉る。トーチカの如き火力と防御力でこちらを抑え込むシルバーにスカーは感嘆の口笛を鳴らした。
「良い火力だ、だけど……」
狙いは見え見えだと、スカーはシルバーとは反対方向にレールガンを向けると迷わず引き金を引く。銃口の先に居たのは自在剣を構え突撃しようとしていた彗、彼は不意の砲撃に驚いたように足を止めると。剣の腹で電磁加速した弾丸を受け止める。
「残念だったな、その程度の連携じゃあオレは倒せない」
「──いいえ、狙い通りです」
もしスカーに表情というものがあれば、シルバーの言葉に眉を顰めていただろう。しかし彼女はすぐにその意味を知る事となる。
轟音と共に彗が受け止めた弾丸を弾き返す、しかしそれはスカーにではなく、揚陸艇の方へ。
「悪いけど、利用させてもらったよ」
弾かれた弾丸は空中で拡散し、揚陸艇の側面に直撃する。その衝撃で船体が大きく揺らいだ瞬間、銀の巨腕が水中から飛び出し埃を掃うかのように甲板の砲台を薙ぎ払っていく。
急ぎ揚陸艇に戻ろうとするスカーだが、そんな彼女の進路を塞ぐように勢いを増した銀色の弾幕が降りかかる。無理に押し切る事はできないと悟ったスカーは、仕切り直しを行うように光学迷彩で自らの姿を隠すのであった。
●暴風駆け抜けて
「有力敵!それに揚陸艇まで…!」
生麦ジャンクションを抜けた先、川沿いの道路から見た光景に魔花伏木・斑猫(ネコソギスクラッパー・h00651)は声を震わせる。揚陸艇と戦闘機械、どちらか片方でも通せば√EDENに甚大な被害が出るのは火を見るよりも明らかだ。
敵の脅威と引き起こす被害、二つの恐怖が頭を埋めながらも乱れる事のない手つきで狙撃の用意した斑猫の隣を、黒と白の影が同時に通り抜ける。
「ヒャッハー!やっとなんか強そうなやつが出てきたデース!」
「我らが抑える、その隙に揚陸艇を」
色も言動も対照的な白神・真綾(|首狩る白兎《ヴォーパルバニー》・h00844)と和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は揚陸艇の砲撃から身を隠すように低い姿勢で川辺を駆け抜けると、まずは蜚廉が羽根を広げてスカーへと飛び掛かる。
「へぇ、見るからにしぶな奴だ」
蜚廉の姿を見たスカーは後方の真綾を警戒し彼女にレールガンの銃口を向けながら、急上昇して蜚廉の鉤から逃れる。上下の移動は左右の移動よりも遥かに飛行能力を必要とする、上空で身体を交錯させながら黒い奴からの追撃はないと判断したスカーが真綾へレールガンを放とうとした瞬間、すれ違う蜚廉の甲殻の隙間、肘の関節から放たれた黒い糸が彼女の身体を捕らえた。
「何?」
「ヒャッハー!真綾ちゃんと戦って愉しませろデース!」
身動きが取れなくなったスカーに、高速で接近してきた真綾が激烈に輝く白光の刃を振り下ろす。直撃すれば確実に首を切り落とすその一閃を、しかしスカーは同じ形状の紅光の刃で防いだ。
「なるほど、お前もコピー能力デスカァ……そういう相手はもううんざりデスヨ」
散々苦労させられている相手を思い出しのたか、真綾は唾を吐くように唇を尖らせると刃を交錯させたままスカーの腹部に蹴りを入れる。そうして姿勢を崩したスカーを蜚廉が自らの重量で一気に上空から引きずり落とした。
揚陸艇の上に落下した二人は甲板を凹ませながらボールのように跳ね、僅かに距離を取って姿勢を直す。
互いに喋ることはなく、蜚廉は瞬く間にスカーに接近すると甲殻に覆われた拳を突き出す。対するスカーはその拳を切り落とさんと光の刃を振るうが、激突した両者の武器のうち一方的に破壊されたのは光の刃の方であった。
「コイツ……!」
自らを絡めとる糸のせいで身を捻って躱す事も出来ず、拳を受けたスカーの装甲を甲殻から生えた刃と爪が食い込む。√能力を無効化する拳に加え物理的に拘束され動けなくなったスカーの姿を、斑猫はスコープ越しに見た。
「ッ……!」
息を止め、引き金を引く。斑猫の持つ電磁砲は√能力で作り出した特定の相手に対する特攻兵器、プラグ状の弾頭はスカーの足元に着弾すると揚陸艇の内部構造まで貫通し、その電子回路にクラッキングを始めた。
「今です!」
電磁砲からライフルに持ち替えながら斑猫が叫ぶと同時に、揚陸艇がバランスを失い大きく揺れる。不意の振動にスカーも姿勢を崩した時、蜚廉と真綾が挟み込むようにスカーへと接近した。
「ヒャッヒャッヒャー!ラッシュ比べデース!」
前方からは拳、後方からは刃、そしてその隙間を縫う様に飛んでくる弾丸。嵐の如き連撃はスカーだけでなく余波で揚陸艇の装甲をも引き剥がしていき、容赦なくその身体を削っていくのであった。
●その一撃は奇跡のように
「水中から攻めましょう、揚陸艇なら下部に対人用の武装はないはず」
「え…」
「内部に迎撃用の戦闘機械群が居る可能性だけに注意して……どうしたの?」
説明をしながら水中に潜る準備をしていた和田・辰巳(ただの人間・h02649)は、半身である四之宮・榴(虚ろな繭|〈Frei Kokon〉《ファリィココーン》・h01965)が表情を強張らせているのを見てその手を止める。ここまで休みなしで戦闘を続けている、流石に限界も近いかと撤退を考える辰巳だが、榴の目線は何故か川へと向かっていた。
「その、僕…泳げないです…」
「なるほど……え?そうなの!?」
疲労以前に水中戦ができないという事実に辰巳は考え込むように口元に手を当てる。泳げないにも色々と理由があるが、どれにしても川の中に飛び込ませるのはリスクが高い。ならこれしかないかと辰巳は軽く手の汚れを掃うと、再び榴を抱きかかえた。
「今度、一緒に練習しましょう」
「え?お、お願いします…?」
不意に抱きかかえられて榴が動揺している間に、辰巳はその身に神力と共に水を纏うと鶴見川に飛び込む。そして海淵流で推力を得た二人は魚雷のように水中を駆け始めた。
「わっ、息が……!できます…?」
「風船の中に入ってるようなものと思って、それから……あの機体の相手は任せるよ」
辰巳の言葉と同時に刺すような殺気を感じた榴は咄嗟に深海の捕食者を前面に展開し、飛来してきた真紅の弾丸を弾く。
「ッ…!わかりました、辰巳様には…攻撃を与えさせません」
防ぎきれなかった衝撃に腕を痺れさせながら真紅に輝くスカーを見た榴は、辰巳の腕から離れて同じく真紅の輝きを纏った35のインビジブルを召喚し敵へと突撃させた。敵の攻撃を反射するスカーの√能力をコピーしたインビジブル達はその身を盾にレールガンを敵へ返していく。
しかし攻撃を弾くたびに崩壊する彼らを見て、心の中で追悼と感謝の言葉を唱えながら辰巳は霊剣の切っ先を揚陸艇へ向けた。
「綿津見神に請い願う。友の為、戦う力を御貸しください!」
力強い祝詞と共に、辰巳は揚陸艇へ突撃する。高速で移動する彼をスカーは迎撃しようとするが、自らの√能力をコピーしたインビジブルに囲まれ自由に動くことが出来ない。
その隙にスカーの隣を通り過ぎた辰巳が霊剣を振るうと、揚陸艇の浮かぶ水が真っ二つに割れた。
「嘘だろ!?」
水を割る一撃は予想外だったのか驚愕の声を上げるスカーを尻目に、川底に墜落した揚陸艇へ辰巳は追撃を加える。超高水圧の刃と神力の弾丸は船底を直撃し、その形を歪めていく。
竜骨へのダメージを確認した辰巳は、インビジブルの数が残り少ないのを見て踵を返すと榴を抱えて離脱を始めた。自分達の役割はここまで、後は仲間達が上手くやってくれるだろう。
●見上げた空に浮かぶもの
「やったか!?」
「八神さんそれフラグ」
味方の攻撃で水底に沈む揚陸艇を見て思わず叫ぶ八神・英守(|不屈の白狐《アームドライダー・ウルペース》・h01046)にレイ・イクス・ドッペルノイン(人生という名のクソゲー・h02896)が冷静にツッコむ。確かに構造上一度沈んだ船が再浮上するのは難しい、しかし戦闘機械群がその弱点を残したままにしておくとは考え難い。
「そちらのお嬢さんのいう通りだ、ほら来るよ」
そんな二人に割り込むようにやって来た土方・ユル(ホロケウカムイ・h00104)が川を指差すと、水中の影から気泡が上がり始める。その動きに嫌な予兆を感じた英守がマグナムストライカーに乗った瞬間、波を立てて影が動き出した。
「何アレ、潜水艇の機能も乗っけてるの?」
「ああそうだ、ウチの潜入捜査官が情報を送ってくれてね。ついでに動きも遅らせてくれると思うんだが……」
「とりあえず俺が先回りして動きを止める、二人は後を頼む!」
マグナムストライカーを駆り英守が揚陸艇を追った直後、レイとユルの耳に接近するエンジン音が響く。咄嗟に二人が地面を蹴ってその場を離れると、飛来したレールガンの弾が地面を抉った。
『上手い事船に潜り込ませたね、実際に行動に起こされるまで気が付かなったよ』
上空から響く声を聞いてユルの背に冷たいものが走る。身体を真紅に輝かせるスカーが発している声は、ユルと全く同じものであったからだ。
『命令系統も完璧だ。今はキミ達の脱出ができないからタイミングをズラせと言ったら、快く聞いてくれたからな!」
ユルの声を複製していた機械腕を引き千切り、本来の声に戻ったスカーは二人に向かってレールガンを連射する。音よりも速く飛び交う弾丸をレイは見えない壁で弾き、ユルは周囲の障害物を利用して敵の射線を切って回避する。
反撃をしようにも今のスカーに攻撃すればそのまま反射され返ってくる、どうしたものかと二人が思考を巡らせた時だった。
「ちょっと待って、そこの君ーー!」
遠くから英守の声が響く。今自由に動くことができるのは彼一人、この状況を覆す逆転の一手を願った時──。
「アイドルに興味ありますか!?」
何やってるんだアイツと、スカーと√能力者達の心が一つになった。
しかしその叫びと共に攻撃の気配を感じたスカーが咄嗟に声のした方向に砲撃を行うと同時に、彼女の全身が硬直する。
「くっ……!」
迫り来る攻撃を英守はブーストブレイザーのレールガンで迎撃する。空中で衝突した二つの弾丸が強烈な光を発するが、辛うじてその目を閉じることはなかった。
「よし、今だ!」
英守の声に合わせるように、水飛沫を上げて揚陸艇が急浮上する。内部の潜入捜査官達が操縦を奪ったのだろう、側面のハッチが開いてメンバーが脱出しているのも見えた。
「これで、憂いはないね」
動かないスカーと味方の脱出した揚陸艇を交互にみたレイが√能力を発動させると、重力を無視して船が飛び上がる。
レイ以外の誰もがその超常現象に目を丸くしている間に、再び重力の影響を受けた揚陸艇は船首を下に真っ直ぐスカーへと落下する。攻撃が反射されたとしても、傷付くのは船体だけだ。
先程よりもずっと巨大な水柱を上げ、船はスカーと共に水底へ戻る。そのすぐ頭上では虹が美しく輝いていた。
●決着は静かに
「終わったんじゃねェかアレ?」
「どうかな、だいぶ致命傷には見えるけど」
「はあ!?まだパクリの落とし前着けてねえぞ!!」
揚陸艇を叩きつけられて川底に沈んだスカーを見て、凍雲・灰那(Embers・h00159)は冷めた顔で指を指し、真紅・イサク(生きるとは何かを定義するモノ・h01287)は油断せず川を見つめ、ボーア・シー(ValiantOnemanREbelCyborg・h06389)は激情のあまり人間の声で叫ぶ。
少なくとも揚陸艇は航行不可能なダメージを受けたと思うがとイサクがレギオンを飛ばし水中の様子を確認しようとした時、低いサイレンの音が辺りに鳴り響く。
『自爆シーケンスを起動、本船の動力炉は60秒後に臨界点を突破します、周囲の戦闘機械群は時間まで敵性体を足止めしてください』
「……そうきたか」
「パクリじゃーッ!自爆はわしのパクリじゃーッ!」
「あっ!?おい!?」
鳴り響くアナウンスを聞いて、ボーアが止める間もなく水中に飛び込む。とはいえ完全に頭に血が上っての行動ではない、自爆の規模がわからない以上被害を防ぐためには既に停止コードを知っている自分が止めるのが最も確実だからだ。
視界の悪い水中だが、機械化したボーアの目は的確にスカーの姿を見つける。√能力を発動する為に一度防御の構えを取るボーアだったが、スカーは彼ではなく水上に向かってレールガンを放った。
「っ……!」
水中から放たれた弾丸を辛うじて避けながら、イサクはスカーに向かって真空波を放つ。見えざる気圧の刃は水面の壁を突き抜け、スカーの手にしていたレールガンを切断する。半ばから両断された武器をスカーは忌々しそうに投げ捨てると、電圧ユニットの爆発の光に紛れ込むように光学迷彩を起動した。
(ハッ、しゃらくせェ。姿は隠してるが水の動きでバレバレだ)
ボーアを追って水中に飛び込んだ灰那は瞬時に戦況を確認すると、自らの肉体を厄災の姿に変える。熱された水が気泡を上げながら凍り付く矛盾を起こしながら、灰那は足元の水を凍らせ蹴りつけると同時に冷気を噴出して一息にスカーに接敵する。
「楽しんでる暇なんざ与えるかよォ!」
零百の熱を纏った灰那の拳を前に、スカーは機械の腕を二本生成するとそこから紅光の刃を出現させる。√能力者からコピーした自己強化能力、その刃で灰那の拳を受け止めたスカーはもう一つの刃で背後から接近するボーアの胴体を貫いた。
「……面白いもん持ってるじゃねえか、俺にも遊ばせてくれや!」
しかしダメージを意にも介さず自らも赫光の刃を生成したボーアは機械の腕を切り落とし、防御が空いた所を灰那が蹴り飛ばす。
敵と味方の距離が開いた瞬間、イサクが波の刃を迷路のように張り巡らせスカーの動きを牽制する。その隙を突いて灰那とボーアが揚陸艇に取り付いた。
『味方からメインコンピューターの位置が届いた、間に合うかい?』
「余裕!坊ちゃん嬢ちゃんは先に帰ってな!」
「カッコつけるねェ……バレてんだよォ!」
イサクから送られ来た情報を元にボーアが船内に侵入をするのを見送った灰那は、振り向きざまに接近していたスカーに蹴りを放つ。しかしスカーはその一撃を身を捻って躱し、宙を切った灰那の脚は勢いのまま甲板を踏み抜いた。
「おっと外しちまったなァ……精々凍り付けや」
瞬間、灰那の脚を中心に周囲一帯が氷の牢獄に変わりスカーを捕らえる。同時に鳴り響いていたアナウンスとサイレンがピタリと鳴りやんだ。
「終わったみたいだね、そちらも脱出できたかい?」
『ああ、土産も置いて行ったぜ』
「そうか……土産?」
ボーアからの通信にイサクが疑問を感じると、盛大な爆発音と共に鶴見川に巨大な水柱が上がる。どうやら意趣返しは上手く決まったようであった。
●戦い終わりて
「船は駄目か、だが……」
「自分はまだ動ける、そう言いたいのかしら?」
揚陸艇の爆発から逃れたスカーの前にWZの両手に近接武装を装備した、ソフィア・テルノーバ(使命は人類防衛・h01917)が舞い降りる。
「武装無し、装甲は60%剥離、駆動系にも異常がある、諦めた方が身のためだと思うけど?」
「お優しい事だ、人類の味方は皆そうなのか?」
「貴女だってそうだったのでしょう?」
ソフィアの発した言葉に、スカーの動きが止まる。
「うちの派閥から情報を貰った、その影響で今はどこの派閥にも属してないって事もね」
「……そうかい」
「無軌道に暴れているみたいだけど、それで|完全機械《インテグラル・アニムス》に到達できると思ってるの?」
「興味ないね、オレは戦えればそれで良い!」
話は終わりだという様にスカーはその機体を紅く輝かせ、相対するソフィアもWZを蒼く輝く疑似神格化形態に移行させる。共に戦闘の用意を終えた両者は、レンズ状の雲を起こしながら衝突した。
(レーザーサーベルを拳を防いだ、反射でこっちの刃を乱してるわね)
閃光と熱波を撒き散らす迫り合いの最中、ソフィアは冷静に自身の半身たるWZの状態を確認する。敵の√能力は自身の強化だけでなくダメージを反射する防御効果も備えている、無暗に打ち合うのは危険だ。
「お勉強中か?戦場でやるのは危険だな!」
そう言い放つと同時に、スカーの輝きが紅から紫に変わる。その意味をソフィアが理解した直後、更なる加速を重ねたスカーの蹴りがソフィアの腹部を捉えた。
「ぐぅっ……!」
打撃の衝撃に加えて本来スカーの脚部に掛かる負荷さえ攻撃力に変換した一撃にソフィアの口から苦悶の声が漏れる、しかしスカーの攻撃はまだ止まらない。
移動速度と攻撃回数は共に通常の八倍、強化しているこちらと比較しても二倍の差がある。縦横無尽に飛び回りながら繰り出される格闘を、ソフィアはその芯を外すことでどうにか致命傷を防ぐ。
(残り30秒……!)
視界の隅に疑似神格化の限界稼働時間が映った、これが0になれば互いの強化は解け素の状態での戦闘が始まる、そうなれば敗北するのは──。
「コイツで、終わりだ!」
トドメを刺すように上空に飛び上がったスカーは太陽を背に反転すると、重力加速をも加えた最大速度の蹴りを放つ。その爪先がソフィアの身体に接触する直前、両者の機体を包んでいた光が消滅した。
瞬間、スカーの脚がこれまでの負荷が溢れ出たかのように自壊する。待ちに待った好機にサーベルとトライデントを抜いたソフィアは光の刃でスカーの全身を切り裂いた。
「そっちは勉強不足だったみたいね」
ソフィアの言葉に返すことはなく、スカーだった残骸は川の中へと沈んでいく。
戦いを終えたソフィアは戦闘機部隊が大黒ジャンクションへの爆撃を開始したのを確認すると、踵を返して自らは戦場を離脱した。
こうして大黒ジャンクションを巡る戦いの一つは、√能力者達の勝利で幕を閉じるのであった。